『エル様』を先頭に、私達は各々が必要になるであろう荷物と外靴を手に持って、指示された入り口から宝具の中に入った。実は私、自身やヴンダー、トロンメルの持つ宝具にはお互いに何度か入っていたけれど、『エル様』の持つ宝具には入った事がない。
いや、これまであった事を振り返れば、途中通路的なものとして通った可能性は高いし、あったと思う。でもこうして招かれ促されたのは初めてだった。だからはしたないと思いつつも、辺りをキョロキョロと見回してしまった。そしてそれは他の皆さんも同じだった。エルヴァさんもアントニーさんも、この固有結界に見紛うばかりの異空間に唖然としていた。
『益々、結界を召喚と言った意味が飲み込めた……。これを爺さんの長男が?』
『はい。義兄のアルトゥール様が遺された、ラインハルトの至宝、『ラインの黄金』です』
『エル様』とエルヴァさんの歩きながらの立ち話だが、アントニーさんもアストルフォさんもクロエさんも周囲の景色に圧倒されて呆然としていた。何故なら私達が歩いているところは、なにかの建物の中の廊下だった筈だ。なのに、今は壁が消え、目の前の景色はどこまで続くのか、水平線すら見えない広大な草原になっていたからだ。
そんな本物にしか見えない草いきれを昇らせる草原に、少し変化があるとすればそれは1km程先にある丘だった。そしてこの本物なのか何なのか理解できない、青空という天蓋を支えるのは、遥か遠く聳え立つ巨大な四本の柱だった。その柱は透けていて、中で何かが上下運動をしているのが見えた。
『何だあれ? まさかピストン?』
エルヴァさんの言葉に『エル様』が頷いた。
『これは……。もしや君の心象風景を具現化しているのか?』
そう言うアーチャーさんの言葉で私を含む何人かが理解した。『エル様』は『固有結界』を再現、或いはやがては『固有結界』に至る可能性の芽を抽出し、『ラインの黄金』内に投影する魔術をお持ちなのだ。それもずっと以前から。おそらくこれが『オリジナル』が持つ能力の一端だ……。私とヴンダーはそれを即座に理解し、お互いに顔を見合わせたのだった。
これが『本質』だ。これがあるから『エル様』はヘラクレス様やお義兄であるアーチャー様の座を設ける事が出来たのだ。そしてそれでも義姉であるイリヤ様を宿命という縁(えにし)から切り離せなかった。そんな魔術師だからそういう人達と出逢うのだろうか? 何となく私はそんな気がした。
『倉庫の先の可能性……そこだな?』
『はい。ここは持ち運べる闘技場であり、万一の事があった場合の緊急避難場所です。あの廊下の途中に食料や飲料水などの倉庫があれば? それにここ、夏でも冬でも気温や湿度も私の思うままです』
『……つまり、シェルターとしても監獄や拷問場にも、使えるって事か……』
『エル様』とエルヴァさんの話を聞いて、アーチャーさんや慎二さんがハッとしていた。
『はい。宝具の中ですから時間も思いのままです。凍結するのか、外と合わせ進ませるのか……或いは100年、500年、1000年と一気に進ませるのかも。先に言います。私は不殺の誓いを建てているので人様を殺める事はありませんが、拉致も監禁も、生涯寝た切りにさせる事にも何ら戸惑いはありません』
それを聞いたエルヴァさんが言った。
『自分で冥府を作って、自分がエレシュキガルになんのかよ。お前はマジで『エルヴァ(キャスター)』の生まれ変わりだ』
テストすべき項目は多岐に渡るが、最重要項目は耐久性と防御性を測る事にあった。『ブルー』や『レッド』を作っていた段階である程度の自信はあったけれど、今回はそこを更に高めてある。と言うのは、今回が『ピンク』、その次が『グリーン』、最後が『イエロー』と、被験者であるエルヴァさん達からの強い要望があったからだ。
それにゾウケンくんやアダムの協力で、これまでの『ブルー』や『レッド』のパワーアップも果たせた。だからこのテストはある程度の実戦形式も含む手筈だった。なので『ブルー』を慎二さんでなくアントニーさんが、『レッド』を士郎さんでなくエルヴァさんが使う事となっている。
ただ、万一の事があってはならないので、私もルビーで転身しているし、アストルフォさんにアーチャーさんや私のアサシンも周囲を囲って様子を伺っていた。そんな衆目の中で、新しいベルトを腰に巻いたクロエさんが意を決して転身した。それを傍で見守っていた、アントニーさんとエルヴァさんも転身した。
転身後のバトルスーツ姿は、固定値通り『ブルー』と『レッド』にしかならない。だけどスーツはルビーの機能の応用だから、サイズは関係なかった。ここをしてゾウケンくんはそれっぽく『蒸着』と慎二さんに言ったのだろう。私も凜さんも、それぞれのルビーでイリヤちゃんと同じ衣装に転身できる。データを相互にやり取りしていたので、ルヴィアさんもサファイアでイリヤちゃんの真似は可能だし、逆に私達が美遊ちゃんと同じ衣装に転身する事も、ケモミミのルヴィアさんの衣装に転身する事も可能だった。
だからクロエさんが、この新作の試作品段階で『ピンク』に転身出来るだけでなく、別の衣装に転身する事もある程度可能だった。つまり使用するクロエさんが女の子だから、私とルビーがそういうデータを予め、試作のベルトに送っていたのだ。もし合格なら、最終調整後、このベルトを正式に『ピンク』と命名し、次は『グリーン』と『イエロー』の制作に取り掛かる手筈だ。つまり『エル様』もいらっしゃるこの現状だと、半年も期間は必要ないという事だった。
そして皆んなの準備が整い、『さぁ、テスト開始だ』という矢先に、丘の上から爆音が響いた。
『な、何だ?』
爆音に驚く士郎さん。
『12台か、意味深だね』
と、結構落ち着いている慎二さん。
やがてその12台のマシーンが私達の元に迫って来て、輪になり私達を囲った。操縦するそれぞれが、全員特殊なバトルスーツ姿で、サイドに白いラインが一本入っていた。
『龍騎じゃなく、原作か! あのサイクロン、再現度が高いな。ん? 遠目にはサイクロンだったのに、ここまで来ると……』
『なんだか白バイっぽいな?』
『そこだよ。今の白バイはこのRC46・VFRだからな。違っているのは白バイが集合マフラーで、こちらのはデュアルセンターアップマフラーに、追加で飾りのマフラーを着けたものだ。つまり衛宮がイメージした白バイは前のタイプで、こっちのタイプのVFRの方が少し新しいんだ。しかし、2ストよりマシだけど、V4ってすごい音がするんだな……だけどよくこんな草原を走って来れたもんだな? 慎二、アレって敵じゃないのか?』
『衛宮、落ち着け。他人がどうやって入るんだよ、この空間に? 全部『エルさん』の仕業だろう。試験官の出張サービスみたいなものだと思うよ?』
すると天蓋からシブい声が届いた。恐ろしさの中にどこか親しみを感じる声。
『正義などという夢想を信じ続ける愚かな者共よ。この世をそれなりに観て来たであろう? 組織に属する限り、正義も悪も裏で繋がり、私腹を肥やす唯人に陥らざるを得ない事実を?。何故なら個々人は上司に逆らえぬ弱者に他ならん』
