※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

19 / 129
第一章最終回です。短いです。


19、明日に向けて

 子供達を載せたバンを見送る時、変身を解いた衛宮はとても満足そうな顔をしていた。その分、エルヴァとイリヤスフィールが不満そうだった。だけど、地上での子供の搬送をしていたのはエルヴァとイリヤスフィールのバーサーカーだし(セイバーも手伝っていた)、応急手当をしていたのはエルヴァとアーデルハイドだった。勿論、手当はエルマもジジイも手伝っていた。

 全員船に乗っていると思っていた地上部隊が、何人か陸に残っていて助かった。とは言え、手配が間に合わなかったのか、アーデルハイドは自分達の車も提供してしまっていた。だから帰りは皆んなと一緒にエルマの空間転移だった。

 大聖杯の前で各々が話し合っていた。アサシンの差し入れでジュースとパンが配られた。それを齧りながらの歓談会だ。それはまるで、卒業生を見送る茶話会だった。

 暗い中で聞こえてくる主従の会話。それはこの数週間の時間が終わりを告げるのを惜しむ気持ちに他ならない。エルヴァの声が震えている。見えないけれど泣いているのかも知れない。イリヤスフィールは完全に泣いていた。しゃくりあげる声が跡切れ跡切れに聞こえる。

 

「セイバー、ありがとう」

「いいえ、シロウもお元気で。困った事があればアーデルハイドやエルヴァにお聞きなさい。勿論、イリヤスフィールやシンジにも。あなたは1人ではない。私が1人でなかったように」

 

 ここは爽やかだな。アーデルハイドが大人だからだろう。

 

「慎二はエルマに言う事はないのか?」

「桜の事もあるし、家に帰るまでは居てくれるんでしょう?」

「そうじゃな」

「お祖父様?」

「何じゃな?」

「どうして、あの小屋の中に入らなかったんですか?」

「儂か? それは簡単じゃ。エルヴァとアーデルハイドを引き止めるためじゃよ。あの2人に釣られてイリヤスフィールまで入ってみろ。衛宮切嗣が動けんじゃろうし、残したアイリスフィールも困ろう?」

 

 納得だ。

 

「それに今回は慎二の意向を汲み取っての。衛宮士郎が自分で役に立った、人を救えたと思える事が重要なんじゃよ」

 

 ますます納得だった。僕は充実していた。何とも言えない達成感があった。

 

『マキリ?』

「おぅ、ユスティーツァ」

『エルマから聞きました。あなたは並行世界を巡ってこのような?』

「うむ。ユスティーツァ……主(ぬし)と永人との3人で夢見たものは、間違っておったのかのぅ」

『年月をかけ過ぎましたね。マキリ、あなたの罪は私が持って行きます。あなたは何も変わっていなかった』

「ユスティーツァ……」

 

 そんな皆んなの惜しむ声をかき消すように、ユスティーツァさんから終わりを告げる言葉が響いた。

 

『では、大聖杯を破壊して下さい』

 

 マスターはエルマの近くに集まった。セイバーが剣の封印を解いていった。その切っ先にだけ、風が暴れている。やがて伝説の剣は、見事なまでの造形美を黄金の輝きで以って誇示していた。誰しもが息を呑むしかない圧倒的な存在感。セイバーは大上段に剣を構える。その輝きはこの広大な洞窟を照らすに十分だった。だから皆んなの表情も見えた。感極まっている者、止めどなく涙を流す者……。

 

 時は満ちた────。溜めに溜めた聖剣は、裂帛の真名開放で大聖杯を木っ端微塵にした。

 

 破片も何も飛んで来ないのは、きっとエルマが結界を張っているからだ。その光の奔流の中で、エルヴァとキャスターの抱き合うシルエットが見えた。桜辺りには見せられない、濃厚なキス。でも僕はそれを美しいと感じた。

 

『イリヤ、ここの君は良い妹弟に恵まれた。幸せにな……』

 

 !?

