この日の朝、郵便受けから新聞を取ったお爺ちゃんは、ある記事に首を捻っていた。
『新都でガス漏れ事故か?』『今月に入って謎の昏睡事件が5軒』『当局はガス漏れではないかとの見解』
見出しにはそんな文が踊っていた。
『どう考えてもサーヴァントだろ? 一般人に手を出すなんて……ムカつくな』
お爺ちゃんは怒っていた。
『セイバー、出るぞ?』
『はい』
朝食後(セイバーはとうとうご飯をお茶碗10杯食べた。召喚から毎食ごとに1~2杯増えるのだ)に、お爺ちゃんはセイバーを外出に誘った。話がまったく見えないと思うけど、ちゃんと理由はあるようだ。これは自分のルーツを知った翌々日の話で、そこに関連するのだと思う。きっとお婆ちゃんがカットしたお話の部分に、この行動を思い付く何かがあったのだ。それでこの日お爺ちゃんは、バイクに跨って積極的にあちこちを走っていた。『やっぱり、インフルエンザでした』ってガクエンにウソの電話を入れて。
『ここに座ってくれ』
予備のヘルメットを渡しながらセイバーに言った場所は荷台なのだけど、そこには座布団が括り付けてあった。違反じゃないのって思うけど、よく見ると後ろにもちゃんとステップがあるんだね。不思議なバイクだ。準備が整ったら2人は出発した。
『ここは何か荘厳な場所ですね?』
『神様を祀ってある場所だからな。悪い空気みたいなのは感じるか?』
『いいえ』
『だと思った。オレも感じない』
最初の場所はかなり遠いところにある神社だった。私も澄んだ場所だなと思うだけだった。駐車場にバイクを止めて、2人は参道の階段を登り始めた。一段一段、空気が澄んでいく。
『シロウ? ここがそういう場所なのはわかりますが、これは余りにも……』
『だな。今までそういう目線で考えなかったから気付かなかったよ』
2人はお社でお参りした。
『ミネラルウォーターでなく徹底的に濾過された水道水ってとこだな』
ああ、それでセイバーは違和感を感じたのか。そういう装置になっているんだ、ここは。そしてそこでお爺ちゃんは、セイバーを後ろへ振り向かせた。
『あ。あそこは……』
『街を挟んで反対の山だけど、あの中腹に柳洞寺という寺がある。どうも、ここと霊的に対になっているらしいんだ』
『落ちた龍脈……』
『え?』
『いえ、以前そう聞いた記憶が』
つまりあっちも装置だ。お爺ちゃん達は次の場所に向かった。そこは教会だった。
『ここは……』
『ああ、嫌な空気を感じる。だけど神秘に係るものじゃないな。学園の結界のような感じじゃない』
『ええ、これは人の想念だ』
『ああ、なるほど。新都の公園に似てるのか』
戦場跡みたいな感じ? 何だかよくわからないけど、地面に手を付いたり、教会の周りをグルっと歩いてから2人は次の場所に走った。到着したその場所を見て私は驚いた。そこがお婆ちゃんの家だったからだ。
『シロウ、ここは?』
『ああ、遠坂ってアーチャーのマスターの家だ』
『む。今から攻め込むのですか?』
『違う、違う。遠坂は中立。それでもってこの戦争に疑念を持ってくれている。以前話した、オレが電話を掛ける相手の1人だ』
『ああ、情報同盟と話していた?』
『そうそう。それにここに来たのは確認だけだ。遠坂が調整しているだろうから、違和感はないな。人避けだけだろう』
『その意味でならそうですね。強いて言うならマナが濃い』
『だな。じゃ、次行こうか』
お爺ちゃん達は再び走った。ようやく止まったそこは、目の前に長い長い石階段があった。
『最後はここなんだが……』
『結界になっていますね。おそらくサーヴァントはこの階段を使う以外、上にある建物の敷地に入れない』
『ああ、やっぱりそういうのがあるんだな』
お爺ちゃんはその階段を2/3ほど登ったところにある踊り場で振り向いた。樹々の隙間から反対側の山が見える。
『あちらの山に先程の?』
『ああ』
お爺ちゃんは空を見たり、地面に手を着いて頷いていた。そしてそこで引き返した。お寺には寄らなかったのだ。
『なぜ上の建物に行かなかったのです?』
『追ってたのは霊脈の流れなんだ。神社でも感じたけど、本当に大切なところは上じゃなく山の中だ』
家に戻ったお爺ちゃんは、冬木市の地図と今日巡った場所を照らして印をつけた。
