※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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44、Illyasviel in Eppelheim 01

 穂群原学園高等部の卒業式は毎年3月1日だった。これは近隣の高校よりかなり早い。けれど土曜日が休みでないその昔の昭和の頃、県下の公立高校は2月半ばに卒業式があったという。それが3月半ばかそれ以降に変わったのは、圧倒的に年間授業日数が足りなくなったからだった。だから皆んなして大学受験でヒーヒー言う。ところが穂群原は私学なので、文科省や教育委員会が土曜は休めと『ゆとりの失くなる教育』を指導しても、大学受験を見込んだ独自路線を貫いたという事だ。

 事実、穂群原は地方の私学なので就職組も居るには居るが、進学組が過半数を超え、その大学合格率はほぼ100%であり、県下有数の進学校として知られていた。なので授業形態は珍しい完全2学期制で、1日7時間授業となっている。1年生の2学期(後期)から芸術系とは別の選択授業が始まり(要はお試し)、2年からは理系コース、文系コース、総合コースでクラスが完全に分かれ、特に先の文理はその中に有名大学進学を目指す特進(特別進学)クラスが組み込まれる。勿論、この特進クラスに入らずとも有名大学を目指すのは自由だけれど、このクラスは1日8時間授業+αだし、希望大学に応じた授業が組まれるので受験にはかなり有利だ。

 ただ部活とは無縁の生活は甘んじなければならない。要は部活の終わる時間まで授業があるという事だ。なので必然的に弓道や書道のある私は特進を選んでいない。長時間に渡り先生方もご苦労さまなのだけれど、これは冬木の駅前に行っても、大学進学用の塾や予備校が存在しないからだった。また調理師や美容師の専門学校を目指す人のためのカリキュラムも、総合コースには組み込まれている。こんな風に変わったのは私が中等部に上がる1年前で、完全2学期制に移行して、お母様が理事長を務めるようになってからでもあった。つまりそれだけ特色を出さないと生徒が集まらないのが、少子化の弊害であり、長い不況の弊害なのだった。

 

 ところで私は、大学進学をかなり悩んだ。就職か進学かで悩んだのでなく、進学先をどこにするかで悩んだのだ。同学年の妹である『エル』にも何度か相談した。あの子は当初(1年生頃)、ドイツのハイデルベルク大学に行くと話していた。医学と理数、法学で有名な大学だ。在籍する学生総数が3万人。教職員は1万2千人。ハイデルベルクの旧市街がまるまる大学のキャンパスで、そこ以外にも大きなキャンパスがあと2つある。そして『エル達』の家があるエッペルハイムは、そのハイデルベルクの隣街で自転車で行ける距離なのだった。

 またノイントのお祖父様がこの大学の卒業生で、医学博士をお持ちだ。結局お医者様にはならなかったようだけど、メインの事業が製薬会社なのはそこにあったのかと納得した。だから『エル』も博士号を取りに行くのかと漠然と考えていた。ところがあの子は3年の後期でいきなりハイデルベルク大学進学を取り止めた。その理由が出鱈目だった。

 その前に、私は8歳のあの出逢いの日の頃から、妹が分身の魔術が使える事を知っていた。そして日本に来てから、その分身の子達一人ひとりに『エル』とは微妙に異なる個性がある事に気付いた。そして私と『エル』は、余程親しい人でなければ誰しもが間違える双子だ。だからできる限り努力はしたけれど、初等部の3年生から編入した穂群原の10年間、ずっと皆勤を通せたのは『エル』の魔術のお陰だった。また例え魔術の産物だったとしても、そういう風に助けられたという思いと、個性の違いに気付いていたという事もあったので、この先何人に増えようが全員妹だと考えるに至った。まぁ、これは私の性格もあるとは思うけど。

 とは言え、並行世界に流されたというエルヴァの存在を知った時には随分と驚かされたし、今も心配している。だけどあちらはこの春から時計塔の一級講師だと聞いて再び驚き、更にはアメリカのカリフォルニアに、そのエルヴァの分身が居て既に結婚していると聞いて腰が抜けるほど驚いた。

