プリントアウトされたものは、チラ見しただけでその場で読むのは避けた。余りの衝撃で、動揺を隠し切れないと思ったからだ。そして部屋で休む段になって、やっとベッドの上でそのプリントを読んでみた。その実父と思わしき、元ハンターの男の二つ名は『魔術師殺し』。仕留めた相手の人数はかなりまちまちで、37人説、39人説、40数人説、いや最低でも60人以上殺していると諸説あり定かではないようだった。オレはこの数字の開きから直感として、ナニカの切り札を使って40人前後、それ以外の方法も含めて60人以上なのだろうと感じた。
それに相手の素性も魔術師ばかりと限らず、死徒や、悪魔に取り憑かれたような殺人鬼なども居たとあった。できれば全部の相手がそういう悪党であって欲しかった。血を分けてくれた人物が、殺人鬼と同じならオレも姉も辛過ぎる。何かの理由があって……誰もが納得できる正義のために、やむにやまれずそういう事をしていたのだと信じたかった。また書かれてある事例には、そういう解釈が成り立つケースが多いように感じた。
活動期間は約20年前(享年から逆算すると20歳前後か?)から、10年前の第四次聖杯戦争までだったようだ。活動範囲は南米もあったが、主にヨーロッパだ。それも東欧やバルカン半島が目立つ。道を外したり、封印指定を受けた魔術師は西欧から東欧やロシアへ逃げるパターンが多いので、これは納得できる。だけど民族間紛争が吹き荒れるバルカン半島はどういう意味だ? ハンターならあり得ない。それは金にならないからだ。
その辺りをざっと読んでみて思った。まるで戦争というものを、その身で確認しているかのようだった。
「マスター?」
バスから戻ったクロエだ。
「ああ、大丈夫だ。驚いただけだよ」
エルが手を加えたからだろう。情緒面の進化が著しい。クロエは静かに俯せてプリントを見ているオレの横に入り、そのポカポカと温かな体温を感じさせながら一緒になってプリントを見ていた。
「この人を救けるんでしょう?」
「そうだ」
指先は姉の名を指していた。その目的を忘れるな、迷うなって意味だろう。
「ありがとうな」
そう言って頭を撫でながら眠りに入ろうとした。電灯を消した瞬間に唇に触れるものがあった。だけどそれは咎めずにそのまま眠った。
鋳造者への思慕……行き過ぎるのも困りものだが、希薄で何もないのも困る。ロボット三原則じゃないが、この部分の調整がホムンクルスは本当に難しい。そしてそれはオレの苦手な部分でもあった。でも、どうだ? エルが手を入れたクロエはすっかり『完成』していた。
放課後弓道部を覗く事もせず、学園から家にまっすぐ帰った私だった。出遅れた。既にどこかの魔術師が乗り込んで私を探っていた。真夜中に忍び込んだのだろう。探査魔術用の触媒となる薬品が、教室にある私の机や椅子に掛かっていたのだ。そしてご丁寧に手紙が残されていた。
動揺する気持ちを無理矢理抑え込んで、クラスの人達にバレないようにカバンにその手紙を隠した。現実はそこまで慌てる必要もなかったのだけれど。と言うのは、その手紙にはご丁寧にも軽く認識阻害も掛けられていて、机の上に私が登校するまでそのままあった事に誰も気付いていなかったからだ。つまり相手の腕は一流だった。
だからこそ一刻も早く家に帰って中身を確認したかった。学園で開封しなかったのは、何かの仕掛けがあったら困ると思ったからだ。ある意味で時限爆弾にも等しいのだから、結界を張った工房で開くべきなのだろう。だけどそれをすると、工房を探査されそうな気がしたので、宝石で結界を張ってリビングで開封してみた。
ペーパーナイフはスッと通る。結局何の問題もない、ただの手紙だった。そしてそれはとても綺麗な楷書で書かれた日本語だった。
『拝啓、第六代遠坂家御当主様。新年を迎えまして、日々益々寒気が厳しくなる今日此頃でございますが、いよいよ五回目となりますヘヴンズ・フィールの儀式が近づいて参りました。当主様に於かれましても、ここに向けて研鑽を積まれ、心身を調整なさっておいでの事と存じます。さて、この様に不躾にも突然お手紙を差し上げたのは、貴女(あなた)様に前回の真実を知っておいて頂きたく考えたからでございます。まずはこちらを御覧下さい。
セイバー……アインツベルン(御三家枠。この儀式の根幹を造った家。前回は傭兵を雇っていた。実質的勝者)
ランサー……エルメロイ(時計塔枠。先代のロード・エルメロイ。アインツベルンに破れ死亡)
アーチャー……遠坂(御三家枠。儀式に土地を提供した家。弟子の裏切りに会い死亡)
ライダー……ベルベット(外様。存命)
キャスター……雨竜(外様。アインツベルンの手に掛かり死亡)
バーサーカー……間桐(御三家。儀式の要たる令呪を開発。急拵えのマスターを立てサーヴァントに魔力を喰われ死亡)
アサシン……言峰(第五代、即ち先代様の秘匿された弟子。存命。途中、師を裏切り刺殺。師のサーヴァントを奪った)
