暫く考えていたお爺ちゃんが、おもむろに口を開いた。
『遠坂、アイツの立場と目的を考えてみろ』
『何が言いたいの?』
『カリカリしていたら、見失うぞ?』
『え? 何をよ?』
『アイツにとっても『遠坂』は、忘れられない眩しい存在だったんだ。確かにアイツはオレを殺す事を目的にしている。だけど、そこにはもう一つの目標もあるんだ。それは遠坂を護り切る事だ』
『守るって……裏切ってんのよ?』
『だから落ち着けって。ランサーが脱落し、アサシンが消え、ライダーも消えた。アイツの計算では、この展開が早過ぎたんだ。自慢話じゃないが、それはオレとセイバーが居たからだ。このままだとオレを倒すチャンスが来ない。だけど、その自分勝手な目的のために遠坂を犠牲にはできないと考えた。だから、遠坂の安全を確信した段階で、敵対する立場に立たなければならなかった。狙いは最終局面でのオレとの対決だろう。そうなるとキャスター陣営に与する事と、間桐陣営に与する事に差はなかった筈だ。なのにキャスターを裏切って、間桐に走った。その理由は決まっている。アイツにも『セイバー』が居たからだ。後ろめたかったんだよ』
このお爺ちゃんの発言で、お婆ちゃんは『並行世界』と『英霊の在り方』を考えるようになった。キーとなったのはセイバーだ。アーチャーも生前『聖杯戦争』に出ていた。そしてそのセイバーとお爺ちゃんのセイバーは、真名を同じくし、同じ顔、同じ声を持つ別人なのだ。普通なら、同じ座から頒かたれた一分霊と考えるのが当然であり、ごく自然な考え方だ。だけどお婆ちゃんは、お爺ちゃんが明確にそう指摘した訳ではないけれど、お爺ちゃんの言葉から並行世界の……微妙に異なる人生を歩んで『セイバーという英霊』になった『2人の英雄』という存在に思い至った。桜さんのセイバーを触媒にしたセイバー召喚という話もヒントになっただろう。これまでも、そう考えてもおかしくないような情報が耳に入っていた。
私は魔法使いは狙って成るものではなく、成るべくしてなるのだと考えた。残念であり悲しいけれど、お祖母ちゃんが至る事ができなかったのは、この『運』がなかったからだ。そしてお婆ちゃんが、その『運』を私に分けてくれている事に気付いた。
『後ろめたい……』
『皮肉屋の仮面は、そうでなければやっていけないから、作られていったものなんだろ? 根っこはオレより素直なんだと思う。それは裏返せば、何も知らない子供と同じなんだ。『世界』がここにハンコを捺しといてくれってだけで、連帯保証人に判を捺した。約款も読まず契約書にサインしたも同然だ。な?』
『『な?』って……衛宮君、それ酷くない?』
『だから、アイツは『遠坂』を眩しい眩しいって見ていただけで、影でどれだけ努力しているかを考えられないくらい学生時代は子供だったんだよ。多分な。きっと『聖杯戦争』が、アイツにとってのターニング・ポイントだった筈なんだ。だけど、それでも根っこは変われなかった。変われなかったから、『正義の味方』なんて幻想に憧れ続けた。そんな風に親父を神聖視していたから、親父の犯した『罪』、つまりオレ達への養育が、この冬木に災害を齎(もたら)した贖罪から来ている事を見抜けなかったんだ』
お爺ちゃんは抜かりない。この会話は桜さんも聞いている。その顔色を横目で確認していたのだ。
『アイツもわかってるんだ。オレとアイツは違うって。けど、親父と同じで止まれなかった。そんでもって、これまた親父と同じく、もう引き返せない行き着くとこまで行ってしまって……そこでやっと気付けたんだ。傍迷惑だよな?』
『傍迷惑って……』
『恩は恩。罪は罪さ。人には良いところも悪いところもある。見習うべきところがあるなら、見習えばいいし、見習わなくていいところまで見習う必要なんてない。何も明き盲になってまで盲信する必要は無いんだから。それが例え親でもさ。だろう?』
