エルに地図を確認させ、隙かさずアントニーとアストルフォに飛んでもらった。天を舞うヒポグリフ。そのなんとも言えないモノこそがアストルフォの宝具で、この幻獣に騎乗するからあいつは『ライダー』のクラスを得た。しかし……前半分が大きな鷲、後ろ半分が馬、背中には2人乗っても十分に飛べる大きな羽……正に幻獣であり『ありえないもの』そのものだった。グリフォンと牝馬の間に産まれたというソイツは、もう遥か遠く小さな点だった。
「あの前足って鷲で言うなら後ろ足ですよね? 背中の羽が本来の腕で。幻獣って本当にわけがわからないですね」
「そうだなぁ。グリフォンって後ろ半分がライオンだろう? そこが入れ替わっただけとも言えるな?」
「それはそうですが、前足のないワイバーンみたいなヒポグリフも描かれたりするでしょう? だから、ああそっちなんだって」
「要はどういうのをアストルフォが喚ぶか、楽しみにしてたんだ?」
「はい」
こいつは本当に面白い。こんな時にも気を張っていない。実に暢気だ。だけどオレは焦っていた。と言うのは、トオサカ狙いは、何もセイバーの召喚者とは限らないからだ。他の陣営(確率的にはマキリやアインツベルン)も考えられるし、途中参戦を目論み、令呪を奪おうとする第三勢力とも考えられるからだった。
何より第四次を調べて、当代を検討すると『世代交代』という当たり前の事象が見えて来る。となれば相手の魔術の腕次第だが、結界をガンで抜ける可能性がある。何より初弾を受けた後にも、冷静に再度結界を張れるだけの度胸があるか? このガンのない国で育った奴に。更にプラス、ほんの5~6人でいい。アサルトを持った突撃役2~3名。バックアップ1~2名。そこにスナイパー1名で、各陣営の個別撃破が意外とできるのではないかとオレは思っている。オレの睨んだ聖杯戦争の攻略レベルは、その程度だった。
決して舐めてはいない。だけど、余りにもサーヴァントに頼り過ぎだし、魔術を過信し過ぎている。『組み合わせるから使える手が増える』という思考ができない時点で、そいつの視野が読めてしまう。だからこそ危険に感じた。特にトオサカとマキリは。仮にマキリの兄貴(義兄らしい)が、その手のマニアだったとしても、実射の経験は皆無だと思う。ましてや本格的なコンバット・シューティングなんて知らない筈だ。それにどちらの家もマスターとして出ているのは、ハイスクールの女の子だ。知識がないなら、警戒方法もわかっていないだろう。召喚前なら楽勝で殺せる相手だ。
問題はその第三勢力が、そういうチームをこの地に送り込んでいないかどうかだった。そのコンバットチームが『ただの傭兵』ならオレでも対処のしようがある。だけどオレやアントニーみたいに、魔術師なのに銃器を厭わない奴らなら実にマズイ。100年前ならそんな奴なんて居なかったと思う。だけど第一次や第二次世界大戦で、魔術師の次男三男が出ていたのは周知の事実だ。ナチス・ドイツなんて公にはなっていないが、美術部門(侵略した各国の美術品や貴金属を押収する部隊)の下に『礼装』や『魔術装置』に『聖遺物』や『触媒』を探って掻き集めていた、神秘担当の魔術師部隊があったくらいなんだ。
そして前回の……オレや姉にとっての父親の所業。決して褒められたものじゃないが、手法は間違っていない。魔術と近代兵器の併用は当たり前の事だ。だけどあちらのアインツベルンは部隊編成まで許可しなかったと見える。『何としても取る』ための覚悟が、『魔術師が武器なんて』というくだらない矜持に負けている間は勝てないのも当然だ。だけどそんな事より、今はトオサカだ。
