※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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119、冬木の日々 20

『エル様』達が姉さんを伴って北海道へ旅立ったのは、ゴールデンウィークの始まった週の頭だった。つまり26日の月曜日だ。ホントにここは2004年で、丸々私が1年生の頃とカレンダーが同じなのだ。なのに凛さんは3年生で……先週24日の土曜日がバイクの納車の日だったから、御本人はウキウキしてピカピカの『FTR223』に一声掛けて学園に向かったのがついさっきの事だった。

 なお、納車されたのは3台あったみたいだけど、内2台は『エル様』とミト様が宝具に収めて持ってちゃった。それで凛さんの、原付きスポーツ車はバイク屋さんが持って帰った。下取って貰ったそうだ。1台増えて1台減った。プラマイゼロなのに玄関は狭い。

 それは『エル様』が『これも眺めて楽しんで』と、凛さんが憧れている、とても白い色が綺麗な『SR400』を置いていったからだった。これは2004年の2月に発売されたモデルで、正に凛さんが集めていたカタログのモデルそのものなのだそうだ。つまりあちらでは去年のモデルだ。

 ちなみに以前凛さんがキックの練習に借りていたのは2005年2月の赤だった。それはつまり、凛さんが一つ『未来の情報』を知ってしまった事になる。だけれど先生が仰るには、その練習を行ったのが庭に『エル様』が張った結界の中だったから禁忌には触れないらしい。

 

「姉弟子は本当に私なの?」

 

 朝食後の洗い物をヴンダーとしていたら、ダイニングテーブルのこっちの凛さんが呟いた。

 

「私、数えた事はありませんが、背中にあるホクロの数とかも一緒なのでは?」

「え? 私、背中にホクロがあるの? どこ? 今までそんなの誰も言って無かったのに?」

「ホクロなんて無いですよ。綺麗なお背中ですよ」

「もう、エルマ」

「けどですね、凛さん。理論的にはそういう事ですよね? 並行世界存在と肉体的には同じであっても、考え方や好みは違って来ると……」

「ああ、そういう意味ね。そう、そこよ。でもさ、もっと微妙な違いだと思っていたのよ。ところが、こうして玄関に置いてあるバイクを見ちゃうとね~。それに玄関の靴箱の下は何? スプレー缶ばかりあんなに」

「ああ、あれはバイク用のケミカルでしょうね。靴箱の中には結構工具が揃っていますよ」

 

 そうなのだ。ここの凛さん、道具はきちんと揃えているようなのだ。ただエルヴァさんが言うには、『まだまだ足りない』らしいけれど。また、そう言えるだけの道具をエルヴァさんも持っているらしかった。と言うのはこの方とアントニーさんにアストルフォさんの職業が、いわゆる『萬引受人(よろずひきうけにん/つまり何でも屋)』だったからだ。

 水道・ガス・電気といった屋内配線に壁紙の張替え、家具や建具のDIY、クルマやバイクの修理にカスタム……。とにかく何でも自分達でやってしまう。勿論ライセンスの関係でできない事もあるけれど、それらもできるように少しずつライセンスを取ったりして、自分達でできる範囲を広げていた。

 それでもって魔術という、余所では滅多に見られないスキルがあるから、取り敢えず家賃分と食べて行けるだけの稼ぎには事欠かないらしい。それにお客がお客を紹介してくれるから、仕事も意外と途切れないそうだ。まぁ、それでも仕事は同じアメリカ在住のアインツベルンから回って来る事が一番多いのだとか。

 そしてエルヴァさんとアントニーさんは家事もマメになさるらしく、4:4:2の割合でクロエさんと分担しているそうだ。ただしクロエさんは食事の用意がほとんどで、アストルフォさんはアントニーさんとの洗濯が多く、掃除に日曜大工から電灯の付替えまで細々した事はほとんど全部エルヴァさんがクロエさんを助手にして行っているのだという。

 そんな事をこのところの共同作業中に伺った私だが、今週で何とか残るベルトの目処が付き、ゴールデンウィーク明けの週末5月8日か翌週頭の5月10日頃に5本全部が完成する辺りまで何とか漕ぎ着けたのだった。そんな私達をサポートして下さっているのは、47番さんと他のお二人。それぞれが何番さんかは聞いていない。

 なお私の些細な変化から凛さんもルヴィアさんも、47番さんに何かあると感じているようだ。まだ『お姉様』とは呼んでいないし、わかりやすい態度も示していないが、結構バレバレみたい。肌の色は違うから、黙っていれば『エル様』やパミ様にそっくりな47番さん。もっと言えば同時に出て来たお二人との見分けも付きにくい。

 なのに凛さんもルヴィアさんも他のお二人と47番さんの区別が私みたいに付いていた。まぁ、わかって当然だ。仕草と言うか佇まいが、まんまお姉様なのだから。そこもあるけれど、一昨日の晩ご飯に出て来た47番さんが作ったというおかずが決定打になった。そのおかずがサバの味噌煮だったのだ。

 サバというお魚を使う場合に大切なのは、誰でも知っていると思うけど下拵えでどう臭みを抜くかにある。切り身をバットに並べて荒塩を振って、汁が出て来たところでキッチンペーパーで軽く抑えるようにして臭みのもとになる汁を吸い取るという方法は誰もがやる王道だと思う。ところがお姉様は、凛さんにルヴィアさん、それと私やトロンメルに『軽く焼く』という別の方法を教えて下さった事があったのだ。

