若い者はええのぅ。あ奴は巫女という話じゃったが、今には伝わらん純血を保つ者だけの神秘もあったと聞いておるし、きっと当時は死ぬまで貞操を守っておったんじゃろうな。そんな者を女にしてしまうマスターか……。
サーヴァントも幽霊も元は人じゃ。その『思い』は昔も今も変わらんじゃろう。そして『願い』も。転生を繰り返し、時を超えても、芯は同じなんじゃなぁ。『エル』の事は余りよう知らんが、エルヴァの事ならわかる。生真面目で真摯なところは同じよな。また、エルヴァもそうじゃが、キャスターもよう笑う。心が健康な証拠じゃ。それだけに……残される者の胸の裡はいかばかりであろうかの。
儂はそう思いながら、部屋を移動するキャスターを見送ったんじゃ。恥じらいを顕にしつつも、軽く会釈し別の部屋に入るキャスター。今は朝方の5時じゃった。寝床に就いたのは2時じゃというのに儂は目が覚め、朝の散歩とばかり屋敷の中を散策しておったんじゃ。そこでおそらくはマスターの部屋から出て来るキャスターに出逢ったちゅう訳じゃ。
あの者なら、マスターの魔力に頼らんでも残る手があろう。それでも別れを選んだのはマスターが半身の転生体だからというだけではなかろうな。何故これを知っとるのかというと、慎二の身体についとる耳だけでなく、補強された杖の聴力も使えるからなんじゃよ。
それはさておき、思うにじゃ。あのような者であるから、このような奇跡的な出逢いに感謝しつつも、真剣に惚れたんじゃろうなぁ。そして真面目に考えたからこそ、若いマスターの成長を心から『祈った』のであろう。また、あのマスターはその事を理解しておると思う。衛宮の小倅や慎二とは異なる。かなり世慣れしておるようじゃ。ああいう者を友人とできれば、慎二も小倅も成長するであろう。
その昔に、ユスティーツァや永人と描いた理想とは裏腹に、この儀式は関わった者達に残すものが多過ぎる。歓びもあったが、苦(にが)い思い苦(くる)しい思いの方が遥かに多い。それが命を懸けるという意味なのだとしても、要らんものが多過ぎじゃ。儂も初めて召喚したサーヴァントが消えゆく姿は今でも覚えておる……。
『ゾウケン君、おはようございま~す』
『おはようございます~~』
「おお、ルビー達かえ。お早うさん。今日はええ天気になりそうじゃな」
『もう、私を置いてササッと部屋を出るんですから~』
「すまんのぅ。目が覚めよるんじゃ」
『お歳を召すと早起きになると言いますもんねぇ~』
『そっちのルビーちゃん。考えが浅い。今のゾウケン君は、若い慎二さんの身体ですよ?』
『あ~。精神が肉体を……?』
「そういう事じゃ。ぼちぼち返してやらんとな。さぁ、朝の茶でもよばれに行こうかい」
『は~い』
そうしてルビー達と食堂に入ったんじゃ。セラがおらぬなら自分で煎れようとな。すると衛宮の小倅が起きておって、茶を喫しておった。
「おう、早いのう」
「あ、おはようございます」
「はい、お早うさん」
ルビー達は空気を読んで儂の後ろに隠れとる。儂も普段はエルマの髪の中で隠れとる。それがまた、ええ香りがするんじゃ。ま、それはおいて、そうは見えんかも知れんが、ルビーも儂もエルマが好きなんじゃよ。なのでエルマの生活を壊さんようにと気を配っとる。じゃから、ふと思うんじゃ。儂らは妖精のようじゃなと。まぁ、儂の飛んどる姿なぞ誰も見とうはないじゃろうが。
「悪いが、儂も茶を所望しても良いかの?」
「あ、はい。すぐにいれます」
「そうじゃ、茶は換えんで良いぞい。その急須の底に残っとる、渋めでぬるく濃いのが良い」
「出涸らしで良いんですか?」
「おう、気を遣わんでくれ」
小倅は手慣れた手付きで、紅茶用のポット(こんな家に急須はないであろう)にケトルから湯を入れた。そのケトルも今となっては珍しい。少し背の高いカタチをしておるが、それは底の部分に礼装が仕込んであるからなんじゃ。このケトルは魔力を送れば火の魔術が発動し、お湯が沸くんじゃよ。儂も日本に持ってきておったが、うっかり空焚きして壊してしもうた。アインツベルンのこれは結構新しいのか、空焚き防止と保温機能があるようじゃ。
こんな広大な森の中にぽつねんと建つ館じゃからな。電気もガスも通っとらんのは当然じゃろう。厨房などは、どうなっておるのかのう? 今も竈という事はないと思うんじゃが、さすがの儂もコンロ型の礼装は知らんなぁ。
「どうぞ。眠気を払うにはお茶ですよね?」
「おお、ありがとさん。若いのに、わかっとるではないか」
何も知らずに日本に来たばかりの頃じゃ。ロシアから西欧に渡った頃なら紅茶も楽しんだものよ。しかし、日本に紅茶はまずなかったんじゃ。それこそ長崎かそこらに行かんとな。おまけに緑茶も高級品の抹茶か、番茶ばかりじゃったな。番茶ってあれじゃ。安っぽい三番摘みや四番摘みの葉や、不揃いで弾かれた葉、茎茶の弾かれた部分などを掻き集めた、正に庶民のための安い葉の事じゃ。
