家に戻れば夕飯の用意ができていた。『三』と桜が作ってくれていたんだ。
「いえ、兄さん。私は盛り付けを手伝っただけですよ」
「じゃ?」
桜は衛宮の様子を見に出ていたらしい。なので作ったのは『三』と『二』だった。『二』と逢ったのはこれが2回目だ。『七』じゃないので驚いた。
「『七』は?」
「彼女は休憩です」
そう『一』が答えてくれたけれど、休憩って……意味が不明だった。
テーブルに並んだ料理を見れば、このメニューは絶対にジジイの好みだ。ゴマとカツオブシの掛かった白菜のお浸し、昆布と大豆の煮物、鶏肉がゴロゴロ入った筑前煮、そしてサヤインゲンが映えるブリの味噌煮。お味噌汁は豆腐とナメコだ。
僕は洋食の味付けが好みで、基本醤油味と味噌味しかない和食は得意じゃなかった。だから気を利かせてくれたのだろう。僕のところは、少し酢の効いた千切り白菜の辛子マヨネーズ和えとブリのソテーがあった。ソテーにはオニオントマトソースが掛かっていて、付け合せもオニオンリングのフライだ。他のおかずやお味噌汁は同じだけど、これだけで気分が違う。何より僕の苦手な皮や骨は最初から無かった。はぁ~、実に美味しい。
僕の真向かいには桜が座っていて、その横には『一』と『二』だ。それで僕の横には『三』が座り、その横にジジイだ。この家のテーブルは大きい。信じられないだろうけど8人掛けなんだ。僕と桜とジジイに、死んでしまった親父を含めて4人。それが僕の記憶にある家族の最大人数だ。お母様が生きていて、雁夜叔父様が居たとしても2席余る。
横目で見た『三』越しのジジイは、噛みしめるように沁み滲みとご飯を食べていた。何とも幸せそうな顔だ。ジジイの記憶だと、家族が8人の時代もあったのかもね。
食後のお茶を頂いていたら、ジジイが話し掛けてきた。『三』は桜の勉強を見てくれるらしく、2人で部屋に行った。洗い物は『一』と『二』がしていた。
「慎二、ええ娘じゃろう?」
ジジイは目を細めて『一』と『二』の背中を見た。どの子を指して言ったんだ? 『一』か? 『二』か? それとも2階に上がった『三』か? はたまたここに居ない『五』や『七』か?
「ああ……勘違いしとるのか。錯覚を起こしそうじゃが、あの7人は全員同一人物じゃよ。強いて言うなら、分裂しとる間は8人目の人格が他の7人を統制しとる。ワルキューレは7人でなく8人じゃからな」
「そうなの?」
「うむ。ワーグナーの楽劇じゃと、リーダーはブリュンヒルデじゃな。そのブリュンヒルデが表に出んで、他の7人を統制するところにこの魔術の凄さがあるんじゃ。何故なら、分裂には色付けと言うか、少々の個性の違いが必要なんじゃ。全くの同一じゃと世界修正が働くんじゃよ。しかしのぅ、余りにも個性が違い過ぎると、いかなエルマでも制御が難しいと『エル』は考えたんじゃろうなぁ」
それでジジイが教えてくれた。エルマとは、あの7人の本来の名だったのだ。しかも並行世界で生きている普通(?)の子で、男版のランサー、分裂できるアラブ人(アサシンだった!)のマスターで、ジジイの恩人でもあったんだ。しかもジジイとルビーという魔法の杖のマスターでもあった。そしてその杖と魔法のお札で、セイバーやアーチャー、ランサーなどに変化できるというのだ。セイバーはジークフリート、アーチャーはアタランテ、ランサーは今使っているワルキューレ、ライダーはブーディカ(別のカードでアマゾネス)、キャスターはナーサリー・ライムという現象(?)で、謎なアサシンのカードや予備のカードも複数あるという。つまり1人で聖杯戦争に勝てるチカラがあるらしい。何だそれ。最強じゃないか。
「じゃ、最初から……」
「一方的に救けるだけなら、それはこちらの自己満足に終わるじゃろう? こういう場合は『ぷろせす』が重要なんじゃよ。桜を癒やし、慎二の明晰さに磨きを掛け、衛宮士郎の視野を広げんといかん。儂はエルマに救われ、それ以来こうして並行世界を巡っとる。慎二。儂らは聖杯戦争後、また違う世界に行かねばならん。ここにはずっと残れんのじゃよ」
やっぱりか……だからプロセスが大切なんだ。僕や桜がきちんと自分の足で立って生きていけるように……。だから感謝を込めて言った。
「『三』も良いけど『一』かなぁ? エルマという子自身には逢えないの?」
「カードを換える時か、帰る時に会えるじゃろう。じゃが言っておくぞ」
「何を?」
「エルマ・フォン・アインツベルンは現在穂群原学園に通う高校3年生で、全国大会にまで行く弓道部の副部長じゃ」
ウソだろ? アインツベルンの血を引くのは予測していたし、前にもチラッと聞いた覚えがあった。だけど、中学生くらいにしか見えない彼女が年上だったとは。
「年上だったの?」
「そうとも言えん。流れの違いじゃよ。エルマの親友が弓道部の部長なんじゃが、そ奴の名が間桐桜じゃからの」
は?
「じゃ、ここと2年違いって事なの?」
「うむ。あっちは今、2006年の秋でな。文化祭は終わったが、新人戦の練習で忙しい頃なんじゃ」
あれ? 今が2004年で桜が1年の冬……。つまり2年に上がって迎える冬が2005年……3年の秋なら、まだ2005年だ。1年早い?