おわかり頂けましたか。今監督役が前回参加しておりました事実を。今回も裏で繋がって居るのであれば、遠慮なく潰させて頂きます。特に間桐の真の後継者を。もしそうではなく、正々堂々の勝負をお望みであったのなら大変失礼を申し上げました』
そして封筒には手紙以外に、遠坂の戸籍謄本と間桐のそれのコピーが入っていた。甘かった……相手はここまで調べていた。こうなるとサーヴァントの召喚も早々に済ませているだろう。それに綺礼に相談したくとも、あいつが信用できないのは、この手紙が示す通りだ。これが真実であるなら、父を殺したのは綺礼で間違いない……。しかも相手は桜の存在を知っていた……。『真の後継者』。単に枯れていくだけの家と思い込んでいた。だけど桜が後継者……それか、慎二が可怪しい理由は……。全部が全部信じるのは危険だけれど、思い当たる事も多い。雁夜小父さんの事を唐突に思い出した。前回はあの人が間桐から出たのでは……?
だから私は家中を引っ掻き回して触媒になるものを探した。今夜か明日の夜に召喚するのだ。幼い頃から憧れていたセイバーを。
それは何時頃だったのだろう。バイトが終わった帰り道だったから10時にはなっていないと思う。擦れ違うバスの行き先案内が、赤く染まっていたのに気付いたから深山町から新都を抜けて神社前に向かうバスの最終便だろう。神社方面行きは学園前行きとともに最終便が9時台で終わる。
俺が今歩いているのは新都という、家のある深山町とは未遠川を挟んだ反対側だ。ここいらは新田という名の地名が多い。それが時とともに工場が建ち、宅地開発され、人が増え、大きな商店街や歓楽街が並び、いつしか駅前を真ん中にして市役所のある辺りから冬木大橋に掛けてのメインストリートが新都と呼ばれるようになった。今はその市役所や、大橋と並ぶ冬木のランドマークとなっているセンタービルの先、古い民家のあった辺りが再開発されていた。
そんな冬木市の新都の片隅にある酒屋の『コペンハーゲン』、そこが俺のバイト先だ。普段は配送のための倉庫整理とトラックへの積み込みが多いんだけど、この日は併設されている飲み屋の方を手伝っていた。
その昔は買った酒をその場で呑める角打ち(かくうち)だったのが、やがて簡単な摘みも置く立呑に変わり、大将の娘さんであるネコさんが店に立つようになってからメニューが増え、今はそれなりの居酒屋になっていた。無理を言って中3の頃から手伝っているが、馴染みのお客はこんな若造にも暖かい。だから『もう上がって』の言葉を聞いていても、ついつい長引いてこんな時間になってしまった。
新都を抜け、冬木大橋の歩道を渡り家の方に向かうと途端に辺りが暗くなる。これがバス通りや学園坂の両脇に並ぶ新し目の家が並ぶ地域なら明るいんだが、生憎、俺の家がある辺りは本当に暗い。勿論、電信柱に街灯はある。だけど歴史的な建造物の多いここいらは、昭和の頃の傘に電球というそのままだった。そういう古びた街の坂を家に向かって歩いていると、とんでもなく可愛い子と出逢った。髪は月の光をそのまま照らしたかのような銀髪で、一瞬見えた瞳は燃えるように紅かった。見た目は俺と変わらない高校生か、もしかしたら中学生くらいの外国の女の子だ。
黒いコートの下はセーターだろうか? 赤いマフラーで余り見えない。だけど赤い手袋が持つそれは、なんとも甘い香りと湯気を放っていた。新聞紙に包まれた黄色い齧り後は、間違いなく石焼き芋だ。遠くでピーッという音がかすかに聞こえる。何を言っているのかほとんど聞き取れないのに、『石焼き芋~』という言葉が頭に浮かんだ。
年齢がもうひとつわからない人だけれど、話してみるとその口調から見た目以上、もしかしたら俺より年上だと感じた。
「真実を早く知って、行動に移さないと死にますよ?」
俺には思い当たる事があった。
「もしかして君か? 学校で俺の机に手紙を残していったのは?」
だけどこんな真冬なのに、その肌の色が健康的に焼けた子は首を振った。
「先に動いた者が居るって事ですか……?」
意味がわからなかった。
「君は?」
「あなたのお父様の事に絡むのですが、10年前の真実をお教えしたいと考え、ここで待っていました」
それこそ手紙の内容と同じだった。しかし日本語がとても上手い。
「どういう事だ? 君は何を知っている? 10年前に親父に何があったと言うんだ?」
話が込み入りそうなので、俺は彼女を家に招いた。お茶を入れる間、座卓で待っていた彼女は着ていたコートを丁寧に折りたたんで脇に置き、座布団の上で綺麗に正座をして待っていた。お茶を彼女の前に差し出すと、自己紹介から始まった。
「私の名はアーデルハイド・フォン・アインツベルンです。オーストラリアのアデレードから来ました」
「あ、俺は衛宮士郎です」
オーストラリアから……。
「私は母、アイリスフィール・フォン・アインツベルンと、あなたの養父でもある衛宮切嗣との間に産まれた実娘です」
何だって!?
