※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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108、冬木の日々 09

 晩ご飯が終わった。そこからお客様の歓迎食事会や宴会に雪崩込む事はなかった。ただ、私とエルマが食器を下げ、洗い物を手伝っているとアーチャーさんが食後のコーヒーを淹れていて、エルマからは『コーヒーの後は席を外して』と言われた。皆さんにお願いしたかった。あんまり忙しいエルマを引っ張り回さないであげて……と。

 

 

 

 コーヒーを飲み干せばトロンメルが2階に戻り(この後お風呂だろう)、アーチャーさんが名々のドリンクを聞き出し、軽いスナックとともに提供した。凛さんとルヴィアさん、イリヤ姉さんが戻ったのはその頃で、マルガリータさんが三人分の食事を温め直していた。イリヤ姉さんを見て、エルヴァさんと士郎さんがギョッとしていたのは言うまでもない。

 今の姿は同年輩にしか見えないから、きっとエルヴァさんの二人のお姉さんとソックリなのだろう。まぁ、少なからずエルヴァさんのところのイリヤスフィールさんは異世界同位体なのは間違いない。なのでエルヴァさんはイリヤ姉さんととても話したがっていた。だけど今から食事だと気を利かせて黙っていてくれた。

 ルヴィアさん達は私達と少し離れた席を確保し、自分達で料理を運んでいた。先生か、アーチャーさんが声を掛けていたのか、良いタイミングで、何やらお土産を抱えたランサーとランスロットさんが入って来た。二人の手に氷の入ったウイスキーグラスを渡したアーチャーさんは、ランサーにアイリッシュでなくジャックダニエルズを、ランスロットさんにはスコッチでなくアーリータイムズを注いでいた。

 知っている人は知っていると思うけれど、日本ではバーボンとして売られているこの二つのウイスキーは、本国アメリカではテネシー・ウイスキー、ケンタッキー・ウイスキーとされている。バーボンを名乗るには様々な定義があり、それらの条件を満たさないとバーボンとは謳えないのだ。

 ところが条件を満たしていても謳わない自由もあるからややこしい。しかもアメリカン・ウイスキーの主な産地である、ケンタッキー州やテネシー州、その左隣のアーカンソー州には、やたら禁酒郡が多い。これは州でなく群や市、街といった単位で酒類に厳しい制限が設けられているという意味だ(※)。それらをドライ・カウンティやドライ・シティというのだが、禁酒法が今も続いているのでなく、主に住民の宗教観や理念でそう定められている場合が多く、価値観のそぐわない余所者(よそもの)の移住が難しい地域でもある。

 かつて『エル様』はフロリダ州のココアにある別荘を売って、テネシー州に新しく別荘を建てようと計画した事がある。どちらの州も要件を満たせば簡単に銃が所持でき、特にテネシーの街外れなら、地元警察に写真や地図などを提出すれば自宅の庭にシューティングレンジ(射撃場)が容易く持てるのだった。だけどそういう地域は決まって飲酒できない。それで今も別荘はそのままなのだった。反対したのが誰なのか簡単に想像着くと思う。

 

※)禁酒法時代のように横行はしていないが、日本でいう梅酒感覚で造られる自宅用蒸留酒などは存在する。それらを広義で『ムーンシャイン(Moonshine)』と言うのだが、狭義の意味は脱税目的の密造酒だ。月が輝くのか、月夜に輝く(仕事をする)のか、魔術師としてはとても興味の惹かれるスラングだと思う。

 このムーンシャインという単語は名曲カントリーロードでも歌われているので、舞台となるウェストバージニア州の山に懸かる『月の輝き』と訳す人が多いが、その山には洞穴がたくさんあって、そこで密造酒を寝かせていたという逸話がある。なのでその逸話をモデルにした『Moonshine』という、コーンウイスキーがウェストバージニア州の名物だったりする。

 ただ残念ながら、市販の合法物は寝かせなんてしていないから、無色透明だ。バーボンやスコッチが琥珀色なのは焼いた木樽に詰めて寝かすからだ。要は樽からの色移りなのだった。それで、エルヴァさんと慎二さん、士郎さんはビールを選んでいた。多分、後者は軽めという意味で、前者のエルヴァさんだけはビール慣れしているからだ。

 確かテキサスの名物酒は『Shiner Bock』というビールだ。ちなみにお姉様のいらっしゃるカリフォルニア州は赤ワインだ。エルヴァさんも今はお姉様と同じハンティントンビーチ住まいだそうだから、赤ワインも楽しまれて居るかも知れない。

 

『いやぁ~、あんたには殺されると覚悟したぜ』

『オレ? お前ぇに何かしたのか?』

 

 エルヴァさんとランサーだけど、これからそういう事が起きるんでしょうよ。その後先生が仕切るまで、二人はテキサスにあるステーキハウスの話しをしていた。2kgもあるステーキセット(マッシュポテトや野菜、パンが付くらしい)を1時間以内に食べきったら無料になるとか何とか……。それをエルヴァさんは中学生で達成したという。この人、絶対お姉様と関係ない人だ。

 

 なおアメリカはその歴史が血塗られているからか、当局が認めずとも、ポルターガイスト現象が頻繁に起きたり、幽霊の目撃例が多い幽霊屋敷や、マンション、ホテルなどがあちこちにある。霊視能力のある人が視れば街中でも普通に歩いているらしく、アメリカのお姉様も、昨年から今年までの僅か半年で14~15回は目撃しているそうだ。

 とは言えこの冬木でも時折人魂(オーブ)は見掛ける。猫や犬がジッとどこかを凝視していたら、まず人魂かもっと形を成した幽霊が居る。学園の集会で私、トロンメル、凛さん、ルヴィアさんが同時にオーブを感知した事もある。だけど不思議な事に三枝先輩がスルーだった。視え過ぎて普通の人だと思っていたようだ。

 倫敦のお姉様に至っては10体以上の亡霊と同居していたそうだから、相変わらず普通じゃない。しかも祓うのでなく、一番悪戯が酷かった悪霊三体を調伏し、スイスから送って貰った素体に押し込んで、あちらでは公的に家族として登録している。この秋から中学生らしいから(子供の霊だったのかな?)トンデモな話だ。伊達に降霊科の講師に迎えられた訳じゃないんだね、と感心しきりの私だ。

 ちなみにその地下に出没していた幽霊は決まって夜中の2時に出て暴れていたそうだ。視える人が視れば朝も昼も関係ないのだけど、どうして深夜の2時頃に目撃例が多いのか? それは太陽の位置と関係ある。何故か幽霊を構成する物質か粒子は、太陽が地球の反対側に来ると活性化するらしいのだ。