「1年早いんじゃ?」
「ええとこに気付いた。その通りじゃ。それが本来の歴史のズレなんじゃ。じゃが、その世界をいつ見付けたかでもズレが出よるんじゃな」
「量子論だっけ? 何とかの猫みたいに?」
「そうじゃ」
へぇ~、これは面白い。
「あ、そうだ。衛宮は?」
「去年卒業して、今は新人消防隊員じゃよ」
あぁ……断然それが向いている。良い職を選んだなぁ。
「ちなみに桜と婚約しとってな。桜が大学進学希望なんで結婚はまだまだ先じゃが、エルマの姉の一人が結婚しておってのぅ。アメリカ住まいなんじゃが、そろそろ子が抱けそうじゃと、皆んな盛り上がっとる」
大きなお腹の妊婦さんなのに、料理も掃除も手を抜かず、旦那さんの仕事まで手伝っているという、スーパー・ウーマンなんだそうだ。その人を含め姉は3人居て、一人は倫敦の時計塔で講師をしているらしい。後の一人は少し年上で、気ままにアルバイトをしながら、英国や米国の妹のところへ遊びに行ったりしているという。
「アルバイトなのは花嫁修業?」
「どうなんじゃろうなぁ。親もあの者には、中々の……」
何か事情があるらしい。あ。
「もしかして僕も居るの?」
「うむ。儂は会っとらんが居るらしい」
「会ってないって、どういう事?」
ジジイは少し困った顔をした。
「言い難いんじゃが……」
「そこの僕に何かあったの!?」
「いや。日本語が下手らしい」
は?
「あちらは鶴野が生きておってな。魔術師としての間桐は終わっとるんじゃ。じゃから、あちらの慎二は倫敦近郊の街で、かれこれ10年以上暮らしとる」
つまり? 小学校の低学年頃からあっちって事? じゃ、桜は誰と?
「雁夜じゃよ。そこの桜は雁夜の養子なんじゃ」
叔父様も生きている世界……。それはなんて不思議な世界なんだろうか。
「代わりに儂が居らん世界でな。鶴野は廃業を正式に時計塔へ申し出ておったのよ」
間桐臓硯……マキリ・ゾォルケンからの300年にも及ぶ研究成果を、すべて時計塔に寄贈したり売り払ったのだという。ジジイの目線がチラッと上を向いたので、きっとそこのお父様はそれを対価にして桜を護ったのだと思う。そして雁夜叔父様に桜を託したんだ。
「何か事情があったと思うんだけど、桜を遠坂に返さなかったのはどうして?」
「その世界も第四次聖杯戦争まではあったんじゃよ。そこで儂が斃され、遠坂の先代も奥方ともども……な。おまけに家も崖崩れで失われておってな。今は……こじんまりはしとるが瀟洒(しょうしゃ)な家を六代目が建てておる」
そこの遠坂は中学生頃に自分で建てたそうだ。根性あるなぁ。そこから洗い物を終えた『二』を交え(『一』はお風呂を沸かしに行った)、話せる範囲という条件で色々興味深い事が聞けた。お父様は魔術師専門の税理士だった。そこの僕も、そういう道に進むべく大学で学んでいるという。
「あちらの慎二は金髪の可愛い彼女が居るそうじゃ」
「そういう情報は要りませんから!」
また雁夜叔父様は魔術師専門(かどうかは不明だけど、そこそこ名の通った)の情報屋だった。それこそが僕のしたい仕事だった。交代でお風呂を頂いている間も、エルマ達は僕や桜に楽しい話を聞かせてくれた(桜にはある程度、話してあったらしい)。僕と桜はここで生きていくしかない訳だけど、それでも希望の持てる、夢のある話ばかりだった。
「兄さん?」
もう休もうと、自室に戻ろうとした時だった。2階へ上がる階段の途中。
「ん?」
「エルマみたいな友達が欲しいな、なんて」
僕は桜の頭をポンポンとして言った。
「もう、誰も反対しない。自分の未来を夢見て良いんだ。遠坂とも相談しろ。でも……友人は自分で作るもんだぞ?」
サラサラした髪がコクンと揺れた。そうさ、桜。僕達は自由なんだ。
僕も金髪の彼女を…………なんて事を思いつつベッドに入り目を瞑れば、思い浮かぶ顔は全部『一』か『三』だった。あ。女の子には、日によって気分が変わるのか、表情の違ったり微妙に性格というか人当たりが変化する子が居る。天候や生理とか、色々あると思うけど、どこか気紛れな部分が、男の目線で見てもわかる子が居る。『一』から『七』はまだ逢っていないエルマの、そういう部分を強調する事で別人っぽく見えるようにしてあるのかも……。
どうしてこうなった? 2人に何があった? ベッドに入れば、俺の右はクロエで、左にはエルだった。狭い……。
マトウから戻ったオレ達は、『セイバーが斃された』という偽装について検討していた。1に裏で動く組織を押さえるため、2にセイバーに執着していたあの王を釣るため、3にエミヤを降ろさせるため、以上の3点から出た作戦なのは間違いない。これはマトウに行く前からわかっていた。
なので、行って得られたものはほとんど無かった。確信が増した事と、味方であるとわかった事が大きい。またそれに拠って、中盤や終盤を飛び越して最終決戦が近いという感触だった。
「要はあのちっこいシスター(姉ちゃん)が、本国からの返事をどう判断するかか?」
「うん。お祖父様も話してたろう? アハトは壊れたメカだって。聖杯が汚染されていようと、この街に災害が起きようと、絶対に降りないよ。だからあの人の判断が重要になる。そしてそれをエルヴァ、君が受け止めなきゃいけない。何故なら僕達は、もう聖杯戦争を永久に終えるって決めたんだから」