「親父には子供も奥さんも居たのか!?」
驚くばかりの俺と対象的に、その子は落ち着いた、でも、とても清涼感のある声で話を続けた。
「驚かれるのは無理もありません。当方はすべて調べ納得しています。父が戻らなかった事も、あなたと暮らしていた事も……」
あ。親父がここに居たって事は……その間この子が……。
「す、済まない。この通りだ。何も知らなかったんだ」
俺は座布団を避けて頭を下げた。すると彼女は少し微笑って許してくれた。
「今となってはそれは済んだ事です。それよりも重大な話があります」
重大な……何だろうか?
「衛宮さん。あなたには魔術の知識がありますね?」
う……。
「あくまでも確認です。当方もそういう家です。またそういう儀式に参加するために父はこの地に来て、その失敗で起きてしまった災害の中からあなたを救けた事も存じています」
なっ!?
「10年前のアレが魔術の儀式で起きたって言うのか?!」
「そうです。それを話しましょう」
失礼だけど動顛していた俺は、睨むようにして『頼む』としか言えなかった。
「では。この儀式の名は、正式ですと『ヘヴンズ・フィール』と言います。別名が『聖杯戦争』です」
「聖杯? あの?」
「そういう誤解を産まさせるために、後でこの別名が敢えて付けられたのでしょう」
「隠蔽のため?」
「はい。ですが戦争というのも物騒ですが、あながち間違ってもいません。それは、この儀式には7人の魔術師が集うのですが、お互いに殺し合わなければならないからです」
え?
「こ、殺し合う?」
「ある意味、ここにも隠蔽があります。それは必要なのが、魔術師の命でなく別のものだからです。つまり魔術師はある触媒を集めるための、死のうが生き残ろうがどうでもいい駒でしかないのです」
「え?」
「これは魔術の儀式ですよ? 欲しいのは触媒であり、その触媒を使って行った魔術儀式で得られる『結果』な訳です」
つまり……。
「あの災害が! 街が焼けた事が望んだ結果だと言うのか!?」
「『はい』であり『いいえ』です。大量の電力が必要だったから原子力発電所を造った。だけど操作を間違って放射能が漏れてしまった。それが前回の結果です。ですから自分達がしでかした事に後悔した父は、自分が唯一見つけられた生存者であったあなたを救けたのでしょう。それは父達魔術師の罪です。申し訳ありませんでした」
そう言って彼女も座布団を外して頭を下げた。だけどそんな事をされても死んだ人は生き返らないし、過去には戻れない。彼女のこれは、その儀式とやらを行った一族としての『ケジメ』だ。なら俺も残された者として『ケジメ』を付けなければならない。
「顔を上げてくれ。君が日本に来た理由もわかってきた。その儀式がまた始まるのか?」
「はい。本来は約60年周期でした」
「60年……って、いつから?」
「前回が4回目でしたので、最初の準備期間も含めると200年は続いている事になります」
そんなに昔から……いや、魔術の儀式ならあり得るかもしれない。
「それだけ大掛かりって事だな? 触媒って?」
「ゴーストライナー。つまり英霊という、死後に人々から一定以上の信仰を得た英雄などを召喚して利用するのです。そしてその英霊は、この『世界』が遣わす高次の存在ですから、膨大な魔力の塊でもある訳です。それらを触媒にして……」
「更に大きな事をやろうと考えていた訳だ」
「はい」
「一体何を?」
「その英霊を構成する魂が還る『場所』への道……この場合は『世界の外への孔』を開く事です」
あれだ、あの炎の中で見た孔だ。そういや、あれはどこに繋がっているんだ?
