アーチャーって何だ? そう思ったけど、衛宮の行動(階段を駆け上がっていった)や遠坂の声にその疑問は掻き消された。遠坂はキャスターに何か思うところがあるらしい。
「あなたね? 手紙を寄越してくれたのは?」
キャスターは階上の手摺に手を掛け、手招いた。それで遠坂が登って行ったんだけど、にこやかに英語で話し掛けたのは、遠坂の後ろにいた、すっかり大きくなったイリヤスフィールとアーデルハイドにだった。
「無視!? あ、あなた! わ、わざとなの?」
すると、キャスターのマスター、エルヴァの後ろから臙脂色のダブルスーツに身を包んだ顎髭の男性が現れた。
『どこかで私は間違えたようだ……』
ズルっと遠坂が足を滑らせ、後ろにいた僕にぶつかった。何とか諸共に落ちないように遠坂を支えたんだけど、思ったよりも軽くて助かった。
「と、と、父さん!?」
『凛。お父様だろう?』
「あ! はい。ごめんなさい、お父様」
『遠坂六代目たる者がそのように狼狽してどうする? また、キャスターに対する先程の態度も良くない。常に優雅たれとは、いざ事に立ち向かう場合は、事前に調べ、手に入れた情報を吟味し、最善の手を予め打っておくという意味だ。優雅とはその用意万端整った姿を指すのだ。またその事が終われば、その時の行動に思いを馳せ、反省すべき点があるなら検討し、次回に活かすようにしなければならない。それらを常日頃から積み上げた実績の先にある、毅然としつつも余裕ある態度こそが優雅という言葉に集約されているのだよ。家訓の事をお前ならわかっていると信じていたのだが……』
か、固い! 遠坂の父親って、こんなに固い人だったの?!
『凛、小言はここまでだ。お前に重荷を背負わせたくはないが……私の父や祖父……つまり、お前の祖父や曾祖父から積み上げたものは忘れず七代目に伝えて欲しい。そして魔術師としてだけでなく人としても幸せになりなさい。それが私の願いだよ』
「お、お父様……!」
遠坂の瞳から涙が溢れた。
「お祖父様?」
「子供達を救けたからの。キャスターの図らいか……あちらからこちらに喚び直したんじゃろ。親も妹も居らん中で、よう頑張っとったからのぅ。こういうご褒美があると嬉しいものよ。のぅ?」
「本当。僕の贈ったペンダントが霞みそう」
「カカカ……。キャスターは魔術に夢のある時代に生きておったんじゃな。儂はむしろ羨ましいぞい」
ああ……。変に隠蔽しなくていいからか。だからこんな人を喜ばせる魔術が使えるんだ。上の階まで上ってみれば、知らない日本人の女性も居た。
「慎二、時臣の奥方よ。頭を下げい」
ああ、お墓ではここまでハッキリ見えなかったもんな。僕はペコリと頭を下げた。この時に男の方のランサーとアラブ人、そして『一』と『三』が居ない事に気付いた。
「お祖父様、『一』達は?」
「ここをキャスターに任せておるのか、ライダーも居らんじゃろう? 外の警戒よ。おそらくバーサーカーも出ておろう」
ああ、なるほど。それで遠坂親子はメイドにサロンという部屋に通され、僕達は衛宮とともに、さっきのサロンより広く、大きなソファーセットのある部屋に通された。ジジイがコソッと18世紀の椅子で、一脚100万は下らないと言った。座れなくなりますよ! だと言うのに衛宮は何も考えず、長椅子にイリヤスフィールやアーデルハイドとともに並んで座った。もっと凄いのはエルヴァとアントニーで、ジジイが言ったその100万円の椅子にどっかと座って、エルヴァに至っては足を組んでいたんだ。靴で汚すなよ。
そして幽霊やキャスターとアーチャーには別の椅子が用意されていた。これも高そうだ。
『あなたが、アーデルハイドちゃんね? 本当、イリヤにそっくり』
「マム、ハイディで良いですよ」
『マ、マム……なんて新鮮な響き! エルヴァ君のマミィも素敵だったし……イリヤちゃんも?』
「私はお母様で通すから」
『あら、残念。それでそちらがシロウ君ね?』
「あ、はい」
『キリツグの養子なら、あなたも私の息子よ。そしてあなたには3人の姉や兄が居るから。もし、悩みがあるなら相談してみてね?』
「……はい」
衛宮は猛烈に感動した面持ちだった。きっと別室では遠坂も和やかな、家族らしい会話がなされているだろう。桜はって? 幼稚園の頃からあいつは間桐だからね。実親に対する未練はあるかも知れないけど、正直遠坂ほど親の愛に飢えていないと思う。それに今の桜は後ろ向きじゃない。あそこに参加しても居心地が悪いだけだと思うな。
「さて、一段落したところでサーヴァントは儂と来てくれ。そろそろ迎えに出んとな」
そこですっくと立ったのが衛宮の親父さんの霊だった。拙いな。
『僕も行こう』
「俺も!」
ほらね?
