※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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49、Chlöe von Einzbern in Fuyuki 01

 新都行きの市バスが、深山町から冬木大橋で未遠川を越え、坂を下ってすぐのバス停────そこで降りるといつもの『冬木市民公園前』になる。学校に行く時はこっち側だけど、帰りは大橋の大きな通りを横断しなきゃならない。だけどそんな横断歩道のある信号は近くにないから、歩道を未遠川の方に戻るようにして歩く。要は橋の下をグルッと回って、公園側の歩道に行くのだ。

 運転手さんに定期を見せてお礼を言ってから、手を繋いだ美遊と歩道を歩いた。この歩道側には冬木中央警察署と冬木中央消防署が並んでいる。冬木大橋の脇だから会社やホームセンターなんかには不利な場所だけど、警察や消防が緊急出動しやすく、消防隊員の訓練にも便利だからと、この公園が作られる時に移転してきたのだ。

 

「帰りだけはどうしてこんなに面倒くさいの?」

 

 大橋を挟んで消防署の真向かいの公園内には市役所近くにある市立図書館の別館がある。その裏手が、他の世界だと焼失しちゃってる市民ホールだ。ここだとそれがドーンと建っていて、オープン12年目を迎える。私達がこっちに来た時は10周年という事で、結構色々なコンサートがあったそうだ。

 そして家のビルは、こんな広い公園を挟んだ、反対側の道路に近い方に建っていた。だから朝も夕方もこの公園の中を突っ切って行かなきゃならない。ここまで歩くと健康には良いと思うけど、中等部生や高等部生になって部活で帰りが遅くなったらチカンに襲われそうだ。アサシン達が居ると思うから大丈夫だろうけど。

 

「クロお姉ちゃんなら大丈夫だよ。だって強いもん」

「ありがとうね、美遊。でも、私も子供で女の子だよ。過信は禁物だって」

「そう言えるから、大丈夫なんだよ」

「本当、賢いわね、あなたは」

 

 これで2年生なんだものね。出逢った頃はまだ幼稚園の年長さんだったんだよね。

 

 

 

『美遊が幼稚園!?』って、イリヤとふたりして驚いた。それが2年前の夏、お姉ちゃん達に救けられた後だった。あの日、『元の世界』で絶体絶命だったイリヤを、ルビーとサファイアが並行世界に逃してくれたっぽい。それでボロボロになって気絶していた私も、イリヤに引っ張られるカタチで流されたらしい────。

 それで目が覚めたら、この冬木の洞窟の中だった。だから私は無意識で空間転移したと思ったのだ。でも身体は重いし、腕が透けていた。それを見て、『ああ、終わりかぁ』と漠然と考えた。だけど首を捻って見れば、横にいるイリヤが血だらけで真っ青じゃない。何とか声を絞り出しても返事がない。そもそも息をしているかもわからない。

 

『もしかして死んじゃった? だから私も消えるの?』

 

 そう考えたら、自然と涙が出た。すると……。

 

『泣くと体力が余計に奪われます。必ずあなたもそちらの子も救けますから、少し我慢なさい』

 

 と、優しい手がおでこに触れた。涙で滲んでよく見えないその人の顔を、私はママだと思った。

 

『ママ……イリヤが……』

『チカラを抜いて』

 

 そうして私は、イリヤとした事もないオトナなキスをその人から受けた。上あごの裏を舐められ、前歯の後ろを舐められ、手は私のあちこちを触れ、とうとう裸にされた。するとイキナリ魔力が私に溢れるほど注がれた。

 

『え!? 何するのよ!』

『敏感ですね? パスが繋がったってわかるでしょう?』

『あ!』

 

 それで服を元に戻してくれたその人の顔をマジマジと見たら、中学生か高校生に成長したイリヤだった。『性的な快感を共有する事でパスを深める』、イリヤにしている訳だからそれは知っていたけど、私の方が『キモチイイ』ってなったのは初めてだった。

 脱がされていたのは恥ずかしかったけれど、キスでパスが繋がるまで、肌から魔力を送られていたんだとそこでわかった。

 

『どうですか、姉さん? 手伝いましょうか?』

『何とか息を吹き返したわ。魔力も送ったし、止血も終わってる。けど、もう少し傷を塞いであげたいわ』

『わかりました』

 