それをな、和紙の上に広げ下から炙って焙じるのよ。これも庶民の知恵よの。安ものの葉が見事に香ばしゅうなるのじゃから。
「士郎君……と言ったかの?」
「はい」
「ほうじ茶は好きかの?」
「結構好きですよ。生徒会室に常備してあって、会長がいつも飲んでいますね」
「そうか、そうか」
穂群原学園のPTA会長は儂じゃった。学園に用事があれば、いつも茶を手土産に持参しておった。職員室も作業員室も意外じゃろうが、校費で茶代は出んものなんじゃ。基本自費なんじゃよ。来客が多いからか、それとも予算を操作できるからかそれは知らんが、良い緑茶が出るのは事務室じゃった。儂は思うたよ。儂なぞに玉露はよいから、先生方に良い茶を出せんものかと。それで手土産なんじゃ。勿論、盆暮れの贈り物も欠かさんし、理事長や校長、事務長と話す時は和菓子も持参しとった。生憎、高齢がたたり今季で会長職は辞任すると既に手紙は出してある。
慎二にはまだ早いのかも知れんが、こういう人付き合いは覚えんとのぅ。返す返すも惜しいのは、この世界の鶴野よ。儂に怯えアルコールの過剰摂取で死んだのじゃが、その資産管理は実に見事じゃった。今居る世界で、魔術師専門の税理士事務所を個人で開けるだけの事はある。これはこれで稀有な才能じゃ。そしておそらく慎二もその才を継いでおる。ならばこそ、海外で暮らしても良いが、間桐家の資産と衛宮家の資産はきちんと見てやって欲しいのじゃ。そしてこのような不労所得のある者程、隣近所(向こう三軒両隣)や町内会の面々にこそ筋を通さねばならん。管理会社に委託して、マンションやアパートの店子は知らん、遠いガレージの賃貸料は覚えておらんようでは、テナントビルやショッピングモールの管理は無理じゃ。年に数回でも良いのじゃ。顔を会わせる機会があればこそ、人はその者を信用しようと思える一歩となるのじゃから。じゃがそれも無理な場合があろう。それ故の盆暮れの贈答品であり、暑中見舞いであり年賀状なんじゃ。
儂は部屋を貸しとる学生にも、年賀状くらいは出しておったぞ。勉学のためとはいえ、遠い土地に来て1人で暮らしとるのじゃ。大家として親に代わって様子を見るのは当然じゃ。そしてそれがまた、事故を未然に防ぎ、孤独死を防ぐ事にも繋がるんじゃ。ま、自殺や孤独死などされては『くり~にんぐ代』が高く付く……と、いうのもあるからの。ハガキ一枚でそれが防げるなら安いものじゃ。
ここの遠坂六代目には余り縁はないが、このような事はあちらの世界の凛には教えてある。いや~、でないとな……。何がどうなっておるのか、あそこの雁夜は間桐臓硯(儂ではないぞ)の実子じゃと言うんじゃ。本当にたまげたぞい。曾孫か孫の嫁を孕ませたちゅうのか? どんな好き者じゃ。言っておくが、儂も大概ではあったが、そこまで鬼畜な真似をしとらんからな。
「あの?」
「何じゃな?」
「お代わり、いかがです?」
「おお、気が利くの。有り難く頂戴しようかの」
そろそろ朝食の準備に掛かろうかという頃だ。この館は厨房へ入るには食堂を通る構造になっている。その昔、人質になった記憶があるが、細かな部分は覚えていない。なので昨夜の夜食作りで厨房に入ったのは新鮮だった。何より2人の女の子のランサーからは刺激を受けた。何故なら一番困るレシピが夜食だからだ。
胃にもたれず、就寝前なので軽く、なおかつカロリーの低いもの。とは言え、大人には立派な酒のツマミとなり、若い女性には十分にヘルシーさをアピールする……。中々思い付かんのではないか? しかし、エルマという2人のランサーはお見事だった。
実は昨夜の時点でクー・フーリンと200人からのアサシンを従える現代の魔術師だと聞いていた。しかも並行世界からやって来た事や、仲間に魔法のステッキになった間桐臓硯と、ルビーという人工知能を持つステッキが居ることも。更には、この世界への水先案内人はどこかの並行世界で『魔法使い』に至った遠坂凜(『りん』の漢字が違う)である事もだ。
『士郎さんには話したんですか?』
『いや……今更何を? 私の轍を踏むな、とでも?』
『ああ、それはどちらでも良いんです。話し掛けるための枕ですよ。私が話したかった重要な部分は、せめて切嗣さんの霊には明かしましょうよ、というお誘いですから』
それは奇しくも、我がマスターの凛と同じだった。
『君はこのような事を毎回?』
『一応学生なので、手の空いた時にだけお手伝いしていますね』
『では、それ以外の世界は?』
『そういうチームがありますから。ですが聖杯戦争までです。その後の世界を築くのは、その世界の人です。私の知り合いがこういう言葉を残しています。『過去の亡霊が今を生きる人々に仇為す真似は許さん』……と』