「その孔はどこに繋がって?」
「アカシックレコード……根源とも言われていますが、かなり疑わしいです」
だろうな。俺もそう思う。
「それで昔の魔術師は何を得ようと?」
「魔法です。技術の発達によって、陳腐化し失われていった魔術と違い、莫大なお金や膨大な知識を注ぎ込んでも得られない最終最後で究極の神秘、それを得るためです」
そんな、そんなあるかどうかもわからないもののために、街が焼かれ人が死んでいったというのか……?
「そう睨まないで下さい。立場を明らかにするためにも、先に明言しておきます。私はこの儀式を失敗法と考えており、止めたい、永久に終わらせたいと考えています。それでこれから始まる儀式を……」
そうか、この人はそれを壊そうと……。
「なら、手伝わせてくれ。こんな儀式があっちゃいけない。何としても止めないとダメだ」
「それは構いませんが……」
彼女は言い澱んだ。
「集う相手の魔術師の事を話しましょう」
「ああ、頼む」
「この儀式には三家が中心となって開催されています。その三家から各1名。そしてこの儀式を取り仕切る魔術装置が、魔術師の『欲』に反応して、残る4名を選びます」
「欲?」
「何も金銭欲だけではありませんよ? 名声欲や出世欲といったものから、『この世から戦争を失くしたい』といった願いにまで反応します」
『この世から戦争を失くしたい』って、願いも欲だって言うのか? それはオカシイだろう?
「そういう願いは正しいだろう? それも欲なのか?」
「願う間は『欲』ですよ。祈りませんと。祈った上で行動する、それが正しい道です」
言われてみれば『願い』と『祈り』は似ているが違う。だけど妙なところにこだわるな。
「言葉の微妙な違いじゃないのか?」
「その言葉の『微妙な違い』を曖昧にしていると、自身の指針や行動が乱れます。何のために動くのか、何を目的にしていたのかを見失うものなのです」
『何のために動くのか』か……何かとても大切なことを話してくれている気がする。
「これがあなたの心理的な朗報になれば良いのですが、父が願った事こそが、さっき話した『この世から戦争を失くしたい』でした」
ああ、ジイサンはやっぱり……。
「ですが、第四次をこの世で流す最後の血だとして、当時の新都にあった高級ホテル最上階に陣取っていた、魔術協会総本山から参戦した教授をビルごと爆破、後には銃殺しています」
う……。
「当然これ以外にも。大丈夫ですか?」
ああ、顔に出たか……。
「大丈夫だ。続けてくれ」
「では……。そうやって最後まで勝ち上がりましたが、儀式の要となる装置が汚染されていて、結果はあの通りでした」
「その汚染と言うか、欠陥はわからなかったのか?」
「わかるだけの魔術的知識を持つ者は限られていました。何より始まりの三家と説明した通り、役割分担がありましたので、全体を見渡せる者が居なかった」
ああ。
「その三家ってどこなんだ?」
「あなたの交友関係も調べました。その上で聞いて下さい。間桐、遠坂、アインツベルンの三家です」
え? 間桐……だって?
「そして残る4陣営が、噂なりを聞きつけて外部からやって来る魔術師ですね」
外部?
「どうして外部から? 触媒に英霊が7人必要なのはわかった。なら自分の家から2~3人出せば……」
「こんな殺し合いの儀式に、当代の頭首や跡継ぎを出せますか? 普通は跡継ぎから外れた兄弟姉妹などを立てませんか?」
それも酷いなと思いつつ、それはそうだなと納得した。この立て続けの話で俺は気になった部分(間桐と遠坂)を忘れてしまっていた。
「わかった。となると、その4陣営は……言い方は悪いけど『生贄』って事か? 根源に行けると誘って?」
「文字通りの生贄です。根源に行ける可能性すら明かしていません。撒餌の看板はどこまでいっても『望みが何でも叶う願望器』ですよ」
吐き気がする。その醜悪なやり口に。だけど……。
「願望器?」
「そこも嘘混じりです。膨大な魔力を一箇所に集めれば、それっぽい働きをする場合があるだけです。そこらの浮遊霊を溜め込めば、その家が一般人でも感知できる怪奇現象ばかり起きる……誰も寄り付かないお化け屋敷になるのと同じで」
なるほど。
「だけど、そんな嘘っぽい事を信じて参加する者が居るのか?」
「今までは居たのでしょうね。その昔はインターネットもTVもなかったのですから。ましてや表に出ない情報は、『嘘』と決めつけるタイプと『あるいは』と一度は考えるタイプが居ると思います。また、普段はそういう嘘に騙されないタイプなのに、ある特定の事に関してのみ信じてしまうタイプも居ると思います」
「そっか、魔術師だからか……」
「そういう事です。ここでもふるいに掛けている訳です。令呪が宿ったのが、たまたま魔術の事を知っている程度の者でも、社会に対して縁故関係が薄いのであれば。生贄には十分です」
俺の事か?