「衛宮士郎、危険だぞ?」
「わかっている。あんたと話した通り手は出さない。だけど見守りたいんだ」
「そうか……」
アーチャーの引き止めも衛宮を止める事はできなかった……ってか、どうしてアーチャーがこっちに? 遠坂のところじゃなかったのかよ!?
「鈍いのぅ。慎二、出るぞ」
「僕も?!」
「決まっとるじゃろ。仮にもお主はランサーのマスターじゃぞ。槍や剣が雨あられと降ろうが見守るのが義務ぞ」
それ、宝具ですよね?!
「安心せい。今のお主は細切れになっても死なんよ」
なんか嫌なんですけど!? だけど哀れな僕は、妙にガタイの良いエルヴァとアーチャーに、左右からガッチリ腕を掴まれ引き摺られていった。
「おい、お前。コートのポケットに何を入れてるんだ?」
キャスターのマスターであるエルヴァに話し掛けられたんだけど、ヘイ・ユーとオーバーコートとポケットしか聞き取れなかった。だけど彼の太ももに当たっていたんだとわかったので、『ハンドガン』と答えた。
「オー、ナインティーンイレブン」
見たそうだったので見せてやるとそう言った。ふ~ん、1911と言うのか。
「オレのはこれだ。マグナムだぜ」
彼は自分のを取り出し、マグナムと言った。
「フォーティフォー?」
「ノー。スリーファイブセブン」
何だそれ? 間違っていたらゴメンだけど、彼の銃は西部劇で使うようなやつだった。
「アントニー!」
「アストルフォ。ボクはここで見ているよ」
「うん、それが良い。エルヴァやエルの話じゃ、かなり危ない奴らしいから」
「エルを頼むよ」
「わかった」
主従の話が扉の前で始まっていた。
「アーチャー!」
馬に乗っていた『三』が、アーチャーに後ろに乗れと言った。『一』の後ろは……。
「慎二、お主じゃよ」
ですよね~! 衛宮は親父さんと何かを話していた。と言うか親父さんと衛宮は動かなかった。ああ、そういう事か。親父さんが衛宮の抑制係なのか。
「凛。行って来る」
「話せた?」
「夢で見たか……」
夢?
「……いや、まだだ」
「なら、必ず帰って来なさい」
そして遠坂は令呪を使った。
「君……」
「ここで使わないでどうするのよ?」
「フッ……そうだな」
そうして2頭の馬と幻獣は空高く舞った。横でジジイが飛んでいた。だからどうやって!?