先に押さえて話せる相手なら良し、ダメでも方法はある。ともかくまずは『大聖杯の汚物』を『わかってるヤツ』に消費(召喚)させ、その後『小聖杯である姉』に吸収されないよう手を打ってからサーヴァントを斃す。それがオレとアントニーの案だった。
要は姉を誘拐してでも結界内に隔離して、『小聖杯』とサーヴァントとのリンクを切るのだ。できるのかって? オレ1人じゃ無理だ。けどアントニーと2人なら、エルにも太鼓判を押された使える方法があるんだ。そのエルが座標を掴んだようだ。
「クロエ。今回は留守番だ。ガンファイトも予想される」
「わかりました。お気をつけて」
「ああ、行ってくる。エル?」
「はい、行きましょう」
そうしてオレとエルは空間跳躍した。
いつものコートを着て、鞄を持って校門を出た。長い長い坂を徒歩で下りて行く。時刻は夕方の4時。もっと早く帰りたかったのだが、先程まで私は慎二に屋上で引き止められていた。いつものビクビクした挙動不審さが影を潜め、だからと言って虚栄心に満ちた上から目線でもなく、彼にしては割合丁寧で筋の通った話だった。
端的に結論から言うと同盟を申し込まれたのだ。
「同盟?」
「ああ、最終決戦までで良い。それとどちらかが敗れた場合は自然解消だ。遠坂としても僕とつるむ体裁は取りたくないだろう。だから基本は別行動で構わない。要は情報を交換したいんだ」
「情報に限定した同盟って事?」
「話が早い。そういう事さ」
話がウマいと言うよりキレイ過ぎる。何より……。
「マスターはあなたじゃなく桜でしょう?」
「いや……マスターは僕だ」
「そんな。慎二には魔術回路が……」
「令呪を作った間桐だよ。魔力供給にしても、方法はいくらでもある。ただ僕は、ご想像通り魔術師じゃない」
「なら……」
「遠坂。お前、わかりやす過ぎるな……。お前が姉……なら、僕は兄なんだ。これ、携帯電話の番号」
「あ」
どういう心境の変化だ? 『お前が姉なら俺は兄なんだ』。そんなの真顔で言われたら……。私は流れるように自分の携帯電話の番号を彼に伝えていた。かなり絞っていたようだけど、大きな魔力の塊を屋上の隅に感じた。きっと桜が召喚したサーヴァントだろう。今にして思えば、何という迂闊。慎二がその気なら私はあの場で死んでいた。僅か数日、召喚を億劫がっただけでこれだ。自虐だが、ブツブツと自分への呪詛を吐きながら家に戻る私だった。
先行していたアントニー達に合流したオレ達は、早速状況を訊いた。
「どうだ?」
「探査魔術を周囲に掛けたけれど、今のところは問題ないよ。学生達もおとなしく授業を受けている」
アントニー達が陣取っていたのは、学校を一望できる山の尾根の一角だった。ここも地図を見ながら前もって検討していたポイントだった。
「じゃ、杞憂か」
「とも言えないかも」
「ん?」
「エル、どう思う?」
オレの呟きに答えていたアントニーがエルに質問した。
「サーヴァントが入っていますね。マキリかな?」
「君もそう思う?」
「はい。霊体化して、マスターの護衛でしょう。でも……本当にランサーなのかな? 魔術の知識が結構あるようです。こちらにも気付いてますよ」
昔は魔術を扱える、魔法剣士や魔法槍師などがそこらに居たという。神秘の濃い時代なら当然だ。厄介だな。エルが言った。
「アサシン。私が良いと言うまでトオサカを護衛しなさい」
「…………」
姿の見えないアサシンの気配が一瞬だけ感じられた。きっと許諾して学校に向かったのだろう。まだ逢っても居ない姉の負担を考えれば、全陣容が見えない現段階での脱落者は出したくなかった。なのでエルの行動が正解だ。マキリのサーヴァントとの戦闘も考えられなくもないが、こんな陽の明るい内には絶対にないと言えるだろう。
