※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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52、Chlöe in Fuyuki 04 & Elva in Oita 03

 いよいよ大谷渓谷に乗り出した。先頭は『エル』の『SL230』、次がセイバーの『SEROW 225』、そして殿(しんがり)が私の『KLX250ES』だ。セイバーが息を呑んだ。それは私も同じだ。事前に聞いていたから知ってはいたけど、本当にチャパチャパと川に入って走るんだ?

 チャパチャパ、パシャパシャと、木漏れ日で輝く水面をかき分けて『エル』が進んでいく。そしてセイバーはあの子が残していく漣(さざなみ)の真ん中に進む。水の下がどうなっているのか、本来なら見えるくらい浅いし、水は透き通っている。だけど『エル』やセイバーの後だと2人の残した漣(さざなみ)で、水面下のインフォメーションがかき消され3番めの私には何もわからない。でも、『窪み注意』『左、深いから行かないよう』『右上見て、綺麗』などなど念話で送ってくれるので安心感はある。

『エル』はずっと立っている。膝を伸ばして棒のようにはしていない。少し曲げてクッションにしつつ、踝(くるぶし)でフレームを挟み、膝下の内側でタンクを挟んでいた。この子はトレッキングの場合、いつもこういう乗り方をしていて、そのためにハンドルを若干上げていた。

 

 私は『エル』が『SL230』を出た当初から手に入れていたのは知らなかった。それを知ったのは、『FTR223』や『XL230』を試し乗りしていた頃だ。2000年から2002年に掛けての頃だったと思う。乳母でホンダ党でもあるマーヤ(マアエモ)は、『お嬢様、まんまとホンダに乗せられて……』なんて話していた。

『XL』や『XLR』は知らなくても(まだ鋳造されていなかった)、『AX-1(ND21)』や『XL DEGREE(MD26)』を秘蔵し、『XR250(MD30)』を駆り、『XR BAJA(MD30)』と入れ替わって出た『XR250 MOTARD(MD30)』を最近の足にしているマーヤからしてみれば、『SL230(MD33)』や『FTR223(MD34)』『XL230(MC36)』、最近出た『XR230(MD36)』などなどの一連のバイクは中途半端に見えたのだろう。(この後に『XR230 MOTARD(MD36)』や『CB223S(MC40)』と手を替え品を替え出て来る)

 ただ、海外で出た『CRF230F』やその後の『CRF230L』『CRF230M』は保安部品のないレーサーだけど(『SL230』などと基本同じエンジン)、初心者向けだと褒めていた。それでクロちゃんやおチビちゃんはともかく、私のケースからちぃイリヤの事は予測していたのではないかと思った。まぁ、あの子がバイクに興味を持つかどうかは謎だけど(クロちゃん次第かな?)。

 

 それはともかく、『エル』は本当に操縦が上手い。窪みに前輪が落ちそうになると、咄嗟にアクセルを開けて後輪荷重にし、前輪を浮かせ窪みの横を通ったりしている。セイバーはそれを真似て回避する。勿論、後続の私も。あの『繰り返される世界』にあった大聖杯から切れているセイバーは、『エル』の魔力だけで存在している。だからクラススキルが今はないのだ。だけど記憶はあるし、『エル』がお手本を示せばこうして走れてしまう。元々センスが高いのだ。

『エル』は言う。アルトリアが『セイバー』だった頃の操縦は、この十数年を『人として積み上げた』技量と変わりなかったと。幼かった『エル』を護るために、アルミの太いスイングアームにヒビやシワが入るほどの操縦をしていたそうだ。そんな『セイバー』は世界を巡るようになっても、姉のアルトリア以外居なかったという。

 

「ちょっ、『エル』!」

 

 セイバーの声だ。何だと『エル』を見やれば後輪が少し浮いていて、そのブロックタイヤが後ろに水を跳ね上げていた。それがセイバーに思いっきり掛かっていたのだ。

 

