夜になり、食事の後にお爺ちゃんは、中庭の畑を縫って土蔵に向かった。この頃は裏庭のガレージもなく、土蔵の横に自分で建てたらしき小さなバイク置き兼自転車置きの小屋があった(自転車はママチャリのみで、ビアンキはなかった)。乾いた布で、本日使ったバイクを磨いていた。
『シロウ?』
『うん? バイクを磨いているんだ。乗った日にやっておくとサビが来づらいからな』
『良い心掛けですね。これは生き物ではないが、馬と同じく手を掛けた分だけ応えてくれる事でしょう』
『へぇ~、セイバー、わかるんだな?』
『ええ。後ろに乗って、もう1つわかりましたよ』
『何を?』
『ルールがあるからでしょうが、シロウの運転は慎重だが上手い』
『そうでもないけど、ありがとう』
ポリポリと頬を掻くお爺ちゃん。こんなクセがあったんだ?
『そこは良いとして、このバイクは随分と遅いですね?』
『ああ、20馬力ちょいの商用車だからな。全然早くないよ』
『どうしてこれを?』
『エンジンが頑丈なのと、色んな車種に使い回されているから、解体屋に取れる部品が多いんだ』
セイバーが首を捻った。
『部品ですか』
『うん。コイツが新車で売られていたのは、1988年から1993年頃までの5年間だけなんだ』
そこから、お爺ちゃんの思い出話が始まった。
『親父が亡くなった頃かな? いや亡くなる少し前か……。釣りに行った帰りにパッタリ、バイクに跨った雷画さんに会ってさ。ジュースを奢ってくれてな。その時にいつかオレもバイクに乗りたいって話したんだ。それで親父が死んじまって、オレを励まそうと考えてくれたんだな。解体屋さんを紹介してくれて、バイクに詳しい若い兄さんとコイツを引き取って来たんだよ。それで中1から中2までの2年弱を掛けて、教えて貰ったり、手伝って貰いながら直したんだ。勿論、免許なんて取れない年齢だ。でも、徐々に徐々にカタチになって、キレイになっていく姿が嬉しかったし、エンジンに火が入った日の手応えと感動は今でも覚えてる。結局その2年の時間が、親父が死んだ寂しさを紛らわしてくれたし、オレに欠けていたモノを埋めてくれたんだな』
お父さんのために料理を始めたから、釣りや料理さえ苦痛の時期があったと思う。だからそんなお爺ちゃんを見て、雷画さんという人は解体屋さんで鉄屑にされる前の動かなくなったバイクを薦めたんだと思う。それを直していく中で、お爺ちゃんは心の瑕(キズ)を埋められたんだ。だって災害で本当の家族を失い、自分を救けてくれた、お父さんまで失って……。もうその人を頼るしかないと、その人が居ないと自分の存在意義もない……極端だけど6年生や中学1年生なら、そのくらい思っていた筈だ。だけど立ち直れた。それはバイクと出会えたからだ。ああ、だから『本当の意味での趣味』だったんだ。
『それがハマったというか……ともかく、中3になったらバイトで稼いだ金で、1989年式の『YD125』ってのを中古で買った。コイツは高1の時に小型二輪免許を取ったら、すぐにナンバーを取ったよ。そのピンク色のナンバーのがそうだ』
『これですか?』
『そう』
それは小屋の中で、自転車と『CD250U』と肩を並べていた。日本の免許制度がイマイチわからないけど、お爺ちゃんはその高1時代に 原動機付自転車免許と小型二輪免許を立て続けに取ったと情報が流れてきた。それが4月から5月に掛けてで、なのにまたまた雷画さんの薦めで普通二輪免許を秋に取っちゃったらしい。これは50ccの原付きが、その頃の日本の道路を共有する乗り物の中で1番危ないからだった。なので普通二輪免許の教習代は雷画さんが出してくれたようだ。先に小型を取っていたので安かったのもあったし、そもそもその『危ない』という教えを守っていたから小型を自分で取ったのだ。じゃ原付き免許はどうして取ったかというと、乗る気はないけど、単に免許が欲しいだけだった。全部の免許を取るという野望はこの頃からあったらしい。