 それは去年の夏休み前の事で、親友の桜と初めてマウント深山の大衆食堂『あさみ』に入った頃の事だ。私はその頃、お店の名前も覚えていなかったから、ただ『食堂で身のしっかりしたコクのある味噌煮を頂けた』とお姉様に話しただけなのだ。するとお姉様が『お弁当用じゃない、普通のおかずとしての味噌煮ですね?』と仰って、凛さんにルヴィアさん、アーチャーさんやマルガリータさんも呼んで眼の前で作って下さったのだ。

 それがフライパンで一度軽く焼く味噌煮の作り方だった。捌きたての新鮮なサバの切り身に隠し包丁を入れ、お好みで片栗粉を少量まぶす。次にフライパンに胡麻油を薄く敷いて切り身を焼く。この時に後で煮込む分も計算して、身が固くなり過ぎない程度の焼き加減で火から下ろす。これを焼き霜というそうだ。

 お魚の臭み抜きにお湯を掛ける場合はお湯霜といい、総称して霜降りと言うらしい。つまり臭み抜きに何かをすれば、それは霜降りなのだ。そしてこの霜降りは、お肉のサシが入ったあれとは同音異義で、ブリのアラなどでも行う臭み抜きの方法の事だ。

 それで作り方の続きだけれど、別のお鍋(拭いたフライパンでも良い)に、味醂にお酒、ダシに砂糖を加えて火にかけ、煮立つ頃に別の器に取ったお味噌へ煮立った汁を少量入れてお味噌を溶かしておく。

 次に最初の煮立たせた調味汁に焼けた切り身を皮目を上にして入れ、落し蓋をして強めの火で10分ほど煮る。この時に下味用にお味噌を加える方法もあるそうだ。その後溶いたお味噌や刻みショウガや長ネギを加えて、切り身に味噌を回し掛けながら仕上げる。

 この仕上げの際に別鍋で溶かした風味付けの田舎味噌や赤だし味噌を掛けても美味しいし、愛知県で手に入るソースのように使う調理味噌を掛けても美味しいそうだ。それで出来上がったら長ネギとともにお皿に盛り付け、山椒の芽などを添えて完成だ。長ネギは先に炙っておくとなお良いそうだ。

 

『あなたが頂いたというお店とはお味噌の銘柄が異なるでしょうから、仕上がった味は多少異なると思います。ですが身の締まった歯応えと香ばしさは出ていると思いますよ。ポイントは食堂では鯖の塩焼きを焼く最中、追い塩を振る前に、半焼きのサバを調味液やお味噌を溶いた味噌鍋に入れて味噌煮にし、残りの追い塩した分を塩焼きで完成させているのだろうなと想像できるかどうかにあります。つまり時間短縮のために同時に作っているという事が想像できるかという事です。そしてそれは下拵えを一気にやってしまおうという意味にもなります。当たり前ですよね? 営業している食堂なのですから。ですがそういう部分が見えて来ると2年の調理実習が楽しくなりますよ』

 

 と、お教え下さったのだ。つまりお姉様はこの時、今にして思えばだけれど、2年に上がってからの調理実習は、家族の人数分を限られた時間で作れるかどうかが課題になって来るぞと少し匂わせていたのだ。そして黙って聞いていた凛さんとルヴィアさんは……ん~……。気持ちを引き締めて聞いていたんだろうね。

 ところで、元々サバの味噌煮が作れるアーチャーさんでも、この少し焼くという臭み消しと、仕上げに別のお味噌を入れたり掛けたりといった方法は知らなかったらしく、随分と感心されていた。取り分け少し焼く方法は『これも霜降りになるのか』と驚かれていた。

 そんな訳で今のエーデルフェルト女子寮は全員味噌煮が作れるし、サバのガーリックバター風味トマト煮や、サバのハーブ焼きなんかも教わっていたからバッチリだった。もっと言えばお姉様のレシピには『母国のレストランのものより美味しい』とルヴィアさんに言わしめたサーモンのクリーム煮があるし、お味噌を使わないのにご飯が進むサバの煮付けもある。

 なのに、そんなお姉様の味噌煮に負けず劣らずの品を47番さんは作ってくれたのだ。だから凛さんにルヴィアさんは、47番さんを『この人はエルヴァさん?』となった訳だ。

 

 だけどそこを考える上で次の事も理解しておかないと行けない────。

 その前の余談というか前段として、まず『エル様』はご自分の中に1から100までの『思考』をお持ちな点だ。そこに続く101番から103番までを振られているのが私とヴンダーと、トロンメルなのだけど、当然ながら私達はホムンクルスで、『エル様』の『分割思考』とは関係ない。顔や体型が似ているのは雛形が『エル様』ご本人だったからに過ぎない。精神と思考や意識と肉体は個別に捉え考える必要がある。なので私達姉妹は別物と考えて欲しい。

 そこで本題だ。『エル様』は何故そんな分割思考に人格を与えるような事をされたのか? その理由はご自分と意見を交わしたり、議論を重ねられる場合その方が都合が良かったからだと伺っている。そして精神体とも言える皆様100人全員を、宝具内の空間ならともかく、外に用意できる素体や人形の数にも限界があるから毎回毎回外に出していられない。なので外に呼び出す場合は『素数から選ぶ』と決めていらした。なぜに素数?

