※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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105、冬木の日々 06

 エルマがワルキューレで、真一を初登校の小学校に送ってくれた翌日の事だ。今朝はアサシンが見張るだけにしたようで、エルマはカードを使わず学園へ普通に登校した。天気は昨日の夜から降ったり止んだり、雷が鳴ったりだったから、学園生組には気を付けろと言って見送った。

 その後、イリヤの朝食を準備した後(ヴェルディの喫茶店でアルバイトをする日は朝食が遅い。そのウエイトレス以外に彼女は毎週末にアパレル系のアルバイトもしている。モデルとは聞いておらんが、あの見た目だから店の服を着れば良い釣り餌になるのかも知れん)、掃除などをしていた。そんなイリヤを送り出して暫くしたら、ゾウケン達が帰って来た。

 そこで私はランサーとランスロットにもこちらに上がって貰い、お茶を出して取り敢えず守備を訊ねた。ゾウケンは『上々』と言いながら、エーテルを出し人の姿になった(そうしないとお茶が飲めないからだ)。

 

「すまんの。ホゥ……美味い茶じゃ。落ち着くわい。いや、老体に旅は堪えるものよのぅ」

 

 ゾウケンは心底疲れたという顔をしていた。本体はステッキなのにか?

 

「オレの担ぐバッグん中で寝てたんだろう?」

 

 おまけにランサーの背負ったリュックの中で眠っていたらしい。

 

「新たな発見です。霊体化していてもランサー殿の背中ですと酔うのですね」

 

 私は思わずランスロットを見た。

 

「君もリュックに?」

「はい、その方が早いからと。それで霊体化していたのです」

 

 担いでいたのがランサーだからなのか? それとも英霊が(英霊の)霊体を担げばそうなるのか? いや、ゾウケンは杖に戻っていたのだろう? それでもなのか? これはかなり珍しい現象なのではないだろうか? だとするならゾウケンの疲れもわからんでもないが、後でエルマにでも訊かんとわからんな。

 その後、ゾウケンを除いた二人は小屋に戻り、ゾウケンも『エルマが戻ったら報告する』と言ってエルマの部屋に戻った。よくエルマはゾウケンやルビーと一緒の部屋で毎晩過ごせるものだと感心する。が、不思議と仲が良いのだ。この世はわからん事だらけだな。

 

 

 

 

 

 2時間目のチャイムが鳴った。

 

「では、行きましょう」

 

 担任の藤村先生の合図で私達6年1組は廊下に並んだ。今から卒業アルバムの撮影なのだ。場所は先生方がいつも使う会議室。『まだ6月だよ、早くない?』というクラスメイトの声も聞こえるけれど、今から撮る個人写真はたいてい今時分から始まるらしい。それで梅雨が明けて晴れになったらクラス写真やグループ写真なんだって。

 家にはお父さんとママが大切にしているエルヴァお姉ちゃんの卒業アルバムが3冊ある。高等部のは3年A組に優しい笑顔のクロお姉ちゃんそっくりなエルヴァお姉ちゃんが写っている。だけど中等部のと小学部のアルバムは、クロお姉ちゃんじゃなく私にそっくりなお姉ちゃんが写っていた。まぁ、本当に写っているのはエルヴァお姉ちゃんじゃなく『エル』お姉ちゃんだから仕方ないけれど。それにあっちの世界じゃ小学校は小学部じゃなく初等部というらしいから、表紙の文字からして違って来るんだと思う。

 それでその小学校の卒業アルバムは、6年1組に『エル』お姉ちゃん、6年2組にイリヤお姉ちゃんが写っている。今年の私達は、私が6年1組でクロお姉ちゃんが2組だ。双子や三つ子なら妹か弟が前のクラスという決まりでもあるのかな? そんな事を考えていたらいつのまにか1階の会議室前に着いた。

 

「おはようございます」

「はい、おはようございます。あ、先生。全員中に入らせて下さい」

 

 写真屋さんのおじさんの優しい声が聞こえた。このおじさんは学校での写真だけでなく、いつも家族写真を撮ってくれる写真館のおじさんでもある。そんなおじさんが皆んなを招き入れて並べ始めた。会議室には撮影用の機材がたくさんあって、あの黄色い背景の前に置かれた椅子に座って撮るんだなって思った。だってそこよりもっと前にカメラがあって、修学旅行で一緒だったお兄さんが笑顔で待っていたからだ。

 

「おはようございます」というおじさんの挨拶に「「おはようございます」」と返事を返す私達。

 