『それら以外に1985年式の『CD125T』ってのや、『GL500』というのを解体屋で見つけて今も直してるよ』
セイバー召喚の時に土蔵にあったバイクだ。大型自動二輪免許を取ったらそれに乗るつもりなのだと思う。だけどそこで疑問を感じた。あのガレージにあった『大きなバイク』。確か『新車で買った』と話していた。あ。あれってお婆ちゃんのプレゼント? そんな気がする。そしてそういう情報は流れて来ない。実にお婆ちゃんっぽい。
そして私はエーデルフェルトの跡継ぎではないけれど、魔術師の世界での家門の偉大さは知っている。お祖母ちゃんが頭首になったのは、幾つかのビジネスを成功させ、エーデルフェルトの魔術に功績を残した17歳か18歳の頃だ。つまり時計塔に行く前なのだ。そこで出逢ったお爺ちゃん。バイクにお祖母ちゃんも噛んでいるのか、それともお祖母ちゃんにお爺ちゃんを取られまいと、お婆ちゃんが抵抗した結果なのか。2人のそういうエピソードを知りたいなぁ。絶対にこの夢では、見せて貰えないだろうけど。
『その『CD125T』って、オレが生まれる少し前のバイクだけど、最新のだと中古でも高いから手が出ない。けれど80年代のなら解体屋さんにまだまだパーツがあるし、キャブレターってところが詰まった程度で廃車された、結構程度の良いのがあったりするんだ。おまけにオレみたいな学生はまず乗ってないから誰とも被らないし、人気がないから、オレは手が出ないけど中古相場は安いんだ』
『それでこういう後ろに荷物が載せられるようなバイクを選ぶのですか?』
『まぁ、大体そうだな。けど、キャンプ道具を一式積んでパーッと走れるから便利なんだぞ』
『キャンプ?』
『野外で仮の宿になるテントを張って、自然の中を少ない道具でメシを作ったりする事だ』
『ああ、行軍に於ける野営ですね?』
『行軍? 軍のそれとは違うかも知れないけど、野営はそうだな。いや、元は軍隊がやってた事だもんな……セイバーの時代にも?』
『ええ、ありましたよ。馬に夜露を凌げる布や簡素な道具を積み、焚き火で暖を取り、食事もそこで』
『狩りをしたり?』
『はい。ですが必ずしも獲物が獲れる訳ではない。なので主に麦粥ばかりでした』
セイバーが目を伏せた。
『それは辛いな?』
『はい、雑な味でした。ですのでシロウの作る料理の手の込んだ事。あなたの料理は人に元気を与えてくれる』
『そ、そうか? 誰でも作れると思うけど……』
『現代に於いてはそうなのかも知れません。ですが、私はあなたの料理から毎回元気や、勇気、ヤル気を頂いている』
お爺ちゃんはセイバーの素直な感想に照れていた。そんな風にお爺ちゃん達が、人をほっこりさせる会話をしている頃、お婆ちゃん達は今後の方針について話し合っていた。
『倒されたサーヴァントは、バーサーカーには思えないから、衛宮君の推測通りライダーね。これで残るはキャスターと、バーサーカーだわ。しかもここまで動きのないアインツベルンがバーサーカーに確定。アーチャー、ここから先は衛宮君と組もうと思うの』
『同盟か?』
『ええ。その両者に勝てば、残るはセイバーとアーチャーになる。聖杯が本物ならそれで良いし、衛宮君の言うように危険なモノなら壊しましょう。負けた間桐に文句を言う資格はないし、それはアインツベルンも同じよ』
『上手く行けば良いがな……』
『心配性ね? ここまで来れば勝ったも同然よ』
お婆ちゃん、イケイケだね。言っておくけど、ランサーを倒したのはお爺ちゃんだよ? アサシンを斬ったのはセイバーで、その下準備はお爺ちゃんが血を流しながらやった事だ。そしてライダーも。あ。ライダーはあれか……お婆ちゃんとアーチャーへの恩返しだったんだ?