何よりマキリのサーヴァントも単なる護衛でしかないのは明白だ。そして同時にそのサーヴァントの護衛方法は、外部から入るかも知れない未知の参戦者や協力者を警戒しているように感じた。マキリもさすがだ。少し調べればわかる名の知れたマスターだけではない。オレ達と同じく『第三者』を警戒してのサーヴァントだろう。参戦マスターを支援する部外者や、マスターを襲って令呪を奪おうとする者がいても可怪しくないのが、この儀式の本質であり特徴だ。
オレの中では神父の参戦は確定だし(狙うとしたらトオサカか、セイバーを喚んだ誰かだろうと睨んでいる)、それ以外の者も十分考えられる。
ともあれオレ達は監視用の魔術装置を設置してから、エルの空間跳躍で家に戻ったのだった。
クソッ、この僕とした事が……。自宅に戻り暗示が解けた僕は、勉強机に鞄を置いて悪態を吐いていた。
「桜め。なんてサーヴァントを喚ぶんだ……まったく」
私服に着替えながらも口は止まらない。自分でもわかっているけど、こうでもしないとやってられなかったんだ。
ピポッ、ヴゥィーン……。っと、パソコンを起動した。シャツの上にセーターを被っていると起動が終わった。なので早速ブラウザを立ち上げた。検索ワードを一つ打つ度にタブを増やす。『イルミナティ』『カバール』『悪魔崇拝』『黒い貴族』『偽ユダヤ』『フェニキア人』『13のゾロアスター教徒』……果ては『地震兵器』『気象兵器』などがこの日本で試されていた可能性や、『AIDS』『エボラ出血熱』『ジカ熱』などに米国の特許が取得されている事、『御巣鷹 トロン』『軍事機密だったインターネットの開放』などなど……。ともかく、ここのところ耳にしたりメモで渡されたワードを軒並み検索窓に打ち込み、気になった部分から調べていった────。
とまぁ、こんな事を僕は先日から続けていた。そして僕にそれらを調べろと言ったのは桜のサーヴァントだった────。
『衛宮と闘いたくないなら僕にサーヴァントを貸せ』
召喚が成功した日、僕は桜にそう言った。するとサーヴァントが僕にこう返したんだ。
『妹であるマスターを護りたいのか、自分自身のつまらない満足のためか。どちらですか?』
何かの術か技だろう。その時の僕は天井に押し付けられ、見えない腕のようなもので首を絞められていた。なので適当に言い逃れようとしたら、そんな僕を見て杖を着きながら不気味に嗤っていたジジイがいきなり消えたんだ。それはもう、何の前触れもなく、視界の中からフッと。あの何年生きているのかわからない、僕を縛っていた絶対的存在がいきなり消えた。そして次に現れた時、何故かジジイは子供が持ちそうなファンシーな杖になっていた────。
何を言っているのかわからないだろうけど、シワシワで臭いジジイが、ちょっと渋めの配色だけどデザインだけはやたら可愛い杖になっていたんだ。そしてその杖になったジジイは、僕にこう言った。
『魔術の闇など狭いものよ。世界の闇を知れ。儂はそれらと闘ってきたのじゃ』
それでこの聖杯戦争という儀式の真の目的や、その儀式の特異性から様々な機関に目を付けられて来た事、ジジイはそういう相手と闘ってきた事を話してくれた。そもそもそれらは手先でしかなく、その背後には本当にどす黒い奴らが存在している事をも教えてくれた。
『どういう風の吹き回しなんだ』と、当然訝しんだ。だけどジジイは『ここからは劇場版じゃ』と言った。何だ? まさかキレイになったとでも言いたいのか?