 だからという訳ではないけれど、それで結局私は大学を同じ県下の某女子大の国文学科にした。そこが後にエルマとあちらの桜ちゃんの進学先だと知ってまたまた驚いたのだけど、私がその大学を選んだのはクルマやバイクで家から通えるからだった。やっぱりおチビちゃん達に美遊が心配だったし、何よりこの春から中等部の1年生になるちぃイリヤが心配だったからだ。とは言え、おチビちゃん達の友人とも友達になれたようだから、案外大丈夫なのかも知れないけれど。

 そしてもう一つ驚いたのが、卒業式の日に、初等部時代から少し気になっていた男の子から告白されて、付き合うようになってしまった事だった。私は内心、同じ生徒会だった一成クンが告白して来るかなと考えていたのだけれど、それはなかったなぁ。おまけに後期に入ってすぐにあった、私の後任選挙で次の生徒会長は凜に決まっちゃった。まぁ、新しく生徒会に入った子(※)も真面目そうだから心配はしていないけれど。

 

※)角隈白野クンという1年生の男の子。居眠りしているように見えていても、その実、話はきちんと聞いていて、やるべき事はやっているという不思議な子だ。また彼の紹介で、次の生徒会役員候補として岸波白野さんという女の子もお手伝いに入ってくれている。次期会計か書記かはわからないけど、この子も今の生徒会にはなくてはならない逸材だった。

 

 なお、私が生徒会に関わったのは高等部に進学してからである。初等部時代は『エル』が児童会長だったし(5年生の時は児童副会長)、中等部時代も1年生で副会長、2~3年生で生徒会長だった。高等部で2年連続生徒会長という人は過去に何人か居た。私もその内の1人だけれど、中等部で2年連続という人は穂群原初だ。だから私は高等部でも『エル』が生徒会に入るものと思っていた。ところが少し校則が気になって、当時の生徒会長だった間桐慎一さんにお話すれば、『校則を変えたければ、生徒会長になれ』と言われ、立候補したら当選してしまったという経緯があった。

 なのでこれは『エル』に悪い事をしたかなと思ったら、『やっと薔薇様の妹になれた』と意味不明な事を言われてしまった。まぁ、『飽きた』とも話していたので、真相はそちらだろう。会社を経営する人に生徒会なんて遊びみたいなものだろうしね。また『エル』の逸話に感化されたのか、クロちゃんも5年生から児童会に入っていて、6年生になったら会長になると息巻いていた。

 何よりおチビちゃんともども『並行世界の友人達の学年に合わせて』編入したから、本当ならこの春から中等部の1年生だった。なので2人は学習能力も他の子より高く、身長もどんどん伸びていた。特にクロエちゃんはドイツ語を思い出したのか、私や『エル』ともドイツ語で話す時があった。そこで負けん気の出たおチビちゃんも、ちぃイリヤに教わって英語がかなりうまくなった。しかもこの2人は今で150cmくらいある。きっと夏までに抜かされるだろう。5年生の春までちぃイリヤと変わらない130cm台だったのに。5年生の時と同じく、夏服からまた誂え直しだろうね。

 そのちぃイリヤも先日140cmを越えた。その差は調整の長さだったから仕方ないと思うし、私や『エル』と変わらないくらいで成長が止まるのだろうとも予測できた。だけど本人が思ったより気にしていないので助かっている。何より本の翻訳が軌道に乗ったし、国内の子供服モデルを、クロちゃんにそそのかされてやり始めたので今は結構稼いでいた。

 それで私は大学進学を理由にドイツでのモデルのお仕事を辞め、そちらの仕事をおチビちゃん達に紹介した。また、建機企業のイメージガールをちぃイリヤに譲った。このイメージガールは、本当に小さな頃からやっていたので寂しい気持ちも大きい。だけれどあちらも、そろそろ新鮮味が欲しいだろう。それでそちらのCEOにそう相談したら面接しようとなって、年が明けてすぐにドイツにちぃイリヤと行ったのだ。するとあっさり合格で、契約も済ませた。

