※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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55、Elva in Kagoshima 06

 翌朝、朝食を早めに頂き、私達は早々に出発した。今日の移動が長いからだ。正直、さっき頂いた朝食が何だったのか曖昧だ。美味しかったけれど、昨夜が豪勢過ぎて頭がオーバーフローしているのだ。特に印象深かったのがカキとスズキだった。カキの旬は普通は冬で、岩ガキが夏だ。だけど、ここ熊本だと春の岩ガキも旬なのだそうだ。またスズキは冬に産卵し、春は痩せてイマイチ、旬は夏から秋に掛けてと言う。なのにさっぱりとした奥に脂の旨味も感じられて美味しかった。

 

『私個人は熊本のカンパチやブリなども好きですが、やはりブリは北陸や新潟の冬に脂の乗った方が上の気がします。ですが縦に長い日本列島の特徴が出ているのでしょうね。温暖な九州の魚介類は、旬がピンポイントでなく結構長いです。そして遡上して淡水で暮らすのでなく、大型魚の中で揉まれながらも生涯塩水で暮らして来た天然のスズキも、カキと同じく熊本の隠れ名物です。確かに旬は外れていますが、旬に獲れた島根のスズキと、今時分の熊本のスズキがさほど変わらない味なのには驚かされます。自分達を棚に上げて言いますが、刺し身に慣れていない海外の人や魚の脂が不得手な人でも、こういう九州の『旬ハズレ』は合うと思います』

 

 私も、ムニエルやバターでホイル焼きにしても良いと思った。これ一品でこれが熊本のスズキだと言われてもピンと来なかったろう。だけど舟盛りならどうだろうか? これが良い箸休めや口直しになっていると私は感じた。組み合わせたらどうなるのか? そこを考え抜かれた舟盛りな訳ね。奥が深いわ。

 

『実はここ、シロウさんの紹介です。『あの板さんがまだ居るなら行って来い』って』

 

 要は板前さん目当てで、あの旅館を選んだらしい。シロウに鍛えられたイリヤや『エル』には敵わないけど、確かに私やセイバーでも白身魚の味の違いがハッキリわかったからね。まぁ私だって、ここの冬木で暮らすようになって長い。もう8年になるのかな? その間、粉モノだけでなく、和食も中華もドイツ料理以外の洋食もいろいろ試した。それで繊細な素材の味がわかるのは、ごく一部の日本人だけで、その他の人は欧米人や中国人と変わらないくらい味覚音痴(音痴は言い過ぎかな? 鈍感と言い換えよう)なのだと気付いた。

 ただ、注意したいのは味に鈍感な人にも色々あるというところだ。まず欧州人なら、イタリア半島やイベリア半島、ギリシアなどの海に面したところ以外、魚介類とは縁遠い。なので魚介の旨味、つまり魚の脂が苦手な人が多い傾向にある。だけど新鮮な魚介を丁寧に下処理して(これが欧州は甘い。フランスで3つ星のレストランに入っても、下処理が下手なお店ばかりだ)、ハーブでなく香味野菜と天然塩だけでブイヤベース(要は海鮮汁)を作ってあげると魚介の味に目覚める人が30%は出て来るものだ(私調べ)。

 ところが、その流通形態からファストフードという型に嵌められた現代アメリカ人は、健康志向を持つ金持ちで、なおかつ(魚の流通が良い)西海岸や東海岸に住むごく一部の人以外は目覚めないし、目覚められない。またそれと同じく熱帯で生モノご法度な東南アジアや、その時その時の為政者に圧政を強いられ、痩せ細った大地から採れる僅かな野菜と家畜で生き永らえて来た中国人は、その調理法から(為政者の役人が徴税に見回りに来る前に、路上の片隅でサッと作る。何かを作って食べているところを発見されたら、お金があると見做されるから)ファストフード的にならざるを得ず、これまた味覚に鈍い人が多い。だから調味料過多やMSG過多に陥った。

 ところがドイツの山奥で育った私は、そんなに多くの料理は知らなかったし、あの城にあった調味料も、岩塩と胡椒やハーブだけだった。しかもアハトやメイドが選ぶ、獣肉や野菜は新鮮なものを熟成させたものか、旬の穀物ばかりだったから、素朴だけど健康的な食べ物が提供されていた。そして全然そうは見えないけれども、私の血の半分は日本人だ。だから目覚めるのは早かった。

 また、たこ焼きが切っ掛けで調理そのものにも目覚める事ができた。私はそれ以降、義弟のシロウ(2番めのアーチャー)と一緒に、様々な料理にチャレンジした。シロウ(大魔導師の夫)からの助言や示唆もあって、今ではB級グルメ研究家、冬木の郷土料理研究家として本を数冊出してもいた。なお、これらの最初の出版はイリヤの和食本より早く、あの子の『お漬物編』は私も共著で参加していたりする。

 

 ところで私は意外とラーメンが好きだ。B級グルメ関係で外せないというのもあったし、中華のラーメンをここまで改造進化させた日本人に恐れ入ったというのもある。ただ、体に悪そうなので、月に一回行くか行かない程度だった。それが月に二回以上通う事になったお店と以前出逢えた。まだイリヤや『エル』が中等部の1年生になったばかりで、深山町に住んでいた頃の話だ。新都にあったそのお店を教えてくれたのはアルトリアだ。当時のアルトリアは大学生。英文科で英語教師を目指しながら剣道に明け暮れていた頃だった。

 

『美味い店があるんだ。行かないか?』

 

 それで彼女の操縦する青いダイハツ・オプティ・エアロダウンビークスの横に乗った。当時出たばっかりのこれが、バイクに乗る事が多かったアルトリアの選んだ初めてのクルマだった。贈ったのは王様らしいけれど、アルトリアも遠慮があったのだと思う。ともかくそれで新都に行ってそのお店に入った。煮干しと豚骨のダブル・スープ専門のお店で、トッピングは色々あるようだけど、醤油や味噌といったバリーションがメニューになかったので味も塩一本のようだった。