『な? 神社と寺、遠坂ん家、教会を結ぶとキレイな台形になる。ここに未遠川の河口の先に印を付けると五角形だ』
『おお』
『これ、多分だけど聖杯戦争が始まる前からあったんだ。それでセイバー。ここからがオレの仮説だ。第一回目が寺、二回目が遠坂、三回目が教会、そして四回目が神社の筈だった。前回はそれを、未遠川傍のここに先日のあの人達が替えた』
『ここ』とは新都にある広い公園だった。
『シロウ、ここは……?』
『そこでオレは親父に拾われた。その公園の広さが、そのままあの災害の跡地だ。その中心に以前は落成前の市民ホールがあったらしい』
『そこだ。私が聖杯を壊した場所は』
『だろう? きっとこの街には大昔から何らかの結界があったんだ。その目的は不明だけど。それを魔術師達が聖杯戦争に利用した。だけど神社は守った。その結果が前回だったと思うんだ。だからと言ってあの人達を責められないけどな。後からいらない事をしたのは魔術師の方だから。そしてこの土地を魔術師に提供したのは、遠坂のご先祖だろう。多分、あいつはそれを知らない。先日のあの人達も『遠坂』なら、オレの実家も『遠坂』だった。つまり、歴史のどこかで西欧魔術師の道を選んだ家があって、それが遠坂の家なんだろう』
これって、もしかしてお爺ちゃんのご先祖も、神社側として絡む話だった? いや、その前にこの土地に住む人って、皆んな『遠坂』と関係がある? うん、そんな気がする。
『そしてセイバー、この寺と神社を結ぶ線。このところ起きている謎の昏睡事件は、この線上だ。サーヴァントの仕業とするなら、どういうクラスが想定される?』
『キャスター!』
『そう。宝具の線もあるけど、魔術師のサーヴァントと考えるのが妥当だ。人の精気がマナに変換できるなら、被害者の遠い祖先が『遠坂』と繋がっているのなら?』
『魔力持ちが考えられる……?』
あ。
『そうだ。運が良かったよ、先に神社に寄って。キャスターは柳洞寺だ。そこ、友人の家なんだが、暗示を掛けられているな。それと今回が五回目なら、海って事はない。聖杯の出現場所も柳洞寺だろう。そしてこれを見てくれ』
そこでお爺ちゃんはいつか図書館で調べた郷土史のメモを出した。
『この神社のある冬木山と、寺のある円蔵山はどちらも鍾乳洞があると書かれていた。となるとこの儀式の根幹となる魔術装置は円蔵山の鍾乳洞に隠されている筈だ』
『となると、キャスターはそれを知って?』
『オレでここまで推理できたんだから、知ってるだろうなぁ……。だけど『魔力を掻き集める理由』を探れば『穴』が見える可能性はある。だけど、そう悠長にしてもいられない。そこで学園が終わる時間をみて遠坂に電話を入れる。同じ攻めるでも調べるでも、組んだ方が良いだろう』
『ですが、相手の居場所がわかっているなら一刻も早く』
『セイバー? 『急いては事を仕損じる』だ』
『私はセイバーです。シロウ、ステータスを見て下さい。対魔力がかなりあると』
『考えが浅い。オレがキャスターならそこを埋める手を打つ』
『と言うと?』
『装置に介入して、別のサーヴァントを召喚するとかさ。これこそ『キャスター』だからこそ打てる手だ。むしろそういう奴を喚ぶために魔力を集めてるとも考えられるんだぞ? 最弱のクラスが存在する段階で怪しいと思わないと』
『あぁ……』
『それと、セイバー』
『は、はい』
『前に遠坂がハメられているって話したろう?』
『ええ』
『遠坂が土地、アインツベルンが聖杯。なら、鍾乳洞の装置もアインツベルンだ。となるとだ間桐は何をした?』
そこでセイバーが考えた。私も答えが見えた。
『もしや令呪?』
私もそう思う。
『だな。つまりアインツベルンは装置への裏細工で勝つ方法がある……と、間桐は疑っている。だから令呪にも、そういう細工があるはずだ。知らぬは遠坂のみ。こんな情報、父親から伝わっていると思うか?』
『それは……』
『うん。この情報でもって、キャスター攻略を遠坂と協力して行おうと思う。どうだ?』
