※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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113、冬木の日々 14

 遠坂の家に戻った私達はリビング組とダイニング組に自然とわかれていた。大雑把に言うとエルヴァ組がクロエさんや先生と合流してリビング、その他のヴンダーやイリヤ姉さんにルヴィアさんや凛さんといった、お留守番だった女の子がお茶目当てでダイニングに固まっているという感じだ。

 でも何故か『エル様』はリビングで、長椅子の真ん中に座るエルヴァさんの左隣だった。勿論右隣はクロエさんだ。

 

『ほぅ……。アインツベルンを名乗る鋳造物が、よもや第11代アインツベルン総裁であるこの私に対抗するとは。大きく出たな?』

 

 クロエさんは涙目だったけど、エルヴァさんの腕を掴んで『エル様』をキッと睨んでいた。ダイニングとリビングの間は扉も仕切りもないから、声も姿も丸聞こえの丸見えなのだ。だけど『エル様』の目は笑っていて、アインツベルンの『絶対命令』が通らないクロエさん独自のアイデンティティに感心されているようだった。

 つまりこれはどの家のアインツベルン製ホムンクルスとも、クロエさんは異なる方法で鋳造されているという意味になる。工房でなく、エルヴァさんの自宅のベッドの上で鋳造されたというクロエさん。だから人でなく犬の魂が入ったのではないかとアダムに言われて落ち込んだ時もあったという。

 そんなお話を聞いたり話し合ううちに私とクロエさんは仲良くなれたのだけど、それでもクロエさんがリビングなのは、マスターのエルヴァさんが気になるからだけでなく、あちらの男性陣が『エル様』とともにバイク談義に花を咲かせていたからだ。その姿を見ていて、『クロエさんはエルヴァさんの後ろに何度か乗っているんだな』と思った。

 

『俺には何が合うと思う?』

 

 士郎さんだ。それに『エル様』が答える。

 

『アメリカってトライアルがあまり人気ないですよね? それに公道が走れて、ある程度万能に使いたいだろうし。もし手に入るなら『YAMAHA XT225(SEROW)』がお薦めですが(※)、公道走行や遊びは手に入りやすい『YAMAHA TW200』などで走って、本格的なオフロードの練習には『HONDA XR/XLR』や『YAMAHA YZ』、『SUZUKI RM』『KAWASAKI KX/KLX』などの競技車両、それの125ccクラスで腕を磨くのも良いと思います。そして走って走って走り込む。1日28時間、1週間に10日は走る気持ちで走らないと。それでコカして壊し、自分で直して修理の腕も上げて行く。それこそが生きた知識であり、活かせる知識でもあります。修理や調整がお料理と同じくらい楽しくなれば勝ったも同然ですよ』

 

※)セローの250が北米で出回るのは2008年のFI化(JBK-DG17J)以降からだけど、どうもエルヴァさん達の世界は現在2008年だと、『エル様』は見抜いていたみたい。勿論、エルヴァさんも慎二さんもそれは言わないでいる。きっと先生からキツく口止めされているからだろう。でもこの時『エル様』が頭に浮かべていたのは間違いなくキャブの250であり、225だったと思う。キャブだから自分で燃調などが合わせられるのだ。これはお姉様も同じで、単気筒のバイクはキャブ車に拘っていらした。だけどそれはジェットの交換や調整が愉しいと思える人だからで、普通は面倒くさいものだろう。もしお姉様が倫敦で手に入れられたFAのロードスターをキャブに換えていたら、それは本物だと私でも思う。だけどそうはならなかったのだから、『弄れる範囲は自分で調整する』という人だったのだと今はわかる。

 

 それと『エル様』は整備手帳を必ず付ける事と、デジカメでの撮影も薦めていた。それでエクスカリバーを投影し、こう言ってのけた。

 

『色々な角度から撮影し、その画像をデスクトップにしたりポスターに印刷したりして、毎日穴が空くほど見ていれば、こういう事もできるようになります。頭の中に設計図を思い浮かべると、脳の記憶野が足りなくなって学校や仕事の成績が落ちたりします。活用できるものはどんどん利用しましょう』

 

 士郎さんだけでなく、あちらのアーチャーさんもショックを受けていた。なお、こちらのアーチャーさんは、ルヴィアさん達と献立を決め、現在お買い物中だった。荷物が多いなら手伝ってあげてとアサシンに念話で連絡済みだ。またランサーとランスロットさんは、そのままどこかへ走りに行ってしまって、まだ帰っていなかった。

 

『ゼファーの400には乗らなかったの?』

 

 これは慎二さん。90年代にゼファーの400が流行っていたのを強く憶えているらしい。

 

『免許がなくても先に750を手に入れていましたし、それに乗る事を目標にしていましたから、400には最初から興味がありませんでした。400なら『ZXR-Ⅱ』の方がカッコ良いです。『XJR400R』にしたのは、魔術で燃費を稼げと先生から課題が出たからですよ。まぁ、お陰様で、魔術基盤のないデッドスポットでどうするのかなどなど色々学べました。それと1番大きな理由は、ゼファーの400って『χ』の少し前まで前後異径ホイールだったんですよ。これが1100のような大きなものなら理解できますが、どうして400がってそこが気になって。ちなみに750はずっと前後17インチです』

『違うんだ?』

『違うんですよ。これが昔からあったトラディショナルなデザインのバイクやアメリカンタイプならわかりますが、時代も下ったゼファーでとなると、ちょっとねぇ……。XJRもCB400SFも『χ』も全部前後17インチですよ。それでやっぱり、無印ゼファー(2バルブ)よりも、4バルブの『χ』の方が、アクセルワークも簡単で乗りやすいです。ただ、これも私がゼファーを旧車ルックな現代車だと捉えているからで、リバイバルした70年代や80年代のバイクと捉えるなら話は異なって来ます。まぁ、ジオメトリーを旧車風にしましたならまだしも、ブレーキまで旧車風にしてしまうのはどうかなと個人的には思いますが』

『そっかぁ……』

 

 慎二さんもそれで納得されたようだ。なおブレーキとはドラムブレーキの事らしく、『見た目の味は確かにあるけれど、制動装置としてはどうなのか』と、疑問なのだそうだ。だからコレクションされている『SR』にはドラムもあるけれど、カスタムして乗るのはもっぱら前輪がディスクで、しかもダブルにしてあるそうだ。そう言えば、ランスロットさんに貸した『Z1』もフロントがダブルだった。

 

『ああ……。よく見ていましたね、エルマ。そうですねぇ。そういうパーツが手に入るなら、私のコレクション外の旧車はフロントをダブルにしてある事が多いですね。『Z1』もそうですが、『CB400FOUR』もそうです』

『70年代の?』

 

 と、またまた慎二さん。この人、思ったよりも詳しい?

 

『はい。いわゆる『ヨンフォア』『フォーイン』です。これも日本だけでなく、アメリカの別荘やドイツの家にも置いていますから、全部で7~8台とそれ以上のパーツがあります』

『じゃ、ほとんど408cc?』

『はい、サイドカバーが赤や紺のタイプです。アメリカにはサイドカバーが黄色の、タンクにラインが入ったのもありますし、ドイツには英国版の赤茶色のタイプも置いています。音だけで遅いですけど、あの排気量で400前後というのは当時としては画期的な精密機械でしたからね。ドイツに置いてあってナンバーを取得している赤は、バックステップを付けて、ハンドルをスワローにして、Z2ショートミラーと当時物のヨシムラの手曲げショート管にしてあります。煩いのでほとんど乗りませんが。それに今なら『CBR600F4i(PC35)』や倒立サスになった『CB600F HORNET(PC36)』の方が好きですし乗りやすいです。速いですしね』

『倒立って事は欧州限定のホーネット600だね。正立だった頃は日本にも600があったようだけど、やっぱり良いんだ?』

『ええ。今どきの水冷四発だなぁと感心しますね。『YAMAHA FZ6-N』もカッコ良いですから、結局両方買っちゃったのですが』

 

 慎二さんは苦笑いした。心の中では『何だ、この金持ちは?』と考えた事だろう。なおこの『FZ6-N』とは、前世紀末の人気車『FZ-S600(空冷のXJ6 Diversionの後継)』の流れを汲むバイクで、端的に言うと『SS』の『R6』のハーフカウルなしストリートモデルだ。ハーフカウル付きは『FZ6-R』といい、西欧ではそちらの方が人気が高いそうだ。

 それは名車『FZ-S600』がハーフカウルだったからで、その高い評価のポイントは、ロングツーリングでの向かい風をハーフカウルが見事に抑えてくれたから。欧州では国を跨いでのツーリングなんて当たり前の事だから、ハーフでも大きなカウルが有った方が好まれるのだ。

 ただ狭くて渋滞の多い日本だと、航続距離も速度域も異なるので、中々人気の出ないデザインなのだそうだ。だけど、西欧では前述の通り大ベストセラーで、『SUZUKI SV600』が人気なのも、ゼファーの派生車『KAWASAKI ZR-7S』が売れたのも、同じようなハーフカウルがあったからとされている。

 そんな訳で、『エル様』やパミ様より設定年齢の高いミト様は『FZS600FAZER』や『FZS1000FAZER』が愛車だし、2002年頃の少し馬力がある『ZR-7S』のキャンディパーシモンレッドをお持ちなのだそうだ(※)。それに感化されて『エル様』もパミ様も2004年(つまり昨年)、『YAMAHA FZ6-R』をお揃いで買ったという。

