※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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57、Chlöe in Fuyuki 07

 美遊と手を繋いで、イリヤと話しながらいつものバス停まで歩いていると、並ぶ列の中に珍しく穂群原初等部の子が2人いるのに気が付いた。このバス停から通う初等部生は私達3人だけの筈だ。

 

「誰だろう?」

 

 正直、ああいう感じの5年生は知らない。6年生だろうか?

 

「あ。クロ、あの小さい子、ちびハサンだよ」

「あ、本当だ。じゃ、手を繋いであげている上級生っぽい子は?」

 

 バス停に近づく私達に気付いたちびハサンが手を振って来た。それに美遊が手を振り返した。それでその上級生もこっちに気付いて笑顔を向けてきた。褐色の肌に少しピンク掛かった少し色素の薄い金髪。そして紅い瞳。その顔はまんま私だった。

 

「だ、誰?」

 

 身長が違うから私の『人形』じゃない。それに制服の胸に付けている学年章には『6』とある。

 

「まだわかりませんか? 私ですよ」

「エ、エルお姉ちゃん!?」

「ええ。姉さんの居ない今しかないでしょう? 美遊の『夢』を叶えるのは」

 

 そうしてお姉ちゃんは美遊の手を握った。右手に美遊。左手にはちびハサンだ。

 

「は、恥ずかしくないの?」

「可愛い妹の願いを叶える事のどこが恥ずかしいのだと?」

「じゃなくて。『人形』だと思うけど、高等部を卒業した人が6年生って」

「別に。誰も気にしませんよ。ですが美遊、校門までで我慢して下さいね」

 

 私達と同じ格好をして年下の子と手を繋ぐお姉ちゃん。集団登校の6年生のお姉さんさながらだ。美遊がめっちゃ嬉しそう。その笑顔に釣られてちびハサンもニコニコだ。ただ、私もイリヤも微妙な気分だった。

 

「お姉ちゃん、それって私じゃなくクロエがモデル?」

「そうですね。そこに『『エルヴァ』が初等部ならどんなだったろう』という空想を加味しています。とは言え、何度か入れ替わって貰っていましたから知ってはいますが、その時は肌が白かったですからね。ですがこうして肌を褐色にしても、クロちゃんとは微妙に違いますね。やはり私と姉さんとの違いが出ます」

 

 この意味は少し難しい。私とイリヤは肌の色が違うだけで、顔も身長もまったく同じで違いはない。落盤事故とカードが触媒になった事で2人に別れたのだけど、元々私もイリヤだからだ。つまり体はひとつ、心はふたつが以前の私達だった。だけどイリヤお姉ちゃんとエルお姉ちゃんは正真正銘の双子だ。ただし受精卵が分割したのでなく、分割した卵子に別の精子がくっついた状態だ。これを半一卵性双生児と言って、75%までが同一で残る25%が異なっているらしい。なのでイリヤお姉ちゃんとエルお姉ちゃんは眉の端とか耳のカタチなんかが微妙に違っていた。これは教えられるまで全然知らなかったしわからなかった。おまけに人工的に卵子を分割しているので、理論的には性別違いの一卵性双生児や三つ子なども可能だという。

 誰がこんな変な事をと思えばアハトだった。理由は多様性を見るためだった。一番魔力のありそうな卵子をママから取り出したは良いけれど、どの受精卵が聖杯に向いているかはわからないからだ。これが二卵性だと可能性が遠ざかり、一卵性だと同一だから多様性に欠ける。そういう欲からこんな風にされちゃったそうだ。それでアハトはイリヤお姉ちゃんを取り、ノインのお祖父様はエルお姉ちゃんを取った。見返りはホムンクルスへの妊娠機能だったそうだ。

 そして私とイリヤはイリヤお姉ちゃんの並行世界存在だ。だけどエルお姉ちゃんの並行世界存在はエルヴァだ。つまり『エルヴァお姉ちゃん』が流された世界のあの3人は、イリヤとクロエが私達と同じ状態の一卵性双生児と言っても良い存在で、エルヴァがエルお姉ちゃんと同じ半一卵性双生児なのだった。わかった? 私、最初は全然だった。何度か聞いてやっとわかったって感じ。

 

「ちなみにこの制服は、私が6年生の時に着ていた本物ですよ。6年振りかな、これに袖を通したのは」

 

 このお姉ちゃんが『思い出を大切にする』事と、やたら『物持ちが良い』のは知っているから、そっちに対する驚きはない。なにせこっちに来たばかりの頃の4年生の秋、新しい制服ができるまで、私もイリヤもそれぞれのお姉ちゃんのお古を借りていたからだ。

 

「やっぱり似合うのは子供の姿ですね。昨年は高等部生の体で『エルヴァ』と、体型に合わせた夏服を着ましたが、あれはエロかった~」

 

『エルヴァ』お姉ちゃんと?! どこでよ?