そうだ。こんな災厄を撒き散らすモノなんて、必ず止めなきゃな。つまり、アントニーは事後のフォローをしっかりしろよと言ったんだ。
「まだわかってないね?」
「何がだ?」
「もう……。お祖父様はこれを機に、そのアハトの家を潰すだろう。絶対に。多分『続行の返事』が『罪の確定』だよ。間違いなく銀行口座の停止や、今まで他家からあった援助も止められる。知ってるかい? そのアハトってホムンクルスは、何の事業も行っていないのに、大きな城を持っていて、そこにはメイドのホムンクルスが200体も居るらしいよ?」
思わず叫んでしまった。
「バカじゃないのか!?」
「だから壊れているんだろうね。そこで食料や排泄物の事なんかを訊ねたんだ」
「?」
「ほとんどのメイドが、飲食物からエナジーを得るのでなく、霊脈から汲み上げた魔力で稼働する装置だった」
アントニーも祖父さんと連絡を取っていた。その返信メールを見ながら話している。
「どういう事だ?」
「この情報から考えられる事は幾つもあるよ。わかんないかい? まず、行動範囲が縛られる。だけど外部から食料を調達しないなら、問題は無いとも言える。でも、君のお姉さんはヒトとのミックスだ。何かを食べないと生きていけない」
あ。
「ね? そのためのメイドがセラというあの人なんだろう。あの人とリーゼリットというハルバートを担いでいた人、他はごく少数がボク達の知る自立稼働できるホムンクルスで、他の大勢は城や土地に縛られた装置なんだろうね」
それだとフラスコが城になっただけだ。ランクが低いのか?
「敢えてそういう風に鋳造したと考えるべきなのか、その程度しか技術が無かったのか。どっちだろうね? ここを見て」
アントニーにメールをプリントアウトしたモノを回された。
「あ!」
横合いから覗いていたアストルフォが声を上げた。そこには『制圧完了』とあった。
「おい、イリヤスフィールは誰と連絡を取っているんだ……?」
「だから返事が遅いんでしょう? 現地のボク達とは別に、あちらでも作戦は進行していたんだよ。お祖父様は、敢えて自立稼働できないホムンクルスを、現代でも鋳造するアハトが許せなかったんだと思う。勿論、この失敗しか望めない儀式にもウンザリしていたろうね。でも一族の中には、数百年に渡って投資したり援助する人が居たんだろう。今回の動きはそこに終止符を打つためだった。つまり一族の大勢はとっくの前に、この儀式を終わらせる事で決定していたんだと思う。だから何も知らないだろう『イリヤスフィール(姉)を救けろ』なんだよ。そして現地組の別働隊が『アーデルハイド』だった」
最初から祖父さんはアーデルハイドを別働隊に?
「うん。イリヤスフィールがまともに成長していたら、あの人と同じ見た目なんでしょう? 比べちゃいけないかもだけど、アーデルハイドは君以上にイリヤスフィールへ思い入れがあってもおかしくない」
「子供の時から双子の姉がいると知っていた……って事か?」
「そう。しかもその家は壊れたホムンクルスが運営していて、この儀式だけを延々と繰り返していた。これは僕が見ちゃいけない事だった。ごめんよ、エルヴァ……」
アントニーが渡してくれた、もう1枚のプリントには驚愕の内容が書かれてあった。
オレとアーデルハイドは試験管ベビーだった。何分割かされた母の卵子を父の精子で受精させ、胎内に戻されたのがイリヤスフィールで、オレとアーデルハイドは祖父さんか誰かが拾わなければ、廃棄される予定だった……。
イリヤスフィールがアハトの手元に残された理由はイマイチわからなかった。起源がどうとかあるけどオレにはサッパリだ。
「エルヴァ、あなたのお姉さんの起源、『器』って……」
「さすがはキャスター。そうだよ、エル。だからイリヤスフィールは小聖杯に選ばれたんだと思う」
「アントニー、私はあなた方のお祖父様を知りません。でも情に篤い人だとは思います。お祖父様はイリヤスフィールに会うか見掛けたかして、そのアハトを滅ぼそうと決断したのでは?」
アントニーがエルに頷いてみせた。オレもそうだろうと思った。と同時に、もう1人のシスターであるアーデルハイドは、オレ以上に危機意識の高い人だった事も思い至った。
「この儀式を迎えた時が、イリヤスフィールを救けるチャンスだと考えていたのだと思います」
「うん、ボクもエルの意見に賛成だ。きっとイリヤスフィールは監視の目が行き届いた城の中で育ち、外に出させて貰っていない。だから精神年齢が幼いんだと思う」
「見た目だけじゃ無いって事か?」
「引きずられる面も否めないけど、まずは社会経験の少なさだろうね。そしてそこは堅牢で200人も居るというメイド……中には戦闘用も居たと思うから、それを結界を抜いた後に倒さなきゃならない。ここからは想像含みだけど、君の父親は残念ながら君やアーデルハイドの存在は知らなかったと思う。だけどイリヤスフィールには何度か儀式後も逢いに来たと思うんだ」
多分、逢えなかった……いや、逢わせて貰えなかったと思う。何故なら儀式は失敗したからだ。その失敗の要因を自分達が仕込んでいたのにだ。完全に壊れてやがる。
「それで相当事前の調査を行っただろう事も想像に難くない。ボクが思うに、このフユキにも何度か足を運んだ可能性もある。エルヴァ、君の父親も喚んだセイバーというクラスが今回も喚ばれたのは偶然じゃないと思うんだ」
ここまで言われればオレにもわかる。
