※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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50、Chlöe in Fuyuki 02 & Elva in Oita 01

 私達のランドセルには定期入れがぶら下げてある。それも普通の紐でなくゴム紐を撚ったものだ。こうするとバスの運転手さんに見せやすいし、定期と一緒に入れてあるエレベーターホールや家の玄関のカードキーを取り出しやすいのだった。そう、この家は鍵がカードキーなのだ。どちらも万一の場合は、カードキーを通す読み取り機の横にあるスライドカバーを開けて、キーボードにパスワードを打てば開く。だけどこれがとても面倒くさい。

 そもそもなんで家の鍵がこうなんだろうと思うよね? でも理由を聞くとなるほどと思う。この公園やビルが既に『結界』で、ウチの3フロアは『工房』でもあったのだ。それはエルお姉ちゃんの生命が狙われる事が何度かあったからだった。元々は深山町の武家屋敷が建ち並ぶ一角に住んでいたんだけれど、そこだとセキュリティ上危ないと考えてこのビルを建てたらしい。だけど最上階に居を構えるというのはリスクがあるという。それは地上と遠いから避難経路に問題がある事、ライフラインを断たれれば家を捨てざるを得ない事などなどだ。そしてこういう高い場所に砦やお城を置くリスクは、昔から知られている事でもあるらしい。

 だけどエルお姉ちゃんは敢えてそうした。緊急避難はお姉ちゃん達の空間転移魔術もあるし、その術式を礼装化したものが家族やメイド達全員に配られていて、冬木の森の中にある別荘に全員移動できるようになっていた。だから非常階段はあるにはあるけれど、そこへの扉はいつも鍵が掛かっていた。それでもって唯一の通路である、エレべーターの前は小次郎さんが護り、公園にはアサシン達が張っている(だからチカンに遭うなんて、本当はありえない)。

 またこの家に直通の3基のエレベーター(予備を含め、本当は4基。この4基めの予備は大型で、家具やバイクの上げ下げができる搬入・搬出用だ)は、実はビルの中央を通っていて、ホテルなどからは隔離されてどの階にも昇降口がない構造だった。

 それでここは本来なら第四次聖杯戦争の終盤で、ママが聖杯となる降霊地だった。という事は冬木という大霊地の中で、凜の家や柳洞寺、言峰教会、遠坂神社には劣っても、それらの中心にあるそれなりの霊地でもあったのだ。だからビルの結界にはそれなりの魔力が使われていて、置換魔術と空間転移魔術を組合わせた大魔術が常時掛かっている。ようは冬木港の沖合から駆逐艦や巡洋艦が、このビル目がけてミサイルを発射しても、そのミサイルは発射した艦に直撃するようになっているのだ。

 

『魔術ってそんな事もできるの?』

『『できない』とそこで諦めて留まれば、絶対にできません。できると信じて、術式を組み上げたからできたんですよ。それが5年生の時でした。早熟である事が総裁になるコツとは言いませんが、そういう事を考えるのが私は好きです。商売でお金儲けをする事よりも、そういう面白い魔術を考える方が、本当は好きなんですよ』

 

 エルお姉ちゃんは、そんな風に『魔術そのもの』が好きな人だった。だから誰も思いつかなかった深い事を考え出しちゃうのだ。それで、並行世界で出逢ったエルヴァも同じタイプで、自分以上だとお姉ちゃんは話していた。あの子やあっちのクロエやイリヤに逢ったのが去年の春だ。その時も身長に少し差があったけれど、今はもっとだと思う。来月から皆んな6年生だけど、本当は私もイリヤも中1だ。だからこのところ前より背が伸びるのが早くて、寝ていて関節が痛い。制服も袖が短くなった。なので小さなお姉ちゃんの、新しい(中等部の)制服を注文する時に、私とイリヤもサイズの大きなのを注文した。

 エルお姉ちゃんもイリヤお姉ちゃんもお小遣いには厳しいけれど、生活に必要なものを揃える時はお金をバンバン出してくれた。特に衣類は。お古も貰ったりしているけれど、『あれ良いな』と思ったものを知らせれば、お金を渡してくれるか、セラやマーヤさんに預けてくれていた。それは私やイリヤの『センス』と『TPOがわかっているかどうか』を見るためだった。他人はその人を、まず服や靴、帽子やバッグなどから判断する。モデルのお仕事のお陰で、私とイリヤのセンスは随分磨かれたと思う。いかにも小学生という服(特に今着ている制服なんてそうだ)もあるけれど、高校生ほどじゃない、少しだけお姉さんな感じの服(中学生っぽい?)もクローゼットに増えた。

