ハッと目が覚めた。枕元の目覚ましを見れば、夜中の3時だ。もう~、なに、この中途半端な時間は。いつも起きるている6時まで3時間もあるじゃない。ちなみに私とイリヤと美遊は毎夜9時前に寝ろと言われていた。小さいお姉ちゃんも私達を見習って、こっちに来てからは毎晩9時に寝ている。と言ってもイリヤお姉ちゃんと同じで、もともと夜更ししない人だったようだけど。
ともかくもう一眠りしようと考え、先にお手洗いに行こうと枕元のスイッチを入れた。2段ベッドの下に人形を置いているので、上の段の枕元に部屋の電灯のスイッチを付けて貰ったのだ。でないと真っ暗な中で降りるのは、はしごを踏み外したりする場合もあるからね。
お手洗いを済ますと、キッチンに行った。喉が乾いていたからだ。それで手探りで冷蔵庫を開けたら、その光で自分のコップを取って、よく冷えたお茶のペットボトルを出して、コップに半分ほど入れた。そこでやっと人の気配がある事に気付いた。
「誰?」
「私だよ、クロ」
「イリヤ……? どうしたの?」
もしかして昨日の二度寝は……?
「イリヤ、何か悩んでるの?」
元の世界に帰りたいとか、友達と喧嘩したとか。今更だけど、以前の世界を思い出すと胸がキュッと痛くなるのは私もそうだからわかる。特にイリヤは吹っ切れたように見えても、引きずるから。でも、ベランダに繋がった掃き出し窓(テラス戸)から入る月明かりに浮かぶイリヤの顔はそういうのじゃないみたい。
「……ううん。この間のクロと同じ。膝と背中が痛くて……」
「ああ、成長痛(骨端軟骨障害)か……」
成長痛は通称であって、正しくは骨端軟骨障害というのに属し、骨の成長に伴って関節の軟骨が押されたり、繋がっている筋肉が伸ばされて痛んだりする事を言う。たいてい朝には痛みが消えるんだけど、夜中にこうして目が覚めるくらい痛む場合がある。
『普通の人は大人になると忘れてしまうのでしょうか? 個人差はあって然るべきだとは思いますが、眠れないほど痛かったという記憶を持っていない人が多いように感じます。ですが私はそれをよく覚えていましてね。それはこの成長ホルモンが過多な時期、骨や筋肉の成長や、目に見える二次性徴だけでなく、魔術回路も大人向きなそれに変化します。これがもう本当に無茶苦茶痛くて……』
だから魔術師はよく憶えているものだし、今イリヤが言ったように膝や踵やふくらはぎだけといった成長痛だとわかりやすい場所以外に、背中といった少し変わったところも痛くなったりするのだ。イスで丸まって腰のあたりを押さえているイリヤにそっと近づき、『ここでしょう?』とばかり腰の上を撫でてあげた。『手当て』とは良く言ったもので、イリヤは目を瞑ってホッとした顔をしていた。場所としては腎臓の内側になるのかな? イリヤも私もお姉ちゃん達も、その辺りに1番太い魔術回路があるらしかった。
これにも多少痛みを和らげる方法はあって、私はお姉ちゃんから4つほど教わっていた。1つは痛覚を鈍らせる魔術。完全な遮断もできるけれど、それは解除を忘れると大変な事になるから緊急時以外は使うなと言われていた。もう1つは緩和の魔術。ただし緩和なだけに、掛けすぎると体の成長を妨げてしまう。もう1つは飲み薬。現代医学のそれも魔術師の作る鎮痛剤も、神経を一時的に鈍らせるものだから、これまた滅多に飲まない方が良い。すると残された方法は最後の1つになる。
それはこうして痛む部分に手を当て、魔力を流して同じ痛みを共有してあげる事だった。あっちの『リン』がやった痛覚共有の『呪い』。それの応用だ。
『2人で痛みを分かち合いなさい。結局、痛みなんて自分だけのもので、自分が我慢するしかありません。ですが、一緒になって支えてくれる人が自分の姉や妹なら頑張ろうと思えるでしょう? 心のありようなんて、いつだってそうです。どんなに弱くなったと思っても、思いやりという栄養ドリンクで幾らでも元に戻りますし、強くなれるものです。おチビちゃんが弱った時はクロちゃんが、クロちゃんが弱った時はおチビちゃんが。そうやって、支え合いなさい』
