※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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17、鍾乳洞

 キャスター、ライダー組の面々が衛宮と帰り、遠坂親子が帰っても、僕達ランサー・間桐組はアインツベルンに残っていた。

 

「お祖父様、僕達はこのまま?」

「うむ。大聖杯の停止、或いは解体に直接赴く」

「どうしてです。それなら一度家に帰っても……」

「そうはいかんのじゃ……慎二。間桐臓硯を恨むなら恨むがいい」

 

 え?

 

「狂った儂は桜の心臓に、あのアイリスフィールが成った聖杯の欠片を埋めておった。マキリの聖杯を欲したんじゃろうな」

 

 な!?

 

「勿論、ここの桜のそれは取り除いた。じゃがな、慎二。十年も埋められておったのじゃ。一度聖杯に変質し掛かった心臓は、元へ戻るに数年を要する。それまでの間、大聖杯に近づけてはならん。あの釜に眠る邪なる者に桜を認識させてはいかんのじゃ。じゃから、慎二。儂らはお前をマスターに立てたんじゃよ」

 

『マスターに立てた』……? 僕がそう望んで……?

 

「暗示?」

「とまでは行かんよ。お主(ぬし)の心の奥底にある欲を、ほんの少し後押ししただけじゃ。そして今のお前はそれが正解じゃったとわかるであろう?」

 

 まぁ、そうだけど。はぁ~……魔術師って本当に怖いな……。

 

「慎二、詫びとして面白い話をしてやろう」

「何です?」

「アトランティスや、ムー大陸の話じゃよ」

 

 え?!

 

「あったの!?」

「あったとも言えるし無かったとも言えるの。もう少し砕いて話そうか。霊魂はシフトし見えぬようになるじゃろう?」

「ん? ん?」

「異次元とまでは言わぬが、文明を伴う三次元世界は、そこに内在する精神エネルギーによって伴世界を持つんじゃよ」

「はんって?」

「随伴の伴じゃ。伴銀河とか言うであろう? あれじゃよ。先に言っておくが、これは一般に知られる並行世界とは違うんじゃ。儂らの世界を縦糸とするなら横糸の世界じゃ。英霊の信仰と似たようなものでの。あくまでも儂ら全員の精神が生み出した世界なんじゃな。これがよう誤解されおってな……いや、誤認識と言うべきかいの。ほれ、太陽を挟んだ反対側にもう一つの地球があるとかじゃ」

 

 何となくわかってきた。

 

「要は目に見えないけれど、この世界と重なり合ったような世界があって、そこでは本当にムーやアトランティスが沈んだ伝承というか証拠となる遺跡なんかがある?」

「そういう事じゃ。並行世界に行ったやら、異なる文明の世界に行ったやら、チラホラあるじゃろ。時折、真実味のある夢を視たという場合は、脳が生み出した幻想だけでなく、そこを垣間見とる場合もある。そしてそういう世界は正に織り目のようになっておっての。一つや二つでは無いんじゃよ。そういう世界と儂らの世界の狭間が本来の異界と呼ばれる場所じゃ。魔物を呼び出すならそういう横糸の世界のどこかに繋げるんじゃな。これら伴世界は概ね儂らの世界と時間の流れをともにする。拠って平行棒の平行をとって平行世界と呼称する場合もあるの。混同を招くので儂は伴世界と呼んどるが」

 

 へぇ~!

 

「対する本来の並列の方の並行世界は魔法が無ければ運営できん。そちらは過去は一本道で未来は多岐に渡る、正に可能性の世界じゃ。時間軸や選択という概念が常に付き纏うものなんじゃよ」

 

 ああ、なるほど。全然違うんだ……。

 

「お祖父様、それならですよ? その伴世界にも並行世界なんかがあるんですか?」

「うむ、ある。概念的にはこうなるかの……。100枚くらいが綴ってある電話の側に置く小さなメモ用紙。これの紙が無限に重なっていると考えてみい」

 

 ふんふん。きっと時間軸だ。書いたら千切るのでなく、下にあるのが使用済みの過去、上にある白紙が未来だろうか。

 

「思い浮かんだかの?」

「はい」

「では、その綴られたメモ用紙の横に同じ厚さのメモ用紙を置く」

「並行世界ですね?」

「そうじゃ。では、そのメモ用紙が床いっぱいにあったなら、どうじゃ?」

 

 うん?

