※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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29、Memories of Miyako 04

 お祖父ちゃんの発言は主従の意表を突いた。

 

『まず、オレの知っている限りの事を話そう』

『ええ、お願い』

『実はオレの養父は前回、この戦争に参加していた』

『え? 本当に? 待って、その前に養父って?』

『うん。さっきは頭に血が昇って一方的に遠坂を詰(なじ)ってしまったけど、オレは前回の災害の被災者だった。そこを養父が救けて引き取ってくれた。では、なぜオレを救けた? 魔術師にしては随分と人道的だ』

『あ。参加者で、災害の……?』

『ああ。遠坂の親父さんと同じだ。絶対そうだとは言えないけれど、災害を起こす片棒を担いだ自覚があったんだろうな。だからオレを拾ったんだと思う。魔術師の常識はさておいて、今からオレの話す事をよく考えてみてくれ。親父はどうやらアインツベルンから参加していた事がわかった』

 

 お婆ちゃんの顔色が変わった。

 

『アインツベルン……』

『そうだ。御三家のこれまた一角だ。なのに名は『衛宮』だぞ?』

『あ。雇われ?』

『そう、オレもそう考えた。よくは知らないけど、そこそこ名の通った家なんだろう、アインツベルンって? そんなところが傭兵を雇うんだ。そしてオレを拾った。つまり最後まで生き残っていた』

 

 お爺ちゃんは『だろう?』って顔でお婆ちゃんを見た。

 

『じゃ、勝者……?』

『と、考えるじゃないか。でだ、遠坂。さっきは怒鳴って悪かったけど、その……サーヴァントの武器での切り札……』

『宝具よ』

『ああ、宝具っていうのか。その宝具で引き起こされた災害だと思っていた。けど、何か違う気がしてきた。それで『根幹』とか『装置』とか頭に浮かんだんだ。遠坂、まずはそれを調べないとダメなんじゃないか?』

 

 お婆ちゃんは溜め息を吐いた。

 

『衛宮君、とってもありがたい情報だった。モグリの魔術師と思って実はこっちも腹を立てていたのだけれど、そういうレベルの話じゃあ無いようね。でもね、こうして令呪は浮かんでいるし、アーチャーを喚べた。もう賽は投げられたの』

『ああ、そうだよな。だからこそだよ、遠坂。お前がこの街を、冬木をぶっ壊してでも欲しい物って何だ? 大勢の人を足蹴にして、その人達の幸せな生活を踏みにじってでも欲しい物って?』

『そんな言い方、ヤメて。私は他者を犠牲にしてまでって、そんな風には考えてない。ただ私は、遠坂に残った唯一の人間だから、代々伝わる魔術を発展させたいのと、ある課題を追求したいだけよ。この聖杯戦争にしたって、聖杯……今となっては怪しいけれど、それが欲しいわけじゃなかったの。遠坂だから参加した、令呪が浮かんだからサーヴァントを喚んだ、そして同じ出るなら勝ちに行こうって、そう考えただけよ』

 

 お婆ちゃん……何かのスポーツ大会みたいに軽く考えてた? お爺ちゃんも内心呆れ気味だったけど、顔には出さなかった。

 

『そうか、わかった。ならどうする? オレは災害だけは防ぎたい。オレみたいな人を出したくない。けど出来ることは知れているんで、その装置を見付けて壊そうと思う』

『『聖杯戦争』そのもを壊そうって言うの?』

『ああ。お前の親父も死んだんだろ? それを魔術師だからって諦められるのか?』

『何が言いたいの?』

『その前にお前、オレと同じで独り暮らしか?』

『え? どうしてそう思ったの?』

 

 この時お爺ちゃんは寂しげな、けれど優しい目でお婆ちゃんを見た。

 

