※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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39、Memories of Miyako 09

 現況、八方手塞がりだった。話通りなら3日が限度だ。お婆ちゃんは何を思ったのか、唇に人差し指を当てて、お爺ちゃんに『騒ぐな』とジェスチャーで知らせた。暗い中でも多少の視力強化で、お婆ちゃんのジェスチャーを認識できたお爺ちゃんは軽く頷いた。するとお婆ちゃんはお爺ちゃんの頬を挟んで抱き寄せ、大胆にも自分からお爺ちゃんにキッスをした。

 

『ムグッ!?』

 

 お爺ちゃんは当然驚いていたけれど、大きな声は出さなかった。1分以上の、恐らく2人にとって初めてのフレンチ・キッスだった。私には簡易的なパスを繋ぐためなのはわかったけれど、お爺ちゃんがその意図を理解できたのは、下からの声がより明瞭に聞こえるようになってからだった。

 

『キャスター? 聖杯の少女はいかがするのです?』

『あのお嬢ちゃんも運命に翻弄されて生きてきたのよ。可哀想にね……。ですから、願いの中にあの子の再生も必ず入れます。きっとそれが前回の聖杯となった人の願いであり、この聖杯の基盤となった人の願いでもあるから。浄化された聖杯なら必ずそれも叶う』

『まさか、あの少女はアイリスフィールの?』

『その人が前回の聖杯だった人を指すなら、そういう事よセイバー。娘さんなんでしょうね。セイバー、あなただけじゃない。上で捕らえている別のセイバーの記憶も私は視させて頂きました。あのお嬢ちゃんは間違いなく、前回のあなたのマスターと聖杯となった奥さんとの間の子よ』

『ああ……』

 

 鍾乳洞の壁にキャスターの声がとても優しく響いていた。お爺ちゃんも若かった。お婆ちゃんの魔術の力量に感心する事で、ムラムラして来る心を必死に鎮めていた。お爺ちゃんが『遠坂凜』に対して懐いていた感情、それが『憧れ』から『恋愛』に変化したキッカケはこれだったと思う。お爺ちゃん、押されると弱いタイプだった。対するお婆ちゃんは押せ押せイケイケなタイプで、桜さんの『遠坂先輩、後からずるいです』で火が付いたように思う。あれだ、バーゲンで掴んだ商品を誰かも掴んでいた、そんな状況。

 思うに、桜さんはマトウへ養子に出なければ、結構お婆ちゃんと似たタイプだったような気がする。姉妹で同じ人を好きになるなんてありがちだから。お婆ちゃんの目が開くような事ばかり言うお爺ちゃんは、桜さんにとってもそうだったのだと思う。こうなるとチャンスを生かして接近した者勝ちだ。これはお婆ちゃんズルイぞと私も言えなかった。同じ女の子としてわかっちゃう。

 

『セイバー、あなたにとってのこの10年という空白期間と、あのお嬢ちゃんの見た目の幼さ、そこに騙されたのでしょうけど。過ちというのはいつだって、自分に都合の良い勝手な思い込みと勘違い、そしてそこから生じる誤解と疑いから始まるものなの。あなたの前のマスターは、この聖杯の汚染を聞かされていなかったのではないの? 倒した相手も犠牲にした妻も、皆んな再生できると信じていた。そこじゃないの?』

『あ……あぁ……』

『蓋を開ければ汚染されていて、奇跡でなく憎悪に塗れた汚泥を吐き出して街を焼き始めた。その醜悪な惨劇を、勝者となったその人は聖杯と繋がる事で垣間視たのではないの?』

 

 そうか、災害が起きる前に視せ付けられた可能性は高い。セイバーが項垂れた。

 

『あの坊やも精神的な瑕を負っていた。だからこちらで治してあげたかったのだけれど……』

 

