※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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109、冬木の日々 10

 夜7時30分。私達は新都に来ていた。メンバーはイリヤ姉さんを除くエーデルフェルトに滞在する全員だ。イリヤ姉さんはもうじきバイトが終わるから、遅れて合流だ。だから晩ご飯にはちょうどだろう。とは言え、この時間にしたため、真一くんは夕ご飯を我慢させられているのが少し可哀想に思った。一方、ランサーもランスロットさんも『食うぜ!』って顔をしている。

 先生の予約した目的地は、ヴェルデのあるアーケード商店街から何本か筋違いのところにあるビルにあるらしい。以前私が「一」として歩いた方向とは逆の、より駅に近い方だ。ここいらは本当の意味での繁華街だから、学生は滅多に寄り付かないところだった。と言うか、第四次でキャスターが下水道から拠点を移した場所の近くと言えばわかりやすいだろうか?

 そんな場所とここの凛さんは無関係だけれど、お姉様に私や、おそらくはトロンメルもそういう記憶があるので、こっち方面に来たら道路を渡って反対側を歩く事が多かった。それはバス通りを越えた反対側にはお姉様とトロンメルが通っていた楽器店があるからだ。そして到着した目の前のビルは、なんとビル丸々広東料理とうか香港料理のお店だった。

 お昼は飲茶もあるらしく、1階のカウンター席だと格安のランチセットもあるという。ビルの看板を見ると2階が飲茶と併用の大会場で、3~5階が個室の広東料理のようだ。ここは私も知らなかったぞ。と言うか、こういうお店はビジネスマンが経費で落として顧客接待で使うようなところではないだろうか?

 いくらランチがあると言っても、セットで2000円以下という事はないだろう。だって周囲の雑居ビルも高そうなバーの看板が、縦列駐車したクルマのように並んでいるし、狭い通りなのにタクシーがよく通り、着飾った美人のお姉さんばかりが『今からお仕事』と言わんばかりに続々と降りて来ていたからだ。

 

「おお、華があって良いねぇ」

「ランサー、同伴出勤で実績を上げて、月にドンペリのロゼを4~5本は開けないと。仕事明けの中華やお寿司も難しいわよ」

 

 私とトロンメルは思わず先生の方を見た。一緒にお寿司を食べるまでに一体何10万円貢がなきゃならないのか? こういうお店でのドンペリニヨンって1本幾らするのだろう? それでどうしてロゼなんだろう? 私達高校生組はきっとそちらの方が高いんだろうなぁと想像するだけだ。

 だけどお姉さん達もそれに見合う人達だなと思う。毎晩お酒を飲んで就寝前にご飯を食べて、それでもこの美貌と体型を維持しているのは、朝からジムに通ったりエステに余念がないからだと、これまた簡単に想像ができてしまう。その陰の努力を思えば尊敬の念しか湧いて来ない。なぜならそれもプロならではの姿勢だからだ。

 何人か見掛けるホストのお兄さん達も格好いいのだけど、ジャケットでキメた野性味のあるランサーと、憂いのあるランスロットさんのシブさも負けていない。と言うのはお姉さん方の勇気ある何人かは、この二人に名刺を差し出していたし、二人のアーチャーさんも色目を使われていたからだ。

 

「ランス、絶対ぇ金ためて、またこの辺に来ようぜ?」

「あなたという人は……」

「何をビビってんだ? 無駄に血を流すんじゃなく、汗を流して金を貯めれば、上等な姉ちゃん達と後腐れなく遊べるんだぜ? 良い時代になったもんだ、なぁ?」

「そこは否定しませんが……騎士はそういうものには……」

「アホか。適度に遊んで来なかったから、一番手を出しちゃなんねぇ人妻に手を出して、本気になっちまうような落とし穴に嵌ったんだろ?」

「ううう……」

「それにこういうトコの姉ちゃんは、即お持ち帰り可能な姉ちゃん達とは違うんだ。話しを弾ませ二度三度と通い、駆け引きをして少しずつ距離を縮めていくもんなんだよ。そんでもってその過程そのものを楽しむもんなんだぜ?」

「く、詳しいですね……?」

 

 ランサー、詳しいなぁ。そういう吉原のような遊郭の遊び方って世界中に大昔からあるのかしら? パッと思い浮かぶのはアムステルダムの飾り窓だけど、それ以外は日本的に言うと赤線(軽い食事やお茶をご一緒して気が合えば、奥や二階で事に進む形式。これは世界中にある)みたいなものだしなぁ。

 トロンメルは目の毒だと言わんばかりに真一くんとさっさとビルの二階に上がって行った。ナイス判断だけれど、エレベーターを使えよ。受付と離れていたらどうするの?

 

「自信持ちなさい。未来のあなた達の方がもっと美人よ」

 

 と、先生は凛さんとルヴィアさんの肩を抱いて、エレベーターに入って行った。そこに私達も乗り込んだ訳だけど。現段階でゴージャスさはルヴィアさんも負けていないでしょう。そのはち切れんばかりの胸でエレベーターが狭く感じて仕方ない。凛さんはドンマイ。クォーターの凛さんは、東洋人の血が濃くて熟すまでには時を要する。

 絶賛成長期中の私とトロンメルは昨年の段階でお姉様の身長を追い越し、胸の大きさも先々月あたりで高3時代のお姉様を追い越してしまった。桜? 突然変異かな? それはそうと、こんな梅雨に入って蒸し暑い時期にブラとパンティーを連続で買い替えたのは、汗と体臭だけでなく、バストとヒップが大きくなったからだ。

 だから何となく私はエレべーターの中で凛さんの胸を見ていた訳だ。それで先生に睨まれた。(可哀想な事をするな。凛が気付く前に止めなさい)と、念話以上に目がモノを語っていた。何よりゾウケンくんから念話でこう来た。

 

(エルマや。きちんと大魔導師に謝らんといかんぞ。大魔導師が凛を凜の弟子なら認めると言ったのは、凛の押しが強かったからだけではない。その辺りのビルがな、儂の世界なら間桐のものじゃった。が、この世界では遠坂のものなんじゃよ)

(え? じゃ、凛さんが?)

(そうじゃ。この十数年で買い取っとるんじゃ)

(わかった、ありがとう)

 

 私はゾウケンくんからの助言を重く受け止めた。こちらの凛さんはそっちの才能が高い人だったんだ……。私は素直に反省し、先生に念話で詫びた。エレベーターから降りるとエルヴァさんと慎二さん、士郎さんが盛大に息を吐いたていた。綺麗なお姉さん方に当てられ、エレベーターの中では私達の香りに誘惑(発情?)されないよう息を止めていたっぽい。士郎さんはともかく、女性慣れしていそうなエルヴァさんや慎二さんが意外だった。

 

 

 

 お店の人の案内で個室に入れば、丸いテーブルが二つあった。

 

『おお! 円卓でランスの横って、オレも出世したもんだぜ』

 

 数人吹いた。ランサー、今のタイミングはバッチリだった。しかも英語で言ったし。

 

『何を仰って……。ですがこう和気藹々と食事を楽しみたかったですね』

 

 ブリテンは真面目過ぎた気がするなぁ。『王は倫敦で不味い飯を我慢している』なんて言えば、この後絶対に箸が止まる。そんなイジワルはしないけれど。それで配席だけれど、それぞれが思い思いに分かれた筈なのに、何故か私の右横は慎二さんだった。偶然? 先生の魔術? それともランサーの魔術? よくわからないけど、誰かが軽い意識操作を行った気が無性にした。

 もっと言えばそこまで大袈裟な術でなく、それぞれがランダムなのに、座ろうと思うその瞬間に、人は一瞬『考え』て場に空白ができてしまうのだ。その要素は年功序列から来るかもしれないし、誰が財務大臣なのかもある。そして入り口と奥にある窓の位置。これらの要素から自ずと上座・下座を弾き出して、そういう風に流れて動いてしまうのだ。

 そんなバツグンのタイミングでランサーの円卓発言のように術を掛けたのだ。掛かったのは士郎さんと慎二さん、それとアーチャーさん達が疑わしい。となると掛けたのは先生の気がする。参ったなぁ。エレベーターの仕返しか。

 

「ここ、コースだから。飲み物だけ自分で選んでね」

 

 それで各々(おのおの)がドリンクを注文した。アーチャーさん二人は『いや、私は……』とミネラル・ウォーターを頼み、士郎さんは私達と同じ烏龍茶を頼んでいた。エルヴァさんと慎二さんは華潤雪花ビールというのを頼んでいた。全然知らないメーカーだ。何より黄色いクリーム地に赤い雪の結晶マークと黒い漢字のラベルが、私の目ではオイスターソースのような調味料にしか見えない。

