※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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128、冬木の日々~シカゴの思い出③

 鋳造した後からの経験を『今後にどう活かせるか?』なんていう『応用力』は、ホムンクルスを鋳造する上での『基本設計』に関わって来るものだから、相手の実力が一発でわかるらしい。

 

『オレが鋳造したクロエを基準に考えたら、レナはVersion2.0くらい差があるんだ。けどキールやパンナはVersion5.0とか6.0くらい差がある。特にキールがヤバい。シロウ……キャスターを憶えているか?』

『ああ、うん』

『キールは一族の誰かの作品を爺さんが拾い上げて、アーチャーに手配したんじゃないと思う。変な話だが、まるでキャスターが鋳造したとしか思えないんだよ』

 

 それは時系列的に変だ。

 

『ご先祖かもって前に話してくれたろ? 総裁の家にそういう資料みたいな何かが残っていたって事?』

『かも知れないな。イリヤの実家が鋳造したっていうユスティーツァ。あっちの家じゃ再現不可能だったそうだぜ?』

 

 この『ユスティーツァ』という人の魔術回路が大聖杯の大元になったそうだ。この人を再現しようとして何度も失敗を繰り返し、後に『完全再現』ではないけれど匹敵するホムンクルスが鋳造できた。その人の名が『アイリスフィール』……つまりハイディやイリヤ、エルヴァの本当の母親だったってイリヤに聞いた憶えがある。

 

『その人もユスティーツァって人もキャスターが遺した……?』

『わかんないが、繋がっている気がするんだ。流石に鋳造物や設計図が残っているとは思わないが、設計思想や要諦なんかは伝わっているのかも知れないな?』

 

 俺もそんな風に思った。店に入るとレナが俺達を慎二の居る席に案内してくれた。慎二の奴、『遅いぞ』なんて文句を言いつつデビルドエッグとバッファロー・ウィングならぬ、この店オリジナルの手羽先を摘みながら、先にビールをゴクゴクとやっていた。

 ちなみにデビルドエッグとは縦に割った茹で卵の黄身を使って和え物を作り、黄身を抜いた白身部分を器にして盛り付けたシンプルな料理だ。フランス料理のカナッペもアメリカに伝わっているが、デビルドエッグもアメリカでは定番のお摘みでどこのパーティーに参加しても必ず出て来る定番オードブルだった。

 そしてアーチャーさん特製のオリジナルチキンは、別名『アルトリア・ウィン(グ)』という。最後の『G』を発音させないのだ。『アルトリアって、何です?』と聞いたら、『貴様、本当に衛宮士郎か?』って随分と驚かれた。しかもブツブツと『やっぱり殺さなくて良かった……』と物騒な事を呟いていたし。

 答えはセイバーの本名(真名)だった。俺の場合、セイバーのマスターは知っての通りハイディだった。俺はあくまでも触媒提供者(ハイディが取り出してセイバーに持たせて還した)で、作戦の協力者でしかなかった。だけどアーチャーさんは自分で召喚したセイバーと最後まで戦い抜いたらしい。途中、『遠坂』の協力もあったらしいけれど……。

 だけど、この『自分で召喚した』というのが凄い。召喚できたのも凄いけれど『聖杯戦争という危機が迫っている事を察知していた事』が何よりも凄い。俺なんてハイディが声を掛けてくれなかったら、何も知らないまま巻き込まれて死んでいたんじゃないか?

 ちなみにこの『アルトリア・ウィン』はアーチャーさんが、アメリカで勝負を掛けるために考案した幾つかの料理の中でも『自信の一品』だそうで、『あの腹ペコ王なら2~300個は食べてくれるだろう』という料理でもあった。『腹ペコ王』って……あんたの『セイバー』はそんなに大食いだったのか?

 

 

 そしてこの手羽先料理が他の手羽先と違うのは、下味を付ける過程も含まれている点だ。

 そこは俺も知らなかったのだが、手羽先の揚げ物はニューヨーク州のバッファロー・ウィングでも、名古屋の手羽先にしても衣をつけずに素揚げにするか、衣をつけてもかなり薄く付けるのが基本なのだそうだ。そうして後からタレやソースなどと絡めて味付けする。その理由は骨付きの手羽先は、骨が細いのでかなり食べ難いからだ。

 その食べ難い部分を厚い衣で覆うのもどうかと思うし、タレやソースでベチャベチャにするのもどうなのだろうと考えた末に、アーチャーさんは自分なりの薄味なバーベキューソースを作り、そこにおろしショウガやハーブ、スパイスを入れて混ぜ合わせ、これと手羽先を大型圧力鍋で煮てから揚げるという手間の掛かる事をしていた。だけどこれがエラく美味しいのだった。

 ちなみに手羽先も普通のアメリカ人にとってはモツと同じく廃棄する部位だ。公民権運動が終わっても、KFCが広く普及するまでは手羽先は貧困層が食べるものとされていたそうだ。またカロリーだけの問題でなくブロイラーが基本だから、脂身に抗生物質の臭みが残りやすい(だからアメリカではモモよりムネ肉の方が高い)。けれど手羽先には臭みが出ない。

 バッファロー・ウィングの味付けに使われるカイエンペッパーもそういう消炎効果や殺菌効果があっての事だろうとの事だった。だけど時は過ぎ、こういう健康面と仕入れの安さ、そして肉質が良く臭みもない鶏肉が増えた事でフライドチキンが一気に普及し、手羽先やモモをそこまで嫌う人は減った。

 ソウルフードの一部だったフライドチキンも最早定番のアメリカ料理だ。そこでお摘み用に考えたのが『アルトリア・ウィン』だったそうだ。このウィングに辿り着くまでに、鶏で行こうと決めていたアーチャーさんは、名古屋の手羽先、大分の唐揚げ、とり天、宮崎のチキン南蛮などなどを、普通なら10kgは体重が増えるんじゃないかと思えるほど食べたらしい。

 また、協力してくれた人(後に出逢うシロウさん)が知人(こちらが多分『エル』さん)に頼んでくれ、台湾の香雞排(シャンジーハイ)、中国の辣子鶏(ラーズージー)、油淋鶏(ユーリンチー)、檸檬鶏(レンモンカイ)、陳皮鶏(チェンピージー)、日本各所の竜田揚げやザンギ、山賊焼き、新子焼きなどなどを調達してくれたらしいから、その量を想像するだに恐ろしい。英霊で無かったら、絶対に太るぞ?

