※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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122、冬木の日々~道東~開陽台~野付半島 23

「メディアさん、本当に行かないのか?」

「ええ。家の留守番があるし、私が行けば先方が要らない気を遣うばかりだわ」

 

 そう尤もらしい言い訳を坊やに話して、坊やの姉である我がマスターに目で詫びた。一度は遠坂のお嬢さんのところへ食事に出たくらいなのだから、あちら側には裏がなく善意で誘ってくれている事は、幾ら疑り深い私でも理解している。それでもこういう手間の掛かる演技をしているのは、大魔導師との話があったからだ。

 昨夜、大魔導師からとても丁寧なメッセージ(使い魔)が届いたのだ。一応、姉弟を誘いに行った体裁を取るが、姉弟は遠坂のお嬢さんとアインツベルンのお嬢さんに任せるので、私と二人きりでじっくり話したいと。少し迷ったが私はそれを受ける事にした。

 そして遠坂のお嬢さんはセイバーも誘い出してくれたので、今この家には私しか残っていない状態だ。それから数分も経たず大魔導師は玄関の前に立ち、呼び鈴を押してくれた。私は土間に木のサンダル(つっかけと言うのかしら?)で降り、先程姉弟とセイバーが遠坂とアインツべルンのお嬢さん方と出たガラス戸を開いた。

 

「急にご免なさいね」

「いいえ。どうぞ」

 

 歴史の上では名の通った私は魔術師の英霊だ。それでも魔法使いの英霊には敬意を払うし、ましてマスターの師でもあるのだから、そこは気持ちよくお迎えもする。座卓に座布団で席を設ければ、黙礼を返してくれた。なので私はそれを受けてお茶をいれた。

 

「それでお話とは?」

 

 彼女がお茶を一口啜るのを待ってから訊ねた。

 

「これは弟子の凛にもイリヤにも話していないのだけど……」

 

 遠坂のお嬢さんは魔法使いになるべく、大魔導師に弟子入りした人だ。けれど我がマスターは魔術をより深く理解し、より良い魔術師へと自分を高めるためにこの人に弟子入りしたのだった。大魔導師の真名は『遠坂凜』。文字が若干異なるらしい、並行世界での遠坂のお嬢さんだった。それも夫とともに英霊となった。その旦那様のお名前が『衛宮士郎』だから、初めて聞いた時は本当に呆れた。

 ええ、驚きもしましたよ。専門家ではないけれど、それでも私だって『並行世界』と聞けば多少はわかるものもあります。だからこそ驚きよりも呆れの方が大きかったの。完全な自分という訳でも自分の過去という訳でもないけれど、『あなた、自分を弟子に取って自分で育てるの?』とね。

 まぁ、それだけ魔法に至る条件は厳しく、ある意味で自分を育てるとその条件が緩和されるのでしょう。他にもメリットはありそうだけれど、その辺りは私が知っても詮無い事です。なので心を落ち着け彼女の次の言葉を待った。

 

「私は生前……ここの凛と同じく、自分の世界での穂群原学園の2年生の冬に第五次聖杯戦争を迎えました。まだまだ未熟だった私が最後まで生き残り勝ち残れたのは夫である衛宮士郎との出逢いがあったからです。そして夫はまだ高校生の学生とは思えないほど、考え方が冷静で客観的にものを見る事に長けていました。それはここの士郎君と同じく理不尽な災害の中で生き残った事と、その後の生活の中で培われたものなのは間違いありません」

「あ。あなたの旦那様にイリヤスフィールという存在は居なかったの……?」

「居ましたよ。ですが、聖杯戦争の終盤に命を落とし……それが今も彼の心の傷です……」

 

 ああ……。

 

「そもそもここのイリヤと違い、あの子はバーサーカーのマスターとして参加していました」

「ああ……もし父親が迎えに来なかったら、そういう運命があったという事ね?」

 

 これはマスターから聞いた話を考えた上での想像だ。

 

「ええ。それで聖杯は勝ち取ったけれど、汚染があった。なのでその奇跡は協力してくれたキャスター(先生)の受肉など、限定的な使用に留め……。まぁ、もともとその約束で協力関係になったようなものですし」

 

 そこから私は大魔導師に何度も質問をし、とうとう彼女とその夫が体験した第五次聖杯戦争のおおまかな全貌を知る事ができた。そして若き未来の大魔導師を導いたキャスターという英霊の正体も────。

 それは私だった。座を同じくする私の分霊だったかどうかはわからないが、少なからずその気質は私に近いと思えた。そうか、遠坂のお嬢さんの担任がクズキという名だった。私はその人と恋をし、受肉後に夫婦となり子を成すのか。今はその男性も私も天に還り、子や孫が平和な街で生きているという。足跡は残せたのだ。

 本当に愛せる人と出逢え、子や孫に囲まれ、コルキスの時代は無理だった人としての幸せを手に入れ、人生を全うできたのだ。私はそのお話を聞いて涙が止まらなかった。だって女として最高の人生を生きただけでない。魔法使いを弟子にしていたのだ。これ以上の幸せはまずないだろう。

 その私は運命に復讐できた────いいえ、そんな薄っぺらく軽いものではないわね。そこに至るまでに、毎日どれだけの事をしてきたのか? そこよね。大魔導師もお孫さんが魔法に至り、遠坂の家も、新たに親族となった家も共に栄えているそうだ────。

 

 

 

 

 

 私達宿泊客だけでなく、一般の人も訪れる朝食バイキング。なので昨夜も思ったが、食事会場はやたらと広い。私達はテーブルを埋める客の数とスタッフの数、食材のレベルなどから大まかな利益率を頭の中で弾き出し、リゾートホテルなら『こんなものか』と納得できた。

 ただ強いて言うなら、『ここが北海道』と考えると物足りない。特に洋食を選ぶとするなら。かと言って和食にしても、どこかのビジネスホテルのように、イクラ取り放題という売りもない。鮭の焼き魚とご飯とお味噌汁があるから私はもう、それで良いやって感じだ。朝食はやっぱり旅館だなぁ。

 その土地の海の幸・山の幸を前日の夕食に堪能し、翌朝の朝食でその余韻を再び感じる────そんな食事は決まってホテルでなく、旅館か民宿にでしかあたらない。ここはツアー客も多そうだし、キャパ的に仕方ないのだろう。パミに気を遣い過ぎた。ペンションにしとくべきだったか。

 本日は走行距離こそ短いが、行程が詰まっているからお昼は行き当たりばったりになる。そこで何が当たるかだな。そんな風に考えていたら、ミトやパミがパンとベーコン、スクランブルエッグとありふれた料理を選ぶ中、お姉さんは生野菜をたっぷりとお皿に盛り、鮭とご飯を取っていた。それなりにバランスを考えているようだ。

 だけど『私』が『バランスよく食べないとエルヴァに叱られる』という言葉を聞き出していた。ナイス。そう言えば大盛りだった昨夜にしても、単純に量が多いだけでバランスは取れていた気がする。離れて暮らしていても効力を発揮するエルヴァの躾けは凄いね。

 

 身形を整えた私達はチェックアウトを済ませ、駐車場に向かった。それぞれのバイクに跨がり、エンジンを掛けた。そして地図を見ながら、川湯温泉を抜け摩周湖に出るルート、摩周湖から清里を抜け開陽台に向かうルートを確認してから出発した。

 私の駆る『GPZ1100』はノーマルのミトのとは少し違い、トップブリッジ一体型のセパレートハンドルからバーハンドルに交換してあって、そのハンドルも私の体格に合わせて少し手前になるようにしてある。なのでパミでも問題なく乗れるだろう。

 だけどこのバイクはノーマルでも凄く良いのだ。特に私が素晴らしいと思うのは前後スプロケットの歯数(丁数)にある。ドライブスプロケット(前)が17、ドリブンスプロケット(後ろ)が43。前後共に素数なのだ。この素数という『割り切れない』歯数が、このバイクのキャラクターを決めている。