「それはどういう意味だ?」
「軍の情報部などですよ」
「軍? 日本は自衛隊だから軍じゃ……」
「アメリカの国防総省の事ですよ。通称ペンタゴン。五角形の建造物は、その昔にバチカンのバックに居たファルネーゼ家の証。バチカンと言えば数多い会派の中で日本人に馴染み深いのがザビエルで知られるイエズス会でしょう。そのイエズス会がアメリカに創設した大学が、ワシントンDCに近いジョージタウン大学です。アメリカの大統領や政府高官に軍の官僚を多く出している名門校です。また、バチカンの下部組織に聖堂教会というものがありますが、そここそが魔術師が追い求める神秘を否定する部署です。ですから魔術協会の天敵とされています。ですが、何故かこの儀式は第三回からその聖堂教会が監督役となっています。胡散臭くないですか?」
「裏で繋がっている……?」
「はい。勿論高度な機密が敷かれていると思います。ですが英霊という現象は、物理現象でなく物質に干渉できる霊現象です。それも一方通行で」
「一方通行?」
「ええ。英霊に通常兵器は効かないと言われています。つまり人類には対抗できる手段がありません」
そうなのか……。
「となるとですね。彼らも元は人なので、金銭や地位など欲に訴える懐柔か、三画以上を保持できる新たな令呪の開発などなど、最初は利用する方向で手懐ける方法を考えると思います。ですがその先は彼らの『特質』を研究して……それを人に、それもオンオフできる方法を加味して、上乗せする方法を考え出すでしょう。もしこれが人体にも応用できるとなれば、核兵器にも耐えられる最強の兵士が造れます」
「そ、そんな事!?」
「しますよ。『欲』に目の昏んだ人類とはそういうものです」
俺はゾッとした。
「また、そういう軍部の動きはアメリカだけではありません」
「アメリカだけじゃない?」
「はい。ロシアや中共も十分考えられます。特に中共のスパイなら、顔は日本人と変わりません。語学や風習を覚えればこの日本に入り放題ではありませんか? 勿論ロシアの極東にもそういう民族が居ますし、両国ともスパイを現地調達する方法も確立している事でしょう。元々は忍者が使っていた手法なのに、子孫は忘れ。海外に流れたのは皮肉ですね」
スパイ天国っていうものなぁ……。
「この儀式ってそこまでバレているのか?」
「そうも考えられるという可能性で話していますが、教会が絡むならあり得ると思います」
そんな事があるのかと思いつつ、昔と違って今という時代ならあるのかなと思えた。
「でもさ、隠蔽工作をしっかりしていたんだろう? それまでも、スパイは排除していたと思う。どうしてそんなアメリカ軍なんかに嗅ぎ付けられたと言えるのさ」
「人の育った街を好き勝手にするなと、かなり頭に来ているでしょうに、その質問が出るなら立派です」
彼女は、そう俺を褒めてくれた。そして天井を指差した。
「スパイによる人の目もあるでしょう。ですが最大の要因は人工衛星ですよ。空の上を飛んでいるのは、日本のものだけではありません。200年も前に編み出された儀式です」
「あ」
言われてみれば……。
「私は前回のリポートや資料を何度も精査し読み返しました。実はこの冬木には何度も訪れ、この国にいる協力者に図書館へ行って新聞の縮刷版や郷土史を借りて来て貰ったり、市役所で死亡者の人数を詳しく調べて貰ったり、各お寺で供養された人も調べて貰ったりしました。勿論、この冬木に近いところに住まう魔術師からも、当時の噂やお話を聞き取り調査しています」
「凄いな……それで日本語が?」
こう言ったら少し照れていた。その時の顔がなんとも言えない。人柄の良さが現れているかのようで、印象深かった。
「……も、影響しているかも知れませんが、今回に備えて習っていました。それでですね。前回、サモナーのサーヴァントが居た事がわかりました。驚く事に身の丈5~60mはありそうな化け物が召喚され、川で暴れていたそうです」
そんな怪獣みたいなのが暴れていたなら全国ニュースだ。でも、それすらも隠蔽されて来たんだ。
「それを他のサーヴァントが協力して斃したとありました。その時、堤防の上にはかなりの人が集まっていて目撃していたそうです。これは魔術協会や聖堂教会もマズイと全員の記憶を消した上で暗示を掛けたのだと思います。と言うのも『近くの工場で事故があり、そこから漏れた化学物質の気化ガスを吸って集団幻覚を見た』と当時の新聞に残っているからです。ですが、空の上からは見られていた訳ですね。そこで当時の事を知っているあなたに尋ねたかった事があります」
「なんだ? 余り憶えていないぞ?」
そうなんだ。俺には、あの災害のせいなのか記憶障害がある。だから隠蔽工作があったと聞いても、イマイチ、ピンと来ない。
「大災害だったのは認めますが、あなた以外の生存者や目撃者は?」
生存者は居ただろう。目撃者?