『衛宮の坊主やアヤツの養父が、真に目指すべき敵はそいつらじゃった。そこに気付かんかったのが痛いの。慎二、お前がそれを知り、奴を教え導け。恐れ慄き(おののき)、引いても逃げても構わん。ともかく真の敵を知れ』
と、そんな風に。更にこうも言った。
『魔術なぞ道具であり、数ある手段の一つにしか過ぎん。言ってみれば、要免許の特殊工具じゃ。なら、免許の要らぬ、慎二に向いた工具や道具もあろう』
そうしてパソコンで調べろと教えられたワードが先のそれだったんだ。それって迷信、いや都市伝説じゃ……。
『魔術師の家に生まれおって、信じ難いからと軽々しく迷信と決めつけるでない』
そう叱られた訳だ。
キーボードを叩いていたら、ノックがあった。お盆にお茶とお菓子を載せてきたそいつは、桜の召喚したサーヴァント、ランサーの一柱だった。見た目は桜と変わらないくらいの女の子だけど、頭の後ろをジジイと、ジジイとは別の柄部分を格納した2本の杖が飛んでいた。
「おい。もう1人のお前に言っておけ。ヘンな暗示を掛けるなって」
いつ掛けられたのかわからない(多分朝食の時だ。朝はアイツがリビングに居た)暗示とは、遠坂を『男の娘』と思い込むものだった。それも何か微妙な心理的負荷を僕に与えて。だから僕は遠坂に『情報同盟』を申し込んでしまった。
信じられないだろうがこの部屋に戻る今の今まで、僕は────。
しまったな……『遠坂が男子』である事に気付かなかったなんて……。『凛』か。確かに男にあってもおかしくない名前だ。遠坂家の魔術、恐るべしだな……。まさか、この聖杯戦争に向けてそんな偽装を十数年も続けていたなんて、僕も見事に騙されたよ。だけどあんな可愛い顔した男なんて居るんだな……。
なんて事を本気で思っていたのだ。
「やられました?」
「ああ」
「すみません。叱っておきます」
このランサーはかなり特殊な英霊らしく、わかりやすく説明するとこんな風になる。
A:桜と変わらないくらいの女の子。10人前後に分裂できるらしい。便宜上、今話している相手が『一』で、僕にイタズラを仕掛けてくる奴を『三』と呼んでいる。一応この他に『五』と『七』には会っていた。そんな群体のような彼女達の宝具が『気に入らないヤツを杖に変える』能力だと桜が話していた。つまり召喚直後にジジイは『気に入らないから杖にされた』んだ。その時に性格を入れ替えられたという。キレイなジジイというのもヘンだけど、妙に僕を買ってくれているので、今はおとなしく話を聞いている。実際刺激のある話が多いので僕も満更ではない。
B:本当はこいつが正体で本体なんじゃないかという、野性的で間桐のような青髪を持った長身の男。滅多に出て来ない。きっと戦闘だとこいつがメインなんだと思う。
C:アラブ系のヒゲ男。容姿の異なる姿に分裂できるという。実際、何人居るのか知らないが、30人くらいで庭掃除をしているのを窓から見掛けた。常時、僕や桜の護衛をしてくれているらしい。全然気付かないけど。
こんな風に何だかよくわからない『ランサー』が桜のサーヴァントだった。
「捗ってますか?」
「まぁまぁかな。けどさ、やってる事は壮大だけど、どこか小説で読んだり漫画で見たような……『そんな程度か』っていう肩すかし感があるね」
『バカを言え。そうやって少しずつ情報を発信してくれる者達がおったから、そういう創作物が作られたんじゃぞ? 何も知らなんだら、もっと酷いわ』
僕はそこで勇気を出して、クリーンな杖になったジジイに訊いた。
「ズバリ聞くよ。アドレノクロムを得るために……?」
『儂が頭を切り開くとでも? 儂は蟲使いの魔術師じゃぞ? 耳から小さな蟲を入れるだけで良い』
頭の中に寄生させんのかよ!?
『何を言っとる。毎年子供は産まれ来るものじゃ。儂はこの知識があったんで冬木村の頃は、よう赤ん坊を取り上げたものよ。儂が取り上げた児は、夜泣きや疳の虫が少ないと有名じゃった』
明らかに蟲を寄生させて、何かコントロールしてますよね!? だけど江戸から大正の頃までは、村の産婆や医者みたいな事をしていたらしい。
『良いアドレノクロムが取れんようになるから、成人すれば勝手に溶けるんじゃがな』
証拠隠滅も完璧か! けど、生死に関わる被害者は居なかったのか……。
『歳とともに細かな蟲が造れんようになっての。老眼も進むばかりで嘆かわしいものじゃった。そこからの自分はあまり憶えておらん……』
それで杖になったとでも言いたいのか? 桜にあんな事をしておいて! 僕が知らないとでも思っているのか?!