 

「……バーサーカーの声じゃよ」

 

 そう教えてくれるジジイの声も濡れている気がした。

 

「ちゃんと言えた?」

「何をじゃ?」

「好きだったって」

「マセた事を言うでない。百年早いわ」

 

 まぁ、二百年越しの恋なんだものなぁ。

 

「アーチャー……私」

「ああ、適当に頑張ってくれ」

「どういう意味よ!?」

「肩の力を抜けという意味だ。君は真面目過ぎ、痛ッ! 強化した腕で叩くな!」

 

 そうしてアーチャーは消えた。僕のシンジ・アイはガッツポーズを取るエルマを捉えていた。セイバーもバーサーカーもキャスターも、キャスターが召喚したアサシンも消えた。この時に僕は初めてそのアサシンを見た。ライダーとアントニーは消えるサーヴァント達に手を振っていた。転んでもただで起きないのが魔術師なら、エルマとアントニーはさすがだ。

 洞窟を出る時、幽霊も消えていた。きっと降霊したキャスターが消えたからだ。衛宮とエルヴァは似たような仕草で拳を握り空を見上げていた。対するアーデルハイドとイリヤスフィールは、何故かニコニコして手を繋いでいた。ついでにアントニーとライダーも。

 

 

 

 聖杯戦争は一旦終わった。あの日から4日が過ぎた。事後処理は遠坂とジジイが組んで行った。倫敦へ書類を送り付けるだけで済ませたのだ。エルヴァ達を空港で見送った後、エルマは森へ行き、セラとリーゼリットの延命処置をした。これに2日掛かった。その後、アーデルハイドやイリヤスフィールとともに、4人は飛行機でオーストラリアに帰っていった。大勢の子供達は治療が済めばわかる範囲で親元に返し、それが無理ならオーストラリアで引き取るらしい。もう、千人以上も引き取って学校に通わせていると聞いた。金持ちだな。皆んなとはアドレスと電話番号の交換をしたので、いつかまた逢えると思う。

 

 そしてエルマとジジイにランサーやアサシン、そして今やエルマのものとなったアーチャーの帰る日が来た。

 

「遠坂には何も言わないのかい?」

「もう良いだろう。あいつは上手く自分の道を進むさ」

「アーチャー……いや、衛宮。こっちにまた来るのかい?」

「慎二達が大人になってからだがな。一応その予定だ。それまでアイツを宜しく頼む。頼りない奴だと思うが……」

「任せろ。鍛えておくよ」

「安心だな?」

「当然でしょ」

 

 そうして僕とアーチャーは拳をぶつけあった。桜はエルマに抱きついてわんわん泣いていた。そんな桜を宥めながら、僕達は円蔵山の中腹まで行った。エルマ達が光に包まれ目の前から消えた。迎えに来ていた女性に僕は気付いていたが、敢えて無視した。遠坂には絶対に言えない。アーチャーと同じく至ってしまった存在だ。

 

「これで兄さんと2人かぁ……」

「僕とじゃ嫌なのかよ?」

「いいえ。広い家だから、寂しくなるなって……」

「そうだな……」

 

 だけど、家に戻ればダイニングテーブルの上に大学ノートが5冊くらい置いてあった。中身は全部手書きのレシピと調理に於けるコツだった。桜はそれを胸に抱いて、また泣いていた。

 僕はお湯を沸かし、桜に紅茶を、僕にはコーヒーをいれた。エルマらしい綺麗だけど、どこか丸い文字。大事なところをマーカーでなく色鉛筆で薄く塗っているのもらしい気がした。

 

「兄さん?」

「ん?」

 

 桜からハンカチを手渡された。ああ……。僕も泣いていたのか……。

 

 

 

 

 

 2008年某月某日────。

 シカゴの空港には、アードリアンさんからの迎えが来ていた。笑顔で手を振ってくれる相手はセラだ。と言っても、彼女はイリヤとともにオーストラリアに居るセラではない。おまけに名前もセラでなく正しくはセーラだ。3年ほど前にアードリアンさんに頼まれ、あの時のセラを思ってオレが鋳造したホムンクルスだった。

 お客であるレオンさんから荷物を受け取ると、軽々とそれを持ち上げ、クルマまでオレ達を先導してくれた。駐車場に停まっていたクルマは、以前のリンカーン・アビエーターからキャディ(キャディラック)の3代目エスカレードに変わっていた。相変わらず重そう(防弾、対地雷対策済み)なSUVだ。それが2台も待っていたんだ。

