※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

2 / 129
2、調査

 時刻は多分、正午にもなっていない。10時過ぎか11時くらいだ。だって山に入る途中で地元の農夫と挨拶を交わしていたし、農業用と思わしき、とんでもなくちっこいトラックと擦れ違ったりしたんだぞ?

 

「キャスター、この山って結界があって入れないんじゃ?」

「柳洞寺のある円蔵山はね。確かに霊体だと入れません。ですがあそこに用があるでもなし。尾根伝いのこちら側はこういう農道がありますから、霊脈のポイントまでは案外近づけますよ」

 

 キャスターの手にはストア(スーパー)に入る前に買った地図がある。オレ達も地図の活用を考えたんだが、日本語が読めないのが致命的だった。だけど聖杯の知識でキャスターには日本語がわかるらしい。これは大きかった。

 無事召喚を済ませたキャスターはこんな事を言った────。

 

「ついでにアーチャーとセイバーも喚んで、この儀式を無茶苦茶にしましょうか?」

「アホか! 魔力が持たないだろ」

 

 だけど、こんなオレと違ってアントニーは面白そうな顔をしていた。

 

「でもさ。ボク達が今3騎でしょう? それが5騎になったら、この儀式が成り立つの?」

 

 そうだよ、アストルフォ。もっと言ってやってくれ。

 するとキャスターはニヤッと笑って着いて来いと言った。一度山を降りて山を廻り、今度はテンプル(お寺)の階段を登っていったんだ。

 

「おい、大丈夫なのか?」

「この山にある結界の抜け穴がこの正面の階段ですよ。つまり、この参道が正規のルートで、それ以外は上にあるお寺の邪気払いです。わかりますか?」

「要は結界だろ? それはわかるぜ。だとするなら、拠点をこっちに変えるのか?」

「まさか。穴熊は愚策ですよ。ましてやこんな能力も得意分野も異なるサーヴァントを集めて、街中で行う儀式なら」

 

 言いたい事はわかる。なら?

 

「お2人のマスターに1番重要なのは神秘を秘匿する事と、街の人々に気取られず被害も出さない事です。何があったかを一切合切秘密にする……。アントニー、エルヴァ? そんな事がいつまで可能だと思いますか?」

 

 そう言ってキャスターはアントニーがぶら下げていたデジカメを指差した。これは鈍いオレでもわかった。

 現代魔術科の教授も話していたんだ。おそらくこの第五次が、フユキで行われるこの儀式の最後だろうって。もし第六次や第七次があるなら、それは南米の森林の中でひっそりと行われるだろうって。山の中とか、或いはどこかの砂漠でも霊脈さえあればできそうな気もするけれど、それは無理なんだそうだ。

 というのも現在は、昔と違って人工衛星が空の上から見張っているからだ。何も軍事衛星の話じゃない。民間で使用される地図などに、そういう衛星が既に利用されている。そこにプラス、さっきも言った軍事衛星だ。こちらになるとアメリカ国内は勿論、石油の掘れるアラビア半島や北アフリカのような『儲かる土地』にも人工の目が光っている。第一次のあった200年前ならいざ知らず、この現代に於いては前回の第四次がギリギリだったんだ。そこをキャスターは話しているって事だ。つまりこの第五次は余分も余分。デジカメで撮られてネットに流れて大騒ぎになってもおかしくないんだ。アントニーと昨夜こういうのを、少し話しただけで理解したキャスターは本当に地頭が賢い。

 そのキャスターが手に持ったビニール袋には、拾った枯れ葉や落ちた木の実が入っている。農家の人にネイチャーアートを作るんだと説明したと教えてくれた。そうして昼間から山に入る口実を作り、地元の人と話しながら歩くんだ。すると誰も怪しまないし、キャスターみたいに日本語が話せれば、この子は留学生かと誰も訝しまないから大概の事ができてしまうんだ。感心したのは、オレとアントニーとアストルフォを自国の友人と紹介し、4人とも自然科学とネイチャーアート好きな仲間だと説明した事だった。つまりオレ達は気になった地面や樹や岩をゴソゴソしていても問題ないんだ。だから畑とそんなに離れていない、むき出しの土の上でアサシンを召喚しちまった。帰りは霊体化して貰って、そんでオーケーだ。

 

「キャスター?」

「はい?」

「あの神父はヤバいよね?」

「まぁ、あんなのが新婦ならヤバいですね。式から速攻で逃げますよ」

「逃げちゃダメだよ。僕達でこの儀式を壊すんだからさ。でさ、思うんだけど、代行者かな?」

 

 アントニーはその代行者というのを、階段の上りで延々とキャスターとアストルフォに説明していた。

 

「さすが、アントニーだな」

 

 素直にそう言ったら、キャスターが極東の地図をバッグから取り出して開いた。そしてその地図を逆さにしたんだ。大陸側からニッポンを見るように。

 

「アントニー。その教会の裏方仕事をする職員や工作員に、この国とこの国の間者(スパイ)が潜り込んでいる可能性がありますよ」

 

 それはチャイナとロシアだった。地政学的に間違いないと祖父さんも指摘していた。そんな観点からも、この儀式を終えさせなきゃなんないんだ。特にヤバいのはチャイナだ。オレ達じゃ日本人と見分けがつかない。ロシアにも東洋系の人が居るだろうから、そっちからも間違いなく潜り込まれている。

 教授も言っていた。潰せるなら全部潰してくれと。神秘の漏洩、特にサーヴァントの存在を漏らすなって。サーヴァントは通常の人間を遥かに超えた存在だ。腕っぷしで鳴らした昔の英雄が、ざっと当時の10倍を超えるチカラを持って顕界している。しかも近代兵器が効かず、宝具なんていう特級の神秘を持っている。この宝具がマジで危険だ。可愛い顔をしているが、アストルフォにしてもキャスターにしても何百人・何千人を一瞬で殺せる『ナニカ』を持っている可能性もあるんだ。ただキャスターは宝具らしい宝具はないと話していた。

 

『強いて言うなら、この知恵と勇気です』

 