でもその言葉が僕の口から出る事は無かった。だって『一』が僕の目を見詰めて微笑んでいたからだ。この『一』は物静かで他人をイラツカせないし、とても話しやすい奴だった。
「……桜は?」
『ん? 今頃は元気に部活動に励んでおろう。もう大丈夫じゃよ』
僕はこの時、この杖は『ウチのジジイ』じゃないんじゃないかと、チラッと思った。だけど……いや、だから……紅茶とお菓子のお礼を『一』に言って、出て行った3人? の後ろ姿に目で礼をした。何故なら僕は知っていたからだ。間桐の魔術を。
その身を蟲に捧げ、血や肉を喰らわせる事でパスを繋げ使い魔にする……。そんな不気味で恐ろしい『調整』を桜は、この家に来た幼稚園頃から受けていた。第四次の疎開先だったロシアの親戚の家から数年ぶりに戻ってみれば、知らない間に『妹』という家族が増え、そういう目に遭わされていた。
僕もバカじゃない。本来なら長男である僕が担うべき『痛み』を、この物静かな『妹』は、ただ黙って耐えていた事実に思い至った。そんな口数の少ない桜が、一度だけ雁夜叔父様のお話を聞かせてくれた。救けようとこの家に戻ったであろう事は、子供だった僕でもわかった。なのにこの『妹』は、『お祖父様に逆らうから死んだ』と言った。僕はゾッとした。
そんな風に幼少の頃の桜は、ジジイの調整で人間性が皆無だった。あの頃の桜は正直今も嫌いだ。だけど中学生に上がる頃から徐々にアイツは変わっていった。特に衛宮を紹介してからは大きく変化した。最大の変化は料理ができるようになった事だ。これが実にありがたかった。なにせ、こんな不気味な家だから、家政婦を雇っても保たないんだ。子供の頃からそうだ。もう何人入れ替わったか憶えていないくらいだ。
中学生頃は親父も入院していたし(高校に上がる頃に死んだ)、毎日インスタントか外食だったので、本当に助かった。確かに1番最初の料理は食えたものじゃなかった。それが見る見る内に上手くなり、今は家事の一切を桜に任せていた。そしてそんな桜の喚んだサーヴァントも料理が上手かった。似た気質の者が召喚されやすいとは書物で読んだ覚えがある。本当の事なんだなと思ったものだ。
ところでジジイじゃない方の杖は、あの『一』の姉だという。本当かよ?
深夜、夕方無事に帰宅したトオサカがサーヴァントを召喚した。間違いなく『アーチャー』だろう。ただこの召喚がオレ達に筒抜けだったように、あるところとあるところがトオサカの家の近くで争っていた。
「どことどこだと思う?」
「聖堂教会の一派と、もう一方は不明ですが、誰かの雇った傭兵部隊ですね」
まぁ、装備的にそうだろう。片や私服とは言え、何人か黒鍵を出していたし、もう片方はこんな街中で黒い戦闘服にボディアーマー、目出し帽にヘルメットとばっちり決めている。武器は腰もM9とぶら下がった手榴弾。そして、胸元のでっかいバトルナイフ。手にはM4カービンだ。
「おい。あの傭兵、黒鍵をライフルで弾いているぞ?」
「手慣れてるね。ライフルに強化の護符でも貼ってあるのかな?」
エルの張った水盆を通して、遠見をしているオレ達だ。エルの肩に手を置いて覗き込むアストルフォが面白い。2人とも背が低いから、いつもこうやっている。オレより背の低いアントニーでも、5フィートと3クォーターはあるからな。だからオレやアントニーの後ろにアストルフォは来ない。
それとアストルフォの優しさだろうな。このコタツテーブルのもう一辺を、いつもクロエに譲ってくれているんだ。
「さて、そろそろか」
今しがた召喚済みなのは間違いない。そろそろサーヴァントが外に出る筈だ。そして月の浮かぶ屋根の上に、矢を番えるシルエットが浮かんだ。早い。さっきまで争っていた集団が一斉に消えた。
ここで画面が切り替わった────。
「あ!」
「エルヴァ、アントニー、見て!」
