はてさて約束通りいざオルガマリーに逢い、その後トリシャさんに逢ってみれば、2人の話はほぼ同じ内容だった。来る魔眼蒐集列車内での────トリシャさんからはオルガマリーのガード、オルガマリーからはトリシャさんのガード依頼だったのだ。別々に逢ってこの被り方だから、2人はかなりの信頼関係にあると見ていいだろう。以前の倫敦訪問で、オルガマリーは私が半英霊で英霊のマスターでもある事を知っている。要はこの魔眼蒐集列車の招待状は、彼女が支配人に出した要望の結果だったのだ。
『いいえ。お家騒動ではありません。旦那様の情報網から、何者かがお嬢様を狙っているという情報が入りました。それも魔眼蒐集列車に於いてお嬢様を狙うとの脅迫状が、後ほど届いたのでございます。オークションへの代理参加は、後継ぎとしてのお仕事でした。ですが、実際に脅迫状が届いたとなれば……』
トリシャさんのお話はこうだ。ロード・アニムスフィアが不参加を考えつつある中で、オルガマリーは後継ぎとしての重要な仕事だと感じ、参加に熱心だったので少々揉めたというのが『遠ざけられた』真相のようだった。逢って正解だった。メールだとさっぱり要領を得なかった。あれは時計塔の公用語……は大袈裟だけど、そういう時計塔内での定型文でもあるのだろうか? ともあれ、ややこしい英文でメールを送らないで頂きたい。
「次は降霊科のパーティで、どこまで情報が集められるかですね?」
「はい」
ダイニングで私の真向かいに座るセイバーの肩に、幼稚園児くらいの可愛い男の子がぶら下がっている。紅茶を啜る私にも少女が肩車している。どちらも地下室の幽霊だった。正確に言うと、調伏した1番の『祟り』にくっついてしまったどこかの元浮遊霊だ。だいたい有り難くない悪い霊障を起こす幽霊には中心となる強い霊が1~3体、エナジーバーのように無理やり携行されてしまった弱い霊が4~5体は憑いている場合が多い。単独という事はまずない。ウィジャ・ボード(こっくりさんに使う文字盤)などに反応するのは、2番目か3番目の霊か、そこに行く手前のエナジーバー卒業生が多い。私とセイバーは『そいつら』を調伏して使い魔にしてしまったので、携行食だった子供の霊が、こうして甘えて来るのだった。
イタズラもしないし、ただ遊んでいるだけなので放っている。肩に重みや妙な凝りはない。この軽さは次元シフトが近い証拠なのだ。悪霊に囚えられ少し遅れたけれど、霊の世界に旅立つまでは自由にさせてあげたい。子供達の名は思考を読んでいるので知っている。だけど決してその名を口にしない。愛称などもっての外だ。それはそういう行為が『縁』となって、この子達を縛るからだった。想像付くと思うがこういう子供で浮遊霊になる場合は、現代だと『自然死』はまずない。『病死』はままあるが、それより『虐待死』や『事故死』の方が遥かに多いものなのだ。それは何も『アイツラ』の手に掛かったという場合だけではない。悲しいけれど、自分の親や近所の変質者に殺されてしまう場合もある。そしてこの子達は1番甘えたい盛りに実親に殺されていた。だから好きに甘えさせていた。
残る子供達も私やセイバーに寄って来た。比較的霊がしっかり視える三枝さんのような人からすると、マリア様のそばを舞う『天使』に視えるかも知れない。だけど私達のように神秘を探求する者は、『天使とされる現象』と『このような子供の霊がシフトしていく最中の姿』と『翼の生えた巨人族の青年』は全部分けて考えている。それは実際別物だからだ。
そして降霊科のパーティには、この子達や人形に押し込めた『元悪霊』も連れて行く。それでこのイタズラを仕掛けた助教か講師を黙らせる。人が悔しく思う場合、まだ相手を対等かそれ以下に見ている場合だ。圧倒的力量差を認めてしまうと、無視するか離れていく。向上心があれば教えを請いに来るかも知れないが、そうでない場合は救いがない。それはその人達だけの問題でなく、降霊科の問題ともなる。きっとどの科もロードを頂点としたピラミッド構造だ。余程の事がない限り、教授や学部長に上り詰めても、世襲制であるロードにはなれない場合が多いのが時計塔だった。だから……その不満の芽を私に潰させようとロード・ユリフィスは目を瞑り、彼らの不満がわかるからベルフェバン代理も目を瞑ったとも読めてしまう。だけどそれも『井の中の蛙』が行う『どんぐりの背比べ』的思考であると思い知ると……。その先の態度でロード・ユリフィスやベルフェバン代理の器量が見えてくるだろう。
