鹿児島は佐多岬から宮崎まで一気に走った私達は(お昼は予告通り黒豚のトンカツだった)、3時過ぎに日南市で、『エル』お薦めのラーメン店に入った。なおカメラマンのあの子は今日も良い仕事をしていた。
「なんで日南でラーメン?」
美味しかったけれど、お店を出た後に『エル』に尋ねた。日南と聞けば私には海岸や鵜戸千畳敷奇岩くらいしか思い浮かばないし、九州でラーメンと聞くと博多ラーメン、熊本ラーメン、鹿児島ラーメンだと思うのだけど。
「どれも基本は豚骨細麺、白濁こってりスープで代わり映えしません。特に福岡のものは。九州北部のトンコツのルーツは久留米ラーメンです。それが他県の熊本、佐賀、福岡に飛び火し、魚市場のある長浜や人口の多い博多に出店され、お互いがお互いの味を研究しあって進化していったものなんですね。ですから『A店でショウガを置いとるばい』『B店は高菜を置いとる』と、お互いを真似あったのでトッピングも似たようなものばかりです。そして労働者向けに発展したものですから、軒並み味が濃い。またこの味の濃さが替え玉文化の支えになった訳ですが、健康的にどうかなと思いますね」
確かに。私が九州北部のラーメンに抱くイメージがそれだ。
「と言いますのも、それらのルーツの大元のルーツは長崎に上陸した中華料理であり、その後のちゃんぽん(※)なんですね。つまりお野菜たっぷりなちゃんぽんを、もう少し細麺で出して欲しいというのが私の本音です。その意味でタンメンやサンマーの方が私の好みです。それに福岡ならラーメンよりうどんですよ。地元の人に聞いてみて下さい。7割以上の人が『うどんの方が好き』と答えますから」
※)ちゃんぽんの語源には3つある。中国福建省の言葉で手間いらずで簡単な料理を指す喰飯(シャンポン)、 ポルトガル語の混ぜる・混合するという言葉『チャンポン』が訛ったもの。中国人の蔑称の省略形チャン(チャンコロ)と日本のポン(自虐語で日本人をポン助という場合がある)などだ。有力なのはポルトガル語で、一部地域では強い弱い関係なく様々なお酒を連続して呑む行為を『チャンポン』という。沖縄の『チャンプルー』はこの『チャンポン』が語源だが、主に『野菜+α炒め』限定で使われているようだ。
そうなんだ? 同じ九州で他の県なら?
「鹿児島もトンコツですが、こちらはスープを白濁させないものが本筋で、味噌味もあります。またマグロやカツオを使ったラーメンもありますね。ですので一度は食べてみるべきと思います。とは言えこれは個人の好みですが、私は味噌なら札幌だと思うし、魚介をスープに使うなら煮干しだと思います。どちらも白濁させないトンコツがベースです。白濁させると一口目の旨味は強いですが、後味は貧相で下卑たものとなります。ところが今の鹿児島で、スープを白濁させないお店を探すのは難しいんですよ。それでパスしました」
白濁させる方が、インパクトあるからだろう。あっさり目な味が好みの『エル』には合わないようだ。
「ではどうして宮崎では?」
セイバーだ。宮崎と言うよりこの日南でという意味だ。
「宮崎ラーメンは全般的にトンコツの割にあっさり目で、ニンニク醤油での味変が好みなのと、日南だと宮崎市内みたいにうっかり辛麺屋に入らなくて済むからですよ」
辛麺……。何となく『辛いだけで旨味もコクも、奥にあるほんのりとした甘さも感じられない味』を想像した。
「本家本元はそれなりに美味しいらしいですが、絶対に言峰神父の作ったあのマーボー・ラーメンの二玉目には負けます」
どこでなにを食べたのだ、この妹は? だけど『お薦め』と言って連れて行ってくれるだけのものはある。素朴というと語弊があるかも知れないけれど、飽きない味だった。だからセイバーは1杯目を終えると、次に大盛りを頼んでいた。既に彼女の前にはラーメンだけでなく、食べ終えたチャーハンとギョーザのお皿もあるのにだ。
