※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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112、冬木の日々 13

 家(マンション)に戻った私はドッと疲れてしまって、1時間は放心状態だった。

 

『わざわざ来て貰って悪かったわね。体調が良さそうで安心したわ。あ、それと。これは『注意喚起』なんだけど、2週間ほど深山町に入る時は注意してね。今、私と一緒に杖になった並行世界の間桐臓硯と、これまた別の並行世界から間桐慎二が来てるから』

 

 会話を少し端折ったが、これが二つの爆弾の正体だ。端折ったのはあまりのインパクトに『先生』と何を話したのか、実のところほとんど覚えていないからだった────。

 

 聖杯戦争が終わり、ホムンクルス鋳造の技術供与を譲歩してくれたアインツベルンに、私は見返りとして『冬眠した間桐臓硯の本体』を提供した。これはつまりマキリ・ゾォルケンの500年にも及ぶ叡智を、すべてアインツベルンに明け渡すという意味だ。だけど私は鋳造技術がある程度手に入るなら、間桐の魔術を譲渡する事に何の未練もなかった。

 身体に蟲を巣くわせ、自らが苗床となり、使い魔である蟲と共存共栄する────要る? そんなの? 自分なりにかなり改良したけど、それでも駄目だった。どんなに澄んだ水でも、一口含めば青汁を越えた青虫を噛み潰したような味しかしないんだよ? 大袈裟に言っている訳でも、例え話でもないよ。マジでそういう妙な青臭さが口に残るの。

 ラーメン好きになったのもこのためだ。ラーメンのような濃い味付けだと青臭さが薄まるんだ。でも、だからと言って、毎日毎日濃い味付けのお料理ばかり食べたくない。私も女の子だから太りたくないし、こんな体でも少しは健康で居たいからね。だからお野菜の煮物やお味噌汁はよく作っている。

 その代わり、生野菜のサラダはまったくの苦手で受け付けない。ボイルしたらブロッコリーも平気なんだけど、生野菜だと餌を食べているみたいで、口の中に青臭い匂いが沸き立って吐き気が治まらなくなるのだ。こんな体質にしてくれたお祖父様には恨みこそあれ、肉親の情も家族愛もない。むしろ黒歴史だ。だからアインツベルンに譲渡した。

 その時に心臓にお祖父様を寄生させたままの私の本体もセットで引き渡したら、その前に受け取っていた『素体』で四苦八苦している私のもとに新たな『素体』が宅配便でやって来た。それが今年というか先月の3月3日の夜だった。その日はお雛祭り。私とは無縁な行事だけれど、届いた荷物はとても綺麗にラッピングされていた。

 誰からだろうと思えば、伝票の依頼主には『アインツベルン』とあるだけだし、品名は『リアルドール』という、よくわからないものだった。それもドイツ語でなく日本語で書かれ、依頼者の住所は深山町にある自分の家、つまり間桐の住所だったのだ。『え?』と思って宅配便のお兄さんの顔を見たら、受け取りのサインを普通に求められ、『結構、重いっすから注意して下さいね』と言われた。

 その中に入っていたのが、今使っているこの身体(ボディ)だ。自分は軽い方だと思っていたけど、40kgの三角座りして膝に顔を寄せている『自分』は確かに重かった。持ち上げようと思えば本気で腰に来る。ミツバチを抱えた事は何度かあるけれど、やっぱりそれも意識が入った状態だった。意識のない状態がこんなに重いなんて知らなかったよ。

 そしてその伝票にあった『リアルドール』が、アダルト用や医療用に使われる人形の商品名で、それと『素体』を掛けたジョークだとわかったのは、同梱された使用説明書や仕様書と一緒にあった手紙を読んだ後だった。そのお手紙を書いた人────つまりこのワンタッチで、私の魂魄や意識に記憶といった私を構成する精神の根幹を移し替えてくれる、素晴らしい『全自動素体』を提供してくれたのが『エルさん』だったのだ。

 

(後日、その『素体』の保管器を持って来てくれた。それを置いてあるのが今のマンションだ)

 

 新学期を迎えて直ぐの4月、私は学園を自主退学した。それは聖杯戦争以降『エルさん』と懇意になって、度々魔術の薫陶や示唆を受けるようになったからだ。最初は私の勘違いから始まった関係だった。私はあの人を本国ドイツのアインツベルンが派遣したエージェントだと思っていたのだ。

 だけどあの人がこの世界のアインツベルンとは何の関わりもない、並行世界のアインツベルンだと知ったのは、擬態の身体をあの人にすべて曝け出した後だった。2月の下旬から3月の中旬まで。1ヶ月に満たないその期間で私はあの人を信用してしまった。話術なのか魔術なのか……。けれど結果は全部良い方向にしか行かなかった。

 

『隠さなければならないものがある事はわかりますが、だからと言って卑屈になる必要はないですよ』

『苦手だからと、人付き合いをそこまで薄く細くするのはいかがなものでしょう?』

 

『魔術師だからと、隠れて生きる必要はありません。堂々と外を歩いて、自分らしく生きれば良いです』

『根源を目指さないと魔術師じゃない? そんな事はないですよ。そういう『狂信』めいた事を言いだすのは、決まって何らかの意図を持った詐欺師ですよ。魔術協会は互助会であると同時に小悪党が考え出した集金システムである点が見破れないなら、ふんぞり返っている魔術師もタカが知れますね』

『魔法? たまたま『どこでもドア』を拾った……その程度のものです。くじ運が良いのは認めますが』

 

 励ましてくれるだけでなく、質問には即答で返してくれる。それも予想の斜め上から。それが『エルさん』だった。そんな人だから、実は私がこんな身体にしてくれた間桐臓硯を憎んではいても、『嫌っていない』事をあっさりと見破っていた。

 

『だって、金銭面で一生涯困らない生活が保証され、退屈な日々に刺激を与えてくれる魔術なんてものも遺してくれた。それなりに恩を感じているのは、見ていてわかりますよ。ただ不満だったのは方法でしょう? どうして蟲なんだって? アインツベルンのように人形の素体を利用できなかったのかって?』

 

 私は頷いた。今更、男性に戻りたいとは思わない。でも女の子として身も心も確立してしまっているからこそ、蟲の身体が嫌だった。他人に化けられるのは楽しい。それならば私は自分を曝け出せるし、他人を上手く演じられる。その時、心にある理想の女の子は、いつだってイリヤ先輩であり遠坂先輩だ。

 素敵な二人の先輩を、真似でなく参考にしながら新しい自分を作って、間桐慎なら到底無理な距離感で以って、友人を作ったり、彼氏と付き合ったりしている。そして『それはどうなんだろう』と思う自分も居るのだけど、『エルさん』は『情報収集が大切な現代、それが魔術師最大の特権ですよ』と言い切っていた。

