※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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31、Elva In London 02

 倫敦に入った翌日、少々眠いのを我慢して、私とセイバーはスーツを着て時計党本部へ参着の報告に向かった。まずはこれを済ませれば、着任に対する正式な手続きが事務方で始まる。こういうのは大雑把な説明でも大体の流れがわかるのだが、各ロードの動きは読めないものだ。それに輪をかけて読めないのが、各科に所属するロードや学部長以下の教授や講師だった。彼らは命令されずとも忖度で自発的に動くからだ。

 昨夜は夜中に例の地下室で大歓迎を受けた。霊の通り道かどうかはわからないけど、まぁ、夜中にドッタンバッタンと。とはいえ、高々、ヒラの霊だ。セイバーのような精霊に近い高次の存在ではない。また、私も一度死んで『存在』が変わったのか、以前より英霊のチカラが強くなった。お兄ちゃんのような固有結界は展開できないが、元々得意だったマジックドレインの威力が倍増した。また、魔力の通りが抜群に良くなって、転身しないでどこからでも剣を出せた。

 それで『退魔の概念』を持つ剣の威力を弱めて出し、霊を壁に縫い付けた。そしてセイバーの剣の封印を解かせ、怯んだ隙きにその崩れた記憶の一部を読んだ。設置したのは降霊科の講師だった。ロード・ユリフィスからの洗礼か、その講師の忖度かは不明だけれど、そこは不問にした。何故ならそういうのは『あって然るべき』と最初から踏んでいたからだ。なので霊を『吸い取った』。自分でやっておきながら、それはまるで『どこかの空間に繋がっているかのように感じた』。あの奇妙な感覚は何だろうか?

 そんな事があったにも関わらず、ベルフェバン代理からは、降霊科をあげての歓迎のパーティを開きたいと連絡があった(代理には空港から到着報告を入れていた。それがあってのアンズさんのお迎えだ。お隣は予想外だったけれど)。時計塔としてのパーティはないのは当然としても、科をあげてのパーティとは、時計塔という場所を考えれば珍しい事だと思う。

 ここを詳しく言うと、時計塔で言う『科』とは名目的なものであって、『科』は『家』とも『一門』とも言える存在だからだ。つまり12人の『君主(ロード)』が、その『家』或いは『一門』の得意分野を科目名として名乗っているに過ぎない。依って、『科』と『科』の横の繋がりなんて無きに等しい。どこまで行っても『個人』と『その研究成果』ありきなのが魔術師であり、魔術協会であり、その総本山、時計塔の姿だった。なので相手を歯牙にも掛けないし、下に見ているロードばかりが跋扈している。

 そこに私という爆弾が来た訳だ。私は先代エルメロイと同じく、『科を跨いで授業を受け持ちたい』と最初から希望を出して申告していたのだ。確かに家(アインツベルン)は千年を超える歴史を誇り、長年に渡って理事を排出し、莫大な寄付金を時計塔に納めてきた(ファーストオーナー)。しかも『宝石翁』の肝入りで、最初に口にしたのは『エル』であっても、私もまた『貴族主義派』であると伝えてあったのだ。おまけにその小癪な小娘は、『英霊を使い魔』にしている。

 何度も言うが、かの『冠位決議(グランドロール)』でも、12科の1/3、4科のロードが集まれば、時計塔内では大事なのだ。それくらい魔術師は個人主義であり、各科どころか科内の教授や講師陣の交流が乏しいところだ。そんな中で、科をあげて私の歓迎パーティを開くと言った降霊科はどれだけこちらを買ってくれている事か。そこは推して知るべしだろう。それもあって幽霊騒ぎを不問にしたのだった。

 とは言え、科としては正直厳しいけれど、個人的な食事会を開きたいと申し込んで来たところもあった。

 ひとつはライネス・エルメロイ・アーチゾルテから。理由はエルメロイⅡ世先生を前に出して『波風に当たらせたくない(楽しい玩具を他人に壊されたくない)』からだ。彼女は今、最高にウキウキしている事だろう。英霊を従え、英霊のチカラが使え、人形師であり修復師・調律師でもあり、なおかつエルメロイⅡ世先生が隠して(胸に仕舞って)おきたい過去を知っている者が、現代魔術科の講師を希望しているのだから。断りたくともライネスどころか宝石翁までが推してくるので、先生としては堪ったものではないだろうけど。