切り替わった水面の画像から違和感を真っ先に覚えたのはアストルフォとエルだった。その声でオレも気付いた。暗闇に浮かぶドクロの仮面……。何十人ものアサシンらしき者達が、聖堂教会側の奴らばかりを襲っていたんだ。
『……百貌……』
どこからともなく声がした。こちらのアサシンだろう。
「百貌?」
『座からの知識にありますな。私より後年の19代目教主です。二つ名の『百貌』とは、分裂できる宝具を持つからだと……』
分裂…………。
「どこの陣営か知らないけれど、そんな宝具を持つアサシンに諜報活動をさせれば……」
アントニーの畏怖もわかる。アサシンの気配遮断は凄まじいからな。そんな奴が分裂して諜報すれば。まさしくニンジャだぜ。
「アントニー、それよか何でアサシンがこっちとあっちに居るかだろ? エル、これってお前が、本来のマスターでなくキャスターだから枠が正しく埋まってなかったって事か?」
「それは考え辛いですが……可能性としては一番高いです。ですが……」
「ですが?」
「大聖杯なんかに頼らず、自分だけで召喚できる魔術師なら」
そんな……奴が居るのか?
「それって時計塔の教授でも無理だろって」
「いや、エルヴァ。世の中は広いよ。そういう魔術師も居るんじゃないかな?」
「仮にだぞ? 仮に居たとしてもだ。そんなヤツの噂なんて聞いた覚えがない。それって協会にも知られていない実力者って事だぞ?」
「そうなるけどさ。ひっそりと伝承保菌者みたいに……」
「その『百貌』って英霊だけを、代々喚び出せる家の者って事か……。その線はありそうだな」
「だろ? 問題は個別の乱入は考え辛いので、誰かの協力者か……」
「そいつ自身が令呪も持っていて、オレ達みたいにサーヴァントを複数従えているのかどうかだな」
アストルフォも難しい顔をしていたが、エルはもっと難しい顔をしていた。それはそうだろう。だってその名も知らない魔術師はキャスター並みの腕があるって事だからな。それは沽券に関わるだろう。と同時に、オレ達のアドバンテージが消えてしまう。
「これは早急に、どの陣営か調べないと」
まず、思い付くのは聖堂教会ばかり狙っていた点。決めつけは良くないけど、傭兵部隊とあのアサシンはグルの可能性が高い。とは言え、これで7騎揃った。儀式が始まってしまったって訳だ。
「拠点はわかってるのに、入れないなんてな……」
トオサカやマキリの事じゃない。姉が居るだろう郊外の森の話だ。どうも姉も優れた魔術師のようで、森の結界をアサシンが抜けないんだ。エルは抜けるらしいが、それでも相手にバレるだろうとの事だった。遠見の蟲を使っても、森の内部はボヤけていて、どの方角にどのくらい歩けば拠点に着くのかわからないらしい。そんな状態でさっきみたいな傭兵が待ち構えていたら、サーヴァントは良いがオレ達がもたない。なにせどんな重火器を用意してあるか不明だからだ。何より『傭兵』を雇うという先例を作ったのが他でもないアインツベルンだ。待ち構えていない筈がなかった。
「ショットガンとリボルバーだけじゃ心許ないな」
「だからピストルとライフルにしろって言ったのに」
「だな。いつものガンショップが恋しいぜ。今なら手当り次第買うのにな」
そんなオレ達の会話にアストルフォが良い顔をしていた。
「君達は文句は言うけれど、全然へこたれないね?」
「当たり前じゃん。こうやってブーブー言ってると良いアイデアが浮かぶものさ」
「だね」
「本当にマスターとエルヴァは良いコンビだね。ならさ、装備をきちんとして全員で森に行かないかい? 行ってわかる事もあると思うんだよ」
ちらりとエルを見れば頷いた。逃げる時は『空間跳躍』を任せろという意味だ。アストルフォの案に乗ってみるか。それでオレ達は、明日森へ行く事にした。
桜も交えた夕飯を終えた俺は、藤ねえが桜を送ってくれる後ろ姿を門の前で見送った。2人の姿が遠くなったところでアーデルハイドさんとセイバーが潜り戸を抜けて来た。