 

『できれば、我欲でなく社会に貢献できる事業で活かして欲しいですが』

 

 とも言っていた。そして『素体』の提供はその第一歩だとも。今は『素体』と『蟲の身体』を使い分けている。けれどそれも蟲の生態をもっと知り、司令を司る嬢王蜂のような蟲や、細胞を取り入れる程度で十分蟲を使役できるのだそうだ。だから『蟲の身体を惜しむ必要はない』とも言われた。私の持つ魔術知識は間桐臓硯が見付け、磨き上げてきたものだからそれ相応に古い魔術だ。

 だから新しい魔術を知って、肉体や精神の負担を軽くし、より効率よく使えるような魔術に発展させなければならないのだそう。キレイな身体が欲しいからと、安直に他山の秘技を求めるのでなく、今の自分の魔術で、何ができて何ができないのか、何を得たらどう言う風に便利になったり、使い勝手をよく出来るのか、そこをもっと考えないといけないとも言われた。これらは『エルさん』の世界へ遊びに行くほど仲良くなった後に指摘された話だ(※)。

 そんな諸々の事を思い出したのは、その『先生』と会った事がどう転ぶのか、不安でならなかったからだ。こんな時に、『エルさん』と逢えれば良いんだけど……。

 

※)並行世界に遊びに行ける段階で既に魔法なのだが、『エルさん』は『他人のどこでもドアを拝借しているだけ』と話していた。本当かな?

 

 

 

 

 

 荷物整理や与えられた部屋の清掃が終わった面々は、皆んな自然と居間に集まっていた。私達の凛さんの家と違って、崖崩れで建て替えられていない旧遠坂邸はその威容を誇る大きさの割に、リビングは意外と狭い。これはキッチンも食堂もそうで、何でも遠坂葵さんが遠坂時臣の母親が亡くなった後に改装したかららしい。

 この理由はよくわかる。この家に思い出の深いお祖母様が生きていらっしゃるなら仕方ないが、お亡くなりになったのなら、余りに広いキッチンや食堂はお掃除も手間だし、知らず知らずのうちに物も増えるからだろう。地元の名士として、また大地主として、間桐家と肩を並べる遠坂家だ。人との付き合いも多いだろうしね。

 どこの家でもそうだと思う。食器棚の上に結婚式の引出物で頂いた大皿や、焼き物が有名な街へ観光で行けばついつい買ってしまった小皿や湯呑のセットなどが積み上がったりする。そしてそれがいつ誰から頂いたものなのか、いつどこで手に入れたものなのかを、時間の経過とともに忘れてしまう。それらの物を整理し終えたから葵さんは改装したのだろう。

 そしてここの凛さんは、一人住いではあるが、葵さんはご自分の母親と一緒に禅城で暮らされご健在だし、時臣さんも倫敦でご健在だ。お姉様のメールにあったアンズさん家(※)に居候している訳でなく、お一人で暮らされているそうだ。そして妹の桜さんはエーデルフェルトへ養子に出ていて、そこで幸せに暮らしているという。

 つまりここの凛さんのご両親は離婚されていたのだ。とは言え仲が悪い訳でもなく、時臣さんから凛さんの下へ、時折古めかしい魔術ファックス(メールを使えよ!)が届くそうだし、葵さんも時々こちらへ来ては凛さんにお料理を教えてくれるそうだ。

 

※)倫敦のお姉様が借りている家の、お隣にお住まいの一家。そのアンズさんのお母様が時計塔時代の時臣さんの恋人だったらしく、アンズさんはそのお母様と時臣さんの実の娘さんだったのだ。そしてお母様に似たのかアンズさんも未婚の母親だそうで、なんと小学校に通う娘さんが居た。つまり時臣さんのお孫さんだ。これも凄い事なのだが、なんとお姉様の住む家は並行世界を渡ると、エルヴァさんとアントニーさんが時計塔時代にお住まいだった家でもあったのだ。

 

 ご夫妻の離婚の原因は桜の養子縁組もあったそうだけど、一番大きな理由は時臣さんが葵さんに黙って、アンズさんのご家族に長年経済的援助をしていた事が発覚したかららしい。凛さんとアンズさんは和解していて、時臣さんからもアンズさんの漢字名は『杏』と書く事も知らされているそうだ。だから『凛』が魔除けのための名で、本名が別にある事も知っているっぽい。

 また時臣さんが時計塔での学業を終え、倫敦を去る時に、お母様がアンズさんを宿している事を当時の時臣さんは知らなかった。これは若く才能のある時臣さんをお母様が気遣っての事だったそうだが、これが葵さんへの時限爆弾となったのだった。

 だけど紐解けば、アンズさんのお母様が時臣さんとお付き合いしていた頃の葵さんは、まだ時臣さんとお見合いも婚約もしていない頃で、単なる顔見知り程度だったそうだ。だから一時の感情で離婚してしまった部分もあるので、晩年になったらまた一緒に暮らし始める可能性がある気がすると、ここの凛さんは考えているらしい。

 

「先生、それプライバシーに関わるんじゃ?」

 

 そう私が、居間で突然そんな事を語りだした先生に言った。すると先生は、

 

「それぞれが元の世界に帰った時に得るものがあれば良いのよ。エルヴァくんにしたって倫敦時代のお隣がそういう人達だったとわかれば、聖杯を求めあった御三家はどこかで繋がっていたと理解しやすいわ。そんな風に人は人とどこかで繋がっている。それを若い内から感じ取れる者だけが成功するのよ」

「じゃ、ここの凛さんは……?」

「それを感づいているから、これを話して良いと言ってくれたのよ。勿論、まずはあなた達の凛を気遣ってだろうけど」

 

 そこで私達の方の凛さんが感謝の言葉を述べた。師匠である凜様やお姉様から示唆を受けて、既に和解している事をペラペラ言わない。ただ簡潔なお礼のみを口にした。この割り切りが凛さんの魅力だ。そしてそれはここの凛さんも。お二人がもし弓道部なら、私と同じ大前(チームで1番目に射る人)が似合う。

 私はこの時、お姉様の『もう、絶対に中(あ)たる。それ以外の結果はあってはならないものだ』と確信できる、大きな『会』を幻視した。そして右耳の横を擽(くすぐ)りながら、矢が通り抜ける風を感じた。それを私とパスの繋がっているランサーも感じたらしく。アーチャーさん二人とランスロットさんに、私を『本物の弓兵だ』と説明していた。

 

