エーデルフェルトのいつもの面々からマルガリータさん、トロンメル、真一くんが欠け、学園にも部活にも行かない生活がはや5日になった。肌着類は1週間から10日分はあるけれど流石に服は心もとない。何より私は例え家から一歩も出ない日であっても、朝起きればカーテンを開いて陽射しを感じ、窓を開けて外の空気を胸いっぱいに吸い込みたいタイプだった。
例え雨の続く日であってもこういう風に空気を吸えば、建物で覆われ緑の少ない街中でも季節を感じられるし、個としての自分と全体としての自然が感じられる。そこが自然の触覚なのかもどうかはわからないけれど、ともかくその後、コップ一杯の美味しいお水かお茶を頂く。春から初夏はできれば最初の二口分くらいが冷たく、残りが温かいとベストだ。
特に梅雨時(夏前)と葉が色づく10~11月頃にお腹の具合が悪くなる人は。これは男性に多く見られる症状だけれど、要は暑い夏向け、寒い冬向けに身体が変わろうとしているのだ。ただし前者は冷たいものを飲み過ぎたり食べ過ぎたりしている場合もあるので、自分の内臓や身体を形作る細胞が、青葉や紅葉といったサインを送ってくれる『自然』に寄り添おうとしているのか、暴飲暴食が原因なのかは見極める必要がある。
そう、自然はいつだって私達にサインを送ってくれている。別に私のようなホムンクルスでなくとも、季節の変化はあなたの目や皮膚を通して教えてくれているのを感じるはずだ。クリスマス商戦でガラッと替わる商品でなく、日々のお買い物……旬のお野菜や魚などを知るだけで、そこが大きな都会のスーパーの生鮮コーナーであっても自然のサインとサイクルは感じられるものだ。
これは朝起きたら陽の光を浴びる体内時計のリセットと似たような、年単位の体内時計を確認する意味もある。だからそういうサインを視覚情報として得られたなら、ただちに『備え』なければならないのだ。
ヒトはメンテナンスフリーではない。毎食後に歯を磨かないと歯が傷んでいく。『エル様』の表現だが、あの方は虫歯(う歯)でなく、草刈り機の刃に浮き出た錆だと捉えるのだ。そうすると酸化は酸化でも雑菌の多い口内環境の方が酷い事が実感として理解できるだろう。セラさんんもお姉様もこういう例え話を先にしてから、クロエちゃん達に『歯を磨きなさい』と話していた。
メンテナンスフリーではないのだから、日々のお手入れ(メンテ)が長持ちの秘訣になるのは誰だって理解できると思う。クルマで例えたら、お風呂なんて洗車みたいなものだから極端な話、1週間くらい入らなくても死にはしない。ただ水垢のように汚れが体表にこびりつき、毛穴や汗腺を塞いで炎症を起こしたりして身体が痒くなるだけだ。それ以上放っておくと皮膚病になるおそれはあるけれど……(※)。
※)欧米ではシャワーがほとんどな訳だけど、その温水のシャワーが普及するまでは、バスタブにこまめに沸かしたお湯を張ってその中で身体を洗っていた。そうすると張っている内に冷めていくのだけど、それが熱からず冷たからずの湯加減となり、なおかつ身体にこびりついた垢をふやかすのには十分な温度になるのだそうだ。
これは西部劇の映画などでも再現されているから知っている人も居るだろう。タブ内で洗うのは少量のお湯で済ませたいからで(お水も、それを沸かす燃料もタダじゃない)、欧米でのお風呂とは洗体場でしかない訳だ。だからシャワーだけでも済ませてしまえる人が多いのだ。
けれどお風呂を筋肉解(ほぐ)しやリラックスを得るための場と捉える北欧や日本の人達は、無意識でそれが体内時間の調整場となっている事と、その恩恵を身体が覚えている。だからあれだけサウナや、お湯たっぷりの湯船に拘るのだ。勿論生活圏に於ける文化発達の違いも大きいのだが、その体内時間リセットの効果の程は計り知れない物があると私は思う。
例えば実感として好戦的な気質を持つ民族ほどお風呂を蔑ろにし、体内時間を疎かにする生活を送るので短命だったりする気がしている。だから無駄な薬品が蔓延るのだろう。唯一の例外は古代のローマだろうか。ローマの文化を支え、発達させたのは火山に拠る天然温泉と、それを身近で味わえるようにした大衆浴場にある。
この体内時計のリセットをバカにしてはいけない。毎日決まった時間に身体を温めるから深い睡眠が得られ、自己再生能力を引き出せるのだ。これも大切なメンテナンスだ。人はメカじゃないので一日中回せない。回した後は整備し休ませねばならないのだ。そして同じ休ませるなら動物に備わっている自己再生能力を活性化させなければ嘘になる。
この事を日本人と北欧やロシアの人は頭でなく身体で知っている。昔はローマ人だけでなくローマの文化に影響された周辺国の民も知っていた事だ。それが現代の欧米人は西部劇の時代からそんなに変化していない。これも悪しきアメリカナイズの弊害なのだった。後にヒットして映画化もされた『テルマエ・ロマエ』は、タイムトラベル的なギャップの面白さだけでなくお風呂の効能をローマ人目線で描いているから凄い。作者の方はわかっているなぁという気分だ。
それと私が車中泊を楽しむようになったのは、プチ探検やプチ冒険が好きだからだ。だから自転車散歩(ポタリング)にハマった。車中泊もその延長だ。一人で計画を建て、一人でドライブして、一人でどこかの道の駅や駐車場で泊まる。そうして旅先の知らないお店に入って地元ならではのご飯を頂く。こんなにワクワクする事はない。そして地元のお風呂屋さんや温泉に浸かる。それが私の幸せのカタチなのだ。
これまでの話でピンと来た人はいないかな? じゃ、骨(フレーム/シャーシ)に内臓(エンジンや補機類)や筋肉(ドライブシャフトやタイヤ)のメンテってどうやるんだって? それが食べ物(ガソリン)と飲み物(オイル)、そして日々の運動にある訳だ。この運動は意識した生活負荷だけでも食べ方次第で十分だ。それに燃費競争じゃないのでダイエットという負荷の掛け方はハナからおかしいとわかるだろう。
何かを持ち上げる、何かを棚に置く、お料理もお掃除もキビキビ動いて、とにかく座る時間を減らす。これだけでほとんどの女性には十分な負荷となる。お姉様が毎朝走っていらしたのは、それ以上の負荷を求められていたからだ。そしてそれが靭帯や関節(各種ブッシュとショックアブソーバー)のメンテとなるからだった。
あの『エル様』とお姉様の軟体生物のような関節の柔らかさも、先天的なものだけではない。意識した毎日の柔軟運動の賜(たまもの)だ。コツを強いて言うならお二人とも酢の物が大好きで、お姉様は二日に一回は食前にもずく酢を1カップ食べてらした。こうしてゴムブッシュのように硬化しないようメンテをしているのだ。
なお、このもずくという食べ物は、日本ではほとんどが沖縄産で他県では見られない特殊(他の藻に付くから藻付と書く)な海藻で、食物繊維とミネラルがたっぷりあり整腸作用が見込める上に、内臓脂肪や皮下脂肪を落とし、ガンの予防にもあるという夢のダイエット食品なのだった。
そんなもずく酢を毎日1カップと、湯掻いたもやしでも短冊に切ったキュウリでも良いので酢の物を一日一回、三食のどこかで摂れば無駄な脂肪が勝手に消えていく。できれば朝食前にもずく酢を摂り、昼に酢の物、夜に納豆を摂るのがベターだろうか。食事を朝晩で8時間以上開けない8時間ダイエットなどを試しているなら、いっそタンパク質などを摂るのは朝晩だけにして、お昼はもずく酢で済ますという手もある。
またお姉様のランニングも、何もダイエットや体型維持のためではない。20分のランニングは自転車の1時間とほぼ同じで、温泉に入ったかように内蔵から温まるのだ。つまり毛細血管(オイルホース)を鍛え、内蔵を活性化(フラッシング)する意味の方が強かったのだった。
それと同じアプローチを弓道や空手にも通していて、型に拘るのなら体幹を鍛えなければならない訳だが、そうして体幹を鍛えると背筋や首筋が伸びる。そうなるとリンパ節の通りが良くなり、妙なコリや沈殿・滞留を起こさなくなるのだった。そうなると身体のバランスが取れ、プロポーションを保てる訳だ。柔軟と型という考え方はヨガにも通じる考え方だが、自分の好きな事をしながら美容も健康も疎かにしないお姉様の方が一枚上手と私の目には写る。
私達ホムンクルスはお姉様や『エル様』さえ居れば、魂と意識とこれまで培って来た意識を移し替え、新車同然の身体(ボディ)が得られる。けれど普通の人はそうは行かない。だから70年や80年は保たすぞという強い自覚を持って、各所のメンテナンスを毎日しなければならないのだ。
そして身体が健康であれば、気力も充実する。そうなれば無理のない範囲でお仕事なども掛け持ちできるようになる。『エル様』が何故食料品会社を営み、フレックス制を導入し、社員の方の副業を奨励しているのか。その答えがここにある。ちなみに先代御館様は製薬や医療器具の会社を経営なさっている。その始まりも周囲の人々に健康でいて欲しかったからだそうだ。その動機を知って共感したから、『エル様』は異なるアプローチで食料品会社を起ち上げられたのだ。