 でも、重要なのはオシャレになる事じゃない。そういう事を知って学んで、アインツベルンという家名に恥じない言動を取れるかどうかだった。それが代々のご先祖様を敬う事にもなるのだ。

 

『魔術師なんて因果な趣味を続ければ、お墓の下に遺骨なんて残らない事もままあります。だからこそ、お墓参りよりも家の名を穢さない態度や行動が重要なんですよ』

 

 だから巫女のお姉ちゃんもイリヤお姉ちゃんも、エルお姉ちゃんも、横断歩道を渡れなかったり、荷物が重そうなお年寄りを見掛ければ、バイクやクルマをそこら辺に停めて、手助けしたり誘導したり、荷物を持ってあげたりしていた。しかも美遊までが時間が合えばセラ達のお買い物を手伝い、スーパーのカートの乱れや乱雑なカゴの積み上げを直したりしていた。そして今もさっきのコンビニで買ったジュースを自分の手で持って、この公園に落ちているゴミをせっせと拾っては、その空いたレジ袋に詰めていた。

 こういう子や人達と毎日一緒にいると、こっちまで自然とそんな事をするようになる。『家の格』ってそうやって守られて行くんだなってつくずく思うようになった。

 

『たいていどこの国も、『その他大勢』と括られる大衆は、ナイーヴな日和見主義者で、選挙用語で言うところの浮動票保持者です。この浮動層をどう動かすかで選挙どころか、流行のお菓子やジュースなどが決まります。特に日本人はシャイですから『大義名分』がなければ、『恥ずかしいから』と人として当たり前な『良い事』がスッとできません。ですが『大義名分』となる『理由』があれば、これほど統率が取れた団結をする民族は他にありません。試しにクロちゃん、あなたがお友達に見せ付けるかのようにそういう行動を取ってみなさい。真っ先に一緒に動いてくれるのがタツコちゃんでしょう。それで他の子も動きます。普段はダメダメに見えても、あの子はそういう子です。そしてそういう人に釣られて、他の人も動くものなのです。だからあの子はおチビちゃんと親友なんですよ』

 

 お姉ちゃんは良い事も言うけれど悪い事も包み隠さず話す人だった。

 

『世にいう『スピーカー』『インフルエンサー』があの子です。私は『ビリヤードの先頭の球』と表現していますが。そういう人をピンポイントで見付ける事が、ヒット商品を生むコツですよ』

 

 これってタツコを(たぶん本心から)褒めてもいるけれど、『タツコも、タツコと仲の良いイリヤも流されやすい子』って意味なんだよね。なんだかなぁ……。

 

 

 

『ただいま』と玄関で声を出しても返事はない。イリヤお姉ちゃんのセラと小さいお姉ちゃんのセラは、イリヤの仕事の合間を縫ってできあがった制服を引き取りに行っているはずだし、エルお姉ちゃんとイリヤお姉ちゃんが居ないから、マーヤさんとルオンさんはデートだろうし(鬼の居ぬ間に洗濯だ。なお、マーヤさんの彼氏は私の素だったカードの英霊、2番めのアーチャーその人だ。エルお姉ちゃんから許可が出たのになぁ。その分、私は泣いた訳だけど……)。それと2人のリーゼリットは、劇場版アニメを観に行く予定と今朝聞いていた。学生兼メイドのトントのお姉ちゃんとペッコのお姉ちゃんの2人は間違いなく学園で部活だろう。イルマさんはパパと同じで、またまたヨーロッパだ。お仕事は別々だけど、どちらも夏まで日本に戻らないと聞いている。ちなみに一昨年前の冬まで居た、コティさんというメイドはお仕事が当たって自分を買い戻し(『身請け』というらしい)、今は海外で暮らしていた。

 

 