 お爺ちゃんが長い長い息を吐いた。それは半ば『降参』を現していたように思う。私も驚いた。セイバーを触媒にセイバーを喚べるような大魔術師は呪われた過去を自分で振り払い、その小さでささやかな願いとは裏腹に、大きな慈愛の心を持つ人だったのだ。それはアーチャーも逃げ出すだろう。己の小ささを思い知らされるしかないんだから。

 

『セイバー、それだけじゃないわ。キャスターの私だからわかる。この街全体に網を張る私だからこそわかったの。この聖杯戦争は、もっと大掛かりな事を隠すために利用されているわ』

『それは?』

『組織立てた子供の誘拐』

 

 再び、お爺ちゃんとお婆ちゃんが顔を見合わせた。

 

『え? あなたを前にして失礼だが、まさか前回のキャスターのような?』

『セイバー、あなたの言う『前回』が、必ずしもこの世界とは限らないと思うけれど? まぁ、けれど……あなたの体験した世界にも聖杯があり、聖杯戦争があったなら似たようなものよね。あなたが10年前に体験している事もそう変わらないでしょう』

 

 お婆ちゃんも私もギョッとした。キャスターはきちんと並行世界のあり方を理解していたからだ。

 

『それで、この儀式は監督役の所属する組織が隠蔽工作をしている訳でしょう? そこを人身売買をしている組織に付け込まれた……いいえ、協力しているフシさえ見え隠れするわ。騙されて狂わされ、弟や我が子をこの手にかけた愚か者だからこそわかる。他者を疑うしかできなかった私だからこそ視えました。この儀式に集う魔術師達は皆んな、利用されているのよ。根源に向かう儀式だったようだったけれど、向かう先は最後まで残ったサーヴァントを含めた、焚べられた誰かの『座』か、この大きな装置に刻まれた『場所』。それも200年も前に刻まれた情報よ。このホシが回るのと同じで、宇宙も回っているの。なら世界の外も回っていると考えるべきなのよ。この程度も考えられないなら、第三魔法に届くかどうかも怪しいものね』

 

『根源』のあり方にまで言及し始めた! お婆ちゃんとお爺ちゃんは、またまたお互いの顔を見て、大きく目を瞠った。

 

『あのアーチャーの元マスターだったお嬢さんの家は、第二魔法を追い求めているそうだけど、端から騙されていたって知っているのかしら?』

 

 お婆ちゃんが地面を叩いて悔しがった。叫びそうになっているのをお爺ちゃんが必死に抑えている。だからお婆ちゃんが多少なりとも落ち着きを取り戻したところで、2人はその場を後にした。その背後に響く声はどこまでも優しく……。

 

『聖杯で、拐われた子供達も救いましょう。セイバー、手伝って頂戴ね』

『当然です。あなたの真実の心を知って動かぬ者は居ない。私はあなたの剣だ。何なりと使って下さい』

『ホホホ……頼もしいこと』

 

 

 

『痛い! 痛いって、士郎!』

『あ、スマン……』

 

 お爺ちゃんは無意識にお婆ちゃんの手を強く握って、外まで引っ張り出したのだ。それはもう、引き摺る勢いで。そして冷静さを取り戻したお爺ちゃんは、お婆ちゃんを手伝いながら崖を登ってバイクの置いてある小路に戻った。

 

『はぁ~~~、参った。7組も集まるとこういう事もあるんだな?』

『ね? どっちが悪者だって……。参ったわ……』

 

 そこまで悪徳な欲に塗れない陣営が参加する場合もあるだろう。だけど大方の魔術師は利己主義だ。そして英霊も。言い方を変えれば利己主義だからこそ、この『聖杯からの誘い』に応じたのだろうし、『召喚』にも応じたのだ。だけどここで矛盾が生じる。キャスターのマスターであるクズキという人物がストイックな人なのは理解できたが、その人と生きると決めたのは、間違いなく召喚された後だ。となると何の理由から『召喚』に応じたのだろう?