「風情とは言わんのかね?」

「オレのマスターだってのもあるけどな、風を感じる奴には言えねぇだろ? オレでも『これは中たる』って見えるからなぁ。姉貴(お姉様の事)と似て来たぜ」

 

 その言葉にランスロットさんは頷き、こっちのアーチャーさんも同意した。ちなみにランスロットさんも弓は上手いし、意外にランサーも上手い。もっと言えばこの二人、どんなエモノを持っても使いこなせる腕がある。なのでランサーもランスロットさんも私の師匠のようなところがあって、今までも色々教わって来たのだった。

 ともあれ全員が揃ってしまうと、ゾウケンくんの懸念事項である間桐慎さんの事を先生から聞き出す事はできない。なので皆んな手持ち無沙汰そうにぼんやりしていた。

 

 

 そんな中のランサーとランスロットさんを、イリヤ姉さんじゃなくミト様が手を引っ張って中庭に出て行った。ミト様はどこかイリヤ姉さんに似ていて、態度や仕草が子供っぽいところがある。いきなりだったからキョトンとするランサー。当然だろう。こんな妙齢の美人が気さくに男性の手を引くのだから。

 

「なんだ? なんか気に障る事でも言ったか?」

「ううん、そうじゃないよ。暇なら使ってって事で」

 

 そう言ってミト様が『エル様』に頼んで宝具から出して頂いたのはバイクだった。それもかなり大型の。

 

「大型ですか?」

 

 と、『エル様』に訊ねる私。この段階で他の人達も『何だ、何だ』と中庭に出て来ていた。

 

『これは普通自動二輪です。実はドイツやスイスは日本とジュネーブ条約を結んでいません。ですので国際免許などの扱いが、結んでいる国と違ってややこしいんですね。大使館かJAFに行って、専門の方にEUの免許の記載事項を日本語に訳した書類を携行しないと無免許扱いになります。そこで迷うのが排気量の問題です。私は日本の大型自動二輪免許を取得していますが、パミやミトはどうなるのかなと』

 

 どうやらミト様とパミ様でお持ちの免許の区分が違うらしい。それをエルヴァさん達にもわかるように『エル様』は英語で解説し始めた。そしてその違いはEUだと、主に年齢と馬力で決まるそうだ。日本の年齢と排気量ではないから、乗れるのか乗れないのか迷う場合があるらしい。それが面倒くさいから『エル様』は、EUも日本もアメリカの免許もお持ちなのだそう。

 滞在期間が空く……つまり未滞在期間が長いと、更新できなかったり免許を失効したりするらしいけれど、そうならないのは人形が使っているからだと仰る。それよりも日本が発行する国際免許って、どこでも使えるんじゃなかったんだ? 私はそっちに驚いた。

 このジュネーブ条約、洋の東西を問わず先進国はほとんど締結しているが、何故かEUのドイツとスイスはそこに入っていないらしい。だから日本語に訳した専用紙を常時携行する必要があるそうだ。アメリカでも英国でもロシアでもオーストラリアでも国際免許は通用する。

 ドイツに近いフランスやイタリアといった主要周辺国でもそうだし、オーストリア、チェコ、スロバキアもそうだ。びっくりするが、シリアやジンバブエなどでも日本の国際免許で運転できる。なのにドイツとスイスはこれに入っていない。これはクルマやバイクが好きな『エル様』には由々しき問題だったろう。だから色々調べられたようだ。

 

『そうなんだよね~。私も聖杯戦争の時に困ったんだよ。日本でクルマに乗ろうと思ったら、日本のドイツ大使館に行って、自分の免許を日本語に訳して貰わないとダメなの。それも専門の人に。だから発行して貰うまでにセラと二人して何回か電車やバスやタクシーで大使館に通ったわ』

 

 思わず皆んなの視線がイリヤ姉さんに集まった。ここで気付くべきは、生前の小さな体で運転免許証を持っていたのかどうかではない。背が低かろうが、その国(この場合はドイツ)で年齢などの条件を満たし、正しく安全に乗れると行政に判断されれば免許は取得できるからだ。

 ちなみに世界一、免許取得に時間とお金が掛かるのは日本だそうだ。そのお陰で日本人の免許取得者の平均的な運転技術は相当高いらしい。だから万一事故が起きても、お年寄りか若者としか報道されないケースが多いが、その実態は大きな事故だから報道されるのであって、軽微な接触事故まで含むと7割以上がアジア系外国人の場合がほとんどらしい。特に都市圏では。

 それはおいて、私とヴンダーがギョッとしたのは、そのセラさんの気持ちを考えたからだ。そのセラさんは間違いなく、イリヤ姉さんの生前に仕えたセラさんだろうけど、『お嬢様にバスや電車を使わせてしまった』と、相当落ち込まれたのではないだろうか?

 そう思う理由はちゃんとあって、それは免許証も契約に基づいて発行して貰うものだと解釈できるからだ。アインツベルンだから、魔術師だからとかは言わない。イリヤ姉さんがお姉様と特別仲が良いのは、お二人ともこういう部分に拘る人だからだ。そして私の知らない聖杯戦争秘話などをお姉様には話してあるのだと思う。

 

 そんな中で『エル様』は2台、3台とバイクを出されていった。『日本独自の中型自動二輪の名車ですよ』と仰っていた。ズラッと中庭に並んだのは全部で30数台。ミト様やパミ様に乗って欲しいと思ったものを、もっと大量にあるコレクションの中から選りすぐったのだそう。だからこの休暇に向けて整備し直し、全部ナンバープレートを新たに取得したらしい。

 ラインナップは1970年代から2005年の現代までの、名の通ったバイクばかりだそうだ。私は全然知らないけれど、慎二さんや士郎さんは少し興奮気味だから『エル様』の仰る通り有名なものもあるのだろう。古いバイクでも『エル様』が2オーナー目という極上車ばかりだと御本人は仰る。どれもこれも日本でだけの人気で、世界的に見れば大したものじゃないらしい。だからエルヴァさん達は微妙な顔だ。

 

『ハーレーはないのか?』

『今回は日本独特な中間排気量である400ccに拘って用意しましたからね。アメリカでなら、私も883ccと1200ccのスポーツスターに乗っていますよ』

『そうなのか……』

 

 サラッと(ハーレーも)持っていると返されて、エルヴァさんは声が途切れてしまった。『エル様』は本当に『好き者』だから何でも持っているよ。

 

『日本でなら普段これに乗っています』

 

 と、『エル様』が指した塗装の綺麗なバイクは『エル様』がワンオーナーで、日本に来たばかりの頃に手に入れたものらしい。つまり小学生の頃だ。

 

『勿論、正式に免許を取得するまで乗っていませんでしたよ。それまでは少しずつパーツを買って、今のペイントをスケッチしたりして、デザインやアイデアを練っていました』

『じゃ、10年はガレージか宝具に?』

 

 これは私。

 

『ええ。96年式のKAWASAKI ZEPHYR750RS。私の宝物ですよ。それとそっちの青いチェックの02年式YAMAHA XJR400Rは、高校時代に乗っていたものです』

 

 このヤマハは憶えている。これでイリヤ様達と北海道を走ったって聞いていたからね。でも、間近で見ると大きいなぁ。ゼファーって言う750ccと変わらないくらい大きいぞ。

 

『更に、ドンッ!』

 

 はい?