 だけどその実、私はライネスに手紙を出してあった。それは彼女が成人を迎え、現代魔術科の君主として君臨する日と、私が講師を務める期日がほぼ一致するからだった。ライネスもわかっているし、内心はエルメロイⅡ世先生に感謝しているのだ。それにアーチボルト家の刻印も、莫大な借金も『エル』が対処(復刻、完済)してしまった。もう、エルメロイⅡ世先生を縛るものはなにもない。これよりの3年少しの時間は蛇足でしかなかったのだ。会食にはその確認の意味があった(強いて言うならグレイとの仲を進展させてあげたい)。

 もうひとつは、オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアからだった。こちらには申し込みの手紙とは別に、オルガマリーの従者であるトリシャという女性からの手紙も日本に届いていた。内容は『お家騒動』なのだろうか? 『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』といった生温いものでも、次期頭首を決める血腥(ちなまぐさ)いものでもないようだった。そうなる前に天体科のロードであるマリスビリー・アニムスフィアが、理由はわからないがこの数ヶ月、オルガマリーを見限ったような言動を取るようになって来ていたからだった。

 時計塔のロードともなれば、どの家も一門を率いる名門であり大家で、血を同じくする一族を率いているものだ。よって先代の直系でなくとも多大な功績が認められれば、親族で血が同じなら次期頭首候補に数えられる場合はある。だけどトリシャの手紙にはオルガマリーに落ち度はないし、一族に特別抜きん出た者も今現在は居ないとあった。要はその相談と、私とのパイプを繋いでおきたいがための食事会申し込みだったのだ(だけどそういう揉め事を解体するのはエルメロイⅡ世先生の得意分野ではなかろうか)。

 

「人が人と係われば、某方(なにがしか)の事が舞い込みますね」

「それが『王』ともなればもっと増えますよ」

「ですね。人に拠るのでしょうけど、学生からの卒業は岩のナイフを抜いた程度には重みがあるのかも知れません」

「剣ではなくナイフですか?」

「ええ。とにかくトリシャとオルガマリーに逢ってお話を伺わないと見えてきませんけれど」

 

 お家騒動なのかそうでないのか、そこは現段階では不明だけれど、巻き込まれるのは嫌だなと思う前に、聡明そうなあの子の一助になればと考えた。だから日本からそういう内容の返事をとっくに出してあった。

 それで本日買い物にも行かず、こうして家で待機しているのは夜にライネスと逢うからでもあったが、我が王に馬を献上する予定があったからだ。有り体に言えばバイクの納車である。冬木でレクチャーしていたのも、時計塔に彼女の身分証明を23歳で作って欲しいと依頼してあったのもこのためだった。私の都合で倫敦まで着いて来て貰ったのだから、感謝の気持を込めてそれなりのプレゼントはしておきたかった。昼前にやって来たのは、『Triumph Daytona 955i』だった。

 私はバイクを日常の足だと見ているが、セイバーはアルトリア姉さんと同じで馬として見ていた。つまり相当好きだったのだ。なのに私が高校生だからとずっと遠慮していた。これまでのアルバイト代でそれなりに貯まっているようだけど、それを崩させるのは勿体ない。そう考えて私から贈りたいと申し出てあったのだ。

 そしてやはりセイバーの好みは姉さんと似ていた。この春に姉さんは赤ちゃんと冬木を訪れ、きっと倫敦まで足を伸ばしてくれるだろう。その時にセイバーは評価して欲しいとこれをネットで選んでいた。新生トライアンフの3気筒SS。私とすれば2灯ライトが面白い『Speed Triple 955i』だけど、セイバーの持つ美意識からすると『あれはない』のだそうだ。『Rocket III』も、かつての『VMAX1200』も『好みではない』と言い切るのだから、かなり変わって来たのだろう。いや、『第四次』の頃は何があるのかという情報もなかったからか。

 ともあれ、そういう早そうなバイクを選んだセイバー。私とは真逆だ。私は『飛ばさない』のであれば、EU圏内は125ccでほぼ困らないと考えている。それは125でも高速道路が使えるからだ。もっと言えば51cc以上であれば大抵の国は高速道路を走れるし、二人乗り走行も可だったりする。125以上だとか二人乗り禁止だとか『奇妙な道路交通法』を定めている奇特な国は日本だけだ。しかもスイス・ドイツ・英国は、基本的に高速料金が掛からない。例外は特定のトンネルや橋に通行料(補修維持費)が掛かるのと、大型だと距離に応じた走行料(ドイツのみ)が掛かる場合がある程度だった。ガソリンもそうだけど、高速道路にいつまでも通行料が掛かる日本は世界最悪のボッタクリ国家なのだけど、当の日本の一般人はそういうのをまったく知らない。おまけに二重課税・三重課税というインチキにも気付かず、江戸幕府よりも高い税金を支払っている。