お婆ちゃんはお父さん(曽祖父)との思い出を大切にするあまり、盲信している部分があった。別にその事を揶揄した訳ではなかったと思うのだけれど、お婆ちゃんは内心かなりギョッとしていた。
『個人的な感想だけど、オレに八つ当たる分にはまだマシだ。見知らぬ第三者に当たるなら最悪の犯罪者だけどな。それにオレはアイツの生前を否定しないよ。それできっと何人かの人は、最悪の状況から救ける事ができただろうから。けどな、オレの拙い知識でも想像がつくぞ? 守護者に堕ちたアイツが『衛宮士郎』に出会えるチャンスは『聖杯戦争』だけなんだ。遠坂、わかるか? 仮にオレを斃せても抑止から抜けられないなら、アイツはどこかの並行世界の『衛宮士郎』をまた狙う。もしかしたら、『正義の味方』なんかじゃなく、そうだなぁ……何か人様の役に立つ職業を目指すまっとうな『衛宮士郎』を、自己満足のために殺してしまうかも知れない。オレはそれを糺したい。抜け出す方法があるなら、教えてやりたいし、手伝ってもやりたいが……そんなの魔法使いしかできないだろうしな……』
『衛宮君……』
『もう死ぬしか無い、諦めるしか無い最悪の状況で親父が救けてくれた。だから憧れて、親父のようになりたいと考えた。そこは良いんだ。子供の頃なら良いんだよ。けど、いつまでも小学校の低学年じゃないんだから、しっかりと考えなきゃならなかった。アイツが本当に救けたいのは、あの日の自分だったって』
『あの日の……災害にあっていた時の?』
『そう。まさにその生きる事を諦めた、その瞬間だ。気付けよってトコだよな。こんなのマンガでもアニメでもドラマでもやっていたのにさ』(注)
注)『め組の大吾』 雑誌連載1995年~1999年、アニメ化1999年、ドラマ化2004年。お爺ちゃんの部屋にコミック全20巻あり。
『ホント、迷惑だよ……。倒すだけなら簡単だってのに』
『簡単って事は無いでしょう?』
『簡単だよ。異世界同位体だっけ? アイツとオレはそういう関係なんだろう? なら、魔術の通りは誰よりも良い筈だ。だからアイツの記憶が読めた訳だしな。となると、脳と心臓に包丁を仕込んで終わりだよ。けど、それじゃアイツは変われないし救われない。だとするなら、武器を取って戦うだけだ。その戦いを通じて、間違っていた事を認めさせないと。ホント、気違いに刃物とはよく言ったもんだよ』
『うわぁ……そういう言葉は……』
『メディアがやっている言葉狩りに騙されるなよ。『クレームが来るから自主規制』という、嘘か本当かわからない一方的な事。『社会的弱者への配慮』という、一見正しそうだけど何の証拠も事例もない偽善。そうやって言葉を狩って、消していって不便な世の中を作り出したいんだよ。そこを見抜けよって話だ。本来、『片端(かたわ)』や『ちんば』、『盲(めくら)』っていう言葉が、相手を傷付けないための言い換えだったんだ。そういう弱者への配慮は必要かもしれない。けど大方の人は公平(フェア)に扱ってくれと言うだけだ。『こっちに合わせろ』なんて無茶で我儘な『平等』なんて望んでないよ。そもそも人なんて千差万別なのに『平等』なんてありえないだろ? 養鶏場の卵か? 知ってるか? 大きく育ち過ぎた……育ちが悪いわけでもないし、味も栄養価もまったく変わらないのに規格から外れた野菜は棄てられるんだ。何故なら不勉強で無知な消費者がそれを望まないからだ。そうやって大衆はメディアによって、ある一定の思考しかできない状態に改変されて来たんだ。常識を疑えとまでは言わないけど、その常識の出処は調べるべきだ。そしてそこに何らかの意図がないかは常に考えるべきだよ。遠坂、オレたち人間が規格化されてどうすんだ? 魔法なんて規格化された魔術の先にあるもんだろ? 大丈夫か?』