その昔のホムンクルスは、家事全般を無償で奉仕する奴隷だった。そして娼婦でもあり、魔力タンクであり、人体の移植用各パーツを維持保管するための生態保管器だった。そんな先輩方が何人も何人も犠牲となったその上に、アインツベルンと係わりのあった人々の幸福が成り立っていたのだ。
その事を『エル様』もお姉様もちゃんとわかって下さっている。だからお二人とも私達ホムンクルスにとても優しい。アメリカのお姉様に至っては、フンボルトさんとのご結婚の際に、メイドを送り出す、古い『出荷の儀式』までしていらっしゃったそうだ。それを知って感激しないアインツベルン製のホムンクルスは居ないだろう。
以前、ゾウケンくんの世界で凛さんはセイバーさんに言った。『小さな幸せを、毎日重ねられる事が本当の幸せなんだと私は思う』って。私もそう思う。そしてその小さな幸せを見付けられる感性も、それを口に出せた凛さんも、心に余裕があり健康な人だからだ。またそういう凛さんに真っ先に共感していたのがルヴィアさんだった。だから私はお二人を尊敬するのだ。
『イエロー』『ピンク』『グリーン』の構想も大体纏まり、新しいスーツの設計に忙しい私がそんな事を考えていた理由は、エルヴァさんにある。私の横に立てた簡易テーブルで別の作業をしていたエルヴァさんが突然立ち上がり、『シャワーを浴びてくる』と言ってお風呂場に向かったからだった。単なる気分転換なのだろう。大人の男性なら『タバコを吸いに行く』とでも言いそうな気軽さで出ていったのだ。
そしてお姉様ならこういう時は、必ず歯を磨きに行っていた。お姉様が『暇さえあれば歯磨きをする人』だというのは、現弓道部員の2、3年生なら皆んな知っている事実だ。これはメンテナンス云々の前に、お姉様に『歯は健康のバロメーター』という信念があるからだけど、磨けば口の中がさっぱりするので顔を洗うより気分転換になるからでもあった。
それをエルヴァさんは『シャワーを浴びてくる』と言ったのだ。男性だから? それが世界の違い? それともアメリカ人だから? そこは色々あるのだろう。だからこそ『エル様』とも、お姉様とも異なるエルヴァさんの行動を私は面白く感じたのだった。するとクロエさんが私に近づいて来て、耳打ちの英語で教えてくれた。
『失礼します。エルマさんの左隣がテラスに出る引き違い戸でしょう。それであなたの香りがマスターに……』
え? あ。こちらは4月なので汗なんてかいていない。エルヴァさんもお姉様みたいには鼻が良いのかも。
『私の香りのせいだったんですか? 匂います?』
『いいえ、全然。風のイタズラだと思います。ただ、イタズラで運ばれた香りが、マスターのツボを押す香りだったようです』
香りというのは不思議なもので、その香りを嗅ぐだけで諸々の記憶や、生理現象を誘発する場合がある。クロエさんが言うには、私の体臭は、かつてのキャスターの香りと似ているそうだ。そして思った通り、エルヴァさんとキャスターはそういう仲だったらしい。なるほどねぇ……。
最初は『血縁なのに?』とギョッとしたが、よく考えたらキャスターはエルヴァさんの転生前の大元だったってだけで、キャスター自身の血と、アインツベルン家を興した人ととの血が繋がっている訳ではない。また、仮に繋がっていたとしても間に何世代挟まれている? 直系としてもウルク時代から数えれば、10世代や20世代では利かないだろう。
『七代祟る』という意味も、八代目以降は他人も同然だから恨みませんという意味を含んでいる。日本の法律でも六親等までが親族で(民法725条)、それより離れたら他人となる。禁じられている近親婚も三親等内だから何ら問題ない(民法734条)。むしろどういう年の差カップルだとそっちの方が私は気になる。そう考えると自分の召喚したセイバーラヴだった『衛宮士郎』という人も大概オカシイ。私としたら一番歪んでいる行動は『誰かのための身代わりになる』事ではなく、生きた時代が掛け離れているセイバーと、価値観を共有できると思えたその発想だ。普通に考えれば、曽祖父母の世代と話しを合わす事も大変だろうに……。
これってよくよく考えると、現代の高校生の価値観と戯言の押し付けを、セイバー側が折れてくれたようにしか思えない。アーチャーさんが姉さんのセイバーさんと余り話さず距離を置いていたのは、並行世界の記憶だからという理由だけでなく、そういうところに大人になって気付いて、気恥ずかしかったからかも知れないね。
あ、そうか……。『衛宮士郎』はその名前を得る前は、お婆ちゃん子だった可能性があるなぁ。遠坂司郎先輩の家族構成ってどうだっただろう? 記憶に無いなぁ。
そこで私はハタと気付いてポーチから小型のデジカメを出した。トロンメルの『ペンタックス Optio S4i』を見て良いなぁと思って買ったものだ。私のそれはオリンパスの『μ-mini DIGITAL』という少し変わったデザインのカメラだ。発売から1~2年後のモデルだったから激安だった。自転車散歩で食べ物くらいしか撮っていないが、生活防水なのでキッチンでもよく撮っていて、お姉様からお料理を教わっている時にもたくさん撮った。
もう1台先月に買ったのを持っているが、そちらは先々月に出た『μ-mini DIGITAL S』でなく、フジの『FinePix F10』という感度1600まで使える高機能モデルを選んだ。『μ-mini』から乗り換えた理由は感度が400までしかなく、フラッシュの焚けないお店などで困るからと、『FinePix F10』は『μ-mini DIGITAL』と同じデータカードが使えたからだ(xDピクチャーカード。後に困った事になるのだが、それは別の話だ)。
それで『FinePix F10』はオープン価格なのに5万くらいした。だけど写りはそこそこ良く、暗いところで撮っても『μ-mini DIGITAL』のようなザラつき感が少ない。それにいろんなシーンで使えるので満足している。ただ、そちらは今ルビーに貸してあった。こっちに来てから主にバルナバスとアダムを撮っているのだ。他のルビーと違って私のルビーは犬や猫が大好きなのだった(イリヤちゃんのルビーは動物が苦手だ。それは吠えられたり警戒されるからだ)。
それはさておき、私は『μ-mini DIGITAL』のデータカードを別のカードと入れ替えた。そのカードには学園時代のお姉様が入っている。勿論パソコンにバックアップ済みだ。このカードはお姉様のベストショットをパソコンで選んで、出先で見れるように移し替えたものだ。
中には、弓道着姿で弓を引く凛々しいお姉様や、着替える時間が惜しかったので、制服の上にエプロンを付けてお料理する、優しいお顔のお姉様が入っている。弓を構え的前に立つお姉様は引退の時に、下級生の私達に見せて下さった八節の模範演技だ。やっぱりこの時も四射会中だった。制服にエプロンの画像は卒業式の数日前のものだ。
アーチャーさんがアルトリアの家に行っていて、帰りが遅くなりそうだからと電話があり、急遽お姉様がマルガリータさんと下拵え済みの食材を使ってお料理をする事になった時のものだ。だから奥にマルガリータさんも写っているし、これを撮った位置のすぐ横の椅子には、お姉様の上着が掛かっていたのと、ブラウスの袖を捲っている姿や調理実習用のエプロンのポッケから頭に被す三角巾を出していたのを覚えている。私のお気に入りの画像だ。
そんなカードに入れ替えて、私はクロエさんに見て頂いた。
『キャスターさんに似ていますか?』
『この方があなたの話されていたお姉さんですか?』
『はい』
『なら、似ている部分もあると思いますが、少し違うようにも感じます。肌の色はともかく、髪の色や目の輪郭などはあなたの方が記憶にあるキャスターに似ていると思いますね』
そうなんだ?
『ええ。馬に跨って空を飛ぶあなたを見て、マスターもキャスターと似ていると感じたそうですし、キャスターも驚いていたそうですから。何よりその後に知ったイリヤスフィール様やアーデルハイド様より、あなたの方がキャスターに似ていると思いましたから』
そっかぁ、私の方が似ているのかぁ……。
『あ、その時のあなたは後ろにシンジさんを乗せていたそうですよ』
ワルキューレを使っていた時だな。
『私がランサーだったって本当ですか?』
『はい。そのように伺っていますよ』
これは先生からもこちらに来る前に聞かされていたので、そこまで驚いてはいなかった。あくまでも確認だ。だけど1年後の私はお姉様のようにクラスを取れるほどの魔術師に成長しているのだという事実と、おそらく今回の出来事がその成長に繋がるのだという事に気づいたのだった。
今朝は慎二さんも士郎さんも居ない。バルナバスを連れて散歩に出ているのだ。そして凛さんとルヴィアさんにイリヤ姉さんも夏物の服を買い足しに新都へ出掛けていた。
そこへアントニーさんとアストルフォさんが寄って来て、こんな事を話し始めた。
『バーサーカーとセイバーが戦っていた公園での話でしょう?』
と。それでアントニーさんが話し始めた。
『アストルフォと僕はエルヴァに一生掛かっても返せない恩があるんだ。そのキッカケとなった出来事がその公園であったんだよ』
ん? 何があったんだろう?