 また可視像を結んだりポルターガイスト現象を起こす時に周囲の熱を奪うという事もわかっている。

 そして幽霊の活動は気温のように12時を2時間ほど過ぎたところでピークになる。となると太陽光だけでなく気温も関係があるのだろう。また可視像を結んだり、ポルターガイスト現象を起こす時に周囲の熱を奪うという事もわかっている魔術師は多いだろう。つまり幽霊も熱エントロピーありきなのだ。この辺りはお姉様がお詳しいので、戻られた時にきちんとお話を聴きたいところだ。

 なお幽霊とは、悪霊か善霊かに関わらずすべて意識体だ。つまり自我を失うほど摩滅していても、人の目に触れない存在となっていても、量子論的には決定権を有する虚数存在でもある訳だ。そもそも魔術が2乗すると-1になる虚数と密接な関係がある。つまり本来の桜は猫が死んでいるか生きているかを決定付ける『観測者』であり、原子レベルでなく量子レベルで魔術を操れる稀有な存在なのだ。これは間桐なんかに養子に出されていない遠坂桜を『エル様』が鍛えたら、史上最高の魔術師になれた可能性があるという意味だ。

 何故なら、量子を操れる魔術師は、死霊どころか英霊まで支配下に置けるからだ。暗示とかそういうレベルじゃない。その存在を構成する根本の根本から操作されてしまうのだ。それが間桐の教えだと操影術や影の空間操作が限度となってしまう。『エル様』や私にトロンメルが持つ宝具の中の空間が、英霊の宝具を取り込める秘密もここにある。あれにも虚数魔術の理論が使われているのだ。だから内部が自分の意識で操作でき広さも変えられるのだった。

 そこを知らないで影の空間に宝具を取り込めば、英霊が『戻れ』と命令するか、座に帰る時に食い破られる。これは影の空間が正負に関係なく一様に実数空間だからだ。つまり影の空間は反物質を留めておけない。どこの間桐も量子論は、今となっては間違っているデュラックの海レベルにも行っていないのだ。

 一方、遠坂と言うか先生の持つ並行世界の理論も量子論とは切っても切り離せないものだった。そもそも自分の考えを瞬時に相手に伝えられる念話は、虚数空間に思考を飛ばす行動であって、距離とまったく関係ない。もし時間差なり距離の壁があったなら、それは理論上術者側の問題となる。

『現象のエル様』が世界を閉ざす前は、『エル様』の宝具からこちらの宝具へと、並行世界なのに物が送れたのだ。つまりそれは宝具から宝具へ人も送れるという事になる。これも第二魔法の変形だ。そして虚数の世界に意識を移し、自分の意思だけで世界旅行や宇宙旅行が出来る第Ⅳ段階まで宇宙生命の文化レベルが上がれば第三魔法は陳腐化してしまう(※)。

 そんな事を杖となったゾウケンくんは理解してしまい、それ以降この虚数の分野をずっと研究していた。そして今はお姉様と新しい魔術理論を固めるべく、メールでやり取りしているのだった。

 

※)旧ソ連の天文学者ニコライ・カルダシェフが1964年に提唱した、文明の発展レベルの基準をエネルギーの取得方法によって示したスケール。カルダシェフ・スケールという。本人はレベルⅢまでしか考案していないが、後の学者達がレベルⅦまで肉付けしていった。

 

 レベルⅠ=天然資源文明~核融合文明。その惑星からまだ出られない天然資源に頼った原始文明から、核分裂を知り核融合を得て行く段階。驚くなかれ月の軌道にコロニーを持つ『宇宙世紀』でもまだこのレベルだ。核融合を知り、太陽系内を開発しだしてレベルⅠの終わりとなる。

 

 レベルⅡ=核融合文明~恒星文明。一時はアインシュタインの研究助手も務めていた宇宙物理学者、フリーマン・ダイソン博士が提唱したダイソン・リングを実現した文明。別名ダイソン球とも言う。これは太陽(恒星)の周囲にベルト状、或いはリング状の人工構造物を建設し、四六時中、恒星の放つ熱エネルギーを無駄なく使えるようになった文明レベルだ。この発想を元にしてラリイ・ニーヴンは『リング・ワールド』という有名なハードSFを描いた(ただし『リング・ワールド』は惑星代わりのコロニーでもあるから、次のレベルⅢに到っていないと実現は難しいかも知れない)。なお、この段階ではまだ太陽系外進出は厳しい。

 

 レベルⅢ=銀河文明~反重力文明。太陽系外に進出し、様々な恒星からエネルギーを取得できるようになったレベルの文明。キモは反重力推進装置などを開発し、ロケットエンジンから脱却できたかどうかにある。また反重力装置を得る事で自重で崩壊しない超巨大構造物が建造可能となる。この他、このレベルでは遺伝子構造も完全に解明し、各種の疾病も克服し、その種の限界目一杯まで寿命が伸びていると考えられる。カルダシェフ本人は、スケールを提唱した頃、このレベルを文明の到達点と考えていた。

 

 レベルⅣ=宇宙文明~超新星文明、銀河を渡り歩き超新星爆発からエネルギーを取得できる文明。やがて意識生命体への人工進化を果たし、次の段階へステップアップする。即ち科学が第三魔法を陳腐化した頃がこのレベルⅣの終わりだ。ワープ航法などもこのレベルで開発される。そしておそらくだが、私達人類を猿から人へ人工的に進化させた存在が、このレベルの文明に至った精神体宇宙人だったと考えられる。

 

 レベルⅤ=マルチバース文明(多元宇宙文明)。異世界や並行世界、平行世界の存在を知り、そこからもエネルギーを取得する文明。ここで宝石剣や第二魔法が陳腐化する。ホワイトホールの利用が始まってレベルⅤの終りとなる。

 

 レベルⅥ=多次元文明。既に文明保持生命は肉体を捨て意識体に移行済みだから、四次元にも五次元にも行ける。おそらく第一魔法体現者がこのレベルに到った存在だ。なおレベルⅠ文明がここまでの文明を得るまでには100億年以上掛かるとされている。なので根源に到って第一魔法を得られるのなら、そこで例え百世代・千世代を掛け、一万年や十万年という年月を費やしたとしても、結構な時間短縮を果たした事になる。つまり科学の発展を待つより、神秘を探究し根源に到る方が、文明への貢献度は高いのだ。