「召喚の触媒になる聖遺物をエミヤが持っていた?」
「そう。しかも彼は10年前に起きた災害の生存者だ」
アストルフォが手を叩いた。
「アントニー。セイバーがアーサー王なら、その聖遺物は聖剣の鞘じゃない?」
「そう、ボクもそう考えた。だから救かった。本当ならもっと火傷の跡があったと思うんだ。調べた限り、それくらいの災害で、他の助かった人は何某かの火傷を負っていたからね」
「あの見えないのが鞘か?」
「違うと思うな。あれは風の魔術で見えなくしているだけだと思う。鞘は多分、エミヤの身体の中だ」
魔術的にバラして埋めたのか。
「エル? 降霊できるか?」
「はい。あなたの父親を降霊しましょう」
そうしてオレ達は深夜に出た。時刻は2時半。場所はエミヤの家の近くの、別の家の庭だ。本当はエミヤの家の敷地内が良いんだが、ランサー(アサシン)の目が光っていると、こちらのアサシンの報告があった。なので敢えて降霊場所をズラしたワケだ。結界を張って無事に潜り込めた。
「ここは誰の家だ?」
「さぁ? 表の札の文字は藤村と読めますが……」
誰だよ、それ。不法侵入もイイトコだ。アメリカならショットガンを撃たれるぞ? そこからエルは地面に降霊陣を描き、降霊術を始めた。儀式の途中でエルがオレを手招いたので、陣の中に入った。それで指図されるままに陣のある一点に手を置いた。
やがて白い靄(もや)が辺りに立ち込め、陣の中に集まった。それは徐々にヒトガタになって……気付けばコート姿の東洋人が立っていた。
『こ、ここは……?』
オレ達が声を出す前に霊が声を出した。
『む』
オレ達に気付いた霊は素早くコートの中に手を突っ込んだ。なんて反応の速さだ。だけどコートの中には何も無かったようで戸惑っていた。
「オレ達は敵じゃないし、危害も加えない。まずは話を聞いてくれないか?」
霊の男はオレ達を鋭い目つきで睨んだ。そんな表情まで事細かにわかるほど霊が実体を持てるのは、エルの降霊術がそれだけ高度だからだ。
「実は今、聖杯戦争の最中なんだ」
『何だって!?』
庭にあった樹の1本が縦に裂けた。凄まじい霊圧とラップ音だった。
「シィ~。家の者が起きる。ここは他人の家なんだよ」
『そ、そうか。すまない。で、第何次で今は何時(いつ)だ?』
焦っているようでも冷静だ。地面の陣を一瞥しただけで、自分が死んだ存在で、これが降霊の結果だと認識していた。
「第五次。今は2004年の2月だよ」
『まさか……士郎は? 士郎はどうした?』
意外と愛情深い人のようだ。
「エミヤシロウは今頃安全に眠っているよ。オレの名はエルヴァ。そっちはアントニー。オレ達はイリヤスフィールを救けるために派遣された魔術師であり、アインツベルン本家の者だ」
『本家……? まさかアハトの他にアインツベルンが……?』
知らなかったのかよ……。
「ああ、あるんだ。それで本家はこの聖杯戦争を永久に終わらせる事に決定した」
『そうか……』
「ああ、本家の総力を上げてアハトを潰す……いや、もう潰されただろう。後はイリヤスフィールに話して、こちらに確保する事と、事後処理だけだ。ただ、事後処理にはまだまだ時間が必要だし、手間も掛かりそうなんだ。それで手の空いた今の間に前回の事に詳しい人に聞こうって、降霊したんだ」
『君はキャスターのマスターか? だけどそのサーヴァントはイリヤに似ている……?』
「ご先祖様と言うべきかな?」
『ああ……。そういう英霊を喚べたのか。アハトも喚ぶなら第三魔法体現者を喚べば良いものを……』
だよな? だけど当事者だったその時には、思い付かなかったし、言えない立場にあったんだろう。
「エル。この場から、この人は動けるのか?」
「できますよ」
それでオレ達はエミヤ・キリツグの霊を引き連れて家に戻った。それからコタツテーブルに入って、改めて自己紹介をした。ただしオレは息子だとは言わなかった。それはこの人を戸惑わせるだけだと考えたからだ。そこから今現在の各陣営の事などを話した。
『そうか。ランサーが間桐でアーチャーが遠坂か。で、セイバーが別陣営の仲間。手堅いね……と言うか反則だろう? セイバーにライダー、キャスターを君達で取るなんて』
「あ、それと、キャスターがアサシンを召喚している」
『おいおい』
「だけど、責めないでくれ。オレ達もイリヤスフィールの事やこの儀式の事に真剣なんだ。だからだよ」
『そこはわかる。本家というのが動くと、そこまでのチカラがあったんだね?』
「そうだな。だけど敵は大きい」
『どうして? 勝ったも同然だろう?』
オレはクロエがいれてくれたコーヒーを一口飲んでから話した。
「あなたの時代にもPCなんかはあったと思う」
『うん、あったよ』
「今はインターネットという回線が世界中に広がっていて、デジタルカメラやハンディフォンが発達している。隠し事が難しくなっているんだ」
『サーヴァントの闘いや、その後の工作が難しくなっているんだね?』
「そう、それと人工衛星。どうやらあなたの時にあったキャスターが召喚した魔物。あれが米軍にキャッチされていて……」
『まさか……?』
「そのまさかさ。この儀式が軍部だけでなく、CIAを通じて闇で蠢く者達に知られてしまった」
表情が変わった。
『イルミナティのような?』