お婆ちゃんはショックで口を噤んでしまった。そこへお爺ちゃんが畳み掛けた。
『だから、オレはアイツを糺したいんだ。救ってやりたいんだよ……』
堪り兼ねた桜さんが声を上げた。
『先パイ……アーチャーって先パイなんですか……?』
お爺ちゃんは軽く頷くと、桜さんを手で制してお婆ちゃんと一緒に桜さんを横たえた。
『無理すんな。本調子じゃないようだ。医者、喚ぶか?』
『いいえ……少し魔力が足りないだけで……』
『魔力不足か。オレもセイバー召喚の直後、辛かったよ』
お婆ちゃんはこの時、『ペルセウスかそれ以外に魔力を分けているのか?』と考えたらしい。というのは『聖杯戦争』開始の頃、令呪の兆候が浮かんでいないか、桜さんを調べていた。だけど何も浮かんでいなかったので、その時は『マスターではない』と思い込んでしまった。ところが『令呪を開発したのは間桐』というお爺ちゃんの指摘で考えを改めた。そこでこうも裏技がまかり通るなら、桜さんの今の状態は『新たなサーヴァントを召喚させられた直後』なのではないかと訝しんだのだ。だけどお爺ちゃんは違う事を考えていた。
『桜、苦しい時は言ってくれな。オレはまだ遠坂と話がある』
『な、何よ?』
『だからさっきのメディアだよ。『聖杯戦争』の報道が誤魔化されているのは、どうしてだ?』
『それが昨日話した監督役の仕事なのよ』
アーチャーがいた頃、お婆ちゃんはお爺ちゃんにガクエンの結界が消えた事と事後処理の件を伝えていた。
『監督ってどういう立場なんだ?』
『ああ、その意味ね。いつ頃からかは知らないけれど、聖堂教会がこの『聖杯戦争』に絡んでいて。そこから任命されている神父が監督役になるの。今の神父は胡散臭い奴だけどね』
『学園にあった結界の事後処理もそこに頼んだ訳だ?』
『そう』
『新都の昏睡事件と繋げて、ガス騒ぎに矮小化した……? メディアの放送姿勢を捻じ曲げさせて、市からの緊急事態や非常事態、ガスが出る可能性のある地域の案内も出ていない……。遠坂、救急車って何台出ていた?』
『え? 何台だろう?ちゃんと見ていなかったわ。相当な数が来ていたように思うけど』
『自分で歩ける奴も居たとは思うが、全生徒の9割近くが入院したんだろ? だから学園が臨時休校になったんだよな?』
『ま、まぁ、そうね。学園が存続できるのかってくらい、大事件だとは思うわよ? 入試前だからね。受検生がどうなるのとか、新年度の入学式がどうなるのって気にはなるけど……』
『そこで頭を悩ますのは教師の仕事だ。遠坂が考える事じゃない。そうじゃなくて、メディアだけでなく行政にも食い込んでいるんだ。それもこの冬木市だけでなく県、もしかしたら国にも……』
『教会が?』
『だけとは限らないだろ? 魔術協会とは言わないが、もっと他のモノも絡んでいる。そうだよ、これが引っ掛かっていたんだ……。『遠坂一族』が目を瞑らざるを得なかった『権力』。他の市からも救急車を要請でき、メディアや警察すら黙らせる『権力』。あんまりそうは考えたくないけど、人は予測を越えた金が手に入るなら案外と転ぶからな。つまり、それだけの金を動かせる奴らな訳だ……。オレが感じとっていたのは、こっちだ遠坂』
『以前、上手く言えないって言ってたのは、これ?』
『ああ。『遠坂一族』なんて、まだわかりやすい方だった。奥には奥があるってか……。まだまだ裏がありそうだよ』
『そんな事あるの……?』
『今はあるとも無いとも言えない。だけど、60年掛ける4で240年……引く50年で190年』
お爺ちゃんは、メモを取り出してそれを見ながら話した。細かな文字がびっしりだ。
『衛宮君。あなた、生徒手帳をメモ用紙に……?』
ん? 生徒手帳……?