「ごめんなさい。そこ、大きな穴ボコがあります」

 

 どうやら後輪がそこにハマり掛かって、前側に荷重移動しながら前輪ブレーキをロックしない程度に掛けたのだ。これは座っていながらだとできない。立って操縦しているからこそだった。しかもあの子、デフィカルなところを『愉しむ』ために、水中に『探査魔術』を掛けていなかった。オンロードのバイクやクルマなら、これでもかと礼装を仕込んで来る子が、オフロードに何も仕込まない筈がない。だけどこういうトレッキング程度なら何もしない。もしかしたら『SEROW 225』と違って、あの『SL230』には端から何もないのかも。いや……そういう事のようだ。仕込みまくった『SEROW 225』でなく、何もない『SL230』だからこそ、ここでのバイクに選んだのだと思う。

 

 暫く走ると大きく左に川が曲がった。そこから先は大きな岩がゴロゴロしていた。その少し先の川岸のような場所で2人組の男性が止まっていた。どうやら休憩中で、その2人のバイクも『SEROW』で『225WE』の最終型、『BA-DG08J』の黒と青だった。セイバーの『SEROW』は『W』から『WE』になったばかりの『4JG6(97年)』のモデルで、『エル』は緑っぽいのと青いのと赤いの、全部を持っている。ナンバーを取っているのはその内の青で、今回はそれをセイバーに貸していた。ちなみに『エル』の本命はこの翌年に出た『4JG7』で、タンクに大きなカモシカの絵が描かれているのが特徴だ。これは前年の『GPS SEROW』で話題になったグラフィックだけど、これは後年高値が付くと、僅か10歳(97年4月発売。7月で11歳)の女の子が、この青緑と赤いのとを5~6台ずつ手に入れていたのだから参ってしまう。(イリヤは赤を譲られているけど、『鈴菌(※)』なので乗っておらず、森の館に置きっぱだ。またこの館がまるで倉庫で、私の記憶にないデザインだった。何でも第四次で、元の館は破壊されたのだとか。また同年の『BRONCO』も、カラーオーダーの全10色と元の黄色と銀を数台ずつ持っている。こちらは人気がなく失敗したっぽい。だけど『TW』と併せて黄色いブロンコに高1の頃にナンバーを取って乗っていて、それは『FTR』と同じくとても乗りやすかった。後年出た『Tricker』は『BRONCO』のリベンジだ)

 ナンバーは『大分』、地元の人だ。手を上げると上げ返してくれた。なので私達もそこで休憩を取る事にした。かれこれ1時間近く走っていたと思う。降りてスタンドを出し、ヘルメットを外すとまたまた驚かれた。だけどホッとした雰囲気も感じられた。

 

※)アインツベルンにおける元祖鈴菌とはルオンの事。このルオンの影響で、イリヤはスズキ大好きっ子になってしまった。ある意味被害者かも。イリヤが大切にしていた『RGV-Γ(VJ-23A/ラッキーストライク)』も、今となってはナンバーを返して秘蔵品になってしまった(この辺りから症状が軽くなった)。けれど、ルオンの『RGV-Γ(VJ-21A/ペプシ34番)』は今も現役で(VJ-22Aも23Aも持っている)、ナンバーも『◯◯ あ……34』だ。なお、私は見ていないけれど、『隼X-1』と『NK-1仕様』のカタナ、『TORNADO S-1』を持っているという。本当だろうか? なお、彼女は『SV650/Knubbel(2002年までのフレームが丸い方をドイツではこう呼ぶ。2003年以降の角々しい方は『Kante』という愛称』を愛してやまない人だけど、お祖父様に焚き付けられたらしくどちらが良いかと気になり、黄色い『Ducati 748R』を手に入れ一時試していた。それを『エル』が買い取っている。低速スカスカで、タンクの下にある吸気ボックスには裸のバタフライが丸見えで、真上に吊り下げ式のインジェクターが露出しているという完全なレーサーだった。それは街でしか乗らなかったら『SV650』に軍配が上がって当然だ。