「早いねぇ。つい、この間修学旅行だったのにね。でも卒業式までにアルバムは出来上がっていないといけないから、毎年今頃から撮っているんだ。本音はもう少し過ぎて、より6年生らしくなった皆さんを撮りたいんだけどね。慣れないと緊張すると思うけれど、おじさんもお兄さんも頑張るから、皆さんも頑張って小学生らしい笑顔で写ってね」

 

 そのあとカメラマン担当のお兄さんから『笑顔のコツ』や『髪型』『服装チェック』のお話があって、それから撮影が始まった。どうしてこの会議室で撮るのかなと思ったら、授業中使われないのと、大きな鏡があるからなんだって。それもその鏡、写真館のおじさんが穂群原に贈ったものだった(鏡の端っこに写真館の名前が入っていた)。いよいよ来たぁ……。

 6年1組出席番号1番はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。つまり私なのだった。たぶんだけど、この世に『ア・イ』なんて姓が付く人は居ないと思う。だけどお姉ちゃんは『相原』や『哀川』とか『相澤』『藍田』とか、去年違う流れで同じ文句を言ったクロお姉ちゃんへ十個以上即座に名字をあげて返したらしい。要はクロエ・フォン・アインツベルンは6年2組の出席番号1番なのだった。

 お姉ちゃんがまだ日本に居た5年生の頃から、出席番号が前なのは嫌だと訴えていたクロお姉ちゃんは、感性と言うか心が私より細やかなんだよね。クロお姉ちゃんはいっつも一人で前にグイグイ行くタイプに見えるけれど、意外と慎重だったり気弱になったりする時がある。だから2組は大丈夫なのかなぁって心配になった。

 

「笑って丸まっちゃうのは仕方ないけど、背筋は伸ばすようにしてね。それと、男の子も聞いてね。恥ずかしいからってキュッと縮こまるのはダメだよ。お父さんやお母さん、お家の人皆んなが卒業アルバムの出来上がりを楽しみにしているんだから。縮こまると皆さんのお顔まで縮こまるし、可愛い制服の襟や胸元がクシャってなるからね」

 

 そうおじさんに言われてしまうくらい私は小さくなっていたのだと思う。だけどお姉ちゃんの写真を思い出して、できるだけ堂々と笑って写れたと思う。1組が終わる頃に2組が廊下に到着していた。私達がおじさん達にお礼を言って廊下に出ると、一番前のクロお姉ちゃんが『どうだった?』って合図をして来たので親指を立てた。するとクロお姉ちゃんが手の平を出したので、すれ違いざまに私はハイタッチした。遠くでゴロゴロいってたけど、気にならなかった。

 

 

 

 黒板の前で授業をしていた先生の携帯電話が突然鳴った。授業中の電話なんて普通は出ないものだけど、穂群原は校内連絡用に全職員が携帯電話を持たされていた。私達の担任の先生はディスプレイを見て相手が誰かわかったようだ。

 

「はい。あ、藤村先生。もう、ですか。早いなぁ」

 

 それは1組のタイガからの電話だったみたい。きっと1組の撮影が思ったより早く終わり掛かっているのだろう。本日は忙しい。2~3時間目に卒業アルバムの個人写真撮影で、3~4時間目に撮影が終わったクラスから眼科検診だ。ちなみに明日は小学部の耳鼻科検診で、中等部が眼科検診だったかな? ともかく穂群原学園は、毎年この梅雨に入る頃に色んな検診があるのだった。

 

「じゃ、机の上はそのままで。アルバム撮影に行きますから、静かに廊下に並びましょう」

 

 私達は「はい」と返事をして廊下に出て出席番号順に並び始めた。廊下の窓の外は曇り空で空がゴロゴロ言っている。雨も少し降っていて窓に水のスジがいくつも流れていた。こんな撮影が6年生になったら始まるってお姉ちゃんに聞いていたから驚きはなかった。だけど先週末に学校から『お子様の髪型などを、当日の朝までにみてあげて下さい』とか『服装をみてあげて下さい』というプリントを持たされていた。

 これって『散髪やヘアカットは週末に行っとけよ』『制服をちゃんとクリーニングしとけよ』って意味なんだとセラが話していた。それで『ああ、そうなんだ?』と思った私とイリヤだ。だけどママは『普段通りで良いんじゃない?』なんて言ってたし、パパは『何だそれ?』って何もわかっていない顔だった。

 あ、今のパパはほとんど日本に居る。開き直った訳じゃないだろうけど、魔術装置を使ってスイスのお祖父様や仲間の人と会議をしている。ただお兄ちゃんの手前もあって、そういうのはホテルを借りてやっていた。それでお金になるんだから、どういう仕事だろうね?

