※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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25、Memories of Miyako 01

 それは私が9年生の時で、普通高校(※)への合格が決まったすぐ後の休みの日だった。一番近い大きな街のエスポーでは、欲しい本が手に入らなかったので、イソアイティ(isoäiti/お祖母様)の紹介でヘルシンキにある本屋さんを訪れた帰りだ。え? 本なんてネットで買えって? お生憎様。内容の濃い魔術書なんてネットで売ってない。まぁ、一応プラハの教授や時計塔の教授が書いた、限定モノが時々ネット販売されたりもするけれど、そういうのは初心者向けで内容が薄く、私の知りたい事はまず書かれていない。それならイソアイティ(お祖母様)から小言がミックスされた薀蓄を聞く方がまだマシだった。

 

※)ドイツがマイスターの国なら、フィンランドは資格と免許の国だ。何をするにしても、それ専用の資格か免許がないと就職すらできない国なのだ。だから9年生になるまでに(フィンランドは公立でも小中一貫教育が当たり前)、進学か就職を決めないといけない。だけどそれは日本の進路とは意味が違う。進学とは学者や教師、医師を目指すコースなので、自ずとその後の専門大学を目標とする事になる。だからフィンランドの高校は予備校に近い存在だ。同じように就職コースもいきなりと行かず、必ずそれ専門の高校に通い、資格や免許を取るのだ。なのでこちらは職業訓練校や専門学校に近い。農業をするにせよ漁業に従事するにせよ、その資格と免許が必要な国がフィンランドだった。

(上記の事から、高校に行かず時計塔でルヴィアと凛が出会った設定の『プリズマ☆イリヤ』の方が正しい検証をしている事になる)

 

 イソアイティ(お祖母様)は気難しい人だった。嫌ってはいなかったけれど、子供の頃の私は苦手だった。だって全然笑わないんだもの。それでもアイティ(äiti/ママ)やイサ(isä/パパ)は、『ミーナ、ムンモ(mummo/『お婆ちゃん』というニュアンスの親しみのある言い方)は本当は優しい人なんだよ』といつも話していた。

 

『ミーナ、それはイソアイティ(お祖母様)がエーデルフェルト家を率いる頭首だから、ヘラヘラできないからなんだよ。我が家は代々双子の女性が頭首になる。今は私のシサレット(sisaret/姉達。sisarの複数形)が、次期頭首と決まっているのはお前も知っているだろう? だけどイソアイティは若い頃に双子のピックシスコ(pikkusisko/シスコが女姉妹を指し、ピックが年下を指す。つまりこの場合は妹)を亡くされてね。それから余り笑わなくなったんだ。親友でもある日本のイソアイティと話す時はよく笑うんだけどね。だよね、コジュ~エ?』

 

 アイティ(äiti/ママ)の名前はコズエ(梢)だよ。私が9年生なんだから結婚して15年以上だ。なのにイサ(isä/パパ)は今だにちゃんと発音できない。でも仕方ない。アイティは元日本人だ。なので名前が聞き慣れない発音なのは仕方ない。だけどアイティには元々1/8フィンランド人の血が入っているので、そこからフィンランドに興味を持って、学生の頃からこちらの言葉をしっかり学んでいた人だ。対するイサ(isä/パパ)は100パーセントフィンランド人だ(だから私は9/16フィンランド人となる。なのでハーフと言われるよりミックスと言われる方がしっくり来る)。国語のフィンランド語(フィン語)も、第二言語の英語もペラペラだし、外国語としてドイツ語も学んできた人だ。その分全然違う言語体系の日本語が、なおのこと難しいらしい。

 

『狼(susi)はお寿司で、うさぎ(kani)がカニ。豚(sika)が鹿って、日本人目線で言ったらフィンランド語って面白いけどね』

 