 

(復讐だ。ここで幸せになる事で、運命に復讐するんだ……)

 

 胸がキュ~ッと痛くなった。と同時に、お婆ちゃんの担任の先生だというのも気になった。つまりそれだけの関係性がある。なのに魔術師だと気付けなかった。ううん、お爺ちゃん的に考えるなら、そんなのわかる。召喚者は別人だ。それであの不思議な折れ曲がったナイフで縛りを解いた。それはなぜ? 何がキャスターの逆鱗に触れた?

 

(子供だ。誘拐された子供が魔力タンクか何かに使われているのを知っちゃった……。だから裏切ったんだ……。むしろそこからそんな組織が裏で動いている事に気付けたんじゃないかな)

 

 

『『キャスター=権謀術数に長けた悪者』っていう図式も先入観なのかもな。ま、敢えて聞かせていたという線も否めないけど、大筋はあの話の通りなんだろうなぁ……』

 

『敢えて聞かせていた』……さすが、お爺ちゃん。これは私も考えつかなかった。

 

『私もそう思った。ホント、どうしよう?』

『葛木だ。葛木を通じてキャスターと正式に会って話そう。それで判断しよう。桜の事も引っ包めて』

『そうね……それしかないか。なんか長い物に巻かれるみたいでイヤだけど……』

『けど、あの話が本当なら正義はキャスターにあるぞ?』

『そこよね……』

 

 お爺ちゃんやお婆ちゃんには、『セイバーを取られた、だから悪だ』という短絡的な発想は無かった。クズキ先生と暮らしたいという、そのささやかなユメと、子供達を救けたいという純粋で崇高な願いは間違っていないし、最初はお爺ちゃんやお婆ちゃんもそれを成すための邪魔者でしかなかったのだから。だからお爺ちゃんは自分のセイバーの事は脇に置いて、本当にキャスターに裏がないなら手伝いたいと思ったのだ。

 そしてバイクを操縦するお爺ちゃんの背中にヘルメットを寄せるお婆ちゃんも、監督役や聖堂教会がそんな誘拐に絡んでいるなら、これはもう自分達学生の出しゃばる範囲を越えていると呆れと恐れが渦巻いてもいた。それだけにクズキ先生と話して、セイバーを返して貰うしかないと考えていた。またそこでお婆ちゃんは考えた。なら、マトウの御大は何を欲していたのだと。

 

 

 

 家に帰ると、桜さんは益々元気だった。その姿を見てお爺ちゃんもお婆ちゃんもホッとしていた。桜さんが入れてくれたお茶で喉を潤し、あの鍾乳洞で見た内容を掻い摘んで話した。勿論、マトウゾウケンに知られていい範囲だ。特に誘拐組織が動いている可能性と、キャスターが『実は良い人』だったというところは強調していた。これは撹乱の意味もあったけれど、桜さんから情報を引き出す意味もあった。

 

『桜はそういう組織なんかに心当たりある?』

 

 お婆ちゃんからの質問だ。

 

『組織はわかりませんが、前回の第四次でかなり大きな誘拐事件があったのはご存知ですか?』

『うん、覚えているわよ。その頃、仲の良かった友人をその誘拐犯から救けたからね』

『え? 遠坂先輩が小学生の頃ですよね?』

『今更でしょう? 桜、お姉ちゃんで良いのよ?』

『あ……はい、姉さん……』

 

 桜さんは顔が真っ赤だった。

 

『オレ、あんまり覚えてないけど、そんな誘拐事件があった気がする。確か……子供を拐って殺していたっていう?』

『そうそれ。その犯人のアジトっていうの? そういう場所を突き止めて、友人を救けたの』

 

 これには桜さんだけでなく、お爺ちゃんも驚いていた。勿論、私も。この話はママからもお祖母ちゃんからも聞いていない。

 

