『エル』から、綺麗に塗り替えられたりメッキされた『ZZR600』を借りたオレは、アオレアールが駆る赤い『YZF600R(ThunderCat)』の後を追った。多分、2002~3年頃のモデルだろうな。日本で普通自動二輪免許でも、アメリカなら国際免許で大型に乗れちまう。おそらく、フロリダの別荘に置いてあるスポーツスターと同じ頃に買ったものなんだろう。
その赤いバイクに跨る後ろ姿は、今は全然乗らなくなったリンの学生時代を思い起こさせる。その昔、第五次聖杯戦争でリンは刻印の一部をオレに分け与えてくれた。それには性的なパスも必要だったんで、オレはリンと結ばれた。お互い初めてだったんでぎこちなかったなぁ。けどあいつは、そのぎこちない中でしっかりオレの持つバイクの知識を盗んでいった。で、聖杯戦争が無事終わった後、イリヤを失って落ち込むオレを励まそうと、3年になったある日、日帰りツーリングに行こうと誘ってくれた。
相変わらずのバイト三昧で気付かなかった。何とあいつは春休みに教習所に通い、普通自動二輪免許を取っていたんだ。それでオレはあいつの駆る2005年型『SUZUKI SV400S』の後ろを『HONDA CD250U』で追っていた。フロントがWディスクになった最終型だったけれど、何故かその最終型には無かった赤色(パールヘリオスレッド)だった。バイク屋の親父を泣かせたんだろうなぁ。このバイクは後にルオンがイリヤと『エル』に贈っていて(そちらはパールスティルホワイト/パールスズキディープブルーの2トーンだった)、それを見て随分と懐かしがっていたっけ。
高3の頃はそれで何度もツーリングに行った。だけど時計塔に行ってからは乗らなくなって……。今は長女が北海道に持っていってしまった。乗らなくなっても廃車にせず、子世代に譲ってくれてたら嬉しいけれど、そういうのは生憎聞いてなかった。ちゃんと生活できているかとか、魔術はどうだとか、リンもそういう話をしたよとしかオレに報告しなかったからなぁ。
魔法使いになったから変わったと言ったけど、母になったから変わったのかもなぁ……。
しかしアオレアールは上手いな。『エル』もイリヤ(双子の姉)も上手いんだが、タッパ(身長)がない分どこか危なく感じちまう。アルトリア・レベルになれば安心だって思うけど……それは少々酷か。そこを目指して、2人してサーキットで腕を磨いているんだものな。だというのにアオレアールのライディングに、その危うさは一切感じない。これは身長の問題だけじゃない。そういう風に『エル』が『デザイン』したんだろう。クルマも上手いと、昨夜『エル』が教えてくれたから、本当なんだろうなぁ。ともあれ、あのバイクもこの『ZZR600』と同じ事をしてあるんだろうか?
実はこのバイクを乗る前に少し解析を掛けていた。『エル』なら何かしているだろうと思えたからだ。すると案の定だ。エンジンはDOHC16バルブだけれど、その半分の吸排気8バルブにカム山が無かった。つまり通常は1気筒2バルブなんだ。だけど魔力を込めて走らせれば、3千回転くらいでカム山の形状がハイカム気味になり、5千回転を超えると死んだ2バルブが生きた2バルブを倣って、同調して動き始めるんだ。
魔術に拠る『VTEC』。それも『Kawasaki』で。こいつは『636cc』の『F.I』車だ。コンピューター解析して、マッピングも変えられている。それも魔術の併用を考慮してのマップだ。
(エアの吸入量とガソリンの吐出量を自分の意志で変えられるのか……。こんなの『エル』しか本領発揮できないだろ)
サスは前後ともオーリンズ、ブレーキはブレンボ、ホイールはマルケジーニ。金持ちはこれだから……。けれど親に与えられたのでなく、幼少から自分の才覚でこういうのをバンバン買えるまでに行った。そこが凄い。ブレーキフルードもアインツベルンの特製だろう、タッチが素晴らしい。これならわざわざホースをステン・メッシュにしなくても良いのにな。でもそれをするんだな、あいつは。サスの追従性も抜群だ。中のオイルも変えている? どうもわからないが、スプリングはオーリンズじゃない。これは『錬金術』で錬成したスプリングだろう。バイクなのに前輪が路面に張り付くかのようだ。あの『EG6(シビック)』を思い出す。
一度は世界のために『エル』を斬り捨てる事さえ考えていたリンが後に惚れ込んだのが、このハイブリッドな考え方と、それをものにできる才能だった。
(オレじゃ完全に使いこなせないけど、普通に走っても面白いな)
リンは弟子の凜から、ここの凛の事を知らされても乗り気じゃなかった。けれど『宝石剣を我流でも造っていた』『アクシデントがあったにせよ並行世界を渡っている』と、後押ししていたのが実は『エル』だったんだ。勿論、『エル』にしてみれば、このカリフォルニアに住むエルヴァに良い影響がある事も計算ずくだ。そして今回ここに来て、リンは凛がプラハに行った凛と同じく『化けるタイプ』だと認めた。オレもホッとしたが『エル』もホッとしたろう。