 道路族の担当大臣は海上保安庁の大臣でもある。その役職に固執する党の背後に居る団体は、中国ととりわけ仲が良い。いかに日本が経済大国でも、こうあからさまに切り売りされるとその内破綻するだろう。そんな最悪の未来が、中国側からの暴露で回避できた。新年から3月までで一体何人の大臣が辞任辞職に追い込まれたろう? 与野党問わず議員を辞めた者も多い。だから日本はこの春に解散総選挙がある。また、新しい党も5つも6つも立ち上がっていた。先月見た一部の新聞には、霞が関の人事がとんでもないほど入れ替わり、新卒が大量に採用されたと載っていた。この流れは企業にも及び、3月の決算前に倒産、或いは人事が刷新した大手企業が幾つもあった。

 

 どうして倫敦に来てからクルマやバイクの事ばかり考え、こういう事を気にしているのかと言えば、それは日本に帰った後の、コーちゃんとの生活を見据えているからだった。彼の職を考えれば、研修や交流で国外に出る事はあるかも知れないが、海外での生活はまずない。なのでお正月明けから卒業するまでの間、結構日本の税制やそういう官僚や大臣が作ってきた利権部分を調べていたのだ。だからこそ、税金を納める立場になった倫敦での生活全部が学びの場となると考え、こうして思い付く事をつらつらとノートに取ったりしているのだった。勿論それは外から見た日本の再確認でもあった。

 ここまででわかると思うが、実は私、エルヴァは日本が大好きだった。特に今居るこの世界の日本が。あちらの世界のイリヤ姉さんみたいに『私は日本人だ』と言い切る程ではないけれど、7割から8割は自分で自分を『日本人的だな』って考えている。だからコーちゃんと結婚して日本国籍を取得するのになんら不満は無かったのだ。

 だというのに年が明けてから明らかになる政府の腐りっぷり。ほとほと私は気が滅入ってしまった。なのでコーちゃんとの暫しの別れの寂しさが思ったより軽かった。ここだけの話、それくらい日本から出たかったのだ。空港にクロエちゃんが来なかったのは堪えたけれど、ヒースローからウキウキしていたのはそこもあった。

 

 

 

「セイバー、私のヘルメットを貸しますから、試走してきてはいかがです? あなたのヘルメットやウェアは明日か明後日に買いに行くとして」

「おお、エル。あなたに感謝を」

 

 そうしてセイバーは新車に跨って出ていったのだけれど、保険料は自分持ちだ。何と彼女、保険料とガソリン代くらいは自分で稼ぐと言い、私を通して(私は彼女の文言を、テキストに打ってメールしただけ)ベルフェバン代理に職を探して貰っていたのだ。アーサー王を信奉する代理だ。あっと言う間に、降霊科の建物に近いカフェのウェイトレスを紹介してくれた。そこはかつてロード・エルメロイ(あの人は鉱石科のロード)が、降霊科(掛け持ちだった)の講義がある時に寄っていたカフェで、ベルフェバン代理もよく行かれるそうだ。そちらには引っ越しが落ち着く来週半ばから出勤する事になっている。それはつまり私が講師見習いとしての行動を開始する頃でもあった。

 走り去る排気音が遠ざかっていく。3気筒の音って結構ガサツだなぁ。トライアンフがそうなのか、ゴリゴリした音が混ざっていた。

 単気筒なら、ドッドッドッドッ、ドドドド……。

 2気筒なら、バルッバルッバルッバルッ、バルルルルーン……(パラレルツインの場合)。

 4気筒なら、ドロドロドロドロ、フォンフォァーン……。アイドリングと高回転の音がガラッと変わるのだ。

 そこで3気筒だ。ドロドロッドロドロッ、ドギャァーン……と、ガラガラした音が混ざっている。軽自動車やコンパクトカーの3気筒ともまた違って、Vツインとは違う意味の躍動感があるような気がする。

 

『生きるとは綺麗事だけでは済まんからな。『清く正しく』と誰しもが願うのは、中々そうはいかんからだ。重要なのはその姿勢と願いを忘れん事だ。どうせいつかは汚くなるからと己を変えられんようでは困るし、そうあらねばならんといきなり己を変えるのも無理がたたって続かない。理想を知っても他人に強要せず、マイペースで自分を変える。それが1番の近道だ』

 

 誰あろう、アルトリア姉さんの言葉だ。しかも私や『エル』に話した言葉じゃない。2年生の終わり頃に他の1年生の私達と何の繋がりもない女の子に掛けた言葉だった。何があって、どういう背景でそういう言葉をその子に掛けたのかは知らない。けれど『生きるとは綺麗事だけでは済まない』という部分は、またたく間に校内に広まった。