 

 

「日本語はわかりますから」

 

『エル』がそう言うとその20代後半くらいの2人組はあれこれ話し掛けてくれた。

 

「女の子だけで珍しいね? どこから来たの?」

「◯◯県の冬木というところです。神戸からフェリーで今朝、別府に入って」

「ああ、それが正解だ。高速でセローはないからね」

 

 どうもヘルメットを脱ぐまで少し怖かったらしい。と言うのはヘルメットの後ろから垂れる髪が金髪と銀髪なので、どこのヤンキーだと不安だったようだ。けれどヘルメットを外せば、もろ外人だから、今度は言語が通じるかで困ったようだった。もう冬木に来てから何度も体験している事だ。なので最初の言葉は『どこそこから来た』や『何人』かといったパーソナルな事でなく、『日本語がわかる』の一択だった。

 

「この近辺に面白い林道ってありますか? 玖珠が面白いと事前に調べていましたけれど、青の洞門も見たいなぁって」

「ああ、それで大分に……それなら、そうだなぁ。ここも玖珠といえば玖珠だけど……岳切渓谷を抜けて県道27から28を通って、中津を通るルートはどうかな? 横道に入れば幾らでも林道があるよ」

 

 地図を示しながら教えてくれた。

 

「敢えて国道500号は使わず迂回して?」

「そう。玖珠町を出てしまうけれど、耶馬渓湖を脇に見ながら。景色が良いよ。それになぁ?」

「うん。玖珠の林道は泊まりで朝から走らないと。それくらい広範囲にたくさんあるから。他県の人だと迷うよ」

 

 それでお礼を言ってお別れし、その意見を取り入れる事にした。その後も1時間ほど楽しみ、大谷渓谷を出た頃の私達は、ウェアもブーツもビショビショだった。場所に慣れて知らず識らずに速度が上がり、3人とも川でコケたのだ(プラ製のナックルガード(風除け)でなく金属製のハンドガードが3台とも付いている。なのでクラッチレバーもブレーキレバーも大丈夫)。もっと居たかったけれど、ジムニーが入って来たので退散した。本当に愉しかった。

 

「どうする? 本当ならこのままオフ車で行くのが正解と思うけど」

「風邪をひいてはバカらしいです。着替えて『Z』で行きましょう」

「そうね」

 

 それで宝具の中で着替えて、『Z』や『Zephyr』を出した。それで渓谷から387号線に戻って北に進み、数百メートル先のT字路を左に曲がった。そこからウネウネとカーブを愉しむと、突然川に出た。そこを渡ると岳切渓谷の石碑があった。それを脇に見て更に進むと、暫く行った先にT字路があった。これが県道27号耶馬渓院内線だ。当然そこを左に曲がった。

 途中十字路に横道、クネッと曲がって方向感覚を見失いそうになる道もあったけれど、無事に県道28号線に行けた。この辺りは深耶馬渓というらしい。その28号森耶馬渓線を北上し、中津日田道路だか耶馬渓道路だかよくわからない工事中の道路を越えると、左手に耶馬渓湖が見えて来た。その湖横のトンネル辺りでお腹がペコペコになった。もう、お昼の何時頃だろう?