そこで重要なのが『元悪霊』だった。ところでこの近所のアパート(マンション)の最上階フラットに、日本で逢った『中国の彼女』が差し向けたアサシン数名が住んでいた。交代制なのかどうかは知らないけれど、どうも私を影から護衛しているようだった。なので彼らに会い、お礼方々『彼女』に『超絶美少女のエーテル素体を3体用意して欲しい』と頼んだ。年の頃は全員12歳前後。それが昨日届いたので、『元男性の悪霊3体』の魂を押し込んだ。そして『この世に括り付けるために名を付けた』。彼女達の名は『アルファ』『ベータ』『ガンマ』だ。与えた服装もワイシャツにネクタイ、スカートというこの近辺にある小学校の制服だ。これからは『私が良いと言うまで』、彼女達は小学生メイドだ。そんな子達も降霊科のパーティに連れて行く。こうするとロード・バリュエレータが釣れる。そこがポイントだった。
『エル』や私達は、父方から陰陽師の血も引いている。トリートメント(再調整)されたこの子達は、もはや私の『式神』だった。西欧魔術的には『使い魔』に分類されるけれど、エーテル素体なので変身も可能だし、私の命令で悪霊だった頃の念動力も使えるようにした。これを『式神』と言わず何と言うのか。あの安倍晴明も十二神将でなく、十二天将という天盤十二支に準(なぞら)えて使い魔用に囚えた魂魄を枠に押し込めた。私もそれを真似た訳だ。英霊の魂魄をクラスという枠に押し込める聖杯戦争が、なぜ冬木という播磨国で行われたのかがここからもわかるだろう。意外だろうけど、遠坂は単なる土地提供者じゃないのだ。
「セイバー、買い出しに行きますが、今夜は何が良いですか?」
「そうですね。春とは言え、倫敦はまだ少し寒い日があります。お鍋とは言いませんが、何か温かいものが宜しいかと」
「では、ストレートなシチューかシチュー・フォンドュを」
「良いですね。それを希望します」
「わかりました。アルファ、着いて来なさい」
「はい」
元は『憑く』のが生きがい? だった霊が、今は私の後ろに着く忠実なハウス・メイドだった。メイド服でなく小学校の制服スタイルなのは、高校を卒業して可愛い制服が着れなくなった私の願望が入っている。コスプレしても良いのだけれど、時計塔の講師ともなれば軽々しくそういう事ができない。となるとそういう願望をどこかに投影して満足するしかない。そこでやって来た『夏の虫』が地下の悪霊だった。かつて『エル』はとある組織の全員を囚え、ボスの魂と記憶を女の素体に押し込め、カニ漁に精を出す元部下達の慰み者にした。一度女になり、その快楽を覚えれば必ず堕ちる。何故なら魂が男でも、それは『元』であり、現状の『女脳』に引き摺られるからだ。どんな強面の男でも、いや、欲望のままに生きた男だったからこそ、自分の意志で股を開くメスに成り下がるのだ。
それはさておき、倫敦に越す時に、私は幾つかのキッチン・アイテムを持ち込んでいた。ひとつは変圧装置。まずはこれがあってこそだ。次が炊飯器。そして2種類のホットプレートだった。丸い方は平鉄板とグリル鉄板、そしてたこ焼き用鉄板の他に深い鍋が付いていて、これですき焼きやお鍋だけでなく、天ぷらもできる優れモノであった。長方形の大きな方は鉄板とグリル鉄板、そしてたこ焼き器だけと機能は少ないが、焼きそばやお好み焼きには十分な大きさがある。何より食材に火を通しながら、温めたソースに付けるという食べ方ができるところが強みだ。つまりチーズ・フォンデュもカレー・フォンデュもシチュー・フォンデュも思いのままなのだ。
今夜は丸いパンをくり抜いて、そこにシチューを流し込んで鉄板で保温しながら、その周囲で食材を焼いてフォークで突いて食べるという方法を考えた。シメは鉄板で底がカリカリになった、シチューの滲みたパンだ。きっとセイバーだけでなく、今バンバン125の後ろに乗っているアルファや、留守番のベータもガンマも喜ぶだろう。
