食後、ジジイに聞かされた話に驚いた。それは資金調達に関してだった。200年も前の第一次の頃から、時計塔と神秘の存在を知る倫敦シティの財政界の一部が、この聖杯戦争を賭けの対象にしていたのだ。
『第一次や第二次の頃は令呪がなかったんじゃよ』
「じゃ、どうやってサーヴァントを従わせて……?」
『できるはずが無かろう。じゃからこそ『聖杯は万能』という幻想が二次の頃までに作られた。じゃが、令呪なくしては話にならん。強制的な従属性を抱かせるのみならず、サーヴァントへの『切り札』としても使えるシロモノ……完成まで60年ではない。100年以上掛かったんじゃよ』
だから第三次なんだ。それだけ時間が必要だった。それらの費用回収もあって、ロイズなどに掛け合ったのだという。
『七騎焚べられんなら、聖杯の出現なぞ最後まで望めんかった儀式なのに、『最優はセイバー』とは誰が言い出したのか? そこから考えるべきじゃよ、慎二』
つまりセイバー陣営が最後まで残る場合が多いか、記憶や印象に残る強い勝ち方をしていたからだ。戦争の回数が少ないからサンプルは皆無に等しい。となると語り継がれるほど『大儲け』できた奴が居たという事だ。
「まさか、お祖父様……?」
『儂に関してはノーコメントじゃ。じゃがな、過去の英霊との縁となる聖遺物……アインツベルンはこれらを扱うのに長けておった』
召喚に必要な聖遺物の元締めみたいなものだという。というか、どこかの地面の下で眠っている、神秘に纏わるお宝を見付けて来るトレジャーハンター達と密接な関係があるらしい。
「そういう伝手があるから衛宮の親父さんが?」
『そういう事じゃ』
間桐はこの国の出身ではない。なので皇族や華族とも縁がない。だけど明治政府から爵位を得ていたという。また、電力会社や都内各私鉄の株なども創業の頃から保有し、今も三公社五現業が民営化されるとなれば、必ず優先的に買ってくれと話が舞い込むのが今の間桐だ。親父が亡くなったのでそれも僕が引き継いている訳だけれど、実質の当主であるジジイが杖になんかなっちゃって、正直この先は困るなと思っている。
「つまり、この儀式は……?」
『これだけ大掛かりなイベントじゃとな。儂や遠坂やアインツベルンの出資金だけでは、隠し事などの隠蔽工作は難しい。じゃから、遠坂だけでは心許なかろうと儂もこの国に来たんじゃ。そうなると色々と乗ってくる者も出て来る訳じゃ』
賭博に保険もそうだけど、武器としての英霊欲しさに固執する軍(旧ナチス・ドイツ軍に大日本帝国軍。今なら米軍もそうだという。政治家は押さえられても軍は難しいのだとか)だけでなく、社会学者も昔から乗っているのだという。
「社会学者?」
『まぁ、今で言うなら情報管理や情報統制か? これは時計塔でなくとも欲しい情報じゃろうな』
「なに?」
『つまりはな……。この冬木は『ある限定された地域で、どこまで情報を隠し通せるか』……などの典型的なサンプルなのじゃよ。それも隠し方だけではないぞ? どの程度の内容の情報と、どの程度の浸透度があれば、どの程度の割合で人は疑念を抱くのか? それがいったい何年で風化するのか? かわら版屋のように捲し立てるタイプはどういう人間か? そういう様々なサンプルがこの200年で得られたのじゃ』
要約すれば内容の信憑性と、口コミなどだろうか。現代のマスコミュニケーションにも通ずるし、マーケティングにも通じる。確かに『隠す』となれば、それらの研究は重要だ。何よりそれで得られたデータが売れる。遠坂じゃないな……これもジジイが考えたのか……。凄いな……。
『それに慎二よ、この先は『いんたぁねっと』が外で使える『ぱそこん』並みの機能を持つ電話も出よう。そういうのに活かされると思わんか?』
農業革命、産業革命と来て、次は情報革命の時代だという。その時にこの冬木で様々試された手が確かに活きる。このジジイはそう言ったのだ。そんな先の先まで見詰めていたんだ。対象年齢7歳以下のような姿になっていても。
『継続は力なりとは一部を指した言葉に過ぎん。継続は蓄積であり、それはいつか必ず実になる儲けの種なんじゃよ』
今のアインツベルンや遠坂にはそこへ思い至る者が居ないという。まぁ、遠坂も言ってみれば『井の中の蛙のチャンピオン』でしかない訳だ。もっとポテンシャルがありそうな気もするけど、親から引き継いだ事業で『あっぷあっぷ』している間は凡人に毛が生えた程度だとまで言った。