「噂だけど、俺以外の子供は教会に引き取られたと聞いた覚えがあるよ」
「やっぱり……大量のアドレノクロムが採れたでしょうね」
「アド……どういう意味だ?」
「あ、いえ。実は前回、子供を拐う陣営がありました」
「子供を? どんな理由で?」
「聞きたいですか? あなたが思い付く限りの最悪な事よりも、もっと最悪な内容ですが」
「碌でも無い事か……」
「ええ。話しましょうか?」
「いや、いい」
「健全な思考なので安心しました。それでここに来た本当の理由、本題に入ります」
彼女の優しそうな顔つきが変わった。グッと引き締まった。
「この闘いに参加するにあたって必要なものは、『魔術師である事』『令呪が宿っている事』そして……」
「そして?」
「召喚したいサーヴァントとの縁(えにし)が確かな触媒……即ち『聖遺物を入手している事』なのです。私には最後のそれが足りません」
そうして右手の甲を見せてくれた。そこには赤い三画の、紋章のようなものが浮かび上がっていた。
「衛宮さん。それをあなたが持っている可能性があります」
え? そんなものないぞ?
「待ってくれ。俺はそんなの、持ってないぞ? 何だったら、家中探してくれてもいいぞ」
「となると予測通りか……」
「ん?」
「衛宮さんは燃えている街の中で父に救けられたのですよね?」
「む……そうだ」
「その時の火傷の痕は? 失礼ですが、見える範囲にはありませね? 衣服の中に隠れる範囲ですか?」
「何が言いたい?」
「重度の火傷は皮膚を移植しても、かなり痕が残るものです。つまり医療以外の、何らかの神秘であなたは救かったのだと考えられます」
親父の魔術なのか? そんなのができたのか?
「親父が?」
彼女は頷いた。
「あなたの体の中に聖遺物が隠されていると、私は考えます」
俺は隙かさず着ているパーカーとトレーナーを、断りを入れて脱いだ。
「見てくれ。肩のここ。火傷の痕だ。まだ残っている」
「それは最近のものでしょう? サーヴァントが消えた事で効力を失ったのだと思います」
話の筋は通っている。だけど何なんだ?
「一体何が俺の体に?」
「聖剣の鞘です。アーサー・ペンドラゴン。アーサー王が持っていた剣の鞘ですよ」
「ええっ!? あの、エクスカリバーの?」
「ご存知でしたか。有名ですものね。当然、魔術的に分解してあると思います」
やっと話が見えて来た。確かにアーサー王の鞘は別誂えで、それを持っている限りは、たちまち傷を癒やし首を落とさない限り不老不死だったという。それが盗まれたかなにかしてアーサー王は死んだんだ。そんなものが俺の中に……?
待てよ……?
「って言う事は……親父の召喚したサーヴァントって……?」
「そうです。剣の英霊としては最高峰の一角である、あのアーサー王で他なりません」
この時。時計は11時を回っていた。でも、今から召喚しないかと誘われて断る理由も無かった。だって、俺自身が伝説のアーサー王に会ってみたかったからだ。
「マスターの契約は私の方で致しますね?」
「令呪の関係で仕方ないのはわかるけれど、それは俺が未熟なのもあるのか?」
「そこまでは言いませんよ。サーヴァント同士の闘いとなると、どんなに優れた魔術師でも手も足も出ません。ですが、サーヴァントのフォローなり、相手マスターを取り押さえるなり、人手は大いに越した事はありません。私としては士郎クンが『手伝わせてくれ』と言ってくれた事が最高に嬉しかった……」
え?