「その認識で良いと思う。今はもっと根が深く、世界中の政府や高官の中に蔓延っているよ。言ってみれば人の歪んだ部分……金銭欲や拝金主義に染まった醜悪な奴らだ。もっと言えば、これまでの人類の歴史の影で経済を握り、もっと儲けるために戦争を起こしたり、未知のウイルス実験をアフリカなどで行って来た奴らだ」
『そいつらにこの聖杯戦争が嗅ぎ付けられていたって……?』
「そうだ。何度も言うがアイツらは色んな組織の色んな階層に居る。欲だけの繋がりなのに、考えが似ているから妙に結束している。それでオレ達は考えた。あなたが何を望んでバルカン半島などを渡り歩いたかを」
『かなり調べたんだね?』
「ああ。あなたの望みは戦争を失くしたかった……だよな?」
『その通りだ』
「だけどそれは無理だと思い知らされ、聖杯を求めた」
『……ああ』
現場の悲惨さに目を奪われ、真の悪が見えなかったのか……それとも知ってその巨大さにビビって敢えて避けたのか。そこはわからないが。
「オレ達はその大元を、何十年掛かろうと叩き潰すと決めた」
男は大きく目を瞠った。そしてこう呟いた。
『その言葉は士郎から聞けると思ったのになぁ……』
悪いな。オレもあんたの息子だ。けど言わない。エミヤは申し訳ないが、あいつは間違いなく病気だ。あんな場面で、マトモな奴は突っ込めない。アストルフォが居なきゃあいつは死んでいた。いや、セイバーが居るから大丈夫なのか? だから突っ込めた? いや、いや、いや。そういう計算があったとしても、あんな見切り発車ができるもんか。あれを治さないと、本当の敵が見えるようになるにはまだまだ早い。視野狭窄を治さないと無理だろう。
「1人じゃ、絶対に無理だぜ? 相手は最悪人類の半分だからな」
オヤジである霊は大きく溜め息を吐いた。
『それでも闘うのかい?』
「ああ。オレには仲間がいる。アントニーだけじゃない。これからも仲間を増やして、そいつらを叩き潰す。絶対に諦めないぜ」
『君の仲間に士郎も加えてくれないか?』
頭を下げて来やがった。
「チッ、仕方ないな。面倒見てやるよ」
『ああ。頼む』
それでいい加減良い時間になったんで眠る事にした。オヤジの霊はエルが終決まで居させてくれるそうだ。ただし、『夜は行動をともにして外を単独で彷徨(うろつ)くな』と話してある。ギルガメッシュの事や神父の事は明日話そう。そう思ってベッドに入れば、クロエとエルに挟まれた。
「おい、エル?」
「どうして息子だと話さなかったの?」
「死んだ者を悩ませてどうするんだ?」
「私も死んだ者ですよ?」
「そういうのはエミヤとイリヤスフィールに任せる。オレはこれで良い」
「マスターは頑固だから」
「本当に」
「ウルサイ。寝るぞ」
そうしてオレ達は3人で眠った。
慎二達が帰った後、私とアーチャーは新都を中心に探索をしていた。そろそろ帰ろうかと考えたところで、不思議なものを見た。
「え? アーチャー、あの一角」
「ああ。停電だろうか?」
街灯やビルの灯りが、いきなりスッと消えたのだ。
「行ってみる?」
「ああ、行こう」
アーチャーに抱えられて現場に行けば、そこは新都の中心部より少し先の、再開発地区だった。
「何あれ?」
「声を潜めろ。何かの軍事行動だ」
それは外人の軍隊だった。何十人もの銃器を担いだ人達が、誰かを拘束し、トレーラーの箱に放り込んでいた。しばらくそいつらから見付からないよう建設途中のビルの上から眺めていると、これまた骨組みだけのビルの地下室らしきところから大勢の人が軍人に抱えられたり支えられたりして出て来た。
「子供だ。地下のどこかから救出されたのか?」
「まさか。結構な人数よ? それだったら新聞とかテレビでニュースになるわよ」
「聖杯戦争が知られないように……こういう事も隠されているのだとしたら?」
「え?」
確かに救けられている人達は、皆んな背が低く感じる。それも10人や20人じゃない。何なの、これ?
「見ろ。セイバーだ」
「あ」
セイバーが子供を6~7人も抱えて出て来た。その後ろには担架の列だ。軍人は何人だろうか。おそらく100人は居ると思う。そしてその人達は全員冬木港に向かっていた。
「君には見えんだろうが、港にかなり大きな船が接岸している。赤十字のマークがあるので医療船だな」
「アーチャー、慎二達が何かを隠しているのではないかって話していたわよね?」
「うむ。この人数と装備……。凛、聖杯戦争とは魔術師の知るそれだけなのか? 以前にも話したが、もっと違う動きも一緒に行われていたのではないか? それをセイバーのマスター達は暴いているのではないか?」
私もそう思った。
「慎二とあの臓硯と名乗った人はこの事を知っていて、だから敢えて『セカンドオーナー』である私を訊ねた?」
「うむ、私もそう思う。重大な事を知っているかどうかの確認だったのだろう」
私達は港に向かって消えていくトラックやトレーラーの後ろ姿を見詰めていた。
「アーチャー、あの子供達は何だと思う?」
「人身売買……それもあれだけの人数だ。他府県からも集められているだろう。この聖杯戦争が隠れ蓑だったのかもな」
警察や消防、報道機関なんかも、この期間は監督役と聖堂教会が押さえている。まさかそこを狙い撃ちにして、こんな犯罪が……?
「あ」
「何だ?」
「……何でもない」
前回の失踪事件なんかは……全部あの殺人鬼のせいだとばかり思っていたけれど、そうじゃなかったって事……?