何とセイバーとは見た目が少々異なる、アルトリア・ペンドラゴンの言葉だそうだ。エルマはホムンクルス(!)であり、鋳造者はこれまた驚きだが、キャスターのマスターであるエルヴァの並行世界存在だという。しかもそちらは男でなく女の子なのだそうだ。
『しかもキャスターの正体は、その『エル様』の過去世です。魂を半分に割って、片方を輪廻の輪に逃したようです』
『つまり半分が英霊の座を持ち、後の半分がこの世を輪回していると?』
『そうです。そこに並行世界の概念と理論が加わりますから。ややこしいですよね。こちらの凛さんも凜さんを知ると大変だな』
思わず魔法使いの存在だけは、凛に話さないでくれと頼んだ。それを快諾してくれたは良いが、交換条件としてジイさんと話せと言われてしまった。あの霊のジイさんは私の養父ではない。だが、胸に残るわだかまりは消えるかも知れないとの事だった。
『だから、あの慎二……いや、臓硯は私に……?』
『でしょうね。そもそも失敗したのも、騙されて世界との奴隷契約を結んだのも自分ですよ。あの士郎さんは、これからもどんどん変わります。あ、オレの時は誰も居なかったのにと言うのはナシ。きちんと周りを見れば慎二さんや桜さんに、藤村先生も居たんです。そういう、ありがたい人々の情を振り切って、中東辺りに行ってしまったのは自分でしょう? 時計塔まで行っておきながら、世界との契約がこんなに酷いものだと知らなかったと言えませんよね。話している意味はわかるでしょう? 授業を聞いていなかったのはあなたなんですから』
愚の音も出ん。
『征服王なら『無知な凡夫が、この世の正義を糺そうなどと烏滸がましいわい』と言いますよ』
征服王とはアレクサンドロス3世の事で、第四次のライダーだったそうだ。セイバーに『村の小娘が王(という立場)を語るでない』と切って棄てたらしい。一見キツいが、その奥にはセイバーの間違った願いを憂う優しさがあるという。
『ですが、その人がどういうタイプなのかも人それぞれです。言葉だけで理解できる人も、誰から言葉を貰ったかで異なります。痛い目に遭ってわかる人でも、どの程度の痛さで引き返せるか、それも人それぞれです。セイバーのような為政者には感情論で語るより、想像しやすい事柄で例えるべきです』
具体的には『過去を変えた場合の後世への影響』だ。これが先程のアルトリアの言葉に繋がる。では、私のような者には?
『『エル様』ならカウンセリングを受けろと話すでしょうけど……それは生きている若い頃にしておくべき事ですね。座に組み込まれたあなたになら、座に来そうな者に来てはいけないと話すべきと諭したいところです』
この部分は私からも補足しよう。来てはいけないと話したくとも、サーヴァントとして召喚された場合は、世界からの制約が掛かって言葉が出なくなるのだ。そして抑止の守護者としてどこかへ派遣された場合、その私は与えられた使命が最優先であるし、そこが日本とは限らない。何より、もう1人の自分が生きている時間だとは限らないのだ。では、そのもう1人の自分と出会うチャンスはどこにある?
それが『第五次聖杯戦争へサーヴァントとして召喚される』事となるのだ。話せないのに出会う機会はそれしかないという矛盾。何より仮に出会っても、それは並行世界の自分であり、既に終わった過去の私ではない。それらを承知の上だから『諭したいところ』という言葉になった。そして次に出た言葉がこれだった。
『大聖杯解体の時に、座に戻る瞬間のあなたを拉致します』
拉致とは物騒な言葉だが、世界のシステムを誤魔化し、強制的に連れ去るのだから間違った用法ではないそうだ。今の私は座に眠る本体ではないが、仮に一分霊であったとしても本気で正義の味方を貫き通せば。それを亡霊である私が達成すれば、それは未練を断ち切った行為とされ座に多大な影響を与えるだろうとの事だった。つまりあのクー・フーリンと同じく、彼女の仲間になれという勧誘である。
信じられないが、彼女のランサーも一分霊でしかなく、その分霊は彼女に取り込まれ、彼女が座となっているのだという。なので彼女や彼女の後継者(子孫ではない)として残す同タイプとの決裂がない限り、私は世界の座に戻らず好きなだけ正義を貫けるらしい。
大聖杯に括られたサーヴァントでなく、一分霊そのものを何騎も支えられる膨大な魔力……それをこの小柄な少女は持っており、またそれができるように造られているのだと明かしてくれた。更にエルマは言う。今後も私をような者を増やし、魔力炉心との併用で現地に残して、『隠し玉』として運用できるようにしたいと。
私は呆れた。こんな者がこの世に居るのかと。こんな者を造る者が居るのかと。
『君の世界の衛宮士郎は何をしている?』
『あの人は穂群原学園卒業後は消防局に。時間の流れの違いであっちは秋ですが、今年の春から新人消防隊員です。冬木の街を護るヒーローさんですね。今は桜さんと婚約していますよ』