『魔術の天才? それは言い換えれば『かけっこ』で早いという程度のものじゃろ?』
こんな話し方をするジジイは初めてだった。
『偉いのは『いのべーしょん』を思い付き、新しい事業にできる奴じゃ。が、儲けるのは、そういう者を逸早く見付け、出資できる奴じゃ。慎二は後者にならんとな』
僕はジジイじゃないジジイに出逢って、今まで見えなかった道が見えた気がした。
『魔術師程度、顎で使えるようにならんとの。ん? 魔術師もメシを食わんと生きていけんのじゃから』
後者は兵糧攻めだろう。だけど基本は総合力。しかもそれだけじゃない。例えばこの戦いなら、勝つ事よりも聖杯を起動させないで終わらせる事が重要だ。僕は戦局を様々な観点から分析し、間桐が損をしないようにしなくちゃいけない。それには桜やランサーをどう活かすのかだ。ベッドに入っても僕はそんな事をずっと考えていた。
『ゾウケン君、慎二さんって根が真面目なんですか?』
『おうよ。儂の若い頃に似ておっての。頭の回転は良いんじゃ。それだけに、もちっと素直になればええのにとずっと思っておったものよ。ところがじゃ……ここの慎二は少し違うようじゃな?』
『ですよね? だから『エルさん』はエルマちゃんにこの仕事を?』
『じゃろうな。儂は会っとらんのじゃが、『エル』の知る慎二はそうとう違うらしいの』
『それでもエルマちゃんにここに行けって言ったんですよね?』
『そうじゃ。じゃから、期待があったんじゃろうな』
『それで、士郎さんの方の……』
『それよな。この世界では三つ子なんじゃろ。儂と出会う前の世界もそうじゃったから可能性は考えておったらしい。それでも、性別違いは予想外じゃろうな』
『ショックなのか、エルマちゃんもあちらには触れませんね』
『まぁ、それはそうじゃろうな』
『ですけど性別違いの三つ子って、どういう?』
『幾つか考えられるが、オナゴの方が一卵性で、オノコの方が二卵性じゃろう。ルビーや、この問題はイリヤスフィールが蚊帳の外で何も知らん可能性が高いのと、セイバーの方とキャスターの方も、どうやらお互いを知らんところじゃ。ようもまぁ、こんな奇妙な世界を見付けて来るものよ』
『ですよね。その分、私達も頑張りませんとね』
『そうよな。時にルビー、ランサーの守備はどうなっとる?』
『ランサーさんはアサシンさん達と森ですよ。手筈通り交戦して、今は撤退中のようですね』
『そうか。では接触成功かの』
私がトイレから戻る時、ランサーの使い魔?が天井付近で相談していました。
『おう、桜』
この渋い色の空飛ぶステッキは、お祖父様を吸収して、今は真面目だった頃のお祖父様の人格を得ているのだそうです。もう片方の淡いピンクのステッキは、ランサーのお姉さんらしいです。
『冷えるからの。早う布団に入るが良い』
『暖かくして、士郎さんの夢でも見ていて下さい』
ステッキになってしまったお祖父様もルビーという名のステッキも、とても優しい性格でした。だから私は『おやすみなさい』と自分の部屋に戻ったのでした。暗殺帳からお名前を外しても良いかなと思える、最近のお祖父様です。
手応えはあった。呪文も間違っていない。なのにサーヴァントは陣の中に現れなかった。なので、何だと思っていたのだが、令呪が浮かぶ手の甲に小さな痛みが走った。それでもしやと身体チェックをした。すると循環する魔力の流れの中に、体内から外に向かうラインがあった。これだ。姿の見えないサーヴァントに繋がっているに違いない。
それで召喚のための魔方陣を描いてあった地下の工房から飛び出て、魔力の強くなる方角へ向かった。敷地内……屋内だ。それも上……2階? だけどサーヴァントはどこにも居らず、頭の中に声が響いた。
(マスター。疑問もあろうが今は静かに。君の家の周囲に幾つかの陣営が集まっている)
1番魔力の繋がりを強く感じたのは塔の下の階段室、その上だった。この家は客間の連なる部分と家族のスペースが別れていて、私は普段リビングに近い2階の廊下に面した階段しか使っていない。だけど玄関に近いところに、客間や屋根裏部屋に繋がる専用の階段室があった。そちらに戻って、上ってみると、さっきより魔力の繋がりを強く感じた。