 するとトンネルを抜けた先にドライブインがあった。なのでそこで食事を摂る事にした。こういう道路沿いのお店だ。正直期待はしていない。外観も何だかわからない葉っぱに覆われどこか不気味だ。だけどメニューの写真を見るとどれも美味しそうだ。それで私はランチ・セットで『エル』はすっぽんの雑炊セット、セイバーは唐揚げセットを頼んだ。唐揚げ単品も追加した。大当たりだった。エラく美味しい。

 私のは唐揚げの他に山菜そばやお魚のあるセットだ。『エル』もお魚と雑炊のセット。2人とも完全にお魚目当てだ。だけど私は唐揚げに目を回し、『エル』は雑炊に目を丸くしていた。

 

「姉さん、この雑炊。一口どうぞ」

「あなたもこの唐揚げ食べてみて?」

 

 お互いが驚いた。出て来たのがプレートランチなので少し落ち込んでいたセイバーは、ガッツポーズを取っていた。よくぞ先に単品も頼んでいたものだ。

 

「直感? 嗅覚?」

「どちらでしょうね?」

 

 そうして私達は大満足でお昼を終えた。写真もビデオもたくさん撮った。後は青の洞門を見学して、由布院に戻るだけだった。なお、中津は唐揚げの有名な地で、しかも後年このドライブインの唐揚げの味を引っさげて、息子さんが東京で金賞を取った。そういう味だったのだ。

 それからの私達は国道212号に乗り、山国川沿いに北上し、青の洞門の対岸まで行った。菊池寛の短編小説『恩讐の彼方に』の着想の元になった、僧侶が手掘りしたという洞門だ。そこに3台のバイクを並べて、タイマーで3人の写真を撮った。背景はバイクとその向こうに洞門の崖だ。

 

「人々のために……立派なことです」

「単に暇人なだけじゃないの?」

「イリヤ……それはない……。『エル』、あなたはどう思われます?」

「通行料も取らず……。純粋な願いと祈りがあったから、人々の協力が得られ完成に至ったのでしょう。これ、通行料目当てなら失敗したでしょうね。人を動かすのは人の心であり、成功に導くのも人の心な訳です。忘れないようにしたいです」

 

 真面目か、あんた!

 

 帰りは洞門にカワサキ4発の排気音を木霊させて潜り抜け(どういうタイミングか、30台くらいのバイクとすれ違ってピースしっぱなしだった)、国道500号から県道50号安心院由布院線に入って一気に南下した。日は傾き、少し肌寒い。案の定日陰に雪が残っていた。だけど残雪の上を通る事はなかった。ガソリンを給油して、予約していた宿に着いたのが4時半だった。危なぁ~。

 

「食事は?」

「7時。それまで温泉に」

「了解」

 

 ヘルメットを持ち、トランクをガラガラと引きずって宿に入った。部屋の中で宝具に入り、時間凍結を一時的に解除して今日乗ったオフ車を磨き、ウェアやブーツを部屋に出して干した。そこから浴衣に着替えて浴場に向かった。ブーツに突っ込む新聞紙や大小のビニール袋などなど、細かなものまで持ち運べるのは本当に便利だ。ただ、他の人に不審に思われてもいけないので、こうして部屋まではヘルメットを持ち、トランクを運ぶ必要がある。宿はそういう部分で、フェリーよりも人目が多いのが難点だと思う。

 

 湯船に浸かりながら明日の予定を確認した。県道11号を使って久住連山を横に見ながら黒川で足湯、再び11号から今度は45号に入って大観峰、次に国道212号から県道111号を通って草千里、その後は熊本城を見てから少し北に走って山鹿温泉だ。黒川で足湯というのと宿が山鹿温泉という部分が泣かせる。何故なら温泉だけで選ぶなら断然阿蘇外輪の近辺か内側だ。だけど美味しいお魚となると。山鹿はそのギリギリ境目だろうね。食事にウェイト置くなら玉名温泉だろうし、私は天草辺りまで走るものと思っていたくらいだ。

 

「舟盛り、我慢するの?」

「ああ……言わないで下さいよ」

 

 何故か『エル』は舟盛りが大好きだ。それとお魚の煮付けと。豪華に見えるから? でもそこはさすがで、お会席料理は追加料金でアップグレードしてあって、別注で舟盛りも頼んであるらしい。

 

「今夜のご飯も奮発しましたからね。期待していて下さい」

 