『どういう事だ?』

『深山町辺りじゃそうでもなかったと思うけれど、新都の外れだと大事件だったの。特に八代台小学校の辺りだと』

『おいおい。市の反対側じゃないか? なんでそんなところの事を?』

『ああ、それね。桜の前だと言い辛いけれど、私、聖杯戦争が近いからって、その八代台小学校に母の実家から通っていたのよ。母と一緒に祖母の家へ、要は疎開って事ね』

『姉さん、あそこって小・中一貫の私学でしたよね?』

『そう。なので義務教育期間中は、禅城で暮らせって言われていたわ』

 

 ああ、ご両親が亡くなったからか……。

 

『でも高校受験まで待てなかった。だから深山の家に戻って、中学からは独り暮らしね』

『姉さん、だから私と同じ中学に?』

『何の事かしら?』

 

 顔が真っ赤でバレバレだった。ご両親を失ったお婆ちゃんは、その祖母を除いた唯一の肉親である桜さんの側を選んだんだ。

 

『それで身近で事件が?』

 

 お爺ちゃんが話を戻した。

 

『そうなのよ。当時、近隣の小学校だけでなく八代台小学校の人達も何人か犠牲になっていて。それでクラスメイトが行方不明になったって情報があって、魔術装置を使って探したのよ』

『それ、小学生のやる事かよ?』

『年齢なんて関係ないのよ。自分にも出来る事があったからやった。それだけよ』

『何も言えない……』

 

 無茶だ何だと言っても、この場合はお婆ちゃんが正しいし、お爺ちゃんも似たような気質だものね。

 

『それで、そのアジトが新都の駅前にあった地階のバーでね。そこに潜り込んで、意識を失っていた友達を発見できたから、逃してあげたの。けれど犯人に見付かっちゃってね。魔術を掛けて、何とか逃げた……いえ、救けられたのよ』

『誰にさ? もしかして遠坂の父親か、オレの親父?』

『ううん。ぼんやりとは覚えていたのね。後から思い返せば、あれは雁夜小父さんだった』

 

 誰だそれ?

 

『叔父さんが姉さんを……?』

『うん。桜、小父さん、聖杯戦争が始まる1年ほど前に外国から帰って来ていたの。あれってあなたを救けようと?』

『…………』

 

 桜さんは黙り込んでしまった。

 

『それで騙されたか何かして、急拵えでマスターにでもされて。それで誰かに負けて殺された。そうよね?』

 

 話を聞いて口をポカンと開けていたお爺ちゃんが、今度は言葉を話すために口を動かした。

 

『遠坂、その人誰だ? それでその情報は間違いないのか?』

『まず小父さんは、母の幼馴染みだったの。不思議でしょう? 間桐と、遠坂に嫁ぐ事が決まっている人が幼馴染みって』

『そうか? 魔術師の家だってわかってて嫁ぐんだから、そういう交友関係のあった家ってこったろ? おまけに慎二に桜、遠坂の事を思えば、その小父さんも遠坂のお袋さんや親父さんも穂群原の卒業生だろうさ。ああ、確かPTA会長が間桐って、あれが桜のいうお祖父さんか?』

 

 桜さんが頷いた。

 

『遠坂、小父さんに関しては推理も入っているのか?』

『もちろんよ。推理だらけだわ。だから正確かって言われれば、自信ない。子供の時はそんなの考えもしなかったし。だけど、そう考えた方が辻褄が合うなって今の私が思う事だけを話しているわ』

『そうか。つまり小父さんは間桐の家がそういう【■■(ピー)】を使うのを知っていた訳だ。桜、小父さんって次男?』

『あ、はい』

『やっぱりな。となると、小父さんが国外に出ていたのはそういう魔術が嫌だったからだろう。跡継ぎは長男である慎二達の親父さんが居るんだし。それで国外に出ていたんだと思う。そこで遠坂に質問だ』

『何?』

『小さい頃はよく遊んで貰ったのか?』

『小父さんに? ええ、そうよ。色々珍しいお土産を頂いたわね。桜も遠坂の頃は一緒に可愛がって貰ったのよ。憶えてる?』

『……あまり』

 