100メートルは上昇したその時だ。まるで空気を読んだかのように、正面上空に黄金色に輝く謎の飛行体が見えた。
「来たぞ、慎二」
「慎二さんもゾウケン君も目を隠して」
ジジイの声に『一』の声が被った。何だと目を瞑ったら、僕達を取り巻くようにかなり遠い空の上で何かがカッと強烈な光を発した。閉じた瞼を通してもわかる。もし近くなら、無意識に腕で顔を覆うくらいの光だ。でも光った場所は遠い。ただ、一つや二つじゃなく、360度前も後ろも、右も左も全部だ。
「あれは!?」
「森の外のアサシンです。日本にいる聖堂教会の総攻撃でしょう」
『一』は軽く言った。
「この森は登記上国有の遊閑地で、誰も住んで居ない事になっています。ですから襲う側からすれば、後先考えなくて良いので楽なんですよ」
ああ、だからここを決戦の場にしたのか。敵は神父や隠されたサーヴァントだけじゃなかった。相手の組織全部だったんだ。ここで今度は僕達の足元を、凄まじいまでの熱量を持った青白いような黄金のような……僕には表現できない神々しいまでの光が疾走った。何だと振り向けば、館の屋上にセイバーが立っていた。
「今のは宝具!?」
「あれこそがヒトが紡ぎしユメの結晶、聖剣エクスカリバーの輝きよ」
ジジイのうっとりした声が届いた。その聖剣の光は長い直線をどこまでも伸ばし、途切れたなと思った時は先端が大気圏を突破しているように感じた。光の速さだから、第二どころか第三宇宙速度を遥かに超えているのか? あの光は魔力を保持しながらどこまで届くんだ? 僕はそんなバカな事を考えていた。
だって謎の飛行体は既に傾いていて、動きがおかしいんだ。あれも宝具で神秘が満ちたものだろう? 直撃じゃないようだけど、掠ってもあれだよ……。
「おい! 僕達に中(あた)ったらどうすんだよ!」
「ちゃんと中らない位置まで上昇しています」
『一』の説明と同時に、もっと高い……正面の黄金飛行体よりも高い位置から、『何か』がその傾いた飛行体を襲った。それで損傷していない方の翼を直撃した。謎の飛行体は錐揉みしながら墜落して地面で爆発した。そしてその爆心地に近い位置から、これまた『何か』が飛んで来た!
それも一つや二つじゃない。無数? いや、わからない。真っ暗なので僕には見えないのだ。馬が左に傾いた。僕は落ちないように思わず『一』にしがみついた。正直、華奢な女の子の腰は回した腕がとても余るので心許ない。おまけに僕より座高が低いから、被っている兜の装飾が目に刺さりそうで怖い。だけどこの『一』も『三』も『二』も……エルマは近くにいると、柑橘系のとても良い香りがした。
僕はその香りと、兜の下から伸びた風に靡(なび)く『一』の髪に意識を集中した。でないと、脳への血が偏って気絶するんじゃないかというくらいの曲芸飛行で、空飛ぶ馬は襲いかかって来る無数の『何か』を避けていたからだ。ネズミーのスペースマウンテンの万倍は凄い。クイッと曲がるのが、右か左か上か下か一切わからないんだ。僕にはただただ、下から飛来してくる『何か』がすぐ近くを通り去る風切り音が聞こえるだけだ。おそらく中ったら今世の人生だけでなく、来世まで消滅しそうな悪寒がする『何か』。
危険だとわかっているのに、不思議と怖さはなかった。おそらく真っ暗で何も見えない地面から、百数十メートルは高いところを飛んでいる。だけど目に刺さりそうな兜の飾りの方が怖いし、この香りが僕に冷静さを齎(もたら)してくれていた。
我がマスターである凛も大概人使いが荒いが、この馬を駆る女の子のランサーも別の意味で大概だった。まず、黄金の空飛ぶ船を視認するや否や急上昇だ。そこへ忘れもしないセイバーのあの光が通り過ぎた。私達とライダー達が、ギルガメッシュの目からエクスカリバーの光を隠す役だったのだ。そして上昇は続き、反転したと思えばランサーは弓を構え、急降下しながら宝具の矢を放った。どんな三次元馬上弓術だ。鐙(あぶみ)もハミも手綱もない、空飛ぶ馬の上で弓を構えて矢を射るのだぞ?