 そのメニューによれば、煮干しは5種類のイワシをミックスして使い、豚骨はげんこつをじっくり煮込んだものだという。私はアルトリアに倣って、煮たまごを追加した。着丼すれば大きなトロトロ・チャーシューや太いシナチクの他に、紫タマネギのみじん切りと、クレソンじゃないわね? 何かの葉っぱが乗っていた。小口切りのネギがないので、タマネギと葉っぱが代わりなのだろう。

 それでレンゲでスープを一口。うん、美味しい。

 

『どうだ? イケるだろう?』

 

 アルトリアもこういうジャンクなのが結構好きで、よくハンバーガーを『もっきゅもっきゅ』と奇妙な擬音付きで食べていたりしていた。『エル』かイリヤに、『その咀嚼音で、姉さんの前半生がわかる』と言われ、それからあまり『もっきゅもっきゅ』しなくなった。今もラーメンを啜る音を立てていないし、麺を噛み千切る事もない。これはこれで器用だ。私にしてみれば、妹の言葉を気にし過ぎだと思うのだけれど、テレビに出るグルメ・レポーターには必要な才能かもしれないなぁとも考えた。

 

『うん、美味しい。あそこを越えた?』

『だろ?』

 

 その『あそこ』とは隣の市との境目にある郊外型のラーメン店の事だ。そこも豚骨と煮干しのダブル・スープで、そちらは塩の他に醤油もあった。駐車場が広いので『ラーツー(ラーメンを食べに走ること)』に行く人が多く、イリヤや『エル』が高等部に上がってバイクに乗るようになっても繁盛していた。だというのに、新都のこのお店は2年保たなかった。価格的には問題ないし、味も良い。だけど水道光熱費や家賃などで、採算が採れなかったのだと思う。そして今はもっといい場所でお店を開いていると信じている。

 

 さて、長々とこんな事を話したいのではない。本当にお話したいのは、私はそこで海外の友人ができたのだ。その味に惚れた私は、最初に話した通り、そこに月に二回以上は通うようになった。そのお店で当時ウェイトレスのバイトをしていたのが、件(くだん)の友人だったのだ。彼女は台湾からの留学生だった。実家が料理店だった彼女は、家でもウェイトレスをしていたから、そこをアルバイト先に選んだのだった。店員と客の関係だから会話は少ない。けれど私は彼女のたどたどしい日本語を聞いて、『あれ? どこの子だ』と思ったものだし、彼女も私の容姿と言葉遣いのギャップから、『この人、どこの国の人だろう』と思ったそうだ。

 そうして彼女のアルバイトが休日のある日、お買い物に新都に出ていた私はヴェルデで彼女とパッタリ逢った。それで喫茶店で話して意気投合し、友人となったのだった。それから彼女の日本語を私がみたり、私が台湾語を習ったりしていた。やがてお店が失くなり、彼女の日本留学が終わってもこの友情は続き、私も何度か台湾旅行に行って、彼女の案内で夜市を廻ったり、実家に泊めさせて貰っていた。そんな何度目かの台湾旅行中の事だ。

『エル』やイリヤが高等部の2年の頃だ。随分前に行った北陸の民宿へ家族旅行に出たのだ。それ以前の、『エル』やイリヤが初等部の頃は、毎年夏のひとときをその民宿で過ごしていたという。それがパタリと止まったのは、お母様が美遊を身籠り、出産したからだった。ここに来て美遊なんて妹が居る事に驚いていた私だから、当然その民宿の事は知らなかった。

 だけど私が旅行に出発する当日に、その民宿から『先代が危篤』との知らせ(電報)が深山町時代の住所で届いて(大魔導師が知らせてくれたらしい)、急遽お見舞いを兼ねた旅行が決まったのだという。結局、その『先代』というお婆ちゃんは亡くなってしまったのだけれど(『エル』が大泣きして、イリヤも泣き、美遊までも貰い泣きしていたという)、残った娘さんが後を継ぐ事になり、繁忙期は旦那さんも会社を休んで手伝う事となった。それがすんなり決まったのは、亡くなったお婆ちゃんの人柄や人間性に惹かれた固定客が多かったからだ。また民宿の真ん前が日本海の浜辺で、漁村だった事もあり、家族で遊んだりするにも、美味しいものを頂くにも、便利な場所だった事も大きかった。そんなところへ私が初めてお邪魔したのが昨年の夏で、おチビちゃんやクロちゃん達とフロリダの別荘に行ってキリツグと合流する前だった。

 

 そこでお話はイリヤの『お漬物編』となる。この中に『五色漬け』が紹介されているのだけど、これが私の知るそれとは全然違っていたのだ。まず『五色』と言うからには『五目』と同じで、何種類かの野菜を使ったお漬物だと想像できると思う。ところがこれが和食の世界だと紅白なますの具材を増やして彩り良くしたもので、基本は酢漬けなのだ。またもっと北(東北)に行けば、酒粕で漬けたものになる。

 ドイツやフランスにも、ピーマンやニンジンを使ったピクルス(酢漬け)があるので、以前の私ならそちらが大元ではないかと勘違いしていただろう。だけど日本の本筋は紅白なますの発展型か酒粕漬けだ。

 ところがこれとは別に、白菜やニンジン、キュウリなどを使った浅漬タイプの五色漬けが、主に名古屋や岐阜を中心に民間のレシピとして既にあった。そしてお祖母ちゃんから娘に、姑さんから若奥さんにと代々広く伝わっていたのだ。冬の飛騨で凍った漬物を囲炉裏で炙ったのは赤カブの漬物かも知れないが、今の飛騨にあるB級グルメの『漬物ステーキ(漬けステ)』は間違いなくこの五色漬けだ。そしてこの『五色漬け』のレシピは富山や石川といった北陸にも流れていた。なので私もこの『浅漬タイプの五色漬け』は知っていたし、今更本で取り上げるものなのか? という認識しかなかった。だけど、イリヤの載せたレシピはその北陸の民宿で、先代のお婆ちゃんが3年生や4年生頃のイリヤ達に出してくれたそれだったのだ。

 

『スライスしたリンゴが入っているの』

 