『これってインターポールに出向するほどの敏腕警部なのに、悪の首領でもあったって意味か? あ、だから毎回盗まれたり逃げられたり……。そうか! 繋がっていたからか!?』
『衛宮、中途半端な知識でメタ情報を混ぜながら話すな。傍で見ていると錯乱しているのかと思うくらいだぞ。声が似ているのは偶然だろうさ。『エルさん』も甘いな。納谷節に若本節が混ざっているよ。確かに、アノ組織をモデルにしているのは間違いないだろうけど』
『慎二、お前って時々訳がわからない事を言うな?』
『お前にだけは言われたくないんだよ!』
そんな些細な言い争いを他所に、天蓋からの声は続ける。
『日本でなら例えば……123便の墜落事故でわかるであろう? あの事故は自衛艦の艦載ミサイル誤射が引き起こしたものだ。そしてその弾道を算出していた者は試験航海中に搭乗していた米国の技師だ。その後墜落した航空機からの生存者もろとも証拠を焼き尽くしたのは、米国の圧力に屈した時の政府と総理の命に従った自衛隊の特殊部隊である。日本が今だデフレに喘ぐのは、あの123便以降、政府がアヤツラの手に落ちたからだ。つまらない男のOSがPC業界のイニシアティブを握るためだけではないぞ? まぁ、それとてインターネットに乗り遅れたのだがな。諸君、インターネットは元来米軍の最高機密技術だったのだぞ? またこの犯罪を契機に日本政府を更なる地獄の深淵に誘い込んだのは、誰でも理解できるだろう。これとて、これまでの奴らがこの地球にしでかして来た悪事の一断片でしかない。先の大戦もその前の世界大戦も、各国の中央銀行創設に決まって名乗りを上げ、議会政治を裏から操り、金本位制を排除してきた国際金融家達が権力を握るために仕組んだものだ。そして奴らは必ずメディアを創設し、マッチポンプの偽情報で大衆の目を誤魔化す。第一次世界大戦で疲弊したドイツに希望を齎したアドルフ・ヒトラーに、軍事費を融資していたのはウォール街だ。これもドイツが勝てば大儲けで、負けても他国への賠償金で疲弊するドイツへの融資で儲かる仕組みだ。EUという枠組みも賠償金の回収を監視する事と、EUの中央銀行を一手に握るためだ。通貨をユーロで統一したのも各国の自国通貨を廃止させ、通貨発行権を各国国家に握らせないためである。彼らの真の狙いはドイツ人技師や科学者の発明した技術であり、産業だったのは語るまでも無いだろう。だがそんな奴らもその都度その都度でイニシアティブを握る者が入れ替わる。しかも不思議なことに入れ替わった者は旧来の権力者を排除せず、同時に栄えようとするのだ。そうなると富は益々集中化を加速する。この先も貧富の差────経済格差は大きく開くばかりだろう。そのような敵だぞ? それでも諸君らは諦めぬのか?』
私の隣で『エル様』が、御自分の喉に魔力の通った手の平を当て、可愛いソプラノで首領と同じセリフを話していた。
『当たり前だ! 私も彼らも諦めない! 絶対にだ!』
空に向かって拳を握って叫んだのはアーチャーさんだった。アツいな、この人。そういうタイプだったんだ? さすがは元衛宮士郎かと簡単には言い切れないアツさだ。タイプが私達の知るアーチャーさんとは違うんだね。だけどあちらのメンバーとは合っていると思う。そんなアーチャーさんの声にエルヴァさんやアントニーさん、慎二さんや士郎さんも、強く同意していた。やっぱり合うんだね……。
『ならば、諸君らを試させて頂こう。掛かれ! 十三番目の席に着くのは誰かを教えてやるのだ!』
『イーッ』と、どこから湧いたのか黒いボーンタイツ姿の軍団は、全員が髑髏のマスクをしていた。この一糸乱れぬ団結力は私のハサン達も負けないと思うが、こういうコスプレをしてくれるかどうかまではわからない。これもまた見事だなぁ……。軍団の皆さんが、エルヴァさん達や12人のライダー達を丸く取り囲んだ。その全員がバイクに跨っているのは言うまでもない。
『これ全部、Dトラかよ!? 何百台あるんだ?!』
さすが『エル様』。アサシンのバイク団を作っていた。だけど慎二さん、少し違うよ。私の目だとこれDトラでなく『KLX』だし、中にはティーダブもセローも混ざっている。
『やはり現代だとスズキやホンダの一社提供とは行かんか』
このアーチャーさんはどこか変だ!?
すると12人のライダーがクロエさん達に襲い掛かった! その戦陣を切ったのは、どう見てもマスクを被ったランサーとランスロットさんだった。あいつら~~~!
『征け! ゲソランサー!』
『誰がゲソだよ!?』
『何を言う! お前だろう? 元帥でもあるウェポンマンにスミをブッ掛けたのは?』
『コイツの鎧は元から黒いんだって!』
天の声とランサーが漫才をしていた。そうかランスロットさんはヨロイ元帥でもあったのか。とは言え、ランサーはしっかりとエルヴァさんとアントニーさんのスーツと、クロエさんの新スーツの性能を測っていた。攻撃もランサーからはほとんど仕掛けず、竹竿のような物を振り回しているだけだ。とは言え一応それなりに戦闘はしている。
事前に私がクロエさんに性能を説明し、これまで『レッド』や『ブルー』を使って来た、士郎さんや慎二さんが『大丈夫だ』と言ってくれたからこそなんだけど、よく怖がらず耐えてくれている。それなりと言っても、間近でランサーやランスロットさんの『闘気』を浴びればかなり怖いよ?
だけどこの達人二人は、例え柄物が竹竿であっても、エルヴァさんやアントニーさんのを簡単に吹き飛ばし、三人掛かりの攻撃をまったく寄せ付けない。当然二人がガードしていたクロエさんに迫って眼前で仁王立ちをする。だけど、二人はクロエさんのキックやパンチをわざと受けてくれていた。
〈どう、ランサー?〉
(想定通りじゃないか? オレら英霊の相手をまともにしろってのは厳しいだろうが、いつぞやの黒化英霊相手なら十分なパワーはあるだろう。それにあの嬢ちゃん。丸っ切り素人なのにこの動きだぜ? 戦いってもんを少しは知ってそうな、エルヴァの兄ちゃん達より動きが良い。しかも怪我もしてねぇ。チビどもが大きくなったら同じのを造ってやるんだろう? これならイケるぜ)
私はランサーからの念話で確信を強くした。彼の言う通り、これなら『イケる』。そして今回、ゾウケンくんとアダムが開発してくれた『自動コンバット・モード』が、ランサーも認める性能を発揮してくれた。私の開発の狙いはここにあった。正しい心で使ってくれるのなら、誰しもがヒーローやヒロインになれる。そのチャンスを万人に与える事と言えば烏滸(おこ)がましいから、せめて役に立つ道具になって欲しい。それが私の願いでもあったのだ。
(エルマ? 『エル』に礼を言っとけよ? あいつ、ベルトの性能を見破ってな。分裂している時の自分のアサシンをぶつけたら自信喪失するから、オレとランスに出張ってくれないかと頭を下げて来たんだぜ。その物言いはどうだって思ったけど、お前さんを『最高傑作だ』と言い切った時の顔は見ものだったぜ?)