 なんて、アニメの主人公みたいな事を昨夜ほざいていた。そしてアストルフォはそれを感動の面持ちで見ていた。何だよコイツラ……。

 ともあれキャスターの指摘は正しい。コイツはかなりの戦略家だ。オレにとっては当たりのサーヴァントだった。だけどそんなサーヴァントがこの手の甲に浮かんだ絶対命令権である令呪で人々を殺戮し始めたら……。どうも今はフユキ市内限定らしいけど、こういう縛りも研究次第でどうとでもなる。魔力だってそうだ。魔力を持った、言ってみればタンクになりそうな別のものを用意すれば良いだけだ。人間は自分の欲に負けた時は何だってする。

 やがてキャスターは階段の途中で脇道に入った。

 

「エル、どこに行くんだ?」

「この儀式の真相究明ですよ」

 

 オレ達は顔を見合わせて、黙ってキャスターに着いて行った。この間、キャスターは地面に何かを撒いていた。魔術的な何かだと思う。本当に枯れて何にも失くなった小路を歩いて行くと、やがて山をくるりと廻るような道に出た。横は崖で、枯れ木の天辺が連なって見える。

 

「皆んな、足元に気を付けろよ」

 

 そんな風に声を掛けていたら、行き止まりだった。道の先が消えていて、向こうに見えるのは空だけだ。地面が無いんだよ。

 

「おい、エル。行き止まりだぞ?」

 

 狭い道で並ぶとキャスターは本当に小さいのがわかる。アストルフォやアントニーより5インチは低いし、きっとオレと比べたら、1フィートと4~5インチは低いだろう。だけど魔術師にそんなの関係ないからな。

 

「これ、緩い上り坂で道が無いように見えるだけです」

 

 空を飛ぶ甲虫が降りて来てキャスターの指に停まった。何かを呟くと甲虫が再び先に飛んで、左の岩壁に吸い込まれた。

 

「横道があるのか?」

「ええ、鍾乳洞のようですね。そこから禍々しい魔力を感じます」

「何を感じ取っているんだ?」

「多分、この儀式の要(かなめ)となる魔術装置ですよ」

 

 そう説明しながら、キャスターは、ピンと立てた指先に小さな火を灯した。

 

「私の後ろをエルヴァが。続いてクロエとアントニー。アントニーならこの魔術が使えるでしょう? あなたも火を灯して下さい。そして殿(しんがり)にライダー。周囲の気配に注意して」

「わかったよ」

「じゃ、行きましょう」

 

 そうやって縦一列になってオレ達は洞窟のような横穴に入った。多分、見えないけれどアサシンも居るはずだ。ずんずんと歩いていけば確かにこれは鍾乳洞だった。だから足元が濡れている。凹凸が激しいし、滑りやすいので要注意だ。

 狭くなったり広くなったり道は変化に富んでいるが、よっぽどの事が無い限り、基本は一本道のようだった。

 

「あの大きなクラゲのような岩の上、あそこの奥にも行けそうだね?」

「だね。面白そうだよ」

 

 アントニーとアストルフォは似たもの同士のようだった。オレは行きたかねぇよ、そんなトコ。それにクロエが歩き辛そうだ。

 

「おい、クロエ。お前の歩行機能じゃ、ここは厳しいだろ。ほら」

 

 そう言ってオレはしゃがんで背中をクロエに示した。クロエがオレの首に捕まった。それを見てキャスターが何故か良い顔で微笑んでいた。そのチロチロした火で照らされた顔が、何だかまだ逢ってもいないし顔も知らない姉のように思えた。

 再び奥へ進んだオレ達はちょっとした広場と細い通路を繰り返し抜け、やがてとんでもなく広い場所に出たんだ。天井も真っ暗で見えないが、相当高そうに思えた。そこでキャスターは大きな炎の魔術を使った。その炎は正面奥に飛んで行き、そこのあった巨大な石柱を照らした。

 

「あ、あれは……」

「ええっ? 何かが取り憑いているの?」

 

 アントニーの言う通りだと思った。

 

「エル、あれは?」

「増幅された『呪い』ですね。アントニー、もう少し照らしますから、それで」

「わかったよ」

 

 キャスターの言った『それ』とは、アントニーが首からぶら下げていたコンパクト・デジカメだった。オレはここに違和感を覚えたんだが、次にキャスターが繰り出した魔術でそれを言い出せなかった。彼女は信じられないほど炎を幾つも出したんだ。酸素が一気に薄くなった。けどキャスターがオレ達を結界で覆ってくれ、呼吸も楽だったし熱くもなかった。

 

「よし、撮れたよ」

「では、出ましょう」

 

 キャスターは再び何かを取り出して、今度は石柱に向かって投げた。そしてオレ達をそのまま元の小路にまで跳ばした。大魔術の空間跳躍(空間転移)だ。

 

「エル、来しなにバラ撒いたあれが?」

「そう。探査用の礼装であり、場所を示す座標の代わりでもあります」

 

 やっぱり座標だったな。それと、拠点の家に戻るまでオレはクロエを背負っていた。空間をいきなり跳んだので、三半規管がオカシクなったんだ。

 

「大丈夫か? クロエ」

「はい。暫く休めば」

 

 それでクロエをコタツテーブルの側に横たえ、足を中に入れてあげた。クロエが動けないんで遅くなった昼の用意をしようと思ったら、キャスターがキッチンに居た。

 

「私のせいでクロエが。すみません。お詫びに食事を作りますよ」

「そいつは良いけど、できるのか?」

「それなりに。口に合えば良いですが」

「食えりゃ何だって良いよ」

「ライスはイケます?」

「ああ。オレもアントニーもジャンバラヤとか平気だから」

 

 キャスターはフライパンに刻んだ野菜や肉と調味料を入れ、チャチャチャっとフライドライスを作った。スープやボイルした野菜もセットで出してくれた。

 

「フライドライス(チャーハン)ではありませんよ。煮込みピラフです」

 

 オリジナルらしい。これがまた美味かった。

 

「エルって料理が上手だね?」

「まぁ、キッチンに立てない魔術師は、ねぇ?」

「だね。これは愚問だったよ」

 