それを聞いて何故かホッとした。だから私は彼女の仲間になる旨を検討すると返した。その話は昨夜、厨房の片隅で行われたものだ。それから私の心の奥底で小さな光が熾っている。いや、今朝となっては渦巻いていた。何故なら正式な返答をする約束が、この朝6時の厨房での待ち合わせだったからだ。
とまぁ、以上のような状況だったので、食堂に慎二もどきの臓硯と衛宮士郎が居る事に驚いた。臓硯は中身が老人だろうからわからなくもないが、こうして見ると若き日の自分も年寄り染みているな。まぁ、早起きで渋いお茶が好きだったのは事実だ。ただ、昆布茶は苦手だった。それが若さの証明だなんて言い訳にもならないが。さて、約束の厨房に行くにはあそこを通らねばならん……。
が、よくよく落ち着いて考えれば、霊体化し厨房に行けば良いだけであった。そもそもこの場合、臓硯にバレても問題ない。私が気不味いのは衛宮士郎だけである。そこに気付くとすぐさま厨房に入った。するとそこには朝食の準備をしているランサー(エルマ)が既に居た。本日は1人だ。
「1人なのか?」
「おはようございます」
「おはよう」
「昨日セラさんに、朝食はお任せ下さいと許可を得ていました。これが本当の私です」
言っている意味が、包丁を置き振り向いた姿で理解できた。ランサーという枷を外し元の姿に戻ったという意味なのだと。本当に微妙なのだが、髪の色や瞳の色がランサーの時とは違う。髪は金髪でなく、くすんだような銀髪。瞳はアインツベルンのそれであるのは変わりないが、赤の色味が濃い。
「赤い瞳はアインツベルンの証ですが、この髪は『エル様』が私にだけ与えてくれた色です。妹のトロンメルやヴンダーはもっと明るい色ですよ」
「妹が?」
「ええ、3体同時に鋳造されて。ですから三つ子ですね。とは言え、トロンメルとは同じ世界の同じ学校に通っていますが、ヴンダーだけは『エル様』の世界です」
不思議な事を言う。
「それはまたどうして?」
「それぞれ与えられた役目が違うからですよ。私はエルヴァお姉様の妹として家族に囲まれつつも、お姉様に代わってこうして世界を渡る使命があります。つまり倫敦に行かれたお姉様の補助です。対するトロンメルはアメリカに渡られたお姉様の補助なんですね」
よくわからん。そもそも『お姉様』とは誰だ? また倫敦(都市名)とアメリカ(国名)の並べ方も気になったが、その2国に渡ったという『お姉様』も双子なのか?
人数分の皿に千切りレタスやカラーピーマンなどを盛り付けていく。オニオンスープはとっくに出来上がっていて、後は皿に盛ってパセリを振るだけだ。パンを温める準備も整った。人々が集まったら、2人で目玉焼きを一気に焼く。
そんな作業の間、エルマはエルヴァという姉がこれまで体験した冒険を、掻い摘んで教えてくれた。それを聞いてやっと理解できた。と同時に同じキャスターの転生体でも、女の子の方はかなりトンデモナイ子だとわかった。だが、その2人になったエルヴァという姉には好感が持てた。エルマの姉に対する思いには少々閉口したが。またそこでの家族構成も聞いた。ジイさんが生きていて、アイリスフィールも生きている世界。その2人の実子が三つ子の女の子と夏に生まれたばかりの女の子(ジイさんは女の子しか作れないのか?)、更には彼女と同じ養子ではあるが、英霊に至った並行世界のイリヤまでが居るとわかった。
「イリヤが英霊……?」
「アラヤでなくガイアの英霊なので、今回のキャスター並みに引くのが難しそうな人ですよね?」
ガイアと言われて妙に納得した。
「それで返事なんだが……」
「はい」
「仲間に入ろうと思う」
エルマは私の手を握って喜んでくれた。
「よっしゃ! ブラウニー、ゲットだ!」
私は何かのアイテムか? その後、彼女は契約内容の要約を話してくれた。元の世界に戻れば正式な契約書を見せてくれ、それを熟読し、納得の上で契約を交わそうと言ってくれた。世界と全然違うじゃないか。
口頭なので聞き漏らしもあると思うが、この契約には3種あるという。一つはクー・フーリンの契約パターン。戦いの場を提供する事が確約されており、それと平時の魔力供給がバーターとなっている。仲間なので普段の暮らしの援助もするが、基本は自助努力だ。二つ目はアサシンの契約パターン。こういう出先だけでなく、普段から種々の情報収集や家族の警護など仕事は多い。拠って対価は安心して暮らせる場と食材の提供が、魔力提供とともに盛り込まれているそうだ。また平素の彼らはエルマが起こした清掃会社の契約社員であり、そこで働けば給金も出るという。会社は冬木市のみならず、近隣の市とも契約しており仕事はいつでもあるのだそうだ。
