そんな私の心配を他所に、一行は奥に奥にへと進んだ。イリヤスフィールの亡骸はお爺ちゃんが抱えていた。着ていた上着で失くなった首から上を覆っている。止血はキャスターがとっくに行っていた。やがて大聖杯のある、広くて天井の高い場所に出た。お爺ちゃんとお婆ちゃんは同時に上を見上げた。あの横穴から出た棚の部分を目で追ったのだ。
『坊や、その子をここに横たえて』
『何を?』
『せめて首を繋いであげないと……』
そうしてキャスターはイリヤスフィールの頭をどこかから出した。それでわかった。ライフルの事はあまり知らないけれど、かなり大口径の弾だったようで、それが首を直撃したんだ。だから頭が破裂したんじゃなくて、首が吹き飛んだのだ。
『ああ……イリヤ……』
お爺ちゃんは受け取ったイリヤスフィールの目を閉じさせた。その顔はお爺ちゃんと楽しそうに話していたあの無垢な顔のままだった。
『ジイさん……ごめん……。イリヤ……ごめんよ……。守ってやれなかった……』
これがお爺ちゃんの生涯に渡るトラウマになった。この日以降、災害の中で彷徨う夢を見なくなったという。
『坊や、お嬢ちゃんの頭を体に合わせて置いてあげて』
それで体と向きを揃えて頭をそっと置いた。キャスターが呪文を唱えると首と体が繋がった。
『坊やも皆んなもお別れを言ってあげて。この聖杯の前で燃やしてあげましょう』
お爺ちゃんは縋るようにキャスターを見上げた。
『もう少し……』
『士郎、残念だし悔しいけれどイリヤは死んだの。もう無理なのよ』
それを窘めたのがお婆ちゃんだった。
『見送ってあげましょう』
それからキャスターは一同をイリヤスフィールから距離を取らせ、魔術の炎で焼いた。時間にしたら僅か数分。たったそれだけで骨も残らなかった。私は気付いていなかったけれど、後で聞くと、イリヤスフィールには専属のメイドが2人いて、その人達は森の火災か、イリヤスフィールの死に連動して活動を停止してしまったようだった。
そしてキャスターはセイバーの2人を呼んだ。
『私のセイバーは自分の国を救済したいそうだけど、あなたはどうするの?』
『どういう意味ですか?』
これはお爺ちゃんのセイバー。
『これからこの世界は荒れると思うわ。それでも私は受肉を果たして宗一郎様と生きると決めました。私のセイバーが故国を救済するなら、あなたは今後どうするのという意味です』
これで意味が通じた。この2人のセイバー、座が同一というか、間違いなく同一人物だ。となると、可能かどうかは別として、1人が滅んだ国を救けちゃったら、もう1人はする事が失くなっちゃう。そんな風に思っていたら、キャスターのセイバーがお爺ちゃんのセイバーに言った。
『悪く受け止めないで聞いて下さい。もし残れるなら、あなたは残って、キャスターのように人生を楽しんでみてはいかがです?』
暫く考えていたセイバーだけど、お爺ちゃんとお婆ちゃんがサポートと応援を約束した。なので彼女も残る事になった。
『坊やにリン。今は私が契約していて魔力も送っています。そこでセイバーを返すにあたって提案があるの』
お爺ちゃんとお婆ちゃんがキャスターの方に向いた。
『何ですか?』
『マスターと言うか魔力を送る人はリンにしなさい。大聖杯が失くなれば、普通の魔術師じゃ英霊なんて支えきれないわよ?』
これは納得だ。だってお爺ちゃんの今の魔力量では、絶対に無理だと思えたからだ。またキャスターから、そこで宝石剣が活かせるだろうとのアドヴァイスもあった。なのでキャスターが再び契約を切り、お婆ちゃんが再契約した。これで話が繋がった。というのも子供の頃から『お婆ちゃんは英霊を持っていた』と、ママに聞いていたからだ。
それとお爺ちゃんがすんなりお婆ちゃんにセイバーを譲ったのは、頭の中でイリヤスフィールの事と、今後の事を考えていたからというのもあった。
3人もの大統領の死と、イリヤスフィールの死はおそらく直接的には関係ない。米軍が同盟国に潜り込んでまで、ここまでの行動に出たのは、間違いなく聖杯戦争そのものにある。日本政府を黙らせ、小聖杯を破壊する行動に直接出た。つまり今は清澄にしか感じないこの大聖杯に潜むモノの正体やこれまであった聖杯戦争を米国は確実に掴み、地球規模の災害を齎すモノと断定したという事だ。きっとイリヤの次は自分達の抹殺、もしくは拉致、それとこの大聖杯の破壊にあった筈だ。