 ランサーは紹興酒、ランスロットさんは白酒(パイチョウ)だ。ランスロットさんが、蒸留したものが白酒、蒸留前の醸造酒が黄酒(ホアンチュウ)で、紹興酒も黄酒の一種だと説明していた。どこでそんなお酒の情報を仕入れたのだろう? しかも彼はその白酒をレモンソーダで割っていた。一口試したランサーは『オレも後で頼もう』と言っていた。そんな彼の紹興酒にはザラメが添えられていた。

 

「何、ランサー。普通の紹興酒を頼んじゃったの? 甘い香雪酒もあったでしょうに?」

「いや、そんなのわかんねぇよ」

 

 すると先生は入り口の横に貼ってある、お酒の指南書(選び方)のようなポスターを指差した。

 

「平和で弛んでない? 戦場でのサインを見逃すと命取りになるわよ?」

 

 食事=戦場なんだ……? ランサーは感心7割、反発心3割といった面白い顔をしていた。

 

 

 

 やがて最初の料理が取り皿やお箸とともに運ばれて来た。前菜だ。白磁の大皿には料理で鳳凰が立体的に描かれていた。尾の部分は中華サラミと焼豚、それとスライストマトにキュウリだ。鳳凰の頭や胴体は棒々鶏だろうか。余りに造形が綺麗なので楽しくなって来た。ああ、そうか。味だけでなく目でも楽しませようと。和食の八寸のような前菜も『次は何に箸を付けよう』とワクワクするけれど、こういう大皿の前菜も良いね。

 ただ、食べるほどに崩れていく鳳凰はとても寂しく、侘しいものだ。諸行無常に感じる。仏教は中国からやって来たんだなってつくづく思った。それで次にやって来たのが『湯(タン/スープ)』だった。大きな器は派手な彩色がされた白磁なのだろうけど、形としては土鍋っぽくもあった。それを来客用湯呑のような白磁の器に盛って、レンゲで頂くらしい。

 

「何のスープですか?」

「形を保った丸のままじゃないけど、これは散翅(サンツー)というタイプのフカヒレよ。ヒレの形そのままの場合は排翅(パイツー)と言うの。そっちの方がお値段が高いのだけど、味は同じだから」

 

 真一くんの質問に先生が答えた。へぇ、シイタケやエノキの入ったフカヒレかぁ。フカヒレなんて初めてだ。んで、一口含むととんでもなく美味しい。先生を挟んで座る凛さんとルヴィアさんは驚いた顔をし、トロンメルが恍惚とした顔をしていた。きっと私も同じ顔だったろう。

 

「言っとくけど、この味はヒレから出たダシじゃないから。フカヒレってこの食感を楽しむだけの食材でね。これは干したアワビや貝柱でとったダシよ。だから慣れた人は散翅を頼むものなのよ」

 

 そうなんだ? 全然知らなかった。こんなの自宅で作らないし、普通の高校生には縁も由縁(ゆかり)もないだろう。だけど慎二さんだけは食べた経験があるようだった。『ツバメの巣は美容や健康に効果があるっぽいけど、あれもあれそのもはそんなに美味しくないよ』なんてエルヴァさんや士郎さんに話していたから。きっといつか家族で食べた経験があるのだと思う。

 そこで私はハタと気付いた。先生の方のテーブルとこっちのテーブルとで妙にメンバーが偏ってないか? 奥の円卓は先生方だ。先生、ルヴィアさん、マルガリータさん、真一くん、トロンメル、こちらのアーチャーさん、凛さんの順で、対する私達の方は、私、慎二さん、エルヴァさん、士郎さん、ランスロットさん、ランサー、あちらのアーチャーさんとなっている。一見7対7だけど、妙に気になる。

 と言うか、あっちは料理が余り、こっちは足りなくなりそうだ…………ってか、こっちに女の子って私しか居ないじゃない!? に、認識阻害? 誤認の術? そんな事を考えていたら、いつの間にか慎二さんが私の分のスープを盛ってくれていた。「ありがとう」と言えば、「どうぞ」と爽やかに返し、白い歯が輝く。心なしか他の世界より髪が豊富そうだ。

 やがてバイトの終わったイリヤ姉さんが現れた。

 

〈狼の中で孤立無援な妹に着くべき? それともお料理の余り具合から計算するべき?〉

 

 いきなりの念話だった。そこを先生が……。

 

〈空気を読まずにおじゃま虫になるの?〉

 

 と、これまた念話で返した。

 

〈何? アインツベルンのチャンネルに割り込んで来るわ、可愛いエルヴァから預かっている、これまた可愛い妹をマキリと並べて座らせるわ……〉

 

 ありゃ? ご機嫌斜め? だけど二人だけの専用チャンネルを先生が咄嗟に開いたのか、その後の念話は聞こえない。それで姉さんは大人しく先生達のテーブルに入った。ただ、その後も念話は続いていたようだ。

 

 

 

 まぁ、何にせよスープは美味しかった。ランサーとランスロットさん、エルヴァさんはここでお酒を追加で注文していた。そして次が主催だ。5~6品は出て来るそうで、最初の皿は三皿だった。食材もわかっているし、料理名も普通の人ならわかるものだ。それはエビチリと酢豚、それと鶏の唐揚げだ。だけどどれも、誰もが想像する街中華の親しんだ味じゃなかった。

 

『うわっ!! 本場の中華料理だ』

 

 としか受け取れない味なのだ。しかも、これが嫌じゃなかった。私にはかなり美味しく感じられたからだ。後にこの体験をお姉様に話すと、

 

『日本海の隔たりは地図で見る以上に大きいものです。西欧人でもハーブに慣れた一部の人はスターアニス(八角)などが平気ですが、日本人には厳しいものです。ですがあなたとトロンメルは、その両方の味がわかるように『エル』がしていたのでしょう』

 

 との事だった。私はお姉様に仕込まれているのでお料理は得意な方だ。だけどそれはほとんどが、どこの家庭でも見受けられる一般的な範囲のお料理だった。なので専門的な和食や中国料理、西欧料理の事は知らなかったのだ。そんなだから、炒(チャオ/強火・短時間)、爆(バオ/超強火・短時間)、煎(ジェン/中火・弱火でじっくり焼き目を付ける)、炸(ジャ/油で揚げる)、煮(ジュ/煮物)、燒(シャオ/弱火・トロ火でじっくり煮る)、蒸(ジョン/蒸す)、溜(リョウ/あんを掛ける)、灼(ジュオ/茹でる)という知っていそうで、実は日本の方法とは微妙に違う中華料理の技法を、お姉様が日本に戻られるまで知らなかった。

 字面から何となく想像できても、これらは中華鍋と専用コンロ前提の調理法だから、カロリーの低い家のコンロではちょっとできないものなのだった。また、塊(クァイ/ぶつ切り)、片(ピェン/薄切り)、絲(スー/細切り)、丁(ディン/さいの目切り)、末(モー/みじん切り)などの切り方も、中華包丁ありきなので日本のそれとは微妙に違う。

 裏返せばここに和食の切り方を加えれば、より細かで繊細な食感を食材に加えられる事になる。つまり西欧の切り方は綺麗さっぱり忘れていい事になってしまうのだ。更に和食の魚の扱いだ。これは世界一で間違いないそうで、血抜きと内蔵処理・保管がきちんとできて良い油を使ったなら、フィッシュ&チップスですら別物になってしまうのだそうだ。

 一般人にとっても魔術師にとっても、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の五感は重要なセンサーだ。また自らの魔術回路に刺激を与え育み、維持するための、なくてはならない感覚器官でもある。それだから、その事も時計塔に提出した論文に書かれてあったのだ。だからこそ、食事に気を使わない大英帝国に魔術協会の本部がある事が『どんな冗談だ』と思えてならなかったらしい。

 しかも遠坂家が五大元素持ち(凛さんの事)を輩出できたのは、日本にあったからだとまで考えていたと打ち明けて下さった。その事で倫敦時代は時計塔のロードクラスと何度も議論し、自らが調理した料理で黙らせて来たのだとか。お姉様のこういうアグレッシヴさは見習いたいものだ。

 そしてこのお姉様の倫敦時代、どうして私に先生からの依頼が増えたのか? それはお姉様が忙しかったからなのだけど、では何に対して忙しかったかと言うと、降霊科の講師の仕事だけでなく、アインツベルン、エーデルフェルト、アーチボルト、ソフィアリ、アニムスフィアなどなどの名家の裏仕事を請け負ったりしていたからだ。

 ツェッペリンで意気投合したジャンマリオ・スピネッラさんや、ジャンマリオさんを通じて知り合った獅子劫界離さん(※1)との仕事も結構あったようで、お姉様がご自分で稼いだ預金残高は日本に帰った時、吉川の伯父・伯母に義父母、アインツベルンの父母の老後を『任せて下さい』と言い切れるほどだったそうだ。

 ちなみにクロエちゃんとイリヤちゃんの大学資金もお姉様が用意していたし、トロンメルの渡米資金に音楽院資金、私の大学資金も一部お姉様だ。元幽霊の三人の学費(※2)、アルトリアの渡航資金もお姉様の財布からだった。