 それでその人は声のする方に行き、多分、イリヤの傷を治してくれていた。私とイリヤは当時高等部の2年生だった、『エルヴァ』お姉ちゃんと『イリヤ』お姉ちゃんに救けられたのだった。

 

 

 

 家までは一瞬だった気がする。きっと私もよく使う空間転移の魔術だ。その救けてくれた2人は、私が目覚めた洞窟からまたたく間に跳んだのだ。それがどこでまで跳んだのか私にはわからなかった。なぜならそこで気を失ったからだ。

 私が再び目覚めたのは、とても広い部屋の、知らないベッドの上でだった。首を回せば時計があって、7時半だった。夜だと思ったら、窓の外が明るい。起き上がってカーテンを開いたら、ものすごく高いところだった。見覚えのあるビルが遠くに見えた。

 

『新都? そうだ、イリヤは?』

 

 よかった。イリヤは隣のベッドで『スピ~』と幸せそうに眠っていた。顔色も良いし怪我もなさそう。取り敢えず安心したら、いきなりお腹が空いた。何か食べたいなと思っていたら、そのタイミングでノックがした。

 

『は~い』

 

 返事をしたら、セラが入って来た。それも昔の、イリヤの記憶にあったメイド服姿でだ。

 

『セラ? 何なのよその格好?』

『う~ん……え? セラ、どうしたの?』

 

 イリヤも起きてきた。ベッドの上でしゃがみ込む私に、寝起きで目をこすっているイリヤ。そんな私達を見たセラは、腰に手を当て、眉の間を揉みながら首を振った。

 

『おはようございます。まだ寝惚けていらっしゃいますか? そちらにも私が存在するようですが、まずは現況を確認なさいませ。ここはお二人から見れば並行世界なのでしょう。と言いますのも、こちらのお嬢様方は現在高校生です。只今は学園に出向かれ不在ですが』

 

 ここで私は初めて救けてくれた2人が高校生だったと知ったのだ。その事をイリヤに話したら。

 

『え? じゃ、私を救けてくれた人が高校生の私で、クロを救けてくれた人が高校生のクロ?』

 

 2人でセラを見たら首を振っていた。じゃあ、誰だと私とイリヤは顔を見合わせた。

 

『セラ、半分は当たっているんじゃないの?』

『またややこしいところで……。こちらのお嬢様方は、まだ小学生くらいのご様子です。お嬢様に出て来られては……』

『余計にややこしい?』

 

 そう言って私とイリヤに手を振りながら笑顔で入って来た人は、ママのようだけどママじゃない。デニムのホットパンツにTシャツだから私達と変わらない格好だけど、間違いなくオトナになったイリヤだ。しかもママ以上に背が高く、足も長く胸も大きい。知らないところに来たという不安も、友人がどうなったとの疑問も投げ飛ばして、脳天気な妹はガッツポーズを取っていた。

 

『やった! 私も大人になったらあんな風に!』

 

 確かにモデルさんみたいにスタイルがいい。でもね。

 

『あんたねぇ~。ここがどこなのか、帰る手段はあるのか、美遊はどうなっているのかが先でしょう?!』

『あ』

 

 するとオトナ版のイリヤが教えてくれた。

 

『ここは日本の◯◯県にある冬木市の新都というところよ。きっとそっちにもあるのかな?』

 

『うん』とうなずく私達。

 

『お名前はなんていうの? それとお歳と学年や学校、ご両親の名前とかも聞かせてくれる? あ、先に私の名前も伝えないとね。さて、どちらが驚いてくれるかな? 私の名前は『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』よ』

 

 驚いたのは2人ともだ。だけど自己紹介をしたら、『イリヤスフィール』と名乗ったお姉さんも驚いていた。

 

『あれ~? あなたがイリヤだと思ったのに』

『どうして?』

『だって持っている魔力の桁が違うもの』

 

 そういうのがわかる人なんだ。となると……。

 

『ここまで空間転移で運んでくれたのはあなた?』

『ううん。それは今、学園に行っている妹達の方ね。夏休みなんだけど、イリヤは弓道部の朝練で、エルは弓道場を開けるお手伝いよ。だからそれが終わればエルだけ帰って来るわ。お腹空いてない?』

