パーティが始まった。まず言っておこう、会場となっているこのホテルはソフィアリ家が経営している。そして降霊科の創始者はユリフィス家だが、牛耳っているのはソフィアリ家である。いつの頃からか、降霊科学部長はソフィアリ家のナンバー1がユリフィス姓を名乗り先代ロードの跡を継ぐという慣例になっていた。きっと平安時代の宮家に対する藤原家を目指していたら、棚ボタで鎌倉時代の源家に対する北条家になってしまったのだろう。
つまり現ロード、ルフレウス・ヌァザレ・ユリフィスの旧姓はソフィアリであり、降霊科一級講師ブラム・ヌァザレ・ソフィアリは彼の実子でもあった。またブラムはソフィアリ家現当主であり(ルフレウスが実権を握っているので『頭首』とはならない)、あのソラウの兄でもある(つまり彼女の父もルフレウス)。
そしてこの世界でも先代ロード・エルメロイは第四次聖杯戦争で帰らぬ人となったが、彼は婚約者のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリを倫敦に残して行った。なのでソラウは難を逃れ、今は他家に嫁いで幸せに暮らしていた。そしてこの世界には『宝石翁』が存在し、翁は現鉱石科ロードのメルアステアでなく、エルメロイ家に肩入れしている点を見逃してはならない(でなければ例え『宝石翁』が、ロード連中から見て煙たい存在であったとしても、スラーに押し込められる事はないだろう)。またそれ故に、畑違いであっても『並行世界の存在を認めている』ロードや教授、講師は多い。
だからここでのユリフィス/ソフィアリ家と、エルメロイのアーチボルト/アーチゾルテ家に遺恨はない。むしろ遺恨があるのは横合いから鉱石科を乗っ取ったメルアステアに対してであった。ユリフィス/ソフィアリ家は勿論だが、ソラウも恨みを抱いているし、アーチボルト/アーチゾルテ家にしてもそうだった。
以上の理由から、ここのところのきな臭さは、エルメロイⅡ世先生を釣りたいドクター・ハートレスと、私という異分子を釣りたいメルアステアの裏にいる者の思惑が偶然に一致した二方向からの『ちょっかい』だと見ていた。グリーン・パークで凜と『エル』のセイバーは、キメラに襲われている。動物科と来ればガイウスリンクであり、ガイウスリンクと来れば法政科のバルトメロイ・ローレライとなる(ガイウスリンクがバルトメロイの子飼いなのは有名)。あの事件は『最強の執行者』を倒してしまった『エル』を試したかっただけか、本当に裏で暗躍しているのか、更に外部の者とも結託しているのか、そこが私には不明だった。
まぁ、外部と結託していたのは、ハートレスと私は睨んでいる。この人はエルメロイⅡ世先生と同じで、『魔術という神秘』を心底から愛している。だからこそ特級の神秘である英霊召喚を達成したウェイバー・ベルベットという元学生に興味を惹かれたのだ。しかもその元学生は、どういう徒(いたずら)か自分の後釜として現代魔術科のロードにまで上り詰めた。
霊墓アルビオンには外から入り外へ帰る『生還者(サヴァイバー)』と、内部で生まれ育ち戸籍も持たない者達が存在する。そんな名もなき孤児から学部長(ロードではない)に上り詰めたドクター・ハートレス。その『ロード』を得たか得られなかったかの差は、どこにあったのか? 彼の動機はそんなところだ。この情報は並行世界だけでなく、ここの天体科ロード、マリスビリー・アニムスフィアからも得られていた。実はマリスビリー・アニムスフィアとお祖父様には接点があったのだ。
かつてのアニムスフィアは根源を欲していた。それは人類の救済、即ち『アイツラ』からの解放を夢見ていたからだ。その天体学からの延長で、彼は人類が奴隷である事を知っていた。隠蔽された真実の歴史を知っていた。だから最初からアインツベルン本家の協力者であり、エーデルフェルト家の盟友でもあったのだ。だからこそ『新しい時代を迎え、そこに生きる』事になる、愛娘のオルガマリーを案じた。つまりトリシャからの依頼こそ、マリスビリーからの正式な依頼だったのだ。
そして私というか『エル』は、ブラム・ヌァザレ・ソフィアリと結託していた。彼に並行世界の『彼からの手紙』を預けていたのだ。これは私も知らなかった。倫敦に入ってすぐに彼の方からコンタクトがあったので、地下室の幽霊騒ぎを報告してあった。だからこのパーティ前の余興を彼と仕組んだのだ(迎えのクルマはそういう事だ)。でなければ、幾ら相手を脅すためであってもエクスカリバーを気安く見せたりはしないし、させない。また、オルガマリーやライネスを今回遠ざけたのも、万一の事を考えたからだった。
「まさかロードと入れ替わっていたとは。近づくまで気付きませんでしたよ」
「まぁ、そこはね。ロードという立場はそう軽いものじゃない。だから以前からこういう役はしていたんだよ」
「ベルフェバン代理がいらっしゃるのに?」
「彼は実務面での代行だ。そして僕が影武者。これは伝統でね。先代も先々代の影武者をしていた時期があったのさ」
「なるほど。社会勉強?」
「まぁ、そんなところさ」
パーティは和やかに続いた。セイバーはベルフェバン代理に捕まり、ずっとブリテンでの生活について話していた。それからセイバー宛てに代理から、良いお肉……ロースト・ビーフやロースト・チキン、ロースト・ガモンなどと、名店のお茶の詰め合わせが届くようになった。
『エル、彼は騎士に叙されるべきだと思いませんか?』
何言ってんだ、この王様は。それ、今まで出逢った士郎クンの誰かに言ってあげた事があるのか?