屋根裏の扉がある踊り場より上、そこには補修のために屋根に出られる窓があった。そこから視力を強化して外の様子を伺うと確かに黒い服を着た一団と、ごく普通の衣類の一団が争いを止めて一斉にこちらを見ていた。私でなく屋根に出ているサーヴァントを見ているのだ。そしてサーヴァントが何かをしたのか、彼らは一目散に闇の中に消えていった。
数分後、私の前にサーヴァントがいきなり現れた。
「ウェ! エ?」
霊体から実体になっただけだとわかっているのにヘンな声が出てしまった。
「君な」
「わかってる! いきなりだから驚いただけよ。それで外は?」
「取り敢えず、今は大丈夫だろう」
その背の高い彼は、ちらりと窓の外に視線をやった。どこか東洋系な顔付きなのに、褐色の肌と白い眉毛と髪がそう単純なものではないと知らせていた。衣類は上下とも黒。革製だろう。そこにスタンドカラーの赤いコートを羽織っている。左右の前身頃を止めるのは、これまた東洋的な結び方の紐だ。
「アーチャーよね?」
「ほぅ? どうして私がアーチャーだと? セイバーやランサーとは思わんのかね?」
「どうも私が最後の召喚だったみたいなの。残っていたのがアーチャーだけってわかっていたのよ」
「なるほど。それでか」
「多分。狙われていたんだと思う。助かったわ、ありがと」
「あ、いや……」
その後リビングに行き、彼と私の分のお茶をいれた。
「聖杯からの知識は?」
「ある」
「なら、この儀式の事は?」
「一応理解しているつもりだ。それがあるから、君か君を取り巻く状況に何かがあって、狙われているのだろうと察した訳だ。まずは喚ばれておきながら君の前に現れなかった事を詫びよう」
アタリかも、こいつ。
「ううん。で、あなたは?」
「君が召喚したアーチャーのサーヴァントで間違いない。しかし、私は人の想念が生み出した存在らしくてね。これと言った名はない」
ん、なんだ?
「どういう意味?」
「この聖杯戦争期間中は君のサーヴァントだが、普段は抑止だという意味さ」
守護者!?
「あなた、守護者なの?」
「おそらくな」
「おそらく?」
「まぁ、人知れず動く現象のようなものだからだろう。現世に於いては幾分記憶が削られるようだ」
ああ、それはあり得るか。
「でも、人格は?」
「良いところに気付いた。きっとモデルとなる人物が居たのだろうな」
なるほど。と、頷きながらも、どうして抑止が召喚されたのだとの疑念も浮かぶ。
「マスター、君の名は?」
あ。名前の交換……。
「私、遠坂凛よ。マスターでも凛でも好きに呼んでちょうだい」
「ふぅむ。凛か……。実にマスターに似合う名だな?」
「そう?」
そう言われて悪い気はしない。とは言え今夜は疲れた。召喚ってこんなに魔力と体力を奪われるものなんだ。だから詳しい話は明日にしましょうという事で、私は自室に下がらせて貰ったのだった。
朝方の3時か4時だったと思う。オレにしがみついて眠るクロエの寝息は整っていた。だから何も問題ないはずだ。クロエはオレ専用の家政婦なだけでなく、霊的なレーダーでもあるからだ。今のアインツベルンのホムンクルスは第6世代まで進んでいる。家事全般に介護といった人的奉仕の他に、主(あるじ)の日々の食事から入って栄養管理、心拍・血圧などの健康管理も行える生体モニターであり、専属の医療器具でもあった。
いつもなら起こされない限り、オレは朝までグッスリ眠るタイプだった。それがこんな夜も明けない内に目が覚めるなんて。
「夢じゃないな。予知夢なんかじゃない。これは誰かからのメッセージだ」
オレは夢のような、けれど夢じゃないイメージを見て、それで飛び起きたのだ。かなり明確だった。内容の事じゃない。イメージの輪郭の事だ。夢なら前後の辻褄が合わなくとも、崖から落ちる時は、リアルな落下感と恐怖があるものだ。だけどそれとはぜんぜん違っていて、オレは落ちるオレをどこか別の場所から眺めているんだ。
「予知夢を見る能力者が、オレにイメージを送った……?」
今までの経験からそうとしか考えられなかった。この内容なら、おそらく警告だろう。敵は目の前だけじゃない……か。勿論、朝食の時にアントニーに報告した。すると奴もキャスターから流れた夢だと思わないなら、その線はあると断言した。
「つまり裏技的に、正規のサーヴァント以外のサーヴァントを隠し持っている相手が居ると?」
「そう。先日、疑問に感じた件と絡まないか?」
エルはオレの言葉に渋々頷いた。信じたくないが、可能性はあると考えたんだ。
「何者だろうね?」
