※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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121、冬木の日々~道東~屈斜路 22

『英霊という存在がどうしてこの世に存在するのか? そこは考えた事がありますか?』

 

 僕は『ある』と答えた。すると彼女は────、

 

『アラヤは理解しやすいですよね。人類個々の精神の奥底に眠る阿頼耶識が、実は総ての人同士で繋がっていて、それらの総体意識が英霊という存在を支えているのだと解釈できるのですから。なら、ガイアに属する側の英霊を支えているのは?』

 

 そこだ。そこはホシも含む総ての生命の総体意識と考えるべきなのか? 人類を含む動物、犬や猫に、魚や昆虫もだろうか? どの段階まで知能があれば、この総体意志への参加資格が得られるのだろう? そこは僕にはわからなかった。

 

『慎二さん。その疑問の境目は他者へ恩を感じ恨みを感じれるかどうかにあるようです。つまり恩を受けたら恩返しができるかどうか。理不尽な事をされたらその恨みを返せるかどうか。猫や狐や狸のような『化ける』伝承があるとされる小動物は、機械的に生きている昆虫などとは違い、ガイアの意志と繋がっていると解釈して間違いないでしょう』

 

 なるほど。と僕が納得していると、この話を振った真意、つまり核心を杖になったお祖父様を手招いて話し始めた。

 

『臓硯さん』

『ゾウケンくんじゃ』

『……失礼しました。ではゾウケンくん、これより私が慎二さんに話す内容の吟味をお願いします』

『わかった……』

 

 明日からキャンプという事で準備や下拵えを終えた僕達は、女性陣が入浴を済ませ各々の部屋に下がった夜にエルサさんから居間に来て欲しいと頼まれた。特に話があるのは僕であり、次に衛宮であると先に言われていた。そんな状況で切り出されたのが英霊についての話だったのだ。

 当然ながらエルヴァやアントニーにアストルフォも、僕を心配してついて来たので居間には彼らも居る。だけど皆んなの頭の上には『?』が大量に浮かんでいた。

 

『では。私はその総体意識もある種の信仰であると解釈しています。つまり無意識の願いや祈りのような……』

 

 なるほど、意味がわかった。これはエルサさん個人の仮説な訳だ。

 

『そこでですね。仮説が前提なのかと言われれば何も言えなくなりますが、取り敢えず聞いて下さい。その無意識の願いや祈りが、世の中を構成する物質や時間に影響を与え、後付けの歴史や事実を持たせていると思えませんか?』

 

 は、はぁ? 何だって?

 

『量子論的な事を言っとるのか?』

 

 と、お祖父様。

 

『並ぶ方でない平行世界の成り立ちが、無意識の総体意志に拠る固有結界であるならば、現実と結界の区別は難しいものです。これらが失われた文明や、謎の生物などの正体では?』

『ふむ。天使論じゃな』

 

 天使についてはアントニーが説明してくれた。その『現象』は基督教の聖書などに記されるそれでなく、世界中の魔術師から目撃例が報告される、日本人の感覚で言うなら『妖怪』のようなものと言えば良いのだろうか? 少なからずアントニーが現代魔術科の教授から聞かされたという事例を、僕は『それって輪入道じゃないのか?』と思った。

 

『で、ですね。この総体意志は個々人だととても弱いものです。ですが選挙の票じゃありませんが、一人一票でなく、一人で推しの議員を当選させるくらいの票を握っていれば?』

 

 この言葉でエルヴァが『オオ』と声を漏らし、お祖父様が『むぅ~』と漏らした。エルサさんは抽象的な話や仮定の話をしながら、『エルさん』の持つ能力(の一部なのか?)を明らかにしたのだ。

 

『だから一人で何人ものサーヴァントが支えられたり、宝くじが高確率で当たったりするのか……』

 

 僕は彼女が桁違いの魔術師であると認めつつも、宝くじは競馬などと同じで、並行世界のデータを持っているからだと思っていた。だけど全部が全部そうとは言えず、その『強運』もその『票』というか『信仰』を自分のものにできるからこそなんだと漸く理解できたのだった。

 

『倫敦に行っとるエルヴァは降霊科の講師じゃ。おヌシの表現を借りれば、さしづめ死者の票も我が物にできるのやも知れんの?』

 

 お祖父様の言葉にエルサさんは大きく頷いたのだった。次にエルサさんは僕に向き直りこう言った。

 

『第11代アインツベルン総裁である彼女の婚約者が、慎一の弟の間桐慎二です』

 

 何となく頭の隅にそういう予感はあったけれど、いざ聞けば、やっぱり腰を抜かして椅子から落ちて尻餅を搗いてしまった。

 

『そのために彼は1億2千万ドルを用意しました』

 

 お祖父様の小さな目がチカチカ光り、エルヴァやアントニーの目も大きく見開いていた。1億2千万ドルって事は日本円で約200億円くらいか?

 

『持参金って事?』

『いえ。聖杯戦争一回分の隠蔽などに使われる工作費用です』

 

 世界によりけりなんだろうけど、酷かったという第四次ならそれくらいの予算は組まないと駄目な事は想像できる。いや、それもこう聞かされて『そりゃそうだ』状態なんだけど。だけど御三家なんだから1/3で良いのでは? ってパッと思った。まさか総計で3億6千万ドル(600億円)という事はないだろうし……。

 

『あちらではアインツベルンが1/2、残りを遠坂と間桐が半分ずつでした』

 

 となると3千万ドル(50億円)だ。僕はそこで気付いた。この数字には、そこまで意味なんてないんだ。無い無い尽くしの僕がアインツベルンの総裁を妻に迎える事の意味(兄貴が居るなら入婿かも知れないけどさ……)。だけどそこだと思う。その事にそこの僕はしっかりと気付いている。覚悟を持っている。その意気込みを見せるための現金なんだ。そして彼はやり遂げたのだろう……。

 

『例え見せ金だったにせよ、釣り合う男であると証明できたんだね?』

『はい』

『わかったよ。『エルマは安くないぞ』という君の気持ちは……』

 

 これがエルサさんの気持ちであり、おそらくは倫敦で教鞭を執るエルヴァさんがここに居れば言ったであろう気持ちなんだ。それを同じ『型』(という表現は間違っているかも知れないが)、エルサさんにはわかるからこそ送ってくれたメッセージであり、見逃せない重要な要素だったんだ。

 事実、エルマは総裁じゃない。だけど『エルさん』と面識がある、いわば親しい存在である事は間違いない。そして何もない僕が唯一持てる、実社会で役立つ最大の武器は『金(カネ)』しかない。それはエルマを守り、僕自身を守る事にも繋がる。

 そう、僕は底の知れている、浅い『意地』で突っ張る子供の時期を今抜けようとしているんだ。そこから先だ。エルマを守るという事はそういう事なんだ。そうか……。『金(カネ)を用意しろ』と提案したのは『エルさん』からだったのかもね……。

 ああ、日本円での『200億』が先だったんだ。その数字は確かに聖杯戦争での工作費用の数字なのだろう。つまり一族なら知っていて当たり前の。なるほどね。その金額を特定の短期間で集められたんだ、その僕は。それで一族の偉い人達を黙らせる事に成功したんだ。

 だけどそうなると、その後が気になる。この魔術回路のない身体はどうなる……? そこを回避する方法も『エルさん』ならとっくに思い付いているのか? いや、何か手があるんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 屈斜路湖畔に佇むホテルの駐車場、その屋根付きの部分に3台のバイクを止めた私達は、適当に荷物を持ってホテルのロビーに予約名と予約人数(五人)を告げ、ルームキーとチケット入れを受け取った。このホテルは朝食と夕食がバイキングなのだ。実はもう少し行った先に、ロケーションも食事も良さげなペンションがあったのだが、パミのためにこちらにした。

 ミトのお陰でマシになったとは言え、パミは慎重派で少々冒険心が足りない部分がある。口ではイケイケな事も言うが、意外と臆病なところもあり、結構人見知りなところがあった。なので他の客との距離が近いこじんまりしたペンションより、仕事で慣れている訳だからこういうホテルの方が無難だった。

 一方、カメラマンの『私』とお姉さんは、私と同じでどこででも楽しめ、枕が替わってもぐっすり眠れるタイプらしかった。この辺はこのお姉さんが秘密にしている、小聖杯に取り込まれたままのアーチャーの影響なのだと思う。何番目の座の分霊かは知らないが、このお姉さんとは姉弟というだけでなく、長い間の戦友でもあるらしく、そう感じさせる落ち着いた部分が垣間見える不思議な『イリヤ』がお姉さんだった。だから巫女の姉とウマが合ったのあろう。

 この隠されたアーチャーの存在は、以前逢った時から気付いていたし、きっとエルヴァも気付いていると思う。けれど彼女なら言わないでいるだろう事も察せたので、私も他の三人もそこには触れないでいた。だけどと言うか『英霊化するとそんなにお腹が空くのか?』と言うほどよく食べる。