そうしてアントニーさんは、『その夜』の事を話してくれた。まず、何故かセーラー戦士のコスプレをして馬に跨って空を駆ける私をエルヴァさんと一緒に見たという。肩のデザインや襟の色などを聞いてわかった。それ私というより、明らかにワルキューレの『三』だ。お姉様や『エル様』程じゃないけど私もあのマンガは好きでコスプレ衣装は持っている。だけどそれはムーンのものだけだ。
ちなみにお姉様はムーンとマーズとヴィーナス、それと十番中学の制服を持っていて、ヴィーナスのファンだ。『エル様』は戦士のコスチュームと学校の制服全部を持っていらしたが、誰が好きというのはなかった(全員が好きなのだろう)。それで『三』はプルートの大ファンだ(私のはずなのに好みが全然違う)。それできっと、その衣装はエターナル・プルートに間違いない。
これから手に入れるんだろうけど、プルートの衣装を持っていたのかぁと驚きだ。しかもエターナル。私個人は腰のリボンが垂れたスーパーの方が好みだ。でもいずれにせよお財布は私だよね? 規定事項だから、ある日中身が消えていても目を瞑らなきゃならない。これって先生に請求できるのかしら?
それはともかく、自分が実際に体験した1年後の時は、飛び込んでくる士郎さんを見張り役の『二』に頼んでいた。それでも私達はアストルフォさんを護れなかった。規定事項だったからだ。洞窟でのお別れの時も、キャスターともっともっとお話ししたかった。でも、エルヴァさんの邪魔は出来なかった。これもまた規定事項だったのだ。
この規定事項とは、個々人が幸福になるために必要なイベントと解釈してくれれば良いと思う。というかそうとしか私も解釈できないのだ。まず不幸になるためのイベントなんて誰も望まないし、避けたいものだ。だけど立場に拠って避けられないものはある。それの最たるものが戦争などだ。それで冬木の聖杯戦争は小規模な地域限定イベントではあるけれど、参加者とその家族や知人、開催地域の何人かの未来への道に多大な影響を及ぼすイベントなのは間違いない。
となるとそのイベントをどううまい具合にこなすかで、未来で幸福になるか不幸になるかが決まってしまう。そしてこの場合の規定事項とは、その場では一見避けたくなる不幸要素しか見えない小さなイベントで、敢えて不幸の目を選ぶと後々の幸運を呼び込める選択を言う。これは先生のような時空を跨ぐ大魔導師でも判断が難しいものらしい。
つまり私とゾウケンくんは、1年後に必ずエルヴァさんや慎二さん達の世界に行かなければならず、そこでランサーとして間桐から参加しなければならない。そして慎二さんに本当の敵を教える事で士郎さんとの仲を良好に持って行き、士郎さんのバックに付いたアーデルハイドさんや、キャスター、ライダーのマスターとして参加したエルヴァさんや、アントニーさんと引き合わすチャンスを作らなきゃならない訳だ。
更にそれぞれの陣営のサーヴァントとマスターの関係だ。ある陣営は幸福に別れさせ、ある陣営はその人の力量次第でサーヴァントを留め置かせる必要もあった。その留め置き組がアントニーさんとアストルフォさんな訳だ。逆に士郎さんとエルヴァさんはサーヴァントと別れる事が大きな成長に繋がるので必ず印象に残るイベントを幾つか経た後に別れなければならない。
つまりアストルフォさんは必ず怪我をしないとならない。そうなる事でアントニーさんはエルヴァさんの助けになるためにもアストルフォさんを留め置く決心が着く。そこをどう演出するかにあるらしい。『三』がコスプレして慎二さんを後ろに乗せるのも、慎二さんが折れない人間に成長するための重要な演出らしい。もっと言うとそれが転身ベルトに繋がっていき、その世界の真の悪と戦う『仮面の戦士』に繋がるのだそうだ。
そこまでは私も考えていなかった。ただどこかの『衛宮士郎』さんをアーチャー化させないアイテムになりはしないか? どこかの『間桐慎二』さんを拗らせずに済むのではないか? と、思い立っただけの代物なのだ。だけどそれが五本もあれば世界が変わると先生は仰った。
『エルマ。あなた、礼装造りは『エル』並みかそれ以上だわ。腕は『エル』だろうけど、一般人にも使えるようになんて普通は思いもつかないものよ。だから私はあなたを応援するし協力は惜しまない。絶対にベルトを完成させなさいね』
との事だったのだ。それとこの言葉の真意は『間桐慎二』や若き日の『ウェイバー・ベルベット』に限らず、どの家にも一定数居るであろう神秘を知る『一般人』や、魔術師ではあっても跡継ぎに成れなかった人達、或いは家のバックアップが望めない人達へ、神秘を拡散しないで拾い上げる手段でもあった点、それと『あいつら』に対抗できる手段にもなり得る点、宝石剣より資金集めがしやすい点などなどのメリットにあった。つまりファンドとまでは言えなくとも、出資したいという家は多いという事だ。
ただし、『エル様』やお姉様の論文にあった属性の変化や属性の重ね掛けを飛び越えて、魔術回路のない人までが使えてしまうので、これで一儲けとは行かないところが難点だった。
だけどこのベルトは現在専用カードを使っているが、行く行くはクラスカードを読み込めるようにする積もりでもあったから、そこも先生からの高い評価ポイントとなっている。一応実験では、魔術師限定だけれど、私のカードとイリヤちゃんのカードは全種類使えた。これはステッキなしでセイバーやランサーに『インストール』できたという意味だ。
なお実験協力者はトロンメル、凛さん、ルヴィアさん、中学生になったクロエと美遊ちゃん、それと美遊ちゃんのお兄さんだった。これはお兄さんのアーチャー化(英霊の侵食)を防ぐ手段だったので、お兄さん向けに作ったベルトはエーデルフェルトが15億で買い上げてくれた。それは私が高3になってすぐの話だった。
そして先生からの対価は、この加算されず煩わしい事もない半年にも及ぶ時間の提供と、その半年間の生活費や活動費、研究資金の保証にあった。明かしてはくれなかったけれど、どこかのエーデルフェルトやアインツベルンが出資しているように私は感じた。ルヴィアさんには言わなかったが、特に怪しいのはエーデルフェルトだ。
そう思った理由は、『ハイエナ』とは『取り零さないアンテナの張り方をしている』という意味も含まれているのだとお姉様に聞いた覚えがあったからだ。『だからどこの世界のルヴィアも魅力的で輝いています。凛には悪い言い方ですが、ルヴィアは凛の上位互換です』だって。だけどこれが西欧人の目線なのだと後で気付いたのだった。
日本でなら凛さんみたいなツンデレはウケるけれど、世界的に見ればルヴィアさんのような人が奥ゆかしいと思われて好感度が高いのだ。凛さんみたいなタイプが受け入れられるのはお寿司の普及やジャパニメーションの浸透と同じで、もっと日本文化が知られる後年になってからで、この2005年はまだまだだった。
だから若い頃から海外住まいに慣れていた先生と、凛さんの師匠である凜様(おそらくはその姉妹弟子の何人かも)と、アメリカの姉さんのもとに居る凛さんが例外中の例外で、今の凛さんはまだまだだった。だけどロシアのイリヤさんと婚約した頃からの凛さんは、大いに化けるのだった。
ともあれこの欧州人と日本人の意識の差は競馬にも例えられるそうで、欧米ではダートも当たり前なら障害も当たり前で、勝てる馬には等しく称賛が送られるという点にある。エーデルフェルトの次期当主と目される御令嬢を障害馬に例えるのは失礼かも知れないけれど、困難を打ち破る強さや、逆境時の強さは知る人の知るところだ。
お姉様はその底力を知っているからこそ、ルヴィアさんからの同居提案に乗り、ルヴィアさんの気持ちに応えるために秩序を重んじ女子寮化をマルガリータさんと押し進めたのだった。それはお姉様にとってのルヴィアさんが、『エル様』にとってのルヴィア様と同じく『可愛い妹(妹分)』だったからだ。
やがてエルヴァさんが戻った。着替えたのか下半身は洗い晒しで膝に当て布がしてあるリー・ライダース101z(※)で、上半身は白いヘインズ・ビーフィーTの5180だった。めっちゃアメリカン。まるっきり『理由なき反抗』のジェームズ・ディーンだ。いや、ああいう優男と違ってエルヴァさんはムキムキだから胸筋も腕も太いし、背も高く足も長いのでとっても似合っている。思わず見蕩れてしまった。
※)アメリカ製ジーンズ・ブランドの違いは、ほっかほっか亭と本家かまどやの違いと思えば良い。労働者向けの丈夫な衣料と、労働者の味方であるお持ち帰り弁当。時代の変遷で色々商品展開して来たが、いつだって昔の王道的商品が定番だった。リー・ライダース101z然り、リーバイス501然り、ラングラーのブーツカットやペインター然りだ。それらはアメリカに於けるのり弁であり、シャケ弁なのだった。
サラヤのおにぎりや小僧寿しなどのお持ち帰りが廃れたのは、コンビニの台頭にあるそうだ。だけどほか弁が生き残るのは、ご飯やおかずが温かいところと、レンジで温め直したりしていないところと、少なからずコンビニのお弁当よりご飯がまともだからだ。添加物だらけのコンビニ弁当ばかり食べていたら確実に病気になる。これは事実だ。
なお、港湾や大都会の街中で出張販売しているお弁当屋さんが廃れないのは、近隣に飲食店がない場所に出店しているからと、お味噌汁が温かいのと、コンビニのお弁当より美味しくボリュームがあるからだ。そして営業形態としてアルバイトを雇わない1~2人の家族経営が多い。そうなるとワンコインで営業日に100食売れば、毎月100万は上がる訳だからお料理が得意な人は検討しても良いかも知れない。