 

※)ミト様の思う『惜しい1台』に『SUZUKI GSF750』というのがあるそうだ。1996年頃のバイクで、ツアラーとして評価された水冷の『Bandit1250S』のご先祖様、油冷のじゃじゃ馬『GSF1200S/Bandit1200S』の弟分だ。それでこの『GSF750』には何故かメーカー純正ハーフカウル仕様が無かった。もしあったら欧州でもっと売れていただろうとの事だった。

『Inazuma』の前の型でもあるこの油冷時代の750は馬力の余る1200ほどではないにせよ、車重は軽くキャスター角が立ち、すぐにウイリーするバイクだったらしい。そしてそういうじゃじゃ馬を愛する人も一定数居て、『エル様』のもうお一方の乳母であるルオン様がそうだった。だから『エル様』はルオン様を『鈴菌』だの『油臭い』だの親しみを込めてからかっていた。

 そしてイリヤ様はこのルオン様からバイクを教えられたようなものだから、きっちり『SUZUKI党』だった(鈴菌に感染したと表現するそうだ)。そんなイリヤ様の学生時代の愛車が『Inazuma400』で、大型取得後の愛車が『Inazuma1200(逆輸入車)』なのだった。それを手配したのがミト様だったという。

 ちなみにミト様は鈴菌ではないし、『Inazuma』マニアでもない。ただ『Inazuma』が出る前の『GSF750』と『GSF1200』という車種がお好きなだけだ。『Inazuma』後は確かにフレームも変わるし、キャスター角が寝るのでじゃじゃ馬振りが鳴りを潜める。そこがつまらなくなってしまったのだそうだ。

 

 

『まぁ、その反動で『Savage 650』や『SR500』が手放せないんですけどね』

 

 ここは半分ウソ混じりの可能性がある。実はパミ様も『エル様』も身長が153cmだ(ミト様はイリヤ姉さんと変わらない身長で、170cmを越えていると思う)。それで『FZ6-R』のシート高は西欧人男性向けの795mmなのだった。お二人ともシートの中身を削ったり、リンクを介して車高を下げていたり、靴底の厚いブーツを履いたりしていると思うけれど、どうなのだろうか?

 また『エル様』だけ『FZ6-N』もお持ちの可能性も高い。あのバイク、カウルを取るとストリート・ファイターみたいにキマっているのだ。それに魔術で風を固定化して風防にできる。これは並行世界のセイバーが魔術でなくスキルとしてしていた事で、『エル様』やパミ様はアルトリア様のそれを参考に術式を組んだものと思われる。

 ちなみにそのアルトリア様は、2002年製『ZR-7S』のキャンディライトニングブルーをお持ちだ。お姉様が『良いなぁ』と言っていたので間違いない。ただゼファー乗りの『エル様』は、『ZR-7』や『ZR-7S』にあまり興味がないように思われる。シート高は『ZR-7』が800mm、ゼファー750が780mm、1100が795mm、『SR』が790mm、『Savage』は650mmだ。

 そして『XJR400R』はゼファー750と同じ780mmで、『SEROW』は225が810mm、250が830mm、『TW』は200も225も790mmだ。何でも手を出しそうな人だけど、実は結構考えていらっしゃるのだった。なお、刻印ではないけれど調律とは『チューニング』を指す言葉で、改造とは『カスタム』の事を指す。

 この意味はクルマのハンドルの高さや奥行き、シフトレバーの長さやクラッチペダルの踏み代を前後する事もチューニングの範疇に含まれる事を言っている。対するカスタムは、その人の極限状態で出るクセなどを考慮した特殊な改造を指す。つまり三倍操作が速い人に対しては、マグネット・コーティングをするとかだ。

 そして得てして『カスタム』はメカの寿命を縮めて来る。出力を上げればこれは何にでも顕著だ。それが転身ベルトでもバイクでも同じだ。一方、『チューニング』はメカや人体の耐用年数の規定範囲内だ。こういうのは、今現在バイクにもクルマにも乗らない私でもわかる。

 だから、私個人の計画と言うか希望は、ルビーにお姉様並みのバイク操縦技術を学んで貰う事と(原理上可能のはずだ)、ザイード達以外のアサシンにもバイクやクルマに建機が操縦できるようになって欲しい事、それと現代の銃器も扱えるようになって欲しいところだった。

 そしてそれはエルヴァさん達も考えていて、特にエルヴァさんは義弟の士郎さんに思うところがいっぱいあると思う。そこがわかるから、『エル様』はバイクに話を持っていったのだろう。

 

『じゃ、そうだなぁ……中古のホーネットってどう思う? あ、250ccだよ? あれって日本だと中古でも人気があるでしょう?』

 

 慎二さんは日本の枠組で考え、今度はホーネットという人気バイクを例に出した。そこで『エル様』はズズイッと身を乗り出して、指を1本立てられた。

 

『先に言っておきますね。もし私が日本で中古を買うなら、車検制度に引っ掛かる400cc以上、出来れば大型免許がないと乗れない401cc以上から探します。そういう風に自分の中で決めていますから、250cc以下は新車から選ぶようにしています。例えばその排気量なら私は『TW225』や『SEROW225』を持っていますが、これらは全部新車で買ったものです。例外は『SEROWの予備』です。この予備だけは『解析を掛け』、自分の手でエンジンをバラし、フレームの曲がりを見て修正し、パーツを交換して組み直しています。ですので走行距離もメーターが2周くらい廻ったものがあります。ですが、毎回毎回自分で触っているので、私が手に入れるまでより調子は良いです。そこで訊ねますね? まだ新車が手に入る『HORNET 250』にそこまで惚れ込めます? (この質問の意味は裏に『そちらでは絶版なのか?』という意味がある) 私はそこまでバイクに思い入れがなく、知識もない学生が手放したようなバイクは絶対に買わないです。まぁ、どこかの軒下で朽ちて行きそうな『SR』や『SEROW』は交渉次第で買い取る場合もありますが……』

『それはどうして?』

 

 これは私も気になった。

 

『その車種が好きというのもありますが、可哀想じゃないですか。ただ単に惜しいからだけではありませんよ? 錆びて朽ちて行く姿から、もっと走りたいという声が聞こえて来るんですね』

『聞こえて来る……?』

 

 と、今度は士郎さん。

 

『はい。道具の思いや声が聞こえないようでは、以前の持ち主がどういう風に接して来たのかも見えません。『創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現する』ってそういう事ですからね。特に技術や経験の憑依は』

 

 お姉様が弓に対して話していたような事をバイクで例えた……。それで士郎さんを筆頭に皆んなが『へぇ~』と感心していた。ただこの人、この1年数ヶ月後にセローを前後17インチ化(モタード化)した完成試走で、自動車に撥ね飛ばされている。幸いどこも怪我はなかったのだけど、セローがお釈迦になって泣いたそうだ(※)。

 

※)ハブなどはノーマルらしいが、リムは日本製、スポークはスイス製の特注だったと聞いた。要は自分でスポークを組んでバランス取りをしているのだ。当然ハブの中のベアリングもヤマハの純正よりもっと真円度が高く耐久性が高いものに交換してあった。これがハンドル周りもそうだからエラく拘っている。

 またエンジンも2000年台に入ってからの『225WE(BA-DG08J)』用を組み直し、ストリート向けにトルク重視でマフラーの途中にチェンバーを溶接して加工したものだったそうだ。つまりそんなに回転を上げなくても、信号から信号、停止線から停止線の短距離でグッとパワーを感じる性能曲線に持っていったマフラーだったらしい。

 シートもハンドルも前のめりに感じないよう、アンコや幅に角度も計算してあったという。そんなコダワリのバイクを完成させたその日のテスト走行で、マフラーはペチャンコになり、車両はフレームがありえない程歪んでしまって廃車に追い込まれた訳だ……。それは誰だって泣くわ。

 しかも反対車線にある脇道からの、ご老人の一方通行逆走飛び出しだ。よく反対車線のクルマにぶつからなかったものだ。で、降りた保険代は、セローの中古価格のみ。それが出ただけでも見っけもんなのだそうだ。

 それでモタード計画は、その後ヤマハから『XT250X』が出たので立ち消えになったらしい。またセローで作ろうと考えたのは『HONDA XR250 MOTARD』のシート高が想定以上に高かったからと、身近にセローがたくさんあったからだ。そもそもそういうオフ車ベースで、軽くて乗りやすいストリートバイクを作るのは子供の頃から考えていた事だったという。

 だから『SL230(イタリアンレッド)』を最初に見た時は、セローGPS(おんぶセローと同じグラフィック)の実車を見た時と同じくらい『スタイリッシュでカッコ良い』バイクだと一目惚れ状態に陥ったそうだ。それでイタリアンレッドとシンシアグリーンメタリックを5台ずつ一気に買ったという。

 その97年は『エル様』が5年生の時の事で、ブロンコやSRの特別色、最終型ルネッサと、目茶苦茶ヤマハに貢いだらしい。ところがその後の『FTR223』『XL230』『XR230』『CB223S』といった同型エンジンを積んだモデルには一切手を出さなかった。やはり最初の『SL230』に惚れ切っていたからだろう。確かに古い雑誌を見てもスタイルは抜群に良いと思う。マフラーもホーネットのような無理矢理感がないから似合う気がする。私の主観だけどね。