 43÷17だからこのバイクの減速比は2.529という事になる。ツアラーなのだからもっとロングでも良いところを(その方が燃費が良くなり静かに走れる)、このバイクはギアの掛かりが良い値を優先している。この意味を説明する前に、ハイスピードツアラー『ZZR1100』の最終減速比を示そう。

 あちらは前17の後ろ45だ。つまり2.647となって、実はショート……つまり『GPZ1100』よりも加速性能寄りなのだ。逆のロングという場合は高速性能寄りとなる。これは前のギアと後ろのギアの比が近ければ近いほどパワーが掛けやすい(登坂能力が上がる)、自転車を思えば理解できるだろう。

 となれば逆の比が大きくなればなるほど、ここ一発のパワーは出ないが、速度は出ると理解できるはずだ。そこで『あれ?』となるのは自転車の場合とはギアの大きさが前後逆になるからだ。人間の足ならクランクが1回転で後輪が複数回回るほうがありがたい。なのでそうなっている。

 だけれど人の足でなくエンジンだと(単純に考えやすくするために内部のギアをすっ飛ばして考えるなら)、エンジン回転分後輪が回ると大変な事になる。だから回転を抑える方にする。だから(二次)減速比な訳だ。ここまで理解できたら次は素数の歯を選ぶ理由だ。

 ここはライダーよりもピストに乗っている人の方がわかるだろう。それも完全固定にして、足を止めてブレーキ代わりにする『スキッド』が出来る人なら。この後輪に取り付ける固定ギアをコグと言うのだけど、用語はこの際どうでもいい。重要なのはスキッドを多用する人は前後の歯数を大概素数から選ぶという事実なのだ。

 その理由はタイヤ周長が決まっているから、ギアを素数から選ばないとタイヤの同じ場所ばかり減っていくからだ。これと同じような事がバイクにも言えて、私の経験則だと割り切れるギアのバイクはホイールダンパーの消耗が激しい傾向にある。特に『セロー225』や『TW』などのヤマハ製オフ車に『YZF-R6』といったSS車だ。

 そのヤマハ製オフ車、トリッカーにブロンコ、『セロー225』に『TW』はフロントが15でリアが45だ。5で割り切れ、前後の比も3.0と良くない数値だ。だから私はこれらのフロントを13丁を基準に考え、リアを用途に応じて換えている。実は私のあのトリッカーは、前13の後ろ47で完全な低速走行用にしてある(13/47 3.615)。

 一方『YZF-R6』は前16の後ろ48でこれまた3.0で割り切れる。私の場合は完全なサーキット走行用なので、そのサーキットのストレートに応じてスプロケットやチェーンは交換してるが、その減速比は思ったよりも大きい筈だ。わかるだろうか? 素の『YZF-R6』は回してナンボのバイクだって(サンダーキャットは15/47だから比は3.133。巡航速度重視というのがわかる)。

 減速比は後ろを1回回すのに前を何回回すかだから、普通なら3.0以上は低速走行向けのオフ車寄りとなるのだけれど、サーキットでもこの減速比になるのはエンジンをぶん回し、エンブレもがっつり効かせたいからだというのがわかると思う。そして一般的には、前を大きくすれば高速が伸び、小さくすれば加速が良くなる。後ろが大きくなると加速が良くなり、小さくなると高速が伸びる。

 以上をこれを組み合わせながら、ちょうど良い塩梅のチェーンの長さ(コマが減ればホイールの前後長が変わるので、運動性能に大きく影響する)になるよう減速比を考慮しながら前後のスプロケットは決めるものなのだ。だから比を見ただけでは一概にこうだと言えないところにバイクの面白味がある。

 また、私が学園への通学に使っていたスチームローラーは前47の後ろ17だ(エルヴァも似たようなギアだった気がする)。それで素数でギアを決めると『掛かり』が良いと感じる。これは気のせいでは無いだろう。それとピスト用のチェーン(トラック競技用。ママチャリ用とは異なる)と、6~8段用ナロー・チェーンと、9段変速用スーパーナロー・チェーン、10段、11段といった専用チェーンなどなど、それぞれに互換性がない。これと同じようにバイクのチェーンにも何種類か規格がある。

 ただありがたい事に、バイク用は人力の自転車ほど事細かに分かれていないので、現在は概ね『420』、『428』、『520』の三種類で賄われている。この三桁の数字の頭がピッチ(コマの距離)を表し、『4』ならピッチが4/8インチ(12.7mm)だ。『5』なら5/8インチ(15.875mm)となっていて当然互換性はない。下二桁はチェーンの幅を表し、『28』なら2.8/8インチだ。

 つまりこういう規格を作ったのはインチの国の人達であるという事、下二桁でチェーンを切る場合のピンの長さ、そしてスプロケットの幅を見ないといけないという事だ。まぁ、こんな細かな事は『わかんないよ』となって当たり前だ。なのでバイクを買ったら整備書も揃え、必ず自分の愛車の規格をいつでも確認できる手段を用意しておく事が肝要だ。

 中古でバイクを手に入れたなら尚更なのは言うまでもないし、そのバイクが旧車どころかヴィンテージ物なら(※)、規格を模索している時代のものだったりして、ノギスでコマを測ってチェーンから探さないと駄目という事もある。そんなケースを思えば、交換用チェーンなんて箱に規格(サイズ)が書いてあるのだから、ショップの売り場で迷う事はないだろう。

 何より、弾頭の直径や火薬(パウダー)の種類や量を間違う事なんて絶対にできないリロードより安全で簡単だ。なので滅多に交換しない部分だけど、整備を覚えたい人は避けて通れないものでもあるから、整備書の裏表紙に箱からもぎ取った規格表示を切り取って貼り付けるくらいのマメさは必要だろう。

 

※)長く作り続けられている『SR』などは、2型から(正確には2型になった後すぐのマイナーチェンジから)、チェーンとスプロケットが『520』から『428』へと細くなっている。これは静寂性を高めるためで、細くなる方が音が静かになるからだ(ターンテーブルだと、ベルトドライブより糸ドライブの方が静かになるのと同じ)。

 ここでヤマハは静音性を高めつつ乗り味を変えないようとても気を使っていた。400で、1型のフロントリアが16/47。 その比が2.9375だ。そしてマイナーチェンジ後が19/56。比は2.9473だ。当時はまだ500があったからそちらも見てみよう。500は1型が16/44で、比は2.75。それが→マイナーチェンジで20/55となり、比はやはり2.75だ。

 この気の配りようがわかるだろうか? ただ、個人的にドライブスプロケット(前)が20歯は無いだろうとは思うけれど。ちなみに私は自分の『SR』はチェーンを『520』に戻し、17/43にしたり17/47にしている(やはり素数)。特に街乗りの400で17/43にすると信号ダッシュが速くなる。吹け切るのが早いので好みは大きく分かれると思うけど。

 本来『SR』は単気筒でトルクもあるから、ロング寄りにした方が高速巡航も楽だし、燃費も良くなるのはわかっている。だけど敢えてショート気味にして走らせると、400でも500並みの加速感や鼓動感が得られる。そういう『味』の演出にもスプロケット・チューンは使えるので知っておいて損はない。

 それと個人的にこの17/43の組合わせが一番オンロードバイクに向いていると思う。どこからでも加速できる『掛かりの良さ』を感じられるし、そのバイクが持つ『素の味』を味わえると思っている。料理で言えば素材の味がわかる味付けだ。

 

 

 

 摩周湖には展望台が三つほどある。その内二つは道道52号線沿いにある摩周第二展望台とそこより少し南の摩周第一展望台だ。観光バスが必ず停車する絶景ポイントとして有名だ。だけど私達は敢えてそちらではなく摩周湖の東側にある裏摩周展望台を目指していた。

 そうなると屈斜路湖畔の川湯温泉から国道391号線を北上し、道道805号線に入り、そこから道道1115号線に乗り換え清里の方向にかなり南下しないといけない。実に遠回りなのだが、バイク乗りにはこの方が楽しいので敢えて選んだルートだ。そして清里峠の辺りで右折し道道150号摩周湖中標津線に乗った。冬季は通行止めになる道路らしい。