 だけどアーチャーさんはそれらを全部マスターし、その上で『一度煮てから揚げる』という方法を思い付いた。そこから徐々に改良して、ついに完成したのが『アルトリア・ウィン』だったという。この『アルトリア・ウィン』は一度煮てあるから軟骨まで柔らかい。だから根刮ぎ身を味わえ、プッと骨だけを取り出せる。揚げてあるのは食感を良くするためと、味付けのためだ。

 この話をされた時、俺は唐揚げ(空揚げ)と竜田揚げの違いや定義などを初めてちゃんと知った。答えは全部唐揚げ(空揚げ)なのだ。揚げ物には衣を付ける空揚げと、衣をつけない下拵えのための素揚げがあり、広義では竜田揚げも空揚げに入るのだった。

 そして竜田揚げの定義は、肉を醤油ベースのタレに漬け込んでから片栗粉を衣にして揚げるというものだった。つまり本来の空揚げは下味を付けないものなのだ。また具材も天ぷらと同じで何でもありだった。ただ、衣は薄力粉を使うとだけ認識されていた。

 ところが中国料理の技法が取り入れられ、それが普及する上で、主に肉の下味を付ける事で空揚げは唐揚げと呼ばれるように変化し、現代の『唐揚げ』という認識が強まった。だから今の唐揚げは竜田揚げのように片栗粉も少量混ぜる人が多い。

『『美味いものが最上』という明確な答えがある料理というモノに、調理法以外の定義を求めるのもおかしな話なのだが、とは言え料理する側にはこういうガイドラインがある方が自分なりのレシピを開発しやすいのは事実だ。だから話した。士郎、店の味を憶えたら、自分の味も追求しろよ?』

 

 と、アーチャーさんは言ってくれたのだった。そしてアーチャーさんはこの数年、『ネイティブ・アメリカン』の伝統料理を研究していた。そこに肥満解消となる美味しくヘルシーな料理があると考えているのだ。俺もそんな気がしている。だからその研究に参加しないかと誘われた時は嬉しかった。

 それから俺はネイティブの本を買い漁り、料理のページがあったならメモに書き写し、その料理を再現したりするようになった。今は知人を通してネイティブの人を紹介してもらいインタビューを試みてもいる。そうやって知った料理を自分の頭の中にある和食に取り入れたり、客のアメリカ人にウケそうなレシピにアレンジするのが楽しい。

 

 そしてこれもちょっとした知識として。実はビールのブリュワリー(製造所)が全米一多いのが、シカゴ擁するここイリノイ州なのだ。酪農州として知られるお隣のウィスコンシン州も大概だが。

 パンナが『飲み物』を訊ねてくれた。ふむ、と慎二に目を向けると『Goose Island IPA』と返って来た。とんでもなくホップが効いた苦いけれどフルーティなビールだ。俺は無難に『Goose Island IPA』と同じブリュワリーが出している『312 Urban Wheat Ale』を頼んだ。多分こいつがシカゴで一番多く飲まれているビールだ。

 きっと日本のアサヒスーパードライを飲み慣れている人は、慎二のように『Goose Island IPA』が合うのかも知れない。けれど自信はない。だって俺達、オーストラリアに行くまでお酒なんて舐める程度でしか知らなかったからだ。だからもっとあなたに合うウマいビールを作るブリュワリーもあるだろうし、イリノイ州以外だと更にその何倍もあるだろう。

 こういう経験はアデレードで学んだ。あっちもウマくて切れの良いビールがあるんだよ。そしてカールさんの伝手で、本場ドイツやチェコのビールもたくさん味わえた。そんな経験から『312 Urban Wheat Ale』は味覚をリセットしてくれるんで、食道楽な人には合うと俺は感じている。

 そこはアーチャーさんも同じらしく、それでこのビールをこの店では常備しているんだ。言ってみれば日本のスーパードライだな。日本ではドライが受け入れられるまでは長い間、キリンのラガーが飲食店でのスタンダードだったそうだ。そしてその前がアサヒのビール。

 サッポロの黒ラベルやナマなんかは地域限定『色』を払拭するのに労力が掛かり過ぎて、どこでも買えるようになったのは割合最近だと聞いた。とにかくキリンとアサヒが強過ぎるので、サントリーなんて居酒屋でなくレストランやバー狙いで販路を広げるしか無かったらしい。

 だけどアーチャーさんは『オリオンにも良いのがあるんだがな。いかんせんシカゴではな……』と言っていた。つまり販路から見た実態は、もうほとんど地ビール扱いな訳だ。だけどアメリカにもそういう地ビール扱いな知られざる名ビールはあるし、知る人ぞ知る旨いクラフトビールもある。

 ワインと同じだ。飲んでみないとわからない。そしてそれは日本酒でもウィスキーでも同じなのだと思う。俺も俺の味に合う酒を見付けないとな……。それなのに、エルヴァは運転があるからとノンアルコールを頼んでいた。しゃあないなぁ。アメリカでもオーストラリアでもこういう場合、エルヴァに合わせてビールを遠慮すると叱られるんだ。

 まぁ、叱るは大袈裟かな? だけど、いい顔をされないのは事実だ。何故なら運転はエルヴァの都合で、他の者は関係ないからだ。日本的な遠慮は、彼らも見習おうと考えてくれる『奥ゆかしさ』とはまた違うものだ。その辺を切り分けなきゃ、海外での生活は難しいだろう。

 それにエルヴァはこっちだけグビグビやっても何も言わない。それでもって、もし俺や慎二が酔い潰れたら、部屋まで担いでくれるだろう。兄貴は典型的なアメリカ人であると同時に、とても良い奴だった。だけどエルヴァに言わせると、彼の養父や兄もそうらしい。それをして『Texan(テキサス人)』と言うそうだ。

 エルヴァの家族には一度逢ってみたいが、何ぶんテキサスは遠いし、大学生になりたての弟さんや、高校生の妹さんが二人もいるからお邪魔になるだけのような気がして『いつか逢えると良いな』程度でしか話していない。だけどエルヴァのiPhoneは家族かクロエの写真でメモリが一杯だから、こうして逢えば、彼の家族の情報はいつの間にか入ってくるのだった。

 そしてエルヴァの待ち受け画面は、あの聖杯戦争時にアントニーが撮影した、キャスターとクロエが仲良く笑っているものなのを俺は知っていた。そういうのを引き摺るのはどうなんだと思わなくもないけれど、それは言えないしな。それに慎二がこの話題を避けるからと言うのもある。慎二ほどの奴が、エルマの写真を何一つ残して居なかったのだ。

 そして俺も年を経て段々わかって来た。やっぱり慎二とハイディは一時良い仲だったようだ。だけど慎二がエルマを忘れられなかったんだ。その気持ちはわからないでもない。俺もセイバーの事はずっと憶えているから。

 

 そんな事を思い返しながらビールを煽っていると、やがて料理をレナとパンナが並べてくれた。カソリックじゃないから皆んな誰も腕を組まないし、揃った人から勝手に食べ始める。これは行儀が悪いのでなく、そういうものだからだ。さっきも言ったように基本カソリックしか『いただきます』の代わりとなる『何か』はしない。これは英国も米国も同じだ。

 そう考えると、俺と居る時は俺に合わせて手を合わせてくれるエルヴァは奇特だし、『いただきます』を口にもしてくれたセイバーはかなりの変わり者だ。この辺もエルヴァが教えてくれた。

 