共倒れにならないよう、その共有も1/5とか1/10とかそんなものらしいし、それぞれの意思で共有は自由に切れる。だけどこれがあるとイリヤの危機がわかるし、イリヤも私の事がわかる。だから今はイリヤのお腹にも、あの『リン』のとは違うデザインの呪刻紋がある。私のは敢えて『リン』のデザインそのままだ。これは一時とはいえ、イリヤを殺そうとしたからだ。
『お兄ちゃん(2番目のアーチャー)は、自分殺しを考えなかったんですよ? 反省なさい』
その件に関して、私はお姉ちゃんに思いっ切り叱られていた。その戒めが前のままのデザインなのだった。
「ありがとう、クロ。少しマシになったよ」
「じゃ、部屋に戻りなよ。また授業中、あくびばっかりになるよ」
「そうだね……。クロはどうして起きていたの?」
「ん、それは……」
そこで私はイリヤに夢で見た事を正直に話した。それは『夢』というより、エルお姉ちゃんからのメッセージだった。『クロちゃんならどう考えて、どういう対応をする?』って事だ。お姉ちゃんは前々からこういうのを、眠っている私に送って来ていた。この『眠っている時』というのがミソで、私は眠っている訳だから、お姉ちゃんの満足する答えを想像したり考えて対応できない。要は素の答えがそのまま出て、お姉ちゃんに知られてしまう訳だ。
正直こういうのはやめて欲しいけれど、これは前々からあって、睡眠学習などで覚えた事をどのくらい理解しているかの小テストであり、応用力がどの程度付いたかを見るための、ゴマカシの利かない抜き打ち検査でもあったのだ。だからイリヤと相談するのは自由だけれど、それらは全部テスト後の自己採点であり、異なった回答法があるのかないのかの確認でしかなかった。
お姉ちゃんは私に常日頃から言う。
『収入>支出、この方程式は覆りません』
『安定した人生には【稼ぐチカラ】【貯めるチカラ】【増やすチカラ】【計画した人生へのプランを実現するチカラ】の【4つのチカラ】がバランス良く備わっている事が必要不可欠です。そしてそれは小学校を卒業するまでに体に染み込む込ませないといけません。決まった時間に起き、決まった時間に登校し、決められた期限内に宿題を済ますのも、実社会での仕事で活かせる習慣だからです』
『そういう決められた生活が嫌なら、若く体が動く間に、不労所得を得られる道筋を確立させましょう。例えば最低でも30歳までに日本円で2千万円は貯めるなどの具体的目標を持つ事です。それを元手にして起業するか投資するか。そこから先も常々考えましょう』
などなどだ。
『魔術なんて、幸せに生きていく上での優先順位はかなり低いものです。食べていけないほど収入が低いままなら、魔術なんて道楽は諦める他ありません。となると魔術師として生きたいと願ったクロちゃんは、それだけ稼がないとダメという事ですよ?』
お姉ちゃんの事だから、バックアップはしてくれると思う。でも『甘えるな』とも言っている訳だ。
『真剣に10年掛けて覚えた技術でも、その後の20年・30年は保証してくれません。それが国家資格でも怪しいものです。ですから取得すべき資格はしっかりと調べないと駄目なのですね。となるとですよ? その学んだ技術を長持ちさせるスキルも必要です。そもそも10年で旬が終わる技術は本物とは言い難い……。ですが運転免許、それも特殊車両の免許だけは持っていて損はありません。それは短期で学べるからです。また、肉体労働ですので、その特殊性の割に成り手が少ないからです。そういった事を学んだ上で、他の資格にも拡大解釈しましょう。【習得が短期間】【資格内容が特殊なので他に成り手がいない】、そういう免許や資格の1つや2つは頭が柔らかく、体が自由に動く若いうちに必ず取りましょう』
とも話していた。これをシロウにあてはめよう。あの人は料理が上手いだけじゃない。そのお店を流行らせ維持するスキルもリン(大魔導師)からきっちり学んでいるのだ。そしてそのスキルに資格も免許も必要ない。これはお店を経営する人には、とても大きく重要なスキルだ。起業して社長になる人にも、そういう顧客を増やし会社を維持するスキルが必要だろう。そしてこれもまた、資格や免許は関係ないし、学校で学べる事でもない。でも、リン(大魔導師)もお姉ちゃんもそのスキルこそが一番大切と考えているのだ。