何よりここの凛はPCを使いこなし、株式投資をやっていた。これもリサイクル店を開きたいなんて望む、面白い衛宮士郎が傍に居たからだ。オレとした事がついつい要らない事を口走ったが、あれも士郎がまともに見えて嬉しかったからだ。こうやって何百回も並行世界を渡って来たろう? そりゃもう、会った衛宮士郎の9割以上が尋常じゃないからな。それはお前もだろうって? だから心配なんだよ。そういう訳だから、実はオレ、目覚めていないアーチャーでも嫌った事がない。ただただ、悲しいなと思うだけだ。
それはおいて、リンもロード・エルメロイⅡ世の教え子の1人だし、何よりあのキャスターから薫陶を受けていたから、凛もハイブリッドな考え方ができると知ると俄然乗り気になったようだ。結果として良かったよ。
ロスを抜けてマルホランド・ドライブに乗ると、軽く流して休憩できる有名な場所に向かった。山岳道路と言ってもここもカリフォルニアだ。基本は禿山の砂漠地帯なんだ。そして11月の終わりに近いこんな時期でも晴れるとかなり暑い。だからこの数本樹が植えられ木陰のある場所はライダーの憩いの場所だった。
スタンドを出してエンジンを止めると、アオレアールがサッと冷えたドリンクを出してくれた。
「サンキュ」
「いいえ。次、こちらを操縦させて下さい」
「ハハハ……わかったか?」
「はい。面白い事をするなぁ」
「だよな」
そんな事を話していたら、数人のライダーが寄って来た。
「なぁ、聞いていいか? この文字、なんて書いてあるんだ?」
真っ黒なラーダースーツに身を包んだ彼は、髭面で厳つそうな顔だけど、歳は25歳くらいでバイク好きな気のいいお兄ちゃんだった。彼の歩いて来た方を視界の隅で見ると、3台のバイクが並んでいた。3人連れで楽しんでいるのだろう。残る2人がヘルメットを脱いで、こちらに歩いて来る。きっと彼のバイクは青い『YZF-R1』だ。2004年型かな? 仲間は1人が『CBR1000RR』。ジェネレーターは……なるほど、直してあるな(SC57の有名なトラブルの素。後にリコールが出る)。もう1人が『GSX-R1000』だった。それも間違いなく昨年モデルの『K5』。金、持ってんなぁ、こいつら。そんなリーダー格であろう彼が指差しているのは、当然ながらカウルのサイドに大きく描かれた梵字と平仮名を組み合わせた文字だった。
「下地になっている黒いのが日本の昔の平仮名で『ゑる』だ。その上にあるキャンディ・レッドの文字は梵字といって仏教の象徴的文字だよ。ただ、これも多分読みは『える』だろうな」
「へぇ~。こいつもニンジャだろ? ならなんでニンジャって漢字で描かないんだ? そっちの方がカッコいいぜ?」
ホント、アメリカ人は忍者が好きだな。
「忍んじゃ飛ばせないだろ?」
「へ?」
「あのな。忍者ってのはシークレットサービスであり、ヒットマンなんだよ。だから『刃』の下に『心』を隠すんだ」
「オ~……」
この説明は植え込みの土の部分で漢字を書きながらした。するとそれを覗き込んでいた仲間が声を上げた。
「俺、この漢字知ってるぞ。カタナだ」
おいおい。
「『GSX-R1000』の前はカタナだったのか?」
「ああ」
きっと正面から見ると河豚みたいな『KATANA 600(GSX600F)』か『KATANA 750(GSX750F)』で腕を磨いたクチだろう(両車、北米専売で今年2006年が最終モデル)。
「『KATANA 750』だったのか?」
「いや、『KATANA 600』だよ」
「『GSX-R1000』にしたのは、腕を上げたってトコか?」
「へへ……」
嬉しそうだ。だから『じゃあ』といって教えてやった。
「この『刃』って漢字は『やいば』と読む。『かたな』はこうだ」
それでオレは地面に『刀』と書いた。
「あれ?」
「気付いたか? この横棒がバイクのカタナは日本刀だったろ? あれは『刀』という漢字と絵の組み合わせなんだよ」
「オ~、マジか……」
オレは立ち上がってそんな彼の胸に拳を当てた。
「お前のここに『刀』があるんだろ? 見せてくれよ」
そうしてオレはヘルメットを被って、キーが刺さったままの『YZF600R(ThunderCat)』に跨った。5人で走るのは楽しかった。だからマルホランド・ドライブを4往復もしてしまった。それでわかった。やっぱりこの『YZF600R』も同じだった。元は『F.I』じゃなく、『KEIHIN』の『CV』、口径36Φ。ダウンドラフトのキャブ車だ。そして解析したキャブはあいつの特製だった。各部のネジやニードルは市販品の流用だろうけど、パワーフィルターの内側は鏡面仕上げのファンネルで、おそらくキャブの中もツルツルだろう。
それで5千回転辺りからエアをバカみたいに吸い込み、それに合わせてガソリンをブシュブシュ吹き出す。いきなり1気筒に付きキャブが2個に増えたかのようだった。
(V-MAXのVブーストかよ。面白いなぁ)
本当に面白い。コーナーを抜ける度にタイヤが粘つき始める感覚があるんだ。一瞬『アレっ?』となるし、不安にもなる。けれど抵抗は感じないし、そこから幾らバイクを倒し込んでも接地感が消えないんだ。これは『ZZR600』も同じだった。
(タイヤに魔術? それともハブやホイールに?)
