※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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47、Illyasviel in Eppelheim 04

 ミト達の話は続いた。そこでパミはミトが受肉する前、本体である『エル』を護るために囮となって、身代わりでユグドミレニアの手で爆殺された事を教えてくれた。エーテル体を出力する魔術の原型は、身を護る必要に迫られた本家のご先祖様が残したものだったらしい。どうやら『エル』は、それを家の刻印として持っているようだ。『風』『地』『火』の三重属性を持つ妹は、裏の属性として『空』と『無』を持つと聞いていた。そしてその『空』と『無』を、その方が使い勝手が良いと想像し、『ラインの黄金』に刻んであるのだろうと思い込んでいたのだ。

 ところが、家に代々伝わる方の魔術刻印だったとは。また『空=エーテル操作』という単純なものでもないらしい。遠坂の時臣小父様が凜への指導で1番困ったのが、実にその『空』だった。時計塔にも文献がほとんどない、希少と言うより持つ者が少ない属性。なのに五大属性の1つとして魔術協会が昇格させたその理由。

 錬金術的なエレメントは、『火』『風』『地』『水』の四大だ。そこに今は教会が独占しているという『光(俗に言う白魔術に近く、ヒーリング系が多いとされる。信仰から来る『奇蹟(秘蹟)』は別物だけど、オーバーラップする部分もあるという)』と、『闇(黒魔術とはまったく異なるもので、その中に『虚』と『無』に分かれる前の『虚無の魔術』そのものを含んでいた)』という二属性を合わせた六大属性こそが、本来の属性だったと先生(大魔導師)は話していた。

 

 では『空』とは何だろうか?

 一成クンなら『色即是空、空即是色。色とは眼に代表される感覚器官で受け取れるすべてのものです。しかしそれらは時の流れで移ろい、必ず終わりを迎え消えゆく、即ち実態なきものです』とでも言うのだろう。これは言い換えると『色の世界』は『三次元世界(物質界)』であり、『欲の対象となり得るすべてのものはまやかし』であるという意味でもある。だから『欲』からの脱却、つまり『物質界(三次元)』から離脱し、『精神界(五次元)』を目指すべきだと説かれるのだ。これは仏教といわず、スピリチュアルを追い求める人々も同じように説いている。

 それで『自然の触覚』であるホムンクルスやその血を引く私達のような者は、産まれた時から『五次元(精神界)』を飛び越え、『六次元(第六感といった直感・予感を得るチカラ。これは自然の一部と繋がる事で得られる)』や『七次元(『異能』とも言い表されるけれど、有り体に言えば『超能力』の事)』と繋がっている。私にサイコキネシスは使えないけれど、見る人によっては空間転移はテレポテーションだろうし、念話はテレパシーだ。相手の思考を読む魔術もESPの一種にしか感じられないだろうし、たまに『エル』が夢で視る『並行世界の未来』なんてのはクレヤボヤンス(遠い先(並行世界)の出来事を視るから、この場合は千里眼となり予知とは違う)であり、それをこの世界の情勢に当てはめて導き出した答えそものは、プレコグニション(予知)と言っても差し支えないだろうものだ。

 

 では、これら通常の人とは異なる私達の能力は、どこにその因があるのか? そこを本家は解き明かしていた。それは『あいつら』が欲してやまない、松果体にあった。『第三の目』『ホルスの目』とは松果体を指す言葉だけれど、ここが『五次元(精神界)』以上を感知させる第六、第七の感覚器官なのだ。つまり能力とは脳力でもあったのだ。

 そしてアインツベルン式のホムンクルスと、その血を引く私達はこの松果体が常人よりかなり大きかった。もっと言えば『人間以上』を求めて鋳造された存在だから、最初から松果体を大きくして自然界に鋭敏になるよう設計されていたのだ。

 

 そしてエーテル体だった、過去のミトやパミはその松果体も脳もエーテルだった。人形(素体)に意識を入れないと、勘も冴えないし十全に能力を発揮できなかったろうと思う。だから事故の結果とは言え、『エル』にとっても、パミやミトにとっても受肉は意味があったと私は考える。

 ところが受肉をしてしまうと『エル』に還れないのだから、万一の場合、パミもミトも復活できない訳だ。そこは気になった。

(厳密には魂魄さえ回収できれば復活できるそうだ。だけど、これまで積み上げた思い出や記憶が、『エル』がバックアップを取っていなければ霧散してしまう)

 

 また、私も8~9歳頃からお風呂で気付いていた。脇腹に銃創のある『エル』と背中に刺し傷のある『エル』と、なんの怪我もない『エル』が居る事に。それはパミではなかったと思うし、受肉する前のミトでもなかったと思う。違う子だった可能性もあるし、『エル』の操る『人形』だった可能性もあった。だけどここまでの話を聞いた今の私は、あの同じ湯船に浸かった『エル』は『人形』だったと確信している。

 一族一門の総裁である『エル』は、必要とあれば私に嘘を吐くし、本当の事は話してくれない。それでも姉妹としての親近感は持ってくれていると信じていた。その片鱗というか『エル』の良心が、傷ついた身体を私に見せてくれたのだろうと思っている。傷ついた方が『人形』なのか本物なのか、それは知らない。だけど言葉に出来ないからこそ、真実の一端を見せてくれたのだ……と。

 

 

「巫女のお姉さんが大活躍したのは、『エル』の居ない3回目だったなぁ」

「ね? 本当に親身なって励ましてくれて。巫女のお姉さんが居なかったら折れてたよ、私」

 

 そんな事を言うのはミトとパミだった。『折れていた』って? その疑問をちぃイリヤが代弁してくれた。

 

「折れていたって?」

「ああ、そこは……」

 

 言い淀むパミに代わってミトが教えてくれた。

 

「資金回収ですよ。実はお祖父様と『エル』は、80年代の終り頃からロシアに介入していて。政治や財政を立て直すためにかなりの資金をロシアに注いでいました。それを回収する第一弾の仕事が、その3回目から平行して始まった訳です」

 

 ポソッとパミが被せるように言った。

 

「それとお姉さん? 気付いてあげましょうよ」

「何を?」

 

 何となくお金の事とは思うけど何だろう?