 お爺ちゃんがぽそりと言った。

 

『その小父さん、結婚してたか?』

『してなかったと思う』

『あ~、自分から身を引いたんだな……』

 

 その言葉にお婆ちゃんと桜さんが口を揃えて『え?』と言った。あ~、これがわからないのか……。それはエーデルフェルトのお祖母ちゃんも『リンは世間知らずなところがある』と言うはずだ。

 

『何だ? わからないのか? いくら幼馴染みと言っても異性の子持ちだぞ? そんなの遠坂の親父さんが一番嫌がるだろうに。これがお互い別の人と結婚していて、子供同士を遊ばせられる仲ならまだ良いよ。けど、独身の男が子持ちの女性に時々会いに来ていたって、おかしいと思わないか?』

 

 お婆ちゃんと桜さんが顔を見合わせた。2人とも女の子だものね。何となくは、そのオジサンの行動が変だとは考えていたらしい。だけど頭の隅に追いやっていたと。そういう顔だった。

 

『小父さんは母が好きだった……?』

『普通はな、相手の立場を考えるだろ? 結婚していて子供が居るんだぞ? そんな直接会うなんて迷惑は掛けられない。土産があるなら手紙を添えて送るもんだ。それがそこまで露骨なんだぞ? 未練タラタラなのは明らかだ。それでもって、それを指摘できないお袋さんか……性格なんだろうな。遠坂の親父さんって、かなりしっかりした人だったんだな』

『わかるの?』

『ああ。それでもって人が良い。ああ、そうか。親父さんとお袋さん、それと小父さんは年齢がバラバラなんだろ?』

『ええ、確かに母さんと父さんは2歳違いで、父さんの方が年下だったわ。それで小父さんは……はっきり憶えてないけど、母さんの後輩でもあったって聞いた憶えがある』

『なら、小父さんと親父さんは同学年だった可能性もあるな?』

『ま、待ってよ、士郎。そこまでわかっちゃうものなの?』

 

 この時の『士郎』で、桜さんがお婆ちゃんを睨んだ。親の代の三角な修羅場を、自分達も再現するの?

 

『そりゃわかるだろ。桜、養子に出たのは何歳だった?』

『え? えっと……5歳の時です』

『5歳か……。間桐のそのお祖父さんに請われてだろうな。それも慎二が生まれて魔術回路がなかったからそう決めたって感じだな。となると、猶予は2年近くある。親父さんへの根回し、魔術協会への根回し……色々できるな。あ、5歳まで伸ばしたのはお袋さんか。そうだな、そう考えるのが自然か』

『士郎、何が言いたいのよ?』

 

 桜さんがまた睨んだ。けれどそれは無視され話は続いた。

 

『その前に遠坂、遠坂家って子供が複数居たら跡継ぎ以外は養子に出すのか?』

『え? 知らないの? 神秘の拡散を防ぐため、魔術は一子相伝だもの。勿論、魔術に触れさせないで手元で育てるという方法も取れたと思う。けれど、桜は私と同じくらい才能があった。きっと父さんはそれを惜しんだと思う。それに……』

『それに?』

『魔術回路が豊富で扱うマナが増えるほど、怪異が寄り付くものなのよ。となると……』

『なるほど、だいたいわかった。一子相伝は一部嘘だ。多分、間桐のお祖父さんや、魔術協会が流した嘘だよ』

 

 お婆ちゃんが目を剥いた。少し怒っている。

 

『遠坂、落ち着け。普通に考えろ。跡継ぎが病気や交通事故で死んだらどうするんだ? 養子に出した先へ返してくれって言うのか? そもそも昔は成人前に死ぬ子供が多かったんだぞ? なのに養子に出すなんて、そんなリスクをわざわざ負うか?』