『修学旅行中の小学生じゃないのですから』というくらいバイキングのお皿がてんこ盛りだ。円弧状に並べたフルーツで壁を作り、それをポテサラで固め、真ん中にお肉やらを載せて行くのも感心だが、ソーセージをスティックのように立てて並べる人は初めて見た。もしここにセイバーが居れば絶対に感化されて真似するだろう。

 

『お見事……』

 

 パミが呆れていたが、そう言えばこの人、口寂しいのか休憩の度に何かお菓子を食べていた。これは飛行機の中でもだった。お菓子の値段なんて知れているけれど、エルヴァも大変だったろうな。だけどその分、カメラマンを頼んである『私』とはウマが合うのか、とても仲が良い。

 タネである子供の姿の『私』は今が二人目で、先代は今の47番だ。そうやって順繰りに回しながら、人として馴染ませているのだった

 

『普段からこんなに食べるの?』

『ううん。嬉しくて楽しくて。だから何を見ても美味しそうに感じちゃって。はしたないね?』

 

 私達四人は首を振った。心の底から楽しんでくれている。それだけだった。本当に小学生みたいに楽しいのだろう。それがわかったから首を振った。食後は部屋に戻り、一旦休憩した後に大浴場に向かった。エレベーターまでの廊下の窓から、月に照らされた屈斜路湖が見えた。

 五人で生まれたままの姿に戻って、浴場の扉を開くと先に入っていて身体を洗ったりしていたオバさんやオバアちゃん達からギョッとされた。毎度毎度の事だけど、その視線はミトとお姉さんの胸に向いている事も理解できた。ある意味、リミッターが外れているミトも張りがあって大きな胸だけど、実は私とパミの『もし身長が伸びたら』という想像の範疇だ。

 一応私も双子のイリヤと同じくお母様の血を引くので、背は低いがそれなりに胸はある。なので分身のようなパミもミトも胸があるし、カメラマンの『私』も慎ましいが小学生と思えば結構ある方だ。これは元からそうで、6年生頃の私達は、本当なら中学1年生のクロちゃんやおチビちゃんより背は低いのに胸があった。そこが世界の違いだろうか?

 だけどお姉さんの胸は『あなた、本当にお母様の娘?』というくらい大きかった。私やパミがグレープフルーツならミトが小振りなメロンで、お姉さんは小振りなスイカか贈答用のマスクメロンくらいあるのだ。

 これはどうした事か? 例えばミトのそれはお母様より少し大きいと思うから、リーゼリットか桜ちゃんのライダーくらいあるだろう。だけど母を越える可能性があったのだと考えれば納得できる範囲だ。ところがだ。何度も言うがお姉さんのそれはオカシイ。ルヴィアよりも大きい気がする。

 これが英霊化の効果? 神秘が上乗せされている証し? 並行世界がどうとかを凌駕した訳のわからない領域に行ってるぞ? 真実は不明だけれど、乳首も大きい。けれど乳輪はピンク色でおとなしいものだからギャップがすごい。今にも母乳が出そうなホルスタイン胸なのに。

 

『あ、こら』

『あ、ごめんなさい。うっかり……』

 

 ミトだ。お姉さんの胸を後ろから手のひらで包んだのだ。彼女は三人の中で一人だけ成長しちゃったので、そこがコンプレックスとなって、意外と目上の女性に甘えたがるようなところがある。要は妹分として扱って欲しいという願望が強いのだ。なので巫女の姉さんによく甘えているのだけど、そこから転じてムネスキーならぬムネスキーナになっていた。

 巫女の姉さんはミトの気持ちを知っているし、長い仲だからお互いに信頼関係もある。だから胸に触れても笑って済ませてくれるけれど、流石にほぼ初対面のお姉さんにこれは駄目でしょう。まぁ、ちゃんと謝っているようだけど……。

 

 ちなみに私の二人のママの胸は、ルオン・ママが今の私くらいで、正規の乳母として私に未婚なのに母乳を与えてくれたマアエモ・ママがメロンくらいだ。この未婚なのに母乳が出たというのは、乳母用に改造された結果なのだけど、その分マアエモ・ママの私への愛情が尋常じゃない。

 もし私が突然死んでしまったら、ママは絶望して自らの命を断つだろう。そんなのが簡単に想像できるほど、絆の深い乳母がママなのだ。私は母を恨んでいないし嫌ってもいない。だけどギクシャクするのはマアエモ・ママがいるからだった。ここにルオン・ママが入るからまだ良かったのかも知れない。それだけにルオン・ママの居ないエルヴァちゃんは思春期を迎える今、どうなのだろうと心配だった。まぁ、それこそ『エルヴァにお任せ』だけれど。

 

 髪や身体を洗い終えた私達はタオルを絞って頭に巻いた。それから上がり湯を頂きに湯船に向かって少し歩いたのだけど、お姉さんから『ちょっと手伝って』との声が掛かった。頭にタオルが上手く巻けないようだった。それは私達や姉のイリヤより遥かに髪が長いからだ。

 

『どうしてこんなに伸ばして?』

 

 お手伝いしながら言ってみた。 きっと一番長い後ろ髪はふくらはぎに届くくらい長さがある。これでミトの後ろってヤバくない? チェーンに巻き込まれたら大変だぞ?

 

『もう少し毛先を揃えられたら良いのに』

『そう思って何度かヘアサロンで切ったりもしていたの。けれど一度でも霊体化して、次に実体化すればこうなるのよ。これ、エルヴァが教えてくれたんだけれど、私より前にガイアの守護者となった『私』が居て、その人の座が私の座と重なっているらしいの。これを治すのならあなたみたいな人に座を特定して貰って、中身を全部その宝具に吸い上げて貰う他ないらしいわ』

 

 確かに、それしかないだろう。これはおいおい考えてみよう。その後、私達は皆んなで露天風呂に出た。日本の観光ホテルの良いところは、温泉があったり露天風呂があったりするところだ。特に北海道と九州はそれが顕著で日本が火山列島という事をまざまざと思い起こさせてくれる。

 そして火山帯は霊脈と密接な関係がある。例えるならホシの動脈が火山帯なら、静脈或いはリンパ管が霊脈だろうか。厳密には違うけれど、概ねそう捉えて貰って良いだろう。ともあれ私達は表の事業以外に裏の事業として霊脈調整や霊脈管理、霊地売買なども長年行っている訳だから、早い時期から温泉・行楽地部門なんて部署を作り、ここのような温泉ホテル事業を欧州のあちこちで展開していた。

 なので美味しいものを頂くのも仕事のための勉強なら、こうしてのんびり温泉に浸かるのも事業のための勉強なのだった。だけどいかんせん私達は忙しい。日本住まいで人形にポンポン意識を飛ばせる私はまだしも、ミトもパミも元が私の分体なのでそこまで人形が扱える訳でもない。なので、よほど上手くスケジュールを合わせないと三人同時に休めないのだった。

 そこで思い立ったのが並行世界での休暇だった。今もこうして時は流れているのに、何故か元の世界に戻れば時がほとんど過ぎておらず、肉体にもそれが加算されないという神秘は『先生』が発見した最大の功績だ。そしてその『時を止める』キーとなる神秘を先生は礼装にしているのだけど、その作り方を私は解析し、もっと小さなアミュレットやペンダントに落とし込んでいた。

 更に先生か凜がゲートを開いてアンカーを打ってくれていたら、魔法使いでない私でもこうして世界を渡れた。ハッキリ言ってズルなのだけど、そんなの無理ない。誰だって鍵の掛かっていない『どこでもドア』が目の前にあったら使うよね? それに、使うにはそれなり以上に魔術に精通していないと無理だから第三者に悪用される事もない。まぁ、そう思って放ったらかしていたのだと思うけど、私が『利用する』とは考えなかったのだろうか?