 

「お住まいの家。法人化してビルを建てていると思いますし、少しでも回収しようとテナントやスーパーなども入れていると思いますが、ビルを建てた時の税金と、その後に来る固定資産税。ドイツのそれとは違うと思いますけど、『エル』は相当払っていると思いますよ?」

 

 チラッと『エル』を見れば、『余計な事は言うな』とばかりにパミを睨んでいた。ああ……そういうのに疎いからなぁ、私……。ちなみに私達が住まうビルには間桐も入っている。それはあの地が聖杯戦争終焉の地になって災害が起きると予知夢で知った慎一さんが鶴野の小父様に訴え、家を売ってまでして莫大な借金を背負い地上げした土地なのだ。そこを感じ入った『エル』とお祖父様が間桐救済のために、その借金を肩代わりして、冬木市の都市計画に組み込み、市民ホールを取り込む形で広大な土地を緑地公園化し、ランドマークとなるビルを建てたのだ。なのでスーパーやテナントなどの商用施設だけでなく、お祖父様と『エル』が共同で経営するホテル、結婚式場、大ホールしかない市民ホールを補う、中ホールや小ホール、貸し会議室などなどや、市役所の出張所まで入れていた。

 そこの最上階とその下の2フロア、計3フロアがウチで、そのもう1つ下のフロアが間桐だった。間桐の下からビルの大きさが一回り大きくなり、ビルの機械室となる。更にその下がホテルの展望大浴場、そこから7階までがホテルの客室だ。6階から下はビルをロケットに見立てたら、十字になった台座のようになっていて、そこにホテルのバンケットや大食事会場、中ホールに小ホール、貸し会議室などがある。

 パスポートがあるので展望大浴場は無料だし、3階には内科、小児科、歯科などのクリニックも入っている。駅前とはバス停1つ分だし、河川敷の施設からも近く、公園から歩道橋でそちらに出られる。なので公園の地下にはかなり大きな駐車場があり、冬木警察交通課の違法駐車車両一時保管場所にもなっている。どれだけ市に食い込むのだと、この歳になって漸くわかった。

 

 そこで霊地だ。霊地がお金になるのは、霊脈の開発が全部終わった後だろう。となると、手っ取り早いのは……?

 

「天然資源?」

「はい。その霊脈はイルクーツクの奥地で、ミールヌイの近くです」

 

 あ。

 

「ダイア?」

「正解です。予備調査はロシア全土の地質調査に、ロシア寄りの北極海の海底も含まれていました」

「鉱山や海底油田に海底の天然ガスも?」

「はい、それがあっての地質調査であり、海底ケーブル敷設事業です。まぁ、そこからエーデルフェルトも噛んで来て、その3回目と最期の5回目には、あちらの名代としてルヴィアさんも参加していました」

 

 そうだったんだ? まぁ、エーデルフェルトなら仕方ないとお祖父様も考えたろうし(むしろ引き入れた可能性もある)、ルヴィアなら良いかと『エル』も思った事だろう。

 

「またこの敷設事業は、アメリカにだけネットの根幹を握らせないためでもありました」

 

 ああ、なるほどね。そこで『エル』も言った。

 

「今は、北米だけ全世界のネットから切り離せますし、衛星を使った宇宙のネットも、アメリカとは別に構築済みです。ですので私の『眼』は、世界のどこであろうと発射されたミサイルを逃さず、空間転移させた宝具で撃ち落とせます」

 

 イージス!? さすがだなぁ。そしてその魔力はその大霊脈から汲み上げている訳だ。

 

 ところで1998年小渕内閣の時の事だ。当時まだ残っていた北朝鮮のミサイルが日本海上空でロストした。それ以降のミサイル実験は起きなかった。何故なら国が失くなったからだ。

 

「見返りは不凍港の提供でした。あの王朝の一族以外の国民は、ロシアに組み込まれた今の方が幸せでしょう」

 

 自分達の利権のために他国そのものを売ったのか! ああ、だから中国の共産党を滅ぼしたんだ……人民に拠る革命に見せ掛けて……。何故なら今も北が滅んだ原因は、中国共産党の仕業とされているからだ。もしかして?

 

「日本の国会議員失踪事件や、官僚蒸発事件もあなたなの?」

 

 報道ベースでは、急性の心身虚脱や統合失調が原因とされていた。というのは失踪や蒸発が全部業務中で、お手洗いに行って帰って来なかったり、出張に出てそのまま行方不明になったりしていたからだ。国会議員も本会議中のお手洗いで消えたりしていた。そしておそらく、報道機関の人も警察の人も同じだったのだと思う。だから騒げなかったのだ。

 

「さぁ? まぁ、老体がどこまでの寒さに耐えられるのか知りませんけど」

 

 コイツだ! 国内どころか世界中で起きたとされる失踪事件や蒸発事件の犯人は!