私は『エル様』の鋳造物に過ぎない。だけどお姉様やトロンメル、凛さんやルヴィアさん達との交流を重ね、『人』として認められ妹分として可愛がられている。だから普段は自分をホムンクルスだと自覚する事なんて滅多にないし、『人』より劣ると自らを卑下した事もない。でも、ランサーから伝えられた『エル様』のお言葉は本当に嬉しかった。
造物主に認められる事と、お姉様に認められる事は、似ているようでやっぱり違っていた。だけど認められたからこそ、私はこれからもお姉さま達と生きて行くだろう。こうしてたまにヴンダーを混じえてお逢いできるだけで良い。その時に、その時の新作を評価して下されば十分だった。
私の見た限り、当初想定していた性能以上を発揮していた。私の羽の裏で各項目をチェックしていたゾウケンくんも、全部合格じゃと念話で報告してくれたし、ルビーも太鼓判を捺していた。なので横に立つ首領の中の人に『終わりましょう』と告げようと思えば、いつの間にか尻尾の生えた鱗姿で、カワサキ(多分このナマズみたいな顔は最近まで売られていた『ZX-9R』だろう)に跨がろうとしていた。
バイクはどこもかしこもグリーンメタリックで、ところどころマットブラックの差し色が入っている。カウルにはレッドメタリックの漢字で大きく『夢魂』と書いてあった。ネーミングは間違いなく去年から連載が開始した某マンガからだ。クラスの男子が『面白い』と言ってたので憶えていた。
このバイクは最近新型が出ている。『ZX-10R』だっけ? 新しいものをすぐに手に入れる『エル様』がそっちにしなかったのはどうしてだろう? それでこの『夢魂』も文字には金メッキの縁取りがあるのだが、テールカウルには縁取りなしで『Hien』とという崩したアルファベットが描かれてあった。ドイツ語じゃないよね? 何だろう?
〈ヒント。メッサーシュミット、ベンツェ、大日本帝国陸軍の三式戦闘機〉
『エル様』……? あ、『飛燕』だ! そうだ、『キ61 飛燕』だ! あのエンジンはメッサーシュミットBf109に積まれたダイムラー・ベンツェ製DB601を川崎がライセンス生産したエンジンだって記憶が頭に流れる。この人らしい、わかり難いドイツへの敬意の表明なのだろうか?
(私がこういう表現をするのは、この御方の持つ会社の本社はドイツだが、この御方自身はスイス人で、本部事務所もスイスだからだ。また『私は日本人』と言って憚らないイリヤ様だけど、実はまだドイツ国籍のままで日本には帰化されていない。それに先日、アイリスフィール様の跡を継いでアハト系三代目に就任されたばかりらしいので、20歳を過ぎても『エル様』が帰化を許さない可能性が高い)
え?『隼』は既にあるから、『鍾馗』や『飛燕』、『疾風』があっても良いじゃないか……ですか? まぁ、そこは。 はぁ? インプレッサのボンネットに『隼』と描いたのをお持ちなんですか? 思ったより中二……いえ、なんでもありません。そうですか、スズキにしてやられましたか……。
中島飛行機→富士重工のラインを取ったか。この方は欧州人らしくラリー好きだから、中島→プリンス→スカイラインのラインじゃないんだなぁ……。
マフラーはチタンだろうか? 焼け具合もその他のパーツの色合いもビシッと決まって妙にカッコ良いのだけど、転身で怪人みたいになっちゃっているから、尻尾が邪魔をして跨がり切れず、焦って泣きそうな顔をしてらした。私は自分のアサシンを呼んで、立ちゴケしそうになっている『エル様』を皆んなで支えて貰った。
「早く転身を解いて下さい」
「そ、そうですね……」
「それと三人纏めてノシて、王様みたいな『我が一番』なんてのは辞めて下さいね? そんな事をすれば倫敦にメールをして、『尻尾が邪魔で立ちゴケしていた』とお姉様と笑わせて頂きますよ?」
「くっ……わかりました」
そうして『エル様』は転身を解き、バイクを仕舞っていた。そこで漸く私ははたと気付いた。これらのバイクはこの宝具の中に確かに置いてあるのだろう。だけどランサー達が跨っていた12台のバイクも、『エル様』のアサシン達が跨っていたバイクも、これだけの数を常時配備してあるのだろうか? 否、流石にそれはないはずだ。
おそらく宝具に読み込ませ、宝具のチカラで複製したものではないのか? こんな結界の中だからこそできるコト……。自分のイメージする固有結界にも似た、イメージを紡ぎ出せるような空間だからこそできるコト……。
この御方こそが本家本元。『ラインの黄金』を正しく使いこなしている。私やヴンダーにトロンメルでは到底達する事ができない高み。スイスのエルヴァちゃんがこの域に来るには、後何年掛かるだろう。頭の回転が良く、洞察力の高いエルヴァさんが、こんな魔術を見せつけられて腐らない事を願うばかりだった。
すると『エル様』がトリッカーという黄色いタンクのバイクを出した。少し傷があるそのバイクを見て、士郎さんや慎二さんが『あっ』と言った。そしてそのバイクをクロエさんに預けた。
『恐れず乗ってご覧なさい。そのベルトにはバイクやクルマだけでなく、様々な武器の使用方法も学習させています。全自動コンバット・モードなら、全てお任せで大丈夫ですよ』
驚いたクロエさんが、おっかなびっくりバイクを走らせた。そして感触を掴んだら、色々なトリックをやり始めた。いともあっさりと。
『こんなのアリかよ……?』
『ね? ライダーの僕もビックリだよ。魔術師って怖いなぁ』
『まったくだよ』
エルヴァさんとアストルフォさん、アイントニーさんが呆れていた。
『エルマ、この学習機能っていうか、操縦能力は僕の『ブルー』や衛宮の『レッド』にも付くのかい?』
『はい。今までの下準備はこういう機能を『ピンク』に盛り込むためでした。けれどご希望があればと、それ用のプログラムを組んで、既にパッチにしてあります。ですのでパッチを当てれば、慎二さんや士郎さんも転身後はバイクやクルマ、建機なども操縦できるようになります。ただ、エルヴァさんやアントニーさんのような経験のある方には却って邪魔になる場合もあります。なので全部完成してから個別にご相談しようと……』
『なるほど。射撃アプリがバッティングするようなものか……それはそうだね』
この慎二さんもコアな人だなぁ。一番コアな『間桐慎二』は私の知る限り、『エル様』の『良い人』だけだけれど、ゾウケンくんが言うには『そこの儂次第かも知らん』との事だった。この慎二さんは『私の暗示』と『ゾウケンくんの指導』でこうなったと言う。だから私が求愛されるなんて不思議な事になっているのだけど……。
未来の私は『好い事したなぁ』と思う反面、『面倒くさい事をしちゃったなぁ』と思うところもある。それを今後の1年で私はどう受け止めるのだろう? それでも並行世界に出発するその時の『私』はどういう心境だったのか? 今よりもっと大人になっているのか、それとも今と余り変わりがないのか? 自分自身が謎だ。
それはともかくこうしてベルトのテストは終わったのだけれど、後でランサーとランスロットさんが『エル様』に協力した理由がわかった。それはとある乱暴運転をしたドライバーの罪を軽くするためだった。そのドライバーは『エル様』やミト様、パミ様の操縦していた道交法を守って静かに走るバイクを煽り、危険走行をしていたのだ。