「そのうちわかるよ、マスター。いずれ会うんだし」
アントニーの不安を含んだ疑問に答えるアストルフォ。ともあれ朝食を済ませたオレ達は荷物を確認後に、祖父さんに頼んであった、ここニッポンでは最終版となるハイラックスに乗り込んだ。森へ向かうためだ。だけどこの時にエルはアサシンに別の命令を出していたらしい。
「どこに?」
相変わらずアサシンは、エル以外に姿を見せない。
「教会を調べに行って貰いました」
なるほど。
「エルヴァ! 左側通行だよ!」
「おっと」
倫敦では運転しなかったからなぁ。
「ったく……同盟国なんだから右側通行にしろよ」
「無茶だよ……。それに日本は政治や法を英国から取り入れていたからね」
エドが終わった当時のニッポンでは、英国が世界の最先端だったかららしい。まぁ、オレらもそこから独立を勝ち取ったくらいだ。当時が最先端なのは間違いない。またアントニーは、右側を空ける方がニッポンジンの意識では理に適っていたからだという。
「何でだ?」
「サムライが居たからだよ。カタナは左に挿すだろう? 擦れ違う時にぶつけないようにさ」
ああ、なるほど。カタナが命みたいなのは聞いた覚えがあるな。騎士の時代は西欧もそうだった可能性が高いとアントニーは言った。だから英国はその名残りじゃないかとも。
「じゃ、オレ達が右側通行なのはガンが右だからか?」
「多分ね。馬で旅をしていた時代からの名残りなんだろうね。それと、少し別だけど新しい情報」
「何だ?」
「あのエミヤの」
「ああ、あいつがどうした?」
「名前がシローって言うんだけど、これってニッポンでは数字の意を含んでいるらしい」
「へぇ」
「順に言うと、1がイチロー、2がジロー、3がサブロー、4がシロー、5でゴローだ」
「つまりあいつにはブラザーが3人居た可能性があるって事か?」
「うん。お気の毒だよね」
「だな。こんな儀式のせいで」
「もしかしたらレンジャースに来てくれたかもしれないのにね」
マリナーズのイチローみたいにかよ。活躍しているとは聞くけれど、オレら西地区だし、何よりオレはメジャーよりNFLだ。ダラス・カウボーイズのファンなんだよ。一昨年前にはテキサンズが産まれて、そっちもそれからずっと応援している。
ところがアントニーは大のベースボール・ファン&プロレス・ファンで、ベースボールならAAA以下のマイナーリーグまで追っかけてるし、レスラーならストーン・コールド・スティーブ・オースチンのサインを持ってやがる。アントニーのとこは親子揃ってプロレスファンだ。親父さんはダスティ・ローデスのファンで、生で流血デスマッチをしていた頃のアメリカン・ドリームを観たという。
「音楽は?」
後ろの席でエルと並ぶアストルフォが聞いてきた。アストルフォの時代にも音楽は娯楽で、生活に馴染み深いものだったと話してくれた。だからなのか、こいつは現代の音楽にもすぐに馴染んでいた。エルも歌が結構うまいし、声が良かった。英霊って、やっぱりそこに至るだけはあって器用なんだな。
「オレはロックとブルースが好きだ。レイ・ヴォーンとかZZトップとかだ」
「ボクはカントリー。ガース・ブルックスが好きだよ」
そう言ってアントニーが持ってきた音楽CDを掛けた。こういう装備がサラッと付いてるのがニッポンだよな。そうこうしている内に森に入る門の前まで来た。事前情報通りだ。クルマは門の前に置いて、エルに魔術で隠して貰った。門を乗り越える時に軽く違和感を感じた。
「探査魔術だな?」
「うん。お出迎えがあるかも」
森は広かった。おまけにほったらかしなのか、朽ちた枯れ枝が凸凹な地面に散らばっていた。こんな季節だから葉は全部落ちている。なのに上を見てもマトモに空が見えない。つまりそれだけ樹と樹の間隔が狭いんだ。それでも腐らず育ち、60年も次の主(あるじ)を待っている。樹を繋いだ結界や、樹に意識を移しての監視の魔術はわかっても、この森を管理人無しで維持できる魔術がわからない。
「霊脈を本国と繋いでいるのでしょう」
ああ、そういう事か。エルの言葉で何となくわかった。養分は枯れた草や樹そのもので、最初に植えた樹は本国で魔術的に調整された樹なんだ。それらが育ち、きっと元々ここに生えていた樹々を侵食しているんだ。
「樹が歩いてきたり、ツルが足を掬ったりしないよな?」
「わかりませんよ。そういう魔術が残っていそうな家なのでしょう?」
そうなのかな?