 

『これもゼファーですか?』

『ええ。2002年式、KAWASAKI ZEPHYR1100。このファイアーボールカラーは、2002年の3月から僅か数ヶ月しか出ていなかった色ですよ』

 

 750RSの色違いみたいに見えるけれど、大きさが全然違う。それにかなり重そうだ。こんなのを身長150cm台の女の子が乗るんだからなぁ……。お姉様が『エル様』には負けるというのは、こういうところにあるんだろうね。

 

『これ、何kgですか?』

『250kgは超えているでしょう。クーちゃん?』

『誰がクーちゃんだ!?』

 

 クーちゃんって誰だと思いきやランサーの事だった。そして『エル様』はそのバイクとお椀型ヘルメットをランサーに貸し与えて下さった。ランスロットさんにはくすんだ色にストライプが入った古いバイク(※)とヘルメットだった。なおこのヘルメットが道交法的にどうなるのかは知らない。

 だけど銃器でもピンピンしているのだから、大きなトラックに撥ねられてヘルメットが吹っ飛んで、アスファルトの上を滑っても平気だと思う。

 

※)1973~74年式Z900Super4のZ1Aと仰っていた。色はオレンジタイガーというらしい。72年の最初期型Z1がファイアーボールと言って、ゼファーの色はそれを模したものなのだそうだ。Z1Aはオレンジタイガーの他にイエロータイガーがあり、75年のZ1Bには玉虫ブルーと玉虫マルーンがあったそうだ。そんな自分が生まれる前のバイクの色をよく調べたものだ。

 そしてこのランスロットさんに貸したオレンジタイガーのZ1Aは、欧州版や北米版の軽い瑕が入った車両や放置車両などを5~6台寄せ集めて作ったものなのだそうだ。だから右と左でサイドカバーというところの色合いが少し異なるという。塗り直して揃えると、オリジナルの経年変化で退色した色合いが消えるのでそのままらしい。古いギターと同じなんだね?

 けれど左右を見比べてみると、言われてみればというレベルで、普通は気付かないと思う。一番出来の良かった車両は保管してあって、その次に良かったのがこれらしい。なお中古で売り出せば一番で150万、二番のこれで100万で売れるだろうとの事だった(15年後に調べたら、それぞれ800万と580万の値が付いたと聞いた)。

『エル様』は、このZ1というバイクがとても好きらしく、今回の再生計画よりも以前に、アメリカの御親族から大量のバイクやクルマを譲って貰った中や、別口でアメリカや欧州から仕入れた中古バイクにもこのZ1が数台あって全部レストアしたらしい。だからか、日本国内専用のZ2という750cc版は90年代に中古を1台手に入れただけなのだとか。

 この750cc版のZ2は、当時の日本の決まりで750ccが上限だったから、王者『HONDA CB750』への対抗として出たものらしいけれど、やはり本命は海外市場を睨んだ900ccのZ1だったそうだ。なので国内での『Z2神話』は現車に触れた往年のバイク小僧の口コミとマンガなどの媒体で広まった信仰であって、単純に750ccのZ2よりも、900ccのZ1の方が排気量の大きい分トルクもあって操縦しやすいそうだ。

 まぁ、わかりやすく例えるなら、ランスロットさんより、アルさんの方が強いのは自明だろうという話だ。そこに『無窮の武練』があったとしても、神の子というハナからのスペック違いは排気量の差以上に大きいだろうし、アルさんがランスロットさんと似たような鍛錬マニアなところは、もうどうしようもない。

 ともあれ『ゼッツー(Z2)』は日本限定の信仰で、『ズィーワン(Z1)』は北米や欧州も含んだ信仰だ。だから『看板』だけで手に入れると大変な目に遭う確率が高いらしい。更に言えばZ2よりゼファーの750や、Z1よりゼファーの1100の方がもっと乗りやすく、ZRXの1100や1200はそれよりもっと乗りやすいそうだ。

 それはそれぞれのバイクの設計年や製造時期が20年は開いているからと、経年変化による『ヤレ』があるからだ。この『ヤレ』の部分は、中古で手に入れた場合、車検証を見ても整備手帳を見てもわからないものらしい。そこで全部バラして、パーツの一つ一つに『解析』を掛けて、新たに整備手帳から作り直すそうだ。

 それでシリンダー径やピストンの直径に重量、各気筒のコンロッドやクランクシャフトも全部計り直し、手帳に記入してから組み直すという。その後は消耗品や摩耗品を交換するごとに記帳し、デジカメで取った画像も添付して整備手帳をより完全なものにしていく。すると手放す時にかなり高く買い取って貰えるのだそうだ。

 馴染みのショップに行けば、『乗らなくなったら売ってくれ』という『エル様』ファンまで居るという。どんな人だ? まぁ、そんな人だから、気に入れば同じバイクを数台手に入れてしまう。例えばゼファーは750を後2台と1100をもう1台持っていて、よく壊すセローなども常時2~3台はガレージにあるそうだ。

 そして大型免許を取ってからは、普段乗りのバイクはゼファーに固まってしまったと仰っていた。だから今は『TW』も滅多に乗らず、お買い物は軽自動車(ジムニーらしい)か『HONDA SL230』だそうだ。何ですかそれとお聞きすれば、ホンダが出したセローみたいなものだと返された。

 

 だけど後日メールでお姉様に問い合わせたら、『HONDA SL230』に『あれを持っていたのか』と随分驚かれていた。また『エル様』という人はオフロードが大好きで、『SR』のようなトラッドなタイプやフルカウルのバイクも好きな筈だと返事が来た。つまり、何でも好きなんだね。それでこの時のゼファーを撮影してメールに添付していたから、『センス良い』と返信の中でべた褒めだった。

『エル様』のそれは『ZEPHYR 750RS(D1)』が正式名称らしいかれど、そのファイアーボール・パターンのタンクは全体がキャンディアップルレッドで、玉の部分がガンメタだった。それで縁のラインはピンクゴールドのメッキだから挟まれたキャンディアップルレッドが浮いて見えた。それがテールカウルまでそうなっているから、女の子のバイクと一目でわかってカッコ良い。