 キャスターはアントニーともウマが合った。基本、誰とでも合わせられる話術と、人懐っこい笑顔を併せ持つ。それがエルの魅力だ。この辺りはビジネスでも必須の要素だろう。つまりエルは魔術師として、かなりのストロングスタイルだと思えた。いや逆だ。半ば確信していたから敢えて聞かずに居たけれど、彼女は間違いなくアインツベルンの……オレやアントニーのご先祖様だと思う。もしかしたら噂に聞く、第三魔法体現者なのかもしれない。

 錬金術は台所で産まれた……それを思い知らされる味だった。作ったキャスター以外の全員がお代わりを頼んでいたからな。オレは3杯食べ、付け合せの茹でた野菜もお代わりした。クロエも一口食べると目を丸くして、残りを一気に掻き込んでいた。慌てて食うなと叱られていたが。

 

「しっかり食べる男性は好ましいですね」

「そうか?」

 

 内心、褒められたようで少し嬉しかった。

 

「ええ。それとですが、クロエを作る時はどなたかに手伝って貰った?」

「あ、うん……魔術の師匠に。祖父さんが付けてくれたんだ。ルオンノタルっていうエルみたいな女性だよ」

「ほぅ~」

 

 そこでオレは尋ねてみた。

 

「あのさ。エルはもしかして、オレやアントニーのご先祖様?」

 

 エルは返事の代わりにウインクした。

 

 

 

 食事の後片付けが終わったら作戦会議だ。オレは前置きとして、再度この儀式に参加した理由を話した。姉を救ける事と、儀式をぶっ壊す事をだ。だけどサーヴァントは聖杯に願いがあるかも知れない。なのでそこを尋ねた。

 

「ボクは何もないよ。喚ばれたから来ただけ。でも、何か意味があるんだと思うよ。あの禍々しい装置を見た限りはね」

 

 そこだよな。きっとそれもあって祖父さんは『ぶっ壊せ』と言った気がする。そこを探らないとな。

 

「エルは?」

「私ですか? そうですね……願いも希望も自分で叶えるものと考えていますので、何かにすがるなんてありません」

 

 だろうなって思った。アサシンの願いもエルが言うには聖杯とは関係ないそうだ。となるとオレ達の陣営は託すものが何もないという事になる。これはぶっ壊す上で好都合だった。

 

「思うにあんな禍々しいものが願望器とは、私には到底信じられないです。かと言って調べもしないで壊すのも危険な気がします。その辺りを調べたいですね」

「そうだよな」

「幸いにも私の頭に、今回が5回目という情報があります。もしかしたらですが、過去4回の事を調べる方法があるかも知れませんね」

 

 ある。少なからずあの教授は4回目の参加者か関係者だ。でないとあそこまでアドヴァイスを送れる筈がない。なので言い難そうだったので悪いと思ったが、聞ける限りの事は聞いたつもりだ。また時計塔にあった資料も漁ったし、祖父さんの伝手で、本来参加する筈だった人達にも会えた。1人はアラブの富豪で、教授とも仲が良さそうだった。横取りしたカタチだから怒っているかなと思ったが、そこを黙らせるのが祖父さんなんだろう。正直に『あの理事には逆らえない』とボヤいていた。で、『喚ぶならキャスターだ。己の未熟さを自覚しているなら、的確な助言は欲しいところだよ。問題はこちらを利用するのでなく、向き合ってくれる相手が来るかどうかだな。それと、宝具の多さで選ぶならライダーだろう』と教えてくれた。

 そしてもう1人の人(女性だ)は、結構不満そうな顔だったけど、ランサーを薦めてくれた。話を聞いて、『ああ、この人向けだな』と思った。自分も戦闘に出る積もりなんだ。仕事を聞いて納得した。執行者だった。つまり使われる側、手駒だ。時計塔は情報が欲しいだけなんだ。生きて帰れれば御の字で、死んでも一向に構わない……そういう相手を選んでいた。生き残る可能性の高い人は先の富豪の人だけど、これもサーヴァントとの相性次第かな。どこか甘さが感じられた。

 アントニーは言った。『せっかく名門に産まれたんだ。君の血を信じなよ』と。だからオレは聖遺物に自分の血を使った。だからエルが来たんだろう。アントニーは自分の性格と合いそうな相手として、最初からアストルフォを狙っていた。結構アントニーは、奇想天外な事が好きなんだ。

 こんな風にパートナーは相性を最優先する。次に個別の能力だ。特にこんな『目的や目標が一致するかどうかも不明な場合』は。そしてそこから交渉だ。一致しているなら良いけれど、そうじゃない場合は? こういう時に相性が良ければ話しやすい。どういう条件を提示すれば手伝って貰えるのか? そういう事も気楽に話せるからだ。高々数週間の事だと思うヤツはビジネスに向かない。つまり金儲けができない。それは研究費用が集まらない、ダメな魔術師という意味になる。

 宝具関連はどちらもマスターにしか話したくないだろうって事で脇においた。ともかく他の陣営の事を調べつつ、併せて聖杯の謎と歴史を調べようという事になった。それで明日は図書館に行く事に決まった。そのついでにここと近い、セカンドオーナーのトオサカも調べる事が決定した。

 

「後はマキリってところと、ウチのハズレもんか……」

「それはお祖父様から?」

「ああ、そう聞いている。その三家で始めた儀式だそうだ」

 

 エルもオレやアントニーと同じ赤い瞳を持つ。それにこうして見ると、どことなくルオン先生に似ている。

 

「つまり、その三家は参加確定?」

「そうなるな。そしてオレの姉さんが……間違いなくアインツベルンだ」

「そこをもっとお祖父様から聞き出せませんか? できれば4回目や3回目の事なんかを重点的に」

「あ、そうだな。聞いてみるよ」

「それとついでに、あなたが懸念していた、この儀式を調べようとしている外国の間者(スパイ)に関しても」

「うん。それも聞いておくよ」

 

『オレが懸念』と言うより、エルの懸念だろう。だけど、こういう観点から時計塔は執行者を候補にしていた可能性がある点は否めない。大英帝国ならM.I.6か。CIAなら同盟国である日本人のエージェントも雇っていそうだ。そこにチャイナとロシア……。特に人権無視で一党独裁のチャイナなんかが英霊を手に入れたら最悪だ。きっとそれを兵器以外の方法でも使うのが目に見えている。他の参加者はそういうのを考えているんだろうか?