 

「お祖父様、これは可能性のある方の並行世界モデルですよね?」

「そうじゃ」

「僕が訊きたかったのは伴世界の……」

「わかっとるよ。そこを先に説明せんと間違うんじゃよ」

 

 ああ、段階を踏めと……。

 

「良いかな? 老いた儂は朝目覚めると、軽く喉を潤せるヌルく薄い茶が飲みたくなる。若い慎二なら眠りも深かろうから、本格的に目覚めようと思うのなら濃いコーヒーが必要やも知れん。何れにせよ儂らはそれが日課であったとしようぞ」

 

 好みの話でなく、思考実験の前提条件って事だ。だから僕は理解したという意味で頷いた。

 

「うむ。じゃが聖杯戦争が始まって知り合ったエルマは、慎二の『る~ちん』を破って、コーヒーでなくフルーツジュースを出してきた。普段なら文句の一つも出るところじゃが、ジュースと同時に慎二好みな洋風な朝食も出て来おった。となれば?」

「食後にコーヒーを頼むと言って大人しく食べる……」

「その通り。これで慎二はエルマの後押しで、ごく近くの並行世界へ渡れたんじゃ」

 

 あ! ぁあ……。

 

「となると自分で意識して日常を変えれば?」

「そうじゃ。変えたい、変えようという意識。それがあれば手の届く範囲の並行世界は渡れるものなんじゃ。ここで知っておくべきは、見えない壁によってある範囲に特定される事と、その範囲の世界はジュースかコーヒー程度の違いでしかない似た世界であるという点じゃな」

 

 これはわかる。

 

「では、儂がある範囲と言った、目に見えぬ壁とは何か?」

 

 常識、固定観念……幾つか考えられるけど、これは何が正解だろうか?

 

「クク……認識の仕方じゃから何でも良いんじゃよ。詰まるところは、体験した過去の記憶から求めた整合性が、常識という無意識の枠となり固定観念となるんじゃな」

 

 ふむふむ。

 

「しかしじゃな。この枠は人によって異なろう? 慎二の思い描く常識と、友人の衛宮士郎が描く枠は異なって当たり前じゃ。世で一般的に成功したとされとる者達は、並行世界の事は知らんでも、成功した己へと至るメモへと数々の選択をこなしたが故なんじゃ」

 

 なるほど、一般人が想定する枠の外へ大きく飛んで選んだ先が、極端な大金持ちとかになるんだろうね。

 

「うむ。その飛び石のような考え方でも良いぞ。重要なのは意識して選択するかどうかじゃからな。そしてそこにある世界とは無限にある紙芝居の中の一枚の絵と考えよ」

「え? でもその場合、時間をどう捉えたら良いの?」

「『それでも地球は周っている』。この場合はそちらが『偽』で、今という時間が重なっておると捉えるが『真』じゃな。流れるのでなく重なるんじゃよ。じゃから己を精神的・肉体的に苦しめる選択を、成功した己を強くイメージしながら、自ら選び抜く者が成功への近道とされるんじゃな。さて、ここまでが初歩の話じゃ」

 

 これで初歩なの?!

 

「慎二、霊は精神的次元のシフトした状態の存在と話した。そして今の慎二はそれが見えておる」

「はい」

「つまり今の慎二は少しシフトした状態なんじゃ。そこで精神をもっと鍛え、高次にシフトすれば。山に登ったかのごとく、遙か先が見えようぞ。して、そこにどう着地するかが大事なんじゃよ」

 

 なるほど。

 

「そうですね」

「うむ、今は表面しかわからんと思う。しかしそれで良いんじゃ。どの未来を選ぶのも慎二じゃからな。しかし、決して立ち止まってはいかん。身体も頭も動かせ。それが前に進む精神を育むのじゃ」

 

 健全な精神は健全な肉体に宿る、だっけ?