 道路は対抗二車線でバスも通れる広さがあるが、北海道ならではの積雪の中で路肩を指し示す下向きの矢印が、想像よりも内側にある気がして感覚が狂った。雪がないと左右には草原が広がり、そこから緑の丘がせり上がるので、錯覚を起こすのだ。

 今回のどのバイクのアクセルグリップにも、スロットルアシストやアクセレータロックなどを付けているが、ミトやパミは使っているのだろうか? 私はあまりにも空が青いのと、結構狭い道道を選んだお陰で、アクセルを握る右手をだるいとは感じなかった。それと同じように道路事情とギア比の効果でエンブレがよく効き、クラッチを握る場面が少ないので楽々だった(それでも手が元から小さいのでパワーレバーは入れている)。

 やがて到着した裏摩周湖展望台では皆んな揃っての集合写真や、バイクを並べた写真、個別の写真などなど、たくさん写真やビデオを撮ったり撮られたりして楽しんだ。昨夜の夕食からカメラマンの『私』は大活躍だ。霧なんて出ず空は真っ青だった。

 ひとしきり撮影して満足したら、開陽台に向けて出発だ。ここからなら道道150号線を、牧場脇などを抜けつつ、走るだけなので、距離はそこそこあるが道に迷う事はないだろう。

 

 

 

 

 

 オレの前を姉貴とセイバー、遠坂とヴンダーというアインツベルンの女の子が並んで歩く。ここは家の前から左に曲がって真っ直ぐ下ったところで、武家屋敷が並ぶ一角の出口みたいなところだ。ここから少し左斜めに入る路地のような細い道があって、そこの緩い坂を更に下りつつ、30分くらい歩くと水族館を越えた海に出る。テトラポットが並ぶ辺りだ。

 その海沿いの道を左に曲がって7~800m歩けば目的地の海浜キャンプ場だ。そう考えると、家のある辺りも円蔵山の一部で、結構な斜面の上だった。だけど城下町じゃないし、山城があった形跡もない。昔の城は未遠川を渡った新都の方にあったらしいから、冬木と言う土地は変わっている。だけど一成が言うには冬木山や円蔵山に山砦があったらしいから、敢えてそういう作りになっているようだ。

 オレと姉貴は組み立て式のキャリーカートをゴロゴロと牽いていた。カートには発泡スチロールの箱が乗っかっている。中には食材と氷だ。お呼ばれなんだから少しでも差し入れをと、昨日オレと姉貴、セイバーとで焼き鳥用の肉を仕込んだんだ。全部で何本だ? 18cmの竹串が1000本近く入った業務用をウチはいつも使っているんだが、それが二握り分くらい減ったからざっと200串か。

 この業務用竹串は、実は本で数えずグラム単位で売られている。その箱の上に800gとあって、約950本入と書かれている。確かこの銘柄のは18cmと少し短い15cmがあって、この量で一箱800円くらいだ。それも税込みで。だからウチはいつもこれを使っている。

 と言うか『安かったから』と、姉貴が中学生に上がったばかりの頃、藤ねえと一緒に五箱も買って来ちまった。たしかに安いよ? 事実この業務用串は、他のメーカーなら一箱1000円以上はする筈だ。だけどこのメーカーのは道具屋(荒物屋)の片隅で常に安く売られているんだ。

 姉貴と藤ねえはこのお店で同じメーカーの爪楊枝を、竹串と一緒に一箱買っていた。一箱には、あの円筒形で半透明のプラ容器が20個も入っている。わかる? あれって500本入りなんだぜ? それが20パックで一箱だ。親父が死んだばかりの頃で、藤ねえが塞ぎ込む姉貴に色々と気を遣ってくれていた。その結果がこれだった。

 だけど、こんなに串や爪楊枝をいつ使うんだ? まぁ小学校の遠足の時は楽しかったし、齢が一つしか違わないのに、早起きしてオレのために弁当を作ってくれた姉貴には感謝してもし足りないくらいだ。想像できる? 茹でたウズラの卵とタコに切ったウィンナー、それとキュウリが18cmの竹串にみっちり刺された姿を。

 昔の姉貴って料理がオレより下手で、こんなのしか作れなかった。要は『焼く』か『炒める』か『湯がく』かだ。だけど中学の3年生頃には煮物とか作れるようになっていた。後で知ったんだけど、遠坂と一緒に『先生から学んだり』、あちらの『お袋さんから学んだり』していたらしい。

 でだ。そんな串や爪楊枝が結局今に至るまで残っているって訳だ。しかも串はまだ三箱も残っている。大概贅沢に串や爪楊枝は使って来た積もりだけど(実際、あると何かにつけ便利だ)、一向に減った気がしない。だから今回の『二握り分の串』はオレも姉貴も『おお』と思わず声が出るほど感動したんだよ。

 そんな訳でオレと姉貴とで、自転車のゴム紐で括ったキャリーカートを運んでいるんだが、中にはビニール袋で包んだ鶏串がどっさりだ。基本胸肉と長ネギを交互に挟んだ『ネギマ(葱間。葱鮪ではない)』が中心だ。けど、一応モモもあるし、下味を付けた手羽先や手羽元、業務スーパーから買ってきた加工済みの心臓(ハツ)や皮(カワ)なんかも用意してある。少しでも安く、美味しく。これがオレと姉貴のモットーだ。

 

「士郎。キャンプ場にさ、並行世界の『衛宮士郎』と『間桐慎二』という人達も来ているらしいの。おかしな態度を取ったりしちゃ駄目よ?」

 

 並行世界のオレ……? いや、そこはエルヴァさん達と出逢った時に大体理解できたからまだ良い。むしろどういう体験をして来たオレなのかが気になる。つまりオレとの違いだ。要は同じようでも違うんだってところを確認したいというか。これが山岡士郎くらい違えば別人だって言えるけれど、どこかの世界ではその人が唯一無二の『衛宮士郎』な訳だしさ。だけど『シンジ』って誰だろう?

 

「姉貴、シンジって?」

 

 すると姉貴が答える前に遠坂がこう言った。

 

「慎二の『慎』って、『マコト』って読めるの」

 

 それでピンと来た。1学年下だった間桐慎だ。

 

「退学したっていう、あの子が男の世界から?」

「まぁ、そういう事。でも御二人とも時間の流れの違いで、私達よりずっと年上だからそこは注意してね」

「えっと……」

「ニブイわね。聖杯戦争なんてとっくに終わらせた20代の半ばで、それなりに社会経験も積んでいるって話よ。それに慎二さんは物知りでかなり理知的な人だから、そこも注意ね」

「気難しいのか?」

「いいえ。そこまでは言わないけれど、その傾向が無きにしもあらずってところかな? でも年下として教えを請う姿勢を崩さなかったら、面倒見は良い方じゃないかしら? 弓道部でも副部長をこなしながらレギュラーに入っていて、大前らしいわよ」

「大前か。なるほど、勢いのある人なのかな?」

「どうかしらね」

 

 オレは俄然並行世界からの珍客に興味が湧いたのだった。そんなタイミングで『そうそう』と遠坂はオレに腕輪みたいなのを渡してくれた。何か『霊基構造にフィルターを掛ける』やら、『オレがオレでなくなる』みたいな変な説明をするからギョッとしたが、どうやら『世界からあちらのオレとオレを別人だと誤認させるためなのだとか。

 

「もう~、衛宮君。も一つわかってない顔ね? コンフリクト予防だって」

 

 まぁ、そこから遠坂や姉貴、ヴンダーさんが色々と事例を出しながら教えてくれたので一応わかった。

 

「あ。それとセイバー。キャンプ場にはこちらのヴンダーさんと姉妹のエルマさんという方が居て、その人があのエルヴァさんの義理の妹になるの。だから前回も来ていたわ。それでその人もズバリ『英霊遣い』なの」

「英霊遣い……ですか。となるとあのセイバーが今回も?」

「ううん。今のエルヴァさんはあちらで魔術協会の講師をしていて、そのセイバーも彼女と一緒に倫敦なのね」

「それは残念です。いえ、そのエルヴァさんには良い事だとはおもいますが」

「わかるわよ。栄転とか出世とか、そういう風に捉えたんでしょう? まぁだいたいそれで合ってるし。ただね、そんなこんなで、そのエルマさんが連れて来た英霊が少々訳アリでね。クー・フーリンとランスロット卿なのよ」