 イリヤが日本に来てハマったのがリンゴだった。ドイツにもリンゴはあるけれど、日本のものより酸っぱいし、ナマであまり齧ったりしない。パイに入れたりして加熱して食べるものだとされていた。それだけにショックが大きかったらしく、今も1日最低1個はリンゴを食べていた。クロちゃんやおチビちゃんにリンゴで包丁の練習をさせるのも、家に常時リンゴがあるからだ。

 そんな子だからアップルパイなんかも大好きで、『どんなに機嫌が悪かろうが、マックのアップルパイを口に放り込めば黙る』なんて、無闇にデキの良い妹に見破られていた。実際、そんな妹と比べられる日々は『これがイリヤ(私)?』と思わせるくらい、他人を気遣える美点と同時に、『やたら気難しい』という悪い点も併せ持たせてしまった。(その妹は、『タツタと縁が切れた私に弱点はない』と豪語している。少し未練を感じさせながら)

 それはともかく、イリヤが漬けてくれたそのリンゴ入り『五色漬け』は、私の味覚の水平線を広げてくれたのは間違いない。当然、本で取り上げる事を賛成したのは言うまでもない。

 

 そんな風に様々な事を学んだり体験してきた私の、少ない楽しみの1つが、義弟のシロウやアルさんと新都の商店街で頂くお寿司だった。カウンターの中のツケ場できちんと大将と兄さんが握ってくれる、昔ながらのお寿司屋さん。並行世界でも繁盛しているから、凄いお店だ。だって、『どこの世界でも成功』する人って居そうで居ないものだと思うからだ。『英雄』だって、『どこの世界でも英雄』と呼ばれるようになる人は居ないし、『英霊』に至る人なんてまず居ない。これは『シロウ』のケースを考えればわかる。

 ここにはリン(大魔導師)のシロウや、私のシロウ(2番目)、凜のシロウ(4番目)、そこから連れ帰ったシロウ(英霊ではないけれど)に、エミヤじゃないシロウ(遠坂司郎)も居る。アルトリアとセイバーが違うように人それぞれだ。だというのにどこででも繁盛させているお寿司屋さんの大将と職人のお兄さんは、そこらの『英雄』以上だと私は思う。歴史には残らないのかも知れないけれど、その腕と味でお客を納得させ、必ず満足させて帰すのだから。

 スタートはいつもお任せのお造りの注文からだ。大将が手入れの行き届いた柳刃で、スッスッと刺し身を引いてくれる。それをその日の茶碗蒸しを頂きながら眺めて、次にできあがったお造りと、そのお造りと合うように選んでくれたお酒を頂く。その後にお任せでお寿司だ。合間合間にお寿司じゃない小鉢も出て来る。そしてお腹がいっぱいになる前に、シメの何かが出て来る。こちらの箸の進み具合を見てシメてくれるのだ。

 アルさんは別として私とシロウだけなら、予算は2人で15000円くらい。1人頭7500円くらいだ。焼き肉とそう変わらないから安い方だと思う。なので月に2~3回は通っている。このお店を教えてくれたのは『エル』だったけれど(記憶が戻ったシロウの快気祝いとして連れて来てくれたのだ)、『エル』やイリヤが知ったのは、キリツグが連れて来てくれたからで、そんなキリツグにお店を紹介したのは大魔導師のシロウだった。

 

『オレも寿司は握れるし、刺し身も引くよ。けど、あの大将には勝てないんだよなぁ』

 

『エル』やイリヤの料理の師匠でもあるシロウがそう言うのだ。そしてそんなシロウが『あの板さんが居るなら』といった旅館が昨夜の旅館だった。

 

(その板前さん、九州に戻って板前になる前に、冬木に居たそうですよ)

 

『エル』からの念話だ。やっぱりねって感じ。大将の昔のお弟子さんだったのだ。あの大将の元を巣立った人の中には、寿司職人でなく和食の道に進む人も何人か居たと聞いていた。

『熊本インターチェンジ』から『E3 九州自動車道』に乗った。ここから宮崎県の『えびのインターチェンジ』まで一気に南下だ。本日はえびの高原から霧島を通って、指宿(いぶすき)温泉まで行くそうだ。『霧島辺りで一泊』って指宿温泉なの? 結構走るのねぇ。300km以上走るんじゃないの?

 

『明日は佐多岬まで走るからですよ。宗谷岬は高2の時に行きましたが、佐多岬はまだでしたので』

『ああ、なるほど』

 

 高速では昨日のあの子が大活躍だった。いつの間にか『エル』の後ろに乗っていると思ったら、上空には蟲が飛んでいるし、その子自身も道路沿いの小高いところに居てカメラを構えていたりもした。それでそちらに向かってきっちり手を振る私達。何だかねぇ。

 えびのまでの約半分の距離にある、八代の宮原サービスエリアで休憩した。バイク置き場には先客の『CBR1000RR』や『YZF-R1』が止まっていた。その横に私達の『Z1000』『Z750』『Zephyr750RS』を並べて止めた。ヘルメットを脱ぐと周囲の人達にまたまたギョッとされた。喫煙所からこちらをガン見しているのは、服装から察するに止めてあるバイクの持ち主だろう。やっぱり外人の女の子3人組というのはインパクトが大きいようだ。

(サービスエリアのバイク置き場は決まって端っこの方で、何故か喫煙所に近い場合が多い。結構いい料金を払って高速に乗っているのに、邪魔者って事だ。だけどバイクってクルマと並ぶ日本の主要産業だ。なのにライダーには優しくないって、行政は何を考えているんだろうね? 税金が企業の売上に直結するように、売上はマーケットに依存するものだと思う。ならマーケットを育てる政策を採るべきなんだよね)

 

 ヘルメットを脱いで髪を直しながら、『気持ち良いね』なんて話していたら、喫煙所からガン見していた2人組がやって来た。

 

「日本語、わかるの?」

 

『はい』と返事をしたら、『どこから来たの』『どこに行くの』『カウルのないバイクだと辛いでしょう』などなど、矢継ぎ早に話し掛けられた。内心、『ウザい』『タバコ臭い』と思っていたら、『エル』が受け答えしてくれた。

 