 いや、私なら良いかと見逃して貰っているだけか。ともあれパミやミトとはこうして日本の温泉を満喫して欲しかった。その念願が漸く叶った。もう一つの念願は私じゃなくパミとミトの願いだけれど、それは前47番のエルヴァと再会する事だった。エルヴァは生真面目で煩く一々細かい。だから同じナンバーズでも合う子合わない子が結構ハッキリしていた。

 裏返せば我というか芯が強いとも言えた。我が強いというのはビジネスには向かないけれど、芯の強さは経営者には必須の要素だ。だからあの子は、私以上に学者や講師に向いている。なので悩んだ末とわかっていても、時計塔に行ったのは正解だと思う。

 新たな『家族として迎えてくれた人々』を護るために時計塔に渡った……。その最もな理由に待ったを掛けた別の理由が『エルヴァちゃんの未来と可能性を狭めないか?』 という危惧だったのもわかってしまう。そこに悩まなかったら、スパーンと判断して速攻倫敦に向かっていたろう。決断力だけは高いのだ。

 だけど周囲を気遣って二の足を踏むのがエルヴァの悪いクセであり良いところだった。だからイケイケなミトにいつも背中を押されていた。それでも何があってもへこたれない芯の強さだけは、新しい47番のエルサでは再現できなかった気がする。あの強さはエルヴァだけの特徴だ。その内、エルサも真冬に外へ締め出してやろう。

 

 身体が十分温まってのぼせ気味だったので、湯船の縁の岩に腰掛けてクールダウンしていたら、パミが私の横に腰掛けストレッチを始めた。足の裏同士をくっつけてあぐらをかき、両膝を地面に付くように広げる、股関節を柔らかくするポーズだ。

 それは私も部屋でよくやるから良いのだけど、私も彼女もタオルは頭だ。つまり湯船から身体を出すとスッポンポンのポンなのだ。おまけに私らは全員生まれつきのパイパンだ。いや、本当は私とお姉さんだけが無毛というべきなのだろうけど……。まぁ、そこは良い。

 それよりも黙々とストレッチするパミだ。本人は気にしていないのだろうけど、お姉さんが私をツンツン突付く。『あれ、どうにかして』と言わんばかりに。確かにパミはこういうところがある。だけど、今この露天風呂には私達五人しか居ない。

 

「誰か来たらちゃんとしますよ」

 

 ちょっと気を回して日本語で話してみた。

 

「そうなの? なら、良いけど……何かあの子って昔の自分を見ているみたい」

「え? パミが?」

「うん。エルヴァと仲良かった?」

「どうでしょう? どちらかと言えば煙たがられていましたね。ですけど外に出せば一緒に居る事が多かったですね」

 

 カメラマンの子は私が操作しているか、そこまで自我が確立していない『タネ』に任せている事は既にお話済みだ。そして以前の『タネ』が今の47番だと言うことも。

 

「まぁ、私も魔術師だから良いけれど。でも、エルヴァの事はもう番号呼びしないでね」

「わかっていますよ」

 

 エルヴァの事が本当に好きで、大切な妹と考えてくれているのだろう。こういうところも姉のイリヤや巫女の姉そのまんまだ。私は苦笑いしながら屋内に戻った。そこに皆んなが続いたので、上がり湯を被ってタオルを絞り身体を拭いた。脱衣場で服を着た後、休憩室で定番のアイスを買った。

 こういうアイスキャンディやアイスバーの自動販売機を、海外ではまず見ない。そもそも温泉は水着を着て入るもので、プールと同じレジャー施設だ。なので身体をゴシゴシと見知らぬ人と並んで洗うという風習がない。誰もがスッポンポンになってゆったりするのはバーデン=バーデンのごく一部と、◯時間△ユーロという街中にあるサウナだけだ。

 またそのサウナは北欧のルールに則っているから混浴が当然で、ファミリー向けでない限り、入浴できる年齢が決まっている。初めての時はさすがの私も、バスタオルで胸まで覆いパミと一緒にミトにくっついていた。しかもそんな日に限って、会社の人達が居て、デスクで顔馴染みの男性陣のフランクフルトを何本も見る羽目になってしまった。

 家に戻ってからの話題はこれだ。『フンボルトくん、デカ過ぎない?』。ゲートを潜って、『死』という毒を薄めるためにあの手この手を使った結果、エルヴァ二人を同時存在させ生かす事でエルヴァの死は無かった事にできた訳だけれど、そこであちらの世界でのお祖父様の要望に応えるべく、エルヴァを利用してしまった事は今もずっと申し訳なく思っている。

 だけどいつも腹ペコなフンボルトくんとあの子があんなに合うなんて。並行世界だし一概には言えないけれど、どうも私が投げちゃったエルヴァのフンボルトくんは、チャーハンを強請るこちらのフンボルトくんとは違っている。何よりロシア系の奥さんと結婚してからブクブク肥えさせられて。最早別人かと思うくらい二人は違っていた。

 夫の体型って本人の心掛けもあると思うけれど、奥さん次第なところもあるよね。『現象』が弱まったら、必ずあちらのアメリカへエルヴァやフンボルトくんに逢いに行こう。そう決心する私だった。何故なら2~3年後と思うけれど、きっとエルヴァの彼はお腹も出ておらず、髪もフサフサのままだと思うからだ。

 

 

 

 部屋に戻ると既に布団が敷いてあった。2+3でなく五人で眠れる割りと大きな部屋だ。学園時代、修学旅行でこれより狭い部屋で六人で寝た。と言ってもそこは姉の部屋だったのだが。部屋を替わって貰った理由は何だったろう? もう覚えていない。

 私の横の布団に浴衣で潜り込んだパミが『Kawasaki Dreifach』と呟いた。これを英語に直すと『Kawasaki triple』となる。北米だとこれでマッハ・シリーズを指す名詞となる、バイク好きのマニアなら知っていて当然の言葉だ。だけどスズキには『Suzuki triple』という言葉はない。それはあの2スト黄金時代、750ccは水冷だったし、250cc以下は二気筒だったからだ。

 こんな言葉が漏れ出たのは、阿寒湖で日中出逢った小父様方のバイクを思い出しての事だろう。確かに250ccの三気筒は2ストでも4ストでもかなり珍しい存在だ。私の記憶違いじゃなければ『S1(マッハⅠ)』以外存在しないのじゃないかな?

 ちなみにマッハⅠ(S1)が250cc、マッハⅡ(S2)が350cc、マッハⅢ(H1)が500cc、マッハⅣ(H2)が750ccだ。どれも(当時としては)素晴らしい性能を誇ったので人気があったのだけど、何ぶん近代バイク黎明期の事なので、タイヤが保たないやら、サスペンションがまだまだだわで直線だけ速い、全然曲がらない危なっかしいバイクだった。

 それ故に日本の解説本には『未亡人製造機』と当時は言われていたなんてのが載っているが、これはある意味正解で、ある意味では嘘だ。『未亡人製造機』という言葉は元々突出した性能を誇りつつも、事故も多かった『戦闘機』を形容するために生まれた言葉で、ロッキードF-104より遥かに昔の第二次世界大戦中や、第一次世界大戦中の戦闘機にもあった言葉だ。

 その言葉が後にバイクやクルマに転用されるようになっただけで、本来の意は『未亡人製造機と揶揄された戦闘機に匹敵するほどバカっ速い』だ。そもそも考えてもみて欲しい。軍人ならいざ知らず、バイクやクルマといったスピードの出る乗り物に熱中する若者世代の婚姻率はいかほどなのかを。

 この事象は、概ね紙面を埋めたいライターの引き出しの狭さが伝播して広まった事にある。つまり今で言うネットミームのようなもので、要は使い回された定型文でしかない。こういう定型文の出て来る文章は、内容が似たり寄ったりなので読むに値しないし、そんな雑誌にお金を払う価値もないと見極める指標にもなるので覚えておこう。

 ともあれ一連のマッハは、余りにも酷い排気ガスを撒き散らすので、北米では1975~6年に消えた(S1、S2は1974年まで)。ところが日本と欧州ではその後も『KH』と名を変え、250cc(S1)と、350ccの排気量を上げた400cc(S3)が1979年まで残った。本日見掛けたのはその『KAWASAKI KH250』と『SUZUKI GT380』だった。

 この2台の中で私が惹かれたのは『KH250』の方だ。それはカワサキと言うか日本製のバイクがまだ2ストばかりで、WGPも2ストだった時代の初期の初期、マッハⅢが世に現れる前に、ある怪物染みた軽量バイクが日本からやって来たのだ。もちろん1986年生まれの私は、その1965年から発売されたそれを当時見た訳では無い。

 だけどバイク好きなお祖父様のためにとアメリカの親族は、まだ発売前の250ccと350ccの空冷二気筒2ストの2台の実験車両をどうにか抑え、欧州にお住まいのお祖父様に、アメリカまで来て頂き乗って貰ったのだそうだ。そんなテスト車両を確保する親族にも驚くが、短時間なら良いですよと言った当時の日本の技術者にも驚かされる。

 その後市販化されるに当たって、そのバイクそれぞれにペットネームが付いた。その250ccが250A1サムライで、350ccがA2アベンジャーだ。サムライにアベンジャー……ニンジャやエリミネーターという名付けの根っ子みたいなのが感じられて面白い。

 当のお祖父様はそのレーサー然とした性能に呆れたという。そしてこれからは日本のバイクの、それもカワサキの時代が来るに違いないと思ったそうだ。そうして出て来たのがマッハⅢであり、Z1だった。お祖父様はBMWやドカティ、モトグッツィなどを昔から応援していて、バイクとクルマはドイツ製かイタリア製に限ると仰っていた人だ。