 そしてそれらの事件は、97~98年頃から徐々に起き、2002年頃に漸く沈静化したとされている。『されている』という表現は、この一連の事件全部が、ネットでの噂話や陰謀論とされているからだ。またそのネットの噂の内容は、日本の議員や官僚だけじゃなく、他国の政治家や職員もいたし、時折流されるエクセル・データの失踪者名簿には、非合法な組織の幹部の名も大勢含まれていたのだ。だから余計にネットのでデマ、陰謀論とされていた。

 でも、その間に北は消え、中国は民主化され、台湾とマカオ、チベットが独立してウイグルがロシアに帰属した。この変化はアジアだけじゃない。イスラム諸国やコーカサス、中南米でも起きていた。『激動の新世紀』は妹とお祖父様の暗躍だったのか……。

 

 ちらりと横目で見た『エル』はこういう事を言った。

 

「宝具で1番使い勝手が良いのが、お兄ちゃんのモノです。それらの事件も世間の目を逸らすため。同時進行で全世界の地下数kmにあった施設をブロークンファンタズムしました」

 

 そう話しながら『エル』はちぃイリヤの手を握り擦っていた。

 貪欲に富を集めていたその理由。その資金は異世界からやって来た巨悪を滅ぼすために集めて使っていたのだと、ようやっと真相をミトが話してくれた。巫女の姉がロシアの事業に真剣だったのは、決してお兄ちゃんのためだけではなかったのだ。その資金で拐われた世界中の子供達を救うのと、大霊脈を圧える事であちらからの精神干渉を防ぐ意味もあったのだ(※)。だからアルさんも動き、自分を取り戻したお兄ちゃんも動いたのだ。

 死徒もその巨悪もヒトではない。そして押し並べて『英雄』は人類のために『化け物』と戦って来た。そういう事だったのだ。そしてきっと巫女の姉は世界の真相を、その2回目か3回目で聞かされたのだ。

 

※)霊脈は単にマナが汲み取れるという単純なものではない。その魔力で結界をどうこうもあるけれど、整備して霊地とすれば、そういう外部からの精神干渉を防げる効果があるのだ。だから昔から霊地は貴重で重んじられ、清浄であるべきとされていた。今は私達のような神秘を探求する一部の人しか知らない事だけど、その昔はどこの国のどういう民族であろうと、その重要性を皆んながわかっていた。だから信じる宗教が異なる旅人であったとしても、瞑想を希望したり、チャクラを開き循環させる場所を求めてたり、旅で疲れた精神の回復を求める人には、どこであろうと自分達の霊地を開放していた。それは水飲み場が生命活動に欠かせないオアシスなら、霊地が精神を潤すオアシスだと誰もが知っていたからだ。

 それがいつの間にか商売のタネの場と堕してしまった。そしてそういう我欲の波動は霊地を穢し、マナの質をも落していく。巫女の姉が噛んでいて、後に巫女職に進んだのもその辺に理由がありそうに思う。

 

「ミトが、巫女の彼女を引き込んだの?」

「はい。『エル』の居ない内にって、スポットじゃなく正式な雇用契約を。ですので、今は巫女のお姉さんも、アーチャーさんもヘラクレスさんも、ランスロットさんも、我社の持つ人材派遣会社の登録事業主ですよ」

 

 阿漕な契約はしないだろう。本人が納得しているなら何ら問題はない。なお『エル』の見解だけど、『英霊システム』が『宇宙の意志』かどうかは不明だけど、『アラヤ』の部分は『あいつら』の介入があった気がするそうだ。気がするというだけで、根拠も証拠も無いそうだけど。

 

 ん? 待って。

 

「人材派遣会社なんてあるの?」

「ありますよ。『エル』は一族の人を前に出して、芸能プロダクションやモデル事業も行っていますでしょう? 皆んなそういう具合にあちこち手を広めていますよ」

 

 チラッと『エル』を見たら、顔を逸らせて口笛を吹いていた。

 

「私の居た事務所ってあなたの副業(というのかな?)だったの?」

「言い掛かりは辞めて下さい。知りませんよ?」

 

 目が泳いでるぞ。でも、このマンガみたいなポーズにも意味があると感じた。『エル』の考えそうな事……イコール、パミやミトの考えそうな事だと思う。となると……建機……。鉱山……。あ。

 

「ミト? 建機のメーカーも?」

「はい、そっちは私の口添えです。あそこの株を私が40%持っているので。ですが別会社ですね」

 

 サラッと明かしてくれた。どうやら筆頭株主らしい。黄色やオレンジでなく白い建機で知られる会社だ。私のキャラと建機の色がマッチして、これまで長い間お仕事を頂いて来たのだけれど。そうか、この子の……ま、いっか。

 

「そっか。けど、アメリカがそんなんじゃ、大王も困っているでしょうね?」

 

 NASAにどっぷりだからね。すると大王と仲のいい『エル』はこんな風に言った。

 

「いえ、あの人は根っからの『夢追い人』ですから。それはそれ、これはこれと切り分けていますよ。むしろ王様が、私に『蛇は滅ぼせ』と」

 

『必ず』という強調は無かったとしても、あの人の言葉は『絶対にそうしろ』という意味だ。

 

「やっぱり? メソポタミアの頃から?」

「みたいですね。不老長寿の薬を盗んだのが蛇なのではなく、不老長寿の薬を餌に王様を手懐けようとしたのがあいつらだったのではないかと私は考えます。そもそもご親友を造ったのが奴らでしょう?」

 

 王様も『エル』と同じく、話せない事、言えない事、表に出せない事……色々あるだろう。そしてその意味するところは、現代だけでなく、大昔もそうだったという事だ。だから王様は『エル』の志を愛で『娘』とまで言うのだろう。

 

 そこからパミに3回目の話を促したのだけれど、名代のルヴィアが同行していたとは。

 

「3回目の頃は霊地の近くに建てた基地に、ヘリポートが出来上がっていたからですよ」

 

 ああ、移動手段が増えたんだ?