「こんにちは。あのカッコいいバイクがお兄さん方の?」

「そうだよ」

「私達は3人で先頭交代しながら走っていますが、やっぱり高速道路はフェアリング(カウル)があった方が良いですか?」

「ローテーションしているの? そんなに飛ばさないなら、それはそれでアリかなぁ」

「ん? 車間距離的にドラフティング効果なんて出ないんじゃ?」

 

 もう1人の人が口を挟んだ。

 

「いや法定速度を守って、それに見合った車間距離でも、それなりに効果は出るんだよ」

「そうなのか」

 

 ホント、そうなのかって気分だ。実は高速では『エル』しか先頭を走っていない。それは『風の魔術』で3台を覆う風防を作ってくれているからだ。なので私とセイバーの燃費がかなり良い。キャブ車というのもあるけれど、『エル』が1番ガソリンを消費していた。だけどそれはこの人達に言えない事だった。

 良いタイミングでカメラマンのあの子がトイレを急かしたので、私達はお兄さん方と挨拶して別れ、お手洗いに向かった。トイレの後、『エル』はあの子にお菓子とアイスを買ってあげていた。そういえば、『英霊になった私』って随分お菓子が好きだったなぁ。いつも持ち歩いているってエルヴァが話していたっけ。私と同じように『聖杯を閉じ』ようとして、『殺された』んだ。そこから『英霊』というのが解せなかったけれど、記憶の交換でわかった。彼女の欠けた部分を、『彼女のシロウ』が補った結果、『シロウの英霊成分』が『世界の英霊システム』に引っ張られたのだ。だけど『シロウのお陰』で主体が彼女になった。なのでガイアにシフトした。だからエルヴァがマスターの間は、あの『イリヤ』も『シロウ』もガイアやアラヤに還らなくて済む。時計塔ではその後どうするのかも探ったりするんだろうな。

 宮原サービスエリアを出る前に給油し、そこでセイバーとバイクを交換した。えびのまでの、ちょっとした遊びというか気分転換だ。それとこのバイクが、輸出用は『Z1』、国内向けは『Z2』といった『750縛り』のあった頃のような棲み分けモデルでなく、両車とも輸出されていて、ドイツでも両方売られているバイクだったからだ。

 そこで思ったのね。購入希望者は何を判断して片方を選択肢から外すのって。私が『Z1000』を選んだのは、満を持しての話だった。『エル』達が中3だった2001年に大型免許が取れたので、自分に合ったのを探し始めたところ、あれやこれやと2年も迷ったのね。当時は『ZRX400』の兄貴分である『ZRX1100』が『ZRX1200』に替わったばかりで、D型の『ZZR1100』が『ZZR1200』に近々進化するって読めていた。それは『ZRX1200』の例もあるし、先に『ZX-12R』が出ていた事で『1200』がトレンドだってわかっていたからだ。

 だからイルマから『ZX-12R』と『ZRX1100』を、マーヤから『CBR1100XX SUPER BLACKBIRD(SC35)』のキャブ車とインジェクター車を提供して貰い、ルオンからは『GSX1300R HAYABUSA』を出して貰って皆んなで試乗会をした。ちなみにイルマもマーヤもルオンも、気軽にバイクを人に貸すタイプではない。何より3人共、保険やアフターを整えたレンタル業者じゃない。あくまでも3人の目が届く範囲での、好意による試乗会なのだった。

 バイクやクルマは人によっては汗の結晶であり、人によっては家の次に大きな金額の買い物である場合があるし、相棒・女房とも例えられる大切なパートナーだ。しかもホンの少しの操作ミスで、第三者を傷付けてしまう走る凶器でもある。つまりこの試乗会は、レンジでガンを試し撃ちさせて貰うに等しい行為なのだ。この辺はキリツグもお母様も厳しくシビアに見ていて、イリヤや『エル』に絶対に友人に貸すなと常日頃から話していた。ただ、イルマとルオン、マーヤとアルトリアの4人はお互いの操縦技術を認めあっているので、たま~に貸し借りしていた。それを知っていたから、この試乗会を開いて貰ったのだ。

 それで試乗してみての私の個人的な感想は、1番乗りやすく感じたのが『ZRX1100』だった。それで1番乗りにくいというか怖かったのが『ZX-12R』だった。『HAYABUSA』も『BLACKBIRD(特にインジェクター)』も、乗りやすいけれど取り回しで重く感じた。数値的には似たようなものだから重心の問題なのだろう。

 まず『ZX-12R』はあれだ。速いのは間違いない。けれどそれはエキゾチックカー的な、何かを捨てた速さだと思った。イルマは『低回転時のトルクが足りない』と自分のバイクなのに正直に指摘し、『アルミのツインスパー全般に言えるけれど、剛性が高い分、撓り(しなり)がなく、長時間だと疲労が蓄積する。なのできっと体だけでなく、フレームや各部にもダメージが残ると思う。そう考えると長く所有したいなら、そうしょっちゅう走らせて乗るバイクではないね。何台も所有していて、ローテーションできる人のバイクだよ』『260kmから上の加速はハヤブサに勝っている。あちらは満遍なく速いけれど、特に200kmから270km辺りの加速とその先の伸びが素晴らしい。『ZX-12R』は、その『HAYABUSA』の伸びの部分がクンッと来る。けれど頭打ちも早く訪れるなぁ』と、正直過ぎる分析をしていた。

 マーヤは『BLACKBIRD』の特徴は、常識的な範囲内の高速道路に限るなら十分に速いと言った。それは100kmから200kmの範囲だ。下は日本の高速道路、上はアウトバーンの一部区間、ホンダはそこでの巡航安定性を狙っていると。だから以上の3台にはカウルがあるのだと3人が3人して話してくれた。では『ZRX1100』は?