どうにも不明だ。だけどサスはノーマルだし、スプリングが変えてあるだけのように感じる。ホイールもブレーキもノーマルだろう。違うとしたらパッドとフルード、そしてステン・メッシュのホースだ。これで格上のリッター・スポーツについて行けるんだから素晴らしい。そしてアオレアールの操縦する『ZZR600』はオレ達4人のもっと前を走っていた。
そしてそのライディングの見事なこと……。ややすり鉢状になった、上りの左コーナーでアオレアールは膝どころか肘まで地面に擦っていた。いや、後輪も前輪もやや滑っている。スライドをコントロールしているんだな。ここは右側通行のアメリカだ。そしてこの道は、転べば右に流れて崖下に真っ逆さまなのだ。なのに砂利もあるこんな普通の道路でサーキット並の走り……。来しなにバックステップが妙に高いなと思ったけれど、これだったんだな。
最初の木陰で休憩を取ったら、例の3人が寄って来た。
「楽しかったよ、ありがとうな」
「ああ。けどな、彼女に言わせてくれ」
うん? どうした? 少し不機嫌そうだ。
「おい、姉ちゃん。危ないって。タイヤの食い付くサーキットじゃないんだぞ。あの倒し方は危険だ」
ああ、そういう事か。そこをアオレアールは素直に謝った。
「ごめんなさい。3人の腕が凄いから負けられないって無茶をしました。運頼みはもう止めます」
「頼むぜ。あんたみたいな美人が怪我したり死んだら、彼氏も悲しむ」
それで3人はオレに拳を打ち付け、『イイ女だな? 無茶させるなよ』なんて言い残してまた走りに行った。
「オレが彼氏?」
「魔法使いを敵にしたくないですよ」
オレ達は笑いあい、休憩後にまた走った。だけど段々とバイクやクルマが増え、とうとうコップ(警察)まで上がって来たんで帰る事にした。帰りは再び『ZZR600』だ。抜けの良さそうな、良い色に焼けたチタンの集合管は、サイレンサー部分がカーボン巻きだ。だけどアオレアールが操っていた時とは明らかに音が違う。それを『知る魔術師』が本気で走ると決めた時に『抜ける』のだろう。こうして街中をゆっくり流せばどこまでも常識的な音だった。
(日本の厳しい車検もすんなりだろうな)
そして『エル』はサーキットでしか本気で走らない。あいつの『YZF-R6(5MT)』と『YZF-R6(2C0)』、それに『CBR600RR(PC37)』の中身がどうなのかは知らないけれど、凄まじい改造がしてあるのかどうなのか?
(腕を磨こうとして走らせるんだから、魔術的な改造はしないか)
そんな風に思った。『YAMAHA R1-Z』も『SR400』も『XJR400R』もナンバーを返し、今は街中だと『Zephyr 750RS』と『TW 225』、そして先日壊した『SEROW 225』の3台体制だ。イリヤと違って『エル』は本来トコトコ走るタイプだ。だからナンバーを返したにせよ『SR』を持っていた訳だし、こうしてアメリカではハーレーとともに今も大切に乗っている。基本はアオレアールと同じで、やはり『ESTRELLA』や『W650』なんかも好きで集めていたと思う。
となると『Zephyr 750RS』に違和感を感じると思うけど、これにも理由があった。ここアメリカでは老後の年金代わりに、ハンドガンやバイクにクルマをコレクションして寝かせる人が結構居るんだ。年老いて仕事をリタイアしたら、大切に保管していたそれらをマニアに売るんだ。下手な投資よりリターンが大きいんだよ。そして『エル』の持つフロリダの別荘は、ノイント老の次男だったブルーノ氏の末娘が夫と建てた家だった。
その末娘(『エル』から見れば姪だけど、年齢差は70歳くらいあちらが上。今はスイスで暮らしていた)から、別荘とともに亡き夫の残したコレクションを『エル』が買い取ったのが、ちょうど4年生頃だったんだ。ハンドガンには60年代末期の61/2インチの銃身が付いた44マグナムがあったし、50年代の仕上げが良い頃のパイソンもあった。クルマは往年のアメ車の中に、2800ccのC130系ローレル2ドア・ハードトップや、S30のゼット・カーが複数台あった。そしてバイクはハーレーやモトグッツィに混じって、『900 Super4(Z1)』の最初期型の『火の玉カラー』が3台に、『タイガーストライプ』の緑と赤の計5台、凹みタンクの白いマッハⅢ(H1、500)が2台にマッハⅣ(H2、750)が1台あったんだ。これらの走行距離がほぼ数マイルで10マイルも走っていない新品のまま時間凍結されていた。そこでこれは儲けに繋がると踏んだというか学習したんだろうな。
なので5年生になると、日、欧、米で日本のバイクを買い漁り始めたんだ。そしてイルマタルという整備士専門のホムンクルスを造った。今はアメリカで千台以上、欧州で五百台からの整備済みバイクを保管している。これらが10年、20年と経てば幾らになるだろう? あいつが日本に時々肩入れするのは、そういうコレクターやマニアの体力を温存したいからだった。経団連に首根っこを掴まれた総理なんて鼻にも掛けない。金もなければ他国のスパイ活動しか行えない大臣や、野党なんてどうでもいいとしか考えていない。あいつの敵は他国生産し薄利多売で従業員の給料を渋るグローバル企業家だった。