『地頭が幾ら良くても、成績優秀・文武両道なんて人間が早々いるか。それこそ寝る間も惜しんで打ち込むから、そうなれたんだろ? 大人の世界には、たまにそういうデキる人がいる。それはそういう環境を自分の収入で整えられて、なおかつ努力を惜しまない人なんだ。でも、お前は学生だ。そう考えたなら、ある程度わかるよ。いくら努力家でも限界はある。満遍なく成績が良いなんてのも考えられない。いや、100点以上はない訳だから、ハイレベルな人達の世界だと98点でも苦手教科になってしまうのかも知れないけどさ。でもな、そんな優秀なお前だからこそだよ……さっさと寝ろ、メシは食ったかって言ってくれる人が、コイツには居ないんじゃないかって思ったんだ。こんな娘が居たら、親として嬉しいぞ? なら絶対に無理するなて言う筈だ。だと言うのに、俺の知っている遠坂はいつも完璧だ。たかだか16~17の高校生がいつもいつも完璧なんてあるかよ。無理をしているとまでは言わないけど、どこかで背伸びしている。それでもってある程度、金銭でカタが付けられるだけの財産があるんだなってのもわかったよ。以上の事から、お前って独り暮らしなんじゃないかって、1年の頃から思ってた』

『い、い、1年の時から? ど、ど、どうしてよッ?』

 

 凄いドモリだ。

 

『おいおい、自覚しろよ。そんなの決まってるだろ? 学園で遠坂に憧れない男子なんて居るのか? だからオレも遠坂を見ていたって事だ』

 

 サラッと言ったぞ、お爺ちゃん!

 

『それにオレはお前みたいな、陰で一所懸命努力している奴が好きなんだ』

 

 キタ────ーッ!!

 

『バ、な、な、何を急に言い出すの!?』

 

 お婆ちゃん、落ちたな。顔が真っ赤だ。

 

『怒るなよ、褒めてんのに。お前は輝いてる。その姿を見るたびに、『ああ、オレも頑張ろう』って何度も勇気を貰ったもんだ』

 

 怖い……。私はお爺ちゃんが怖かった。だって、お婆ちゃんに憧れているのも事実だろうけど、それはどこまでも客観的事実で、ヨイショ成分もあると思うんだ。でもこれ、きっと単なる『感想』でしかない。そして辛いときや苦しい時に勇気を与えてくれた事に対して感謝し、『御礼』を言っているだけだ。お爺ちゃん、天然タラシだったのか!?

 

『だからな? 考えて欲しい、遠坂。魔術師だから『死』への覚悟はあると思う。けど、お前みたいな良い女の子は、くだらない事で死んじゃダメだ。真実を見よう』

 

 同じ女だからわかる。私がお婆ちゃんの母親なら『あの男の子はヤメなさい』って言ってしまう可能性が高い。それっくらい、お爺ちゃんの『素』の言葉は危険をはらんでいた。こんなセリフ、15~6歳の娘に聞かせたくないよ……。

 

『な、遠坂。オレとこの儀式の謎を探らないか?』

 

 この口調……晩ごはんに、何を食べたいって言う時の調子そのままだ。

 

『衛宮君……』

 

 おい、おい、お婆ちゃんってば。お祖父ちゃんを熱く見詰め始めたぞ?

 

『だ~~~~ッ! リンから離れろ! 衛宮士郎!』

 

 あ、忘れてた。

 

『何よ、アーチャー?』

『どうした、突然? この聖杯戦争に向けて、今は遠坂の意識改革を図る重要なトコだぞ? サーヴァントなら、静かに待てよ』

 

 お爺ちゃん……無意識なんだろうなぁ……。

 

『意識改革だと? リンを誑(たぶら)かすような真似を即刻辞めろ』

『誑かすって人聞きが悪いな。あんたも色んなものを見て経験した上で、そういう風になったんだろ? なら、オレの話している意味がわかるだろ? この儀式は絶対に怪しいって。絶対にまだまだ奥があるハズだ』

 

 え? お爺ちゃん、何を?