『不得手な業種なら社長を任せられる人材を雇いますが、そうでないなら自分の分身に任せる方が安全ですし、失敗しても納得できます。人形とはそうやって使うんですよ?』
また、イリヤにもわかりやすい例で、お姉ちゃんはこんな極端な事も話していた。
『冬木よりもっと田舎で、古い民家を買って修繕しながら暮らす道も考えなさい。家は狭くても良いですから、広い庭のある家を買い、畑を耕し、自給自足を目指しながら、アルバイトにも精を出し、お金を貯めて生きるのです。そうすれば正社員にならず、週休3日確保で50歳前にリタイアできる可能性は高いです。あ。20歳の時に必ず日本国籍を取得なさいね。そうすれば最後は家を失くしても、生活保護を受けられます』
夢がないなって思うけれど、『ニートになってゴロゴロしたい』なんてお姉ちゃんに聞かれちゃったらね? しかもその格安ライフプランに、セラもリズもマーヤさん達も居ない。自分の家は自分で修繕して掃除もして、洗濯や炊事も全部自分だ。そんな人に家政婦やメイドを雇うお金なんてありっこない。
当然イリヤはショックを受けていたし、イリヤお姉ちゃんもエルお姉ちゃんを窘(たしな)めていた。けれど、これは今のイリヤに具体的な『夢』がないからだ。どういう大人になりたい、どういう仕事に就きたい、どういう風な人生を歩みたいっていうちゃんとした希望がなかったからこうなった。これを中等部や高等部でその時その時の答えを出せば、きっとお姉ちゃんならそれに沿ったプランを教えてくれると思う。現に英語をしっかり学びたいとイリヤが言い始めた事から、睡眠学習が始まったとも言えるし、前とは違うこんな事も話してくれた。
『何だかんだと言っても、株式マーケットはアメリカです。ETFでも信託でもキャピタルゲイン目的で、長期に渡って安心して預けられます。ま、そこに世界株とアメリカ株のインデックス投資で分散しておけばほぼ間違いないでしょう。ですがやはり大きく儲けたいなら銘柄指名の売買です。おチビちゃん、英語をしっかり学ぶなら、配当だけで食べていけるようにしてあげますよ。クロちゃんは私と同じ、魔術での儲かる特許取得を目指しましょう』
大事なのは今、そのものズバリが言えなくても、こういう事を意識して大人になって行かないと、いざという時には遅いという事だ。その『遅くなる=チャンスを逃した』という事をしっかりと肝に銘じておかないといけない。だからそういう意識を私達が持てるようお姉ちゃんは、『お小遣いが足りないなら自分で稼げ』と言うのだ。
お姉ちゃんから美遊への、幼稚園入園祝いは貯金箱と手帳だった。その手帳にはお姉ちゃんの手書きで『1』から『365』までの数字が入ったマスが描かれてあって、年少さんから卒園する年長さんまでの3年間で、その『1』から『365』と同額を貯金しなさいと言われていたと美遊は言う。それでお小遣いが余ったらその金額を貯金していた。マスを消す順番は自由だし、3年間だから今日が目標の365円に満たない265円なら翌日に100円足してマスを消しても良いのだ。
幼稚園だから、お小遣いのベースは月に500円だ。となると、他はお手伝いでもらえるお駄賃で増やすしかない。だけど美遊は3年間で6万6795円をしっかり貯めた。そしてお姉ちゃんはこれを銀行でなく証券会社に預け証券口座を開いてあげた。そして1年生の1年間で貯めたお金を足して(同じ【365日貯金】で、今度は3年でなく1年間で貯めた。つまり合計13万3590円だ)、2年生からは普通の銀行口座も開いてあげ、10万円貯まるという500円玉貯金箱も用意してあげていた(私とイリヤももらった)。
そうやってお金を貯めると、『その内癖になって習慣になる』『通帳の数字が増える事に喜びを感じるようになる』他に、『本当に欲しいものをしっかり考える人になる』といった効果が出る。お姉ちゃんが期待しているのは3番目の効果だ。家に帰ればおやつは出るし、飲み物もある。そうなるとお菓子を買わなくなる。先日コンビニで買ったあんな味のお茶も、たまにしか買わないし、あれは私のお小遣いからでなく、先月入金されたモデル代の端数だ。当然万単位のお金はお姉ちゃんに預けて証券口座に移動だ。