当然そいつらも抵抗する姿勢を最初は見せるが、ロシアをIMFの罠から救い、中国を我がモノとし、EUの金融資本家をも動かすチカラがあるので、国連までもが『エル』の思い通りに動くし、アメリカまでもが同調する。そんな相手に最初から適う筈が無いんだ。地球温暖化という嘘も全部証拠立てて真相をバラし、それを逆手に取って金融資本家の背後に巣食う者達を締め上げている。王様までもが『エル』の仲間として動くのは、真の歴史を知り、かつては『ヘビ』の思惑で悩まされた経験があるからだった。
アステカの『ケツァルコアトル』、マヤの『ククルカン』、シュメールの『アヌンナキ』などなどこれらは全部『ヘビ』と関係がある。そして時には有翼のものとして描かれたりする。イシュタルがフクロウとセットなのも翼のあるものに監視されているという意味だ。そしてこれらは、今のように全部『見立て』られている。その見立てが徹底したのがエジプトだった。ゲブ神とヌト神の絵にはホルスの目が『お前達を見ているぞ』とばかりに描かれている。ツタンカーメンの仮面のモチーフはどう考えてもコブラ(ヘビ)だ。そしてそういう『ヘビ』は有翼で描かれたりもする。その先にあるのがドラゴンだ。そうやって人々の信仰を英霊みたいに集めるんだ。つまりアイツラはそういう風に、人々の精神エネルギー(信仰や信心もエネルギーだ)を食って生き永らえているんだな。
また、某有名カフェチェーンのマークである、あの尾が分かれた人魚は人魚じゃない。あれはギリシア神話のラミアーであり、そのラミアーとはゼウスと関係を持ったがためにヘーラーに呪われヘビのような姿になった。つまりゼウスでなく『ヘビ』に股を開いた女という意味なんだ。これはメドゥーサにも言えて、彼女もヘビの化け物にされたのは、ポセイドンでなく『ヘビ』と関係を持ったからだった。このように神話も真実の言い換えだ。女神が嫉妬でそうしたんじゃない。巨人の皮を被ったかした『ヘビ』と交配した結果、そうなったんだ。首を切ればペガサスというのも、出産したら翼を持つ『ヘビ』が産まれたという意味だ。だからエジプトに限らず、男根が象徴的に描かれる壁画などは多い。そんな風に人類は遠い遠い過去から『ヘビ』に睨まれいいように扱われて来たんだよ。
ついでに言うと、桜がメドゥーサを召喚できたのは、そういう支配者から魔改造を受けていたからだったんだ。どこの世界のメドゥーサも桜にだけは本当に優しい。
とまぁ、そんな余談はおいて、そういう理由から『エル』は年齢的に考えれば思い入れも無いだろうに、『900 Super4(Z1)』を好んでいた。『Zephyr 750RS』は言ってみればそれの現代版だったんだ。勿論、『Zephyr 1100RS』も持っているが、そちらを凍結から下ろしたりコレクション用以外で新しく買い直さなかったのは、諸々考えての結果だった。
『カムカバーのサイドが四角いのがダメ。それとプラグが8本も必要なところと無駄に重いところも』
まぁ、身長153cmの女の子だしな。リッターオーバーは無理がある。それに日本育ちと言っても気質は欧州人のそれだから、中間排気量に違和感を持たない。あいつにとっての中型は、350ccから650ccくらいになる。大型は750ccから上だ。ちなみにこれは、特定の年齢以上の日本人が持つ『ナナハン』信仰とは意味が違う。これはノイントの祖父さんが持っている『MV Agusta 750SS』や『MV Agusta 750S』に憧れていたからだ(あいつも今は持っている)。また、本人は大型は無理がある(道路事情と本人の体格から)と考えていた。だから750ccは大型でも中型に近い最小排気量だし、2バルブだと馬力も知れていると考えていたからこその『Zephyr 750RS』だったんだ。
今でこそアメリカ人にもスーパースポーツは認知されているけれど、やはり彼らの考えるバイクのカタチはハーレーのようなクルーザーであり、速さを求めるなら瞬間的加速力重視のドラッガーだった。これは国土が広過ぎるのとエンターテイメントの考え方からだ。事実、アメリカのライダー人口は思ったよりも少ない。余程の剛の者でもない限り、バイク移動は隣の州くらいまでだ。そして競馬と同じくダートの国で、観客がコースを一望できるオーバル・コースの国でもある。だからレーサーのレプリカでもあるスーパースポーツが認知された事ですら奇跡に近い。そういう特殊な国なんだ。
一方、きちんと設計されたサーキットで競う文化が根付いている点が欧州の特徴だけれど、それはラリーの根っこにもある『戦場へ馳せ参じる』という文化が身に染みているからだった。だから欧州のライダーは『スーパーへ馳せ参じ』、『デートに馳せ参じ』、『職場に馳せ参じ』るために、まるで馬のようにバイクを選ぶ。彼らは日常の道具としてバイクを選ぶんだ。だから自分の体力や腕を考慮して、その時の自分に合ったバイクを選んでいる。
