※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

30 / 129
30、Memories of Miyako 05

(慎二ならハッタリの可能性と、遠坂へのアピールの可能性が考えられる。あいつも遠坂の事、好きだからな。これが桜ならどう見る? 遊びなしだ。きっと家の方針そのままだろう。慎二に頼まれて、桜が中3の頃から料理を教えるようになったんだが……参ったなぁ。懐に入れた窮鳥が歩く盗聴器or監視カメラだったなんて笑えないぞ。まったく……そう来るのかって感じだ。事実は小説より奇なりと言うけど、ホント……雷画さんの言う通り現実で目の当たりにすると丸っきりマンガだな)

 

 授業中のお爺ちゃんは、そんな事をずっと考えていた。

 

(間桐は一家総出っぽいけど、背後で糸を引くのは祖父か父親だろうな。枯れた家……あの言葉が本当なら、慎二が聞かされている情報と、桜が持っている情報は内容が異なるだろう。だからオレに『早く帰れ』と言った可能性がある。その言葉に友情があったのは間違いない。けど命令、或いは暗示で一線を越えさせる事は可能だ。それが恐怖に起因するものか、何らかのメリットがあって半分自主的に動いているのか、はたまた暗示でそうなっているのかでこちらも対処が変わる……)

 

 集中して内容を聞けば、結構、というかかなり深い考え方をしていた。こういう言い方は変だけど、ああいう災害で生き残ったせいか、危機意識がかなり高い。ヌルくないのだ。私、アルバイト先での映像を追っていなかったけれど、これって雷画さんだけじゃないと思う。そのアルバイト先で出逢った大人の人達の影響も相当受けていると思うんだ。そういう人達のお話に耳を傾け、そういう考え方、こういう考え方があるのかと、自分の中で消化して自分なりの正しい答えを探る……そんな事を繰り返した結果培われたものだと思う。

 

(それと残酷だと思って、昨夜も今朝も結局遠坂には言えず終いだったけど、やっぱりアイツの親も襲われて殺されてた気がする。ランサーの背後に居る奴と同じ空気を感じるな……。これは、10年前の事も調べる必要があるか……)

 

 ランサーの体験からそう考えたようだ。あの場面でセイバーを召喚していたのだから、かなり鋭いのだけど、私はこの時点で、お爺ちゃんがアインツベルンの事を敢えて考えないようにしている事に気付いてしまった。お爺ちゃんのお父さんの本当の娘。あの子に相当シンパシーを感じているようだ。だからこそ、親友とその妹すら冷静に見ていた事とのギャップが強い。その都合の良い『無視』は危険な予感がするけれど、これはもう終わった過去だ。そして夢として再生される記録でしかない。だから声も届かない……。

 

(セイバー、オレの声が聞こえるか?)

 

 うん?

 

〈はい、シロウ。声は落ち着いているが、何かありましたか?〉

(1点目はガクエンに怪しい結界が張られている)

〈え?〉

(しかも、ここにはオレと遠坂というアーチャーのマスター、それと間桐という別の勢力が居る)

〈何と!? 危険ではないですか?〉

(その通りだ。だから情報をできる限り拾って、午後からは体調不良になる)

 

 早退するって意味らしい。

 

(2点目。この3つの勢力が、同学年だ。これは幾ら何でもおかしい。それに60年ごとの筈が、今回は前回の10年後にこの儀式が始まっている。そこでオレは前回の事を探ろうと考えた。セイバー、お前、オレの身体に眠る『鞘』の持ち主だろう?)

 

 ああっ!? お爺ちゃん、召喚の時それを探っていたのか! ああ……そうだよ、そうだよね。『英霊の座』なんて掴める筈がない。自分の中にあるものしか、識る手立てなんてないよ。ちゃんとわかっていたんだ。

 

〈シロウ……そうでしたか。あなたが私の『鞘』を……〉

(うん。亡くなった親父が災害の中でオレを拾った時に埋めたんだ。きっと怪我が治るとか、火傷がたちまち治るとか、そういう効果があるんだろ?)