 

※1)私はルーマニアで逢っていたので獅子劫さんと面識があったが、その時お側にいらしたのはアメリカのお姉様だ。お姉様自身は、その倫敦での出逢いが初めてだったのだ。

 

※2)逢ってみると、意外と良い子達なので驚いた。セイバーさんにずっと鍛えれていたようで、日本の高校(穂群原ではない)に通うようになってからは剣道部に入り、吉川の道場にも通っていた。ちなみに日本への移住後の住まいは、以前アルトリアが住んでいた家で、セイバーさんと仲良く暮らしていた。私もおかずの差し入れを何度もしていたので、1年経たない間にかなり親しみをもってくれるようになっていた。

 

 

 

 その後、残りの主菜と主食がやって来た。主食はご飯物か麺類だと思うのだけど、ここのは大量の炒めた麺と三種類くらいの餡だった。なるほど自分で麺を取って、好きな餡を掛けて食べるのか。面白い工夫だ。けど白い餡なんて八宝菜かと思ったよ。野菜多めで嬉しいけれど。あ、後から来た主菜も餡になりそうな料理だ。なるほど~。

 その主催は白身魚(たぶんカレイ)の餡かけと、豚肉の天ぷらだった。甘酢あんは酢豚だけで、残りは白い餡だ。それで麺と来た餡には甘酢あんもあった。正直、ランサーとランスロットさんが居なかったら余ったろう。それくらい量が多かった。アサシンが参加できないところが辛かった。

 最後は点心でなくフルーツだった。スモモにビワ、スイカに甘夏、そしてライチだった。この果物も温暖な嶺南地方で取れる果物で中国北部にはないものだ。しかも一度もぐと一日で色が変わり、どんどんと味が劣化する。それをこの果実が好きな楊貴妃は、都まで劣化する前に持って来させていたというから凄まじい。

 世界中に権力を誇る権勢話があるけれど、当時の流通や交通網を考えればこのライチの話はわかりやすくて面白いと思う。例えばエジプトのファラオ時代には、浮遊の魔術や重力軽減が既にあったのかとか、そういうのが思い浮かぶけれど、中国の錬丹術は仙人になる事以外は興味がなかったのかとか、何となく想像できるからだ。

 それでこのライチは、鹿児島あたりで収穫された国産だろう。とても美味しかった。後で先生に教えられたのだけれど、このお店は事前予約でアレルギーにも対処して貰えるし、食材も厳選して安全なものを仕入れているらしい。それらを現地から引き抜いた、腕だけでなく理念を理解できる料理長と守っているからここまでの味を維持できるのだとか。

 現に料理長の息子さん達のお店が澳門(マカオ)や香港で成功しており、そこがアオレアールさんも認める高級中国料理店だとわかったのはもう少し後だった。

 

 タクシー3台で帰って(英霊は走れという訳でなく、霊体化して屋根に乗って帰れるから。でもイリヤ姉さんは霊体化せず座って帰った)お風呂に入った。男性陣は真一くんと元男性従業員向けのお風呂を使っていた。男性陣は部屋も真一くんの部屋の並び。これは差別でなく区別だ。ここはメイドが居た頃からほぼ女子寮だったからだ。

 そしてその女子寮という体裁を守る事がお姉様とエーデルフェルトとの約定でもあったからだ。私達がお世話になり、ランサーやランスロットさんまでが裏庭に小屋を建てている。そこに真一くんだ。これ以上の男性は、例え先生が連れて来たお客様であっても限度がある。一週間に満たない数日だと聞いて居たから目を瞑って貰ったに過ぎないのだ。

 それに今度行く世界は男性陣が伸び伸びできるところらしい。並行世界の日本だと思うのだけれど、どこだろう?

 

 

 

 

 

 お腹いっぱい美味しい中華料理を頂いた翌日の日曜日。エルマや先生達は朝早くに出掛けて行った。それはもう『ちょいとそこまでお散歩』と言わんばかりの気軽さで。戻るのはこの世界を出て20分後くらいらしい。だけど本日は円蔵山でも凛さんの家でもなく、遠坂神社からの出発になるそうなので、戻るのはお昼を過ぎるかも知れないとの事だった。

 だけどあちらでは半年くらい時間が過ぎるらしいので、食堂にあるホワイトボードに皆さん『やるべきことリスト』を書いていた。つまりこれは時差ボケ(?)防止のためだ。半年前の本日直近に覚えていた事なんて、学園の勉強のように連続して学んでもいない限り大抵の人は忘れるからだ。

 例えば冷蔵庫の中に置いてある要冷蔵のチューブ商品や調味料、例えば個人的な生活雑貨のストックなどなどだ。普段ならお買い物ついでや学園の帰りにでもサッと買ってそれで済むもの。そういうのがズラッとホワイトボードに並んでいた。そんな皆んなが自分自身に宛てたメッセージの一番上に『今月、父の日』と書いたのはエルマだろう。またお酒かなぁ。

 

 

『じゃ、戻ると半年ほどエルマが歳上になるの?』

『そうはならないらしいけど、どういう理論でそうならないのかまではわからないなぁ』

 

 との事だった。魔法の理論は魔術の理論とはかなり異なるらしく、さすがのエルマでもわからないらしい。そっち方面が弱い私はマルガリータさんとともに、ただただ皆んなの無事を祈って門まで見送る事しか出来なかった。ちなみにこちらのアーチャーさんとイリヤ姉さんも付いて行った。アーチャーさんはルヴィアさんと凛さんを護るためだけど、イリヤ姉さんはわからない。何か考えがあるようだけど……。

 それはさておき、本日の私は近藤先輩のお爺ちゃんと鑑賞会がある。待ち合わせは10時30分だから朝食を頂いて身なりを整え直してからでも十分だ。天候は曇天だけど、雨具などはカゴに積んでいけば良いだろう。マルガリータさんは真一くんとお留守番だけど、そろそろクロエちゃんあたりが勉強を教えて欲しいとやって来る気がしている。

 なので食事の時に、それもマルガリータさんに頼もうと思う。ついでに真一くんも、遊びに出ないなら一緒に勉強すればいい。同じ6年生でも教科書からして違うだろうから良い刺激になると思う。

 

「あの子達もお姉さんになって来たからね。違う意味で刺激になるかも」

 

 マルガリータさんがクスクスと笑いながら言う。でも来年からはこちらで預かる事が正式に決まったから、真一くんにも慣れてもらうしかない。でないと姉さんが提案した意味がない。この中学生になったらイリヤちゃんとクロエちゃんをこちらで預かるという案は、衛宮先輩のためだった。

 無事消防官になれたなら、やがては桜との結婚も視野に入れないといけない。そうやって具体的に考えた場合、衛宮のお父さんの年齢と収入もある。今後数年内に家を改築するのか、新たに用意するのか、士郎さんが寮に入るのかなどなど考えるべき事がより増えるのだ。そこを姉さんは心配していたのだ。

 つまりあの子達が中等部生に上がった、一番気難しい頃をこちらの集団生活でキチンと見守るから、近未来の将来と、老後の事を見詰め直して欲しいとお願いしていた訳だ。まさかそれで赤ちゃんを儲けるとは、姉さんも私達も思わなかった。だけどその歳の離れた妹(後の美夕ちゃんだ。命名のヒントは勿論美遊ちゃんからで、クロエちゃんとイリヤちゃんの提案だったと聞いている)の存在と日々のお世話が、衛宮先輩をして桜と家庭を持つのだという覚悟と、衛宮のお父さんのいつまでも父でいようという覚悟を固めさせたのは間違いなかった。

 この衛宮先輩の覚悟は、恋人が居て適齢期になったなら誰しもが抱く覚悟だろう。だからとても理解しやすい。だけど衛宮のお父さんのそれは、普通の人だと思いも付かない種類の覚悟だと思う。妻(アイリスフィールさん)を一度は犠牲にしようとしたが、聖杯の汚染に気付き妻とともにユーブスタクハイトのアインツベルンを滅ぼして出奔し、今度は聖杯に頼らない自分なりの方法で争いのない世界を築くという夢を追った。その時間を少しでいいから家族や子供のためにも使ってくれと言ったのが姉さんなのだ。それから1年────。

 

 人は誰しもいつかは老いて行く。若い精神を保てる人も肉体はやがて老いる。そして肉体が老いると今度は心が老いる。それは『魔術師殺し』であっても例外ではない。衛宮のお父さんの生い立ちと『裏の顔』を知る姉さんは、きっと人生最後の『花道』を飾ってあげようとしているのだ。善き父、善き祖父となるように。そしてその姉さんの思いを切嗣さんは正しく読み取った。だからこその『そう演じ切ってみせるよ』という覚悟なのだった。

 

(これはエルマの解釈。最初に説明を受けた私は半信半疑だったけど、今はそうなのかなと思っている)

 