 何より私や『エル』には無理だった、『エル』の持つ企業の幾つかのお仕事が直接取れたのが大きい。勿論これは、あちらでCEOを務めているミトやパミを口説いた、巫女のイリヤの影の功績があってこそだった。

 

 

 

 閑話休題。

 

『姉さん。その時計塔に行く予定のエルヴァの彼氏が、吉川弘三クンですよ』

 

 はい!?

 

『竿姉妹……?』

『並行世界でしょうが! それに私はまだヴァージンだ!』

 

 こんな事があるんだ? しかもあちらは学園祭頃から付き合っているという。あちらが先か……色んな意味で……。まぁ、応援するとしか言えないのだけれど……。

 

『けど、そんな遠距離恋愛なんて……』

『大丈夫でしょう。あちらの吉川クンはエルヴァにぞっこんですし、周囲が婚約を薦めても首を縦に振らなかったのは、遠的で全国一になったエルヴァに見合う男性でありたいと彼が望んだからです』

 

 ああ……彼らしいなぁ。そういうところに私も惹かれたんだものなぁ。それにも増してエルヴァが全国一になったのが嬉しい。こちらでも近的で私達が全国一をもぎ取った。吉川クンと違って私は何とか並べたなぁ。

 

『とは言え、吉川クンは吉川道場の跡継ぎに決まり、伯父様御夫妻とお母様とで、あちらのお祖父様やお父さんにお母様とはご挨拶済みですよ』

『ええっ!? チューリッヒに行かれたの?』

『はい。そこでマアエモ・ママが母親代理をして』

『マーヤさんが……。あれ? お母様は?』

『お母様とママは姉妹という体裁です。そうでもしないとあちらのおチビちゃんやクロエちゃんにエルヴァちゃんの事を……ね?』

 

 それはそうか。スリップしてから従姉妹で通していたのだったか。

 

 

 

 そして卒業式から一週間が過ぎた頃、卒業祝いと進学祝いを兼ねて、私とちぃイリヤに『エル』は航空券を手渡してくれた。

 

『吉川クンに卒業旅行だとも話して、羽を伸ばしてきて下さい』

 

 それで私とちぃイリヤは、CEOを務める妹達のもとへ旅立った。初等部の終業式が終わると、おチビちゃん達も合流するそうだ。こんなの全然聞いていなかった。前々から計画を立てていたのだろうか? だけど肝心の『エル』は空港に来なかった。セイバーと巫女のイリヤとの3人で九州へ卒業記念ツーリングに私達が空港に向かう前に出掛けたのだ。由布院やら九州の温泉巡りをするという。しかも合間合間にバイクを宝具で入れ替え、林道巡りもするらしい。良いなぁ。

 そして九州までのバイクは、『エル』が大型免許を取ってから愛用している、『Zephyr 750RS』に。セイバーは昨年出たばっかりの新車、キャンディプラズマブルーの『Z750(ZR750K)』だった。その輝く青色はセイバーにとても似合う色だと思った。前の『J型(2004年モデル)』より先に出た、パールブレイジングオレンジの『Z1000(ZR1000A)』は巫女のイリヤの愛車だ。『エル』以外は水冷Zな訳ね。そしてこの妹は1人空冷のキャブ車でも、燃調キットを持って走り、出先でササッと交換するのだ。単気筒ならできない事もないけれど、4連キャブを耳だけで同調させるのは神業だろう。

 ちなみに巫女のイリヤはカワサキ党で、大きなバイクが好きだった(彼女は私と同じで大きければ何でも好き)。彼女をしてバイク好きにした元の元は、私と同じで『エル』やアルトリア姉さん達の、大きな影響があったからだと思うのだけれど、彼女をカワサキ党にしたのは意外にもドイツのミトと、メカニックのイルマだっという。その『Z1000(ZR1000A)』の前の普通免許時代、この姉はカウル付きの赤い(ファイアクラッカーレッド)『ZRX(ZR400-E5)』に乗っていた。