 

「でも、エーデルフェルトが絡む気持ちもわかるし、お祖父様が大目に見たのもわかるけど、事業的に霊地は拒否して、許可したのは鉱山や海中の方のパイプやガスの事業でしょう?」

「そうです。それでもルヴィアが来たというか派遣されたのは、彼女にとっての節目だったからですよ」

「節目?」

「はい。3回目の頃の彼女は12歳くらいです」

 

 ん?

 

「フィンランド湾に浮かぶ島の別宅に出ていったという、アレですよ。小父様からの試練だったというか」

 

『エル』の助け舟でわかった。

 

「それで無事合格すれば島に行く事を許可すると?」

「はい。それで5回目の同行と、その時にとった行動の結果が評価され、小父様の大切な事業である、旧ロシアの礼装やタルタリアの遺物を探す仕事を任されるようになったんですよ」

「そこに繋がるんだ? 『エル』の口添えも大きいとは思うけど、ルヴィアはよくあっちのルヴィアにそれを教えたものね?」

 

 そこをパミでなく『エル』に訊ねた。その話が纏まる頃、私も現地に居た訳だけれど、お向かいの衛宮の家でセラさん(敢えてそう呼ぼう。それっくらい人間味のある良い人だった)と料理を作っている事が多かったので、詳しくは知らなかったのだ。

 

「並行世界だからというのもありますが、ルヴィアは自分自身の事をよくわかっていますからね。ですからあちらの『自分』に足りないものが見えていました。なのでキツそうに話していても、アレは自分から『自分』に対するエールですよ」

 

 まぁ、自分だと考えれば、歯痒く感じる部分もあったのだと思う。特に美遊ちゃんの世界での事は。

 

 ともあれ『何をどうした』というエピソードは、まるっきり霊脈開発のそれで、特別な事はなかったそうだ。雑用もお祖父様の揃えたスタッフ以外に、エーデルフェルトからのスタッフもいたし、アルさんやお兄ちゃんもいた。そこに先生の以来で渡った並行世界で仲間にしたアサシンも増えていた。だから平行して行っていた鉱山の掘削や、北海の油田開発にケーブル敷設を隠れ蓑にした、ダイヤの掘り出しや海底霊脈の開発もスムースだったそうだ。だけど巫女の姉やルヴィアがいた事で、パミは精神的に助かったという。それはこれだけの数の人員を全部割り振って、計画を同時進行させていたのがパミ1人だけだったからだ。

 

「ミトはどうしたの?」

「こちらはこちらで、政府が送り込んで来る視察団や査察団への対応で手一杯でした。パミが霊地と海を行ったり来たりなら、私は霊地とモスクワを行ったり来たりですよ」

「じゃ、現地の指揮は?」

 

 パミが沁み染み言う。

 

「それが巫女のお姉さんとアーチャーさんだったんです」

「それをルヴィアは間近で見ていた訳です」

 

 ミトの言葉でやっと飲み込めた。それはルヴィアの勉強になった事だろうし、あの姉がパミやミトの心労をねぎらい、癒やしてくれたのは間違いない。

 

 ここでちぃイリヤが眠いと訴えた。ならお開きにしようと話したら、『イリヤはもう少し楽しんで』と言い残して『エル』と下がった。『エル』が着いていったのは、この家に肩まで浸かれる湯船がなかったからだ。私は慣れたが、ちぃイリヤはアハトの城に居た頃と同じく湯船がないと駄目だったし(お城にはローマ式の浴場があった。なのでちぃイリヤも私もかなり特殊な育ち方をしていた)、どちらのセラも居ないなら、巫女の姉か私、もしくは事情を知る『エル』が背中を流したり、髪を洗ってあげていた。

 笑わないであげて欲しい。私も幼い頃はそうだった。誰かが手伝ってくれないと自分の身体さえ洗えない子だったのだ。聖杯戦争向けに魔力を貯め込める小さな身体は、18歳になっても誰かが手伝ってあげないと自分で洗う知識も、洗える体力さえ与えられなかったのだ。

 そのため、おチビちゃんやクロちゃんにアハトのお城でのお風呂事情や、誰かが手伝ってあげないと『自分でできる体力さえない』事を話した。これにはクロちゃんもおチビちゃんも驚いていたけれど、そこから3人だけでお風呂に入れるようになり、体力が向上した昨年の夏頃から、シャンプーハットを用意したら自分でも少しずつ髪を洗えるようになっていった。ただ、まだまだ洗い残しがあるので、時折彼女のセラや私のセラか、巫女の姉、あるいは私が見ていてあげていたのだ。だからちぃイリヤの意向を汲んだ『エル』が付き添ったのだった。

 

 その後、仕切り直しとばかり、パミの口からエーデルフェルトの『とあるボディガード』と、お祖父様が派遣したボディガードの話が出た。

 その『とあるボディガード』は、フィンランド国籍だけど、ロシア人の血も入った元軍人だった。身長が2mもある格闘技の専門家だそうで、コンバットサンボの達人だった。また、エーデルフェルトに雇われる前は日本に渡った経験もあり、古武道を真面目に学んだ人だったともいう。けれど人間的には陽気で社交的、話し方も柔和で笑顔の似合う、30代前半の人だったそうだ。

 

「オーギュストさんはフランス系でドイツからフィンランドに渡った人よね? なら、クラウンさん事? あ、でもあの人はアフリカ系フランス人で元傭兵だったと聞いた憶えが……」

「ええ、クラウンさんではありません。ルヴィアでなく、小父様がお雇いのボディガードの事です。何人かいらっしゃるボディガードの中で、当時最強の人だったそうですよ」

 

 ああ、そういう事か。実はそのクラウンさんも来ていて、当時はまだ20代の前半だったらしい。こちらもボクシングとCQC(近代近接格闘技)の元となるサイレント・キリングを学んだ人だし、銃器の扱いも巧かった。なのでルヴィア専属のボディガードに抜擢された。もっと言えば抜擢されたばかりだった。勿論、実績重視の人選だけれど、ルヴィアと10歳くらいしか離れていないのも理由としてあったという。