 

「うむ。停滞とは理不尽に死んだ地縛霊と同じよ。そこに陥れば自ら高次に至る道を閉ざそう。ヒトが前に進む動機は様々あろうが、まずは欲であり、その上に好奇心がある。童(わらべ)の好奇心は、金銭欲とは無縁な純粋無垢の知識欲、その萌芽よ。ヒトは正しく生きるべき道を、生まれた時より既に掴んでおる。が、年を経て世間の垢に塗れ(まみれ)、忘れていくんじゃ」

 

 ああ……。

 

「で、ここからが第二段階よ」

 

 僕は思わず身を乗り出した。

 

「高次に至った精神は先も話した壁の先が視える。拠って遙か先に幾つもの幸せになった己の未来が視える。そうとなれば道は一つでは無いし、異なる幸せもあると識る事になる」

 

 何かあったなぁ、そういう小説。いや、幼い頃にお父様から聞いた話だっけ? そうだ、思い出した。お父様のお話だった。確か主人公は若い頃に悩むんだ。ボクサーの道か、漫画家の道かで。それで漫画家を選んでそこそこ成功するんだけど、どこかでボクサーが良かったと悩んで……そういう館か何かを訪れ、ボクサーを選んだ自分の世界に行き、そこでもそこそこ成功するんだっけか。最後はどっちも違うとなって身体が引き裂かれて終わったと思う。あまり良く覚えていないけど。この話もお父様が昔読んだマンガの話か何かだったと思う。僕はその話が怖くて良い印象がない。だから忘れていたんだと思う。

 そこでお父様はこう言ったんだ。

 

『計算して生きれば問題ないだろうに』

『え?』

『ボクサーなんて身体を動かす仕事は、若いうちにしかできない。だから30歳まではそこで死にもの狂いで頑張る。そして引退後に漫画家を目指せば良い。その方が人生を二度楽しめるだろう?』

 

 そうそう、お父様はそういう人だった。それがお祖父様の抑圧で、どれも選べなくて……。いやいや、あのクソジジイは消えたんだ。今はこのジジイの話だ。

 

「……そして振り返れば、そこには選ばんかったメモが無数にあるんじゃ。そこで気付かねばならん。過去は一本道とは何であったのかと。それは霊長類のみならず、このホシに集う生命すべての総意に拠るものなんじゃ。しかし、個々の過去は一本道でなく、未来と同じく無限にあるんじゃな。勿論、コップの水を飲むか飲まんか程度の変化しかない場合の方が多い。しかし大きく人生を変える分岐点というのはある。慎二、高次に至ると、その後ろにも飛べるんじゃよ」

「か、過去にも戻れるって事?」

「うむ。ただし、かなりの高次にならんと無理じゃがな。つまり生きとる間に高次存在にならんといかんので、ハードルが高いんじゃ。おまけに至るのはあくまでも己のみじゃ。拠ってセイバーのような死んで高次存在になった者は過去に戻れんし、仮に戻れたとしても幽霊じゃから、その時代の者達は変えられんのじゃ。また、生きとる間でも過去に戻るのは自分の意識だけじゃ。そこで考えてみい。信じられぬような成功者の中の何人かは、そういう意識の時間旅行者だと。繰り返せば凡人でも成功できるものよな?」

「何かズルいですね?」

「そう言うてやるな。精神が高次に至った段階で、その者を凡人と断じれるか?」

「あ、引っ掛け?」

「カカカカカカ…………」

 

 もう、ジジイは……。

 

「ゴホン……つまり個々人の並行世界と、世界全体の並行世界は違うって事?」

「うむ、概ねその考えで良い。まぁ、小波と大波のようなものじゃな。そこでじゃ、もう一つの綴れ織りの方の平行世界よ」

「平行棒の方だね?」

「そうじゃ。そちらは総体意思はそうなのじゃが、主に阿頼耶識を持つ人類の観る夢に近い。英霊と同じようなものと言ったのもそこにある。ある種の信仰も影響を及ぼすのでな。端的に言えば人類全体が懐いた『ふぁんたじぃ』の世界よ」

「異世界冒険譚のような?」

「そうじゃな」

 

 後に知った『なろう系』だ。つまり無意識の夢で人気投票して、ある程度のパーセンテージを占めれば、そういう世界がこの世界と寄り添ってできてしまうって事だろうか?