 

『エッペルハイムに行ってガレージや地下の倉庫を観させてご覧なさい。きっと驚くわよ』

 

 巫女の姉はそんな言葉と意味深なウインクを残して旅立ったのだ。その意味深の理由は、十数時間飛行機で揺られた後のフランクフルト国際空港でわかった。青いパサート・ワゴン(B5/3BG)で迎えに来てくれたのは、なんと『エル』だったのだ。

 

「え~、あれって『エル』なのイリヤ?」

「うん、双子だからわかる。それにオーラや魂の色が、パミじゃない。間違いなく『エル』だわ」

 

 そして近づくクルマはドロドロと独特の排気音を響かせていた。V8だ。ワゴンに『4.0 W8』なんてあったっけ? しかも四駆っぽいし。

 

「どうしたの?」

「両方楽しもうと思えば、こうでしょう? このボディは日本から私が遠隔操作している『人形』です。普段はミトに預けていて、こうして人形の身体を使ってこちらで事業を行っている訳です。大学に通い就職先を探す必要がなく、学ばずとも、家族全員が一生遊んで暮らせるだけの資産が今の私にはあります。アインツベルンの11代目としてだけならそれでも良いですが、次期ハーウェイ総裁として考えるならその備えも大切です」

 

 これで驚いていたら駄目だ。どうも『エル』は、高等部卒業を機に、今までの謎を少し話してくれる気になったようだから。

 

「何より、姉さんがアハト系の3代目に就任しました。その家督相続を私が大々的に祝う事で、アハトの家も私の眷属であると一族一門に知らしめねばなりません」

 

 ああ、そういう事だったのか……。それでこっちにも『居る』必要があったんだね。

 

 

 

 さて、空港から『エル』の家に行く方法だけど、何と行ってもアウトバーンの5号線に乗るのが一番早い。空港北の3号線を東に走り、バイパスで5号線に乗って、60~70kmほど南下すればエッペルハイムだ。注意するのは途中5号線が67号線と交差するので、ここで間違わない事だ。まぁ、間違えてもリカバリーできる。何故ならその67号線は5号線と並走していて、マンハイム近郊で6号線と重なり、途中で有名なホッケンハイムリンクが左に見えるからだ。

 そこまで行くと10km弱行き過ぎた事になるので、アウトバーンを降り、下道を斜めに走れば良い。『エル』の家はエッペルハイムの南西外れ、広大な畑地帯の中に小さな森林にあるからすぐに分かる。言ってみれば富山県の砺波市、あれのスケールをもっと大きくした感じだ。ただし周囲は水田でなく土の畑で、家の周囲にある防風林が一辺200mはある、こじんまりとした森なだけだ。

 そしてさっきも言ったように、自転車でひょいとホッケンハイムへレースを見に行けたり、走行会に参加できてしまう距離というのが素晴らしい。ただホッケンハイムリンクは、ニュルブルクリンクほど頻繁に一般開放されないそうだ。そのニュルブルクリンクはエッペルハイムから北西220kmほどの先だ。これ以外のサーキットは平日は公道か、中央ドイツや東ドイツになるので遠い。

 ちなみに私にとってのドイツはドイチェラント(ランドでなくラント。最後を『ド』と濁らない)であり、ドイツでもジャーマンでもない。これは『エル』も、隣に座るちぃイリヤも同じだ。それは日本人の指すドイツの語源が、『ダッチ(オランダ)』の勘違いから来ているからだ。

 

「ちぃ姉さん? ベートーヴェンの交響曲で『田園』ってあるじゃないですか。あれってどこを歩いたのでしょうね?」

 