そして最後の三つ目が、私にどうかと薦められた契約だ。先程もチラッとあったが、要は魔力供給アイテムを貸与するので、他の世界に単独で出向し、その世界がより良くなるように後押しして欲しいという事だ。つまりはここに残り、キャスターのマスターであるエルヴァや、ライダーのマスターであるアントニー、そしてアーデルハイド達がやろうとしている事を手伝ってやって欲しいとの内容だった。
そしてそれは生前の私が見落としていた……いや、見えなかった、世界の闇……真の悪との闘いだった。その詳しい内容などは料理をしながら話す事ではないと言われた。ただ、かなり凄惨な事らしい。
「間桐慎二が凛に匂わせていた事だろうか……? そして臓硯が遠坂に来て……」
「ああ、あの警告。あれは凛さんでなく、あなたへの信号ですよ。外に飛ばす事で実力を示し、その後の話の信憑性を高める意味がありました。あの英雄王の宝具を見せたのもそれが理由です。私は体内に『ラインの黄金』という宝具を持っています。そこには今まで斃してきたサーヴァントの宝具が全部保存されていて、そのすべてを魔術との併用で使用できます」
これもまた、彼女の『エル様』がオリジナルだという。そしてこれらの事が何故できるのか? それはアインツベルン本家の歴史と知識の賜物とも言えるが、今回キャスターと出逢って『エル様』は別格だと改めて思ったそうだ。
「おそらく、あのキャスターは1人でも英雄王を斃せます。それができなかっただけで」
「そうなのか?」
「ええ。敵対するサーヴァントを全部冥府に送ればどうなります? 多分そこは、座にも還れないところ……即ち、大聖杯にも小聖杯にも影響を及ぼさない、まったく関係ない場所なのだと思います。それにランサーが放り込まなくとも、あの穴に取り込むくらいできそうに思いません? ただ、あの人はお姉様と同じで、生来優しい人なんでしょう。残酷な行為ができないんですね。また生前の最期は、ある程度お歳を召されていたと思います。なので人生経験も積まれていたのでしょう。あの方の聖杯戦争に対するアプローチの仕方が、マスター達の成長を促していたように思えてなりません」
それはあるか……。そう思えたのは、彼女のギルガメッシュ評を聞いたからだ。何千年も名が残る王だ。彼女の評にも一理あると思えたのだ。
「そのせいで、こちらのアサシンが動きづらくて……。まさか多眼蟲を持っていたり……それはないか。そんな5千年以上も前からとなったら天才過ぎですよね?」
「いや、そう言われてもな……」
私がキャスターの何を知っているというのだ? だがこの言から察するに、裏でかなりの攻防があったようだ。何より彼女のこの分析力だ。相手マスターの事まで考慮するとは大したものだと思うが、これらは『お姉様』の教育もあるだろうが、分裂できるアサシンを運用する事で培われたものだと思えた。だが、それは行動に制限を産む。今までならそれも楽勝だったのだと思う。しかし、今回のキャスター陣営は彼女の計算を相当狂わせたのだろうな。
「そうだな。キャスターが敵でなくて良かったというところか?」
「まったくです。あんな人、カードを全部使っても、持っている宝具を全部注ぎ込んでも勝てないですよ」
「君? もしかして恐れていた?」
「ええ……。最悪死ぬ事も覚悟していました」
相……性……なのだろうか……? ものを異空間へ送るだけだろう? やりようはあると思うのだが……。
「それでは掛かりますよ」
「よし」
食堂がざわめき始めた。私とエルマは並んで目玉焼きを焼きに掛かったのだった。
昨夜、『これはイケる。後学のためじゃ、試してみい』と、お祖父様の薦めでワインを飲んでしまった。香りがどうとか、ボディがどうとか言われても僕にはわからない。それでもワインは何度か飲んだ事があったので、『まぁ、こんなものかな』と思いつつ飲んでいた。
それで何杯飲んだのだろう? それでもって僕はいつ部屋に戻りベッドに入ったのだろう? まったく記憶にない。目が覚めたら朝の7時で、それもお腹が空いたから目が覚めたんだ。服も部屋に用意されたパジャマじゃなく、昨日のままだし。ってか、今日もこれ? しまった……着替えを持ってくるべきだった。
だけどそんなのは後の祭りで、仕方なく僕は洗面所で顔を洗い歯を磨いた。サニタリーセットがあるのは助かった。で、ふと見るとトイレとバスルームまでこの部屋にはあった。フェイスタオルもバスタオルもサニタリーセットと一緒にあったのは確認済み。ササッとシャワーでも浴びようかと服を脱いでバスルームに入った。
それで古風なデザインの右側のカランを捻ればお湯が出た。熱い! これは左の水と自分で調整するタイプだ。丁度いいお湯加減にして髪も身体も洗った。バスルームから出て、不本意だけど昨日の服を着たら8時過ぎだった。それで食堂に向かったら廊下で遠坂とパッタリ会った。
「お早う、遠坂」
「お早う……ぅ~~~」
驚いた。いつもの遠坂とは全然違う。こいつ、もしかして朝に弱いのか……?