『という事で、明日の朝に衛宮君の家に行くから、アーチャーは着替えや洗面用具を用意しておいて。私は実験器具や測定器を用意するから』
押し掛けるつもりなの? と言うか、このシーンを私に見せるって事はお婆ちゃん的には正しい行為なんだ? 相手は若い男性の一人住まいだぞ?
まずは連絡を入れて、受け入れ可能かどうかの確認と思うのだけど、お婆ちゃんが電話を入れたのは、なんと翌日朝の出発前だった。
『リンの印象ですか? 出逢った頃は、意外と常識のない人だと思いましたわ。仲の悪かった時分は、東洋の猿かとまで思うほどでしたのよ。それが仲が良くなった後に、『両親を子供の頃に失ったので世間知らずなところがある。私に不快な思いをさせる場合があるかも知れない。そのような時は遠慮なく指摘して欲しい』と、彼女から申告してきましてね。根は素直で良いところもたくさんあります。人は様々でそういう人も居るのだと、私の方こそ学びましたわ』
お祖母ちゃん曰く、そういう事らしい。となるとこれは、お爺ちゃんへのアプローチだ。無意識じゃないだろう。とっくに意識していて、けれど『同盟のために仕方ないこと』と自分の中で大義名分を作った状態なのだと思う。
『日本語で何でしたっけ……? そうそう、思い出しましたわ。『ツンデレ』ですわね』
それ、お祖母ちゃんもだよ。でも、お婆ちゃんより少しだけわかりやすいかも知れない。私は段々、時計塔時代に二股や浮気とまでは言わないけれど、『何か』があったような気がしていた。その三角関係当事者全員の孫という自分の立場が、実に奇妙で因果だ。
『じゃ、そういう事で、部屋をひとつ借りるわよ』
『遠坂。お前、育ち良いな? ここまで報連相のしっかりした奴に会ったのは、オレの拙い人生で初めてだ』
『ブッ……』
『アーチャー! 笑うな!』
お婆ちゃんの負け。セイバーまで笑うのを堪えている。でもお爺ちゃん、呆れながらも離れの部屋を用意していた。この局面での同盟は必要だと考えたらしい。もしくは『ラッキー・ハプニング』を期待した? 落ち着いたところでお爺ちゃんが訊ねた。
『遠坂?』
『何?』
『米は持って来たか?』
『え?』
『お前な。いくら同盟を組んだとしても糧食は自前が基本だろ?』
『な!?』
それでお婆ちゃんはアーチャーにお金を渡して、お米を買いに走らせた。その前にお爺ちゃんはお店を指定し、ついでにどこそこの店が近くにあるから、そこで塩干物の鮭を8切れ買って来て欲しいと頼んでいた。
『どうして鮭?』
『アーチャーには説明したが、そこナトリウムでなく天然物の塩で塩干にしているんだ。なのに一切れ98円なんだよ』
『安いの?』
『あの質で98円なら激安だ。ところで遠坂、アイツ、信用できるのか?』
『どういう意味よ、衛宮君?』
『聞き急いだ。アイツがいつの時代の、どこの英霊か知っているか?』
『いえ、知らないわ。中東辺りかなと思っているけど。それに英霊なら過去の英雄でしょう? 史実に残らないほど無名な気はするけどね。何かあるの?』
『アイツ、間違いなく現代日本人だ。試しに料理を作らせてみろ』
お婆ちゃんの顔が変わった。