『エル』だけど、これもわかる。パストラーレやパストレッラは牧歌的な音楽という意味で、『田園』という意味はない。そもそもベートーヴェン自身が『田舎(いなか)での生活の思い出』と書き残しているし、第一、ドイツにもオーストリアにも水田はない。また、ウィーンのハイリゲンシュタットはただの森だ。勿論、今は『田園』に田舎(いなか)や郊外といった意味も含まれると知っている。だけど初等部時代『田』という漢字は水田を指すと聞いて、『これが象形文字かぁ。なるほど~』と思ったのも事実だ。

 そして日本の田舎に行けば、まさに『田』のカタチをした水田だらけだ。また『畑』という漢字。田圃のように区切ってはあるけれど、『水』がないから『火』なのかと、魔術のエレメントから納得してしまった。それで音楽の時間に聞いた『田園』だ。ハイリゲンシュタットも知らない頃だから、ジャガイモ畑で作曲したのかと、素直に『天才は違う』なんて思っていたものだ。

 

「『エル』、彼女をからかいなさんな」

 

 そう、これはちぃイリヤへの引っ掛けなのだった。

 

「それで、どうしてあなたが迎えに?」

「他の人は平日のこんな時間、お仕事ですよ。トリンキンはまだ免許を取っていませんし」

 

 パミやミトが通う、ドイツでの統合本部はマンハイムとハイデルベルクの中間の街、ゼッケンハイムというところにあり、こちらはアウトバーンの6号線がほとんど目の前を通っていた。駅も近いし、お買い物にはマンハイムがあり冬木より便利なところだ。

 

「トリンキン?」

「59番です。覚えていませんか?」

「ということは、数回逢っていた?」

「ええ。冬木に来た頃、姉さんとよく遊んでいた何人かの内の1人がその子ですよ」

 

 ええ?

 

「どうしてその子もドイツに? お仕事?」

「いいえ。以前話したフリューゲルの母親のネーベルに、初等部の頃から預けていました。それでトリンキンは昨年の秋からハイデルベルク大学に通っていましてね。現役の医大生です。あちらはドナウエッシンゲンですので、エッペルハイムから通いなさいと」

「ああ、下宿させてあげたんだ。でもどうしてネーベルさんという人に預けたの?」

「そこの事情は姉さんにも明かせませんが、ともかくネーベルを匿い、フリューゲルと引き離す必要がありました。なのでフリューゲルの代わりになればと、トリンキンを預けていたのです」

 

 何か複雑な事情があったみたい。

 

「大学の費用は持ってあげているの?」

「そこは勿論。ついでに学んでいる知識はシェアしています」

 

 シェアって言うな。一方的に搾取しているんでしょう? 用法、間違っていない? けれど、最初からそういう契約にしているのかも知れない。

 

「あ。だから大学に興味を失くした?」

「はい。知識は欲しいですが、もうそっちの道に進む事はありませんので学位も必要ありません。だからですよ」

 

 ああ……なるほど。

 

 アウトバーンを走るクルマは、1にワーゲン、2にアウディ、3にBMWか欧州フォード、もしくはオペル、4にメルツェデスかルノーで、プジョーや日本車は滅多に見ない。ところがバイクとなると、1がBMWか日本のどれか、2や3を飛ばして4にドゥカティになる。それでスポーツ・バイクはロードよりアルプスローダー(アドヴェンチャー)が多いように感じた。

 そんなアウトバーンの5号線を降り、クルマはエッペルハイムに入った。レンガ造りの家々が規則正しく並ぶ中に、この街のランドマークとなっている給水塔が見える。このエッペルハイムという街は、元はレンガ職人が開いた街で、ここから近隣のお城などにレンガを運んでいたそうだ。だから木造の家屋よりレンガ造りの民家が多いのだ。

 またハイデルベルクのベッドタウンでもあるから、街の真ん中を大学まで伸びた路面電車が走っていた。ただ、『エル』の家は畑の多い南西部にあるから、路面電車の駅まで歩くより自転車でハイデルベルクに行く方が時間的に有利だろう。