 

「ともあれこちらの世界線(並行世界)であろうと、綴れ織りの世界線(平行世界)であろうと、過去へも未来へも無限に広がっとるのは事実なんじゃよ」

 

 ここでジジイは一呼吸置いた。

 

「慎二よ。アーチャーの正体はわかったかの?」

「はい。信じられないけど…………そういう未来を選んでそこに行ってしまった衛宮……?」

 

 何で、どうしてって思うけど、もうどうにもならないのだ。だってアイツは世界に固定されてしまった存在だから。なら僕は、ここの衛宮がそうならないように仕向けなきゃいけない。

 

「うむ。では奴の、その面白い魔術はどこから来ておるのか?」

「話が繋がりました。綴れ織りの世界のどこか、ですね?」

「そうじゃ。あ奴の遠い遠い先祖は、そことこちらを自由に行き来できたのじゃろうなぁ」

 

 ああ……。

 

「そして子孫の片方は、やがて並行世界も平行世界も……その両方を渡り、それら無限の世界そのものを運営する事を夢見た。それが第二魔法じゃ。もう片方はその繋がった別の世界を、元と寸分違わぬ物が置ける倉庫にしようと考えた。こちらは運用と言うべきじゃな」

 

 もしかして……?

 

「ほぅ? 良い勘じゃな? 第二魔法で気付いたか?」

「いいえ。遠坂の家が魔法を目指しているのは知っていましたけど、第二魔法だったとは知りませんでした。じゃ、衛宮と遠坂は遠い親戚?」

「うむ。千年以上も前の事じゃがな」

 

 そこで僕はジジイを見、何か雑用があるのか姿の見えないエルマを思った。

 

「どこかで、第二魔法を得た遠坂が……?」

「うむ、それ以上はそこに触れるな」

「はい」

 

 タブーなんだろうか。まぁ、ここの遠坂が知れば大変だしな。

 

「でだ、慎二。世界を支配する者達は、その綴ら織りの世界を侵入経路にしたんじゃよ」

 

 ああ! だから以前、異世界宇宙人やらと話していたのか……。

 

「それでの。伴世界は英霊の信仰と似ておると話したであろう? 要は半分精神世界のようなものなのじゃ。よって儂らの考え……総体意思で微妙に変化しよる。また、そういう経路を使う者は決まって儂らの精神に干渉して来おる」

 

 干渉? テレパシーとはまた違うのかな?

 

「精神干渉とは精神攻撃に他ならん。もう少し細かく言えば、精神掌握じゃ。他人を意のままに操る能力を指す。半分精神世界とも言える伴世界を渡り歩くが故か、そのような精神干渉の能力を最初から備えとるのよ。この手の者に掌握されよると、いかな儂ら魔術師と謂えど、たちまち奴らの手先よ」

「そんな。じゃ、まるで僕?」

「そうなるの。じゃが、これに対抗し得る魔術をおそらくキャスターが持っとる」

 

 ジジイの目が細まった。笑みを湛えたその顔は、悪人が悪巧みを計画しているそれだ。僕の身体でそんな顔をするな。だけど、その次に出てきた言葉は希望だった。

 

「そしてそれをあのマスターに、何らかのカタチで伝授しとると儂は睨んどるんじゃよ」

 

 

 

 晩御飯の支度前に桜にも電話を掛けておいた。これで夜は藤ねえも来ないし、安心して小次郎さんに食事を提供できる。実はこの時間まで、ずっと小次郎さんと話し込んでいたんだ。それで小次郎さんが生きていた時代の事を色々と聞けた。最期は慶長と言ってたけれどピンと来ないんで、歴史の教科書を引っ張り出して見てみたら、安土桃山時代から江戸時代に掛けてだった。漠然と江戸時代だと思っていたけど、結構初期なんで少し驚いた。

 

「ハハ……60猶予も死合った事で知られる宮本武蔵が戦国の世の剣豪だぞ?」

 

 その宮本武蔵と小次郎さんは闘っていない。闘ったのは巌流を名乗った『誰か』だという。

 