 

「自分達が秘密にしているからって、相手もそうだと思うのは甘いだろうね。兵器に使えると判断されれば、本格的に軍が動く。ニッポンが核にも匹敵する『彼ら』を隠していたと、言い掛かりを付ける政治家も出て来そうだよ」

 

 アントニーの言う通りだった。エルがここで提案した。

 

「そこを突いて、セカンドオーナーを落とせませんか?」

「そうだな。その線は面白そうだ。4騎を味方に付ければ勝算が十分に成り立つ」

 

 そこでアントニーがメモに7騎を書いた。

 

 セイバー/?

 ランサー/?

 アーチャー/?

 ライダー/アントニー

 アサシン/エル

 キャスター/エルヴァ

 バーサーカー/?

 

 マスター候補は、トオサカとマキリ、そしてアインツベルン。せめてどの家が何を喚ぶのかがわかれば……。ん?

 

「アントニー。これって、マスターが後1人必要なんだよな?」

「そうだよ。やっと気付いたかい? そして僕の勘だけど……」

「あの監督役だろ? エルがそうしたように、監督役がサーヴァントを喚んでもおかしくない」

「だよ。だからお祖父様にあの監督役の事も調べて貰おうよ」

「そうだな。それとこの儀式の目的……」

「うん、願望器じゃないね。必要なのは7騎のサーヴァントなんだと思う」

「純度の高い、魔力の塊だもんな」

「そう。霊脈から何年か分の魔力を吸い上げて、それを元手に英霊を召喚……その魔力を使って『何か』を成す。おそらくだけど、かなりの高効率なんだと思うよ」

「つまり願望器はブラフ?」

「とも言い切れないのかもね。そういう働きも少しだけする……とかさ。嘘を信じさせるには少しだけ本当の事も混ぜておくんだよ」

「だな」

 

 この時、エルがオレ達をニコニコと見ていた。それを横目で見て、オレはこの考察が正しいのだと思った。次にエルはアントニーのデジカメを見せてくれと言った。

 

「ふぇ~、何かしているのはわかっていたけど、こんなのがあるんだね?」

「ええ。よく撮れています」

 

 この言葉にオレは違和感を抱いた。アストルフォの反応は昔の人っぽい。なのにエルは余りにも自然だ。だけど……。

 

「これは汚染かな?」

「汚染?」

「はい。何かの呪いに汚染されています」

 

 それで禍々しいのか……。オレ達がそれに付いて考えていると、エルはこの街の地図を出して見せてくれた。これは極東地図とともにストア(スーパー)へ寄る前に買ったものだ。

 

「どうやら、今いる場所がここらしいです。それとアントニーが持っていたメモにある、トオサカとマキリの住所で探ると、それぞれの拠点がこことここ」

「アインツベルンは?」

「この地図の端から先の森の中のようですね」

 

 オレはそれを見てある事に気付いた。

 

「マキリは両隣にも裏手や向かいにも、一般の家がある。つまり襲撃し難い。なのにトオサカは街の外れだ。しかも向かいの家と道一本挟んでいて……これってガスや水道を止められるんじゃ?」

「それだけじゃないよ、エルヴァ。裏手の庭が崖に面している。そこを破壊すれば終わりだよ」

「だよな? 何だ、この家? 軍略も何も考えなしか? それともこれが罠なのか?」

 

 オレとアントニーは頭を捻った。

 

「昔も居ましたよ、こういう人は。要は頭が固く、情報源が極端に狭い」

 

 エルの言葉にアストルフォとクロエが頷いた。

 

「自分の目の前で起きている事しか見ないんだよね」

「その情報が特定の……この場合は、魔術に関する業界からの発信しか受け取っていないのでは?」

 

 アストルフォとクロエの発言だけど、なるほどだ。協会の一部としか繋がっていない可能性がある。それに盲信と言うか、自分自身でフィルターを掛けている。ありがちだな。となると……。

 

「エルヴァ、お金の流れを追っても良いかも。こっちはお祖父様のエージェントに頼んで、収入源を探ろう。もしどうしようもない奴ならそれを絶って、家ごと潰せばいい。あんなおかしな装置を使い続けているような家だ。きっと碌でも無い事をして来たに決まっている。この国のためにも良くないよ」

「だな。そっちの件でも連絡を入れよう」

 

 そこでオレは監視カメラ型の礼装を荷物の中から取り出した。

 

「これを各拠点に?」

 

 興味を惹かれたのか、エルがしげしげと装置を眺めていた。

 

「そう。樹とかあれば良いと思っていたんだけど、その心配は無かったかな」

「電信柱ですね?」

「うん」

「なら貸して下さい。私とアサシンとでトオサカとマキリに設置しましょう。森はおそらく、全樹木とパスを繋がれている可能性が高いですから厳しいでしょう。なのでそちらは私の使い魔を設置します」

「助かる。じゃ、お願いするよ」

「ええ」

 

 そうしてエルは出て行った。オレは連絡を取るべき相手に先に連絡して、その後もアストルフォやクロエを交えて今後の事を検討した。エルが帰って来たのは、おおよそ2時間後だった。

 

「お帰り、上手くいった?」

「バッチリですよ」

 

 そう返事をするやいなや、何かの呪文を唱えるエル。すると彼女の足元に2フィート半はありそうなでっかい虫が現れた。

 

「げっ! なんだコレ、気味悪いな」

「そう言わないであげて下さい。結構便利な子ですよ」

 

 次にエルはコタツテーブルの上に水を張った木の皿? のようなものを置いた。再びの呪文とともに水面に景色が写った。

 

「水盆の術だね」

 