 

 それで部屋を出て、屋上の上に建った家なのか、サッシの向こうに広い庭が見えるリビングダイニングへ案内された。そこに行くまで私もイリヤも、物珍しさでキョロキョロするばかりだ。それにテーブルが大きい。木材になる前の木の質感を活かすためか、少し端っこが歪んだテーブルはイスを増やせば10人以上座れそうだった。せっせと働くメイドはセラだけでなく、リーゼリットも居たし、知らないメイドも2人居た。後2人居て、部活だと聞いた。

 

『部活?』

『ええ、その2人も学生です』

 

 そう、セラが教えてくれた。『学生?』って驚いたけれど、そういう事もあるのかなって考え直した。それで私達は、けっきょく誰が作ったのかわからない朝ごはんを食べた。メニューはパンとサラダとハムエッグだったけれど、お腹がペコペコだったのでとてもオイシかった。頭の中でいろいろな考えが思い浮かんで、グルグルと回っている。

 

『ここって、聖杯戦争があったの?』

 

 そうお姉さんのイリヤに聞いてみた。

 

『あったわね。そっちもあったの? まさか2人でバーサーカーを支えていたなんてコトは……? いや、でも本当に5年生なんだよね?』

『うん、5年生だよ』

 

 ここで妹のイリヤが質問した。

 

『こっちも、カードの英霊と戦ったりしたんですか?』

『カード? どういう事?』

 

 それでイリヤと私はお姉さんに、私達の世界であったカード回収の事や美遊という仲間がいた事などを詳しく話した。

 

『へぇ~、リンにルヴィアがあなた達を巻き込んで……』

 

 ああ、ここにもリンやルヴィアが居るみたい。それで私がイリヤから分かれた存在だと明かした。

 

『そこは聞いてわかってた。クロちゃん、私はあなたがイリヤで、エーテル出力した人形に植えた疑似人格と意識を交換しているのかって思っていたの。でもどうやら違うようね。ああ、『違う』って気付いたから、あの子はあなたを受肉させたのか……』

 

 受肉?

 

『受肉って?』

『うん? 自分の体でしょう、気付かなかった? あなたは、もうイリヤちゃんから独立しているよ。その体はエーテルじゃないわ』

 

 思わず自分の頬っぺをツネッた。

 

 そこからカードの話などをもっと詳しく話した。お姉さんも聖杯戦争の事を詳しく教えてくれた。だからもしかしたら、ここでなら願いが叶うかもって、その時の私はそう軽く、本当に軽く、考えてしまったのだった。

 

 

 

 公園の中は花の香りでいっぱいだった。梅はもう散ってしまったけれど、桜のつぼみが大きくなっている。

 

「今月の終わり頃には咲きそうね?」

「うん。小さいお姉ちゃんの入学だから、キレイに咲くと良いな」

「ね?」

 

 妹のイリヤはセラが迎えに来て、本日午後から学校を早退していた。冬木より大きな街で撮影があるのだ。私とイリヤは子供服や水着のモデルをしていた。以前は2人一緒の仕事が多かったけれど、最近はバラバラの仕事も増えてきた。

 なんでモデルって? お姉ちゃん達が初等部頃から中等部生頃までやっていて、そのツテと言うか……。ようはお小遣いがもっと欲しいと言ったら、『働きなさい』とこうなった。最初は面倒くさいと思ったけれど、だんだんと楽しくなって、今はできるところまで続けようって考えている。何よりイリヤに向いていたのか、イキイキしている。もう帰れないとわかって、いっときかなり落ち込んでいたイリヤが、明るさを取り戻したのもこの仕事のおかげかな。

 元の世界に帰る目処がなくなり、ここで暮らす事に決まった時、調べてみるとタツコやナナキ達は4年生だった。なのでイリヤのたっての希望で私達は穂群原初等部(ここは小学部と言わなかった)の4年生に編入した。『それで良いの?』って思わなくもなかったけれど、落ち込むイリヤを少しでも励ましてあげたいからさぁ。どうせ違う世界だからって開き直っちゃった。幸い、ママが穂群原の理事長だったからスンナリ決まった。一応試験は受けて合格したんだゾ。