こんなだけれど、この端数にも工夫というか温情があって、例えば12万数千円なら2万数千円が端数と見做され、16万数千円なら1万数千円となり、7万いくらなら5万円が証券口座に移動して、残る2万数千円がお小遣い用の私が自由に下ろせる普通口座に入るシステムだった。つまり5万円単位で天引きされる訳だ。けれど私もイリヤも小学生だ。だからお手伝いでもお小遣いはもらえるし、ベースとなる毎月のお小遣いもある。それにさっきのおやつと同じで、洋服代も出るし(ただしTPOを崩さず、アインツベルンとして恥ずかしくない服ならという条件付き)、自転車ももらえたし、免許もないのに勉強だからってバイクまでもらえた。そしてここに日用品や学用品は含まれない。となるとモデルのギャラで5万円を越えると、手元に結構残るのだった。
だけどお姉ちゃんは、その残ったお金でゲーム機やソフトを買うのにあまりいい顔はしない。文句も言わないし、叱ったりもしないけれど、本当に微妙な顔をしていた。その理由はゲーム大好きな巫女のお姉ちゃんが教えてくれた。
『だって、そのゲームをやっている時間って、一切お金を産まない無駄な時間だもの。でも心のリフレッシュにさぁ、映画を観たり、コンサートに行ったり、美術館に行ったりするのと基本は同じでしょう? そもそもがね、誰もが欲しいのは『若さ』であり、『若く意欲があった頃の感受性』なのよ? 若い頃はお金がない。けれどヨボヨボになった後にヘヴィメタルのコンサートに行ける? ヘドバンしたら脳溢血でぶっ倒れるわよ。それにあんなギンギンガンガンした音楽を受け付けられるのも若い頃だけよ。だから若い間は借金してでも海外に行ったりして、後の自分に残せる体験をすべきなの。だから、この家は家族旅行が多いし、海外に行ったりするの。それで、その事も本人はわかっているのね。だからああいう顔になるのよ。それにあそこまで突き抜けたお金持ちになってしまうとよ? しかもシロウの手解きを受けて、ノイントのお祖父様を間近で見て育ったのよ? 美味しいものにも、高価なクルマにもそこまで興味がないのが本音でしょう。だけど自分で作るとなったら、そのスキルは社会や会社で活かせるし、事実そうやって新商品を開発しているわ。となると本当に欲しいのは『未知の体験』となるの。想像もできない知らない味や珍しい食材との出会い、書物にも載っていない、これまで誰も経験していない事とか。そういう経験が無上の喜びとなるの。また、本当のお金持ちはそういう体験にこそお金を使うって色んな本に書いてあるよ。それでもってあの子は魔術師であり、アインツベルンの総裁でもある。それで『並行世界』に何度も行き、自分とは異なる年齢の未来ある自分や、可能性を自分の中に発見した。『魔法』だよ? お金をどんなにつぎ込んでも体験できない事なんだよ? そうなるとさ、ゲームなんて『人形』にでもやらせておけってなるのよ。歳を経ても若い頃の感受性は『人形』で体験可能なのよ? 80歳でも100歳でも子供が望めるの。それが私達だけに許された真実なの。他人が作った映画やドラマやゲームなどの嘘の世界での感動じゃなく、自分が体験する本物の感動……。私達が魔術師で、しかも『魔法使い』が友人だからできる希少で貴重な体験なの。何もわからない状況で並行世界スリップして来たあなた達には酷だけど、『エル』目線だとそんな体験は最高のRPGでしょうね。だから『エルヴァ(47番)』の事なんて、ミトやパミが何を言おうと『羨ましい』としか感じていないと思うわよ?』
お姉ちゃんはそういう人なのだった。だからギターを改造したり自転車をイジったり、バイクをイジったりするのだ。お料理やお洗濯や裁縫に精を出し真剣になれるのだ。だってそれらは全部お姉ちゃんの知識となり、経験となり、新たな職業となり得るからだった。
『『エルヴァ(47番)』をさ、2人に割っちゃって。残酷だと思ったわ。けれど、皆んな幸せになるように手は打っている。そこで自分とは違う人が好きになる自分。はたまた異なる人と結婚する自分。そして子供を生んで幸せな家庭を築く……。そんなドラマ、誰が制作して観せてくれるの? あの子がやっているのはそういう事だからね』