 ミラーはZ2ミラーのショートタイプで、これも黒でなくピンクゴールドのメッキだ(メーター周りもピンクゴールド)。タンクと色を揃えたテールは社外品でZ2タイプとして市販されているものを塗り替えたらしい。集合管も社外品でモリワキとあるけど、お姉様のメールでは『怪しい』とあった。

と言うのは、『エル様』は自分が聞いて良い音だと思えば『誤魔化す』かららしい。どういう意味かと言うと、音を転移魔術を使って50mくらい後方に飛ばすからだ。そういう礼装をそのメーカー名のステッカーに仕込んで偽装するのだという。そうすると騒音は車検場から外に出てしまうので何ら問題なく通るし、後ろに張り付くクルマも居なくなるそう。なんせ魔術で飛ばす音だから、後ろのクルマの車内で騒音が直接響く。

こんな魔術を日常の中でバンバン使うのが『エル様』の恐ろしいところだとメールの締め括りにあった。また『新車から寝かせていたら、それまで一度も登録していない可能性があるので、リコールがあってもメーカー補償が受けられません。自分で直せ、宝具で保管できる『エル』だからできるのであって、ガレージでホコリが積もるばかりの普通の人に新車登録をすっぽかすなんて真似ができない事ですよ』ともあった。だろうねぇ。

この他にも色々書かれてあって、細々したパーツも色々交換してあり、アクセルやレバー、ペダルなんかも全部入れ換わっているらしい。私はわからないが、キャブレターも『FCR(ケイヒン)』というレーシング用に換えてあるそうだ(これと並んで『TMR』が有名だと書かれてあっても、こっちは知らないよ)。

 この他の細々したパーツも色々換えてあって、アクセルなんかも全部入れ換わっているらしい。私はわからないが、キャブレターも『FCR(ケイヒン)』というレーシング用に換えてあるそうだ(これと並んで『TMR』が有名だと書かれてあっても、こっちは知らないよ)。

『XJR400R』も集合管だったから、そういう音を飛ばす礼装が仕込んであるのだと思う。それとマフラーの上、フォークとの間にやたら大きなガンメタにメッキされたラジエーター?(オイルクーラーらしい)が付いていた。これらも全部自分で交換したそうだから安く上がっているらしいけれど、ショップに頼むと2~300万は掛かるかも知れないとお姉様は指摘していた。

 なお『ZEPHYR 1100(A7)』はホイールをスポークに換えようか迷われているそうだ。と言うのはスポークモデルだと火の玉カラーがなかったらしく、そこが痛恨だと心残りがあるらしい。その点750のスポークモデルは最初からZ2をイメージしていたのか、火の玉のアレンジパターンが様々初期からあったそうだ。そこからインスピレーションを得てのピンクの火の玉だったらしい。

 

『湖畔の騎士は、乗ったバイクをピカピカに出来たり?』

『出来ませんよ。どんな能力ですか。それに宝具化も、私が乗っている間だけですよ』

『そっかぁ……じゃせめて、空冷4発ネイキッドで、水冷インジェクション4発フルカウルをブチ拔きましょう』

 

 なんて言って、『エル様』はランスロットさんをその気にさせようとしていた。だけど結局、ランスロットさんが乗ってこないので、お金を少々渡して『ガソリンを入れて来て』と送り出していた。ちなみにこの二人の英霊は無免許ではない。ここ最近の数ヶ月で二人ともクルマとバイクの免許を取っていた。勿論、スポンサーはエーデルフェルトだ。

 切っ掛けはお姉様とセイバーさん、それとモードレッドさんを見てだそうだから、そう考えると、人はどこで誰にどんな影響を与えているのかわかったものではない。足の長い二人は大きなバイクでも似合う。すんなりと中庭から道路に出して、二人のアーチャーさんをそれぞれ後ろに乗せて何処かへ走っていった。

 それを見て、ミト様もパミ様も漸く『エル様』から借りるバイクが決まったようだ。なのでそれ以外のバイク30数台を『エル様』は宝具に片付け始めた。

 

『どうなってんだ……? あの空間魔術は……?』

 

 お財布の空間拡張魔術しか使わないエルヴァさんが、驚き混じりの声で言った。

 

『出してた時から異常だったよね?』

 

 アントニーさんも呆れ声だった。それを『エル様』が不思議がっていた。

 

『あれ? あなた方は先生からどのような情報を? アルトゥールの家系ではないのですか?』

『いや、オレもアントニーもアメリカ人だから、ブルーノの家系でジイさんから数えて四~五世代ほど後だ。それとアーデルハイドとイリヤスフィールは、オーストラリアのカールの養女になっている』

『カールお義兄様の? そういう世界なんだ……?』

 

 今度は『エル様』が驚いていた。

 

『お義兄様?』

『ええ。私はエルンスト・ラインハルト・ハーウェイ(エーベルハルト・フォン・アインツベルン/お祖父様の事)の養女で、第11代アインツベルン総裁です。なのでアルトゥール、ブルーノ、カールのラインハルト三兄弟は私にとっての義兄となります』

 

 ここで再びエルヴァさんとアントニーさんが驚き、続いて説明を受けた慎二さんと士郎さんも驚いていた。

 

『マジで総裁だったのか!? 冗談だろうと思っていたら……』

『それも、養子とは言え本家のお姫様だよ……?』

 

 だけど『エル様』はそんな肩書きよりも、カール様の養子になったという、アーデルハイド様とイリヤスフィール様が気になるようだった。その好奇心をグッと沈められてお話を宝具『ラインの黄金』へと戻された。

 

『つまりあなた方はアルトゥールお義兄様が遺された『ラインの黄金』という魔術を知らないという事ですか?』

『知らない。なぁ、アントニー?』

『うん。僕も知らないよ。それこそ知っているのは本家の偉い人だけなんじゃ……?』

 

 それを聞いて『エル様』は顎に人差し指を当てて、暫し熟考された。

 

『もしかして、五大老の家を言えなかったり?』

 

 エルヴァさんが『言えない』と白状した。

 

『ラインハルト、ラファエル、ガーブリエール、ミヒェル、アーベルというミドルネームを当主が代々受け継ぐ家を指します。お祖父様の本名がエルンスト・ラインハルト・ハーウェイでしょう? 私もお祖父様が隠れられれば、エルヴァ・ハーウェイからエルヴァ・ラインハルト・ハーウェイとミドルネームを継承します。この五大老がアインツベルンという魔術師一族の未来を決め、もう一方の経済一門であるハーウェイの未来を決める訳です。私もその一門に属していますので、スイスでの本名はエルヴァ・ハーウェイです。魔術師としての名はエルヴァ・フォン・アインツベルンですよ』