 とは、アイティ(äiti/ママ)の言葉だ。そのアイティのアイティ、私から見るとイソアイティ(お婆ちゃん)になるリン(凜)という人は、現役の魔法使いだった。そしてエーデルフェルトのイソアイティ(お祖母様)の親友でもある。もっと小さかった頃に数回逢っただけで、大きくなってからは逢っていない。ネットやテレフォンでお話できるのに、時計塔の教授も頭を下げる魔法使いは、そういうキカイに疎かった。時々アイティ(äiti/ママ)が、イソイサ(isoisä/お爺ちゃん)とお話しているときにチラッと出るくらいだ。

 これだけなら愛想無しだけど、アイティ(äiti/ママ)が言うには、イソアイティ(お婆ちゃん)はエーデルフェルトのイソアイティ(お祖母様)と姉妹かというくらい、性格なんかが似ているのだそうだ。例えばイソイサ(お爺ちゃん)が若い時、イソアイティ(お婆ちゃん)だけでなく、エーデルフェルトのイソアイティ(お祖母様)も好きだったらしく、2人は恋のライバルだったと聞いて随分驚いた。

『同じ人を好きになった=似た者同士』と言った単純な話じゃない。元々イソイサ(お爺ちゃん)はイソアイティ(お婆ちゃん)と付き合っていたのだ。だから横恋慕したのはエーデルフェルトのイソアイティ(お祖母様)の方なのだ。だけど、そこに若い頃のイソアイティ(お祖母様)の苦悩というか心の叫びのようなものを感じた。そこから苦手だったイソアイティ(お祖母様)とも少しずつ話すようになったのだ。

 

 そんなイソアイティ(お祖母様)から紹介されたヘルシンキの本屋さんは普通のアパートの中にあって、北欧の魔術師御用達の専門店だった。置かれている本はどれもこれも、希少そうで高そうだった。それで電話で知らせてあった本は既に用意されていて、関連する書籍も数冊一緒に抜き出されていた。さすがはエーデルフェルトのイソアイティ(お祖母様)。お店の人はサービス満点だった。だから出してあった本もパラパラ見て、お目当てのものと一緒に数冊買った。これでこの休みの間、お小遣いは一切なしだ。

 

 そしてそれが起きたのは、そのお店を出て駅に向かう途中だった────。

 

 突然周囲の音がスッと消え、次に街の景色がスーッと遠のいたのだ。一瞬何かの結界にハマったのかと思ったけれど、そうでもないようだった。何故なら悪意も敵意も魔力も感じなかったからだ。昨年完成した、懐に忍ばせてあった『宝石剣』が猛烈に何かを吸い上げていた。遠のく景色が白一色に染まったその頃には、私は『宝石剣』を手に握っていた。

 その瞬間に私はわかった。何をって? それは『理(法則)』であり、『(絶対)真理』であり、『根源(アカシックレコード)』であり……それら総てを引っ括めた『 』だった(※)。

 

※)『 』……カラ(空)と読む。

 

 日本のイソアイティ(お婆ちゃん)はこれを得て、魔法使いになったんだ……。白一色だった網膜の景色が、他の色を取り戻した時、私はそう悟った。だから家の最寄りの駅でなく、エーデルフェルト本家のあるエスポーで降りて電話を掛けた。暫く待つと本家から迎えのクルマがやって来た。大きな門を抜け、お屋敷のアプローチにクルマが滑り込んだ。私はお迎えの人にお礼を言い、イソアイティ(お祖母様)のいらっしゃる部屋に向かった。

 

「どうしましたの、ミヤコ?」

 

 私にはミーナ・エーデルフェルトという名の他にミヤコ・トオサカという名があった。それは私が産まれた頃に、イソアイティ同士で和名も付けると決めたからだ。なら、どうして『美奈』や『未菜』などにしなかったのか。それにも理由がある。『ミヤコ』は漢字で『京』と書くのだけど、第一に文化の違う私でも覚えやすい漢字だから。第二にそれは『首都(この場合は京都)』を指す言葉だからだ。東京ができるよりもっと昔の京都と、日本のイソアイティ(お婆ちゃん)が住む冬木とは密接な関係があるからだとも聞いた。詳しくは知らないけれど。

 

「実は……」

 

 私はヘルシンキの本屋を出た後に体験した事を正直に打ち明けた。

 

「道理で……あなたの波動が高いと思いました。アセンション(次元上昇)を飛び越えて『根源』を得ましたか。チケットを手配させますから、ミヤコ、フユキに行って来なさい。そこでニッポンのイソアイティ……リンとお逢いなさい」

 

 え~~!?

