※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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42、Memories of Miyako 11

 電話を切ってからのお爺ちゃんは、テレビの報道を食い入るように見詰めていた。そこで森の火災に一切触れられていない事に気付いた。

 

『そっか、あそこは秘匿されているからか……』

 

 だけどその分、新都の再開発地区の火災は大々的に報じられていた。ただ規模が大き過ぎて、被災者の人数などは曖昧だった。再開発中だから工事中でもあるので、夜は人が居ないだろうという希望的観測を述べる程度だった。

 そこへ湯上がり姿のお婆ちゃんと桜さんが、お風呂から戻って来た。

 

『士郎、お先~』

『先パイ、お先でした』

 

 お爺ちゃんは顔が真っ赤だった。

 

『挨拶は良いから、パジャマくらい着て来い!』

 

 何と姉妹は上がキャミで下はパンティ1枚だったのだ。眠るための下着だから、キャミの下にブラはない。だから乳首が透けていた。16~7歳の同年輩の女の子が自分の家に居て、あられもない姿で同じ空間にいる。これは凄まじいアピールだ。健康な男の子なら堪らない。

 お爺ちゃんは右目の焦点を桜さんの胸にロックし、左目はお婆ちゃんの顔と全体的なフォルムとを、引いたりアップにしたりズーミングを繰り返していた。なんて器用な目だろう。

 

 実はお婆ちゃん、お風呂場で桜さんに宣戦布告していた。それは『お爺ちゃんを愛し護って行こう』と決めても、『フェア(公平)』でありたいと考えた結果の行動だった。2人して湯船に浸かっているところを、いきなり立ち上がって、桜さんをズビシッと指差して宣言したのだ。肩まで湯船に浸かっていた桜さんの目の前には、当然お婆ちゃんのあそこだ。

 

(姉さんはやっぱり姉さんなのね。私と同じで毛が薄い……クリが丸見え。でも、結構大きいなぁ。性に絡む魔術の修行も自分だけだったから……。こうなって来ると間桐の事も五十歩百歩なのかしら……?)

 

 桜さんが考えていた事が視えたのでなく、これはお婆ちゃんが後に桜さんから聞いた話を元にして、私へフィードバックしたものだろう。冬木は日本の一地方都市だけど、他家の魔術を詮索しない暗黙のルールだけは、お爺ちゃんでも知っていたくらいしっかり浸透している。そうなると桜さんもそうだけれど、この頃のお婆ちゃんも知識が偏っていたのは間違いない。

 私はママからたくさんのものを貰ったけれど、芯にある魔術は遠坂でなくエーデルフェルトのそれだし、師匠は今の頭首でなくお祖母ちゃんだった。お祖母ちゃんが私を『魔法に至った遠坂のお婆ちゃん』にも『娘さんである現頭首(私から見ると伯母になる)』にも預けなかったのは一族の手前と言うより、先に私へエーデルフェルト外の魔術師が持つ常識と、世間一般の常識を学ばせるためだったんだと気付けた。

 

『桜、私は衛宮君が好き。だから必ず彼をモノにするわ』

『姉さん……!』

『だけど、妹のあなたに対しても、いいえ、妹だからこそフェアでありたい。だから勝負よ。士郎が桜を選んだなら、私は潔く身を引いて桜を応援する。けれど士郎が私を選んだのなら、桜も諦めて。だからね?』

 

 それでこの夜からアピール合戦が始まったのだ。でもお爺ちゃんの本心は結構桜さんに厳しかった。そもそもお爺ちゃんはこの聖杯戦争で知り得た情報から、桜さんの事を憂う気持ちも少しはあるけれど(身体に巣食った使い魔を駆除するくらいには)、間桐のスパイだと完全に認識していた。何より料理を教えているのも、桜さんのお兄さんである慎二というクラスメイトに再三頼まれたからであって、『根暗で不器用そうだ。こういうダウナーな子は苦手だ』と当初は断っていたのだ。そして仕方なく教えるようになってからも『もう少し明るく話せないのか? こっちまで気が滅入る』と、お料理教室をいつ辞めようかと考えていた。