そういう事なのだった。
『基本『エル』があなた達にしつこく話しているのは、人生が70年か80年しかない人の人生設計の話だからね。倍の140年や160年も生きれるなら、60歳くらいまで遊んでいても良いのよ。だけどそれでも備えあれば憂いなしって、その期間もお金を貯めて増やして、稼いでおこうって考えるでしょう? それに倍の時間があるなら、毎月の貯金も半額で良いのよ。その分遊べるしね。あ、私がそう言ったって話しちゃ駄目だよ? 今はお金を貯める癖をつける時だからね』
まぁ、言わないけどさぁ。けれどきっちり計算して生きているのが巫女のお姉ちゃんだった。
そんなエルお姉ちゃんの意識(あるいは考え方。お金だけでなく、旺盛な向上心や好奇心なんかも含む)を前提として、そこで夢のお話になる。それは今出ているツーリングの一場面のようだった。
お姉ちゃん、セイバー、巫女のお姉ちゃんの順で、樹々の途切れたところどころで海の見える道だった。とっても景色が良く、3人は気持ち良さそうにバイクで走っていた。その道での法定速度や、実際に出している速度、ガソリンの残量に、どうしてそこを走っているのかの目的と理由などの予備的な情報も勝手に流れて来ていた。
普通に景色とクネクネする道路を楽しんでいただけ。だからオカシナ走り方もしていない。そんな3台に猛スピードで迫ってくるクルマがあった。マフラーの音がうるさく、道路の白線もちゃんと守っていない乱暴な運転だった。だからお姉ちゃんは探査魔術を掛けながら、先に行かせようと速度を落として左端に寄った。だけどそこでセイバーが巫女のお姉ちゃんのところまで下がった。それはビジョンを視たからだ。そのクルマは3台を追い越す時に、巫女のお姉ちゃんの後輪にぶつかって逃げて行くってビジョン。残るは後輪が壊れて動かなくなった巫女のお姉ちゃんのバイクで、楽しい旅はそこで終わってしまう。
だからセイバーは下がって相手のクルマを剣で止めようとした。だけどそれはマズいと感じたお姉ちゃんはバイクを急転回させ、道路を塞ぐように真横に止めた。このバイクが結界の起点となるのだ。それでその結界内で、探査魔術を相手の生い立ちから犯罪歴までわかるくらいより強くした。その上でクルマのエンジンを破壊し、視界を奪うのと証拠隠滅の一貫としてエアバッグを作動させた。そんなお姉ちゃんに反応して、後ろに乗っていた『人形』が反応した。空間転移して、ドライバーにガンドを放ったのだ。
そのクルマは盗品というか、下に見た相手の人から無理矢理奪ったもので(この手の人は借りただけだと言い張る)、本人は免許証失効中だった。欠格期間は前歴ありの3年のようだった。つまり過去数回免許停止でなく失効になっていて、今回も失効期間中だった。なのに運転をしていたのだ。そしてその生い立ちは親子ともども他者に迷惑を掛けても平気という厚かましいものだった。遡ると皆んなそうで、良いところが何一つなかった。だから『人形』は『断種のガンド』を放ったのだった。私はこれを非道だ残酷だとは言えなかった。
「どう思う?」
「う~ん……。それ、お姉ちゃんがしなきゃならない事なの? 正義だって言えるの?」
「社会的には悪だろうね。何せ私刑だし」
でも証拠がないので司法は動かないし、違反者はそのドライバーだけだった。おまけにそいつはそのクルマで、明日、人を撥ねていた。同じ魔術師でも特異な人はそこまでになる。明日死ぬ人や怪我をする人を未然に救けたのだ。セイバーの直感をも超える、未来予測と予知。これをしてセイバーは『神の眼』と名付けていた。
結局私もイリヤも答えなんか出ないので、眠るために部屋に戻った。朝、隣の部屋のイリヤを起こしてからダイニングに行った。時間はいつも通りだけど、とにかく眠い。朝ご飯を頂いている間もあくびが止まらない私とイリヤだった。
『こういう時にこそ『人形』を使うべきなんだけど、美遊には確実にバレるし、反応次第でイリヤにもバレる。それでイリヤにバレるとイリヤお姉ちゃんにも知られてしまう。そうなると、この『人形』の魔術を快く思っていないイリヤお姉ちゃんとエルお姉ちゃんとで揉める可能性がある……。仕方ない、着替えて学校に行こう』