『え? じゃ……?』

『協会だろ? 2人目を容認するから寄付金を寄越せってさ。そういう大っぴらに知られていないところを、間桐のお祖父さんは利用した。そこから親父さんよりお祖父さんの方が、協会へのパイプが太い事も読める』

『あ』

『何だ?』

『父さんの残した書付けに『協会は過信するな。精々利用しろ』って……』

『ある程度は読んでいたって事か。遠坂、監督役を出す聖堂教会だっけか。途中からって言ってたけど、いつから絡み始めた?』

『え~と、二次か三次の頃からと思うわ。何を?』

『それを御三家が認めた理由。つまり隠蔽工作の人員とその費用の関してだ』

『それは教会が出すんじゃないの?』

『お前な……』

 

 これには桜さんも私も呆れた。独りで宝石魔術なんて追っ掛けていたからだろう。若い頃のお婆ちゃんは金銭感覚がかなりズレていたみたい。

 

『桜、ちょっとは知っているみたいだから教えてくれ。四等分か? それとも、最初から教会が半額引き受けて残りを三等分?』

『教会の負担は半額です』

『だろうな。それくらい双方にメリットがないとな。子供の誘拐はその回収を兼ねていたんじゃないか?』

『先パイ、それは……?』

『うん、どうやらこの聖杯戦争を隠れ蓑にして人身売買が行われているらしい。その昔、教会に孤児院があったって聞いた記憶があるけど、今もあるのか?』

 

 桜さんは首を振り、お婆ちゃんは首を振りながら青褪めた。

 

『だいたい見えて来たな。葛木に会おう。それしかない』

 

 それでお爺ちゃんは、生徒会長の家に電話を掛け、クズキ先生に代わって貰った。お爺ちゃんはかなり話を上手く回していて、何とか午後3時に会える事になった。ガクエンは臨時休校だし、まだ退院できていない学生もいっぱいいる。そんな中で、このセッティングが通ったのは、藤村先生の事があったからだ。

 クズキ先生に藤村先生を人質にしたのは『ズルイ』と言ったのだ。『汚い』『卑怯』とは言わず、『ズルイ』と。そもそもお爺ちゃん、内心はそれも一つの手だと納得していた。知らなかったとはいえ、聖杯戦争参加者が個人プロフィールをさらけ過ぎたと反省していたくらいなのだ。だから『子供っぽくズルイ』を連呼した。そうやってクズキ先生の教師魂を揺さぶったのだ。

 

『よくやるわ……。プライドないの?』

『目的が達成できるなら、どうでもいいよ、そんなの』

 

 プライド(pride)は、誇りや自尊心、自負心を意味する言葉だけれど、英語の場合は虚栄心(vanity)や自惚れ(うぬぼれ)、思い上がりも含まれてくる。なので日本人の考えるプライドを指す場合、『true pride』と強調して言う場合がある。そこで、思い上がりや自惚れなどは『false pride』とも言う。『false』は嘘、偽り、誤ったなどの意味だ。

 

『誇りは傷付かないんだよ、遠坂。傷が付くならそれは『false pride』。つまり見栄とか虚栄心だからだ』

 

 決して成績が良いとは言えないお爺ちゃんだけれど、藤村先生から教わっていたから英語の成績だけは良かったみたい。その藤村先生に生きた英語を教えていたのが、生前のお爺ちゃんのお父さんだったのだ。

 

『じゃ、お父さんが?』

『うん、英語もドイツ語もペラペラだった。それでオレ、アインツベルンってドイツじゃないかって今になって思い至ったというか……』

 

 キッチンでの会話だ。お昼はお婆ちゃん特製のチャーハンだった。お爺ちゃんはそれに合わせるスープを並んで作っていた。桜さんは並んだ2人の背中を恨めしそうに見ていた。だけどひとくち食べて驚いていた。

 