ああ……自分でもわかっているので突っ込まないで欲しい。私はクロエちゃんやおチビちゃんが大好きだし、こうして離れて暮らす事になっても愛しい妹なのは間違いない。だからアルファ達にあの子達を投影している部分は確かにある。だけどそれが何となくアルファ達を『活かす正しい方法』なのだとも感じていた。それと造形デザインにはとことん注文を付け、凝りに凝って貰った。その出来栄えに感心していたら、アサシン曰く『中国の彼女』の制作でなく、スイスのエルがお祖父様から仕事を振られ腕を奮ったそうだ。誰からも好かれる愛くるしい顔、他人の警戒心を緩めるフェロモンに芳香、そして細々した仕草や声に話し方。何もかもが『エル』がエルに与えた技術を最高に発揮した傑作だった。
私の腰に回す腕の細さに手の小ささ。それらは服の上からも触感でわかり、『デザインされた擬物』だとわかっていても、私の母性を否応なく擽(くすぐ)って来ていた。だから目的地のスーパー内では無意識に手を繋いでしまっていた。お隣のミヤコちゃんに迷惑を掛けられないので、アルフア達の制服は別のデザインのを選んでいたのだけれど、どうもこのスーパーの校区にある小学校のものだったらしく、色々と尋ねられてしまった。
ちなみに、ここのスーパーはパックされた食材を並べるだけでなく、対面のお店も入っていて、その場で切り分けたりしてくれる。それをレジに持っていって支払うというシステムで、元は公設市場だったのではないかと思うアタリのスーパーだった。新鮮なお肉や真空パックの魚が倫敦とは思えないほど揃っていて、私はすっかりここのファンになっていた。
「ハロー、このお肉を1ポンド下さい」
「ハロー、妹さん? 可愛いね」
そう言って秤で1ポンドを越えても『1ポンド価格のラベルを貼って』くれた。あなたはマウント深山の三枝さんか、イリヤ姉さんなのか? 驚いてしまうけれど、これがこの世界でのアインツベルンの最先端技術だった。私はこの子達をパーティだけでなく『魔眼蒐集列車』にも連れて行く積もりだ。
スーパーの駐車場でアルファは買った食材を『倉庫』の収めてくれた。3人には、『ラインの黄金』の倉庫機能も付けて貰ったのだ。当然ながら宅配ボックスの機能も。なのでアドレス交換すれば、エルマやトロンメル、エルヴァちゃんやエルとも色々とやり取りできるだろう(当然エルマに頼んで魚を密輸する積もりだ)。
ところで英国料理がマズいというのは本当だろうか? 以前の私もそう思っていた。だけど事実は少々違う。『下拵えを含む調理法が不味いだけで、海に近い街だと魚の鮮度は良いものが意外と揃っている(内陸の倫敦はお店によるかも。間違いないのは真空パックのサバの燻製とサーモン全般)』『加工肉1つ取っても、ドイツより安全かも(言わずもがなで英国は戦勝国で『アイツラ』の本拠の1つ。かたやドイツは土地の悪い敗戦国だ)』と考えを改め、頭を切り替えれば意外と美味しいものがあった。それはパイ料理とロースト料理は勿論だけど、キッパーというニシンの燻製と、パックされたサバの燻製だった。
知っている人は知っていると思うけれど、キッパーは英国では朝食の定番で、要はニシンを開いて→塩漬けし→乾燥後に→燻製した、干物の一種である。英国人(と、アイルランド人、カナダ人の一部)はこれを家で温め直し、バター&トーストで食べている。言いたい事がわかるだろうか? そこはご飯とお味噌汁だろう! 干してあるのでニシンのしつこい脂が適度に抜け、燻製なので香りも良く、意外とこれが美味しい。小骨もお箸でひょいひょいだ。
真空パックのサバの燻製は『安い、美味しい、スーパーならどこにでもある』という食材で、フライパンで火を通したり、味噌焼き、味噌煮にも使える。燻製品なのでコクと風味が増してハマる人にはハマる味だ。なのでキッパーとサバの燻製パックは、『朝だけでもご飯が食べたい』私とセイバーの救世主だった。
『このキッパーを最初に作った人に感謝を』