そんなだから『Suzuki GS500』や『Kawasaki Ninja 500R』、『Honda CB600F HORNET』に『Suzuki SV650』、『Yamaha FZS600 FAZER』に『Yamaha XJ600S Diversion』などなどが微妙な改良とともに名を変え品を変えて今も延々と売られ続けている。そしてこれらのどれもが、日本では知られて居なくとも、乗りやすい名機でありロングセラーだった。ホーネットなんてアップマフラーのあれしか知らなければ、現行の欧州版を見ると驚くだろう。もはやネイキッドという概念はストリート・ファイターに侵食され、日本的なネイキッドはガラパゴス化し人気はない。
欧州人はそういう考えだから『Honda CB1300 SUPER FOUR』も初代は輸出されなかったし、『Zephyr 1100』もウケなかったし、『Zephyr 750』なんて見向きもされなかった。けれど『ZR-7』や『ZR-7S』は欧州人向けなデザインを身に纏った事で注目を浴び、その旧態依然の空冷が『自分でも直せる』と逆にウケて結構ヒットしていたんだ。
ちなみにこの『Zephyr 750RS』の発売年が1996年であり、『エル』はその初年度のものに乗っている。つまり9歳頃に買って、免許を取ったらこれに乗ると時間凍結していたんだ(登録初年度は2001年。マアエモ名義だ。それを自宅ビルの地下ガレージでコツコツと仕上げ、大型免許取得と同時に名義変更した)。後日、スーパースポーツばかり乗っている姉のアルトリアまでが『ZR-7』を買った。それは『Zephyr 750』も『ZR-7』も同じエンジンだと知っていたからだった。以前は並行世界用(出張用)と割り切っていたが、子供も居る今はそのバイクを通勤用にしている。だけどフロリダの別荘にはドラッガーの『Honda X4』を置いていて、それにばかり乗っている。やっぱりアメリカだとドラッガーが合うようだ。『エル』が『Harley Davidson Sportster 883 Hugger(2003/Evolution)』をドラッガー風にして乗っているのもそちらが合うからだ。ただし、あのバカは遠出しない限りノーヘルだ。それに対してオレもジイさんも叱れないし注意もできない。それには理由があって、保険料が高くなるけど(あいつは自分で払っている)、フロリダ州は『熱中症を起こす場合があるのでヘルメットの着用は自由』なんて面白い法律があるからなんだよ。その法があるんで、頭ごなしに叱るとオレやジイさんが逮捕されちまう。それがアメリカだ。それにここカルフォルニア州では、きちんと被っているしな。
それとあいつ、オジさんホイホイな『Honda CB400F(DREAM CB400FOUR)』も、408ccのなら欧米版のをかなりの数保管している(多いのは北米版だろう)。だから『遅い上にブレーキが効かない、実馬力で20psちょいしかない』と言い切れるんだ。それは持っていて、きちんとレストアしてシャシダイで測っているからなんだよ(80年代の生まれだから思い入れなんて無い。なので音と見た目だけのクソバイクとまで言う)。だから穂群原の学生だった頃、ツーリングには『XJR400R』であり、好きなのは『ZRX400Ⅱ』だと言ったんだ(『ZRX400Ⅱ』はシャシダイで48~49ps、キャブを変えれば50ps以上確実に出るそうだ)。この他、オーバー400なら『CBX550F』なんかもあったと思うけど、『Z550FX』や『Zephyr 550』の方があいつ的には良いバイクなのだそうだ。
あいつは今『ZRX600Ⅱ』か『ZRX750Ⅱ』が売られているのであれば、必ずそれに乗ると話している。けれどそれは日本国内限定での話で、やはりアメリカでは『Sportster 883 Hugger』であり、今回ハンティントン・ビーチに乗って来ている『SR500改』なのだそうだ。では欧州に行った時はどうなんだとなる。それがこれがまた妙なんだ。今まではライセンスが『A2』だったので、『Yamaha SZR 660』なんて珍しいシングルに乗っていた(出力35kw以下という条件にピタリと嵌る)。『A1』ライセンスの頃は『Yamaha DT125(馬力のあるイタリアもの。当然違反だ)』か『Yamaha TW125』だった。この2台は手放さず今も乗っているな。それで晴れて掴んだ『A』ライセンスで何を手に入れたかと言うと、それが3台ある『Yamaha FZ6(Spec2/FZ6 Fazer S2)』の内の1台だった。後の2台はミトとパミのもので、3人はお揃いのバイクを持っていたのだった。
フレームからエンジンまで真っ黒なそのバイクは、ハーフカウルも下側のフォークも真っ黒で、シートの前側やブレーキキャリパー(マスターからブレンボに換えてある)、ほとんど見えないリアサスのスプリング、ステンメッシュのボルトやクランクケースのボルトだけが、『エル』のは赤く、パミは青く、ミトはゴールドだった。シルバー部分はエキパイとステップくらいで、トータルで見ると、とてもセンスが良かった。どうも倫敦に行ったエルヴァが穂群原時代に通学で使っていた自転車に『エル』は倣ったらしい。
そしてパミやミトも『エル』と同じく、バイクやクルマ、ライフルなどが好きで数多く所有していた。これらは本人が好きなのもあるが、ノイント老の教えでもあった。つまり『人としての穴』だ。信長のような人より、秀吉のような人の方が人は集まる。ご機嫌伺いにライフルや、エキゾチック・カーを贈れば上手く収まるという流れを意図的に作ったんだ(アイリさん1人が得をする)。