 それはともかく1から100までの間にある『素数』は、2,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31,37,41,43,47,53,59,61,67,71,73,79,83,89,97の25だ。つまりこの25人の方々が100人の中のリーダーやサブリーダーみたいな立場となる。また一桁台を含む20番以下は『エル様』そのものでもあるから、外には出さないとも伺っていた。

 すると残るは23,29,31,37,41,43,47,53,59,61,67,71,73,79,83,89,97の17人となる。この中の23,29,31,37の4名方が賛成派(肯定派/ポジティブ)で、41,43,47の3名方が反対派(否定派/ネガティヴ)を担当していらっしゃる。つまりお姉様は元47番だったから『エル様』に反対の観点から否定的意見を述べる論客だったのだ。

 そして53,59,61,67の4名方が第一中立派(ニュートラル)となり、71,73,79の3名方が第二中立派(と言うより決を採りやすい人数にするための予備人格らしい。だから日和見主義なのだそうだ)で、残る83,89,97の3名方が調整役(ディベートの審判みたいなもの)だと伺っていた。

 となると『エル様』のビジネスを支える上でもミト様(29番)は肯定派だからイケイケで、反対派だったお姉様(47番)とは真逆の立場だった訳だ。どうもお姉様が日本に残されたのはそこにあるみたいだ。またパミ様(83番)は中立派でもない調整役だ。

 この他、ミント様(31番/賛成派)、トリンキン様(59番/中立派)や、お名前は知らないが37番様や53番さんが、『エル様』が比較的外に出す機会の多かった方々だ。要はこれら比較的『エル様』が重宝した『ナンバーズ』の中の冬木住まいだった方々が、シロウ様から料理を教わった経験や記憶のある『ナンバーズ』で、その中に47番だったお姉様も入ってたという事だ。

 以上を踏まえて『ナンバーズ』の方々の存在をもう一度考えてみたい────。

 それは『精神体』についてだ。これら複数に分けられた精神に、『エル様』は『そういう側面もあるよね』という範囲で収まるようなフィルターを掛け思考を分割して運用した。ここまでは理解できる。それに思考とは脳というタンパク質のカタマリが、電気的な刺激を受けて取捨選択している訳だから、そこは『CPU(中央演算処理装置/セントラル・プロセッシング・ユニット)』の動きそのものだ。

 次に思考の分割は、コアを増やしたとも捉える事ができるから、100コアになったと考えれば納得できる。勿論これは理解するために簡易的に置き換えた考え方で、そう単純なものではないだろう。やはり人であるからには、その人が持って生まれた、基本的な芯のあり方や性向に嗜好などの偏りは避けて通れないだろうし、厳しい人生を歩んだ末に、醒めて達観した視点を得たお年寄りではないのだから、若い『エル様』が理性で抑えるのは、財津一郎さんなみにキビシイと思う。

 

(ちなみにウチのお姉様は、財津と聞けば『チューリップ』と連想する人だった。だというのに小田和正の『ラブ・ストーリーは突然に』をお風呂やトイレで歌い出す人でもあった。特に吉川先輩という彼氏ができたてホヤホヤの頃は。失恋したら『オフコース』ばかり鳴らして部屋に籠もりそうなんてトロンメルも言っていたくらい、良く言えば一途だけど悪く言えば引き摺る部分のある人でもあった。だけどその情の深さがお姉様の魅力でもある)

 

 そもそも思考と意識は切り離せるものではないから、幾ら人為的にフィルターを掛けたとしても、そこまで個性に差が出る筈がないと思うのだ。つまり『エル様』にもお姉様のような乙女な部分があると考えるのが自然な訳だ。

 というのも、その人を形成するバックボーン……即ち、その人のこれまでを培った環境や記憶などなど────、『エル様』個人では変えられないからだ。良い例が並行世界に於ける異世界同一体だ。『エル様』とスイスのエルヴァちゃんとでは年齢も違うから、環境どころか取り巻く歴史も異なり、その作用は大きな影響を与えていると想像できる。

 ところが私達の方の凛さんとここの凛さんは、性格こそ似ているが、ご両親の生死などの変化が環境や心理に大きな影響を与えている事が見て取れる。なので、咄嗟の時の行動や土壇場での決断に大きな差異が出るだろうと私は考えている。実際、こうして一緒に暮らせば暮らすほど結構差があると感じている。この辺りは誰でも理解できるだろう。

 それでこの辺りの変化を『エル様』ご本人(私達の凛さん)と、分割された精神体(こちらの凛さん)という具合に落とし込んで考えた場合、やっている事はさっぱりわからないけれど、私はお見事な制御だなと感心するばかりだ。運用されている間の心理作用や影響が『エル様』の中でどういう負荷を与えているのかはわからない。頭の中がヘンにならないかと心配なくらいだ。

 けれど少なからず『エル様』にはこのややこしい運用を表面上は平気でこなされているし、なおかつ個々の個性や人格に特別な愛着をお持ちなのもわかる。それは『自己愛』だろうか? それとも家族愛に近い『姉妹愛』だろうか? 以前、お姉様は『仲間にはイリヤ(双子の姉)に対する感情とは別の感情がある』と仰っていた。

 そしてそれはヒントであるのみならず、とても重要なことなのだとも想像できた。何故なら、そうでなかたっら漂流したお姉様をわざわざ探しに来られなかったと思うからだ。本当なら、失えば代わりとなる『新たな47番』を、部品を交換するように据えれば終わりだ。そして実際そうなった。『新47番』の人格を作っておいでだった。

 だけど『エル様』はお姉様を探された。この時の世界移動は凜様が行って下さった訳だけど、一体いくら支払われたのか……。また、お姉様と無事再会でき、連れ帰ろうとした矢先に、お姉様は『ここに残る』と『エル様』に訴えた。その時の気持ちはどんなだったろう?