この意見がセイバーにすんなり通り、お爺ちゃんは夕方、お婆ちゃんに電話を掛けた。そして30分後にお婆ちゃん達がやって来た。それでセイバーの事で少し険悪になりかかったのだけど、復活したランサーに襲われた事、その襲撃で切羽詰まって偶然セイバーを召喚しちゃった事、セイバーがランサーを倒した事を話すと、畳み掛けて山のどこかにある鍾乳洞に魔術装置が置かれている可能性、そこのお寺にキャスターが存在する可能性、そして昏睡事件の犯人がキャスターである可能性と、護衛として英霊を召喚している可能性などをやや嘘混じりで話した。
お婆ちゃんは情報過多に陥ったのか、怒りをどこかに置き忘れてしまった。
『よくもまぁ、そこまで調べたわね?』
なおかつ話の内容が有益と判断すると、お婆ちゃんなりに吟味し、信憑性があると考え始めた。
『どうだ? オレの勝手な想像だから、おかしいと思うところがあるなら言ってくれ』
『いいえ。今のところは矛盾も、変だと思うところもないわ』
それならと、お爺ちゃんは話を進めた。
『学園の結界だけど、あれがもし宝具なら、サーヴァントはライダーの可能性があると思うんだ』
『どうしてよ?』
『消去法。その前に、遠坂の見立てだとあの結界はどういう代物に見えた?』
『胃の中ね。あれは人を消化する結界と感じたわ』
『やっぱりか。もう1人犯人として考えられるキャスターが、余りにも消極的だからさ』
『消極的?』
『うん。その新聞に載っている謎の昏睡事件。死者が出ていないんだ。そしてこの被害者の人数だ。オレは加減を誤っただけじゃないかと考えている』
『加減を誤った? そう考えた理由は?』
『ああ、これを見てくれ』
そうしてお爺ちゃんは印を付けていない新しい地図を出した。それで山から山へ指でなぞった。
『どうもこの街は冬木山から円蔵山に向かってマナが循環している。この循環路に乗ってしまったから、必要以上に精気というか、魔力というか、それを抜いてしまったんじゃないか』
ここでそれまで腕組みをして目を瞑っていたアーチャーが発言した。
『リンは信じるに足ると判断したようだが、一つ一つの話に仮定が多過ぎる。根拠はあるのか?』
『ある』
お爺ちゃんは印を付けた方の地図を出した。
『これだ』
『この印って……私の家も入って……。確かに霊脈の上だけど……』
『一回目が円蔵山の鍾乳洞。二回目が遠坂の家。三回目が教会、多分だけど教会が建つ前かな。そして四回目は神社だとマズかったんだろう。それで場所をここ、今はもう残っていないけど冬木市民ホールにした』
アーチャーが憮然と吠えた。
『話が見えん』
『聖杯の出現場所だ』
『だから、その根拠を示せと話している』
憤るアーチャーに答えたのはセイバーだった。
『私だ。私であり、シロウだ。アーチャー』
『何?』
『そのホールが前回の最終決戦の地だと言っている』
お婆ちゃんが目を丸くした。
『セイバー、あなた……前回も出ていたの?』
『その通りです。私はそこで聖杯を破壊した』
『じゃ、衛宮君のお父さんの元サーヴァント?』
『はい』
『偶然……じゃないわね。触媒があった?』
この後、私も魔法使いとして何人かの『遠坂凛』に出逢ったけれど、ここで『どういう偶然?』なんて言い出さなかったのは、お婆ちゃんと数名だけだった。『触媒となる聖遺物』『本人との縁』もあるけれど、お婆ちゃんビジョンだと『記憶の継承→英霊システム上あり得ない』よって『セイバーは死んでいないのでは?』と、この段階で疑っていた。だけどそこを『聖杯戦争(大聖杯)』の『穴』と見て、生者のままクラスに登録できるとまでは考えつかなかった。
『わからないけど。召喚場所が庭にある土蔵だったから、あそこのどこかにあったのかもな』
それが『鞘』である事も、自分の身体の中にある事もお爺ちゃんは話さなかった。これはお婆ちゃんを信用していないのでなく、お爺ちゃんならではの用心とカンだった。お爺ちゃんは絶望しか無い中でお父さんに救けてもらったので、誰に対しても『信用度』が50パーセントから始まるという、『人間関係』にシビアというか割り切った考えを持つようになっていたのだ。
この時のお爺ちゃんの頭の中は、お婆ちゃんでさえ贔屓目で43%、アーチャーは17%、セイバーで52%くらいだった。驚いてしまうけれど、これを自分に置き換えればどうだろう? 100%信用が置ける人って、この世に居るだろうか? 逆に絶対に信用できない人って居るだろうか?