 今夜は豊後牛のステーキが付いたお会席料理だそうだ。やるわね。一応その後の予定は、3日目が霧島、4日目が鹿児島から宮崎、5日目が熊本を抜けて佐賀だ。6日目に久留米・鳥栖でラーメンを食べて、別府に戻ってフェリーで帰る。ただ、今の段階では帰りのフェリーはまだ取っていないので、熊本か佐賀、長崎でもう一泊しても良い。キャンプ場があるなら食材を確保してテントを張っても良いし、朝から入れるお風呂屋さんがあるなら、近場のお店で何かを食べて、バイクと一緒に宝具の中に入って寝ても良いのだ。こんなのを数世紀も前に、理論として完成させていたというのがいまだに信じられない私だった。

 

 お風呂を上がったら部屋に戻って、夕食まで『青の洞門ですれ違ったバイク』の話をした。

 

「6人組のマスが1つと2~3人組が3つ。残りはソロだと思います」

 

 よく見てるわね?

 

「『エル』、あの音が響いていたのは何でしょう?」

「骨(ホーネット)とバリ(バリオス)でしょう? 煩かったわね」

「姉さん、それじゃセイバーがわかりません。セイバー、見掛けたのは『Honda Hornet250』と『Kawasaki BALIUSⅡ』ですよ。どちらも250ccの4気筒で、2000年以降のモデルでした。マフラーを換えるのは良いとしても煩かったですね? 特にガッカリしたのは『Hornet250』です。せっかくのアップマフラーを、ダウンの集合ってどうなのでしょう?」

 

 騒音マフラーは論外としても、コンセプトやトータル・デザインから考えると、そこが問題だ。『エル』が指摘せずとも、ジェイドがコケたから、顧客の度肝を抜いてホンダが『売り』に走った結果がホーネットだとわかる。でもデザインは良かったので、600、900と発展していき、欧州では600こそがホーネットと認識されるほどのヒットになった。それはともかく、デザイン優先はわかるけれど前輪16インチのホイールは、高速域だとハンドリングに落ち着きがない気がする。対するバリウスは『Ⅱ』より『Ⅰ』の方が好きだし、理に適っていると思う。前後17インチは勿論だし、最初の後輪モノサスが正しい方向性だったと私は考えている。惜しむらくは当時のユーザーが、開発者の思想に気付けなかったところだ。好みは人それぞれだから何を手に入れようと自由だとは思うけれど、バリウスがザンザスのリベンジ・モデルなのだとは気付いて欲しい。そしてその先に水冷『Z』のデザインがある。

 それで各社に思う。どうしてそこまでラジエーターを隠したがるの? しかも無駄にダサいデザインを付け足して。アルミの枠で良いじゃないと思うんだけどね。

 また、250の4気筒は1気筒辺り62ccだ。65mlのヤクルト1本より小さな排気量。そこを日本にしか造れない、精密機械のように感じるかどうかで所有感やプレミアム感は変わるだろう。何故ならスポーツ性で言えば、250ccはトルク面からも2気筒の方が断然有利だからだ。振動対策できるのなら単気筒でも良いとさえ思う。事実、オフ車もストリート系もスクーターも単気筒だ。それは下からのトルクがあって走りやすいからだ。だけど、そうなると上まで回らない。そこで3気筒なんてどうだろう? 1気筒辺り83cc。『MVX250』や『NS400』なんて作ったホンダにこそ出して欲しい。(褒め言葉として、私はホンダをスズキ以上の変態だと考えている。でないと、フリクションロスが大きそうで、シリンダー内壁に噛みそうな『NR500』を作ったり、『750』を市販化したりしないだろう)

 

 

「後から来たバイクに綺麗に抜かされていましたね?」

「ですね」

 

 そうそう。後から来た『VTR』にスコーンと抜かされていた。って言うか、あの赤い『VTR』は異様に速かった。何だったんだろう?