 一方、ガクエンでのお婆ちゃんは1年生の春から、常に華やかで人々の耳目を独り集める存在だった。だから『高嶺の花だとわかっていても、やっぱり遠坂は良いよなぁ』と、実はお爺ちゃんも口で言う以上にお婆ちゃんが好きだったのだ。更に言うとお爺ちゃんの異性に対する好みは、スレンダーで全体的なバランスの取れた人だった。これは無駄な贅肉がなく、運動をきちんとしている人という意味になる。つまり自分を律する事ができる人という事だ。

 しかもお婆ちゃんは独り住まいなのに自分を律している。これが同じ独り住まいなお爺ちゃんの励みだった。そんなお手本にもしている憧れの女の子が同じ屋根の下でアピールしてくるのだ。姉妹と聞いて『胸の大きさ』と言ったのも、『大きな胸』が好きなのでなく、『巨乳=頭悪そう』と無意識に思い込んでいたからで、『あの(自分をきちんと管理できる)遠坂の妹が(巨乳の)桜ぁ……?』と、悪い方の方程式が頭の中にあったからだった。

 お爺ちゃんが『巨乳でも理知的な人は居る』と認識を改めたのは、エーデルフェルトのお祖母ちゃんに出逢って友人となってからだと思う。というのはお祖母ちゃんなら『容姿と知性と道徳心は別物』とハッキリ言うからだ。また、孫の私も結構胸が大きい。だけど久々に再会したお爺ちゃんに『大きくなった』と言われても、胸をどうこう言われていない(言わないだろうけど)。

 だから結論から言えば、桜さんには最初から勝ち目はない。けれど『これを機に自分を変えよう』と、桜さんが思えた事は大きかった。『きっと、遠坂がそう話したんだな』とお爺ちゃんは気付いていたけれど、そこは声に出さなかった。むしろ出せなかった。それはお風呂上がりの2人から放たれる香りで、血液が一点に集中していたからだ。なのでお爺ちゃんはテレビのチャンネルを切り替えてから、少しおかしな歩き方でお風呂に行っちゃった。

 

 

 

 翌朝の事だ。3人とも起きていたけれど、朝食前に突然来客があったのだ。こんな朝からという疑問と、こんな時期にという疑問から、お爺ちゃんはお婆ちゃんと桜さんを居間に残し(この段階で桜さんを護るべく、お婆ちゃんは刻印を起動していた)、玄関に向かって誰何(すいか)した。

 

『誰だ?』

『坊や、私よ。キャスターです』

『キャスターさん?』

 

 それでお爺ちゃんは扉を開いてキャスターを招き入れようとした。だけどそこには誰もおらず……。

 

『ここよ、坊や。もっと下』

『下ぁ?』

 

 それで目線を下げると、8~9歳くらい? のキャスターが、例のフード姿で立っていた。

 

『な!?』

『事情は説明するから、驚いていないで、早く入れて頂戴』

『あ、ああ……』

 

 居間では同じような事が繰り返され、フードを下ろしたキャスターは呆れていた。ピコピコ動く耳も可愛いけれど、この面立ちは思わず抱き締めたくなる可愛らしさだ。なのに知性が半端ない。この人、子供の頃からこんなだったんだろうなぁ。そりゃ王や王妃から愛され、親族からも愛されるはずだ。唯一の難点は、声の可愛らしさとは裏腹に、話し方が大人バージョンそのままのところか……。

 

『もう。お嬢さんでもその程度なの? 自分自身は動けないから影を使った。その際に、無駄な魔力を使わないために身体を小さくした。それだけの事でしょう? 良く見てご覧なさい? 私自身の魂の一部を使ったエーテルよ』

 