もちろん、そんな事は口に出さないし態度にも現さない。だけどこの『信用度』は、その局面局面で変動するし、相手の立場やしがらみでも変動するものだ(その相手が例え自分の親でも、変動は間違いない)。まして今は『聖杯戦争』という、生きるか死ぬかの極端な状況下だ。しかもお婆ちゃんは御三家の一角で、そこの現頭首だ。そう考えると43%はむしろ高い。そしてセイバーの52%は彼女の立場にあった。過去の彼女は騎士であったかも知れないが、その時でも『王』や『国』のために自分を捨てる場合があったろう。そして今は、世界に括られた英霊であり、『令呪』に括られるサーヴァントでもあった。つまりお爺ちゃんは、『令呪』を奪われたり書き換えられたらセイバーは裏切らざるを得ない存在だと見ていた。もっと言えば世界からの介入というか指令が入ったら、サーヴァントは敵となる兵器だとも見ていた。だからアーチャーは20%を切っているのだ。
『ともかくセイバーが持っていた情報、過去の新聞や郷土史、この冬木に残る伝承なんかを見ていくと、『聖杯戦争』が始まるより前からこの五角形というか星だな、この土地に昔からあったものだとしか考えられないんだ。そして遠坂』
『何?』
『お前ん家は、この結界を守護している『遠坂一族』から分かれた家で、その後の歴史のどこかで西洋魔術に傾倒した家なんじゃないか?』
『ええっ!?』
『驚くのは無理ないけどさ。お前の親父さんはこれを知っていて、かつ聖杯の召喚場所が神社でなく前の市民ホールであるとも知っていた筈なんだ。つまりアインツベルンも間桐も知っている。ついでにこんな物騒な儀式が三回も四回も行われていた点だ。結界守護者の『遠坂一族』と御三家は協定を結んでいると思う。でだ……』
お爺ちゃんがお婆ちゃんをグッと見詰めた。
『お前ん家を滅ぼしに来ているのは、同じ土地に住む、間桐とその『遠坂一族』だ。間桐が積極的に、『遠坂一族』が消極的にという違いはあるかも知れないが、裏で何らかの糸を引いている可能性は高い』
『そ、それが以前話してくれて、考えが纏まらなかったコトなの……?』
『多分な。他にも……いや、いい。それと四回目までにカタを付けるとか、200年がリミットだとか、そういう密約もあったと思うんだ』
ここでアーチャーが口を挟んだ。
『貴様、どうやってその『遠坂一族』とやらを知った?』
お爺ちゃんは淡々と答えた。
『オレ、バイクに乗っていてな』
『校則違反じゃないの?』
『いや、生徒手帳には載ってないが、家業の手伝いの場合は許されるんだ』
『ウソ? 本当に?』
『本当だよ。冬木なんて地方都市だろ? 家が農家って奴もそこそこ居るんだ。それでだな、コンバインやトラクターに乗るための免許は16歳から取得資格があるんだ。また、畑までの移動や農機具を運ぶためってちゃんとした理由があるなら、バイクの免許も学園は昔から認めていた』
お婆ちゃん達主従が目を丸くした。
『そしてオレは親がいない。死んだ親父の遺産はあるけど、多少なりとも稼がないと。なのでアルバイト名目で特別にな』
この『特別』は家業手伝いに使うわけじゃないという意味だ。
『特別……。あ~、そういうのは許されるんだ?』
『そう、特例中の特例だろうな。で、バイクを買うにはこの冬木の場合は実印と戸籍謄本が必要だったんだ。で、わかったんだよ。親父に養子に入る前のオレの本名』
『え?』
『なっ!?』
アーチャーが声に出して驚いていた。
『オレの本名は『遠坂司郎』だ。そうなんだ。元『遠坂一族』で、遠坂とも遠い親戚だったんだ。中学の頃から変だと思っていたんだよ。やたらこの街には『遠坂姓』が多い。新都の先……遠坂神社に近いところなんて、『遠坂』の表札だらけのところがある』