そして私はロード・バリュエレータとロード・トランベリオに捕まっていた。この時に私は思った。人生とは点と点を繋いだ線だけではないと。その点とは常に『Roundabout(ラウンドアバウト/円環状交差点=ロータリー)』なのだ。学園では凛やルヴィアが横を並走して回っていた。そこから抜けて、次は時計塔という名の『Roundabout』だ。ここで隣に見えるのは、エルメロイⅡ世先生のクルマだけではない。このロード・バリュエレータやロード・トランベリオも同じなのだ。
だから私は最初から民主主義派の筆頭である2人を敵とは見ていなかった。誰だって自分が可愛いし、自分の家族や親しい人を優先する。それら愛する人を護るためなら、誰でもそれなりの暗躍はするだろう。その意味でロード・トランベリオはとてもわかりやすい人だったし、ロード・バリュエレータも真っ直ぐだと言えた。実は『謎多き人』は誰を隠そう、ロード・エルメロイⅡ世先生その人だったのだ。
『魔術と神秘を誰よりも愛する』なんて、そんな仕事上の技術、家系的に仕方なく憶えた事などをピュアに追い求める者が居るなんて、権力闘争から家を護るのに必死なロードの誰が思い浮かべようか。だからロード・エルメロイⅡ世先生と『エル』や私しか、ドクター・ハートレスの抱えるその闇に気付けなかった。
そして彼も野心家ではない。ただ、運に恵まれたロード・エルメロイⅡ世先生に、本物の魔術と降霊術を見せて『そうではないぞ』と知らせたいだけだったのだと思う。なので彼の目的はただ1つ。先生の前で大聖杯に頼らない英霊召喚、あわよくば『大王』を召喚する事だ。だけど大聖杯なき英霊召喚は、『エル』や私にトランベリオができる事を見せ付けた。そうなるとハードルが上がり、彼の目的は『大王』の召喚に固定されてしまう。だから私もターゲット(見返したい相手、意趣返ししたい対象)に選ばれたのだろう。
「この可愛い子達は、そちらの方のような英霊ではないだろう? 察するところエーテルで編まれたホムンクルスなのか?」
創造科のロード・バリュエレータだ。その『可愛い子達』は散々ご馳走を食べて満足したのか眠たそうだった。椅子にもたれてうつらうつらしている。
「そうです。鋳造法は明かせませんが」
「ふ~ん。ああいう子達の魂を使うのかい?」
ああいう子とロードは空中を指差した。天使達は気ままにあたりを漂い、大人達の会話を不思議そうに眺めていた。
「いいえ。あれは昇天するまで預かっているようなものです。この子達(アルファ達)とはまた違います」
「そうか。お前さんは本当に降霊科と創造科に向いているなぁ」
「ですが、この身体は1つですよ、ロード?」
「わかっているさ。だが、月1~2回はどうにかならないか?」
おっと、条件が変わったぞ? ロード・トランベリオも頷いている。
「その条件なら、降霊科や現代魔術科の間を縫って講義できますね?」
「ああ、どうだい?」
「わかりました。お受けします」
「よし」
この後、降霊科と現代魔術科に筋を通して欲しい事と、全体基礎科の夏期特別講座に出席したい旨を再度話した。私個人は時計塔に通えない家の子弟に門戸を開く、ロード・トランベリオの姿勢に痛く感じ入っていた。そこも素直に話したら、ロード・トランベリオは照れていた。
「余りにも基礎の基礎だから、君に講義を受け持って欲しいとは言えないが、賛同してくれる事を嬉しく思うよ」
結局、こういう事だ。それぞれの科は、時計塔というグループ企業に属する、売上げの大きな会社そのものだ。そこでトップになる人は、野心もあるが企業全体もキチンと見ている。魔術の未来を見るのは、何もロード・エルメロイⅡ世先生の専売特許じゃないのだった。
パーティは和やかに終わった。得られた成果(情報)はエルメロイⅡ世先生も魔眼蒐集列車への招待状が届いていて、断るに断れない立ち位置に居るとわかった事のみだった。大切に保管してある『大王』の『聖遺物』が盗まれたとかでなく、ノーリッジ卿からの参加要請が来ていたのだ。この人脈を使っての誘い出しは、実にスマートだと思えた。
「アルビオンを爆破するぞ……か」