 

『メーカーの狙いは、80kmから180kmの間だと思うな。エンジン特性も良いカーブを描いているし、低速トルクもあるから50kmでもフラつかないところが良いね。それと鈍そうに見えて、コーナー入口でのキレはある。イリヤに『ZRX400』を薦めたのは、その美点をあれも持っているからだよ。それにあちらの狙いが60kmから140kmだと読めたからだね。日本の道路なら、あれで十分だと思うな』

 

 このイルマの言葉にマーヤもルオンも頷いた。つまり3人はバイクの性能を巡航速度域で見て測っていたのだ。そしてそこにプラスアルファ、自分が普段乗る道路の事情であり、ローカルな高速道路や自動車専用道路を使って遠出する際の巡航速度だった。その頃のマーヤは普段『CB400FOUR(NC36)』か『CB400 SUPER FOUR HYPER VTEC(NC39)』に乗っていたし、ルオンも『SV650(VP52A)』ばかりだった。特にマーヤは自分の体格やメーカーの狙い、バイクの性能などを考え、遠出用に『Hornet CB 600 F(PC34)』なども持っているのに、冬木では敢えて『CB400SF』を好んで乗っていた。後年『HYPER VTEC SPEC2』が出たらサクッと乗り換え、『HYPER VTEC SPEC3』を手に入れても『SPEC2』を手放さなかったのは完成度が高かったからだろう。そんな『SUPER FOUR』好きなマーヤは、キャブ車全盛の頃から『SUPER FOURの完成はインジェクションになってから』と断言していた。

 アルトリアや『エル』とともに、『CBR900RR(SC28)』を駆って聖杯戦争に出ていたマーヤとルオン。そのライディングテクニックは、教習所に通って普通→大型と進んだ私なんか足元にも及ばない。(『エル』とイリヤは飛び込みでの一発合格。魔術でインチキしていたのは間違いない)

 そしてこの2人の乳母は、好き嫌いの好みは明確なのに、それが必要であると判断すれば、好みでなくとも迷いなくそれを選ぶ目があった。これがお祖父様の鋳造するホムンクルスの完成度だった。また『エル』の鋳造したイルマもそれは同じだし、この3人、贔屓のメーカー外のバイクでもくささず、自分のバイクでもダメなところはダメときっぱり話す理性も併せ持っていた。時々、彼女達がホムンクルスであるというのを忘れてしまう。それだけの完成度を持っているからだ。

 なので私はほぼ『ZRX1100』に決めていた。すると案の定『ZRX1100』が店頭から消え、『ZRX1200』ばかりになった。そこでまた迷ってしまった。なので今度はアルトリアに相談した。

 

『まだ迷うか。所詮は機械だぞ? 気に食わねば買い換えれば良いだけだ。イリヤ? 人と人との関係ではない。お前はもうマスターではないし、バイクはバーサーカーではない。根本に『自分が上手く操縦できるのか?』という恐れがあるから迷うのだ』

 

 なんてズバリと言われた。それを聞いて私は『あ』っと思った。

 

『聖剣ではない。そのバイク選びを間違うと国が滅ぶ訳でもないのだ。単に幾つかある移動手段の内の1つ、そのツールを選ぶだけだ。ただ、バイクは趣味性が高い乗り物だ。そのプラスアルファな部分をして誰もが迷うのだろう。だがな、ハンドルを握るか跨るかすれば『これだ』というのはわかるものだ。イリヤはまだ、そういう1台に出逢っておらぬだけではないのか?』

 

 このアルトリアのアドヴァイスはスンナリ聞けた。そういう事かと納得したのだ。そうして2003年がやって来た。バイク屋さんでピカピカの『Z1000』を一目見て『これだ』と思った。ハンドルを握って『間違いない』と感じ、お店の人に断ってから跨ってビビーンと来た。『これが私のバイクだ』って。アルトリアの言葉は正しかった。

 だから『Z750』を翌年に、どうしてメーカーは出したんだろうって考えたのだ。普通に考えればマーケットの食い合いになる。性能、価格、取り回し……『Z750』で良いやってなると『Z1000』が売れなくなる。となると何か違う意図がそこにあるはずだ。それを知りたいと思って交換したのだった。

 

 で、結論を言うとコンセプトが違っていた。最初はコストダウンモデルと思っていたりもしたけれど、性能は『Z1000』に迫っていてかなり良い。これは『ZR-7』(空冷2バルブ。ゼファーと同じエンジン)の水冷進化版だとわかった。

 

(これは欧州で売れるだろうなぁ)

 

 素直にそう思った。(日本と違って『ZR-7』はドイツでかなり売れていた。枯れているからノウハウが巷に溢れているし、2バルブのキャブ車なので自分でバラせ修理も簡単だ。『エル』も自分の『Zephyr』をそういう目で見ている。また、排気量でなく出力で税金や保険料が変わる欧州は、日本人のそれと感覚が違っていて、500cc~800ccが中型と受け止められている)

 やがてバイクは『えびの』に来たのだけど、先頭の『エル』はジャンクションで『E10 宮崎自動車道』に入った。小林インターチェンジで下りると念話があった。そこから県道1号線を通ってえびの高原を抜け韓国岳(からくにだけ)を見ながら霧島市に行くそうだ。どこかでバイクを返そうと考えていたら、インターを下りたそこが既に県道1号線(やまなみハイウェイの県道11号と同じで、この小林えびの高原牧園線も宮崎と鹿児島共通で県道1号となっている。宮崎県側はえびのスカイライン、鹿児島側は霧島道路と名が変わる)らしく、『エル』はずんずん走っていった。すると右前の視界が全部真っ黄色になった。

 

『何、ここ』

『生駒高原という花畑です。寄っていきますからバイク交換はここで』

 

 こういう場所をルートに入れてくれるのが『エル』だ。阿蘇でもそうだったけれど、私達は花に吸い寄せられ、危うく反対車線を走ってしまうところだった。道路が右に曲がったところが花畑の端っこらしく、そこには駐車場があった。入園料は中学生以上1人600円で、小学生は100円だった。霧島の山が背景になってロケーションは最高。4人でたくさん写真とビデオを撮った。

 

「ふむふむ。今時分が菜の花で、来月後半から5月にポピー。7月後半からアメリカフヨウ、8月半ばからキバナコスモス、そして9月の終わり頃からポピーになるのね」

 

 園内にあったカフェで、濃厚ミルク&マンゴーのミックスソフトクリームを頂きながらパンフレットを眺めていた。キャンプ場もあるし天体観測ドームやプラネタリウムも近くにあるのね。

 