 

 それを聞いてエルヴァさんが、『オレの名はそっちだけだ』と言った。ちなみに慎二さんはハーウェイという存在に大変興味を示していた。何故なら『魔術師でなく、アインツベルン家でなくとも、才能があり稼げる人なら一門に迎えられる場合がある』と『エル様』がハーウェイを説明する際に仰ったからだ。

 

『それとエルヴァさん。あなたが召喚した、遠いご先祖様であるキャスターは、中央高原からバビロニアに流れ着いたアーベル家に魔術を残された方です。勿論直接でなく弟子の弟子のそのまた弟子の世代です。ですがアインツベルンの本家は、第三魔法の門を開いた私の方のラインハルト家と言われますが、魔術師としての始祖はアーベル家とも言われています。転生は魂が行うものなので家系で考えても仕方ありませんが、あなたも私もキャスターと繋がって居るのは間違いありません。ましてあなたはご自身が思う以上に彼女からの加護を受けています。ですので誇りを持って下さい。ちなみにユスティーツァ様を設計・鋳造し、その補佐となる生体計算機(コンピューター)を鋳造したのもラインハルト系のご先祖様です。その計算機の名がユーブスタクハイトですよ』

『それって、イリヤを苦しめたアハトって奴だよな?!』

『そうです。デフラグしないからどんどんとゴミが溜まってしまって。第三魔法の再現と、聖杯戦争以外頭に入らなくなった欠陥品です』

『じゃ……あんたも元はユーブスタクハイトの家の出身だったのか?』

『はい。実母と実父の受精卵を分割した一つが私で、母体に戻された分割受精卵が姉のイリヤスフィールですね。ただし私にアーデルハイドという名の姉妹は居ません。ここの世界ではドイツにアーデルハイドとエルヴァが居るそうですがどうも私の調べた限り、そのエルヴァは私とは異なる分割受精卵のようです。ですがあなたは、間違いなく私の並行世界存在ですね。で、この差は何かと言いますと、ズバリ養子先の差です。でも……あなたは幸せそうにしか見えません。どうせ世界が異なるのですし、知りたい事は全部隠さず話しますから、この期間を有効に使いましょうよ』

『助かる。ありがとう』

 

 ここでのエルヴァ様はスイスにいらっしゃる。その方とはここのイリヤさんや士郎さん、お姉様に姉さんを交えて私も逢っていた。けれど『エル様』は私ではないと仰った。むしろアーデルハイド様の考え方や計画の建て方がご自分に近いとも。『エル様』は知らない間に色々調べていたようだ。

 だけどその当時、エルヴァ様にお逢いしたお姉様は、『彼女は私だ』と言ったのだ。その事を『エル様』に話すと、『ほぅ……47番が主人格になっている世界な訳ですか』と仰った。この意味は、独自に研究されて育て上げて来た分割思考ごとに持たせた自我や意識が、実は『エル様』のバリエーションだったからだ。

 これはお姉様も認めていて、確かにお姉様は『エル様』の記憶をある程度継承するバリエーションでしかない。当初はそれでかなり混乱されたそうだし、アイデンティティで悩まれたりもしたという。だけど漂流から暫く経ち、捜索に来た『エル様』とお逢いしたら『47番のエルヴァ』だと納得できたそうだ。

 またこの時に異なる名前を自称していれば、それが自分という個性が創った新たな名として通ったのに、『エル様』と同じ『エルヴァ』で通してしまったのは、元来の生真面目さとセイバーさんにそう名乗ってしまったからだ。しかもお姉様は、愛称の『エル』と呼んで欲しいと言ってしまっていた。

 そうとなればお姉様そっくりなエルヴァ様が居たとしてもおかしくはない。きっと無限にある並行世界の中には、ミト様やパミ様にそっくりなエルヴァ様も居るのだろう(このお二人もお姉様と同じく『エル様』のバリエーションだ。だからトロイカ体制で会社が上手く回るのだと思う)。

 なお『エル様』はそこから百貌のハサンについての考察を話して下さった。きっと並行世界ごとにハサンの座は歴代当主の分もセットで作られている筈だと仰ったのだ。つまり聖杯戦争が始まった第一次や第二次の頃に、ハサンの座が特定され魔術で何かをした。だからアサシンを召喚すると歴代の『誰か』となり、百貌は誰が教主かわからなくなるのではないかという話だった。

 要は聖杯戦争が起こる世界のアインツベルンかマキリが、ハサンの座を次々と固定するから、ハサン達は座も統合されていく。すると初代や18代までは統合によって、より濃厚になり強靭になるだけだろうけど、そんな統合で一番被害を被るのが19代の『百貌』となるのは明白だ。つまり並行世界ごとに主人格が異なるのだ。それが『教主を拝命した時の主人格は誰だった?』の答えが出ない原因なのではないかとお話して下さった。

 幸い私の二人いるハサンは、どちらのイマーム(教団の指導者。ハサンの中の一番偉い人という意味でなく、クルアーン(コーラン)の教師という意味)は同一人物だ。きっと『エル様』のハサンは、そこがバラバラで大変だったのだろう。それでも全員の統制と忠節心は疑うべくもないのだから、マスターとして最高な人なのだろう。

 

『キャスターが裏技で百貌とは異なるハサンを召喚していたそうですから、彼女も切れ者ですね? だって彼女自身は並行世界のメディアが参加する第五次に関するデータは持っていないのですよ? 例え転生した私やエルヴァを追えても、そこまで深く視えるものなのでしょうか? となれば、彼女も神の血を引く者だった、即ちギルガメッシュ王の娘だったという話の信憑性が高まりますね?』

 

 と、他人事のように仰っていた(事実、他人事なのだろう)。だというのにエルヴァさんは今もキャスターを思っているようだ。そこが男性と女性の違いだろうか?

 

『それはそうでしょう。人に仕えるために鋳造されたホムンクルスは、基本中性的で性差に鈍く、性の垣根が低いものですが、本来の人の遺伝子は、狩りに出る男性と家族を守る女性とに二分されます。ですので、食わせてくれない男性は見限られ、より多くの食料を提供でき、子孫を育てる環境が提供できる男性に移って行くものです。身も蓋もないですが、私達人間の本質は、恋も愛も食べていけるかどうかです。だから前の男は思い出という名のゴミ箱にポポイのポイです。ですが男性は一度築きつつあったものが棄てられません。それは逃した獲物への執着心が無ければ、次の狩りへのモチベーションに繋がらないのと、男性が特に失敗から学ぶ生き物だからです。彼も頭では理解していますよ。ですが、遺伝子に刻まれた本能は、キャスターという人が素晴らしければ素晴らしいほど忘れられない人となって行きます。まぁ、それを糧に30代頃にシブい男になっていたら良いのではないでしょうか? 良い友人にも恵まれて居ますし、養子なのに家族との絆や愛情も深い。なので彼なら、そうなりそうな気がしますけどね』

 

 との事だった。これは私にも理解しやすい話だった。

 

『まぁ、しかし。DNA解析して自分が男だったらという男性器を造ってみたら、やたらデカチンだったので驚きましたが、その理由がわかりました。吉川君はどうなのでしょうね?』

 

 はい?