『セイバーはあれだろ? UKの国教が成り立つ前のカソリックが色濃い時代の王だからだろ。純粋にシロウが言う、食材への感謝とか、それを生産する人への感謝が素直に出せる立場にあったんだよ。それでオレは家こそプロテスタントだけど、母親の方針でハイスクールまではカソリックの私立に通っていたからな。だけど神への感謝でなく、シロウやセイバーと同じように、作ってくれた人への感謝の気持ちの方が色濃かったよ。だから真似というより、その方が自分としてもしっくり来るし、わかりやすかったんだ。だからお前と手を合わせるのに抵抗感はないよ。けどこれをカフェやレストランで一人でやれるかとなったら話は別だけどな』

 

 このカソリックの私学というのは、躾けのしっかりした学校らしく、エルヴァの養母の出身校でもあるらしい。だからエルヴァのお兄さんから一番下の妹さんまで、皆んなその学校だという。兄妹五人全員が私学っていうのも凄い。エルヴァの養父は幾ら稼いでいるんだって話になるからな。現にアントニーは『ウチはボクだけで良かったよ』なんて話していたのを憶えている。

 なお、慎二は育ちが良いから、バーガーショップでも手を合わせている。そしてそれは学生時代もアデレードの頃も変わらなかった。フィッシュ&チップス店で手を合わせる日本人なんてシドニーでも見た事ない。良く慎二は俺がどこであろうと自分のルーチンを崩さない奴だと言うが、そんな俺でもシカゴの夜は走らない。

 けれど慎二こそ、どこであろうと自分のスタイルを崩さない奴だった。我が儘で自己中、癇癪持ちだったのは高2の秋までで、聖杯戦争の頃はガラッと変わった。そして良い部分だけが強調されたというか残った。意外だろうけど、慎二はそういう奴なんだよ。

 それと慎二はグチグチ本音を言うタイプではあったけれど、人の足を引っ張るタイプでは無かった。弓道部でも伸びる後輩に『驕るな』とハッパを掛けても羨んだり妬む事は無かった。『自分がそれ以上に行けば良いだけ』というタイプだったんだ。

 そして俺を退部に追い込んだのも、アルバイトのせいで俺の成績が落ちている事、幾ら生活優先だとしても、学業第一の学生がアルバイトに精を出して、弓道以外に打ち込む姿勢を見せない事が許せなかったから退部に追い込んだのだと明かしてくれた。そう聞くと、当時の俺は何も考えていない子供だったのだと思い知らされるばかりだ。

 

『そもそも、安定した就職先を見付けるまでは大切に使わないといけない遺産だっただろ? どこの世界に養子にまで遺産を遺してくれる親が居るんだって話だ。衛宮、お前がボケッとしているのは知っているよ。けどな、あの頃のお前は考えが甘過ぎだった。そこに僕は我慢ならなかったんだよ』

 

 これには返す言葉もなかった。だけどそんな俺を見捨てず、オーストラリアへの語学留学にも一緒に行ってくれた慎二には感謝しかない。だからこそ、このアメリカ・シカゴでは慎二の事を本気で考えるようになった。きっと慎二と俺は生涯『親友』だ。例え東洋人のゲイ・カップルに間違われようとも。

 

 

 ところでこの日の俺や慎二、キール達がアーチャーさんにお礼を言いながらガツガツ食っていたのはジャンバラヤだった。アメリカでは典型的な南部料理で、その発祥は昔スペイン人が持ち込んだパエリアにある。だけどアメリカ人は食い応えのある方を好むので、米も短粒種じゃなくタイ米のような長粒種の方が好まれる。

 だから本格的なジャンバラヤは、鉄皿でなく米を下敷きにした、ステーキみたいなものだった。そしてそのジャンバラヤもコンソメとチキンスープで炒め炊きしたライスの上に、チキン南蛮を乗っけたようなものだった。この甘酢がバーべキューソース好きなアメリカ人には合うらしく、エルヴァはウマイウマイとあっという間に平らげていた。

 

 

 

 

 

 それから2ヶ月経った4月の某日────。

 雪もやみこれから徐々に暖かくなって行く頃だ。シカゴはイリノイ州のかなり北部でミシガン湖に隣接している。だからウィスコンシン州と同じで寒暖差が激しい上に冬は絶対に雪が降るし積もる日もあった。その分、アメリカではバイクに向かない州の一つなんだけど、お隣がお隣なだけに(ウィスコンシン州ミルウォーキーにはハーレーの本社がある)好きな人が多く、皆んな春をじっと待っていた。

 そんな訳で店は定休日なのに俺達男性従業員は、アーチャーさんの借りている近所のガレージから何台かある配達用バイク(※)を引っ張り出して、冬眠から目覚めさせるべく整備を行っていた。慎二の『Z750S』のようなフューエルインジェクション車なら楽なんだが(このガレージに慎二も間借りしている)、『TW』のようなキャブレター車だと外していたバッテリーを戻すだけじゃダメだ。

 

※)配達用は『TW200』が2台と、ホンダのレブル250の2台の計4台だ。『TW』は例のワンタッチ岡持ち荷台がある俺と慎二専用だ。レブルの方はこちらの免許取得講習にも良く使われるアルバイト用。これも後席を改造してワンタッチ岡持ちが取り付けられている。足付きが良いいからコケにくい。ちなみにレナを除く俺、慎二、キール、パンナといった正規の従業員とバイトの何人かが免許持ちだ。まぁほとんど慎二が走っていて、たまに俺かバイトという感じだが。

 

 冬の間ガソリンを抜いてあったキャブレターに詰まりがないかどうかを『解析』して大丈夫ならガソリンコックをオン、詰まっているなら分解して清掃だ。そうして初めてエンジンが掛けられる。また営業時間中は店の前に並べて置けても、閉店後は店の中に入れるか、このガレージにまで戻しに来ないといけない。

 盗難・イタズラ防止のためにもこれは仕方ないけど、エルヴァ、バイク用の礼装は作ってくれないんだよなぁ。なんでも小型化がメチャクチャ難しいらしくてさ……。それで女性陣とアーチャーさんは、ガレージの方には来ず、厨房メインで店の掃除をしていた。

 アーチャーさんは『流石は俺』というくらい普段から掃除はマメだ。だけど欧州式に雪解けを迎えるシーズンになると、煙突掃除をするかの如く今日みたいにお店の大掃除をきちんとバイトを除く従業員皆んなでやっていた。なんでもこういう掃除が彼女達の学習機能を高めるらしい。よくわからないが。

 ともあれ今日みたいな定休日を利用しての厨房掃除の日は、当たり前だが賄いが決まってテイクアウェイになる。それも名物のシカゴ・ピザやシカゴスタイルのホットドッグでなく近所のローカル・チェーン・ハンバーガーだ。そしてこれがデカい。大手チェーン店のクォーターパウンドどころじゃない。

 まずバンズが5インチ(12.7mm。バーガーキングのワッパーサイズくらい)あるから、女性が持つと子供が持つみたいに掴み切れない。そしてパティが焼き上がってもそのバンズより大きく、厚みも2/3インチ(1.5cm以上)は確実にあるようなのが挟まっているんだ。日本人が想像する正にアメリカンサイズなハンバーガーだよ。