 

「また別の並行世界でですよ。クロエちゃんやおチビちゃん、別のあなたとおチビちゃんとで、その子達の美遊ちゃんを救けにね」

 

 あ~、行ったとは聞いていた。だけど、その冒険の詳しい内容は聞いていなかったのだ。バスが来たので乗り込んだら、またまた慎二兄ちゃんが居た。今日は遅刻じゃなく、寝不足な私達が眠気覚ましに少し早く出ていたからだ。それと時間を逆に考えて、本日はうどんでなく牛丼屋さんの朝定食だと読めた。(用意するまで少し時間が掛かると思うから)

 どうすんのって思わずお姉ちゃんを見たら、おはようと挨拶する美遊やイリヤと一緒になってニコニコと挨拶していた。それもカタコトの日本語でだ。そして挨拶を終えると、私に小声で『鮭定食に納豆を付けている』と言った。バカにはしないけど、何を食べたかが読まれるのもどうかなって思う。ついでに自分の読みの正確さに呆れた。

 

「びっくりだ。クロちゃんが2人居ると思ったら、こっちの子は6年生か。親戚?」

 

 隙かさず美遊がドイツ語でお姉ちゃんに語り掛けた。その返事はどう聞いても『口裏を合わせなさい』という風にしか訳せない。そして美遊が慎二兄ちゃんに言った。

 

「同じアインツベルンだけど、お母さんのお母さんのお母さんのひ孫さん? お名前は『アーデルハイド』だよ」

「又(再)従姉妹だね。へぇ~。その格好という事は日本で暮らすの?」

 

 それで再び美遊がドイツ語で話し、それを慎二兄ちゃんに伝えた。内容は『仲良くなれたので3人をお見送りに着いてきただけ。そのついでで、エルお姉ちゃんの昔の服を借りて着ている』だった。そうしてバスが学園前に到着し、皆んなが降りていった。歩道橋のところで私っぽいお姉ちゃんとちびハサンが手を振ってサヨナラした。同じ初等部の子が誰も気にしないのは、いつもの軽い暗示だろう。私とイリヤと美遊は校門に入って校舎に向かったのだった。

 

 

 やられた。お姉ちゃんに意識の一部を奪われた。きっとさっきのバスだ。本当の自分はイリヤ達と校門を潜って行った。

 

〈私をどうするの?〉

 

 何か考えがあるのはわかるけれど。今の私はお姉ちゃんの操る『人形』の中に居候している意識の一部でしかない。

 

「ちゃんと帰れる?」

 

 最後の方にバスから降りてきた慎二兄ちゃんが、そう声を掛けてくれた。コクリと頷くお姉ちゃんとちびハサン。慎二兄ちゃんにも手を振ってから歩道橋を渡って、バス停で回転してきたさっきのバスに乗った。

 

「あれ? 学校は?」

 

 親切な運転手さんが、心配して声を掛けてくれた。

 

「心配して下さってありがとうございます。従姉妹のお見送りですよ。この服も従姉妹の替えを借りているだけです」

 

 さっきまでは日本語がわかっていませんと装っていたのに、今度は流れるような日本語だ。それに言葉に言霊を乗せているから、親切な運転手さんもそれ以上は深く考えなくなっていた。

 

 

 

 やがて元の市民ホール前のバス停に戻った私達は、公園の中に入った。お姉ちゃんはそこで名残惜しそうなちびハサンを帰し、コンビニに入って、店員さんに断りもなくスッとトイレに向かった。

 

〈ちょっと! お姉ちゃん!〉

(あ、クロちゃん。忘れていました)

 

 おいおい! 忘れていましたと言いつつ、その手は個室の鍵を掛け、スカートの中に入った。そしてスッとパンツを下ろして便座に腰掛けていた。ジョボジョボジョボ……。

 

(はぁ~。小学生ってオシッコが近いですね?)