新聞配達で気付いたのだと思う。
『そういうのが今年に入って全部繋がってな。で、『遠坂司郎』は死んだという体裁をオレが受け入れる事で、その『一族の長』と言うのかな? そういう人と会って、色々話を聞けたのさ』
『衛宮君……』
『まぁ、親父への恩や感謝の気持ちはあるけど、自分のルーツは知りたいだろう? それと遠坂なら他人に口外する事はないと信じて明かした。ああ、消極的関与というのはその人達と会った印象からだ』
これは素だろうか?
『受け入れるって……死んだ事を?』
『そう。この10年で、オレみたいなヘンな能力を持つ奴が『後継者』として出て来たって事さ』
『聞いていい? その能力って……?』
『『蔵』。西洋魔術として言うなら『固有結界』だ』
お婆ちゃんは口をあんぐりと開け、セイバーもここまで話すのかと少し驚いていた。だけどお爺ちゃんは、そんな2人を意に介さず、アーチャーだけを見ていた。当然だ。『過去の英雄』という先入観がお爺ちゃんにはあった筈だ。なのにバイク免許の裏技的取得方法や、『本名』や『固有結界』への驚きぶり。『誰だよ、お前』となって当たり前だった。そしてお婆ちゃんは、先日と今日とで、お爺ちゃんにかなり興味を惹かれたようだった。
お婆ちゃん達も帰った深夜、お爺ちゃんは突然むっくりと起き上がり、キチンと着替えて外に出た。これに気付かないセイバーじゃない。だけど彼女に欲が出た。キャスターの仕業と読んで、姿を見せたところで斬ろうとでも考えたのだと思う。お爺ちゃんに声を掛けず、後をつけて行ったのだ。また翡翠の鳥がお爺ちゃんをつけていた。こちらはお婆ちゃんだろう。キャスターと聞いて見張ってくれていたのだ。案の定、セイバーとアーチャーが石の階段のところで鉢合わせした。
『アーチャー? あなたのマスターのリンが?』
『うむ。何かあると使い魔で衛宮士郎を見張っていた。この場所に来るとなれば、キャスターの仕業だろう』
『ええ。キャスターを斬ります』
2人は黙って階段を登った。とうとうお爺ちゃんは最上段にある山門を潜った。それを追って入ろうとした矢先に、セイバーを一閃の刀が襲った。
『クッ、やはりシロウの読み通りか! 私を邪魔立てするあなたは何者だ!』
『アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎だ』
『何っ!』
アサシンはアーチャーに目もくれず、セイバーだけを凝視していた。
『なるほど、そちらも剣士と見た。拙者、些(いささ)か厭いておってな。是非ともお相手願いたい。存分に死合おうぞ』
『アーチャー、先に!』
『承知した』
それでセイバーがアサシンと戦う間、アーチャーにお爺ちゃんを託した。この時の私は『変な分かれ方だ』と考えるだけだった。けれどこれが後に知った、お爺ちゃんのお父さんが嫌ったというセイバーの悪癖だった。尋常な勝負を望まれると応えてしまう。一対一なら尚更だ。そして、アーチャーに山門を通らせたところを勝手に『一対一の勝負』と思い込んでしまったのだ。
だけどそれは後から考えたらの話だ。私の視点はとうにお爺ちゃんと一緒に山門を潜っていた。
『チッ、マズいな。リンを生かす目もまだ見えておらんのに……』
そんな不思議な事を呟きながら、アーチャーは山門の上に立ち、矢を放った。
『何をやっているのかしらアサシンは……。要らないネズミを通すなんて』
そんなキャスターの悪態を無視してアーチャーが叫んだ。
『起きろ、衛宮士郎。糸は切ったぞ』
『え。あ……オレ?』
『ボサッとするな!』