 またこういうローカル・チェーンや個人店は、新商品開発が厳しい面があるので最上メニューはダブルバーガーかダブルチーズバーガーの場合がほとんどだと思う。エルヴァ達が住むカリフォルニアには『In-N-Out Burger』っていうカリフォルニア州内だけのチェーンがあるけど、そこの名前は州外にも有名だ。

 だけど『In-N-Out Burger』のバンズは大手チェーン店とそう大きさは変わらないらしい(パティは厚いらしいが)。それでエルヴァはチャンスがあれば『Whataburger(ワタバーガー)』を試してみろと教えてくれた。この『Whataburger』は『What a burger!(なんてバーガーだ!)』という意味で、テキサスのヒューストン界隈でしか展開していないローカル・チェーンなのだった(後に出店数がもっと増え、カリフォルニアにも進出した、やっぱり5インチ・バーガーだった)。

 そしてエルヴァだけでなく、アストルフォやアントニーもローカル・チェーン……大きくなっても州内までのチェーン展開の店の方が美味しいという。学生時分の俺なら『どっちもジャンクだろ』と、内心でバカにしていただろうけど、今はその言いたかった意味がわかる。今、食っているバーガーが正にそれだからだ。

 そもそも価格は大手と同じとは行かないが(大手はどこも割と安い)、ローカル・チェーン並だし(ローカルは大手よりほんの少しだけ高いという認識がある)、個人店やレストラン(当たり前だが当然高い)よりかは安い。だけど俺が『唯一認めた』と言うと大袈裟か……、『ああ、これがハンバーガーなんだ』と思ったバーガーがシカゴのこの店だった。

 何と言うか、一言でデカいのにやたらウマい。ジャンクなのに天元突破しているから『体に悪いぞ』という意識が簡単に吹っ飛ぶんだ。チーズも良いものを使っているし、バターのコクがなんとも言えない。アーチャーさんがテイクアウェイにこの店を毎回選ぶ理由が良くわかる。そんな味だ。この店がウィスコンシン州発祥の、中西部でしか展開していない『Culver's』だった(慎二調べ)。

 このウィスコンシン州は酪農の州なので乳製品がウマい事でも知られる。だからなのか日本なら軽く6~700円以上くらいしそうなこの5インチバンズのダブルバーガーを、たったの4ドルちょいしかしない価格で提供できるところがもの凄くリーズナブルだ。もし7ドル出せるならバターチーズのトリプルが食べられるところも良い。

 こんなのを食べてしまったら、もう日本で絶対にハンバーガーなんて食べようとは思わない(※)。そういう気持ちに確実になるキングオブキングなバーガーだ。実は慎二に誘われ、アデレードでも俺は何度かバーガーショップに入っていた。だけどやっぱり想像の範疇でそこまでウマいとは思わなかった。

 

※)免許証の更新やビザの更新でたまに日本に帰ると、俺は『和食! 和食!』となるが、慎二はモスや冬木にないフレッシュネス・バーガーに入ろうとする。これはアデレードやシカゴの生活のせいでもあるけれど、元々の味覚と好みがハンバーガーやホットドッグに合っていたというのもあった。

 なんでも慎二が言うには6~7代前の御先祖がロシア人だったらしいから、味覚の違いはそういう部分も影響しているのだと思う。ただ、そんな慎二でもピザはシカゴ・スタイルが良いと言うくらいだから、シカゴはシカゴで慎二に大きな影響を与えてくれる街なのは間違いない。

 

 体に悪そうだという固定観念や先入観があったとしても、そこは『今味わう味』と切り分けられる。例え100点満点が80点満点に抑えられたとしても、ウマいかマズいかの優劣は俺の中で絶対にあるし、そこは間違わない。それでオーストラリアで一番大手のバーガーチェーンが『Hungry Jack's』なんだが、ここの実態が実は『Burger King』だったんだよ。

 そうなった理由が俺達が留学していたアデレードに、『Burger King』という個人店が既にあって名前が使えなかったからだった。だけど後にこのお店が潰れ、『Burger King』の名称を譲渡した。ところが『Hungry Jack's』はもうこの名前で浸透しているから今更名前は変えられないとなって法定問題にまでなってしまった。

 それで『Burger King』は負けちまった。それで『Hungry Jack's』の親会社とフランチャイズ契約を結んでオーストラリアに『Burger King』を出す計画は諦めたんだ。まぁ、そんなこんなで『Hungry Jack's』を通して俺はワッパーの大きさも味も知っていたんだ。それでもシカゴで食べた『Culver's』は別物だった。

 そしてこういう評判が良く上り調子のローカル・チェーン店は、全国展開する前が一番ウマいらしい。それはオーナーの目が行き届いているからだ。そしてスタッフもしっかりしている。だからこそ今の状態が最良だからと、敢えて全国展開しない、州クラスのチェーンで留まっているショップもアメリカには結構多い。

 それとやっぱり世界的規模にまでなった超大手チェーンは、材料調達とスタッフの教育で10点満点中6点から7点の味に落ち着かざるを得ないから、エルヴァの話だけど、そういう大手をシビアに避ける人がカリフォルニアには多いのだそうだ(ロス界隈は意識高い系の人がやたら多いらしい)。

 例えばそれは『KFC』に入るなら『Chick-fil-A』や『Church's Texas Chicken』に入ろうという心理だ。これだとわかり辛いから、日本人にわかるように言い換えよう。つまり前者がコンビニ弁当で、後者がお持ち帰りのほか弁なのだ。どっちもジャンクじゃないかという意見も俺はわかるが、それしか無かったところはそれが基準で、その基準が持つ狭い範囲でしかものが語れない。つまり80点満点じゃなく60点満点や40点満点レベルになるのだ。だけどこれは仕方のない事だと思う。

 だからジャンクであっても、いやスタッフの腕を余り考慮しなくて済むように展開していく大手と、ある程度の腕を求め、教育をしっかりするローカル・チェーンではどちらがウマいかという話になって来る訳だ。徒弟制度じゃないけれど、こういう話は日本人ほどわかるんじゃないか? こうして考えるとハンバーガーもバカにはならないもんなんだよ。一応コックの端くれとして厨房に入る俺としてはそうならざるを得ないところもあるし。

 何度も言うが、アデレード時代までの俺は、ハンバーガーをジャンクだと思ってここまで深く考えていなかった。色んな料理を知りたくてあちこち試したけれど、結局自炊が一番と思うようになった。それでも仕方なく外食となったら、『Subway』一択だったな。実は『べんきょういえ』から歩いて10~15分圏内に『Subway』が5軒もあったんだ。これって世界的に見ても凄くないかな?