 その編入試験に向けての勉強はお姉ちゃん達だけでなく、一番上のアルトリアお姉ちゃんも親身に教えてくれた。初めて逢った時は怖かったけどね。途中で私と入れ替わったから、本人は憶えていないはずなのに、お姉ちゃんの見た目はカードのセイバーそのままだったからそこは仕方ないかな。でも、学園の高等部で英語の先生をしていて、とても立派な人だ。特にエルお姉ちゃんは尊敬してやまないって折りがあれば話している。まぁ、聖杯戦争を一緒に乗り切った『セイバー』だものね。

 

 公園に入ってすぐのところに、小さなコンビニ兼スタンドがあって、ここはエルお姉ちゃんが実験的に経営していた。何でも揃っているのでなく、厳選したお菓子とその場で作るお弁当やサンドイッチ、それとドリンク、アイスやソフトクリームくらいしか扱っていない。ただ、イヴのピクルスや缶詰、オリジナル・フレーバー・ドリンクなど、日本で手に入らないものもある。それはそれで女性に人気があるのだけど、それを除けば、ホカ弁に毛が生えた程度のお店だ。だけど栄養バランスの良いお昼がお手頃価格で手に入ると評判で、ご近所のオフィスの方々や、消防署や警察署の人達も買いに来るらしい。ここだけの話、留置場で出るお弁当もここのだとか。

 それで私と美遊はコンビニに入り、紅茶のペットボトルを買った。今月から売られているイヴの新商品で、濁らないよう抽出したアッサムに、フランスのかなり良いイチゴのフレーバーを足したドリンクだ。これがなんとドイツ語ラベルのままの500mlサイズが1本200円もする。だけど知る人ぞ知るドリンクで結構売れているのだとか。勿論、オイシイから私もイリヤも美遊も時々これを買っていた。美遊のお小遣いじゃ厳しいので、お小遣いに余裕のある私かイリヤがいつも美遊に奢っていた。

 イリヤは居ないけど、今日も3本買った。そしてもう1人あのコンビニのお弁当の大ファンが居て、その人が今、目の前で花壇の手入れをしていた。

 

「ただいま~」

「おぅ、戻られたか。クロ殿、ミユ殿」

 

 ビルと公園の管理を任されている、佐々木小次郎さんだった。

 

「ごくろうさま。はい、これ」

「おお、忝(かたじけ)ない」

 

 今暮らしている家には、お小遣いにこんなルールがあった。お手伝い1回に付き、100円から500円。毎月のお小遣いは、幼稚園が一律500円。初等部生から学年掛ける千円と増える。中等部生はその学年分プラス5千円。高等部生なら学年分プラス1万円だ。ちなみにこの学年分はリセットされず、中1は7年生として7千円プラス5千円という意味だ。だから高3なら12年生になるので、1万2千円プラス1万円(高等部生からはベースが5千でなく1万円になる)の2万2千円となる。

 現在5年生の私達は毎月5千円だ。本当なら6千円なのに。このお小遣い制を知った時はイリヤを恨んだ。だけどこのお小遣いの金額には深い理由があった。つまりこうしてベースとなる基本給(お小遣い)と、学年による昇給(昇お小遣い)と、お手伝いによるボーナス(残業代?)をきちんと考える事でお金の大切さを知れと言う意味だった。だけど副業は認めるから、お金が欲しかったら『働きなさい』となる訳だ。

 

『本当はお手伝いなんて、家族なら進んでやって当たり前の事です。特に小学生の間は。ですが物価上昇と収入とのバランスが厳しいというのは大人も子供も同じです。ですのでもっとお小遣いが欲しいという気持ちもわかります。でも考えてみて下さい。誰もがお金持ちの家に生まれてくる訳ではありません。それは従業員や一族の人達も同じです。クロちゃん。お父さんがそこまでお金持ちに見えますか?』

『え? あ! お小遣いの出どころって、エルお姉ちゃんだったの……?』

『まぁ、今の学園理事長に収まったお母様なら、それくらいは用意できそうですが』

 

 ここでイリヤお姉ちゃんが言った。

 