 一方、お祖父様が派遣したボディガードは何十人と居たスタッフの中の1人だそうで、『エル』が抜けるなら英霊は来ないと読んだお祖父様が、この第3回遠征に加えた人だった。その人はスイス人で、お祖父様のボディガードのリーダー格だった。やはり元軍人で、軍を除隊した後は、民間で対テロや対誘拐などの仕事をやってきた人でもあった。年の頃は30代後半か40代だったそうだ。

 

 そんな3人がイルクーツク市から少し行った、最初の中継基地で出逢った。ブリーフィングでの自己紹介で、お互いに『強い』と感じたそうだ。そこへ遅れて、巫女の姉がお兄ちゃんとアルさんを引き連れて現れた。全員、雇先が雇先なので『英霊』という存在は知っていた。けれど本物をそこで初めて見たのだ。ブリーフィング会場だった食堂で、皆んなが騒然となったという。だけどもっと騒然となる事を、ブリーフィングを終える頃にアルさんが言い放ったそうだ。

 

「アルさんが? 何を言ったの?」

「その3人に『君達は強い』と、直接声を掛けたんですね」

 

 断定したの? どういう意味で?

 

「実力を見破ったという感じでしょうか。アーチャーさんにこう言ったんですよ」

 

 お兄ちゃんに? 何を?

 

『少年、良い例になるし、君の勉強にもなる。武器を使わず、しかしチカラを抜かず彼とやってみろ』

 

 パミがアルさんの言葉をそのまま教えてくれた。その『彼』が、エーデルフェルトのボディガードだった。

 

『格闘家のピークは短い。だが、積み上げた知恵と知識は次の世代に残せる。クラウンと言ったか? 同じエーデルフェルトなら、まだ動ける彼からしっかり学べ。それで今回を良い機会と捉え、アインツベルンの彼からも、その蓄積した知識を学べば良いだろう』

 

 それでアルさんの言っている意味を理解したお兄ちゃんが外に出て、そのエーデルフェルトの人と組手をしたそうだ。それをクラウンさん達は食い入るように見ていたという。それでなんと、お兄ちゃんは負けちゃった。

 

「英霊となって常人の10倍以上の速さや強さを得ても、筋肉の動き方や関節の可動範囲は常人のそれなんです。ヘラクレスさんのような大男なら、関節技も難しいと思いますが、アーチャーさんの骨格は欧米人と変わらない訳です。そしてその速さも達人が目で追える範囲です。武器の使用を禁止したから、そうなったというか……」

 

 その人のサンボも古武術も一流だった。しかも古武術はCQCにも通じるし、特に彼は忍術まで学んで取り入れていたそうだ。忍術とは手裏剣や撒菱、煙幕を投げたりするものというイメージがあるが、それは相手を斃すためでなく意表を突いて撒くためにある。つまり調べて得た情報を必ず持ち帰る事が真骨頂なのだ。そして調べるためには隠形し、怪しまれる事や争い事も避けなければならない。なので話術も体術も、そういう方向に特化しているのだそうだ。

 殴りに来たら、相手の腕だけでなく、相手の袖や自分の袖も使って絡め取り、手首の関節を極めながら、腰の動きや僅かな体重移動で相手を地面に倒す。その際に耳を掴んで引き倒したり、鼻の下や顎の裏、喉の脇などを指で押したりして戦意を奪う。そして相手が戦う意志を喪失したら即逃げる。これが一対一でなく多対一でも行える事、それが忍術なのだった。

 

「合気道みたいね?」

「合気道がそういう古武術をアレンジして産まれたものなんですよ。だから足捌きが重要になるのであって。幼少の頃から伸びる草を飛び越えさせられていた忍者に、足捌きがどうとか言い伝えたりしないでしょう?」

 

 それはそうだ。じゃ、お兄ちゃんは……。

 

「基礎体力や自分を鍛えるという習慣は、日本に居た頃に培われたと思います。そこから伸ばせたのは海外に出た後で、主に魔術が中心だったと思います。アラビアでそこそこの格闘術を学んだとしても、古武術は無理でしょう? グレイシー柔術が一世を風靡したのも、そういう古武術を取り入れていたからですよ。そしてヘラクレスさんは『学ぶ』という努力を英霊になって固定されても行える隠しスキルがあった。そしてそれが『エル』に入った事で遺憾なく発揮されたという事なのでしょう。だから同じように『エル』に入ったアーチャーさんも、英霊という固定枠から外れ、学ぶ事ができるのではないかと睨んでいた訳です」

 

 ああ、ミトの補足でわかった。そういう事だったのか。それに『剣製』を行えないなら、むしろ不利だ。けれどその『負け』で、お兄ちゃんは足りないものに気付けるし、クラウンさんもヤル気になる。何より四苦八苦(生・老・病・死の四苦に、愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦を足して八苦)はどんなに鍛えた人でも生物である限り逃げられない。だからベテラン2人に、焦らず若者に残せと言ったのだ。またその2人なら、その意味するところを曲解せず怒らないだろうとも見極めていたのだと思う。

 

「私達って『顧客ありき』じゃないですか? なのでターゲットの購買心理なんかは結構読むんですよ」

 

 うん、パミの言葉だけど、『エル』もそういうところがあるからわかるよ。

 

「なので10代でも、40代50代の人の気持ちもある程度わかるというか……」

 

 うん。だからそれが想像できない、自分もいつか歳を経て衰えるという、当たり前の法則が見えない10代20代が危ないって、『エル』も自分を戒めているし、私もその言葉を大切にしている。