 だけどシカゴに来てわかった。シカゴの中心街にはもっと『Subway』があったんだ。そりゃもう、日本のコンビニ並みにそこかしこにあった。だけどその中心街はマコーミックプレイスよりも北だから、今住んでいるマンションからは徒歩で15分圏内とは行かない。それこそバイクで20分コースだ。

 そうなって来るとボイルした野菜(ブロッコリーやニンジン)や、茹でたジャガイモなんかを持ち帰ったホットドッグに添えて食べる方がマシだ。それに慎二がこういう食べ方を好むというのもあるけれど、魚が食いたくなってもナマズくらいしか手に入らないというシカゴの環境が正直辛く、そうならざるを得ないというか……。

 だけどアデレードを懐かしがってばかりもいられないんで、自分なりに色々試してみた。それでシカゴスタイルのホットドッグは、チェーンなら『Portillo's』が一番だとわかった(このチェーンはホッドッグだけでなく、バーガーやサンド、各種サイドも充実していて、そのどれもがデカくてウマい)。

 かと言えば、『Maxwell Street Polish』のようなタマネギ炒めドッグなんてのもあるから、結構野菜の摂れる料理は探せばそこそこあった。このマクスウェル・ストリート・ポリッシュはマスタードをタップリ塗ったパンに、ドライソーセージを挟み、その上にガバッとタマネギの炒めものをトッピングした少し変わったホットドッグなんだがかなり人気がある。

 それでスタンド販売だからイートインはなく、そこらで食べるか持ち帰るしかない。だと言うのに客はいつも並んでいる。オーナーの父親だったか伯父だったかがマケドニア系の移民で、アメリカ人には野菜が足りないと思い立って開いた小さなスタンドが始まりだったそうだ。その最初のお店が『Maxwell Street』にあったから、今の場所に移転してもこういう名前になっている。

 ちなみに『Polish』とは、カルパスのようなドライ・ソーセージの事を指すらしい。だからか少し火の通ったソーセージはどこかサラミっぽくクセがある。だけどそれがタップリなタマネギと合うんだ。付け合せはそんなに辛くない緑色の唐辛子のピクルス。普通のハンバーガーショップにも良くあるアレだ。

 それでやっぱりこのスタンドにもケチャップは置いていない。シカゴの人はホットドッグに絶対ケチャップを使わないんだ。それよか野菜を摂れと言わんばかりにレリッシュや15cmはありそうなデカいキュウリのピクルスを縦に切ったものが必ず入っていて、店によってそこにトマトスライスやタマネギ炒め(生の店も多い)、漬けたグリーンペッパーが入って来る。

 レリッシュも刻んだピクルスの事だから、定食屋の安っぽい千切りたくあんや胡麻たくあんのようなものだ。そこに15cmの長さに切ったたくあんが、肉気タップリなソーセージと一緒に挟まっていて、大根おろしと練からしが……あれ? なんか閃いたぞ?と、とにかくヘンな例えだったかも知れないけどそれがシカゴのホットドッグだ。

 そしてもう一つ忘れてはいけない要素が、ここシカゴを擁するイリノイ州の州境西を流れる川が、あの有名なミシシッピ川なのだ。この川は北から南へと、アメリカ合衆国を東西に分けるかのごとく数多くの州の州境となってメキシコ湾に注ぐのだが、やっぱりこの川を越えた西が西部という認識をほとんどのアメリカ人が持っている。

 もう少し詳しく言うと、気候や歴史的背景とか色々あって、ミシガン州北部、ウィスコンシン州、イリノイ州、川向うのミネソタ州、アイオワ州、ミズーリ州の中のミズーリ川より北側を中西部と言って、そこで頭の中にある地図を東西に分けて考えている訳だ。

 その一番面白くてわかりやすい例が、中西部より東はホットドッグ文化で、西はハンバーガー文化なところだ。当然間に挟まれた中西部地域はホットドッグとハンバーガーが混在している。また『ハンバーガー発祥説』の有名な四つの説の二つまでの場所としてウィスコンシン州とミズーリ州がエントリーしていた。

 多分、アーチャーさんがシカゴに店の場所を決めたのも、何もアインツベルンからのバックアップが望めるからだけじゃなく、こういう東西の味が混ざる土地という考えもその根底にあったのは間違いない。そんな訳で俺もいつしか、シカゴのホットドッグにケチャップは邪道であると思うようになっていた。

 慎二もこの手の話には一家言あって、『マックやコークが一番売れているから、それが最上』みたいなセリフが日本のマンガに載っていた事があったらしいけれど『バカを言うんじゃないよ』と憤慨していたのを憶えている。これが穂群原時代だったか、オーストラリアに渡った後なのかが思い出せないのだが(何でもとは行かないがアデレードでもシカゴでも日本の雑誌は手に入る場合がある)、かなり悪態をついていた。

 その時に『超大手は材料調達とスタッフの教育で10点満点中6点から7点の味に落ち着かざるを得ない』と慎二に教えられたんだ。それと『料理の面白さは味覚が千差万別なところだ。そこを度外視している段階で、このキャラは終わってる』、『もしこれが作者の思想なら最悪だ』とまで言ってたからなぁ……。俺もその時、慎二が正しいと思ったし、今もそう考えている。

 しかし、美味しけれど大の男がダブルチーズバーガー一つで腹がパンパンになるハンバーガーってどうなんだろう?

 

『慎二、これって何キロカロリーくらいあるんだろうな?』

『衛宮が1日に必要なカロリーの半分以上は確実に越えているだろうね』

『だよな……。夜はサラダだけで良いや……』

『僕もサラダで良いけれど、そこにビールも付けてくれ』

『慎二、その内バイクのタンクに腹がつかえるぞ?』

 

 高カロリーな食事と運動のお陰か、俺は随分と身長が伸びた。これはアーチャーさんが居るから予測はついたし、チビだった原因は『アヴァロン』にあった事や、あの災害の火の海の中で生き延びれたのも、親父が俺に『アヴァロン』を埋めてくれたからだというのも今はわかっていた。

 とは言え、俺ほどじゃないが慎二も背が高くなった。今でアントニーくらいか? やっぱり食べ物だよなぁ。だけど俺達が幾ら伸びたと言ってもエルヴァには遠く及ばない。兄貴はアーチャーさんより高いんだぜ? まぁ、そこは人種の違いだな。それにエルヴァの場合は『高い』というより『デカい』んだよ。体重も絶対に100kg以上あるだろう。だけど太っちゃいない。腹も凄く締まっている。

 腹筋も俺以上に割れているし、上腕二頭筋なんてベルトを締め上げたか(冒険シンドバット)、ホウレン草の缶詰を一気食いしたかのようだ(ポパイ。本人がこう言った。俺はそんなアニメ、見た事もない)。しかも腕相撲でアーチャーさんに素で勝っちまった。素というのは『両者強化魔術は使っていない』という意味で、英霊かどうかは考慮していない。

 

『英霊って常人の10倍ほどパワーがあるんだっけ? つまりジャパニーズの10倍って事だよな?』

 

 って、俺の背中をバシンと叩いた。この時『(正体を)知ってて当然か』と思った。エルヴァって本当にカンが良いし、推理力も高いからな。それに度胸が半端ない。あの聖杯戦争の頃、実はハイディが一番警戒していたのがエルヴァとキャスターという組み合わせだったのだ。