 大人に近づいた高校生。中学生の頃のように『世の中のせい』『大人のせい』にはできないとわかった頃。そこの成長を願っての言葉だったろう。二律背反に相互矛盾、あちらを立てればこちらが立たずな対立構造。学生時代は自分が望まなくとも、そういうのに巻き込まれる場合がある。気の優しい人なら大変だ。だからこそ二極を眺める三極目の高い視点が必要となる。それをして『清濁併せ呑む』という言い方もあるけれど、それはどうにも泥臭い。

 

 フフ……。

 

 3気筒の音から、時計塔の勢力図を思い浮かべるなんて。だけど思い出した姉さんの言葉は、講師となって教え子を持つ私に勇気を与えてくれた。

 

 

 

 セイバーが戻ったので、ガレージの扉に魔術鍵を掛け使い魔を設置した。盗難防止策は二輪の場合、地球ロック・防犯ブザー・シートで車種を判別できなくするなどなどが大切なのだけど、この敷地に一般の人間がまず入れない。仮に入れてもガレージが開けられないし、ガチガチに強化された壁をぶち破れる大型重機が家の前に止められないし入って来れない(そこまで道路幅がない)。これがガレージだけでなく家もそうなのだ。ガレージは理事であるお祖父様の指示に拠って後で建てられた物だけど、倫敦に於ける時計塔が最強なのは、こういうところからもわかるだろう。

 ロックが済んだ私はシャワーを浴び、出掛ける準備に取り掛かった。バスから出るとドレス用の下着を着け、髪を編み、ドレスに袖を通した。私がメイクをしている間、セイバーは一度霊体化している。時間短縮のためだ。これだけで彼女も清潔になる。それで自分の用意が済めば、今度はセイバーの髪やメイクを手伝った。鎧姿のマーガレット(セイバーのあの髪型)は何なのだと言いたくなるくらい、彼女は髪を編んだりアレンジするのが下手だ。

 このギャップは『英霊=偶像』だからなのだろう。王であった時代(生前)は、決まった女性のお付きか王妃がしていたのだと思う(実在どうこうは言わない。彼女は私の友人であり私がそうであって欲しいと願って召喚した人なのだから)。それにメイク道具なんて無かった時代の人であり、男性として振る舞っていた人でもあるから、教えても中々上達しなかった。

 

「すみません、エル」

「いいえ、仕方ないですよ。少し教えて下さい。あの鎧姿のときの髪は王妃が?」

 

 私は鏡越しにセイバーに尋ねた。

 

「ええ。妃(きさき)を娶るまではアルトリアと同じく後ろで軽く括る程度でした。彼女の好みなのでしょうね」

「王妃はあなたが女性であると気付いていた?」

「おそらく知っていたのだと思います」

 

 これは『知っていた』というより、王妃的には『知ってしまった』という方が正しいのかも。以前はこういう話を敢えて避けていた私だけど、コーちゃんという人を好きになってから『人と人の愛』について考える機会が増え、参考のために聞いておきたいという気持ちが強くなっていた。そしてそれはセイバーが意外なほどグィネヴィア妃を『愛していた』事を知ったからでもある。

 情報源はランスロットさんだが、伝承通り彼は王とグィネヴィア妃が出会う前から縁があった。とある騎士(円卓の1人ともされる)に拐われたグィネヴィア妃をランスロット卿が救け出したのだ。後ろ髪を惹かれる思いでその場は別れた2人だけど、後に王の結婚式で再会。そこで激しく恋が燃え上がり、そこから密会が始まったとされる。

 

『そこまでがっついておりませんよ。救出した時は美しい人だと気になったのは事実ですが、私があの方に恋したのは王とのご成婚後です。エルヴァ殿、あなたも恋をする年頃だ。家のための意に染まぬ相手であったとは言いませんが、それまでのグィネヴィアは恋を知らなかったのです。そしてアーサーを人として愛すようにもなっていた。そこから悲劇は始まったのです』

 

 これは腑に落ちた。恋と愛は違う。理想は恋する人と愛する人が一致する事だけど、中々そうは行かないものだと、私のような者でも想像できる。まして王には同性であるという秘密があった。また、今はよく話すセイバーだけど、王であった当時は誰しもに気軽に声を掛ける訳にも行かなかったろう。つまり夫婦での会話も少ない。だとすると王妃も困ったろうなぁ。ランスロットさんも最初は相談を受けて愚痴を聞くだけだったと話していた。そういうのを聞くとねぇ。2人が王を裏切ったのが一番悪いのだけど、セイバーもセイバーで問題アリだ。表面上のカタチだけを取り繕った、会話なき夫婦なんて離婚案件じゃないの? まぁ、その自覚があったから2人を許そうとしていたのだろうけど……。