 それはともかく無頓着なママやパパに代わって味方になってくれたのがお兄ちゃんで、『派手にする必要はないけれど、電話を入れて美容院に行ってきな』と言ってくれた上に、セラにも頼んでくれた。だから私達は日曜日に毛先を少し切り揃えて、美容師さんに髪型のアレンジや雨の日の手直し方法を教わったのだ。なので髪はバッチリだった。

 この卒業アルバムの個人撮影は小学部と中等部が毎年6月で、高等部は10月に行われるらしい。だから小学部も中等部も夏服で写るのだ。元気らしさを出したい小学部はともかく、普通の中学は冬服だと思うのだけれど、ここ穂群原は女子生徒の要望で昔から合服で写る事になっているそうだ。そして高等部だけ冬服の季節なのも似たような理由で、昔誰かが、長袖のブラウスとベストで写りたいと言い出してそう決まったかららしい。だから昨年のお姉ちゃんも上着なしの冬服(合服)で写っている。

 だけどそんな季節まで撮影しないでいると、さすがに写真屋さんのスケジュールが厳しくなるので、クラブや委員会は今時分までに撮り終える事になっているそうだ。だから去年のお姉ちゃんはあれだけ活躍したのに、あと少し撮影日がズレたら四角い枠だった可能性もあったそう。今年のお兄ちゃんはもう撮り終わったと言っていた。

 ちなみに小学部のクラブや委員会撮影はそれが逆で、9月に入ってからの撮影だ。これは不登校や長期病欠でもない限り、小学部のほうが揃いやすいからだって。穂群原には居ないけど、不登校という人は全国的にどんどん増えているらしい。それも公立に多いんだって。私学なら何ヶ月だったかな? 授業料を滞納したら自動的に退学になるらしいし、これは穂群原も同じって聞いた。

 ただ小学部や中等部といった義務教育期間は少しだけ猶予があるとかないとか。でも病気でもないのに一学期丸々休んだら、いくら授業料を納めていても公立への転校を薦められるんだって。だってよっぽど頑張らないと高等部の入試に受からないし、授業について行けないからね。

 お姉ちゃんが言うには『イジメに遭っているとか、勉強する気持ちはあるのに学校に行くのは精神的に辛いとか、そういうわかりやすい理由があるなら、自習ルームや小教室での個別学習に付き合って下さる先生が大勢居ますから』だって。それと高等部生だと、調査でイジメ主犯と判明したら、『当学園では矯正不可』と断定されて、問答無用で退学になるんだって。厳しいけれど『私学はそんなものですよ』と言っていた。

 

 そんな事を思い出していたら、いつの間にか撮影場所である職員会議室前だった。天井に近い窓がピカッと光ったので皆んな雷かと驚いていた。もちろんこれは写真屋さんのフラッシュの光だ。やがて写真屋さんに挨拶していた1組が出て来た。イリヤ、ちゃんとできたかな? そうしたら親指を立ててきたので問題なかったみたい。

 だけどタイガが出て来ない。どうしたんだと思ったら1組がとっくに帰った後に出て来た。服がスーツだった。ああ、そっか。担任も撮るんだ。だけど受け持つクラスの子が居たら恥ずかしいから……。するとウチの担任も『先生、着替えてくるからクラス委員の人、少しお願いするね』と、会議室前の職員用男性更衣室に入っていった。

 

「どうぞ。2組の人、入って下さい」

 

 中から写真屋さんの声が届いたので、クラス委員を先頭に皆んなが会議室に入ったのだった。あ~緊張してきた。そこから少し説明があって、撮影が始まった。椅子に座った私は背筋を伸ばして、カメラのレンズに向かってニコッと笑った。イリヤにもお姉ちゃん達にも恥ずかしいところは見せられない。最高に良い顔で撮ってもらうのだ。

 

 

 

 お昼のお弁当のおかずは、鶏挽き肉を使ったピーマンの肉詰めに、切り干し大根とニンジンの煮物、それとキャベツとハムと塩昆布を使った、余り酸っぱくなくてほんのり甘い酢の物だった(帰ってから訊ねたら寿司酢で作るのだとか)。ご飯の上には梅干しだ。日の丸弁当か? エルマじゃないんだし、女子高生のお弁当と思えばオジサンくさくない?