 そんな人がカワサキ製のバイクに痺れ、後にはホンダ製エンジンにヤラれてしまい、ついには自宅に引退したF-1マシーンを置くまでになってしまった。それがマクラーレン MP4/4だ。6台あったどれからしいけど、コックピットの脇にセナのサインがあるのが怪しい。だけどアンダーが凄まじく削れているからサーキットを走っていたのは間違いない。

 

 

『ボトムニュートラルじゃから、1速から掻き上げて行くんじゃ。ハンドルにしがみついてな。前輪が地面に着いたのは4速に入れる頃じゃ。メーカーは最高速を謳っとったが、あれはドラッグマシーンじゃった。ブレーキが効かんとか関係あるか。ずっと地面に着かんのに』

 

 お祖父様は後のZ1より、このマッハⅢの猛威の方が今も強く覚えているそうだ。お祖父様はこの最初期型のマッハⅢを2台とレーサー仕様の『H1R』をお持ちでアメリカの別荘に今も置かれている。だからエルヴァの世界でもハンティントンビーチ以外のどこかの別荘に、それらを置かれている可能性はかなり高い。

 なおこれらの2ストは、排気ガス規制という時代の趨勢ですべてマーケットから消えていった訳だが、カワサキのマッハに『KH』、スズキの『GT』に『RG』、ヤマハの『RD』といった往年の名車の中古価格は、そこが北米であろうと欧州であろうと、どれもプレミア価格となっているのは想像に難くないだろう。

 それに好きなマニアという人種はどこであろうと一定数居る訳だから、中古価格も当然ながら年々高騰していっている。その中でも有名なのはヤマハの『RD500LC』であり、スズキの『RG500Γ』だ。『RD500LC(リキッドクール=液冷)』は日本で言う『RZV500R』だけど、日本仕様はアルミフレームなので一発で見分けが付く。つまり欧州版『RD500LC』は鉄フレームなのだ。ところが『RG500Γ』は欧州版でも日本版と同じアルミフレームだったので、好きな人が多いのか子供の頃から何度も見ていた。

 いや正確に言うなら、街中で見掛けた記憶があるのは、会社を起ち上げドイツに居を構えて以降だ。スイス時代はルオン・ママが魔術を使って木製ガレージの片隅に保管していたのを見ただけで、他の人のを見た憶えがない。そのママにしても、乗っては居なかったし、ナンバーも取っていなかった。何故ならスイスでは販売されていなかったし、中古となった今も規制に引っ掛かって持ち込めないからだった(それだけにお祖父様にも頼らず持ち込めたママが凄い)。

 このように同じ欧州でお隣の国であっても、ルールが違って持ち込めない国や、その州だけの法律があって所持すらできないところはスイスには往々としてある。州法の効力は日本の県や市の条例とはまったく違うのだ。ましてスイスは永世中立国がゆえの軍事国家としての側面もある。あの美しい山々でコールを決めれば、たちまちアサルトライフルを構えた警察隊に囲まれ、老若男女の区別なく拘束され即裁判で刑務所行き確定だ。

 あの国は『オレに構うな』というジャイアンにもケンカを売る一匹狼の国家なのだ。未成年だからとかそんなヌルい言い訳は通用しない。まして集団暴走行為が国家反逆行為と見做されれば軍が動く可能性もある。つまり判断が素早い。国民の安全を脅かす行為なら警察を飛び越え軍がサッと動くのだ。

 それは言ってみると、北九州あたりのヤクザの抗争で国民に被害が『出たら』でなく、『出るかも』と判断したら即自衛隊が出て、有無を言わさずその組を全員『国家の敵』と見做して殺していくという意味だ。そこに迷いも何もない。だから報道されない事もたくさんある。

 だからスイスはその独自性を保つために今もEUに加盟していない。そしてそれぞれの州の自治権や独立性がかなり高い。国土は九州くらいの大きさなのに、日本の戦国時代も真っ青になるくらい隣の州や街と乖離していて、風習や言語が異なっている。

 観光で行けば風光明媚な良いところだけど、そこに住むには相応の収入と安定した社会的地位を確保していないと市民権が得られない。それだけ移民に厳しい訳だ。しかもいざ住んでみるとルールにとても厳しく、ある意味雁字搦めな国でもあった。裏返せばそれくらい厳しくしないと平和を維持できない、口より先に手が出る民族の寄せ集めがスイスという国なのだった。

 それでもって口より先に身体が動く人が多いから、古くから事業での成功者が多く住んでいる。そしてそういう成功者同士が顔見知りだから余計に成功者が多い。この意味がわかるかな? 信長が出てこれたのは信玄や義元が居たからで、秀吉が出てこれたのは信長のお陰で、秀吉が同時代に居たから家康は300年規模の幕府を開けたのだ。

 要は通常なら得難い、天下を競い合える者達とお互いが知り会え、お互いに高みへ引き上げあったのだ。自分という狭い殻を破れたのは、そういうライバルが居たからだ。スイスはそういう大名ばかりが住む国家だと思えばだいたい合っている。元ハリウッドスターや、元マフィアというピンからキリまでが住まうのは、これもレマン湖付近の東側と決まっていて、中部から西のチューリッヒ界隈に本物の大名が鎮座している。

 その昔の錬金術全盛期に、若い学者や研究者に出資援助したり大学という学び舎を建てたりしたのもお祖父様のお祖父様やその世代の親族だ。金は出すし切磋琢磨できる場も設けてやる。だからウヌの体得した奥義は寄越せみたいな、ラオウのような事をしていたのだ。アインツベルンはそんな家で、スイスはそんなアインツベルンが拠点に置く国なのだ。

 

 と、随分と話がずれた。要は私が今も2ストが好きで『R1-Z』を大切に所持している理由は、そういうところにあると言いたかっただけだ。そして気筒数は異なれど『KH250』はサムライの末裔でもある訳だ。それなのにパミもゼファー好きな私も『Z400FX』を話題にしないのは何故か?

 これにも理由がある。それは『子供の頃から割と良く見掛けた』バイクだったからだ。何度も言うが私が1986年生まれなので、当然パミやミトも同い年だ。なので日本での『Z400FX』も欧州での『Z500』や『Z550』に『Z550J』や『Z550GP』が発売された頃の事なんてのも知らない。

 これらはフロントシングルだったり、リアがドラムだったりの、輸出先の仕様に合わせた廉価版や豪華版だったりする訳だが、中身のエンジンは日本の400FXと同じ『KZ系EE型』エンジンだ。このエンジンはその後に続く『GPz』から『ZX系AE型』エンジンに進化した。これが後の『Zephyr550』のエンジンだ。つまり私はそれなりに、このエンジンの素性の良さを『知っている』。それでも『興味があまりない』のは本当にありふれているからだ。

 物持ちの良いドイツ系の中でも古式ゆかしい人ばかりが住まうマンハイムやハイデルバルグでは、そこが学生の街でもあるから、『FX系』の『Z550』や『Z550J』が今も時たま走っているのだ。しかも会社の駐車場に通勤車として今も大切に乗って来る人までいる。私とパミで圧縮の抜けた『KZ550EE型』エンジンのヘッドを空け、バルブの摺り合せをした事もある。

 その持ち主の影響でミトが『Zephyr550』を手に入れ、それを今はパミが持ち、私が『Zephyr750』に乗っている訳だ。さぁ、身近に550がある環境で400に何の価値がある? しかも『FX』は欧州版や北米版と同じ500や550の車格だ。無駄に大きく重いのだ。運動性能第一のバイクでそれはないでしょう?

 ところがゼファーはまず400ありきだった。だから同じフレームの550も扱いやすいし、750も排気量が上がっただけでかなり小さい(だから私でも乗りやすい)。おまけに見てくれのバランスも良いからカッコ良い。今後絶版になって中古価格が上がっても当然だとさえ思う。だから新品が手に入る内に買っておかないと損だから、お小遣いが余ったらついつい手に入れてしまう訳だ。

 なのでゼファーを買うなら400よりも550や750にしろと思うし、どうしても400ならC4以降の格安中古を手直しするか、新品のχを手に入れろと思う。あの空冷の乾いた排気音はバルブ数とあまり関係ないらしい。だからχも良い音がする。けれどヤレた2バルブの400を、エンジンを割って中身の部品から入れ替えるのは、ヤレたセローや『SR』を直すのと同じくらい楽しくもある。

 だからバイク屋の片隅で12~15万で売られている、赤と黒しかない400ゼファーも良いけれど、屑鉄屋で3万くらいで買い取ったボロボロの400ゼファーを、半年くらい掛けて中古パーツを集めて、フレームからメッキしてピカピカにするのも乙なものなのだが、そう考える人は日本人にあまり居ない。

 私のC4はフレームを赤いメッキにして、サイドカバーとホイール側面は金メッキ、タンクとホイール内部は濃いガンメタ・メッキにしてある。ステンメッシュのホース類も黒くてシブいのを選んで、ヘッドからはオイルラインを増設して、少し大型にしたオイルクーラーコアに接続、オイルポンプも交換した。