 さて。廊下を少し歩いたところで、私は美遊と別れた。自分の部屋に行ってランドセルを置くのと着替えるためだ。この玄関に近いところに私とイリヤの部屋が並んであった。設計の時はお姉ちゃん達の部屋だったけれど、自分達のキッチンが欲しいとの希望で、1階下に自分達の部屋と(エルお姉ちゃんは洋室だけど、イリヤお姉ちゃんの部屋とリビングは和室だ)、家庭科の調理実習室より広いキッチンを作ってしまったのだ。そこへはこの廊下を進んだ先にある階段から、エレベーターを使わないで、中から降りる事ができるんだけど、当然お姉ちゃん達の部屋には鍵が掛かっている。卒業式を終えた2人は、現在留守なのだった。今、エルお姉ちゃんは巫女のお姉ちゃんやセイバーとバイクで九州へツーリング中で、イリヤお姉ちゃんは小さいお姉ちゃんと一緒に、お仕事の打ち合わせでドイツだった。このドイツには春休みに入ると私達も行く事になっていた。

 また、巫女のお姉ちゃんの部屋はそのもう1つ分下のメイド達の階にあって、メイド達と同じ8畳くらいの部屋(洋間)だった。なのに小さいお姉ちゃんの部屋は、美遊の部屋と対らしく20畳くらいの広さがある(こちらも洋間)。しかもパパやママの部屋に近い。これは子供が増えれば部屋を区切って使うつもりだったのと、空きを客間にしようとパパとママが考えていたからだ。となると計画段階でのお姉ちゃん達の部屋が狭い(私とイリヤの部屋は、クローゼット別で1人12畳くらいの広さがある洋間だった)。その理由は、自分達のキッチンがあれば後はどうでもいいと、お姉ちゃん達が考えていたからだった。

 ビルを建てたのはエルお姉ちゃんだ。そこに家族の希望を足した感じと言えば良いかな?

 

 着替え終えて、脱いだ制服をハンガーに掛けクローゼットに仕舞った。帽子は勉強机の横のコート掛けに。部屋を出た私は美遊の部屋のドアをノックして声を掛けた。誰も居ないので私が美遊の相手をする事に朝から決まっていた。だけど美遊は宿題をした後、自分だけで魔術の練習をしたいと言った。

 

「気を遣わなくて良いのよ?」

「ううん、大丈夫だよ。何かあったら知らせるから」

 

 そんな美遊のお言葉に甘えて、私はカードキーを持ってエレベーターで地下の駐車場に向かった。

 

 

 

 エレベーターは地下4階で止まった。ここは丸々ウチの駐車場だけど、ビルの面積分地下がある訳じゃない。半分は地上に出る通路になるからだ。そして三面の壁側に、クルマ置き場、バイク置き場、整備場と分かれていた。この整備場に用があったのだ。整備場はクルマのリフトやバイクのリフトなどが並んでいて、重そうな金属の工具をしまう、車輪付きの大きな棚が3台もあった。これ以外にも知らない工具や装置があるし、小部屋も3つあった。一つはエンジンルームと書かれていて、一つは整備書などが置かれた資料室(ここだけ煮沸室があってお茶を沸かせる)、もう一つはエルお姉ちゃんのロードバイク置き場兼整備室だった。

 4年生の時、外が雨だったのでこの駐車場で遊んでいたら、ロードバイク置き場にタツコが勝手に入っちゃってカーボンのフレームを傷つけてしまった事がある。エルお姉ちゃん、めっちゃ我慢していた。なのでそれ以来、ここに友達は誘っていない。本当は駐車場なんかで遊ぶものではないという事くらい知っている。けれどここはウチ専用で、クルマやバイクはシャッターの中だ。そしてその前には、バイクの試し乗りができるくらいの、かなり広いスペースがあるのだ。だからシャッターの中に入らなければ、遊んで良いと言ったのはエルお姉ちゃんだったのだ。まさかよりにもよって、整備場の中のロードバイク置き場に潜り込むとは……。

 

 それはさておき、私がここに来たのは魔術というか錬金術の練習が目的だった。私は魔術師でありたいと望み、お姉ちゃんの弟子となり、総裁になりたいがために、未婚でまだ10代のお姉ちゃんの養子になった。これは法律がどうこうでなく、後継者となったという意味だ。だから真面目に修行しないと別の人が指名されてしまう。そしてこれはあくまでも第11代目が、現段階での13代目候補として私を推したというだけでしかない。