 ただ作ってくれているアーチャーさんやマルガリータさんに感謝こそすれ文句はない。きっと高校生である私に必要な栄養価やバランスを考えた上でのおかずだとわかるからだ。そしてこのご飯ゾーン。私のお弁当にはいつも『のりたま』が振られている。これがルヴィアさんなら何も掛かっておらず、色んな味のフリカケ小袋が添えられているし、エルマのは決まって『ごま塩』で、凛さんは『味道楽』のような鰹節ベースになる(凛さん、鰹節が好きなのだ)。

 それで本日のピーマンの肉詰めは、姉さんっぽいポン酢風味だった。姉さんはハンバーグに大根おろしを載せて、ポン酢で食べる人だった。それを参考にしたのか少しポン酢で煮てあるみたいで、味が滲みて美味しい。

 

「このピリ辛は胡椒じゃなくて七味からしマヨかな?」

 

 ピーマンと挽き肉の間に薄く塗って隠し味にしてあるようだった。やるな、アーチャーさん。同じクラスのアルトリアにも少しわけてあげると『参考にします』とウマウマと食べていた。ところで『本日の放送部は誰が担当なの?』と、私は訝しんでいた。だっていきなり『ピャ~~~ドンドンドンドン、バ、バーバーバ、パラパッパ、パッパラ~~』と超高速な、まるで刑事ドラマのオープニングみたいな音楽が流れて来たからだ。

 穂群原高等部は生徒の自主性を重んじる。だから放送部の放送内容も結構自由だ(これはあっちでもこっちでも)。それでも空気や雰囲気はいつも読んでくれている。それはお昼のお弁当タイムなら、決まって静かなクラシックかポップスが流れるからだ。クラシックは小学部もそうらしく、イリヤちゃんは給食の時間は『ペルシャの市場にて』で、下校時間だと『新世界より』の第二楽章だと話していた。

 まぁ、小学部は情操教育を兼ねているだろうからそこはよくわかる。中等部に洋楽のポップスが多いのも英語のリスニングを兼ねているからだと姉さんに聞いていたから納得だ。だけどここの高等部だけは妙な特集を組んだりする場合があった。1年生の時は毎日毎日ハイドンの交響曲ばかり流れる週があって、103番の『太鼓連打』が掛かった時は吹いた。101番の『時計』が掛かった日はD組でエルマが吹いていたと思う。

 それで、どうも今週もそういう特集らしく、テーマはどうやらショスタコーヴィチだった。何の解説もないから知らない人はポカ~ンだろう。しかし、交響曲第5番『革命』の第四楽章でご飯を掻き込めという学校って凄いな。スメタナのモルダウのようなゆったりした曲ならわかるけれど、これはないでしょう? 口の中を噛んでしまいそうになるぞ。

 しかもこれ、レナード・バーンスタインがニューヨークフィルを振った、日本での1979年東京ライヴ盤だ。姉さんに聴かせてもらった記憶のあるこの録音は『爆速』な事で有名で、『革命』はこれでないとダメという特殊なマニアを産んだ名録音でもあった。ただ、ご飯を噛む速度と全然合わない。まさに共産主義による『強制された歓喜』だよ。美味しいのに悲しい。

 それなのに、第四楽章終盤の最後の最後でのティンパニが窓の外の雷鳴とピッタリ合っていたから、口の中のものを吹きそうになった。こういう偶然とも言えるプチ奇跡を得てして起こすのが名演奏の証だけれど、姉さんなら同じニューヨークフィルとのライブなら絶対にマーラーの9番を推すだろうな。

 なおニューヨークフィルと袂を分かって、フリーとなったバーンスタインはウィーンフィルとライブでベートーヴェンの交響曲全集なんかを録音するのだけど、これの映像記録もカラヤンみたいに残していて、中でも『合唱』は映像も綺麗だし、飽きずに一気見できるのでお薦めだったりする。

 それとバーンスタインにはもう一つ有名な『合唱』があって、それが1989年12月25日に収録された『ベルリンの壁崩壊記念コンサート』で演奏された『合唱』だ(壁崩壊は1989年11月9日)。記念ライブなので、オケも合唱団もメンバーが寄せ集めだから『イマイチだった』とは『エル様』の感想だ。

 何とあの方、先代御館様と乳母のマアエモ様に手を引かれて、このコンサートに行っていたのだ。御年僅か3歳。姉さんいわく『3歳ですよ、3歳。よく最後まで我慢して起きていたものです』との事で、実は第三楽章で『エル様』は寝落ちして、姉さんと入れ替わっていたらしい。そりゃ、眠かったろうなぁ。『エル様』の意識が起きたのは第四楽章の否定の主題の後だそうで、だから余計にオケがバラバラに感じたらしい。