と同時にその3人の大統領は、バチカンとともに人身売買に絡んでいた可能性がある。いや、黒幕だったのではないか? そんな事をお爺ちゃんは悲しみの中で考えていた。
(となると、御三家の事が問題になる日も近い。イリヤが居ないならアインツベルンがどうなろうと知ったこっちゃないし、慎二と桜が無事でさえあれば、当事者の1人である間桐の頭首が滅んでも仕方ない。だけど遠坂は孤立無援の独りだ。本人は直接関係ないのに……)
だからセイバーを譲ったのだった。そんな風にお爺ちゃんが考えている内に、キャスターはササッと受肉を果たしてしまった。
『先生? セイバーを前にして言うのもなんですが、セイバーの願いを叶えるにはサーヴァントの数が足りないのでは?』
『いいえ。セイバーは今も生きているから、元々員数外なの』
『生きている?』
『ええ、こちらの子もあの子も生霊なのよ。今まさに死を迎えるその瞬間に世界と契約したの。だから2人は聖杯に吸収されません。倒されても、その止まった最期の時間に戻るだけなのね。だけどバーサーカーがサーヴァント3人分を越える魔力を持っていた。だからこの段階で聖杯を使おうと決めたのよ。それに使っちゃえば外部の誰も、もう手が出せないわ。それが裏目に出ちゃったけれど……』
そう言ってキャスターは、イリヤスフィールが燃え尽きた場所に目線を落とした。
『さぁ、セイバー。祈りなさい。あなたの望みを叶えなさい』
それでキャスターのセイバーが祈った。祈る少女の姿が透けていき、やがて消えた。
『パスも消えたわ』
お婆ちゃんが質問した。
『消えたって……どういう?』
『自分の世界の王を決める場に戻ったの』
『え?』
キャスターは語る。
『最初の望みは王の選定をやり直し、自分以外の誰かが王になって故国を率いる事だったの』
それに異議の声を上げそうになったお爺ちゃんを、キャスターが制して話を続けた。
『坊や、宗一郎様もいらっしゃったのよ? 私と宗一郎様の2人で、その間違いを糺させて頂きました。あの子が戻ったのはそういう事よ? つまり剣を抜く前のあの日に戻り、若き過去の自分を補佐し、王国を護り抜くの』
これにはお爺ちゃんも残ったセイバーも目を丸くした。
『勿論、そのためには世界に同一人物だと思わせない術が必要よ。でもそれは私の方でなんとかしました。『聖杯なんかに頼らず、自らの手でその滅びの運命を消せ』。宗一郎様はセイバーにそう話したの。それでこの方法を考えたのよ。1人で無理なら2人よ。何よりセイバーの経験は必ず新しい王の役に立つ』
お爺ちゃんとセイバーは大きく頷いた。そしてここには後世の歴史が変わるかもという心配はなかった。アーサー王は架空の存在であり、変化があるとしたら物語の記述が少し変わるくらいだった。
それでお爺ちゃんのセイバーも納得してここに残る事を決心できた。だから祈った。
『シロウとリンにより良き未来を』────と。
次にキャスターはお爺ちゃんとお婆ちゃんを促した。
『わ、私達も?』
『大金持ちになりたいでも一生幸せに暮らしたいでも、何でも良いわ。思った以上に魔力が溜まっているの。これはきっと、ギルガメッシュとペルセウスの分だわ』
キャスターの考えだと、やはりギルガメッシュは魔力を使い果たし、燃え尽きているらしかった。また曾孫を失い曾孫の願いを叶えてあげられなかったペルセウスも、他国の軍にその英霊という存在を知らしめてはいけないと自決したらしい。
それでお婆ちゃんは願った、というか誓った。例え魔法使いとなって人の理から外れようとも、お爺ちゃんとともに幸せになると。実にお婆ちゃんらしい。
『次は坊やよ』
『ああ』
お爺ちゃんはキャスターからお婆ちゃんに目線を移した。似たような事を願うのかなと想像した。するとお爺ちゃんの意識が、眩いばかりの真っ白な世界に入った。聖杯とシンクロしたのだ。お婆ちゃんのときには視えなかったのに、お爺ちゃんだと視えたのは、それだけお婆ちゃんが魔術師として完成されているからだろうか?