「おい、またお父様に叱られるぞ。女の子なんだから、もっと髪を梳いてこい」
「え? 慎二? 嘘!」
「何が嘘なんだよ。ここがどこかわかってるのか?」
「どこ?」
「アインツベルンだよ!」
遠坂はダッシュで部屋に引き返した。そして僕が食堂の席について面々と挨拶を交わしていたら、爽やかな笑顔で皆んなに挨拶しながら、さっき戻ったはずの遠坂が入って来た。えらく早いんだけど、それも魔術なの?
案の定、遠坂のお父さんは少し渋い顔をした。横のお母さんも困った顔だ。衛宮の……義理のお母さんと言って良いのかな? イリヤスフィールやアーデルハイドのお母さんは、朝から娘達とニコニコだ。対する衛宮のお父さんはあくびを噛み殺し、その仕草がエルヴァにそっくりだった。アントニーがしゃっきりしているだけに面白い対比だ。
ちなみにほとんどの人は朝食を終えていたようで、温かい飲み物を頂きながら談笑してるだけだった。今も食べているのはライダーと男の方のランサーだった。あれは遅いんじゃなくて、それだけ食べているからだ。そう思った理由は積み上がったお皿にある。
やがてメイドが目玉焼きとサラダにハムが乗ったプレートと、温かなパンとスープを運んでくれた。いかにもなセットだけど、どれもこれも温かいのが嬉しい。けどシンプルだな?
最後に席に座ったのは奥から現れた『一』……? うん? あ、あれがエルマ……? 僕が戸惑っているとジジイがニヤッとした。やっぱりか。するとこれを作っていたのは、エルマなのか。いや、奥にちらっと見えた。アーチャーもか。
食事の後、僕は昨夜の疑問をお祖父様に尋ねた。
「お祖父様、昨夜の事ですが。ランサーの話していた泥人形って?」
「聞いておったのか。耳聡いの?」
「いや、死ぬ思いをしてあそこ居たんですよ?」
「そうじゃったな。しかし、意外じゃ。慎二がわからんとは。世代かの?」
「え?」
「答えは影武者じゃよ。泥人形とは、影武者を指しておる。あれだけの権勢を誇った王ともなれば、日々命を狙われておったろう事は想像に難くない。しかしじゃ、あそこまで我の強い者の代役が、容姿が似ている程度で務まろう筈もないのはわかろう? となればの。今の言葉で言うなら『くろーん』と言ったところか」
クローン!?
「そ、そんな大昔から?」
「あったんじゃろうなぁ。そも、神とは何じゃ? 人が猿から勝手に進化したと思えるか、慎二?」
どういう……誰かの手が入ったって事……?
「もしかして、宇宙人が何かしたって事?」
「異星の者を指すなら宇宙人で良いじゃろうな。しかし異世界の異星から来た場合は何と言うのかの? 或いは次元の異なる異星から来た場合は? 人であるなら異世界人じゃが、後者なら異世界宇宙人、或いは異次元宇宙人と呼ぶのが正しいじゃろう。じゃが、そういう事を考えん者にとっては一緒くたに宇宙人なんじゃな。そこを切り分けんと太古の文明は紐解けんぞ」
ちょ、ちょっと?
「はぁ……。慎二や……儂らは魔術師じゃ。魔術師とは、この世には他人(ひと)が科学と呼ぶものでは測り切れん別の法則がある事を知っており、それを追求する者達なのじゃぞ? そこで頭を働かせい。猿でも何十万と月日を重ねれば直立もしよう、独自の言語も話しよろう。しかしじゃな? 現代にも残る重厚な建造物を築けるだけの文明は、早々獲得できるものではない。荒唐無稽という固定観念を棄て、ごく普通に合理的に考えてみよ?」
うぇっ?! そ、そういう事なの……?
「ふん……幼い者への教育が必要なのは、個人だけではない。人類全体にも言えるんじゃ。まして、真っ当に歩んで高度な文明を得た者ならそう考えるのは必定じゃよ。よって未開の者に手を差し伸べもする。それが純粋な善意か己の益のためかは別としてな。厄介なのは……自主性や自律性を促さんとしてくれる教師としてなのか、自らの更なる繁栄のために都合良い奴隷を求めて来た者なのかが、強制進化させられた猿には中々わからんところなんじゃ。そしてあのギルガメッシュという男は、巧妙に仕組まれた奴隷である事を見抜き、神と名乗るペテン師達を拒んだ者なんじゃよ」
ええ~~~!
「今どきの者には退屈かも知れんが、ギルガメッシュ叙事詩を一度は目を通すべきじゃろうなぁ。中々示唆に富んでおるぞ? 例えばあ奴の友というエルキドゥはな、そのペテン師が送り出した人造人間であるとか、ギルガメッシュとの友誼から暗殺に失敗し、殺処分にされたとか……な。ギリシア神話もそういう具合に読んでみよ。種として先細る運命にあった宇宙人が、人口増加を求めて種付けに来たとしか思えんぞ?」
た、種付け?!