勿論、パミ様にお腹を下すガンドをぶち当てられ、車内で漏らしたそうだが、その始末に立ち寄った公園の公衆トイレでアサシン達に拉致され、ランサーが止めなかったらアサシン達が暴行を加える寸前だったそうだ。私はランサーにも自分のアサシンにも、自分たちの考えでそれが『正しい』と思えるのなら暴力を止めていないし、彼の『信ずる』ものに誓って間違っていると思えないのなら、最悪ではあるけど殺人を止める事もない。
後の事や状況を考えてタイミングくらいは口を出すけれど、そこまで目くじらを立てる事もない。何故なら英霊(自然現象)が起こす事の是非を問うても仕方ないからだ。霊的に『精霊種』に区分されようと、『元人間』だろうと、彼らは最早人類とは別種の存在であり、世界に刻まれた存在だ。魔術師として契約を結んだ私は、マスターという立場ではあるけれど、彼らを彼らたらしめるアイデンティティの否定に繋がるような事は極力避けなければならないし、実際そうしている。
裏返せばそれが私の魔術師としての限界であり、現時点での実力だと考えてくれて良い。だけど『エル様』やお姉様は違う。私の遥か上位に存在する魔術師だ。なのでランサーやアサシンの弱体化を招かずに、彼らの行動を止められる。つまり絶対的な命令が通るのだった。
また、お二人は自らの手で人を殺める事は絶対にしない人達だ。お姉様の場合なら少々痛い目に遭わせ懲らしめる程度だろう。だけど『エル様』は違う。懲らしめると同時に二度と悪事が出来ない身体にする。一番多いパターンが『寝た切り』の身体にしてしまう事、次が『失明』だ。これが考えれば考えるほど残酷な罰で、五感の中で一番失いたくない感覚だと誰でも想像が付くと思う。
ただ『寝た切り』も『盲目』も、両方とも国家から何らかの補償や年金が出る。なので当面は食べていける。それよりも何らかの反社会的組織に入っていたなら、そこを辞めざるを得ない。つまりこれまで振るっていた権力があったなら、それらが一切使えなくなるという事だ。
この残忍極まりない罰は、『エル様』が酷薄で残酷だから下している訳ではない。ご自身が先に動けばアサシン達が溜飲を下げて止まる事を知っておいでだからそうするところもあるのだ。悪党には罰を、アサシン達には我慢を、ご自分は不本意な行為を……これも言ってみれば三方一両損の一種だろうか?
大岡裁きとは程遠いが、少なからず『エル様』はそういう風に考え、できるだけフェアでいようとする人だった。そこを知ってか知らずか、止めてしまったランサーとランスロットさん……。きっとお姉様のケース(場合)を思い描き、『エル様』を心配してくれての事なのだと思う。
だけれどこのランサーとランスロットさんの気遣いや優しさは、『エル様』からの『借り』になってしまっている。そこに二人は気付いていない。そして私がその『借り』の『返済』に、近い将来巻き込まれるのは間違いない。
(そうして私は世界を渡る訳か……。あの方は既にキャスターの『夢』を見ていたのだ……。そしてそれはきっと、お姉様を蘇生させた時の睡眠時だ……。となると……その時の『借り』と併せて返せと言われるのが来年なんだろうなぁ……)
そんな事はさておいて、『エル様』と私達は草原から撤収すると、今度はサーキットのような空間にいきなり出た。
『こんな宝具を手に入れたのなら、中にテントや食料だけでなく屋敷やこういう施設を入れておくのは、もう誰でもデフォで考えつく事ですよね?』
この『ラインの黄金』の凄まじいところは『エル様』の突拍子もない発想と、その発想を活かせる柔軟な対応力を宝具が内包しているところにある。こういう風に変化したのは『王様』と出逢った事も大きいと話して下さっていたが、私はやはり『エル様』の発想力と『ラインの黄金』の柔軟性が一番だと思う。
『これは……?』
『ベルギーのアレっぽいな?』
『コークスクリュー付きのスパ・フランコルシャンと言ったところです。ここからは見えませんが、裏手にオー・ルージュもあります。そこからシケインの先を回ってのテクニカル・コースに入るとコークスクリューもどきが待っています』
『ゲームだったら面白いコースだなぁ。実際に走れとなったら怖いけど』
慎二さんの疑問にエルヴァさんと『エル様』が答えていた。更にこんな事も。
『何を言って。コースがこれだけだと思いますか?』
『他にもあるのか?』
『ええ。ミストラルの旧ストレートでピストンを焼き付かせて、『TZ』を1台廃車にしてしまいました。幸い今もこうしてピンピンしていますが』
それに慎二さんが反応した。
『ポール・リカール?』
フランスのマルセイユの近くに、かつてロングストレートが有名だったサーキットがあったらしい。今はシケインで分割されてストレートは短くなってしまったそうだ。それで2スト時代はこの長い長いストレートでエンジンを焼き付かせるレーサーが結構あったらく、そのエピソードはバイク小説やバイク漫画に取り上げたりして知っている人は知っているようだ。
慎二さんもそんな一人で主人公がグランプリを転戦する小説を読んで知っていたという。漫画の方は学園生になってから知ったというから中学校時代は結構読書家だったみたい。
『先導しますから、クロエはそれに乗って私の後ろを着いて来なさい。彼女がご心配だと思うので、エルヴァさんはそちらで着いて来て下さい』
そうして『エル様』は3台のバイクを出された。『エル様』は先程の『夢魂』をエルヴァさんに預け、ご自分は残る2台の、もっと小さなバイクから黄色い方を選んだ。ただ、クロエさんに赤い方を預ける前に少し迷われていた。それで結局黄色い方をクロエさんに預け、ご自分は赤い方に跨った。
この赤い方は時々街で見掛けるので私でも憶えていた。カワサキのカウル付きで250ccだ。カウルの横に『ZZR』と描かれてある。きっとそれがこれの名前だ。クロエさんの黄色い方もこれとよく似たデザインで、カウルには『Ninja』と描かれてあった。どれもアサシンや12人のライダー達のバイクと同じくナンバーが着いていない。
『ニンジャ・トゥー・フィフティ・アール』
と、そのバイクを見てクロエさんが言った。『エル様』の説明だとクロエさんに預けたバイクは『Ninja250R(EX250-F)』と言い、『ZZR250(EX250-F、2002年よりEX250-H)』のご先祖で、間に日本だけでしか販売されていなかった『GPX250R-Ⅱ(EX250-G)』を挟んで、今もこの水冷二気筒のEX250シリーズは、女性向け、或いは初心者向けとして北米で人気があるのだそうだ。
特に西海岸ではTVのドラマでもよく使われたりするので、ロス界隈で知らない人は少ないのではないかとの話だった。『エル様』もそんなドラマでヒロインが駆るこのバイクを見て、フィギュア感覚で買ったものらしく、長らく寝かせていたらしい。思い出せたのは中2の頃で、メーターがマイル表示なので地下4階の駐車場で乗っていたそうだ。
一瞬迷ったのも、この表記の違いにあったらしい。だけどクロエさんはメートルでなくマイルの国の人だ。なので『思い入れのあった方』であっても敢えて提供したようだ。ちなみにEX250シリーズの中でも、日本の『ZZR250』型以外は、同じ『EX250-F』や『EX250-H』でも『Ninja』のペットネームが付く。
これはフレームの構造が異なるからだ。『Ninja』は初代の『GPZ900R』と同じようなエンジン吊り下げ式のダイヤモンドフレームを指し、『ZZR250』型はそこに含まれない。だから日本版と海外版では同じ型式でもそこが異なる事に留意が必要だと『エル様』は仰った。誰得な情報だろうか?