「ちょっと弾丸ツアー過ぎない?」

「でしょうね。私もそう思います。ですけどそうでもしないと魅力的なところが多過ぎて」

 

 うん、うん。日本は南北に農業畜産が固まっているって印象で、自然が豊かだ。イリヤだっけ? 日本列島を鷲掴みにして、2つに折ったら、北海道がバイエルン州で、九州がバーデン=ヴュルテンベルク州だって言ったのは。となるとお城のあったシュヴァーベンって四国? それでデンマークが能登半島……。上手い事、言うなぁ。

 

「姉さんも九州にハマりましたか」

「ハマった~。イリヤも来たことがあるのかしら?」

「あちらの姉さんは、新幹線を使って友人と。ご存じなかったですか?」

「知らないよ? いつ?」

「高1の……あ、日本に来てくれたマネージャーさんとでした」

「それなら憶えてる。温泉旅行って九州だったんだ。阿蘇?」

「はい。それと福岡観光ですね」

「な~るほど」

 

 この会話の間、セイバーは子供の『私』の世話を焼いて、口の周りを拭いてくれていた。それからお手洗いに行って私達は出発した。多分だけど、インターチェンジから花畑までで200mは登っていた。それがこれからどんどん登るのだ。くねくねした道路は楽しいけれど、えびの高原第一駐車場というところで1000mを越えていそうだった。その駐車場から少し歩いたところに、えびの高原展望台という場所があったのでそこまで歩いた。とっても景色が良い。

 

「もっと先に二湖パノラマ展望台という場所があります。行きます?」

「うん、行こう、行こう」

 

 行って私は後悔した。

 

「ぜぇ、ぜぇ……もうダメ……バーサーカー運んで……」

「私はバーサーカーではありません。ほら、あの子なんて撮影しながら歩いてますよ。頑張って、イリヤ」

 

 そっちを見ればひょいひょい歩いている。あの子、モデルこそ『私の子供の頃』だけど中身は『エル』だわ。展望台も行けたし、いい風景もたくさん見れたし撮れた。けれど駐車場までの往復で1時間は使ってしまった。エーテルなのにどうして前のように体力がないのかなぁ? なのにバイクは大丈夫って……要改良だよ、この魔術は。

 ちなみにエーテル体とは言うけれど、実態は精神体で英霊と同じく幽霊だ。そんな私のために『エル』は『人形』を用意していてくれていて、巫女の仕事はそちらで行っていた。それは精神体である事を隠す意味もあるけれど、この情けない体力を補う意味もあった。また精巧で高度な『人形』は、私に人並みの幸せをと願って造ってくれたものだから、赤ちゃんを儲ける事も可能だった。だけど今だにヴァージンなのは、その『人形』を得た時にシロウに迫ってフラれたからだ。それでシロウは、マーヤとの仲を私に明かしてくれた。今の私にはミトの紹介で知り合ったボーイフレンドがドイツに居る。でも、いつも逢える訳でなし。だからといってあっちで暮らそうとまでも思わない。なのでフラれるなって思っている。

 また巫女がアルバイト同然と言ったのは、国籍の関係で神職に就けないからだ。また私も『まだ知らないシロウ達』のために奉納雅楽の演奏や奉納の舞に参加できれば十分だと考えていて、志保(遠坂司郎の姉)には悪いけれど、本職になる積もりはなかった。でも御神籤を引いてもらったり、お清めの清掃でゲートボール後のお年寄りと話すのは楽しいので辞める積もりもなかった。

 

 駐車場を出ると後は霧島市までずっと下りだった。硫黄くさいのも嫌だったけれど、途中面白そうなところがあったのにバイクで行けない道路外なのは辛かった。駐車場がないんだよね。それに展望台でロスした時間を取り戻さないと。だけど、坂の遠くに鹿児島湾が見えていて、その真ん中には桜島が浮かんでいるのを見たら『ここまで来たんだなぁ』って感激した。

 どんどんと下って行くとお昼時だった。あちこちのお店の駐車場にクルマが入っていく。

 

『ああ、お昼はとんかつ定食にしませんか? 黒豚のトンカツ……どんな味なのか』

 

 セイバーからの念話だ。お店のノボリを見て言ったらしい。流通の発達した今ならどこでも頂ける黒豚だけれど、やっぱり産地のは美味しいんだろうね。

 

『残念。お昼はアッサリお蕎麦です』

 

『エル』からの返答の念話でセイバーの『ガ~ン』という感情が伝わった。いや、これは私の期待がそういう風に受け止めさせただけである種の錯覚だ。そこで考えた。

 

『今夜が黒豚?』

『はい。黒豚のしゃぶしゃぶに豚骨という骨付き肉の煮込み、地鶏の溶岩焼きに鶏刺し、きびなごとかつおの刺し身にクルマエビの塩焼きなどなどを頼んであります。ですのでトンカツは明日のお昼です』

 

 やっぱり被るんだ。こうなると後は薩摩揚げとシロクマ(お店の名前を憶えていないのに、『天文館』というインパクトのある町名は覚えている)くらいしか私には思い浮かばない。なのでセイバーも私も納得して、国道10号線沿いにあったお蕎麦屋さんに入った。それで『エル』が温野菜蕎麦、あの子と私が天ぷらの付いた蕎麦定食、セイバーがとり天板蕎麦に玉子焼きとおむすび2個、それとカレーライスを頼んだ。

 

「景色、良いよね? もしかして、この国道で宿まで行けるの?」

「行けますけど、使うのは鹿児島市までです。そこから先は指宿スカイラインを使います」

「スカイラインって山の方って事でしょう? 海沿いの方が楽しくない?」

「いえ、午後に、しかも南に向かって走るなら断然スカイラインです。理由は陽のさす方角と景色の見やすさです」

 

 あ、そっか。薩摩半島から見ると鹿児島湾は東だから、西陽の当たる午後の方が遠くまで景色が見えるのか。それも南に行くから左車線でバッチリだ。対する大隅半島側だと明日の午前中が最適になる。

 

「それと、明日は指宿の山川から大隅の根占までフェリーを使います。そうすると佐多岬までの移動が楽ですし、行きは国道269号線、宮崎までは448号線と違う景色を楽しみながら走れます」