 

「ラインの取り方がマアエモ・ママみたいでしたね。タイヤの使い方も上手そうです。それと全部が全部はわかりませんが、音が違っていたのでトルクのピークがもっと上になるマフラーに交換してあって、キャブも換えてあったようです。となると、ドライブスプロケット(エンジン側)もドリブンスプロケット(リア側)も加速寄りにしてある可能性は高いです」

 

 ああ、高速道路を捨てているんだ? でも、初めての自動二輪が『VTR』で、高速道路を使ったりツーリングに出るのに別のバイクがあるなら、そのローギアード化は上手い考えだと思う。

 

「要は2ストみたいに上の狭いバンドで走っていた印象ですね。タコを後付けした98年モデルかも。というのは、タンクの色とあの速さからの想像ですが」

「98年?」

「99年の前半かも知れませんよ。どっちにせよあの身長の男性が違和感なく乗るなら、シート高が780mmの最初期型で決まりです。また、イタリアンレッドのタンクにガンメタのホイールもその初期型にしかない色です」

 

 ほんと、よく見てる。もっと聞いていたかったけれど、食事の時間が来たので、私達は会場に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 晩ご飯の後、私とイリヤは協力してママから全部の箱を奪い取り、自分達の部屋に戻った。廊下で先にイリヤが言って来たので、小さいお姉ちゃんの制服は私が預かる事になった。だから部屋には私の分と小さいお姉ちゃんの分の4箱がある。

 

「さすがに6年生の途中で買い直すなんてないでしょうね……」

 

 ママはイリヤに着てみてと軽く言っていたけれど、小さくて無理だろうなって私は考えていた。と言うのは、4年に編入の時に9月からの登校に向けて揃えた夏服が、5年生の夏に小さくなってキツかったのだ。だから4年生の時の冬服も、5年生の秋に買い替えた。それが冬を越え春を迎える今だと小さいのだ。育ち盛りの伸び盛りというのは自覚していたけれど、もう身長が150cmを越えて久しい。イリヤお姉ちゃんやエルお姉ちゃんと目線が同じなのだ。

 巫女のお姉ちゃんが、イリヤお姉ちゃんやエルお姉ちゃんに私かイリヤと背中を合わせてみてって言うけど、お姉ちゃん達は何だかんだと逃げている。その気持ちはわかる。だって、元の世界でのイリヤの記憶だけど、あの子の前ってタツコとナナキしか居なかったんだもの。なのにタツコにもイリヤにも外国人の血が流れている。どれだけチビなのよ。

 ところが1学年ズラした事が、成長期に入ったここに来て、なんと後ろから数えた方が早いくらいの身長にしてしまった。箱から出した冬服の上着をハンガーに掛け、ラベルなどを取り去った。空気に触れさせシワを伸ばすためだ。スカートのしつけ糸も抜いてハンガーに掛けた。予備の方は後日としても、ブラウスは全部出しておこう。

 だから予備の方の箱と小さいお姉ちゃんの2箱をクローゼットに押し込んだ。そのついでに今日着ていた制服を取り出し、新しい方と並べてクローゼットの扉に掛けてみた。こうして見ると肩幅はともかく、袖の長さが随分違う。

 

「これは6年生になったら、もっと大変だわ……」

 

 そんな事を呟いていたら、ノックがあった。

 

「どうぞ~」

「あ、同じ事をしていた~」

 

 イリヤだった。同じ事をしていたなら、やって来た理由もわかる。私よりナイーヴな子だから不安なのね。

 

「急に大きくなる自分が不安だった?」

「……うん、少し」

「そう。私は修学旅行中に生理が始まったらどうしようって、そっちが心配だけどね」

「何を言ってるのよ! けど……もう修学旅行なんだよね?」

「そうよ。4月から6年生なんだから」

「児童会長、立候補するの?」

「当然でしょう? お姉ちゃんに『フッ』とか『ハァ~』とか言われたら嫌だもの」

 