 

 

 ともかく『豪運の持ち主』で『約束された勝利の人生』を歩むような御人でも、衆人の目が多く録画されている可能性が否めない幹線道路では、魔術が使えない訳だ。つまり魔術基盤やマナとは何ら関係ない、現代のデッドスポット────。そこにハマると、いかな『エル様』でも貰い事故が起きてしまう場合があるって事だ。

 お姉様が妊婦さんを助けた駅前の時と同じだろう。ここは魔術師ならよく考えるべき事だと思う。

 

 そんな中でパミ様が『あった、あった、これだよ』と見せてくれたのが、デジカメのモニター画像だった。それがキャンディアップルレッドのタンクとサイドカバーが付いた少し四角っぽいバイクで、少し前の話題に登った『HONDA CB400FOUR』だった。フェンダーの回し者か? キャンディアップルレッドが好きだなぁ……。

 しかもこれも綺麗だった。もしかしたらゼファーの習作だったのかも。と言うのは、タンクのロゴの『HONDA』はガンメタのメッキにシルバーメッキの縁取りで、『SUPER SPORTS』とサイドの『400FOUR』はピンクゴールドだったからだ。ただ、『SUPER SPORTS』の綴りは『SUPER SPORT』が正しいらしく、そこはわざとなのだそうだ。そしてこちらのZ2ミラーはブラックのままだった。

 足回りはスポークでなくキャストホイールに換えられていて、そこもピンクゴールドだった。切削面のシルバーが映えてカッコ良い。また、ヘッド周りに4~5ミリの細い金属パイプが何本も通っている。これは何だろう?

 

『このバイク、空冷じゃなくてほとんど油冷なんだね。だからニュルブルクリンクを連続で走っても熱ダレしないんだよ。実はこれはもう1台あって、そっちはシングルシートにTMR-MJN28キャブ、54.5mmピストンにST-1Mカムなどなどに交換してるあるの。ガスケットも専用の厚いのにしてあって、バルブスプリングも強化してるのかな? 結構手が入っているらしいよ?』

 

 そうパミ様が教えてくれた。これを聞いて慎二さんもパミ様の画像を見に立たれた。

 

『日本やアメリカじゃないのにヨシムラのボアアップキットが入ったヨンフォア……。しかもニュルブルクリンクを走ったなんて……幸せなバイクだなぁ』

 

 と、呟いていた。これも後でわかった事だが、慎二さんのお父さんがこのヨンフォアの赤を持っておられて、今も冬木のガレージに残っているそうだ。それでいつかレストアして乗るか売るかしたいと考えていたそうだ。対する『エル様』が仰るには、その日お館様のポルシェに追い立てられ、丸1周煽られまくったらしい。だけどその後、お館様が『MV Agusta 750S(※)』というレーシング・バイクを貸して下さり、『エル様』もパミ様もミト様も、ニュルブルクリンクを1人1周走ったそうだ。

 

※)この『750S』はレーサーなので『750SS』というのが正解らしい。またそれはイタリアのマーニという人がレーサーに仕上げたものだから、『MV Agusta 750S』と聞くと市販タイプでなくマーニ・タイプを思い浮かべる人がほとんどなのだそうだ。そこは『エル様』も同じらしく、あちらの冬木に置いてある『SR400』は、マーニの『750S』を模したものとなっていた。

 この『SR400』は日本に来られた1995年頃によく走っていた前がドラムブレーキの型(いわゆる2型。細かな分類だと4型)で、91年頃の『3HT3』らしい。それの不動車を鋳造されたばかりのイルマ様が、大きくなった『エル様』に乗って貰おうと作成したものだった。なのでコレクションのために次々と『SR』を買い漁る『エル様』が、ナンバーを取っている僅か2台の内の1台がこの『SR400』だった。

 その後4台くらいに増え、また2台に戻り、2010年頃もこの『3HT3』1台だったという。どうして500で作り直さなかったのか? それはイルマ様への尊敬と言っても良い思いがあるからなのだそうだ。事実エル様は500でフロント・ダブルディスク(ヤマンボ)のカフェレーサーを作ったそうだ。けれど物足らなかったらしく、結局コレクションしてあったSRX600(3SX/※)を出して暫く乗っていたのだそうだ。

 

※)最終型の3SX(600)も3NV(400)も、実際は91年が終息でなく、95~6年まで探せばお店に残っていたらしい。なので『エル様』が下ろした3SX(600)は欧州モデルで、走行距離10数kmだったという。だけど流石に国内物の3SX(600)と3NV(400)は時間凍結して大切に保管してあるそうだ。

 これってどういう事かかと言うと、3SX(600)は最初からセパレートハンドルでオイルクーラーや大型のオイルタンクが付き、トリプルディスクでアルミフレーム、アルミスイングアームだった。しかもセル付きだ。やりたい事をメーカーがしていたのだ。それが理由でカフェレーサーに改造した『SR500』を保管に回したのだった。なので『SR400カフェ』と『SRX600』の2台体制が正しい答えだ。

 なお『エル様』は旧SRX、つまり80年代末期の17インチ化された『SRX-6(2NX)』や『SRX-4(2NY)』の後期型もコレクションされている。だけどこちらは絶対に乗らないらしい。その理由はデザインに惚れたからだ。どうもこの『SRX』は同じ80年代の『SDR(2TV)』と同じ人がデザインしたらしく、『エル様』の琴線にドンピシャだったそうだ。

 似たようなデザインのバイクに95年の『TRX850(4NX)』があって、そちらも欧州モデルの新品を数台保管してあるという。270度クランクがどうとかよりも、このデザインで『SR』を出せなかったのかと今でも思うらしい。また欧州で97年に発売された『SUZUKI XF650 Freewind』という『DR650』のエンジンを流用したモデルがあるそうだが、あれがヤマハのデザインだったらとも思うそうだ。

 この人、大排気量のシングル(単気筒エンジン)がかなり好きらしく、足も届かないのに『SUZUKI DR800S(SR43A/怪鳥)』や『KAWASAKI Tengai(KL650B/天涯/空冷四発がステーキ計画(Z1)で、ビッグシングルオフローダーがロブスター計画だ)』などもコレクションしているそうだ。

 後年『直径10センチの単亀頭ですよ? もう想像だけで赤ちゃんのお部屋が降りて来そう』なんて言ってアーチャーさん(2番目)にチョップを食らっていた。なお頭の中で誤変換したり、勝手な妄想を膨らませているのはアーチャーさんの方だ。ドイツ人の感覚だと『gebärmutter(子宮)』は生殖器官でなく内蔵の一部だからだ。

 

 

 

『あれは楽しかったよ~』

 

 この辺が欧州人だね。知らないにしてもこういうのはイリヤ姉さんもわかるらしく頷いていたし、アメリカ人のエルヴァさんも、フィンランド人のルヴィアさんも頷いていた。けれどアントニーさんは少し微妙な顔だし、士郎さんも凛さんも『何のこっちゃ』という顔だった。

 

『それとこっちの画像がドイツ版の『SR500(48T)』。跨っているのは仕事でドイツに来てくれたイリヤ姉さんだよ』

 

 おお、この画像は確かにイリヤ様だ。しかしバイクが……。どうして錆びた真鍮のような色なのだろう?

 

『色はスチームパンクっぽくしただけだと思うよ。ちょっと見難いけど、デコンプレバーが古い真鍮の蛇口なんだよ。それにこれのナンバーが『HD-SR500』でね。そんなナンバーでも遊ぶところが『エル』だよね~』

 

 なんてパミ様が解説してくれた。その蛇口は画像が小さくてよくわからなかった。ここで小ネタをひとつ。その『SR500』を整備改造したのは『エル様』がドイツで使っている『人形』だと思う。エーテル出力ではない筈だ。そう言える根拠はエーテルであるよりも『人形』に『憑依』して暮らす方がオド(自己生成する魔力)の節約になるからだ。

 ただしその『人形』に使われた『分割思考(分割精神/分割意識)』が、遠隔操作なのか、それとも独立した自意識を持たせてあるのかまでは私にもわからない。けれど、それは肉体的に考えて間違いなく『エル様』御本人ではないはずだ。だから今ここでパミ様やミト様と休暇を楽しんでいる『エル様』が、逆説的にご本人だと言えるのだった。

 何故なら、この方は親しい人と楽しむ場合、決まってそういう事をしないからだ。それに『今アメリカで『SR500』と『KZ1000LTD』をレストアしている』とは言わない筈だからだ(※)。

 

※)きっとそのバイクをレストアしているのはアメリカに置いてある『人形』だろう。そう考えると時差があるので、リアルタイムな遠隔操作は無理がある。となると半自動か全自動となる。そしてこの場合の全自動とは、『意識』の『分割利用』だろうか……?