「南米のインカやアステカは棄て残された人類であろうが、マヤやオルメカは確実にペテン師の奴隷じゃよ。そしてその奴隷文明国家が興った緯度はエジプト然り、メソポタミア然り、どれも似たり寄ったりじゃ。つまりそれより北はまだまだ寒かったんじゃな。そして水辺が近く農業に向いた肥沃な土地があった。ただし、奴隷商人やペテン師が同じ種族とは限らん。もっと寒い方が快適と思える者達もおったろうし、もっと暑い土地の方が良いと思う者達もおったろう。これが黎明期の文明が点在する理由よ」
はぁ~~…………。
「じゃ、巨人なんかは?」
「今季は貯金もないしのぅ」
「は?」
「何じゃ? 巨人、大鵬、玉子焼きを知らんのか?」
何だよそれ?
「お祖父様?」
「冗談じゃ。ポセイドンなど海洋の神はよく巨人で描かれおる。ドナウ文明よりもっと後に入植した種族じゃろうか? ともあれその末裔は徐々に近代化する欧州から逃げ、最後はクリミア半島からロシアに行ったとされとるな。その移動というか逃亡の姿が噂になり、シルクロードを伝わって、巨大な仏像が造られるようになったという説もある。まぁ、大きいというのは、どうあっても目立つしの。何より当時の人より知恵者が多かったのもあったであろうなぁ」
「どうしてロシア?」
「身を隠すには都合が良かったんじゃろ。言語が掛け離れておるのもあるじゃろうがな」
言語?
「言語って?」
「うむ。神話ではバベルの塔の破壊によって人々の言語が乱れたとあるが、どうかのぅ……。儂個人の考えじゃと、あれはAという連盟が宇宙との交信用に建てた電波塔で、中には『こんぴゅうたぁ』が満載じゃったと思うんじゃ。その通信、或いは集積された『でぇた』を壊すためのB連合の攻撃の結果じゃったとな」
電波はお祖父様だ! 何言ってんだ!?
「つまりそれくらい密かに入植しおった者が当時は多かったという事じゃ。そしてそれぞれが人口進化させた人類に言語を指導しておった。これじゃろ? 似ても似つかん言語があるのは? ラテン語があれほど神聖視されるのもそういう事じゃろ? イタリア語から英語やフランス語、スペイン語への変化は人類に拠る方言の変化じゃろうが、ドイツ語だけはドナウ文明を指導した者達の影響を感じるの。そして巨人族はそういうラテン語支配の土地から逃げておるんじゃ。思うに神と呼ばれた巨人と、後世の人口進化させられた巨人は別物じゃろうな。当時は船もままならん時代じゃぞ? すると、徒歩で行けてラテン語の影響のない土地と言えば?」
「それがロシア……?」
「うむ。儂はそう考えておる」
う~ん……正直、俄(にわか)には信じられない。だけど今までの『教え』は全部本当なんだよね……。
それはさておき、これらの話から想像するに、ギルガメッシュという王は人類という奴隷を統治するための奴隷のヌシ、傀儡って事になってしまう。僕は頭がクラクラした。だけど今のアメリカ政府もカバールという者達の傀儡だ。そこに妙な整合性を感じる。これも戻ったら調べてみよう……。
「慎二、1812年じゃ」
「はい?」
「それでも学生か。米英戦争とロシア戦役(露:祖国戦争)じゃろうが?」
「あ」
「どちらも開始は1812年の6月じゃ。でかい戦争じゃぞ。偶然かの? それでナポレオン撤退の原因、英国撤退の原因は? 更にどちらも、ある象徴的な建物が消失しておる。その跡地はどうなった? それらの事も調べてみい」
「は、はい」
その時だ。ある視線に気付いたんだ。それは僕達とは離れた場所に座っていて、仲間が談笑している輪の中にいるキャスターだった。彼女は僕でなく、ジジイをジッと見詰めていた……。何かあるのだろうか? いや、あるんだろうな。僕に気付くと軽く会釈を返してくれた。その感触が、ジジイの言葉の正しさを裏付けている気がした。
「慎二、先日の話を覚えておるか?」
「?」
「ほれ、守護霊は誰しもに憑かんという話じゃ」
「あ、ああ。覚えていますよ」
「その憑くのがな、そういうこのホシ以外から来た者なら?」
「!!? せ、精神体……?」
「さてな。じゃが、肉の身体を持っていようと、そういう事ができるのは『空想科学』ならありがちな設定じゃろう?」
僕はもう一度、キャスターを見た。遠くの声を聞く魔術でも使っていたのだろう。小さな頷きだったけれど、僕にはわかった。そうだよ。威厳のある容姿なら『神』という位に居座れても、人類と掛け離れた姿なら、そういう方法はあり得る。特に長い年月を費やして大掛かりな悪事を働こうとする者には。