「祖父さんから見れば末端の分家らしいから、オレもイマイチわかっていない」
「ふ~ん」
エルは興味なさげに答えていた。
「アントニー。魔術併用だと思うが、建物の設備は中世並みだろうな」
「ここまで何もないんだものね。薪には事欠かないだろうけど、建てた時代を考えれば電気もガスも通ってなさそう」
「だよな。200年前ならそれでも十分だったろう。水はそこの小川から汲み取るか、井戸でもあるんだろうなぁ」
ざっと見た感じだが、森には小川が幾つか流れているようだった。ここでアストルフォがヒポグリフに跨り、アントニーを後ろに乗せて上空から見渡してくれた。
「この水量なら、水源は地下水と見て間違いないだろうね」
降りて来たアントニーが言う。やっぱりな。現代の家に住み、現代のライフラインに頼るマキリとトオサカの攻略はすぐに頭に浮かぶ(マキリなんて、オプチカル・ファイバー・ケーブルが通っていた!) けど、ここは難しいな。何もないところほど攻略が難しい。それでもこうやって入れているのは、オレがずっと白旗を揚げて歩いているからだろう。
「ここから目視でだけど、ざっと5マイル程先に3階建ての館が見えたよ」
「そこが本拠か……」
幸いな事に、方角を見失わさせるような仕掛けや距離を狂わせる魔術も何もなかった。ただ、もうやがてという少し開けた場所で、祖父さんの家のメイドと同じむさい格好のメイドが2人待っていた。1人は斧部がやたら大きなハルバードを構え、もう1人は何かの礼装を手に持っていた。
「何者か?」
「そっちとは異なるアインツベルンの者だ。まずは話を聞いてくれ」
あんなデカくて重そうなハルバートを軽々と振り回し、オレの首にピタリと寸止めするメイド。戦闘特化型なんだろう。こういう持続強化が可能な高出力型ホムンクルスは得てして短命だ。言ってみればバケツの水なんだ。普通の人間より大きなバケツでも、どういう水鉄砲を使って、どういう汲み出し方をするのかだ。
デカイ水鉄砲ならあっという間に、バケツの水が失くなる。小さな水鉄砲なら長持ちする。当たり前の事だ。
「アインツベルン……? セラ?」
「確かにアインツベルンの特徴が感じられますね。きっと私どもの造物主と同じ一族、その末裔の方だと思われますが、今は重要な儀式の最中(さなか)。現段階で敵意が無いのはわかりますが、何用で? それにサーヴァントを召喚されていますよね?」
礼装を構える方が『セラ』か。頑固そうだな。さて……。
「セラさんだっけ?」
「ええ」
「この儀式は失敗法だ。根源なんかに絶対行けない。道標の示す場所はおそらく最後に斃されたサーヴァントの『座』でしか無い。『座=アカシックレコード』という考え方があるのは知っているけど、仮にそれが正しかったとしても、汚染された聖杯を使えばその汚染を排除するために抑止が必ず動く。『世界』の方から汚物を寄越すなと閉じられるんだ。セラさん、そんなのに姉を……イリヤスフィールを犠牲にするのは止めてくれないか。オレ達は姉を救うためにニッポンに来た。必ずこの儀式は止めてみせる」
枯れ樹の枝に停まっていた針金でできたような鳥が、ズルンと落ちそうになっていた。だからそのワイヤーバードに向かって言った。
「父の名はエミヤキリツグ、母の名はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。オレも知ったのは最近だ」
『え!?』
制御不能になったのか、今度は鳥が羽ばたきながら地面に落ちた。
「その他にも話したい事がたくさんある。マイ・シスター。あなたがどんな人かは知らないが、普通に現代社会を知っているなら考えても見てくれ。こんな一つの街をまるまる使う儀式が、人工衛星の目を逃れて行えると思うかい? サムライの居た頃とは違う。今は21世紀なんだ。やるなら1回目か2回目……遅くとも3回目には達成しなきゃならなかったんだ。そう考えたから、そちらの当主は神霊クラスを喚ぼうと考えた。だろう? だけどその喚ばれたアンリ・マユは、その名を冠された、元は単なるヒトの亡霊だった。早々に敗退したそいつは、その呪いだけを聖杯に送り込んだ。そいつが溢れ出て前回の第四次で街が焼け、死者が500人以上も出たんだ。だからオヤジは……エミヤキリツグは後悔した。その人の望みは聖杯を使っての、『この世から醜く悲しい戦争を永遠に失くす』事だった。だけどオフクロを失っても成した聖杯は、呪いという災いを周囲に撒き散らすだけだった。そしてその呪いをまともに浴びて5年後に死んだそうだ」
地面の鳥がジタバタと羽を動かした。
『ウ、ウソよ。そんなのウソに決まってる! キリツグは私やお母様を裏切ったのよ!』
一方通行な限られた情報しか持ち合わせていないのか……。
「セラさん?」
「は、はい」
「今日のところは帰ります。その当主は信用するな。他の事も調べてみてくれ。きっと知っている事のほとんどが、誤解と勘違いだ」
そうしてオレ達は呆然とするメイドを残して元の道を引き返した。
「エル、あんなので良かったのかな?」
「自信を持って。きちんとできていましたよ。ああいう場合は、真摯に話すしかありません」
「それで姉は?」
オレはエルに頼んであったのだ。何らかの監視があるから、それを逆にたどって姉がどうなっているかを探ってくれと。
「身長は私の胸元くらい。おそらく寿命は2年あるかないかでしょう」
クソッ!