 エーテル出力……。お婆ちゃんにも無理だった。けれど『五大属性』以外に『虚』の属性を持つ私にはできた。膨大な魔力を必要とするので、余り使わないけれど。でも、この時のキャスターはそれを使っていた。『虚』と『無』の属性は、その本質が『闇』だ。2系統に分かれたのは、基本的要素は変わりないのにその特質が相反していて、どちらかを操る魔術師は決まってもう片方が使えなかったからだ。勿論、教会が『光』を独占するもっと昔には、両方を『闇』として扱える者も居たという。『風』の属性しか無いはずのキャスター(コルキスのメディア)がその他の属性も使えるのは、本人が告白した通り他の属性を封印していたからだけど、この『虚』に関しては『裏属性』っぽかった。

 その『裏属性』とは、第三者が検知できず本人も自覚していない、もう一つの属性とされている。誰しもにある訳ではなく、あるレベルに達した魔術師がいきなりそれに目覚めるのだ。そしてこれはエーデルフェルト内では認知されているけれど、魔術協会などでは認められていない仮説に過ぎなかった。

 そりゃそうだよね。この『裏属性』まで活性化されるには『奇跡の血』を一族に取り入れる他に方法はない。私の知る限り、それはヘーゲル家と禅城家だ。お祖母ちゃんが選んだ人、つまりエーデルフェルトのお祖父ちゃんは、このヘーゲル家の血筋の人だった。名前はヨハンネス・エーデルフェルト。ヘーゲル家の傍流で、随分昔にエーデルフェルトに取り込まれた家だったのだ。そして禅城家の血を引くのがお婆ちゃんでありママであり、私なのだ。そんな私はヘーゲル家の血も引いているので、お祖母ちゃんはプラハや時計塔に行くなと言っている。『つまらない男にわざわざ出会いにいく必要はない』だって。

 

『キャスターさん、何があった?』

『その切り替えが重要よね。坊や聞いて頂戴。昨夜、柳洞寺にペルセウスが来たの』

『ペルセウス!?』

『ええ。坊やがそちらのお嬢さんから聞いたという、もう1人のライダーね。それでペルセウスはあちらとの契約を切って、私達の元に居ます』

『契約を切った……?』

『私の宝具を当てにして、投降してきたの。どうしても我欲に走る間桐の頭首が許せなかったそうよ』

『一体?』

『坊やは間桐のお嬢さんから頭首の望みを聞いた?』

『これから聞こうかと……』

 

 それでお爺ちゃんは桜さんの方に向いた。だけど桜さんは首を振るばかだった。

 

『話していないのよ。5世代も離れた子孫、しかも養子ともなれば、そう簡単には本心を明かさないものよ』

『じゃ、何を?』

『永遠の命よ。それを聖杯に願おうとしたの』

『何でまた?』

『これがまた、悲しいお話なの……』

 

 そう言ってちびっこキャスターが話してくれた内容は、お爺ちゃんの養父や並行世界のお爺ちゃんの結末を彷彿とさせるものだった。

 

『悪の廃絶……』

『そう。ペルセウスは流れてくるユメで知ったと言うわ。200年前まではその頭首もまだ人間性が残っていた。けれど、追っても追っても聖杯は遠く、やがて手段が目的となって死を恐怖するようになった。それは魔術師として終わったという意味よ。当然考えたわ、どうして後継者を育てなかったのかって。だけど、ペルセウスのお話でわかりました。現在の頭首はその身を使い魔で構成しています。つまり人としての部分が残っていない。それだけに劣化が促進された。2~300年前にはあった『人としての心』も失った。だけど彼はそれを知っていた。知っていてもそうせざるを得なかったの』

『それは、どうして……?』

『頭首というか、頭首の父と兄が呪われていたの。頭首の若い頃、留守にしている間に、父と兄が流れの呪術師に何かしたようね。そしてその呪いは強烈なもので、頭首が戻った時は父も兄も、その他の姉弟も、それぞれの妻や子も死に絶えていて、家に一歩足を踏み入れた事で頭首自身も呪われたのよ。だから使い魔に身を食わせ、自身の身体を使い魔に置き換えたのよ』

 