だから『エル』は、何だかんだと恩着せがましい素振りと懐の深さを、4番目のアーチャーに見せ付けるかのようにして、自身のセイバーにランボルギーニ・ガヤルドを贈ったんだ。
そもそもあいつの『普段乗りのクルマ』は、ベンツェの『R171 SLK350』左ハンドル6MTと、カスタムペイントされた日野デュトロ・ルートバン(スタンダード、4899ccディーゼル、5MT)だ。このルートバンにバイクを積んでサーキットに行ったりするんだが、食材の買い出しにも使っている。こんな4tトラックなみのバンで買い物に行くなよと思うが、ペイントがオシャレなんで結構サマになっていた。以前は青地に黒い地が斜めに入り、そこに白抜きで『ELF』だったけど、今は青地が濃淡のあるラップ塗装になっていて、黒地が銀メッキに変わり、そこに黒い影を落とした赤い文字で『E.V.E』と自分の頭文字を入れている。書体のデザインはオリジナルで、このロゴの入ったTシャツやパーカーを持っているから驚かされる。
こんな風に拘るポイントが人とはズレているから、あいつをクルマで釣るのは難しい。もしかしたら、『STi』の限定物のインプレッサやレガシイ、或いはやはり限定物のロードスターだったら可能性はあるかな? だけど、そういうモノがあるなんてお偉いさん方は知らないんだ。いや、そういうものを世俗的として知ろうともしないし、理解できないんだな。耳に挟んだ高そうなものを贈れば良いと思っている。こんなだから『エル』に、ビジネスでも魔術でも勝てないんだよ。神秘なんて事細かなものは、どうでもいいところに拘るタイプにしか追求できないものなんだ。それは刃物にも言える事だと思う。
『体は剣でできている』
恥ずかしくないのか? マジでアーチャーに聞いたからな、オレ。
『バカだろ、お前? 身体は何を食って来たかと、どう鍛えてきたかで決まるんだ。激安の添加物たっぷりな食材ばかり使った料理でチャクラが開けるものか。だからお前の投影した剣は、悉くオレの投影品に叩き折られるんだ』
これも本当の話だ。死徒が創る固有結界以外の固有結界なんて幻想にしか過ぎない。無限の剣を叩きつける前に、そこから脱走できる奴がこの世には居るんだ。宝具に取り込んでいたから、偶然にも魔力を帯びてしまった核兵器……あれはリンとのお別れを本気で覚悟したよ……。
『シロウさん、ホンダが壊れ難いのは、マージン(ロス)とクリアランスが広いからですよ。レーシング・マシーンなら本気を出しても、コンシュマーには敢えて手を抜く。クルマのタイプRくらい頑張れよと思いますが、企業ですから販売価格もあるのでしょうね。そこへいくと、カワサキはマージンを削ってバイクを作ります。オイル交換毎に、オイルフィルターとヘッドガスケットを交換して当たり前という作りですからね』
中学生になったらこんな事を平気で言うようになった。一見嘘っぽいけど本当の部分もある。カワサキの旧車にオイル滲みが多いのもそういうところにあった。クリアランスが狭いので内圧が高く、エンジンが壊れる前にガスケットで逃すらしい。そういうのを知っているから、『エル』は凄いんだ。それであいつの『Zephyr 750RS』はエンジンがピカピカだ。多分、素は96年のD1だと思うんだが、エンジン表面がバフ仕上げじゃなく、フィンの中までメッキだからなぁ。それらの外装をオリジナルは使わず、補修用のパーツを揃えて再メッキしたり塗装したりしてある(最近はクランクカバーのメッキが焼けて、色が変わりつつあった。相変わらずのチタンの集合管の焼けの方が凄いけど)。サスはリアがオーリンズで、フロントは一見ノーマルだけどスプリングは換えてある。細々したところも換わっていると思うけど、良くわからない。
そしてそのチタンの集合管は、街中ではやたら静かで、ボボボボと聞こえるだけだった。ただし……『危険な』割り込みをして来たり、接触するほどの幅寄せをするクルマのドライバーには、サイレンサー前の音を耳の奥にある槌骨や砧骨殻へ直接跳ばして震わせる。そうして三半規管の機能障害を引き起こさせるんだ。そうなると3日から7日は音が聞こえなくなるから困るだろうな。
相手のドライバーに完全な呪いだけのガンドを中てたり、魔術でパンクばかりさせるから、事故の元だろって叱ったんだ。するとそういう事をするようになった。これも止めたいんだけど、最後はジイさんが出て来るんで困っている。『君の正義はそんなものか』って。確かに人として許せない、社会的に見逃せない悪党は居る。だからって『法律』を無視して『裁いて』良いものではない。正直に言うとオレも『悪党を裁いて』いたし、仕方なく殺してしまった場合もある。なので人を嗜める資格なんてない。けれど年若い女の子にそういう事をして欲しくないんだ。例え『不殺』を誓っていたとしても。とは言え、『自分の事を棚に上げたエゴだよ、それは』、なんてジイさんに言われるとなぁ……。
でもなジイさん、日本の高速道路でだ、煽ってくる相手に銃を突き付けたり、道路を塞いで降りて来た相手を撥ねたり、その相手のクルマとサンドイッチして良いものではないぞ?