『既にやったと。美味かったか?』
『うん……。お味噌汁も煮物や和え物も美味しかった……』
『あのな? 昔のアラブ人が、仮に聖杯からの知識があったとしてもだ。米を炊いて味噌汁が作れるのか? おまけに天然塩の鮭だと言ったら驚いていたんだぞ? 何よりその前の、バイク免許が学園でも取得できる事や、オレの『本名』の話に『固有結界』の事でも驚いていた。それにアイツはバックル付きの革ブーツだ。そんなのいつの時代の靴だよ? 遠坂、ここまでヒントを出したんだ。アイツの正体がわかったろ?』
お婆ちゃんの顔色がますます変わった。お爺ちゃんを指差し、次に玄関の方を指差した。
『並行世界!? そっかぁ……そこで英雄になって、死後英霊に……』
『その驚き方はある程度読んでいたな? 心当たり、あったのか?』
『うん。衛宮君とは思わなかったけれど、記憶喪失だって真名を聞けなかったのよ。だから隠していたのかぁ』
『おいおい、真名なんて。それ必要か?』
『え?』
『必要なのはどういう能力を持っているかだろ? アイツは何ができるとか話したか?』
『……いいえ』
『話が前後するけど、きっと『固有結界』が使えるんだろ。で、弓は元弓道部員でもオレより上手かったしセンスがあったんだろ。そして刃物も投影できるんだろ。オレよりも相当尖った奴だな。親父の幻影でも追っているみたいだ。いや、追って後悔しているのか?』
お婆ちゃんとセイバーがキョトンとした。だけどお爺ちゃんはそれ以上話さず、30分後にお米を抱えて帰ってきたアーチャーを労うだけだった。
そして流れが大きく変わったのは、お爺ちゃんがお昼の用意をし始めた頃だった。カラン、カランと警報だけの簡易結界が鳴ったのだ。
『仕掛けて来たか。キャスターだな』
お爺ちゃんはガスの火を止めて、音の強い方角へ向かった。それは中庭で骸骨みたいな兵隊が剣を持って何体も何体も、地面から湧き出すように現れていた。
『な、何あれ?』
『リン、衛宮士郎、ここに残れ。セイバー、行くぞ』
『はい』
セイバーとアーチャーが中庭に出た。
『衛宮君、キャスターの仕業ね?』
『ああ……。あいつら、許さん』
お爺ちゃんはお婆ちゃんが引くほど怒っていた。怒りで髪の毛が逆立っている。
『人が丹精込めて育てた野菜を!』
骸骨兵が畑を踏み躙っていたのだ。だから刀(鮪包丁)みたいなのを投影して中庭に出ていった。勿論無茶はせず、セイバーやアーチャーが取り零した骸骨のみを、お婆ちゃんの方向に来ないように倒していた。それでほとんどの骸骨が倒れた頃に、キャスターが土塀の上に現れた。そこへセイバーが隙かさず飛び込んだ。だけどキャスターは空間転移で屋根の上だった。
すると今度はキャスターだけでなくその腕の中に、藤村先生が居た。
『ふ、藤ねえ!』
お婆ちゃんはこの状況下でアーチャーの顔を見ていた。やはり動揺していた。
『ホホホホ……坊や、セイバーに、その風を纏った剣を納めさせなさい』
『マジでこんな、サスペンス・ドラマみたいな安っぽい脅しをしてくる奴って居るんだな?』
『な、何を言って?』
今度はキャスターが少しだけ動揺した。本当にテレビの真似?