なおこのEX250シリーズの倍の排気量と人気を誇るのが、カワサキのロングベストセラー、別名『Half Ninja』とも言われる名車EX500シリーズらしい。そちらは北米どころかオセアニア、欧州にまで広く出回っていて、その地域ごとに販売名が異なっていた。欧州では型式名からの『EX500』の国が多いらしく、北米やオセアニアでは『GPZ500S』やペットネームを優先した『Ninja500R』が多いようだ。
1984年に出た『GPZ900R』に名付けられた『Ninja』というペットネームは、今更語るまでもない『映画の大ヒット』によって絶大な知名度と浸透度を生んだ。それはスズキのカタナ以上で、南米やオセアニアにまで轟いたそうだ。だからリッター以下の『中間排気量は二気筒でも十分である』という哲学を持つカワサキは、1987年に出した水冷二気筒の『GPZ500S』の海外モデルに『Ninja』の文字を描いた。
そこからこのモデルの伝説は始まった。次の型の『Ninja650R』に完全移行完了したのはなんと2009年である。『ER-6』『Ninja650』『Z650』など、外装やシートレール取り付け角度で変化を付け、その地域ごとの人気ブランドで売り分けるという戦略は『Ninja500R』から始まったものだった。
そしてこの『Ninja500R』は基本を外さなかった。『ビギナーはまずこれでバイクを知れ』という程の素直な乗り味を示し、おまけに二気筒なので販売価格も維持費もべらぼうに安かった。実際、世界中のバイク便ライダーが、この『Ninja500R』を選ぶ時代があったのだそうだ(1990~2005年頃)。
またこの『Ninja500R』のエンジンは耐久性も高かった。定期的にオイルを交換していれば、20万kmでも30万kmでも平気で走った。なので兄から弟へ、先輩から後輩へと、日本のヤンキーのように受け継がれていくバイクの代表格だったそうだ。1997年頃、このエンジンをダブルクレードル(風に見える、アンダーフレーム別体)の鋼管フレームに積んだ、カウルなしの廉価版が出た。それが『ER-5』だ。
エンジンを載せ替えて使えという意味なのか、パーツ取りに使えという意味なのかは不明だが、この『ER-5』という後ろがドラムブレーキのバイクも、日本では不人気だったが南米ではそこそこは売れたらしい。だけどそれだけに留まらず、カワサキはこの2本サスのフレームの流用を並行して考えていた。そうして生まれたのがバリオスの2型だったそうだ。
と言うか元々モノサスのバリオスは、ホンダのジェイドと同じく日本という狭いマーケット専用モデルで、バブル後のグローバル化とコストダウンを各メーカーが模索していた時代でもあったので、そこで『ER-5』という企画が上がって来たのだとも言えた。日本で以前出ていた『EX-4(1994)』という機種も、『Ninja500R』というか『EX500』の400cc版と言えるし、そのコストカット版に他ならない。
ただ、『ER-5』の合理的な考え方は、5年生頃の『エル様』には結構大きな影響があったらしく、試しに1台買って、マアエモ様やルオン様、アルトリア様らに操縦してもらい、『Half Ninja』恐るべしと後ろの席で大いにショックを受けたのだとという。ここは少し難しいお話しなのだけど、自分の脚で漕ぐ自転車でなくパッセンジャーでしか乗れなかったバイクでも、フレームがアルミか鋼管か、角断面か丸パイプかで疲れの質が異なって来るのがはっきりとわかったそうだ。
それで今、大型も乗れる年齢になって『ER-5』を引っ張り出して、整備して自分の操縦であちこち走ってみると、丸パイプのこれにカウルを着けたいと強く思ってしまったらしい。つまりそれくらい疲れず、乗りやすいバイクなのだった。『エル様』は『もし自分がバイク便のライダーなら、カウル付きの『ER-5』を使います。整備書に記載されている各パーツの限界値まで使い切る自信がありますよ』との事だった。
この言葉の意味は凄まじい。例えばカムシャフトのカムの山が規定値以下に削れるまで、乗り切る自信があるという意味だからだ。それは一体何10万kmだろうか? するとある日、メーカーとしてそんな『エル様』好みな事をしていたバイクが過去にあった事を思い出せたのだそうだ。
それが『YAMAHA FZS600FAZER』だった。ただ後継の『FZ6-N』と『FZ6-R』はフレームがアルミなので乗り味は硬く、疲れが溜まるそうだ。『エル様』がゼファーや『ZR-7』を好むのもその辺りに理由がある。ゼファーは乗り味がしっとりとしていて、とても軟らかいらしい。こういうフレームのレビューはどのバイク雑誌にも出て来ない。
自転車の世界でなら『コロンバス』の何々、『レイノルズ』に『タンゲ』の何々と必ず話に出るのに、バイクではそういうのが出て来ない。『エル様』はカワサキにゼファーに使われているパイプの成分表を尋ねたらしいが、回答を断られたそうだ。世にバイク好きな人は多いと思うが、パイプの成分が気になる人は少ないだろうと思う。
さて、『Ninja500R』に話を戻すが、当然ながら他メーカーからも並列二気筒のライバル車は出ていた。その代表が『SUZUKI GS500E』だった訳だが、その『500E』が2004年に『GS500F』と進化したのはそこで漸くカウル付きになったという意味でしかないし、そもそもあちらはアルミの角断面フレームで、かなりフレームが硬く疲れが溜まるバイクなのだそうだ。
これは『GS500E』を元祖スズキ党のルオン様がお持ちなので、何度か試した経験からのお話だ。だけどルオン様は『500E』でなく名車『SV650』に魅力を感じられた。そのコストパフォーマンス、V型二気筒という特殊性、これらで形作られた人気は日本人の知る『VTR』の比ではない。
『SUZUKI』を買うなら『SV650』。これが欧州人の出した答えだった。だからこそ、世界中の入門用バイク、バイク便ライダーが選ぶバイクは、『Half Ninja』一色になってしまった。その事を『エル様』はルオン様から贈られた『SV400』に乗った事で強く実感したのだそうだ。
(なのでその『妹分(弟分)』の『Ninja250R』を好む女性ライダーも多く存在し、後年(2008年)ニンジャ250が世界中で大ヒットしたのも、その下地を『Half Ninja』と『Ninja250R』が既に作っていて、販売国が増えただけに過ぎないという説もあったようだ。そしてやはり日本国内向けのニンジャ250は、王座VTR以上にバイク便ライダーに好まれた。これはパラレルツインの方がV型よりも整備しやすかったからだ。しかも耐久性が高く壊れ難いところも『Ninja500R』と同じだった。とある情報によると、250ccなのにオイル交換と消耗品の交換だけで20万kmは軽く走るらしいから凄まじい。