 

「い、今からですか?」

「ええ、今からです。休みは短いのでしょう?」

 

 そうなのだった。そうしてイソアイティ(お祖母様)は手紙を認(したた)め始め、執事の人やメイドの人が家に連絡して、着替えや必要なものを取りに走ってくれた。全部揃ったのはお屋敷で早めの夕食を頂いた後だった。両親には電話で話した。そして礼装やら手紙やらを持たされた私は、そのままヘルシンキの空港に連れて行かれたのだ。

 

『言葉に困ったら、この子を起動しなさい』

 

 その『この子』とは、幅15センチ、高さ10センチくらいの蝶のようなブローチというか髪飾りというか……。待合ロビーで繁々と眺めていたら、突然そいつが話し始めた。

 

『ミーナ様。お久しぶりです』

 

 その人工的な声で思い出した。

 

「あなたはサファイア?」

『そうです。思い出して頂けましたか』

 

 そうだ、こいつは髪飾りじゃない。小さな頃、一緒に遊んだ魔法の杖だった。日本語はアイティ(ママ)から多少習ったけれど、私のレベルはカタコトだ。だから不安で仕方なかったのだけど、サファイアが居るなら何とかなる。

 

「サファイアは日本語の知識が……?」

『あります。インストール済みです。ミーナ様とは以前に契約を済ませていますので、ご命令下さればそのまま日本語が使えますよ』

 

 おお、心強い。そうして私とサファイアは、予約してあった飛行機に乗り込み日本へ飛んだ。

 

 

 

 窓の外は雲なので何も見えなかったけれど、着陸する時は街が見えた。イソアイティ(お祖母様)の話してくれた『龍の国』に来たのだ。

 

『私があなたにも日本名をとリンやシェロに頼んだのは、あなたにもドラゴンではないリュウの血が流れているからですわ。それはルーツを辿ればサーミの血とも同じ『ムー』の血ですの。あなたは私が行けなかった『根源』に必ず行けると信じていました』

 

 イソアイティ(お祖母様)は一流の魔術師なだけでなく、オルタネイティヴ・ヒストリカル・リサーチャー(異なる歴史の研究家)でもあった。ほんの数百年前まで、身長が4メートルも5メートルもある巨人が街を歩いていたのだという。そんなの嘘だと思ったけれど、サンクトペテルブルクへ遊びに行った時に、痕跡となるものをたくさん教えて貰った。

 そんなイソアイティ(お祖母様)は若い頃(20代頃?)から、お仕事の傍らロマノフ朝以前に造られたという礼装を蒐集する事をライフワークにしていた。

 

『元々は私の父が集めていましたの。それで以前はロマノフ朝の頃に造られたと思っていましたのよ。ところが段々とそれが、私ども人類が造ったものではないとわかりましてね。そこからハマったのですわ』

 

 そしてそれらが地中海側から来たのでなく、日本や中国を経由してロシアに流れたものだとわかったのだ。つまり太平洋に沈んだとされる『ムー大陸』から流れてきたものだと。ロシア革命によるソビエト連邦の建国は、その『ムー』が培った『レムリア文化』を歴史から抹消するための意味もあったという。

 

『もう今のフユキでは起きませんが、リンと逢ったなら、『相似形』を扱う見立て儀式について尋ねなさい』

 

 日本列島が上向きの龍(昇龍)にも、下向きの龍(降龍)にも見えるのは以前に聞いた。だけど北海道がアメリカの北大陸で、本州がユーラシア、四国がオーストラリア、九州がアフリカというのは昨夜の食事で初めて聞いた。沖縄や琉球諸島を併せたカタチは、更にその日本列島の相似形になるのだそう。つまり日本列島は人工的に造られた魔術装置だというのだ。