 シリンダーボーリング後にピストンは0.5ミリのオーバーサイズをブチ込んで圧縮比を若干上げ、キャブは中古のFCRの28Φを取り付けた。ボーリングしたくらいだからエンジンは当然全バラシだ。そうした理由はバカみたいに吹かし過ぎたのか、オイル上がり(シリンダーの摩耗でオイルがピストンリングの脇をすり抜け下から上がってくる)を起こしていたのと、圧縮漏れを起こしていたからだ。

 更にニュートラルランプスイッチが接触不良を起こすほど、内部にスラッジが溜まっていた。とにかくオイルフィルターがドロドロで、鉄粉やヘドロ状になった『何か』で最悪な状態だったのだ。きっと前オーナーは中古を誰かから安く買い、乗りっぱなしの放ったらかしで、オイル交換もロクにしていなかったのだ。

 私が400をあまり好きではない理由は、こういう可哀想なバイクがまま見受けられるからだ。当たり前の事だけどテレスコピックのフロントフォークは、左右独立懸架みたいなものだから、コーナリングしながらブレーキを掛けていると、最悪フロントディスクが偏摩耗する。またハーネスなどが経年変化でカチコチになっている。このゼファーもそうだった。

 そんな不具合を少しずつ直し消耗品を交換し、カラーメッキで仕上げた。だからガスケットにパッキンやベアリング、ハーネス以外はできる限り中古パーツを集めて直したのだ。その分弱い部分にも手を入れた。それがオイルライン増設と社外品のオイルクーラーへの交換だ。

 これは当然夏場の熱ダレ対策だ。私だけの感じ方かも知れないけれど、どうもゼファー400は750や1100よりも夏場に弱い気がする。それこそ同じ空冷の『XJR400R』よりも。北海道方面へのツーリングならまだしも、夏の九州方面へのツーリングならオイルクーラーは大型のものに換えておきたい。

 そう強く思うようになったのはトントや姉達と北海道に行ってからだ。こちら戻ったらどうもトントのゼファーのツキが悪いように感じた。それを色々調べて熱ダレだとわかったのだ。ベテランの人が『夏場はエンジンのフィンに、アルミの洗濯ばさみをびっしりと挟んでいた人も居たよ』と聞いて、思い当たる事もあったので大いに納得したのだ。

 普通、欧州各国や日本国内では起きにくい現象に、外気が高温なのでキャブに送られる前にガソリンが気化する、パーコレーションという現象がある。このパーコレーションは、常時圧が掛かっているから温度上昇率が高い、ブレーキホース内で起きるベーパーロック現象と混同されやすいが、一概に間違いとも言えない部分もあり、事実一部のアメリカ人はパーコレーションの事をベーパーロックと言う場合がある。

 それはさておき、何が言いたいかというと、空冷エンジンの限界だ。知っているだろうか? 日中気温が60度にも迫るアラビア半島の砂漠ではパーコレーションが普通に起きる。インジェクションなら起き難いから、クルマなら大丈夫という意見は正しい。それは裏返すとキャブが剥き出しのバイクなら頻繁に起きるという意味でもある。

 なのにそんな過酷な環境の中でも普通に走る『HONDA CG125』とはどんなバイクなのか? 発展途上国向けとして1970年代の半ばから今も作られ続ける敢えてのOHV単気筒エンジンは、凄まじい堅牢性を誇り、『AK-47(言わずと知れた名アサルトライフル)』『CASIO(F91Wを含むチープモデル全般)』、そして『TOYOTA HILUX(ランクルも有名だがハイラックスには戦士を運べるトラックがある)』という三種の神器に次ぐ神話を持っているのだ。

 そこで私は宝具で『SR』をアラブ首長国連邦のアブダビに持ち込み、ハサン達に日中走らせた事がある(女の私が操縦すると色々ヤバいので無理だった)。それでわかった。想像して欲しい。エアコンもなく逃げ場もない、西陽のあたるアパートやサウナで回す扇風機を。それはガソリンだって気化して逃げたくなる。

 そうして『SR』は敗北した。だけど壊れなかった。後日日本では普通にエンジンが掛かったし、洗濯ばさみの効果も確認できた(表面積を増やすのだから当たり前)。だけど『凄いぞ、CG!』とは思っても、コイツを日本に持ち帰り、『TW』に代えて普段の足に昇格しようとはついぞ思わなかった。125ccだからファミリー特約も適応だし、燃費も良いから経済的なんだけどね(見てくれがダサすぎる)。

 とは言え、『SR』はタイでも販売されているから、東南アジアの高温多湿にはかなり強いので日本国内でならまず問題なく走れる。夏になるとガタッとパワーが落ちるのが体感でわかるゼファーとは違う。ここが単気筒と四気筒の発熱量の違いなのだと思う。

 なお、このゼファーは私にしては珍しいエアクリーナーボックスを取っ払った、ファンネル&パワーフィルター仕様だ。なので全然乗っていない。仮ナンバーと掛け捨ての保険で、組み上げた後に試乗をしただけだ。正規のナンバーも取っていない。だけど自分で曲げて溶接したモナカ管は、たまに火を入れると『あ、2バルブだなぁ』とわかる、とても郷愁的な後ろ髪を引かれるような音がする。このモナカ管はショート管と一緒に何本か作って、一本はトントにあげ(※)、もう一本は軽音部の後輩にあげた。つまり乗らないゼファーは自己満マフラー制作のためのテスト機なのだった。

 

※)彼女の愛車は2002年1月発売のG6/火の玉アウトラインが金縁のエボニーだ。これは新車で取り置きして貰ってローン契約後にウチで引き取ったものだ。トントは学年こそ私の一つ下だが実年齢は二つ上だ。だから2002年の1月はまだ中等部生だったのだ。だけど先生からの課題だった北海道ツーリング(私やイリヤが高2の夏に行った)に同行するべく教習所に通っていた頃にローンを組んでいた。学生メイドなので月給は安いが月6万はあるだろうから、多分高3の今年でローンが終わると思う。

 

 トントがショート管で後輩(男の子。高2の秋にトントと同じ黒のG7/パールミスティックブラックを新車で手に入れていた)はモナカ管だ。この二人にマフラーをプレゼントした理由は、トントにはローン頑張れという気持ちと、男の子の方は高3になった私が駆るゼファー750(2004年の7月下旬に公道デビュー)に憧れて400を2004年の9月に買ったと聞いたからだった。

 トントにでも聞いて取り置きでもして貰ったのだろう。また前年の2003年は2回も新色が発売されていた。その隙きを突く形で上手くバイク屋に頼めたっぽい。本当なら『TW』とか『FTR』が似合いそうな子なのに、選択の幅を狭めてしまったかと少し責任を感じてしまった。だから彼のモナカ管には事故らないように、少し魔術で願掛けしてある。

 だけど私としたら彼の真っ黒ゼファーよりもトントの金縁だな。自分の750RS(D1)も火の玉をモチーフにしているだけに(メッキ処理する前のオリジナルタンクやカウルもダークグレーの火の玉だ)断然そう感じる。それと乗らないが一応1999年2月の10周年記念火の玉や、1998年6月の750-D3、2001年10月の1100-A7もコレクションしているくらいな大のZ1好きだから、今後もZ1を彷彿とさせる色は400・750・1100を問わず集めると思う。

 多分出るとしたら2010年頃の最終型のファイナルだろうけど、スポークのRSは終わったみたいだから最終型はもっと早く出る可能性もある。こうなると日本でも水冷の『ZRX』に乗り換える日は近いかなと迷う。実際何度も話しているが、私『ZRX-Ⅱ』がかなり好きだ(特に2005年2月に出た今のF10型。あの銅色のエンジンカバーが堪らない)。

 

 だけど今後はコレクション用以外でガラパゴス規格(※)の400ccは買わないと決めているので今更という気持ちもある。なので同じ買うなら『ZRX1200』かなと思う。それもきっとインジェクションになった頃だ。そう考える理由は、巫女の姉の『Z1000』やセイバーの『Z750』にある。あの2台には時代が代わった事を本当に思い知らされた。

 まず軽い。車重だけじゃない。クラッチも取り回しも軽いのだ。大排気量車はそのパワーの分発熱が大きいだけでなく、各パーツの消耗も早い。特にクラッチプレートだ。オイル交換をサボると滑ったりギア抜けしたりと直ぐに症状が現れる。『ZRX1100・1200』や『Zephyr1100』に乗っている人ならわかる話だと思う。

 だけど『Z750』や『Z1000』はそういう極端な症状が余り出ないのだ。これは私の中の『ZRX』や『Zephyr』のイメージを本当の意味で前世紀のモノへと置き去りにした。確か開発コードネームがザンザスだったんだっけ? ヒントはそこにあった訳だ。カワサキさん、リベンジ成功だよ。

 もし中古で『Z750』の2004年型サンビームレッドがあったら何としても手に入れたい。これは本当にしまったと後悔している。セイバーが買う時に、一緒に買っときゃ良かった。『Z1000』の2004年モデル、それのドイツ版パッションレッドはミトが持っているので、それを見て一目惚れしたから、同じのをギリギリ買えたけれど。そうだ! ここはまだ2004年だ! もしかしたら東京か大阪の輸入専門店に行けばまだ買えるかも?