また『SV650』だがハーフカウルの付いた『SV650S』もカウルのない『SV650』も欧州では受け入れられ、フルカウルのキットはないのかと探し求める人も大勢いたほどに『SV650』シリーズは大人気のモデルになった。なので英国スズキがオプションでフルカウルのキットを出していた時期もあったという。ところがこれの400cc版『SV400』はカウル付きの『SV400S』ともども、日本では全然人気が出なかった。この要因は様々あるが、一番は『同じ買うなら四気筒が良い』という若者の懐事情に直結する心理と、日本人のマルチ信奉があったからだ。そしてこの『同じ買うなら四気筒が良い』という心理を更に掘り下げると、『同じ【400cc】を買うなら四気筒が良い』という事に気付く。この【400cc】をリッターに置き換えると250ccの『VTR』がヒットした根拠にも気付けるだろう。つまりこの問題の根底には、日本の歪な免許制度と、そんな歪な免許を許した文化の成長と自国の産業の発展を見通せなかった、時の政治家にその答えは行き着く。『エル様』は『SV400』は名車であると今もきっぱり仰っていた)
『さすがに『GPZ250R(EX250-E)』の頃は知りませんけど、先生に400でなくて良いから、『Ninja250R(ZZR250)』で北海道に行かせて下さいと直訴した程です。それくらい、『Ninja250R』はスピードツアラーとして優秀ですよ。あのバイクなら、宝具にパーツや工具を詰め込んで、私は世界一周する自信があります。フレームもそこまで硬くないですしね。ですので、このエンジンを積んだ『KLE250 ANHELO』なんて、『なんて私向きなバイクなんだ! 大人になったら絶対に乗る!』って決めて、最終型を6~7台いっぺんに買った程でした。ところが後にアデレードでエミューに踏んづけられて。天って理不尽ですよね?』
『天は理不尽で、神は啞(おし)のようにものを言わない』……罰当たりだが、これもお姉様から聞いた『エル様』の発した言葉だ。なお、オーストラリアに生息するエミューをモチーフにして、そのアネーロというバイクは作られたそうで、そのエミューに、別荘の庭先で組んだカウチで昼寝中の『エル様』は、お腹を思いっきり踏んづけられた痛い思い出があるのだった。小学生頃の話だそうだが、その時に『エル様』はビキニ姿だった。何とも贅沢な話だけど、家族全員でお正月をアデレードで過ごされ、寝正月を満喫されていたのだ。そんな時に何かの拍子でロードランナーのように走って来たエミューに、踏まれてしまわれたのだった。
『ええ。ミ・ミとか言って人様を踏んづけて走って逃げて行ったのです。お腹に残った足跡は3日経っても消えませんでしたよ』
この『踏まれた』という記憶はお姉様にもあり、それで腹筋を入念に鍛えるようになったと真面目なお顔で話されていたから、『エル様』のお話は本当の事だろう。アニメみたいに『ミ・ミ』と鳴いたかどうかは謎だけど。また『エル様』のバイクのフレームの硬軟で疲れが変わるという話は本当だけれど、それを感覚としてどのくらい走れば覚えるのは人それぞれだとお姉様は教えてくれた。
これは個々人の疲れやすさが千差万別である事と、元々『エル様』は自転車で100km200kmは平気で走る人であり、なおかつドロップハンドルに慣れていらっしゃるので、骨盤を立てたり、肩甲骨の裏を開いてハンドルを握る事も平気だ。つまり不慣れなライダーよりも長時間スポーツバイクの厳しい前傾姿勢に高い耐性がある。
また『エル様』はお姉様と違って元々は左利きであったらしい(ここは謎だ)。なので右手よりも左手の握力の方が強いらしく、クラッチ操作でも他の女の子より疲れにくいようだ。やがてこれら『エル様』が話して下さっていた解説の音声が、スタジアム(観客席)のモニター映像とともに切り替わった。
その映像と音声に促され、私達は観客席に行き、コースを見守った。そんな中で『エル様』、クロエさん、エルヴァさんの三人はアスファルトの上をゆっくりと走り出したのだった。
『そのように世界中で愛される『Ninja』ですが、それは主に『Half Ninja』や『250のNinja』であってフラッグシップは元祖『GPZ900R(ZX900A)』から後が中々続きませんでした。『GPZ1000RX(Ninja1000R/ZX1000A)』『ZX-10(Tomcat/ZX1000B)』と来て、新たなフラッグシップとして認められたのはこの次のハイスピードツアラー『ZZR1100(ZX-11/ZX1100C)』からです』
1984年の初代から、つい最近の2003年まで『GPZ900R(マレーシア仕様)』は作られ続けていた。その圧倒的な人気とそれを裏付ける動力性能は、神話や伝説となって次の『GPZ1000RX』や『ZX-10』をファンに認めさせなかった。だけど『ZZR1100』は『C』『D』『ZZR1200(ZX1200)』と矢継ぎ早に進化させ、ほぼ同時期に『ZX-12R(ZX1200A)』を出す事で、『最速ランナー』と『最速ツアラー』という二つの神話を提示した。これが2000年から2002年に掛けてだった。
『ZZR1100』も『ZZR1200』も角断面のアルミフレームだが、サスペンションの進化で意外と乗りやすい事や、『ZX-12R(ZX1200A)』のモノコックフレームがかなり硬く、またサスペンションも最高速用に振ってあるので長時間乗っていられない事、なので2002年以降の『ZX-12R(ZX1200B)』で少し軟らかくなった事などが『エル様』のナレーションで説明された。
こんなスライド映像を事前に用意してあったのだろうか? 『何かの時のために』と暇な時に作りそうな人ではあるけれど、陽の目を見ない可能性もあるのに。だけど魔術で自分を何人にも増やして稼働できる人は、それを無駄だとは考えない。こんな人だから事業が成功するのだろう。かつてはお姉様も裏方でこんな作業をしていたのかと考えると、何とも感慨深いものがあるのだった。
リアルタイムな走行映像に割り込んで、インサートやインポーズで別の画像が映し出される。それは丸パイプのダブルクレードル・フレームに『GPZ1000RX』や『ZX-10』のエンジンを積んだドイツやフロリダ州のナンバーが付いたカスタム・バイクだった。こんなの知らない。だけど『エル様』のリクエストでイルマタル様が制作したのだろうとは何となくわかった。
テストライダーはアルトリア様と、おそらくは『人形』を操る『エル様』ご本人だ。場所はアメリカだろうか? 砂漠の真ん中にあるようなサーキットだ。そしてそのテスト走行を見守るのは、12~13歳頃の『エル様』だった。今のイリヤちゃんそっくりで本当に愛らしい。
だけどその愛らしい少女の中身は一族を率いる総裁で、誰もが一目を置かざるを得ない大魔術師だ。スライドはイヴの工場で稼働している産業ロボットを映し出していた。これらのロボットもカワサキ製だとナレーターはいう。日本の四大バイクメーカーで自動車メーカーも兼ねているのはホンダとスズキだけだ。