そしてそれが直撃するのを禄に確認もしないで、『行って来い』と私をヴィマーナの上に空間転移させたのだ。その転移先では憤怒と驚愕の顔のギルガメッシュと言峰が居た。こちらを視認するや拳法の構えを取る言峰。ギルガメッシュも剣を取り出す。勿論私は干将莫耶だ。そこへライダーがいきなり現れ、ランス(?)を言峰とギルガメッシュにお見舞いして瞬時に消えた。
この機会を逃す私ではない。転倒し掛かる言峰を袈裟に斬り、ギルガメッシュを目で追った。奴はヴィマーナの上を転がり自分から地面に墜ちた。次の瞬間に私は再びランサーの後ろで、『セイバーと合流!』という掛け声を頂戴したかと思えば、セイバーの横の地上だった。彼女も屋上から降りていたようで、館から50メートルは離れた、少しだけ小高い場所だった。
樹々に隠れてギルガメッシュの姿は見えないが、宝具の発射で位置はわかる。奴は死に体の言峰しか残っていないヴィマーナを、自らの手で沈めていた。
「だ、誰だ? 誰がこんな高機動で……立体的な作戦の指揮を執っている?」
そんな私の疑問にセイバーは首を横に振った。そこに風のようにして男が現れた。
「今のお前ぇにはわからねぇよ」
男もランサーだった。その腕は虫の息の言峰を引き摺っていた。
「そもそも、あの金ピカの飛ばしている剣とか槍、ハズレた場合どこに行くんだ?」
「それは……魔力に戻され、再装填されるのではないか?」
「普通はな。今は全部空の上のアイツラに奪われてる。あ~あ……キャスターと奪い合いになってんな」
ギルガメッシュは空飛ぶ馬と幻獣にだけ、信じられないような数の宝具を放っていた。遠い記憶を掘り返しても、ここまでするアイツは思い出せない。
「80パーセント本気ってトコか。エルマ、奴(やっこ)さんの切り札狙いに絞ったな」
どういう意味だ?
俺とエルヴァは、親父に誘われて城と言っても良い館の屋上に上った。そこには黄金の輝きを放つ剣を大上段に構えるセイバーが居た。
「セイバー、生きて……」
『「シッ」』
親父とエルヴァから嗜められた。そうだ、今セイバーはとても集中している。きっと宝具を発動する、その瞬間なんだ。
「エクス…………カリバ──ーッッ!!!」
とても長い溜めの後に放たれた光は一直線に伸びて、来襲してきた黄金の船の片翼を奪った。その光はどこまでもどこまでも長い長い尾を引いて……やがて消えた。
「セイバー!」
俺は無意識にセイバーの下に走った。
「シロウ」
「セイバー、お前が斃されたって……」
「すみませんでした。それも策の内です。相手に偽の情報を流す必要があったのです」
「なら、何も俺まで騙す事は……」
「アーデルハイドがあなたを心配していたのです。それとシロウの考えは、今どきの魔術師なら大抵読めてしまうそうですよ」
うッ?
「そんなにあっさり?」
エルヴァが何かを話していた。それを親父が訳してくれた。
『日本語のわからないオレでもわかる、ってさ。それと彼もキャスターを行かせたくなかったんだ。それでも行かせた。それはキャスターには行かなければならない理由があったからだ。彼の気持ちは士郎にもわかるだろう?』
背が高く、結構男前のエルヴァは、胸の筋肉はあるし腕も太い。筋肉の付き方が日本人とは違うのか、サーヴァントのアーチャーと比べても負けてないと思えた。だからエルヴァは、最弱のサーヴァントと言ってもいいキャスターを護りたかったらしい。所詮、人間とサーヴァントだ。キャスターの実力は知らないけど、俺達にできる事なんてほとんどない。そういう噛み締めた悔しさと、キャスターを心配する思いがエルヴァの表情から見て取れた気がした。
エルヴァは、下の部屋でオレを『弟』だと言ってくれたんだ。これはハイディもイリヤもだった。3人とも頼りになる姉と兄だった。俺は何か心にあった錘(おもり)が外れた気がしていた。
「シロウ、では私は外に。キリツグ、彼を頼みました」
『わかった』
「セイバー、負けるな」
「はい」
そうしてセイバーは駆けて行った。
『アイリが使い魔の映像を、魔術で見せてくれるそうだ。リビングの方に行こう』
それで俺達は下の階に行った。
「こりゃ手を出せねぇなぁ」
目の前ではバーサーカーとギルガメッシュの闘いが繰り広げられていた。バーサーカーの正体はヘラクレスだ。間桐慎二から凛へ齎(もたら)された情報もあるが、あの闘い振りを見ればさもありなんだ。あの巨人と見紛うばかりの身体が、何故あんな速度で動けるのか?