 

『どういう意味ですか?』

『あれ? 知らない? エルヴァの純血を頂いたのは私ですよ? その彼と同じデカチンで』

 

 この時、私は自らの造物主に初めて殺意を懐いた。その倫敦の夜の事を私はお姉様から聞いていなかったのだ。理由を知れば納得できる部分はあるし、お姉様が私に黙っていたのも仕方ないと思える。だけどまさかお姉様が非処女だったとは……。しかもお姉様が堅い理由は、その経験があり、吉川先輩に後ろめたいからだともわかってしまった。

 しかもこの事を私達の凛さんは知っていたのにも関わらず、今まで黙ってくれている事も判明した(ありがとう、凛さん!)。なんて爆弾を投げ込んで来るのだ、『エル様』は。そしてこうも言われた。

 

『あまり褒められた行為ではありませんが、造物主への執着が強いホムンクルスは、知り合いの男性に抱かせるという手もあります。つまり転嫁なのですが、そうやって親族に嫁いだり妾になったメイドは多いですよ(責任転嫁と、自らの鋳造作をお嫁さんに斡旋するという意味での転嫁と掛かっているところに注意)。だからエルマ。あなたの事もトロンメルの事も私は案じています。二人のエルヴァが無理なら私を頼りなさい。正直、『現象』に結界を張られた今は難しいですが、来年か再来年には何とかなるでしょう。慎二さんと慎ちゃんは違います。杖になったゾウケンの影響かな? 彼、良いじゃないですか』

 

 なんて言われてしまった。それがこの日の夜の事だった。

 

 

 それはともかく、『エル様』と言えば『パランパラパラッ』っていう排気音のバイクか(YAMAHA R1-Z)、お姉様と同じ『TW』というイメージの方が私は強いから、今片付けておられた『中型4気筒』というのにあまりピンと来なかった。確か『エル様』のは2001年か2002年の黄色(レディッシュ・イエロー・カクテル)で、スポークやリムがシルバーだった。

 それでお姉様の『TW』は2004年のオレンジ(ビビッド・オレンジ・メタリック)で、スポークやリムが真っ黒だった。今はほとんどランサーしか乗らず、たまにランスロットさんが『何とか山荘』という新都のアウトドア・ショップにまで走る程度だった。お姉様もそうやって乗って貰える方が嬉しいそうだ。

 それと鹿? の絵がタンクに描かれたのをよく乗ってらした(YAMAHA SEROW225)。お姉様もその鹿のバイクとカワサキの何だっけ? ともかくそれは良いと仰っていた(KLX250/D-TRACKERの事。私はKLX250SRという赤いバイクもお預かりしている。なおアメリカのお姉様は『KAWASAKI Super Sherpa』というバイクをお持ちで、後に『YAMAHA XT250(セローの250cc版で、この250から北米に輸出され始めた)』というのを買い足している)。学園に入ったばかりの高1だった私はスクーターから始めて、高2になったらその『TW』か『鹿』に乗ろうと思っていたのに、何故か高2になった今の私は自転車だ。ホント、人の愉悦のカタチは様々だ。そんなものかも知れないね。

 

『なぁ、君って超一流の魔術師で大金持ちなんだろう?』

 

 慎二さんだ。声が震えてるぞ?

 

『?』

『なのに暴走族なの?』

『はい? 誰が暴走族ですか。単なるバイク好きなだけですよ。気の合う人とツーリングに行ったりするだけで、集団で迷惑走行したり、騒音を撒き散らしたりしません。それにバトルならバイクじゃなくてクルマです。峠はバイクよりクルマの方が速いですから』

 

 このバトルは色んな意味が含まれていそうだ。しかも『エル様』なら絡んでくる相手を『撃ち』そうだし、相手を『掌握』するだろう。総長が親衛隊長にボコられ、特攻隊長にバイクで撥ねられるという訳のわからない映像も撮ってから、記憶を奪って開放だろうか。

 

『走り屋だったのか……』

『それも高校入学で引退しました』

『はぁ!? いつから走ってたんだよ……?』

『中2から中3までの約2年間。それも自分で手を入れたクルマの性能テストです EG6っていう型のシビックですが、知ってます?』

 

 慎二さんと士郎さんが驚きながら『知らない』とばかりに首を振っていた。お姉様が『素敵』と言っていた黒いのだよなぁ……。先生のシロウさんが、美遊ちゃんの士郎さんにレクチャーしたっていう。それで何かの話が纏まって赤い『MR-S』をお姉様が譲られて、私が預かるようになったんだっけ?……私もそこは曖昧だ。

 

『バイクやクルマに限らず、建機やバス、トラックなどが操縦できれば緊急時に人様の役に立つのは間違いありません。ですので私は3歳頃から子供向けのオフロードバイクに乗っていましたよ。そんなオフロードバイクを宝具に入れていれば、土砂崩れや崖崩れ、山火事が起きた電波の届かない山奥でも、他者を呼びに走れます』

 

 こう聞いて興味を示さない衛宮士郎という人間は居ないだろうし、エルヴァさんにアントニーさん、慎二さんにアストルフォさんも『エル様』の言葉に頷いていた。だってエルヴァさん達がお住まいのカリフォルニアは、山火事が多いところで有名なのだ。それに慎二さんや士郎さんがお住まいのシカゴにしたって、一番便利でお手軽な移動手段はバイクだろう。

 だからアメリカのお姉様も、行きや帰りに荷物を持つ必要のない場合はバイクで移動する事が多いという。ちなみにお姉様がお住まいのハンティントンビーチという街は、海の近くでサーフィンのメッカでもある。そんなだからスケートボードの専用パークも近場にあり、アウトドアのスポーツ・アクティビティを行う場所に事欠かないのだそうだ。クルマは必須だけれどお買い物にも便利だし、そこまで高級住宅地でもないから住むには良いところなのだとメールにあった。

 そしてエルヴァさんとアントニーさん、アストルフォさんが共同でお住まいのアパート(マンションだけれど、1階がガレージで2階が玄関と屋根裏付きの家となる長屋形式らしい)も、お姉様と同じハンティントンビーチにあり、テキサスっ子だったお二人もアストルフォさんやクロエさんとともにサーフィンを楽しんでおられるようだった。