 イソアイティ(お祖母ちゃん)は、それを日本のイソアイティ(お婆ちゃん)に聞きなさいと言ったのだった。

 

 

 

 途中の乗り換えも難なく乗り切り、目的地の空港に着くと、ゲートのところで2番めのエノ(eno/母方のおじの事。父方の場合はセタ(setä)という。日本語の伯父や叔父の区別はない)」が待ってくれていた。この人とも何度か逢っていて、フィンランドにも何度か遊びに来ていた。なのでここの家のセルック(serkku/イトコ)とも面識があった。

 伯父さんとのご挨拶は日本語でできた。サファイア様々だ。そこへひょっこりとお爺ちゃん(この人はイソイサと言うより、親しみを込めたウッキ(ukki)が似合う人だった)が現れた。来てくれていたんだ?

 

「父さん、どこに行ってたんだ? 急に消えるなよ」

「うるさい。年を食うと小便が近いんだよ」

「頻尿かよ」

「可愛い孫の前で変な事を言うな。たまたまだ。たまたま」

 

 その『たまたま』が信じられるくらいお爺ちゃんは見た目が若い。魔術師は魔力回路の劣化を恐れて、日々の食事から呼吸法にまで拘る人が多い。またそれだけでなく、体内を循環する魔力が細胞やDNAを活性化するので、総じて魔術師は若く見えるものだ。だけど、お爺ちゃんはそれだけじゃない。『鍛えてるなぁ~』って、それが若い頃からずっとだって誰が見てもわかるのだ。身長は190センチくらい。スラッとしているけど、筋肉もある。『瞬発力』もあるけれど『持久力』もあるという、骨格筋の中の速筋(赤い筋肉)と遅筋(白い筋肉)のバランスが高度に取れている状態なのだ。これはスポーツ選手には珍しく、武道家でも限られた人にしか見られないものだそうで、一瞬のチカラも、長時間に亘るチカラも、同時に必要な環境の下で長らく活動してきたという証なのだそうだ。

 今は2070年。御年83歳だったかな? お祖母ちゃんやお婆ちゃんと同い年だったから間違いないと思う。だけどそう言っていたのに、空港からフユキに向かう途中、高速道路で2回もトイレ休憩を取った。背中も曲がってないしシャキッとしているんだけど、これは仕方ないよね。

 

「やっぱり頻尿?」

「貧乳は婆ちゃんだ」

「また、殴られるぞ」

「ミーナ、ルヴィアはまだボイ~ンをキープしているかい?」

 

 ちょっと、返答に困ります。だって、お祖母ちゃんも50歳くらいにしか見えない人だから。

 

「いや、ホント。ルヴィアと結婚してたら、どんな人生だったんだろうな?」

「それだとオレや兄貴達が産まれてないよ」

「お前は良いけど、ヨシ君が産まれないのは寂しいなァ」

「グレるぞ」

「そろそろ孫ができてもおかしくない、いい年こいたオッサンがグレても、困るのはお前の女房と子供達だけだ。オレやカミさんの義務はとっくの昔に終わっているよ」

 

 伯父さんはハンドルを握りながらブツブツ言っていた。ちなみに上の伯父さんは(遠坂の家を継いだので名前は遠坂時義。だからヨシ君)兄弟の中で少しだけ歳が離れていて、とても面倒見の良い人だった。それで今運転している伯父さん(名前は衛宮時嗣だけど、ツグ君とは呼ばないらしい)や母達の幼稚園の送り迎えをしてくれたり、給食がない日のランチボックスをお爺ちゃんと一緒になって作っていたのだとか(特にお世話になったのが末っ子だった私のママだ)。だから4人ともとても仲が良く、これまでケンカをした覚えがないという。