 

『奥とは? 言ってみろ』

『芸能人のスキャンダルがニュースで溢れる時は、政府が重大な議決を取る時なんだと』

『は?』

『バイト先のパートのオバさんがそう言ってたんだ。10年前のあの災害も新聞やテレビがそれ一色だった。うまく言えないけれど、何かもっと大きな事が隠されていないか?』

『何を言っとる。それこそがこの『聖杯戦争』を隠蔽するためだろう?』

『だから隠蔽ついでにだな……ああ、ダメだ。うまく言えない』

 

 ここにお婆ちゃんが食いついた。

 

『衛宮君、カンでいいわ。それって魔術に関係ある?』

『いや、無いと思う。魔術師個人でなく……そうだ。魔術協会とは限らないけど、そういった組織だ』

『え? 組織?』

『貴様、何を考えとる?』

 

 そこで弓道場の外で懐中電灯が光った。アーチャーは霊体化し、お爺ちゃんとお婆ちゃんは守衛さんに謝って戸締まりをしてガクエンの外に出た。うん、完璧に若い2人がイカガワシイ事をしたいがために残っていたとしか思えない。お婆ちゃんの『うっかり』ってお爺ちゃんが絡むとドッと出る気がする。

 

『衛宮君、また話せる?』

『ああ。オレの方も図書館とかに行って、もっと調べるよ。もう少し考えを纏めないとな。それで、遠坂の方も10年前の事とか、装置の事とか、そういう書き付けのようなものが、家に残っていないか調べてくれると助かる』

『うん、わかった。私もそのつもりだったし』

『頼む。それでアーチャーだっけ?』

『なんだ?』

『そっちの動きにオレは口出ししない。だからというのもヘンだけど、遠坂を守ってやってくれ』

『言われんでも、それが私の使命だ』

『そっか。じゃ』

 

 そう言い残してお爺ちゃんは帰っていった。後に残ったお婆ちゃんとアーチャーは、不思議そうにお爺ちゃんの自転車を目で追っていた。

 

『何だろうか、あいつは?』

『うん、不思議よね? でも、何か真実を掴み掛かっている気がする。うまく言葉に出来ないだけで。アーチャーもそう思わない?』

『悔しいが、そういう気がするな』

 

 お婆ちゃんは、更にアーチャーに対して言葉を続けた。それを聞いて、私はお婆ちゃんが魔法使いに至った理由がわかった。必要な資格、もしくは資質ってこういのを言うのだろう。

 

『持続する投影魔術に、空間転移か……』

『何だって?』

『投影と空間転移よ。衛宮君、自分自身が転移できるのかはわからないけど、作った刃物は転移させる事が出来るのよね。彼本人はイマイチわかっていないようだし、使い所の難しい魔術だけど……紛れもない天才よ』

 

 従者であるアーチャーは目を瞠っていた。

 

『む……。空間転移か……』

『ええ。持続する投影。それも異様ではあるけれど、これって先が読めるの。けど、転移は先が見えない』

 

 後に知り合うアインツベルンの本家に係る人達。彼女達は皆んな『衛宮切嗣』の血を引いていた。

 

『先が見えるとは?』

『何らかの世界への接続。学術的に言うなら『固有結界』ね』

『『何らかの世界』……それが『固有結界』?』

『ああ、その言葉自体に意味はないの。どういう用語が適切なのか私が知らないだけだから。強いて言うなら『並行世界』と同じように、日常で私達が認識する事はないけれど、この三次元世界と寄り添っている世界…………うん、術者の深層心理なんかに反応して変化していく決まったカタチのない世界ね。それで、そこは万物の生命力……じゃなく、精神エネルギーで保持されていると思うのよ。だから厳密には死徒などが使う『固有結界』と、魔術師が研究の最果てに得た『固有結界』は別物だと私は考えているわ』

『ほぅ、君はそう考える訳だ。その根拠は……と、言っては語弊があるな。そうだな……そう思うに至った理由は?』

『理由? 理由を話す前に、気になったのが、その持続時間の長い投影魔術にあるわ。彼はそういう寄り添った世界から、あの刃物を取り出しているの。寄り添った、こことは異なる世界だから好きな場所に出現させられるのだと思うのよ』