 鼻で笑われる事って滅多に無いし、たまのため息も『期待はずれ』というニュアンスじゃない。どちらかと言えば『惜しい、そっちに考えたか』って感じだ。それに魔術でも勉強でも、できた時は本気で褒めてくれる。だから余計にお姉ちゃんに続けという気持ちが強くなる。何より並行世界のクロエに負けたくない。だって、あっちはあっちであんなお姉ちゃんが居るんだから、あの子が頑張っているのもわかってしまうからだ。

 その後美遊を誘って3人でお風呂に入った。この家のお風呂は私にイリヤ、小さいお姉ちゃん、それと美遊の4人でも入れる広さがある。シャワーや洗い場も4つあるから、最初から大人4人用のお風呂なのだけど……。ともかく明日も学校だ。サッサと寝よう。

 

 

 

 翌朝、美遊と1階に降りたら、小次郎さんに呼び止められた。

 

「おはよう、何?」

「おはよう、上から電話があった。すぐ降りるから待っていて欲しいとの事だ」

 

 美遊と顔を見合わせた。朝ご飯に起きて来ていなかったのに? ここで待たされるのは嫌だなぁ。イリヤ、間に合うの?

 

「おはよう。ゴメン、お待たせ」

 

 おお、2分も待たずに降りて来た。

 

「また、寝坊?」

「ううん。6時に起きて、先に朝ご飯を済ませていた」

「え?」

「お姉ちゃん、二度寝?」

 

 美遊の言葉で私もわかった。

 

「あなた、制服のまま二度寝したのね? 後ろ襟に折れ皺が入ってる」

「う、嘘? おろしたばっかりなのなのに~」

 

 だろうね。私と一緒で今日からおニューだよね。対する美遊は、新しい制服は新学期からと決めているみたい。

 

「もう~」

 

 それで私は、ロビーのお手洗いでハンカチを濡らし、しっかり絞ったハンカチで襟を抑えてあげた。

 

「イリヤ、ランドセル下ろして、髪を持ち上げて」

 

 それから『行って来ます』と小次郎さんに挨拶して、3人でバス停まで歩いた。バスはいつもより1本遅いけれど、寝坊ばかりしていた頃のイリヤが乗っていたバスより2本早いらしい。

 

「お姉ちゃん、日直の時に寝坊していたらどうしたの?」

 

 ナイス質問よ、美遊。もっと言ってやって。イリヤは帽子を取って私に頭を下げながらこう言った。

 

「そちらの方に助けて貰っていました……」

 

 私が『姉』だと断定したエルお姉ちゃんは、初登校の前日にこう言ったのだ。

 

『私や姉さんと学校に通うのが、歳の離れた美遊の夢でした。それが半分ほど叶うカタチです。美遊を頼みますね』

 

 だから私はお仕事でもない限り、いつも美遊と学校に通い、美遊と一緒に帰って来るのだ。月に1~2回早退はあるけれど、今のところ無遅刻無欠席だった。

 バスが来たので乗り込んだら、初等部生や少し遅い中等部生に混じって、遅刻ギリギリな高等部生が数人いた。その中に見知った顔があった。

 

「慎二兄ちゃん、おはよう。どうしたの?」

 

 家は私達と同じビルだ。どうして駅前方面からバスに乗っていたの?

 

「おはよう。これこれ」

 

 そういって背中のリュックを親指で指していた。

 

「ああ、わかった。割り箸?」

「そう」

 

 この人と慎一お兄さんは、エルお姉ちゃんと同じで立ち食いうどん大好き人間だった。なので慎二兄ちゃんは、駅の立ち食いうどんで朝ご飯を済ませる事が多かった。そのために定期を『市民公園前⇔穂群原学園前』でなく『冬木駅⇔穂群原学園前』にしていた。

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