 流れる景色が見慣れたものになっていった。ちなみに私が日本に来たのは赤ちゃん頃の一度きりだ。それでも、この景色が『見慣れている』のはお爺ちゃんのお陰だった。お爺ちゃんはお婆ちゃんと違ってメカに強い。それで愛車のバイクやヘルメットにカメラを幾つも取り付けて、街をあちこち走ったり何かを食べたりして、そのビデオをネットを通して私達に送ってくれていた。だから私は、言葉はともかく日本の事がある程度わかっていたのだ。

 

「ってかさ、ミャちゃん」

 

 伯父さんはミナ(ミーナを縮めた?)ともミヤ(コを省いた?)とも付かない絶妙な発音で私を呼んでいた。

 

「ウチは、親が反面教師でさ。何度、母さんが父さんを殴っているのを見たことか」

 

 お婆ちゃんは若い頃から強くて、誰にも負けなかったそうだ。でも自分と並ぶ強い人と時計塔で出逢ってしまった。それがエーデルフェルトのお祖母ちゃんだったのだ。そんなだから最初の頃はケンカばっかりしていたそうで、お婆ちゃんに着いて来たお爺ちゃんを巡って決闘までしたという。

 

『それでリンに負けましてね。約束通りシェロを諦めましたのよ』

 

 気難しいけれど、さっぱりしたところもあるお祖母ちゃんは、この決着について納得していたそうだ。だから後悔もないそうだけど、私の見た限り未練はあるみたい。だけどそれはお爺ちゃんに対するものではなくて、エーデルフェルトの跡継ぎとして産まれた運命に対してだった。

 お祖母ちゃんは……若いときに片翼を失った。なのでお爺ちゃんを捕まえない限り、次の跡継ぎのための結婚しか道が残されていなかったのだ。意に染まない相手だったと、エーデルフェルトのお祖父ちゃんを貶す積もりはない。後年は仲睦まじく暮らされていたから。それでも……と思うのは私が若いからだろうか。そんなお祖母ちゃんの想い人だったお爺ちゃんは、じっとクルマの窓の外を眺めていた。

 

「父さん、冬木に入ったよ」

「うん。ミヤコ、夏の間はずっとこっちに?」

「お婆ちゃん次第かな? 高校も始まるし、少し心配」

「そうだよなぁ。話だけでサッサと終われば良いんだが……」

 

 私は既にお祖母ちゃんから預かった手紙をお爺ちゃんに見せていた。それを読んで『魔法』の事だと、お爺ちゃんも伯父さんも理解していた。だから『サッサと終われ』という言葉が気になった。

 

「お爺ちゃん。お婆ちゃんには私の前に魔法使いになったお弟子さんが居たり?」

「まぁな。フィンランドに帰ってもルヴィアに言うなよ? 気を悪くさせちゃ気の毒だからな」

「うん」

 

 クルマがお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に着いた。築数百年という武家屋敷で、国から文化財に指定されているという。

 

「お婆ちゃん、居るかな?」

「当たり前だ。ツンツンしていても1番お前を可愛がっているのがアイツだからな。それもあって、今回の事を心配していた」

「そうなんだ?」

「うん。ミヤコ……魔法使いになるな。根源を得ても、お前次第で普通に生きられる。ルヴィアは反対するだろうが、オレ達はお前の味方だからな?」

「うん、ありがとう」

 

 玄関で靴を脱いで、家に上がると、奥の畳の部屋でお婆ちゃんが待っていた。その姿は『とても若く見える30代』だった。根源を得て魔法使いになって、魔術師が扱える量以上の魔力を扱うようになるとこうなる。お爺ちゃんは『人としての幸せ』を私に望んだ。エーデルフェルトのお祖母ちゃんは『魔法使いになった私』を望んだ。お祖母ちゃんには家門の事もある。だからそう望む気持ちもよくわかる。だけど内心は複雑らしく、それで私を日本にやったのだと飛行機の中で気付いていた。だとしたら、お婆ちゃんはなんと言うだろう?