『エル』の視点からすると、時計塔で1番暗躍しているのは『秘骸解剖局』や『秘儀裁示局』なのだろう。まぁ、私だって『封印指定』を告発するのは、才能なき者のやっかみだとしか思っていないし、仮に指定されても逃げ切る自信がある。何よりお祖父様にエルヴァちゃん、そしてエルマが許さないだろう。いや、中国の彼女も動くか。そうとなれば、局員も人間だ。自分の命が惜しければ、そういう告発は黙殺する。ましてや日長一日アサシンに付け狙われ、アルビオン内の工房まで侵入され、交友関係も洗われ、地上に残した家族や親族まで狙われれば。個々人のチカラが弱いからヒトは群れる。だけどその組織で得られた権力は、最強のチカラではない。個に因数分解されれば、それはどこまで行っても弱者に他ならない。世の中、そういうものだ。
家に到着した私は、霊体化させていたアルファ達を再び実体化させ、セイバーと手分けして2階奥の子供部屋に運んだ。ベッドや寝具に小さなチェストは午前中に配送されており、既に設置してあった。パジャマに着替えさせ、ベッドに入れそのまま消灯した。
「エル、あの子達の精神は?」
「現在11~12歳の『女の子』そのものです。悪霊になる前の姿がオッサンだったとは想像したくないですが」
「本当ですか?」
「さて、どうでしょうね? そういうのに取り憑かれていた少女達で良いのでは?」
私はセイバーに微笑んで、片目を瞑った。自室でドレスを脱いでシャワーを浴び(この家の水回りは各部屋に備わっていて、1階廊下のお手洗いとバスルームは来客用)、パジャマに着替えた。そのまま眠るには少し早い気がしたので、セイバーをダイニングに誘って、スーパーで買ったハーブティーを振る舞った。
英国は産地ではないけれど、『お茶の国』というのは本当だ。有名ショップのブランドや大手百貨店のブランドだけでなく、そこらのチェーン・スーパーも独自ブランドを持っているし、小さな雑貨店でも品揃えは豊富だ。そして全体にレベルが高い。なので英国に住むなら、日本でも知られる高価な有名所を求めるより、無名でも(金銭的にも舌にも)自分に合った美味しいものを探す方が楽しい。
また、それは紅茶だけでなくハーブティーにも当てはまった。その種類は異様と言っても過言ではないくらい溢れていて、日本のスーパーのお味噌や味醂などが並ぶ棚丸々がお茶だと考えれば想像できると思う。そして本日のハーブテイーは先日ソーセージロールを買ったスーパーにあったものだ。個別でなくブレンド物だけど、これは良い。夜のこういう時間に味わうと、とてもリッチな気分に浸れる。
「毎回思いますが、これは美味しい」
「ですよね? 良いのを見付けました」
とはいっても、札に『店長のお薦め』と書いてあり、かなり目立つ場所にあったものだ。だけどブランド名は全然聞いた事もないものでやたら安かった。コーヒー党の私でもこれは唸らざるを得ない。こうなるとお茶も『アタリ』を見付けたいものだ。
棚から封が切ってあるショートブレッドを出した。セイバーと2人、ポリポリとショートブレッドを摘みながら夜の時間を楽しんだ。
ところで今夜のパーティは18時開始だったのだが、全員揃ったのは18時半だった。これは慣例で、英国では冠婚葬祭に係るものや、子供の誕生パーティ以外は、たいてい10~15分くらい遅れて行くのがマナーなのだ。これを『Fasionably late』と言い、時間前やピッタリに行く人は野暮とされる。
同じ『英語』と言っても英国のそれと、カナダやオーストラリアなどの連邦下のそれはかなり違う。アメリカの英語となるともっと違う。それは背景の歴史と、その歴史が培った文化が違うからだ。だからアメリカ英語の教科書で学び、アメリカの映画やテレビで海外の生活を知ったつもりになると大変な目に遭う。これにプラス、その地方ならではの風習やローカル・マナーが入るので、『そういうものだ』と知っている私でも、慣れるまでは時間が掛かるだろう。
そう考えたのは本日のパーティーと昨日ミヤコちゃんから聞かされた学校給食にある。英国では学校給食をスクール・ディナーと言うのだ。メインも数種から選べ、ベジタリアンのためや、物足りない子のために毎回揚げたてのチップス(フライドポテト)が食堂に用意されているのだとか。だから『ディナー』なのかと思えば、そういう意味もあるそうだけど、英国人は基本その日1番の料理が出る場合をディナーと呼び、お昼であってもガッツリした重めの食べ物ならランチでなくディナーなのだ。
『普段牛丼ばかりの人が、給料日前に生姜焼き定食を頼むようなもの?』
『え? なにそれ、エルヴァ?』
『いえ、こちらの話で……』