 クルマは一路、ファーウエストサイドへと走った。シカゴ随一の高級住宅街だ。そんな一角にアードリアンさんの豪邸があった。

 

「これが?」

「ええ。ヒラリーとメルケルのポーランド時代の資料です……」

「わかった。で、そちらの写真がターゲット?」

「はい」

 

 通された広いリビングには、屋内なのに人口の小川があって、そこで知らない魚が泳いでいた。レオンさんがアードリアンさんに見せていた写真を、オレにも見せてくれた。写っているのは、細面の黒人男性だった。

 

「名はバリー・ソエトロ。父親こそケニア出身となっていますが、コイツはフィンランドにある地下施設で産まれ、ガチガチに教育された、奴らの最終兵器です」

「レオン君……君。コイツはイリノイの上院議員で、次の大統領候補じゃないか?」

「はい。ですが、コイツが大統領なんて」

「この出生記録は本当に?」

「本物です。登録はインドネシア。この段階で候補どころか上院議員も……」

「デタラメを通していたって事か……」

 

 そんな2人の指す、この男の偽物を鋳造するのが今回のオレとアントニーの仕事だった。要は人間の入れ替えだ。

 

「しかもコイツの女房が……」

「ビッグ・ミッシェル?」

「マイケルです」

「オ~……」

 

 もう一枚の写真にあるオカマも造んなきゃならないらしい。

 

「で、本人達は?」

「手配は済んでいます。あなた次第でいつでも」

 

 後はオレ達のスケジュール次第だった。こんな替え玉にも使える高度なホムンクルスの設計図が、クロエには幾つも幾つも仕込まれていたんだ。それだけじゃない。太古の魔術の術式までもがクロエには仕込まれていた。しかもそれを読み解くのはオレでないと無理だった。勿論、エルの仕業だ。

 

「材料はある。エルヴァ、何日必要だ?」

「2日でやります」

「OK。レオン君、それで良いかな?」

「十分です」

 

 さて、これだけならレオンさんも、オレとアントニーへの直接依頼でも良かったって事になってしまう。まぁ、本格的な人体用工房なんてここにしか無いんだが。

 

「それとですね、『彼』を紹介して頂きたく……」

「ああ、『彼』。別に『彼』は私の部下でも何でもないから、直接会って交渉したまえ。エルヴァ、案内を」

 

 てな訳で、クロエをセラに預け(実質姉妹なので仲が良い)、オレとレオンさんは『彼』の居る場所に向かった。アントニーはアストルフォと残った。アントニーにはアードリアンさんから別件の仕事があったからだ。

 

「ここ?」

「イエス。このクルマが目印ですよ」

 

『彼』に会える店はシカゴの中心(セントラル)より南(サウスエリア)、ファーサウスイーストサイドから少し外れたところにあった。居れば店の前にホンダ・エレメントの二代目が置いてある。無ければ留守だ。このSUVは内装が水を弾く素材なので、サーファーやライフセイバーにウケが良い。オレも金があったら、ちょっぴり欲しいと思ってるんだが、今のピックアップ、ハイラックスで十分だ。何せ壊れないし。マーティもあのタフさに憧れたんだと思う。

 ああ……今更だけど『彼』とは、あのフユキで知り合ったアーチャーの事だ。エルマから魔力を維持する礼装を渡され(アストルフォもエルマからこっそり受け取っていた)、派遣という形でこっちに小さなレストランとデリカッセンを開いている。開店してかれこれ3年になるが、ディナータイム専用のレストランは、ジャパニーズでもチャイニーズでもフレンチでも南部料理でも、希望を言えばその日に入っている食材で作ってくれる『何でも料理店』だ。一応メニューはあるんだが、常連なら予算と好みを言って、お任せで作って貰っている場合が多いように思う。また高級なものは置かないので思ったよりも安い。

 デリカッセンの方は営業時間が10時~15時の間だけで、ビュッフェのようにその日並んだ料理を容器に取ってレジで支払うスタイルだ。これはテイクアウェイ(テイクアウト)だけでなく、隣のレストランで食べる事もできる。ありふれた食材しか使っていないのに、アメリカンには思い付かない料理になっているからランチタイムともなると客で溢れかえる。