『シロウ……』
お爺ちゃんの目の前にはイリヤスフィールが立っていた。
『イ、イリヤ……? まて、お前は誰だ?』
『もう。大聖杯に残した歴代アインツベルンの人格の一部よ。基礎的な部分はユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンではあるけれど、私の中にイリヤスフィール・フォン・アインツベルンもアイリスフィール・フォン・アインツベルンも存在します。あなた向けにって工夫したのに』
そう言うやいなや聖杯の乙女はむっちりした大人になった。しかも冠っている冠こそ豪勢だけど、白い衣装は太腿まで出ていて、無駄にエッチだ。真面目に話したいのに、股間の充血は止めようがなかった。
『若いわねぇ?』
そんなエロい人は腰を折って、お爺ちゃんの股間に頭を突き出すようなポーズで、人差し指を自分の顎に当てていた。狙っているんだろうなぁ。そんな風に前屈みになれば自然と胸が重力に引かれ、顎に指を当てると胸を寄せたようになる。しかも冠が落ちないよう顔を少し上げているので、胸の谷間がお爺ちゃんからだとバッチリだ。
『な、な……見えてる、見えてるから!』
『え~。何がぁ~?』
からかっていた。
『ユスティーツァ、茶番はそこまでだ』
お爺ちゃんも私もギョッとした。声のする方を振り向けばアーチャーが立っているのだ。
『なぜ、お前が……? あ! 『そう』祈ったのか?』
『ご明察だ。私のけじめだ。貴様もいつかは私と同じ轍を踏む。そしてその道を後悔するだろう』
『後悔? 後悔しているのか?』
『ああ。ジイさんに救けられたあの日で、私の時間は止まってしまった。否、そこから始まったのだ。そしてただただ、ジイさんのように笑えたならと、そんな美しい顔を自分もできたならと憧れ続けた……。だが、それが間違いの第一歩だった。衛宮士郎、貴様も同じ記憶を持つのなら、必ず後悔する日が来る。なら他者に手を上げる前に、今死んでおけ』
そうして白一色の世界に炎が疾走った。やがて景色が赤茶けた荒野になり、墓標のように無数の剣が大地を覆い、遠くの空には天にも届かんばかりの巨大な歯車が回っていた。固有結界だ!
『世界を回すカムギアトレーン……』
『何だって?』
『あ、違う。お前が歯車の一つって意味か。悲し過ぎないか?』
孫の贔屓目だけど、もうこの時点でお爺ちゃんは勝っていた。実はお爺ちゃん、ガクエンの成績こそ悪いけれど、地頭はお婆ちゃん並に賢い。応用力があり、想像力が高いのはIQが高いからだ。そしてお爺ちゃんはおもむろに手近な剣を引き抜いた。そしてその手に取った剣のある一点を見詰め、そこに指を触れた。するとその剣が砕けた。
『宝具の域にあると思えるのに、この穴……。お前の心に綻びがあるから、投影した剣にも綻びが残るんだ。きっと信じられないような努力をしてそこまでになったんだろう。そこは認めるよ。だけどお前は根本が間違っている』
『何だと!?』
『あのな。あの日の災害で脳味噌が溶けたのか? 『誰かを救けたい』『この世から争いを失くしたい』……どれもこれも我欲なんだよ。我欲だから突き進めたし、間違っていたと後悔すればこうして八つ当たりに来る。世の中のため、世界のためととか、そういう社会や公共の観点が圧倒的に欠落しているんだ。お前はプログラミングされた行動しか取れないロボットなんだよ。ハングリーさも無ければ、成功して家族を養おうという生物として当たり前の事すらわかっていない。そんな玩具がオレに勝てるかよ』
アーチャーの髪が逆立ち、大地の剣が一斉に空中へ飛んだ。そしてそれは全部お爺ちゃんに狙いを定めていた。
『ハァ~……』
お爺ちゃんはヤレヤレという感じで何かを呟いた。呪文だと思う。そしてほとんど聞こえない詠唱の後に、今度はハッキリと声に出した。
『これもジイさんの罪なのかな……? なら、それを糺さないとな』
赤茶けた大地が草原に変わり、黄昏れていた空が青空になった。心が健全なのだ。
『貴様! 何故貴様までが固有結界を使えるッ!』