これで家に帰ると母親や奥さんの料理が待っているのだから、日本が飽食なのは間違いない。アメリカナイズされ過ぎだ。一方、英国人にメタボな人は余りいない。それはほとんどの英国人の朝(ブレックファースト)が、ポリッジ(英国のお粥)か、シリアルのミルク掛け、またはパンだけで、お昼(ランチ)がそこらで買えるサンドイッチ程度だからだ。欧州の他の国や、アメリカでもメタボな人以外はこういう人が多い。つまりこの場合は夕食(サパーズ、ティー)がディナー(ご馳走)に該当している訳だ。注意したいのはサパーズやティーにもディナーと同じ意味が含まれ、また含んで使っている家もある点だろう。
ともあれ英国人のほとんどの人は昼であろうと夜であろうと、その日1番のご馳走をディナーと呼び、他の二食には余り拘らないし、どうでもいいと考えている人が多い。これが産業革命以降に培われた考えだとは思えなかった。何故なら、セイバーの頃からそうらしいからだ。きっと狩猟民族の名残りなのだろう。獲物はいつでも獲れる訳でないからね。
そんなセイバーが、『一度は食べに行きたい』と話しているのが、アメリカの『Denny's』だった。『デニーズ』なら日本にもあるだろうって? 日本のあれは商標権を80年代に買い取った別物で、今現在のアメリカのメニューは出て来ないのだ。勿論、私だってそんなの知らなかった。その添付画像と詳細メールのルートはこうだ。トロンメル→(カリフォルニアの)エルヴァ→トロンメル→エルマ→私だ。そして添付された画像にはトースト4枚(半分に切ってあるようだから2枚、もしくはパンケーキ2枚)と卵2個分の目玉焼き(スクランブルエッグに変更可。ターンオーバーも頼めるらしい)、結構大きなソーセージ2本とカリカリのベーコン2枚、そして掌より大きなハッシュポテトと300mlは越えていそうなドリンクがセットになっているらしい。その名も『grand slam breakfast』。かつてのホームラン王、ハンク・アーロン選手にちなんで名付けられたそうだ。総カロリーは880キロとあるが実に怪しい。もっとありそうだ。
そしてそれは旦那様のフンボルト君と、仲良く食べに行った時の画像らしい。添えられたメール本文には『普段は外食しないけれど、時々フンボルトがこういうのを食べたがるので困っている』と書かれてあった。『どう思われます? お姉様』なんて書かれても、何を思えば良いのか。『アメリカは凄いなぁ』としか言いようがない。強いて言うなら『頑張れエルヴァ』だろうか? 次に会えばかなり肥えていそうだけれど。
なので翌朝、セイバーに私なりの『グランドスラム』を作ってあげた。当然サラダも添えて。子供達と私はスクランブルエッグとトーストにサラダ。ドリンクはフレッシュ・ジュースだ。
「やはり、ご飯の方が良かったか……」
セイバーが9時頃になったら、そんな事を言い出した。だからパンは腹持ち悪いんだってば。
ところで英国で、レストランでもない一般人にグリーン・サラダが手に入るのか? そう心配しなくとも、レタスなどはある。ただしキュウリは種が多いので、小振りの品種を選ぼう(アフタヌーンティーのサンドイッチのキュウリがやたら薄切りなのは、これも理由としてあると思う)。また、トマトは昔ながらのものなので、かなり酸っぱくて固い。もしくは味が薄くて身が詰まっていないスカスカかのどちらかだ。最悪なのがタマネギで、やたら辛くてガスも多い。どんなに目が強い人でも涙目確実だ。なので生で食べるときは、紫タマネギを買おう。
そして思うに、大昔に渡って来た野菜は全部こういう風に固いか辛かったか苦かったのだろう。だからクタクタになるまで焼くか煮ていたのだ。それが今に続くだけで、産業革命の弊害だけではなかったと今の私は考えている。これは土壌なのだろうか? それとも英国という寒冷地に野菜は無理があるのだろうか? 色々な人に聞くと、少なからず英国に新タマネギや春キャベツは出回らないらしい。
そう言えば、欧州にお浸しはない。ナスとキュウリはあっても塩揉みなんてしない。煮物と言えばシチューかポトフばかりだった。お肉や香辛料の文化もあると思うけれど、この根本的な違いはダシの前に野菜だ、これ。野菜が欧州と日本では違い過ぎるのだ。すっかり忘れていた。『エル』ならこういうのもしっかり憶えているのだろうか? 憶えているんだろうなぁ。だから食料品の会社なんて持ているのだろうし。