『エル』やイリヤの父親のジイさんは、アーサー王から直々に貴族に叙されている。なので己の信念を曲げないし折れないし、下げる事もない。乱暴な運転をする奴が窓から片腕なんて出していたら、顔色も変えず平気でその腕目がけてクルマをぶつける。アサシンがビデオカメラを回して、『お静かに、撮影です』という看板を持てば、誰も通報しない。大衆の眼前で引き金を引いても、『音はショボイけど血糊がリアルだなぁ』『いや、仕込みってわかるよ。後でCG加工するのかな?』『じゃ、銃の音声も加工しなきゃな』なんて話し始めている。悲しいかな、日本はそういう『ヌルい』国だ。
おまけにそういう相手は決まって暴力団の名前なんか出してくるもんだ。ジイさんの冷静沈着さにビビって薄い繋がりを口走るんだろうな。ハッタリなら良いんだけど、もし本当に繋がりがあるとジイさんが動く前に娘が付けたアサシンが自己判断で動く。これはジイさんに最後の線を越えさせる前に止めたいからでもあるんだけど、アサシンのリーダー格がその裁量を任されているからでもある。彼がこれは『非道』であると判定したら、もう最悪だ。まずクルマは奪われ(高級車なら秘密のヤード(解体場)に持っていかれ解体後に輸出。改造車ならパーツごとに分解され転売だ。これと併せて外国人窃盗団のヤード襲撃や、暴走族からのバイク強奪はアサシン達の良い小遣い稼ぎとなっていた)、イキがっていた奴はどこかに連れて行かれちまう。そして出された名の暴力団は調べ上げられ、後日関係があったと判明すれば、兄貴格を拉致してチンピラの罪を暴露。その場で縁を切るなら良し、万一庇おうものなら暗殺教団に伝わる拷問が待っている。
例え最初からそういう筋の人であっても、英霊から見れば相手は一般人だ。ましてこちらはアサシン。組長も組員も寝てる間に顔中落書きされて、女物の下着姿を撮影されるんだ。そしてそれをネットの消えない海へ大量に流される。殺しはしないけど、そういう最悪な方法で潰しに掛かるんだ。
聞いた話じゃ、ミトなんてもっと酷いという。運送部門の訓示で、『前でいきなり急ブレーキを掛けて、煽ってくるクルマは追突して構いません。殺さない程度に弾き飛ばしなさい。クルマなんて安いものです。荷崩れを起こしたとして、裁判で相手を借金漬けにしますから』なんて事を話すそうだ。積み荷の食料品は、いつの間にか伝票上は精密機械や美術品に化けている。凄腕の弁護団を持つ企業は怖いよな?
こんなのが万事で、もうあっちの世界じゃ『エル』達の独裁と言っても良いくらいだった。後に『エル』達の子孫は、誰が言い出したのか『西欧財閥』と呼ばれる事になる。でも人々は幸福に暮らし、以前より自由があると来た。そしてだ。実は欧州ではクルマでのそういう酷い話はあまりないんだ。むしろ主要先進国の中で、1番交通マナーが悪いのが今の日本なんだよ。残念な事に。これは先の見えない長い不況と、高い税金に問題がある。衣食足りて礼節を知るだよ。懐が寒いと心がささくれるものなんだ。悲しいよな。
まぁそんな蛇足はともかく、あいつは基本安全運転で、誰も来ない山の道路以外の街中では絶対に飛ばさないし、すり抜けもしない。それがクルマであろうとバイクであろうとだ。何より躾の行き届いたお嬢さんであり(アイリさんじゃなく、マアエモやルオンの教えだ)、困っている人を見掛けたら必ず声を掛ける優しい女の子でもある。オーストラリアやアメリカで、危険な広い道路で立ち往生している小動物を見掛けたら、必ず行きたい方向の道路外へ連れて行くし、落下物があれば道路外に運び、給油口が開いていたらドライバーに知らせたりしている(あっちじゃセルフが多いから、閉め忘れる人が時々いる)。特にこれはオーストラリアでだけれど、あいつは宝具の中にいつも予備のガソリンを置いている。それをガス欠のクルマやバイクに分け与えるんだ。何故ならオーストラリアの郊外だと、ガス欠は生命に関わるからだ。またそれは、あいつ自身が『あの1年間』、ガソリンが無くて困っていた経験があったからだ。だからオレはその分、ミトやパミを含めた3人に整備をしっかり教えた。
バトルの場合……そもそも公道でそういう事をするなって話だけれど、『決闘は受けて立て』と教えられて育っているから、取り敢えずそこはおいてだ。アイツはアサシン達にその道路へ一般車両の進入がないか毎回監視させている。それに周りを見(感じ)ているから、高速やバイパスの合流も、工事などの車線減少も至ってスムースだ。それだけにセローの事故が解せなかった。多分、転倒でなく(それもこれまではオフロードだけだった)、事故でバイクを破損したのは初めてだったろう。まぁ、フレームに歪みは無かったそうだから、スイングアームから後ろを交換して直すんだと思う。
そもそもあいつはあの歳で、クルマでもバイクでも渋滞吸収走行ができる。これは物流に係る仕事をしているからだ。またオーナーとして、自社のトラック運転手に徹底して周知させている。何故なら、そうする方が目的地に早く着き、仕事がスムースに終わるからだ。ちなみに渋滞は合流地点だけでなく(ボトルネック渋滞)、下り坂から上り坂にさしかかる凹部(サグ部という)でも起こりやすい(サグ渋滞)。そういう部分で自社トラックに隊列を組ませ車間を一定に保ち、後続車にブレーキを踏ませないようにするのだ。またこの事から、エンジン・ブレーキを強く使えない、オートマが多い日本やアメリカほど渋滞が多発しやすいとも言えた。
そろそろハンティントン・ビーチというところで、前を走るアオレアールが合図を出してきた。カフェに入らないかという意味だ。だからこちらも合図を出して、とある店の駐車スペースにバイクを止めた。
「『エル』さん、良いんですか? こんなに買って頂いて?」
「どうぞ。あなたの祖父や祖母には、幼少の頃からお世話になっていますし、何より『未来の魔法使いが、安定した未来の記憶を持ってこちらの世界を観測してくれた』事が、最大の喜びです。これくらい安いものですよ」
こうして知り合った『エル』さんは、お婆ちゃんが言うような『化け物』ではないと思った。お金持ちだけど常識的だし、困っている人を見掛ければ必ず『助けが必要ですか?』と聞いたりしている。それでお買い物中も何人かのお年寄りを手助けしたり、落とし物を拾って落とした人の元へ走って追い掛けたりしていた。
プラハで会った凛さんやルヴィアさん(どちらもお婆(祖母)ちゃんと言っちゃうとマズい)も、並行世界の孫と知って驚いていた。ただ、未来は変化するから私が存在しない世界もあるだろう。少なからずこの世界で私は生まれない。それはルヴィアさんの旦那様が、これまた異なる世界のお爺ちゃんだったからだ。そしてこの世界のお爺ちゃんは桜さんと婚約していた。そういう複雑な世界なので『私が観測した』という事実が『エル』さんにはたまらなく嬉しかったようだ。
『エル』さんは、ルヴィアさん曰く『倫敦にいらっしゃるエルヴァさんと同じく、ためになる人ですわよ』となり、凛さん曰く『自分の狭さを気付かせてくれる人ね』だった。私もそう思った。だけどこれが『エル』さんの世界のルヴィアさんだと『魔法使いだからといって、あの方を自分の範疇に入る人だと侮ってはいけませんわよ?』となり、凜さんだと『ルヴィアの言う通りで、先輩は魔法のその先を発見する方だと思いますよ』だった。魔法のその先って何だろう?