 又聞きの又聞きだけれど、その間桐の頭首のお話はショックだった。這々の体で何とか呪いを食い止めたのだ。なのにそんな状態になってすら、その頭首は『この世から悪を廃絶する事』、つまり『人類の救済』を願ったのだ。それは例え身形が怪しかろうが、一方的に旅の呪術師を殺してしまった父と兄の心に巣食った『悪心』や『邪心』を憎んだからだった。

 

『何ともまた……。それで長い年月で当初の目的が、生きる事だけに?』

『そうなの。私もそのお話を聞いて、いたたまれなかったわ』

 

 時間が足りない、今の寿命では生きている間に『この世から悪を廃絶する事』など実現不可能だと考えた結果なのだった。そしてアーチャーは騙され(無知から)時の牢獄に自分で入った。だからこそ、自ら時の牢獄を望む頭首を憂いた。

 

『それで残ったそうなの。ペルセウスも何度か説得したようだけど……』

『まぁ、オレとの決戦を望めばそうなると思います』

 

 ここで桜さんが声を出した。

 

『先パイ、お祖父様を止めてあげて。殺してあげて下さい』

 

 お爺ちゃんは暫く目を瞑り、次に『わかった』と頷いた。もうそれしか救いようがない。それは誰が考えてもそうなるだろう。

 

『テロに関して何か情報はありますか?』

『あるわ。やったのは前回のアーチャーよ』

『アーチャー? 前回の……?』

『そう。あなたのセイバーも私のセイバーも知っていた。大聖杯から召喚された名を読み取ったわ』

『何者です?』

『ウルクのギルガメッシュ。マスターは言峰綺礼』

『やっぱり、サーヴァントを隠し持っていたか……。その神父がずっとマスター?』

『良い勘しているわ、坊や』

 

 そうしてミニマムなキャスターがお婆ちゃんを手招いた。

 

『召喚者は遠坂時臣……』

 

 お婆ちゃんの目がカッと開いた。

 

『つまりはそういう事よ、お嬢さん。あなたの父親を殺して奪ったのよ』

 

 今度はお婆ちゃんの髪の毛がふわっと浮いた。本気で怒っているのだ。

 

『お嬢さん、落ち着きなさい。続きがあるから話を聞いて』

『何をです?!』

『私を先生と思うのなら、自分の感情を律しなさい』

『あ……』

 

 お婆ちゃんは大人しくなった。

 

『ギルガメッシュは混沌の人だけど、その中には善性しか無いの。言峰と手を組んでいたとしても、それは彼に魔力が必要だからで、おそらくその人身売買や虐待を知って動いた可能性があるのよ』

『じゃ、味方に?』

『まさか、坊や。何千年も昔の人に今の常識や道徳を求めても仕方ないわ。彼の道理や筋に通っているかどうかでしょう?』

『それはそうか……』

『ええ。だから使い魔で視た限り、新都の地下に数千人、アインツベルンの森の地下に3百人近い子供や赤子の遺体があった』

『な!?』

『悍(おぞ)ましいものよ……。その実態を知ると余計にね』

『実態?』

 

 キャスターは凄く嫌そうな顔をしながら話した。

 

『アインツベルンの森の方で視た事だけど、赤子の遺体は脳髄を抜かれていて、ホルスの目にある物質を取り出されていたわ。そこは昔から食べると歳を取らない妙薬になると言われていたのね』

『た、食べるのか?!』

『さぁ、今の時代がどうなのかは知らないけれど、多分、成分を抽出して不老の薬とでも称してお金を持つ人に売るんじゃないの? 遺体の中には今の私くらいの子も大勢居たわ。そういう子は顔が良ければ娼婦として売られ、そうでもない子は内蔵を抜き取られるんでしょうね』

『内蔵を!?』

 

 お爺ちゃんの驚きを他所にお婆ちゃんが言った。

 

『臓器移植ですか?』

『多分ね。しかもこれには教会が噛んでいます。そこで、誰にでも適合できる神秘が使われるのでしょう』

『ああ……』

『それよりもっと歳上……と言っても15にもなっていなさそうな子が、皆んなしてお腹が大きかったわ』

 