「そんな勇気のある子を、よくぞ父は養子にしてくれたって。それだけで母を犠牲にしてまで戦場に臨んだ父への恨みが和らぎます」
「アーデルハイドさん。犠牲って……?」
心の中で警鐘が鳴っていた。だけどこれは聞かなきゃダメだと思った。
「この儀式は見立て儀式でもあって、アカシックレコード(根源)に繋がる装置である『大聖杯』と同時に、その相似形である『小聖杯』が必要となります。この『小聖杯』に斃れたサーヴァントの魂(魔力の塊)が吸収され、7騎揃った段で、それらを『大聖杯』に一気に流し込むのです。この一気にというところが大事な訳ですね。言ってみれば、焦がしバターを作るような……そこを弱い火力で行えば失敗するものです」
料理に多少心得のある俺には、この説明が腑に落ちた。と同時に、アーデルハイドさんは意外と料理好きなのではないかという気がした。そしてそのアインツベルンというところの酷さがわかった。
「それでその前回の『小聖杯』が母でした」
「は?」
最初、何を言っているのか理解できなかった。『小聖杯』という言葉から『人』を連想できないからだ。だけどアーデルハイドさんの母親は、魔術(錬金術)を使って人工的に造られたホムンクルスだった。それなのにその人は親父と結ばれ子供を儲けたという。だからアーデルハイドさんも半分はホムンクルスなのだそうだ。
「善は急げです。召喚向きの良い場所はないかな?」
「時間は良いのか?」
今更だけど聞いてみた。
「大丈夫ですよ。長引く事も考え、この近所のアパートメント(マンション)を短期で借りていますから」
そのマンション名は藤ねえと同じところだった。フルネームは藤村大河。俺の後見人をしてくれている藤村雷画さんの孫にして、学園での俺の担任でもあった。昔から世話になっているので、どうにもこうにも頭の上がらない姉貴分だった。そんな事を思い出させてくれたので、朝飯を俺の家まで食べに来る時間も、大雑把だけど逆算できた。その召喚とやらに2時間掛かっても3~4時間は眠れる。これなら朝飯や弁当を作って、食べて行っても遅刻しないで済む。
アーデルハイドさんは家の中をキョロキョロ見回し、次いで中庭の先に佇む土蔵を見て、そこにしようと言った。ああ、俺がいつも魔術の修練に使う場所じゃないか……わかるのかな?
それで玄関から靴を持って来て、客間の前の縁側から中庭に下りた。土蔵を開けると、彼女は目を細めていた。
「ここ。わかりますか?」
「何が?」
「魔術回路を開いて見れば、陣の跡がくっきりと。そうか……弱る母はここで……」
サーヴァントの魂を吸収すればするほど、人としての機能が奪われ、ついには『聖杯』になってしまうのだとか。もっと言えば、『聖杯』に自分で逃げたり隠れたりといった人としての機能を持たせたものだったらしい。こうなるとアーデルハイドさんが心配になる。
「まさかと思うけど、今回はアーデルハイドさんが……?」
だけどそれは否定された。
「私じゃなく、その役を担っているのは姉です。この儀式を壊したいのも、姉を救けたいからです」
そう言った瞳はとても強かった。
「せっかくですから、この陣を改良して召喚陣にしましょう」
そこで陣が見えない俺は、魔術回路を起動した。む、薄っすらとだが確かに陣がある。どうして今まで気付かなかったのだろう?
「士郎クン、あなた……?」
「え?」
アーデルハイドさんが驚いていた。
「何かあったか?」
「何かじゃありません。あなた、そんな風に毎回、回路を一から?」
そして目の前でアーデルハイドさんが開いていた回路を閉じ、もう一度開いてみせた。俺のレベルじゃ感じられないけれど、彼女は苦悶の表情など何一つ見せなかった。
「回路開きは幼少期に何度かに分けて行い、起動は頭の中のスイッチをオン・オフするだけです。知らなかった……?」
そんなの知らなかった。
「父は何を……」
「無理矢理、俺が教えて欲しいと頼んだから……聞き漏らしたのかも知れない」
アーデルハイドさんはため息をついた。
「違いますね。父は儀式の失敗を本気で悔いていた。やっと救けられたキミに、そんな道を歩んで欲しくなかった。それだと思います」
言い返しそうになるのをグッと我慢した。正義の味方だと親父に憧れたのは俺の一方的な感情だ。何かを言っても、この人はそう返してくるのがわかった。そしてそれを言える資格がこの人にはある。だから陣を描き直すアーデルハイドさんを黙って見ているしかできなかった。土蔵の裸電球はその暖かそうな光の色とは違って寒かった。
「できた。士郎クン、扉を締めてここに立って下さい」
あ。1月の夜というのに、扉が開いたままだった。言われた場所に立つと、アーデルハイドさんは右腕を陣にかざし、長い詠唱を始めた。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。────告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──―!」
紫電というのか? そんな雷のようなものが見えた気がした。やがてその光が陣の中央に集まって人のカタチになった。その銀色の胸当てと籠手を纏った人がアーサー王!?