 どの魔術師も私利私欲で魔術や魔法を捉えているから、『エル様』のような、こういう『神秘の探究は文明発展の時間短縮に貢献し得る』という壮大なスケールでの発想が出て来ない。厳密には『エル様』は先生の弟子ではないけれど(イリヤ様は先生の魔術師としての弟子で、凜様は魔法使いとしての弟子だ)、先生から一目も二目も置かれているのは、こういう論を9歳頃には確立していたからだ。

 そして『エル様』自身はとても魔術を愛しておられる。そんな人だから法政科のバルトメロイ・ローレライから一方的に可愛がられ、妹扱いされていた。御本人はかなり迷惑そうだし、最悪は英霊をけしかけ潰す事も可能なのに、どこか憎めない人でもあるそうだ。この辺りをお姉様にお尋ねすると、『エル様』は無駄に偉ぶったりしないけれど、本人の思想がガチガチの貴族主義派だからそうなるのだそうだ。だけど『魔術属性の変化や重複』と言った血統主義を覆しかねない論文を出したりするので、民主主義派や中立派の一部から『誰よりもアインツベルン理事は中立だ』とされているらしい。

 

 レベルⅦ=創造主文明。本当の意味で宇宙そのものを創造した存在、或いは現象を想定したレベル。ゾウケンくんに言わせると『無限にある炉の最高管理責任者』となり、『エル様』は科学と神秘学が融合した文明レベルと仰ていた。その話し方はレベルⅧやその上のレベルを考えられた上でのものだろう。

 

 

 

 やがて全員にドリンクが行き渡り、凛さん達の食事が終わってから、先生の主導で本題の話し合いが始まったのだった。ランサーの前にはキハダマグロの刺し身と味付け海苔が置かれていた。きっとアルバイト先のお魚屋さんから余ったのを頂いて来たのだろう。大抵のマグロは冬が旬だけど、このキハダマグロは6~11月が旬と少し早い。

 そしてキハダマグロとビンチョウマグロ、一部地域にしか流通しないコシナガマグロなどの小型マグロは価格が安い。その分、コクや旨味が少ないので味付け海苔と合わせると、かなり美味しく頂けるのだった。なお、回転寿司のビントロとはトロのように脂が乗っているというの意味でなく、トロのように柔らかく口当たりが良いという意味だ。

 そしてトロの部分を持つマグロはクロマグロ(本マグロ)とミナミマグロだけだから、ビントロは回転寿司専用用語(造語)なのは知っておこう。まぁ、簡単に言えば豚トロのようなものだ。

 

(厳密な豚トロはマグロで言うカマからホホ身を指す。実際スーパーに並ぶのは、そのほとんどがラーメンと同じ背脂だ。そして養豚場の人はこのネック部分に抗生物質を打つので、豚トロを食べない人が多い。ブロイラーの脂身やキモが臭うのもそんな抗生物質のせいだ。安い肉を食べる人ほどガンになりやすいのは、間違いない事実だ。そしてそういう毒物は脂肪に溜まる事も憶えておこう。

 また喫煙者と肺ガンや喉頭ガンに因果関係はない。副流煙は確かに良くないのだが、喫煙=ガンではない。むしろ気を付けるべきは輸入小麦粉で作られた食物全般と、食肉や加工肉に含まれる抗生物質の体内への蓄積だ)

 

 

 

『それで先生は私に一体……?』

 

 もちろん英語だ。

 

『現段階ではあなたの『夢』なのかしら? この時間差は私の失敗だけれど、彼らをよく見てエルマ。スーツを使いこなす彼らは、あなたの『夢』を何歩か歩んでくれた存在なのよ』

 

 そういう事か。

 

『スーツをもっと作れ、改良しろって事ですか?』

 

 きっと時間の流れが異なる世界を確保していて、そこを利用して当面のベルトを何本か作れという事なのかも知れない。

 

『それもあるけれど、まずは私も旦那もあなたの考えをとても買っているのよ。それを今後行く世界の慎二くんや衛宮くんに配っていけたならってね。でも取り敢えずはエルヴァくん向けのものと、彼の親友であるアントニーくんのスーツ、それとエルヴァくんに仕えるクロエって子の分が欲しいのよ』

 

 ははぁ、なるほど。

 

『となるとエルヴァさんがイエローで、アントニーさんがグリーン、クロエさんがピンク?』

 

 もし本人に逢ってお顔がクロエちゃんそっくりなら驚くぞ?

 

『色なんて任せるわよ。何でそんなスラスラと出て来るの?』

『レッド、ブルーと来たら次はイエロー、グリーン、ピンクと決まっています。方程式以前の定理ですよ?』

『て、定理……』

 

 良しっ、先生に勝った。この『定理』という言い方は、実は私の定番ネタだ。例えば『因果応報』も私は『定理』と言い換える時がある。善い行いをすれば善い結果が得られ、悪い行いをすれば悪い結果が伴うのは当たり前の事だ。だからそれは宇宙の誕生時から定められた法則、つまり定理なのだ。そしてそれが創作物である私が考える『人の有り様』だった。

 そしてハッと気付いた。名前の関連性はともかく、クロエさんってエルヴァさんの鋳造したホムンクルスではないかと。それもとても大切に思っている。だから私はエルヴァさんに言ってあげた。

 

『エルヴァさん、先にピンクを作るべきですか?』

『わかってくれるか。そうなんだ、オレはキャスターが改良してくれたアイツを守りたい』

 

『キャスターが改良した』……。『エル様』の何代前かわからない前世……。そんな人が手を入れている……。私は俄然クロエさんに逢ってみたくなった。

 

 

『それで取り敢えずのスーツが揃ったら、良い塩梅に第四次開始前の世界を見付けてあるから、そこで実戦投入しようかなって』

 

 士郎さんと、もしかしたらエルヴァさんのためだろう。だけどそれだけじゃない。凛さんの目が強くなった。私と同じで『絶対にそこの桜を救け出す』という決意に溢れた目だ。だから私は凛さんに頷いた。凛さんもルヴィアさんとともに頷き返してくれた。その頷きには『両親も救う』という決心が見て取れた。

 斜め向かいのエルヴァさんや士郎さん、慎二さんも頷き合っていたから、衛宮切嗣さんやアイリスフィールさんを『救ける気マンマン』なのだろう。

 

『それで、ランサー?』

『何でぇ?』

『こっちで優先小聖杯は用意するから、あんたにディルムッド・オディナとセイバーを任せるわ』

『お!? 良いのか?』

『ええ。それでランスロットは……』

『ランサー殿の補佐、並びにバーサーカーですね?』

『そう。キャスターは私が枠を取るから、エルヴァくん達はエルマのアサシンと組んで、雨竜龍之介という男の確保よ』

 

 そこでランサーが質問した。

 