 アーチャー曰く、ありきたりなジャパニーズの家庭料理ばかりなんだそうだ。だけど、オレはここで初めてバーガーじゃないハンバーグ・ステーキってのを食ったんだ。そのルーツはドイツはハンブルグのタルタルステーキやミートローフにあるそうだけど、それが何故かジャパンでは家庭料理の定番で、焼くだけでなく煮込んだり色々な調理法があるという。こいつと、ライスにカレーというスパイス・ソースが掛かった、インド料理じゃなく日本式のものがこの店の名物だった。

 こういうスタイルの店なので、レジ係兼ウェイターとアーチャー以外の料理人など、総勢5人がこの店で働いていた。デリバリーも考えていると話していた、かなりの繁盛店なんだよ。

 カランと扉を開けて中に入れば、扉近くのテーブルを陣取る馴染みの顔がニヤッとして、奥に声を掛けてくれた。

 

「誰かと思えばエルヴァじゃないか。客人か?」

「ああ。あんたに仕事を頼みたいらしい」

 

 それでレオンさんとオレは、アーチャーが薦めてくれた最奥のテーブルに着いた。

 

「単刀直入に言おう。私はアレ関係でしか動かんし、それなりに高いが?」

「わかっています。私の瞳で気付いていると思いますが、私はノイントの手の者です。連絡係に任命されたばかりで、今回が初仕事なんですよ。それで彼とアードリアン氏に先に会い……」

「ああ、そういう事か。前の彼女は?」

「結婚で引退です」

「わかった。よろしくな」

 

 そこで初めてアーチャーは笑顔を見せ、レオンさんと握手した。連絡係の交代。数年に一度はあるものらしい。だけど、これだけの手順を踏んだ意味は、アインツベルン本家がそれだけアーチャーを高く買っているからだった。もう言うまでもないだろう、彼の裏の仕事もまた『何でも屋』だった。ただし敵は『あいつら』に限られていた。そしてそれは本家の祖父さんも、オーストラリアのハイディも同じだった。

 

「エルヴァ、アデレードから連絡があった」

 

 顔合わせと依頼も済み、そろそろ帰ろうかという段になって、アーチャーから話し掛けられた。

 

「2人の語学留学が終わるので、ここで働かせてやってくれないかとな」

 

 その2人とはシロウとシンジだった。彼らは語学留学先にアメリカでなくオーストラリアを選んだ。それはオレとアントニーが、その頃時計塔の学生で英国だったからだ。またこの時計塔時代から先日まで、アストルフォは祖父さんからの仕事をこなしながらヨーロッパ中(主にフランス)を旅していた。昔(かつての騎士団の仲間)を偲んでの旅だったという。なお、リンも2006年の春から時計塔に入っていて、多分今年いっぱいか来年の秋まで残るそうだ。

 最終的にオレはバリュエ(創造科)だったけど、アントニーはノーリッジ(現代魔術科)だった。だからルヴィア(彼女はキシュア(鉱石科の中の宝石科)とノーリッジ(現代魔術科)の掛け持ち)を挟んでリンともよく話していた。勿論、アストルフォやアーチャーの事は秘密だった。それは彼らがエルマから受け取った礼装の存在を時計塔に漏らさないためだった。

 

「シロウめ。オレんとこじゃないのかよ」

「兄貴としては面白くないだろうが、今度は学生のアルバイトでなく、働きながらの料理勉強だ。それにカリフォルニアより、情報の集まるここの方が慎二も伸びる」

「そうだな」

 

 この後、オレとレオンさんはアードリアンさんの家に戻った。今夜から2日ほど工房で缶詰だ。

 

 

 

 

 エルヴァとノイント老からの新しい連絡員を見送った私は、厨房での作業に戻った。

 

「ボス、楽しそうですね?」

「そうだな。エルヴァと逢うのは久し振りだったからな」

 