 とは言えその2~3歳の頃は情操教育だとして、ルツェルン音楽祭やザルツブルグ音楽祭などにしょっちゅう通っていたらしく、日本に来る前の7歳頃には、バイロイトでワーグナーの楽劇を通しで観ても平気なくらい鍛えられていたそうだ。凄いよね? そのチケットを手に入れられる人も限られるのに、VIP待遇で部屋まで用意されていたそうだから。

 

 

 

 それはさておき、ここで吹き出したら、『お昼の放送で米粒を吹いた奴』って卒業しても同窓会ごとに言われそうだ。そんな伝説なんて要らない。私は噎(む)せそうになるのを我慢しながら口を押さえていた。当然アルトリアに心配され、背中を擦(さす)られた。気管に入った訳じゃないけど、落ち着いたらお礼を言った。

 すると放送はショスタコ5番に代わって、今度はバッハのミサ曲ロ短調になっていた。きっと途中でチャイムが鳴るだろうけど、厳かな合唱で『キリエ・エレイソン(Kyrie eleison)』が教室を満たしていた。その意味は『主よ、憐れみ給え』……だ。世の中は不条理だなぁ。

 

「トロンメル、どうしたのです?」

「アルトリア、教養って残酷な時もあるんだね……。初めて知ったよ」

 

 しっかし誰だよ、今日の放送委員は? 私はゆっくりしっかり食事を摂るタイプなのでまだ食べていた。それでいよいよお弁当が精進料理のように味気なくなって来た。ちなみに私は姉さんに鍛えられたのもあるけど、『クラシックを聴けば何の曲かわかる』のは『一般教養』として『エル様』が植え付けているからでもある。そうなのだ。ヨーロッパではクラシックが『一般教養』らしいのだ。

 これはルヴィアさんも証言していて、あの人や姉さんがピアノを弾けるのも教養として学んでいた経験があるからだ。だけど『弾ける』と言うと烏滸がましいけれど、多少は私もピアノを触(さわ)れる。これは先程も言ったように『エル様』が『教養』として植え付けてくれたものだ。姉さんも言っていた。

 

『例え本人の好みがジャズやロックでも、教養として子供にクラシックを学ばせるのは名家なら当たり前の事』

 

 だと。そもそも『誰がいつ頃作曲したのか?』『その曲の構成楽器は?』『そのジャンルなら、他に何が好き?』と、そういうのを会話の緒として相手の為人(ひととなり)を見るのは社交界での常套手段なのだそうだ。これは食事やお酒にも言えて、『◯◯が好き』というのは自分で背負うレッテル(看板)という意味合いの方が強いのだと教えられた。

 

(ただし、音楽(クラシック)・食事・お酒は同列に『高尚なもの』とされても、『本』と『スポーツ』は入らないそうだ。この理由は本で『本物の体験』は得られないし、貴族(いつ倒れるかわからない国家が決めた身分でなく、大昔からその地位にいる本物の事)は剣闘士の時代からスポーツは奴隷がする下等なものと捉えられているからだ。

 また『本』の場合、得られるのは想像力だから無駄にはならないけれど、そういう『読み方』ができなければ意味がない。これはわかると思う。だけど『スポーツは奴隷がする下等なもの』には即座に反論する人が居ると思う。だけど歴史を紐解けばこれは紛れもない事実で、スポーツ(格闘技と言っても良い)は長年、賭けの対象であり、暇潰しでしかなかった。

 奴隷であり、自分とは違う人間だからこそ命を賭すような無理難題の条件を押し付けられたのだ。ダイエットのためや賭けでもない限り、自分から進んでスポーツをする貴族なんて、昔から居なかったのだ。こういう心理的なものは世界史にも出て来ないので、憶えておいた方が良いだろう。

 けれどそんな諸々を踏まえた上で考えて欲しい。クラシック音楽が高尚とされるのはその大方が絶対音楽で、標題音楽とは異なるからだ。つまり絶対音楽は音の羅列だけで人に感動を与えるもので、そこにどういうイデア(観念)を懐くかは聴き手のバックボーン次第となる。

 だけど標題音楽や歌詞に頼った音楽は、音ではなく標題や歌詞で聴き手に作者の主張という名のある特定の方向性を与えてしまう。そこが問題なわけだ。もっとわかりやすく言うと、お城みたいなお家に住む人は、四畳半の歌なんて共感どころか想像もできない。そんな曲なんて聴きたくない訳だ)

 

『恋愛の相手なら意外性があっても良いと思いますが、ビジネスの相手……それも知り合って間もない相手ですと、その看板は重要ですよ? わかりにくい相手より、わかりやすい相手の方が、相手に与える安心感が違いますからね』

 