と言うより、お姉様に出会う前は飲食店でアルバイトもしていた私だから、お弁当屋さんも好きな職業なのだった。さすがに揚げ物専門店を大学生と開いていたトロンメルには負ける。自分を過小評価する傾向にあるトロンメルだけど、実のところあの子の商才はかなりのものだ。でなければ『エル様』があそこまで可愛がる筈がないのだ。
『キャスターを小脇に抱えて走ったりした……?』
『はい?』
思わず呟いてクロエさんを困惑させてしまった。そのクロエさんやアントニーさんにアストルフォさんが私のデジカメを覗いている事に気付いたエルヴァさん。スッと移動してそのモニターをアストルフォさんの肩越しに覗いて理解したようだ。
『ああ……エルマの姉ちゃんか。ホントだな、イリヤやハイディにそっくりだ』
と、軽くあっさりと素の感想を言葉にした。
『この弓を引いているところ、格好良いよね?』
今度はアストルフォさんが違う画像をモニターに表示させた。
『オ~、ジャパニーズ・アーチェリーか。似合うな。けど姉ちゃん、思ったより背が低くないか?』
『はい。私より1インチは低いです』
『だろうな。でも、カッコいいと思うぜ』
とエルヴァさんは言ってくれた。でもなんとなく言外に『イリヤ姉さんくらい背があればなぁ』と惜しむニュアンスと、『やっぱりキャスターとは違うなぁ』というニュアンスも感じた。そこまで似ていると思わないみたいな事をクロエさんは話していたから、そこを残念に思う気持ちは私にはない。
それにきっとエルヴァさんのイリヤスフィールさんもアーデルハイドさんも、イリヤ姉さんくらい身長があるのだろう。そこを私は『エル様』の呪いではないかと思っている。いや、呪いは語弊があるか。前置きとしてまず考えられるのは、イリヤスフィールさんを聖杯の器からヒトに戻したのはキャスターだという事。そしてアーデルハイドさんはユーブスタクハイトの家とは無縁だった事が考えられる。次に『エル様』のところだけど、『エル様』は宝具『ラインの黄金』を僅か5歳という幼少時に埋め込んだ事で身長が伸びなかった。だけどそれがイリヤ様の成長とほぼマッチしていたので気にしていなかった事があげられる。
そのイリヤ様の持つ小聖杯を封印したのは『エル様』だ。ヒトに戻したのでなく封印だ。だからその差だとも言えるのだけど、イリヤ様と同い年だから『エル様』にはそれが限界だったのもわかる。今ならもっとどうにか出来たと思うけど、姉妹で大きく身長が変わる事をイリヤ様が嫌がったのだろう。
となるとアーデルハイドさんが宝具を持っていない事や、『エル様』やお姉様がもし男性だったら、エルヴァさんくらい背が高かった事もわかる。ましてや腹筋が少し割れているお姉様だ。エルヴァさんよりムキムキだった可能性は高い。
『お姉様、そんななりで腹筋が割れているんですよ』
『女の子なのに? それとも弓のせいか?』
『いえ。お姉様、魔術の弊害で半英霊化しているんです』
これを明かすのは先生の命令というか、約束でもあったのだ。要は情報交換だ。だからあちらが先にカードを切って来た。大怪我を負ったアストルフォさんを救けるために処女巫女だったキャスターは、アントニーさん経由で魔力を送った。その方法はアントニーさんに抱かれる事だったと話してくれたのだ。だから返しきれない恩となるのだった。
これは『エル様』ならしそうだけど、お姉様には無理だと思った。それに『エル様』は自分の身代わりを用意できる。そこがキャスターとの違いなのだろう。そしてそういう話しを私が聞く事と、お姉様が半英霊化しているとこちらが明かす事は果たして等価だろうか? きっと等価に感じるくらいの価値が後々出るのだと思う。
だから私はエルヴァさんとアントニーさんとアストルフォさんを誘い、後の事をゾウケンくんとアダムに頼んで、杖に戻って貰ったルビーを握って庭に出た。庭にはランサーによるルーンの結界が張られていて、中でランサーとランスロットさんに二人のアーチャーさんが模擬試合をしている。そこに参加して、カードの事を打ち明けるのだ。
このカードの情報がエルヴァさんとアントニーさんの大いなるチカラになると先生は見ているのだ。そしてこの二人は自分達で自分達のカードを造るだろうとも。そういう才能があるのだそうだ。『それに何より、同じアインツベルンじゃない』なんて軽く言ってくれるし……。
それで私は皆さんの目の前で転身した。背中の肩甲骨の辺りからに大きな羽が三対。左右の耳の上辺りからも一対の羽。左右の足首には羽が1枚ずつ。衣装のウエスト部分にも左右に羽がある。これで六対12枚だ。更にヘアバンドとスカートの裾などに合計六対、計24枚の羽がある。服はギリシア風でなく現代の真っ白なショートドレスだ。だけどこれがルビーが私のために一所懸命に考えてくれた、ニュー・バトルコスチュームの基本デザインだった。
当然ながら以前のギリシア風コスチュームも出せるし、対ウォーティ戦のコスチュームのアレンジ版や、第8話の猫耳エプロンドレス、1期オープニングのコスチュームも出せる。だけど今はこの大天使の姿だ。
『オオ……』
『マジか……』
よし、良い反応だ。次に私はセイバーをインストールした。それで鎧姿になった私はお相手をあちらのアーチャーさんに頼んだ。
『む? 私か?』
そうです。あなたでないと。あなたが慎二さんや士郎さんを鍛え、エルヴァさんやアントニーさんにも時々稽古を付けているのでしょう? だからですよ。円卓一とは言いませんが、ガレス卿も強いですよ? そう、本日はガレス卿だった。
『アーチャーさん! セーブ欄の空きは十分か!』
『ど、どういう意味だ?』
そうして試合が始まった。いきなりだが私は英霊にも必ず効く初見殺しをした。
『産みの苦しみを味わえ!』
それを聞いてランサーが言った。
『いきなりか!? 酷ぇ。あんなの誰も耐えられねぇぜ……』
ランスロットさんが天を仰ぎ、こちらのアーチャーさんが首を振った。目の前の足元では、あちらのアーチャーさんがうずくまって脂汗を流している。声も出ないだろう。
『な、何をしたんだ、エルマ!?』
エルヴァさんとアントニーさんが驚いている。だから答えを教えてあげた。
『尿管結石です。それも尿道じゃなく腎臓に近いあたり。一度霊体化すれば治るのに』
皆んながシーンとした。そして呻くアーチャーさんの首に刃を当て、私の一勝。これはいきなりだから効果があるのだ。そして苦しい中で霊体化すれば綺麗さっぱり治る。例え尿管が傷付いてもそこにはほとんど神秘がないから、一度霊体化して実体化すれば、それもたちまち治る。そこを思い付くかどうかなのだ。だけど大昔の英雄は尿管結石なんて知らない。だから全員答えにたどり着けない。こちらの情報を知らないアーチャーさんだからいきなりカマしたのだ。それでも答えが出せなかった。
こっちのアーチャーさんがこめかみを押さえ、頭を振っていた。だから一言どうぞと促した。
『この子は正攻法でもそこそこやるが、英霊が纏う神秘を抜く魔術が使える。大魔導師が君達に言いたい事は、通常の武器が役に立たない、英霊が持つ神秘の壁を破る魔術を思い付けという事だ。そして一度穴を見付ければ、転移魔術の応用でこういう魔術が使えるのだ』
エルヴァさんとアントニーさんは呆れながらも『そういう事か』と納得していた。実は私、エルヴァさんのお財布を見て思っていたのだ。本当に倉庫だけかって。その空間は英霊の体内にも繋げられるんじゃないのかって。どうやらお二人もそこに気付いたようだ。だから英霊の皆さんに頭を下げてから屋内に戻り、カードをアンインストールした。
良い子の皆んなはアンインストールは屋外で。お姉さんとの約束だぞ? 羽が当たって、棚にあったオブジェを落としてしまったよ……しかも割れてるし。トホホ……。それを巻いて元に戻してから転身を解いて、さっきまで着ていた普通の服に戻った。その後、二人に私のカードを見せてあげた。
『単純に説明しますと、このカードは英霊の座に繋がっていて、英霊を降ろさずに英霊の持つ能力と宝具を降ろすものです。勿論、術者に妙なフィードバックが来ないよう、どんなに頑張っても本物の英霊を100とするなら、カードから得られる能力は50から70が限度でしょう。ですがカードは術者に神秘を上乗せしますから、実弾も利かない状態になれます。それで本来のカードリーダーにはこういうステッキが必要なのですが、転身ベルトに着いている転身カード用のカードスロットを英霊カードのリーダーに転用できないかを実験中だったんですね』
『つまりシロウ達の転身ベルトだけでなく、そこが先生の目に止まったって訳か?』
『そういう事です』
『凄いな……。さすがランサーのクラスを取った魔術師だ』
エルヴァさんは本気で私を褒めてくれた。そこは素直に嬉しかった。だけど疑問もあった。それは『この人達は魔術を何と捉えているのだろう?』だった。これまで聞いたお話を総合して予測を立てるなら、それは『手段』だった。根源を求める魔術師じゃないと思う。『アイツラ』を追いかけるためだけなら、それは魔術使いだ。そしてそれを間違っているとは思わない。
だけどそれだけに留まらない『奥』を見せて欲しい。『エル様』にもお姉様にもそれがある。誰よりも正義感が強いのに、魔術使いでないのは根源を目指されているからだ。それも魔法のためでなく、魔法をも陳腐化させるほど人類文明を進化させたいからだ。カルダシェフ・スケールで言うところのⅥ、ここに人類を到らせ、ご自分は────ホワイトホールの先なのか、新たなビッグバンなのかはわからないが、ご自分が好きな魔術や魔法が栄える新たな宇宙を創りたいのだ。つまりⅦレベルに到って神と同じ創造をしたいと願っていらっしゃるのだった。