「治せるんだな?」
「はい」
オレがキャスターを喚んだのはそれが理由だった。祖父さんに頼まれた時から、『救ける』事だけを考えていた。そうとなれば、あのハルバートを持ったメイドと同じで、何らかの無茶な調整が小聖杯である姉にあるだろう事は想像に難くないし、実際祖父さん調べでも早々にわかっていた事だったのだ。
登校して校門を潜ってすぐだった。下足室で上履きに履き替えていたら、早口で話しかけられた。
『桜にも言ったんだけど、遠坂も衛宮に注意してくれ』
『どういう意味?』
『何も知らないと思うんだけど、この儀式に巻き込まれる可能性を……ね』
そう言い残して慎二は階段を上っていった。同じクラスの慎二の方が、教室では目を光らせやすい。それでもって事だろう。
〈奴は?〉
(この聖杯戦争に於ける、始まりの御三家の一つ……間桐の者よ)
〈内通しているのか?〉
(内通っていうか、軽い情報交換協定をね)
〈親近感を持たせての裏切りに偽情報。様々考えられるが?〉
(想定内。あっちからそういう線引きを口に出しているから。貰えるものは貰おうってね)
〈そうか……。して、衛宮とは?〉
私の護衛に付いてくれるアーチャーに、どう説明したものかと暫く逡巡した後、私は1時間目を使って念話で説明する事にした。何故なら1時間目が担任の葛木先生が受け持つ倫理だったからだ。知っていると思うが、倫理は公民(現代社会、倫理、政治・経済)の中の一つで、重要といえば重要なのだが面倒なのは思想家や哲学者の歴史を学ぶ部分だけで、後は小学校頃に学んだ道徳に毛が生えた程度だ。倫理的(真面目でストイック)、道徳的(良い子ちゃん)と捉えても良いと思う。
〈それで説明してくれるのはあり難いが、授業を潰してというのは倫理的でも道徳的でもないな? 何より期間中は行くのをヤメロと言った私のアドヴァイスを押し退けてまで登校した学び舎で、堂々とサボるのはどうなのだ?〉
(ウルサイわね。それでわかった?)
〈ああ、把握した。前回勝者の養子か……〉
(ええ。だから多少は魔術の事を知ってるんだと思う。もう~騙されたわ。落ち着いたら、霊脈使用料の集金に行かないと……。でも、参加者じゃないらしいのよ)
〈だが、巻き込まれる可能性があるかも知れんと、間桐の者は告げた訳だ〉
(そういう事。養子だから初代の可能性もあるのよね)
〈どうして、そう思えるのかね?〉
(子供が行方不明になったとか、一家全員焼死したとかの魔術師が、この冬木には居ないからよ)
〈随分と自信ありげに言うのだな?〉
(あのね、こう見えても私は一応、この冬木のセカンドオーナーなの。この土地に滞在する魔術師や、長年住んでいる店子の事は把握しているわよ)
〈そうか〉
だけど一つ引っ掛かる懸念もあった。
(衛宮君の元の家が西欧魔術とは関係ない……例えば東洋の、別の神秘に係わる家だったなら、ちょっとわからないけど)
今この教室にいる親友の顔を思い浮かべながらそう答えた。なぎなたが強い、空手が強いとかなら違う武道でも伝わる場合が多いだろう。だけど書道や茶道が上手いとか、舞踏や日本画が得意だとかは、本人が口にしたり何かで賞を取ったりして周知される機会を得ないと中々伝わらないものだと思うのだ。
だから私は『そういうケースもあるという事実』を知っているし、想像できる事をアーチャーに話した。つまり敵マスターとつるむ可能性を否定していないという事をだ。
〈なるほど、それは賢明な判断だ。では、その間桐の者が気に掛けている理由だが。何か思い当たるかね?〉
(仲が良いのよ。生徒会長を含めて慎二と衛宮君は2-Cなんだけど、1年のときも同じクラスでね。何かと3人でいる事が多いの。波長が合うんでしょうね。ああ見えて柳洞君もお寺の子だから)
〈その柳洞が生徒会長か?〉
(そう。直接的には関係ないけど、間接的には関係あるからね。それに一応、神秘の一端を知っている可能性もある訳だし……)
〈必ずしもそうとは断定できんが、否定もしづらい職業の家といったところだな?〉
(そうなのよ)
そうため息を吐きながら、次に来るだろうアーチャーからの疑問に備えた。いや、身構えたというのが正解かな?