 ちなみに第12代目候補は現在3人にまで絞られているけれど(去年までは5人居た)、おそらくこの人だろうというのは決まっているらしい。なんでって思うけど、これには理由がある。本当ならエルお姉ちゃんくらいの実力があれば、死ぬまでアインツベルンの総裁であってもおかしくない。それでも次の候補のお話があるのは、ハーウェイ全体の総裁にエルお姉ちゃんがほぼ決まっているからだった。これはお祖父様が引退したがっているのと、エルお姉ちゃんの実力を皆んなが知っているからだった。多分だけど、20歳から25歳頃までに就任するだろうとの話だった(その若さで『長老』になるって事だ)。

 それで、12代目候補筆頭のその人はエーベルハルト系ではなかった(ノイントのお祖父様の事。お祖父様の魔術師名でもあるけれど、そちらの系統のご先祖の名でもある。お仕事で使う場合の表の名はエルンスト・ラインハルト・ハーウェイで、こちらが本名らしい)。これにも理由があって、それはエーベルハルト系が二代続いているからだった。だから私は13代目候補なのだ。

 でも、お姉ちゃんみたいな早熟な天才でもない限り難しい。もう2年以上ここに居るんだから、それくらい私にもわかっている。だから5年生になった時から、眠る時は必ず睡眠学習の礼装を身に着け、胸の聖杯に刻まれた魔術を自分でも理解できるように、催眠学習も定期的にして貰っていた。そこでネックになったのが私の特殊性だった。

 私はアインツベルンの魔術師で、本名はイリヤスフィールだ。つまり巫女のお姉ちゃんや、イリヤお姉ちゃん、それに小さいお姉ちゃんと同じで、その魔術属性は『地』なのだ。だけどアーチャーのお兄ちゃんのカードで『地』とは別に『剣』を手に入れた。この『剣』が『火』の変形だったので、私の中に眠る、パパから受け継いだ『火』が活性化した。わかる? 何と私は、『地』『火』『剣』という三重属性なのだった。これは元の世界のリンも気付けなかった事だ。

 だけどその分、裏の属性が消えていて(妹のイリヤには残っている)、そこが活かせないから足りないものを補う必要があった。特に重要なのが、家の魔術である錬金術なのだった。というのは、ここをしっかり伸ばせば『剣』がもっと活かせるし、『投影』にも活用できるからだ。

 なのでツーリングに出る前のエルお姉ちゃんから課題が出ていた。それはヤマハの『RZ50』というバイクのタンクの鍍金(メッキ)だった。

 

『別にメッキだけに絞る必要はありません。彫金で何かの柄を描いても良いですし、槌目でも良いです。何なら別の金属で作り直しても良いですよ』

 

 そして目の前にはナンバープレートのない、新品の『RZ50』が1台と、解体屋さんから買って来た壊れた『RZ50』が2台あった。その壊れた『RZ50』のタンクを、エルお姉ちゃんが帰って来るまでに鍍金するのが課題だった。お姉ちゃんは三輪車に乗った記憶がないという。そもそも持っていなかったそうだ。物心付く前に自転車を与えられ、幼稚園に通う前からバイクを与えられたという。それはお祖父様や乳母の2人が自転車やバイクが好きだったからというのもあるけれど、最大の理由はお姉ちゃんの視野を広げるためだった。

 

 人は誰かの操縦する乗り物での移動だと心の地図が広がらない。自分の足や自分の操縦する乗り物でどこかに行くから、地図が広がるのだそう。そしてそこで出逢った人々との会話や見た景色、食べたもので感動するから、より深く記憶に刻まれる。

 

『想像じゃありません。自分が味わう本物の実体験です。だからきちんと考えられる自分になれるんですね。旅先で出逢った人とケンカをしたいですか? 違いますよね? その出逢いが印象深ければ仲良くしたいですよね? となれば、言葉の一つ一つを選ぶようになります。また視野の拡大や地図の広がりとは、世界観の広がりと同義です。『ああ、そういう事もあるんだな』『そういう考え方もあるんだな』と、その実体験からますます広い考え方が学べます。それがビジネスや魔術のアイデアに繋がるのですね』

 

 そういう事だった。勿論バイクに乗れば動体視力の向上が見込めるし、反射神経も良くなるだろう。だけどそれ以上に自分を広げ、総裁に相応しい自分が形作られる事が最大の効能だと教えてくれた。もしかしたら半分だけ本当で、後の半分はバイク仲間を増やしたいだけなのは最初からわかっていたそうだ。それでも整備したり修理したりする事で覚える道具の使い方や工夫、またそういう発想の仕方が新たな自分の糧となるのは実感していたという。