だけどこれは私利私欲のためでなく、神秘を保存しつつ、人類にも幸福になって欲しいからでもある。要は根源への道とは、時間短縮の道なのだった。これを聞いて呆れたという先生は魔法使いだ。どれだけの魔術師が魔法使いを呆れさす事が出来るのだろう? そんな事をエルヴァさんやアントニーさんも考えているのではないか、と私は勝手に睨んでいる訳だ。
『失礼ですが、お二人は根源を?』
ズバッと訊いてみた。すると……。
『信じているし、あると思っているよ。でも一つじゃないとも考えている。オレはレプトンやゲージ粒子、ヒッグス粒子などの素粒子と同じで幾つも幾つもあると思っている。それらが開闢の時に複雑に絡み合い、陽子や電子が生まれ、若い番号の原子が生まれたんだろう。となると魔術師の想像する、求めたい根源も絶対に一つじゃない。それは隣の、まだ宇宙にもなっていない未定義空間にあるのかも知れないし、オレ達の知る空間にあるのかも知れない。だけどそういうのも、いずれはどこにあるのかもわかって来ると信じてるよ。だから何が自分の求める根源なのかを見極める方法が先に必要なんじゃないか、とも考えているよ』
なぁ~んて事を言われた。エルヴァさんは時計塔時代バリュエ(創造科)で、アントニーさんはノーリッジ(現代魔術科)だったそうだ。それで降霊科一級講師に迎えられたお姉様が、降霊科以外で講義を受け持つのが、創造科と現代魔術科だと教えてあげた。アントニーさんは感心し、エルヴァさんはわかりやすいほど悔しがっていた。
そしてこのエルヴァさんが悔しがる気持ちには、二重三重の意味があったようだ。
『キャスター……あいつの真名もエルヴァなんだけどさ。自分の転生した魂がその後どう生きて行くのかってのも視えるらしい。それでオレの事や、エルマ、あんたの姉ちゃんの元となった魔術師の事もあいつは知っていた。だから『ランサー』の正体は何らかの方法で世界を渡って来た妹で……ゴメンな、言葉は悪いけど人形だというのも見破っていたよ。けどクー・フーリンを連れて来るなんて無いだろ? あれでメッチャ撹乱されたぞ?』
私は驚いた。それは御免なさいだ。
『そもそもあれだけ能力の高い巫女だから、どのみち死後は英霊の座に捕らえられるだろうから、死ぬ前に魂を二つにわけておけってある女神さんに助言されていたんだそうだ。片方は撒き餌として英霊の座に召し上げさせて、もう片方は輪廻の輪を自由に泳がせようと。そんなレベルの奴だから、そりゃエルマの鋳造主も相当なもんだろう。でも、こんな奴がまったくの無名なんだ。知名度が皆無なんだよ。生きてた頃のウルクでは結構有名だったらしいけど……』
あ、『王様(アルトリア様の旦那様)』が『エル様』の事を時々『我の娘』と言っていたのはこれが根拠……?
『もしかしてキャスターはギルガメッシュ王と同時代の人で、本当は娘さんだった……?』
『ああ、隠し子なのか忌み子なのか知らないが、複雑な関係らしくてな。生まれてすぐに神殿に預けられ、イシュタルに仕える巫女として育てられたそうだ。けど、そのイシュタルって女神や先輩巫女に随分可愛がられてたそうだぜ。サラッと言うもんだから、当時は頭が付いて来なかったよ。それと……魂を二つに分けろと助言した女神はイシュタルじゃなくエレシュキガルだったそうだ。それで何があったか知らないが、そのエレシュキガルにも気に入られ、何でも冥府に献上できる資格があるんだと。それでギルガメッシュの宝具と聖杯の泥を冥府に送ってたよ』
ええ!? そんな凄い人なんだ?
『エルヴァ、端折り過ぎだよ。僕は君が宝具をキャスターと奪い合っていたところに驚いたよ』
思わず私は自分自身を指差した。すると案の定、アントニーさんは頷いた。
『それに聖杯の泥は連携プレーだ。君が吸い上げ、キャスターの開いた冥府への入り口にポンプみたいに送っていたんだよ』
私は再び驚いた。やるな、未来の私。その時にアクシデントがあって、アントニーさんが泥を被ったらしいが、そちらはゾウケンくんのアイデアでアストルフォさんが対処できたらしい。アストルフォさんはマスターであるアントニーさんを救けたというその対処を、もうとっくに過ぎた過去の事と捉えているのか、『Time flies like an arrow(光陰矢の如し)』と言った。
英語で『時間が経つのが早い』という場合『Time flies』という。これだけでも『光陰矢の如し(唐の時代の詩で使われた『光陰如箭』が大元。それが遣唐使で持ち帰られ日本のインテリ層に広まった)』や『月日は百代の過客にして(芭蕉の奥の細道序文は引用。元ネタは李白の『春夜宴桃李園序』から。『光陰者百代之過客』と書く)』と、意訳できなくもない定番のフレーズだ。
なのにアストルフォさんは『like an arrow』と英語で繋げたのだ。カール大帝の時代のフランス語にそんな表現があったのかなぁ……? 現代フランス語の『Le temps file(時は駆けぬける)』や『La marée n'attend personne(潮(の満ち引き)は誰をも待たぬ)』という慣用句なら知っているけれど……。
そこから『これ』というテーマを決めず、魔術そのものに対する受け止め方や考え方などの意見をエルヴァさんやアントニーさんと交換した。すると話しの流れの中でエルヴァさんは、『重力軽減の魔術は、まだ発見されていないグラヴィトン(重力子)に作用する神秘なんだよ』なんて事をさらっと話してくれた。その表現の仕方はまさに私が聴きたかった、『奥』を感じさせる言葉だった。
それでエルヴァさんはその聖杯戦争の頃、魔術に対して自身を失くし掛かっていた事を告白してくれた。それを……。
『得手不得手は誰にでもあります。ある分野で優れていても時代に合わず理解されないなら、私のように外に放り出されるしかありません。エルヴァ、あなたはアメリカに帰れば愛する家族が待っているのでしょう? それは私が求めても求めても得られなかったものです。処女巫女だったから、儀式や魔力の関係で絶対にしきたりも破れなかった。赤子を産んで新しい家族を作る事も赦されなかったのです。だからこそ座に囚えられた私という半身は、あなたというもう片方の半身と結ばれる事を望んでいました。あなたを愛しています、エルヴァ……』
それがお別れの時の言葉だったそうだ。そしてキャスターは女の子の方の半身が全員幸せになれるよう、聖杯戦争期間中ずっと祈っていたらしい。そこには『エル様』やお姉様にエルヴァちゃんだけでなく、キャスターだけが覗けた、私の知らない並行世界の様々な人が含まれる。そして何かのために自らの幸福は対価にしないで欲しいと、あなた達の苦しみや悲しみは全部私が冥府に送るから、と……そう祈りながら消えて行ったそうだ……。
『それも言葉じゃなくてな、そういう願いや祈りがサヨナラのキッスから流れて来たって言うか……』
それでエルヴァさんには『あなたはこれからも仲間に恵まれるから、出逢いを大切になさい』とアドヴァイスを送ってくれたのだという。だからこうして私と再会(?)出来た事が、とても嬉しいそうだ。それに今は力量差があっても、学生の頃みたいにそこまで凹んだりしないらしい。それだけ大人になったという事なのだろう。けど、並行世界に何人か居る女の子の自分は、どの子もどの子も出来が良いのは理不尽過ぎると思うそうだ。そこが悔しいんだって。
『いや、だって聞いてんぞ? エルマの姉ちゃん、セイバーを連れて倫敦に行ったんだろ? それもアーデルハイドが召喚したのと同じアーサー王だ。そんな大英霊を自分で支えて時計塔に行った。そりゃ降霊科の一級講師になれるぜ。それってつまり偉いさんにセイバーを取り上げられない自信もあるって事だからな?』
あ。そうなるんだ? そこを私は考えていなかった。
『まぁ、そこが半英霊ってのと絡むんだろうけど』
『そうそう、だから僕なんてアストルフォの事を時計塔時代ずっと隠していたんだから』
なるほどなぁ。そのアストルフォさんは苦笑いしていた。倫敦時代は窮屈な思いをしたのかも……。
『アントニーさんは、結構魔力持ちなんですか?』
『え? ああ、アストルフォを支えている事? それはどうとでもなるよ。礼装次第とも言えるしね』
『そうだぜ。無きゃないで工夫するしかないからな』
アントニーさんもアントニーさんで隠し玉を幾つも持っていそうだ。それに二人は良いコンビだ。何より心がタフなところが良いな。
『それにさ。エルマを鋳造した、姉ちゃんの元という人……?』
『ああ、はい。その方のお名前も『エルヴァ』ですが、何か?』
『ああ、聞いたぜ。時計塔とプラハの理事を兼任していて、ジイサンを差し置いて、アインツベルンの総裁なんだってな?』
『ええ……。まぁ、別格という事で……』
『だよな? まだ10代だろ? 思うにその人が一番キャスターの能力というか才能というか、そういうのを引き継いでいるんだろうなぁ。大金持ちとも聞いてるから、ギルガメッシュ王の運まで引き継いで居るのかもな』
『かも知れませんね』
その後訓練を終えたアーチャーさん達が屋内に戻り、お昼ご飯の準備に掛かった。お昼は生姜焼きとしじみ汁らしい。あっちは初夏の土用しじみだったけれど、こちらは4月なので寒しじみの遅いものだ。バットで食塩水を作っている。下拵えは砂抜きから始まるからだ。アーチャーさんは思い入れでもあるのか、しじみ汁と生姜焼きはよく作る。
そして先生の旦那さまであるシロウさんもしじみ汁をよく作っていた。だから先生も好きなのだが、凛さん達とお昼は新都で食べてくるんじゃないの?