 

 日が傾き、出かける用意が整って小一時間も経たず、迎えのクルマがやって来た。着飾った私とセイバーは、白い手袋をしたコーチマン(御者。転じてお金持ちの持つクルマの専属ドライバーを指す)が開けてくれた後部座席に乗り込んだ。ピカピカの真っ白な『Rolls-Royce Phantom VII』。へぇ、新車だな? これが買えるほどアーチボルトもアーチゾルテも潤ってきたと。

 クルマはウェストミンスターを越え、ハイドパークを過ぎ、パディントン駅の方角からベイズウォーターのレストラン通りをやり過ごし、ノッティング・ヒルの方向に向かった。こんな外れに何かあったっけ? と思っていたら、オープンしたばかりのレストランがあった。後年二つ星を取って有名になる、モダンブリティッシュ料理のお店だった。

 お店のドアを開けると、ライネスが立ち上がって、ここだとばかりに手を広げた。後ろにはトリムマウが控えている。セイバーを伴うと言ってあったのは、エルメロイⅡ世先生が来ないのがわかっていたからだ。するとグレイが来ない。何れはどこかで逢う2人だけど、ライネスも私もそれはまだ早いと考えていた。その出逢いは、グレイを縛る儀式の完成であり、解放でもあった。そのためには、もう少し手順が必要となる。

 

「ようこそ霧の倫敦へ」

「お招きありがとうございます、ライネス。ここのドレスコード、スマートカジュアルですよね? 先に知らせて欲しかったですよ」

「ああ……これは私の落ち度だね。許して欲しい。まぁ、そういう正装の方があなたらしいよ、ミス・エルヴァ。何より店の格が更に上る事請け合いだ」

 

 そして彼女はウインクしてこう添えた。

 

「あの婆さんでなく、本物の王が食事にご降臨下さったのだから。ただ……この店としては、何の宣伝効果も期待できないところが痛いかな?」

 

 その彼女の笑みを合図に、ささやかながらも楽しい宴が始まった。このお店は新進気鋭のシェフが、『マズい英国料理』という悪評を覆さんと、『新しい英国料理(モダンブリティッシュ)』を追求・提供しているそうで、どの皿(ディッシュ)も美味しかった。

 

「この鹿肉は良いですね、この薫りの良いのは何でしょう?」

「それは脊髄を燻したものだそうだよ。こちらはウナギの燻製。隠し味にマスタードと日本の味噌を使ってあるとか」

 

 ディナー・メニュー(コース)でなく、テイスティング・メニュー(シェフのお薦め、お任せコース)にライネスが私とセイバーを思って、ディッシュを幾つかプラスアルファして事前にオーダーしてあったようだ。

 

「ここには何度か?」

「できたばかりの店でね。実は今日がまだ2度目なんだよ」

 

 そこからも和やかに食事会は進み、食後に『飲みに出て、そこで話そう』と誘われた。歩いて数分のところにあったのは、何の変哲もない誰でも気軽に入れるパブだった。

 

「密談をするなら、こういう『騒がしいところ』が最適だ」

 

 結界を張れば済む話だし、何より『人目が多い』。相変わらず命を狙われる事も多いのだろうか?

 

「降霊科はホテルを借り切ってあなたを迎えるそうだね?」

「恐れ多い事です」

「よく言う。連中はあなたが怖いんだよ。連中が束になっても敵わない『特級の神秘(英霊)』を見せ付け、『砂場で遊んでいろ、ガキども』と示したのだから」

「誰がそんな傲慢な?」

「白い方の彼女」

「『エル』が?」

「ああ。ただ言葉でなく、そういう実力差をまざまざと見せ付けたと言うべきかな。あなたと同じ『色位(ブランド)』の、その授与式の際にね」

 

 何をしたんだアイツは? 凜とは別行動だったの?