『ああ、なるほど……君はどうしてそのような事に気付いた? 何かキッカケが?』

『そこに理由が繋がるの。ウチの家が代々『第二魔法』、つまり『並行世界の運営』を目指す家だったからよ。そこから大魔術の『空間転移』や『固有結界』なんかを、自分なりに考え直したワケ』

 

 これを聞いて『遠坂凜』を天才だと思わない魔術師がいたら、その人は何も見えてない。自分の母方の祖母な訳だけど、父方の祖母であるエーデルフェルトのお祖母ちゃんも、これを早くから聞いていたら、突っ掛からなかったのかなって思ってしまう。私としては鼻の高いエピソードではあるけれど、正直悔しくもある。それっくらい、今のは凄かった。

 そしてお爺ちゃんから始まった夢が、知らない間にお婆ちゃんの視点に切り替わっている。それなのに、お爺ちゃんが今何をしているのかも頭の隅っこで映っている。そうだよね……夫婦になって何年だ? その深いパスで両方の過去を見られるようにお婆ちゃんは術を構築してくれていたんだ。これも凄い。おまけにそこに気付くや、より細かな情報が頭に流れて来るようになった。

 

 それでお爺ちゃんはお風呂に水を張りながら、これまた遅くなった晩ごはんを1人でモソモソと食べ、食べ終えると今度はお風呂を沸かしながら、庭の土蔵に向かった。そこで座禅を組んで魔術回路を開き、オドを循環させながら辺りのマナを感じ取っていた。魔術を使うのでなく回路をアンテナにして、異なる世界か何かを探っているようだった。

 お婆ちゃんの方はお汁粉が効いているのか、アーチャーがいれたハーブティー1杯を飲み干すとお風呂に行った。あがっても食事は摂らず、お水で薬……たぶん刻印のうずきを抑えるものを飲むと、パジャマに着替えてベッドに潜り込んでいた。

 

 カラン、カラン

 

 お爺ちゃんの映像からだ。家に備えられた侵入者を知らせる『鳴子』。土塀を乗り越えて庭に入って来たのは、あの青いランサーだった。表面上の傷は回復したみたい。

 

『良しッ、掴んだ。来い、オレのサーヴァント!』

 

 あ? 何? へ? こ、この人、『英霊の座』に直接……? 原理がまったくわからない。でも、土蔵の床に魔方陣が現れ、そこに騎士姿の女の子が立っていた。

 

『問おう────。あなたが私のマスターか────』

『そうだ。オレがお前のマスターだ。クラスは?』

『……セイバー』

『なら、セイバー。援護する。侵入者を斬り伏せろ!』

『はいッ!』

 

 そしてセイバーが土蔵から飛び出た。

 

『チッ。正直、キツイな。ここまで魔力を取られるのか……。遠坂は凄いな。さて、援護だ……』

 

 今のお爺ちゃんには、相当キツイようで足がおぼつかない。でもこれは仕方ない。成長度合いは人それぞれだし、向き不向きもある。何よりお爺ちゃんはサーヴァントを支えるために魔術を修行していた訳ではない。お爺ちゃんにとっての魔術は、精神修養に近いものだったと思う。死を身近に置く事で、現実世界を本当の意味でリアルに捉えるための。学生がアルバイトをしながら独りで生きていく。それは『遺産』という保険があったとしても不安だろう。勿論、途上国でゴミを漁る子供よりはマシだけど、それでもだ。

 土蔵の中には色んなモノが溢れかえっていた。ガラクタいじりが趣味だったなんて事も話してくれたけど、どうもそれだけじゃないみたい。私の見た感じでは、モノの構造や意味を知ろうとしていた気がする。それはどのガラクタも、ジャンルが偏らず満遍なくあったからだ。だけどそういう中で一際光っているのが、お手製の木製棚にキチンと並んでいるバイクの部品だった。免許もない中学時代から続けている事。長期休暇があると雷画さんを通じて道路工事などをして買い集めた工具もそこに並んでいた。