「誰か?」

「そういう時代だったのだ。徳川で天下がほぼ決まり、戦で名を揚げる時代が終わりつつあった。ならば一旗揚げたいと思う男は剣を磨き、死合って名を揚げる他なかったのだ」

 

 新聞もテレビもない時代、ニュースは瓦版より口コミの噂だったそうだ。そして噂に尾ひれが付いて、お抱えになる場合もあったという。それが百姓の次男や三男に残された、唯一と言ってもいい出世コースだったのだ。そんな時代だから、誰かの名を騙るのも当たり前だったという。強ければ生き残り、一時は本物に成り代わるし、負ければ消える。あの武蔵も4~5人はいたのではないかという話だった。

 

「天下が定まったのでな、百姓から抜け出す最後の機会だったのだ。それ故に剣客がそこらに居た時代であったよ。士郎も勉学で食える立場ではなかろう? ならば腕を活かせる生業(なりわい)を見つけねばな」

 

 それで食後、片付けを終えた俺は、お風呂を沸かしながら小次郎さんに相談した。

 

「ほぅ、正義の味方とやらに成りたいと?」

 

 お茶を一服啜って目を丸くしていた。

 

「生憎、それがどのようなものかを拙者は存ぜぬ。しかし義賊でもなかろう……。そうだな……公儀は悪であろうか?」

 

 これは警察や自衛隊と置き換えて考えれば良いのか? 言葉のニュアンスから組織や団体を指していたようだから。

 

「悪代官とか時代劇の定番だけど、それは個人の問題であって、全部が悪いとは思わない」

「その通りだ。公儀があるから米が安定して天下に流れ、人は暮らしていける。では士郎の言う正義とは、正に公儀であり、味方とはその公儀に仕える事ではないか? 陰ながら誰かの役に立ちたいとの願いも考慮すれば、与力や同心が浮かぶが……」

 

 警察とかに入れって意味だろうな。

 

「が、何れにせよ、まずは己が食っていける生業に定めなばならんだろう。己が食うに困る者が、人助けとは片腹痛いと笑われるのが落ちだ」

 

 そこだよ。

 

「拙者が今の士郎くらいの頃、野盗と成り下がった野武士に襲われた村を見た。親兄弟を殺され、残ったのは年端も行かぬ童(わらべ)のみであった。拙者の持つ路銀では、その子を救けるだけの余裕はない。さりとて近くの寺も荒らされ誰一人居らぬ。どこぞの村に頼むと預けても売られるだけだ」

 

 他に方法が、なんて言えなかった。そういう時代だったんだ。

 

「士郎、まずは養父に余裕があった事に感謝せねばな。また家業でもないなら、継ぐというのもどうであろうか? 養父がどうやって食っていたのかは聞いたか?」

「聞いた。ほとんど賞金稼ぎだったって……」

 

 本当は小次郎さん、俺の事情を知っているんだと思う。だけどお茶をもう一度啜ってこう言った。

 

「ただただ無心に剣を振るった末が今のこの姿だ。一芸に秀でても一生食えるとは限らんし、その者が必ずしも幸福に成れるとも言えん。確かに人が一心不乱に進む姿は美しく見えるものだ。然し乍ら(しかしながら)、機に臨み変に応ず懐の深さも必要であろうよ。まして今の時代は職を自由に選べ、合わねば変えられる。引けぬところまで行く前に、何かが違うと思えば変えれば良い。それができる時代なのだ。それを忘れぬ事だな」

 

 この言葉は、とても耳の残った。なぜなら親父は俺にこう言ったんだ。

 

『重荷を背負わせる積もりなんて無かった。ただ息子が僕の夢を継ぐと言った、その言葉が嬉しかっただけで……。士郎、何もそんな苦しい道を選ばなくていい。僕にそんな積もりはなかった。ただただ、幸せになって欲しい。それだけが願いだよ』

 

 わかるよ、親父。わかるさ、俺だってもう子供じゃない。親父が息子として本当に俺を愛してくれていた事も……。だけど、周りが火だらけで……もう死ぬしかないって諦めた、その最後の最後に俺の手を握ってくれたのが親父じゃないか。その時に親父は『生きていた』、『生きていてくれて、ありがとう』って笑ったんだ。ただ、俺はそれが……その笑顔が美しいと……。