「な!? ランスロット?!」

 

 オレもその名を聞いてピンと来た。物語だとセイバーを裏切った騎士だ。

 

「そこよ」

「え?」

「だから……。そのランスロットさんよ。一体、今まで何人のセイバーに謝罪して、何人と和解してきた思う? その間の気持ちとかも考えてあげなさいね。そもそもさ。彼にとっての本当の王様は誰なの?」

「あ」

「でしょ?」

 

 う~ん……。並行世界の解釈次第な気もするけど、姉貴達の先生や遠坂の話を知ると、並行世界は無限にあると聞いても『それはそうだ』と軽く納得できてしまう自分が居る。いや、並行世界の姉貴(しかも英霊)に出逢い、オレまで居るというこの段階で疑う余地なんて無いんだけどさ。

 

「そうだ。キャンプ場にはあの英霊の姉貴も?」

「イリヤさん? ああ、あの人は『エルさん』達と今、北海道なのよ。バイクでツーリングなんだって。あ~あ、私もいつか走りに行きたいなぁ……」

 

 オレの知る遠坂は何故かバイクが好きだ。それも免許を取ったから好きになったのでなく、かなり前からだったらしい。姉貴が言うには小学生頃からで、きっかけは『先生』の旦那さんだったという。逢った事がないんでどういう人なのかオレは知らない。けど、遠坂が聖杯戦争でアーチャーを喚んだ事とも関係あるらしい。

 んで、そんな遠坂がバイク好きなのは、3年生となった今だと学園の何人かが知っている事で、原付き2台持ちというのまで知っている奴まで居る。それで今年の夏休みにはもっと大きなバイクの免許を取るのだそうだ。遠坂はお嬢様然とした見てくれと違い、思った以上に男勝りというか『男前』な奴だ。

 だけどそれを所作には出さないから(悪く言えば猫かぶりが上手い)、美綴という遠坂の親友にして弓道部部長とは間逆なタイプと思われている(美綴はがさつに思われてがち。けど内面はかなり乙女だ)。そんな訳で蓋を開けると、遠坂と美綴は結構似た者同士で、お互いの性格が元で喧嘩になったら、殺し合いになるとまで本人達は認めていた。

 まぁ、要はそこまで本音で語り合え、誤魔化しなしに付き合えているという事だ。事実、遠坂も魔術の事以外は全部明け透けに話してあるんじゃないか? だって実の妹がフィンランドへ養子に出ているとか、美綴は知っていたし。ただ魔術師として妹さんを養子に出さざるを得なかったとは話せなかったらしく、祖母か曽祖母の代からの決まりごとだったみたいに美綴に話してあるらしい。

 その根拠とうか説得力のある道具が遠坂の瞳だ。実際遠坂は親父さんを通じてのクォーターらしく瞳が青いし色白だ。そして逢った事は一回もないけれど、妹さんも瞳が青いのだとか。けれどあちらの家は北欧の人らしく金髪が多いらしいから、そこだけは遺伝しなかったのが幸いだったと話していた事があった(遠坂の親父さんがハーフなのだそうだ)。

 これはわかる。ウチも姉貴がハーフで、しかも亡くなったお袋さん似だからさ、見てくれがもろ外人さんなんだ。それで小さな頃から色々あって……、そういうのを遠坂も知っているから出た言葉なんだ。それで姉貴も元弓道部で(前副部長で女子の方のオチ。今は弟のオレが副部長で、やっぱり男子の方のオチを拝命している)、美綴を鍛えた人でもあるから仲が良いんだ。

 姉貴にとっての遠坂は同じ師匠の下(もと)で神秘を学ぶ『家族』のようなものだろうし、もっと言えば姉妹同然なのだろう。だから遠坂の事を、いつも『凛、凛』と名前で呼んでいる。そして姉貴にとっての美綴は可愛い後輩で妹分なんだと思う。だから『綾ちゃん、綾ちゃん』という呼び方だ。それでやっぱり姉貴は美綴や遠坂の『男前』なところを可愛がっていた。

 

 漸くキャンプ場の駐車場まで来れた。風の流れ次第だけど、辺りには潮の香りが漂っている。まだ午前中だからかな? 受付の人に『遠坂』と名乗って声を掛けると、『どうぞ』とあっさり通してくれた。珍しい海辺のキャンプ場だからなのか、こんな風に後から合流するパターンは多いようだ。要はバーベキューを含んだ屋外料理場として使う人が多いって事だ。

 一方、遠坂が言うにはテントを建てて泊まっていく人は、キャンプ場と思えば少ないらしい。まぁ、季節や天候で海辺なんて危ないからな。なので台風の時だけでなく、風が強く波が高い日は臨時休業になる場合もあるそうだ。

 

「あるのは知ってたけど、利用するのは初めてだよ」

「まぁねぇ。ウチはバーベキューなら中庭でしちゃうしね。でもね、ここ人気あるのよ? ゴミは持ち帰る必要があるけれど駐車場はあるし、流しもちゃんと揃っているし、何より料金が安いからね。時間関係なしで一日500円だったかしら」

「安いな。一泊だと?」

「翌日のお昼までで1000円だったかな? ここも水族館や海浜公園と同じで冬木市の運営だから安いのよ」

 

 そうなのかと高校生3年にして初めて知ったオレだった。まぁ、こういう遊びに縁のない生活だからなぁ。と言うか暇さえあればバイト三昧が普段のオレだ。じゃあ、なんで今は空いてるんだというと、オレも姉貴も基本長期バイトを主軸にしているからだ。なので三連休やらゴールデンウィークやらは徹底的に休んでリフレッシュする事に決めているからだ。

 でないとさ。幾ら親父の残してくれた遺産を目減りさせないためだと言っても、あれもこれも『我慢』となると辛いだろ? だから遊ぶ時には遊ぶし、休む時はとことん身体を休ませると姉貴と決めていたんだ。けど、このキャンプ場は良いな。弓道部でバーベキューをしても良いな。

 遠坂や姉貴と話しながら駐車場とサイトの間にあるコンクリ歩道の上を歩いて行けば、一段下がった芝生の上に刺さった看板に、受付で聞いた番号札が掲げられていた。そこにはオイル缶(ペール缶)を利用した手作りのグリルが二つ置かれていて、その側に髪の長い外人さんが三人、火の番をしていた。

 一人は女の子だしヴンダーさんそっくりだったから、その人がエルマさんだというのはすぐにわかった。残る二人は────。そんな男性の片方を見てセイバーが自分の口を抑えていた。驚き過ぎて、要らない声が出るのを抑えたんだ。だから目で『どっち?』と訊ねたら、セイバーは左の髪の長い人を指した。

 もう一人の人も髪は長いんだが、それは襟足だけで、サイドは結構刈り込んである。こっちがクー・フーリンか。けど、話し掛けるなら『ランサー』だな。真名を『みだりに口にしない』事はキャスターから再三念を押されていたからな。一時は姉貴も同盟も考えていたランサー組。確かあちらのサーヴァントもクー・フーリンだった。

 オレ達が話し合いに向かったら敗退していた。襲ったのは教会の神父だったとか、アインツベルンだったとか姉貴とキャスターが話していたのを憶えている。

 

「よぉ。ボーっとしてないでこっちに来いよ。『初めまして』で良いのかね?」

「少なからず、こちらの王とは『初めまして』だと思いますよ」

 

 ランサーは振り向かずに言い、卿は……この人のクラスを聞いてないぞ? 良いのか?