『いや~、旨いな。遠坂が中華料理を得意だとは知らなかったぞ』

『調理実習では何度か作ってるのよ? と言っても、レパートリーは具材の関係で街中華より少ないけどね』

『ん? どういう?』

『一人住まいなんだから、餃子なんて作らないって意味。それと余っても嫌だから、高級な食材も使わないでしょう?』

『そりゃそうだ』

『桜、足りる?』

『はい。姉さん、これ。とても美味しいです。どうやって?』

 

 ここでお婆ちゃんの使った手が開陳された。なんとお婆ちゃん、鍾乳洞に行く前、ジャーの保温スイッチを切っていったのだ。

 

『どうせ、お昼はお手軽に済ますだろうと考えてね。それで朝炊いたご飯の残りを見て、冷や飯にしておこうと。それと衛宮君が中華を作らない人だと調味料を見て気付いたのね。だから炒飯が良いかなって。さすがというか何というか、天日塩なんて置いてあるじゃない。冷蔵庫には自分で作ったおダシが入っているし、お味噌も醤油も先日のお話通り、きっときちんと醗酵醸造したものだわ。だから味付けは塩とほんの少しの醤油だけよ』

『作り方は?』

『そこよ。衛宮君、台所を汚したくない人なのね。男性と思えないほどキレイなのよ。コンロのグリルまで綺麗だから驚くわ。それってつまりフライパンにキッチンペーパーかシートを敷いてお魚を焼いているって事なの。何より、この家にはオーブン機能付きの電子レンジはあるけれど、本格的なオーブンがない。だから鉄のフライパンがないのは読めていたの。となると油をあまり熱くできないわ。つまり冷ご飯の用意と、卵がキモなのよ』

 

 そこから卵の入れ方とご飯の混ぜ方を、身振り手振りで教えていた。桜さんだけでなくお爺ちゃんも感心しながら聞いていて、ついでに私もしっかり聞いた。

 

『衛宮君、良いお味噌を使っているんだから、そのお味噌を活かした、麻婆茄子や回鍋肉を作れば良いのに』

『オレ、辛いの苦手なんだよ』

『甜麺醤や豆板醤なんて、どっちかを抜いた方が日本人には合うわ。それに使うにしたって隠し味程度で良いのよ。衛宮君が避けたい『中華の素』みたいなのを使わない方法もあるんだから』

『なるほどなぁ。それで街中華って訳か。どうしてそんな?』

『兄弟子の影響』

『兄弟子?』

『名は言峰綺礼。この聖杯戦争の監督役よ』

 

 お爺ちゃんはギョッとしていた。そしてブツブツ言っていた。『どうしてそんな大事な事を言わないんだ、このバカは』って。

 

『おい、遠坂。兄弟子っていう事は、そいつ親父さんの元弟子なのか?』

『そうよ。どうしたの、怖い顔して』

『そいつ、マトモな奴か?』

『胡散臭いわね。けど、私が成人するまでの後見人でもあるのよ。一応そっち方面はキチンとしてくれていると思う』

『『思う』か。親父さんが生前、指名していたのか?』

『そうだけど、何?』

『いや、割り込んで来た教会の人間を弟子にした理由だ。メリットは情報の入手と抑制か。デメリットは裏切りだな。遠坂の親父さん目線でいうならそうなる』

『綺礼が裏切っていたって事?』

 

 お爺ちゃんは腕を組んで頭を斜めにした。

 

『今の段階では何ともだな。証拠はないんだろ? 胡散臭く感じてもやる事はやっているみたいだし』

『そうね……。もう少し注意深く見るわ』

『そうだな』

 

 その後、いい時間になったので、お爺ちゃんとお婆ちゃんは再びお寺に向かった。今度は山門の階段下にバイクを止めて、石段を登っていった。

 