 お爺ちゃんはレストア中? の、バイクのフレームを掴んで立ち上がった。本当にキツそうだ。だけど出口まで行くと壁に手を付きながら一点を見詰めた。

 

『己の得物を隠すとは卑怯者……何ッ!?』

 

『セイバー! 今だ!』

 

 セイバーは魔力を放出してランサーの懐に入り、その首を斬り落とした。それを目で確認したお爺ちゃんが崩れ落ちた。

 

『マスター?!』

 

 セイバーがお爺ちゃんの下に行き、その身体を支えた。それで土蔵から屋内に運んだ。

 

『スマン、魔力が足りない……。明日には回復すると思うけど……』

 

 居間で横たわったお爺ちゃんが掠れる声でそう言った。

 

『私が警護に当たります。マスターはこのまま休んで下さい』

『お言葉に甘えてそうするよ』

 

 セイバーは他の部屋を物色し、掛け布団を運んできた。それでお爺ちゃんの頭の下に二つ折りした座布団を置いて、布団を掛けた。私はお風呂が自動で止まる事を祈った。と、同時に、お爺ちゃんがランサーにした事を考えた。これも頭に答えが浮かんだ。

 お爺ちゃんはランサーの眼球の後ろにある視神経のど真ん中に、カミソリのような小さく鋭利な刃物を投影したらしい。それでランサーは痛みより先にいきなり失った視力に狼狽した。そこをセイバーが、あの風を纏った剣を振るったようだった。私は『風』の使い手だから黄金の剣が見えていたけど、お爺ちゃんはどうだったろうか? お婆ちゃんなら見えると思う。

 

 お爺ちゃんは朝方ムクリと起き上がり、見守ってくれていたセイバーにお礼を言い、『風呂に入る』と言い残して出ていった。お風呂は設定温度をキープする全自動だった。真冬だから夜中に何度も追い焚きされたと気付いて、お爺ちゃんはお風呂場で嘆いていた。

 

『ガス代、勿体ねぇ……』

 

 だけど上がってくるや、お米を研いで朝食の準備に掛かった。

 

『ああ、調子出ないなぁ。風呂に入る前に米を浸けとけって。セイバーもメシ食うだろ?』

『は、はい? 宜しいのですか?』

『ああ、メシは1人で食うより、大勢で食う方がウマいからな。それとセイバー。オレと口裏を合わせてくれ。 あ、それと、そこの服に着替えといてくれないか?』

『はい?』

 

 そこの服とは、寝間着代わりのジャージ? らしかった(後でわかったけれど、中学時代の体操服だった)。

 

 

 ご飯が出来上がる頃に先生がやってきた。

 

『オハヨー、士郎~』

『おはよ、藤ねえ。客が来てるんだ』

『え? 誰、誰?』

『外人さん。驚くなよ? もの凄い別嬪さんだ』

 

 先生は居間を覗いてギョッとしていた。

 

『士郎? お姉ちゃんはね……』

『勘違いは時間の無駄だ。あの子は死んだ親父の親友の娘さん。郷土文化を研究しているんだって。それで日本に来て、昨夜真っ先に挨拶にな。けど親父は居ないわけだし、女の子をそんな夜中に追い返すのも問題だ。それで奥で休んで貰って、オレはそこだった』

 

 その、そこは居間の隅で、折りたたまれた掛け布団だけがあった。流れるような嘘だ。

 

『そんな、勝手に未成年が……』

『藤ねえの心配は尤もだ。だけど右も左もわからない異国の地に、勉強に来た真面目な人だ。しかもわざわざ親父を訪ねて来てくれている。そういうな、人と人の心の触れ合いを、オレは大切にしたい。きっと雷画さんも同じ事を言うぞ?』