 お爺ちゃんが拳を握って怒った。それは暗にそういう成分を抜き出すための赤ん坊を強制的に産ませられているとわかったからだ。でも、お爺ちゃんが発した言葉は違っていた。

 

『キャスターさん……その子達全員がひと思いに?』

『ええ。聖堂教会の見張りらしき者達も全員。それがギルガメシュの慈悲なのでしょう』

 

 そうなると……。

 

『綺礼は教会を裏切った?』

 

 お婆ちゃんだ。

 

『いいえ。ギルガメッシュを生かす道具にされているようよ。監督役は委託令呪というのを持っているみたいなの』

『委託令呪?』

『前回や前々回といった、これまでに使用されなかった余った令呪の事らしいわ。それが神父の腕にびっしりとあったのだけど、その両腕と足の指先をバッサリ切り落とされていたわ。ギルガメシュはかなり怒っていたようね。けれどいずれは敵になるでしょう。今は様子見でも、その時は……』

 

 そうしてキャスターは、ギルガメッシュ攻略の方法をお爺ちゃんとお婆ちゃんに伝えた。その後キャスターはどこからか踏み台を持って来て、お爺ちゃんの横について料理を一緒に作っていた。

 

『キャスターさん、もしかしてその姿でここに?』

『ええ、2日ほど。その頃に大聖杯の浄化が終わります。それまでの間お料理を教わりたくて』

 

 これに関して、お婆ちゃんは異議を唱えなかった。色々教わる機会と考えたのだ。一方、桜さんは微妙な顔だった。けれど自分ではどうする事もできないと諦めてもいた。

 

『ご本人は?』

『私も本人だけど……? 本体という意味なら、あちらできちんと食事を作ったり家事をしているわよ』

 

 面白い魔術だ。

 

『並列思考? 分割思考?』

 

 居間からお婆ちゃんが尋ねた。

 

『ああ、思考は関係ないのよ。魂の一部を割いたカタチだから。使い方は難しいけれど便利なのよ? あちらの私はここでの経験をモニターしているから、それを自分の経験としてものにできるの』

 

 へぇ~。この『へぇ~』がお婆ちゃんと被った。私と同じように便利だなぁと思ったに違いない。

 

『あ。もしかして二重詠唱や、三重詠唱を?』

 

 これは呪文の事だ。時計塔の法政科にはこの多重詠唱を行う、専門の詠唱団があると聞いた。同じ魔術を大勢で詠唱すれば効力が増すのは想像できると思う。だけどそれぞれが赤の他人なので、掛ける人数分と行かないのが多重詠唱の難点だった。でも分身なら?

 

『良いところに気付きました。そうよ、お嬢さん。多重詠唱の魔術はたいてい使い魔や、捕らえた魔術師を自分の身体に取り込んで行うものなのね。けれどそういうのは気持ち悪いでしょう? その点、こういう分裂の魔術を使えば分身も自分だから』

 

 という事になる。しかもこの人は『コルキスのメディア』。何も同じ呪文を詠唱なんてする必要なんてない。違う呪文を唱えても良いのだ。それにこれと高速詠唱や高速神言を組み合わせると、とんでもない事になる。

 

『スマートですよね?』

『そうよ』

 

 そしてキャスターは朝食後に、お婆ちゃんへの個人授業を居間で始めた。こんな開け放たれた場でと思ったら、一瞬で強固な結界を張ってしまった。さすがだ。

 

『お嬢さん、宝石剣をお出しなさい。今のお嬢さん向けに調整してあげるから』

『今の?』

『ええ、こういう宝具にも匹敵するパーソナルな礼装を、設計図そのままに造ってもね? その設計図を書いた人は誰で、幾つくらいの人だったのか。それで、どういう魔術回路を持っていたのか。こういう部分がマッチしないと動かせないものなのよ』

『それでですか?』

『そう。こればかりはあなたのお父様が生きていたとしても教えられません。それに……』

『それに?』

『始祖は全並行世界に居たと思う?』

 