〈そうです。ですが、あなたを拾ったとは?〉

(文字通りさ。あの災害でオレは本当の親も記憶も失った。災害って大火なんだけどな。街中どこもかしこも焼け落ちていて、もう死ぬしかないって諦めたところで親父に救けられて病院に。そんな孤児になったオレを親父が引き取って育ててくれたんだ。セイバー、お前10年前に『宝具』で街を焼いたのか?)

〈シロウ! それはない。それは断じて私ではない。私はアーチャーと最後の決戦に臨み、そこで残る魔力の全部を使って……〉

(ん?)

〈……『宝具』で聖杯を破壊しました。そこで私は元の時間に還され、その後、ここの街がどうなったかは知らないのです〉

(そうか。最後の決戦って言うからには、お前か、そのアーチャーが残った状況だ。勝ったのか?)

〈いえ……決着を着ける前に令呪で聖杯を破壊しろと……〉

(ええ? いきなりか?)

〈……はい〉

(それは腹が立ったろう。全員が全員そうとは思わないけど、召喚される英霊側もそれなり望みがあるだろうからな)

〈いえ! 聖杯があるからこそ召喚に応じるのです〉

(それはセイバーの場合は、だろ? お前、全員にアンケートでも取ったの? そこはバラバラじゃないかな)

〈そう言われますと身も蓋もない。ですが前回参加した者の大半は聖杯を欲していたと思います〉

(なるほど。じゃ、次な。親父も聖杯を望んでいたか?)

〈はい。彼は誰よりも欲していたでしょう〉

(その理由は知っているか?)

〈ええ、聞いています。この世から『戦(いくさ)』を失くしたいからと……〉

(なるほど。そこに王手が掛かった訳だ。なのにセイバーという仲間を裏切ってまで、聖杯の破壊を命じた。それはどうしてだと思う?)

〈……わかりません〉

(何となくで良いよ。『あ、これはダメだ』『使えない』とか、何か土壇場でわかったから命じたんだと思うんだ。それをセイバーも感じたかどうかを聞きたいんだ)

〈シロウ、どういう意味ですか?〉

 

 そこからお爺ちゃんはお婆ちゃんに話したように、授業そっちのけでセイバーにも『この儀式が怪しい』と話していた。お爺ちゃんは話し方がウマい。相手の立場になって感情を逆立てないように淡々と話すから、相手も冷静になって考えるのだ。

 

(つまり、我々こそがこの儀式に必要な鍵であったと?)

〈そう。何でも願い事が叶う聖杯なんてのがもしあるなら、独占するし誰にも教えない。その御三家とは別に四家だ。外様の方が多いんだぞ? 要は儀式に必要な生贄を召喚しろって事じゃないのか?〉

(ならばそれこそ一族で独占すれば)

〈そこだよ。喚ぶだけだもんな。けど、英霊も元は人だ。感情があるんだ。だからセイバーも腹立たしいんだろ? という事はだ、バレて生じる恨みつらみは分散したい、と同時にこの儀式の根幹に係る魔術装置の完成には、御三家の共同でなければ無理だったと考えるべきだ。親父も……この程度の事に引っ掛かるか……。そういや、あの人、社会常識に疎かったもんなぁ……悲しいな……〉

 

 そこでセイバーが大きな溜め息を吐いた。

 

(そうですね。私も騙されていた。きっとキリツグは最後に何かを知ったのでしょう)

〈ああ、その通りだと思う。きっとさ。聖杯で全員復活させる事もできるなんて思い込んでさ。そりゃ、もう積極的に相手陣営を倒しに行ってたんじゃないか?〉

(その通りです。よくもまぁ、あそこまで外道な事が出来るものだと……ですが今のシロウの言葉で理解できました。だから彼はアイリスフィールさえも犠牲に……納得です)

〈誰だ、それ?〉

 

 それがお父さんの奥さんの名で、あの娘さんの母親の名だった。そしてお爺ちゃんとセイバーはお互いの認識の齟齬に気付いた。

 

〈イリヤの年齢がおかしいぞ?〉

(はい、これは……。シロウ、あなたはどう考えますか? 私は悪い予感しかしない)

〈オレもだ。セイバーは、その親父の奥さんが聖杯の担い手って言ってたな? そして徐々に調子を崩して動けなくなったと?〉

(はい)