 78年製の丸ヘッドで、セパハンのドラッガー風に改造すると決めたのはご本人だろうけど、作業は『自動人形』な訳だ。これは私のワルキューレに近い運用方法で、アオレアール様の方法とはまったく異なるものだ。そこがある程度わかって来ると、この『エル様』の本当の恐ろしさが見えて来る。

 ヒントはワルキューレ同士の場合と、アオレアール様の方の方々とは、『個性の差』に大きな開きがあるところだ。正解は表層意識の分割と、魂魄を含めた意識の分割の違いだ。なので安全性は表層意識の分割の方が高い。ワルキューレもそうなのだけど、実は一人や二人死んでも私個人にダメージはない。気分的に辛いだけで。

 だけどアオレアール様の方法の場合だとダメージはかなり大きいだろう。それこそヴンダーやトロンメルを失ったくらい大きいものだと想像できる。しかも魂魄を含めた分割だから、文字通りのダメージが返って来る事だろう。そのリスク回避の方法を『エル様』は、アオレアール様を香港に見送った後に見付けられたのだと思う。

 そしてそれをもっとリスクが減るようにカードに応用したのだと思う。となると今は、カードを使用した場合と同じくらいにリスクの少ない方法を採っている筈だ。そこをアオレアール様に伝えてあれば良いのだけど……。

 なお、このアメリカに輸出されていたSR500SP(3X4)はSPが付くキャストホイールモデルだったらしく、その中には一部リアもディスクブレーキという珍しいモデルもあったようだ。後年ハンティントンビーチのお店をアオレアール様と訪ねられた『エル様』のそれも、リアディスクだったとお姉様からのメールに書かれてあった。それでやっぱりキャンディアップルレッドとピンクゴールドメッキのタンクだったそうだ。

 

 

 

『そっか。そっちの姉ちゃんはバイクに乗るのかぁ……』

 

 エルヴァさんの声に頷く『エル様』だ。

 

『うちはハイディは乗るけど、イリヤがからっきしだからなぁ』

 

 ああ、そういう事か。それよりもそちらでは『結婚話』なんて出て来ないの? それと『エル様』は御自分の婚約者が『間桐慎二』である事をここまで一切口にしていない。また、『ラインの黄金』が宝具を取り込めるところも話されていない。私はそれが気になったのだった。

 

 

 

『In(I'm) Anger……but.』

 

 こんなフレーズがリビングから時々聞こえる。声の主は『エル様』だ。それも決まってエルヴァさんかアントニーさんが話したタイミングでかぶせ気味に続けてだ。するとエルヴァさんもアントニーさんも苦笑する。お二人はかなり自己矯正しているけれど、気を抜くとテキサス訛り(Texan English)が出るのだった。

 といっても言葉の内容はしょせん英語だ。日本の方言とは違って、文法も単語も異なるという事はない。じっくり聞けば、せいぜい『You all』を『Y'all(ヨール)』と縮めて言ったりとかそんな程度だ。とは言え、ヒアリング能力はかなり問われると思う。

 で、『エル様』はお二人がうっかりテキサス訛りを出すと、『In(I'm) Anger……but.』と合いの手のように不思議な英語を入れていた。私はこれがおかしくて、ずっと笑うのを堪えていたのだ。きっとこれの意味がわかるのは、先生と凛さん、私、それとヴンダーだけだ。

 正解は漫才の上方弁。それの有名なフレーズ『怒るで、しかし』だ。つまり『エル様』はお二人に『訛りが出たぞ』と注意を促しているのだ。それを『ま~た、訛っとるやんけ』みたいに表したいから『In(I'm) Anger……but.』となっているのだった。

 

 やがて玄関の扉が開いた。

 

「助かった。悪かったな」

「なんの」

 

 そんな声が聞こえた。お買い物に出ていたアーチャーさんと、私のハサンとの会話だ。私達の方のアーチャーさんは、シカゴでお店を開くもう一人のアーチャーさんと話したい事があったらしく、ランサーやランスロットさんの後ろに霊体化してバイクで出て行き、途中で別れ、話をした後に家に戻ったりお買い物に出たりと別行動だった。

 だからお買い物後に荷物持ちをハサンに頼んであげてと『エル様』にも先生からも念話で知らされていたのでそこは問題ない。びっくりしたのは荷物を受け取りに私とヴンダーが玄関まで迎えに行くと、『ただいま』という声が、間髪入れずにアーチャーさんとハサンの立つ後ろのドアから聞こえて来たからだ。当然それは家主である、この世界の凛さんの声だった。

 咄嗟に霊体化したハサンに釣られて霊体化しそうになったアーチャーさんは、凛さんにニマッと笑われていた。それで私とヴンダーとアーチャーさんとで荷物を持てば、凛さんもいくつかレジ袋を持ってくれた。ちなみにこのレジ袋は、10kgの米袋がすっぽり入る、一番大きないわゆるLLサイズだった。

 1枚でスーパーのカゴ1杯分の商品が入るとされるそのレジ袋が、合計9袋くらいあった。この人数だからなぁ……。これで何日保つのか……。とは言え、玄関に入ってすぐの、たったあれだけの一瞬で状況を理解するこの凛さんの早さは『この人は少し違うな』と思わせるに十分だった。

 そんな大量のレジ袋の中身を既にキッチンで待機している、もう一人のアーチャーさんに品物の名を言いながら私達は手渡していった。すると頭の中でどういう風に冷蔵庫へ詰めるのかを計算していたのだろう、アーチャーさんは見事に全部の食品を冷蔵庫に収めたのだった。これ、やってみるとわかると思うけど、他の人が買ってきた品物を整理しながら納めるってかなり難しいよ?

 お姉様もマルガリータさんもお互いにレパートリーがわかっているし、お買い物に出る前にメニューが大体決まっていて、その情報を交換しているからできる事なのだ。これはアーチャーさんとマルガリータさんでも同じだ。だけど、待機していたもう一人のアーチャーさんも見事にそれをこなした。

 さすが、お店をシカゴで開く人だと私は感心していたのだけど、そこを家主の凛さんが勘違いしていた。

 

「やるわね。やっぱり私のアーチャーね?」

 

 もう一度書く。お買い物に出ていた方が私達のアーチャーさんで、家主の凛さんの元サーヴァントだ。そしてキッチンで待機していたアーチャーさんは慎二さんや士郎さんと、並行世界のシカゴからエルヴァさん達とやって来た、未来の私のサーヴァントだった。

 

「悪いがリン。君の元サーヴァントはあちらだ」

 

 と言われ、面食らっていた。一度契約を切っているから、念話は通じなかったようだ。だからこの確認的な発言に至ったのだろう。その勘違いは理解できるので誰も咎めなかった。だけどそれが転機だったのだろう。家主の凛さんは皆んなの方をぐるりと見回した後にこう言った。

 

「アーチャー? あちらは充実していたようね? 幸せ?」

「……ああ」

「なら、もうあちらで暮らしなさい。あなたのマスター権は放棄する。正式に凛さんやルヴィア……さんに譲るわ」

 

 ルヴィアさんで言い淀んだのは、ここは桜さんを通じて仲が良いからだろう。

 

「良いのか、リン?」

「うん、あんたにも幸せになって欲しいからね。今、それを感じているんでしょう? なら、暖かく送り出すだけだわ」

「ありがとう……」

 

 そうしてアーチャーさんは正式に私達の仲間となった。これも家主の凛さんの好意に拠るものだ。なので凛さんもルヴィアさんもそれぞれが頭を下げお礼を口にした。勿論、私も。それを先生がニコニコしながら見守っていた。この優しさの感じられる割り切りの良さが『遠坂凛』の魅力だとも言えるけれど、この凛さんは先生の場合のシロウさんのような存在が居ないのにも関わらず、イリヤさんや士郎さんと子供の頃から交流を持ち、独自の『遠坂凛像』を作っていた。

 それも先生の影響じゃないかって? 弟子なわけだから確かにその側面は否めないけれど、自ら進んで原付きに乗っている『遠坂凛』は珍しいのではないだろうか? まずスクーター。これが凜様のような2ストの『YAMAHA JOG ZR』などではなく、黒い4ストの『YAMAHA Vino Deluxe』だったのだ。

 凜様は赤い色を好まれる。なのでジョグも赤いのだが、これが服装とよく被る。偏に『エル様』の影響で性能の方を重視したからだとわかる。ところが凛さんは黒いヴィーノを高2になってから選んだ。遅かったのは誕生日の兼ね合いだけど、黒色は明らかに赤が映えるから選んでいる。

 しかもこの方、真っ白な『HONDA BENLY 50S』も持っていた。原付き2台持ちなのだ。これがこの家の広い玄関に鎮座している。それで召喚後に新都へ行かず、スクーターに乗って展望台に上ったのだ。それをしてアーチャーさんは『このリンは違う』と強く思ったらしい。

 また高3になられた今、夏休み中に普通自動二輪にステップアップするべく教習所に予約済みだという。桜さんへの悩みもなく、親は健在なのに干渉される事もないこの人は、宿命なんかにも悩まされない『自由人』だった。なのに『遠坂凛』らしい持ち味は失っていなかった。

 だからアーチャーさんの評価はとても高く、いつかは凛さんにお返しし、サヨナラする日が来ると思っていた。ところが結果はこれだ。『凜』という名でなければ弟子に取らないと公言している先生が、凛さんを弟子に迎えたのは、時臣さんの押しの強さに負けたからでなく、この魅力に早くから気付いて居たからなのではないか? 私はそんな風に思ったのだった。

 

「私とルヴィアの師匠が禾の『凜さん』だから、凛さんの事は何と呼べば良いのかしら?」

 

 と、こちらの凛さん。そこを大魔導師の先生が教えてくれた。この部分を英訳して、慎二さんと士郎さんがエルヴァさん達に伝えていた。

 

「凛やルヴィアから見れば、私は祖母と同じ位置になるから師祖母となるのね。別名、大師匠よ。『魔導師』の前に『大』を付けるのもその意味の方が強いの。だから凛やルヴィアから見たここの凛は、凜が『師姐』となるから『師叔母』が正解かな? まぁ、ややこしいから『姉弟子』で良いんじゃない?」

 

 まぁ、『孫弟子』や『甥弟子/姪弟子』はたまに聞いても、『叔母弟子(伯母弟子)』とは聞かないものねぇ。なら、先生の仰る通り『姉弟子』が正解だろう。だけど先生が書いていたメモを見て少し驚いた。姉弟子の姉は『姐』と書くのが本当らしい。初めて知ったぞ……?