 

※)バイク誌で見掛けたうろ覚えだが、過去、ドイツでカワサキが『Z550』や廉価版の『Z550J』を出していた頃、馬力規制の厳しい国で『Z400(FX)』や『Z400J』が出ていたらしい。おそらくギリシアとオーストリアだと思うのだけど、これも『CB400FOUR』が終息して間もない頃だったから、その代替として通用する時代だったからだと思う。

 ご存知のように欧州人の私達の感覚では『ミドル』と言えばリッターの半分である500cc以上を指す。名車『Ninja500』然り、『GS500』然りだ。ここに2004年、『CBF500』という二気筒の対抗馬をホンダが出した訳だが、出た当初は燃費が良いと評判だったが、そのホーネットみたいなスタイリッシュな見た目が裏目に出て販売台数は伸びなかった。

 その理由はダウンマフラーでリアタイヤが細かったからだ。有り体にハッキリ言えばカッコ悪かった。そしてやはり『Ninja500』の牙城が崩せなかったところにある。実用的で安くて燃費が良いと定評があり、先輩達も皆んな最初は『Ninja500』に乗っていたと口を揃えるのだ。つまり『定番』になっていた。

 こういうのはキッチンの調味料と同じで、早々新しいものが売れるとは限らない。だけど『Hornet600』や『SV650』は定番と言ってもいいくらいブランド力を蓄えていた。だからそこからのプラスαを強調した新型の『Hornet600』や『SV650』が今も連綿と売られ続けるのだ。

 メーカーとしてはエンジン設計はコストが掛かるから出来れば使い回したいだろう。だけど『SS』のイメージが付き纏う旧態依然としたエンジンをどうにかしたいという思惑もあっただろうし、年々厳しくなる排気ガス規制を切り抜けるためにも、パワーダウン分を補える排気量アップを含めた、エンジンの新設計は必要不可欠だったのは想像に難くない。

 だから少し未来のお話だけど、ホンダが『CB600HORNET(倒立サスのネイキッド)』で流れるようなエグゾーストパイプを出した時は痺れたし、『CB650F』や『CBR650F(カウルあり)』が出た時も素直に頷けた。出るべくして出たなと。むしろ『遅い。待たせ過ぎだ』とさえ思った。カウルなしストファイ仕様の『CB650F』は本当にカッコ良い。

 その後『Z750』は『Z800』になり『Z900』へと進化した訳だけど、ガルアームの『CB650F』はずっと乗っていた。フロントを正立フォークに戻したのも良かったと思し、エグゾーストもマフラーも倒立の頃の『CB600HORNET』よりも良いと思う。

 倒立の頃は前に突き出たチャンバーが、『往年のマブチ水中モーターみたいだ』とある人に言われてヘコんでいたから尚更だ。当然そんなモーターを私は知らなかったのだけど、見せて貰って戦艦を浴槽で走らせて『ああ!』と愕然とした。なんてものを考えるのだ日本人は……。

 そしてこの『CB650F』はヤマハかと思うくらい、ハンドリングがとても素直で良いのだ。この部分は『Z900』も負けている気がした。なお私は『Z900』に続いてその翌年の『Z900RS』を即買いした。またその4年後の50周年記念と『Z900RS SE』は販売店の方に50周年と『SE』の両方は、どちらか片方しか予約できないと言われてムカッと来たので、ミント(31番)達やハサン達を動員して全国のショップを駆け回って手に入れた。

 旦那には『大人げない』と呆れられたが、好きなものは好きなのだから仕方ないし、無ければ余所から持って来るのは魔術師の基本だぞ? そうして私は年中さんになった下の子を『Z900RS』の後ろに乗せて幼稚園に送ったりしていた。私が並行世界の父の享年(35歳)くらいのオバさんになった頃の話だ。

 なお、私が『W650』や『W800』に手を出さなかった理由は『SR』にもずっと乗っていて、そちらで『味のある振動』は満足していたからだ。だから2007~8年頃、アオレアールが香港では『W650』と『エストレヤ』に乗っていると知って随分と驚いた。

 しかも私の方の世界でも『W650』と『エストレヤ』だったと言うから不思議な気がした。だけど────、

 

『まともなエンジン一つ作れない人達に『乗り味』が良いバイクなんて作れるものですか。そういう『味』は、スピードなどのわかりやすいスペックの先にあるものです。ところが『W650』はトライアンフより味があるんですよ?』

 

 どうも彼女は英国のトライアンフが好きらしく、1970年代前半の『Triumph Bonneville T120』という650ccの空冷二気筒

(TR6から続く、いわゆるオリジナル・ボンネビル)を持っているらしい。想像するに香港が英国領だったから、サンダーバードなんかに触れる機会があったのだと思う。そこで惚れ込んだ可能性は高い。

 つまり『SR』を知る前に、360度クランクのOHVバーチカルツインの『味』を知ってしまった訳だ。これは理解できる。と言うかどうして私から離れてまで料理を学びたいと訴えて来たのかが今更ながらにわかった。かなり初期に設計した人格だから、ボーデンやシュラムと違い、アオレアールはかなり素の私に近い。だけど感性はかなり違ったようだ。

 それと『Z650』へと繋がっていく『ER-6』や『Versys 650』は、シリーズの中の『ER-6n(ネイキッド)』をドイツで1年だけ乗ってみた。この時はイタリア・ヤマハの『MT-03』の単気筒の方が楽しく感じられた。その流れから後年、『MT-09』を発売と同時に手に入れた。その分、車庫が狭くなったので『FZ6-N(1B3/2004年発売・前期)』を手放した。

 これは2006年の『FZ6-N(13B・後期)』も持っていたからというのもあるが、ミトが『FZS600』時代から持っていたので飽きて来ていたというのもある。だけど客観的に見てアップマフラーの『FZ6-N』は見た目もカッコ良いし(※)、性能も良かったので前期型でも手放すのは惜しいと思っていたのは事実だ。

 それでも手放せたのは『ヤマハの三気筒は、二気筒や四気筒を手放せるバイクだ』と本気で思えたからだ。なので私は『MT-10』や『MT-07』に手を出さなかった。ネオレトロならカワサキの方がサマになるので『XSR900』にも興味が湧かなかった。それくらい『MT-09』は新鮮で良いバイクだった。

 

※)ミトやパミと一緒に買ったのはハーフカウル付きの『FZ6-R(5VX)』。だけど私は自分だけ、もう1台カウルなしの『FZ6-N(1B3)』を買っていた。そしてその後に後期型のカウルなし『FZ6-N(13B)』を買った訳だ。その理由は一目惚れだった。正直今でも『FZ6-N(1B3)』や『FZ6-N(13B)』のデザインは『Z750』や『Z900』より優れていると思っている。

 その神懸かったデザインの妙の部分を『Z900RS』なんかは『Z1神話』を借りないと覆せなかったのだ。そしてその神話はコアなファンの信仰心だけで生まれ育ったものではない。モノに付喪神を宿らせるだけの魂を込めて当時の技術者や生産ラインの人々が作り上げたからこそなのだ。

 よく言う『ハードパワー』と『ソフトパワー』という二つのワードは、現代社会と文化の行く末を知る上で、とても重要な言葉だが、ジャパニメーションなどから『ソフトパワー』はある程度理解している人はいると思う。だけど私や姉のイリヤを見て『アニメから出て来たみたいに可愛い』と思うその基準はどこから来ている?