「明日、慎二に尋ねるわ」
「そうだな」
そうして私達はその夜の探索を切り上げた。
朝起きるとオヤジの霊がキッチンでウロウロしていた。しかもその姿がキモノになっている。
『お早う』
ここのキッチンは陽当りが良い。それだけに、朝っぱらから幽霊かよと不思議だ。でも、サーヴァントも同じなんだよな。
「モーニン。何を探しているんだ?」
『ああ、小銭はないかなとね』
「小銭?」
『うん。タバコを吸いたくてね』
幽霊がタバコ……仕方ないんでクロエにひとっ走りして貰った。銘柄はチェリー。そういうのがあるんだな。
「ご苦労さん。おっと。クロエ。ライターは?」
「あ。ごめんなさい……」
『良いよ、良いよ。気にしないで。そこのコンロでつけるから。その後、庭で吸うからね?』
「庭? どうして?」
『君はアインツベルンだろうに。知らないの? ホムンクルスは有害物質に、ヒトより弱いんだよ』
ほぅ~、初めて知った。
「モーニン。ルオン先生、言ってたじゃないか」
「モーニン。そうなのか?」
「また、聞いてない……って、アストルフォ! 服!」
超絶美形の騎士は素っ裸で、おまけに寝惚けていた。オレとオヤジは見たくもない、男同士の熱いキッスを見てしまった。その魔力供給で目が覚めたのか、オレらに向かって愛想笑いをするアストルフォ。そいつを押して服を着て来いと廊下に出たアントニー。オレとオヤジは顔を見合わせた。
『何だね? 時代が変われば、喚ばれるサーヴァントも随分と違うね?』
「たまたまアイツがそうなだけだろ? 過去の英雄なんだから、触媒(聖遺物)が手に入るなら、あいつがオヤジの頃に喚ばれる可能性もあったんだぞ?」
『それはそうか』
オヤジがタバコを吸い終わって帰ってきたところで、エルとクロエが起きてきた。
『やっぱり、イリヤに似ているなぁ……』
「イリヤスフィールは今、アインツベルンのマスターだ」
『ああ……やっぱりか……』
「ああ、それで今は休戦中だ。聖杯の汚染が確認されたのと、このまま英霊の魂を吸わせると前回みたいな災害が起きるのは間違いない。なので本国に掛け合って貰っているんだ。けど……」
『けど?』
「まず間違いなく、そのアハトという奴の家は滅んだと思う」
『え?』
「言ったろう? 本家が動いた」
それでオヤジは理解したようだ。
『なら?』
「ああ、森へ行こう。それでイリヤスフィールに逢おう」
そうしてオレ達は朝食後、ガレージに置いてある車に乗り込んだ。
『洋館街の外れか……』
「息子も拾って行くか? あ、でもスクールか」
『うん。学校があるなら仕方ないよ。彼は幾つだろう。大きくなっただろうな』
「アストルフォより1インチほど背があったかな?」
『そんなものなの?』
「火傷のせいだと思うけど、鞘なんて埋めたからじゃないか?」
「ボクもそう思うな。アーサー王の体格に似てくるか、成長が抑止されるのかするんだと思う」
『なるほどね』
クルマは前にオレとオヤジ。後ろにアストルフォとエルにアントニーだった。これはアントニーが気を利かせたんだ。クロエには留守番を頼んである。
食事の時に今の陣営については話してあった。その時にオレの事は話さず、アーデルハイドの事も話してあった。随分と驚いていたけど、何かがあって受精卵を提供した可能性があると言ったから、思い当たる事があるんだろう。
『その子とも逢いたいな』
「その内、逢えるさ」
それで今はセイバーとともに、この街で起きているもう一つの闘いに出ていると話した。
『人工衛星で見られていたという説に納得だね。だけどそのセイバーって?』
はい?
「鞘の流れでわかるだろ? 前回と同じアーサー王だよ」
するとオヤジはめっちゃ嫌な顔をした。
『あいつは使えない。使えないサーヴァントだ』
そしてそう吐き捨てるように言った。何だ?