 

「卿よ……」

 

 セイバーが感極まった声で呟いた。それは憎んだ相手に向ける声色じゃなかった。『やっぱりな』という感じだ。セイバーはエルヴァさんのセイバーと話し合ってから変わった。いや、自分を取り戻した。元々、思慮深い人なんだ。でないと王なんてやってられない。だけどそれを見失うほど聖杯戦争の頃は焦っていたんだと思う。

 

「私のクラスですか? 実はありません。座からの直接召喚だったのです。ただ敢えて言うならバーサーカーですが、自分としてはセイバーだと自負しています」

 

 オレに代わって遠坂が訊いてくれていた。だけどセイバーだったらカブるんだって。

 

「ランスロットで良いですよ。今更知られて困るような名ではありませんし、今どきの日本人なら湖の騎士より先に、ボールペンや万年筆が先に思い浮かぶかも?」

「ぺんてるのでしょ? それはあなたに因んで付けられた名前で……」

 

 割合最近に出た高級ペン・シリーズだそうだ。90年代にはアーサー・シリーズもあったとか。結構ちまたには色々際どいのが溢れているんだな。そこも『知名度を上げる信仰にカウントされる』んだろうな。この間に姉貴は荷物を解き、焼き鳥をランサーやランスロットにお披露目していた。

 

「お、あんがと。良いねぇ。飲み物はこっちで用意してあるからよ」

「どこに?」

「エルマ。姉ちゃんにジュース」

「はいはい」

 

 そうランサーに言われたエルマさんは、何もない空間から、霜で真っ白になったステンレスのグラスと、汗を掻いているよく冷えていそうなジュースを出してくれた。色から見てオレンジの炭酸飲料だろう。魔術なんだろうけど、凄いな。実はオレ、こういうジュースの銘柄に極端に疎い。それは普段の生活から無駄な出費を抑えるために、買い食いもしなければ、自動販売機も使わないからだ。

 だから夏も冬も麦茶か緑茶だ。当然弓道部にも水筒に入れていく。ただオレは冬でも冷やした麦茶を飲むから変だとよく言われる。なので以前屋上で遠坂から温かい緑茶を頂いた時は嬉しかった。

 

「お。焼き鳥以外に……サバか?」

 

 あ。保冷剤でを括り付けたタッパに入れてあった、キッチンペーパーで包んだ塩サバだ。ヒレや腹骨、中骨も抜いてあるし、既に一口大に切ってある。絞った大根おろしは甘酢と唐辛子で和えてあるので、こいつと一緒に食えばご飯が欲しくなる一品だ。網焼きも良いけれど鉄板で焼いても美味しい。

 バーベキューと来れば肉にウィンナー、野菜にキノコと来る事が多いと思うが、海鮮バーべキューもイケるものだ。けど、誰もが食べられる訳じゃない。そこでこういう一口大の焼き魚をお口直しにと用意してみた。ただし足が早い(傷みやすい)ので、こういう近場でないと用意できない料理だ。

 

「エルマ、こっち冷やしておいてくれ」

「はい」

 

 そう言ってエルマさんは再び何もない空間に受け取ったサバのタッパを仕舞っていた。

 

「あの中は、時間を止めたり加冷したり自由自在です。ですので食材は痛みませんよ」

 

 そうヴンダーさんに言われ促されたので、オレもオレの方の荷物をエルマさんに預けた。ランサー達は早速エルマさんが出した食材と、こちらが提供した焼き鳥を焼き始めた。片方のグリルには網が置かれ、もう片方には鉄板だ。わかっているなぁ。これは相当野外慣れしている。

 そう考えてやっと、こういうグリルとかも普段使っているのをエルマさんが持ち込んだんだって漸く気付けた。だって余りにもランサーとランスロットが手慣れている。二人の間に広げられた折り畳みのサイドテーブルには、周囲にトングや火ばさみが挿せるフックが付いているし、挿す場所を間違えないよう段差が付けてあったり色を変えてあったりと工夫が満載だ。

 この他にも地面に座って食事が楽しめる折り畳みのローテーブルや、折り畳みの椅子、もっと背の高い折り畳みテーブルなども用意してあった。そのローテーブルの一つに箸や皿、器が用意されているんだけど、割り箸以外はアルミ製のものやら、木製のものやらで、発泡スチロールやビニール製のものは何一つ無かった。妙にプロっぽい……。

 

「あ、あった。ここよここ。ルヴィア~、こっちよ~」

 

 聞き慣れた声が聞こえた。

 

「衛宮、こんなところってあったっけ?」

「俺達のところにもあったよ。慎二は遊びに行くとなったら新都ばっかりだったもんなぁ」

「うるさいね。遊ぶとなったらジャスコかイオンしかないのが地方都市のあるべき姿なのに、新都があるだけ冬木は凄いんだよ」

 

 噴いた。慎二という人の返しが面白い。次に遅れて英語が聞こえた。やがて全員の姿が見えた。やっぱり遠坂だった。その横の金髪の人がルヴィアという人かな? その後ろには背の高いムキムキなイケメンと、スラリとしたイケメン……その隣はこれまた凄い美人……だ?

 

「よぉ、遅かったな?」

「昼前で良いって言ってたろ?」

「焼ける時間を考えろよ。お前達の食える分はこれから焼く分だぞ」

 

 そうして雪崩れ込むようにしてバーべキューが始まった。挨拶や自己紹介は座席が確保できた人からみたいだけど、実はわかっていないのはオレと姉貴とセイバーの三人だけで、他の人達は皆んな遠坂ん家で逗留しているようだった。なので遠坂が代表してそれぞれを紹介してくれた。そこに各自が補足を入れるという感じだった。

 エルマやヴンダーがそれぞれの飲み物を訊ねていた。二人が入れたドリンクを受け取って、姉貴が注文主に回していた。無意識にやってるから姉貴は偉いなと感心していたら、オレより背が高くカッコ良いオレが男性陣のドリンクを受け取って回していた。シンジと言う人も、焼けたものを皿にとって『◯◯いるか~い、焼けたよ~』と回していた。

 セイバーと、あちらの美人さんはランサーとランスロットの横で何を焼くのかとワクワクしながら眺めていた。遠坂はあちらの遠坂さんやルヴィアさん? と、話し込んでいた。その後、ドリンクととりあえずの食べ物が全員に行き渡ったところで遠坂が乾杯の音頭を取り、遠坂さんが英語に通訳していた。

 その理由は遠坂が皆んなを紹介し始めたところでわかった。大きな男性はエルヴァさんといい、北海道に行っている『エルさん』の異世界同位体なのだそうだ。そして少し痩せた人はアントニーさん。エルヴァさんとは小さな頃からの親友でどちらもアインツベルンの魔術師だった。それを聞いて姉貴が驚いていた。

 次の美人がアストルフォさん……。シャルルマーニュ十二勇士(日本で言う真田十勇士のようなもの)の一人で、紛れもない男性だった。セイバーが『ほぉ……』と溜め息混じりに感心していたのが印象的だった。そして士郎さんと慎二さんの二人。実はここまでが現在アメリカのシカゴ在住で、なんと穂群原卒業後に二人はオーストラリアに語学旅行に行き、その後聖杯戦争を通じて知り合ったエルヴァさんやアントニーさんを頼って米国に渡ったそうだ。

 そう決心させた理由は、親父の存在だった。前年の秋に時計塔に入学したエルヴァさんとアントニーさんは、一族の長老みたいな人から聖杯戦争に赴き『姉を助けろ』と命じられたらしい。その姉がそこの世界の姉貴であり、そちらではオーストラリア人として暮らしていたアーデルハイドさんだった。

 

「ハイディがオーストラリア人?」

 

 姉貴から素っ頓狂な声が出た。

 

『ああ、ハイディはカールの養子に入っていたからな。世界の違いだよ。今、バカンスに出ている『エル』はエーベルハルト・フォン・アインツベルン総裁の養子だろう? けれどあいつの世界にはハイディが居ないんだ。それがオレのところのハイディはエーベルハルトの三男カールの養子なんだよ。ここはどうなんだ?』

 

 オレにはちんぷんかんぷんな言葉。

 

『こっちだと、私、ハイディ、エルヴァの三姉妹で、エルヴァがやっぱりエルンストのお祖父様の養子ね。ただ、ハイディがユーブスタクハイトの跡を継いで、あの家の当主になっているわ』

『へぇ~』

 

 姉貴、凄いな。英語もドイツ語もペラペラかよ。

 

「君が世界に打って出たいのなら、最低限英語は話せるようにしておきなよ?」

 

 そう慎二さんに言われた。この人、遠坂が言うような気難しい人じゃない。案外世話焼きさんだ。だから士郎さんやエルヴァさん達とも上手く行くのだろう。次に遠坂はもう一人の遠坂とルヴィアさん、エルマさんやヴンダーさんについて話してくれた。

 

「なんて言うか……遠坂さんに聞いたんだけど」

 

 士郎さんだ。なんだ?