 ここで姐弟子の凛さんが着替えてくると言って、2階の自室に上がっていった。玄関に置いてあった学生鞄はヴンダーがこちらのダイニングにに持って来ていたので、それを凛さんに渡してあげていた。

 

「並行世界ですねぇ。同じ穂群原なのにブラウスが全然違う……」

 

 と、ヴンダーが言った。

 

「あなた、並行世界は初めてだったの?」

「はい、姉さん」

 

 ヴンダーはトロンメルと違って私を時々『姉さん』と呼ぶ。だけどこのヴンダーの驚きはわかる気がする。4月のここはもう合服期間のようで、家主の凛さんは長袖ブラウスにベストという出で立ちだったのだ。そしてそのブラウスの臙脂の縁取りまでは同じだけれど、襟がかなり小振りで、縁取り付きのカッターシャツのように見えるものなのだった。

 対するヴンダーの知る『エル様』が昨年まで着ていたブラウスは、私達の方の穂群原と同じで襟がやたら大きく、特に後ろ襟は丸いカーブを描くものだった。また私達の方だとブラウス側に胸ポケットなんて付いておらず、何とも愛想のないツルンとしたものなのだけど、私やトロンメルも以前着ていたヴンダーと同じブラウスは、胸ポケットこそないが、代わりに胸元の左右に3本ずつのピンタックが入っていた。

 これがベストを着ない少し暑い季節になると可愛いのだ。また夏の半袖ブラウスはオーバーブラウスで、裾をスカートに入れないデザインだ。あれも可愛いのでパフスリーブととともにお気に入りだった。前の制服は、まだクローゼットの奥に掛かっているけれど、あの夏服を着ていけば校則違反だし、どこで改造したのだと先生にツッコまれる事請け合いの怪しさだ。なのでこのままクローゼットの肥やしだろう。

 ともあれ、こういう部分をお姉様が、以前凛さんに『学園内に忍び込む時』の注意点だと話されていた。だから凛さんはご自分のルビーに一度通学中の生徒を見せ、それを元に転身時の衣装の一つとして登録させていた。これが一番賢い方法だろう。何せそれも転身後の衣装には違いないから、潜入中に万一の事があっても怪我をせずに済むからだ。

 

 やがてアーチャーさん達がお料理の下拵えを始めた。私とヴンダーは座っていてくれと言われたので手伝わなかった。と言うか、お二人の体格だとキッチンが無性に狭くなるので、却って邪魔になると諦めたのだ。また、この家にある包丁が気に入らないのか二人して包丁を投影していた。

 それがほぼ同時のタイミングだったのでお互いにニヤリとしていたのだが、それを見て私達の方の凛さんが『キモい』と呟いていた。そんなところへ着替え終えた凛さんが降りて来た。それで先生に目線で合図を送ってから、『エル様』に声を掛けられた。

 今更ながらの事だけど、思うにこのお二人は知己があるのだろう。知り合ったのが最近の事なのか、以前からの事なのかは知らないが。いや、最近だな。以前からのお知り合いなら、お姉様が知らない筈はないからだ。だけど『エル様』とは何度か逢っている気がした。間桐慎繋がりだろうか?

 

『これ、どう思う?』

 

 と、凛さんはリビングの人達に英語で語りかけた。その『これ』とは何部かあるカタログだった。ざっと挙げると『HONDA FTR223』『HONDA HORNET』『SUZUKI VanVan 200』『SUZUKI ST250』『SUZUKI GrassTracker』『YAMAHA TW225』『YAMAHA SR400』『KAWASAKI 250TR』『KAWASAKI ESTRELLA』などなどの脈絡のないバイクばかりだった。

 

『この中で毛色が異なるのは『骨』ですね? それ以外は『ストリート』ですから、赤いトップク(特攻服)は似合いませんね』

『そんなの着ないわよ!』

『冗談ですよ。もっと優雅に』

 

 先生がクスクス笑っている。

 

『真面目に答えるなら、迷っているのは車検のある『SR』とそれ以外の250以下とはどうなのかと、仮に250以下から選ぶのなら何が良いと思うかですか?』

 

『エル様』の返答に、凛さんは『我が意を得たり』とばかりに『そうなのよ』と返していた。

 

『なら、まずは……『FTR223 2.1kgf・m/6,000rpm』『VanVan 200 1.5kgf・m/6500rpm』『ST250 2.1kgf・m/5500rpm』『GrassTracker 2.2kg・m/6000rpm』『TW225 1.75kgf・m/6000rpm』『250TR 1.9kgf・m/6000rpm』『ESTRELLA 2.0kg・m/6000rpm』となりますから、数値だけで見た『乗りやすいバイク』は『FTR223』か『GrassTracker』となります。次に用途で考えた場合、多少の不整地も走るなら『FTR223』『GrassTracker』『250TR』が合いますし、河原や砂地で遊ぶならバルーンタイヤの『VanVan 200』『TW225』が良いでしょう。クラシカルなバイクで旅に出たいなら『ST250』か『ESTRELLA』です。つまりオフ系かロード寄りかさえ決めてしまえば、後はどれを選んでも大差ありません。また、この中で『これはヤメておけ』というのもありません。となると、最後は見た目です。好きになって長く飽きずに乗れるかどうかです。ちなみに私はその中の『TW225』を選んでいて、高1からずっと乗っています。それは400の『SR』と、四気筒の『XJR400R』にも乗っていたからです。そうするとツーリングは『XJR400R』、100から200km圏内なら『SR』、それ以下の距離なら『TW』と使い分けられます。『いや、時々一泊程度の遠出もしてちょこっと道の駅にでも走ってお買い物もしたい』となったら、『SR』で決めてしまっても良いかもしれません。ですが大きな交差点の右折レーン先頭や、上り坂の途中にある交差点でエンストしたら、バイクを押して交差点から退避する勇気も必要になります。慣れれば横断歩道でバイクを押して、下り坂の方に渡って3速でエンジンを掛けるという手も使えます。このちっとも優雅じゃない行為を許容できなければバイクは厳しいですよ?』

 

『エル様』がこう一気に話したら、何か言いたそうだったエルヴァさんにアントニーさん、慎二さんも黙ってしまった。例え『国が違えば交通事情も変わって来る。そうなると選ぶバイクも異なって来る。そこは重々承知だ。それでも選ぶ上での参考にでもなれば』という親切心から発そうとした言葉だったとしても飲み込むしかない。

 そして凛さんは『それでもバイクに乗りたい』と強い目で言い切った。そんな凛さんを見て一番ショックを受けていたのは誰あろう、『姉弟子……』と呟く、私達の方の凛さんだった。

 

『ホーネットはアテ馬で、本命は『SR』でしょう? 『SR』は、『650XS1』や『TX650』『XS650』から脱して、漸く三気筒のナナハンを世に問えた後────つまり『HY戦争』勃発前の静けさの中で、ヤマハが息抜きで出したバイクです。エンジンは鼓動感や躍動感の前に、単気筒でもダートに強い実績あるモノ、それをその当時の『GX400(※)』などの方程式でオンロードのフレームに無理矢理載せたものでしかない。『走るシーラカンス』ではありません。『4速や5速の2000回転以下だと味がある』訳でもありません。フレームのジオメトリーや、タイヤから来る重心感覚が後輪寄りなので、振動と相まってロードインフォメーションに不安が付き纏う、ただただ乗り難く、味も旨味もないクソバイクなのですね。ですが、そのシンプルな構成と、手の入れやすさが受けて寿命を繋ぎ、更には懐古ブームの旗手と持ち上げられ、フロントまでドラムに戻した頃もあった、人工クラシックバイクでもあった訳ですね。ですので、石からインクが垂れてくる魔術ファックスのようなものですから、魔術師向きなバイクとも言えます。刻印を起動した気分で『エイヤッ』と踏み抜くキックペダルも、術式を編むようで愉しいものです。そこが理解でき、『世の中、優雅さよりも形振り構わない、他人の味噌汁に箸を突っ込むような強かさの方が大事だろう』と思えるならこれは十分『アリ』なバイクです。何より『魔法の如く』他に存在しませんからね』

 