もう俺は先日の夜のアーデルハイドさんからの説明で、桜がマキリという魔術師の家の跡継ぎである事も、遠坂との関係や遠坂の家の事も理解していた。また魔術回路も調整して貰い、スイッチもできていた。昨夜の今日で、今は回路も2本まで正しく使えている。属性は『火』が変質した『剣』だった。これも俺の中にセイバーを召喚する時に使ったらしい触媒、つまり鞘があるからだった。きっと死ぬほどの火傷だったんだろう。それを鞘が癒やしてくれる時に、俺の中に元々あった神秘との接点である魔術回路が、鞘に合う回路と属性に変化させたのだろうとの事だった。そしてそれを決定づけたのが、何も知らないで行っていた『一から回路を開く』という今までの間違った鍛錬法だった。
掛け算を知らないから、毎夜1足す1足す……と。しかも死にそうな思いをして。『普通はそこで、何か変だと思わないですか?』と言われて唖然とした。そう思えない思考方法は、自分を狭くするから直した方が良いとアドヴァイスを貰った。確かになと反省しきりだ。
そして今夜から作戦行動と鍛錬に出るという。
「いきなりですか? あなたの言で彼を仲間に入れるのはわかりますが、まだまだ未熟だ」
これはセイバー。
「だからですよ。手元に置いた方が安全です。あの屋敷に残す方が危険ですし、彼も納得できません」
当然だ。でもセイバーは足手まといになりはしないかと心配なようだった。その物言いにカッと来そうになったけれど、アーデルハイドさんの説明とその後の準備作業を見てセイバーの言いたかった意味がわかった。
「本格的な格闘技も戦闘訓練も受けていない、アニメやマンガで育った日本の高校生ですものね。セイバーの気持ちもわかります。ですがあなたが居る限り、肉の壁にはなるでしょう。まず死なないでしょうし」
これを本物のマシンガンや拳銃の調子を見ながら言ったのだ。そして手入れの終わった銃を魔術でどこかに隠し、何かの格闘技の型を俺に見せてくれた。瞬時の身体強化に加速運動、そしていつの間にか握っていた強化魔術が掛けられた大型ナイフ。その刃が俺には見えなかった。
「ここまで鍛えても、サーヴァントは私達より何十倍も強い。そしてどのマスターもこの儀式に参加するために己自身を鍛えています」
「ならば」
「逆ですよ。彼や彼の親しい人が人質に取られる方が痛いのです。それが側に居てくれれば、私にも彼を護る幾つかの手が使いやすいのです」
「そうですか……」
セイバーはそうしてアーデルハイドさんの言葉に従った。多分、何かそういう魔術があるのだろう。最悪は再生するとわかっている『肉の壁』だ。だけど俺はそれでいいと思った。だってアーデルハイドさんは、こんな未熟な俺を馬鹿にしなければ、臭しもしないからだ。現状の実力が、この儀式に沿って考えるとどうなのか? 役に立つのか立たないのか? それを隠し事なく話してくれ、今の俺にできそうな事やできない事をキチンと話してくれたからだ。そして最悪は『肉の壁になれ』と本当に言った。『絶対に死なせません。きちんと家に連れ帰り、必ず蘇生させますから』と。
それから着替えた俺達は、夜の街を連れ立って歩いた。
「セイバー?」
「はい。4、5……いや、7人か」
「ど、どこに?」
俺には何も見えなかった。場所は深山町の洋館が多く建つ辺り。それもかなり外れの方だ。いつの間にかこんなところまで歩いていた。
「このコンクリの階段を登ったところです」
それで俺達は息を潜めて階段を登った。アーデルハイドさんが、階段の影で見えないよう頭を沈め、俺やセイバーにも同じ姿勢を取るように手で合図した。
「あの動きは教会ですね。あの小さな塔のある家を伺っているようです」
その家は街灯が少なく一段と暗くなった、高台の先にひっそりと建っていた。その佇まいは後ろの崖に溶け込んでハッキリ見えない。