 なるほどと思った。だからこそ若い間は、男性なら『ベートーヴェンが好き』、女性なら『モーツァルトが好き』と返しておくのが一番無難なのだとか(※)。そして年齢に応じて徐々に自分の本当に好きな作曲家やジャンルを話題に出して行くのが『正しいお付き合いの仕方』らしい。

 

※)ベートーヴェンもモーツァルトも『トルコ行進曲』という曲を書いているが、弾きやすいのはベートーヴェンの方だ。これはこれらの元々の曲の出どころと、二人が持ったの徒弟の質と師としての立場の違いにある。そもそも『トルコ行進曲』は行進曲ではない。オスマン・トルコ風のメロディを付けてみましたという意味でしかないのだ。

 まず、モーツァルトのそれはピアノソナタ第11番の第三楽章を抜き出したものだ。このピアノソナタ第11番を調べると『トルコ行進曲付き』と副題が付いている。軽やかに聞こえるのに最初から最後まで難しいのはピアノソナタの一部だからだ。そしてモーツァルトが指導していた徒弟のほとんどが、きちんとした教養を身に着けた貴族ばかりである点も見逃せない。

 一方、ベートーヴェンの『トルコ行進曲』は舞台祝典劇『アテネの廃墟』に付随した音楽の四曲目(序曲を入れると五曲目)で、元はオーケストラ版だった。それを後年の人がピアノ用に編曲したものなのだ。また、ベートーヴェンが指導していた徒弟は良家の御婦人か子女ばかりだった。だから『エリーゼのために』のように弾きやすいのに上手く聞こえ、かつちょっとした難しさも与えるような工夫が成されている。数多く居る編曲者もそういう点を考慮しているようだ。ただしピアニストで指揮者でもあったアントン・ルビンシテイン(アルトゥール・ルービンシュタインとは別人)の編曲版だけは少し難しいそうだ。

 つまり端的に言えばベートーヴェンは顧客満足度を上げる努力を怠らないのに対して、モーツァルトは自分の天才性を自慢しているだけとも言えた。この差がピアノを弾くと如実にわかるらしい。なお、生涯収支がプラスだったのがベートーヴェンで、モーツァルトは最期借金を残していた。そんな『生き方』の違いが曲作りにも現れているらしく、ベートーヴェンだといつもどこか『弾く人に優しい』と話していた。

 

 

 

『それはそうですよ。十代の子供が『マウリツィオ・ポリーニの正確性が好き』とか『マルタ・アルゲリッチの自由奔放さが好き』(※)とか話しても苦笑されます。それよりも『グラモフォンから出た、戦中のフルトヴェングラーのCDは頑張って全10枚揃えました』と、コレクターっぽく話した方が『敵ではないな』と思われて安全です』

 

※)両名ともショパン・コンクールの優勝者で、若い頃から天才として有名だった。だけど『正確性』と『自由奔放』さのイメージは、ポリーニが若い頃に出したショパンの練習曲(エチュード)と、アルゲリッチが若い頃に出した前奏曲(プレリュード)から来ている気がしないでもない。

 

 ドイツからソ連に接収されたライブテープからCD化された録音の事だ。エルマがよく掛けているシューベルトのグレートもこの内の1枚だ。このテープが西側に返還されるまでは、ソ連で出回っていたLPから複製された、ノイズだらけのレコードでしか西側では聴けなかった。そんな複製レコードはアメリカのメロディアというレーベルが有名らしい。

 この『幻のテープ』が返還されたのは80年代半ばだったそうだけど、当時も凄い話題になったという。しかも全10枚セットでなく、バラ売りだったそうだ。

 また、『楽器が弾ける』のは『当たり前』の事なので、そういうハイレベルな人々のお付き合いでは自慢すると恥を掻くそうだ。逆に言うと、プロ並みの腕前だと必ず称賛されるとも話してくれた(つまりハイレベルな人達は、思考が偏りはするけれど、人の努力はきちんと見ているし、それを正しく評価する目も持ち合わせているので、成功への賛辞は惜しまないという意味だ)。

 

『だから、皆んな陰でこっそり練習する訳です。それも真面目に真剣に』

 

 そういう事を踏まえた上で、謙虚な人だから目上の人に可愛がられるんだね。実際、倫敦でもそうらしく、時計塔の教授やロードから随分可愛がられているそうだ。私もここでは目上の人から可愛がられている。それも近藤先輩を通じてだ。そんな人間関係を大切にしたい。日曜日は雨かも知れないけれど、お爺さんのお誘いには絶対に行こう。そう決心してお弁当箱の蓋を閉めた。

 

 

 

 

 