一括されてお爺ちゃんは山門側に駆けた。だけどそれを逃すまじとキャスターが何かをしようとした。それを横目で見たアーチャーがお爺ちゃんを蹴った。
『早く行け!』
お爺ちゃんは山門で蹴躓いて階段から落ちた。
『シロウ!?』
だけどお爺ちゃんは頭から血を流しながら、ランサーの時のようにアサシンの視力を奪い、胃の中にキッチンナイフを投影した。
『今だ! セイバー!』
『はいっ!』
そうしてアサシンはあっさりと倒された。駆け寄ろうと階段を下るセイバーにお爺ちゃんが言った。
『オレは良い。鞘で治る。アーチャーを応援に行け』
『は、はいっ!』
お爺ちゃんの血も止まり傷が塞がった頃に、セイバーとアーチャーが山門から出て来た。キャスターに逃げられたようだ。階段を下りきったところでお爺ちゃんはアーチャーにお礼を言い、お婆ちゃんにもよろしく伝えて欲しいと言った。アーチャーが仰け反っていた。
その後、アーチャーと別れたところで、セイバーがキャスターの実力を話した。
『そんな魔力弾を?』
『ええ。私は平気ですが、あれは他のサーヴァントだと厳しい。怪我を負う結果となりましたが、アーチャーがシロウを蹴った判断は正しい』
『だな。だから恨みはないし、お礼を言ったんだよ。なんで仰け反るのか不思議だったけど』
なんて事をのほほんと話していた。だけどお爺ちゃんの頭の中は違っていた。大元の魔術装置がキャスターに制圧されているとほぼ確信していたのだ。それで『自分ができないなら相手もできないだろう』でなく、『自分と関係なくできる奴はできる』という発想だから、お婆ちゃんの使い魔の存在から間桐の使い魔の存在にも頭が回っていた。だから、これはちゃんと話さないお婆ちゃんが悪いんだけど、『間桐の傀儡に堕ちた桜が結界を発動する日も近い』『それも2~3日内だ』と考えていた。
こう考えた理由は、『当然間桐は使い魔でお爺ちゃんやお婆ちゃんを見張っており、なおかつここまでほとんど『聖杯戦争』に動きがない』から、そろそろ焦れて自分から動くと読んだからだった。なので翌日、私はてっきりお爺ちゃんがガクエンに行くものだと考えていた。だけどお爺ちゃんは朝からお弁当と、サーモのような保温瓶に入れたお茶を数本用意してリュックに詰めた。それらをバイクの後ろに座らせたセイバーに背負わせて、そのまま出発しガクエンの近くでバイクを止めた。そしてガクエンが一望できる峰に歩いて登り、そこで待機していた。
寒い中なので、お爺ちゃんは数回お手洗いに行っていた。だけど濡れティッシュを用意していてそれで手を拭きつつ、セイバーと他愛ない会話をしていた。
『セイバーに戦い方みたいなのを手解きして貰えると有り難いんだがなぁ』
『いえ、今からですと付け焼き刃にもならない。シロウはその推理力と情報収集能力を磨くべきです』
『斥候向きだってか?』
『ええ。ですがあなたのような者が私の時代にいて、仕えてくれたなら心強かったと思いますよ』
結構、高評価だった。そして3時間くらい過ぎた後だった。ガクエンが赤い檻に囚われた。
『始まったな』
『行きましょう』
『いや、まだだ。行く限りはライダーなりキャスターなりを確実に倒す。もし犯人がキャスターなら尚更だ』
『ですが、シロウ。これはカンですが、あの結界の中にいる人達は危険だ。救けなければ』
『サーヴァントであるセイバーも、学園を休んでいる筈のオレにも、そういう事を知らない第三者を救ける事も誘導する事も無理だ。だからこそ、これを発動している奴を確実に仕留めないといけない。それでも『止まる保証』なんて無いんだ。けどな、オレ達はそこしか動きようがない。そしてわかるだろう? 何も知らない人達を犠牲にしてでも、自分達の儀式が優先するという発想の気持ち悪さを。魔術装置を壊したいのはこの第五次だけでなく、第六次や第七次を起こさせないためでもあるんだ。オレは前回から既に犠牲者の命の上を歩いている。ここでも生き永らえて、生涯背負っていく覚悟だ』