 なお、お二人がお館様の別荘でなく、賃貸のアパート住まいなのは一族の末端だからだ。なので『エル様』がテキサスの義甥や義姪だといって出す名前が、エルヴァさん達にとっての大伯父や大叔母かその上の世代になってしまう。それで『エル様』は考え込んでしまわれた。

 そんな雰囲気を壊そうと、エルヴァさんが『エル様』に声を掛けた。

 

『ハーレーとは言わないけど、何かオレにも扱えそうなバイクはないか?』

 

 それで『エル様』は宝具の中を漁って、とあるバイクを出して来た。それが2004年の青い『KAWASAKI D-TRACKER』と、同年の黄色い『YAMAHA TRICKER』だった。名称や年式は『エル様』がそう説明したからわかったものだ。何でも日本国内を法規に則って乗るなら『D-TRACKER』が最速で、ご近所をちょいと走るなら『TRICKER』が一番便利らしい。

 どちらも軽く、とことん遊べると仰る。そして『D-TRACKER』はよほどのところに行かないなら、アメリカであっても楽しめ、『TRICKER』は農道や林道までが舗装路の多い今の日本にはピッタリだとも仰っていた。オフロード性能が物足りないなら、『KLX250』か、保安装備のないモトクロッサーやエンデューロ(WR250Fが良いと言っていた)を手に入れるべきだとも。

 ただしどちらも荷物が載らないので、空間操作の魔術は必須だそうだ。まぁそうだろうね。これにはエルヴァさんもアントニーさんも頷いていた。それから『エル様』は『D-TRACKER』と『TRICKER』を一度仕舞い、遠坂の敷地から出て、路上にワンボックスのクルマを出した。タウンエースだっけ? ハイエースだっけ?

 ともかくそれにエルヴァさんにアントニーさん、慎二さん、士郎さん、クロエさんの5人を乗せて、展望台を越えた雑木林の脇にクルマを停められた。ミト様とパミ様は、それぞれが選ばれたバイクでの自走だ。パミ様は『エル様』の青い『XJR400R』で、ミト様は濃い緑色の『HONDA CB400 FOUR(NC36)』だった。

 この緑色(キャンディオーシャングリーン)のバイクは、『エル様』が小学生の4年生頃に買って寝かせていたものらしい。その理由はこれが出た当時にマアエモさんがイタリアンレッドを手に入れられ乗っており、それに憧れたかららしい。だけど水冷だったために『XJR400R』を買ったそうだ。

 これとルオン様に贈られたという『SUZUKI SV400S』と『KAWASAKI ZRX400-Ⅱ』はかなりお好きなようで、先程の厳選コレクションの中にも入っていた。だけど欧州ではフルカウルに乗ってサーキットで走るような人だから、あの厳選は『ザ・日本の中型バイク』をパミ様やミト様に楽しんで頂く積もりだったのがわかる。

 だからなのか、水冷だとか4気筒だからとか、往年の名車だからとか関係なしで言うと、一番速い中型は『SUZUKI SV400S』であり、誰にでも薦められる中型は『HONDA CB400 SUPER FOUR』だときっぱり仰っていた。そして『エル様』は、その停車したワンボックスの陰で『TRICKER』を出された。道路側から見る人に『どこからバイクを出した?』と思わせないためだ。魔術の秘匿は外せない基本だよ。

 

 それで『エル様』はヘルメットをかぶってバイクに跨るや否や、僅か2mほどの距離で後輪をガバッと浮かして(ジャックナイフ)、今度は後輪が落ちる勢いを利用して180度クルッと廻った。そこから急加速で前進して前輪を浮かし(ウイリー)、この空き地と林の境となる60cmくらいの段差をひょいと乗り越えて行った。

 

『いや、上手いなアイツ。バイク好きを自称するだけはある』

『だよね、エルヴァ。彼女、君とどこが似ているんだろうと思っていたけど、これは納得だ』

『女の子だからだなぁ。自分の非力さがわかっているから、荷重移動とスプリングやアクセルの使い方がめっちゃ繊細で上手いんだ。ありゃ相当練習を重ねているぞ。あれ見ろよ。エンジンの回転を上げておくためだろうけど、クラッチの切り方がヤバい。こりゃ、舐めて掛かったらオレの『DR-Z400S(※)』でも負けるシーン続出だな?』

『うん。軽く見ただけでわかるよ。僕は勝てる気がしないね。ライダーのマスターとしてお恥ずかしい限りだけど』

 

 エルヴァさんとアントニーさんの会話だけれど、どうやらこの二人もオフロードバイクに乗っているようだ。今はカリフォルニアのハンティントンビーチらしいけれど、時計塔に行く前はテキサスだったと聞いている。となるとバイクなのかな? 何とんなく馬に乗りそうなイメージだったけれど……。

 

『二人も上手だけれど、確かにあの子は上手だね』

 

 というアストルフォさんの言葉に、エルヴァさんやアントニーさんのみならず、ミト様にパミ様、慎二さんに士郎さんも頷いていた。

 

※)『エル様』曰く、身近ではルオン様以外乗っていない、40馬力も出る水冷のオバケマシーンだそうだ。だけど性能はピカイチで、ハマる人にはハマる優れたバイクらしい。ただしレースの世界での400ccクラスが、レギュレーションの変更で450ccになったのと、そこまで数が出ないのかメーカーの注力が尻すぼみ的なところが気になるそうだ。だけど昨年(2004年)の12月に出た、『DR-Z400SM(スーパーモタード)』は『KAWASAKI D-TRACKER』と同じく『遊べる』バイクだと教えて下さった。

 またオフロードは基本単気筒エンジンなのでキャブレターも1発だから、自分で直したり調整したい人が整備を覚えるのにも向いているという。

 

 その後皆さん、『TRICKER』を交代で楽しまれたのだけど、慎二さんに2回、士郎さんに3回コケられ結構大きな瑕が入ってしまった。けれど『エル様』はずっと笑顔を絶やさなかった。そういうコケてナンボのバイクだからだそうだ。

 

「何より私が一番上手いとハッキリしましたからね。『自分には負けられない』、そうでしょう? 士郎さん?」

 

 どうしてここでいきなり日本語なのだ? そもそもそのセリフは誰に向けて言ったのだ? エルヴァさんへの皮肉でも士郎さんへの皮肉でもない。だけどここにお兄さんのアーチャーさんは居ない。つまりはそういう事なのだろう。そうして一通り遊んだ私達は、4時頃に遠坂の家に戻ったのだった。

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