こうして見ると思うよね? アルさんがもしバーサーカーでなかったらって。軍資金が底をついて冬木から撤退だったら泣くよ。私の知っているセイバーと、この『エル』のセイバーは別人だけど、確か第四次では何も食べなかったそうだ。では、どうしてここまで食いしん坊になったのかと言うと、彼女の記憶にあるシロウ(4番めのアーチャー)のせいで間違いない。そんなくだらない事を考えながら、私達は『たまゆら(玉響)』のホテルに向かったのだった。
なおホテルの食事はバイキングだった。他にも料亭やレストランがあるけれど、『エル』が言うには『ホテルはバイキングがあるなら、そこで食べるのが一番無難』なのだそうだ。これは観光ホテルでもビジネスホテルでもそうらしい。また食事と宿泊料金を優先するなら民宿やペンションも捨て難く、海外でもシティホテルでなく、そういうところを利用する場合が多いという。
「海外ですと、まず大浴場なんてない訳ですから、食事以外の楽しみなんてありません。そうなると繁華街に繰り出して、それなりのお店で食べる方がマシです。また日本で言うビジネスホテルクラスは海外ですと、宿泊施設のあるバルかバーとなるのですが、そういうところはベッドがイマイチですしね。日本はそういう意味でも便利ですよ」
そうだねぇ。どこにだって気楽に泊まれる場所があるものね。とは言え都市のシティホテルだと大浴場がないし、そもそもパーティのお呼ばれでもない限り、そういうところで泊まろうなんて思わない。私も温泉のある旅館の方が寛げるし気が楽だ。なのに今回こういうホテルになったのは、ここが温泉街に建つ大浴場付きのホテルで、この周囲が全部こういうホテル形式だったからだ。いわゆる観光ホテルという部類に入るタイプだ。だからそこまで堅いイメージはない。しかもバイキングには宮崎名物のコーナーもあって、チキン南蛮が取り放題だった。そんなに食べないけど、こういうのはポイントが高い。
それとバイキングには子供料金の設定もあるので、『エル』はあの子もそのままホテルに宿泊させた。そういう事で明日の朝食もバイキングを選んであるそうだ。そして明日は『E10→E3』で久留米に入り、下道で佐賀から伊万里・有田、唐津へと走る。お土産用の有田焼などを見て唐津で泊まる段取りだった。いよいよ旅も終盤だ。
「有田・伊万里は窯元に行くんでしょう? そこも大型で巡るの?」
焼き物に私は疎いが、家ではイリヤに次いで『エル』も詳しい、と言うか好き者だった。2人ともシロウという料理人から、器選びを学んでいるのもあるし、イリヤの場合茶道や華道を学んでいるのも大きい。『一楽二萩三唐津』だっけ? 茶碗の有名な焼き物だけど、ああいう素朴なタイプなら釉薬を使わない備前焼(伊部焼)だろうと思っている。お漬物が映えるし、焼き魚にも合うからね。『エル』も実用性の高い備前焼を好んでいる。けれど育ちの関係でセーブルにフッチェンロイターやマイセンなんかも好きなので、絵付けの綺麗な九谷焼や有田焼なども好きらしく、昨今流行りの淡い単色の有田焼を欲しがっていた。今回はきっとそれを探そうという魂胆なのだろう。
ちなみに佐賀へ行くとなれば温泉もあるし、佐賀牛や季節のイカ刺しも有名だけれど、鍋島藩が奨励保護した焼き物も有名だ。佐賀県各地に窯元があり、唐津焼は絵付けの素朴な伊万里焼(鍋島焼)とともに京や江戸に送られ、絵付けの綺麗な有田焼は海外に送られた。なお伊万里焼とは、本来伊万里に窯を構える焼き物を指すべきだけれど、海外に送る場合伊万里の港から出ていったので、どこの窯であろうと全部伊万里焼と呼ばれるようになったという経緯がある。
厳密には窯元の違いや絵付けの流儀・流派で分けるべきで、鍋島焼は有田焼の一流派で現代伊万里とも別物と考えるのが正解だろう。これをして『エル』は『ラーメン脳』と言った。きくらげと紅生姜、高菜の分量や入れていいタイミングが違うだけで、トンコツ細麺は同じだろうという事だ。焼き物とラーメンを同列で語るなと言いたいけれど、上手い事言うなぁと感心もする自分がいる。
「うん? オフ車で廻りますか?」