 ただ『エル様』はお別れの時に『47番は永久欠番』と仰っしゃられた。それが口からのでまかせと言いたいのではない。単なるリップサービスだったとも思えない。そういう言葉がすっと出るほど『エル様』はお姉様に限らず『個々のナンバーズ』に執着していたのだ。

 つまりそれだけ重要な存在だった。そしてそこに『部品(パーツ)』を見る視点があったのも否めない。けれど『愛情』があったのもこれまた否定できないのだった。私達のような魔術師でないと理解できない感情かも知れないけれど……。

 また、これら『ナンバーズ』の方々の他に、香港のアオレアール様や、元の世界のドイツでパミ様達と暮らされるボーデン様のような『分身』もあちこちにいらっしゃるのだ。こんなのもう、ワルキューレのカードを使って『誰が私自身だ?』なんて浅い考えで悩んでいられないレベルだ。『エル様』のハサン達が吹っ切れている風に感じられるのも、そこに答えがあるのかも知れなかった。

 

 

 

 さて。こんな分割思考や分割意識を駆使して、一人脳内会議をいつも開催されている『エル様』な訳だけど、その会議からどの意見を拾い、採択するのかの最終決断は、当然『エル様』がご自身(お姉様曰く、その意識を指して『0番』というのだそうだ)が下すのだが、この構造というかシステムというか……が、およそ人とはかけ離れたものである事が、ここまでの説明で何となく理解できた事と思う。

 そして半分人造生命という方だから、お父様(若い頃の切嗣様)が求めても得られなかった『機械的な判断』の仕方は得意中の得意な事に気付いただろうか? あの御方は合理的に必要であると判断すれば何でもやってくる。周囲に害も影響も出ない結界内なら核兵器も平気で使うと先生までが仰っていたから度肝を抜かれた。

 

『そうか! 相手をサイフの中に閉じ込めて、その中でぶっ放すのか!』

『そうだよ! 強度にも拠るだろうけど、理論的にはここじゃない異世界だから安全性が高次で確保できるんだ!』

 

 先生はそう叫んだエルヴァさんとアントニーさんに、『対英霊』で本当に起爆したところを見たと仰っていた。それを聞いていた慎二さんに士郎さんはドン引きしていた。勿論、私やヴンダーも。凛さんとルヴィアさんは首を振って頭を抑えていた。そりゃそうだろう。

 通常兵器が効かないとされる英霊だけれど、きっと爆心地は地獄だったと思う。そして『エル様』ならそんな地獄絵図の中でもキッチリとデータを取っていたに違いない……。恐ろしい……マジで恐ろしい人だ。そんな恐ろしい人が、私達鋳造物に求められておられるのが『機械的な判断』でなく、真逆の『人らしい他者を思い遣る判断』なのだから不思議だ。

 だけどこれを聞いたエルヴァさんはクロエさんの手を握って頷いていた。いや、先に握られていたのか?

 

 

 

 

 

 そんな事を思い出し考えながら、47番さんがいれてくれたお茶を頂くと、どうにもこうにも恐縮してしまう。どこぞの突撃芸能リポーターのように神経が太ければ良いのだが、この方が手ずから入れて下さるのだと知ると恐れ多過ぎて飛び上がりそうになってしまうのだ。

 そして振り返って考えてみれば、それも私の早とちりに近い感情だと理解して更に恥じるのだ。47番さんにしてみれば、お茶をいれたのはアーチャーさん達に休憩して貰おうとの軽い心遣いなのだ。私達にお茶を振る舞うのは、軽く思い立った代理行動であり、一がアーチャーさん達へのねぎらいが先にある。

 なのでそこに自分をよく見せようとか、礼儀正しく見られたいといった打算が一切ない。ごく自然な行動なのだ。私もトロンメルもこんなお姉様の後ろ姿をお手本にしていた。計算しない、欲のない善行は、その人をより輝かせ美しくする。こういう内面から湧きがるものは、教えられて身に付くものではないし、躾けられても自然と出て来ないものなのだ。

 

『言葉が変われば心が変わる。心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。とあるアメリカの心理学者の言葉ですが、美しく正しい言葉を選んで話す習慣を身に付け、綺麗な文字を書くよう心掛けるだけで変わって来ますよ』

 

 と、ある日お姉様は『エルヴァ先輩』として、弓道部女子更衣室で話して下さった事がある。この最初の『言葉』の意味は、『始めに言葉ありき』のアレを善意で解釈したのでなく、『言葉』が人と人をを繋いで結ぶ重要なツールであるからだ。そこを認識したところから、人は他人や社会との関係を考え出すようになる。

 文字も同じ意味で重要なコミュニケーション・ツールだから、意思伝達の上で誤った情報は他者に与えられない。そこも『思い遣り』であり、『気付き』なのだ。こういう方向性で毎日『気付き』を得れば、今度は自分を律する。その律せる状態を指して『躾けが行き届いた』と言い、それが自分の名誉だけでなく家の名誉にも繋がって来るだろう。

 だから自分で自分を躾けられる人間を目指さなければならない。弓道もその自分を律する上での便利なツールだから、有効に利用しないと損をする。なんて事を良い香りを漂わせながら話して下さった。あの頃の私達は1年生だから、3年生を雲の上の存在に感じていた仲間も多かった。

 だけど当時の『エルヴァ先輩』という3年生の人だけは時々こういう大切な事を、着替えながらサラッと話してくれるから好きだという1年生もやたら多かった。日々の学園生活での悩みや、勉強に対する姿勢や心構え、果てはお弁当の事まで相談できる人だから本当に人気があった。

 そんなお姉様の背中を見て来た事で、私も多少は自分を『躾けられた』のか、『アインツベルン先輩』と新1年生から慕われつつある。だけど安心しても慢心してもダメだ。私は47番さんの動きを見て『まだまだ遠いな』と恥じいるばかりだった。

 

 