 

 先生は口をパクパクさせた。

 

『もう~~! また、士郎に言い包められた~~~!』

『マンションでもその調子なのか? その内、追い出されるぞ?』

『だったら、ここに住む!』

『すぐ近くの実家に自分の部屋があるだろう?』

 

 先生は黙り込んでご飯を食べ始めた。ここのすぐご近所に先生の実家があるのだけれど(勝手に補足情報が頭に流れてくる。お婆ちゃんに感謝)、ちょっと怖い生業(なりわい)の家なので、教師という職業とお爺ちゃんの事を考えて、先生は敢えてマンションを借りて住んでいたのだ。お爺ちゃんが今も恩人だという先生。騒がしいけれど、一人住まいのお爺ちゃんをいつも気に掛けてくれていたそうだ。

 

『え~っと、それで名前は何だっけ?』

 

 お爺ちゃんはここでセイバーに名前を聞いた。

 

『え? ア、アルト……』

『そうそう、何か音楽に関係あるような名前だって思ったんだった。眠くてど忘れしてた』

 

 セイバーの言葉を途中で遮って押し通した。そこで先生が自己紹介して姓も尋ねた。

 

『姓、姓ですか……。ペ、ペンドラゴンです……』

『変わった姓ね?』

『変わったも何もお国が違うのに』

『それはそうか』

 

 そんな小芝居を見ながら、私はある事に気付いてそれを考えていた。お爺ちゃんの手の甲には、お婆ちゃんのように赤く濃い令呪が浮かんでいた。それを先生からは見えないようさり気なく隠しているのだ。セイバーの存在さえ、先生の注意を削ぐ意味があるように感じた。と同時に、自己紹介を促したのはセイバー自身で偽名を語らせるためだったのだと思う。こういのを咄嗟に振られた人は、どこかにボロが出る可能性が高いからだ。

 実はフィンランド語だとアルト(Arto)という名は存在する。それは男性名で、英語で言うアーサー(Arthur)だった。そして英語のそれはアーサー王に由来するのは言うまでもない。しかも答えた姓がペンドラゴン(Pen Dragon/竜の頭)だ。5世紀のブリテンに姓はない。よって、セイバーの名乗った姓は、アーサー王の父親ウーサー(ウーゼル、ユーサーとも)が即位の際に得た称号だ。となるとアーサー王と所縁のある人かも知れない。

 

「お爺ちゃん、セイバーに名前を聞かないつもりかも」

 

 そう思ったのは、令呪を見たからだ。パスを流れるのは魔力だけではないと思う。感情というか、セイバーのあり方のようなものも大雑把に見えたのかも知れなかった。

 それと私はこんな事も考えていた。あの黄金の剣が『エクスカリバー(Excalibar)』だとは思わないけど、『エクスカリバー(Excalibar)』は怪しい剣だ。中世の本だと『エクスカリボー(Excalibor)』や『エスカリブール(Escalibor)』と名前がコロコロ変わるのだ。この頭の『エス』は誰かが勝手に付けたもので、初期に書かれた本だと『カリブール(Calibour)』か『カリブルヌス(Caliburnus)』だった。もっと古いウェールズの伝承では『カレトブルッフ(Caledvwlch)』だし、その大元はケルト神話の『カラドボルグ(Caladbolg)』だったりする……。そもそもアーサー王が実在したかどうかは今だに謎なのだ。もし、架空なら……そんな風に剣の名がコロコロ変わるのも納得できるけど。

 

 それと、過去に遡れる魔法か、タイムマシンでもない限り、恐竜の化石を組み合わせても生前の姿は厳密に再現できないものだ。それと同じように、古今東西の英雄奇譚も後世に伝わるそれと本物は別物なのだろう。女の子の騎士かぁ。セイバーは強く見せる必要があって、女の子である事を隠していたのかな? そういう因習に囚われた時代や地域の人だったのだとも考えられる。