『なぁ、征服王は話し合いでどうにか持って行くのはわかるけどよ。英雄王はどうすんだ?』

『そこはエルマに。『王の財宝』を根刮ぎ奪いなさい』

 

 チャンスだ。宝具じゃなく、中にある宝石や金が嬉しいのだ。これらを換金すればランサーにもアサシン達にも無税で報酬を渡せる。セイバーさんへの罰金を貯めなきゃならないランスロットさんも現金の方が嬉しいだろう。

 

『なら、先生。遠坂と言峰陣営を緒戦で落としても良いですか?』

『おい、エルマ。そんなの可能なのかよ?』

 

 私はランサーに応えた。

 

『お姉様には無理でも『エル様』と私はそれが可能です』

 

 そう、茶番の夜、屋根の上に立った瞬間に『天の鎖』で縛り上げいきなり宝具の雨で殺すのだ。言峰さんは私のアサシンを使い、崖の上で暗殺だ。それか『エル様』式に、脳の一部を破壊して言語と視力を奪いつつ、脳血栓を起こさせ半身麻痺に追い込んでも良い。私がそこまで考えるのは、この神父と英雄王がお世話になった遠峰先輩の災厄そのものだったからだ。

 世界が違うのは重々承知。と同時に英雄王がアルトリア様の旦那様と異なる存在であろう事も承知だ。その上で傲慢だけれど、間引いた方が世のためになると思っているからだった。それで言峰さんをどうにかした後は、私の方のザイードに囮なって貰い、英雄王の前に立たせる。

 ただ私はお姉様やアーチャーさんのように『破戒すべき全ての符』が使えない。きっと原典は宝具の中にあるのだろうけど、どこにあるのかさっぱりわからないのだった。なので新たなアサシンを得る事ができない。あ、それこそアーチャーさんに頼めば良いのか……。

 

『緒戦で英雄王を……ね? 良いわよ、確実な策があるなら。それにその方が遠坂の生き残る目が高まるからね。ただ、脱落させても教会には行かせない事。御三家ならサーヴァントを失ってもすぐに令呪が浮かぶし、その頃に預託令呪を持つのは綺礼の父親である言峰璃正神父の方だから、そこは絶対に忘れないでね。それとエルメロイを生かしてエルメロイⅡ世への道を閉ざすのか、それともエルメロイを潰すのか。そこも考えなさいよ?』

 

 そうなのだ。お姉様はエルメロイさんを殺さず(殺させず)、スキャンダルで潰した。しかもウェイバーさんはライダーさんという英霊を連れて時計塔へ帰還した。これは降霊科にしても、アーチボルト家にしても、ウェイバーさんさえ取り込めば、ケイネスさんの失踪を補って余りある栄誉になるからだ。だからそうなるようにお姉様はライダーさんに助言をしていた。

 そんな風にお姉様はウェイバーさんに華を持たせたのだ。そしてそれは受肉化したライダーさんを一生食いっぱぐれないようにするためでもあった。ちなみに『エル様』は8歳の時に、ライダーさんへ『レベルⅦまで行ってみろ』と言ったらしい。これも大概無茶苦茶だ。

 ともあれお姉様は、未来をほとんど変えずにマスター達の命を救い、冬木の街まで救ったのだ。だから先生は『奇跡の采配』とべた褒めしたのだった。あの言峰さん親子の絆を深めさせ、英雄王までを懐柔した話術……。こうやって振り返ると本当に『奇跡』だ。何より埠頭でランサーと戦った、お姉様とイリヤ姉さんが凄い。実はあれも茶番だったのだ。

 あれは切嗣さんの目を釘付けにするためで、隠れているアイリスフィールさんとセイバーさんを離させるためだったのだ。事前の打ち合わせはあったけれど、まさか本当に離れさす事に成功するとは思わなかった。だから私は悠々とアイリスフィールさんの誘拐拉致を達成できたのだ。

 しかもこちらを追わせない策として、舞弥さんのクルマの強奪、拠点のホテルからの武器弾薬の強奪まで計画していた。そのためにアサシンを四隊に分けたのもお姉様の指示だ。そしてケイネスさんを罠に嵌め、ランサーを消失まで山に放逐し、翌日には間桐の家を強襲だ。そこで出逢った間桐臓硯がゾウケンくんなのだから、不思議な縁と言えば縁なのだけど、当時の私はお姉様の『誰も殺さないし、殺させない』という願いを叶えるために必死だった。

 

(ゾウケンくん、言い方が悪いけれど間桐臓硯をどうしよう?)

(ええよ。そうじゃなぁ。相手次第じゃが、儂みたいに杖にして、慎二に預けても面白いかも知れんな)

(ああ、参謀にしちゃうんだ?)

(そうじゃ。エルマがちょいと後押しすれば妄執も解けようしな。さすれば儂と出逢うた意味、第五次から4年後なのに、1年前のエルマに出逢うた意味も出よう)

 

 さすが、ゾウケンくん。冴えてるなぁ。

 

(ついでに遠坂からルビーを対価にできんものかの)

(え? またルビーを?)

(そうじゃ。今のルビーが居るから良いと満足するのではなく、二本三本とあれば何が出来るようになるかを考えんといかん。それにタイミング次第で、どこぞの凛やチビ共を救う手立てにもなろう)

(あ、そうか。それに別にルヴィアさんが予備的にルビーを握っても良いんだし)

(そうじゃ。それは逆も然りじゃろ。凛がサファイアを握っても良いんじゃ。可能性を自分で狭めてはいかんぞい)

(だね)

 

 それで私はアサシンに念話で第四次から、ここ最近までの間で冬木で起きた刑事事件や民事事件、交通事故などを先生達と渡るまでに再チェックして欲しいと頼んだ。それを元に救えるだけ救おう。そして第三魔法だけを求める機械でしかないアハトに賠償させよう。そこまでやって、やっとお姉様に『頑張ったね』と言って頂ける気がした。

 その後、大体の話が終わったのを見計らってから先生は学生組とイリヤ姉さん、マルガリータさんに『もう休んでくれて結構よ。細々したところはその都度尋ねてくれて良いから』という事でお風呂に向かった。翌土曜日の朝にアーチャーさんに聞けば、深夜まで酒盛りをしていたらしく、アジフライを追加で揚げたり、新たにサバフライも揚げたそうだ。

 夜中のオツマミ追加に手間の掛かる揚げ物って……これ、天ぷら鍋を一回片付けている筈だ。揚げ油はオイルストッカーからの使い回しかも知れないけれど、何だかなぁって感じだ。らしいっちゃらしいけれど、英霊になってもこういう無茶なリクエストを断りきれない人の良い部分は生前と変わらないらしい。