「何も載らないじゃない。あなたの事だから、何か持って来ているでしょう?」
例えばスーパーカブ(70/90)とか、タウンメイト90とかバーディ90とかの黄色ナンバー。意外なところでリトルカブやジャイロ・アップ……は、原付きだからないか。けれど郵便局の払い下げは持っていそう。問題はナンバーを取っているかどうかだ。
「う~ん、読まれてますねぇ。持って来ていますよ。丸目のデラックス(スーパーカブ)で『Zephyr』と同じキャンディアップルレッドの。ご想像通りレッグシールドなど一部がガンメタのものです」
「それは想像付くわ。それ以外にはないの? 私やセイバーに貸せる何かがあるでしょう? 郵政払い下げとかさ」
それで4人で宝具の中のバイク置き場に入り、手分けして探した。その中にナンバー付き実用車が他に1台だけあった。見付けてくれたのはカメラマンのあの子だ。それは青いような緑色の『ニュースメイト(T90N/4NM2)』だった。日本に来たばかりの頃にルオンが乗っていたものだという。これはビルを建てる前に衛宮の家に住んでいた頃のもので、マーヤとルオンの分の2台があったそうだ。今は軽自動車だけれど、以前2人の乳母はこれに乗ってあちこちの商店街やスーパーへ買物に出ていたのだ。
カブでないのはセローと同じでルオンを慮ってだったそうだけど、早々にマーヤはスーパーカブ90を手に入れプレス仕様に改造し、ルオンはバーディ90を新聞配達仕様に改造して乗っていたとか。なので私の記憶にあるのはカブとバーディの方だ。で、『エル』がニュースメイトを選んだのは、大きな荷台(ビールケースが2つは載せられる)と前カゴ(レジ袋が2つは入る。3つ目4つ目はハンドルに掛けられる)が付くのと、灯火類が増え安全性が増すからだった(荷物でハンドルに中央にあるライトを邪魔しても、カゴ下に別のライトとウィンカーがある)。
4ストローク単気筒、6.5ps。セルはなくキックオンリー(セルが付くのはカブ系だけ)だけれど、お買い物用と割り切れば十分だと思う。何よりメイトとバーディはフロント・サスがオーソドックスな正立フォークだし、ホイールが14インチで足付き性が良い(中でもバーディはキャストホイール)。カブってタフで良い道具だとは思うけれど、17インチのホイールは大き過ぎると思うし(だから14インチのリトルカブが出たとも言える)、あの覆われたフォークが妙にオモチャっぽく感じられて私はあまり好きではない。
今は『エル』のものとなったそのメイトはフレーム部分がビアンキのチェレステっぽいターコイズグリーンのメタリックに塗り替えられ、前カゴは籐製で、荷台には木箱(ワイン用だと思う。紋章がアインツベルン・ワインのそれだ。お祖父様から頂いて来たらしい)が付いていた。白いレッグシールドは、錬金術で造り直したのか、薄い金属製でシルバーメッキだ。それで前側に黒色で木箱と同じ紋章が入っていた。おそらくここ2~3年で鋳造したものだろう。そしてその時に塗り替えたのだと思う。色がいつもメタリックなのは、多分目が見えない分、何かを感じ取っているからだろう(学園に乗って行っていたシングルはショッキングピンクのメタリックだった)。
こんな風に奇抜な色に塗り替えたりはしても、おかしな改造はしないし、操縦性と静寂性をいつも優先しているからセンスが良いとも言えるし、周りに流されず我が道を征く子だとも言える。なのにこんな奥に放ってあったメイトは何だろうか。ナンバーがあって自賠責が切れていないのだから、毎年の税金も払っているはずだ。なのに奥にあったのは、このカスタムで満足してしまい、ほとんど乗っていない事を意味する。勿体ないと言うなかれ。そういう子です。でも、でもだ。どうして『エル』はカブを持っているのだろう? それも90でなく70なのはどうしてなのか? 伝説と偉業があるのはわかるし、実用車が好きなのも知っているけれど、どうにも解せない。