 二重だから可愛いの? 白人で薄い金髪だから羨ましいの? その感情を湧き起こす基準は誰に埋め込まれたものなの? そうやって他の価値観を持つ民族の思想や国家にまで影響を及ぼす事を指すのが本来の『ソフトパワー』だ。となると『ハードパワー』は武器だけでなく重工業を含む産業全般を指す言葉だとわかるだろう。

 世界を席巻した日本のバイク産業。EUから始まった排ガス規制。あちらは何を壊したかったのか? それをこれからの未来のためだという議員は誰から献金を受けている? それを良しとするメディアの報道姿勢は誰の金で組まれたものだ? 目覚めろとか真実を見ろとかのレベルじゃない。『都市伝説』というレッテル貼りで思考停止するように仕向けられている事に気付けるかどうかに学歴もテストの点数も関係ない。

 長野県の工房から生まれるギターや浜松の会社から送り出される楽器類、日本のブランドから出るシンセサイザーやバイクにクルマ。それらは入り口だ。曲げわっぱのお弁当箱、竹ひごのランプ傘、ガラス工芸に様々な焼き物。魂の宿った『モノ』をこれほど数多く作っている国は、実は欧州にもそんなにないのだ。

 だけど私やミトにパミはそれを見逃さず学んでいる。それはアインツベルンとして『ソフトパワー』を更に強化し、その先にある『ハードパワー』を強化したいからだ。世界征服は暴力で成すものではない。文化と技術で成すものなのだ。

 

 

 

 そしてここで一つ重大な告白もしておこう────。

 私には自分の世界である触媒を開発した。その触媒は排気ガスに含まれる有害な物質を吸着する物質だ。物質なのに触媒と呼ぶのはとある還元作用を起こしているからだ。それはその吸着した有害物質の凡そ99%を、その物質が『どこか』へと送り込むからだ。だけど1%は『こちら』に残るので定期的に触媒は交換しないといけない。

 これが私達の『イヴ』を通さない私達個々人が興した別会社を通しての収入となる。この触媒を開発した目的は当然ながらEUが主導権を握る『環境詐欺』を潰えさせるためだ。そうしてEUの後ろに潜んでいたアイツラを炙り出す事に成功、ほとんどの奴らを人形と入れ替える事に成功した。

 だからこの馬鹿らしい規制は徐々に緩やかになる筈だったが、ある程度の規制は発展のために必要な事も『視えて』いた。いきなり全撤廃すると触媒付きエンジン補機装置やマフラーの普及率は全世界でほぼ100%となり私達は莫大な利益を得られた。だけど心の震えるクルマやバイクは現れなくなった。

 一方、今のように規制が年々厳しくなる未来だと、80%の企業が大なり小なり不正な検査報告を発表し、その不正を行った企業の中からも残る20%の不正を行わなかったメーカーからも、『これは』という製品が現れたのだ。そして不正組の中の『これは』という製品を生み出せなかったメーカーは他のメーカーに吸収されるか潰れていった。

 この潰れるというのが非常に危険だった。それはそこに務めていた人達やそこから利益を得ていたサプライヤーとその従業員を圧迫したからだ。だからより好いものが開発される土壌への肥料(規制)はある程度与えつつ、水(資金)も潤沢に回す必要性────即ち社会の構造そのものが、ある種の『生命』となっている事に気付けたのだ。

 いや、今までも予想はしていたし、ある程度の確信めいたものもあった。だからこそ『本物の宝石翁』や『先生』は、観測先のどんな未来を見たいと思っているのか、どうしたいのかを深く考えるようになった。歴史と文化のレシピは、『さしすせそ』の量や入れる順番だけでなく、タイミングも重要だった────。

 

 

 

 

 

 

『デザイン系の仕事をすれば見えて来る事ですが、アイデアはある程度『縛り』のある方がすんなりと出て来ますし、バリエーション展開も行いやすくなるものです。これは何もないところに、一つ座標となるものを置くからですね。それが指標となるから誰しもが参加しやすくなる。そうしてマーケットが活気づく訳ですが、ただ天才肌の、まるで宇宙の大いなる意志と繋がっているかのような一部のデザイナーに取っては、その座標が実に邪魔でしかない。場合によってはその座標や指標は障害物でしかない。ここまではわかります?』

 

 予約してあったキャンプ場に到着した私達は、早々に指定されたサイトでテントを建て、朝食の準備に取り掛かりながら昨日のエルサさんの言葉を思い出していた。笑えるが本当に今はまだ6時台で6時半にもなっていない。『こんなに早くから開くんだ? ここ』と皆んなして驚いた次第だ。事前情報として凛さんが『あそこは早いよ』とは伺っていたが、まさかのまさかだった。

 ここの正式名称は冬木市海浜キャンプ場。もう少し歩けば海水浴場だから、お姉様や士郎先輩がアルバイトをしていた、タツ子ちゃん家の浜茶屋がある。ここは現市長の前から冬木市にあったから、大橋の下の海浜公園と同じく冬木市の公設キャンプ場だ。だからどこの世界に行ってもある。

 とは言え並行世界は広い。『エル様』の世界だと海浜公園は河川敷公園となっていて、もっと広いしビルの公園から歩道橋で繋がっているし、バーベキュー場も併設されている。だけどその分、このキャンプ場が存在していなかった。あちらでは半分が海水浴客向けの駐車場になっていて、残りの半分はシロウ様が経営するボートハウスとなっているのだ。

『エル様』が市から取り上げ、又貸ししているのだろう。その分のバーターが河川敷公園で、そちらにあるバーベキュー場なのだと思う。実際、幾ら砂浜に近いと言っても、こんな住宅地にも近いキャンプ場なんて泊まるためでなくバーベキューをするための場でしかない。『エル様』はそこを計算してキャンプ場を廃止し移設したのだと思う。

 そしてもう一つの理由は────。

 

 

 ここは公設なのに朝の6時から受付が始まり、夕方の6時に管理人が受付から消える。ただし管理人は、国道を挟んだキャンプ場の裏真向かいに建つヒュッテに住んでいるそうだから、結構融通は効くらしい。市もよくこんな奇特な人(都合の良い人材)を管理人に雇えたものだ。半ばボランティアなんだろうな。

 これは国内外問わず、こういうアウトドア施設ならどこでもそうなのだと思うのだけど、地元を愛しボランティア精神が旺盛な善意の人が居ないと成り立たないと思う。だけど冬木はそういう人がやたら多い土地柄でもある。私としては、受付の人の良さそうな中年男性はご結婚されているのだろうかとか、ご家族は道路向こうのヒュッテで暮らされているのだろうかなどが妙に気になった。

 何故なら『エル様』の世界ではその道路向かいのヒュッテから1000mほど行った先にエーデルフェルト家の別宅があり、その庭と言うか変電所のある私道を抜けると、そこからアインツベルンの森に入れるからだった。つまりキャンプ場のある辺りから道路の向かい側は、一部ルヴィア様に貸しだしされているだけで、ここいらは全部アインツベルンの土地なのだ。

 おそらくどこの世界よりも所有地は大きく広い。これはマアエモ様よりお聞きしたお話だが、柳洞寺を除いた円蔵山全部と尾根の先にある学園の下にある宅地の一部を除いて、郊外の森に到るまでのすべてが『エル様』の土地らしい。そしてその勢いは留まるところを知らず、神社のある冬木山にまで及び、凜様の遠坂家を介し、神社側の遠坂一族や未遠一族が『エル様』に泣きついている状態なのだとか。

 だけどそれが『エル様』の計算で、先生が『エル様』の企みに気付いた時は既に遅く、『エル様は親友の凜様の願いを聞き入れ冬木山の神社が建つ西側から手を引いた』。その代わりに遠坂一族が持つ山の東側を手に入れたのだ。この冬木山の東側、つまり冬木市から見ての山の向こう側には遠坂家が作ったショッピングモールがある。

 冬木市からはJRで一駅先になるその地域は、冬木市だけでは賄い切れない増える人口を支えるべく隣の市が中心となって開発した土地だ。『エル様』はそのショッピングモールと一部の宅地の利権は凜様に残し、残る土地で新たな宅地や温泉を開発したのだ。そのためこの数年で隣の市は税収が一気に増えたし、ゴミ回収の権利と送電設備の権利を得た。

 両市の市議会議員も県会議員の何人かも(イリヤ様の御親友の鴻和子様のお父様『びしゃご篤史』が有名)、この県から出る参議院議員も今は『エル様』の息が掛かっている。今は衆議院議員も『エル様』からの献金を黙って受け入れている。それは外国人献金で違法だ? 国会議員なんて昔からそんなものだそうだよ? それにそういうのは必ず迂回して行われるものだ。なので地元の放送局や新聞が騒ぎ立てない限り、一般市民は知らない世界だ。

 まぁ、放送局員を騒がせないだけの額面のお金か、何らかの恐怖を与えるのだと思うけれど、それもチカラには違いない(※)。ただ、世の中はそんなものだと高校生で知るのは正直キツい。だけどこの報道まで抑える姿勢は確実に魔術協会や聖堂協会を抑え込む。英霊を抱えているから手を出せないでいる『とある理事』は、聖杯戦争の舞台が持つ神秘を報道でバラしかねないほど肝が座っている。その事実なのだ。

 その事実を周知させる事がご自身を守り、ご家族を守り、凜様達親しい人達を守る事に繋がるのだ。

 

※)方法は色々あると思うけど、とある特級の方法をお教えしよう。その前に日本人にはある弱点がある。それはお墓だ。もっと正確に言えば『骨壷』だ。過去に大災害が起きた土地でもない限り、大概は持って逃げる事も適わない『触媒』が所定の位置で眠っている。これが弱点になるとは普通の人は考えもつかないのだ。