 だからと、もし嫌じゃなかったら教えてあげるからバイクに乗らないかと誘われたのが、5年生になった春頃だった。与えられたバイクはヤマハの『YZ85LW』。ライトも方向指示器もない子供向けのレース用オフロードバイクだった。勿論無免許なので乗るのは郊外の森の敷地内か、そういう隔離された場所だけだ。オフロードなのはそれがバイクの挙動を覚える近道で、なおかつ必ずコケるからだった。コケるからコケないように、コース取りやタイヤの通るところを見て考える。そしてその考えた事や工夫した事は『痛さ』とセットだから忘れない。つまり私が『総裁になりたい』と言ったから、お姉ちゃんも本気で応えてくれている。その近道がバイクなのだった。それでこの春からいよいよ6年生になるから、バイクの修理や整備に、私が足りないと感じている錬金術を絡めてきた訳だ。

『RZ50』は雑誌を見て自分で選んだ。お祖父様の『モペットは危ない』やシロウさんの『原付きは危ない』を守っているエルお姉ちゃんは、原付きを1台も持っていない。なので今売られている新品(お手本)と、壊れたバイク2台と、必要になるだろうパーツと整備書をこうして用意してくれたのだった。壊れた方のエンジンはとっくに下ろしてある。その内一つはお姉ちゃんが修理済み。ボアアップと言って、65ccあるそうだ。それを『高等部に上がって免許を取れば二種登録してあげるから、頑張って50ccの方を自分で直しなさい』と言われているのだ。アーチャーのお兄ちゃんが時々手を出したそうに見に来るけど、『グラム』の投影と同じで自分でしないとね。まぁ、取り敢えず今はタンクだけど。

 そのタンクだけれど塗装は剥がされ凹みもないしサビもない。これもお姉ちゃんがやったのだ。

 

「ここにメッキかぁ。自分で描いたスケッチは、横が銀で上から見える部分が黒だったけど、ブロンズみたいな色でも良いよね。それで音叉マークが左右で繋がるような大きさにして、それは黒。うん、良いね。となると、リアのカウルも同じにして、サイドカバーはブロンズだな。ここを錬金で造れたらなぁ」

 

 ブロンズ部分はペイントでも良い訳だから、取り敢えずタンクの銀メッキだ。スプレーで脱脂して乾燥した後に、私は意識を集中して魔術(錬金術)を掛けた。

 

 メッキが終わった頃に上からの内線電話が鳴った。美遊からかな? 壁の時計を見たら夜の7時だった。え~!?

 私は大慌てで電話に出た。やっぱり。もうイリヤもママも帰っていて、晩ご飯のお誘い電話だった。

 

 

 

 

 

 今回の旅行計画の発端は、『エル』が『現象となったエル』に敗北を喫したと認めてしまった事から始まった。有り体に言えば『身内を殺された』事で『鬼』になった並行世界の『自分』を恐れたのだ。もう1人の『ちぃイリヤ』を、あの子の世界へ送った後、私達は元の世界に戻った訳だけど、戻るやいなやあんなにタフな子が『疲れた』と漏らしたのだ。

 まぁ、初めてあちらに行った頃から『違和感』があったそうだし、何よりエルヴァが流された理由や、あそこに行って以降、今まで存在が皆無と思っていた並行世界の自分に何度か遭遇するようになった理由、それらが全部『現象となった自分』に繋がっていたと気付いたのが大きかった。

 だから今回の旅行を、私から『エル』に提案したのだ。名目なんて何でも良い。卒業旅行にかこつけたツーリングでも何でも良いのだ。イリヤも参加できたら良かったのだけど、パミやミトからの依頼があってあの子とちぃイリヤはドイツに行く事になってしまった。しかもそれを計画していたのが、人形を使った『エル』だから堪らない。そんな事ばっかりやっているから『疲れる』んだよ?