「家の向こうの崖は展望台のところか」
小さな声で呟いたら、アーデルハイドさんがコクリと頷いた。
「トオサカの家です」
そうか、ここが遠坂の家だったのか。同級生であり憧れの女の子は、この地のセカンドオーナーであり、家族同然の桜の実姉でもあった。亡き養父は前回の実質勝者。そんな人に引き取られていながら、今の今まで遠坂に知られないでいた奇跡。回路を魔術の鍛錬後に毎回閉じていたからだ。だけどそれは間桐に知られている可能性が高いと言う。
『最初はキミの調査で近づいたのでしょう。ですが、今はキミに思慕とも言える親しみを感じている様子です。なので彼女の方でも報告はなおざりなのでしょう。私からは、どうこう言いませんので』
これにセイバーが異議を唱えたんだが、俺の言いたかった事をアーデルハイドさんが代弁してくれた。
『セイバー。この儀式が終わっても、彼はここで暮らして行くのです。これまでの関係が問題ないなら、それを壊すような真似は避けましょう。私達はただ夜の間に動けば良い』
それでセイバーはキッと俺を睨んでこう言った。
『マスター、甘い。シロウの気持ちを汲むあなたの優しさは理解できるが、今は戦時であり、この街は戦場だ』
『ならばこそですよ。ごく普通に日常を歩む事で、彼を部外者と思わせるのも手の一つです。何より私は穢れて災厄しか齎さないとわかっている聖杯が欲しい訳ではありません。ただただ、この儀式を壊し、全員が無事なままさっさと終えたいだけです。ですが、その際に得られた魔力があなたに役立つなら、約束通り全部差し上げます』
その聖杯の穢れを、アーデルハイドさんはセイバーに思いっ切り詫びていた。だけどそれを聞いたセイバーは大きく目を開き、マスターであるアーデルハイドさんに頷いていた。俺には聞こえないけれど、何かを念話で話していたようだ。そこからセイバーも俺と話すようになったんだ。
「これを」
「なんだ?」
手渡されたそれは黒い目出し帽だった。今の俺はいつもの安い服の上にアーデルハイドさんが用意してくれた、黒いコンバットジャケットを羽織っていた。ズボンも黒いコンバットパンツだ。
『一張羅で、その日本人には珍しい髪の色でキミだとモロバレです。服装もちゃんとして』
それが一緒に出る条件でもあったんだ。言われてみればそうだよな。でも、目出し帽だと泥棒みたいだ。
「相手を傷付けても殺しても、身バレしなければOKなのがこの儀式です。こちらがどうこうでなく、相手がそう動くのだと念頭に入れて。セイバーが心配していたのはそこですよ? それに私は一般の、平和に生きる方々を傷付けたくありません。影から影に動いて、この街の人々に気取られぬよう終えたいのです。全身黒ならそういう一般人に発見されても、暗示が掛けやすいのもあります。暗い中での黒ですからね」
あ、暗示……。そういう事か。
「それに私やセイバーはこれら一連の件が済めば帰るだけですが、キミはそうじゃないでしょう?」
アーデルハイドさんはそういう風に考える人だった。
「頭を下げて!」
えっと思ったら、階段の上でいきなり戦闘が始まった。さっきの私服の男達と違って、新たに現れた相手は全員が黒ずくめのコンバットスーツだった。防弾ジャケットもヘルメットやフェィスガードも完璧だし、本物のバトルライフルを持っていた。
「あんなの街中で……」
「シッ。全部サプレッサー(消音器)付きのアサルトカービンです。しかもライフルに強化を掛けてありますね。ほら、あれで教会の黒鍵を受けていますよ。対魔術師専門の特殊部隊ですね」
その屈強な男達はどこの人間だ? やがて双方が蜘蛛の子を散らすようにして消えた。セイバーが遠坂の家の屋根に突き出た塔を睨んでいる。それに釣られて俺もそちらを見た。月を背景にして、その『赤い上着』がはためいていた。