『たまたまだ。これを調べている時に、メモ帳を家に置き忘れてな』
だけどお婆ちゃんは目が良かった。
『合いびき肉100グラム、タマネギ1個って、お買い物のリストまで……』
『こら、勝手に見るな』
桜さんがクスクス笑った。
『いつか、教えていただいたハンバーグですね?』
『ちょ、桜……ともかく先にこっちな。で、装置を設置するのに数年から10数年は準備期間があったと思うんだ。となると最低でも200年は掛かっている。そんな長期間、何もかも隠し通すのは無理があるとは思わないか? 1回目や2回目は今より人の少ない田舎だったと思うけど、当時もなにがしかの噂話があったと考えたんだ。そもそも、そういうので語り継がれたのが伝承やお伽話の始まりだろ? そう考えて郷土史なんかも調べたら、やっぱりそれっぽいのがあった。その段階から行政やメディアが怪しいとは思ったけれど……。この200年を掛けて、じっくりとそういうところに食い込んできたんだな。ここまで情報が捻じ曲げられると……』
『なるほどねぇ』
『先パイ?』
桜さんがお爺ちゃんを呼んだ。
『もう……今さら隠し立ても無理ですので話しますが、祖父がその手の話に詳しいです』
容態が安定したのか、息苦しそうな話し方が少しマシになっていた。
『その人が間桐の、当代って意味でなく頭という意味の頭首か?』
『あ、はい。父は入院中ですので』
『なるほど。兄貴の慎二と桜……何人家族だ?』
『以前話したように、そこに祖父と父の4人です』
『だったな。となると魔術師は桜とそのお祖父さんだけか?』
『はい。父も魔術回路はありますが、お祖父様の目からは……』
『なるほどなぁ……』
お爺ちゃんの目付きが鋭くなった。
『桜、ここに避難したのは何故だ? オレ、解析魔術が結構使えてな。お前への人体解析はとっくにやっていた。だから間桐が魔術と関わりあるとは考えていた。さすがに御三家という首謀者側だったと知ったのは最近だけどな』
『先パイ……』
『ああ、変な家だとは思ったさ。けど、他の魔術師の事をどうこう言わないのは仁義だ。だけどさ。アインツベルンといい、間桐といい……。そこまで身体を弄(いじく)るのは何故だ?』
お婆ちゃんがギョッとした。
『私……養子なんです。ですので……間桐の魔術に馴染ませる必要がありました』
『養子……そうだったのか……。つまり、慎二や父親は魔術に向いていなかった?』
『はい。ですので間桐の存続のためには私が必要でした。なのでサーヴァントも消えたので、こちらに……』
『なるほど。プラスアルファ、外部アンテナとして情報をそのお祖父さんに流すためか?』
『……はい』
ここでお婆ちゃんが声を出した。
『間桐さん……いえ、桜。以前の事は知らない。けど、今回ここに来たのは私が衛宮君と組んだから?』
『……はい。お祖父様の命令もありましたが……遠坂先輩、後からずるいです……』
『あなた……衛宮君を?』
あ~、そういう事か……。
『どういう意味だ? 遠坂、桜?』
お爺ちゃんは何もわかっていなかった。
『事ここに至ってはって感じね。桜、良い?』
『はい……』
『何だ?』
『桜の旧姓は遠坂。私の実の妹よ』
お爺ちゃんは1分近くフリーズした。
『そこまで驚く? 間桐の調整だろうけど、桜も昔は黒髪で、私と同じ菫色の瞳だったの。耳の形や顎のラインが似てるでしょう?』
お婆ちゃん、そのツーサイドアップじゃ耳が見えません。
『いや、胸の大きさが違い過ぎ……』
お爺ちゃんが吹っ飛んだ。客間での話なのだけど、布団の上の桜さんを飛び越えて縁側まで飛んだ。後少しで、縁側のガラス戸を突き破っていただろう。どういう強化を拳に掛ければ、か弱い女の子が男の人をそこまで殴り飛ばせるのか。
『先パイ!』
『大丈夫よ。こちらも計算していたけれど、彼の方からも後ろに飛んだの。お見事だわ。それより、桜。身体は? 大丈夫なの?』
『はい、急に楽になって……』
お爺ちゃんがムクリと上半身を起こして言った。
『ああ、楽になったか。良かった。以前一匹殺したら、筋肉に同化したのと、桜が痛がらないのは確認済みだ。今日は心臓に居たのと、神経に張り付いていたのを全部殺した。まだ一部残っているけど、体調が良くなったら全部殺してやるよ』