アーチャーが斬り掛かってきた。お爺ちゃんは咄嗟に包丁を投影した。それも数千本もある。一瞬たじろぐアーチャーに、お爺ちゃんは刀のように長い刃物でその手に持つ2本の湾曲剣を弾いた。
『クッ! 貴様、何故だ?』
『足りければ他所から持って来るもんだ。最終決戦はお前が相手だと考えていたからな。凜から刻印の一部と魔力を予め頂いていたんだ』
『な!?』
ここでアーチャーに隙きができた。だけどお爺ちゃんはそこを突かず、魂を抉る言葉を吐きながら長い包丁でアーチャーの飛ばす無数の剣を弾いた。
『わかったぞ、アーチャー。いや、ロボットだった哀れな衛宮士郎よ。お前、生涯童貞だったろ? ちなみにオレは凜が3人目だ』
弾いた勢いで、アーチャーのもとに駆けるお爺ちゃん。
『な!? 違ッ!? 私はセイバーと!』
既にお爺ちゃんはアーチャーの傍まで来ていた。そして畳み掛けるような攻撃。
『自分のセイバーとヤッたのかよ!? ははぁ~ん。魔力不足で彼女の実力を引き出せなかったんだな? 間違った修行ばっかりやっていたからだ、バカ。普通はこれはオカシイと気付くだろ? そしてジイさんがオレ達を愛し、辛い道を歩んで欲しくなかったと気付くはずだ』
剣戟の合間にアーチャーが問うた。
『き、貴様! 正義の味方に……?』
『そんな『ごっこ遊び』みたいなものに高校生が憧れるかよ! 期間限定って意味を考えろ! 現実を見ろ! オレがなりたいのは料理人だ! 心が傷んだ人々に笑顔と明日への活力を取り戻させる料理を提供できる料理人にオレはなりたいんだよ!』
『何ッ!?』
お爺ちゃんの包丁が、驚愕の顔をしたアーチャーを貫いた。
『私の負けだ……』
『勝ち負けなんてあるか。間違っているから糺した。それだけだ。糺したいからお前の中に刃物を投影しなかった』
『そうか……私は間違っていたか……』
『ああ、勝利の女神はずっと見守ってくれていたんだ』
お祖父ちゃんの目から涙がポロポロと零れているので、アーチャーが驚いた。だけど直ぐに気付いた。消えていく固有結界の外でユスティーツァにアイリスフィール、そしてイリヤスフィールが祈っていた。
『ここでお別れだ。座に戻っても、もう自分殺しは考えるな。けどな……凜は最高だった。今朝までに6回もしたからなぁ。腰がだるいよ』
『死ね! 貴様ッ!』
『好きだったなら、生きている間にお前の遠坂に告白すれば良かっただろうに? お前、本当に心がガキだな』
『煩い!』
そんなやり取りを見て、3人の聖杯の乙女は笑っていた。ちなみにエッチシーンや、告白シーンに桜さんを納得させたシーンはお婆ちゃんがカットしたのだと思う。前にもチラッと言ったと思うが、私はエーデルフェルトのお祖母ちゃんもお爺ちゃんと、身体の関係が数回あったと睨んでいる。心にけじめを着けさせるためだ。だから桜さんとも……。
そこでハッと目が覚めた。カーテンの向こうが明るい。朝だ。聖杯戦争のその後は見るまでもないだろう。ここにこうして私が存在し、世界は至って平和だ。ただ歴史の教科書には、米国が合衆国から共和国となったのが2008年とあり、国連が解体して別の団体ができたのが2010年とある。
エーデルフェルトのお祖母ちゃんは今も魔術協会の理事だし、数十年前までは鉱石科のロードも兼任していた。大わらわだった魔術協会を再生したのは、お祖母ちゃんと曾祖父ちゃんや曾祖母ちゃん、そしてアインツベルンの本家だったのだ。その本家の人達が大聖杯を解体し、この世から聖杯戦争を永久に失くしていた。
『おはよう』
『おはよう、京』
『おはよう。どうだった?』
朝の挨拶を交わすと、もう料理が並んでいる食卓の向こうからお婆ちゃんが尋ねて来た。
『うん、資格だけじゃなく、自分だけの根源を得たと思う』
『そう』
これなのだ。世界の外にある一を得るのでなく、自分の中にある根源の一端に触れ、世界規模の根源に繋がる『裏口』を見付けなければならなかったのだ。この方法だから、どこに行くともなしに生きたまま根源が得られるのだ。
『お婆ちゃん、間桐の頭首は?』
『ん……ああ。そこで夢が終わっちゃったのかぁ。アーチャーよ。アーチャーが臓硯を斃していたの』
ああ、そういう事か。