 あ、お姉様からこんなお話を聞いた憶えがある。アーチャーさんを連れ帰った世界に渡る前の事だ。

 

『英霊は姿こそ若返ろうと、慣習的な部分は老人のそれです。まず間違いなく頑固で融通が効かないものです』

 

 つまりお姉様は『老害』と言いたいのだ。他者より短くとも、鮮烈な人生に誇りをもって生きて来た英雄ばかりだから、これに当て嵌まる英霊は多いと思う。ただ、お年寄りと違って損得をチカラのプラスマイナスで捉える傾向が強いので、お姉様がランサーにしたみたいに初撃でブチのめし、後は『絶対に敵わない』と思わせる手段を取る方法が有効なようだ。

 英雄という人種は要するに、暴力体質で即断即決傾向にあると言えるだろう。暴力体質とはDV体質という意味でなく、チカラで問題を解決する傾向が強いという意味だ。そして即断即決とは思慮が浅いという意味でなく、やはり即座に動く方が問題解決が早いという事を経験から知っているからだ。

『細かい事をグダグダ考える前に動け』なんて、ランサーが一番言いそうな事だ。本当、彼は英雄らしい英雄だと思う。だけど、これが『エルヴァ効果』なのか、お姉様自身が懐く『クー・フーリン像』と、彼とともにする事が多いマスターとしての私が懐く『クー・フーリン像』には微妙な差があった。それはズバリ、『生きるチカラ』にある。とにかく何事に対しても適応力が高いのだ。

 これは『生き汚い』というレベルじゃない。暴力体質で即断即決傾向にある筈なのに、同時に細かい計算もできる賢い人でもあった。そして伝承の生い立ちとは裏腹に随分と庶民的な人でもあったのだ。何と前日の夜、ランサーとエルヴァさんに慎二さんは、ランスロットさんと士郎さんに二人のアーチャーさんを置き去りにして、ファストフードの朝食セットについて論を張っていたのだそうだ。

 

『だから、最高は松屋のソーセージエッグだってぇ~の。目玉焼きのな、白身を先に醤油を付けた海苔と一緒に一杯目を食うのさ。そんで二杯目は黄身を飯に乗せて豚皿の汁を掛けるんだ。で、漬物には紅生姜をトッピングだ。それでもまだソーセージとサラダ(お店に拠って盛りが違うらしく、普通はサラダ単品の半分のグラム数だと決まっているのだとか。マウント深山が主戦場のあなたが何で新都のファストフードのそんな濃い食べ方を知っているんだ?)、味噌汁が残ってんだぜ? 四杯は堅ぇよな?』

 

 この当時、小鉢は豚皿か納豆だけだったらしい(この数年前、ソーセージエッグが出たばかりの頃は『W』しかなかったそうだ)。そして店舗によっては朝だけ、ご飯のお代わりが無料だったそうな。そんなセットにトロロイモや冷奴が増えたのは、もう少し後だという。BSE問題がまだ尾を引いていた頃だ。

 ランサーは豚皿の汁を黄身に掛けて食べるのが好みらしい事も判明した。『何者だコイツ?』とエルヴァさん達と来たアーチャーさんは驚いていたそうだ。いや、マスターである筈の私も驚いたよ。いつかダブリンに行ったら、像の前にソーセージエッグ定食を備えてあげようと思うほどに。

 

(ダブリンはアイルランドの首都。街にクー・フーリンの小さな像がお地蔵さんのように立っている。だけどどこもかしこもU2の音楽が流れ、ポスターが貼ってあって、知名度はダンチの差がある)

 

 それで日本に居た頃から外食の多かった慎二さんは、ランサーの食べ方に痛く感銘して意気投合したらしい。何をお酒の肴にして話し込んでいたのだろう? 私のような女の子には到底理解できない考えだ。それでもって今朝の食堂にはエルヴァさんも、士郎さんや慎二さんも居なかった。

 こちらのアーチャーさんが言うには、もう少し寝てから松屋に向かうのだそうだ(この頃は他店の牛丼チェーンも、飯屋チェーンもそこまで朝食にチカラを入れていなかった。今のように変化するのは2009~2010年以降だ。つまりリーマンショックで日本が今までより更に貧乏なのが確定して以降だ。それが露骨に、より顕著になったのは20011年の東北震災以降だった。ここではそうはならなかったのだけど……)。

 

「慎二が力説していたよ。あのソーセージのパリッとした食感は、それ単品なら実は大した事はないのに、あの朝食セットの中では異彩を放つ見事な食感だ、と」

 

 アーチャーさんの言葉だけれど、あなたは理解できますか? 私には全然わかりません。ただ慎二さんはマジでマニア(ファストフード・オーソリティーと自分で言ったらしい)なのだというのは理解出来ました。今はアメリカのシカゴ住まいらしいから、ファストフードには事欠かないだろうけど、日本のそれはまた違うらしく、TKG(卵かけご飯)などシンプルなのが今は食べたいらしい。

 そして慎二さんの『朝食道』はアーチャーさんの知る常識の斜め上を行くらしく、『例え豚皿が牛皿であったとしても、幾らその汁を生卵と混ぜても『本物のすき焼きの残り汁ではない』と言ったらしい。と同時に『とは言え、ご飯の進み具合は客観的に見て遜色ない。あなたを衛宮と呼ぶ資格は僕にはないけれど、そこは考えて欲しい』と言われたのだそうだ。

 これってつまりは贋作を否定しつつも、副次的に何かがプラスに作用するなら、それは『アリ』だと言ったも同然なのだった。つまり貯蔵量でなくご飯を何杯食べられたかどうかなのだろうか? 違う。セットだからご飯は一杯だけだ。要は満足度の高さであり、幸福度だ。リーズナブルな価格なのに、そのプライスに見合わないお得感が得られてしまうところが魅力なのだろう。

 う~ん……。深いぞ『朝食道』……。と、同時に彼は日本人ならではの特質、『他文化を受け入れ、消化・吸収し独自のものへと昇華していくさま』と、『定められたセットと定められた調味料で、どう自分好みにアレンジできるか』という『枠の中で足掻いて好結果を齎(もたら)す日本人の美点』をも詳(つまび)らかにしたのだった。

 朝食セット一つでここまで語れる慎二さんに私は正直畏敬の念を抱いた。またゾウケンくんも、『男子、三日会わざれば刮目して見よとは本当の事なのじゃなぁ』と痛く感心していた。そこから私の慎二さんを見る目が少し変わったのだった。

 

 

 