 朝食を終えた私は部屋に戻り、少しだけおめかししながら時間を潰していた。身支度を終えてこれから出ますとマルガリータさんに声を掛けたら、そのマルガリータさんの監督で真一くんとイリヤちゃん、クロエちゃんが違和感なく一緒に勉強をしていた。真一くん歓迎パーティーを大々的にせず、お向かいを招かなかった件は私も気なっていた。けれど、その後何の動きもなく今に至る。

 これはエルマの計算でも凛さんやルヴィアさんの考えでもないはずだ。正式なパーティを開くこと事はしなかったけれど、学校も性別も違う訳だし、これくらいの距離感から友達になるのが良いんだなぁと素直に思えた。偶然だろうけど、流れに任せるというのも方法としてアリなのだろう。

 それでマルガリータさんと並んで5~10分ほど真剣な子ども達を見ていたのだが、真一くんが『ここはこうだよ』と教えているシーンが2度ほどあったのだ。教科は算数。苦手な女の子は多いと思うが、今の小学部の図形問題は高等部生でもぎょっとする問題だった。それは一辺の長さしかわからない正方形の中に描かれた、辺の中点から引いた円弧と正方形の角から辺の長さで引かれた円弧を組み合わせた図形の、ある部分とある部分の合計の面積を求めろという問題だった。

 

(んんっ? 一辺4cmだから4×4×3.14=50.24。それの割る4で12.56。これを置いといて、角からの円弧の重なり部分は4×4÷2で8。つまり置いておいた計算式から8を引いて、12.56-8=4.56。だから……)

 

 定理と方程式を憶えていれば簡単だけど、一瞬ドキッとする絡み合った図形の絵が視覚情報へ撹乱ノイズ送って来るし、更に小数点が入る扇形の面積を求めたり引いたりするのは6年生にはちょうどいい問題なのか……。教え上手だった姉さんは、こういうのを教えながら忘れそうな方程式を再確認していたんだろうね。対する私やエルマにマルガリータさんはプログラミングされたメカのようなものだから、答えが電卓のように先に出てしまう。

 その途中の式とその式を得るための方程式を真一くんが、在りし日の姉さんのようにきちんと説明している。それを見ていると、こちらも『ああ、そうそう』と納得できて楽しい。何よりイリヤちゃんやクロエちゃんが姉さんに教えて貰った時のように、『あ、そっか』となっている。『真一くんは賢い』と私も思っていたけれど、これが理由だったんだと得心できた。本当に賢い人は教え上手なんだよ。

 そんな風に感心していたら、マルガリータさんが時計を指したので、私は慌てて先輩の家に向かったのだった。だからその日の勉強会の続きがどうなったのかは知らない。ただ子ども達はその後、週に2~3回集まっては合同で勉強するのが恒例となったのだった。

 

 

 

 

 

『何で来たんだ?』

『私? そりゃキリツグに文句を言いたいからよ』

 

 イリヤ姉さんとエルヴァさんだった。ここに来てからのエルヴァさんは、親友のアントニーさんそっちのけでイリヤ姉さんとよく話し込んでいた。並行世界の姉でもある訳だから気になるのだと思う。ここは冬木は冬木だけれど、大聖杯がない世界だった。正確に言うと、とある大聖杯の解体が始まった並行世界にへばりついた『影』のような平行世界だった。先生曰く────。

 

『時系列に沿ってイベントごとに枝分かれする並行世界とは別に、ある大きなイベントがあると、時折緩衝材のようにこういう世界が発生する場合があってね。ある意味、『表』の世界の人の祈りと願いが産んだ、簡単に言えば神話や物語に出て来る理想郷のようなところなの。時間が固定されれば、それは妖精郷とかそれこそ理想郷と呼ばれるのでしょうけど、そんなのが極稀に『表』の世界と同一時間を刻んで発展しちゃう場合もあってね。そんなところを私のような魔法使いは隠れ家のように幾つか知っているってわけ』

『つまりその内の一つだと?』

『そうね。ま、その分『表』の世界が悲惨だから、旦那にもあまり話さないんだけど』

 

 との事だった。さっぱりわからない。だけどこういうところを挟む事によって『現象』の制限を回避するらしい事がわかった。また、最初に降り立った世界が、トロンメルが一時的に送られていた、凛さんとルヴィアさんが凜様からの課題をこなした世界だった。そこは私達の世界のすぐ近くで、中継点として比較的入りやすい世界なのだとか。

 その次がここだった。ここで一週間ほど待機して、その次に向かうのが、アーチャーさんを預かった、先生の弟子の凛さんが居る世界だった。これはそこの凛さんと逢うためでもあったが、ゾウケンくんの希望もあった。間桐慎(マコト)の様子を見るためだ。そのついでに衛宮姉弟の様子や、キャスター(メディアさん)やセイバーの様子も見るためだった。

 つまりお姉様のフォローだ。またそちらの凛さんが宝石屑をかなり所持しているのでそれを頂くためでもあった。そういう宝石屑はスーツの材料に使えるからだ。それを持ち帰り、以降は第四次の世界へ赴くまでここでスーツ作りに励むという段取りになる。それで何となくこの世界が時間調整に使われている事もわかった。

 

 仮の住まいはここでの洋館街の外れに建つ洋風建築の家だった。洋館街と言ってもそれぞれの家の配置というか並びというか、そういうのが知っているのと全然違う。だからどこを観ても街の景色は違和感があり、と同時に家のデザインも違うので新鮮に感じられるところもあった。

 先生の用意した家は並行世界で見た遠坂邸や間桐邸より遥かに小さいけれど、普通の住宅街に建つ家よりは大きい。先生が仰るには、これでも小さい部類だそうだ。そしてやはりここでの遠坂は大地主で、不動産業を営む遠坂時臣とその奥さんの遠坂葵、そして遠坂蘭という長女と遠坂桜という姉妹が仲睦まじく暮らしているらしい。凛という名じゃないんだ?

 ここは魔術が発達しなかった世界らしく、歴史の流れや事象が全然違う世界なのだそう。だからそういう事は普通にある事なのだと仰っていた。遠坂凛じゃなく遠坂蘭だよ? 妙な気にならないかと思えば、先生は平気そうだし、凛さんも『それが世界を渡るって事でしょう?』と受け入れていた。しかもある意味での理想郷だから、どこもかしこも幸福そうな人達で溢れ、戦争のニュースなんて入って来ないし、ほとんど犯罪らしい犯罪も無いのだと先生が補足していた。

 だけどこの地にも霊脈はしっかり存在し、本当、どういう歴史を辿ったのか、冬木は手つかずのままだという。つまり魔術協会が存在せず(同好の士が集うアングラな活動くらいはあるのか?)、聖杯戦争がないからマキリが日本に来ず、アインツベルンもホムンクルス鋳造をしていない世界なのかも……。こんなファンタジーとは程遠い、現代の街にしか思えない形態の理想郷もあり得るのか。

 これはお姉様でなく『エル様』から聞いた言葉だ────。

 

『並行世界と平行世界は似て非なるもので、前者は私達が触れる現実世界そのものが、時系列に沿って無限に並んでいると捉えれば良いでしょう。折々の出来事で分裂し無限に枝分かれする縦糸の世界です。対する後者はとある並行世界内で起きたイベントで紡ぎ出された横糸の世界です。それは人々の想念で生まれる場合がほとんどですが、ある種の記念品でもあります。おそらくは魔術師がよく知る『異界』や『固有結界』もこちらに属すか分類されるものです』

 

『想念』には『願い』や『祈り』も含まれる。それをヴァルハラや妖精郷などのファンタジー的なものと今までの私は受け止めていた。だけどそれはそれで間違いないが、ごくごく一部を指しての事でしかなかった。思い返せば『エル様』は、そこに『固有結界』も含まれるような説明をされていたのだ。

 マーブル・ファンタズム────空想具現化。それはホシの一部である精霊が私達が視認できる現実世界を恣(ほしいまま)に塗り替える自然現象だ。そこに意思のようなものが介在するのに術や技ではない。精霊という人類とは異なる高次の存在が、あくびやくしゃみのように行うものだ。それはつまり地震や台風と同系統にある。だから自然現象なのだ。

 対する固有結界はどこまで行っても術であり魔術の範囲内と定義される。何故ならそれらは決まって術者の心象風景に固定されるからだ。だから固有結界という名になった。だけどここに異を唱えた人が居た。『エル様』の義兄である亡きアルトゥール・フォン・アインツベルン様だ。

 固有結界を『自分だけの平行世界』をこの世界に召喚する『召喚術である』と説いたのだ。それが正しいのかどうかは知らない。だけどそれが宝具『ラインの黄金』内に広がる『倉庫』や、遠坂家に伝わるルビーが収まっていた宝箱の元ネタとなっているのは事実だ。また、そんな『倉庫』の理論をエルヴァさんは自分の財布に仕込んでいた。