『シロウ……』
『だから相手のサーヴァントを確実に倒すぞ』
『はい』
そうしてお爺ちゃんは、セイバーが背負っていたリュックから双眼鏡を取り出した。どうやらこの頃のお爺ちゃんは視力強化ができなかったみたい。だけど視界のチャンネル切り替えはできるようで、真っ赤な檻の中に建つ校舎の様子をつぶさに視ていた。
『居た、アイツだ。セイバー、顔を覚えてくれ』
そう言ってお爺ちゃんはセイバーに双眼鏡を預け確認させた。アーチャーが髪の長い女性サーヴァントを廊下の端に追い詰めていた。その後ろにはお婆ちゃんも居る。だけどアーチャーもお婆ちゃんも動かなかった。
『令呪で命じる。オレが良いというタイミングで、あそこに跳んでアイツを斃し、即戻れ』
令呪の一画が消えた。そこから20秒もしなかったと思う。
『今だ、行け!』
それはその女性サーヴァントが自らの首に傷を負わせた瞬間だった。
サーヴァントはえらく美人だった。でも瞳のカタチが人のそれではない。
『リン!』
『クッ! しまった、石化の魔眼!』
石化の魔眼! まさかメドゥーサ? 動けなくなったお婆ちゃん達を見詰めたまま、サーヴァントは鎖で繋がった2本の大きな釘でもって自らの首を傷つけた。するとその血は空中で踊り魔方陣を描いた。
『マズいな。首から流した血で魔方陣を……』
だけど、その『マズい』事は起きなかった。サーヴァントの首がすっ飛んで行ったのだ。大量の血が切り口から吹き出している。飛んで行った首は教室のガラスを破って、誰かの机の上で跳ねた。それが金色の光となって消えていく。勿論、廊下の身体の方もだ。
『え? 何?』
『セイバーか……?』
お爺ちゃんはセイバーが戻ると2人でお弁当を食べ始めた。『いただきます』と声を出したところで赤い檻が消えた。
『ラッキー、上手い具合に消えてくれたな。後は遠坂に任せよう』
『はい。しかし、あの令呪の使い方はお見事でした』
『いや、思いつきだ。セイバーの腕があってこそさ。令呪が無駄にならず良かったよ。けど、キャスターには通用しないだろうな』
『それはどうしてですか?』
『今のを使い魔か魔術で視ていたと思う。う~ん……。キャスターを倒す前に……』
ランサー、アサシン、多分ライダーと来て、お爺ちゃんはイリヤスフィールと話そうと考えたようだ。それはきっと『聖杯』の負担を考えての事だっと思う。残るはキャスター、バーサーカー、アーチャー、セイバーだ。いつの間にか『聖杯戦争』は中盤を迎え、いよいよという段になっていた。そしてその事は、お婆ちゃん達も理解していて……。
『どう思う、アーチャー?』
『どうとは?』
『だから、さっきのはセイバーだったのかって話よ』
お婆ちゃんは事後の事を、教会の監督役という人に連絡を入れて頼んでいた。幸い結界による死者は出なかった。だけど全校生徒の9割以上が要入院という事態は前代未聞だった。なのでガクエンは暫く臨時休校と決定し、入院を必要としなかった教員は、保護者各位への対応に追われた。不幸中の幸いは、これだけの事故なのにメディアの報道がそこまで厳しくなかった事だ。
『地熱が高く雪が積もらないこの冬木は、掘れば温泉が出ると話す市民は多いです。その地熱で温められ、ガスが一気に噴出したんでしょうなぁ。先だっての、新都の連続昏睡事件もこれが原因かも知れません』
『市においては、早急な専門家の地質調査が望まれますね』