これまで悪の親玉とされる者達は、その時その時の情勢や政治バランスで入れ替わって来た。それがあいつらの存在をややこしく曖昧にしている。今の時代にしても、バラバラな国、バラバラな組織、バラバラな階層で暗躍しているのに、決まって統制が取れてるような動きが見えて、その計画がブレていないと思わせるものがある。つまりそれは……その背後には、手足となるものが入れ替わろうとブレない、もっと異常な悪が居るって事か……。
「慎二。親から子へ子から孫へと伝えられてきた、その価値観も善悪の基準も、人生の勝敗の基準も、その胸に抱く信仰心も……、教育機関も数々の会社や団体も、行政も司法も立法府も、我らを取り巻くその社会の構造すべてが植え付けられてきたものだとしたら?」
「え……?」
「慎二や。『世界の創造』とは、今の世界とは違う世界にしたいという願いが根本にあるんじゃ。『並行世界の運営』とは今の世界からの逃亡に他ならん。『魂魄の物質化』も、この次元とは異なる次元に我が身を置きたいが故よ。そこには抗い闘う意思が希薄じゃ。しかしこの広い世には、奴らですらひれ伏す最高の魔術を使える者がおった。それはまさに奴らこそが欲するであろう代物じゃ。それがあの者に伝わっておれば良いの?」
ジジイは一瞬だけど、キャスターでなくエルヴァに視線を移していた。
ブレックファストは、まぁまぁ満足した。サニーサイドがもう少し堅めの方が好みだけど、それはいい。それよりか、ここにはコフェ(コーヒー)がないのかよ? セラに聞けばお茶しかないと言う。紅茶か……。
「ここに入る時、シロウが飲んでたのは何だ?」
「緑茶です。煎れましょうか?」
「いや、いい。あいつ、あんなゴミの浮いたのが平気なんだな」
「ゴミでなくお茶の葉に付いてきた茎の部分です、害はありません。あれが立つと縁起が良いと日本では言い伝えられているそうですよ?」
「そうなのか。ヘンな迷信だな?」
「フフフ……」
セラだけでなくオヤジとオフクロも笑っていた。似たような経験があったのか?
「私も初めて日本茶を頂いた時、ホコリが浮いているので何だと思いました。それが玉露という高級茶の証だと聞き驚きましたよ」
「ハイディもか。ああ、そういうものなんだな?」
「そうそう。ところ変わればですね。私だってカンガルーやワニを食べると言えば驚くでしょう?」
「ワニは食う州があるから知ってるけど、カンガルーか。それは驚いた」
「エルヴァ、『寿司食いねぇ』だよ」
「は?」
ハイディと話していたら、イリヤが不思議な事を言った。スシってロールのあれだろ?
「違う違う。甘いお酢のおにぎりの上にお魚の切り身が載っているの」
「はぁ?」
なんとイリヤは休戦協定の後、問い合わせている間は暇だからと、街に繰り出し色々体験したそうだ。それで、日本の本格的なスシにもチャレンジし、オレの知ってるロールタイプじゃない、生魚の載った本物のスシを食ったらしい。コーベビーフもオコノミヤキというのも食べたそうだ。主人がこんなだから、セラ達もあんなところに居たのか?
それはともかく朝飯後、オレ達は一旦帰る事にした。オヤジとオフクロはイリヤと残るそうだ。ハイディもセイバーと一旦戻り、その後に合流するという。シロウもオレ達と同乗だ。トオサカの方はセラがクルマを出すという。どこに置いてあって、どこから森を出るんだ? 疑問は尽きないが、取り敢えずオレ達は出発した。
戻ったらクロエが飛び出てきた。無事だった事は念話で報告してあったが、心配させたと思う。
「ただいま」
「おかえりなさい、マスター」
オレはクロエをしっかりハグしてやった。エルが言うには、クロエにはこういう接触型のコミュニケーションが欠かせないらしい。これは機能がどうこうでなく、『愛している(恋愛ではない)』『忘れていない』という、わかりやすいポーズが大きな満足感を与えるらしい。
その理由は、どうやらオレがクロエに宿させたスピリッツが、死んだウマかイヌのものだったらしいからだ。入魂の儀式をきちんとした工房で行なえというのは、こういう意味だった。まさかまさかだ。横着したオレが悪いんだが、ここまで知能があるのにウマやイヌ?
『ヒトガタに入れるんですから、脳細胞もそのヒトガタのものです。獲得する知能もその身体があってこそで、魂の種類はそう関係ありませんよ。むしろ昆虫とかでなくて良かったです』
つまりクロエはオレが大好きなのは間違いないし、寝ているとキスもしてくる。でもそれはイヌのそれだと……。ハグして頭を撫でると本当に嬉しそうだ。見えない尻尾が見える気がした。奥が深いぜ。
「ウマじゃないの?」
「いや、これはイヌだろ? な、エル?」
「クロエはクロエで良いではありませんか。ねぇ、アストルフォ?」
「主人を思い、尽くしてくれる。十分だよね」
オレの苦笑いに、皆んなが笑った。