 少し変わった街並みを抜け、クルマは畑の中を走っていった。それで街外れの『エッペルハイマーヴァルト(エッペルハイムの森)』のところまで来た。この森と『エル』の家を囲む森とは繋がっていて、以前敷地のほとんどが、隣街のプランクシュタットに掛かっていると聞いた憶えがある。

 道路から少し森に入ったところに門がある。だけどここの敷地の囲いは塀でなく、これらの樹々だ。正面には大きな洋館。多分、冬木の森にある館より大きい。だけどこの3階建て建物は来客用で、1~2階が吹き抜けのレセプションルームと厨房、それと客室以外は目立ったものがない。それで『エル』やミトにパミは広い庭に建っている、比較的洋館に近い小さな家を自分達の『部屋』にしていた。

 もう少し離れたところにもこの手の家が数棟あって、私はドイツへモデルの仕事がある場合いつもそこを借りていた。というのは事務所がマンハイムにあるからだ。メーキャップもしてくれるマネージャーはマインツの人で、欧州での仕事はいつもその人と一緒だった。これからはクロちゃん達を担当するのだろうか。そうなれば良いなと思う。

 ただちぃイリヤは翻訳家を目指しているので、建機メーカーのマスコット・キャラの仕事以外はお薦めしなかった。だけど、その時もこの家をお借りしたのだけれど、ミトとパミが、それならこちらのイメージ・キャラもして欲しいと食事の時に持ちかけてくれ、それでそう決まってしまった。

 だから私は、今回の旅行にはそういう撮影も組まれていると睨んでいた。以前の私なら事務所を通さなければならなかったけれど、ちぃイリヤはモデルではないので事務所もない。あくまでも私の紹介で、パンフやポスターのキャラを務めるだけだ。それも年に1~2の撮影で終わるし、学業を妨げるものでもない。だからそちらの都合もあるだろうと、今回の日程は知らせてあったのだ。そうするとパミ辺りがあちらと相談し、両社の撮影日を決めてくれるだろうと踏んだのだ。つまりちぃイリヤのマネージャーをパミやミトに押し付けた。それが『割り込み』の条件だったのだ。

 ところが荷物も運び込み、お茶で一服着いていたら、『エル』から予想以上のプランが知らされた。なんとまる二日、ホッケンハイムリンクを借り切ってあるという。

 

「どういう事?」

「前の晩に最新の建機を運び込み、1日目にその並んだ建機との撮影です。ビデオも回しますので、後でナレーションも被せて頂きます。そしてその夜に、ここで親族を集めてのパーティです」

「私の?」

「そうです。そこでちぃ姉さんも紹介してあげて下さい」

 

 ああ……この子も一族として盛り立てようと……。

 

「じゃ、2日目は? イヴ(『エル』の会社)の撮影?」

「そうです」

 

 そうだった。我が妹は一石二鳥どころか三鳥も四鳥も狙う女だった。それではと、お茶の後にガレージに案内された。パサート・ワゴンを止めた正面側の大きなガレージではない。館の裏手に建っている、2階建てのガレージだ。そしてその裏手のガレージは2棟あった。

 

「どうして2つも?」

「1つが居候の住居兼、その人達のガレージです」

「トリンキンの?」

「まさか。バゼットとボーデンですよ。彼女達は勤務時間がまちまちなので」

 

 はぁ? バゼットさんが『エル』の部下なのは聞いていたけれど、ここに住んでいたなんて知らなかった。それとボーデンって、誰だ?