洗い物や掃除・洗濯を終えた私は、自室でPCを起動した。それは今住んでいるランベスから、魔眼蒐集列車が発車するセント・パンクラス駅までの経路を調べるためだった。出発の時間が深夜なだけに、バスはない。だけど一部地下鉄はまだ動いている時間だった。だから淡い期待を抱いて、ロンドン地下鉄のキングス・クロス・セント・パンクラス駅までどう行くのかを調べたかったのだ。
そんなの知らないの? と言わないで欲しい。こっちは東北から出て来て、新宿に放り出されたようなものなのだ。そうしてモニターとニラメッコしていると、ヴォクソール駅からキングス・クロス・セント・パンクラス駅までヴィクトリア線で乗り換え無しで行ける事がわかった。停車駅で七つ分だ。
「ヴォクソール駅へは南へ10分ほど歩くだけか。思ったよりここは便利だね」
各駅の時刻などを見ていけば、遅れても問題ないようだった。ただしこの路線、バッキンガム宮殿の下とグリーン・パークの下を通っている。嫌な予感がするなぁ。凜や『エル』のセイバーが話していたキメラはどこから湧いた? 営業時間の終わった地下鉄経由で出て来たんじゃないか?
ウェストミンスター・ブリッジ・ロード駅(後のランベス・ノース駅)だとベーカールー線だから、パディントン駅になってしまう。となると……ケニントン駅からノーザン線か。ふむふむ、こっちを使う方が無難かなぁ。しかし、えらく遠回りだ。間に合うのか、これ?
そんな風に考え込んでいたら、セイバーから念話が来た。
〈エル、電話です〉
(誰から?)
PCが設置してあるロフトから降りながら聞き返した。内心でやっぱり子機も開封しておくべきだったかと思いながら。
〈エルメロイからです〉
(わかりました、今階段です)
出発前にアルトリアから聞かされていたのだ。実はセイバー、メカの大雑把なところはわかっていても、保留ボタンとかそういう細々したものがわかっていないらしいと。
1、現役高校生のアルトリアの方が頭が柔らかく、物覚えが良い。
2、召喚に大聖杯を使っていなかったので、私の送る知識に漏れがあった。
色々考えられるが、答えはそのどれでもない3だった。
3、アルトリアに甘えていた。
これが真相だ。セイバーにとってアルトリアは、自分の送れなかった青春を謳歌する眩しい存在で、可愛い妹なのだった。そこにやっかみはなく、とても可愛がっており、お互いが『持ちつ持たれつ』『甘え甘えられる』関係だったのだ。なのでこれはアルトリアの心配し過ぎだった。
「ハロー?」
『私だ。エルメロイⅡ世だ』
「先生。昨夜はありがとうございました。いかがなさいました?」
『魔眼蒐集列車の乗車駅までクルマを手配したので、乗っていかないかというお誘いだ』
勿論、お言葉に甘える事にした。お礼方々受話器を置いた私は、セイバーに少し出ると言った。
「どちらへ?」
「調べ物が失くなったので、サウス・ランベスまでお買い物です」
「わかりました」
セイバーにはこれでわかる。バターシー発電所からブリクストンに伸びる線路脇界隈、つまりサウス・ランベスの南端にはモーターサイクル・ショップがうじゃうじゃあり、人々はそこでバイクやスクーターを手に入れて職場に通うのだった。渋滞が頻繁に起き、身動き取れなくなる、シィティ・オブ・ロンドン、ソーホー、メアリルボーン、メイフェア、ウエストミンスター、ピムリコ、チェルシーなどにモーターサイクル・ショップは一切ない。ショップの多くはその界隈(繁華街)の外にあり、1番多いのがテムズ川の南、サウス・ランベスだったのだ。
そして今日の目的は書籍にあった。バンバン125のパーツマニュアルが欲しかったのだ。と言うのは『エル』からの知識で、欧州用に排気量が下げられて販売されているバイクだと、日本国内のそれとはパーツの品番が異なったり仕様が変わるからだった。当たり前の事だが、日本とEUでは交通法規が違うのだから、保安部品1つにしても異なる場合がある。
例えば『TW200(5LB)』と『TW125(5RS)』だと、ボアもストロークも異なるし(200→67×55.7、125→57×48.8)、スイングアームが微妙にロンスイだったりする(丸目になった5RSから1インチほど長い。流通しているタイヤに合わせたのだと思う)。また、125のみキックがない。そして同じEUでもドイツ向けのみリミッターが付いていたりもする。