偽物でない本物の英国王のお言葉だ。また彼女は意外とパイに目がなく、中でもゲームパイがお気に入りだった。まず認識を改めて欲しいのが、このパイという食べ物はお菓子でなく料理だという点(デザート系もあるけれど、パイのほとんどは肉々しいものだ)。また生地も小麦粉だけでなく、ジャガイモを潰したマッシュポテトのもある点だ。16世紀に南米からやって来たジャガイモとトマトは、欧州各国に革命を起こした。温かなイタリアやスペインではトマトが、土壌の貧相なドイツや北欧、アイルランドや英国ではジャガイモが。
流通がマシになった18世紀以降はマッシュポテトの生地はブルーカラー、小麦粉の生地はホワイトカラーとされていたが、20世紀から21世紀に掛けてそういう考えは影を潜めた。セイバーはそのマッシュポテト生地のパイが好きで、中でもゲーム(狩猟)で獲れるジビエのパイが好きだった(狩猟をする人なら『ゲーム=狩猟』だとピンと来るが、何かアタリでも入っているの? と、フランスの何かと勘違いする人が国籍問わず女性に多い)。
『ええ。料理番だったケイ卿やガウェイン卿には悪いですが、たまにランスロット卿が作ってくれたパイが見事で……』
当然ながら具はジビエ。生地は今より荒い、パンとも言えない小麦粉だ。それでもローマからガリアに渡ったその料理は、当時のセイバーにはご馳走だったという。このパイという料理はパンと密接な関係があり、オーブンの発達とともに進化発展した料理だ。料理法としては『包み焼き』の一種でしかないけれど、直火のように固くならず、けれど芯まで火が通った肉と味の滲みた生地は欧州人の心を鷲掴みにした。特に英国人に。
とある日本の料理人は『天ぷらは蒸し料理』だと言った。私はこの言葉に一理あると考えている。衣の中の具材は高温の油に触れず、蒸されているのだ。そしてパイの具材も。そう知ると『天ぷら』(最近は『カツ』も)が何故ああも外国人にウケるのか、英国でフィッシュ・アンド・チップスが名物なのかが見えて来ないだろうか?
今日の私はお肉屋さんでソーセージロールを何本かと、コーニッシュパスティを買っていた。ソーセージロールはその名を聞くと、焼き立てパン屋さんにあるソーセージを生地で巻いたパンを思い浮かべると思うが少し違う。確かに英国にもそういうタイプはあるけれど、そのほとんどは皮のないソーセージの具を生地で巻いて焼き上げてある。このパイの親戚みたいな食べ物は、おやつから子供の誕生日パーティにまで出て来る定番スナックなのに、レストランにはない。だけどスナックとしてはありふれていて、街角のスタンドやコンビニ、ニュースエージェント(街中にあるキオスクみたいな売店)でも売っている。そしてコロッケのように、『お肉屋さんで売っているのが1番美味しい』のだ。
コーニッシュパスティは半円状の生地の中に、塩コショウとハーブが効いた肉ジャガを詰め込んだようなパイだ。肉ジャガとは言ったけれど、牛肉もジャガイモもニンジンも1~2cm角くらいの、カレーの具さながらのものがゴロゴロ入っていて意外と美味しい。半円状なのは丸い生地を二つ折りにしているから。なので円弧部分が生地を閉じるために必ず波状になっている。実はこれ、コーンウォル地方の名物郷土料理で倫敦でも手軽に食べられている。そしてやはり『お肉屋さんで売っているのが1番美味しい』ものなのだそうだ。
これらの食べ物も、あのスーパーを教えてくれたのもお隣のアンズさんだ。お肉屋さんのが1番だと教えてくれたのはミヤコちゃんだった。なので数本はお隣へのお土産だった。
「さぁ、帰りましょう。おやつはソーセージロールですよ」
「やったー!」
元悪霊は満面の笑顔で両手を上げて喜んでいた。家に戻るとセイバーに声を掛け、アルファに持たせた食材を冷蔵庫に入れていった。その後、レーシングイエローの『Triumph Daytona 955i』で走りに出て行くセイバーを見送り、私はガレージでバンバンとコペンのオイル交換を始めた。
まだ、手に入れたばっかりの新車だろうって? その通りなのだけど、この早い時期の交換は洗浄の意味合いが強い。アタリが付く前の鉄粉やアルミ粉を外に流し出すのだ。これが後々効いてくる。日本車は設計も良いが、部品の精度も良いので、こういう油脂類の交換をこまめにやって、適切な時期に摩耗部品を交換すれば、クルマで50万キロ以上、大型バイクなら30万キロ以上保つものなのだ。