「あれ? 新都で先生達食べて来るって」
「ああ、念話は貰っている。これは君達の分だ。だから生姜焼きは夜だよ。お昼は冷奴としらす大根、それと一口がんもどきと春野菜の煮物と味噌汁だ。ほら、見てみたまえ。量が少ないだろう? しかし君、ハメられている事に気付いているか?」
「え?」
で、よくよく考えたら女の子って私だけしか残っていない……? そういう意味か……仕方ない……。
それから散歩を終えた士郎さんと慎二さんが戻った。エルヴァさんはスッと立ってバルナバスの脚を拭きに玄関へ。リビングに入って来る慎二さん達に紛れて、エーテル出力したルビーも入って来た。杖の姿と女の子の姿が同一視されないよう、結構気を遣っているようだ。
そんなルビーの本日の出で立ちは、生成りの半袖セーラーと、焦げ茶のサファリ・ショーツを組み合わせたものだった。知る人ぞ知るクロウカード編第17話、臨海学校回で使われたあの衣装だ。このマニアックなコスプレ店でも手に入らない衣装は、似た既製品を私がルビーのリクエストで改造して作ったものだ。
なので襟の後ろの首近くと左袖にきっちりその小学校の校章ワッペンが縫われている。これも私がワッペン台からミシンで縫ったものだ。お姉様からミシン掛けをしっかり学んでいて良かったよ。
なお現在、ルビーは水着や体操服に夏服と春秋用制服(コスプレの定番だよね。市販のものと私の手縫いとそれぞれある)も持っているが、冬までにマンガ版の冬服(臙脂のワンピース)を作って欲しいと頼まれている。またクリスマスにはインラインのローラースケートをプレゼントして欲しいだって。ローラーシューズならともかく、そんな本格的なの、イリヤちゃんやクロエちゃんでも持っていないぞ? どうして私のルビーはこんなにマニアックな子になってしまったのだろう?
だけど『カタチから入る』と言うのは本当の事で、キッチンに踏み台を用意してあげれば、私やマルガリータさんに付いて、お料理を手伝ってくれたりもする。そういう時は本当に愛らしいなと思う。顔もルビーが想像する私の子供時代だから、本当の妹のように感じて変な気分になる。でもそれが全然嫌じゃないから、人の心って面白いものだ。
だからこの半年を利用して16話の『思い出の虹』での衣装を縫ってあげようと宝具の中に色々持って来ているのだ。健気なマスターだよ、私は。だけどね。『道具だからこそマスターからの感謝が嬉しい』なんてね。カレイドのチカラで、一人ミラーちゃんごっこしているのを見ちゃうとね。私もそういうのがわかっちゃうから、何も言えないんだよね。
それから紅一点(ルビーもクロエさんも居るけど、姉さんはルヴィアさんと凛さんが引っ張って行ってる)で男性陣に囲まれてお昼を頂き、午後からはゾウケンくんやアダムから議論の進捗を伺った。やっぱり『ピンク』は防御に全振り、『グリーン』は防御に寄せたバランス型、『イエロー』はパワー重視が良いとの意見だった。ちなみに『ブルー』と『レッド』もバランス型だ。
これは細かく言うと、100ある能力の内、何と何にその演算を多く割り振るのかという話だ。ルビーやサファイアのように口頭で指示が出せないから、事前にどういう使い方をするのかを想定してプログラムをしないといけない。それを欠点と見做すか、汎用性が高いと見做すかで評価は変わると思うけれど、私としてはまず慎二さんのような魔術回路のない人があり、その次に士郎さんのようなヤル気はあっても状況を読むのが若干鈍い人も想定の中にあったから、これで良いと考えている。
つまり慎二さんの『ブルー』は演算速度を極端に早めたバランス型で、士郎さんのは演算が遅い分少し出力が出るようなパワー型にしてある。『グリーン』は慎二さんの『ブルー』を基本に、もっと魔力が得られるような魔術師得化型にしようと思っている。それで『イエロー』は徹底的なパワー型、『ピンク』はそのパワーが攻撃でなく防御に回るようなプログラムにする予定だ。
後、『ピンク』はスーツのウエストに必要もないスカート部を付ける積もりでもいる。そこはお約束だろう。それと『ブルー』と『レッド』のプログラムをもう少し洗練されたものにする予定でもある。時間はある。後は叩き込みたいアイデアを叩き込むだけだ。その最終確認をゾウケンくんとアダムに頼んでいたのだ。
何せまたまた時間の流れが変わるが、明日から私達は異なる世界に行くからだ。
夕方、私以外の女性陣が帰った頃に、アーチャーさんがお肉を冷蔵庫から出して、下拵えに掛かり始めた。砂抜きの終わったしじみは冷蔵庫で待機中だ。アーチャーさんが取り出したお肉は王道中の王道、豚ロースの薄切り肉だった。ただしその薄切りはスーパーで並ぶ薄さでなく、精肉店で指定してスライスしてもらった、通常の薄さの1.5倍から2.0倍の厚みがある。
まずはこのお肉を広げ、粗挽きコショウを振りつつ、手で触って硬そうな脂などを取り除いたり、包丁の顎を使って切れ込みを入れておく。次にお肉200gに国産生生姜15~20gの割合で、使用する生姜を半分は千切りにして、もう半分は卸しておく。次にお酒、砂糖、味醂、醤油、薄力粉か片栗粉、マヨネーズを用意し、まずはお酒に砂糖を投入し混ぜ合わせた上でボールにベースを作る。
このベースにお肉を入れて混ぜながら揉み込み、馴染んだところで味醂、醤油、生姜の卸し汁と卸したものをそれぞれ1/3くらい入れ、そこにマヨネーズを加えて更に揉み込む。それが終わるとボールにラップを落し蓋のように落として冷蔵庫で10~20分は寝かせておく。これらはお肉を柔らかくするための手順だから、薄切りロースでなく厚切りのお肉でポークジンジャーを作る時や、コマ肉(各部位の端っこ)や切り落とし(ある特定部位の端っこ。枝肉の加工次第だから、その日精肉店でどこの端っこが出るかは不明)、豚肉でなくラムの薄切り肉や鶏肉、馬肉、鹿肉などを使う時にも役立つから覚えておいて損はない。
キモは揉み込むことで下味や生姜の風味をお肉の細胞にまで染み込ませるという事だ。マヨネーズは隠し味兼下味に粘りを持たせる事とお肉の身を柔らかくするためのものだ。お酢と少々の塩、卵でも代用できるが卵1個は多いので、いつも使っているマヨネーズでいい。それらを冷蔵庫に寝かせたら、今度はキャベツの千切りと、お好みでピーマンのスライスやタマネギのスライスを用意する。
生野菜の下準備が出来たら、馴染んだお肉を取り出し、まな板に広げごく少量の片栗粉か薄力粉を薄っすらとお肉の両面に振る。万遍なくビッシリと振る必要はない。これらは残った調味料の味をお肉に乗せるためのものだ。そこまで出来たら、フライパンに油を引いて、最初は中火より少し強めにしてお肉の表面に焼き目を付ける。
適度に焼き目が付いたら、火を弱火にして残してあった調味液や卸し生姜、千切り生姜を加えて、菜箸でかき混ぜながら仕上げる。この時に隠し味としてブランデーや、インチキの方のオーロラソース(ウスターソースとケチャップ、マヨネーズを混ぜたもの。本物の方はベシャメルソースに裏漉ししたトマトやバターを加えたもの。全然味が違う)を加えたりする。
コツは焦がさない事と、調味液を加えた後は味を馴染ませるだけなのでサッとでいいところだ。あんまり火を通すとお肉が固くなるので本当に注意して。お皿の半分ほどにキャベツを盛り、ピーマンを上の方に散らして、空いた部分に生姜焼きを盛り付けて完成だ。オニオンスライスはキャベツの横で良い。お好みでプチトマトとブロッコリーを添えると色合いが良くなるだろう。
以上が、お金の取れる生姜焼きの作り方だ。これはアーチャーさんがこれまで(主に生前、中東に行く前)に、作ってきた自分だけの方法に、お姉様から学んだ中華の下拵えなどをミックスしたものだ。『お金の取れる』と表現したのは私だけど、それは味のレベルとお肉の指定にあるからだ。普通の薄切りより食べごたえがあるから、かさ増しのタマネギと炒める必要がない。これは本気で美味しいので試してみて欲しい。コツというかキモはお肉の注文の仕方にある。