『え?』
『衛宮君! 桜の身体に何が!?』
『【■■(ピー)】だ。きっとそれと馴染ませるのが間桐の調整なんだろう。だけどそれは最初の1匹か2匹で済んだ筈だ。そんな何十もの【■■(ピー)】が今だ身体に残っていたのは、今の【■■(ピー)】がお祖父さんの外部アンテナ用だからだな?』
お婆ちゃん……怒りの規制音だ。若い方のお婆ちゃん、顔色が青褪めプルプルしていた。きっとエグい使い魔が桜さんの身体に寄生していたのだろう。だけどこの時のお爺ちゃんは、現実のお婆ちゃんが話してくれた『聖杯のカケラ』に言及しなかった。もしかしたら、とっくにカケラなんて溶けていて、心臓を作り変えた後だった……? それだ。教えてあげたいけれど、やっぱり夢だからどうする事もできない。
その後から桜さんの体調はどんどん良くなり、晩ごはんもしっかり食べられるようになっていた。
『桜。あなた、普段から3杯もお代わりするの?』
『先パイのお話で、大体わかりました。【■■(ピー)】に魔力だけでなく、栄養も取られていたんだと思います』
お婆ちゃんの目が吊り上がった。
『それと……』
『それと?』
『先パイのお料理、美味し過ぎです』
『あ~、それは確かに。士郎、お代わり』
『遠坂、お前も3杯目だぞ? 何なら追加で炊こうか?』
『そこまでしなくてもいいわよ。ないならないで良いから』
『遠慮すんな。米はアーチャーが運んでくれた分がたっぷりあるから』
『な!? それ、私のお金!』
『宿泊費だ。メシも作ってるのに。けどホント、しっかり食えよ?』
『ふ、太ったらどうしてくれんのよ!』
『お前は痩せ過ぎだ。桜を見習えよ』
『せ、先パイ!? どういう意味ですか?! 私が太っているとでも!?』
『全然。そのくらいの方が健康的に見えるぞ。おかず、足りないだろ? 白菜のお浸し作ろうか? 酢を少し利かせて、煎り胡麻を振って。ウマいぞ?』
『はい! いただきます』
恐るべしお爺ちゃん。月2回ほどのお料理教室で、桜さんはすっかり餌付けされていた。お婆ちゃんも陥落一歩手前だった。
『で、でも、炭水化物は糖分だから』
『その分、運動すれば良いだけだ。米ばっかの江戸時代に太った人はまず居ない。むしろビタミン不足で脚気が流行ってた。太るのは運動不足か、洋食に偏っているからだよ。野菜をしっかり食っときゃ健康に良いし、腸にも良い。『炭水化物は身体に悪い』なんて、ダイエット食品やサプリメントを売るための口上だ。それも決まってアメリカから発信されて、日本のテレビや雑誌が煽り、女性から乗っちまうんだ。握り飯と漬物だけで、飛脚は担当距離をキチンと走っていたんだ。見たトコ、遠坂は運動も怠らないタイプだろ? 気にし過ぎだよ。それよか入ってくる情報が正しいのかどうか、それを疑い、正解を調べるクセを付けた方が良い』
このところのやり取りで、お爺ちゃんの『ものの見方と考え方』にすっかりやられたお婆ちゃんは、これまた正論と考え、そこから『聖杯戦争を生き抜く知恵』『魔法へ至るヒント』と受け止め方を変えていた。
『そうだな……。本当に太らない方法を教えてやるよ』
『な、何ですか! 先パイ!』
『精製米だけでなく、玄米や雑穀を混ぜてご飯は炊く事。きび砂糖や黒糖といった、色の濃い砂糖に切り替える事。スーパーの特売品に選ばれがちな大手メーカーのものじゃなく、少々高くても小さな醸造所で真面目に造られた味醂や醤油に味噌を使う事。塩もミネラルの多い天然物を選び、卵も平場で育てられ、良い餌を与えられている鶏が産むものだけにする。1個50円以上する場合があるけど、怪しいサプリや栄養補助食品なんかを買うより安いし、確実に身体に良い。それで肉より魚を多めに使い、野菜はその3倍から5倍は摂って、チョコなんかの甘いお菓子は控える事。どうしても甘いのが欲しい時はバナナや柿といった果物や、小豆の何かを食べろ。そうやって、白過ぎる食べ物は人工的なもの、果物以上に甘いものは脳のリミッターを壊す食い物だと認識を改めないと』
お婆ちゃんと桜さんはフンフンと頷き、桜さんに至ってはメモまで録っていた。