『クロちゃん。私、キリツグやお母様から、お小遣いなんて一度たりとも頂いた憶えが無いのよ? 読書感想文用の推薦図書や副読本やら、学園から案内が来ればお金も用立ててくれるけれど、それ以外は頭にないから。初等部時代にね、エルの分は支払われているのに、私の授業料と給食費が滞納になっていたの。わかる? それからマーヤさんを通して……。お祖父様が学園を買い取ったのも、何もできないお母様にも仕事を持たせるためだったの』

 

 という事で、ここのママは私とイリヤのママより酷かった。それが『聖杯になって消える』という道しか知らなかった人の本当の姿だった。だから、以前エルお姉ちゃんから教えられた、『聖杯戦争への参加=魔術師の誉れ』という私の思い込みが、実は『聖杯となって消えろ』というアハトという人の狂った目的を助長するものであり、植え込まれた『偽りの使命感』だという言葉が何度も頭に浮かんだ。

 それから私はエルお姉ちゃんの弟子となって、13代目か14代目のアインツベルン総裁を目指すようになった。私が本気だとわかったお姉ちゃんは、パパやママと相談して、私を『養子』にした。これはアインツベルン一門を納得させるためだった。

 

『会社を経営するにしても、一族を率いる頭首になろうとも、一門を率いる総裁になろうとも。他の人の気持ちを汲み取れないなら資格なしです。お小遣いから、そういう事も考えてみて下さい』

 

 だからモデルのお仕事をしているのだ。

 

 

 この広い公園は、人口の丘や休憩所などもあちこちにあるけど、ほとんどは花壇の中を抜ける遊歩道だった。なので子供が遊べる遊具はないし、サッカーや野球ができるグラウンドもなかった。そちらは歩道橋を越えて河川敷でしろという事だ。けれどどのベンチにも、昔の遊びやわらべうたが描かれていて、日曜だとそれを見て遊んでいる子連れの人も居た。そんな遊歩道からビルに向かうと、ビルの手前に大きな屋根が見える。その下はすり鉢のような階段状になっていて、ビルの根本の十字部分にあるステージを向いた野外ホールになっていた。ステージ部分は地下2階になるのかな? ここで市のイベントがよく行われていた。

 

 そんな野外ステージと90度ずれた、もう一箇所のへこんだ部分にホテルやスーパーやテナントとも関係ない、私達の家に続くエレベーターホールがあった。と言ってもガラスドアを抜けたそこはマンションの玄関ホールとそう変わらない。小次郎さんが普段いる管理人室の受付窓と郵便受け、大中小の宅配ボックス、談話室が3つ、それとお手洗い(洗浄機能付き)があるだけだ。だからそこは本当に玄関ホールで、その奥にカードキーを使うエレベーターホールがあった。そこから先は誰も入れないから、セールスもなにかの勧誘も来ないのだった。ちなみに管理人室の奥が小次郎さんの居住スペースで、その奥に清掃スタッフの休憩所があった。小次郎さんはそのスタッフのお爺さんやお婆さんと仲が良く、お爺さんとはよく将棋をしていた。

 

 ところでその玄関ホールのトイレはコンビニ裏のトイレとともにありがたい存在で、初等部組は全員お世話になっていた。エルお姉ちゃんがイリヤお姉ちゃんのために改装して作ったそうだ。学園からここまで、そう遠くはないけれど、バスでも自転車でも駅と違って途中にトイレがないからね。そう考えると年下の美遊なんて大変だと思うのに、この子は堂々と警察署に『お手洗を貸してください』と入っていく。

 

『当たり前でしょう? 個室1つ分以上の税金を毎年納めているんですから。そこまで言わずとも、制服も税金ならパトカーも税金、彼らの給料も税金なのは事実です。小学生に『お手洗いを貸して下さい』と言われて断る『お役所』はありませんよ』

 

 これは警察署だけでなく消防署や市役所もそうらしい。それに市役所と言わず、そういう公共施設は営業時間内ならたいてい市民に開放されているものだそうだ。なので市役所の食堂でも普通の人が食べに入っても良いらしい。それを聞いてから、私は図書館の別館のお手洗いを時々借りている。

 