『ああ、筆記試験と実技試験だ。筆記試験に合格したら1年間有効な仮(テンポラリー)ライセンスがその場で発行される。その代わり、夜に乗るな、ハイウェイに乗るな、二人乗りするな、って色々制限がある。これは早いとこ近くのDMV(陸運局みたいなもの)を予約して実技試験を受けて来いって意味だ。あんなの誰でも受かるからな。だから、クロエ。心配ないから受けて来い。一緒に行ってやるから』

『……マスター』

 

 エルヴァさんがクロエさんにバイクの免許を取って来いと話しているのだ。なお、慎二さんも士郎さんもM1免許という、日本で言うところの大型免許を既に取得済みなのだそうだ。やる~。

 

『出前やちょっとした買い物にも走って貰いたいからな。シカゴに来た時にバイクとクルマの免許は真っ先に取らせた。それに何よりシカゴだと免許がないとやって行けんからな。確かにメトラはあるし、ペース(PACE)バスもあるので公共機関は充実しているのだが、アメリカでクルマやバイクという選択肢を外すのは賢い方法とは言えんからな』

 

 あちらのアーチャーさんの言葉に耳を傾けるこちらのアーチャーさん。シカゴからカリフォルニアのサンフランシスコ間と、シカゴからロサンゼルスを結ぶ二つのアムトラック(Amtrak/長距離旅客鉄道)についても話していた。ロサンゼルス行きはサウスウェスト・チーフ(Southwest Chief)といい、サンフランシスコ行きをカリフォルニア・ゼファー(California Zephyr)というらしい。多分『エル様』はご存知だろうけど。

 それとグレイハウンド(Greyhound)という全米を網羅する長距離バス会社も外せないと話していた。こっちのアーチャーさんは首を捻っていたが私は知っていた。これはサイモンとガーファンクルの『アメリカ』という曲に出て来たバスの事だ。このバスに乗っていた恋人達が、ギャバジン織りのスーツを着た男性を見て『ねぇ、アイツって(もしかして)スパイじゃない?』『気を付けて、きっとヤツの蝶ネクタイは隠しカメラだから』と他愛もない会話を交わすシーンだ。

 お姉様がこの歌を大好きと言っておられて、その歌の舞台となった60年代末期のシルバーのグレイハウンドバスの写真を見せて下さった事があったのだ。今のグレイハウンドは日本の地方を走る路線バスのような味気ないデザインでガッカリするけれど、当時のはエアストリームのようにシルバーの鋲打ちパネルが輝き、カリフォルニアの青い空とピッタリなのだった。

 夏にはカリフォルニアのお姉様とお逢いできるから、本当に楽しみでならない。できるなら二人でグレイハウンドに乗って本物のアメリカを探しに行きたい。私が本当に好きなのはアメリカのお姉様でなく倫敦にいらっしゃるお姉様だ。だけど私という歪んだ妹に一度切りとは言え応えて下さったのはアメリカのお姉様だった。

 あのルーマニアでの夜にお姉様は私に色を付けてくれた。その事は一生忘れられない、胸に秘めた思い出だった。西風が笑おうとも、私はお二人のお姉様に、この人工の生を賭けようと決めた夜だった。

 

 

『ホンダの何だって?』

『CMX250Cだ。日本で言うならレブルだ。それの中古を、こいつらに練習用に与えて免許を取らせたのさ』

 

 ああ、あのチョッパースタイルの。あれってアメリカにもあったんだ?

 

『日本だと1999年で終息しましたが、アメリカだと今も現役で販売されていますよ。日本製250ccのアメリカンなら、その『CMX250C』とスズキの『Intruder LC250』はよく見かける方です。街中ならニンジャ250ですけれど、確かバイクを持っていない人に民間の練習所が貸し出すバイクに一番多い車種がその『CMX250C』だったと聞いています。ですので排気量が小さくとも結構見かける機会が多いのだと』

 

 と、47番さんが教えて下さった。へぇ~。やっぱり元は『エル様』だからお詳しい。お姉様もそうだった。バイクに余りご興味がなさそうなのに、妙にお詳しかった。ランサーやランスロットさんの言葉だと、セイバーさんが褒め称えるほど乗り方もかなりお上手なようだったみたい。

 ただお姉様は、大型免許でなく、普通という400ccまでの免許と自動車の免許しかお持ちじゃなかった。バイクよりクルマの方が好きだと公言してらしたからそれで良いのだろうけど、こうなって来ると何とも不思議でもあった。だって47番さんも大型自動二輪免許をお持ちだったからだ。

 どうして免許の種類が異なるのか? それはお姉様が満18歳を迎える前に二輪の免許を取得されたからだった。やはりお姉様にとっては普通自動車運転免許取得の方が重要だったようで、二輪は400cc未満で十分だと考えられたからのようだった。だけど47番さんを含む『外で活動する場合のある人』は取得を『エル様』から促されらしい。

 そしてどうやらそれが『エル様』の代行を務める上での必須条件らしい。この辺は詳しくわからないが、『ナンバーズ』の方々と個別の契約があるみたいだ。それで段階を追って自身で付けたオリジナルの名前を名乗る権利を得たり、汎用品でない人形が貸与されたり、それを使っての活動の支援を受けたりするらしいような事が断片的に理解できた。

 そしてここが驚きだったのだが、何と47番さん以外のお二人は47番さんに『エル様』が貸し与えた、自立プログラムを組まれた人形だったのだ。ただ、『エルマにはバレると思うから、そろそろ危ないなと思ったら全部明かして良い』と言われていた事までこっそりと明かして下さった。

 そして『47番である事は間違いがなく』『お姉様(前任者)の後任であり、お姉様とこの1年の記憶や経験は異なるけれど、同じ人格である』事なども真摯に念話を混じえて話して下さった。また、『Elva』でなく普段は『Elsa』と名乗っている事なども────。