 当初セイバーが俺の同行を拒んでいたのも、俺じゃエルヴァに一発で倒され、それを心配している間にキャスターに呪文を詠唱されれば、耐魔力性が高いセイバーですら『ヤられる』と直感が働いたからだ。それっくらいキャスターはヤバい相手だったんだ(結局、とっても良い人だったんだけど……)。

 あの公園でのバーサーカー戦にセイバーは『行ける』と踏んでいた。そもそもあの戦闘はハイディの焦りから起きてしまった事だった。様子見のはずが、小さなイリヤを見てハイディの我慢の糸みたいなのが切れた。とにかくバーサーカーを引っ込めて貰ってイリヤと話したい……その思いだけだったんだ。

 だけどイリヤにしてみれば、三つ子の事は勿論、ハイディが自分の妹だなんて知らないし気付かない。だってイリヤの目はその時セイバーに釘付けだったからだ。『母を見殺しにしたサーヴァント』『約束したのに父を守り切れなかったサーヴァント』。割り切れない気持ちはあったけれど、ちっこくともイリヤの中身はハイディと同じで頭の良い18歳だ。

 だから爺さんに嫌味は言っても、そこまで嫌っていなかったとアデレードで告白してくれたんだ。セイバーへの攻撃も八つ当たりだと自分でわかっていたらしい。それはともかくバーサーカー戦だ。セイバーの直感はバーサーカーの蘇生までは見抜けなかった。あのアストルフォが俺を救けてくれた、俺の『バカな飛び出し』は、バーサーカーが3回目の蘇生をした後だったんだよ。

 本当に強かった、セイバーは。人の心を背負った時の英雄はこんなにも……と、俺は見惚れていた。あの場合はハイディの心をイリヤに届けるために、とにかくイリヤとバーサーカーを切り離す事が重要だった。だからバーサーカーをセイバーが一度斃した時は『やった!』と拳を振り上げて喜んだんだ。なのに傷がみるみる内に塞がり蘇生した。

 その後の2回戦もセイバーは頑張っていた。掠り傷も受けていなかったんだ。なのに三度目ともなるとセイバーだけじゃなく魔力を送るハイディも、あんな真冬だったのに汗びっしょりだった。だからとにかくハイディを休ませようと肩を貸して取り敢えず安全だと思えた場所まで移動して……そして振り向いたらセイバーが何か叫んでいて、バーサーカーにヤられる寸前だったんだ。そこに突っ込んで来たのが槍を構えヘンなのに跨ったアストルフォだったんだ。

 バーサーカーの脚だけが瞬間的に霊体化してしまって、上半身を支えられないから見事にすっ転んだ。そこを好機と見たセイバーが隙かさずバーサーカーの心臓を貫いた。だけどバーサーカーは蘇生を開始していた。だというのにセイバーはスタミナ切れで見えない剣を杖にしてフラフラしている。この3回戦目は無茶だった。セイバーはかなり傷を負っていた。

 そこへ────。

 

『聞いて、セイバー! そいつは12回殺さないと死なない! 正体はヘラクレス! 12の功業が宝具になって……』

 

 それは空飛ぶ馬に跨るエルマと、妙な格好をした慎二だった。その助言は有り難いが、セイバーの気が萎えないか? だけど今だ、今しかない。皆んなの視線が空を向いていた。俺はこの瞬間を利用して、セイバーを退避させようと飛び出した。いや、体が勝手に動いていた。だけどバーサーカーが俺の気配を感じ取っていた。振り被る岩の剣。ブォンという風を切る音が頭の後ろで響いた気がした。

 そして次の瞬間、俺は気絶していた。アストルフォの操るヒポグリフに、セイバーもろとも弾き飛ばれていたんだ────。その後すぐに慎二の声を聞いた気がしたが、記憶にない。それで気絶した俺や傷付いたセイバーを、俺の家にまで運んでくれたのは、慎二とエルマ達だった。

 あの日────イリヤが引いてくれたのは、12の命の内、セイバーが3つ、エルマがなんと瞬時に5つも奪っていたからだった。それも空を飛ぶ馬の背で番えた弓矢で。12-8で4。そりゃイリヤでなくとも引く。後で思い返せばの話だけれど、連れ帰られた俺は中々気が付かなかったらしい(当たり前だ。救けるためとは言っても、俺もセイバーも『宝具』に弾かれていたんだから)。

 しかもバカな俺は、気絶している筈なのにあのエルマの矢(デュランダル)を、頭の中で解析していたんだ。それでオーバーフローを起こしては、連続して何度も気絶していたようだ。どんな『業』だよ? 俺が『自分は本当にヘンだ!?』と自覚したのはその目覚めた後だった。ハイディには泣かれるし、セイバーにはこっ酷く叱られるしで散々だった。

 だけど散々俺の事を『蘇生確実な肉の壁』と言っておきながら、こうも心配して涙まで流してくれるところがハイディだった。しかも俺の中にある『アヴァロン』に魔力を送るべく、セイバーには裸にした俺の胸に両手を当てさせ、自分は特殊な魔術薬を飲んでいた。その薬のせいで、セイバーは気力も傷も瞬時に元に戻り、鼻血までが噴き出たというのだから凄まじい。斬られていないのに、起きた時の俺、血みどろだったから驚いたぞ……。

 それで居間の横の和室に布団を敷いて俺は寝かされていたんだが、畳や布団も血だらけだった。そして驚いた事に、その血痕はセイバーが還っても消えず、黒い滲みとなって今も残っている。こういうのも『聖痕』とか『聖遺物』って言うんだろうか? この理由も今はわかっている。セイバーは死んでいなかったからなんだ。

 ハイディが言うには、カムランの丘の下の木陰で死を迎える寸前の英雄の生霊、それがセイバーだったんだ。そんな『先取り英霊』みたいな現象があるのかってハイディも驚いていた。だけど即座に『そういう事か……』って一人で納得していた。俺がセイバーの真名をある意味でちゃんと聞いたのがこの時だった。

 もしかしたら召喚の時にハイディが口にしていたかも知れない。つまりその頃の俺、この非常事態に体は着いて行けても、頭の理解が追いついてなかったんだ。ふわふわと、どこか上の空だったんだよ。こういうのは誰だって、訓練して場馴れしていないと切り替えられないものさ。今ならわかる。

 日本の普通の高校生というモデルを想像すれば、『まだ社会に出ていない、学生という身分』が、甘える隙きを作っている。これは仕方ない事だ。大人になって社会に出て、自分が動かないと『今日の御飯もないんだぞ?』という危機感がないと。ずっと一人暮らしだった俺ですらこうなのだから、他の人なんて推して知るべしだ。

 

 そしてこの公園の一戦があった日の午後、朝方一旦帰ったらしい慎二が、もう一人の慎二(ステッキの変身?)とイリヤを伴って家にやって来た。バーサーカーが消えた瞬間に、ステッキの慎二はイリヤを人質にして、エルマが説得していたらしい。それで深山町の喫茶店でモーニングを注文し、『こんなの私に出すの』と言ったイリヤにはクリーム多めのプリンアラモードを注文してあげたそうだ。