 これってアニメ版ハガレンの話じゃないよ? そもそも私達人造生命体型のホムンクルスにはそんな弱点なんてないから。だけど『エル様』のような『降霊』と『人心操作』が得意な魔術師にとっては、特定の遺骨や特定の遺品はとんでもない武器となる。そんな武器を相手に与える事が弱点なのだ。

 例えば『エル様』の一声で、アサシン達は敵対行動を取る相手の墓を暴き、『エル様』にその遺骨を届ける。然る後に遺骨を触媒にして降霊術を行い、召喚した霊にこちらの望むセリフを敵の夢枕で話させる。大人しく言うことを聞けば遺骨は返すが、そうでないならお墓の骨壷入れに呪体などを置く。そしてその墓に連なる一族を呪う(あの方は呪術も得意だ)。

 罰当たりな死者に鞭打つ行為だと嫌悪感を抱く人もいるだろうが、今更私達魔術師に何を言うのかだ。それにこれも殺さないための手段なのだ。そしてこの方法はかなり『効く』。死んだ筈の両親や祖父母が、毎晩夢枕に立ち、『エル様』の意向を汲んで、その者にとっての無理難題を吐く。これは魔術師でも堪らず落ちる手だ。なのに誰も使わない。と言うのは降霊はかなり高位に属するとても難しいものだから、ここまでピンポイントに霊を扱える人が居ないのだ。

『死靈使い』『死人使い』とされる名の通った人でも、その術はそこらを彷徨う浮遊霊か地縛霊を使役するのが常道だし、もう魂魄を感じさせるモノが何も残っておらず、単なる腐肉の塊か骨になってしまった『物』を操るのが関の山で、『エル様』のように両親や祖父母をホイホイと召喚できるものではない。

 おそらく『エル様』でも、土地やその国の風習などで出来る事や出来ない事はあると思うし、条件で差が大きく出ると思う。だけどお墓に遺骨の残る日本だと比較的それが簡単なのは想像できると思う。こんな、その人の軍服を着たご先祖や、鎧武者姿のご先祖……つまり三世代前だとか十世代前だとかの霊を、祖父母の遺骨で遡って喚び出すなんてのは、どんなに好条件が整っても出来るものじゃない。この『遡る』というのがこの降霊術最大の特徴であり恐ろしいところなのだった。

 そしてこんな難しい魔術を『エル様』だけでなく、お姉様までが出来てしまう。おそらくお姉様はその術を降霊科の偉い人に披露したのだ。講師に招かれたのは、何もセイバーさんを召喚できたからだけじゃない。この降霊術があってこそなのだ。そしてそれがエルヴァさんの言うキャスターの能力なのだと思う。

 かつて『エル様』はご自分のセイバーさん自身を触媒にして、セイバーさんの親である先王を召喚し、王国を滅ぼした事から始まって、細かな失政や戦争の作戦行動などなどについて、延々とセイバーさんをを叱らせたそうだ。あの剛毅なセイバーさんが、まるでそこがカムランの丘であるかのように泣いて謝ったという……。

 これはお姉様から聞いた話だが、『エルはそういう事ができる魔術師です。人の心は英雄であろうと英霊に昇華された後であろうと、そういう心の底に眠る『脆さ』からは逃れられないものなのです。わかりますか? それは人だからです。真っ当に生きた人だからです。人だからこそ歓びとともに哀しき記憶……後悔も忘れずに残っているのです。その事を肝に銘じておいて下さい』とご自分のセイバーさんに話したそうだ。

 なお、『エル様』のセイバーさんがやり込められた理由は、セイバーさんが『エル様』のプリンを食べちゃったからだとか。あの方の『食べ物に係わる執念と恨み』は尋常じゃない。例えば初等部時代に給食のバナナを取られたからと、有無を言わさず取った男の子に暗示を掛け、給食後の五時間目に先生を殴らせた。クラスの皆んなの見ている前でだ。

 こうなると言い逃れも何も出来ない。穂群原初等部開校以来初の校内暴力事件へと発展し大問題になった(大問題となるよう先生方を操作したのだと思われる)。その後男の子は小学生なのに自宅謹慎を食らい、保護者と学園との話し合いの末に転校していったらしい。バナナ1/2本で人生が変わってしまったのだから容赦ない。

 ちょっとやり過ぎだと思うのだけれど、これも学園を買い取る話が水面下で進んでいたからだったらしい。それとこのバナナを奪った子はその食い意地で前々から結構有名な子だったそうだ。つまり学園の品位を貶める学生は要らないという意思表示なのだった。

 これも後でホンの触りだけ知ったのだけど、その頃の『エル様』は本国で何かがあり、親族の誰かを破門にしたとかどうとか聞いた。そんな事と先代様からクルマを買う事を止められムシャクシャしていたそうだ。小学生なんだからクルマを買ってどうするのだとは誰も言わなかったという。

 

 と言うのはその頃(5~6年生頃)の『エル様』は社用とは言え、エアバス(旅客機)を二機も所有する程の大成功を納めていたからだ。これも普通じゃないよね? ただ、後に『お祖父様に騙された』と言ってエアバスは売り払っている。何があったかは知らないけれど……。

 

 

 

 

 

 ランサーとランスロットさんは慣れた手付きで彼ら愛用の鉄板を熾した火の上に置き(炭と薪の併用。昼のバーベキューからは炭だけの予定)、油を引き、ベーコンエッグを焼き始めた。鉄板も食材も私が宝具に納めて運んだものだ。宝具の中は使い方次第で時間が止まるので食材が傷まない。もっと詳しく言うと氷を入れたクーラーボックスに食材を積めて、それを宝具に入れておけばジュースもビールも冷たいままなのだ。

 それでオッサンの英霊二人は、ベーコンエッグを焼きながら、バターの風味が濃厚な、ちょっと良い食パンを暖めながら、冷えたエール缶を朝っぱらからグビグビ行っていた。この銘柄は輸入酒専門店でランサーが見付けたもので、故郷の古臭いエールを現代風にしたような美味さがあるのだという。

 ランスロットさんまでが、どこかブリテンっぽい懐かしい味がすると言う。エールてそういうのなの? ビールとどう違うの? 酵母の違いだ、スタイルの違いだって頭にはパッと浮かぶけれど、二人の飲んでいるエールはインドのお酒と言うから謎だ。

 

『大航海時代にの。英国から植民地のインドにエールを送る際に、傷まんようホップを増やし糖度を高めたエールがあったんじゃ。そのエールはその流れを汲むんじゃろう。それにランサーもランスロットも甘いものを好むじゃろう? 塩か酢くらいしか無かった時代の者達じゃ。そういう酒の奥にある甘さは、新鮮じゃったろうな』

 

 あ~、な~るほど。ゾウケンくんはやっぱり物知りだなぁ。今ここに居るのは私と私の髪に隠れているゾウケンくんにランサーとランスロットさんだ。もうしばらくして、エルヴァさん達を案内がてらアーチャーさん達や凛さんとルヴィアさん達がやって来る段取りだ。エルサさんが一応留守番役の中心で、アーチャーさん達二人を含めた三人での交代制となっているだ。

 ヴンダーは先生とここの凛さんを案内しながら、凛さんとともに衛宮の家の人達に声を掛ける事になっている。ただしそちらもキャスターさんが来ない可能性が高いので、来るも来ないも自由という事にしてある。要は『午前10時から夕方の5時までは、誰かがキャンプ場に居るから、バーベキューを楽しみたい人はその時間帯に自由に来てね』という事だ。

 こういう方式のキャンプを提案した理由は、私がとても世話焼きというか、メイド体質が抜けないタイプだからだ。孤独なのは耐えられるが、誰かが居るなら尽くすというか世話を焼かずにおれないタイプなのだ。まぁ、それがあって弓道部では先輩方から可愛がられているのだけど。

 それとアーチャーさんは否定すると思うけど、私とマルガリータさんとアーチャーさんの三人はとても似ている。三人ともジッとしていられないタイプで、何かに気付いてはせっせと何かをしている。例えば食堂で話している相手のカップが空けば、無意識にお代わりを煎れていたり、テーブルのちょっとした汚れを、会話しながら拭き取っていたりだ。

 そんな私を見てお姉様がクスクス笑っていた昨年が懐かしい。だけど凛さんやルヴィアさんは、私の行動がお姉様にそっくりだと言っていた。そうなのだ。お姉様も世話焼きさんで、きっと私の中に『自分と似た気質』を感じて可笑しくなるのだと思う。

 そしてお姉様は年下のクロエちゃん達の面倒を見るのが大好きで、イリヤ姉さんの世話を焼くのも大好きな人だ。それだけに今はどうされているのだろうと気になる。まさか『世話の焼き甲斐がある女の子達』を三人も同居人にしていたなんて、この段階での私はまだ知らなかったのだった。

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