 レベルとかランクはこの際関係ない。自分でそれを思い付いたというのが凄いのだ。過去の天才と宝石翁という伝説の人が既に実現していた秘技の再発見でしかないし、しかもそれの劣化版でしかない訳だけど、そうは単純に言えないものがある。それくらいこの理論は難しいものなのだった。

 

 そんなエルヴァさんの親友であるアントニーさんはエルヴァさんのような筋肉質でなく、線の細い少し中性っぽいタイプだ。けれど背はそこそこあるし(180あるなし?)、お顔も整っていて綺麗だから日本を含むアジア人的価値観を持つ女性にはモテそうだ。だけどアメリカでは軟弱そうに見られるので全然モテないのだとか。

 そこでアントニーさんのサーヴァントであるアストルフォさんだ。この人は背が低く(それでも私よりかは高い)、まるで女性にしか見えない可愛らしい人なのだけど、カール大帝(シャルルマーニュ)に仕えた騎士の中の一人で、ローランやオリヴィエ、チュルパンらと十二勇士(十二人衆)に数えられるパラディンでもあった。で、もってアントニーさんと恋仲(濃い仲?)でもあった。

 それで多分だけどエルヴァさんの良い人が、エルヴァさんが鋳造して、元キャスターのサーヴァントだったエルヴァ様が改良を加えたというクロエさんだと思う(クロエさんからの一方通行っぽいけれど)。クロエちゃんと同じ発音の名前だけど、これはアインツベルン式の命名で『三番目』という意味で付けただけでそこまで思い入れのある名ではなかったそうだ。

 ちなみに私達の方のクロエちゃんはお姉様が名付け親だ。こちらは『エル様』のところのクロエ様(クロ様)からとった名だ。で、クロエ様の名は、元の世界の凛さんが見た目が黒いからクロと、猫のように勝手に名付けた名前だったらしい。何気に酷い話だ。

 それはさておき、そんなクロエさんの見た目の歳の頃は14~17歳くらいで、非成長型だった。だけど精神は成長するらしく、ご主人(マスター)であるエルヴァさんの体調管理から身の回りのお世話もする、完全な専属メイドだった。とは言え、アインツベルンのいかにもなメイドと違って、失敗から学んで自分で修正するようにプログラムしてあったそうだ。

 その部分を中心にキャスターのエルヴァ様が改良したのだという。だから以前は造物主への依存がとても強かったそうだけど、今は長年連れ添った恋人か夫婦のように落ち着いて見える。私もそうだからわかるのだけど、これは心を発達させ過ぎたための弊害だと思う。今の私も『エル様』でなくお姉様に転嫁する事で安定を手にしているようなものだから、やはり『ヒト』を造るのは難しいのだ。

 知性の塊のような猫のアダムといい、賢く忠実な犬のバルナバスといい、エルヴァさんはクロエさんを鋳造するまでにきちんと段階と手順を踏んで来た。そしてやはりお姉様と同じで、ホムンクルスを家族と見做している。二人と二匹はとても仲が良いのだ。クロエさんは今も主(あるじ)であるエルヴァさんに付いて、居間の隅っこでエルヴァさんと礼装調整の作業をしながらイリヤ姉さんと話している。

 私は私でエルヴァさんの横に出した組み立てテーブルの前に座り、エーテル出力したゾウケンくんとゾウケンくんが膝に抱くアダムと議論しながら、スーツの製作に集中していた。間桐慎さん達の世界へ行くのはもう少し先らしいので、それまでに制作中の『赤』と『青』を完成させ、手が慣れたところで『黄』と『ピンク』に掛かろうと考えての事だ。

 それも時空を越えてのカンニングをしてだ。つまり慎二さんの『青』と士郎さんの『赤』をチェックしながらの作業だ。この時短はほとんど時短にならない。それは『黄』と『ピンク』に新機能を盛り込みたいし、『青』と『赤』のスペックをもう少し上げたいと考えているからだ。だからゾウケンくんだけでなくアダムもアイデアを出してくれているのだった。

 なお犬のバルナバスは、いつもの少女姿にエーテル出力したルビーと一緒に散歩へ出ていた。話せない(話す機能のない)バルナバスとルビーはウマが合うのか心が通じ合うのか、ここに来てすぐに仲良くなっていた。それでエルヴァさんがルビーと散歩に出る事を許可してくれたのだった。

 というかバルナバスは純粋に歩きたい(運動をしたい)だけで、広い庭があるならそこで満足するらしい。トイレも場所を決め、ここでしろと教えれば、出先でも一発で覚えるだけの知能がある。だからルビーでも問題なく散歩に行けるそうだ。

 

 元はイタズラ好きで欠陥精霊とされていた『ルビー』だけれど、私のルビーは少し手を加えているので、イリヤちゃんのや凛さんのルビーと比べるとかなり『まとも』になっている。その分、好んで少女姿に自分をエーテル出力し、私と似たようなリセ・マニア(学校制服などが好きで、他校のものをコスプレ感覚で着る女の子)になっている。

 これは本来のルビーが持っていた『魔法少女』への偏執的欲求を紐解き、契約者(マスター)への投影を自己自身に還すよう条件付けた結果だった。だから私のルビーはエーテル出力した際に、大概どこかの小学校の制服を着ている。だというのに、マスターである私を『面倒をみてあげないと駄目な妹』と認識し、ゾウケンくんを『頼れる兄』と思っているところがある。

 これらは『魔法少女』への偏執的欲求を抑え込んだために生まれた、『新たな感情』であり、ハッキリ言うと『バグ』だった。けれどコスプレ好きでリセ・マニアな私としては(お姉様の影響もある)、そう目くじらを立てるものでもなかった。何故なら、そういう『バグ(クセ)』があるから性格が協調性の高い家族思い(マスター思い≒妹思い)になっているからだ。

 そしてそれが良い方向に転んだというか、良い流れとなって、私のルビーは美遊ちゃんやルヴィアさんのサファイアだけでなく、イリヤちゃんや凛さんのルビーをも『妹』と捉え好影響を与えている。つまりマスターが困るような、酷いイタズラはしなくなっているのだ。これは私のルビーが他のステッキの『姉貴分』の収まっているからだった。

 それと同時に私は凛さんの『天才性』にも気付いた。ご自身のルビーの転身能力を応用して11~2歳頃の姿に戻り、ご自身のルビーの志向(嗜好)と時々付き合っているのだ。以前にも話した憶えがあるが、私は穂群原小やガールスカウトの制服姿になった凛さんを数回目撃している。

 だけどそれで気分が乗る(モチベーションが上がる)のか、凛さんのルビーは時折イリヤちゃんのルビーを超える高い性能を発揮し、凛さん自身にも忠実だった。ただ美遊ちゃんが持つサファイアもルヴィアさんのサファイアも、そんなヘンテコリンな嗜好は持っていないので、どう交渉しても性能は変化しなかった。

 メカとしても魔法のアイテムとしてもサファイアが正しい。けれどメカやアイテムに心を持たせたならルビーのような変化が出るのは当然だ。その心に寄り添ったから凛さんのルビーは高性能を発揮できるのだ。これは『私を見て思い付いた』事らしいが、全並行世界の遠坂凛が口を揃えて言うだろう。『そこまで出来るのはあなただけ』だって。

 だけれどそんな『開き直り』にも見える割り切り方を先生は高く評価していて、今は逢えない師匠の『凜様』にも『あなたの成長をきちんと報告しておく』と確約していた。それがこの居間でのソファーセットから聞こえた先生と凛さん、ルヴィアさんの会話だったのだ。だからルヴィアさんは、凛さんとはまた違うアプローチでご自身のサファイアと向き合う事を先生に誓っていた。

 

 そしてこの皆んながそれぞれ思いのままに行動している時間、凛さんとルヴィアさんは先生から出されたプリントの課題を解いていて、士郎さんとあちらのアーチャーさんは食材の買い出しに出ていた。こちらのアーチャーさんは、家の掃除の残りやキッチンのシンクの汚れを落としたりしていた。この掃除や庭のお手入れなどは、朝から二人のアーチャーさんと、士郎さんに慎二さんの四人で行われていて、計画としては今日明日でしばらく使われていなかったこの家を綺麗にする積もりのようだった。

 それで姿の見えないランサーとランスロットさんは、この時間部屋でぐっすりと眠っていた。二人は日が昇る前から、私のアサシンを数人引き連れて、海辺まで釣りに出ていたのだ。勿論釣り竿と疑似餌は二人のアーチャーさんの投影品だ。こちらはまだ4月に入ったばかりらしく、春カレイやメバル、サゴシ(サワラの幼魚)などを釣って来ていた。この脈絡の見えない魚の種類は、どれも旬こそ外していないが、釣れる場所が全然違うからだ。

 こんなバラバラの釣りになったのは、この家に手漕ぎのボートがあったからだった。だからボート釣り隊と浜釣り隊、テトラポッド隊の三隊に別れて釣っていたそうだ。この釣果は波止場だとアジが多いだろうから、せっかくの旅なのだし、少し目新しい魚を釣ろうとランサーが考えての結果だった。また士郎さんとあちらのアーチャーさんの買い出しも、これらの釣果を見ての結果なのは言うまでもない。