『あのバイク、遅っそいわねぇ』

『まぁ、スポーツ・モデルじゃないしな。荷物を運んだり、お得意さんのところを回る商業用のバイクだ。そこは仕方ない』

『ふ~ん。部品のためとかお金の事とかわかるけどさ。もっとカッコイイの乗りたいと思わないの?』

『そりゃ、オレだって若い高校生だ。格好良いのが欲しいと思うよ』

『ああ、そういう希望はあるんだ?』

『仙人じゃないんだから、オレだって欲や願望はあるさ』

『じゃ、どういうのに乗りたい?』

『ヤマハの『BT1100 Bulldog』っての』

『はぁ? なにそれ?』

『ヨーロッパ(イタリア、ベルガルダ・ヤマハ)で作られている、1100ccVツインのロード・モデルだよ』

『ふ~ん。それも二人乗りできる?』

『できるな』

『なら、士郎がそれを手に入れたら後ろに乗せて?』

『ああ、良いよ』

 

 この後の時計塔に通い出した頃、お婆ちゃんが買ってあげた説が濃厚になってきた。それもお祖母ちゃんが絡んでいそう。そんな会話を続けながら長い階段を登りきり(この階段だと登山と変わらない)、2人は山門を潜ったのだった。すると紫色のフードで顔を隠した女性が立っていた。そこでお爺ちゃんは白いハンカチをひらひらと振った。ずっと手に持っていたみたい。

 

『坊や、聖杯の知識でわかりますけれど、私の時代にそういうサインはなかったのよ?』

『え? あ!』

 

 そうしてキャスターの案内でお爺ちゃんとお婆ちゃんは、クズキ先生が待つ家に向かったのだった。

 

 

 

『失礼します』

『うむ。衛宮に遠坂か』

 

 お爺ちゃんは単刀直入に尋ねた。

 

『突然、済みません。先生はキャスターの恩人ですか?』

『何故、そう考えた?』

 

 それが正しいと感じたお爺ちゃんは言葉を続けた。ただし動じていないのは先生だけで、キャスターは少し不機嫌さを滲ませていた。

 

『先生は魔術師じゃない。なので召喚者じゃないと思ったからです』

『坊や、どういう意味かしら?』

『待て、キャスター。衛宮、続けろ』

『はい。召喚者は鼻持ちならない奴で、恐らく子供を犠牲に魔力をブーストさせたり、魔術を強化する方法を取っていた。それが許せなかったキャスターは、だから召喚者を裏切った。そして契約が切れて魔力が失くなる寸前に先生と出逢った。違いますか?』

 

 キャスターが笑った。

 

『世界の違いね。坊やはセイバーとの契約を切ったあれを見てそこまで考えたの?』

『も、あるけど……あなたはイリヤスフィールを延命しようと考えてくれている。それにこの戦争の裏で行われている人身売買にも心を痛めてくれている。それがわかったから、こうして話したいと考えてやって来ました』

 

 キャスターが再び笑った。

 

『本当に世界の違いね。間桐に去った『クズ』とは随分違うわ。セイバーが折れないのは、坊やみたいな人がマスターだからかしら……。お嬢さん、ネズミはあなただけじゃなく、坊やもいたの?』

『私をあそこに案内したのは衛宮君ですわ』

『そう……。ここまでの子だから、私は無闇に警戒してしまったのね。お姉さんの事は許して頂戴』

『いえ、あれも一つの手ですから。ただ、オレ達は最初から聖杯なんて求めていなかった。あなたなら前回起きた事は知っていると思います。オレ達はあの災害を防ぐために参加していただけでした』

『そのようね』

 

 これで確認が取れたのか、キャスターの警戒心が一気に薄れた。

 

『坊や達、残る陣営は間桐と教会だけど、どうするの?』

『手伝えるなら手伝いたいです。それでオレのセイバーを返して貰えれば。あなたが間違わない限り、裏切ったりはしません』

『間違ったら……ね。肝に銘じるわ』

 

 そしてキャスターはクズキ先生に向かって合図を送った。すると先生は強く頷いた。

 

『案内するわ。付いて来て』

 

 先生に黙礼してお爺ちゃんとお婆ちゃんはキャスターの後を付いて行った。

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