〈ところで、もう1人の名が出たな? 桜とは?〉
来た。
(私の……実の妹よ。幼い頃に、魔術師としての跡継ぎが居ない間桐へ養子に出ててね……)
〈何ッ……? そ、その間桐の子は君の……?〉
(ええ、年子の妹なの。どうかしたの?)
〈い、いや。君を馬鹿にする訳ではないが、血のためとは言え姉妹を引き裂くとは残酷だなと……〉
(そうね。でも、桜はそれで間桐の秘術を得られるチャンスができたのよ?)
〈そうだな……全面的に『是』と言えんが、道は道か……〉
うん? 何となく、怒るとか否定的な事を言うと思ったのに。
(反対しないの? もっと否定すると思ったのに)
〈残酷だ、非道だと軽々には言えんだろう? それはその家の実情を知らぬ他人の、所詮薄っぺらい道徳観の押し付けでしかない。ただ、親の思惑と子の心は別だ。とは言え、君がこれまで何を思っていたのか、その子が何を思っていたのか……これまた他人が口を突っ込む事ではないな。だが、この闘いの最終勝利を目指すなら、そこは迷わずにいて欲しいというのが、サーヴァントたる私の希望だが〉
そうして軽いレクチャーと今後の動きを相談していたら1時間目が終わった。そしてそれは4時間目が始まってすぐだった。
〈失礼、態度に出さず静かに聞いて欲しい。2-Cと1-Dに、一瞬だがサーヴァントの気配を感じた〉
(間桐の……いや、別の教室ってのがヘンよね?)
〈そこなんだ。君と同じ血を引く妹が召喚者なのだろう? 魔術回路のない義兄に提供できる……即ち複数いる可能性も否めんな〉
(そんなバカな)
〈そういう宝具という場合もあるぞ?〉
アーチャーの言う通りだと思った。それに囚われすぎてもいけないが、万一の可能性は常に頭の片隅に置いておくべきなのだ。私の知らない神秘なんてたくさんあるのだ。ましてやそれがサーヴァントの宝具なら。
(分身? 分裂? ともかく、何か隠し玉を持っているって事ね?)
〈その可能性がある。だから情報だけの仲と言っても十分に注意してくれたまえ〉
(わかった。あ、それと……分裂だけでなく、最初から複数召喚される可能性は考えられない? 魔力が持つのかという疑問を脇において……後世では個人の名しか残っていなくて……)
〈実体は団体だった可能性か? ……考えられなくはないな〉
(でしょう? まぁ、今は少しずつでも情報を集めるしか無いわ。今夜から出ましょう?)
〈承知した〉
(ありがとう)
今回の聖杯戦争は第五回目だ。それも60年後でなく僅か10年という間隔で始まった。それだけでもヘンなのに、参加者なのか、令呪を奪っての途中参加を目論んでいるのかそこはわからないけど、どうにも怪しい動きが多い。アーチャーを召喚する時に起きていた外での争い。アーチャーの報告では片方のグループは軍用のライフルを持っていて、服装もそれっぽかったという。教会も怪しいが、協会で専任された魔術師が不明なのも気になる。だけど軍人っぽい人達は、この両者とは無関係の第三勢力だろう。
この謎に足して、正規の7騎以上のサーヴァントが召喚されたか、そういう分裂できる宝具を持つサーヴァントが召喚された可能性もあるのだ。もっと言えば、本当に7騎までの制限なのか? 令呪も本当に7人限定なのか? だ。そもそもこの儀式の開催に遠坂はどこまで関与した?
我ながら猜疑心が強過ぎないかと自覚しているが、そこを考えなくなれば、魔術がどうこうの前に負けた気がするのだ。『余裕を持って優雅たれ』とは思うが、『心構え』は現状慎二の方がリードしている。何より『魔術師』というアドバンテージが、あいつがサーヴァントを引き連れている段階で消え失せた。
この儀式には私の知らない裏がある。だからそれを教えて欲しいと、私は放課後に慎二を屋上に呼び出した。
「今日は弓道部に出たいんですけど~」
「ごめんごめん。少し聞きたい事があるのよ」
「ふ~ん。なんだい?」
「この儀式には表向き以外の裏……言ってみれば抜け穴みたいなのがある?」
慎二の顔が怖くなった。
「聞きたいのはどれに関して?」
「どれって……そんあにあるの?」
「あるさ。遠坂が約200年。ウチは300年以上。アインツベルンは1000年以上だ。この差は埋め難い。だから最初に遠坂が儀式に最適な土地を、アインツベルンが儀式の術式を、そしてウチがそれを補完した訳さ」
この前提は理解したか? という少し皮肉げな視線を慎二は投げてきた。だから軽く頷いた。
「オーケー。で、だよ? そもそも論として一番聖杯を欲していたのは誰だ? どこの家が最初にそう考えた?」
「ア、アインツベルン……」
「そうだよ。ウチもジジイが固執しているけれど、最初にそう願い、この儀式を組み立てたのはアインツベルンなんだ」
じゃ、間桐も遠坂も後からそれに乗った……。どうしてだ? どういう理由があって乗った?