 アントニーが言う。写っているのはトオサカの屋敷らしい。視点はかなり高いところで、電信柱の上にカメラを設置するエルとアサシン(上半身裸のドクロ仮面)が見えた。

 

「ほぅ、使い魔の視点を記録したり再生したりできるのか。便利だな」

 

 甘かった。エルはキャスターだ。ここからが本領発揮だった。なんと水盆の景色はドアをすり抜け、建物の中に入ったのだ。しかも地下の工房にまで。魔術師の個人宅にある工房なんて、相手に招かれない限り入れるものじゃない。ましてやこういう儀式を取り仕切る一角でもあり、この地のセカンドオーナーを勤めるトオサカの工房になんて。

 

「これって遠見……?」

「エルヴァ、この虫の背中にある目。これって全部、魔眼じゃ……」

 

 アントニーの言葉でハッとした。気味が悪いんでちゃんと見なかったオレが悪いんだが、改めて見たら、虫の背中には眼球がびっしりとあった。きっとその中に『千里眼』などもあるのだろう。これがエルの宝具だろうか? 情報戦にはもって来いだろう。これに音声があればなお良い。

 

「『地獄耳』なども研究しましたが、魔眼ほどこれと言ったものがなくて。使い魔の蟲を潜り込ませた方が早いです」

 

 だろうなと思う。けど一応研究したんだな。そういう姿勢は見習わないと。この後、マキリの屋敷の中も見た。森の方は現地に行って樹々が織りなす結界に、直接ハッキングを掛けないと無理なような事を話していた。これはアントニーやオレにもわかる。精神を一体化しないと無理なんだ。

 この日はそんな感じで終わった。図書館での調べ物もそうだけど、エージェントに頼んだ事も翌週の7日くらいにならないと揃わなかった。これは風習の違いだ。役所や公共施設が2日から開いていると思っていたら、ニッポンは4日や5日からだったんだ。でも、その代わり『カドマツ』というバンブーの飾りなどを知った。その『年の神様』を迎え入れるために立てられるのだとか。それで『ヤオヨロズ』やら『ツクモガミ』というのをアントニーが調べていた。

 神話のある国の信仰には、こういう主神とは別の『プチ神様(エル談)』のエピソードが必ずあるそうだ。一神教より多神教の方が世界的には多いという事実は、魔術師として知っておかなきゃならない知識だ。カリカリに一神教に染まると、思考が偏って魔術師として大成できないという。別にオレ達は悪魔崇拝者でも反社会的でもない。秘匿が第一にあるから、一般の人と(道徳や法律などの)優先順位が違うだけだ。けど、魔術師と教会が相容れないのはこの辺にある。再度念を押して言っておくが、道義的な部分でなく多神教を受け入れる姿勢の事だ。

 

 そして祖父さんのエージェントが、こちらの希望した資料を全部揃え終えて、英訳も終わったのが9日の昼だった。『フユヤスミ』というのが終わって、勤め人だけでなく学生達も学校に通うようになった頃だ。

 

「アントニー。マキリもトオサカも、株と土地の売買や賃料で収入を得ているみたいだな?」

「だね。エル、こことここ。同じ名前かな?」

「どれどれ」

 

 アントニーが見付けたものは、マキリとトオサカのある資料の中にあった。ニッポンには『戸籍』というものがあって、それのコピーだった。

 

「偶然じゃないよね?」

「ああ……。トオサカの次女がマキリへ養子に出ていますね。つまりこの子がマキリの次代では?」

「そう考えた理由は?」

「この歴代当主の名。お墓も調べてあるようですが、全部同じ名です」

「死を偽装していて、初代が今も生きている?」

「と、考えます。となると……」

「枯れた家? それで身近なトオサカから魔術回路のある子を迎え入れた?」

「でしょうね。それで肝心のトオサカの先代が10年前に」

「第四次で亡くなっている……」

 

 エルの提案で、この2人を重点的にアサシンや使い魔で見張らせる事にした。それで学校での日常生活を調べている内に、戸籍上の兄に魔術回路が無い事と、マキリの次代と思わしき少女には足繁く通う家がある事を発見した。

 

「こいつ、この男に魔術回路はあるのか?」

「日常では隠しているでしょう。24時間見張ればボロが出る可能性はあるかも」

「こいつの名前や住所、それと『戸籍』も調べて貰おう」

 

 そしてその男の資料が16日に揃った。

 

「こいつも養子なのか……?」

「引き取った養父は5年前に亡くなっているね。それと引き取られた時期が10年前なんだ」

「第四次の時、災害があったんだよな?」

「そう。それもこっちの資料によると、汚染された聖杯のせいだと書かれてある。お祖父様の考察だけど、第三次で何か邪悪なサーヴァントを召喚したらしいとあるね」

「つまりそいつがあの洞窟の装置を汚染した訳か。養父の名は『エミヤ・キリツグ』……」

 

 オレはその名が妙に引っかかった。

 

 

 

 翌々日の事だった。エルの使い魔が、魔術回路を起動する瞬間のヤツを察知した。水盆の中に写るヤツは、庭の外れにある小屋の中でオレにはできないような座り方をして何かの魔術を使っていた。時計を見て時間を確認した。なので翌日もその翌日も水盆で確認した。

 

「か、彼……バカなの?」

「どうしたアントニー?」

「だって、エルヴァ。彼、魔術回路を毎回一から開いているんだ」

「増設してるんじゃないか?」

「日を置かずに毎日? それも変だけど、どう見てもこれは同じのを開いているよ」

 

 ちらりとクロエやエルを見ると頷いていた。要はスイッチを使っていないって事だ。考えられる理由は中途半端な魔術知識しかない、という事になる。キーワードは養子だろう。

 

「彼は死にそうなところを、この養父に救けられたんじゃないかな?」

「その恩が憧れとなって、姿を追った?」

「うん。だからほぼ独学なんだと思う。どうして強化ばっかり? しかも失敗してばかりだ」

「だな? それと別にこのマキリの跡取りが通う理由は何が考えられる?」

「一般人的に素直に考えるなら、恋心。魔術師として考えるなら、見張りだろうね」

「ほぼ確定だな。こいつもマスター候補だ。『話せるヤツ』なのかどうか、そこを知りたいな。上手く接触する方法はないかな」

「この学校に潜り込めれば良いんだけれど」

「マスター、ボクが行こうか?」

「アストルフォが? どうやって?」

「うん。キャスターに幻視を掛けて貰えば良いんじゃないかな?」

 