 

「お姉さんに弁当作って貰ったり?」

 

 ああ……。

 

「何度かありますね。オレも姉貴のを作ったりもしますよ。お互いにバイトがあったりするから完全交代制じゃなくて手の空いた人がお互いにって感じです。だから、キャスターが作ってくれたりもしますし、日曜の朝はセイバーがパンを焼いてくれたりも」

「……そっか」

 

 オレよりも精悍な顔つきの士郎さんは、とっても優しい顔をしていた。姉貴がハッとして────。

 

「失礼ですけど、そちらの私は……?」

 

 と言った。

 

「衛宮~、何を勘違いさせてんだ。大丈夫ですよ。こいつの姉はイリヤもハイディもピンピンしてますから。ただ『同じ父を持つ家族』だから、『きょうだい』という存在に思い入れが強い傾向にあって。きっと幼少期から一緒に育った二人が羨ましいんですよ」

「そうなの?」

 

 オレもこの慎二さんの分析が正しいと思えた。それでどういう事か大きなエルヴァさんが、あっちでの姉貴達の実の弟だとわかった。きっと姉貴とさっき話していたのはそれだ。けれど英語だったから、オレには聞き取れなかったんだ。もっと勉強しないとな。エルヴァさんやアントニーさんと英語で会話する慎二さんや士郎さんが凄い。

 それとルヴィアさんはもう一人の遠坂と親友で、二人は先生の孫弟子に当たるのだそうだ。そして遠坂の妹さんの養子先、そこのお嬢さんだというのもわかった。ただしそちらの妹さんはルヴィアさんのところには行っていないらしい。世界ごとにそういう微妙な違いはどうしても出て来るものなので、そこを割り切れる精神力が魔法への第一歩なんだとか────。

 

 肉や焼き鳥が次々と良い感じに焼けていった。それをランサーとランスロットがホイホイとセイバーの持つ皿に乗せていってくれていた。それも野菜なども混じえてバランス良くだ。

 

「そこまで気を使ってくれなくても……」

「良いんだよ。食って貰わなくちゃ余るし、食わせなきゃ、オレらがマスターの後ろにいるヤツから睨まれるんだ」

 

 ランサーはそう言ってニヤリと片眼を瞑った。ランスロットも苦笑しながら肯定するように頷き、セイバーに焼けたソーセージを献上していた。

 

「ランスロット卿。思い出しました。私はあなたと逢っていましたね?」

「はい。シロウが過呼吸を起こした時です」

「そうでした。するとあなたのマスターは、あの時のエルヴァだったのですね?」

「はい」

「オレのマスターはエルマだ」

 

 ランサーがそう付け加えた。そうかあの時の人だったのか。オレ、パニックになっていたから、何か思い違いをしていたみたいだ。そんな事にオレが悶々としている理由は、『割り切れる精神力』というのがオレには理解し難かったからだ。ストーンと入って来ないというか。

 25~6歳なんだろうか? 慎二さんや士郎さんは。その二人や、エルヴァさんにアントニーさんくらいの齢になれば割り切れるんだろうか? この四人は『大人だな』ってオレでも思う。妙に落ち着いているんだ。そしてそのどっしりと構えた風に見えるところは、どこから来ているんだと考えていた。

 答えは『経験の差』だと思う。それも『慣れ』じゃない。つまり『量』じゃない。『質』というか『濃さ』を感じる。それが何なのかはわからないけど、もしかしたら聖杯戦争の中身が全然違ったものだった可能性がある、とオレは漠然と考えた。そしてそれが確信となるのはもう少し後だった。

 

 

 

 

 

『地球が丸く見える~開陽台』

 そんな文字が書かれたモニュメントの前で三脚を立て記念撮影をしている私達なのだけど、そんなのペルーでもアルゼンチンでも感じたし、ケンタッキーのド田舎でもマンハッタンの高層ビルの最上階からでも感じられる。それでも『地球はフラットなんじゃないか?』と思う時があるのは、真実を歪めたい側が流す偽情報で錯綜しているからじゃない。

 私達の世界の平行世界に当たる伴世界、即ち私達が抱く共同幻想が信仰という作用によって生み出した創作の世界から、勝手に流れ込んで来る情報や侵入者の影が人々を惑わすのだ。しかも恐ろしい事に、その世界で生きる人々の中には『自分の世界は嘘ではないか?』と何となく気付いている人が多い点だ。

 ただこの見解も一筋縄では行かない。『神隠し→平行世界移動』とも単純に言い切れないし、『幽霊→この世界で死んだ者の残滓』とも、平行世界まで思考の中に入れてしまうと、『そうだ』と言えなくなってしまう。つまり何らかの要因でこちらにやって来た者の『陰』という解釈もできるからだ。この他にも例を上げろと言われれば幾らでも上げられる。

 世界は目の前で視えている『一つだけ』でなく、幾重にも重なった構造だと理解していれば、私達のような魔術師でなくとも、問題を切り分ける事や、どういう因果現象かが何となくわかるだろう。そして私の場合はここに『座の風』、即『英霊の座』との交錯までを含めて考える場合もある。そこまで考えたら、世界の周りは内も外も『電波発信源』だらけだ。

 そしてそういう『気付き』を得る一般人(受信者)はクリエイターに多い傾向にあると私は思う。漫画家然り実写やアニメの監督然りだ。『電波』という言葉もその意味では大したもので、アイデアのタネに敏感で、常にそのタネを含んだ情報を掴もうと網を張っている人は、受信チャンネルを幾つも持った、高性能な受信機を備えた人だと言えるだろう。

 だけどその受信した一部の情報を、作品に昇華する前に誰かに語り漏らせば、たちまちそのクリエーターは『電波人間』とレッテルを貼られる。だから『読める』或いは『見応えのある』作品に昇華して、エンターテイメントとして世に問うしかないのだ。そんなクリエーターの苦悩を真っ先にこの世に送り出したのは、ウォシャウスキー兄弟(のち姉妹)でも、ジャパニメーションの先端を疾走っていた押井守や神山健治でもない。実は手塚治虫なのだ(鶴野小父様 談)。

 それも『火の鳥』のような大作でなく短編だ。宇宙からのメッセージを受け取る売れない英国人画家の話なのだが、彼が命を賭けて描いた絵が、実は連作で紙芝居のような物語形式(叙事詩)である事に語り部である手塚は気付いた。そして画家の死後すべての絵を並べると、それがどこか遠くの星の歴史だった事、最近超新星爆発が起きた事を知るという物語だ。

 何に収録されていたんだっけ? 鶴野小父様のところにあった本の中に入っていたのだけど、タイトルは『ドオベルマン』だったと思う。『エルちゃん。スターシステムを取っている手塚先生が、自らを語り部にする場合は大抵本音がそこにあるんだ』なんて話してくれたのも憶えている。

 

(初出『SFマガジン』1972年2月号。その後何回かコミックのページ埋めで再掲載。私はその再掲載を見たのだと思う。現在は『SFファンシーフリー』という短編集に入っている)

 

 こんな開けた場所でそんな事を思い出す私は何者で、一体何を受信しているのだろう? お兄ちゃんにもナンバーズの仲間や実の姉からも散々電波人間と言われて来たが、そこだろ? そのチューニング機能こそが、人が第七感や第八感を啓く道じゃないの? そして私はこれを父からの、生粋の大和民族からの遺伝だと考えていた。

 非弥生人的で縄文人的な精神を持つから錬金術なんてものに傾倒している。頭の受信機が常にフルチャンネルオープンだから、洞窟の壁に絵を描いたり、土器を作ったりしてたんじゃないの? 肺いっぱいに空気を吸い込み、この大地の息吹を感じて、幸せな気分になる私だった。