 

「いやはやと呆れるくらい痛快だったね。神童と言われた先代エルメロイでも、10代の頃は『典位(プライド)』止まりだったんだ。いや、その階位を得たから神童と謳われたのだがね。なのにあなたと白い方のあなたは、『色位(ブランド)』を得ておかしくないものを提示し、見せ付けてくれた。だから誰からも不平が出なかった。いや、出せなかった。それだけでも異例中の異例なのに、あなた方の仲間であるリン・トオサカは宝石翁認定の下で、『王冠(グランド)』を得てしまった。『元の世界でも同じ階位』だとサラッと言ってな? ダメ押しで『王冠(グランド)』は4つ目、『色の称号』は『赤系』を5つ保有しているとまで言ったんだ。我が麗しの兄の腰が砕けたと、今後耳にしても笑って聞き流してやって欲しい」

 

 やってるなぁ……。凜もノッてる部分がある気がする。

 

「ライネス、あなた? 凜と?」

「うむ。友人と言って頂けた。メルアステアもいる前でな」

 

 これは『鉱石科(キシュア)はその内返してもらうぞ』という意味だ。今更な部分もあるが、これで『現代魔術科(ノーリッジ)』の姫は、弱小どころかどこよりも恐ろしいバックとパイプを持った事になる。

 

「そもそも古株の一部を除けば、誰も知らなかったのだぞ? 『冠位(グランド)』が魔術師の最高峰、『王冠(グランド)』は魔法使いのみの称号だったとは。それをリンが指摘してね。面白かったよ」

 

 はぁ……。凜まで『エル』っぽく……。

 

「では『エル』は? お話を伺う限り、彼女は別の日だったようですが?」

「ああ、本部を何百人もの英霊で取り囲んでね……」

「はぁ?」

「そして私は『本物のヘラクレス』と握手して貰ったよ」

 

 ゲッ!?

 

「そして彼女は居並ぶ面々の前で、こう言ったよ」

「何をです?」

「『アインツベルンにちょっかいを出す者が居たなら、そいつでなくこの国を地図からも歴史からも消す』、『誰かを封印指定したらアルビオンを核で爆破する』と、他にも色々とね」

 

 脅して行ったのか!?

 

「まぁ、痛快ではあったから、そこは良いのさ。けど、はみ出し者は黙らせる事ができても、何人かの鋭い人は昨年の秋から起きている事が気になっている。兄なんかは『本来の歴史から変わったのではないか』と考えているようだ」

 

 鋭い。お父さんの功績(アハトのアインツベルンを滅ぼした)はあれど、実は私の漂流以降の一連の顛末で、『起きたかも知れない第五次聖杯戦争』が回避されてしまったとも言えるのだ。それは一度は並行世界に飛んでいた『大聖杯』にある。戻ったそれから『この世すべての悪』を凜が抜き、『エル』が無駄にマナが溜まらぬよう迂回路を作った。これによって真の意味で『聖杯戦争』は永久に終わった。大聖杯の解体はお祖父様の手の人達で今年から始まる予定だ。ただ、おチビちゃんがああなのだから(お父さんの作った道筋だ)、元々そういう世界線だったとも言える。だけど世界は代役を立てられなかったのも事実だ(世界線をズラせたという事)。

 そして『現象』の正体は並行世界の『エル』だ。これは悪党にとっては『エル』以上の恐怖だろう。私はお祖父様や、アオレアールの補助によって、世界中の『あちら側』の幹部クラスは入れ替わったとみている。英国もバチカンも、もう既に『エル』の意志を持つアオレアールの手中だろう。全部の入れ替えには3~4年は掛かると思うけれど。

 

 ともあれライネスの話から察すると、『エル』と『現象』のお陰で、今の時計塔は思った以上に風通しが良くなっていた。地下の霊を不問にしようと考えたのは正解だった。あれはイタズラとは言えない暴走ではあるけれど、『エル』の暴言を知れば、そういう人が出て来るのも当然だと言える。私とセイバーは知らぬ存ぜぬを通すのが良い。

 

 だけどそうは行かなかった。幾つかの『イベント』が終わったのでなく、延期されていたのだ。それが翌朝に否応なくわかった。なんと郵便受けに『魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)』からの招待状が入っていたのだ。私宛に。

 

「この世界のカウレス君は、もうエルメロイ教室の一員です。この情勢でハートレスや法政科に動くだけの勇気があるか……」

 

 幸い日程はオルガマリーからの食事会や、降霊科主催のパーティが終わった後だ。乗ってみるか。それに魔眼となれば私でなく、本来の招待者は『エル』だった可能性がある。となれば代行を務めるのも已む無しだろう。

 

「エル。あなたの考え通り、これは罠です」

 

 セイバーの直感が危機に反応したようだ。

 

「でしょうね。ただ、支配人側は単なる興味本位からの招待で、敵ではないでしょう。招待客に紛れ込む者……その中にこそ、私を罠にハメたい者が居ると思われます。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ですよ、セイバー?」

「あなたらしい。では参加の方向で。ベルフェバンには連絡を?」

「ええ」

 

 エルメロイⅡ世先生が(強制)参加するなら、裏はハートレス。法政科は誰が『検分役』で来るだろう? 『エル』から虚仮にされた化野菱理は顔を出せるだろうか?