 すると一口食べたイリヤは素直にエルマや慎二っぽい誰かと打ち解け、一時休戦を約束してくれたのだとか。それで慎二達はイリヤをハイディに逢わせてあげようとイリヤを連れて来たんだ。俺は全員を家に上げた。そうして一時休戦が、三陣営の不戦協定になった。実はこの話し合いはその日の夜明けまででなく、翌日の朝方まで掛かっていたのだ。

 なので俺は小さかった頃の、イリヤのうつらうつらして、最後はとうとう眠ってしまった姿を憶えている。そしてどうやって知らせたのか、ハイディがイリヤを迎えの人(セラさんだ)に預けていた事も。だけどこの段階の俺達は、エルヴァやアントニーの事、キャスターやアストルフォの事を知らなかった。そして遠坂が何をしているのかも────。

 

 

 

 二度寝しようと思っていたら桜が来たんで、この日の学園は本当に眠かったのを良く憶えているなぁ……なんて思い返しつつお昼の食事を終えた俺達はバイクを一旦片付たガレージに戻って整備を続け、それが終わったら再び店に戻った。アーチャーさんに報告したら『お疲れ、上がって良いぞ』と日本語で言われた。

 店を出たら女性陣三人も出て来た。彼女達も『上がった』みたいだ。それでキールとは、俺達が使う階段に行くまでの途中にあるマンションの玄関前で別れた。彼女は何事にも目的を持って行動する人だから、余り外をふらつかない。同じ調理場担当の俺とは割りと話す仲だが、他の仲間とは余り話す姿も見ない。

 だけど仲が悪いんじゃなく、『自分』というのをしっかり持った人なのだ。そこは皆んなもわかっていて、誰も文句は言わないんだが、レナはこの玄関下の階段でキールを見送る時、いつも少し羨ましげな顔をしてキールの後ろ姿を追っていた。エルヴァが言うには、それはキールやパンナの個性というか『我』がしっかりしているからなのだそうだ。

 だけど我が強すぎるウェイトレスもどうなんだとなる。だからエルヴァはアーチャーさんが開こうと考えていたお店のプランを聞き、それに合ったウェイトレスとしてレナを鋳造したそうだ。だけどアーチャーさんはアインツベルンの他の魔術師にも、スタッフとなるホムンクルスの手配を依頼していた。それがコック候補(キール)と経理担当(パンナ)だった訳だ。

 このパンナという人は、決して経理専門という訳でなく(そちらの知識も凄いらしく、『彼女が居ないと私だけでは無理だた』とアーチャーさんに言わせるほどの人だ)、レナを手伝ったり、テーブルに伝票を置いたり、キールや俺から回ってきた出来上がりの皿に、サービス・スープを付けたりと、いつも全体を見て自分なりに動いている。

 これが中々出来そうで出来ないから、余計にレナはプレッシャーを感じているみたいだ。そこが心配なんだけど、アーチャーさんは────。

 

『慎二に任せろ。お前はそれをサポートするだけで良い』

 

 と話していた。どういう事だと聞くと『とてもややこしい』説明をしてくれた。

 

『まず、彼女の悩みを解決するには私やお前は向かないのだ。お前も良い経験を積めたようで冬木で出逢った頃より遥かにマシになった。だがな、言葉は悪いがロボットから人になりつつある者が、人になろうと努力しているロボットを導けるのか? そういう問題に元ロボットだった私でも悩まざるを得ん。それが正直な感想だ。嫌な言い方だが、キールは『自己改造』が出来る。だから私が教えたレシピやの再現や、既に持っているレシピ通りだけでなく、自分で工夫した新しいレシピにもチャレンジ出来る。そこが彼女を『才能ある人』足らしめて居るのだが、それすらも鋳造者が植えたモノなのだ』

 

 ええっ?

 

『一方のパンナも実は料理が上手いし、そのレベルは私とそう変わらんくらいだ。だがそれらは洋食の中のフレンチ・イタリアン・ドイツ料理などに限られている。ただ経理と言うか日々の帳簿付けと、税金や保険関連の知識が豊富で、それで店の中の事だけでなく事務仕事もお願いしている訳だが、それらも鋳造者の植えたモノなのだ。ところがレナは違う。彼女は最初最低限の生活能力以外は持ち合わせておらず、今の彼女に至ったのは、全部彼女自身が学んで得たモノなのだ。わかるか? 彼女が何かをしたなら、それは自分自身で創意工夫したものなのだ。その煌(きら)めきを、消す訳にはいかんだろう? もしわからんのなら、料理や店での仕事を『投影』と置き換えてみろ。厨房用メイド(ホムンクルス)や、経理用メイド(ホムンクルス)を改良し転用したタイプと、人として人工的に生み出された者の違いだ。エルヴァはそういう者を送り出したのだ。つまりレナが悩むのはキールやパンナより『人間らしい』部分が多いからなのだ。だからと言ってキールとパンナがロボット然としている訳ではない。優れた鋳造者が携わっているだけに『自己成長』も出来ている。この意味がわかるか? レナはキールやパンナに憧れてはいかんのだ。そしてそれを私やお前が導けるものでもない。だから慎二に任せろ』

 

 との事だった。自分の事も含めての自虐的な物言いだったけれど、俺までロボットと言われた訳だから少しショックだった。だけど過去の自分を振り返ると『それはそうだよな』と納得できてしまった。そしてレナを造る時にエルヴァが何を思ったのかとか、彼女をしてクロエの『Version2.0』と話していた意味もわかった気がした。

 それはプログラムされたものでなく、自発的な、自分の努力でする『成長』なのだ。その昔、鋳造した家から『不良品』とレッテルを貼られたセラさんをエルヴァは高く評価していたらしい。『オフクロよりセラの方が鋳造するのが難しいと思うぜ?』なんてセリフも聞いた憶えがあったよ。

 

 それで外付けの階段前まで来たところで、俺は気分転換に慎二とレナ、パンナを『時間が空いたから遊びに行かないか?』と誘った。案の定パンナは部屋に帰ると言った。彼女なら真っ直ぐ帰ると言うだろうなと思ったのだ。そうして俺と慎二、レナの三人は繁華街に出るべくCTA(シカゴ交通局)の『35th–Bronzeville–IIT station』まで歩いた。

 前にも少し言ったが俺達の住む辺りは、ダウンタウンとは言ってもかなりの住宅街で、平均的なアパートの賃貸料もかなり高めだ。だけどシカゴ大学がすぐ近くにあるので今住んでいるアパートみたいな『老朽化しているから賃貸料が安め』なところも、学生向けにかなりの需要がある。

 なのに幽霊の噂が絶えなかったので、アーチャーさんが店と住居を構えるまで、部屋がガラガラに空いていたのだ。そんなアパートは正面から見ると、地上階が各種店舗で右端にアーチャーさんの店がある。それでその店の上の最上階(アメリカ式に言うなら4階。日本式に言うと5階)にアーチャーさんの自宅がある。つまり俺と慎二の部屋も同じフロアなのだ。