 さすがは神秘の色濃い時代の人か。幻視か幻覚かは知らないが、エルがそれを使える可能性は高い。髪の色や肌の色もやりようによって誤魔化せる。アサシンを使う事やエルの遠見も考えたが、コミュニケーションを取れないのが痛かった。

 なのでその幻視の暗示か何かを、エルにできるかと聞けばできると答えてくれた。

 

「一応聞くが、どうやって乗り込む?」

「彼らの着ている服を用意すれば大丈夫でしょ」

 

 エルを見ると頷いてくれた。そういう術(すべ)があるという事だ。日本語が話せるのは聖杯からの知識がある、エルとアストルフォだけだ。やってみるしかないか。

 それで1月19日の午後、エルとアストルフォはどこかからその学校のユニフォームを手に入れてきた。金は先に渡してあったが、お釣りがほとんど無いのに驚いた。高いんだなぁ……。だけど理由はすぐにわかった。アストルフォの分だけでなくエルの分まであったからなんだ。しかもアストルフォのも女子用だった。

 アントニーの手前もあったが、怒るに怒れなかった。ショップの人に暗示を掛けたそうだが、それも不問にした。何故ならエルがアストルフォの側にいる方が安全確実だと思い直したからだ。それで翌日の朝、2人は仲良く学校に向かった。

 

「なぁ、エル1人で良かったんじゃ?」

「う~ん……。彼、ああいう格好が好きみたいでね。モチベーションアップのためだと思って許してあげてよ」

 

 まぁ、似合っているしな。ともあれ、こういう地道な調査にアストルフォは向かない。なので活躍の場がないここ数日、彼が少しクサっていたのは事実だ。それに、その学校に行けば相手サーヴァントに出会うか何かの痕跡を得る可能性は高い。となるとこれは良い機会だろう。そうなんだ。オレとアントニーはそろそろ初戦とまでは言わないが、各陣営に動きがあってもおかしくないと考えていたんだ。そしてアストルフォもそう感じていたから焦っていたとも受け取れるし、エルがそう考えているのは間違いない事だった。

 もっと言うと、エルの考えは深い。もしかしたらオレやアントニーが危惧している以上の事を考えている可能性がある。それを聞きたいと考えていた。問題は今それを尋ねる資格が、オレやアントニーにあるかどうかだった。

 オレとアントニーは、この儀式が終わった後の事を考えていた。時計塔? そんなのは報告書1枚だ。オレ達は既にCIAや中共のスパイが入っている証拠を幾つか持っていたんだよ。なんてわかりやすいんだろうな。だって、スパイは民間だけでなく市の職員にも居たからだ。オレの気付いた範囲で言うなら、電信柱に登る電話回線の補修工事員と、ゴミを回収する清掃局のクルマ1台分の人だ。なんとトオサカの家を調べていた。気付いているかどうだか知らないが。

 他に民生委員と公園のベンチで話し込む老人の中にも目付きの鋭い人が居たし、聖堂教会の工作員だろうな……絶対に教会側に潜り込んだC.I.Aだろうってのまで発見したんだよ。オレとアントニーは、魔術という神秘やサーヴァントを兵器として考える奴らが既に嗅ぎ付けている事をそれで確信した。だから終わらせ方が今まで以上に重要になったんだ。

 

「あの現代魔術科の教授が言った通りになって来たな?」

「うん、ロード・エルメロイⅡ世先生ね。あの人の視点は素晴らしいよ」

 

 まったくだ。英国の貴族院(上院)と繋がっているロードは居るだろう。MI6辺りと情報交換しているロードも居ると思う。だけど、アメリカや中共にロシアなどが、神秘を我が物にしようとしているとは余り思わないらしい。そこが最大の懸念事項だろうに。これは祖父さんだけでなく、そのエルメロイⅡ世も話していたんだ。そしてほんの数ヶ月前までは、テキサスの田舎で暮らすハイスクールのオレ達でもそこに気付いていた。

 それはきっとオレ達が『目覚めたテキサス人』だからかも知れない。フランス領やスペイン領の時代なんて知らない。けどオレ達はメキシコから独立してアメリカの州になるまでは独立した国家だったんだ。その気持ちは今でも皆んな持っている。だから最高の州軍とイカした警察と、正義感たっぷりな保安官が街を護ってくれていると信じられるんだ。だって同じテキサン(Texan/テキサス人の意)だからだ。

 なら『目覚めた魔術師』であるエルメロイⅡ世の話を聞いてやれよと思う。あの人は改革派じゃない。誰よりも保守的で、何より魔術を愛している。少し話しただけでそれがわかった。あの人は愛する魔術が拡散して消える事を恐れている……とても純粋な人だった。だからアントニーの肩入れが凄い。専攻に上がれば、現代魔術科を取りたいって言い出すくらいだったんだ。

 

 

 

 

 ボクとエルは、学校というところへ潜入するためにお揃いの服を着て歩いていた。必要な小道具もエルが用意していた。

 

「この革カバン? いつ用意したの?」

「投影魔術です」

 

 絶対に嘘だ。ボクは最初キャスターを疑っていた。だけど今は疑っていない。彼女は真っ直ぐだった。問い詰めても話してくれなかったけれど、この儀式を上手く止めて終わらせたい、そこだけは真面目に答えてくれたからだ。何かもっと大きな、隠れた意図も感じられたけれど、それもアントニー達の成長のためだと笑って話していた。本当に彼女はマスター達のご先祖かも知れなかった。

 

「アストルフォ」

「何?」

「男の子は鈍いね。自分のために死んでくれる人を見るまでは、人の有り難みがわからない」

「待ってよ! アントニーやエルヴァは!」

「うん。今どきの子としては上等でしょう。でもまだ青い。人のドス黒さはもっと深い」

「ん……だね」

「だから、少し私達で動きましょう」

 

 余りにも大きな世界の闇、力の壁。そんな挫けそうなものにボクだって何度も相対して来た。でもエルは『それがどうした』って、涼しい顔ができる奴だった。ボクがそんな人物に出会ったのはローラン以来だった。

 

「どうするんだい?」

「第一弾としてアサシンに動いて貰いましょう」

 

 そう話しながら、ボク達は他の生徒に混ざって学校の門を通り抜けた。エルが魔術で周囲の人に偽の情報を流しているんだ。ボクも彼女も彼らからはこの国の人種で、この学校の生徒にしか認識されないんだという。強力な攻撃手段を持つ魔術師には何度か会った事があるけれど、こんな暗示を使う魔術師は初めてだ。だって、他の女の子と普通に挨拶しているんだよ?