 

「ああ……話していませんでしたか。まぁ、ボーデンもミトやパミと同じ私の派生です」

 

 派生って言うな。意味は通じたけれど。何でもその人は会計監査の仕事をしていて、『エル』のところで働いている訳ではないらしい。でもそういうところに仲間を送り込んで、手心を加えさせているって、誰でも想像つくよね? それでなくとも『イヴ』の本社はスイスのチューリッヒだ。ドイツには最低限の税金しか落としていないのだ。そして工場に必要な電力は、政府に圧力を掛けて原発をバンバン稼働させている。それもライン川沿いでなく、旧東ドイツの方で。故郷のスイスと黒い森が綺麗なら、同じドイツでも東側はどうでもいいというのが、コイツのスタンスだ。なにせ中国寄りの首相を、中国を支配する妹は顎で使う。おまけにロシアと仲が良いし。

 そしてそれが面白くなかった筈のアメリカは、この十年ですっかりダンマリに転じた。何故なら歴代大統領とCIAの悪事を暴いちゃったからだ。暗殺も全部失敗。その実行犯と命令者もアサシンに捕まり、公(おおやけ)にされてしまった。そして2004年にハリウッドで『人類最後の決戦。vsレプティリアン』なんて映画が封切りされた。私はそれで『終わった』、やったのは『エル』達だと確信していた。

 まぁ、近代兵器が効かず、どこにでも潜り込み、次元を越えても追い掛けてくる『暗殺者』から逃れられる者は、異次元人にも宇宙人にも居ないだろう(信じられないだろうけど、ハサンの何人かは悟っているので次元の壁を越えられるのだ。伊達に教団を創っていたのではないという事だ)。

 

 それで案内されたガレージはクルマというよりバイク用のガレージで、面白いバイクがたくさんあった。

 

「これ、全部あなたの?」

「私のよりパミやミトのが多いです。私のコレクションは館の地下倉庫ですし。ここは主に彼女達の普段使っているバイクと整備工具を置いているガレージです。ですからほら」

 

 と、指差した方を見ればカワサキだらけだった。だけどスズキやヤマハにBMWもチラホラあった。

 

「ああ! 『GSX-R750』! 誰の?」

「私のです。こちらには偽名を名乗り、操作している人形で取った免許証がありますので」

「じゃ、21歳以上にして大型を?」

「はい。中学生頃から乗っていました」

 

 呆れた。私が反抗期を迎えたあの黒歴史の頃、隠れてクルマに乗っていたのは知っていたけど(何度か横に乗せて貰った。あれで『エル』は自分を抑えていたのだと思う)、海外ではこんな事をしていたなんて。89年のシングルシートが特徴だった、油冷の『GSX-R750R』。そして94年のフォークが青い水冷の『GSX-R750SP』が鎮座している。ルオンさんも同じのを持っているけど、『エル』も持っていたんだ?

 そしてその横に並ぶ、『Yamaha DT125』と『TW125』。『DT』は日本で言う『DT125R』で、何とドイツでは2ストのコイツがまだ売られていた。そしてそれが3台あった。それで残る『TW125』は1台だから、何となく3人の普段の足がこれなのかなと思った。つまりパミとミトは本日『TW125』で出社したと考えたのだ。

 

「どうしてあなたがスズキ? それもこんな貴重なバイクを?」

「私はどこのでも好きですよ。学園時代、たまたまヤマハに偏っただけで。ただ姉さんが思っている以上に、ドイツでのスズキは『SV650』が出る前から人気があります。ホンダより良く見掛けますよ。リーズナブルで堅牢で、修理も簡単で、サードパーティのパーツも多い。アメリカでのカワサキと欧州でのスズキは、ハーレーやBMWの次に来る鉄板です。鈴菌とか変態とか言っているのは日本人だけですよ」

 

 そう言われればそうかも知れない。さっきのアウトバーンでも、日本製バイクだとスズキが多かったように思う。

 

「それでお互いのマーケットに乗り込んだのが『BOULEVARD』であり、『水冷Z』な訳です。ホンダは手広くやっているようでも、アジアに逃げるしか無かった。そしてそこでもスズキとカワサキが手を伸ばしています。このままクルマと同じく萎むのか、それとも『新たなタイプR』で起死回生を狙うのか」

 