〈最悪の事を言うぞ? その人自身が聖杯じゃないのか? 聖杯をどこかに隠して持っているのでなく。だから最後の最後で、その事実を知った陣営に誘拐された。いや、その前に自分で考え、危険があれば逃げられるように、そういう聖杯を造ったんだ。それで、斃れたサーヴァントの魂というか英霊の持つエネルギーが溜まる事で動けなくなったんじゃ? イリヤはその人の血を継ぐだけでなく、今回のその役じゃないのか?〉

(そんな……あの時の少女がそんな運命を? アイリスフィールがあれほど……)

〈セイバー、親父はさ。結構卑怯な手を子供相手に使っていた。けど今はその理由も見えてきた。そんな可愛い娘さんと逢えなかったのは親父が病で衰えたのもあったと思う。それで日々大きくなるオレの相手が辛かったのもあったと思うんだ。けどな、元々そういう手を使うのが当たり前な世界に生きていた人だったんだと、今思った。そこでだ。そんな親父を騙し通した家。オレはそこが諸悪の根源の気がする。セイバー、オレは災害をこの街で二度と起こさせたくない。悪いがこの儀式は終わらせたい。装置が発見できれば壊そうと思う。そしてイリヤを救けたい〉

(シロウ……それはあなたが正しい。あなたの剣として、お手伝い致しましょう)

〈ホント、悪い。だけど頼むな?〉

(はい)

 

 セイバーの証言を照らして考えると、あの少女は十代後半、今のお爺ちゃんと変わらないか、少し歳上のようだった。アインツベルン……その家は、ホムンクルスの製造に特化した家らしい。産業用ロボットだけでなく、人型の医療従事ロボットなども当たり前に居る現代から考えると、何百年も前からそんな『人と変わらない』、『子供すら産める』人造人間を作っていたなんて。人道問題や生命に対する意識の良し悪しは別として、魔術師の家は奥深いところは本当に奥が深い。

 

 その後もお爺ちゃんは授業を聞かず、自分の考えに埋没していた。だというのにお昼が近づくと顔色が悪くなって、脂汗を流し、教科の先生に保健室へ行くと告げ、次いで職員室に居た、担任のあの先生に早退の旨を告げた。計画が1日早いけど気になる事があったのだと思う。それとお爺ちゃんは無茶苦茶だった。なんとお爺ちゃん、教室で新しい魔術回路を開いていたのだ。だから体温を測った保健室の先生も、その高熱に驚いていた。

 

『士郎、1人で帰れる? お姉ちゃん、送ろうか?』

『いや、『藤村先生』。きっとインフルエンザだ。離れていてくれ。それに先生には午後の授業があるだろう? 罹り始めなんだろう。まだ関節も痛くないし、悪寒もない。ちゃんと帰れるから』

 

 同じ教室に間桐の……あの副部長さんが居るけれど、ただ心配そうにお爺ちゃんを目で見送るだけだった。その姿を観たからこそ、その人は本当にお爺ちゃんの親友で、軽い暗示か何かで誤魔化されて、間桐(マキリ)の真実を知らないだけだと思った。今後も同じように暗示で利用されるだけだろう。確かに恐怖を与え、抑圧で支配する方法なんてのもあるけれど、考えてみればそっちは効率が悪過ぎる。この儀式が間桐家にとって重要なら、妙な反発心や離反心を育ててしまうリスクを取るより、何もかもを隠し通す方が良い。そしてここぞという時に暗示を強くして、お爺ちゃんやお婆ちゃんを心理的に攻撃する。私はこの方法ではないかと考えた。

 となると、お婆ちゃんの言った『枯れた家』というのも別の意味を持つ。お婆ちゃんの妹さんこそが、間桐の跡継ぎなんじゃ? そしてそちらは確実に『縛ってきている』。他家に行くとその家の魔術に合うよう、再調整を受けるのが常だ。それを足掛かりに色々されていそうだ。そしてお婆ちゃんの1人暮らしがわかっているなら……。お婆ちゃんが生きている事こそ、妹さんの勝ち取った対価じゃないの?