 

「それでヘラクレスさん、デモンストレーションとばかり頭をエンジン側にしてトラックの下に潜り込んで、ベンチプレスをしたんです。それでその寝転んだ状態から、立ち上がってトラックの前半分を一気にジャークしたんです」

 

 ロシア製のトラックは悪路や積雪を越えられるよう最低地上高が高く、アルさんでも潜れない事はないらしい。だけど軍用にも使われる総輪駆動のトラックのエンジン側を持ち上げるなんて……と驚いたなら甘い。『エル』がいて魔力をガンガン送れば、トラックそのものを何度もリフティングできた事だろう。あの人はそういう人だ。そしてそのパフォーマンスは、鼻っ柱が強いだけの人の目を一発で覚めさせる。いかに自分の範疇が狭く、想像力が足りないかを思い知らせてしまう。山を動かし海峡を造ってしまう伝説の人に太刀打ちできる人類なんて居ないのだった。

 ちぃイリヤを寝かしつけてくれたらしい。シャワーで髪が濡れている『エル』が戻ったところで、その日はお開きとなった。

 

 

 

 翌朝、目覚めたのは朝の7時前だった。学園生時代は弓道部の朝練があれば4時半に起床し、朝練がなければ5時半には起きていた。お弁当作りがあったからだ。ところが卒業してからこっち、起きるのがだいたい6時過ぎになってしまった。それが今朝は7時前だったので少々驚いた。昨夜飲み過ぎたとも、夜更しし過ぎたとも思わないけれど、この家は本当にリラックスできる。ドイツらしい木組みの柱が外からも見える、白い壁とレンガの煙突が特徴の可愛い家。

 

「『エル』が私の好みを読んで建ててくれたんだろうね」

 

 今居る主寝室は階段を上った廊下の突き当りにあり、『エル』の家と比較したら、二間続きくらいの広さがあった。また、室内にも階段があり、そこを登れば窓付きのロフトだった。つまり両親やおチビちゃん達に美遊が遊びに来ても泊まれる、ファミリー用の部屋だ。私が使っているベッドは、このロフトの真下にあった。構造的にこの部屋はリビングの真上になる。だから、暖炉の煙突がベッドの脇とロフトを貫いていた。冬はポカポカ、夏はひんやりだ。お母様が喜ぶのがわかる。おチビちゃん達に美遊もロフトから降りてこないだろう。現にちぃイリヤがロフトにあるベッドで眠っている。

 

「家族でお邪魔したら、私は別の部屋だろうなぁ」

 

 この家の2階は廊下と階段を『コの字』に囲むように部屋が配置されていて3部屋しかない。なので別の部屋も結構広い。そちらにもロフトや屋根裏部屋があったりして楽しい。だけど煙突は通っていなかった。寝室の東向きの窓から外を覗けば、実に良い天気だ。太陽が眩しい。窓を開けると爽やかな風と、昨日と違うこちらに近い方のガレージからエンジンの音がした。昨夜会えずにいたバゼットさんか、ボーデンという人だろう。大学生のトリンキンは、出るのがもう少し遅いと思う。

 今度は西側の窓を開いた。風が通り抜けていく。するとキラキラ光って見える丘の方角から4人の人影が見えた。じっと目を凝らせば、2人のミトと2人のパミがこちらに向かって歩いて来る。

 

「ツーリング組と出社組だろうね。どっちが会社に行くかで揉めないのかしら? そういう上下関係ってあるのかな?」

 

 恐らくだけど、どちらが主体なのかとなれば、より本体に近い方なのだと思う。3体、4体と分けたのなら、そういうのも大変そう。あ、違う。そもそも何を基準にしての『遠い・近い』だ? 寝惚けているの? 漠然と『エル』が座に眠る本体、パミとミトを分霊のように考えていた。

 以前はそうだったかも知れないけれど、今の彼女達は独立した別の座だ。となると『後で元に戻る時』の、その戻った時に『記憶の共有』や『経験の共有』をする側が本体であり、それ以外は『エーテル体』であろうと『人形』であろうと関係なかった。何より今の段階で知覚共有していたなら、『どちらが本物か?』なんて認識も曖昧かも知れない。

 洗面所で顔を洗い、歯を磨いた。着替えてからロフトに上がって、ちぃイリヤを起こしてあげた。何であなたのベッドは枕元に縫いぐるみが並んでいるの? サービス過剰だよ、『エル』。しかもあの子が好きそうなアノマロカリスなどの古生物はない。あるのは可愛い妖精や小人みたいな人形ばかり。そんな中にちゃっかりアルさんがモデルの縫いぐるみまであって、ちぃイリヤはそれをしっかり抱いて眠っていた。これと同じのが日本にもあるから驚く。

 お料理が好きな私は、かつての級友達から『女子力が高い』と言われていたけれど、本当に『女子力が高い』のは『エル』の方だ。あの子はバイクやクルマ、ライフルといった男性っぽい趣味も数多く持っているけれど、お料理だけでなく裁縫に編み物も得意だ。私はせめてお料理だけでもと、あの子の影を追っていたに過ぎない。

 とは言え、『エル』の縫いぐるみの趣味は酷い。モチーフは決まって滅んだ古生物や、ドラゴン・ワイバーン・レヴィアタン・ケルベロス・オルトロスなどなどのような幻獣だった。そんな中に、から傘お化けのような足が1本の毛むくじゃらの人形や、頭がなく胸に顔がある人形なんかがある。これらも『滅んだ』とされる昔の人類の一種だ。アフリカには足がカニの爪のようになっている部族がいる。ニューギニアには二次性徴で性別が反転する部族も居る。1本足も頭のない人も、チベットやインドに実在していたという。そういう人達が目撃され、サンカという妖怪とされた。その呼称が遣唐使や遣隋使で日本にも伝わり、山間に住まう漂泊の民を山窩(サンカ)言い表すようになったという説もある。そしてインドやチベットは他の土地より奇形の生物が産まれやすい。