とは言え、どうしても高回転ばかり使わざるをえない小排気量だと寿命はもっと短い。コペンなら20万キロ以上保てば御の字だろうか。バンバンは125ccなので10万キロ行くかな? ちなみにバイク便の2気筒250ccだと、だいたい20万キロでエンジンを交換するそうだ。その半分の排気量だから10万と踏んだのだけれど、この計算だと50ccの原付きは4万キロになってしまう。そして不思議な事に、この4万キロが純日本産以外の原付きバイクの寿命だったりする。面倒くさがらず、カバーを外して手入れをすれば、原付きスクーターでも7万キロや8万キロは走ってしまうのが純日本産だ。中華じゃない日本製スーパーカブだと、50万キロは走るという。その伝説、その知名度、耐久性。そこらの英霊真っ青だ。
ただしそこまでカブを保たそうと思えば、ボアアップなどせずエアクリーナーもノーマルを定期的に交換する必要がある。そして2万キロでタペットクリアランスを調整し、5万キロで腰上とサイドを開けてピストンとジェネレーターを点検し、10万キロで腰下を割ってベアリングの交換などが必要になるだろう。
シロウさんのような剛の者だと、中学時代からアルバイト先のプレス・カブのタペット調整をしていて、高校進学でアルバイトを辞める時に、6極のジェネレーターを8極に改造し発電量を増やしていたそうである(どちらも1極は点火系なので5極から7極に増やす改造だ)。銅線というかエナメル線を自分で巻くのだから、カリフォルニアのエルヴァみたいな事をやっていた訳だ。
『この程度、自分でできないならスカチューンなんてするなと思うよな。ま、今はジャカジャカうるさいスクーターだらけだけど』
本当に。大きな都会だともっと前から流行っていたようだけど、冬木も昨年夏から一気に間延びしたダックスフンドみたいなスクーターが増えた。ん、思い出した。慎一さんがそんな黄色い『マジェスティ』に乗っていて、慎ちゃんに譲ったんだった。『エル』が黄色い芋虫みたいだと言っていたっけか。しかし……今考えると凄い生徒会だったなぁ。副会長の凜は原付き(赤いジョグ)だったけれど、会計の慎ちゃんも書記の柳洞君も、会長の姉さんも普通免許持ちだったのだから。おまけにその会長だけがマニュアルで、残る3人はスクーターだった。
姉のバイクで思い出すのは、赤い『Inazuma400』と、オレンジ色の『グラストラッカー(GrassTracker)』だった。『Inazuma400』の色はアンタレスレッドといい、かなり濃い色の赤だった。そこにシルバーメッキのヨシムラの4本出し(車検対応マフラー)が着いていて、『エル』の『XJR400R』の集合管(どこで作らせたのか、サイレンサーがカーボン巻きのチタンだった)とは随分と見た目が違っていた。『XJR』もそこそこ大きかったけれど、『Inazuma400』はナナハンかというくらい大きいのだ。おまけにサイドカバーを輸出用のに換えてあって、『GSX750 PUAE MOTORCYCLE CONCEPT』と二行で入っていた。お巡りさんが困るっていうの。更にハイスロが入れてあり、ハンドルはコンチネンタルだったなぁ。クランプが手前に来るタイプに換えてあったのを憶えている。
そうそう。姉がこれを欲した頃、『Inazuma400』は絶版だった。本人は売れ残っていたのをルオン・ママが探してきてくれたものと思い込んでいるが、最終型に赤はない。赤があったのは97年頃の最初期型だけで(赤だけで二種類あった)、実は『エル』のコレクションから、ダブついていたのをルオン・ママを通して譲ったものだった。
『グラストラッカー』は確かマーブルアステカオレンジという名で、白と黒のチェッカーフラッグのようなラインが横に入っていた。こちらは高1の時にバイク屋さんと相談し、探して貰った前年度のモデルだった。姉と『エル』が普通免許を取ったのが高1の夏だから、2001年製という事になる。わざわざ探して貰った理由は、その2001年でキックペダルが廃止になったからだ(ビッグボーイは2003年までキックあり。そしてその2003年まで4バルブだった)。しかもマフラーがお兄ちゃんのお手製で、2本出しのアップマフラーに換えてあった。シートも焦げ茶に張り替え、旧車っぽく鋲打ちしていた。そしてサイレンサーとは反対側に、片側だけ革のサイドバッグをぶら下げていた。私のバンバンはそれの真似だ。