「どうして、そう思うんだ?」
『殺(と)るか殺(と)られるかの闘いの場に、騎士道なんて箸にも棒にも掛からないものを持ち出すからだ』
こりゃ、何かあったな。オレはルームミラー越しにアントニーへ合図を送った。アントニーもわかっているようで、先にアストルフォへ念話を送ったようだった。そして素早く考えた。オレと同じで裏をかくのが好きそうだ。
「そうだな。戦法に拠るけど、こういう街中でのゲリラ戦に正攻法は無いからな」
『だろう? それに……』
「それに?」
『それに英雄という存在が許せない』
オレはもう一度ルームミラーを見た。アントニーもアストルフォも頷いてくれた。
「どうして?」
『わからないかい? そんな気取った英雄達の吹聴する自慢話に憧れて、何も知らない若者が戦場に誘われ散って行くんだ。その自慢話の内容もどうだい? それは常に誰かの死だ。敵とか味方とかじゃないんだ。死んでいく命は同じ筈だ。なのにそれを吹聴するってどうなんだい?』
ああ、エミヤはこういうオヤジに育てられて拗れたんだな。
「そうだな。自慢は良くないな」
『だろう?』
「けど、それをセイバーはあんたの前で話したのか?」
『……いや』
だと思った。
「人を殺した数で自慢するのは良くない。それは金玉の縮み上がった弱者の行為だ」
アストルフォが大きく頷いた。
「自慢なんて残虐心と同じで恐怖心の裏返しだからな。それに戦の闘いなんて虚しいものだと思うよ、何時の時代だって。戦争は誰だって嫌だと思う。だけど自分の育った村や顔見知りの婆さんや爺さん、気の好いオッサンやオバサン、近所のガキどもの明日は守りたいじゃないか。国策で言えば下策の下策だ。だから敵であっても弔うし、悼むのが本物の騎士や戦士だとオレは思うな。そんでもって、それをわからない為政者は必ず倒されるものさ。絶対に民が許さない」
オヤジが何か言いたそうにした。なので先に話した。ちなみにオレ達アメリカ人は法を尊ぶ。その憲法の修正第二条にこうあるんだ。『規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない』って。つまり『政府が腐っている場合は武器を取って政府と闘え』って事だ。だからオレ達の国は銃が許されているんだ。
「それにお伽噺でしかない、架空の存在に文句を付けてどうすんだ?」
『架空? バカな。じゃ、セイバーの鞘は?』
「だから、そのお伽噺を知った人々の祈りや願いが、大きな信仰を得て紡ぎ出されたものだろう? 架空の存在でも英霊に奉られる場合がある。今どきの魔術師なら常識だぞ?」
『ええっ!?』
アーサー王を調べてなかったのか……。
「アーサー王は、後世の人が作った伝説の存在だ。きっとその鞘も後世か同時代の魔術師が作ったモノが、信仰に拠って伝説の彼方へ昇華されたモノなんだよ。そもそも、この世に英霊という現象がある事に疑問を持ちなよ」
オヤジは目を瞠っていた。
「だけど戦争を失くしたいという気持ちはわかる。そこで死んでいく命はリアルだからな。なら、必ず勝たなきゃならない闘いでの、大切な仲間じゃないか? どうして毛嫌いするんだ。気に食わなくとも握手して、プロジェクトを前に進めないと。だろ?」
オヤジは息を吐いた。
『君はオトナだな。士郎を頼む……』
「ああ、任せろ」
ミラーの中でエルやアストルフォが良い顔をしていた。
やがてクルマは森の、もう一つの入口に着いた。ここは国道に近く、城まで近い北側のところだ。その昔は国道も森の一部で、森は海まであった。だから本来、この北側の入り口なんて無かったんだ。だけどアントニーの進言で、今回はこっちにした。だって、そんなに長時間歩きたくないからな。
『この道は初めてだな』
「だろうな。オレ達も初めてだ」
『おいおい』
「大丈夫。こっちにはキャスターが居るから、幻惑の魔術も効かないし、方角もライダーが空から探れる。それにキャスターが召喚したアサシンが先行して調べたりもできるんだ」
『はぁ……。僕にもそのくらい魔術知識があったならなぁ』
「あのな。オレですら二流の落ちこぼれだっての。だからこうさ」
それでオレは財布からマグナムを取り出した。
『ちょっと待って。今、どこから銃を?』
「財布。空間拡張してあるんだ。中にはショットガンや予備弾薬も入ってる。重さも重力軽減だよ」
『どこが落ちこぼれなんだ……密輸し放題じゃないか……』
小一時間も歩いたら小さな城のような館が見えた。
『あ。このルートは……言峰の……』
「ん? あの胡散臭い神父だろ?」
『知っているのかい?』
「ああ。参加の挨拶にな。でもそれっきり。で、案の定さ。トオサカを襲おうとしたり、前回のサーヴァントを隠していたり……」
『まさか……言峰が生きていて……アーチャーを……?』
どういう意味だ?
「あんたの中では死んでいるのか?」
『ああ。銃で心臓を撃ち抜いた。弾は.30-06 Springfield だ』
「ライフルか?」
『いや。知っているかな? コンテンダーという……』
「ああ、狩猟用の単発か。まさか、そんなので聖杯戦争に?」
『一応、礼装なんだよ。君ならわかるかな?』
ああ、そういう事か。
「資料に魔弾を使っている可能性があるってあった。それだな?」
『そう』
それならわからなくもない。
「でもどうして? 魔弾ならショットガンだろう?」
『大仰過ぎて、相手の警戒心が強くなる。魔術師の防御結界を抜いて、中らずとも掠る必要があってね』
「ああ、何かの効果がそれで出るのか」
オレはマグナムをズボンに挿して、掌に乗る大きさの財布からショットガンをサッと取り出した。
「こっちの方が早いし、次弾も撃てるぜ?」
『だから、僕にはそういう魔術が使えないんだってば』
「しゃあないなぁ」
『うん。知っている事以上の事なんて、早々できるものじゃない。まして魔術は……ね』
それは確かに。けど……。
「けど、アーデルハイドから聞いたんだけど、あんたの息子は妙な投影魔術を使うらしいな?」
『そうなの?』
「ああ。スイッチもないわ、毎回一から回路を作ろうとするわで、頭が痛かったと話していたよ。でも、魔術を諦めて欲しかった親心もわかるってアーデルハイドは言ってたな」