『油もカタカナ(サラダ油)や料理名(天ぷら油)の怪しげなものでなく、原材料が明確で、圧搾のきちんとした菜種油や胡麻油、自分で作れるなら自家製のバターやラードを使う方が良い。勿論、出汁もな。それと良いニガリを使った豆の味がする豆腐と、藁苞納豆は昔からある栄養補助食品だ。魚だけじゃ物足りない時や、調理時間が取れない時はこういうのを使う。風邪をひいた時のお粥に、崩した豆腐とさっきも言った卵を使い、少々の薬味を入れれば十分だよ。それと日本人にやっぱりパンは合わない。というか、小麦粉だけというのは身体に悪いんだ。だから白いパンより黒いパンの方がヨーロッパには多いんだ。これは精米と玄米の違いみたいなものだ。うどんより蕎麦というのも似たようなもので、白いものより色のあるものの方が太りにくくてマシというのは本当の事だ。なので菓子パンを食べたいと思ったら、炊き込みご飯を作るとか、いっそ野菜多めなお好み焼きにしてしまう方が良い』
フィンランドの国民食にカレリアンピーラッカというパイがある。カレリア地方が発祥の、ライ麦の生地にライスプディングを詰め、上にジャガイモを乗せて焼き上げたパン(パイ)だ。ママは最初、お好み焼き定食かと思ったそうだ。言われてみれば炭水化物の塊だものね。でも、フィンランドだと皆んな食べている。そういうものだよ。
翌日、お爺ちゃんとお婆ちゃんは桜さんに留守を任せて鍾乳洞を探しに行った。お爺ちゃんの調べでは、円蔵山の麓(ふもと)に2箇所、中腹に2箇所あるらしい。だけどお爺ちゃんは、本命は隠されていて、そのどれもが違うと考えていた。麓の2箇所は街とは反対の山の向こうにあって、一つは昔からある地元の人が使う氷室だった。もう一つは奥行きが10メートルもない洞窟で、氷室に使えない代物だった。だからその2箇所には寄らず、中腹の2箇所に絞って山を探索すると決めてあった。
登り口が同じとは限らないし、まともな道なんて望めないから、それらしき場所に当たりを付けてバイクを止めて山に登っていくものと私は思っていた。ところがお爺ちゃんは海沿いの道路から脇道に入り、農道の奥にある道を進んだ。
『士郎、この道は?』
『柳洞寺の庭に池があるんだ。あそこに出る道だよ』
登っていくと両脇にお地蔵が並んでいた。
『この地蔵も結界に一役買っているんだろうな』
『どういう意味?』
『知らないか? 悪霊に限らず、物の怪もサーヴァントも山門からしか寺に入れないらしいんだ。そこで頭を使おう』
『え?』
『寺に行くのにあの石段しかないんだよ。どうやって寺を建てたんだ?』
『あ。建材を運んだ道?』
『そう。しかも檀家や修行中のお坊さんも知らないときた。次に使う時のために住職が口伝で伝えるんだろう』
『どうして衛宮君は知ってるの?』
『ガキの頃の遊び場だったからに決まってるだろ。ちなみに一成は知らないと思う』
『つまり、悪い子しか知らないと?』
『聞こえが悪いな。けど、本当に知られてなくてな。不法投棄もないだろ? 下にあった農道を使っている一部の人しか知らないと思う』
『こっちと衛宮君の家とじゃ随分離れているのに』
『うん。小学校の時に深山町に越してきた奴が居てさ。そいつが前に住んでいたのがここいらで、伯父さんだったかお祖父さんに教えられたそうだ。それでその頃仲の良かったオレに教えてくれたって訳さ。だから過去に自転車で数回、バイクで1回登っていたんだ。自転車の時は入り口までだけど、バイクは池まで走ったよ』
『へぇ~。これってもしかしてキャスター攻略に?』
『使えるかも知れないけど、表の石段と同じで逃げ場が無いぞ?』
『ああ……そっかぁ』
『それに山砦の攻略は昔から兵糧攻めと決まっているんだが、仮にそういう手が使えても、関係ないお坊さんや一成達が人質だからな。それで気乗りしないってトコもあったんだ。攻略するなら藤ねえの事をキャスターにバラした葛木だけど、学園が休みになっちまったからな……』
『藤村先生と衛宮君の関係を葛木先生が……』
『そう。そこも推理を組み立てる要素だった。キャスターの狼狽振りでビンゴだと確信したよ』
『魔術師の気配なんて全然ないのに』
『魔力や令呪に縛られない関係なんだろう。つまりオトナの関係だ。となると召喚者は別口で、そいつを裏切ったと見るのが正解なんだろうな』