 2年A組の4時間目は調理実習だった。ん? ああ、今年の私は2年A組だよ。ちなみにA組の私は桜に麻上美衣子さんや袴田琴音さんらと同じクラスで、トロンメルとアルトリア、清水結菜さん、迫水澪さん、小島夕佳さんはB組だ。こんな偶然があるんだね? 迫水澪さんと袴田琴音さんは3年の白石先輩のシンパだけれど、白石先輩の模倣者でもあるから射形が綺麗だった。それを個々の体型に合うよう手直ししたのがお姉様だった。なので今は女子の2チーム目に入るレギュラーになっている。

 麻上美衣子さんに清水結菜さん、小島夕佳さんは1年の時からのお姉様のシンパだった。この3人もお姉様が手取り足取り指導して来たので2チーム目のレギュラーや、私や桜の入る3年生も混じった1チーム目のレギュラーや補欠になっていた。そんな風にA・B組に、女子弓道部員の主要メンバーのほとんどが固まっていた。

 それで麻上さんに袴田さん、桜と私の四人が同じ調理班だった。これは気心が知れているからと家庭科の先生の配慮があったからじゃない。男子のみならず他の女子も置いてけぼりにするのが目に見えているから隔離されているのだった。と言うか余裕があるなら他班もみてあげろと既に先生から申し付けられていた。

 B組のトロンメルやアルトリアのお昼はお弁当だろうけど、A組は出来上がった料理を食べなきゃならない。だから失敗は許されないとばかり、本日のA組は女子だけでなく男子も真剣な顔つきだった。説明は先々週の授業で終わっている。献立はハンバーグ、ナポリタン、ブロッコリーとキャベツのサラダ、お味噌汁にご飯だ。これらを授業の50分で仕上げ、後片付けまで終えた班から実食となる。

 ちなみに先月の調理実習は修学旅行だったので1回飛んでいて、先々月の4月はタケノコの炊き込みご飯と、アスパラと玉ネギ、ニンジンの入った鮭のホイル焼き、それとフキの煮物だった。これも同じ50分で作らなきゃならないから大変だった。男子はともかく女子でも時間が足りない班が続出したのだ。それで私と桜が遊撃手となれるよう調理班が編成変えとなって今の班になった経緯がある。だからある意味、私と桜のお昼は麻上さんらに懸かっているのだけど、今日の献立なら楽勝だろう。

 強いて問題点を上げるのなら時間配分だ。ハンバーグは捏ねた後、冷蔵庫で30分ほど寝かせなければいけない。そして中火と弱火の間くらいで15分くらい掛けてじっくり焼かないと中まで火が通らないのだ。その間にご飯を炊いてナポリタンを作って、サラダを作ってお味噌汁も作らなきゃならない。だからこそ他班を応援する人手が必要なのだ。正直、カツカツだ。

 だけど、家庭科に力を入れている有名女子校でもないのに穂群原の家庭科がここまで厳しいのは、元が女子校だったからというのもあるみたいだけど(その頃は中等部がなくて、今の中等部と似たようなセーラー服だったらしい)、本当の理由は今どきは男子も料理の一つや二つ作れないとダメだというのもあるようだ。だから高等部1年も炒め物や焼き物をみっちりやる。まぁこれは高等部で入学して来る人に合わせてだ。

 ところが内部生なら、ご飯とお味噌汁に野菜炒めくらいは小学部の6年生でやっちゃうし、中等部だと肉じゃがやグラタン、お好み焼きなんかも作るそうだから、そこまで下手な人はあまり居ない。とは言っても桜は例外中の例外で、やっぱり品数が増えると余程効率良く作らないと時間が足りなくなる。そこを学ばせるための2年の調理実習だとも言えた。

 そんなだから来月は中華だろうなと皆んな話している。その理由は調理時間こそ短く感じるけれど、中華料理は事前の仕込みや下拵えで美味しさや食感の満足度が大きく変わるからだ。つまり包丁捌きと肉の揉み込みや寝かせ、調理前の調味料や食材の配膳などの時間を50分の中からどう捻出するかにある。そういう事をキッチリしてあるから、どこの中華料理店も10分くらいで料理が出て来るのだ。

 それからこの和洋中の実習が一巡りしたら、一回だけ試験を兼ねた自由献立になる。これが凛さんに言わせると結構悩むのだそうだ。何を作るかもあるけれど、時間内に作れるかどうかも自分達で考えないといけないからだ。だけど、3年生になると前日の放課後に買い出ししての自由献立ばかりになるそうだから、とても重要な実習でもあった。