 この人、本当に並行世界の事を理解している……。

 

『あ。大師父の並行世界存在が居たとしても魔法使いに至れた大師父は1人だけ……』

『そう、1人しかその魔法の根源へ扉が開けないならそうなるわ。それで協会に宝石魔術が残る世界はどのくらいあると思う?』

『ああ! もしかして大師父の本当のお弟子さんも大師父……? 合鍵は自分自身……だから他の魔術師だと壊れてしまう……』

『そういう事よ。この事にどこかのお嬢さんは気付いて、とっくに第二魔法を得ているかも知れない。その事を自覚して、謙虚に受け止めなさい。根源も入り口が一つしか無いわけじゃない。あなたも宇宙の一部なのよ?』

 

 凄いサービスだ。

 

『私の中に……?』

『ええ。だから先日『触れられた』の。あなたは魔法使いになれる。ただそれが幸せな道かどうかは別よ? (だけど異様な魔術を使う坊やは、協会やその他のところからも確実に護れます。一度そう決めたのなら、どこまでもお行きなさい。恋する乙女は強いのよ)』

 

 そんな風にキャスターはその真意を念話で語った。つまりキャスターは、お爺ちゃんに惹かれていくお婆ちゃんを目に掛けていて、お爺ちゃんを護り抜こうと決心したその心を愛でていたんだ。

 

『大丈夫です。魔法も幸せも必ず掴みます。(先生、ありがとうございます。だけどどうしてそこまで肩入れを?)』

『フフフ……頼もしいこと。(可哀想だけれど、あなたの妹は『自分を助けて欲しい』という我欲で動いています。その他者への依存度がある限り、魔術師として大成できないし、恋も実らない。坊やも内心だと『重い子』だと余り興味がないみたい。けれども、坊やのあなたへの憧れや恋心は本物だわ。だからこそ、妹を納得させるカタチで坊やを諦めさせないといけません。そういう人の心を汲み取る行動が、魔法を得て人と乖離した存在になっても、あなたの芯となって残るでしょう。幸せになるためなら、ここを忘れないでね?)』

『(ありがとうございます、先生。『凜』とお呼び下さい)』

『(リンね? (坊やとアーチャーが異なるように並行世界存在でも考え方や行動原理は異なる場合があるわ。いつか別の私に逢ったとしても、あなたに親身になる私かどうかは不明よ。それと同じで、あなたが大師父と呼ぶその人も。またあなたが考えるその人が、最初に至った存在かどうかもまた別の話だわ。ここもよく考えてね?))』

『(はい)』

 

 キャスターはとうとう念話の中に念話を入れてきた。しかも宝石剣を調整する手を休めていない。

 

『さぁ、後少しよ。(この剣は本当のところ、リンにはまだ早いわ。けれど刻印に同調させる事で安定するようにしました。だから必ず左腕で握りなさい。そして、身体の成長が安定する頃に造り直しなさい)』

『(造り直し……ですか?)』

『(誰しもに扱える代物ではないわ。それだけパーソナルなものであり、その時のその人が扱うべき代物でもあるって事。最初は並行世界から魔力を集めるのが精一杯でしょう。けれど慣れれば並行世界を渡れ、次元を越えて異世界にも行けるようになるでしょう)』

 

 第二魔法に至る部分の根源を得るとは、並行世界や平行世界への切符を手に入れる事だけではない。物理的な四次元や五次元を視て理解できるようになるのだ。これが実に大きくて、むしろこれがあるから魔法使いになれるのだとも言えるものだった。もう少し詳しく話すと、今、私達が視ている世界は本来多重次元構造になっている。だけど三次元までしか認識できない私達は、四次元や五次元を認識し、その次元で生きているモノを正しく認識できない。だけど一つでも上の次元のモノからすれば、低い次元で生きる私達は、自由度の低い遠回りな道ばかり選ぶ愚かな生物に見える事だろう。