 3基あるエレベーターで一気に50階まで昇った。すると目の前が家の玄関扉があるホールだ。ここに美遊や私やイリヤの自転車が置いてある。1階下のお姉ちゃん達のフロアにはお姉ちゃん達の自転車が、そのもう1つ下のメイド達の住むフロアにはメイド達の自転車があった。そのメイド達のもう1階下は間桐で、あちらは地下の駐車場に自転車を置いていた。ウチも同じ地下に大きくて広い駐車スペースがあるんだけど誰もそこに自転車を置かない。それはウチの駐車スペースが、地下3階にある間桐の下の地下4階だというのと、ビルの構造の関係でエレベーターからも少し距離があったからだ。バイクやクルマなら坂をスッと上れても、自転車だとキツイからね。

 

 

 

 朝ごはんの後、ここの事をお姉ちゃんや、セラ達から聞いていたら、『エルヴァ』という私を救けてくれた人が帰って来た。夏休みだからか、制服のスカートの上は白いポロシャツだった。片方の襟にエンジと茶色のラインが斜めに入っている。どうもここの穂群原高等部の夏服らしかった。そういうところからも違う世界なんだって思った。

 

『目が覚めましたか?』

『うん……』

 

 背は低いし、イリヤお姉ちゃんよりやや幼い顔。でも、漂う魔力が普通じゃなかった。偶然とは言え、流されたところがアインツベルンの居る冬木だった。だけど、もしかしたらルビーとサファイアは、この人の魔力を検知したのかもっていう気がする。私とイリヤは、そのエルお姉ちゃんに、まずお礼を言った。

 

『大体の事情はあなたの記憶を視て、わかっています。それであなた達の元の世界がどこなのかを探れる人が居ますので、その人にもお願いして来ました。ですが時間が掛かると思うので、遠慮は要りませんから当面ここで暮らしなさい』

 

 お姉ちゃんは自己紹介でイリヤお姉ちゃんが教えてくれた、エルヴァ・フォン・アインツベルンでなく、エルヴァ・ハーウェイと名乗った。そこからお姉ちゃんの本当の家の事や、今、目の前にいるイリヤお姉ちゃんの事や(巫女さんだった!)、まだ学園で部活をしているイリヤお姉ちゃんの元の家の事や聖杯戦争の真実などを教えてくれた。特に重要なところは念話で教えてくれた。それはイリヤに聞かせないためだった。

 

『だからあなた達のお母様は、クロちゃんを封印したのでなく、その魔力と胸にある小聖杯を封印したかったのだと思います。ですが小聖杯とあなたは不可分のもの。ですから人格ごと封印しようとしたのでしょう。でもお母様を恨んではいけませんよ?』

『どうして?』

『あなたを愛していたから、聖杯として消えて欲しくなかったから、違うカタチになったとしても残って欲しかったのです。そこを娘ならわかってあげましょう。そちらのお母様にも、アハトに逆らえない強力な条件付けがあったと思います。それを振り切ってまで、実家のアインツベルンをお父さんとともに滅ぼしたのは、あなたが本当に大切だったからです。それと……』

『それと?』

『(この子はあなたの別人格ではないかも知れません)』

『(え?)』

『(まだハッキリしませんが、少なからず私の知っている限り、魂を割いて別人格を作る魔術はアハトの家にはありません。でもこの子はあなたの妹であり、今後も大切な存在である事には違いないでしょう)』

 

 その念話で、私が姉でイリヤが妹だとエルお姉ちゃんはハッキリ言った。

 

『(バニシングツインの死んでしまった魂を、あなたが小聖杯で守っていた可能性があります。つまりあなたをお母様が封印した事で魂が入れ替わってしまったのです)』

 

 ママは元々双子を身籠っていて、でもお腹の中で片方が死んでしまった。だけどその子の体は栄養として溶けてしまい、魂は私が取り込んでしまっていたって事だ。この他もいくつか考えられるけれど、おおむねその辺りではないかとお姉ちゃんは話していた。だから体のない私を真っ先に診て、体を与えてくれたのだ。

 

『(じゃ、イリヤは私の本当の妹?)』

『(そこは間違いないです)』

 

 失敗があったにせよ、偶然が重なったにせよ、私は逢えるはずがなかった妹に逢えたんだ。そう思ったらママに対する恨みが消えた気がした。

 

 このお姉ちゃんの魔術知識は凄い。それが第11代アインツベルン総裁でもある、エルヴァ・ハーウェイお姉ちゃんとの出逢いだった。

 

 それから私とイリヤはここで暮らしている。

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