これらは『エル』の知識だけれど、私の体験でも驚いた事が最近あった。それはバンバン125が5速でなく6速だった事だ。『幻の6速に入った!』と喜んだのだけど、高速に乗るには理に適っている。だけど腰下を変えようなんて普通のメーカーは考えない。採算よりもユーザーの利便性を取る。この感動がわかるだろうか? これが感染したら抜け出せない『鈴菌』かと慄(おのの)くと同時に、震えた私だった。それでしっかり罹患したらしい。バンバンが可愛くて仕方ないし、街で『suzuki』を見掛ければ思わず『ヤエー』したくなるし、『suzuki』の湯呑が欲しいなぁなんて思う昨今なのだ。結局、数件回って早々に整備マニュアルとパーツマニュアルを手に入れた。
ところで、英国で中古ショップを探しても意外とあまりない。これは個人売買が多いからだ。それでそういう売買の本も一緒に買った。そして休憩がてらカフェに入って先程の売買の本を見ていた。パラパラページを捲ると、色々あるものだ。思わず目が釘付けになったのは『YAMAHA XT225』だった。言わずと知れた『SEROW』で、しかも97年の『おんぶセロー』だ。
「あったんだ? 英国にも……」
免許の関係で今の私には125cc以上のバイクは、それが『おんぶセロー』であっても、ルオン・ママが愛した『SV650』であっても遠い存在だった。だからページを繰る手を早めれば、お隣のお祖母様と同じ青い『Mazda MX-5(NA ROADSTER)』がバンッと写っていた。
「え? これってバイクだけでなく、クルマも扱っている雑誌なんだ?」
何々? 距離計は5千マイル? 全然走ってない。新車で買ったのが96年頃で、そこから実質2年しか乗っておらず、それから8年以上屋内保管だったという。希望価格も常識的だし、応談ともある。これって掘り出し物じゃないの?
それで出品者の名と連絡先を見て驚いた。『Bram Nuada-Re Sophia-Ri(ブラム・ヌァザレ・ソフィアリ)』。はぁ~~?
カフェを出たら、すぐさま携帯で連絡先に電話を入れた。
『Are you alright?』
『もしもし』は日本だけ。いきなり『調子はどう(How are you)?』と聞いてくる。ただ英国では『How are you?』を余り使わず、『Are you alright?』が多い。親しくしていて、なおかつ出ている相手がわかっている場合は『Hello』もある。
「ハロー、ブラム先生。エルヴァ・フォン・アインツベルンです。昨夜はありがとうございました」
『な!? どうしてこの番号が?』
「普通に個人売買の雑誌に出ていましたよ? 青い『MX-5』の」
『ああ! 君はそういうのが好きなタイプだったのか……。参ったなぁ。ま、知られて困る番号じゃない。で、買うかい?』
「ええ、その希望はあります。大変魅力的だなと。屋内保管だったとか。どうしてですか?」
『う~ん……まぁ、君なら良いか。それ、嫁いだソラウのものだったんだ』
「妹さんの?」
『そう。ケイネスを失って落ち込む妹を励まそうとね、僕が贈ったクルマだったんだよ』
お父さん、ヤバいです。ケイネス先生は焼死だけれど(漏電に拠る火災)、逃げられない状態に追いやったのはお父さんだった(狙撃で屋根から落ちて気絶した。多分足を骨折していたのだと思う)。不味いなぁ。
『君なら丁度良い。即決で良いね? 掲載を止めておくよ』
昨日の午前中に掲載を依頼して、雑誌は本日発売だった。しかも1番に掛けたのが私だという。これも運命(Fate)だ……。という事で、代金を指定された口座に即振り込んだ。配送は2日後だそうだ。これでガレージは満杯だ。裏手にも建てよう……。
なお、『余興』の3人は、2人が暗示で、残る1人は逃亡したそうだ。そしてその人は私がベルトを斬った人で、本物はトイレに押し込められていたという。
「ドクター・ハートレス……」
『だろうね。君の言う通り、彼はそれなりの期間、目を盗まれ、降霊術も盗まれていたようだ』
降霊科はつい最近、ウィルズ・ペラム・コドリントンという一級講師を失っていた(エルメロイⅡ世先生と仲が良かったそうだ)。そこに『目を盗まれた助教』だ。
『正直、頭が痛いよ。その分、君への期待は大きい。頑張ってくれよ?』
「……はい」
銀行から家に戻って、そこで気付いた。応談だったじゃない! 値切ればよかった!