※)オイルショックで消えたヨンフォアの後に、雨後の筍のように出た各社の二気筒モデルの中で一番マニアックだったバイク。ホンダが『Hawk Ⅱ』、スズキが『GS400』と『GT380』、カワサキが『Z400』だった時代だ。そんな頃、ヤマハは『RD400』とこの『GX400』を角型タンクのカフェレーサー風な新デザインで出して来た。僅か1年ほどでジャメリカン風になったのはそれほど売れなかったから。『舐めてるのか』という意味で『ナメリカン』とまで言われていたらしい。

 だけどそれはヤマハが悪いのでなく時代が早すぎたからだそうで、180度クランクのバランサーなし二気筒エンジンは、カフェレーサーには合わなかったが、プルバックハンドルと分厚いキングス&クイーンシートは、ジャメリカンではない『新しい日本のスタンダード』を感じさせるものだったらしい。

 そう思えたのはホイールがキャストになる頃、ホンダが『GL500』と『GL400』を出し、ヤマハが『SR500』と『SR400』を出して来たからだ。その新風をぶっ壊して『過去の幻影』に皆んなを引き摺り戻したのが『Z400FX』だったそうだ。これは『エル様』から聞いた話だが、勿論『エル様』の体験ではない。誰を隠そう、間桐鶴野さんの体験談だったのである。

 衛宮切嗣さん(イリヤ様や『エル様』の父親)や遠坂時臣さん(凜様の父親)より5~6歳は年上だった鶴野さんは、超が付くほどの趣味人でコレクターでもあった。70年代の三菱ユニの鉛筆はほぼ全部の種類を保管し、ユニボールやユニリコーダーなるものまでコレクションしているという。

 そんな鶴野さんの影響で、『エル様』はスポークホイールなのにアメリカン・スタイルになった『GX250』と『GX400』を動態保存していた。この上にはDOHCの『GX500』やDOHC三気筒シャフトドライブの『GX750』があったらしいが、そちらには手を出していないらしい。

 その理由はエンジンのデザインにあって、『GX250』と『GX400』のSOHC二気筒が『エル様』にはとても美しく感じられたからだ。確かにヤマハのエンジンは見た目も美しい。そして他社よりアルミが粉を吹きにくいという。それで手直しされて、『取り敢えず』250だけ登録したそうだ。

 すると『SR400』が霞むくらいの振動が襲って来て、ホンの10~20kmも走れば、足が痺れ、手はハンドルを握っていられない程になったそうだ。だけどこのバイク、400も250も同じ寸法同じ装備で、前後ともディスクブレーキだった。250だからと全然手を抜いていないのだ。

 だから不快な周波数の振動だけ取り除き、心地よい振動を残して、ブレーキをもっと強化すれば『今でも使える』と思ったという。なのでカスタムのドナーとして250をもう一台探して、トリプルディスクのアップハンを作った(私が見たのはこちら)。思うにこの方のハサンは、皆さんとんでもないリストを持たされている事だろう。

 いや、もしかしたら、各百貌ごとにギターやらバイクやらクルマやら、専門の担当があったりして……。それはともかく、そのカスタムは腕や足に振動はそう来ないらしいが、100kmほど試走したら途中でセンタースタンドが道路に落っこちたという。

 振動が偏ったからそうなったのか、もともとそういうものなのかは不明だけれど、ともかく落ちたスタンドを後輪が巻き上げ大変な目に遭ったという。だけど、『色んな意味でシビれるバイクです。今も改良されながら売られ続けていれば、『SR』と並ぶ伝説になっていたでしょうに』とまで惜しみつつ仰っていた。

 要は気に入ったのだ。ジャメリカンやナメリカンでなく、日本独自の荒々しさ。『SRが浅間山レースを彷彿させるなら、ジーペケ(GX)はバタバタ(乗合バス?)ですね』と、耕運機みたいなハンドルを握って笑顔満面だった。だけどツーリングに出たら休憩のたびに、各所の増し締めが必須らしい。それはどうなのか? でもかなり楽しいらしいよ。

 また、爽快な四気筒の音はドーパミンの拈出を促すが、この壊れそうな振動もドーパミンをドバドバ出させるので良いと仰る。あれってある種の麻薬中毒なのではないの……?

 

 

 いやぁ……もうこの段階で『絶対に『SR』にしろ』と言っているようなものだ。それを凛さんも感じ取ったのか『ジッ』と『SR』のカタログを見ていた。次に慎二さんが言った。

 

『もしかして、『SR』を持っているの?』

『ええ。日本に移住した後から出た『SR』は400も500も全色新品のままコレクションしています。今もカフェレーサー仕様の『SR400』に良く乗っていますよ』

 

 そうして『エル様』は中庭に遠隔で、そのカフェレーサー仕様の『SR』をポンと出した。これは話に出たイルマ様が制作したという『SR400』ではない。そちらはアルミむき出しのノートン風タンクだった。対するこちらはアグスタ(マーニ)風タンクで、赤い部分がいつものキャンディアップルレッド、青い部分はこれまたフェンダーのレイクプラシッドブルーだった。それで白抜き部分はシルバーメッキで、そこに濃いメタリックグリーンで『Elva Von Einzbern』と描かれてあった。

 このデザインロゴ風の文字は、アウターフォークにも縦で入っていて、サイドカバーには『E.V.E』と会社のイヴのロゴが入っていた。ハンドルはコンチネンタルというバーハンドルでコンドルやスワローといった手前に絞り込むタイプじゃない。

 フロントブレーキはドラムだし、ステップも2型のノーマルそのままだろう。ただところどころ『ヤレ感』がある。これって以前聞いた、1986年7月21日に生産されたという『バースデイ・モデル』なのかも。ダイニングにある窓からは、中庭に佇む『SR』が見えるので、リビング組もこっちの窓に寄って来た。

 

『ホント、どういう魔術だ?』

 

 そうボヤくエルヴァさんの背中を叩き、『エル様』は皆んなが窓の外に釘付けになっている隙きを利用して、『王の財宝』の一部をエルヴァさんに見せた。

 

『お前……本当にエルヴァの生まれ変わりなんだな……。いや、アレを取り込んで我がものにする魔術を子孫に残したのか……?』

『ああ……その発想はありませんでした。そうですね。キャスターが課題として、残してくれたのかも……』

 

 そんなコトはないだろうけど、ともかくお二人がちょっと良いムードになりそうだったから、思わず凝視してしまった。これはクロエさんも同じだ。すると『エル様』が指で『あっち向いてホイ』をして来た。文字通り、『あっちを向いてろ』って意味だ。だけど窓の外のバイクを私越しに見て『あッ』と小声で仰った。

 

 

 

『うむ。普段飛ばすのは、アイツの中での格付けで二流とされるものばかりだ。一流の宝具なんてまず出さんよ。エア(乖離剣)を出さんのも勿体ないからだ。こういうコレクター心理を『エル』はよく見ているな』

 

 アルトリア様のお言葉だ。だから『王の財宝』の並べ順を考えておられる時は、アルトリア様でも声も掛けられないほど真剣なのだそうだ。御本人の御言葉だと、それも『重要な儀式』なのだそうだ。ただアルトリア様が言うには、その真剣さが『エル様』は少々甘いらしい。なので時々大切なものが前にあったりするのだとか。この辺は子供の頃から何でもポンポン買えていたからこその悪い癖だそうで、そこは王様の方が苦労人らしくキッチリしているそうだ。(太子時代に何かあったようだ)

 

 

 

 やっぱり『バースデイ・モデル』は間違えて出してしまったようだ。それで『エル様』は『今のはナシ!』と叫んで、即座に別の『SR』と入れ替えられ、お詫びとばかりこれまた別の『SR』を横に並べて出された。ただし後の方のはサイズがかなり小さい。

 

『あの後で出されたのは何です?』

 

 と、私が聞けば、

 

『オレ、知ってるぜ。あれってブラジル辺りで走っているタイプだろ?』

 

 と、エルヴァさんが答えた。これはエルヴァさんが正しいらしく、『YAMAHA SR250 CLASSIC』という名前のバイクらしい。それも日本にあった249ccの『SR250』の後継ではなく、239ccの新興国向けに開発された独自エンジンを積んだモデルなのだそうだ。それでもこの車種にも結構歴史はあって、元は国内の『SR250』と同じようなアメリカンタイプだったという。それが1997年から現在のクラシック・モデルにチェンジしたらしい。

 さすがは『MD33E型エンジン搭載車(※)』の中から『SL230』を先読みして買った人だ。実は『SL230』だけ5速でなく6速なのだそうだ。90年代末期、テレビドラマのお陰で『TW200』がバカ売れした時があった。その『TW』に対抗すべくホンダが昔の名を復活させて出したのが『FTR223』なのだそうだ。

 つまり先行した『SL230』は、これまた安定して売れていた『SEROW225』への対抗馬だった。これももう一つの『HY戦争』だったらしく、次の2010年代末期に再びバイクの販売戦争が起きるのではないかと『エル様』は話されていた。

 

『あの一部のマニアしか見向きもしなかった冒険バイクが、あんな風に持て囃される時代が来るなんて。4~5年生頃でしたけど良い時代になったと喜びましたよ。ですけどストリートバイクの隆盛とスカチューンがセットで広まったのはどうなのかなと思います』

 

 との事だった。だからこそ『SEROW』並みに遊べる『SL230』が凄いと感じたらしい。それで『SL230』を買い揃えたらしい。この嗅覚とカンは生半可じゃないよね。どんな小学生だと思う。