 

『死んで現世から旅立つ魂は、やがて還るべき場所で波動が高ければ一つになり、もっと高い場所へ皆んなと向かいます。ですが、低ければ輪廻に戻り、再修行です。この追試が何回まであるのかは謎です。ですがそういうチャンスは二度と戻らず、輪廻もせず、上昇もない者達も居ます。そんな彼らが押し込められる場所がインフェルノなのでしょう』

 

 だから『エル』は、幻獣や化け物も分け隔てしないのだそうだ。ただ、他民族を虐殺するような者達は今世が終わると、二度と生命史に登場しないだろうともいう。例えばかつての中国共産党がそうだ。

 

『昆虫のような思考、蛇のような冷血さ。狙った獲物を逃さず、それが自分より大きくとも丸呑みする貪欲さ。あそこは『蛇』の一派が人類創生計画を遂行する上で失敗した実験牧場です。半島はその時のゴミ捨て場だったのでしょう』

 

 分け隔ても差別もしない子も、『それは最低限共通した価値観などがあった場合でしょう? 私は人形遣いであると同時に、蟲遣いでもありますが、あの子達を人並みに大きくしたり知性を与えて『エイリアン』を作ろうとは思いませんよ』ときっかり言う。

 

 

 

 ちぃイリヤを起こして顔を洗わせ、着替えさせ……私はこの子のセラか。

 

「あ~、イリヤが卒業しちゃって残念だなぁ~。一緒に学園に行きたかったのに」

「その言葉は嬉しいけどね。高等部から中等部に面倒を見に行けないよ?」

「でも、おチビちゃんやクロちゃんに迷惑掛けられないし……」

 

 私なら良いの? でも、この子も『お姉ちゃん』として考えているし、プライドもあるだろう。そんな事を考えながら階下に降りたら、丁度玄関から呼び鈴が鳴った。出てみると『エル』だった。

 

「お早うございます。朝食ですよ」

 

 それで私達は食堂に向かった。

 出て来たパンは、カボチャの種が入ったライ麦パン(黒パン)と、ゴマ粒だらけのカイザーセンメル。そこにプレートでトマトとキュウリのサラダにザウアークラウト、ここいらのソーセージとハムにチーズ(ハムとチーズは薄い)、それと茹で卵だった。それでちぃイリヤの卵を剥くのは私だ。前回もそうだったのだけれど、まぁ、こういうのもおいおい覚えるだろう。

 飲み物は『エル』と私がコーヒーと牛乳、ちぃイリヤがミルクティーと牛乳だ。ここの牛乳はイヴと契約している近くの牧場のもので、餌に変なモノが混じっていない、健康な乳牛から絞られたものだった。だからその余りの美味しさに、ちぃイリヤが気にいちゃったのだ。私もそこは同じだけれど、『エル』というかイヴがお祖父様がアフリカにお持ちのコーヒー農園や、アッサムにお持ちのお茶農園とも契約していて、かなり良い物が商品として揃えられていた。私達が日本で頂くのは主にその豆と茶葉だ。だけどこの家は商品にしない選別されたものが使われている。

 要は葉が揃っていない弾かれたものなのだが、その選別外のミックスされたアッサムは格別だった。

 

「私、あなたの会社のダージリンが好きなのだけど、このアッサムも良いわね?」

「でしょう? ミックスと言っても、一応春摘み(ファースト・フラッシュ)ですよ」

 

 アッサムとはインド北東部のアッサム地方の事で、以前の中国と領土問題(言い掛かり)になっていたところだ。ここのお茶は元からこの土地に生えていたもので中国とは関係ない。それでダージリンとは、アッサム地方とはバングラデシュを挟んだインド亜大陸北東にある西ベンガル州に、その中国から輸入したお茶の木を1800年代に植林したもので、まだまだ若いブランドだった。2004年にやっと西ベンガル州の、ダージリン県とカリンポン県の特定地域でのもの以外はダージリンを名乗ってはいけないと決まったばかりだった。

 

「ねぇ、『エル』。このヴルスト(ソーセージ)、美味しいわ。どこの?」

「ああ、痛いところを突かれた」

 

 どういう事だと尋ねると、名はロット・ヴルストと言うらしいが?

 

「え~?」

 

 そうなる。ロット・ヴルスト、つまり赤いソーセージとは通常ブラッド・ソーセージを指す言葉だから。だけどこれは色こそ赤味がかっているが普通の豚ミンチだ。おまけに香りが良い。

 

「燻してあるのよね?」

 

 そう聞いてみた。

 

「はい。この製造過程で一度燻製したタイプも、その見た目からロット・ヴルストと言います。実はお隣のバイエルンで、ヴァイス・ヴルストが広まる前に『ミュンヘン・ヴルスト』とまで言われるほど流行っていたものです。残念な事にシュヴァーベンはともかく、このバーデン=ヴュルテンベルク北部にこれといったヴルストはありません。シュヴァルツヴァルトのある南部も、有名なのはハムの方です。ヴルストはそのほとんどが西隣のプファルツから運ばれたもので、また種類もレバーかブラッド、それとハギスのような胃の肉詰めです」

 

 その胃の肉詰めはプファルツ地方の名物料理なのだそうだ。だから『エル』はこれを出したのだ。とは言え自社製品なのだとも言う。温故知新なのかしらね?