 

『エル、この次はどこに行くの?』

『いよいよ国後島とご対面です。野付半島に行きますよ。お昼もその界隈で頂きましょう』

 

 野付(のつけ)半島とは、砂嘴(さし)というくちばし(嘴)状の沿岸流により運ばれた堆積物で出来た半島の事で、こういう海だけでなく、川の流れ込む湖や汽水湖などでも見られる。ここ北海道では網走に近いサロマ湖(汽水湖)の砂嘴も有名だ。そしてこの野付半島は砂嘴やこの半島に生息する動植物の研究も盛んで、ネイチャーセンターでは様々学ぶ事が出来るので、是非行ってみたい場所なのだった。

 しかも野付半島はバイクで走れて、そのほんのちょい先が国後島なのだった。そこと知床半島、歯舞群島に連なる根室半島に行かない事には、道東に行ったとは言えないと思う。湖や川の側の砂を掘ったら温泉になったとか、釧路湿原を見て満足していたら駄目だ。

 見るなら霧多布(きりたっぷ)湿原も見て行かないと。と言うのは、私、稚内側にあるサロベツ湿原も、ニセコから下っていった神仙沼湿原も、北海道の道東以外の有名どころは大体全部行っていたからだ。つまりそれくらい私は湿原マニアだった。そして北海道は日本の湿原の8割が集まる稀有な場所であった。だからこそ、北海道旅行で湿原巡りが行程の中に入っていないなんてあり得ないのだ。

 私達は展望台から降り、丘を下ってバイクを止めている駐車場まで歩いた。

 

『一口どうぞ』

 

 そう言われてパミに階段でソフトクリーム(ジェラート?)を突き出された。いつの間に買ったの? 一口舐めさせて貰ったら、濃厚なミルクの香りとハチミツ? これは美味しい。すると先に試していたらしきミトがお姉さんと『私』の手を引いて、階段を駆け上って行った。

 

『私の分も~~!』

『注文しといてあげるから、お金持って来て~』

 

 私が出すんかい! そしてジェラートを食べ終えた私達は漸くバイクに跨ったのだった。ここからは山裾を下るようにして国道272号線に出る。そこを左折して真っ直ぐ走れば標津町という小さな港街に出る。そこが野付半島の入口付近だ。お昼はその標津町で地元の人に聞いたお店に入った。

 パミやミトが『しべつ三色丼』という海鮮丼を頼む中、お姉さんは『前浜弁当』という北海シマエビの入ったお弁当だった。ならばと私は鮭のお頭が入った『鮭のかぶと丼』を頼んだ。これにカブリつけるのは日本人でも少ないだろう。だけど私はマグロでもタイでも平気だった。お頭はどんな魚でも特に眼の周りの身やカマが美味しい。脂の乗ったブリなら最高だ。

 

『知ってたけどさぁ、あんたは平気だって。でもね、その齧り付く姿はドン引きだわ』

 

 と、パミ。けど中東で丸焼きになったヤギの頭に齧り付いていたのはパミだ。ミトも含め、私らは『食』に目がない。

 

『あなた達、何でも平気なの?』

 

 と、お姉さん。

 

『何でもじゃないですけど、三人ともシュールストレミングは平気ですし、ピュラチレンシスっていう南米のホヤも平気でしたね』

『私はクサヤの干物も鮒ずしも大丈夫ですよ』

 

 ミトに続けて私がそう付け足すとお姉さんが呆れていた。

 

『だから、エルヴァもそういうのは平気なはずですよ』

『ウソよ! そんな事、絶対にない!』

 

 即答だった。けれどお姉さんは三尾も入ったシマエビ(この他鮭や貝柱などが入っている)を綺麗に平らげていた。勿論、私の前には骨だけになったお頭だ。見事な大きさだから石膏で固めたくなる。地元のお客さんだろうか? 『あの外人さん、綺麗に食べるなぁ』と感心されてしまった。だから日本語で『こう見えて、私達、日本の血も入っていますよ』と返してあげた。随分と驚かれてしまったけれど本当ですよ?

 と言うより、人類の血がその父方からしか流れていませんが何か? 言わないけれど、私達はそれくらい開き直っている。その事で姉のイリヤや巫女の姉、ちぃイリヤのようにお姉さんも以前は悩んだろうと思う。だけどそこで立ち止まってはいけない。お姉さんはエルヴァとの交流でそこに気付けた『イリヤ』なのだと思えた。

 だからお勘定を済ませてお店を出れば、もう次の事でワクワクした顔をしていた。バイクを国道244号線に乗って走らせると途中で県道950号線と枝分かれする付近に出た。民家もないここからは海がしっかり見え、その先に国後島(ゴロヴニノ)南部の泊村がはっきりと見えた。

 国後島は本来泊島と言った。そこにあった村だから泊村だ(北海道にはここ以外にも『泊』という地名が多いから、アイヌ語と何か関係があるのかも知れない)。で、ロシア語でのゴロヴニノは島の名であると同時に泊村の別名でもあった。これはロマノフ朝時代の海軍の軍人兼探検家ゴロヴニーンに因んで名付けられたもので、彼は択捉島や国後島を訪れ、幕府に捕らえられた後、間宮林蔵に蝦夷地の地形や海図を教えた人物だ。無事ロシアに帰った後、『日本幽囚記』という明治期には和訳までされたベストセラーを残した。

 そして現在。寂れた漁港はロシアのもので、日本は『北海道根室振興局国後郡』という名札(管轄上の名前)だけを持っている。なおこの国後島は何気に沖縄本島より大きい。その上にはもう一回り大きな択捉島(イトゥルップ島)が浮かび、得撫島(うるっぷ/ウループ島。その意はアイヌ語での紅鱒だ)へと千島列島(クリル列島)が連なっている。

 つまり、小千島列島(根室半島より先にある歯舞群島(歯舞諸島)や色丹島の事)は大千島列島(本来の千島列島の事)とは分けて考えるべき島々だった。その理由が凍らない海と活火山にある。冬将軍が生半可じゃないロシアにとってサハリン島(樺太)辺りまでが国境との認識があっても、凍らない海と、寒くとも人が住める島は魅力が大き過ぎた。

 その奥底に『あわよくば北海道も』という気持ちが大戦末期にあったのは間違いない。私が当時生きていてロシア側に居たなら当然そう考えて手を打つ。だけど日本側視点に立つなら、『対戦前に樺太の領有権をロシアに譲渡し、代わりに千島の得撫島までと、歯舞群島に色丹島の領有権は明確にすべきだった』と思う。

 日本人らしい(と言うか薩長を先祖に持つ腑抜けな政治家どもの)『なぁなぁ』な『お役所体質』がこの問題を無駄に長引かせている。ソ連崩壊に乗じて領有権を主張し実効支配出来なかった時点で日本の負けだ。そもそもルーズベルトを『うんこ野郎』と言えなかった時点で日本は米国の犬の糞から金魚のフンに成り下がった(情報源が狭く、いいように利用された)。

 アオレアールなら『小日本帝国だって、m9(^Д^)プギャー』と名の通り煽って来るのは間違いない。フランクリン・ルーズベルトこそが『アイツラ』に与した米国に潜む悪の開祖だ(原爆を落とした次代のトルーマンはルーズベルト路線に則ったに過ぎない。ルーズベルトもトルーマンも共に民主党だ。また『なぁなぁ』な日本政府に痺れを切らしていた点も否めない)。私達はそれを知っている。

 だから────何も知らない子供の頃じゃないのだから、今の私達は敵が動く前に敵の政治生命や社会生命を確実に殺す。その後、自分で生命を断つなら『ご自由に』だし、どこかに雲隠れしひっそりと暮らすなら見逃せても起死回生を目論むのなら、容赦なく追い込み、自分で死に砂糖を振り掛けさせる。生きるよりも甘美に感じるくらいにね。

 

 国道244号線(ホッポーロード)からサヨナラして、まるで海の上の道みたいな県道950号線(フラワーロード)を突き進む私達。この半島はネイチャーセンター辺りから大きく右に曲がり、そこから先は道路が失くなる。だけどこの半島の本当の歴史はその『先』にあり、昔は集落があり幕府からの賦役で会津藩士達がロシアからの外敵を見張っていたそうだ。