 お爺ちゃんの話を聞いて私なりに推測するとそうなる。『お爺ちゃん、その子も救けてあげて』と願うばかりだけど、40歳ごろに死んだという頑然たる事実を私は既に知っている。そしてその寿命が何によって縮んだのかも、段々と見えて来た。

 

『聖杯のカケラ』

 

 きっとそれはセイバーが破壊した、アイリスフィールさんのカケラだ。なんてもどかしいんだろう。お爺ちゃんとお婆ちゃんに教えてあげたい。でもそれは無理な事だった。

 お爺ちゃんは家に帰った。しっかり下足室で、お婆ちゃんのロッカーに電話番号を書いたメモを入れて。

 

 

 

 ガクエンを出たお爺ちゃんはバスに乗って街の図書館に行った。それで新聞の縮刷版をコピーしていた。書士さんにも相談し、郷土史にも目を通しノートにメモを取っていた。その後、普段使わないスーパーに寄って食材を買って商店街を歩いていた。このまま家に帰るのかと思いきや……。

 

『イリヤ!』

『お兄ちゃん?』

 

 あの少女だった。

 

『お兄ちゃんは、どうしてここに?』

『買い物だよ。こっちの店はあんまり使わないんだけど、今日はたまたまな。イリヤは?』

『私? 私はお散歩』

『散歩か……そうだ、少し待ってな』

 

 そうしてお爺ちゃんは自動販売機で温かな飲み物を買った。少女に紅茶を、自分にはコーヒーを。今はそうでもないけど、ママがパパと結婚後の旅行に出た頃、ヨーロッパに温かな飲み物が買える自動販売機はなかったそうだ。となると、少女がどこの国の子か知らないけど、かなり珍しい体験をする事になるだろう。2人は近所の公園に入った。そして並んでベンチに腰掛けた。少女に缶を手渡す。

 

『アツッ。何これ? こんな温かな飲み物が道端のキカイに置いてあるの?』

『え? 知らないか?』

『うん。ドイツにこんなのないよ』

 

 やっぱりなかったね。それでお爺ちゃんはプルタブを開けてあげ、『フーフーしろよ』なんて本当の子供に対するみたいに話していた。もしかしたら歳上で、義理のお姉さんかも知れない子。だけど夢を通じて私でもわかるくらいの魔力を放っている。それはきっと聖杯だから……。

 

『イリヤ、少し聞いていいか?』

『うん。なに?』

『当てずっぽうなんだけどさ。イリヤが聖杯?』

『あ、わかっちゃった?』

 

 少女はイタズラが見つかった子供のように笑った。

 

『だとすると……イリヤも母親と同じように聖杯になっちゃうのか……?』

『……うん。それが私の使命だからね』

『それを回避する方法はないのか? 例えばこの儀式には、英霊を召喚するための魔力を集める装置みたいなのがあるだろう? そいつを壊せば……』

『壊して術式が通らなくなったとしても、どうかなぁ。倒されたサーヴァントがそのまま座に還るのか、私に集まるのか、そこまでは知らないの。それとお兄ちゃん。キリツグは私を何度もお迎えに来てくれたんでしょう?』

『だと思う……いや、きっとそうだったに違いない』

『なら、良いよ。それがわかっただけで良かった。どっちみち、後2年も生きられないから』

 

 やっぱり……。成長を抑制して、生命力まで魔力の保持と聖杯の安定に向けられているんだ。

 

『そんな……』

『お兄ちゃんは優しいね。だから殺さなくてすむから良かった』

『殺すって……そんな軽く……。あ。もしかしてイリヤもマスター?』

『そう。バーサーカーは最強なんだよ』

 

 聖杯なのにマスター……? 聖杯として消えろと残酷な運命を課すのに、自称だけど『最強』とまで信頼を寄せるサーヴァントを召喚させている? どういう家だ?