 

 

 

 翌日の朝10時、僕達(間桐組とアインツベルン姉妹に、ご両親の霊)は衛宮の家に向かった。ここでエルヴァやアントニー達と合流して大聖杯の設置された場所に行く。

 

「そうじゃ、鍾乳洞があるんじゃよ。それが造山活動で隆起して山になったんじゃろうなぁ。これは円蔵山だけでなく、冬木を挟んだ冬木山もそうでな。ま、どちらも隠されておるが」

 

 こちらの円蔵山の鍾乳洞は魔術師の暗躍と隠蔽。知らぬは柳洞寺のみ(お気の毒様)。対する冬木山は神社側の隠蔽だという。あちらにはあちらの儀式か何か、隠しておきたい事があるのだとジジイは言った。

 

「何か危ない事?」

「いや、それはないな。儂の知っとる範囲じゃが、一般的では無いにせよ十分理解できるものじゃな」

 

 人道に悖る(もとる)ような事ではなく、本当に宗教的な事だけらしい。きっと倉庫と繋がるんだろうな……。衛宮のためになるなら、全部終わった後に調べてみるのも良いかもね。

 

「士郎く~ん! 遊びましょ~!」

 

 その素っ頓狂な声の先を見ればエルマだった。

 

「しまった。慎二と話しておって乗り遅れたわい」

 

 いい歳こいて何を言ってるんだ? 人様の人生の4~5倍は生きておいて。

 

「それはそれとして見事じゃろ? 隣近所が誰も騒がん」

 

 あ! 遠坂の家の時も! 結界か……。そこでガラガラと門の奥にある玄関の引き戸が開いた。顔を出したのは、衛宮でなく陣羽織の侍だった。それもどこかの藩に仕えているような武士の雰囲気でなく、傾奇者っぽい。

 

「傾奇者?」

「おう、拙者をそのように見てくれるのか……。いや、感じ入ったぞ。そなた、名は?」

「間桐……慎二です」

 

 すると侍は振り返った。

 

「士郎、慎二なる者が遊興の誘いに来たぞ」

 

 奥から衛宮の声が届いた。

 

「はい、は~い。今行きま~す」

 

 声の発生源と思わしき位置が……。

 

「厠であった……」

「……みたいですね。待ってます」

 

 この間、アインツベルン姉妹とご両親は車の中で待機だ。道の遠くに遠坂の父親とアーチャー、ライダー・キャスター組の面々も見えた。遠坂は母親を置いてきたようだ。正解かな?

 全員無事、合流できた時にエルマが、鼻をスンスンさせてから衛宮に言った。

 

「きちんと拭きました?」

 

 ちゃんと手を洗ったか? なら、親しい友人同士でも、半ばジョークとして案外言う場合はあると思う。下品だけどね。だけど、女の子が拭いたかなんて言うか?

 

「エルマ、おま……女の子なんだから、そういう言葉を使うんじゃない」

「そうは言いますが、慎二さん。んこ……の後はキチンと拭いて手を洗う。同じお料理好きだとわかるからこそ、そこは外せません」

 

 僕の中途半端だった『お前』に繋げるな。幻滅だ。哀れ衛宮は顔が真っ赤だった。

 

 ともあれ車を衛宮の家の前に止めて、そこから円蔵山に向けて全員で歩いた。『今日で終わらせる』、それが僕達全員の意思だった。だからか、僕としても柳洞寺への階段は、一歩一歩力強く歩けたと思う。傍から見れば国籍不明で怪しげな団体だけど、気持ちは一つだった。

 

「あの子、結界の張り方が上手だなぁ」

 

 キャスターが英語でなく日本語で呟いた。あの子がエルマを指すのは間違いないけど、日本語なのは僕達に聞かせるためだろう。そしてキャスターはエルマに見せ付けるように、石段から脇道に入る場所で何かの粉を撒いたり、呪文を唱えたりしていた。それを衛宮に説明するエルマ。

 