 

 そんな事を頭の隅で考えながら、セイバーと手分けして朝食を作り始めた。アルトリアとの共同生活と喫茶店でのアルバイトが功を奏し、今のセイバーは軽い軽食なら作れるようになっていた。包丁を使うサラダは私が作ったが、目玉焼きやソーセージは彼女が焼いていた。それとトーストと、コーヒー(私は『エル』と同じくコーヒー党だ)で朝食はササッと済ませた。セイバーのヘルメットやウェアを扱うショップが開くまでは、まったり過ごそう。

 

「あ、あの方がタナーさんのお母様?」

「ん? ああ、使い魔で?」

「ええ。お孫さんが居らっしゃっても、まだ40代半ばか50代手前でしょうね。お若いなぁ」

 

 時臣小父様が、歳上の女性が好みなのは結構有名だ。葵小母様も時臣小父様の2歳上だった。そして使い魔を通して視たタナーさんもそのくらいか、もう少し上だろう。私の記憶だと時臣小父様は父の数歳上だったので計算が合う。娘のアンズさんと違って、時計塔の職員ではないと伺っている。この時間から逆算すれば、郊外でお勤めなのだろう。

 カバーを外したクルマに驚いた。それは青い『Mazda MX-5(NA)』だったのだ。日本名『ユーノス・ロードスター』。出始めに買ったのだろう。幌などが張り替えられていたし、ハンドルもホイールも替えられていた。古いが手入れは良いみたいで、すこぶる快調な排気音だ。タナーさんはお孫さんのミヤコちゃんに見送られながら出ていった。そのミヤコちゃんもネクタイ姿でカバンを背負っていた。地元の小学校の制服だろう。可愛いなぁ。

 

「お孫さんでも視えましたか? 傍から見ていると、その笑顔は不気味だ」

「失礼な」

 

 まぁ、そうだろうとは思うけど。

 

 

 

 買い求めたものをコペンのトランクに押し込み、私達は倫敦から出て少し郊外を走った。運転はセイバーに代わっている。ウェアを着て早くバイクに乗りたいだろう彼女を制して郊外に誘ったのは『今の英国』を見ておきたかったからだ。私もバンバンに合うサイドバッグを買ったので早く取り付けたいのだ。だけど、こうして走って正解だった。

 

「本当に今のブリテンは違いますね。様々なクルマやバイクが走り……」

 

 前回は違う目的で来た訳だし、こんな風にのんびりと倫敦を見れなかった。バカンスのシーズンに入れば、何日か掛けて彼女とウェールズを巡りたい。

 

「ですがクルマはワーゲンやプジョーも混じりますが、ほとんどは欧州フォードです。そこも寂しいですが、バイクはほぼ日本製ですよ」

 

 産業革命を起こし、戦争にも勝ったこの国の産業は、労働者階級の疲弊や嘆きを無視する政治と投資家によって、衰退の一途をたどっていた。『BSJ』『ASJ』『Vincent』『Norton』『Velocette』……etc、etc。往年の名車は今やお祖父様のような好事家が、ガレージの奥でひっそりと動体保存し、日の目の当たる道路を走る事はもはやない。だから新車を買えない労働者階級の若者達が選ぶバイクも日本製の中古に変わった。かつての『カフェレーサー』は『ストリートファイター』という新しいスタイルに変化し定着した。

 こういうところから視る幅を広げると、英国の歪みがわかる。そしてその歪みを作り出している元凶も見えて来る。そういう元凶が『現象』によって斃され、アオレアール達の手によって入れ替えられた。それはセイバーではないだろうけど、新しい『王(政治家)』が帰還する日は近いだろう。

 

「さぁ、戻ってバンバンにバッグを着けましょう」

「はい」

 

 セイバーが軽やかにシフトダウンした。軽自動車でダブルクラッチを使う人も珍しい。

 

「お昼はお米を炊きましょうか?」

「お願いします。おかずは今のブリテンのものでも良いですが、パンだと物足りない」

 

 王が自国の文化を切り捨てた!? 私達は笑いながら家に戻ったのだった。

 

 

 

『エル』に連なる私達は、彼女と同じく基本工房を持たない。それは魔術の検証を必要としないからだ。またアプローチが違う。『何ができるか』でなく、『どういう考えに基づいてそれを成すのか』だからだ。この考えに対して異論を唱える魔術師は多いだろう。『自分達も考えている』と。だけどそれらは全部『根源を目指す』という思考に縛られ、柔軟性に欠けるのだ。だから応用が効かない。