 

『心配してくれてありがとう、お兄ちゃん。でもね、それがアインツベルンなの。だから気にしないで。キリツグが救けてあげた子が、お兄ちゃんみたいな人で本当に良かった』

『もっと生きたくないのか?』

『う~ん……どうだろう? 私は約束したのに、迎えにも来てくれないで、よその子と暮らすキリツグが許せなかった。でも本当は何度も迎えに来てくれていて、でもご病気でお城の結界が抜けなかっただけだったってわかった。それがわかっただけで十分かな』

 

 少女は自らの運命を受け入れ諦めていた。だから『自分の分も生きて』と言わんばかりに、父親との思い出を語り始めた。

 

『本当のキリツグは優しくて、とても頑張り屋さんなの。無茶ばっかりしてたのよ』

 

 殺したいほど憎んでいたなんて嘘のように、楽しそうに思い出を話していた。クルミの新芽を探すゲームをしていた時に、父親がやったズルをほっぺたを膨らませて話している。それをお爺ちゃんは複雑な心境で聞いていた。

 

『だよな? 子供相手でもズルをするんだよ』

『あ、お兄ちゃんも?』

『ああ。オレもやられたよ』

 

 そしてお爺ちゃんはお話が終わり掛かる頃に少女の頭に手を置いた。

 

『ごめんな。親父を取っちまって……』

『ううん。きっと私の方が歳上なのかなぁ』

『かもな』

『なら、お姉ちゃんからのお願い。シロウは生きて』

 

 そう言うやいなや少女はベンチからぴょんと飛んで公園の外に駆けて行った。『じゃあね』とまた逢えるかのような言葉を残して。

 

『親父は奥さんが消えるのを覚悟していた……。それできっと前回を最後の儀式にしようと考えたはずだ。なのに奥さんだった聖杯を壊した……。何故だ? 何か大元から間違っているのか? それとも間違っていても……例えば街を焼いたとしても、目的のものが得られるのか? 最悪だ。どうもそっちのような気がする……』

 

 お爺ちゃんは消沈しながら家に戻るのだけど、お米を浸けたらあちこちに電話を入れていた。セイバーと向き合ったのはその後だ。玄関までの沈んだ顔はとっくに消えていた。

 

『お待たせ。セイバー、昼飯は食ったか?』

 

 食べたから、ジャーが空いていたのだし、流しに食器が溜まっていたのだ。そしてそれをお爺ちゃんは、今洗っているのだ。そんなわかりきった事でも、こうやって優しい顔で確認を取るのがお爺ちゃんなのだ。

 

『はい。とても美味でした』

 

 ああ、いい笑顔。ね? 人ってそういう生き物なんだよ。これだけでセイバーはお爺ちゃんと、隠し事無く話す雰囲気に包まれる。気を張って生きてきた人ほどそうなる。お婆ちゃんが居るのがわかっていても、エーデルフェルトのお祖母ちゃんが、お爺ちゃんを好きになった気持ちがわかる。妹さんを失くした悲しみの先にあるのは、1人になった『跡継ぎ』としての重圧だ。きっとお祖母ちゃんはお爺ちゃんに癒やされたと思うんだ。勿論、親友となったお婆ちゃんからも。

 

『そうか、良かった。何が好きか、家を出る前に聞いときゃよかったよ』

 

 買って来た食材を冷蔵庫に入れながら、そんな事までいう。

 

『ところで、帰りしなに気になったんだが、オレの魔力って足りてるか?』

『正直に話します。シロウは成長途上なのでしょう。消えるまでは行かないと思いますが、『宝具』は一度から二度が限度でしょう』

『それは1回の戦闘で?』

『いいえ。この聖杯戦争の期間中という意味です』

『やっぱりな。そんな気がしていたんだ』

『あ、でも、食べる事でもある程度の魔力は補充できますから』

『だろ? それが人間だものな。はぁ……魔力というサーヴァントに必須なエネルギーが満足に供給できない半人前が召喚しちまって……。セイバー、街を守ってくれるなら、この期間は好きな食い物を何でも言ってくれ』

『そんな……』

『街の人の命や希望ある未来を思えば安いものさ。今夜は何が食いたい?』

『恐れ多い……。そもそも現代に何があるかすら私は知りません』

『どうして? 親父が……』

『それに対して私が発言すると故人に対して誤解を招き兼ねない。また、サーヴァントとはそういうものです』

『ん? どういう意味だ? 何が言いたい?』

『あ、いえ……実は前回、この街に入ってから、私は何も口にしていませんでした』

『はぁ?』

『ですから、あなたが特別なのであって……』

『十分に魔力を送っているからメシは関係ないって? それがスタンダードな考え方だったとしても、それはどうなんだって思うけどな?』

 