『わかったぞ! お前のマスターは、学園の関係者……ズバリ、柳洞寺に居候している葛木だな!』
『え!? うちの担任?』
『遠坂……担任なら、どこに住んでいるかわかるだろう?』
『わかんないわよ!』
『担任団の連絡先が修学旅行前に配布されただろ? 葛木の緊急連絡先が柳洞寺の電話番号と同じだったろうが?』
『ウソ!? あ、でもそんなの、柳洞君と同じクラスの士郎だからわかるのよ! A組の私が知る由もないでしょうが?』
とうとうお婆ちゃん、名前呼びになっていた。だけど、この漫才を利用してキャスターがセイバーの真後ろに転移した。そしてクネクネと折り曲がったナイフをセイバーに刺した。
『え? セ、セイバー!?』
消えていく令呪の感触でお爺ちゃんは、セイバーに起きた事を察知した。悪態か何かを呟いているけど、視線は屋根から転げ落ちる、眠らされたままの藤村先生に釘付けだった。隙かさず駆けるお爺ちゃん。それを追い越して、アーチャーが先生を受け止めた。お爺ちゃんはそれを確認すると、セイバーの方に振り向いた。けれどセイバーはキャスターとともにどこかに転移してしまった。
『クソッ! 最初からセイバー狙いだったのか!』
お爺ちゃんの叫びが、庭に寂しく響いた。
暗示を掛けた藤村先生を実家に返し、虚しいお昼を頂いた後、お婆ちゃんは与えられた部屋に籠もった。
『リン、衛宮士郎はこれで脱落だろう。同盟を解消すべきだ』
『サーヴァントと戦う事だけしか見ていなかったらね。けれど衛宮君は、最初から聖杯欲しさで動いてない』
『しかしだな?』
『ええ、サーヴァントと戦えるのはサーヴァント。でも彼、一度はランサーに勝っているのよ?』
『むぅ……』
結局、お婆ちゃんは『様子見』として居残った。その夜、アーチャーが裏切った。キャスターの元へ下ったのだ。なんとお婆ちゃんに令呪を使われないよう、あの折れ曲がったナイフを投影し、山門で自分を刺したのだ。キャスターはこれを好機と見て、アーチャーを受け入れた。内心でアーチャーを疑っているのは私にもわかった。けれど利用できるものは利用しようと考えているのもわかった。そして、この視点はお祖父ちゃんからだった。アーチャーとリンク(同調)しているのだ。
いや、これだ。お婆ちゃんが見せたかったものは。並行世界に於ける異世界同位体。例え相手が世界に括られた英霊であっても、そのすべてをお爺ちゃんは、自らの『蔵』に納めてしまえる。
翌朝、お爺ちゃんの布団を取り巻くように、無数の剣や刀や包丁が畳に突き刺さっていた。
目覚めたお爺ちゃんは呟いた。
『同調開始(トレース・オン)──』
その両手には黒い亀甲紋と、白い水紋を刀身に浮かべた刀のような長い包丁が握られていた。
『士郎────!』
ネグリジェ姿のお婆ちゃんが、お爺ちゃんの寝室に飛び込んできた。
『な、何だ、遠坂!?』
『れ、令呪が消えたのよ! って、何これ!?』
お爺ちゃんの周囲に突き刺さっている無数の刃物に驚いていた。これは誰だって驚くだろう。お爺ちゃんは瞬時にそれらの刃物を消した。
『消えたのはアーチャーの令呪か?』
コクリと頷くお婆ちゃん。
『アイツ、やっぱり裏切ったか……』
『昨日も言ってたわね? わかっていたの?』
『わかるというか、怪しい予感はあった。それで昨日の夕方から、アイツと同調できないか試していたんだ。すると朝起きたら、さっきのザマだ。それで真名や、『固有結界』の在り方、アイツの生き様みたいなのが大体わかった』
『そんな、パスもないのに。異世界同一体だから……?』
『も、あるだろうし、オレの魔術の特質だろう。刃の付いた金属を見れば、オレは自分の『蔵』に収めるために、創造の理念が鑑定でき、基本となる骨子が想定でき、構成された材質も複製可能にし、ついでに制作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験にも共感でき、蓄積された年月を再現できるようだ。その延長として、アイツという『刃物しかない男』の過去の記憶へ同調できた』