 食事を終えてライダースジャケットを羽織ってガレージに行けば、『エル』から聞いた通り、パミとミトが待っていた。彼女達は早めの朝食後、分身を見送り私のバイクを見繕ってくれていたのだ。パミは私と同じで『A2』免許になる。だから私にピッタリなものを持っているだろうとの事だった。

 それで挨拶を交わした後に見せて貰ったバイクは『Yamaha SR』だった。はぁ? 何でドイツにこれが?

 

「これは『SR500』ですが、『2J4(1978~1983)』でなく97年製の『48T(1984~1999)』で、27馬力(20KW)です。ですので保険料が滅茶苦茶安いんですね」

 

 日本の『SR500』は32馬力くらいあったと思う。『SR400』より馬力がないんじゃ?

 

「ああ。これ、元はあなたので人形で乗っていた?」

「惜しい、お姉さん。元は私ので、パミに譲ったんですよ」

「ああ、ミトのだったのね?」

 

 カワサキ党かと思えばこんなのも。それでそのミトのは昨日見たバラバラの『ZR-7S』だった。綺麗に直っている。

 

「え~、どうして?」

「人形3体使えば、一晩で十分です」

 

 凄いわねぇ……。それで私に『SR500』を貸してくれたパミのバイクは、『Yamaha SDR660』というものだった。他国では『SZR660』とも言い、イタリアで造られていた97年頃に終息したモデルだという。これは『エル』とともに、大きくなったら乗ろうと最終モデルを2台お揃いで買ったらしく、人形の身体でも使わず今まで保管していたらしい。最高出力は35kw。48馬力。『A2』ライセンスにバッチリ対応していた。

 そして『エル』は『Suzuki LS650Savage』だった。日本でも2度に渡って売られていた不人気アメリカンだ。これもドイツにあったんだ? それもかなり改造がしてあって、『エル』がフロリダに置いているハーレーに似て、やたら低く、ハンドルも遠く短いドラッガー風だった。

 

「ドイツでこういうのって珍しくない?」

「珍しい部類ですが、Vツインの『いかにも』なタイプより好きな人は多いです。スズキはこのエンジンで『XF 650 Freewind』を出していましたが、あれを『SRV』や『ルネッサ』のようにしてくれていたら……」

「それなら私も買ったなぁ」

 

 と『エル』に続いてミト。パミも頷いていたから、かなり味のあるエンジンのようだ。『鈴菌』やら『オイル臭い』やら『天麩羅~(私が秘蔵しているテンプターの事らしい)』やら散々言われる私だけど、これがそういうものだとは知らなかった。だって日本の免許や車検制度は、出力別でなく排気量別だからね。

 

「ドイツの数少ない『SR』ファンは、『SR』を『Thumper』と呼びますが、それはこちらも相応しいです」

 

『Thumper(サンパー)』とは蒸気機関時代にあった鍛造用のハンマーの事だ。スイッチを入れればガッコンガッコンと上下するあれ。堺に行って包丁などを造っている工場を見学させて貰えば電気式のものが今も使われている。アレに例えるところがドイツ人っぽい。

 

「今日はコイツで膣イキだ!」

 

 バカ妹! そこだけ日本語で言うな!

 そして山菜採りの用意も終え、ヘルメットを被り、いざ出発という段で『エル』とミトが私をニヤニヤと見、パミが何かを言いたそうにしていた。そしてその理由がクラッチレバー付近を見て気付いた。

 

「これ! デコンプレバー、どこよ!?」

 

 デコンプレバーとはデ・コンプレッション。即ち圧縮を抜くレバーの事だ。私も『エル』から借りて何度も『SR』には乗っていたし、2ストの250も持っている。なのでセル・モータ(セルフ・スタート・モーター)がない、キックオンリーのバイクは知っていた。またこういう4ストの排気量の大きな単気筒が、事前に圧縮を抜いておかないとキックペダルが重くて踏み降ろせないか、ケッチンという反動が来てキックペダルでスネを打つ事も知っていた。

 そこでヤマハはキックしやすいように、デコンプレバーという装置を付けてくれているのだ。なのにこのバイクにはレバーがない!

 

「お姉さん、ヘッドのところ」

 

 パミだ。はい?っと股下のカムカバー辺りを覗けば、古い蛇口のような、手で回すコックが付いていた。これを回すと圧縮が抜けるようだ。なんつうところに、なんつう部品を。圧縮を抜いた状態で、キックペダルを少しずつ下ろして、ヘッドの脇にある丸いインジケーター・ウインドウで上死点マークを出す。そこでコックを戻して、キャブレターのチョークを引いて一気にキックだ。この時に躊躇ってはいけない。センタースタンドがズレて転けるんじゃないかというくらい、全体重を右足に掛けて踏み抜く。方向としては真下でなく、下から前。クランクの回転を意識するのがコツだ。

 ドッ、ドドッ、とグズるのをアクセルで丁寧に拾ってドッドッドッとなるよう合わせてやる。鼓動が整いつつあればチョークを戻して、アイドリングが安定するのを待てば終わり。この一連の動作を日本の『SR』マニアは『儀式』と呼ぶ。ところが我が妹は、デコンプレバーを使わずインジケーターも見ず、足の感覚だけで上死点を出し、センターもサイドも立てずに空手で鍛えたキック一発でエンジンを目覚めさせていた。しかもその日に行く場所を事前に調べ、季節や標高、気圧を読んでキャブレターのジェットを換えていた。キックが凄いんじゃない。このマメな調整が凄いのだ。

 

 ちぃイリヤは『エル』の後ろに乗った。一番安全だというのもありそうだけど、車高が低いので乗り降りしやすいのもあるだろう。一行は北上してマンハイムに入るのでなく、南下してホッケンハイム辺りから61号線に乗り、そこから暫く走って6号線に乗り換え、カイザースラウテルンに向かった。

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