 

『『SR250 CLASSIC』をカスタムして日本で乗れたら面白いのですが……』

 

 形式認定から受け直す必要があるので、個人輸入でも登録が出来ないのだそうだ。つまり日本だとナンバーが取得出来ないので公道を走れない訳だ。だけどオーストラリアでもアギ・バイク(農業用バイクの事)とともに乗っているらしいし、スペインやチェコで走っているのを見た事があるそうだ。EUでも結構緩い国はあるものなんだね。

 

※)ベンリイCB125S/CD125S/CL125S→バイアルスTL125/TL125K1→XL125S→XL125R(パリダカ)→XL200R→XLR200R→SL230→FTR233と進化と言うか熟成させて来たエンジンなのでかなりタフなのだそうだ。70年代の派生車種にCB125JXがあるから、スポーティに回るエンジンでもある。

 こういう熟成タイプのエンジンに、ボルティやグラトラに積まれたスズキの『J424型エンジン』があるが、そちらもタフなエンジンとして有名だ。イリヤ様がそのグラトラをお持ちだが、それもその後に2バルブ化された『J438型エンジン』でなく、4バルブの『J424型エンジン』だ(4→2バルブとスペックを落としたのは排ガス対策だったらしい)。

 また、『エル様』がこういう熟成エンジンが積まれたバイク全般が好きなのは(MD33E型搭載バイクは『SL230』しか持っていないが、これ以外の搭載バイクへの評価も高い)燃費が良いからというのもある。この2005年頃、レギュラーガソリンの販売価格は概ね1リットル120円台だった。この価格は欧州でもそう変わりなかった。ところが富める国アメリカは、1ガロン(約3.785リットル)で、1ドル以下(95セント~99セント)だったのだ。

 日本のモノ造りの真の凄さは、踏まれても伸びる精神性にある。だけど今の経済格差は度が過ぎていると『エル様』は感じていたらしい。そのしっぺ返しが2007~2009年頃に必ず来ると見てらしたようだ。これは『現象』の事を省いた、数年前に立てた経済予測だったから今はどう転ぶかもっと予測しづらいそうだ。

 

 

 

 時刻は夕方の5時。この季節(4月の中旬)の冬木の日の入りは6時半頃だ。だけどお陽様は遠坂神社側(冬木山)から昇って、柳洞寺側(円蔵山)に沈むから、早くも中庭の半分くらいが影になっていた。だから今のうちだと『エル様』が家主の凛さんを急かした。それがダルレッドメタリックDのSR400(3HTK)だった。

 この赤い色は2005年の2月25日に発売された新色で、ここは今2004年の4月だ。そして凛さんが持っていたカタログは、2004年2月25日に発売されたブルーイッシュホワイトカクテル1という白色が新色として加わった、SR400(3HTJ)のものだったのだ。

 これは『未来を教える』事になり、禁忌に触れるのではないかと怖くなったが、公道に出ず私有地で結界を張っているなら大丈夫なのだそうだ。例えば10年前の第四次聖杯戦争に赴いて、今時分に発売された銃弾を使ったりすれば問題だし、それで人様に怪我を負わせたり殺めたりして運命に干渉すれば、絶対に世界からのペナルティは逃れられないけれど、結界を張った中での持ち込み程度なら何ら問題ないそうだ。

 それに今のこの状況は、3HTKが『同時存在』している訳でもないので、コンクリフトで『消える』事も無いそうだ。お札の場合も、同じナンバーであってもシワの入り方で両方残る場合もあるそうだ。色んな事を調べる人だなぁ。だけどそういう事をマメに調べて、事細かく記録に残す人だから、総裁にまで上り詰められたのだと思う。

 だけどそんな人が家主の凛さんや、『なら私が』とチャレンジした私達の方の凛さんにルヴィアさんが失敗する中、ずっと笑顔で何度も何度もキックのコツを教えていた。現行の3型はドラムの2型やその前の1型よりも掛けやすいという(この後に出たFIの4型はもっと簡単で私でもすんなり掛かった)。なので『頑張れ、頑張れ』と、皆んなして応援した。

 男性陣はエルヴァさんとアントニーさん、アストルフォさんが一発だった。こう見えてアストルフォさんも騎乗スキル持ちだから上手いのだ。慎二さんも士郎さんもコツを掴めば早かった。エンジンが温まって来たのもあるかもしれない。だけどエルヴァさんとアントニーさんはチョークを半分だけ引いたり、デコンプレバーを蹴り抜く瞬間に放したりと小ワザを駆使していたらしく『エル様』が感心してらした。

 

『馬派でなくバイク派だった?』

『いや、どっちも子供の頃から乗っていたからだ。扱い方も見れば大体わかるからな』

 

 エルヴァさんに頷くアントニーさん。初見で知らないものでも扱えるって、これってかなり凄い事なんじゃないの? 屋内に戻ったのは、それから40分ほど過ぎた6時20分頃だった。夕飯はダイニングが女性、リビングが男性とほぼ分かれていたが、座席の関係もあって先生や『エル様』、クロエさんはリビング側だった。

 食事内容は文句なし。タケノコと山菜の炊き込みご飯に、きちんとお出汁を取ったお吸い物、それとサゴシ(狭腰)の竜田揚げに春野菜の煮物だった。サゴシの成魚をサワラ(狭腹)ともいう。つまり春の到来を告げる鰆の別名(地方名)だ。冬木ではこの魚がよく漁れる。

 このサゴシや鯛、メバルなんかが、ほんのひと月前にはよく出ていた。『そろそろカツオね』と私達の凛さんもご自分の包丁のお手入れをしていたのだ。なのに再びの春だ。これで桜なんかが咲いていたら驚きだけど、コデマリやヤマブキはお向かいの玄関前に咲いているし、この家の玄関前には凛さんの趣味なのだろう鉢植えのラベンダーが良い香りを放っていた。

 そしてそれは中庭もそうで、業者に入って貰っているのか、それとも時々訪れるという母親の葵さんが手を入れているのか、とても10代の女の子が一人住まいをしている家には思えないのだった。

 

「ここの遠坂時臣さんは英雄王を召喚していないんですか?」

「そうよ。よくわかったわね」

 

 と、お茶を啜りながら答えてくれた。じゃ、誰だと聞こうとした矢先に返事が来た。

 

「父が召喚したのはエルキドゥだったの。子供の頃に一回逢っただけだけど。静かで優しい人だったわ。後でわかった事だけど、彼がランサーだったので、ここでのロード・エルメロイが喚んだのはアーチャーだった。誰かはわからないけど、ロビン・フッドだったという話も聞いたわね。それでキャスターに入った先生がエルキドゥを説得して聖杯戦争を止めてれたの。その時に間桐とアインツベルンに色々あって、それでイリヤ先輩と知り合ったってワケ」

 

 多分、アハトの城を強襲でもしたのだろう。ただ聖杯の汚染は漏れ、冬木には惨事が起きていると見る。その時までエルキドゥが残っており、先生に協力したのかも知れない。どうもここの時臣さんは謎過ぎる。それでも凛さんを先生は弟子にしている。そことロードを含んだ時計塔勢力との関係が、今現在時臣さんが倫敦在住の理由と絡む気がする。

 憶測だけれど、お姉様と同じで家族を守るために敢えてそうしている気がしてならない。そして凛さんはきっと訊ねてもそこは語ってくれない気がした。イリヤ姉さんも私に合図を送ってきた。なので第四次の話はそこで打ち切った。すると凛さんも空気を感じたのか、湯呑を持ってリビングの方へ向かった。

 その頃はリビング組も食事を終えていて、クロエさんと『エル様』が食器を片付けていた。この方は『お嬢様』なのにフットワークがとにかく軽いのだ。それらの食器を私とヴンダーが受け取り、二人で洗い掛かった。これはアーチャーさん達に食事を摂って貰う意味もある。

 以前来た時もそうだったが、とにかく誰かが交代しないとダイニングテーブルが空かないのだ。決して小さなテーブルという事はない。普段はお一人なのだし、十分な広さ。きっとご両親とお住まいの時からこのテーブルは変わっていないだろう。突然来たこちらの人数が多過ぎるのだ。

 蛇口を締めて洗い終えた食器を布巾で拭いていたら、リビングから『エル様』の声が聞こえた。

 

『私ならですか? それは決まっています。私なら玄関のオブジェになっている『BENLY 50S』を下取りに出しますね。それで『FTR223』と『SR400』の2台を買います。どうしようと悩むのはわかりますよ。スタイリッシュなのにレトロな『BENLY 50S』を惜しむ気持ちもわかります。それなりに切り詰めて手に入れた事でしょうし。ですが、あのバイクは制限速度が30km/h以下の原付一種でしかありません。しかもシングルシートなので荷物は載らないし、法律違反で二人乗りも出来ません。スーパーへのお買い物にも使えなければ、積載重量の関係でお米も買いに走れないのです。それにそこは今更カブを買わずとも『Vino』で十分に代用できる範囲です。そう考えると、ちょっとした旅なら『50S』より『FTR223』の方が安心ですし、楽しいと思います。想像してみて下さい。河原を走ったり、キャンプ場の砂利や土の道に入ったり……。どこでも走れますよ? きっとそちらの方があなたの冒険心を満足させる事でしょう。それと……これは夢を壊すような言い方ですが、『SR400』でのロングツーリングはかなりバイクに慣れていないと難しいと思います。高速道路を使って他県にまで行くなら、二気筒や四気筒から選ぶべきでしょうね』