『何それ!? よくもまぁ、そんな事をやろうと思ったものね?』
『だな。でもその御蔭でアイツの目的がわかった。その動機もな』
そこから寝間着姿の2人の会話が始まった。お爺ちゃんの語るそれは、アーチャーの生涯だった。焼け出され、家族を失ったのも同じなら、お父さんに救けられ養子になったのも同じ。だけど息を引き取る前の、お父さんへの誓いが違った。
『せ、正義の味方ぁ?』
『ああ、マトモじゃないよ』
『士郎の場合は?』
『オレ? 原点というか出発点は同じだろう。ただオレは苦しんでいる人や悲しんでいる人を元気づけられる料理が作れたらと願い、世界一の料理人になると親父に誓ったんだ。アイツの救けたいって考えは、一見綺麗に見えるが、破綻している。そもそも、正義の味方って職業にならないだろ? 自分が食う事を考えていない』
『あ~……どうしてそんな考えを……』
『思うに人との触れ合いや会話が希薄だったんだろ。PTSDがオレより酷かったのかも知れないな』
『なるほど』
『それで流れ流れて、最後は中東だ』
『そこで死んで英霊に?』
『いや。100人ほど救うために自分から死後を世界に売り飛ばした』
『な!?』
『その事件から数年後、30になる前に処刑されていた。その後は世界から派遣されて、人類に害をなす因となる人達をあらゆる時代のあらゆる場所に行って排除していた』
『それって、『抑止』?』
『って、言うのか? 名称なんて知らないけど。ともかくそれをアイツは何千何万回も繰り返し、嫌気が差していた。そんな奴隷状態から抜け出したいと考えた。そこで『自分殺し』というパラドックスを生み出そうと考えた』
お婆ちゃんの口が丸くなった。
『じゃ、アーチャーの目的は士郎を殺す事……。けれど並行世界なら赤の他人も同然でしょう?』
『アイツの遠坂はそういう指摘ができなかったんだろう。それに魔術協会の事とか、そういう知識も学生の頃は疎かったみたいだ』
『あぁ……』
そしてお婆ちゃんはこう言った。
『士郎に見せたいものがあるの。着替えて居間に行っておいて。私も着替えてからそっちに行くから』
『わかった。顔を洗って髪を梳けよ?』
『一言多い!』
けれど洗面所からはお婆ちゃんの叫び声が聞こえた。髪の毛、ボッサボサだったものなぁ。実はエーデルフェルトのお祖母ちゃんは髪がストレートだ。だけどお婆ちゃんはホンの少しウェーブがあった。だから私も少しウェーブがあって、今日は雪が降るとか、朝の髪を鏡で見たらわかってしまうのだった。
そして居間でお婆ちゃんは、お爺ちゃんに完成した『宝石剣』を見せた。
『これって、宝石なのか?』
『そう。それの完成こそが第二魔法へのパスポートなの。まだまだ研究が必要だけど』
『お前ん家って魔法を目指していたのか?』
『ええ。これ1本作るのに、財産の半分近くが消えたわ』
『随分と掛かるんだな?』
『まったくよ。けど、これを作るのが私の家に伝わる宿題だったからね』
『言ってたな。けど宿題って、誰が出したんだ』
『ああ、知らないのは当然ね。ウチのご先祖の師匠だった方よ。『宝石翁』とか『万華鏡』とか、色々呼び名があるけれど、その方こそが第二魔法の使い手なの』
そこでお爺ちゃんは腕組みして考え始めた。
『遠坂。この聖杯戦争って、魔法に関係あるんじゃないか?』
いよいよ核心に近づいたと、私は思った。
翌日、お爺ちゃんはお婆ちゃんをバイクの後ろに乗せて、冬木郊外の森へハンドルを向け走った。
『だから、何で言わないのよ!』
『親父の実の娘だぞ? ヘンな先入観で敵対視されても困るからさ』
『それで、2年しか……って本当?』
『だと思うぞ。逆算したらオレと同年輩か少し歳上なんだ。なのに見た目が11~12歳くらいにしか見えない。相当な魔術的処置をされていると思うんだ』
『だからバーサーカーなのかしら?』
『どういう意味だ?』
『バーサーカーは狂化と引き換えに全部のステータスが上がるの。と同時に、維持するのにかなりの魔力が必要なのよ』