その日の夕方、ライネスから電話があった。
『ああ、気に入られているね? こちらと同じく、あなたの役に立つと考えたのだろう』
「その方は?」
『残念ながら、もう居ないんだ。高齢だったからね。かつては全体基礎科の重鎮だった方だ。そんな方が現代魔術科立ち上げの際に、引退していたのにも関わらず客員講師として協力してくれてね。そんな訳で、こちらにもあの方の残したノートが残っていた訳さ』
どういう事かというと、ディンベルグ卿(フルネームは聞き漏らした)という方が、ご自分の講義ノートを全体基礎科の講師を退職される際に、どこかの準備室に置いて行かれてしまった。それをロード・トランベリオが保管していたのだ。若手の講師を育てたい全体基礎科として、そのノートそのものは渡せないが、コピーを用意したので参考として使って欲しいとライネスに回って来ていたそうだ。そしてライネス自身も、現代魔術科時代のディンベルグ卿のノートを持っており、それのコピーと併せて私に回すと言ってくれたのだった。当然私の返事は『明日、スラーに伺う』と即答だった。きっと講義の組み立てなどの参考になるだろう。
思うにロード・トランベリオは、全体基礎科なんて率いるくらいだから後進の育成に熱心な人なのだと思う。そしてそのディンベルグ卿(元全体基礎科の一級講師)もそうだし、やはり今もエルメロイ教室で客員として登壇するシャルダン翁(二級講師らしい)にしても暖かい人柄だという。悲しいかな時計塔で1番権力闘争が酷かったのは、エルメロイでありアーチボルトだったとはライネスの言葉だ。彼女が今の10代目エルメロイな訳だけど、それも据えられているだけに過ぎなかったという。だけど今は『エル』がエルメロイの借金を肩代わりし、アーチボルトの脂ぎった者達を、エーデルフェルトとともに追い出してしまったという。文句があるなら文句を言えない身体にしてやると、1番のうるさ型を寝たきり状態にしたらしい。なんでも100人近いアサシンで襲い、魔術回路を封印し、そいつのコバンザメどもにも殴らせ、殴れない者は腕をその場で叩き折り、唾を吐きかけさせたという。どんな恐怖統治だ。
「残酷な……」
『けれどそれで本当に風通しは良くなったよ。私がどれだけ彼女に感謝している事か。だから気にしなくて良い。こちらも返せるものがあるなら少しでも返したいのさ』
元々エルメロイ教室は、先代のケイネス先生が鉱石科とは別に現代魔術科に持っていた小教室で、先代の死後にウェイバーだった頃のⅡ世先生が借金をして買い取ったものだ。その後、現代魔術科そのものをノーリッジ卿からライネスが買い取り、ウェイバー先生にエルメロイⅡ世を名乗らせた。
スヴィン・グラシュエートは典位を持って卒業したが(グレイがホッとしていたとか)、フラット・エスカルドスは落第して今も残っているという(絶対にわざと残ったとはライネスの言葉)。そしてカウレス・フォルヴェッジ(フィオレの弟)は、凄まじい『エル』の信奉者で、私が講師として現代魔術科を受け持つのを楽しみにしているそうだ。
ただ、時計塔にはまだまだ闇がある。モードレッドを襲い、私と『エル』のセイバーに斬られた戦車の英霊を召喚した者だ。私はそれを『エル』とは違って、ドクター・ハートレスではないと踏んでいた。
翌日、鈴菌に罹った私は、朝食後にスラーへは『ガンマ』とともに行くと話した。まぁ、タネを明かせば単に表へ連れ出すのなら順番にと考えただけなのだが、ベータとセイバーから猛烈な反対が来た。危険だというのだ。ならばとスラーでグレイと遭わない事を条件に、セイバーとベータにはバイクのタンデムで後を追って貰う事にした。アルファは天使達と家で留守番だ。これは万一の事を考えてだ。
コペンに乗って家を出たのが8時半だった。ランベスからだと、ハマースミスからM4に乗ってヒースローを超え、M25とのバイパスを過ぎればすぐだ。ウィンザー城かイートン校を目印にすれば迷う事もない。何より中心街に入ろうとするクルマとは逆方向だから、思ったよりも早くスラーに入れた。時刻は9時過ぎだ。現代魔術科に合うのか相応しくないのか、そこは微妙だけれど、建物の真横に止まるコペンとデイトナは絵になると思った。
セイバーには後を頼むと残して、私とガンマは建物の中に入った。相変わらず使い魔で自主的な防犯活動が行われている。それを見てニコリとしながら階段を登り、真っ直ぐライネスの部屋に向かった。ノックをすると返事があったので中に入らせて頂いた。