「理由? 簡単な事ですよ。まさに今回みたいに窯元を巡るのと同じく、出先でお土産を買い求めるためですよ。考えてもみて下さい。そこまでの移動手段が船であろうと飛行機であろうと、列車であろうとですね、買ったものを仕舞う倉庫が持ち歩け、現地での移動手段も持ち歩けるなら? ですので自転車と大抵の国で走れるスクーターや実用車は常時持っています」
う~ん……発想が違うとしか言いようがない。
「そんな世界中のコミューターの中でもカブは異例中の異例で、とても良く考えられた乗り物なんですね。燃費に拘り、4ストロークだけで行った点、結構早い時点から排気量違いを設定いていた点などなどです。ちなみに50は39×41.4の49ccですが、70は47×41.4の72cc、90は47×49.5の85㏄です」
「あれ? 70だけショートストローク?」
「そうです。50は商用車としての耐久性だけでなく、重いものを運ぶ事も考慮されています。その最初の思想が良かったので世界中に広まったのですね。東南アジアなら想像以上に重いものを運び、酷使されます。だからこそのロングストロークなんですよ。ホイールが17インチなのも未舗装路を想定してたからです。そもそもカブの生まれた時代は、日本もそこら中未舗装でした」
ああ、なるほど。となると70は50のスポーツ版で、90はパワーアップ版となるのね。
「ええ。39×49.5の60ccもホンダの事ですから試作くらいはしたと思います。でも出さなかった。それは世界中のモペットが50ccと決まっているからです。ですので私としては70が4速でない点が不思議です。まぁ、ミッションや自動遠心クラッチの耐久性を考えての事だと思いますが。それとこの70最終型は当時の90と定価で7000円しか違いません。なので皆んな90に流れ、とうとう生産中止となりました。今はもう中古でしか手に入りません。それなりに希少なんですよ」
裏返せば90より70の方が耐久性が高いって事だ。そして手に入らない……か。こういうのって何年後かに必ず価値が上がる。ちゃんと見ているなぁ。きっと城に何台か確保しているだろう。
「という訳で今現在で貸せる実用車は1台だけです。ですので、姉さん。『SL230』も提供しますので、セイバーとメイトをじゃんけんでもして決めて下さい」
という事だったけれど、結局セイバーが譲ってくれたので、メイトは私が乗る事に決まった。そして翌日、朝食バイキングの後、身なりを整えた私達は宮崎を後にした。九州自動車道(E3)を北上して久留米インターで下りた頃はお昼前だった。B級グルメ研究家としては呼び戻しスープの久留米ラーメンか焼鳥と豚バラだけど、県道を西へスイスイ走るので『エル』には決めたお店があるようだ。
久留米インターから下りて国道3号線に入ればトラック・ドライバーが愛する丸星ラーメンや丸幸ラーメンがあるし、この他にもラーメン店が建ち並ぶ。3号線に入らず県道をもう少し行って国道209号線に出てもラーメン店は多い。国道を越えると久留米ラーメン横丁などもあるし、国道209号線沿いにもラーメン店は多い。このラーメン密度はおそらく全国一で、札幌すら過疎かと思うほどだ。つまり凄まじい激戦区なのだ。なので飲食店の節目、『1年、3年、7年』を超えたお店は、全国レベルでは無名でも名店中の名店と言っても良いだろう。
そして『エル』は国道209号線を南下した。やがて見えたV字路の支道に入ると目的のお店に到着した。派手な看板に妙な屋号。威勢のいい店主は妙な髪型で迎えてくれる。不思議なお店だ。だけど券売機のトッピングを見て、久留米ラーメンからの脱却を図っているお店なのだと読めた。『エル』は迷わず『ネギ増し』『タケノコ増し』のボタンを押していた。なるほどねぇ。
私も『タケノコ増し』を押し、『餃子セット』にした。ご飯はセイバーに押し付ける。そのセイバーは『肉増し』『煮卵』の『半チャンセット(チャーハンはその後消える)』に『替え玉2枚』と『ライス食べ放題(その後、食べ放題が消え大中小になり、トンコツ飯が増えた)』の食券を買っていた。カメラの子はラーメンだけだけど、これはイジワルでなく本人がそう選んだ。子供だから少食なのだ。