だけどその二社はどこまで行っても軽工業で食品会社を営むイヴと同列でしかない。ところがイヴの部門の中に重金属を扱う部署がほんの少しある。カワサキはそういう『重い物』を扱う重工業が専門で、イヴと真逆で軽工業であるバイク製品は全体の一部でしか無い。そんなところに『エル様』はリスペクトされているらしい。
(自衛隊や米軍に『KLX』が配備されるのも重工業としての実績と信用があるからで、以前のミツビシ・ジープなんかも同じ理由らしい)
他方、楽器製造から端を発し様々な事業を展開していったヤマハもリスペクトされているから『TW』や『SEROW』が手放せないのだと思う。もしかしたら『エル様』にとっての『TW』や『SR』といったヤマハ製のバイクは、ピアノやシンセと同列の存在なのかも知れない。
またこれはトロンメルが『エル様』からお聞きした話らしいが、『エル様』はお姉様と同じくバイクをムダに吹かさない。特に『コール』という行為を毛嫌いされているそうだ。その理由が騒音を撒き散らす行為にでなく、『キャブの事を何もわかっておらず、楽器も弾けず、世の中を理解していない無教養な奴ら』だと見下し、心底バカにしているからだった。
そしてこれは頷くのに勇気が要るが────トロンメルはこう聞かされたそうだ。
『自分を取り巻く社会という環境(システム)に適合できるかできないかは、知識と理解力に応じて変化します』
『社会というのは極端に言えば、ルールに則った狩猟場であり採鉱場です。そこに適応できた者だけが成功を掴め、出来なかった者はただただ搾取される側に追いやられるのみです』
『だからこそ、そのシステムを見極め、どう生きるのかを早急に見極めねばなりません。早急には早急にです。早ければ早いほど良いです。できれば遅くとも義務教育期間中にですね』
『義務教育期間を過ぎても既に決まってしまった社会構造に馴染めないなら、そいつは文明人ではありません』
ここでトロンメルはバイクの、特に集団迷惑走行の事を尋ねたそうだ。
『文明人ではないから文明の証たるモータースポーツの何たるかが理解できない。理解できないから空気抵抗にしかならないシートを着けたり、操縦し辛い絞ったアップハンにしたりする。金のない貧乏人が、ない知恵を絞って流行らせた、ちょんまげと似たような、所詮『猿山だけでの流行り』です。あれを惨めと思わず『カッケェ』と思える者は最早人類でなく猿人ですね。文化も文明も共有できない者達です』
と、バッサリだったそうだ。なお『エル様』はちょんまげを、日本人特有のローカルな集団心理から生まれた、一休さん的なひねりの発露だと言ったそうだ。つまり、最初の言い出しっぺは頭の天辺に毛がない『かっぱハゲ』であって、利便性などを前に押し出しつつ、なんだかんだと理論を後付けして流行らせたものだと。
それと無意味な絞りハンドルや三段シート、前を向いていないロケットカウルを『かっぱハゲ』隠しと同一であると断定し、ああいう人達が好むリーゼントや襟足伸ばしを『現代のちょんまげ』と見做しているらしかった。だけど全部が全部正論とは思えないが、これら『エル様』の言葉を全否定できない自分がいるのも確かだった。
この辺りは社会学とコマーシャリズムを学べば見えて来る。とは言え、もしこんな偏った人と言えなくもない人からの指導をイリヤちゃんやクロエちゃんが受けていたらどうなっただろう? と言うか、あちらで過ごされているイリヤ様やクロエ様は、今どうなっているのだろう?
私はそれが心配でならなかった。だけどこんな人だからこそ、『エル様』は学歴には煩くないらしい。そんなものは後から必要に応じて学べるからだ。ただ、今の自分自身が社会という構造のどの辺りに属し、どの歯車を動かす役目があるのかが、中学校を卒業しても見えない者は簡単に切り捨てるという。
イヴの商品を買ってくれる間は大切な消費者だが、『お客様は神様だ』なんて世界中のどこに行っても通用しない、間違った考えなんて持たない人だから、巡り巡って人はどこかで繋がっている、だから他人を簡単に見捨てたり見限ったりなんてしてはならない────なんて事は絶対に考えない人でもある。
この方にとっては一括で仕入れてくれる大手小売業者が顧客であって、小売店で購入するお客をお客とは余り考えていないようだともトロンメルは補足していた。何故なら自社ホームページにレシピや作り方のビデオを大量にアップするのも、あくまでも『エル様』のサービス精神に拠るもので、そこから生じる販促効果や宣伝効果は普段からあまり考えていないらしいからだ。
逆にそんな事に血道をあげるなら、もっと自社全体が儲かる新規事業を新たに考え出し、立ち上げるべきだと考える人だからだ。そしてそれは取りも直さず、自分のところで働いてくれている従業員とその家族だけは何としてでも守るという、経営者としてごく当たり前の『優しさ』から来ている考えであるらしかった。
結局その後、体感で1時間くらい掛けて『エル様』はクロエさんにバイクの乗り方を指導していたらしい。らしいというのは観客席からは一部しかコースが見えなかったからだ。それで私達が『エル様』の宝具から出た頃はお昼過ぎだった。少し遅めだったが、その後私達は昼食を頂いた。アーチャーさんが既に用意をしてくれていて、もう一人のアーチャーさんが素早く配膳してくれたからだ。
その食事後にランサーとランスロットさんはすっと霊体化した。どこかの空き部屋で休むそうだ。私はゾウケンくんやアダムとテストの結果を踏まえて今後の事を検討する事にした。なので『エル様』やエルヴァさん達に午後は休みを取ると伝えた。根を詰め過ぎるのも良くないしね。
すると『エル様』は慎二さんと士郎さん、クロエさんとエルヴァさん、アントニーさんとアストルフォさんを再び宝具の中に誘った。バイクの練習を見てあげようという事だった。『どうする?』と言われたが、私はゾウケンくんやアダムとの話があったので断った。なのでこの先は慎二さんのリポートにお任せしよう。
『おい、衛宮! これ、普通に話すだけで良いのか?』
『ああ、転身してればベルトが勝手に活動中だと解釈してくれて、証拠として音声や映像を勝手に記録してくれるそうだぞ』
『便利だな……ゴホン。や、やぁ、エルマ。後で見てくれると思うけれど、僕が選んだバイクはこれだ。是非僕の勇姿を堪能してくれ』
エルヴァや衛宮に『意識し過ぎ』『変だ』と笑われたが気にしない。何故ならできるだけ『状況を残して欲しい』とエルマに頼まれていたからだ。そして『エルさん』は僕達に5台のバイクを出してくれた。それが『KAWASAKI D-TRACKER(LX250J)』だった。
自らのアサシン・バイク団に配備し、以前僕達にも『街中最強バイク』と話していたDトラッカー。そこまで言うなら見せて貰おうじゃないか、Dトラの実力とやらを……。
『シンジ、お前の選んだその黄色いの。それ、本当にDトラなのか?』
『黄色いオフ車と来れば『スズキ』というイメージが僕にはあるけどなぁ』
『だろ? オレもだ』
エルヴァとアントニーが僕の選んだバイクにケチをつける。どういうつもりだ?