 ただ長い通路をの左右端だから結構離れている。そしてビルの左右に外付けの階段があって、俺達やアーチャーさんはその階段を使って出勤している訳だ。そして3つ下の階の左右(アメリカ式の1階、日本で言う2階)にレナとパンナの部屋があり、アーチャーさんの部屋の真下にキールの部屋がある。

 これら居住区の四角の部屋は、従業員用にと最初からお店が借りているのもあって格安な部分もあるらしいけど、一応この部屋の配置は結界になっていて、元々は同居の幽霊爺さんを建物の外に出さないための陣でもあるらしい。そして爺さんは俺が入居してから俺の部屋に住み着いた。多分、俺が一番霊力も魔力も低いからだ。

 となると俺の隣の慎二の部屋と、キールの部屋は『四角』という条件から外れている。だけどそこは良いのだ。キールはアーチャーさんの弟子を自負していて、アーチャーさんの真下に住む事を自分から申し出ていたのと、一時キールにパンナ、レナの三人は自分達の部屋は取り置きしながら、あちこちの空き部屋を数週間から数ヶ月の間渡り歩いていたからだ。詰まりは『除霊』だ。

 その除霊の頃は時計塔を出たばかりのアントニーやエルヴァが交代でシカゴに来ていて、礼装などを四角の部屋に設置したりしていたらしい(その頃のアストルフォは別口の仕事で欧州巡りだったようだ)。そうして俺達がアデレードからこちらに来たのが一昨年前で、その時までにキールがレナと同居しつつ、各部屋を転居しながら結界の輪を広げていったそうだ。

 だからそういう経緯があって、キールも特例で家賃無料となっていた。そしてこの意味を深掘りすると、キールには魔術師並みか、それ以上の除霊能力があるという事になる。そこを指してエルヴァは『性能が良過ぎ』と言ったらしい。要は詰め込み過ぎだと言いたいのだ。

 エルヴァも以前、セラさんの事をそんな風に話していた事があった訳だから、エルヴァの鋳造者としての考え方は何となくわかるのだが、他の鋳造者が誰なのかを知らないし、どういう考え(理念? ポリシー?)を抱いて鋳造したのかもわからない。

 だけど俺達従業員だけでなく、アルバイトやパートさんも働くあのお店は、三人に良い影響を与えていると俺は信じていた。

 

 

 

 俺達の乗った『Chicago "L"(高架線路)』の『Green Line(緑線)』はシカゴ中心街(本当の意味でのダウンタウンでもある)の『Loop(環状線)』に乗り入れるまで、たった3駅しか離れていない。歩いて7kmとはそういう事だ。なのでメチャクチャ便利なのだった。しかもほとんど離れていないところに『Sox–35th station』があって、隣を『Red Line(赤線)』が走っているようなところでもあった。

 俺達は『Adams/Wabash station』で降りた、ここはミシガン湖畔の広い公園の真ん前で、冬木やアデレードじゃないんだが、俺と慎二はこの湖に臨む公園が好きだった。その反対には飲食店が立ち並ぶ、シカゴ在住の家族や恋人達が絶対に立ち寄る駅だった。つまり文字通りの『繁華街』なのだ。だから大概のグルメ店が近いし、『Sushi』や和食の店もあった。

 そして和食の店は他の州よりも高級で値段もかなり高いが、日本人がちゃんと料理している店もある。もっと言えば日本でも入った事がない、カウンターだけしかない、本物の寿司を食べさせて貰えるお店もあるのがシカゴだった。ただし、そこのお店、一回1000ドルはゆうに超えるそうだ(一晩10万円だ! アーチャーさんは入った事があるらしいぞ)。

 それで俺達は公園の中を歩いて、途中のスタンドで飲み物を買い、ミシガン湖の良く見える芝生の側のベンチに座った。シカゴから見るとミシガン湖は東だから、今時分は背中側から太陽が射している。冬木で海の方角に座れば、似たような午後の太陽は左後方から射す。南半球のアデレードから海を挑めば、やや右前方上に太陽があるだろう。

 黄道がどうとか、赤道がどうとかは普段気にしないが、こういう時にそれを背中や肩の暖かさでいつも感じとれる。まだまだ未熟な俺に大袈裟な事は言えないけれど、ここに来ると『地球を歩く』気分を味わえた気になる。この頃の『CTA』は片道2ドルジャストだった。日本の感覚で約200円。慎二と俺は休日に大概ここに来ていた。別行動をしていてもパッタリ会った事も何度かあったくらいだ。

 マンション(アパート)は正面が西向きだから部屋は東向きになる。だから部屋の方角はミシガン湖向きとも言えたけれど、いかんせんビルが多くて景色は良くない。だからこうして出て来る訳だけれど、湖からの穏やかな春の風は、やっぱり面倒くさがらず来て良かったと毎回思えるものだった。ただし秋から冬はとんでもなく寒いけれど。

 それはともかく俺と慎二は黙ってドリンクを飲みながら、レナの気分が少しで晴れれば良いなと思い、声を掛けずに居た。気の早い人がミシガン湖にヨットを出していた。そのヨットの残す航跡が、キラキラと西日に反射していた。1時間くらいそうしていたかな?

 

『ありがとう。シンジ、シロウ。もう大丈夫です』

 

 と、レナがすっくと立った。

 

『構わないさ。僕達は仲間だろう?』

『そうさ。誰だって凹む時はあるもんだ。俺が『ボス(アーチャーさん)』に叱られている時は慰めてくれ』

 

 そうして笑い合いながら俺達は公園に来た道を戻った。マンション(アパート)に帰るまでには時間がまだ早かったので、レナと一緒にウィンドウ・ショッピングを楽しんでから、近場のマーケットでサラダを少々買い込んで『CTA』で帰ったのだった。(キャブ清掃と公園内を歩いた程度の運動量じゃダブルバーガーは消化できなかったようだ)

 ところで慎二は、アーチャーさんの事を『Archer』や『Boss』と呼んでいる。対する俺は『Mr.Archer』か『Boss』だ。それは正体を何処かの世界の『衛宮士郎の成れの果て』と知っていても、そこに触れないのが『仁義』と言うか、『お互いのため』でもあったからだ。俺だって逆の立場になって慎二から『衛宮』とか『士郎』とか言われると困ってしまう。

 何より今のアーチャーさんは過去に囚われず前向きに生きている。だから日々俺に料理を教えてくれているのだし、料理以外の『人のあり方や生き方』を惜しまず教えてくれている。と同時に制限が掛かって俺には話せない、『世界の詐欺(もしかしたら『神』の嘘)』を、俺に何とか知らせようとしてくれていた。

 それは端的に言うと『どんなに切羽詰まっても世界とは契約するな』という事であり、『Archer』という存在には『絶対になるな』という事でもある。だから日本語で表現する時は『アーチャーさん』となる。それが俺の気持ちだった。エルヴァとは少し違うけれど、慎二も俺も『兄貴』だと思っているんだ。

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