思うに姉はレーシングライクな人だから、『Inazuma400』の向こうに、アルトリア姉さんから譲られた『GSX-R1000』があった。なので街中での愛車は『グラストラッカー』の方だった。普段のお買い物は青い『Address V100(2ストで無駄に早い)』で、道の駅などへ行く時は必ず『グラストラッカー』で行っていた。そこで採れたての野菜や、お魚などを買って帰るのだ。また『エル』の影響なのか、あの人は意外と社交家で、歳の離れたオジさんのバイク仲間が何人もいた。そういう人達から別の道の駅や、隠れた名産品を教わったり、オーディオの知識を仕入れたりしていた。これでお茶のお稽古や書道のお稽古までしていたのだから、どうやって時間を作っていたのだと驚かされる。
それだからか、オフ車は『エル』が贈った『SEROW(4JG7)』の赤い方を森に置きっぱでナンバーを取っていなかった。元々初等部時代から『エル』やママ達の薦めで子供向けのモトクロッサーに乗っていたのだけれど(森では今もRM-80に乗っている)、やはり合う合わないはあるようで、たまの気分転換でルオン・ママから『DF125(日本国内では大変珍しいモデルだけど、オーストラリアではよく走っているファームバイクだ)』を借りるくらいだった。
なので姉さんは『バイクが好き』と公言していたけれど、『エル』は『クルマが好き』と言っていた(私がこうなのは、その影響だろうか?)。だけど本当のバイク好きは『エル』の方だと私は思っている。
例えば『エル』は、『XJR400R』のハンドルを最初スワローにしていて、後にグリップがやや内向きになったコンドルにしていた。それが意外と乗りやすかった。セパハンでバックステップにした『SR400』や、ほんの少しハンドル幅が短くなっていた『TW』や、ノーマルよりアップしているハンドルに替えて手前に倒していた『SEROW』にしても、『エル』のは意外と操作しやすい。シフトペダルやクラッチレバーが、ピタリと丁度良い場所にあるのだ。そしてそれだけで、どういう路を想定してバイクを仕上げてあるのかがわかってしまう。
ただ例外はあって、それが森の中で使っている『SEROW』だった。彼女はこの『SEROW』がかなり好きらしく(私も好きだが『TW』ほどではない)複数台持っている。が、街中を走らせるためにナンバーを取得しているもの(4JG3と4JG7)を除いた、森で常用しているもの(3RW2/セルのみ、4JG1と4JG2/キック付き)は、メーカーが想定してるトレールでなくトライアルのようにフレームを撓(しな)らせるような使い方をしていた。なのでそういう尖った使い方をしているものは、シフトペダルが少し遠い。これは障害物を越える時に不用意に触れてギア抜けを起こさないためだった。姉のイリヤにしても『エル』にしても、こういう微妙な部分に拘る事が上手くなるコツなのだと思う。倒木越えなども『エル』が自分の身体で覚えたものだ。それを丸々何の苦労もなく頂戴できてるのだから、少々の記憶操作は文句が言えない。
ともあれ、身体に合わせてた各部の調整は、クルマのシートやハンドルを合わせたり、自転車のサドルを合わせるのとも同じだろう。何より自転車は自分の身体で漕ぐのだからフィットさせないなんてあり得ないし、レーシングドライバーはコーナーでハンドルを持ち替えないので、ペダル類にシートを合わせた後、ハンドル・ボスの長さやシフトレバーの位置に拘るものだ。となると自分の身体に合わせて車両を用意してくれるワークスでもない限り、バイクでシフトペダルやブレーキペダルの高さや長さ、ハンドルの幅や身体との距離を調整しないなんてのもあり得ない事になる。本当に『ああ、なるほど』だ。