なお、お姉様もアーチャーさんも自分が食べるためだけなら、安いコマ肉を使うタイプだ。その時はタマネギと炒めている。このコマ肉の方の作り方がお姉様は凝っていて、そのコツは、お肉の脂を全部指で取り除き、お肉のスジっぽいところも全部包丁を入れてあるところにある。そしてフライパンに油は引かず、さっきの指で取り除いた脂を炒めることで得ている訳だ。
当然カリカリになった脂身は、お姉様もそこは女の子だから容赦なく捨てている。今ここにいらっしゃったら、バルナバスの餌に刻んで混ぜているだろう。だけどアーチャーさんは遠慮なく脂身も一緒に炒めて食べている。男性としたらガッツリ食べれてその方が良いのだろう。まぁ、そこはわかるけれど、そうなるとコマ肉でも新鮮なものでないと。お肉の臭みって脂身から匂い始めるからね。
さて、調味液で揉んだり寝かせたりするところまでは二人とも同じなのだけど、お姉様の場合、片栗粉をお酒で溶いて調味液と混ぜている。そちらがお姉様の考える手抜きコースで、時間がある時はタマネギと生姜を卸したものを用意して、それをまるでお味噌や酒粕のように見立て、下味とで揉み終わったお肉を挟み込んでラップをひねって冷蔵庫で寝かせていたりするのだ。
それにこのタマネギと生姜も捨てずに使う。生姜焼きを焼き終わったら全部取り出して、最後の最後に包んでいたタマネギをフライパンに投入して、炒める事7~8分。オニオンジンジャーソースに仕立てて使うのだ。このソースは醤油仕立てにせず、ケチャップやインチキオーロラソースなどで仕上げるとまた美味しい。この時ちょこっと卸しニンニクやブランデーを数滴垂らしても良い。
なお、片栗粉や薄力粉はお肉に広げたりまぶす場合は、保水の意味と仕上げの味付け(調味液やタレ)を乗せる意味が強い。溶いて入れる場合は、保水でなくソースを馴染ませる意味合いが強い。この違いは覚えておいて損はない。そしてこれらはレシピでは見えて来ないもので、調理中に横に立たせて頂いて、しっかり考えながら見ないとわからないものなのだった。
やはり西欧料理と中華料理の技法が和食と同じように根っ子にあるから、ソースと揉み込みがお姉様の中ではかなり大事な事らしい。そして砂糖は絶対に使わないし、粗挽きコショウもそこまで振る事もない。更に生姜の皮も絶対に剥かない(アーチャーさんはスプーンで剥く)。お姉様、あの皮が好きなのだ。栄養素的には間違っていないらしいけど、口触りが悪いので私は剥く方が良いと思う。
それとマヨネーズの代用に、卵を使わずお酢を少量まぶすだけでも良いらしい。ただそうなると黒酢炒めみたいになるのと、甘みが欲しくなるのできび砂糖や黒糖を使わざるを得なくなる。なので幾らお肉が柔らかくなると言っても、お酢を使うのは避けているそうだ。だから寝かせる前に叩いたりスジを切ったりする下拵えが大切なのだとか。特にコマ肉の場合は。
またお姉様みたいにソースまで作るなら、お肉は少量に済ませチクワやおナスでかさ増しする事もできる。しかもお弁当に入れる場合、このチクワやおナスの方が冷めても美味しいからびっくりだ。なおここに豆板醤や甜麺醤を少し足すか甘めのお味噌を足せば、生姜風味が効いた麻婆茄子っぽいおかずになる。これも食欲の落ちる夏場にピッタリだ。
お弁当なのだから足りないタンパク質は玉子焼きも添えればOKだろう。そしてダシ巻きにしたり砂糖を入れたりせずとも、ソースの味があるから何の味付けもしない玉子焼きで十分に美味しい。これも興味のある人はどうぞ。
そんなソースまで作るとか寝かせるとか面倒くさいよという人に、究極の手抜き生姜焼きの作り方もお知らせしよう。まず出したばかりの冷たいフライパンに、めんつゆでも白だしでも良いから、普段よく使うそれを少し水で薄めて投入。そこに少し多目(20~25g)くらいの卸し生姜を入れて、かき混ぜる。次にクシに切ったタマネギを適量入れてかき混ぜる。お肉200gでタマネギ半玉くらいだ。
そのクシの大きさに見合う長さに豚バラの薄切りを切る。それもフライパンに入れ、かき混ぜてから火を付ける。かき混ぜかき混ぜ、汁気が弱まるまで煮詰めるようにして炒める。それで完成。キャベツなどとお皿に盛っても良いけれど、ご飯に掛けて豚丼風に食べても良い。『焼き』じゃなくて、ほとんど『豚バラの生姜煮』だからそういう食べ方も出来るのだ。
もっと本格的に豚丼にしたい場合は生姜を使わず、少し濃い目なめんつゆにポン酢を足してみる。ポン酢は煮ると酸味が消えてコクと甘みだけが残るので、量をめんつゆと逆転させても良いだろう。この手抜きは煮ている間に味が肉に染み込むので、下処理した鶏のササミやズリにも応用できるから、素材やめんつゆに捕らわれず、色々試してみて欲しい。
ただ個人的な感想として、牛肉は合わないだろう。生姜煮は豚肉と鶏肉までだ。またお姉様やアーチャーさんのようなこってりした、いかにも生姜焼きという作り方も牛肉は難しいもので、選ぶとしたらサガリ(ハラミ)となる。この際は、お姉様のようなソースを作るべきだなと私は思った。何れにせよ生姜焼きは千差万別だから、色々試してみるべきだと思う。
そんな今私が話した内容を、こちらのアーチャーさんはあちらのアーチャーさんに説明しながら料理を進めていた。ただしキャベツの千切りは私も手伝った。自慢じゃないが中近東に行きっぱだった男性より、私やお姉様の方が千切りは細いのだった。そしてキャベツは包丁を入れる前の葉の潰し方や丸め方(下準備)で食感が大きく変わってしまうものなのだ。
そこがアーチャーさんは苦手というか、日本に居た頃の腕前で止まっているというか。これも仕方ない事で、アラブにキャベツの千切りなんてないし、そういう切り方もあまりされないからでもあった。そもそも豚肉厳禁だから豚生姜焼きなんて作らないだろうしね。なのでお姉様がアーチャーさんとマルガリータさんに何度も何度も千切りと豚肉以外の生姜焼きを教えていた。
お姉様のお薦めは鶏の胸肉だ。これを薄く開いた上でメチャクチャ切れる包丁に持ち替え、お刺身のように思いっきり斜めにスライスしていくのだ(この時は刺し身包丁だった。出刃で開いて刺し身で切る。文面的には間違てっていないけど、鶏肉でするなよ、お姉様)。このスライスさえ覚えてしまえば、生姜醤油で仕上げようが、少しコチュジャンを入れた味噌仕立てで仕上げようが、ケチャップとコンソメで仕上げようが何にでも使えてしまう。味が染み込むようにイカみたいな切込みを入れても良いだろう。
生姜焼きは豚ロースや豚バラ肉でなければ駄目なのか? 味噌焼き丼は豚でないと駄目なのか? 麻婆茄子や麻婆豆腐は豚挽き肉でないと駄目なのか? そういうところからレシピを考えるのがお姉様だ。それで話しを戻すけれど、キャベツの葉をどこまで潰すのか、どこまで丸めるのかは個人の自由だし、細やかさに男女差は当然出てしまう。だからアーチャーさんはお姉様か私に頼む事が多かった。しじみ汁も完成し、お漬物も用意できたところで皆んな揃っていただきますと言った。
「やっぱり、この糸みたいなふわふわキャベツはエルマかエルヴァだわぁ」
と、凛さんが日本語で言った。実はアーチャーさんも頑張って来たので、そこらの食堂よりキャベツの千切りは細いのだ。だけどどちらが女性ウケするかといえば、それは私やお姉様の千切りだった。それに細過ぎるから水に浸けるのでなく、潜らせる程度でいい。それがまたビタミンCを水に逃さないから良いのだった。こういう点も女性ウケする理由だ。
凛さんに釣られて、先生もキャベツを食べてギョッとしていた。
『これ、旦那より上手いかも……』
と、先生は英語で。まさかだよね?