 きっとお爺ちゃんも、今の私みたいに自分なりの考えを、頭の中に幾つも幾つも並べているはずだ。だってお爺ちゃん、セイバーをチラチラ見ているのだ。

 

『藤ねえ、アルトさん、お代わりは?』

『あ、頂戴。大盛りで』

『私も大盛りでお願いしても?』

『どうぞ』

 

 私はフィンランド人だけど、私の家も時々日本食が出るのは話した通りだ。そしてお爺ちゃんのお茶碗は、パパのと同じ大人の男性用だった。先生のは驚きの丼用。親子丼などを入れるアレだ。柄もいかにもだし、きっと蓋とセットだ。この蓋に『タクアン』というお漬物が乗っかって来るという、かなり奇抜な食べ物が丼なのだけど、フィンランドはお米を食べる国なので、ママの作る丼に違和感は無かった。何よりパパが大好きで、お魚とキノコの天丼はよく出ていた。

 それはさておき、セイバーのお茶碗は私と同じような女の子用だった。お爺ちゃん、お婆ちゃんと付き合う前に彼女が居たの?

 

『ご馳走様。じゃ、士郎。先に出るね。アルトちゃんに変な事しちゃダメよ?』

『しないよ。オレにそんな時間があるか。アルトさんもこの後、図書館や資料館に行くそうだし』

『それはそうね。行って来ま~す』

『行ってらっしゃい』

 

 お爺ちゃんは先生を見送ると、セイバーに向いた。

 

『セイバー、オレもこの後出ないといけない。おかずは多めに作って冷蔵庫に入っている。ご飯を炊いておくから、留守番頼めるか?』

『マスター、危険です』

『店も持ってないんだから、そのマスター呼びはヤメてくれ。士郎で良いよ。けど、確かにな。昨夜のアイツみたいなのも考えられるし……』

『そうです。察するところ、そこは学び舎のようですが、休むという訳には行きませんか?』

『オレ独りなら、当然休んで調べ物をするさ。けどさっきの女性が、オレの後見人の孫で、ついでにオレの担任なんだよ』

『シロウも、ヒトに縛られる立場でしたか……』

 

 他人(ひと)に縛られる立場……?

 

『誰でもそうだろ。仕方ないさ。あ、そうだ……。霊体化ってできないのか?』

『それが申し訳ないが、できないのです』

『じゃ、2日くれ』

『え?』

『今日の午後からマスクをして、明後日から休む』

 

 ああ、風邪を装うのか。お爺ちゃん、アクドイぞ? しかも、セイバーと話しながら令呪にマジックで落書きをしていた。

 

『何をしているのです?』

『これを包帯で隠すんだ。包帯を解いても、バカをやっちまったって感じで誤魔化せる。それと小銭だ。学園から明日以降バイト先に暫く休むって伝えないとな』

 

 結構、色々考える人だ。結局、お爺ちゃんはセイバーを置いてガクエンに向かった。万一の時は令呪で喚び寄せる事、定期的に念話(あんな召喚でパスは繋がっていた)で知らせる事を決めて。セイバー視点はないので私はガクエンの映像を観ていた。門の前でお婆ちゃんが固まっていた。

 

『おはよ、遠坂。酷いな、これ』

『お早う、衛宮君。実は2日ほど前からあったの。今朝は昨日に増して酷いわ』

『サーヴァントの宝具ってやつかな?』

『そうね。私への挑発ね』

『遠坂へ? どういう根拠でそう考えた?』

『御三家。プラス、ウチはセカンドオーナーと言って、この冬木に住む魔術師から、協会費を徴収する役目があるの』

『ああ……。それでオレをモグリって言ってたのか。参加している魔術師で知っているところってあるのか?』

 

 靴を履き替え、階段で歩きながら話していた。

 