 

「アストルフォ。あなたは今から蒔寺楓という女の子です。私は三枝由紀香です」

「え?」

「地で良いですから、適当に挨拶を返して下さいという意味ですよ」

 

 その2人は実在していて、ボク達が暗示でその子達に成りすまそうという訳だ。ボクは敷地内に忍び込むだけだと思っていたから驚いた。

 

「その子達が集う部屋にまで行くの?」

「はい。そこにトオサカの座席があります」

 

 事前にアサシンを使って調べていたらしい。ボク達はその部屋の人達と適当に挨拶しながら目的の席に向かった。エルが何かをその机と椅子に振り掛けた。そしてメモを置いてからボクの手を引いた。

 

「何だったの?」

「粉は魔術で使う頻度の高い薬品です。もう『キャスター』か『参戦予定の魔術師』があなたを見張っているぞという警告ですね。メモは彼女を混乱させるための文章です。面白くなりますよ」

 

 その後、ボク達はその部屋に戻らず、2つ隣の部屋に入った。

 

「ここは?」

「マスター達が気にしている男の子の通う部屋です」

 

 そんなのまで調べていたらしい。

 

「驚いたよ。良くわかったね?」

「この学び舎にマスター候補が集まっています。これを偶然と捉えるか、誰かがそう仕向けたと捉えるかで今後のマスター達の動きにも変化が出ます。こちらは最弱のキャスターです。それでも喚んでくれたマスターに良いところを見せたいですからね。ですから調べられるだけ調べましたよ」

「へぇ~」

 

 それでエルは、その男の子の机の上に何かを置いた。飾り付けた紐で結んだ小さな箱だった。

 

「何あれ?」

「マスター達と会うための手段ですよ。あれを受け取って貰うために、わざわざあの部屋に居た人達に暗示を掛けていたのですから」

 

 そうしてボク達はすぐに部屋から出た。人がどんどん増えてきたからだ。

 

「あの子ですね」

 

 エルがそう言った男の子は、赤毛で少し変わった色の瞳を持っていた。ボク達はその彼と擦れ違って通路を歩いていった。こうやって手を繋いでいると『仲良く厠に行った』と怪しまれないらしい。返って怪しまれるような気がするけど、この時代のこの国では問題ないらしい。

 

「それ、聖杯の知識にある?」

「テレビで見ました」

 

 なるほど。この後もエルは建物のあちこちに使い魔や魔術装置を置いていた。次に外に出て敷地にある別の建物にも同じように装置を置いた。だけど不思議な事に、この間誰もボク達を気に留めなかった。皆んなこちらを誤認識しているか、気付いていないかだ。これが彼女の魔術というなら、アサシンの特質との相性があまりに良過ぎる……。

 だからボクはマスターであるアントニーにエルのやっている事と、ボクの考えを念話で知らせた。それで返って来た言葉は短く『観察』と『情報戦』だった。戻ったらもう一度尋ねてみよう。

 

 

 

 昼飯の仕込みをクロエがやってくれている最中に、エルとアストルフォが戻った。

 

「お帰り。どうだった?」

「上手くいけば、今夜彼と会えるようセッティングできます。遅くとも数日以内には」

「良しっ!」

 

 彼女ならやってくれると信じていた。

 

「でも、どうやって?」

「アントニー、エルは何かの箱をその子の机の上に置いていったんだ」

「そこにタネがあるわけだね? 何だったの?」

 

 それについてエルが答えた。

 

「簡単です。彼はまだ若い学生です。『あなたが好きです。2人きりで会えませんか?』でも良いし、『キミの養父と例の災害について話がある』でも良いわけです」

 

 アストルフォが嘘はいけないと不平を言ったけれど、前者は嘘でも後者は嘘とは言い難い。何より会うには良い口実だ。この作戦の問題点は、マキリの後継者と思わしきサクラという子に感づかれないように動かなければならない点だった。と言うのは彼女がそのエミヤの家に入り浸る理由だ。オレとアントニーの考えは下心40%恋心60%だった。いくらニッポンが異文化の国でも、朝っぱらから通う段階で変だ。だろう? だけどエルはそこもクリアした口実を設けていた。さすがだと思った。それに向こうからの連絡はエルに買ってやった携帯電話に入る手筈だ。これも理由がある。日本語の喋れないオレやアントニーが持っていても意味がないからだ。『サーヴァントなら日本語がわかる』、これは大きかった。

 

『キャスターには策謀家が多い傾向にある』

 

 時計塔にあった資料にはそう書かれてあった。二次、三次、四次と見てそう思ったのだろう。だけどオレとアントニーはそれを見て嘲笑った。書いたのは誰だってね。だってそうだろう? 策謀家じゃない魔術師がいてたまるか。知略がないと政治に絡めない。つまり時の権力を上手く利用できない。ついでに頭が悪いと財産を増やせない。それは研究費用が捻出できないって事だ。本物の魔術師は、悪魔崇拝とレッテルを貼られようが、魔女狩りが広く行われようが、為政者や権力者に掘られようが必ず生き延びた。そしてやがてはそいつらに取って代わった。その末裔がオレ達だ。

 

「できましたよ~」

 

 おっと、クロエの料理ができたらしい。

 

「取り敢えずメシにするか」

 

 そう言ってダイニングに行くとチャイニーズ?