 世界的にスポーティなものは敬遠されるようになった。日本なんて特にそうだ。排ガスがどう、CO2がどう、燃費がどう。だからブサイクなミニバンばかりが持て囃されている。確かに自然環境へのダメージは無いに越したことはないし、有限と言われる天然資源は次代のためにも重要だ。だけどハイブリッド車を1台作るのに、どれだけの資源とCO2が排出されている? 結局はその場その時の誤魔化しであり、嘘っぱちだ。むしろこの嘘は人々の閉塞感を高め、工業の衰退を招くだけの悪行だろう。

 

「そんなもの、Fランクなんて大学が存在できるロボットに堕ちた日本人にわかるものですか」

 

 私の考えを読んだのか、妹は怖いことを言った。

 

「ガン保険なんてあるのは、添加物だらけの日本だけですよ」

 

 それも少しずつ周知され、日本も変わりつつあるけれど……。そして『エル』は布で覆っていた3台のバイクを見せてくれた。

 

「これは……?」

「ドイツかイタリアの?」

 

 私の呟きにちぃイリヤが反応した。あんな家族だから、この子も『エル』から特訓を受けているクロちゃんくらいはわかるようになったらしい(※)。

 

※)『バイクの乗れぬ者は総裁に能わぬ』と11代目として正式に発布している。だからクロちゃんのみならず、12代目候補は皆んなバイクを猛練習しているのだとか。きっとパーティにも来るだろう。

 

「イタリアで正解です。安全装備がありませんし、色を塗り替えているのでわかり辛いと思いますが、元はドゥカティの『999』です。こういう風にすると近未来的で良いでしょう?」

 

 ああ、縦目二連はそのままで周囲にリングライトを入れ、カウルのデザインを少し変えているんだ。

 

「って事はバイクを使ったCM?」

「ええ。新しくエナジードリンクを、この夏から発売します。それのプロモーションビデオです。ストーリーはこうです」

 

 ある日少女は、夏の道路で遠くに見えるライダーが気になった。ヘルメットから風でなびく後ろ髪が目立っていたから女の人だとわかった。陽炎の向こうから近づいてくるバイク。汗を拭きながら眺めていると、そのバイクが目の前で停まり、一本のドリンクを手渡してくれた。それから数年後。少し大人になった少女はホッケンハイムで練習に打ち込んでいた。そして今日は『来る』と確信した時に、目の前には自分と同じバイクが。そして最大の難所で再び同じバイクが。それらをすべて抜き去りゴールラインを越えた時、ライヴァルは消えていた。ヘルメットを脱いだ彼女は、パドックで1本の冷えたドリンクを飲む。それはあの日飲んだドリンクと同じだった。

 

『ライヴァルはいつだって自分自身だ。記録に挑む貴女に贈るイヴ・エナジー』

 

「ちょ!? もしかして『エル』とパミがスタントで、最初のシーンがちぃイリヤとミト?」

「そうです。目標、今夏5億本」

 

 コイツ……これを機に、様々なスポーツとのスポンサード・タイアップを……? 間違いない。赤い牛さんと怪物にケンカを売る気だ。しかもエナジー・ドリンクから遠い女性がターゲット。だからホッケンハイムを借りたのか……。

 私は『エル』が決めたという『イヴ』の色、『アインツベルン・ブルー』のバイクに跨った。フレームから加工してあるのか、私にピッタリだ。

 

 あ。

 

「『GSX-R750』はミトが乗るんだ?」

「そうです。彼女に貸します」

 

 過去のシーンだものね。

 

「そのために倉庫から出して来たのですから。そしてヘルメットのデザインは4人とも揃えます」

「幼かった私が憧れたという体裁ね?」

「はい」

 

 それで思い当たり、バイクの横を良く見ればあちこちに『E.V.E』のステッカーやデザイン文字が描かれたカウルだけが、台数分あった。最後はこれに付け替えたシーンね。特設サイト? テールにはURLまで描かれてあるし……。

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