バーサーカーとは文字通り、狂化によって精神や筋肉のリミッターが外れた状態だ。なのに岩のような斧のような、どう考えても無駄に重いだろう剣を振り切ったとしても、すぐさま返せるその膂力と俊敏さに呆れる。
「己(おのれ)!」
奴の唯一と言っても良い戦法が、キャスターとランサーの介入で阻まれているのだ。ある剣は軌道を逸らされ虚空に消える。ある槍は黄金のさざ波を出た瞬間に、穂先から別の空間に消えていく。それでもってギルガメッシュの視界の中を、馬と幻獣と謎の『間桐慎二もどき』が縦横無尽に飛び交う。もはやギルガメッシュは、手に持つ剣と盾のみでバーサーカーの猛攻を防ぐ以外ない状況だった。
「奴(やっこ)さん、思ったより防御が上手いな」
「ええ。彼の王は生命を狙われる事も多かったのでしょうね」
しかしそれだけではない。翻弄、略奪組は、ここに来て攻撃をしていないのだ。また、何となくだがバーサーカーの攻撃と攻撃の間隔が徐々に開いていた。つまり妙なタメと間があるのだ。そしてその隙きを見逃すギルガメッシュでもなかった。
「天の鎖よ!」
どこまで長い鎖なのだろう。きっと地上のバーサーカーだけでなく、空飛ぶ馬も幻獣も全部絡みつかれて身動きが取れない状態になっていたのだと思う。だが、2頭の馬はピンピンしていて、そこに行ったであろう鎖が何もない空の上でピンッと張っていた。また幻獣に絡みつくはずの鎖も空に開いた小さな黒い穴にジャラジャラと飲み込まれている。
やがてその鎖は、馬の上の穴と、黒い穴とギルガメッシュの上にある金色のさざ波とで、見事な二等辺三角形を形作った。
「キャスター! 消さないで! それ、私の!」
この均衡の打破は、後ろに間桐慎二を乗せた少女の声から始まった。キャスターが一瞬気を緩めたのだ。それで一気に少女が鎖を彼女達の穴に引きずり込んだ。この信じられないような綱引きのお陰でバーサーカーは無傷だ。と同時にギルガメッシュに決定的な反撃の猶予を与えてしまった。
「貴様ら。よくも王を嬲ってくれたものよ。その罪は万死に値する」
そして、その手にとった奇妙な鍵を天に掲げた。赤い光が絡み合った触手のように伸び、やがて収斂した。奴の手には三つの回転部がある不思議な物体が現れた。何だあれは? 解析不能……だと?
「ありゃ、このホシのもんじゃねぇ。『何だあれは?』『解析できねぇ』とか思う前によ、あんなもん、ヒトの文明じゃできっこねぇって直ぐに気付けや」
この男は……。
「知っているのか?」
「まぁな。ありゃ武器でなく、ヒトが住めないような環境のホシを、住めるように改造する土木工具(テラフォーマー)が宝具化したものだとさ」
「は?」
この男性版ランサーの事はとっくに思い出しているし、その正体もわかっていた。だが、こんな物言いをするクー・フーリンは初めてだった。そもそもあんな女の子と組んでいる段階で別物なのかも知れないが。
「危険ではないのか? 助太刀に行かんで良いのか?」
「ああ、今回は敢えて時間を掛けているからな。こんな一番美味しいところを邪魔してどうするよ」
美味しい?