 それで結構古くからの土器なども発掘されており、『人間ってどこにでも行くなぁ』と感心してしまう。ネイチャーセンターではその様な資料を読んだり展示物を見学したりして楽しんだ。センター裏に広がるトドワラでは曳き馬が曳く馬車に乗って、立ち枯れたトドマツの原生林跡の中を散策した。遠くでオジロワシが飛んでいるし、ひょこりエゾジカが顔を覗かせる。

 つまり『命』がある。だからトドワラはヴァルハラのような『この世の果て』でなく、吉原や芦原のようなトドマツ(椴松)が鬱蒼と茂った場所だったという意味だ。しかも松(マツ)でなく樅(モミ)の仲間で、唐檜属のエゾマツとも近いらしい。とは言え、地上の生物が死に絶えた『この世の終わり』を連想させる風景は、見ていてゾッとする。

 何と言うのか……枯れ死した、朽ちてささくれるトドマツは、死んでいった動物の骨のようだった。このもう少し先にはナラワラ(ナラの木だらけ?)もあると言うから、道路以外は海だけみたいな半島と思えばとんでもないところだ。そんなところだから、私は自分のデジカメを取り出し、撮影の段階からモノクロにして撮影した。

 今はなきイルフォードの無光沢印画紙で、覆い焼きしながら焼き付けたい風景だったからだ。

 

『こんなのを焼いて、エッペルハイムの家に額装して飾るのは止めてね』

『どうして!?』

『私にはそんな『滅びの美』なんて理解できないからよ』

 

 パミめ~。

 

『寝てる間にあなたのデスマスクを取ってやる!』

『なら、自分の顔でしなさいな。同じ顔なんだから。それともラックス(※)の頭、しゃぶり足りなかった?』

『むぅ~!』

 

 私とパミが言い争っていたら、お姉さんが声を出して笑っていた。

 

※)ラックス。『Lachs』。ドイツ語でサーモンの事。なお西欧人(欧州人)は概ねサーモン(鮭)とトラウト(鱒)を、海水で生息するのか淡水で生息するのかで分けて考えるが、その単語は国ごとに多種多様で、全般を指すのか固有種を指すのかも曖昧だ。これがアメリカなら『あ。この人、わかってないな』とこちらも直ぐにわかるから、脳内変換しながら話を進められるのだが、西欧人はそこが難しい。この辺りの『教養』とも言い難い言葉の正確さは、言語の壁を破れば日本が一番高いと思う。その次がドイツとスイス、オランダ、ベルギーと続く。

 そんな訳で言語として一番意思伝達を正確に行えるのは日本語たと私は考えている。その次が繁体文字が残る台湾語に広東語だと私は考えている。ただし広東語がペラペラなのはアオレアールだけで、私は挨拶くらいしか出来ない。

 

 

 

 フラワーロードのエゾジカに見送られながら、野付半島とサヨナラした。この国道244号線は北上すると標津町を越えたところで左に逸れ、知床半島の根本を通って網走に向かう。本日の宿泊は知床の羅臼だから、ここからだと割と近い。明日はこの道を逆に走って根室だ。納沙布(ノサップ)岬から歯舞群島を見て霧多布、そして釧路だ。

 だけどこんな延々と海が見える海岸線の道路はドコドコと『SR』や『サベージ650』で走りたいなと思う。残念ながらサベージはドイツでしか登録していないのだけど。とは言え遠慮しているのか、パミもミトも『飽きた、違うのに乗りたい』とは全然言って来ない。かく言う私も乗り換えたいと思ったのがたった今だ。

 さっきまで居た野付半島では宝具の中から色んなバイクを引っ張り出して(一応『TW』と『SEROW 225』も持って来ているし、九州から入れっぱだったカブやメイトもあった。黄色い冬木市ナンバーを北海道で見るとシュールだ)、トドワラや国後島を背景に『私』に撮って貰っていたのに。だけどこの『GPZ1100』は快適過ぎる。きっとパミも『ZZR400』で飽きないのだろう。運動性能は欧州版の『ZZR600』の方が上だけど、カウルの防風効果はどっちも変わらず高性能だからね。

『海風が強くないか?』って? 私達三人は『風』の魔術師だから、その対策は当然バッチリだし、隊列もそういう風に組んで走っている。だからミトの後ろのお姉さんも楽だと思うし、私の後ろに乗る『私』も手ブレが少なく、動画の音声も風のノイズがほとんど入っていないと思う。

 ただ上空を飛んでいる使い魔が捕らえる映像や、陸地側から海側に向かって走るバイクを録った映像はどうだろう? 『風の魔術』の範囲外だからマイクが海風の影響を受けているかも。まぁ、そこも編集でBGMを被せたりナレーションを入れるなりでどうにかできるだろう。

 だけどこうやって改めて北海道を走るとツアラーは良いなと思うと同時に、ネイキッドならマルチよりシングルやツインまでだなと思った。今で多分気温は10度無いと思うから、気候は南ドイツやスイス北部に近い。けれどアウトバーンのよにかっ飛びたい気分にもならない。

 だから、割と最近手に入れた『FZ6-N』のようなストリートファイターは似合わないなと思った。ストリートファイターは元々がネイキッドではない。コケてカウルが割れた『SS』から、壊れたカウルを剥がして改造したパンクなバイクが、メーカーを巻き込むトレンドになったものだ。

 なので似合うのはサイバーパンクを匂わせる、都市であり街なのだ。そういうところから、クラシカルで旧態依然とした『SR』やハーレーを、スチームパンクっぽくすると似合うのだ。ギターやジーンズじゃないんだから、錆塗装って何だと思う。それレリック加工(エイジング加工)のつもり? って笑えてくる。

『勲章(ヤレ、錆、キズ)』は自分で付けるものでしょうが? オーナーが乗って乗って乗りまくって自然に増えていくキズを見て、『この人はマジで乗っている』と読み取れるから『カッコ良い』んでしょう? その意味でこういう潮風がまともに当たり、冬になると雪が積もり溶融剤が撒かれる道路はバイクやクルマに『美味しいダメージ』を与えてくれる、まさに『修行ロード』だ。それがあっての『SR』だったのだ。

 まぁ、だけどそれもエッペルハイムに置いている、デコンプレバーを真鍮のコックに交換してある、イリヤに貸した『SR500(48T/保険の高い34ps版、つまり27psのドイツ版でなくイタリア版を改造したもの)』だけどね。それと2014年に『ドイツ版SR400』がFIで復活した時は本気で驚いた。『何で今更!?』って。買ったけど。

 

 

 

 

 

『固定(フィックスド)な自転車ってわかります?』

『ピストバイクか? わかるぜ』

『それの前後ギアの大きさと比率、それとチェーンの長さが頭に入っているから、次の左は外(右)足が上になって、内(左)足が下になるから曲がる時に危ないって、荷重移動で後輪を浮かせてクイッと回すんですよ、ウチのお姉様は』

『え? 言っている意味はわかるぜ? スキッドしての荷重移動ならまだわからなくもないけど、ピストで後輪浮かすってどうやって? ブレーキ付きなのか?』

『ブレーキは付けてましたね。というか、無かったら違法でしょう?』

『どうだろ。東海岸程じゃないけど、シカゴもピストバイクは多いよ。けど皆んなノーブレーキかもな』

『え~っ?』

 

 私とエルヴァさんでそんな事を話していたら、慎二さんが────、

 

「盛りと~天ざるに~囲まれて~♪ ズズズと啜る~♪」

 

 と、こちらの士郎さんやイリヤさんに歌を披露していた。この人、さっきまでマクロスやマクロス7の挿入歌ばかり歌っていたのだ(お姉様が好きなので私も知っているが、どうして慎二さんが歌えるのかは不明。なお本当に好きなのはバンドをなさっている『エル様』だ。お姉様はその影響を受けているに過ぎない)。なのに突然昭和のGS? それにゾウケンくんが大喜びなのは何故……?

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