 それで本日の土曜日は第二土曜だったから、私学の穂群原も義務教育の小学部と中等部、それと高等部の1年生は休日だった。ただ、高等部の2年・3年は授業があった。これは穂群原が一応進学校だからだ。なので部活こそなかったが、私もトロンメルも6時間みっちり授業を受けてから帰ったのだった(トロンメルは4時間目に調理実習があった)。

 それでも私は嬉しかった。と言うのは前の世界、つまり『エル様』の世界での穂群原は超進学校で、高等部は全学年毎日7時間授業で、第二・第四土曜日も休日にはならず平常運転だったからだ。これは学園を買い取った先代御館様の『身体が自由に動く間はみっちり学び、みっちり仕事をしろ』という理念にあった。

 この理念をもっとわかりやすく言うと、『十代二十代で一生食っていけるだけのビジネスを打ち立てられない者は、魔術師なら神秘の探究に打ち込むなんて土台無理だし、仕事や生活に追われれば一般人でも上がり目は無きに等しい』という事だ。だから『エル様』は十代になる前(!?)から成功を掴んでいたのだ。

 ただ現実問題として、理事長に就任したアイリスフィール様は、時の教育委員会や文部科学省の役人と丁々発止のやり取りがあったそうだ。幾ら先代御館様が優秀なブレーンを用意していても、これはかなり厳しかったと思う。だけど、バブルが弾け景気が低迷すれば、少子高齢化とゆとり教育に疑問を呈する議員も地方や国会に増え、独自色を打ち出す私学としていつの間にか認められていた。

 世の中はこういう具合に世間の潮流を読んで、上手く乗った者が勝つ。そういう当たり前の事が、漸くわかり掛かったのがこの2年生の頃の私だった。それで公立の学校であっても行事などを調べていくと、結構どこも頑張っている事がわかってしまう。特に小学校は素晴らしく、この世界の冬木を擁する県も教育に対する熱意は素晴らしかった。それがあって私は教師を目指したのだ。

 

 パジャマから制服に着替え、洗面も終え階下に降りると先の話の通り、食堂には学園組しか居なかった。男性の客人と真一くんはまだ夢の中のようだった。彼が起きて来たのは私達が食事を終え、学園に向かう頃だった。そして慎二さんんもこの頃に起きて来ていて、玄関で手を振ってくれた。

 バス停まで凛さんやルヴィアさんと話していたのだけれど、あの人は本当に私の事が好きらしい。五年先、十年先の事ならわからないけれど、高校生の今の私には正直言って不思議な存在でしかなかった。1年後の私、それも『一』に惹かれたんでしょう? 未来の私は一体、どういう風に接していたのだろう?

 

 

 

 

 

『ウソだろ!? これでバーガー1個分くらいのプライスなのかよ! どうなってんだよ、ニッポン?』

 

 現在時刻は9時過ぎ。僕と衛宮は世界は異なっても久しぶりの日本という事で、エルヴァにもっと日本を知って貰おうと、あれこれ計画を建てていた。だけど昨夜のランサーの言葉、『面白ぇもんなら身近にもあるもんだぜ?』『朝飯を食いに連れてってやれよ』って事で、新都にある赤丸の中に青丸と黄丸が描かれた牛めしの店に来ていた。だけど教えてくれたランサーは誘っても来なかった。何か用事があるらしい。

 この看板の赤丸はお盆で、黄丸がご飯、青丸がお味噌汁を表している。また全体として具が浮かんだお味噌汁をも意味している。つまり店に入れば必ずお味噌汁が付きますよと言っているのだ。味はイマイチだけれど、吉野家の『マルコメのインスタント』よりはマシだ。ただカレーにも付いてくるところは意見の分かれるところだろう。

 まぁ、大抵の人はファストフードだから目を瞑るのであって、家のカレーに味噌汁が出て来たら呆れるかも知れない。誰を隠そう、カレーであろうとシチューであろうと味噌汁を出して来るのが中学に上がったばかりの桜だった。これは当時の桜のレパートリーが、極端に少なかったからだ。

 だから衛宮と引き逢わせ、料理を学ぶように仕向けたんだよ。まぁ、カレーとシチューしか作れなかったんだから仕方ない。むしろ箱の裏を見ながら自分だけで作ったんだから偉い。そうなったのはジジイが余りにも不気味だから、来る家政婦来る家政婦、皆んながすぐに辞めてしまうからだった。

 それで、毎日毎日カレーとシチューだったんだ。それでも僕は桜に文句は言っていないよ。言えばお前が作れとなるからね。で、衛宮から教わったという肉じゃがを食べた時は感動したもんだ。

 

 すぐ近くに牛丼の店の看板が見えるけれど、あそこは鮭か納豆しかないからなぁ。だからと言って豚皿が良いって訳じゃないけど。でも2005年のここには、まだ朝からやっている定食屋チェーンはなかったんだ(港湾の方に行けば朝から開いている飯屋はあるけどね)。それでランサーの言ったようにエルヴァは入口にあったポスターを見ただけで大はしゃぎだった。

 それで他に何があるか、だいたい幾らくらいするのかをエルヴァに話してから僕らは店内に入った。これは券売機で悩む事が予想されたからだ。で、先に入っていた衛宮が券売機の前で固まっていた。そっかお前、日本に居た頃は自炊派だったものな。

 

『衛宮、代われ。後ろが並び始めた。皆んなソーセージエッグで良いな?』

 

 そう確認を取って僕はソーセージエッグ定食を三枚買った。

 

『あ、オレ、ライス大盛りで』

 

 これはエルヴァ。今は標準的(?)な米英語だけど、以前はテキサス訛りが酷かった。それに僕と衛宮が、アーデルハイドとイリヤスフィールを頼ってオーストラリアで英語を学んだものだから、聞き取れない事も度々あったんだ。テキサス訛りがそこまで崩れているなんて僕達は知らなかったのさ。

 

『大丈夫、ご飯の大盛券も買ってあるよ』

 

 僕はそう返した。この頃は大盛り券が別売だったのだ。そして安いのにしっかりした辛さが味わえるカレーと(カレー屋かと思うくらいしっかりした味だ)、すき家のように甘くなく、醤油の辛さが際立つ吉野家でもない、まさに牛めしというツユの味が大好きだった。残念ながら今は豚めしだから、早く牛めしが復活して欲しいところだ。

 また、僕がこのチェーンを推すのは、ジジイがここの株を持っていて色々と楽しめたからだ。確か……100株で優待食事券が10枚配布されるんだったかな? 1株650円くらいだから100株で6万5千円。1000株で65万円だ。ジジイはこういう株主特典のある株を色々保有していた。僕が外食好きだったのは、そんな優待権利を使用できるのが、間桐に僕しか居なかったからでもあるんだよ。