 

「お婆ちゃん……」

「フフ……ルヴィアはサファイアを持たせたのね。何年振りかしら。京、大きくなったわ」

 

 そう言って立ち上がったお婆ちゃんは私をハグしてくれた。

 

「話は理解している。京、あなた、怖がっていないわね? けれど少し迷っている。それはどうしてかしら?」

「うん。エーデルフェルトのお祖母ちゃんは立場があるからわかるけど、お爺ちゃんがどうして反対なのかがわからないの。そもそも根源を得るって魔法を得るための資格試験に合格した程度でしょう?」

「そうよ」

 

 この意味を巡っての会話内容を話す前に、まず根源について話そう。それは全ての始まりである『究極の一』を指す。物理学的に言い表すのなら、ビッグバンが起きる前の一瞬────原子が原子としてくっつく前、素粒子すら粉々の状態────そこにこそ、ありとあらゆるもの全ての『始まり』と『経過』と『終わり』がある。時間すらそこが始まりだから、終わりもそこにあるのだ。だけどその根源に触れたから魔法使いになれる訳ではない。触れて何を知るかは、その人次第だからだ。何より魔術回路がなければ、それは無駄な知識でしかない。だけど物理学者が万物の法則を、宗教家が宇宙と生命の法則を識る場合も、魔術師が魔法を得る場合と確率は等しい。

 以上の事柄から根源に触れたとされる者の99パーセントは、マッチングが取れていない。魔術師でないのに魔法に関わる『何か』を得たり、魔術師なのに『真理』や『万物の法則』といった、魔術と関係ない『何か』に触れた者なのだ。なので突然『宗教家』になったりする魔術師がまま見受けられる。この事に対して、時計塔やプラハは何ら公式見解を発表していない。

 

『確かに魔法に至る根源はありますのよ。ですが万一異なったものに触れた場合、それまでの生き方を180度変えねばなりません。そして、そうなる確率は目当てのものを得るよりも遥かに多いのです』

 

 また、根源を得る方法もひとつではない。ほとんどの人は『全ての始まりである『究極の一』』を目指す。よって大半は時間遡行法かアカシックレコードの在り処を探す。だけど世の中には奇特な人も居て、聖職者が悟りを開くのと同然に『内なる根源』に突如気付いたりする。これが私のケースで、お婆ちゃんのケースでもあったのだ。だから私に『冬木に向え』とお祖母ちゃんは言ったのだ。

『内なる根源』とは聞き慣れないだろうが、ある程度宗教知識やスピリチュアルな精神修養の知識を持っていれば、私達の肉体もビッグバンから頒かたれたものだと気付ける。つまり意識レベルの記憶になくとも、『究極の一』の記憶は細胞やDNAが憶えているのだ。お婆ちゃんがそれに気付けたのは、お爺ちゃんの友人にお坊さんが居たからだという。

 その人が何かのサジェッションを与えてくれたとは聞いていないけれど、お爺ちゃんがお婆ちゃんに何かそういうヒントを口にしたのは間違いないらしい。ただ残念な事にエーデルフェルトのお祖母ちゃんには、そこに気付けるバックボーンがなかった。それが『痛かった』んだろうね。そういう理由でママが生まれる前から、お婆ちゃんの次男か次女がエーデルフェルトに入る事が決まっちゃったのだ。それでママはそういう教育と調整を受けていた。そうして産まれた私も、幼い頃から『西欧魔術だけに縛られない教育』を受けてきた。お祖母ちゃんのオルタ歴史講座も、お爺ちゃんが送ってくるお経の翻訳なんかも、皆んな私のためだった。

 そんな風に協力的だったお爺ちゃんが、久しぶりに逢った今日、突然『魔法使いになるな』と言ったのだ。理由は幾つか思い付くんだけど、どれもこれもピンと来ない。だから先にお婆ちゃんへ切り出したのだ。

 