 彼女は私のアシスタントで、私に代わって店を任せられる料理人兼経営者の卵でもある。客は気付いていないが、彼女は『エル』が私のために造ってくれたホムンクルスだった。もっと言えばこの店のスタッフは5人中3人が人造人間(ホムンクルス)だ。内訳はキールが『エル』作、パンナがノイント老謹製、レナがエルヴァ&アントニーの作である。残る2人の人間は1人が近所の学生、もう1人が主婦……と、こんな具合で私以外は女性ばかりであった。これには理由があり、店を構えるにあたって、それぞれの鋳造者が商売に疎い私を気遣ってくれた結果だった。

 あの聖杯戦争後、私はエルマやゾウケン達とともに、半年の予定で彼らの世界でレクチャーを受けていた。それは私の希望もあって半年を越えたのだが、実際のカレンダーは1年を越えていたと思う。この期間的ズレは、エルマと彼女の言う『お姉様(アメリカのエルヴァ)』の薦めで、エルマの世界だけでなく、『エル』の世界などにも行っていたからだ。

 中でも『エル』の世界が一番滞在期間が長かった。そこで私は料理に生き、料理で世界平和を願ったエミヤシロウと出会い、彼の妻の大魔導師リンと出会い、私と同じ4番目というアーチャーに出会った。そしてそこで不思議な事を体験した。それは奴の彼女であるセイバーが、私の知るセイバーではないという事実だった。これに関しては『エル』と彼女の義兄でもある2番目(!)のアーチャーの説明が詳しい。

 

『そもそも私が100人からの衛宮士郎の統合体なのだよ。となれば生前、100人のリンやセイバーに出会っている。むしろ気にすべき点はそこではなく、貴様は明らかに4番目のアイツと座を共有しているのにも関わらず、統合されていないところだ。リンの不手際だろうか?』

『違うわよ。シロウの座の下にアンタ達の座が置かれたんだから、私としたら座に蓋をして、新たに入ろうとするエミヤを弾くのも思いの儘な状態なの。そんな風に弾いているのに入って来た。世界も抵抗してるって事ね』

『それだけ人々が『正義の味方』を求めているって事だ。きっとお前の生きた世界は殺伐としていたんだろうなぁ。その男版の『エル』が居る世界に行くなら、料理を学び直さないとな』

 

 そんな訳でシロウや4番目、2番目からプロの技術をみっちり仕込まれた。それで私は食事というものの偉大さを改めて知った。と同時に調理そのものが宝具の域にある者の恐ろしさも知った。そうやって見識を広められたからだろう。『エル』の姉であるアルトリアに出逢っても動揺しなかったし、海外から戻った彼女の夫(ギルガメッシュ!)に出逢っても、驚きこそすれ事情は飲み込めた。

 そんな彼は私を何度か飲みに誘ってくれた。この理由も単純だ。キャスターの話を聞きたがったのだ。この王が言うには……。

 

『性格はエルヴァに似ておったな。が、あり方は『エル』よ。そ奴は財を冥府に送られたのではないか?』

 

 まったくその通りだった。これはコレクターとして堪らないダメージなのだそうだ。例えば十で一揃いの物が一つでも欠ければ価値は落ちるものだ。なので欠かさぬよう大切に扱う。また世間の評判だけでなく、自分で決めた優劣の順、愛着の順などもある訳だ。それくらい思い入れがあり、自分だけが識る価値もあるのだ。それをして別の王は『価値厨』という言葉を使ったそうだが、これは納得だ。

 何れにせよキャスターはギルガメッシュの天敵であり、私の天敵でもあった。絶対に勝てない相手なのだ。

 

『戯(たわ)け。貴様の固有結界如きでどうこうできるものか。その世界ごと冥府という永久に還れぬ異界へ送られるわ』

 

 つまりサーヴァントという一分霊が座からロストする。あのキャスターは、そういうチカラを持っていた。ここまで言えば暴走したアンリ・マユ以上の『英霊の天敵』だったのがわかるだろう。

 

『だから彼女を避けたのか?』

 

 これは声に出さなかった。事情はエルヴァに聞いて知っていたのだ。そして避けたのはきっと王としての彼を支えた当時の人々であり体制であったと、それもエルヴァから聞いていたからだ。そんな事を察して、涙も見せずに彼女を見送ったエルヴァ。彼が居るなら、あそこの衛宮士郎も間桐慎二も輝いて生きていける。そんな確信があったから、私は戻ってあの世界を担当しようと決心できたのだった。