『名前は知っていると思うけど、間桐も魔術師の家系で御三家の一角よ』

『え? マキリじゃないのか? あ、当て字? そうか、慎二のご先祖って海外の……』

『かもね。魔術って基本西欧のものだから』

『それで遠坂も瞳が?』

『ウチは父方の祖母が海外の人だったの。父さんも青い瞳だったわ。ただ初代が『宝石翁』と言われる高名な魔法使いの弟子だったの。200年ほど前の話だけど、そこから魔術師の遠坂が始まったのよ』

『魔法使い?』

『うん。魔法はわかる?』

『まぁ、簡単な定義は。金も時間も技術を注いでもってやつだろ?』

『そうそう』

『なるほど』

『衛宮君って、ウチが魔法使いの弟子筋だ、間桐が魔術師の家だと聞いても驚かないのね?』

 

 私もそう思った。

 

『それなりに驚いているさ。けど情報が絞り込めるからな。慎二ん家には親が?』

『うん、居るわ。あの家は祖父も居たと思う』

『なら……慎二や、妹の桜がどうこうとは現段階では言えないけど、『遠坂崩し』は間桐で間違いない。この結界もそのアピールの可能性がある』

『ど、どうしてそう思うの? 衛宮君、あの家は枯れていく家で、慎二には魔術回路が無いのよ?』

『あるとか無いとか関係ないだろ? 無くとも遠坂を心理的に揺さぶる役はできるぞ? それに、どうもオレもやられてたようだからな』

『え?』

『オレ、頼まれてさ。月に2~3回、桜に料理を教えていたんだ。そしてオレの親父は前回の参加者だ。言っておくが、慎二や桜がどうこうの話じゃない。魔術があるなら、桜を通して情報は得られるだろう?』

『ああ……私、またやった……。頭の外に追い出してた……。見張られてるって事ね?』

『ああ。その可能性は高いと思うぞ。それと、遠坂。二度ある事は三度ある。お前やオレ、慎二達。皆んなが皆んな同世代だという意味を考えろ』

 

 どういう意味?

 

『親の代も同世代だったって事?』

『と言うか、こういうのには、その家で一番脂の乗った人が出るもんだろ? なら残されたオレ達の歳が似通うのも当然だ。そしてここも不思議なんだよ。そんな一番脂の乗った人がどうして参加する必要のある儀式なんて始めたんだ? 死んだらお終いだぞ? この儀式はそこからしてヘンなんだよ。初代から代々伝えてきた、秘伝の味がいきなり消えてみろ。そのお店は潰れるぞ?』

『あ~……』

『『あー』じゃないぞ? ブリンカーを付けたサラブレッドか。頭良いのに、前しか見てないのかよ? まぁ、そこが遠坂なんだろうけど。遠坂、他家をぶっ壊しても得たいもの。子や孫が断絶しても良いと思えるもの。きっと賞品はそれだ。聖杯は願い事が何でも叶うって言っていたけどさ。真の賞品はそんな程度のものじゃないと思うな。それこそ魔法が得られるとか、そういうものだと思うぞ』

 

 お爺ちゃんが自分の教室に入っても、お婆ちゃんは廊下に立ち尽くしていた。私も同じ心境だ。この儀式はビッグバンの起こる一瞬前に意識を飛ばすか、世界の外にあるという『根源のある場所』へ勝者の意識を向かわせるものだ。理想は前者だけど、術式が見えないので、おそらくサーヴァントが還るのを利用するのだと思う。ただし後者は前提として『英霊の座=アカシックレコード=根源』でなければならない。だけどその三者が同一だとは誰も証明していないのだ。ともあれお爺ちゃんの『読み』は凄いとしか言いようがない。

 

〈リン、大丈夫か?〉

 

 霊体化しているアーチャーからの念話だろう。お婆ちゃんの記憶だから、副音声のように聞こえてきた。

 

(ええ……)

〈アイツは鋭いな……?〉

(ね?)

〈どう見る?〉

(全部が全部鵜呑みにはしないけど、かなり正しい気がする)

〈うむ……〉

 

 そうしてお婆ちゃんは自分の教室に入った。

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