『じゃ、お婆ちゃんの先生は?』
『夫婦仲睦まじく暮らされて、天寿をまっとうされたわ。ただ、葛木先生の前職を伺って驚いたけどね』
『凜、京には関係ない話だ。教え子の皆んなが慕う立派な先生だったよ』
『そうね。立派な人だった。今の学園は息子さんが校長先生なのよ』
へぇ~。
『それよか、京。得るものを得たなら、早く戻らないと学校だろ?』
『うん。でも……』
『うん? 寂しいのか? オレも婆ちゃんもすっかり老いちまったけど、京が20歳になっても生きてるから安心しろって。午前中は婆ちゃんと荷物を纏めろ。それで午後は爺ちゃんと遊ぼう』
そう言われたので明日の朝に帰る事が決まってしまった。お婆ちゃんに手伝って貰いながら荷物を纏めていると、こんな話をしてくれた。
『妹が死んだ時、ルヴィアがね。私を慰めようと、旅行に誘ってくれたの。なぜだかわかる?』
『仲が良かったから?』
『それもあるけれど、心には心で返すしか方法がないからよ。私もルヴィアも20数歳の頃にね、並行世界に連れて行ってあげたの。場所はチェコのプラハよ』
『プラハ? あっちの協会に?』
『ううん。その世界での妹さんは元気に協会の教室に通っていたからよ。遠くから眺めるしかできなかったけれど、ルヴィア、とっても嬉しそうだった』
『あ。じゃ、お婆ちゃんも?』
『うん。並行世界の妹とは何度も逢っているし、何人かはその運命から救けてあげられた。魔法を得ても人のできる事なんて、限界がある。その人の行動力に縛られ、その人の想像力の範疇からは中々抜け出せないものなの。だからこそ真心が大切のよ』
『先生のお言葉?』
『そう。京……いいえ、ミーナ。あなたもそれを忘れないでね』
ミーナ・エーデルフェルトとして忘れるなという意味だ。
『お婆ちゃん、ありがとう。それでエーデルフェルトのお祖母ちゃんとどこに行ったの?』
『温泉。日本の温泉に2人でのんびりと。お爺ちゃんをほったらかして1週間くらい遊んだわ』
そっか。その頃は時義伯父さん達も大きくなっていたろうしね。
『お婆ちゃん、セイバーは?』
『ああ、桜とお別れした頃か……前っだったか……。多分、そんな時分よ。何度も並行世界を渡った事で、あの子も世の理を悟っちゃったのね。それに私もお爺ちゃんも中年なって、昔のような無理が効かなくなっていた。だから自然とね』
『じゃ、座を?』
『うん、おそらく。死を受け入れるって言っていたから。あの子くらいになると世界が英霊として留め置くわ。だから輪廻にも戻れない。そこも覚悟していたようよ。まぁ、だから契約を解消する事に賛同したんだけれど』
お婆ちゃんは少し寂しそうな、けれど昔を懐かしむような顔をしていた。
『さぁ、片付いた。お爺ちゃんと遊んでおいで』
それで私はお爺ちゃんの待つ、お隣のガレージに行った。すると先客が居た。時嗣伯父さんの次男、衛宮時宗お兄ちゃんだ。現在高校の2年生で私と1番歳の近い従兄妹である。その次に歳が近いのが、北海道に嫁いだ絢芽伯母さんのところの兄妹だ。確か大学生と高3だったと思う。写真でしか知らないし、今まで逢った事もない。時義伯父さんのところの従兄妹と時嗣伯父さんのところの従兄弟は顔も名前も一致するし覚えているけれど、絢芽伯母さんのところは全然だ。
まぁ、それでもエーデルフェルトよりマシだと思う。あちらは血族の一族だけでなく、お祖母ちゃん以前の代の再従兄弟や再従姉妹の縁戚まで含む一門でもあるから、知らない人の方がやたら多いからだった。
『やぁ、京』
『おはよう、時宗お兄ちゃん』
『日本語でお兄ちゃん呼びか、嬉しいなぁ』
時宗お兄ちゃんのお兄さんが、時政お兄さんだ。この2人、もろ北条家から名前を拝借している。『嗣』の文字を使わないところに意味がある。衛宮の姓を継いでも、生き方は違うぞという時嗣伯父さんのコダワリなのだ。またお爺ちゃんにしても、衛宮の名を継いでくれた嬉しさは半分もないくらいで、『ヤメとけ』という気持ちの方が強かったという。それは『切って嗣なぐ』という曾祖父ちゃんの起源を危惧したからだった。