「お、女ぁ!?」
それは金色の髪を後ろで纏めた、アーデルハイドさんと変わらないくらいの身長の女の子だった。その少女の発する鈴のような声が耳に届いた。
「問おう────。あなたが私のマスターか────?」
そして騎士は閉じていた目を開いて、俺を見た。俺は思わず彼女の後ろに立つアーデルハイトさんを指差した。その吸い込まれそうな、翡翠の瞳に魅入られて声が出なかったんだ。騎士は眉根を寄せて後ろを振り向いた。
「ッ?! し、失礼しました。あなたが私のマスターですか?」
「はい」
アーデルハイドさんは令呪を騎士に見せ、自己紹介した。
「私の名はアーデルハイド・フォン・アインツベルン。アイリスフィール・フォン・アインツベルンと衛宮切嗣の実子です。そこにいる士郎クンは父が養子に迎えた男の子です。その辺りはおいおい話すとして、セイバー、どうか私達にあなたのチカラを貸して下さい。姉を救け、この狂った儀式を永久に失くしたいのです」
セイバー(と呼ぶらしい)は、力強く頷いてくれた。
その後母屋に戻ったが、アーデルハイドさんは連絡方法を教えてくれたらセイバーを伴ってそそくさと帰った。だけど明日の夜に会おうと言い残してもいたので、俺はそのまま見送った。
目覚めは最悪だった。結局触媒になりそうなものは見つからず。遅くまで探したのになぁ。それでモソモソとトーストを齧っていたら、こんな朝の早くから電話があった。うっかり出てしまったら綺礼だった。
「何よ」
『一日とは礼に始まり礼に終わるものだ。おはよう、凛』
「はいはい、おはよ。学園があるから手短に」
『フン。今がどういう時期か理解しているのか?』
「当然でしょ?」
『なら、遠坂当主として、さっさと召喚しろ。残る枠は1騎だぞ?』
ウッソ?
「本当に?」
『本当だとも。バーサーカー、キャスター、ライダー、アサシン、ランサーが既に召喚済み。そして昨夜はセイバーだ』
誰よ、セイバーを取ったのは!
『此度のマスター達は随分と急いているようだな。ククク……聞いているのか、凛?』
「聞いてるわよ! 私も今夜、召喚するから」
『是非、そうしてくれたまえ。御三家なのでその令呪は確かだ。もうこれ以上は誰にも浮かばん。だが、拠点も知られるお前が未召喚だと知られれば、真っ先に狙われるぞ?』
しまった。それがあるんだ……。
「わかった。とにかく、今夜召喚するから」
そう言って、まだ何か話したそうな迷惑電話を切った。それですぐさま留守番機能のボタンを押した。2階に駆け上がって、ネグリジェを脱いで、急いで制服に着替えた。再び階下に下りて、トーストの残りを紅茶で流し込んだ。身嗜みを整えて、用心しながら家を出た。そこではたと休めば良かったかなと思った。
待て待て私。遠坂たるもの優雅なるべし。そんなコソコソした姿は頂けない。探査魔術を掛けつつ、いつものように学園に向かう私だった。
「マスター! エルヴァ! 起きなさい!」
エルに毛布を引っ剥がされ、慌てて起きたオレだ。
「何だよ」
「悠長に電話を待っていたのは失敗でした。気にしていた、あの少年────。昨夜、セイバーを召喚しています」
嘘だろ?
「嘘言え。お前のあのでっかい虫でも令呪なんて確認できなかったのに」
身体のどこにも令呪なんて、兆候すら浮かんでいなかったのだ。だからハズレかと監視の目を緩めたのはある。だからと言って昨日の今日だぞ? 一体全体誰が?
「聞いたかい、エルヴァ?」
先に起きていたらしいアントニーが、リビングでアストルフォと話し合っていた。
「この状態はマズイよ」
「何がだ?」
「エルからまだ聞いてない? ランサーも昨夜召喚されているんだ」
それは……。
「マキリか? トオサカか?」
「エルが言うにはマキリだ。だね?」
アントニーがキャスターであるエルを見た。
「お前ほどの魔術師が見逃したのか?」
「後でその責は甘んじて受けます。まずは、その見知らぬ────セイバーを召喚したと思わしき相手の狙いです」
オレはピンと来た。
「出遅れたトオサカ狙いか!」