〈し、知らないわよ!〉

 

 ここでオ◯ニーしてバレたらクロエと名乗ろうなんて恐ろしい事を念話で話していたけれど、私が怒ったら真剣な声色になった。

 

(実はこの後、とある人と逢ってお話をします。滅多に逢えない人なのもありますし、突然で悪いとは思いましたが、きっとあなたのためになると考え、意識の一部を連れ出した訳です)

 

 そんなセリフを頭に浮かべながらガラガラとティッシュを巻取り、お股を拭いていた。やめて、本当。

 

〈お姉ちゃん! 私、イリヤともこんな経験ないよ!〉

(それは良かった。今度はクロちゃんのを見ていてあげましょうか?)

〈怒るよ!〉

 

 文句を返したら、手を洗ってスッとコンビニから出ていった。もう知らない。だけど『滅多に逢えない人』って誰だろう? そんな風にホンの少し、本当にホンの少しだけ今の言葉の意味について意識を取られていたら、目の前の風景がいきなり地下4階の駐車場に変わっていた。中にいる私でも気付けない、お姉ちゃんの『空間転移』。それも本人でなく遠隔操作している『人形』だ。

 そして驚いた事に、今の転移中に服装が制服からオーバーオールに変わっていた。お姉ちゃんは薬品を使う魔術の実験なら真っ白なメイド服を着て、バイクや自転車を触る時はこのオーバーオールを必ず着ている。中は黒かグレーのロングTシャツ、もしくはパーカーが多い。そのオーバーオールも決まって紺色と白色のストライプ……いわゆるヒッコリー柄で、インディゴ・ブルーのものやカーペンターは作業着でなく普段着にしていた。私が先日着ていたオーバーオールは、お姉ちゃんが中学生頃に使っていたその普段着のお古だった。ただ、この普段着というのにも微妙な意味があって、その格好で自分のフロアから別のフロアには行かないのだ。私や美遊が居る上のフロアに来る時は、それなりのもう少しかっちりした服装でやって来ていた。

 また外に出る時はこれまたどこに行くのか……例えば駅前やヴェルデへお買い物に行くのか、同じお買い物でも食べ物を買いに行くのか、友達と会うのか、慎二兄ちゃんと逢うのかで服の種類というかカッチリ感というか、そういうのが違っていた。イリヤお姉ちゃんもオシャレさんだけど、でもそれは高校生から大学生くらいの範囲のオシャレだってわかる。けれどエルお姉ちゃんのオシャレ度は何か根本的に違っていた。

 

『本当のお金持ちは地味で目立たないものだと言われますが、それも人それぞれですし、何よりも優先されるべきはTPOです。それに長者番付に載る程度の人のほとんどが、アメリカ型の成金です。十代以上続くような名門ですと、そんな俗っぽい番付になんて載らないよう手を打っているものです。なのでお嬢様のような人が普通ですよ』

 

 とはマーヤさんの言葉だ。だからお姉ちゃんは何か汚れる作業となれば、オーバーオールもメイド服でも平気で着るけれど、スーツやドレスに宝飾品なんかもたくさん持っていた。そもそもベッドの枕元にある目覚まし時計が時価ン億円の『ミステリークロック』というものだった。また大切な人と逢う時は『パテック・フィリップのカラトラバ』や『ヴァシュロン・コンスタンタンのマルタ』とかを付けている。私とイリヤはそういうのをマーヤさんに教えられ、それでこの世にそんなものがあって、そういうものを求める人もいるんだって初めて知ったのだ。ちなみにさっきのはどっちがブランド名でどっちが製品名なのか知らない。だいたい何の呪文だよって思う。だけど知っている人には『お~』なる名前なのだそうだ。

 そんなお姉ちゃんだけど、バイクや自転車に乗る時はGショックばかりで、学園にはスウォッチだった。イリヤお姉ちゃんも学園にはスウォッチかシチズンの何かで、凜が真似ていた。シチズンは『クロスシー』だったかな? 当たっているか自信はないけど。

 