「あの粉は……?」

『触媒だろう。原材料は何だろうか?』

「キャスターは昔の人だから、動物の骨とか?」

『主原料はそのように私も思うが。凛、目のチャンネルをシフトしてみなさい』

「はい。あ、宝石を砕いたもの?」

『うむ……私もそう感じた。凛、これはもしかして宝石魔術の……?』

「ええ。その始まりを見ているんじゃ……」

 

 この後、キャスターは遠坂やエルマへわかるように、その粉のレシピを開陳していた。これにはジジイも含めた全魔術師が驚いていた。

 

「マスターやアントニーとも相談しました。これを子供達を救けるために使って下さい。王もそれなら許して下さると思います」

 

 キャスターがギルガメッシュと同時代の人で、何か関係があったのは皆んな知っていたし、感付いていた。だけどイシュタル神殿の巫女だとは知らなかった。自陣には話していたようだけど、遠坂も僕も驚いた。

 やがて僕達は洞窟の入り口に着いた。こんな行き止まりにしか見えない場所に入り口があったんだ……。崖から落ちそうな恐怖心を克服できても、何もなければもう一度落ちそうな道を引き返さなきゃいけない。その程度の計算は子供でもできる。おまけにその崖っぷちの獣道に出るまでに山を4分の1周はしなきゃならない。これが天然なら、魔術師でないと気付かないかも……。

 

「へぇ~、こんな場所が……」

『待ちなさい、凛。何故知らない? 私の残した資料が……』

「どうも、綺礼に棄てられていたみたいです」

『ああ……何という事だ……』

 

 大袈裟な人だなぁ。そんな空から天が落ちてきたような顔なんかしなくても……。

 

「時臣はうっかり者ではあるが、計算はしっかりするタイプでな。それが元弟子に狂わされ、挙げ句自分が死んだ原因でもあるからの。それに慎二、これは遠坂家の魔術師としての教えが断絶した状態なのじゃぞ? 誰だって嘆くわい」

 

 まぁ、そうなるだろうか。しかし、酷い神父だねぇ。おっと。

 

「慎二、暗いから気をつけろよ」

 

 こういう場面では『大丈夫か』だけで良いんだ。英語でもアーユーオーケーだろ? お互い初めて来た場所だってのに、どうしてコイツは上からモノを言うのか。ああ……そうだったね。悪気がなく無意識なんだ。言葉ベタで、相手の立場や感情を考えていない。それが衛宮の悪い癖だった。何度口を酸っぱくして言っても衛宮は……。

 

「慎二、飲まれるでない」

 

 え?

 

「大聖杯から漏れとるアンリ・マユの悪しき想念じゃ」

「あ……僕?」

「うむ。そのエーテル体で影響が出るか。これは相当じゃの。そこで少し話し合おうぞ」

 

 そうして入り口からの明かりも届く、まだ10メートルも進んでいない場所で僕達は相談を始めたんだ。

 

「衛宮切嗣、遠坂時臣。お主らは、この瘴気の漏れ方をどう見る?」

 

 ジジイが前回の参加者に尋ねた。

 

『目的が災害の発生なら……』

『ああ。最初から仕掛けられていたと見るべきだ』

「うむ。焚べるものも、想定以上に用意しておったようじゃな。となると……サーヴァントを前に出して進むのは危険じゃぞ?」

『大聖杯の設置場所まで行くと、中身も溢れている可能性がありますね?』

「どうじゃろうな。キャスターはおるか?」

「はい」

 

 ジジイはキャスターを呼んだ。

 

「お主に遠見の魔術はあるかの?」

「あります」

「魔道の偉大なる先人に失礼じゃが、どうかこの未熟者にその妙技を見せて下さらんかの?」

「フフ……どうぞ」

 

 するとキャスターはどこからか巨大な蟲を出した。カタチとしてはダンゴムシだ。異様なのはその背中。甲殻にびっしりと眼球が付いていたんだ。

 

「ひっ」

「ええ~~!」

 

 遠坂の小さな悲鳴とエルマの驚いた声。

 

「これって『エル様』の多眼蟲?」

「の、遠い原型じゃろうの」

「ああ、あなたの造物主も似たようなのを?」

「あ、はい」

 