 それでエルヴァだけど、こいつはガタイが良いだけに意外と大食いなところがあるから、仲良くなり初めの頃に驚いた憶えがある。まぁ、と言ってもアメリカじゃ、少し人より食べる程度でそこまでの大食いじゃない事も今はわかっていた。それに僕はエルヴァの結構食べ方が綺麗なところや、苦手そうな料理でも残さないところを気に入っていた。これは料理好きで、エルヴァの義弟でもある衛宮も同じだった。

 それで三人カウンターに並んで座り、出されたソーセージエッグ定食をガツガツと食べ始めた。僕は黄身に少し穴を開け、そこに醤油を垂らす派で、白身は箸で千切るたびに黄身に浸けて食べていた。ソーセージもそうだ。ただこの方法はお皿がかなり汚れるんだよね。お皿洗いの苦労がわかる今となっては、そういうのを改善したいと思っていた。

 それで衛宮は白身を箸で千切るところは僕と同じでも、黄身に穴を開けてはいなかった。海苔のお皿を醤油皿にしてそこに浸けて食べていたのだ。『あ、そうするんだ?』と僕は素直に感心した。しかも紅生姜を生野菜の上に散らしていたんだよ。言ってみれば固形のドレッシングだ。こうすると確かに洗い物が楽だ。

 で、黄身もそうやって浸けて食べるんだろうなと想像していたら、予想を裏切り豚皿の方に黄身を移して、七味を振って食べていた。とことんだな、コイツ……。エルヴァはそんな衛宮を見習って同じような食べ方をしていた。確かに衛宮を参考にするのが正解だろう。こんなの十人十色で好きに食べて良いじゃないか、と昔の僕なら言っていたと思う。だけど人の深みや味ってこういう部分で見えて来るものなのも今は知っている。

 そういうのがわかる歳になったというか、経験を積んだというか……この料理を作ってくれているのが桜やエルマだと思えば、断然衛宮の食べ方が正しい。あれだね。恋って、人の感じ方や価値観まで変えるものなんだね。ボケ老人だったジジイが杖のお祖父様になった時、やはり食べ方が綺麗だった。それは作ってくれたエルマへの感謝があったからだ。

 その感謝の心をエルマだけでなく、色んな人に振りまいていたから杖のお祖父様は魅力的だったんだね。それだけに出逢う前の世界だと知って少々寂しかった。ま、今更言っても仕方ないんだけれど。それに制服姿のエルマや、懐かしい髪型の遠坂を見られたところは良かったしね。

 

『これ、言っても良いものかどうなのか悩むところだけど、エルヴァに衛宮、お向かいさんが気にならないかい?』

『ああ……ネームプレートがアインツベルンなんだろう?』

 

 一応、大魔導師の先生からどういう家なのかは聞かされていた。それでこの世界の女性のエルヴァ(※)の事やエルマの事も(トロンメルって妹が居る事は僕が聞き漏らしたのかも知れない)。

 

※)衛宮と同じで自炊派で信じられないくらい料理が上手いらしい。けれど、駅にあるような立ち食いうどんと、七味も好きなんだって。それで彼女にそんな影響を与えたのが、これまた並行世界の僕だったと聞いて驚いた。うどん派の僕か……。ここの僕はロンドン住まいだって聞くし、桜はエルマと親友同士で同じ弓道部で部長だと、こちらはここの遠坂から聞いた。と言うか料理も上手いのよと力説された。姉妹と認め合い仲が良いらしい。しかも桜はオヤジの養子でなく、雁夜叔父様の養子だった。何があったかは知らないけれど、並行世界って面白いよね?

 

 

 

 エルヴァは娘さん達が小学生だと聞いて、

 

『シロウ、ここは本当に全然違う世界だ。逢わない方が無難だぞ?』

 

 と話していた。衛宮にしても『そうだな』と頷いていた。何よりその家には現役高校生の衛宮が住んでいるそうだ。だから明日の日曜日は、外に出るなら裏門からが良いだろうと話し合っていたくらいだ。だけど帰ると先生がブランチを楽しんでいて、そこで明日の朝にエルマやランサー達を連れてこの世界から次の世界に向かう事が決定していた。

 期間は体感時間で約半年間。その期間でエルヴァとクロエの転身スーツを仕上げて貰う訳だ。この処置はエルマが先に作った転身スーツは青と赤だったという『実績』を元の世界に刻むためだった。なのでその半年間は、最初に聞かされた性能確認のための、第四次聖杯戦争が起きる世界でなく、また別の、言ってみれば時間調整のための世界らしい。

 それは高2で忙しいエルマの時間を削らないためであり、僕がエルマを思う気持ちへのサプライズもあったようだ。半年も戴けるんだ。そこは頑張らないと嘘だろう。勿論それでも振られるならそこは男らしくきっぱり諦める積もりだ。またその世界にはエルヴァのクロエと、アントニーにアストルフォとも合流できる手筈となっているらしい。援軍になってくれると嬉しいんだけど。

 

 

 

 

 

 この部活のない場合の第二土曜日は、帰りのバス停がやたら混むので嫌っている人が多い。小学部や中等部、高等部1年が居ないと言っても、皆んな同じ時間に帰るから、満員のバスを見送る事もしばしばだ。なら教室で少しお喋りを楽しんで、お手洗いも済ませてから校門を出るのが賢い方法だった。

 こういう時にトロンメルのように自転車通学だったらと思う。ってか学習しろよ、私。今日だけ自転車でも良いじゃない! 融通利かないなぁ。だけど桜を放ったらかして、自分だけスイスイ帰れる性格でもないし……。結局桜とともにバスに乗ったのは夕方の5時で、家に帰ったら6時近かった。

 そんでもって、玄関に入るなり応接室から首を覗かせた先生から、明日の朝に出発すると申し付けられた。はい? 明日の朝? 近々出発するのはわかっていたから、晴天の霹靂とまでは言わないけれど、随分急だなとは思った。これもきっと、私じゃわからない魔術的(魔法的)な理由があるのだろうけど。それでもなぁ……せめて三日後とか四日後とかの告知が欲しいよね。

 そんな事を部屋でブチブチ愚痴っている私を、既に持って行くものをエーテル出力で用意してくれていたゾウケンくんとルビーが慰めてくれた。

 

「わかっとるんじゃろう? 大魔導師にとって、次元的にか魔法的に都合が良いのが、たまたま明日なのじゃと。ん?」

「まぁ、そこは……」

 