 ともあれいつものトランクに衣類や必需品を詰めて、『エル』に預けたのが出発の前日だった。そしてその前日、私はシロウ(義弟/2番めのアーチャー)に、『マーヤと楽しんで』と言葉を残した。シロウが私を心配するように、私も長い間シロウが心配だった。だけど受肉のクスリを使っても効果がない、もうヒトには戻れないシロウをマアエモは受け入れてくれた。それが嬉しかったし、シロウみたいな子は、しっかりした相手でないと難しいからね。となるとマアエモは理想の女性だ。しかも彼女、見た目は20歳前後だけど、稼働年数も20年ちょいで『エル』の数歳上でしかない。なのでシロウとお似合いだと思う。

 

 それで出発の日を迎えた、私、『エル(今回は人形じゃなく正真正銘の本人)』、セイバーの3人は早朝に家を出た。向かうは大分県だけど、慰安旅行でもあるので走り疲れたら意味がない。だから神戸から出るフェリーを予約してあった。出港は夜7時。1時間前に乗船開始と思うので、6時までに乗り場に到着すれば良い。ではどうしてこんな12時間も前に出たのかというと、それが『エル本人を引っ張り出す条件』でもあったからだ。

 まず今回、シロウと同じくアルさんも来ないし(なので彼は現在欧州でイヴの仕事だ)、アサシン達も付かない。『エル』にリラックスして貰うため、本当に3人だけの旅なのだ(セイバーが護衛というだけで十分だ)。なので冬木の結界を見回り、アサシン達の寮へ出発前の連絡を行い、凜(セカンドオーナー)の家にご挨拶し、リン(大魔導師)とシロウ(その夫)の家にも挨拶へ伺い(そこにいるアルトリアにも挨拶し、リンとともにお土産を頼まれた)、病院へ出産間近のアルトリア(姉)をお見舞い(帰った頃に産まれているだろう)に行ったりとあちこちを回ったらお昼で、ゆっくりと昼食を摂ればいい塩梅の時間だったから、それから冬木を出て神戸に向かった。

 

 先頭はセイバー。青い水冷の『Z750』は彼女が自分で選んだもので、出たばかりの頃に『エル』がプレゼントしたものだ。私が先に『Z1000』を買っていて、それを試しに貸してあげたらたいそう気に入ったらしく、とうとう正規に免許を取得までした(戸籍上はアルトリアの妹というカタチ)。それで『Z1000』でなく『Z750』にしたのは、トータルバランスが『Z750』の方が良いと見抜いたからだった。私も借りて『Z750』の方が乗りやすいと感じた。だけどあのヘンなマフラーが私は気に入っていたし、カワサキっぽくない色(パールブレイジングオレンジ)も好きだった。

 セイバーの『Z750』はオリエンタルブルーという色らしいけれど、彼女に良く似合っている。だけどこのバイクのシート高は815mmだ。ブーツを履いているとは言っても、後ろから見ると信号待ちでエライ事になっているんだけど。まぁ、今回はあちらで『林道』も走るから、そちら用に『エル』に預けた私の『KLX250ES(シート高885mm)』よりマシだけど。ちなみに『エル』は林道用に『Honda SL230(最終型/錬金術で仕上げたタンク)』を出し、新たにナンバーを取っていた(こちらのシート高は805mm。ほとんどあんこが入っていない)。セイバーにはいつものナンバー付き『Yamaha SEROW225』を貸していた(こちらのシート高は810mm。これもほとんどあんこが入っていない)。

 

 セイバーの真後ろを走るのは『エル』で、この子はいつものカスタムされた96年製『ZEPHYR 750RS(D1)』だ。元々、ひょんな事から『Z1』などの海外輸出された旧車を集めるようになった子だから、当時初等部の4年生だった『エル』から『これを買って来て』と頼まれてもマアエモは驚かなかったという。と言うのは、日本に来てから散々コレクション用や転売用として、代理でバイクを何度も買って来たからだ。だけど2バルブのこれを、将来の自分が乗るために手に入れたとは思わなかったらしい。

 私やシロウが『エル』に出逢う前だ。そんな頃に手に入れ、パーツリストから補修パーツをストックして行き、整備書片手に自分好みに仕上げていった。火の玉のタンクは『Z1』をイメージしたものだけど、玉の部分はガンメタのアルマイト仕上げで、縁のラインには地のキャンディアップルレッドが通っている。そして残りの部分もキャンディアップルレッドと色合いを反転させていた。テールカウルとサイドカバーは当時から出ていた『Z1風』の社外パーツで、それらもキャンディアップルレッドとガンメタだ。ナンバーは『◯◯ あ ……-11』。これを手に入れた時から取っていた。