 

 この点を私はどう捉え受け止めるべきなのか。『Elva』は『エル様』のお名前だ。ではお姉様も本当のお名前は『エルサ』なの? だけどエルサさんはそれは違うと言った。どうやらお姉様はご自分だけの名前が無かったのだ。と言うよりも『名前は『エル様』が独立した存在と認めたナンバーズにのみ付与する特典』だそうで、お姉様が『そのままで良い』と仰ったのと、並行世界だから『エルヴァ』と名乗る事に何ら問題ない訳で、『特別に許した』という体裁にしているらしい。

 

『彼女、多方面に忙しい分、結構抜けていますから。あなたのお姉さんにそこの部分を詳しく話していないのかも?』

 

 だって……。お姉様もたまに信じられないポカをするから、そういう事なのかな?

 

 

 

 この日は皆さん本当にまったりと過ごされていた。それで来るゴールデンウィーク期間をどうするのかで盛り上がった。当然ながらそんな祝祭日が連なる週なんて珍しい上に、土日も絡めて計算し、隙間の平日も含めて強引に連休にしようなんて発想する国が海外にあまりないから、エルヴァさん達はそんな習慣に驚いていた

 だけど作業に目処も着いている事だし、頭を休めるためにもどこかで休暇を取ろうという話もゾウケンくんと前もって話していたから、私達もそれぞれ思い思いのままに数日は休もうという事に決まった。そこで先生にルヴィアさん、そして二人の凛さんが『一泊二日で温泉に行く』事が先生のきっぱり宣言で真っ先に決まった。

 当然、『いくら何でもいきなり過ぎ』『ゴールデンウィーク前日なのに予約が取れるの』と私達の方の凛さんが驚いていたが、学園から使い魔を通してこちらの凛さんがこんな事を教えて下さった。

 

『そりゃ温泉旅館だったら無理だけど、私も一応ビジネスを展開しているからさ。遠坂の名で捩じ込めるところもあるわ。それにどうせ遠出ができるほども休めないし。なら気分転換を兼ねて近場の温泉の出るビジネスホテルにでも泊まって、ゆっくり過ごして、昼や夜は美味しいものを食べに出ようかって前々から先生に誘われていたの』

『ああ、そういう方法ならありね?』

 

 と、凛さんと凛さん。それでそのホテルが何とアメリカのお姉様が旦那様と泊まられ、パミちゃんと出逢ったジャグジー付きのビジネスホテルだった。ただし向こうとは第四次での流れが異なるので、ここではそのホテルを遠坂の持つ会社が経営していた。あちらでは地主が遠坂でホテル経営には関わっていないという。

 また先生が仰るには戦禍の余波で土地のカタチが異なっていて、こちらのホテルの方が少し大きく広いのだそうだ。そこでそういう計画が先生におありならと、先々週くらい前に凛さんが会社に電話を入れ、パーティ用大型ジャグジーのあるスイートを一つ、5月2日(日)から5月5日(水)までの四日間取ってあったらしい。

 そうなると私達はどうしようかとなる。これは先生の片手落ちではなく、元々弟子の世界を巡る一環のついでであったからだ。なのでどこかのキャンプ場に予約が取れないかと凛さんに頼んでみた。日程は留守を守る必要もあるので明日の4月29日から5月1日までの3日間。

 すると凛さんは即座に探してくれ、冬木市の浜辺にあるキャンプ場を取ってくれた。そこならバスで行けるし、ランサーやランスロットさんに、アメリカ組も楽しめる。テントは『エル様』が支払ってくれたランサーやランスロットさんの新調したものがあるし、私ら女性は同じ深山町なのだから、この家まで歩いて帰っても良い。

 それにこの案ならアーチャーさん達や、『エル様』や先生から家事や私達のサポートを頼まれている47番さん組も適度に抜けたり戻ったりと参加できる。なので皆さんもこの案に乗ってくれ、バーベキューを中心に据えて楽しもうと決まったのだった。

 

 そういう理由で食材の買い出しはエルヴァさん達とランサーに行って貰った。これは既に時刻がお昼を回っていたので、仕込みの事も考えて急ぐ必要があったからだ。つまり食材運びの人手だ。それとエルヴァさん達がバーベキューの国の人なので手慣れている事、士郎さんも居るので物価を考慮しない無茶な買い方をしないだろうと思えた事なども理由としてあった。

 だけど最大の理由は、先々日から本日までアーチャーさん達に休んで貰おうと決めていた事にある。そこがあっての47番さん達とも言えた。言い出しっぺは先生で『エル様』が47番さんを置いて行かれたのも、このゴールデンウィークの事を想定しての事だったのだ。

 だけどこれも私達ベルト班の作業がほぼ片付きつつあったから、急遽捩じ込んだ休暇だった。そんな訳でここ二日の凛さんのお弁当は47番さんが用意し、お洗濯や掃除は47番さんと残った後のお二人に私とヴンダーだった。休暇が出たお二人のアーチャーさんは、例の黒い服装で日中は散歩ばかりしていた。

 本人はそれで十分満足そうだし、私や凛さんも慣れていて、『あれで結構気分転換している』事を知っていた。だけど一見すると世間一般の娯楽や遊びを知らないように見える人というのは、客観的に見た場合、かなり物悲しい存在だ。お姉様のように料理が趣味だと、ズバッと言い切ってくれたなら周囲も楽なんだけど、本人は決して趣味とは言わないんだよね。