「やぁ、来たね。これだよ」
挨拶を交わすと彼女はすぐに本題を切り出した。少し目を通すと、故人の几帳面さが良くわかる、とても濃い内容だった。導入部での興味深い時事ネタや、ありふれているけれど『なるほど』と思えるネタが色々書かれてある。単なる導入、展開、結びじゃないのだ。最後まで生徒が飽きないように教えようという気概というか、気持ちが伝わる。
「本当に教師向きな良い人だったんですね?」
「うん。子供の頃はその方とシャルダン翁からたくさん学んだよ。実はノートが置き忘れられていたのは早くからわかっていたんだ。それで、ロード・トランベリオがディンベルグ卿にすぐ連絡を入れたらしい。ところが若い先生方の参考になればとそのまま寄贈されたそうだ。だから当現代魔術科に残された分と、全体基礎科の分……両方ともコピーで申し訳ないが、あなたに贈らさせて頂くよ」
「ありがとうございます。必ず今後に活かします」
「フフ……それが故人の願いだったからね。ところで時間はあるかな?」
「なんでしょう?」
「次が兄者の講義なんだ。聞いていくかい?」
それは面白そうだ。ガンマを見るとコクンと頷いたので、私は『是非』とお願いし、セイバーに講義を1つ受けて帰ると念話で送った。
「セイバーのところでベータと待つ?」
「講義を聞く」
そう言ったので、ガンマとともにお茶を喚ばれた後、ライネスの案内で教室に入った。少しざわついたけれど、1番騒ぎそうなフラットが大人しいのは誰かが釘を刺したからだろう。眼鏡の男の子が頭を下げたので、彼がカウレス君だろうか。私達はグレイに挨拶し、彼女と同じ最後列の席に座った。
やがてエルメロイⅡ世先生が入室し、講義が始まった。今日の先生の講義は『見立て魔術について』だった。
「何をどう『見立て』、自分の魔術に利用するのか。そこで問われるのは術者の力量だけではない。いつでもセンスだ。いや、センスの方が優先される場合の方が多いだろう」
導入部は全体基礎科でも学ぶレベルの結界から入っていた。そこから起点の話になり、起点の見立てに移り、都市部ほど見立てられるものやパターンが多い点を指摘し、何人かの学生に見立て結界を張らせていた。
「先生!」
「何だ?」
「他人の使い魔を起点にする事なんて可能なんでしょうか?」
「できる者もいるだろうな……。まさか、ミス・アインツベルン?」
わ、私?
「違うぞ、兄者。それは私だ。この学舎を取り巻く樹木を踏み台にして、中に居る使い魔で一瞬でも陣を編めないかとね」
ああ、ライネスだったのか。
「発想は面白いが、自由に動く使い魔を術者(飼い主)の目を盗んでとなると、難易度が高い割に効率が悪いな」
「そう思ったよ。ところでミス・アインツベルンは何を?」
ライネス、腕を上げたなぁ。気付いたか。
「私が今掛けている術は、浮遊霊を固定して、起点にしています」
「浮遊霊……」
ランサーの協力があったとは言え、一度は英霊を起点にした事もある。今回のこれは、自分の使い魔が全部日本だからこそ行った事だった。勿論、浮遊霊は外のベータが捕らえてくれたものだ。あの子達が3人揃えば、それで結界ができるが、そうでない場合の方法はいつも考えている。スラーは比較的安全だと思うけれど、結界はないよりもあった方が、魔術の通りが良いからね。
「上位の魔術師はこういう事が出来る。しかも魔力はほとんど使わずに済む。それは自分の結界内だからだ。そして自分の陣地内だから魔術の通りも良くなるし、より大きな魔術を構築できる布石にもなる訳だ。紹介しよう。昨年もこの教室に居た者なら知っていると思うが、彼女がこの秋から降霊科の講師になるミス・アインツベルンだ。現代魔術科でも講義を受け持って貰うから、楽しみにしていてくれ」
そうして学生達から拍手で迎えられ、現代魔術科での自己紹介が唐突に始まった。自己紹介後の授業は大変面白かった。これで次回の講義は全然違う内容になるというのだから、さすがはエルメロイⅡ世先生だった。
講義の後、私とライネスは先生の部屋に招かれた。
「来るとは聞いていたが講義に出るとは」
「驚かせましたか?」
「多少な」
そこにライネスが声を上げた。
「ミス・アインツベルン。お近付きの印に、一度ご自宅に遊びに行っても良いかな?」
「どうぞ。是非ともご友人といらして下さい。大歓迎ですよ」
私とライネスの視線は、お茶を用意しているグレイの背中だった。魔眼蒐集列車内で鉢合わせする前に、セイバーと正式に逢わせてしまおうという魂胆だった。