 マフラーは最初、ステンレスの集合だったと思う。それが『XJR400R』を乗るようになった頃からチタンになった。『XJR400R』はずっとステンレスだったからゼファーが好きだったのだろう。ただし好きなのは750だけだ。400のゼファーは好みではないと話していて、『XJR400R』を買わなかったら、『ZRXⅡ(400)』を選んでいたという。

 その『ZRX(400、カウルのある方)』を私が持っているので何度か貸してあげたら、『やはり良い』と紅潮して話していた。実はこの子、『ZRXⅡ(400)』どころか『ZRX1100Ⅱ』や『ZRX1200』も持っているしコレクションしている。だけどナンバーは取っていない。維持費が~、保険料が~、置き場所が~、身体は一つしかないんだよ~、そんな悩みなんて皆無だろうにね? でもそこが『エル』の面白いところだ。

 種明かしというか私の勝手な解釈だけど、ゼファーは『日本限定の好き』なのだと思う。ドイツに行けば『ドイツ限定の好き』があり、アメリカに行けば『アメリカ限定の好き』があるのだろう。なのでこの子の『分身達』も好みが意外なまでにバラバラだ。

 

 それで最後尾を走るのは私で、勿論バイクは2003年に速攻で買った、水冷の『Z1000』だ。これ以外に『ZRX(ZR400-E5/99年製/ファイアークラッカーレッド)』と、中古で買った『KLX250ES(97年製/ライムグリーン)』とを持っている。私はそれまでバイクなんて興味がなかった。だけどこの世界にはマーヤにルオンという無類のバイク好きな乳母に育てられた『エル』が居て、これまたバイク好きなシロウ(大魔導師の夫)までが居た。だから私も少しずつ興味を持つようになった。私をカワサキ党にしたのはイルマだけれど、免許取得を薦めてくれたのはマーヤとルオンでありアルトリアだった。

 

『お前も私と同じで、二度めの人生だ。誰かのためでなく自分自身が『愉しい』『面白い』と感じる事を追い求めんと、つまらない人生になるぞ?』

 

 ここに来たばかりの頃、そう言われたのだ。だから私は『そうだよね。夢見たり、想像する事を楽しむのでなく、実際に行動しないとね』と考えた。それで森の中でオフロードの練習をしていた『エル』やイリヤの姿を見て、『面白いのかな?』と思って、試させて貰った。と言うのは、『エル』もイリヤも、何度も何度もコケているのだ。だけど2人とも『痛い』って泣き言を言わないし、練習を辞めない。

 その頃の『エル』もイリヤも10歳だったのだ。私が聖杯戦争のために日本に来たのが18歳だ。魔力を溜めるために小さな体で成長が止まるよう調整されていたあの頃なら、きっとコケる度に『痛いよ~』って泣いていたと思う。だから『負けてられない』とその子供向けのオフロードを借りて乗った。ヘルメットやプロテクターは、体を小さくして『エル』に借りた。教わりながらコースをゆっくり走った。意外に面白かった。それで調子に乗ってスピードを上げてジャンプセクションで派手にコケた。バイクがゴロンゴロンと転がるくらいのコケ方だった。『痛かった』けれど『もっと上手になりたい』と思う気持ちの方が上だった。だから何度も再チャレンジした。だけどそんなにすぐできるようになる筈がない。でも、とっても愉しかった。

 

『ああ、強制的に……無理矢理覚えさせられた魔術じゃなくて、自分からやったからだ。それに冬木に行くと終わるんじゃんくて、明日も明後日もあるからだ。だから楽しいんだ』

 

 そんな人として当たり前の感情を、私はその時に初めて知ったのだ。だから最初に私はオフロードのバイクを手に入れた。アルトリアから譲られたそれが、『Kawasaki KDX125』だった。2ストのエンデューロだけど、名前に『SR』の付いた国内モデルでなく、アメリカ向けで保安部品が取り払われたレーサー仕様だ。今も森に置いてあるし、時々乗っているけれど、フェンダーは最初から割れていて、今はもっとボロボロだ。

 ここでの第四次で『CBR900RR』を駆ったアルトリアがここまでバイクを壊す? と、不思議な気もしたけれど、乗ってわかった。もう最初の頃のバーサーカー以上にいう事を聞かない。

 

『うん。フェンダーが割れているのは、樹に激突したからだ。曲がったフォークやレバー類は交換してある。腕を磨くには丁度良いだろう』

 