だけど実際の時嗣伯父さんや奥さんである伯母さんに従兄弟の2人は、『切る』事なんてなく、繋いで継いで来るフットワークの軽い一家だった。北海道にもよく行くそうだし、フィンランドにも何度か遊びに来てくれていたのだ。
『今日はどうしたの?』
『ああ、爺ちゃんからバイクの話を聞きに』
『ここには古いのしかないんでしょう?』
『正確に言うとECUのロムの書き換え方法を教わりたくて。それなら今のバイクにも通用するからさ』
挨拶の後に明日帰ると話した後の事だ。それでお祖父ちゃんの方を向いたら……。
『ロム・チューンしたいんだってさ。ノーマルで乗っとけ、学生なんだから』
『そういう事をしたい年頃なんだって』
『気持ちはわかるけどな……仕方ないなぁ。飛ばして事故るなよ?』
『兄貴や親父じゃないよ。もう少し下からトルクが欲しくて。できれば鼓動感とか』
『ガソリン・エンジンじゃないんだぞ? モーターで出るかよ』
だけどそこを何とかと時宗お兄ちゃんが拝んだら、お爺ちゃんがそのロムというのを専用の装置に繋いで、キーボードで数値を変えていった。お祖父ちゃんがその作業に取り掛かっている間、お兄ちゃんは色々と教えてくれた。このお兄ちゃん、結構大きなバイクに乗っているけれど、これでもモーターの出力は小さい方だという。そして憧れのバイクはあれだと2階を指差した。
『婆ちゃんが時間凍結してあるから、今も元気なんだ。あんな状態の良いのを今売れば5千万くらいするかもよ』
『5千万!?』
『ああ、カワサキの『750RS(Z2)』だ。藤村さんという人が乗っていて、形見分けで頂いたんだと』
ああ、藤村先生のお祖父さんからか……。先生はお元気なんだろうか?
『オレとしたら『Z2』でなく、陸王かハーレーが良かったけどな。ともあれ『Z2』と『SR500』を頂いちまってな。今も宝物だよ』
『でも俺にくれるんだろ?』
『単気筒の『SR』ならまだしも、お前に4連キャブが調整できるかぁ?』
その『SR500』は、高校時代の時政お兄さんが何十回チャレンジしてもエンジンが掛からなかったという。
『さぁ、プログラムが終わった。モーターに繋いで調子を見てくれ』
『ああ、ありがとう』
それでお兄ちゃんは受け取ったロムをバイクに繋いで、少し走ってくると出ていった。
『あんなんで満足できるかなぁ』
『え?』
『いや、『BT1100 BULLDOG』とか『MT-01』とか知ってるとさ。これなんて面白いと思うのに、時嗣ですらボロいと試しもしなかったからな』
それが今お手入れしているバイクらしかった。実際ボロい。百年以上も前のバイクだろうか?
『これっていつの?』
『1997年頃から2001年頃まで主に欧州で売られていたバイクだ。『Suzuki XF650 Freewind』。当時から知らない人の方が多かった。けど並行世界で友人となった人がそれに乗っていて、その人と同じようなスクランブラーにカスタムしたんだ。だからその見た目の古臭さはカスタムの結果だよ』
『じゃ、元のデザインは全然違うんだ?』
『そう。エンジンも『LS650 Svage』や『DR650』の流用だ。この使い回しがスズキの面白さだな』
それで戻ってきて満足そうな時宗お兄ちゃんにこう言った。
『時宗。ナンバーないから道路には出れないけど、これで庭を走ってみろ』
『え? ボロ……』
『良いから試してみろ』
それで再び戻って来たお兄ちゃんは開口一番こう言った。
『何だよ、これ! これだよ、俺の欲しかった躍動感は!』
『だろ?』
お爺ちゃんはニヤリと笑った。
『京、時宗。料理でも魔術でもそうだ。細かいところの違いを知っとかないと、本物がわからない人間になっちまう。お前達もそういうのをきちんと知っとけよ?』
私とお兄ちゃんは大きく頷いた。
翌日、お婆ちゃんとの挨拶を終えて、荷物を持って玄関を出た。家の前には時嗣伯父さんのクルマがあった。既にお爺ちゃんも乗っている。
『ルヴィアや梢に宜しくな』
『うん。お爺ちゃん、お友達ってヨーロッパで?』
『そうだよ。ドイツ人でな。名前はフンボルト・ヘーゲルって言うんだ』
ヘーゲル家の人だった。私はその名前をずっと覚えていた。