 

「疙瘩湯(ガタタン)というスープです。エルから学びました」

 

 めっちゃ美味かった。この他にもレシピや手順が、たくさんインストールされているという。喜んでいいのか悪いのか……クロエの性能がどんどん上がっていた。

 

「エルヴァが望めば、セックスも可能にしてあります。前も後ろも。試してみますか?」

 

 何やってくれてんだよ! だけど何かのスイッチが入った(心理コードが解禁された?)のか、その食事後から、クロエは何だかオレを熱い目で見るようになった気がする。洗い物をしながら、コーヒーを啜るオレをチラチラと見てくるから気になって仕方ない。

 

「エル、何かしたのか?」

「美味しい料理に欠かせないものは?」

「調理の腕と食材?」

「それは当たり前です。ベースラインですよ。そこにプラス『愛情』でしょう。そういうところをね?」

 

 ホント、何やってくれてんだ……。表情や動作が良くなったんで、手を入れてくれるのを黙っていたらこれだ。オレは忠実なメイドが欲しかっただけで、ラヴドールは要らないんだよ。そういうのならもっと肉感的なムネの大きなのを……な? でも、そういうのを側に置くと、一緒に暮らすアントニーが困るだろ。だからお互いそういうのはナシって、暗黙で決まっているんだ。

 ちなみにオレは、ジュニアハイスクール時代に経験済みだ。ハイスクールの頃は3人と付き合って、内2人のヴァージンを頂いた。詳しくは知らないが、アントニーもモテるから経験済みだと思う。けど少し心配しているのが、アントニーはどうも両刀っぽく感じる点だった。野郎との経験なんてテキサスじゃ無かったと思うが……。

 

「マスター?」

「何だ、エル?」

「そのエミヤ、言う事を聞かないなら、ガンで脅せば?」

 

 こいつ……オレが持ち込んでいるのを見破っていたか。実は財布の中が空間拡張してあって、そこにショットガン(Remington M870)と.357マグナム(S&W M19)に予備弾薬を隠してある。まぁ、バレて当然か。だけど『脅しに使える』というのは予め予見していた。何故なら、この国だと警官かギャングでない限りガンを持てないからだ。ガンを扱う知識も腕もない。魔術師も魔術を使っていない時はただの人だ。それに何より学校がモロバレ。つまり通学ルートも時間帯も簡単に割り出せるからな。オレとアントニーの読みだと開始は1月末か2月頭だ。姉が森に入ったら『合図』だと思っている。そしてそれは来週辺りだと睨んでいた。

 アントニーは先週設置したPCで、祖父さんからのメールを見ていた。

 

「あったか?」

「うん、あった。先生は仰った通りライダーのマスターだったけれど、喚んだサーヴァントがイスカンダルだって」

「アレクサンドロスⅢ世か?」

「そう。それでお目当てのもあった。『Kiritsugu Emiya』。こっちは前回のセイバーのマスターだ。しかもアインツベルンから出ているよ」

「何だって?」

 

 アインツベルン……。姉と何か関係があるのか?

 

「サーヴァントの真名は?」

「アーサー王じゃないかってあるね」

 

 祖父さんの情報入手先も時計塔だろう。すると……ボカしてあるのは、教授が資料に手を加えたからだろう。となると第四次のすべては教授の目を通した(彼による作為的な)内容って事になる。

 

「プロフィールはあるか?」

「ある。後でプリントアウトしておくよ。それよりこれは……」

「何だ?」

「ランサーのマスター。その人の名がケイネス・エルメロイ・アーチボルトなんだよ。しかもこの儀式で死んでいる」

「だからⅡ世なのか……?」

「みたいだね」

 

 その人の意志を継いだとかじゃないだろ。今のエルメロイⅡ世先生は、名をウェイバー・ベルベットといった。それで当主の名はライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。名門アーチボルト家の一員だと聞いたから、その人の死で何かあったのは間違いない。だけどそこは、この儀式の本質とは関係ないと思えた。

 あるのはアインツベルンであり、この地に根付いたマキリとトオサカだ。

 

「トオサカは?」

「途中で敗退しているけれど、サーヴァントはギルガメッシュ王じゃないかって書かれてある。それと」

「それと?」

「あの神父の名前。確か『コトミネ』だったよね?」

「ああ。それが?」

「こちらも早々に敗退したってあるけれど、アサシンのマスターとして出ていたみたいだ」

 

 やっぱりな。つまりは魔術師って事だ。これはマキリかトオサカ……或いは三者で組んでいたな。となるとアインツベルンがハメられた線も考えられる。

 

「『投票を集計する者がすべてを決定する』。選挙じゃないけどレフェリーを味方に付けるのは……」

「ペテンの基本だな。最初のはスターリンの言葉だろ?」

「そう」

 

 それを覆すのが魔術師の『夢』でもあった。全国民を暗示に掛けるんだ。そうすれば為政者も悪党も思いのままだ。だけどそれは不可能だった。祖父さんの死んだ長男はそれを求めていたって、親父から聞いた事がある。それは世の中を正しい方向に向かわせたいからだったという。この人間の世界は、何世紀も前からおぞましい奴らに支配されていて、それで、そういう暗示を増幅する礼装を開発していたともチラッと聞いた。

 本当かどうかは知らないけれど、何か裏で牛耳っている奴が居るとは感じていた。それはデカくなるに連れて強く感じ、知識が増えるに連れ確信になった。そいつらに関わる者達の全貌は見えない。だけどそいつらにこの儀式の事だけは知られちゃいけない。それがオレとアントニーの役目だ。

 

 オレが考えに浸っている間にプリントが終わったようだ。

 

「これがアインツベルンの分だよ。その人のプロフィールが随分多いね」

「教授が気にしていただけじゃないな。祖父さんもか」

「だろうね」

 

 そしてオレはそれを読んで、凄まじい衝撃を受けた。姉の名は『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』。実母の名は『アイリスフィール・フォン・アインツベルン』。だけど何とした事か、夫の名は『Kiritsugu Emiya』になっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。