 で、この居間にいるメンバーの中で唯一暇を持て余しているのが、お掃除の手伝いを終えてしまい手持ち無沙汰になっている慎二さんだった。そんな彼は自分の背負っていたバッグからノートパソコンを取り出し、徐(おもむろ)にそれを開いていた。すると待機状態だったのかパソコンのOSが復帰した。

 

「先生、ここの電気の規格は?」

「大丈夫、他の日本と同じよ。けどそれってアメリカで買ったの? それならアダプターが要るけど」

「規格が同じとわかれば大丈夫です」

 

 どうやらアダプターは持参しているらしい。それで慎二さんはノートにイヤホンを挿し、何やら作業に掛かった。作業台に向かっている私の背中側になるので、実際に何をしているのかわからないけど、マウスやパッドは使っていない。かと言って文字を打っているようにも感じられなかった。何をしているのだろうと私は不思議だった。

 

「ほぅ、慎二。『げぇむ』かえ? ん、何じゃ? これはエルマが時折しとるのと同じ『げぇむ』ではないか?」

「え?」

 

 思わず私は手を止め横に座るゾウケンくんを見て、それから慎二さんの方を振り向いた。慎二さんのノートの画面が覗ける位置の壁に、一匹の甲虫が止まっていた。初歩的な使い魔の使役方だ。どこかかから飛び込んで来たカナブン(?)をサクッと自分の支配下に置き、簡易的な使い魔にしているのだ。

 問題というか凄いのは、鳥や鼠、猫などの小動物ならともかく、およそ人間とはかけ離れた生物である昆虫の複眼、それもたまたま飛び込んできた無作為の昆虫の視界を自分の視界に出来るゾウケンくんの適応力の高さだ。さすが『蟲爺』と言われていただけはある。これは『エル様』やお姉様でも難しいと思うよ。

 それで『ほれ』とばかりにゾウケンくんは、自分の視界を私に理解しやすい映像に換えてパスで送ってくれた。そのゲームは『RPGツクール』で作られたフリーのRPGで、『イストワール(Histoire)』という作品だった。この10年後にダンジョン探索型RPGをネフェイスト系と呼称されるようになった傑作の一つだ。実はこのゲームの存在を私に教えてくれたのは『エル様』で、『エル様』にそういう『フリーのゲームがあるよ』と教えたのが間桐慎一さんと弟の慎二さんだったのだ。

 それで私はこのゲームに一時ハマって、何周回もして全員とパーティを組んでいた(※1)。教えて下さった『エル様』はこのゲームの元ネタの一つであり、ネフェイスト系のもう一つの元祖『Nepheshel』も複数回クリアしていらっしゃるし、全アイテムコンプリートもされていた。

 

(ゲーム進行での選択で得られるアイテムが異なる場合があるが、その分岐をそれぞれ進めたセーブデータもきちんと保存していらっしゃる。今の世界に送られる前は、『神々の遺産』をプレイされていた。初めて大聖杯のある洞穴に入った時もワクワクしていたそうだから、ダンジョン探索型のゲームは根っから好きで相性が良いのだと思う。ただ、お姉様をその大聖杯の前で『蹴り殺した』みたいな事をポロッと仰っていたが、さすがにそれはないと思う)

 

 慎二さんに到っては『Nepheshel』は『音楽が良い』として、その音源を提供している人のサイトからCDまで購入していたくらいだし、この人の『Windows XP』の起動音は『Nepheshel』の魔神の壺ゲットのあのBGMに差し替えられていたりもする。そんな慎二さんは『イストワール』はBGMが差し替えられる前のフリー音源版も良かったと話していた。

 何でも旧版はフリーBGMの選曲センスが良いらしく、特に『愚者の塔』と『アトランティア』が良かったと話していた憶えがある。私がこのゲームを知った頃は、旧版がもうどこからもダウンロードできなくなった頃なので少しだけ残念に思っていた(※2)。勿論今のBGMに何ら不満はないけれど、どうも『Nepheshel』の『古城』や『抜け道』ような耳に残る名BGMとは行かない気がする。

 私はふと振り返り、この慎二さんも、そういう他人のあまり知らない事に拘る人なのかなと気になった。これは悪い意味でなく、自分だけの好みや自分だけの趣味……即ち周囲に流されない、自分だけの価値観をちゃんと把握している人なのかどうかという事が気になったのだ。だってそれこそが『人の個性』であり、『魔術師が本来持つべき本質』だと私は思うからだ。

 

※1)このパーティの組み方にはストーリーや世界観を補うための王道的基本パターンが三つあって、それが『世界存在組(竜と巫女)』、『英雄譚組(魔法使いと領主)』、『造られた存在組(剣士と葬儀屋)』の組み合わせだ。それで一番使わない仲間が司書だったりする。だからアウタールールモードになる四周目、五周目ともなれば司書とメイドさんとでパーティを組んだり、巫女と魔法使いとを組み合わせた女性パーティを組んだり、あるいは司書との二人旅、はたまたメイドさんとの二人旅(終盤の難易度が高い)を堪能し、最後はソロで周るようになる。

 それで慎二さんはゾウケンくんの送ってくれたイメージから察するに、既に六~七周は周っているのか、司書と葬儀屋を組み合わせてパーティを組んでいた。しかも司書には恋人を刺したという必中の乙女丸という包丁のみを装備させて。それで本人は調停剣を持っていた。何となくだけど私は、それで慎二さんの性格がわかった気がした。

 ソロで行くほどの勇気はなくとも、一番弱そうな司書を見逃せる性格でもない。そこで頼る仲間が二刀遣いと二挺遣い。それって丸っきり士郎さんであり、エルヴァさんじゃないですか。まぁ、エルヴァさんは多挺遣いっぽいですけど……。それで自分はある意味反則な、最強の剣を引き継いで持っていた。

 とは言え、このレアな剣は『十二の功業』と例えてもおかしくない困難を乗り越えた証であり、勲章でもある訳だから、慎二さんを『卑怯者』『ズルいぞ!』『臆病者め!』とも言えない。ゲームの進め方は人それぞれだ。言ってみればごく普通の人なのかな?

 道具を使うのを厭わないところはケチではない証だし、序盤に使うツヴァイハンダー(『生の証』の宝箱やとある場所の赤ガイコツのドロップアイテムとして手に入る)などは早々に手放している。それとセーブをほとんどしないところが、このゲームを心底楽しんでいる事を感じさせている気がした。何よりこのゲームだけに認(したた)めたであろう小さなノートを参照しながら、ゲームを進めていた。このマメさは私の頭のデータにある『間桐慎二』とは、かなり違うタイプのように感じるさせるに十分だった。

 

※2)この時の反省を活かして、後に私は『ムーンライトラビリンス』や『寄生ジョーカー』といったやり込み型とは少々異なるけれど、気になったゲームの幾つかのバージョンを自分のPCに保管するようになっていた。

 

※※)『イストワール』の三周目を『造られた存在組(剣士と葬儀屋)』でプレイした時には、私は既にこちらに来ていた。そこで葬儀屋が47番だったから腰が抜けるほど驚いた。お姉様もいつかは『エル様』と? なんて事を考えてしまったからだ。

 

 

 

 ジッと慎二さんを見ていたから、私の視線に気づいた慎二さんが顔を上げた。目が合ったら気恥ずかしくなると考え、私は素知らぬ振りをして前を向いた。そのタイミングでルビーとバルナバスが散歩から帰って来た。いつものように白人の少女姿をしているルビーは、案の定、とある小学校の夏服姿だった。

 このエーテルで出力された少女の容姿に面立ちは、どことなく私に似ている。いや、髪の色や瞳の色に到っては、まんま私と同じだ。実はこの姿はルビーが想像した、存在しない私の子供時代だった。これがルビーの妥協点であり私の譲歩点だ。

 今ルビーが着ている夏服のデザインは白い半袖の丸襟ブラウスだけど、袖は提灯袖(穂群原のような切れ込みのないパフスリーブ)で、丸く大きな襟は左右の肩を飛び越えて袖に掛かるくらいあった。それでもって背中にバッテンがある濃紺色の吊りスカートだから、幼稚園の制服に見えなくもないものだった。なので低学年だと可愛らしいが、高学年でおしゃまな子だと格好悪いと嫌がる可能性が高いデザインでもあった。

 クロエちゃんなら『こんなの着たくない』と絶対に言いそうだし、イリヤちゃんでも渋々だと思う。だけどそれは現代の私達が懐く感覚で、フランス辺りのサーベルが主要武器だった時代の騎士を思い浮かべれば、これはこれでアリなデザインだった。だからお姉様が言うには、実は肩幅の狭い低学年の子よりも、肩幅が広がりつつある高学年の子の方が似合うらしい。何より提灯袖と大きなベタ襟が、首の短さや体型を隠す効果もあるので人種や身長を選ばないのだそうだ。