 私達が工房に入るのはホムンクルスの鋳造と同じで、完成品を造るためだ。そこに至る術式構築は勉強机でもダイニングテーブルでもできる。またそのアイデアも景色を眺めたり、クルマで走って思い浮かべる。重要なのはアイデアの方だと思うのだけど、そういう風に考える人は少ない。

 

「この茶色い革のバッグはこのバイクに合いますね?」

「でしょう? バンバンもティーダブもグラトラも、こうして気軽に走るものです」

 

 昼食後、私達はガレージに居た。

 

「お買い物?」

「それだけなら、スクーターでしょう? 荷物を載せたいだけなら、カブや荷台の大きな商用車に箱を付けておく方が便利です」

「あなたのような若い女性が……。そういうのに縁遠いこの私でも、それはオシャレじゃないと思いますよ?」

 

 まぁ、確かに。このカブや商用車に箱を付けて、ツーリングやキャンプに出ていたのが、生前の若き日のシロウさんだ。『衛宮士郎』を何人か知っているけれど、釣りを趣味とし、バイク好きでクルマにも詳しかったのはシロウさんだけだ。目下、そこに続きそうなのが、美遊ちゃんの兄の士郎さんだけど、あそこまでは行かないと思う。キャンプ用品にはやたら拘るようだけれど。一方、弟の士郎クンは就職前に自動車免許を取る程度だろうか。彼は彼でマイペースなので姉とし安心して見ていられる。

 これは何が言いたいかというと、己の『心象風景』に思考や志向、心理が食われていないという事を指す。そこが重要だと、ある意味女版『エミヤシロウ』な私は考えてしまう訳だ。

 

「はい、着いた。セイバー、悪いですが、少し跨ってみて下さい」

「私をモデルに。わかりました」

 

 おお、似合う。良いなぁ。黒いエンジンやマフラーにこの明るい茶色のバッグは合う。縁やエンブレムが赤い革なのも、女の子らしくて良い。これなら最初のルネッサ(SRV250のモデルチェンジ版)やティーダブにも合うだろう(どちらもエンジンが黒い)。今度は交代してセイバーにみてもらった。

 

「ええ、良いですよ。似合うと思います」

 

 そこでOKを出し、セイバーには走りに行って貰った。残った私は前庭とガレージを眺め、ガーデニングを考えた。玄関から出た時に映えるよう、ガレージの壁に添って鉢を段々に飾った方が地面の芝生も映えるだろう。うん、そうしよう。そう決めて、私はガレージ横から(そっちから裏手に出られる)、裏に回って裏庭を見た。庭自体は表側より広い。なのでこちら側にガレージなどを建てている家もある。だけどこちらは、私の家のところで行き止まりになっていて、その道路がクルマ1台分の幅しかなくやたら狭い。横付けなら出来ると思うけれど、ガレージだと大きなクルマは出られないし、入れられないだろう。となるとガレージに見えたのは工作室か倉庫かも知れない。

 そのここの住人以外は使わないだろう道路を挟んで、向こうは公園だった。乳幼児を日向ぼっこさせている人が数人居るだけで、とても静かだ。聞こえてくるのはうちの隣の幼稚園の歓声だけだった。昨日の朝から日課のジョギングをテムズ川に出て行っているのだけど、2キロほど走ればバターシー発電所なのでそこを目印にして折り返している。折り返さず貨物列車の陸橋を抜ければ、バッターシー公園という広い公園がある。倫敦で1番広い公園はもっと西にあるリッチモンド公園だけど、とかく倫敦には公園が多い。そしてどこもかしこも朝は皆んな走るか歩いている。日本は公園が狭いのが良くないね。

 

「ここにベンチとテーブルを置こう。公園を借景にして」

 

 そんな事を呟いた。意外だろうけど、妙に落ち着くのだ。きっと私と波長が合うのだろう。それから裏庭は私の思索の場となった。

 

 屋内に戻り、私はエルマとトロンメルにメールを送った。近況報告もあったけれれど、妹達の様子を知りたかったからだ。特にクロエちゃんの事が心配だった。その問い合わせメールの返信が来たのは、オルガマリーと逢う前日だった。エルマとトロンメルが頑張ってくれたらしくクロエちゃんの言葉を文字に起こしたお詫びがあった。

 裏切られたとまでは思っていないし、頭では仕方ないのだともわかっている。それでも寂しいのは寂しいし、我慢できない。だから、お見送りに行けなかった。今は行けば良かったと後悔している……か。クロエちゃんはおチビちゃんよりお父さん似だ。だから冬にはお土産をたくさん用意して、一度日本に帰ろうと思った。

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