『忘れたか、シンジ? オレのバイクが『DR-Z400S』で、アントニーのは『DR250R』だぞ?』
『だから『S』マークや『SUZUKI』のロゴが見えなくても、そのチャンピオン・イエローを見ただけでピンと来るよ。ライムグリーンを見たら『KAWASAKI』と思うのと同じくらいにね』
ああ、そういう事か。
『珍しいでしょう? スズキは2002年からカワサキと業務提携していて、これは『SUZUKI 250SB』。DトラのOEMですよ』
ああ……。『エルさん』の説明で理解した。
『バリオスにもあったよね?』
『ええ。逆がイプシロンと名を変えたスカイウェイブですね』
なるほど。今の日本ではこういう同業同士の業務提携や異種業者の提携が流行っている。その事はオーストラリアにいてもニュースなどで知っていた。特にトヨタがそれにチカラを入れていた筈だ。その背景にあるのは、バブルが弾けて十余年、僕達のような若い世代に活気を取り戻すためだったと聞く。
現実、日本を飛び出した僕や衛宮は良いけれど、冬木に残った元同級生達は大学を出ても就職が困難だと知らされていたし、新聞の見出しなどには『就職氷河期』なる言葉が踊っているそうだ。
『ちなみに慎二さん。その2003年の『250SB』は私が姉のイリヤスフィールに贈ったものです。ですので、先に手に入れていた私の2001年製Dトラ(ポーラホワイト/青リム)と同じ仕様にカスタムしてあります。まぁ、そのカスタムとローダウンしても足が届かないところが気に入らなくて、姉は全然乗ってくれなかったのですが……』
うん。身長167cmの僕が、この『250SB』で爪先立ちだ。背が伸びた衛宮は両足が踵までベッタリだけど、もしイリヤスフィールさんが『エルさん』と同じ身長くらいなら、これは厳しい。良かれと思ったローダウンも、お姉さんには嫌味に感じられたのかもね。
後、『エルさん』は1999年の大きな『D』が描かれた青いDトラも持っているらしく、自分のアサシンに配備しているのもこの年のDトラと『KLX』が多いのだそうだ。セローでなかったのはスピードを重視したかららしいが、2ストを大量に手配できる頃でも無かった。なので『気分』でなく、かなり考えた上でのDトラと『KLX』だったらしい。
そしてアサシン達のバイクには、通しナンバー入りの『神威』というステッカーが貼られているそうだ。その意味は『抜け忍』だった。なんて意味深な事を思い付くのだろう。(なお、エルヴァにアントニー、アストルフォのDトラにはそのステッカーが付いていた。きっとアサシンのだ)
『私を裏切ったらバイクもろとも崖下へ真っ逆さまです。これを『飯綱落とし』と言います』
冗談だろうけど、『誰か』を道連れにやっていそうな物言いだった。こうやってエルマの言う『宝具』で持ち歩く以外も、数多くコレクションしていそうだし、盗難対策や防犯対策もバッチリだろう。おまけにこんな人なら抜かりはないだろうし、そもそも一般人が魔術師から物を盗めるとは到底思えない。
『まぁ、リンク式のローダウンは、サスのストロークに多かれ少なかれ影響が出ますからね。嫌う人がいるのは知っていましたが、街中ですとやはり爪先すら足が届かないというのは妹として……』
色々あったんだろうね、きっと。だってこの黄色いDトラは、エンジンガードやプロテクターが凄い事になっているからだ。これまで見せてくれたバイクには、ここまで主張するガードなんて着いていなかった。それはきっと『エルさん』が操縦するからだ。
僕の記憶だと、ちらりと見えた『カスタム中』だったらしい『SR』と『SRX』、それとトリコロールのバリウスに目立たない小さなガードがあった(クランクガード? サブフレーム?)。だけど一番大切にしているだろうゼファーの750には、何のガードもスライダーも着いていなかったのだ。だけどお姉さんであるイリヤスフィールさんに贈ったと言うこのバイクは、その手のガード類が半端なかった。
ともあれ僕と衛宮のDトラは『エルさん』が色々改造していて、かなり変わったものになっていた。それらの相違を普通のDトラを選んだエルヴァやアントニー、クロエ、アストルフォを混じえて『エルさん』が説明してくれた。それは2010年頃からチラホラ見掛けるようになったエクストリーム・バイクのハシリだった。
例えばクラッチ・レバーの前にもう一本レバーがあるのだが、そここそ後年のエクストリーム用と同じリアブレーキだが、左ステップの後方、つまりカブのような踵方向にもブレーキペダルがあった。そちらは前後同時に掛かるようになっていた。この踵方向のブレーキペダルは右側にもあり、そちらも前後同時だそうだ。なので前後の大型化されたウェーブ形状のディスクローターには、キャリパーが二つも三つも着いている。
この2005年(ここは2004年だけど)でこの改造は凄まじい。エクストリーム・バイク専門のカスタムショップなんて、2005年ならアメリカにもほとんどなかったんじゃないだろうか? つまり先駆者にありがちな事で、パーツのほとんどが一品物の改造品か自作品だろう。リアキャリアもよく見ればウイリーバーだし、そこから生えたステップもBMX用のものと思う。
ハンドルはどちらも『RENTHAL』というカバーが付いているし、ブレーキレバー周りには『ZETA』というロゴがある。僕が知らないだけで、きっと良いものなんだろう。エルヴァとアントニーはふんふんと頷いていた。
『エルヴァ、シロウのバイクのフォークに付いてるこの縦型の板は何だろう?』
『スタビライザー……だろうな。左右を繋がない縦型というのが珍しいが』
と、エルヴァとアントニー。この時『エルさん』は僕と衛宮に前側スプロケット13T、後ろが42Tだと言った。意味がさっぱりわからなかった。
『シンジ。ブレーキホースがメッシュなのも、利きを良くするためだ。タッチも良いはずだから、そういうのも見逃すなよ?』
そうエルヴァが言ってくれた。僕と衛宮はお互いに頷いた。だってブレーキホースがとんでもないタコ足になっているんだよ? そんなのを見た瞬間から『これは普通じゃない』ってわかるからね。さて僕達はベルトで転身してしまえばヘルメットはバトルスーツとセットのアレだ。だからかぶり直す必要は無いんだけど、『エルさん』はヘルメットを取り出した。
エルヴァやアントニーにアストルフォのためのお椀型と、彼女自身のオフロード用だ。いつぞやのトリッカーで遊んだ時のものじゃない。庇のないヴィンテージ風のヘルメットだった。このヘルメットは雑誌か何かで見た覚えがある。カッコ良いんだ。だけど、サイズを合わせても日本人だと厳しい。とにかく細長いんだ。
そしてそんなヘルメットの後ろには絵が描かれていて、それが俵屋宗達の屏風図を模した、風袋を背に雲をたなびかせる風神だった。何となくゼファーやバリオスと関係あるなと思えたけれど、そこは聞かなかった。
だってヘルメットの後ろの風神の目線は僕らが蠢(うごめ)く下界の衆生でなく、後続車である僕らを『同じ高さ』から睨んでいる事に気付いてしまったからだ。何ていうんだろう。貴族振った魔術師なんてエセ貴族だよね? 『エルさん』は本当に貴族の出で、教養も確かな育ちの良いお嬢様なんだなと僕には思えた。
やがて僕らは『エルさん』やエルヴァのレクチャーでクラッチ操作なんかを憶え、それから二人の先導でコースを数周回った。その数周の無人プライベート・サーキット走行後に『エルさん』は、一旦バイクを止めホームストレート前に、どこかから出したパイロンを規則正しく立て始めたのだった。