 そう言ってタダでくれたのだ。そんな私が今は、大型バイクを走らせるまでになった。と言うかイリヤに触発されて、『250TR』が欲しいと考えている今日このごろだ。

 

 

 神戸港に着いた時は5時半だった。窓口で手続をし、料金を支払った。乗船の列にバイクを並んで止めると、『エル』がそこいらのライダーさんを捕まえて写真を撮って下さいと頼んでいた。

 

「ええっ? 外人さん?!」

 

 この相手が驚く姿は、毎度毎度の光景だ。

 

「ああ、日本育ちなの……良かった、言葉が通じて。驚いたよ。けど、女の子3人で全員大型バイクなの?」

 

 そう言いつつ、このお兄さんも大型だった。色は真っ黒で、タンクの赤いウイングマークが渋い。『CB750(RC42)』だ。宮崎ナンバーも激シブ。実家の兄か父親から譲られたのかな?

 

「はい、私の高校卒業記念に姉達と九州へツーリングです」

「え? 君、高校生だったの?」

 

 それで『エル』は免許証入れを出して見せていた。中に穂群原の学生証が入っているのだ。そこから乗船までの時間、お兄さんや他のライダーさんを交えて話をした。ちなみに荷物や着替えは宿に宅配便で送った事にしている。人の良さそうな、シロウより少しだけ若く見えるお兄さんは、思った通り大学生で、春休みを利用して実家の宮崎に帰省するそうだ。何度も宮崎に行っていて名物も食べ物も知り抜いているのに、『エル』はそれらを楽しそうに聞き、お店の名が出ればメモに取っていた。

 本当に聞きたいのは知られざる林道で、地元の人しか知らない温泉ったと思う。だけど温泉とくれば大分であり熊本であり鹿児島だ。宮崎は温泉でなく地鶏とチキン南蛮だと、横で聞いていて思った。後はスイーツかな。でも後で聞くと、『エル』は宮崎牛と佐賀牛などと地元の但馬牛の違いや、大分と宮崎の椎茸の違いが気になったそうだ。それとお魚は九州だと、どの県でも美味しいだろうと話していた。

 

 いよいよ乗船となり、バイクを進めた。係の人に指示された場所に駐輪し、ロックを掛けた。錬金術で造った特製で、『天の鎖』の概念が上乗せされている。なのでボルトクリッパーの歯の方が欠けるほどの強度がある。

 お兄さん達他のライダーにお礼を言って、ヘルメットだけを持って、狭い階段を上った。たどり着いた部屋は4人部屋だ。そこは私達3人だけだった。部屋に入ると『エル』はすぐにトランクを出してくれた。ライディングジャケットや、パンツにブーツを脱ぎ捨て(『エル』がブーツにスプレーをしてくれた)、私達はカジュアルな衣類に着替えた。そして髪を整えるのを忘れない。カメラにビデオ、財布などを持てば速攻で食堂前の券売機でバイキングとドリンクのチケットを買った。それから甲板に行った。フェリーの出港風景をカメラに収めるためだ。『はい』っと『エル』から紙テープを渡された。

 

「え? 私達が投げるの?」

「そうですよ。下から投げるってどんな強肩ですか。風もあるのに、そんなのアルさんでも無理ですよ」

 

 それはそうか。

 

「この紙テープって世界中どこでもあるものなの?」

「いいえ。サンフランシスコ万博に出店していた、ある日本人の業者が持ち込んだ紙テープが売れずに困っていたそうです。それを見かねた日本人の人がアイデアを出してくれて、『お別れの握手に使いませんか?』と港で売ったら結構売れたらしいですね。それが起源だとされています。ところがアメリカでは定着せず、日本でのみ広まったようで、よってこの儀式は日本でしか見られない光景です。ただし、日本の船舶でも港や船の用途によって紙テープ禁止の場合もありますね」

「へぇ~」

「何となくですが、岐阜の白線流しみたいに、惜別と言うか、郷愁を感じます。生粋の日本人ならもっとでしょう」

 

 あ~、何となくわかる。やがて汽笛が鳴り響く中で、紙テープの吹雪が舞った。うん、確かに。下からじゃ無理だ。本当に面白いなぁ。

 

「『エル』、そろそろ。お腹が空きました」

 

 このブリテン女は! 情緒も何もないの?!

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