そんな『エル』さんはとても面白いクルマで私をサンタモニカまで連れて来てくれていた。
「これって、どういうクルマですか?」
「ん? 『Saab』の『9-2X』ですよ。京さんは知らないかな。日本のスバル・インプレッサ・スポーツワゴンのバッジ・エンジニアリングですね。これは『AERO』という2.5リッターモデルのターボ版です」
それが行きのクルマだったのだ。ある程度荷物が積めるようにと考えての事だと言う。だけど帰りは私の荷物サイズを見て、駐車場で結界を張り、クルマを入れ替えたのだ。この一瞬の早業と、仰天するしか無い宝具の凄まじさ。
「こ、これは?」
「スバルのバハです。カリフォルニアではこちらですね」
4人乗りのピックアップ・トラックで、やはり2.5リッターのターボ・モデルだそうだ。そして荷物は本当に後席で十分だった。帰りのクルマの中で、どちらもフロリダ・ナンバーだと教えてくれた。
「あ、後ろ……」
「はい?」
振り向くと後ろのクルマが少し危険なくらい近づいていた。煽っているんじゃなくてフラフラしている。
「この世界は麻薬が消えたから。きっと飲酒運転ですね。危ないなぁ」
そう『エル』さんが言った途端、後ろのクルマは脇に寄り、クルマからドライバーが誰かに放り出された。
「そこで酔いを醒ましなさいな」
『エル』さんはそのまま前を見て運転を続けた。
「だ、誰ですか? 姿が見えなかったけれど」
「私のアサシンですよ。バイクで事故って以来、煩くて。私の宝具の中で数名待機してくれているんですよ」
「え~、置いてきちゃうんじゃ?」
「フフ……もうとっくに戻っていますよ」
霊体化して待機している英霊を、宝具で別の場所に送り出すという。それもアオレアールさんも同じ事ができるそうで、あの人も何人かアメリカに連れて来ているそうだ。そして次に『エル』さんがアサシンを出したのは、段差を越えられず困っていた車椅子の人を発見したときだった。2人のアラブ系の人がお手伝いをしていた。それを見てホッコリした。と同時に、『底の知れない人だな』と思った。けれども、もっとお話したいと思ったので、たたたま目に入ったカフェに入って貰った。せめてここでのお代金くらいは持ちたいというのもあったんだけれど。
駐車スペースでクルマを止めようとした『エル』さんが驚いていた。
「どうしました?」
「いえ、あの2台のバイク……」
お店の中に入るとお爺ちゃんとアオレアールさんだった。私はこの偶然が面白かったんだけど、『エル』さんは少し不思議そうな顔をしていた。
「シロウさんって、そんなにライディングが上手でした?」
「はぁ? どういう意味だ?」
「いえ、タイヤのサイドまできっちり使っていたから」
「ああ、それな。悪いけどアオレアールと代わったんだ」
アオレアールさんが『エル』さんに向かって、顔の前で手を合わせてお詫びのポーズを取った。
「なるほど。それなら構いませんよ」
そこから和やかな会話が始まり、お店を出た時はすっかり夕方だった。思った以上に長居をしてしまったのは、不思議なお話があったからだった。
『エル』さんは実のところ、現在表の仕事はしておらず、無職の家事手伝いだった。ただ裏の仕事である霊脈調整などは、年に数回しているそうだけど。
「大学は?」
「トリンキンという子が現在ハイデルベルグの学生で、エッペンハイムの家に居候しています。それでこれは好機と交渉して、彼女の学んだ知識をミトやパミに流して貰っています。私は更にそこからの知識を。まぁ、トリンキンも卒業後は私達の会社ですから」
何だそれ?
「京、その辺は後で詳しく教えてやるよ。ともあれこいつは、この歳で自分が動かなくとも金が入るビジネスモデルとシステムを作っちまったんだ。そうなって初めて、人類をどう救うのかを考える『余裕』を持てたんだ」
ああ……。そこからだものね。