『いや、本当よ? あいつ、お刺身のケンを切るのはお見事だけど、こういう和風洋食って滅多に作らないからさ。いやぁ~、これはちょっと新食感だわ』
とは言え先生は千切り以外なら、アーチャーさんの生姜焼きをべた褒めしていた。どうも先生は生姜焼きのような家庭料理が好みらしく、どんどん専門色が濃くなって極まってしまったシロウさんの和食には飽きが来ているらしい。まぁハッキリ言ってご自分が経営しているお店の味そのものだものね。
(『エル様』のビルに入っている、割烹『凜』というお店。この反動なのか若い頃から先生は中華料理も大好きで、ご自分では餃子や炒飯といった街中華の定番料理をよく作っているのだとか)
朝起きたら、使い魔が騒がしい。何だと思いシンクロしたらどうも冬木に人が入ったらしい。それも5~6人の魔術師と4~5人の英霊だ。『これは不味い』と私は慌てて遠坂先輩の家に電話を入れた。
『ああ、間桐さん? おはよう。え? 使い魔がキャッチした? 多分、それ先生方よ。ありがとう、心配してくれて』
との事だった。とは言えだ。何れにせよ一度冬木に戻るかと、私はシャワーを浴びた後に服を着て、地下に置いてあるポルシェを駆って一路冬木を目指したのだった。この冬木とは異なる某市に建つタワーマンションは、間桐のもので私個人の部屋が一室ある。それも1階の管理人室横だ。別に隠している訳ではなく、セーフティハウスでもない。表札にも郵便受けにも堂々と間桐慎と出している。
ここは家に居たくない時や、一人になりたい時に利用している私の別宅(別部屋)だった。こういう別宅は3つほど持っていて、一番遠いところに女性のライダーと彼女のマスターである子が仲良く暮らしている。ライダーを支える魔力はアインツベルンから提供してもたった魔力炉心で補っている。それで彼女は学校に行ってないので、今年の春から認定が開始された、高等学校卒業程度認定試験を受けるべく現在頑張っている。
実は私もこれを受けようと自宅学習にチカラを入れていた。そんな訳で穂群原は結局退学した。3年生になった衛宮先輩や遠坂先輩との接点が完全に消えるので寂しくもあるが、どうにもこうにも私は人と話すのが苦手なのでどうしようもない。だけど時折、優しいイリヤ先輩から手紙が来るのでそこは嬉しい事だった。
なお、イリヤ先輩はこの県の医大に合格し、そこの薬学部に通っている。4年でなく6年通うらしいから結構遺産が残っていたんだなと驚いた(アインツベルンが出してくれているのかも知れないけれど)。でも幸せになって頂きたいから頑張って欲しいなと心から願っている。それにあの家は今、キャスターとセイバーが家事全般をこなしている筈だから、イリヤ先輩も衛宮先輩も以前よりは楽だろう。
結局遠坂邸に着くとお昼をとっくに回っていた。起きるのが遅かったのと、一度家に戻って蜜蜂達の様子を聴いていた私がわるいんだけど。インターフォンを押すと、遠坂先輩が出て来て『中に入って』と言った。
「先輩、念のために来ただけで、もう出掛けていると思っていたんですよ? 学校は?」
「本人は学校よ。私は以前、試験官として来た者よ」
「ああ……」
それで促されるまま家にお邪魔させて貰った。そこには『先生』と呼ばれる遠坂先輩のお師匠と、先程出迎えてくれた遠坂さん、それとその御友人のエーデルフェルトさんが居た。この間に私のクルマは庭の方に移動されていた。正直助かる。最近は駐禁が厳しいからね。
それからソファーに座って『先生』や遠坂さんとお話した。お茶はエーデルフェルトさんがいれてくれた。
「体調は悪くなさそうね?」
「え?」
その『先生』からのお声掛けだった。
「ああ、突然ご免なさい。いえね。あなた、アインツベルン一族の『エル』って子と最近仲が良いでしょう?」
私は驚いた。どうして知っているのだ? やはり『エル』さんのやっている事は禁忌に触れるのか? そんな風に気になったのだ。『エル』さんは並行世界でのアインツベルンの総裁をしている人で、私にホムンクルス鋳造の秘技に於ける要諦や、蟲が持つ無限とも言える可能性、魔術全般についての考え方、根源を目指す本当の理由などなどを私に懇切丁寧に指導してくれた人なのだ。
私の悩みを知ったアインツベルンの誰かが、話しを通して寄越してくれた人なのだと思う。だからこそ家が家なので、遠坂先輩の関係者やイリヤ先輩達には秘密にしていたのに。どうしてバレたんだろう?
「安心して。あなたを非難するために声を掛けたんじゃないから。純粋に身体は大丈夫なのかって気になっていたのと、私も『エル』達のいる世界の住民だから、あの子との接点は多いのよ。もっとハッキリ言えば凛からの報告を受けて、私が相談した相手が『エル』だったの。だからあなたの事や、あの子が世界を移動している事も、その一部をあなたに話している事も大体は知っていると思ってくれていいわ。まだそうは思えないだろうけど、私はどっちかって言うとあなたの味方の積もりよ」
「そ、そうなんですか……?」
私の反応を見て『先生』は微笑んでいた。
そして爆弾を投下して来た────。
筆者は携帯小説の世代ではなく、文庫の小説をガッツリ読む人が多かった世代の人間です。
なので自身も文章はガッツリ読みたいタイプで、しかも何でも読むので好きな作家も好きなジャンルも多岐に渡ります。
その弊害として、ハーメルンのような投稿サイトだと、正直1話5千文字以下だと『散文の詩なの?』と物足りなくなる時があります。また、アイデアは良いのになぁ、ここでエタるか残念だと思う話の多いこと。それは特にクロスオーバーに多いような気がします。
『AとBがミックスされれば面白いのになぁ』
発想はそこからでしょう。けれどその両方に精通し、調べ倒している人は一体何人いるのでしょうか?
更に執筆者に相当な力量がないとミックスに拠る化学反応は起こせないと思いますし、読者側も両方の作品に精通していないと面白みに欠ける事でしょう。そこが大きく評価が別れるところだと思います。
ですのでクロスオーバーは鬼門だと思います。文章を書き慣れていない人には特に厳しい事でしょう。
それとバトルシーン。舞台の上手下手という暗黙の了解を知らないで書いているので、文面を追ってもそれぞれの立ち位置が頭に浮かんで来ない。きのこ氏はわかっていて端折り、リズム感を生かしている。だからバトルの後か前に立ち位置を少し描いています。
そこを無視してリズムだけで二次小説を書くから余計に散文詩に見えてしまう。そういうのも見直して欲しいなぁと思います。それくらいアイデアは良いのに尻切れトンボになった小説が多すぎます。
本音は『惜しいなぁ』と『そのアイデアをそんな発表の仕方で終わらすな』ですね。ですので完結していない小説への10や9の高評価は信じていませんし、まとめサイトなどでお薦めにあったら『嘘だろ』としか思いません。
そもそも小説は、携帯やスマホの狭い画面でなく、パソコンのモニターで何度も読み返しながら打つものだと思いますので、エディターと標準サイズのキーボードが必須だと思います。それでも誤字脱字は避けられませんし、妙な表現のフレーズを打ったりもしてしまいます。だからこそエタらないためにと何度も考え、打ち直し、フレーズを入れ替え、温め温め打ったのが第一部でした。
あの100万字超の第一部と第二部の一部は、たった一日で投稿しています。それに第一部の構想(妄想)に5年は掛けています。爆発的な人気とは行きませんが第四部まで続けていられるのも、最初に深掘りしていたからだと思いますし、そこをわかって下さる読者がいらっしゃるからだと思います。
基本、SFやファンタジーが好きなのですが、宮城谷昌光氏や隆慶一郎氏などの歴史小説も好きでよく読んでいます。特に隆慶一郎氏はマンガなどで有名になる前から読んでいました。
隆慶一郎氏は晩年の僅か3年しか活動期間がないにも関わらず、あれだけの小説を残されています。筆者も本業とは別に何か遺せないかと駄文を書いているわけですが、なかなか天から何かが降りて来る事はないですね。
それでもこの小説は最後まで書き続けます。第四部もあと少しで終わります。最終は第五部の予定ですが、それを書くにはもう少し情報を集めたいので時間が掛かりそうです。
読者の皆様には本当に感謝しています。末永い目で見てやって下さい。