 お爺ちゃんのお父さんを含めセイバーの知る魔術師は、サーヴァントを使い魔、或いはものを言う道具と見做す魔術師ばかりだったのか。こんな割り切って醒めた発想はお爺ちゃんには無いだろう。そもそも……。

 

『聖杯が確実なものだという保証もないのに、それを望んだ通りのものが叶う事を前提とした、言ってみればサーヴァントから前借りした状態の信用関係じゃないか。そこを変だと思わなかったのか?』

 

 さすがお爺ちゃん。そこが変なんだよね。まるで素朴な昔の人を騙しているようだもの。

 

『シロウは公平ですね?』

 

 セイバーもその言葉がよく出た、偉い。お爺ちゃんもお婆ちゃんも公平なんだ。そこが偉いんだよ。

 

 ちなみに晩ごはんは、冬の魚介類を使ったお鍋だった。ママの言うところだと、お爺ちゃんはお肉が余り好きじゃないらしい。食べない事も無いけれど、ママは子供の頃にほとんど食卓にお肉の料理が並んだ記憶が無いと話していた。だけどこの理由は、お爺ちゃんのアルバイト先を知ってわかった気がした。

 高校生の求人がある飲食関係のアルバイト。そういうのって大抵は皿洗いだと思う。だけどお爺ちゃんが学生の頃、日本は不況でお皿が溜まるほどの飲食店はそんなになかったのだ。なのでそちらは色々なお店のホールスタッフを転々としていて(だから前日までの電話1本で休めたと言える)、メインはスーパーの鮮魚コーナーでのアルバイトだったのだ。そこでプロの出刃や刺身包丁の扱いを覚えたらしい。しかも担当の人がスーパーを移り変わっているそっちの専門家でなく、実家がお魚屋さんで、本人はいっとき板前をやっていた人だった。お爺ちゃんはその人からたくさん学んだらしかった。

 だからお鍋がそうなった。何より半端なアラや切り身がタダ同然で手に入ったのだ。だけどこの日は、要加熱の牡蠣、アサリ、鱈、鮭のアラ、ブリのアラなんかをバイト先でないスーパーや鮮魚店から買って帰って来ていた。別のお店を利用したのはインフルエンザで暫く休むと言ってあったからだった。

 

 

 

 セイバーと2人美味しそうな夕ごはんを頂いたその夜、お爺ちゃんを心配した先生と、お婆ちゃんから電話が掛かってきた。先生の電話には咳を入れたり鼻を啜ったりの演技を挟みながらお礼を言い、1週間ほどガクエンを休みたいと申し出た。1週間後は『拗らせる』予定だろうな。一方お婆ちゃんへは上記の事と、ガクエンで思い付いた事、図書館で調べた事などを報告していた。

 夜な夜な他の陣営を探しているお婆ちゃんからしてみれば、ありがたい情報も幾つかあったようだ。だけどそんなサーヴァントなんてハナから見ておらず、この儀式の根幹と魔術装置の在り処だけを探っているお祖父ちゃんのあり方は謎だったろう。おまけに昼間はガクエンからサクッと消える訳だし。それは言ってみれば、敵ではないけれど、ガクエンに結界を張った陣営と同じで、その電話で話し合うまでのお爺ちゃんはお婆ちゃんに対する撹乱要因(要員)でもあった。それだけに夜の電話は内容の濃いものだった。

 だけどお爺ちゃんは、お婆ちゃんに少女と逢っている事も、セイバーをとっくに召喚している事も報告しなかった。ガクエンでもそうだし、さっきの電話でも機会はあったのに。忘れているのか、敢えてそうしているのか……後者だろうな。何か理由があっての事だと思うけど、だけど私には報告しない理由が皆目わからなかった。

 

『セイバーは他のサーヴァントの気配なんかがわかるのか?』

『『一応』と答えておきます。クラスなのか個々の能力なのか。前回に気付いた事ですが、そういう範囲みたいなものが私どもにはありますね。シロウの方はいかがです? マスター同士も近くに居ればわかるそうですが』

 

 あ、そうなんだ? そうなるとお婆ちゃんと、公園で話し合っていたあの少女にはバレていた?