 ゾウケンくんが正論を突いてきた。

 

「なら、エルマちゃん。グチグチ言ってないで、他に必要なものがないかどうかチェックをしておいて下さいね」

 

 本当、妹扱いだなぁ。まぁそれでも気分を入れ替えて、着替えてから食堂に入ったら、『エル様』がかつてオーギュストさんの前でやっていた銃のお手入れを、エルヴァさんがやっていた。慎二さんや士郎さん、もう帰っている筈のルヴィアさんに凛さんも居ない。アーチャーさん達やマルガリータさんの姿も見えないので、買い物か、真一くんを連れて裏庭の菜園かも知れない。ルヴィアさんと凛さんはきっと先生と応接室だろう。

 仕方ないので私はエルヴァさんの前に座った。白い布を広げたテーブルの上には、ズラッと銃が20挺くらい並んでいる。なんでこんなにあるの? ってかこれだけの数を、いつも財布で持ち歩いているのか、この人は? それもほとんどがハンドガンじゃない。まず3挺あるポンプアクションのショットガンは、内2挺が銃口を見た限り12番のチョークされていないスムースボアで、おそらくブリネッキ・スラッグ弾用だ。ハーフライフルなら後残しと思われる。きっと魔弾を使うのだろう。

 同口径の浅くチョークがある、残り1挺のポンプアクションはバックショット用だろう。きっとトリプルオーバックかダブルオーバックを使うのだと思う。12番だからそれぞれが6粒弾と9粒弾だ。これも魔弾にしやすいし、何より粒ごとに異なる効果を持たせた魔弾が仕込める。

 その横には30口径のボルトアクション・ライフルが4挺(排莢口を見るに.308Winchesterと.30-06だろう)も並んでいた。どれもこれも大きなスコープが乗っている。明らかに狙撃用だ。暗視スコープがないのは、瞳孔と眼球の受光体に魔術を掛けて夜目を効かせられるからだ。おそらくこれがこの人のメインウェポンだろう。

 更にその横には、50口径の対物ライフルが2挺並んでいる。セミオートのバレットM82と、ボルトアクションのマクミランTAC-50だ。エルヴァさんの体格なら脚を使わず抱えて撃てそうだ。こんなのに1km以上先から狙撃されたらサーヴァントでもない限り避けようもないだろう。何故なら狙撃音は相手の首や頭が吹き飛んだ後に遅れて届くからだ。そして私でも、この弾を弾く障壁は咄嗟に張れない。頭が吹き飛んだ後に残像として張れたら御の字かも。

 更に更にその横には、M240機関銃とストーナー63が並んでいる。M240機関銃は汎用機関銃で、分隊支援火器にも分類される使い勝手の良いマシンガンだ。これは欧州で言うところのFN MAGで、同じ米軍のM60と並んで有名な、7.62mm口径のベルト給弾式マシンガンだった。普通の魔術師ならこの弾も避けられないだろう。ストーナー63は口径5.56mmの汎用分隊支援火器だ。部品交換でアサルトライフルにもマシンガンにもなる。ベトナム戦争時に『Navy SEALs』に配備された実績があって、M-16やM-4カービンの上位互換と考えれば良い。

 その横にはM249軽機関銃もあった。こちらは欧州でいうところのMINIMI軽機関銃だ。口径は5.56mm(7.62mm口径もある)で威力は知れている。けれどベルト給弾式の分隊支援火器をこのコンパクトさで実現しているのは素晴らしい。とかくマニアはアサルトライフルや拳銃に目を奪われがちになるが、実戦ではこういう支援火器の『厚み』こそがモノを言う。弾幕が薄いとお話にならないのだ。

 それでエルヴァさんはM4カービンでなく、今年に入って配備されたばかりの『HK416』を持っていた。これも2挺あるようだ。凄いな。しばらく呆気に取られて見ていたのだけど、よくよく考えればベルトで転身しちゃえば、これ全部慎二さんでも使えるぞ。何を考えているのだ未来の私……。

 そして9mm口径のドイツ製短機関銃(サブマシンガン)も数挺あった。言わずと知れた『H&K MP5』のバリエーションだ。価格が高いので採用している組織は先進国の一部に限られるけれど、世界最高峰の性能を誇る事は、その実績からも明らかだ。『エル様』もこれが好きだったなぁ。

 それで拳銃は僅か2挺だけだった。どちらも『S&W M19 コンバットマグナム』の4インチだ。この割り切り方が凄い。『エル様』っぽいというかアメリカ人というか。『マグナムだ~』とか知名度だけで酔っている学園の男子と全然違う。実銃を知り抜いているのだ。だって分解整備までしていなくとも、そのボルトを引く手付きだけで、どれだけの年月を費やして銃に慣れ親しみ、触って来たかが伺い知れるからだ。

 しかもこれだけの数の銃器を、財布に付いたコイン入れに隠して日本に持ち込んだ訳だ。それだけで魔術の腕も確かだとわかるし、『戦う』という事の意味をきちんと理解している事もわかる。なら、近接格闘もある程度学んでいる事だろう。

 

(やっぱりこの人も『エル様』だ……)

 

 声には出さなかったけれど、それが私の率直な感想だった。ぬるま湯につかっていないし、実銃に酔ってもいない。クリアな頭で現実を確実に捉え、理詰めで対処する。そんな切嗣さんみたいなタイプに感じる。慎二さんも士郎さんも、この人と一緒に居れば勉強になるだろうな。

 

『なぁ?』

『はい?』

『あんたら姉妹は本当にデキが良いよな。だからシンジを振るんなら、ホムンクルスである事を黙っていてやってくれ。仮りに応えるのなら、打ち明けるかどうかは二人の気持ちだから、そこは任せるよ』

『はい……』

 

 それでエルヴァさんはニヤッと笑ってこう言った。

 

『あんたの姉にも逢いたいが、あんたを鋳造した『エルヴァ』にも逢ってみたいぜ』

 

 だから私も笑顔でこう答えた。

 

『とんでもない魔術師ですよ? それと、私はあなたのクロエさんに逢ってみたいです』

『ハハハ……。行けば逢えるさ。仲良くしてやってくれな』

『はい』

 

 それから私は自分には紅茶、エルヴァさんにはコーヒーをいれた。そこへギター練習が一段落したのかトロンメルがやって来た。

 

「エルマ、帰ってたんだ?」

「気付かなかった?」

「うん、ヘッドフォンしてたから。それで雨も降っていないし、今夜は外食しようだって。先生のおごりらしいよ」

 

 急な出発に対するお詫びの積もりみたいだね。

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