『ええ』
『では次のニュースです……』
こんな風にテレビの識者の解説だと、地面から吹き出す天然ガスのせいだとされた。それでも記者団や保護者に向かって、頭を下げなきゃならない校長先生や理事長さんには同情する。
『君は主語がないな。正直に言おう。あまりに一瞬だったので、この私の目をもってしてもセイバーだったかも、と思う程度だ』
『やっぱり?』
『うむ。斬り飛ばされた首に気を持って行かれた』
『私も。衛宮君なのかしら?』
『空間転移をセイバーに掛けたと? 私は令呪を切ったと見るがな』
『その線も考えた。けど、効果が高過ぎない?』
お婆ちゃんがこの件の疑問に答えを見い出すのは、魔法使いとなって自分なりの空間転移が扱えるようになってからだったという(注)。
注1)これを少し説明しよう。まず『空間転移』には幾つか方法があるけれど、お婆ちゃんや私が使う方法は瞬間的な並行世界移動だ。戻る時に座標を少しズラしているだけだった。後に知り合う『エル』さんが行う方法は、第一魔法の変形である極小泡沫世界という新世界を発生させ、そこを経由する事で座標と時間をズラして転移としていた。つまりお婆ちゃんは元からある世界を経由し、『エル』さんは自分で創った新しい世界を経由している。
一方、キャスターが使う方法は古典であり、結界術の応用でもある。結界の中に座標(空間)や時間が曖昧な異空間を常時呼び出して固定し、それで自分を包むのだ。古典ではあるけれど、実は一般人にもわかりやすいワープ航法に近いのがこれだった。スイスのエルヴァちゃんも、主にこちらの方法を使っている。
ところが冬木に居るクロエちゃんと魔杖で転身したイリヤちゃんが行う空間転移は、衛宮の固有時制御に近いものだった。体内に時間でなく空間を圧縮する結界を張っているのだ。これはキャスターの理論とも近く、衛宮に伝わる時間操作系魔術の変形発展型とも言えた。なので衛宮の血を引く、2人のエルヴァさんも、イリヤさんもこちらの方法を使う。難点はとある裏技を使わない限り、座標に関して凄まじい計算が必要になる点だけど、エルヴァさん以外は胸の小聖杯か魔杖に計算を代行させていた。ではエルヴァさんはと言うと、これが地脈や霊脈を使って出現ポイントを固定していた。これは計算を飛ばすという、そのアプローチの仕方がキャスターと同じだった。なお、こちらの方法は『エル』さんもエルヴァちゃんも使えるし、使う場合があると教えていただいた。
注2)魔法に至る前のお婆ちゃんが、少々の勘違い含みで看破していたお爺ちゃんの『転移する投影』だけど、こちらは言わずもがなで、その本質は『固有結界』にある。肉眼で認識できるほどの、この三次元空間を侵食する結界とは、取りも直さず心象風景世界の召喚だ。それは並行世界的なアプローチでなく(第二魔法に係るので、お爺ちゃんには無理がある)、俗に言う平行世界へのアプローチであって、キャスターが使う異空間の亜種でもある。それは『自らの心象風景に近く、時間も空間も曖昧な世界』を召喚しているに過ぎない。だからお爺ちゃん自身は『空間転移』ができない(ここがお婆ちゃんの勘違い)。英霊も元は人であり、真祖や死徒ではない。なので、彼らの使う『固有結界』とはその質が異なるのは自明の理だ。だけど多くの魔術師は、人の強い思念が『世界』に反映され、平行世界に自分だけの限定世界を創ったり、三次元世界に影響を及ぼすとは考えない。また異空間が平行世界下にある事を知らないし、その平行世界と無限に広がる並行世界とを混同したりしていた。これらを切り分けて考えた近代魔術師の1人がマキリ・ゾォルケンであり、お婆ちゃんだった。