「天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)──ー!!」
私は人であった頃に、この宝具を見ていない。だから、どういうものなのか知らないのだ。だと言うのに、一瞥しただけで、凄まじいまでの悪寒が私を襲っていた。それが今発動する。
「お? エルマの奴、今回は3騎で行くのか?」
空にもう1騎の天駆ける馬が現れた。そして────。
「「「天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)──ー!!!!」」」
3騎の少女は同じものを握っていた────?!
「死ぬ~~~~~~~~~!」
夜空に間桐慎二の叫びが木霊した。少女には発動の前置き、儀式みたいなものが一切ない。取り出した最初から、三つの軸が回転していたのだ。しかもそれをギリギリでコントロールしているのだろう。予測していたような、樹々が地面からもぎ取られ、その地面すらひび割れ、まくれ上がり、空間が裂かれるような、そういう現象は起きなかった。ただただ奴の宝具の威力を押し殺し、拮抗させ、その威力がなくなるまでの状態を維持するのみ。そしてその時間は意外と早く来た。
「魔力タンクの子供を先に救けちまったからな。奴の打てる手なんてハナからなかった。行くぜ」
私とセイバーは頷いてランサーに付いていった。右手で槍を肩に担ぎ、左手は気を失っている言峰の足首を掴んだままだ。つまりこの凸凹な地面を引き摺っているのだ。石ころに頭をぶつければ唸り声をあげるのだが、魔術で眠らされているのか一向に目を覚ます気配はなかった。
先程の闘いの現場に行けば、ギルガメッシュが大の字になって倒れていた。そしてそのギルガメッシュの頭をキャスターが膝に抱いていた。
「王よ……」
「よい……」
そこへランサーの少女が近づいた。
「ククク……時代は変わったな……。よもや、貴様のような人形が生きる未来を選ぶ者が現れるとは……」
「それを選んだのは、そちらのキャスターの分かれた魂が転生した方です」
「そうか……それが貴様の造物主か。予言を信じてはおらなんだが……我はエルヴァに……」
そう残してギルガメッシュはガクリと首を落とした。するとその肉体は一気にミイラのように干乾び、崩れ落ち、やがて金沙の光となって消えた。英霊が受肉していたからだ。キャスターはそれを気味悪がらず、最期までその腕に抱き、天に消える瞬間には、舞っては消える金沙を指で追っていた。
「この者と何か関係があったのか?」
知らず私は尋ねていた。
「いいえ……あの御方は仰ぎ見るべき存在……。私は王の統治する時代を享受できた、臣民の1人でしかありません」
そう言いつつも、キャスターの眼から涙が止まる事はなかった。
「エルマ。こいつ、コトミネの供物の事を知らなかったんじゃ?」
「そこまで暗愚ではないと思うよ。でも、王様が造った泥人形でもなかった。心の底では教会の子供達を良しとできなかったんでしょうね。だからここに……」
「死にに来たってか……」
「生前の立場と言えばそれまでだけど、『王』は議員さんとは違って単なる職種じゃないでしょう? それはきっと使命でもなくて、天命以上の逃れられないものだった。ウルクなんてメソポタミアの南部にあった本当に小さな国だけど、人類が初めて花開かせた文明や文化の担い手だったのも間違いない。そしてこの人は、その文明を齎(もたら)した存在と、担った重責に気付ける聡明な人でもあったの。だから生ある間は精一杯に頑張ったと思う。頑張って頑張って、次の世代に全部残した。そしてその重責からやっと開放されたのが、引退でなく死だったのね。不老不死を求めたのも時間が足りないと考えたからだと思うよ。この人ならやりたい政策なんていくらでもあったと思うから」
女の子のランサーの内の1人が、男のランサーに話しているのだが、ギルガメッシュに対してかなりの高評価だった。