『お友達にはお友達であって欲しいからですよ。クロお嬢様ならご存知だと思いますが、お嬢様はご幼少の頃、調整槽の中で死に掛かっています。きっとそれが大きく影響しているのだと思われますね』

 

 同じくマーヤさんの言葉だけれど、酸素供給装置か何かの故障で、お姉ちゃんは一度死に掛かったのだ。それを逸早く気付いて予備の装置に切り替えたのが、当時お祖父様の助手だったルオンさんだった。それでルオンさんはお姉ちゃんの体調管理を専任で任されるようになり、マーヤさんの気持ちや他の助手の事も考えた上で2人目の『乳母』に抜擢されたのだ。

 もちろん抜擢したのは、調整槽から出た後のお姉ちゃんだ。お姉ちゃんは今もルオンさんに感謝している。それは『何も成さない内に死んでしまう』ところを救けられたからだ。目的は違うし、今なら間違っていたとハッキリ言えるけれど、私もアハトの家の調整で『使命』を与えられていた。でもその『使命』は消えた。けれど、消えたとしても私には未来があるし、新しい夢を追う事ができる。それで、その夢が最初から正しくて、アインツベルン一族の未来のためだとわかっていたら? 達成したら皆んなで幸せになれるってわかっていたら? 調整槽の中での死はそれらが全部消えるのだ。まだ何もしていないのに。

 お姉ちゃんがこの調整槽の中に居たのは1歳に満たない頃の話だ。魚なのか何なのかわからないような生物が(ママのお腹で育っていない)、ヒトの形を成し、泣き声を自分から発し(その日が7月21日。イリヤお姉ちゃんの誕生日の翌日)、ちょうど半年くらい過ぎた頃だったのだ。

 

『きっとお嬢様はその時のお気持ちを、クロお嬢様ならわかってくれると考えられたのだと思います』

 

 それが、私だけがお姉ちゃんの養女になった本当の理由だった。対外的には一族の人を黙らせるポーズもあったと思う。だけどお姉ちゃんにとっての私は、『夢を奪われた存在』であり、イリヤが居るから『存在そのものすら奪われた存在』なのだった。だからといって『妹』を殺して良いわけじゃない。ここはもうこっ酷く叱られた。でも、『妹のイリヤ』は可愛いと思えても、今も私はあの子に複雑な感情を持っている。そしてエルお姉ちゃんも、昔のイリヤお姉ちゃんに複雑な感情を持っていた事に気付けた。その流されるままの狭い世界観を哀れんでいたのだ。

 それで今のイリヤお姉ちゃんはとても立派な人になっている。けれどここに来る少し前の私はどうだった? だからお姉ちゃんは私に優しかった。最初は憐れんでいたのだと思う。だけど今は色んな事を教えてくれる。お姉ちゃんは私の気持ちをわかってくれた。だから私もお姉ちゃんの気持ちが知りたいと思った。それで『妹』兼『養女』に迎えられたのが現在の私だった。

 

 バイク置き場のシャッターを開けると、整備書の置いてある部屋の電灯が点いていた。どうやって入ったのか、お客さんは既に来ているようだ。その小部屋に入る前、私はポンと外に放り出された。

 

 え?

 

「相手に失礼だからですよ。きちんとご挨拶して下さいね」

 

 お姉ちゃんがエーテルを編んでつくった、学園に行っている方の私と寸分違わない私だ。その私はインディゴのオーバーオールだった。

 

「お姉ちゃんのその体、着替えたんじゃなく『人形』を入れ替えた?」

「フフ……わかるようになって来ましたね。今のこれは『ラインの黄金』を使った『エーテル体』です。ですのでさっきより少し背が高いでしょう?」

「そうなの?」

「ええ。あなたにヒッコリーの作業着を渡さなかったのは、今もこのように作業着として使っているからですよ。それとこの『ラインの黄金』は、さっきまでの『人形』に埋めてあったものです。当然『人形』は『ラインの黄金』に回収済みですよ」

 

『人形』が『宝具』を持っているのに、その中に『人形』を仕舞ったというちょっと悩む使い方だ。

 

「これ。肩紐をきちんと掛けて。人に逢うのですから、そういう着崩しはいけませんよ」

 

 元の世界だとイリヤに借りた半ズボンのオーバーオールが結構お気に入りだった。お姉ちゃんにの譲ってもらったそのオーバーオールの中も、下がカボチャパンツになった淡いインディゴのものがあって、今はそれがお気に入りだ。なにせ使い古しているから生地が柔らかい。洗濯したてでもフニャフニャだし、良い感じでところどころ破けているのもお気に入りポイントだった。そしてそれを私はよく片側の紐を外して着ていた。今、それと同じように無意識で片側から腕を抜いていた。それを窘められたのだ。

 

 

 ガチャリと開けたドアの向こうに、少し青味がかった髪の女の人が居た。高校生くらいだろうか?