「お爺ちゃんは京が好きだからね。髪の色こそエーデルフェルトだけど、瞳の色は遠坂だし、顔つきも私の若い頃にそっくりだわ。そんなだから、可愛い孫に苦労して欲しくないなんて人並みの事を考えちゃったんでしょう。あなたはあなたよ。その苦労を逃げずに受けて、どういう糧にするのか。その糧を次にどう活かすのか。それもこれも、全ては京次第よね? 『可愛い子には旅をさせよ』って、本当はお爺ちゃんもわかってんのよ。そうやって4人も育てたんだから。でもそれに耐えられたのは子供までだったって事ね。若い時の自分が『危ないからやめろ』なんて言われたら、それに逆らって真っ向否定していたのに……孫には言っちゃったか。あなたも歳を食ったわねぇ」

 

 お爺ちゃんがバツの悪そうな顔をした。

 

「昔、言ったわよね? 他人(ヒト)の足を引っ張るのは悪意だけじゃないって。身内の……愛ある『沼』ほど辛くて残酷なものは無いの。桜の事で散々悩んだ私達でしょう? 士郎、可愛い孫を自分の『沼』に引きずり込むな」

「ぅ……スマン」

「そっちじゃないわって手を引いてあげる年齢じゃないの。京も次の誕生日で16歳よ? 私達があの聖杯戦争に出た頃と変わらないのよ」

「そうだよなぁ。もう、そんな歳なんだよな」

 

 私はその『聖杯戦争』という言葉にピンと来た。時計塔(魔術協会)などには隠しているけれど(ここまで時間が流れたら、暗黙の了解もあると思う)、エーデルフェルトにはその儀式の詳しい資料があったし、お祖母ちゃんは私がそれを読む事を咎めなかった。『相似形の儀式』。『大聖杯』と『小聖杯』……。これだ。その事をお婆ちゃんに告げると、話が長くなるから夕飯の後か明日以降に話しましょうと言われた。

 

「絢芽は遠いから来れないけれど、時義達と時嗣の家族が後で来るから」

「ああ、今夜はミヤコの歓迎パーティーだ」

「それとウチにもルビーという魔杖が伝わっていてね。全員、そういうものがあるって知っているから、京が日本語を話しても不思議がらないからそもままでいなさい」

 

 絢芽伯母さんは、その漢字をアヤメと読み、本来は『菖蒲』か『菖』と書くそうだ。ママの『梢』と同じく樹や花に関係する名を女の子に、『時』という漢字の入った名を男の子に贈るのが遠坂家の慣わしなのだとか。ならどうして私の和名は『京』なのか?

 それは大元とか本物という意味が含まれているからだった。日本の中心都市は古来より『京都』であって、東に新しくできた『東京』ではない。この国の権威がそちらに遷ったから『東京』にはなったけれど、どの法令にも日本の首都は東京だと定められていないという。政治的な事から来る一応の首都……慣例的な事柄でしかないのだそうだ。だからお婆ちゃんの付けたかった本当の名前は『橘』になる。京都御所の紫宸殿前にあるあれだ。『右近橘、左近桜』だ。そこにお婆ちゃんの亡き妹さん(大御祖母様)への複雑な思いや、遠坂家の本流であった未遠家への思いなどが込められているのだ。

 そしてこうも考えられないか? どうして『ミヤコ』は『京』とも『都』とも書けるのか。どうして『東京都』はその両方の漢字が含まれるのか?

 

『『あずま/きょうと』が『とうきょう/と』となり、単なる『と』で東京を思い浮かべるように変化を促す。こうして歴史が書き換えられるのですわ』

 

 お婆ちゃんはお祖母ちゃんの親友だ。『京』という名は、かなりというか相当拘った名前なのだった。

 

 ではフィンランド名の『ミーナ(Miina)』とは? これは誕生日から来ている。私は5月26日生まれで、この日は『Miinaの日』だからだ。日本の人にはピンと来ないかも知れないけれど、西欧や東欧の幾つかの国にはキリスト教由来の『名前の(ある)日』があって、北欧だけどフィンランドはエストニアと並んでこの古い習慣を今も守っている国なのだった。

 