 だって班の仲間とは家族も同然だから、ちゃんと料理の時間も片付けも時間内に終えないと、大人になった時に家庭を築けないからだ。これって高校生と思えば信じられないくらい実践的な教育だと思う。そんな訳で昨年のお姉様は50分で五品も作っちゃって『将来、良いお嫁さん』アピールを無意識で振りまいていたらしい。

 吉川先輩がお姉様と同じ班の男子先輩に『俺も食いたかった』と嘆いていたのは、『天上の味』『極楽の味』という噂が広がったからだ。しかもそんな五品も作っておいて、それでも時間が余ったというから本当とんでもない人だ。ただしこれにはカラクリがある。それはこっそり砥石を持って行き、自分が使う包丁だけを隠れて僅か5分で研いだ事だ。

 さすがに投影はできなかったみたいだけど、そこも不思議だと思わない? 隠れて研ぐ時間があるなら、その実習室に置いてある包丁そのものを刃付けした状態で、少し後ろを向いて投影すれば良いのに。でもそれをしなかったのは、バレたらバレたで先生に対する良いアピールになると踏んだからだそう。

 つまりお姉様的には嫌味でなく、備品の管理をちゃんとしておいて欲しかったのだ。だけど『包丁の切れ味』なんて、いくら先生がベテランでも、女性である限り盲点だったのだ。学園から業者に包丁研ぎを頼むなんて何年に何回くらいだろうか? つまりはそういう事だ。それでお姉様は『良く切れる包丁なら10分は浮くし、取り返せる』と考えてらしたのだ。

 キュウリの飾り切りを本職顔負けでサッと作る人は、キャベツの千切りもマシンガンのように早い。そういう早さの秘訣もまた『切れ味』があってこそなのだった。そして手際も良い人だ。コンロの数があれば、あるだけお鍋もフライパンも同時に使える。そんなお姉様の打ち立てた記録に、今年凛さんやルヴィアさん、衛宮先輩(士郎さん)が挑むわけだけど、はてさてどうなる事やら。

 

 

 

 さて、チャイム前に実習室への教室移動を終え、手洗いとエプロン装着を完了した私達は、先生のところへ食材を受け取りに行った。ちなみに頭は市販の三角巾でもバンダナでも良い。エプロンも自由だ。だけれど1年の時の内部生には中等部時代の給食着の子も居た。それが桜だったのだけど、今は私とお揃いのペンギン柄のエプロンと三角巾だった。桜は薄いピンク(桜色)で、私は青だ。

 ちなみにこの実習前に私と桜は、事前に先生から『ある謎』を他の生徒には秘密にしておいてくれと頼まれていた。それが玉ネギの扱いだった。作るのはハンバーグとナポリタンだ。しかも今は6月。普通に考えて食中毒が怖い。だから『火はしっかり通せ』『長時間捏ねるな(※)』とも先々週に注意があったし、衛生手袋も配布されていた。

 

※)手の平から伝わる体温で、挽き肉の脂が溶けるから。だけど塩が結着剤となり、胡椒が風味を増すもの事実だから脂が溶けないよう体温が低い末端の指先で捏ねる必要がある。

 

 わかるかな? 玉ネギなんかハンバーグにほとんど使わず、ナポリタンと炒めても、スライスオニオンにしてサラダに追加しても良いし、お味噌汁の具にしても良いのだ。となると大きなハンバーグでなく、肉々しく火の通りが早く空気抜きの手間も余り掛からない、一人2~3個は当たるようなミニミニハンバーグにしてしまって、時間短縮を測るのが正解なのだった。これが先生が仕組んだ『謎』の正体だ。

 それを私と桜、それとお婆ちゃん子で普段から家のお手伝いを良くしている麻上さんは見破っていた。それを先生に伝えていたのだ。他班に行っていた私がチラリと見ると、袴田さんはお米を既に炊飯ジャーにセットし終え、麻上さんは挽き肉に塩胡椒以外にガラムマサラを振っていた。ボウルの横に卸し金が見えたから、レンチンしたブロッコリーの芯と少量の玉ネギを卸して混ぜたのだろう。これも正解。

 まず、根菜類が多いタネならナツメグも良いけれど、お肉だけなら少量のガラムマサラでも風味が増す。そしてツナギの野菜は卸した方が挽き肉と良く合う。芯だけ湯がかず先にレンチンしたところに麻上さんのセンスを感じた。彼女、お姉様と料理談義したか、一緒に作った経験があるな? お姉様、ホント後輩には優しかったからなぁ。




卒業アルバム撮影や調理実習など、今回は普通の小説ではあまり観ないシーンを中心に書いてみました。
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