 

「お久しぶりです」

「はい。お久しぶりです」

 

 そこで私も頭を下げた。紹介してもらった名は『間桐マコト』だった。間桐……?

 お姉ちゃんの説明によると、そのマコトさんの世界で起きた聖杯戦争に介入したのは『エルヴァお姉ちゃん』だった。だけどその世界のリンは大魔導師のリンの弟子で、教えに行くゲートが前々からあったそうだ。それで聖杯戦争を通じてそこのアインツベルンと知己を得たマコトさんは、ホムンクルスの鋳造を学ぼうとした。だけどやはり難しいとの事で、大魔導師のリンを通じてお姉ちゃんと知り合った。それでもさすがに鋳造技術は教えられないので、どうして知りたいのかを聞いたそうだ。

 かなりの魔術師らしいけれど、自分ではどうしようもない理由があるらしい。そしてその理由が『子供の産める自分が欲しい』だった。それでお姉ちゃんがマコトさんが持っていた『素体』を使ってちゃんとした『人形』を造ったそうだ。元々精神の分裂なんかは得意な人らしいから、そこも問題なかった。そういう事があって以降、2人は仲が良いそうだ。ただしマコトさん1人ではゲートを潜れないので、今回はあっちのリンに着いて来たらしい。

 

「エルヴァさんのところへは、やっぱり?」

「ええ、あちらへの移動は難しい状態です」

 

 今、『エルヴァお姉ちゃん』達のところには行けなくなっていた。その事をマコトさんはとても心配していた。少ししんみりしたところでお姉ちゃんが、このガレージで待ち合わせした理由を話し始めた。

 

「水が燃料のエンジンですよ」

「水? 電気分解で水素を?」

「おお、そっちの臓硯が?」

「はい、書付けに残っていました。ソ連の水素エンジン開発は1941年のナチスのモスクワ侵攻が切っ掛けだそうですね」

「ですが、それ一回だけで民生用の計画は頓挫しました。理由は石油利権だったのだと」

 

 私にはチンプンカンプンだったけど、お姉ちゃんの出してきたバイク(スズキのグラストラッカー・ビッグボーイ)の説明を聞いていて何となくわかってきた。まず、このバイクは元がキックペダル付きだったらしい。そのエンジンをイリヤお姉ちゃんのグラストラッカーと乗せ換えたから、あっちが珍しい最初期型と同じキックペダル付きになったようだ。(たぶん、イリヤお姉ちゃんはその事を知らない)

 それで丸々余ったバイクのタンクを別のバイクのタンクと交換する事にして、それを切って中を改造し溶接し直した。その改造は水素ガスを溜める部分と水を入れる部分を作るためだった。そして水から水素を取り出すのは電気でなく、簡単な錬金術と触媒だった。そしてこの触媒の反応をエンジンに見合ったガスで留まるようにして、密閉したキャブレターに送ると、きちんとアクセルに反応してエンジンの回転数を上げ下げできるのだという。

 

「では、本当に電気要らず?」

「はい。一応バッテリーはありますが、これは主にセル・モーター用です。内燃機関部分はまったくの水素のみです。水1リットルで、ほぼ500km近く走ってくれますよ」

「おぉ……」

 

 そしてお姉ちゃんはマコトさんに資料を渡した。

 

「触媒の作り方とその理論、タンクの断面図にエンジン特性のグラフです。これを差し上げますから、時計塔で特許を取得して下さい。今は誰もピンと来ないと思いますが、10年20年後にこの特許は効きますよ」

 

 ここでどこからか羽虫が飛んできた。マコトさんの使い魔なのか、『これで帰ります』とお姉ちゃんと握手してエレベーターでなく駐車場出口の坂を歩いて上っていった。変わった人だ。