 

 ホント、コースを良く考えるわね。国道10号から国道225号に左折し、路面電車の線路が正面に見えた時に念話があった。

 

『この右側一帯が天文館ですよ』

 

 とっくに鹿児島市に入っていた。むぅ~……シロクマ……。バイクを止める場所はなさそうだし、お昼を頂いたあとだしなぁ……。

 

『姉さん、あの子をお店の近くに飛ばしましたから。テイクアウト用ですが、お風呂がりか今夜の食後に』

 

 エッ? っと思ったら本当だ、後ろにあの子が乗っていない。おお~、良いね~。

 

『ありがとう』

『いいえ、どういたしまして』

 

 それで次の信号待ちで気付いたら、もう後ろに戻っていた。私とセイバーに親指を立てている。当然こっちも『グッジョブ』のサインを出した。ヘルメットを冠ったままお店に行った訳じゃないだろうけど、一旦自分に戻して着替えさせて飛ばしたんだろうね。この魔術は便利だなぁ。

 それから道路がカーブしていき、左にずっと見えていた桜島が、正面気味になって、再び左に移動した。熊本でも感じたのだけれど、バイクで近くを通り過ぎるだけなのに、九州の商業圏は活気があると思った。

 

『アーケード街も冬木の比ではありませんよ』

 

 だろうなぁ。気質かな? そして道路は川を越え、その辺りから一般家屋が増えていった。再び橋を渡る時に、念話があった。

 

『天文館と言った辺りから今の橋までの距離と同じくらい走れば、指宿スカイラインですよ』

 

 じゃ、そろそろ山側に向かうのかな。街中だから仕方ないのだけれど、さっから5速1500回転とかで、ほぼアイドリングの超低燃費走行だ。セイバーは750だから4速に落としているのかな? この粘りが1000だね。それで私とセイバーのバイクはトップが6速で、『エル』は5速だ。1速1速のレンジが広いから、こういうところの走行は『Zephyr』に分がある。きっと信号に引っかからない限り、4速固定だろう。ただし、キャブ車でその低速安定性を保たせるには、キャブに対して相当の調整テクが必要だ。

 

『街中は250だねぇ。インジェクションと排気量で誤魔化してる感じ。何かないかな?』

『『ESTRELLA』か『250TR』?』

『だね。カワサキ以外で私に合いそうなのってあるかしら?』

 

 これもほぼ予測が付いている。でも確認だ。

 

『『Suzuki』の『GrassTracker BigBoy』』

 

 やっぱりね。イリヤは自分の身長と、当時のライディング・テクを考えて、普通の『GrassTracker』を選んでいた。それに少し試させて貰って、あのエンジンは、結構粘りがあって乗りやすく感じた。

 

『それ以外だと?』

『以外で? ん~……。223や225って200に毛が生えたようなものですしね……。『Super Sherpa』だと大きいでしょうから『Yamaha Tricker』?』

 

『Super Sherpa』のエンジンはKLXの水冷エンジンを空冷化したものだ。アデレード(オーストラリア)に『Stockman』があるから知っている。あの1~3速がローで、4~6速がハイな、極端なワイドレンジは街中だとどうだろう? 『Tricker』はオフ車スタイルを装った街乗り専用だ。次期セローに積まれるという250のエンジンを積み、『TW』があるからと、唯一ダートラ風街乗りバイクを出さなかったヤマハの、提案・回答でもある。

 

『高速道路に乗らないと割り切って、ドライブ(フロント)スプロケットを1~2丁下げるか、ドリブン(リア)スプロケットを3丁ほど上げれば面白いですよ』

 

 ウイリーしまくりでしょうね。それに繋がりの良い5速だから、信号ダッシュでスッと前に出られる、加速性能重視のバイクになる。その変化が大き過ぎて違和感があるなら、ドリブン(リア)スプロケット側を上げれば良い。だいたい、『前の1丁≒後ろの3丁』とは自転車(ロードバイク)で学ぶ知識だ。

 自転車はエンジンが自分の脚という2気筒オンリーな世界だから、そのトルクの無さからやたら多段変速だ。それに一定のケイデンスでクルクル回す方が、脚のスタミナが保つとわかっているので、『エル』はフロントのアウターが50で、インナーが34だった。そこにトップ11丁や12丁でなく13丁や14丁で、下が21丁や23丁でなく、27丁や28丁のスプロケを組んでいた。それは重いギアをグッと踏み込むより、軽いギアを高回転で回す方が疲れにくく、標準的な体格の人に負けずに走れると知っているからだった。

 低身長でも足は長くスタイルは良い方だ。けれど標準的な体格の人から見れば短くなる。それに女の子で、魔術で強化しない限り脚のチカラ(トルク)もない。だけど元陸上部の長距離選手だったので、スタミナだけはある。となると?

 

 排ガス規制や騒音規制で骨抜きにされた昨今の250cc以下のバイクは、信号ダッシュでスクーターにも負ける。あちらは大仰な外装が全部プラで思ったより軽いし、低重心なリアエンジン・リアドライブで安定感はあるし、おまけにロスのない無段階変速だ。対する普通のバイクはミッドシップではあるけれど、欲張ったギア比がすべてを台無しにしている。そもそもバイクの持つ『速さ』の魅力は、想定したどの速度域でも感じられる『加速』にあるかだ。250で最高速がどうこうとか言うなら、お門違いもいいところだろう。

 街乗りとは、0km-40kmか0km-60kmだろう。それも信号から信号、停止線から次の停止線までの加速だ。だからといって足も着けない左右の確認も怠るようじゃダメダメだ。またダッシュのたびにポンポン前が浮いていたらおかしい。けれど、見た目がオフ車っぽいバイクならアリだと思う。そしてそれは『エル』が、『FTR223』や『XL230』でしそうな(している?)事だった。つまり『Tricker』も既に持っていて、スプロケット交換も試したのだ。

 

『持っているんでしょう?』

『ええ。今は17インチ化を試しています』

 

 スポークの穴の合うリムをどこかに作らせたか流用して、モタード化!? だけど……その17インチ化で足付き性は良くなり、より乗りやすくなるのは間違いない。

 