『仏滅や赤口でなくて良かったよなぁ』

『何てことを言うのよアンタは!?』

『いや、名前の日って日めくりカレンダーのアレのようなモンだろう? ルヴィアもそう言ってたぞ?』

『彼女は日本の六曜をあまり良く知らないの。何より六曜は『そういう日もあるぞ』と心構えを促す戒めみたいなもので、迷信っちゃ迷信なの。なんで人は血液型とかああいうのを信じるのかしら……?』

『ですが、その日、逢う約束をした友人と同じ名の日だったりしますと、花を買っていって贈ろうと考えたりしますのよ?』

『ほら、大安吉日と変わらないじゃないか』

『なんか違~~~う』

『まぁまぁ。ただ、名前の日に悪い事柄や意味はありません。大抵はどこかの国の聖人祝日ですし。ですので、長じての偶然の一致は二度目の誕生日のようなものですわ』

『なら、この子に『Miina』って付けたら、オイシイ日が1回しか来ないじゃないの』

『凜、お前なぁ……』

『お母さん……』

『ほら、梢も引いてるぞ』

 

 とまぁ、産後で疲れているママの前で、お婆ちゃんは騒がしかったそうだ。この後、どちらに似ているかでお祖母ちゃんも参戦し、病院から叱られたとか。

 

 

 

 夜、絢芽伯母さんのところ以外の親戚が続々と集まった(伯母さんは北海道のかなり北の方に住んでいる)。お料理はお爺ちゃんとお婆ちゃんが前もって用意してあったようだ。それらたくさんのお料理が、繋げたテーブル(座卓)の上に所狭しと並んだ。時義伯父さんのところは子供が女女男の3人(跡継ぎは安泰だ)。時嗣伯父さんのところは男男の2人。どちらのイトコも知っているけど、馴染み深いのは時嗣伯父さんのところだった。

 お婆ちゃんもお爺さんも夏休みを利用して遊びに来てくれたと紹介しただけで(フィンランドは夏のバカンスを挟んで新年度となっていて、前期を春学期、後期を秋学期という2学期制だった)、魔術の事や根源の事など一切話さなかった。それはきっとお婆ちゃんの跡を継いだ時義伯父さん達への配慮だろう。だけどお婆ちゃんによって遠坂家は一応ゴールしている。伯父さんは何を目指し、イトコ達は何を目標にするのだろう? ああ、そこを私に質問させない意味もあったのか。

 

「ミヤコ、どうだ? 口に合うか?」

「うん、美味しいよ」

「そうか、そいつは良かった」

 

 お爺ちゃんやお婆ちゃんの味はママの味のルーツだった。だからお祖母ちゃんは『シェロの味』だと言って、ママの料理が大好きだ。フィンランドでお刺身やお味噌汁の出る家はまずないだろうけど、ウチは煮物も天ぷらも普通に出ている。でもサーモンはお刺身より、ロヒ・ピーラッカ(鮭とご飯のパイ包み)やロヒケイット(鮭の入ったミルクシチュー)が好き。日本は朝ごはんでいきなり鮭の塩焼きが出たりするから(お爺ちゃんのビデオで見た)、それが楽しみでならない。そんな事を考えながら齧った天ぷらは鮭だった。思わずお爺ちゃんを見たらニヤリとしていた。別の天ぷらはイカかタコだ。さすがというか、お爺ちゃんの料理はどれを食べても美味しい。だけどお婆ちゃんも負けてない。八宝菜というのが特に美味しかった(それ以外のは辛かった)。

 たくさん食べてたくさんお話したら、すっかり眠くなった。ハッと気付いたらお布団で、ジャージ姿だった。着替えさせてくれたのはお婆ちゃんだろう。さっきまでの部屋に行くと、ガランとしていて皆んな知らない内に帰ったようだ。

 

「お婆ちゃん?」

「あら、起きたの? 時差もあるし、疲れたのよ。シャワーは朝にして、今夜は眠っておきなさい」

「うん」

 

 そうして私の日本滞在1日目が終わった。

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