『ああ……わかってくれたのか……。いい子なんだね』
「ああ、あいつは良い奴だよ。一度はシロウを仲間にしながら、セイバーが斃された事にして、あいつを降ろさせた」
『そんな事まで?』
「ああ。けど諦めきれないで、マトウの仲間に入ったみたいだ」
オヤジの顔に驚愕が張り付いた。
『あそこには臓硯という妖怪が!』
「大丈夫。今のマトウはそんなんじゃない。シロウのクラスメイトが仕切ってる」
『ああ……そうなのか。君達も?』
「裏で繋がっている。と言うか、その神父以外は全員この儀式を無事に終わらせようと考えているよ」
『そうか、そういう段階まで……安心したよ』
そうこうしている内に扉の前まで来た。
『し、正面から……?』
「ビビってんのかよ?」
『だって僕はイリヤに……ああ、逢う勇気が……』
「うるさい。行くぞ」
そして扉を開けた。そこは階段前のホールだった。
「居るか~~?」
「大声出さなくても居るわよ。えっとエルヴァだっけ?」
「そうだ。話があってな。突然で悪いけど来たぜ」
「ええ。本国からの返事でしょう? 上のサロンに来てちょうだい」
「おう」
このやり取りの間、オヤジは『イリヤ、イリヤ』とずっと声を掛けていた。だけどトコトン無視だった。迎えに来てくれなかったと言って怒っていたとアーデルハイドに聞いていたが、ちょっと子供っぽい反応だな。
「本当は頭ん中ではわかっているんだと思うぞ? でも待ちぼうけも事実だから、割り切れないんだ。それで素直になれないんだと思う。10年は長いぞ?」
『うん、うん。そうだね。焦らないで様子を見よう』
「そう、それが良い」
見事だ。通された室内の装飾じゃない。オヤジの前にだけ、お茶もお菓子もないんだ。オヤジの目から涙が流れていた。正義感の強いアストルフォも、空気を読んでいて黙っている。当然アントニーも。だけど親の愛情に飢えていたエルは別だった。
「これは余りにも酷いです。嫌う場合も憎む場合もあるでしょう。人間なのですから。ですが親子ではないですか。他者の前でこれは、あなたの格を貶める行為ですよ?」
するとイリヤスフィールはエルにペコリと頭を下げ、お茶とお菓子の追加をメイドに頼んだ。
「レディーはキャスターで良いのかしら?」
「はい。私がキャスターです」
「ご諫言ありがとう。子供っぽい愚かな行為とわかっていても、感情にどうにも流されてしまって……。今よりは当代としてきちんと対応します」
当代……?
「やっぱり滅んだ?」
「もう~。知っていたのね?」
「いや、返事が遅いから。何よりアーデルハイドは聖杯戦争なんてやっている暇がない」
「ええ。昨夜川向うの街で大きな作戦行動があったみたい」
ん?
「アーデルハイドから?」
「そう。今後は一緒に暮らそうって。その前にキャスターに身体を見てもらえと言われたわ」
オレはエルを見た。
「お任せ下さい。アインツベルン当主様。方法は幾つかありますが、今の姿か、アーデルハイドのようにするかも選べますよ」
「なら、アーデルハイドのように」
「畏まりました。もしこちらに魔術装置があるなら使わせて頂いても?」
「ええ、あるわ。確認する?」
「はい」
そうしてオレ達はサロンを出て地下へ向かった。先頭の案内はセラだ。イリヤスフィールがオヤジに何か話していた。だからオレ達は、2人から少し間隔が開くように足を早ませて歩いた。
「そこよ」
「一通り揃っていると思います」
これは中々……。
「どうだ、エル?」
「十分です。2日……いえ、1日半頂ければ」
「わかったわ」
それでオレ達はここで一泊する事に急遽決まった。クロエには念話で謝った。あいつはサーヴァントじゃないけど、これがあるから便利だ。でないとここは、ハンディフォンのアンテナが立たないのだ。
準備ができてエルとイリヤスフィールが装置のある部屋に入った。工房と言っても良いんだが、医療用の趣が強い。2人を見送った後、オレ達はさっきのサロンに入った。
『イ、イリヤに聞いたよ。君は僕の息子なの?』
あ、バラしたのか。そういや口止めも何もしてなかったな。
「らしいな。姉が一卵性の双子で、オレだけ二卵目? 要は三つ子ってトコだな」
『どうして話してくれなかったの?』
「まぁ……照れ臭いのもあったけど、悩ませたくなかったんだ。何より2人の姉をな? 女の子にケアは大切だろう?」
『さばけてるなぁ……。ああ、性格がアイリに似ているのか。男の子だなぁ』
「じゃ、息子から一言」
『何だい?』
「シロウだ。あいつ、間違いなくPTSDだぞ? 神経内科か精神科でカウンセリングを受けさせたか?」
『い、いや……まさか?』
「そのまさかだ。一度逢って話せばわかるよ。オレはアイツの突発的な行動でわかった」
そこでオレはバーサーカーとセイバーの闘いの最中に、奴が飛び込んで行ったシーンを話した。それで身代わりでアストルフォが斬られた事も。
『ど、どうして?』
「色々考えたけれど、衝動だな。何も考えちゃいないんだと思う。セイバーが、サーヴァントがどうとか関係ないんだ。誰かの危機を見た瞬間に、思考も行動もそっちのモードになるんだろう。かなり根深いPTSDだよ。ああいう奴が人命救助に係わる仕事に就くと最悪だな。チームプレイも何もあったもんじゃない」
『そ、そんなにも……?』
「ああ。あんたも病か何かで気を配れなかったんだと思う。だからそこは責めない。でも逢ったら、ちゃんと言ってやってくれ。心配でおちおち死ねないって。安心して眠れないぞってさ」
オヤジは奇妙な顔をした。
「ん?」
『いや……最期はさ、士郎に看取られたんだ。その時の言葉が『安心した』だったなと』
「何に対して安心したんだ?」
『災害のあんな中で救けたからね。士郎にとって、僕はヒーローだった。でも、そういうさ。正義の味方なんて子供時代の期間限定だとね』
なるほど。
「跡を継ぐみたいな?」
『そう』
「その辺りに何かありそうだ。指針というか行動原理の遠因が」
『……かも知れないね』
「オヤジ(ダッド)、晩飯の後、一杯呑まないか?」
『ああ。喜んで付き合うよ』