「民に無駄などない、奴隷にも役割があったって言うのは、人口と雇用のバランスが取れていて、失業者が居なかったって意味だからね。そんな王や政治家なんて、後の歴史にも居ないよ。それだから文化が育ったんだよ」
泣き止んだキャスターが、女の子のランサーの言葉に聞き入り頷いていた。
「凄ぇ奴だよな。だからオレは戦士を選んだんだ。その方が気楽だからな」
その後、私達は館に戻った。この後の事も含め話し合おうと決まったからだ。
「この人、いります?」
「え?」
「そちらの穴で、どこかに送ってくれると嬉しいナ」
幻獣から降りたキャスターの横を、ランサーの少女が歩いていた。少女は2人に戻っていた。そしてそんな会話がなされ、男版ランサーの手で言峰はその穴に消えた。私はキャスターに尋ねた。
「その穴はどこに?」
「冥府です」
そこがどういう場所か、想像もしたくなかった。
エル達が戻ってきた。オレとアントニーは、エルとアストルフォを迎え労った。ハイディとシロウもセイバーを迎え、イリヤもバーサーカーを労っていた。トオサカは、シンジやランサー達を、自分のアーチャーと同じように笑顔で迎えた。この気持ちはどのマスターとサーヴァントも同じだろう。
「今日明日は語りあって、明後日には大聖杯を解体しましょう」
エルがそう言った。そして下からオレを見上げた。別れの覚悟を決めろって事なんだろう。言葉の代わりにオレはおでこにキスをした。
「ハイディ、エルヴァって……」
「うん。彼、キャスターとそういう仲みたいですね」
「え~」
イリヤ、人の事を言う前に、お前も恋を見付けろよ。そしてそれが後悔を伴わない恋である事を祈ってる。オレは……後悔なんて失礼だろ?
「なぁ、オレとの思い出って座に残るのか?」
「記録として残るでしょうね。でも別の人に喚び出されたら、身体も記憶も……」
そうだよな。それが当たり前だよな。
全員がリビングという名の広間に集まっている。取り敢えず夜食と酒だとなって、セラと何故かアーチャーと女の子のランサーが厨房に入った。リーゼリットが寝ているのはわかるし、ランサーもまだわかる。だけど、どうしてアーチャーが?
「エルヴァでもわかりませんか?」
「どういう意味だ?」
「トオサカのマスターはご存知ですよね?」
エルがトオサカに日本語でやり取りした。それにコクンと頷くトオサカ。
「推理じゃなくて、パスから流れるものを夢で見たってところよ」
「ああ、なるほど」
トオサカは英語で答えてくれた。
オヤジとオフクロがトオサカのオヤジやオフクロと何かを話している。そこに何故かイリヤも加わっていた。アントニーはアストルフォを通訳にして、シンジやゾウケンと話し込んでいる。きっとそっちで、今回の顛末で不明だった裏話に筋が通るのだろう。なら、それを後で聞けば良い。だからオレは、ハイディとシロウを呼んでセイバーを紹介して貰った。伝説の王はとても真面目そうな人だった。オレの質問を嫌がりもせず、何でも答えてくれた。
「こういう欲の絡んだ闘いに、一番縁遠い人だと思うんだけど、どうして召喚に応じたんだ?」
「それは買い被りです。欲はありますよ……いえ、死に際に欲が生まれたと言いましょうか」
「どういう事だ?」
「国が滅んで行く姿を目の前で見てしまったからです」
アーサー王の最期はカムランの戦いだ。きっとそれを指しているんだろう。オレは瞼を閉じてそれを思い描いた。累々と連なり重なり合う屍。辺りは血の匂いと死臭が漂う。だけどそれが全部、自分の国の騎士……つまり民だ。
「そうか……失ったもんが全部、自分の騎士であり民だったんだよな?」
「そうです! だから私は……その滅びを失くしたかった」
「それを聖杯に……」
「……はい」
オレは彼女の切実な願いも、その矛盾にも気付いてしまった。
「王国って……いや、国にとって一番大切なものって何だろう?」
「それは民でしょう」
「それはどうして? 王国って王ありきじゃないのか?」