 

『やっぱりな。そんな気はしていたよ。それにセイバーの『個々の能力』というのも納得だし、マスターは魔術回路や心理もあるだろうな……』

『と言いますと?』

『回路を閉じていると相手にバレにくいみたいだ。特に気を許している相手には』

 

 あ。お婆ちゃんやあの子で試していたんだ?

 

『やっぱりあれだよ。敵意とか殺意とか、そういう強い感情は隠していてもバレやすい。またそういう感情を向けられた方も猜疑心や敵愾心を無意識で持っちまう。意識じゃなく本能が防衛反応を示すんだろうな』

『ほぅ。これは中々……シロウは良い修行を積まれていますね』

『どうかな。モノグサなだけだよ。誰彼構わず敵対心を持つより、そういう相手なんだとまずは認識して、躱すか交わるか、それとも遠ざけるか。争わないで済むやり方は幾らでもあると思うんだ』

『戦わずして勝つという?』

『どこからそんな言葉が……。まぁ、意味は似てるけど違うな。人ってさ、尖ってると角が相手を傷つけ、相手も尖ってこっちを傷つけるものなんだよ。だから丸くして、ぶつかってもボヨ~ンと跳ねるような気持ちの在り様が大事なんだと思うんだ。本当はもっと大きな丸になって相手を容れちまうのが最上らしいけどな』

『う~む……。それは素晴らしい考え方だ。自分自身で? それとも誰かから?』

『ああ、今朝会ったろう? あの藤村先生のお祖父さんからだ。親父も結局、あの人の丸の中に入っちまったようなもんだからさ』

『なるほど……。だからタイガみたいな女性が、あなたの姉代わりに……』

 

 セイバーはほとほと感心していた。私の知っている、後年のお爺ちゃんや、ママもこの丸(環)と角(三角)の話をするのでよくわかる。こんなに若い頃からこういう考え方だったんだね。

 

『『和を以て貴しとなす』の『和』は『環』の事なのよ。何でも相手の意見を受け入れた結果が『和』じゃないの。多数決は共同幻想に陥る危険もあるからね』

『共同幻想?』

『うん。間違った考え方という意味。大多数が間違っていれば、多数決で選んだその案は元から間違っているって事になるでしょう? でも少数のリーダーが毎回決めていたらそれは独裁だわ。だから『環』なの。現代に当て嵌めるから違和感があるだけで、昔の人には精神感応力があったの。それで考えを皆んなで回すのよ。エーデルフェルトがここまで続いているのも、宝石を使って考えを回すからなの。その循環する姿が『トーラス』なのよ』

 

 小学生の頃に聞いたママのお話だけれど、そこから先が難しかったなぁ。『宇宙の法則』だとか『369の法則』だとか。1分間に於けるヒトの平均的呼吸数は12から18。1+2=3、1+8=9。心拍数の男女平均が72。7+2=9。そんな例が延々とあげられ、循環、或いは対立する『3』と『6』の先に、『9』という両者を容れる高位概念がある。これとは別に花の咲き方や蔓の巻き方には『黄金比』という『自然の法則』があると教えられた。大昔の画家や彫刻家もこの『黄金比』を知っており、各々の作品にその比率を取り入れていた……。そしてこれらは魔術にも通じていて、これらをキチンと知っとかないと『宝石魔術』は扱えないのだった。

 

 

 

 翌日、お爺ちゃんは朝食後の後片付けや洗濯を終えると、中学生時代のお古を着込んだセイバーを伴って出ていった。バスに乗って、向かったのは新都だ。お爺ちゃんは、とあるお店でセイバーの衣類を買い揃えていた。そしてショッピング・モールの公衆トイレで彼女を着替えさせた。お婆ちゃんを差し置いてデートかと思うくらい和気藹々とウインドウ・ショッピングを楽しんで、カフェで寛いでいる。だけど、ある時間になると再びバスに乗り、家とはまったく別方向に向かった。そして目的地らしき場所でバスを降りると、ある家を訪ねた。