 この例のように上の次元からの視点、これを得て認識する世界は物理学者や数学者の考えるそれを遥かに超えるリアルだ。その昔、フランスのアンリ・ポアンカレが提唱した、『端が0次元(点)になるものが1次元(線)、端が1次元(線)になるものが2次元(面)、端が2次元(面)になるものが3次元(立体)、端が3次元(立体)になるものが4次元(超立体)である』という定義すら、一側面を言い現しただけに過ぎないのだとわかるだろう。

 そしてもう一つは、何の精神修養を行わずとも、精神的な次元上昇が行える点にあった。それはヒトの理(ことわり)から外れるからだ。人類が想像できない高い視点を得てしまった上に、理(ことわり)からも外れる。それでも人であろうとするなら、お爺ちゃんを信じて愛し続ける心や桜さんを想う心、即ち『愛』しかないのだった。

 これをして陳腐だと思うのなら、それはあなたの(精神的な)次元が低く、観点が画一的だからだ。群盲像を撫でるだ。もっと言えば宇宙は生命の循環を使命としている。そしてエントロピーは常に『生かす』方へと流れている。だから『生きる』とは子孫を残し循環させる事に他ならない。部分的な個々の死は再生への扉だ。私達は宇宙がそう望む限り、永遠に生と死を繰り返すものなのだった。

 

『キャスターさん、ペルセウスって信用できるのか?』

 

 お爺ちゃんからの素朴な疑問だった。

 

『私とバーサーカーは同時代の人だけど、ペルセウスは少し前の世代なのね。もっと言えば、バーサーカーの曽粗父なのよ』

『曽祖父(ひいじい)ちゃん?』

『そう。しかも化け物退治をした、まっとうな正英霊よ。だから身内を蔑ろにしたり、メドゥーサと同時に召喚したりする間桐の頭首が許せずにいたの。今回も私に降ったと言うより、曾孫が護るアインツベルンのあの子を護るためだったのね。そして私もその方が有り難いの。何としてもあの子を運命の軛(くびき)から開放しないとね?』

『そうだよな』

 

 

 

 それから、どの陣営からも目立った動きは全然なかった。だけど事件は予想もしないところで起きていた。その日、ミニ・キャスターが大聖杯の除染が終わったと告げた。なので柳洞寺に皆んなで向かう事になった。時刻は午後の5時。もう暗くなり始めていた。そんな時間だし、ミニ・キャスターも桜さんも居たので歩きだった。いや、歩きだから桜さんも付いてきたのだ。

 

 お寺に着くとイリヤスフィールが起きていた。まだまだ本調子じゃない彼女を支えているのは、お爺ちゃんのセイバーだった。隣にはキャスターのセイバーも居た。だけどペルセウスの姿は見えなかった。

 

『シロウ』

『セイバー……。イリヤも、もう大丈夫なのか?』

『誰がお嬢ちゃんを看ていたと思うの?』

 

 大きな方のキャスターが唇を尖らせた。

 

『フフ……。ちょっと寝すぎちゃったね』

 

 そう言ってくすくす笑うイリヤスフィール。

 

『坊や、約束は果たしたわよ?』

『ああ、ありがとう。本当にありがとう』

 

 お茶を頂き歓談した後、桜さんとミニ・キャスターとクズキ先生を残して一行は山門を出て、鍾乳洞の入り口への路へ向かった。それはお爺ちゃんも知らない、石階段の途中から脇道に入る小路だった。最初はお爺ちゃんがイリヤスフィールを背負っていたけれど、ほとんど獣道と言ってもいい、路とも言えない路に足元が危ないという事でセイバーが交代して背負った。

 

『イリヤ、ゴメンな。落っことしたら大変だから、セイバーに代わって貰うよ』

『うん、良いよ。暗いものね。あ、お兄ちゃん。あれは?』

 

 セイバーの背中から空を指差すイリヤを見て、お爺ちゃんも上空を見あげた。

 

『あれはペルセウスですね』

 

 答えたのはキャスターの方のセイバーだった。ペガサスに跨って空から見張っていたのだ。やがて一行の進む路は崖の上になった。

 