 そういう一見子供っぽいような、でもその奥にデザインの妙が隠れていたこの制服はルビーのオリジナルでなく、お姉様がどこの学校のものなのかを知っていて(なぜ知っていたのかは不明。知識の出どころはきっと『エル様』なのだろうけど)、それをルビーにどこそこの何々という小学校の制服だと教えたものだった。どういう会話の流れでそうなったのかは知らないけれど、ルビーがお姉様に尋ねた理由はわかっている。

 

『奇抜なデザインに走る前にオーソドックスな可愛らしさをまずは知りなさい。あなたのセンスは知世ちゃんに劣るのですから、今のままですとエルマを超絶可愛く演出する事は不可能です。ビデオやカメラを駆使してもっと勉強しなさい』

 

 と、以前ルビーは面と向かってお姉様に言われたらしいのだ。当然そんな事を言われたルビーは一時は落ち込んだけど、その後に発奮した。仲の良いメイドさんやアサシンの誰かにファッション誌や洋装のデザイン集などを買って来て貰い、暇さえあればスケッチをしていた。また、お姉様がルビーにそんな事を言った理由は、私が高校生だからだった。

 

『マスターが高校生でも、獣耳にのような安直な手法を取ってはいけません(※)』

『リボンやフリルのあしらい方などで、ハイティーンや20代でも無理なく、可愛く見えるデザインはあります』

『大きな襟が可愛いからとセーラー襟のデザインに逃げてはいけませんよ』

『そもそもバトル・コスチュームが毎回同じというところが信じられません。それはあなたの想像力と創造力の欠如を表しているだけです』

 

 と、そんな事をズバッと言われたそうだ。

 

※)凛さんやルヴィアさんのは獣耳と言うよりケモミミで、あれは言ってみればネズミーのカチューシャみたいな意味の無い飾りだ。だけど私の『アタランテ(アーチャー)』はあそこでちゃんと集音している。それでサイドの髪を上げればやっぱり普通の耳も付いている。どうなっているのか謎だ。それとこれに関連してアタランテご本人の耳はどうなっていたのか、そこが気になる。サイドの髪をかきあげたらツルンと何もなかったら、内耳の構造はどうなっているのかと余計に気になって夜も寝ていられなくなるだろう。

 

 念のため、ここで私の所持するカードを紹介しておこう。全部『エル様』のお手製で、一部お姉様が手を入れてもいる。

 

 セイバー/メイン、ジークフリート。予備カードを使うと円卓の誰かが来るはずだけど、今わかっている範囲でガレス卿かガウェイン卿だ。しかも圧倒的にガレス卿が多いし、私では『今日はガウェイン卿で行こう』なんて決め打ち出来ないのだった。だからジークフリートを使う事が多いのだけど、困った事に背中の弱点はそのままだ。また余談だけどガレス卿が降りた場合、ランスロットさんは組手を断ってくる。良心の呵責に耐えられなくなり、素っ裸になって『殺してくれ』と叫んでしまうからだ。ならばとガウェイン卿の時に手合わせを頼んだらランスロットさんに殺されそうになった。陽が高い中でお姉様のセイバーさんやアーチャーさんが居なかったら、私はもうこの世に居なかったかも知れない。後で思いっきり謝られたが、円卓ってとんでもないなと思ったものだ。またイリヤちゃんにセイバーのカード(モードレッド)を使って貰うと、私のカード(ガレス卿)はわざと負けようとする。義妹思いの優しい人だったらしい。

 後日、本物のモードレッドさんと手合わせした時もわざと負けようとするから、モードレッドさんは『姉ちゃんらしいが、カードとしたら困ったもんだな?』なんて言われた。モードレッドさんはエルさんを通じて倫敦のお姉様にも助言していて、グレイさんの持つ礼装(ケイ卿の意識が入っているらしい)に対してもどう向き合うかをアドヴァイスの言伝てを頼んでいたそうだ。

 

 アーチャー/アタランテ。このカードを使えば、一発必中の腕前がどんなものかわかると思う。弓道部での私はそのイメージを思い起こして射場に立っている。

 

 ランサー/ワルキューレ。言わずと知れた私のフェイバリット・カード。『エル様』からの説明だとワルキューレの中の誰かが降りて来るとの話だった。だけれど分裂機能が隠されている事をお姉様が発見してしまった。それから制御機構をお姉様に解析して頂き、もっと安全に使いやすくなるように一緒に改良した。そこが八人でなく七人が限度の理由だ。離れて行動する場合は五人以下が良いというのはまた別の話で、これは私の能力不足もある。なお全員が弓も槍も剣も得意なので使い勝手は良い。かなり魔力を使うが空を駆ける馬も呼べる。それで『エル様』はそれらの馬にも名前を付けていらしたようだがそこは聞いていない。ただ『一』は自分の馬を『ルドルフ』と認識していて、『二』は自分の馬を『帝王』と呼んでいる。それで『三』は愛馬を『サードステージ』と呼んでいた。じゃ、『四』や『五』は『ウインドバレー』や『ラストステージ』かと言えばそうでなく、『四』のは『インデュライン』、『五』の馬は『リース』、『六』のは『ウルリッヒ』、『七』のは『パンターニ』だった。お前ら何だよ? いや、全員私だけどさ……。

 

 ライダー/ブーディカ。三頭立ての戦車とともに現れる。予備カードでアマゾネス三姉妹の誰かが降りて来るがこちらは二頭立ての戦車だ。この三姉妹はワルキューレのように複数は呼べない。どちらのカードもワルキューレと同じく、アーチャーやランサーにセイバーを兼任出来る高性能なカードだ。

 

 キャスター/ナーサリー・ライム。以前も説明したと思うが、このナーサリー・ライムとは仮りの名で、厳密には英霊の座に繋がったカードではない。実態は童謡や童話に対する人々が幼少期に抱いた『信仰という概念』を、固有結界として発動できるアイテムで特殊礼装となっている。

 

 アサシン/狂信者。やっと何者かがわかった。ハサンの名を受け継いだ者ではなかったが、百貌と同時代の教団に居たそれまでの教主が得たというザバーニーヤを再現できた天才だった。だけどそれは女性である我が身を苛み痛めつける苦行だけでは足らず、魔神にまで身体を売った果てにあるものだった。そしてその信仰は神だけを信じ、他者には不寛容という典型的な原理主義者でもあった。そんな訳で百貌が導師や長老達から『ハサン』に選ばれたそうだ。それで女性は百貌と教団を恨みながら死んだ。だから私のアサシン達は、『その能力はカード向きである』としか教えてくれなかったのだ。それは言いたくないよねぇ。

 

 それで私のカードにバーサーカーがない理由は、お姉様曰く『『エル』が造るのでしょう? 洒落になりません。だから自粛しているのでしょう』との事だった。私もその意見に納得している。

 

 

 

 話しを戻そう。つまりお姉様は、私のルビーに『センスが悪い』と言ったのではなく、今はイリヤちゃんと美遊ちゃんが握るルビーとサファイアに感じていた事を『カレイド・ステッキ』と一括りにして悪意なく『助言』としてそう言ったのだった。だけど『発奮』したのはその通りで、そういう風に燃えるように促したのは私だった。何故ならお姉様にそう言われた後のルビーの落ち込みようが、それはもう非道かったからだ。

 あなたはステッキが体を捻(ねじ)って、マスターのベッドでワンワン泣いてる姿を想像できるだろうか? 私はそれを目の当たりにしてしまった。当然ルビーから何があったかを聞き出し、お姉様にもその真意を尋ねたりもした。それをルビーに教えた上で『お姉様を見返してみようよ』と言ってあげたのだ。だからエーデルフェルトのメイドさんやアサシン達にもお願いしたし、デザイン集の代金はその都度私がお返ししていた。

 そんな中でルビーは勇気を出してお姉様に『どんなのが可愛いと思いますか?』と尋ねたのだ。そこで教えられたいくつかの例の中にその小学校の制服も入っていた訳だ。公立小学校にありがちなオーソドックスな丸襟が、襟を大きくするだけでここまで変わるものなのか? そんなことも解説して貰ったそうだ。

 他には左右の胸にあしらわれたピンタックはデザイン上は単なる装飾でしか無いが、それがウェディングドレスと同じく『白一色』という制限から来ている工夫だと聞いて随分と感心したらしい。例えばドレスシャツのように胸元にフリルをあしらったタイプがあるけれど、襟の縁と胸元にそんなフリルがある公立小学校のブラウスも存在すると教えられもしたそうだ。

 そこから魔法少女のコスチュームに話題が移行し、獣耳でなく帽子であっても良い、(海外の)田舎の子のようなエプロンドレスに、リボンでなく天使の羽根があっても良い、下半身がパニエで広がったスカートでなく、かぼちゃパンツでも良い、特にVSウォーティの時のアルルカン風の衣装が良かった……などなども学んだそうだ。

 だから本来の、私がルビーを握って転身した際の天使のデザインが、これまでのギリシア風の衣装から純白のショートドレスに変化した。ウエストの後ろや広がった裾の下部に付属のヘヤバンドにまで羽根をあしらったものだから、合計12枚でなく12対の羽根となって大天使を越えてしまった。このニューデザインの衣装はとても可愛らしく、お姉様も褒めてらした。

 

『もう少し羽の飾りを控えめにすれば、よそ行きのドレスとしても使えそうですね』

 

 とまで仰って戴けたから、ルビーは見事にお姉様を見返したのだ。別にお姉様が敵という訳ではないけれど、この時ばかりはルビーの羽根とハイタッチしたよ。だって私、ルビーのためにビデオを全話コンプリートしたんだよ? その投資額は普通の高校生なら無理があるって大きなお友達ならわかるよね?