 それを見て衛宮は目を丸くし、アントニーはともかくエルヴァはブツブツ言っていた。やがてキャスターがエルマに説明しながら、その不気味な蟲と意識をシンクロさせた。

 

「ああ……」

「何じゃな?」

「奥で……騎士団が自ら進んで触手に……」

「教会の騎士団かえ!?」

『ここまでするか……』

 

 自殺? これを殉教とは言わないだろう。だけど相手はどうあってもこの街に災害を起こしたいらしい。

 

「まさか、他にも子供達を囚えている基地が? セイバー!」

「はい!」

「部隊と合流しての再捜索ですね? 『百貌』、応援に行って! 小次郎さんは間桐へ!」

 

 そうしてセイバーとアーデルハイドが明かりの方向へ駆け出した。と同時に、僕達を取り巻く陰も出口に移動した気がした。その姿は全然見えないけど、きっと命令を受けたボディガードのアサシン達だろう。

 

「ハイディ!」

「イリヤは皆んなと一緒に! 私、行かなくちゃ!」

「気を付けてね!」

 

 そうそう、気を付けろなんて言葉はこういう時に言うもんだ。

 

「エルマ、どう見る?」

「キャスターさんの返事を待ちましょう」

 

 男版のランサーにエルマが答えた。

 

「どうじゃな?」

「最悪です。この先は霊体の方やサーヴァントは行かない方が良いでしょう」

「やはり、そうなったか……」

 

 ライダーがエルヴァ達に通訳していた。

 

『どうします?』

「エルマと儂とキャスターで行く他はないじゃろうの」

『ですが!』

「時臣、主(ぬし)と衛宮切嗣は行けん。これはアイリスフィールもじゃ」

『くっ……』

 

 遠坂の親父さんと衛宮の親父さんが呻いた。だけどこれは仕方ない。

 

「そしてこれより先は耐性のない人間でも難しいじゃろう。ランサーは一旦エルマに戻れ。イリヤスフィールもバーサーカーを絶対に出すでないぞ。餌と見做して寄って来おるからの。キャスター、消えるやも知れんが聖杯を頼みますじゃ」

「わかりました」

 

 ここでエルヴァが言った。英語だけど。

 

「マスターのオレも行くぜ」

 

 続いてライダーも。

 

「ボクも行くよ! だろ、アントニー?」

「仕方ないなぁ」

「おい、アントニー!? お前達まで危険な真似を……」

「仕方ないんだ、これがアストルフォだから」

 

 アントニーとエルヴァが揉めていたけど、アントニーが押し切ったようだ。

 

「衛宮士郎、行くぞ」

「おう!」

『士郎、君まで……。危険だ』

 

 するとアーチャーが振り返り、衛宮の親父さんにこう言った。

 

「一度、あの泥に飲まれ呪われた私達だ。他の者より生存確率が高い。ジイさん……士郎は必ず返す」

『士郎────っ!!』

 

 ここでそういう事を言うのか。キザな奴だ。

 

「遠坂、令呪」

「わーってるわよ! アーチャー、絶対に戻れ! 衛宮士郎とともに帰りなさい!」

 

 それを皮切りにアントニーやエルヴァも令呪を切った。そして僕は杖を握っていた。頭がスースーする。

 

『儂らも行くぞい、慎二』

 

 ジジイは杖に戻っていた。

 

『転身ッ!』

 

 ぎゅぎゅ~んと不思議な効果音と、洞窟なのに背後に爆発するイメージを背負った僕は、ぴったりタイトな全身スーツに身を包み、頭はヘルメット。長手袋にブーツと、まんまどこかの特撮ヒーローみたいになっていた。

 

『説明しようかの。魔術戦士シンジは戦闘の際、コンバットスーツを蒸着するタイムは僅か0.002秒に過ぎんのじゃ』

 

 何言ってんだよ!?

 

「慎二、良いなぁ……」

「衛宮……お前のヒーロー観、まるっきり幼稚園児だ……」

「えっ?」

 

 それで僕達は出発した。イリヤスフィール達は衛宮と遠坂の親父さん達が石段まで連れて行き、そこで待機する事になった。

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