 

「クロちゃん、どうでした?」

「あの人も朝ご飯は鮭定食で納豆付き?」

 

 お姉ちゃんはニコッと笑って頭を撫でてくれた。だけどそのエーテル体だと私の方が背が高い。色々聞きたいけれど聞いてはいけない気もした。なのでこれだけを尋ねた。

 

「マコトってどう書くの?」

 

 サラサラッとメモに名前を書いて見せてくれた。その名は『間桐慎』だった。『慎』と書いて『マコト』って読めるんだ? だから私は指を1本立てて、次いで2本立てた。お姉ちゃんは2本立てていた。

 

「残酷だけど赤ちゃんの頃に女の子にされてしまって。ですが、それを知ったのは聖杯戦争の少し前で、それまではずっと女の子と思っていたそうです。体も隅々まで蟲にされていた事も、魔術師だからと受け入れられるだけの器量があります。並行世界の『間桐慎二』はくだらない人がほとんどですが、偶に慎ちゃんみたいな人が居ます。彼女も慎ちゃん寄りなんですね」

「お姉ちゃん……」

「不憫だとか憐れむのは失礼でしょう。立派な魔術師です」

 

 この様子だと、マコトさんは慎二兄ちゃんとも逢っていて、お姉ちゃんとの仲を祝福しているような気がした。お姉ちゃんも慎二兄ちゃんの妹のように感じているのかも。いや、マコトさんからお姉ちゃんや慎二兄ちゃんにそういう風に話した気がする。

 

「幸せなのかな?」

「不幸に感じた事がないから『憐れむのは失礼』なんですよ」

「そっか……」

「ええ……。彼女、『ゲド戦記』が好きなんですって。本当は『闇の左手』じゃないのかって言ったら、笑いながら『そちらも『パーンの竜騎士』でなく、本当に好きなのは『歌う船』でしょう?』だって」

 

 アーシュラ・K・ル=グウィンに、アン・マキャフリイ。どちらもアメリカの女流SF、ファンタジー作家だ。難しかったけれど、私はお姉ちゃんに薦められて『パーンの竜騎士』のシリーズを数冊と、『歌う船』シリーズの1巻、それと『ゲド戦記』数冊を読んでいた。他に『指輪物語』、『ナルニア国物語』、『はてしない物語』、『ハリー・ポッター』のシリーズなんかも読んでいる。イリヤもこの辺りは読んでいて、美遊を交えて映画にも行っていた。

 こういうのをお姉ちゃんが薦める理由は、『史実も百年経てばファンタジーに成り下がる』からだ。そしてそういう作家が残した作品には追々として、『並行世界での真の歴史が語られている』場合があるからだった。何も『聖堂教会』が『光属性の魔術』を全部独占しているとはお姉ちゃんも考えていない。だけどかつての『教会』が『電気』を独占し、人々を『暗黒に貶めた』事は間違いないそうだ。

 

 ニコラ・テスラの事を挙げずとも、彼が地球の自転から無限の電力を得る方法を再発見したのは間違いなく、化石燃料へ依存した社会へと、この世界の文明と人々の意識を捻じ曲げ、型に嵌めたのは間違いないそうだ。だからこそ、何世代にも渡る『家の教え』を忠実に護り、伝えて来た私達魔術師の生き残る目がそこにあるのだという。

 北海道の五稜郭で知られるような星型の要塞も(世界中にある)、そんな電力や『マナ』を送電、あるいは空間を飛ばして送り込む装置だったそうだ。特に五稜郭は、失われた『タルタリア文明』の名残りで、とても貴重なものなのだそうだ。この『タルタリア文明』が残したものに、明治から昭和の初めに稼働していた軍艦や空母の基礎部分がある。文明って本当に教科書に出ているものだけなの? シュメールやメソポタミア、エジプトが最古なの?

『その数千数万年前から縄文時代は始まっていた。文字の要らない精神感応力があるなら文明は起きるものだ』とお姉ちゃんは言う。私もそうだと思う。

 

 この日以降、お姉ちゃんは私の傍に居て、何でも教えてくれた。そして課題のバイクが出来上がる前に、ツーリングから帰って来た。終業式後、そのバイクを宝具に仕舞って、私とイリヤとお姉ちゃんはドイツに向かったのだった。

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