『あ。そういう事?』
『そう。それとこういうトコから、英霊も過去の人間で、心情で動くトコもあるんだとわかる。裏返せば、元のマスターはサーヴァントを使い魔や何かと勘違いしたタイプ……そうだな、魔術協会の人間だったりしてな?』
『あ~、当たってる気がする』
『だろ?』
それからお爺ちゃん達は途中でバイクを止め、崖を下っていった。
『どこ行くのよ?』
『この数メートル下に、最初に言った鍾乳洞とは別の大きな鍾乳洞の入口があるんだ。そこの探検だ』
つまりそこは、市が把握していない鍾乳洞という意味だった。
『落ちたら大怪我程度じゃ済まないわね』
『ああ、気を付けろよ』
お爺ちゃんはお婆ちゃんの手を引いて、支えながら崖を降りた。そして無事に入口に入った。
『こんなところに小学生の頃から?』
『まさか。この入り口に来たのは中学生以来さ』
男の子だなぁ。
『行くぞ、遠坂』
『ええ』
そうしてお爺ちゃんは懐中電灯とヘッドライトを、以前セイバーに背負わせていたリュックから取り出した。今回背負っていたのはお婆ちゃんだ。5分ほど歩いてお婆ちゃんが言った。
『士郎、これ下ってる?』
『みたいだな。緩やかに下ってるよ。滑りやすいから気を付けろ』
そこから更に20分ほど歩いたところで崖のようなところに出た。
『広い、何なのここ』
『川じゃないんだが、オレ達の使ったところが支流みたいなもので、ほら、あそこ。あそこにも横道が見える。どこに出るんだか知らないけど。下から嫌な空気が流れるから、ここが装置のあるところかもな』
それでお婆ちゃんが身を乗り出して下を見た。
『あ、あれだ。確かに下にあるわ』
お婆ちゃんが指差した石柱がどうやら装置らしい。
『士郎は目のチャンネル、切り替えられる?』
『多少は』
『なら、やってみて』
お爺ちゃんが魔術回路を起動した。
『おい、これって……』
『ね? この広い空間の地面にびっしりと。まるで……』
『魔術回路っぽいな』
『ね? 降りられないかしら?』
『待て、声を出すな。誰かいるぞ』
2人は息を潜めてもっと身を乗り出して下を見た。そしてそれを確認するや元に位置に身体を戻して、小さな声で話し合った。
『セイバーとキャスターだ』
『ええ。空気の振動を増幅して、聴覚を強化したから』
それでお婆ちゃんが下から聞こえる話の内容をモニターして、お爺ちゃんに耳打ちしながら実況した。
(これでこの聖杯が使えるのですか、キャスター?)
(ええ、三日後よ。三日後には中が浄化されるわ。それであなたの願いは叶う)
(キャスター、あなたの願いは?)
(私? 私は受肉してマスターと添い遂げる、その第二の人生こそが私の望みよ。だから、残りの魔力は全部あなたにあげる。それであなたの国を救済なさい。ただし、そのためには贄が必要。あの子に暗示を掛けてバーサーカーを自害させても良いのだけど……その程度でヘラクレスが止まるかどうか疑問だわ)
(あの少女のサーヴァントがヘラクレス?)
(ええ。アルゴー船でね、顔見知りなのよ)
アルゴー船でヘラクレスと顔見知りの女魔術師とくれば、同じアルゴナウタイ(同じアルゴー船に乗った仲間という意味)だったメディアだ。イアソンに騙され棄てられ……。きっとその先生は、メディアにとって裏切らないと思える人なんだ。だから一緒に暮らしたいからと。一方セイバーは、お爺ちゃんのセイバーとは別口だろう。だけど彼女の願いは自分の国の救済を願っている。どちらも何て純粋な……。
お爺ちゃんがキャスターをあまり悪く言わなかったのもこういう部分を感じていたからだろう。そしてセイバーも召喚者を裏切らない真面目なタイプだ。お爺ちゃんのセイバーやイリヤスフィールが今どこでどうなっているのかわからないけど、少なからずまだ生かされている。きっとイリヤスフィールは聖杯が満たされるまで生かされ、お爺ちゃんのセイバーはヘラクレスとともに、最後の仕上げに使われるのだろう。
意に染まぬなら染まる相手を再召喚する。聖杯が汚染されているなら中身を浄化する。メディアは希代の魔術師だと思った。こうなると悪い予感しかしない。お爺ちゃんの魔術を逆手に取ってきそうな……。