『本当に危ないな。セイバー、頼むぞ』

『お任せ下さい』

 

 先頭を歩くキャスターが、皆んなに注意を促し、崖を進んだ。

 

『え? バーサーカー、どうしたの?』

『どうした、イリヤ?』

 

 バーサーカーは霊体化したままだった。

 

『わからないわ。バーサーカーが……』

 

 そして真後ろを歩くお爺ちゃんの目の前で、イリヤスフィールの頭が破裂した。

 

『な!?』

『え?』

 

 そして遠くに見える尾根にペルセウスのペガサスが光の矢となって突っ込んだ。狙撃だ。それも2~3kmは離れている。

 

『イ、イリヤ!』

『そ、そんな……』

 

 一行は崖の上の細い路を一列になって歩いていた。だから狙われたのは最初からイリヤスフィールの可能性があった。キャスターのセイバーが叫んだ。

 

『狙撃だ! 身体を低くして入り口まで急げ!』

 

 自分のセイバーからの念話を受けたのか、事態を把握したキャスターが空に飛んだ。そしてペルセウスが突っ込んだ方角に向けて何かを詠唱した。尾根が爆発して大きな土砂崩れを起こしていた。

 一行は何とか鍾乳洞に入れた。セイバーはこんな状況でもイリヤスフィールの亡骸を大切に抱えていた。

 

『イ、イリヤッ! イリヤッ! イリヤァア──────!!!』

 

 お爺ちゃんは服が血塗れになるのも構わず、セイバーから頭の失くなったイリヤスフィールを受け取って抱きしめた。

 

『もう少しだったのに……終わったら、一緒に暮らそうって……』

 

 鍾乳洞にお爺ちゃんの慟哭が木霊した。

 

『士郎……』

『シロウ……』

 

 お婆ちゃんもセイバーも、それしか言えなかった。

 

 悲嘆に暮れる皆んなの元にキャスターが戻った。

 

『バーサーカーが消えたわ……』

 

 お爺ちゃんが言った。

 

『そうだ! これで聖杯が! イリヤをそれで!』

『ダメよ、坊や。死んだ人は例え聖杯でも生き返らすのは無理なの』

『そんな、あなたならできるだろう?』

『無理よ、坊や。あなたの父親もそこに騙されていたの。死んだ人を蘇らせるほどの魔力は聖杯にはないの。あるのは癒やしだけなのよ。辛いけれど現実は受け止めましょう?』

 

 それでも何かを言おうとするお爺ちゃんの頬をお婆ちゃんが打った。

 

『士郎! シャンとしなさい! 悲しむなとは言わない。けれど、敵はまだいるのよ!』

 

 それからお爺ちゃんは人目も憚らずに大声で泣いた。5分くらいだろうか? 落ち着きを取り戻すとお爺ちゃんが言った。

 

『……敵が来ないな?』

『私とペルセウスで壊滅させたわ。話したいことがあるから、歩きながら話しましょう』

 

 それでキャスターが指先に火を灯し、鍾乳洞を先導した。

 

『米軍が動いていたみたい』

『まさか?』

『本当よ。米国の首都が壊滅したの。今の大統領も以前の大統領も、その前の大統領も死に、FBIとかCIAとかそういう組織の本部や、軍の本部も壊滅した。犯人は多分、ギルガメッシュよ』

 

 この情報は、上に居るミニ・キャスターがテレビを見て伝えているようだった。

 

『あ、バチカンっていうの? そこも消えた……。行きがけの駄賃というか……英国もかなりの被害が出ているわ』

『空爆でもしたのか?』

『そういう空を飛べる宝具を持っているのでしょうね。それで米国と教会を叩いた。魔力が切れるのも覚悟の上なのだと思うわ』

 

 そこでお婆ちゃんが言った。

 

『もしかして姿を見られていたり……』

『でしょうね。魔術協会はどうするのかしらね』

 

 それでお婆ちゃんは黙ってしまった。こんなの、どう収拾を着けるの……?

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