 そして研修期間(?)を終えた私は魔導師の手によってエルヴァ達の世界に帰った。まずはリンやエルマの助言通り、その世界のノイント老と連絡を取った。そこで紹介されたのがアードリアンだった。シカゴ在住の事業家であり、ジ・アウトフィット(主にサウスサイドを根城にする、禁酒法時代からのギャング。あのアル・カポネはここの3代目ボスだった)にも顔が利く、かなりの遣り手だった。

 そんな彼に自分の計画を話し、この店を構えた訳だ。勿論、開店資金はノイント老持ち。店の入っているビルはアードリアンの持ちビルで、『出る』と噂の格安物件だった。実際出たが、今は大人しくしている。正体はヤク中で死んだ白人男性と、喧嘩に巻き込まれて死んだ黒人男性、流れ弾で死んだ白人女性、その他諸々だった。

 このビルは地上階が店舗で上の階はアパートになっている5階建て(アメリカ式に言うと4階建て)ではあるが、そこらにあるビルと同じで、人目を引く特徴も何もない古びたビルでしかない。しかしアードリアンが言うには、この街や道路の造りが、このビルに幽霊を集めてしまう結界になってしまっているのだそうだ。つまり取り壊さずにこれが建っていると、その周囲は平穏になる。そう考えて今まで残してあったのだ。

 そんな場所を私に紹介したのは、決して彼の悪意からではない。その街の構造から来る結界は、幽霊だけでなく人が寄り付きやすい効果もあったのだ。だから私の店と並ぶ店も全部繁盛していた。飲食店は私と2件隣のケバブ・ドッグ屋だけだが、美容室も歯科医院もこんな下町なのにそれなりの人が通うような店であり医院だった。だから私も迷いなくそこを契約した。ついでに住まいもそのビルの5階にした。理由は5階が全室空きだったからだ。そして今は縦にキール(私の下)やパンナ(その下の3階)にレナ(更に下の2階)が住んでいる。それらの部屋が、全部『出る』部屋だった。

 勿論、行き過ぎた人への敵愾心がある霊は確保してある。私にそういう能力があるのでなく、そういう霊を押さえつける効果がある剣をシロウが見せてくれたのだ。除霊・魔力補給・退魔などなど、長い歴史の中ではそれなりの剣があったという事だ。当然ながら私とて、そういう剣は知っているし、投影できるものも幾つかあった。だがシロウのそれは桁が違っていた。どんな悪霊をも調伏でき、意のままに操るという、ちょっと信じられない剣だったのだ。私のような、ごく限定的な地域の戦場でなく、広くあまねく世界を見てきたシロウ。関わった人もそれだけ多く、秘蔵の品を様々見てきたが故の剣なのだろう。

 

「ボス、料理の追加を」

「ああ、スマン」

 

 いわゆる悪霊。私の裏の仕事はその悪霊のレンタルと派遣だった。どういう仕事だと思うだろうが、そういう霊を私や3人のアシスタントが、アードリアンがターゲットと定めた相手にけしかけ祟らせる。これが実に効果が高く、かつ平和的に物事が解決するのだ。剣や銃など武器を振り回す時代は終わった。相手は何れ細菌をばら撒いたりするだろう。なら、こちらは呪いと祟りをお見舞いする。それだけの事だ。

 全人類の僅か1%に満たない者達が、99%の富を独占するこの歪んだ社会構造。これを暴力で是正する事はできない。しかも彼らこそが世界各国で戦争の火種を撒き、人々を苦しめてきた元凶なのだ。エルヴァ達は要人を自分達の傀儡に入れ替えるためのホムンクルスを鋳造しており、私はそういう輩へ呪いや祟りを送り付ける押し掛け宅配屋だった。

 そしてこれらは情報があってこそだった。その情報スタッフにアードリアンは慎二を採用しようというのだ。その理由は幽霊への協力を求める案を慎二がノイント老に齎(もたら)したからだった。奴に何があったか知らないが、私の知る慎二とはかなり違う。奴らがこちらに来るのが、実に楽しみでならない私であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。