全部のオイル交換を終える頃にセイバーが帰って来た。今度は彼女の『Triumph Daytona 955i』のオイル交換だ。私と同じ新車なのだから慣らし中の筈だけど、距離計はとっくに1900マイルを回っていた。キロ換算で3000キロメートルを越えている。ガソリンカードは渡してあるから金銭面は良いけれど、お尻が痛くならないか? 何よりこの数日でこの距離……どれだけ飛ばしているのだろう? 慣らしはどうした? 王様は人のレクチャーを聞いていないのか。哀れな下僕は、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)のお世話にならないよう祈るしかない。
そしてその日がやって来た。再びドレスで着飾った私とセイバーはアルファ達を霊体化させ、迎えのクルマに乗り込んだ。運転手と他愛ない会話をしつつ目的のホテルでクルマを降りた。運転手はドアを開けてこう言った。
『ご武運を、エルヴァ殿』
なので会場に入る前にトイレに寄って、アルファ達を実体化させ、この子達が自分の空間に取り込んでいたドレスに着替えさせた。そして魔力の波動を上げ、頭の上の『天使達』が普通の魔術師にもより視えるようにした。
会場に入るとベルフェバン代理が待っていてギョッとしていた。
「失礼、それらは一体……?」
「何者かが、お借りしている家の地下室に悪霊を設置していましてね。それらに囚われていた子供達ですよ。救けられたお礼なのか良く懐いてくれて。昇天するまでこのままで良いかなと。ああ、そこの3人が調伏した元悪霊です」
アルファ達がエーテル体のホムンクルス素体に、魂を入れたものだとわかった人達が騒ぎ出した。概ねは感嘆の声と羨望の声だ。だけどその中に舌打ちする者がいた。案の定、降霊科の講師や助教だった。だからその内のリーダー格のズボンのベルトを、瞬時に投影した莫耶で斬った。
「フザケていると大火傷では済みませんよ?」
「な、何を……」
「証拠も証言も要りません。あなたとあなたと、あなた。思考は読みました。それにこの子達から言質も取っています」
アルファ達はとっくにその3人を指差していたのだ。
「それが英国人のやり方なら、この国はブリテンに返しましょう。ね、セイバー?」
そしてセイバーが聖剣の姿を顕にした。ドレス姿に黄金の剣も似合うなぁ。降霊科の3人は、ベルフェバン代理が会場の外に出した。この後、何人か来ている各ロードとご挨拶したが、見知った顔が多かった。この余興に対し、真っ先に拍手していたのはロード・バリュエレータだった。
「またまた、楽しませてくれるじゃないか」
「私は知らなかったのですが、白い方の私がとんでもない事をしでかしたようで……。きっと、その反動だったのだと思います」
「最強の執行者を倒しちまった者が、英霊を山程連れて本部にな。あれも大いに楽しめたよ」
相変わらず肝が太い人だ。まぁ、脅しの対象が自分でないとわかっているだろうしね。そして次に紹介されたのが、ロード・トランベリオだった。全体基礎科(ミスティール)のロードだ。やっと正式に会えた。だから笑顔には笑顔で返し、ランサーの事で誤解があったのを水に流す意味でも、きちんと挨拶し握手を交わした。以上2名は民主主義派なので押し掛け来賓だろう。だから今の握手に意味があったのだ。
残るは貴族主義派で、ロード・クラスはエルメロイⅡ世先生と、この降霊科のロード・ユリフィスだった。
「先生、内弟子さんは?」
「彼女が居るのに連れて来れるか。とは言え、逢う日は近いな。お膳立ては頼んだぞ」
「畏まりました。グレイのショックを最大限に和らげます」
「頼む」
次にロード・ユリフィスだ。見た目を鵜呑みにして老人と断ずるのは早い。この人の老獪さはわかる人にはわかってしまう。
「よう来た。今夜は楽しんでいくが良い。して、アヤツの正体は?」
「ドクター・ハートレスに操られた本物でしょう」
「洗脳か催眠か……。まぁ、それも目眩ましか。のぅ?」
「はい、私なんて前菜です。狙いはロード・エルメロイⅡ世ただ1人でしょう」
「エルメロイに何がある?」
「魔術の未来そのものです。ところで、疲れませんか? ブラムさん?」
「わかっていても声に出すなよ」
霊を纏っての変装。屍肉を肌に貼り付けて変装するよりマシだけど、よくやるなぁ。