 その見返りがセンスの良くなったバトル・コスチュームと、何故か言わなければならなくなった呪文にある。

 

『時空のチカラを秘めし杖よ。我にそのチカラを貸し与えよ、ルビー!!』

 

 って。なんじゃそれ? だけどそれだけで私のルビーはやる気が出て、イリヤちゃんのルビーの出力を1.0としたら、1.8倍くらいになってしまう。これ、カードを使う時も違う呪文があるからね。

 

『エルヴァの創りしカードよ。我が杖にチカラを貸せ。カードに宿りし魔力をこの杖に移し我にチカラを! ワルキューレ!!』

 

 ってな具合だ。『エル様』を『エルヴァ』と呼び捨てにするところと、呪文が長いので現在ルビーと議論を戦わせている最中だ。

 

 

 

 それで目の前にいるエーテルのルビーだけれど、この衣装(制服)はお姉様がルビーに話したものの本物で、本当は私に着せてペアルックしたいと思ってアサシンに頼んで買わせて来たものなのだ。なので恐ろしい事に、高2の私にピッタリなサイズのものまで揃えてある。可愛いのは可愛いよ? だけどいくらコスプレ好きな私でもそれには付き合えないぞ。

 それに私は鋳造後2年に満たないホムンクルスなので、子供時代という過去がない。なので並行世界の可能性の中に子供時代の私も存在しないのだ。つまり転身しても凛さんのような子供姿には戻れないのだった。そこがルビーの私に対する唯一の不満らしく、その不満解消もあって、エーテル出力は決まって子供の姿で出力するのだった。

 

「おかえり、ルビー。ご苦労さま」

 

 と言ってあげたら、おでこから汗が滴っていた。散歩に出てから早2時間は過ぎている。やっぱりバルナバスのような大型犬はよく歩くらしい。だから作業を一度止めて、ルビーに冷たいレモン水と、飲みやすいようにストローを出してあげた。

 

「ありがとう、エルマちゃん」

 

 スカートのポケットから出したハンカチで汗を拭き、ゾウケンくんの横に座ったルビーは、ゴクゴクと喉を鳴らしてレモン水を飲んでいた。エーテルなのに? そもそも元の姿は新陳代謝のない杖なのに? そんな風に考えていけない。これもルビーなりの拘りなのだった。『エル様』風に言うなら、サンダーバード2号発進の時のヤシの木の揺れだ。人はそういう部分に『リアル』を感じるものなのだ。だから添えて出したストローをルビーは敢えて使わなかったのだ。

 そしてこういう行為もまた、私達ホムンクルスやルビーのような疑似生命体によく見られる現象だった。自分と全く関係のない、どこの誰とも知らない古い『家族写真』や『風景写真』を、映画『ブレードランナー』に出て来た、逃亡中の人造人間(ネクサス6型)が集めていたけれど、実はホムンクルスにも共通する行為で、さもありなんな話なのだった。

 つまりお姉様のコスプレ好きは『人』が持つ変身願望の発露であり、複数の異なる自分になってみたいという願望の現れでもあった。けれど私のそれは、より多くの人の事を真似て、自分も人間だと思いたい『造られた人形』の願いでもあったのだ。だから私は人工精霊で、疑似生命体でもあるルビーの気持ちが誰よりもわかっていた。

 イリヤちゃんのルビーにしても、マスターであるイリヤちゃんを傷付けたいとまでは思っていない。イリヤちゃんから帰って来る反応が面白いのと、きちんと『生きている』イリヤちゃんが羨ましいだけなのだ。だからイリヤちゃんが中等部生に上がったら、あの子のルビーに『エーテル出力』を教えてあげようと思っている。

 

(エーテル出力はゾウケンくんを杖に替える時に私が発見した隠れ機能だったので、イリヤちゃんのルビーには話していないし、エーテル姿を見せてもいなかった。これはイリヤちゃんのルビーを暴走させると判断したからだ。この事を理解してくれている凛さんは、ご自分のルビーがエーテル出力が出来ると聞いても秘密を守ってくれている)

 

 

 

 その後、しばらく経ってから買い出し部隊が戻り、夕食の準備に取り掛かった。昨日のお昼過ぎにこちらに入り、そこから細々した準備(各種手続きにご近所への挨拶)に、買い出し(飲料水や乾物の食料・粉物などの入手)、簡単な掃除と手分けしてバタバタし通しだった。長い間封印していて使われていなかった家だそうだからそこは仕方ない。

 この家の名義は一応先生の夫であるシロウさんで、元はここの遠坂家が管理していた物件だった。それが格安で出ていたから先生が『買おう』とシロウさんへ提案したらしい。何故ならこの家は『出る』からだった。だから格安だった。それに魔術師でないここの遠坂には扱いきれない不良物件でもあった。だからこそ先生は買おうと言ったのだった。

 この近辺は平和で安全だが、この家にだけ魔というか幽霊が溜まるような偶然の構造になっていたのだ。これはあちらのアーチャーさんが慎二さんやシロウさんと住んでいるマンションもそうらしく、時々見受けられる場合がある事例との事だった。そんなところをアーチャーさんはあちらのアインツベルンの紹介で、ほぼタダ同然で借りているらしい。

 これは誰も借り手が居ないからと、マンションの一階にアーチャーさんの店舗があって、元々そちらでは霊障が起きなかった。だからお店分の家賃は払っているからというのもあったらしい。何より英霊が住まう事で霊の中に秩序が生まれ、上の階でも余程の事がない限り霊障が起きなくなっていた。

 それに住んでいるというか憑いているのは悪霊でなく、そこが居心地が良いと感じている霊ばかりだったそうで、話し合いで解決したらしい。要はその居心地の良さを護るために他者を追い払おうとしていただけで、そこまで悪意を持つ霊はハナから居なかったそうだ。

 それで窓の多い角部屋が生きている人、それ以外が霊という風にルールが決まり、このマンションの事情を知っても怯まない、『こちら側』の人ばかりが入居しているそうだ。これはビルのオーナーがシカゴ在住のアインツベルンの方で、アーチャーさんに期待するところがあって懇意の不動産屋さん(同族でそちらもアインツベルンの方)を紹介したという背景があったそうだ。

 

『それで俺の部屋の真向かいが慎二の部屋なんだけど、メシは俺が用意して毎日俺のところで食ってるんだ』

 

 ん?

 

『彼女も連れ込めないから、それが嫌だと?』

 

 と私が言ったら慎二さんは笑い、アーチャーさんは苦笑し、先生に到っては爆笑していた。どういう事?

 

『コイツは、気が優しいのだろうな。普段は陽当たりの良い窓際に古いロッキングチェアを置いていてな。老婦人の霊との二人暮らしなのさ』

 

 と、あちらのアーチャーさん。そこに続けたのは慎二さんだった。

 

『だから衛宮のご飯は毎回撤饌(神様や仏様にお供えしたものを下げて食べる事)なんだ。それを食べるところもジッと眺めて来るんだから、彼女どころか普通の神経の人じゃ住めないよ』

『ジイサンの後はバアサンだ。そんなに変わりないよ』

 

 来た。衛宮ジョークなのか? 思わず私が吹き、ゾウケンくんまでが笑っていた。それでこのお二人が結構な経験を積んでいる事がわかってしまった。同じように感じたのか、先生からの課題をこなしていた凛さんとルヴィアさんも呆れていた。

 

 

 落ち着いたのは今日の午後からだった。

 そんな中でもお腹は空くので、お昼はお酢とダシ汁に浸けたマリネ風焼きイワシと、オリーブオイルとトマトソースで合わせた、イタリン風ソーメンだったから、夜はもう少しボリュームが欲しかった。なので今夜のメインは、早朝釣りのカレイやメバルの唐揚げと決まっていた。

 カレイは既に五枚に卸してあり、塩を振って冷蔵庫に寝かせてある。メバルも三枚に卸し済みだ。これは二人のアーチャーさんと私とでやった。買い出し部隊はそれら唐揚げに合う付け合せや、サラダ用の野菜、お米などを買いに出ていたのだった。

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