『じゃ、『SR』って何?』

『排気量が400というだけのレトロなストリートバイクです。わかりますか? 車検のあるストリートバイクなのですよ。確かに250ccよりは少し距離を走れるかも知れません。ですが高速走行は苦手ですし、空冷なので連続走行も厳しいです。下手したら行動半径が250ccのストリートバイクよりも狭いです。そこを理解できるかどうかですね。先日も姉やセイバーと九州まで走って来ましたが、その時は3人とも750ccと1000ccでしたよ。断言しますが、ロングツーリングは大型の方が楽です』

『あなた、大型免許持ちだったんだ?』

『そうです。昨年の夏、高3の時に取りました。普通(中型)自動二輪は高1の時です。そもそも日本に移住する前の3歳の頃から自転車やバイクに乗っていましたから、もう10年以上は乗っていますよ。これは多分、エルヴァさんやアントニーさんも同じでしょう。日本は風光明媚で移り変わる景色が楽しめますが、これがテキサス横断やカリフォルニア縦断なら、お二人とも大きな排気量のバイクを迷わず選びますよ。それも適度に鼓動は感じても、身体に疲れが残らないバイクを』

 

 その『エル様』の意見を、エルヴァさんもアントニーさんも同意していた。そこで『エル様』は巫女のイリヤ様とセイバーさんの3人で撮られたというバイクとの写真を見せていた。写真は手帳に挟んであったものだ。そこには本日見せてくれた『ZEPHYR 750RS』に、オレンジ色の『Z1000』、それから青い『Z750』の前に立つ御三方が写っていた。

 ちなみにこの水冷『Z』は今もその系譜を伸ばしていて、750の方は800cc、900ccと排気量を上げてブラッシュアップしている。『エル様』がゼファーに換えて求めた『Z900RS』も、そんな『Z900』のバリエーションの中の一つだ。背景は阿蘇だろうか? 雄大な自然にエルヴァさんもアントニーさんも感嘆していた。

 

『これは何だ? 川の中を走ったのか?』

 

 本当だ。オフロードバイクを川の中に止めて三人で写っていた。どういうところだろう?

 

『これは大分県の耶馬渓に近い、玖珠町の大谷渓谷ですね。川底が全部一枚岩で、そこを流れる川の中を走れると有名な場所です。アメリカならありそうですが、これも珍しいでしょう?』

『おお! 良いところがあるんだなぁ。オレも行ってみたいぜ』

 

 と、大好評だった。もうロードバイクがオフロードバイクに変わっている事を誰も咎めない。『エル様』が『SL230』、巫女のイリヤ様が『KLX250ES』、セイバーさんが『SEROW 225』と聞いて『なるほど~』と思うばかりだった。バイクに乗らない姉さんまでが、写真に写る巫女のイリヤ様に感化されたのか『私もこういうところをバイクで走ってみたい』と言い出す始末だった。

 

『そうね……『50S』は下取りで手放すわ。それであなたの乗っているこれは何? セイバーのはわかるけれど』

『それは『SL230』というホンダが97年からンンから出している、セローのようなバイクです。フラットトラックレーサー『FTR233』も、レトロなオフロード『XL230』も、この『SL230』の派生モデルで全部同じエンジンを搭載しています。ホンダは暫くこのエンジンでオフ寄りなストリートバイクを作るみたいです。ですが『SL230』はモデル末期のようですから、このスタイルが気になるなら、早めにお店へ行くべきですね』

『なるほど……』

 

 この間、家主の凛さんは『エル様』のお話をずっとメモを録りながら聞いていた。ストリートという言葉の意味と範疇をトレールやトレッキングへと広げる事が出来たのだと思う。この辺りはお姉様も仰っていた事だ。だから今のお姉様は倫敦で『SUZUKI VanVan 125』というEU限定モデルに乗られていた。

 このバイクは日本の『VanVan 200』の排気量違いだ。125ccなのはEUの免許制度に合わせたもので、あちらにはこういう125ccに排気量を下げた日本製バイクが散見されるという。なのであの『TW』もEUには125cc版があるそうだ。物足りないと思う人が居ると思うけれど、驚くなかれ、EUは125ccでも高速道路を走れるのだ。

 ただし走行車線の一番右端だ。万一左に寄ってしまって追い越し車線を行くと、後ろからポルシェやフェラーリに突かれるし、事故の元だ。だから右端をゆっくり走ろう。それでも後続がすぐに迫るのでそんなにゆっくり走れないし、速度も出ない125ccだと怖いらしいよ。

 

『それで……高速道路を長距離走るなら、あなたはどういう400を選ぶ?』

 

 家主の凛さんからのその質問は、『大きな意味』を含むものだった。何故ならその強い目が物語っているし、突然『エル様』から『記録しておきなさい』と念話が届いたからだ。そして『エル様』も凛さんに強い目を向けて話し始めた。

 

『どうして一気筒あたり133ccか、一気筒あたり83ccの、水冷三気筒4ストロークエンジンを設計開発出来なかったのかと。まぁ、ここに疑問を呈してしまえば、どうして普通自動二輪を500ccで区切らなかったのかという点に突き当たってしまうのですが。ともあれ単気筒や二気筒も良いですが、250ccや400ccのスポーツバイクに四気筒はエンジンが重くなるだけのカウンターウェイトでしかありません。空冷の2スト時代みたいだからとカワサキが避けても、軽自動車を作っているスズキやホンダならノウハウがあったはずです。またヤマハも初めての750は三気筒でした。どこであろうと日本は出せる技術的背景はあったのです。トルクとスムースな回転を両立して得ようと思えば、三気筒しか答えはありません。トライアンフにしてやられたと思ったバイクメーカーは多いでしょうね。そこまで考えた上で、250ccと400ccという割り切れない……ピストンもコンロッドも流用できない排気量の差を考えて下さい。250ccの単気筒なら二気筒で500cc、三気筒で750cc、四気筒で1000ccです。こういう風にどこの国に向けても簡単な組み換え程度で、排気量が変えられたらなと思うエンジニアは多い事でしょう。まぁ、中型が400cc以下になった背景にヨンフォアの408cc版があったというのはほぼ事実でしょう。ですが、その排気量の決め方は世界的に見てもおかしいと声を挙げるべきでした。サーキットまで作って『文化』を育てたかったホンダなら尚更です。その頃に私が日本に来ていれば絶対に歴史を変えさせましたよ』

 

 凄い事を言い始めた。だけど三気筒か……。『エル様』はあれだね。400ccを『異端』と感じていたんだね。それで125ccの倍になる250ccが、車検や保険、重量区分を別として『まとも』と考えていらっしゃるのだろう。確かに125を3倍すれば375だから、400は375で良いと考えているのかも知れない。

 

『と、ここまでは私個人の理想です。現実に即して話すなら、どうしても400ccに乗りたいなら水冷の四気筒をお薦めします。今なら『CB400スーパーフォア』です。できればそこにカウルが付けば高速道路も楽でしょうね(※)』

 

※)スーパー・ボルドールは2005年3月30日発売で、こちらの世界では高速道路二人乗りはまだだった。なお『エル様』は高2の頃、凜様を後ろにに乗せて、イリヤ様やトントさんと北海道へ行かれているが、その時はフェリーで北海道へ向かい、高速道路は使っていなかったそうだ。

 

『それ持っているの?』

『何度も操縦していますが、『いいえ』です。私自身は普通自動二輪時代は、空冷四気筒の『YAMAHA XJR400R』でした』

『どういう事……?』

 

 凛さんはかなり訝しげな顔だった。それはそうだろう。人に薦めておきながら、自分はそれを選んでいないのだから。

 

『それはですね……風の魔術でエンジンを冷やし、空気に拠るカウルを形成しつつ、キャブレターの吸入口に新鮮な空気をガンガン送り込む。この三つの魔術を、取り込めるマナの位置がコロコロ変わったり、魔術基盤がところどころ途切れる走行中に同時行使する事が先生から出た課題だったからです。ですから空冷四気筒の中から選ばざるを得なかったのです』

 

 そこで凛さんが気付いた。これは、この話を知らなかっただろう私達の凛さんやルヴィアさんもだ。

 

『その課題をクリアできたから、『SR』でも問題ない訳ね?』

『そういう事です。秘匿さえできれば、私達は魔術師ですよ? それに重要なのはその発想でしょう? そういう発想ができない人は根源に触れても、何を得たいのか自分の答えが出せません。迷っている内に根源が『タイムリミット』になったらどうします? 子々孫々まで笑いものです』

 

 続けて『エル様』は……。

 

『汚染云々は措いて、聖杯を得ても自分の中でどういう風にするのかの答えが出せなかったら失敗します。奇跡とは突き詰めれば『時間短縮』の事です。遠坂家200年の悲願を、僅か1回のチャンソでモノにする。これも時間短縮な訳です』

 

 家主の凛さんは少しだけ怒っていた。これは自分自身に対してだろう。だから『エル様』に感謝を述べ、次に先生へ目を向けていた。それを受けて、先生は微笑みながら小さく頷いていたのだった。

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