 これが後に事故にあったセローに繋がった。また、ヤマハからも『XT250X』というズバリなものが発売された。新型セローが出た後、『Tricker』の21-19インチフルサイズ化が少し流行ったけれど、こんな頃からモタード化していたのは『エル』だけだった。体格から来た発想なのか、より街乗りに特化させたかったからなのか。何れにせよ、750や1000といった大型バイクを高速やツーリング用と考え、オフ車はオフ車で別に持てる余裕があるなら、こういう街乗り専用車もアリなのだろう。だから私だけでなく、この念話はセイバーもしっかり聞いていた。

 

 やがて川辺インターに到着し、そこから指宿スカイラインに乗った。毎度、料金所のようなところで一瞬だけあの子は私の後ろに移動していた。それは高速道路や自動車専用道路での二人乗りにあった。解禁が昨年の4月からでも、操縦者が3年以上の経験者で21歳以上と決まっていたからだ。だから用心のために私の後ろに転移している。私もセイバーもそれはわかっているので、タンデムステップは出しっぱなしだった。

 

 川辺インターから終点までは思ったより近い。ほぼ川辺インターから頴娃インターまでの距離を走らないと指宿の温泉街にまで行けないのだった(つまりスカイラインを下りてからも指宿までは距離がある)。また、この指宿スカイラインには幾つかの展望台があった。だけど山田インターや谷山インターを通っていないから、必然錫山展望台や須々原展望台はパスする事になる。でもそれで十分なくらい、どこもかしこも景色が良く、走っていて気持ち良かった。しかもやたら通行料が安い。『エル』が料金所の料金表を見て『えっ?』と声を上げていたくらいだから。交通量も少ないし、商売としてやっていけているのか心配になるほどだ。地元の人は使わないのかしら?

 

 最初に寄った錦江台展望公園では何枚も何枚も写真を撮った。だって西陽で桜島はくっきりだし、鹿児島の街も眼下にはっきり見えているのだから。散策できる広さの公園内には吊橋もあって、そこでも写真やビデオをたくさん撮った。私達は売店でジュースを買って喉を潤し、カメラマンのあの子をねぎらってから出発した。

 次の知覧展望台は反対車線なので飛ばした。その次の樋高展望台には石碑があって、『エル』が興味深そうに読んでいた。私には難しい言葉だらけで意味がわからなかった。

 

「『喜入の坂』は眼下に映える景観を指し、合歓(ねむ)の樹も花もないのに、そこに『合歓』と詠む事で、『ごうかん』即ち旦那様と景色を眺める歓びの意味を込めておられるのですね。雅(みやび)な事です」

「祝詞みたいなものね?」

「志保さんが姉さんには祝詞は無理だと言った意味がわかりました」

「私はドイツ人なの!」

「はいはい。私はスイス人ですよ」

「むぅ~~!」

 

 ああ言えばこう言うんだから……。あなた、日本の学校に通ってたんだもの。私にそんな古典なんてわからないわよ。樋高展望台を出れば次は千貫平自然公園(せんがんびら)。そこが最終の展望スポットだった。

 

 緩いカーブを景色を楽しみながら走っていると、セイバーが下がって来た。

 

『イリヤ、先に』

『え?』

 

 後ろからものすごいスピードでクルマがやって来た。最後尾を入れ替わってくれたセイバーを煽っている。なによ! 右に左にクルマをローリングさせるドライバーをミラー越しに見ると、頭が悪そうな顔をしていた。そんな矢先に大きな魔力を感じた。まさかセイバー、剣を?

 だけどそれは速度を落とした『エル』の探査魔術だった。それで『エル』はバイクを道路に対して真横に止め、魔術を掛けた。

 

 ボシュッともガシャンともいう複雑な音を立てて、クルマはセイバーの手前で止まってしまった。ミラー越しだったから何事だと私もバイクを止めて後ろを見た。すると運転席のエアバッグだけが作動していて、白い風船のせいでドライバーの顔がわからなくなっていた。ボンネットの隙間から煙がモクモク出ていたから、シリンダー内に何かを送りつけて破壊したのだろう。いつの間にかあの子がその煙を上げるクルマの横に立っていてガンドを放っていた。

 

「どうしたの? 何をしたの?」

「うん? 探査魔術で思考を読み、更生しないなと確信したので、断種のガンドを。エンジンはオシャカです。旅先なので長居は無用です。ここまでですね。セイバー、姉さん、行きましょう」

 

 断種……つまりドア越しのガンドで、子供を残せない体にしたって事だ。もしかしらた『呪因性ED』にもされたかも。本来のガンドは指先から弾のようなものを『撃つ』のではない。どこまでも『呪術』であり、それは狙ったターゲットを『必ず呪う』ために放たれた魔術だ。だから命中率なんてものは存在しない。『呪い』は壁をすり抜け、相手を確実に『呪う』。そういうものだ。ただ『エル』には不殺の誓いがある。なので人は殺さない。だけどこういう事は平気でする。首から下を一生麻痺させた訳でもないから、『エル』にしては随分と温情的だった。やはり旅先なのと、景色の良さに感激していたからだろう。

 

 あのドライバーは自分のエゴで、シェアすべき道路を我が物顔で危険走行していた。なら、魔術師の私達もエゴで返すだけだ。命があるだけめっけ物と思いなさい。

 そうして私達は千貫平自然公園を目指したのだった。公園についた頃には、そんなドライバーの存在なんて皆んな綺麗サッパリ忘れていた。公園には櫓のようになった展望台があり、360度景色が楽しめた。そこから池田湖の脇を抜け(イッシーは浮かんで来なかった)、指宿を通り過ぎ、『開聞岳周遊道路(かいもんだけ)』に向かった。

『エル』の説明だと、並行世界にスリップしそうな面白いトンネルがあるのだという。だからワクワクしながら向かった。

 

「う~ん、不気味~」

 

 トンネルは本当に不気味だった。しかも道路幅が狭くて、対向車が来たら大変だ。だけど面白い。指宿の宿に入ったのはちょうど3時頃だった。

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