 あっちのアーチャーさんなんて、なまじ食堂(レストラン兼デリカ)なんて開いているものだから、『料理は仕事』と言い切っている。そこの良し悪しはおいて、少なからず周囲の人はその理由に安心する。お姉様が冬木にいらした頃に指摘していた、アーチャーさんの悪いクセだ。

 このクセというのは、正義の味方という対価を求めない無償奉仕活動を長年行っていた事に拠って染み付いた悲しき習性なのだ。

 

『士郎。プロは必ず対価を求め、アマチュアは対価を求められないものなの。何故ならプロには責任が伴い、アマチュアは責任を負わないからよ。ねぇ、どちらに救けて欲しい? どちらが安心できる? 成功報酬を求めない、ボランティアと混同した活動なんて不気味なだけなのよ。完全な善意だけで成り立たせろというボランティアというのも胡散臭いけどね。だって現地への移動や持ち込む食材の費用は? 天災じゃないのよ? 戦争なんて人災でしょう? だからその戦争を決めた国の政府が負担すべきなのよ』

 

 戦争はそんなものじゃない。そんな損得勘定で動けるものじゃないし、そもそも人命に係わる切羽詰まった状況で、責任論に帰結するような、そんな論法はオカシイ……。

 

『それこそ『そもそも論』だけど、戦争は、そういう状況に持っていって儲けようと考えたやつが起こすものなの。家と家、村と村とかのちっぽけな関係性の問題じゃないのよ? 国家と国家よ? 必ず反対する人も出て来るの。それで話し合いで解決できないかと行動するのよ、皆んな。それでも無理な、開戦已むなしの雰囲気や空気、状況に持っていくのは誰? 国民が選んだ政治家? それとも政府を支える官僚? そんな人、まず居ないわ。仮に金を掴まされ弱みを握られた者が居たとしても、ごく僅かでしょうね。それよりも、いつの時代もかわら版屋が扇動者を兼ねるのはどうして? そこから見ていきなさいね。国民の空気が変われば、社会も変わる。社会が変われば企業も仕事を得るために迎合せざるを得ないの。あんたのお父さん、個人で社会を換えようとしていたの。わかる? そういう風に考えたら、他にも方法はあるでしょう? 今の士郎だと、TVのニュースで憤慨したり笑顔になったりする短絡的なお年寄りと同じだわ。芸能人に報酬が出ているとも噂される、会計が一切公表されない24時間に疑問を抱かず募金をする……そんな浅くて安っぽい正義で良いの?』

 

 先生の旦那様であるシロウさんは、その昔若かりし先生から以上のような事を言われたそうだ。ただこの話の内容には、シロウさんでなく、並行世界の『衛宮士郎』への怒りがかなり含まれている点に注意が必要だ。そしてお姉様がアーチャーさんにこのエピソードを打ち明けていた。私はたまたまそこ(食堂)にいたので、このエピソードを又聞きし憶えていたに過ぎない。先生が魔法を得たばかりの19歳か20歳頃の話らしいから、先生はやっぱり並じゃないね。

 

 

 

『え? どうして彼がハーレーを好きなのかって? それはまず、エルヴァの家は親父さんもお兄さんのエドガーもハーレー乗りだというのがあるね。バイト代を注ぎ込んでツインカムを買ったのも、エドガーに薦められたからだよ』

 

 耳に入って来た話は士郎さんとアントニーさんの声だった。リビングの端にいた私の耳を刺激したのは『エルマー(Elmer)』という私に良く似た名前が出て来たからだ。話の流れから察するにエルヴァさんの弟さんの名前らしかった。それでお兄さんは『エドガー(Edgar)』と言うらしい事や上の妹さんが『エレイン(Elaine)』、下の妹さんが『エミリア(Emilia)』というのもわかった。お見事なまでに全員『E』から始まる名前だった。アインツベルンらしい名前だなぁ。

 

『ああ、兄貴からそうしろって言われて、気張って買ったのが88キュービックインチ(約1450cc)のFXDWGワイドグライドだったんだ。ま、薦められただけでなく、そいつとローライダーが一番安かったってのもあったし、クロエを乗せていても落っこちないシートが最初から着いていたってのもあった。高かったのになぁ……』

 

 ハンティントンビーチに来る上でスズキのバイクと天秤に掛け、ハーレーをテキサスの弟さんに譲ったようだ。どもうそれが心残りだったところを、士郎さんが何気なく『ハーレーってどうなの?』みたいなところから始まった話だったみたい。

 

『ま、オヤジがFX1200スーパーグライドってのを持っているし、兄貴はFLSTFのファットボーイだ。それであっちのガレージに並んでいる方がサマになるなって。うん、そうだ。エルマーに譲ったのは2000年代のツインカムだけど、兄貴のは90年代のものだよ。そうそう、映画の『T2』からだよ。シンジはわかってるな。それでオヤジのはワイドグライドはタンクの細いショベルヘッドだな』

 

 そのショベルがどうこうという話が士郎さんにはわからず、慎二さんはわかるらしい。エルヴァさんやアントニーさんの説明で、エンジンの上にあるタペットカバーという部分のデザインでハーレーは大体いつの時代のものかがわかるのだそうだ。古いのだと変速機が手動で、逆にクラッチがペダルなのだとか。

 

『ちなみにオヤジのオヤジ……つまり爺さんだな。そっちはパンヘッドを持っていたらしいぞ。遺しとけって、な?』

 

 そちらも大概凄いものらしいけれど、後日私はハンティントンビーチのお姉様のところでもっと凄いものをガレージで見る事になる。それが1947年製と1948年製のフォークがスプリンガーというFLだった。47年のそれはナックルヘッドの最終年で、48年はパンヘッドの初年度のみのモデルだそうだ。ピカピカのまま保存されているので、一体幾らになるのかわからないプレミアムものなのだとか。