 

『あの、藤村さんから連絡が行ってると思いますが、衛宮といいます』

『ええ、伺っています。どうぞお入り下さい』

 

 そこでお爺ちゃんとセイバーは、庭に面した廊下を歩いて座敷に通された。衛宮の家でいう『離れ』だけど、洋室でなく床の間もある立派な和室で掛け軸なんかが架かっている。その床の間を背後にして、何やら冊子が置かれた座卓を前に老人が着いていた。迎えてくれた人が2人にその老人の前に座るよう促した。

 

『当家の先々代です。これより話します内容は口外なさらないで下さい』

『わかりました。それで?』

『ええ、当て嵌まるとしたら、こちらの家でしょう』

 

 そうして先方が見せてくれたのは、家系図や一族の名が載った名簿だった。

 

『その家の長女が、あなたが藤村さんに打ち明けたという能力を持っておりました』

『弟の名が『遠坂司郎』……』

『はい。10年前に一家全滅となっております。それに今は次期候補も定まり……』

『わかっています。『遠坂司郎』はもう死んだ。オレは衛宮士郎です。ですので誰にも話しません。ただ、このチカラが何なのかが知りたかっただけです』

 

 そこからの音声には『ピーッ』と規制音が幾つも被さって、内容がほとんどわからなかった。お婆ちゃん……。でも、お爺ちゃんも本当は遠坂一族の者だった事、お姉さんが居たらしい事、その能力がこの地に根ざした陰陽師から受け継いだものだという事がわかった。

 

 丁寧にお礼の挨拶をしてからお爺ちゃん達はその家を辞した。振り向いて見た表札には『遠坂』とあった。時嗣伯父さんだけが『衛宮』で、残りの兄妹は『遠坂』だ。これはお爺ちゃんがお婆ちゃんに婿入りしていて、お役所には『遠坂士郎』として届けているからだった。その理由というか切っ掛けが、この日にあったのだ。

 

『付き合わせて悪かった』

『いいえ。ですが、一体?』

『オレな、あの災害で記憶と人間性の一部を失ったんだ。医学用語でPTSDって言うらしいけど、ほんの数年前まで眠ると焼ける街を彷徨う夢ばかり観ていた。あの炎にオレのすべてが奪われたんだ。だからなのか、この歳になるまで自分の元の家を探そう、調べようなんてこれっぽっちも考えなかったんだ。けど雷画さんとツーリングに走った先で教えられた。『自分のルーツを知らないと、根無し草になるぞ』って。まぁ、そういう話がオレの頭に入る年令になるまで待っていてくれてたみたいだけど』

『シロウはまさか精神に?』

『そう。死んだ親父も生前雷画さんに相談していたそうだ。精神科の医者に診てもらう事も考えたそうだけど、そこは少し無理があった』

『無理って、何故ですか?』

『だって、親父のやった事って誘拐だぞ? ある側面では美談だけど、違う側面ではどうだ? 結果は一家全滅だ。だから、さっきの人達に少々煙たがられた訳さ。なにせオレは忘れたはずの亡霊だからな。あ、セイバーは気にしないでいい。そんな顔するな』

『ですが……私にも責任がある』

『なら、既に話した事だけどもう一度言う。この儀式を壊す手伝いを頼む』

『わかりました。二度とシロウのような人は出さない』

『うん、それでいい』

 

 バスに揺られながら2人の会話は続いた。

 

『オレな、風を感じていると落ち着くんだ。『生きてるな』って。バイクが好きなのもそれでだろう。それでセイバー。お前、風の何かを持っているか?』

 

 セイバーはギョッとしていた。これまでお爺ちゃんはセイバーに『誰なのか』『どういう英雄なのか』『聖杯に何を望んでいたのか』といったセイバーに関する事を一切訊かなかったのだ。なのに核心らしきものをいきなり突いた。

 

『……はい、持っています。私を象徴する剣をその風で隠しています』

『剣が象徴?』

『ええ。その名を知れば私の正体も判明する』

 

 え? あれってそうなの?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。