「それは違いますよ。民が居るから作物は育ち、様々な道具が産まれるのです。王も貴族も騎士も、民を促し導くだけです。私の国は連合国のようなものでしたから、多少それぞれの領主で考え方は違いました。ですが民なくして国は成り立たない」
「だよな? って事は、滅んだのはブリテンという連合であって、民じゃないよな?」
「それは、そうですが……異国に蹂躙されて……」
「そうか? 今の英国って世界有数の先進国だ。その南部も経済が発展しているし、倫敦って都市は世界でも1、2を争う経済都市だぞ? 王や騎士は滅んだけど、その意志が今まで民の中に残っていたからここまでになったんだと思うけどな。オレ達のアーサー王が死んだ、オレ達のガウェイン卿が死んだ……だから、残された民は今の英国にまで頑張って繋げたんじゃないのか?」
「え?」
「あんたみたいな真面目な王様にとっては、全部揃った状態が最高なんだろうけど、失ったから得られるものもあるとオレは思うんだ。民はあんたを失ったから、ブリテンを大英帝国にまで発展できたんだよ。悲惨な思いをした当事者に言うことじゃないけど、歴史を刻むんでなく前に進める精神を民に残せたんだ。誇っても良いと思うぜ」
それでセイバーは口を噤んでしまった。だけど俯向き加減だった顔が上がり、瞳が強くなった気がした。一方、ハイディに通訳して貰っていた様子のシロウは、オレを随分と感心した顔で見ていた。
そこに料理と酒が届いた。食堂でないのはオードブルだからだろう。それに夜中だしな。皿に乗っているのは一口で終わりそうなミニ・サンドイッチと、バゲットでなくカイザーゼンメルを薄く切ってハムやソーセージを乗せたものだった。それとカップスープとワインだ。オヤジにトオサカのオヤジと男のランサーはワインを取り、オレはセラにコークが無いかと訊いた。
「コーク……コーラですか?」
「そう。ダイエットでなくてもいいから、無いかな?」
「申し訳ありません。そのようなものは……。何でしたら甘めのワインでもお持ちしましょうか?」
「ああ、じゃそれを頼むよ」
それでその甘いという、白というより黄色っぽいワインを一口含んだ。甘ぇ~。
「エルヴァ、それ高いんだよ? もっと薫りを楽しんだりしてから飲まないと」
イリヤが寄って来て言った。
「そうなのか?」
「うん」
1本の価格をユーロで教えてくれたけど、多分今頃やっているスーパーボウルのチケットより高い。金のあるところにはあるもんだなぁ……コンチクショーだ。え? コーベ・ビーフを食ったろうって? あれは祖父さんの金だし、旨いのは旨かったんだけど、思ったより脂っ濃くてな。こんなもんかなって感じだったんだ。これは倫敦でも思ったけど、肉はやっぱりテキサスだぜ。
それでイリヤと話して今後の事も聞いた。大聖杯を解体したら、ハイディとオーストラリアに行くそうだ。またそれをオヤジとオフクロが薦めてくれたらしい。エルの言葉通り、オレにはわかんない事もあるからなぁ。セラもリーゼリットもエルが再調整するという。だけど、リーゼリットは……。
「大丈夫よ。大聖杯のところでユスティーツァ様を降霊して、その方法をあの子に伝えるそうだから」
そう言ってイリヤはニコッと笑った。それでエルの推測でない、本当のランサー(女の子)の正体がわかった。いつの間にか、イリヤは直接聞いていたらしい。いやそれを聞かされたから、この儀式を真剣に終えようと考えたのだそうだ。
「オーストラリアのアデレードだってな? 海が近いのかな?」
「ハイディの家はぶどう農場の中にあるけど、海はクルマですぐだって」
「そっか、それは良いな」
「うん、楽しみだよ~」
天真爛漫な姉は、落ち着いた姉の方へ行った。そこから今度はエルがグラスを片手にやって来た。オレの横に座り、少しもたれてくる。酔ってんのか?
「今夜で恋人解消です」
「ああ……」
オレはエルと2人でその場を抜け出して、自分の部屋に彼女を誘った。