 

(『これは!』と気付いたお姉様は、家族の誰にも無闇に触れさせず、旦那様と二人だけでパミちゃんの持つ宝具の中に収め直したそうだ)

 

 それでそんなナックルヘッドやパンヘッドのような古いハーレーは手動で点火タイミング(進角)を変える事ができるそうで、その進角を遅くするとあのV型二気筒がカッポラカッポラと馬が歩くような三拍子になるらしい。そしてそれはエンジンには良い事では無いけれど、人の耳には心地よいものだったからマニアの求めるサウンドとなったそうだ。

 

(こんな進角なんてものを可変できるツマミが付いているのは、バイクそのものだけでなくキャブレターなどの補機類も、市販されるガソリンの質も黎明期のバイクだったからだ。またセルモーターもパンヘッドの終わり頃からだから、それまでの始動は全部キックだ。1000ccで片肺500cc、1200ccで片肺600ccなわけだから、『SR』二台分のエンジンをキックすると置き換えて考えれば、その醍醐味が想像できると思う)

 

 これはクルマのV8と同じで、アメリカはマシーンの速さよりも音や振動の心地よさを優先する、音楽の国だったのだ。むしろ西部の開拓時代から馬や馬車のそんなサウンドをを通じて歴史を歩んだから、切っても切れないものらしい。そこがわかっていないとロックもジャズもバイクやクルマも見えて来ないのだそうだ。

 なお、1947年製と1948年製のどちらも御館様のハーレーだけれど、この他にもオールド・ハーレーやヴィンテージ・ハーレーが、年代物のギターやアンプとともに色々あった事や、更に数年後に出産後のお姉様が、ひょんな事から北米版ゼファーの550ccを手に入れられ(※)レストアしていた事も明かしておこう。

 そして『エル様』がゼファーに拘るのも、お姉様がレストアしたのも、空冷四気筒の排気音が心地良いからだった。

 

※)1993年頃のモデル。800ドル? 確か日本円で10万円しなかったとか。日本国内でも、90年代前半のゼファー400の中古相場は2~30万だったらしいから、かなり格安。元は赤だったそれを、お姉様は雑誌で見た400χのG8F(第8世代? 新発売から8年目?)にあったブルーボールに塗り替え、ロゴも『Kawasaki』でなく『KAWASAKI』と大文字にされているらしい。

 なお、『ナンバーズ』の方々が『エル様』の代役を務められる際は、『エル様』になりすます必要から必然『エル様』がお持ちの衣類やバイクなどを使用される訳だけど、精神体だから個人としては何も持たない人ばかりらしい。それでも個別の任務が与えられた場合はその限りでなく、結構個性が際立つのだとか。

 といってもそれぞれが『エル様』の一部だから、バイクで言うなら『SR』を選ぶ人や『TW』を選ぶ人、ゼファーを選ぶ人、そういうのに興味がない人などが居るというだけの事だ。

 

 

 

 私がそんな風に考え事をしていたら、エルヴァさんが慎二さん達との会話の流れからエルサさんに声を掛けた。その時のエルサさんは、エルヴァさん達の買い求めて来たキャンプ用の食材を、私とキッチンで仕込んでいた。この声掛けはエルサさんがお姉様のように『中立・中庸・ニュートラル』な視点から意見が言える事と、まるで『エル様』のように『立脚点や視点』を変えて、全然違う内容なのに『そういう考え方もできるのか』とどこかで納得できる意見も話せるからだ。

 つまり漸くエルヴァさんやアントニーさんは、ここに至って『エル様』という人に輪郭が掴め始めたのだろう。私にしても『イリヤちゃんやクロエちゃんを思って』お姉様が、意見や考え方を悪性に染めず善性あるものに敢えて偏らせて話されていたのだと、そこでハタと気付けた。つまりお姉様も今まで話そうと思えば、まったく別人のような考え方が異なる意見も話せていたという事だ。

 そこが『ナンバーズ』の特質なのだと思う。そしてそれは『エル様』的には、常に脳内ディベートをしている状態だろうから相互に与える影響のほどはかなり大きな物だろう。そこまで考えれば、エルヴァさんやアントニーさんにとっての『エル様』は深く考察するに値する人物だった。単なる性別違いの並行世界存在ではない訳だ。

 エルヴァさんってアメリカ人らしく大雑把なところがあるけれど、かなり深い事を考えるタイプでもある。この部分は親友のアントニーさんと培ったモノっぽいけど、良い具合に影響しあっていると私には思えた。またそこに慎二さんと士郎さんが加わる事で、より深くなっているようだった。

 そんな事がこの移動期間に良くわかった。なのでエルヴァさんは『エル様』の人となりを通じて考察に値する人物とかなり前から踏んでいたのだと思う。その理由はホムンクルスを鋳造する上での性格付けに役立つと睨んだからだ。だから何よりそのミステリアスな個性には、お持ちの宝具以上に興味を惹かれたと思う。

 そんな考察の延長としてエルサさんへのインタビューを、いよいよここで敢行したのだと察せられた。またエルサさんもエルヴァさんが何を知りたいのかを察していたようで、あちらの冬木に建つ『エル様』のビルについて話されていた。造りがどうとか内部の装飾がどうとかの話ではない。

 どうして新都の未遠川沿いにあるあんな場所にビルを建てたのか? どうして下階にはホテルや公共施設が入っているのに、他の家に分譲したり賃貸できるマンション形式にしなかったのか? そんな謎を解き明かしながら『エル様』のお考えを紐解くお話だったのだ。

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