「万物の願望器というのは……?」
「さすが優等生。もう一度、そもそも論だ。サーヴァントとは過去の英雄という固定観念を外そう。奴らは何でできている? もっとわかりやすく言おうか? アイツらは何で実体を編むんだ?」
「あ。エーテル……魔力!?」
「そう、その通りだよ。膨大な魔力の塊なんだ。それも1騎で、この冬木の霊脈何百年分にも匹敵する」
「そんなにあるの?」
「あるんだよ。だからこの英霊という現象を上手く使って、より大きな事ができないかと考えたんだ。今のアインツベルンでなく、それより以前の頭首か総裁らしいけれど」
慎二はその人達は天才だと言った。
「じゃ、願望器はウソなんだ?」
「絶対に嘘とは言い切れないけど、何を対価に聖杯が現れるのか? そこだよ。魔術師の血だけじゃ絶対に足りない」
それがサーヴァント……。
「6騎で願望器としての聖杯、7騎で天の杯(さかずき)が降臨する」
「じゃ……願望器は敢えて流した真実混じりの誤情報?」
「そう。他の4陣営を、この儀式に参加させるためのね。そいつらはサーヴァントという薪を運ぶ役でしかない」
「御三家でなければ絶対に聖杯が現れない?」
「そう。それくらいは仕組むだろう。それと願望器は、それっぽい限られた範囲の願いを叶えるだけだ。言ってみれば、人の努力や労力、あるいは魔術でできる範囲……その時間を短縮するだけだよ。死んだ人を生き返らせろとか、時間を巻き戻すとか、そういう魔法の領域は叶えられない」
これは言われてみれば、それはそうだと納得できた。
「それでも御三家以外には十分だろう。重要なのは7騎を焚べた天の杯(さかずき)だ」
そうだ。それは……?
「それは一体?」
「世界の外に向かって孔を穿ち、根源への道を拓くとされている。だから第三魔法を再現したいアインツベルンの悲願となり、ジジイの夢(ユメ)となり、第二魔法を得られるかもよ? と、遠坂を誘い込んだ訳さ」
「ど、どういう意味よ?」
「座標。この術式は根源のどこに向かっているの? まず考えられるのは?」
「根源なんだから何でも揃って……」
嫌な予感がする。
「仮にギュッと圧縮されたアカシックレコードだとして、触れたらそれが必ず得たいものだという保証はない。僕の類推だと、運良く第三魔法か最後に斃されたサーヴァントの座だ。そしてそんな酸素があるかどうかもわからないところに、普通の人間が行ける筈がない。仮に行けても戻って来れるのかだ。だろ?」
私はここで言葉を失った。
「とっても俗物的な事を言わせて貰うよ。仮に魔法を得ても、戻れないなら意味はない。誰も評価してくれず、誰も褒めてもくれない。それでも光栄だと、栄誉だと思えるならソイツは救いようのない馬鹿だ。即座かじわじわか知らないけど、誰もいないところでひっそり死ぬのがオチだろうね。ちなみに魔法使いは存在すると言われるけれど、ほとんどが行方不明だよ。噂を聞くのは遠坂と関係のある宝石翁だけだろう? だけどその人は死徒だという噂もある。人類をヤメてるから帰って来れたとも考えられるんだよ」
「あ、でも、人形遣いの」
「妹の方だっけ? ものすごく土地が限定されていて、ある意味究極の変形魔術じゃないかという話もあるんだよ」
つまり正規の魔法じゃない可能性もあるのか……。
「神秘の存在を知っていて、それを使えるからってさ。物理や科学を丸ごと否定していたら現代は生きていけない。何より現代科学で証明できなくとも、実験と検証なきものを追い求めるリスクを理解していないと何事も始まらない。世界の外がどうなっているのかを著(あらわ)した魔術書は存在しないんだよ、遠坂」
魔術と科学の矛盾。だけど魔術にも科学にも必要な根本的な考え。それを慎二はきちんと言ってのけた。呆然とする私にひと声かけて、慎二は弓道場に向かった。
『後で電話するよ』
私はその言葉だけを頼りに帰宅の準備をした。アーチャーが念話で何かを言っているが、ちゃんと聞こえなかった。