『なるほど』
森の入口付近にバイクを止めて、2人はそんな事を話しながら森の中を歩いていた。
『ああ、こんな事ならオフロード・バイクも用意しとくんだった』
『まったくだわ。どういう森よ。広過ぎるっての』
『だよな』
結局、イリヤスフィールが居るらしき建物まで1時間以上歩いた2人だ。
『だけど、ここまで何もないなんてあり得るのか?』
『ええ。ちょっと不気味よね』
2人は建物の扉の前までやって来た。
『何か変だ。中を覗ける隙間か何かないか?』
『衛宮君、あそこの樹から窓に行けない?』
『それだ、行こう』
私はそれを見て驚いた。最後の窓枠に飛び移る際にお爺ちゃんの手助けもあったけれど、若い頃のお婆ちゃんは結構身軽で、窓の高さまではお猿さんみたいに自分で登っていたのだ。それで中に潜り込んだ2人は驚いていた。玄関ホールが戦場跡のように破壊され、誰も居なかったのだ。暫くイリヤスフィールを探していたけど、どこにもあの子は居なかった。
『キャスターに拐われた?』
『わからないが……読み誤ったな。円蔵山の鍾乳洞へ連れて行かれたのかも知れない』
『そこだっけ? 聖杯が降りる場所って』
『そう考えてる。この出遅れというか時間差が空間転移だな』
『よね?』
お爺ちゃんとお婆ちゃんは仕方なく、1時間半は掛かった往路を引き返したのだった。
お爺ちゃん達が家に戻ると、玄関の引き戸にもたれるようにして女の子がしゃがみ込んでいた。
『誰だ?』
『ま、間桐さん?』
『え? 桜?』
ああ、この人がお婆ちゃんの……。2人は桜さんを助け起こして屋内に入れた。布団を敷いて横たえると30分くらいで意識が戻った。
『お、目覚めた。桜、桜、大丈夫か?』
『先……パイ……』
『どうした? 何があった?』
お爺ちゃんは優しい声で尋ねた。横のお婆ちゃんはとても心配そうだった。
『兄さんに……無理を言って、ここまで……。衛宮先パイ、遠坂先輩……。キャスターは……大聖杯を完全に解明したようです』
『何だって?』
『どういう事? 桜、もっと詳しく!』
『は、はい……』
2人は桜さんを抱き起こし、水を飲ませた。
『あの学園の……結界は……、先パイ方を騙すためのものです……。お祖父様と私は同じ触媒を使って……ライダーを2人、召喚していたんです……。倒されたのは私の召喚したメドゥーサで……お祖父様はペルセウスを……』
『同クラスにライダーを2騎!? そんな事……』
『できます……。エクストラ・クラスを召喚しない限り……3騎まで可能です……』
『え~~っ!』
今度はお爺ちゃんが尋ねた。
『桜。つまり、この『聖杯戦争』には御三家しか知らない裏技があるんだな?』
『……はい。私が知らない事も……お祖父様ならご存知でしょう……』
それを聞いたお婆ちゃんが質問した。
『令呪はどうなっているの?』
『遠坂、それを作ったのが間桐だ』
お爺ちゃんが答え、桜さんが頷いた。
『桜、大聖杯って鍾乳洞にあるのか?』
『……はい』
『森のアインツベルンが、もぬけの殻だった。心当たりはあるか?』
『キャスター……です。お祖父様が仰っるには……アインツベルンのマスターを……魔術で眠らせ……大聖杯まで一気に転移したようです……』
ああ! 最強のサーヴァントなんて関係ない。あの子の意識を奪って、それこそ暗示で『ずっと霊体化していろ』とでも令呪を使わせれば……。キャスターだからこそできる事……。
『それでキャスターは?』
『大聖杯を……浄化するようです』
『セイバーは?』
『あの人は……先パイにしか従わない……。キャスターが……令呪を使って動けなくし……、セイバーを触媒に……新たな……セイバーを……』
大聖杯を解明した、とはこの意味だったのだ。
『どんな魔術師よ!? じゃアーチャーは? わかる?』
『アーチャーは……キャスターから逃げて……今はお祖父様と……』
『間桐と組んだっての!? 何なのアイツ?』
お爺ちゃんが、また腕組みをして考え始めた。