トンコツの香りを我慢してお店の前で少し並んだ。モヒカンの人形が不気味だ。英霊のイリヤはこのトンコツの香りが苦手らしく(海の家で参ったらしい)、彼女がラーメンを食べる場合は、鶏のクリーミーなラーメンばかりだという。私は『エル』の影響で味噌と煮干しが好きだけど、一応何でも食べる。あの『エルヴァ』はどうなのだろう? あっちでラーメンなんてほとんど食べた記憶がないからなぁ。
入店して席に付き、食券を渡して5分後くらいに着丼した。セイバーは気持ち悪いペースで食べていた。半チャンをおかずにご飯をかき込み(セルフなのでひっきりなしにお代わりに行っていた)、ラーメンで喉を滑らしている。そして麺がなくなれば替え玉投入だ。それでここの替え玉には珍しい焼き替え玉があった(当時は300円でなくノーマルと同じ150円)。なんとこんがりキツネ色に麺が焼けているのだ。これは面白いので一口頂いた。うん、この食感は上海辺りの一部焼いた餡掛けチャーメンっぽくて楽しい。なので私も焼き替え玉を頼んで、『エル』と半分こにした。
なおこのお店のラーメンはとても食べやすく一蘭のようなサッパリ感もあった。やはりベースこそ久留米ラーメンのそれだけど、麺は長浜のように細く(普通の久留米は、細麺でももう少し太い)少し発展させたものだと思う。辛味噌は最初に来た分以上はテーブルトッピングから追加せず、高菜で十分だろう。でなければこのクリーミーなスープのバランスが崩れると思う。開店5年目。今後も高菜の容器を今のように洗い(高菜の不味いお店は大抵前日から入れっぱなし(※))、売れ残りを捨てる勇気があるならこの後も残るお店だと思える味だった。ごちそうさま。
※)「高菜、食べてしまったんですか!?」というコピペがあるが、博多にあんなお店が本当にあったらしい。着丼の最初から紅生姜と高菜を入れたのだ、『エル』が。そこで睨まれたので、アルさんに睨み返させたという。私に声も掛けず連れて行ったのかよ。なお最初から入れた理由は『臭み消し』だった。評判のお店だったらしいけれど、とにかくお店もスープも豚臭かったそうだ。今はそのお店もない。当然だよね。いくら味が良くても、『臭い』ものなど誰しもが好む訳ではないんだから。
食後少しの休憩で武雄まで走った。所要時間は1時間弱だった。目的の窯元は国道35号線沿いにある数窯(有田焼)と、武雄から県道26号線を北上し、県道251号線に乗り換えた先にある『秘窯(ひよう)の里、大川内山(伊万里・鍋島焼)』だった。二ヶ所回るなら35号線沿いは店を絞って、このまま大型で行き、県道251号線の方をメイトで回るべきだろう。『エル』も本来の目的は、大川内山の鍋島焼の方で、マイセンやフッチェンロイターのブルーオニオンのような柄のマグカップやカップ&ソーサーを探したいらしい。
マグカップは自分のでカップ&ソーサーは2人の乳母やお母様、それと大魔導師のリンと弟子のリン達にだろう。シロウとイリヤには唐津焼から選ぶのだと思う。
それで有田焼を数点買った私達は、来た道を少し戻るようにして県道26号線に入り、県道251号線を走った。大川内山の里の手前で、バイクを換えた。カメラマンのあの子はセイバーの『SL230』の後ろに乗り換えた。『エル』が出してくれた半キャップのメットを冠って、私はやっとワイン箱の意味がわかった。
「私だけが運ぶの!?」
「こっちにもワイン箱を付けますってば」
時刻は3時近い。ほとんどのショップは5時で閉まる。『へぇ~』と悠長に窯などを見学している時間も、腰を落ち着けてじっくり選ぶ時間もない。とにかく私と『エル』は次ここ、その次はこことカブとメイトを郵便屋さんさながらに少し走っては止め(セイバーは途中で諦め駐車場にバイクを置きに行った)、気になるものがあれば手当り次第に買い求めた。買い物が終わると皆んなで喫茶店に入った。
私は払下げの郵政メイトか郵政カブ(MD)が少し欲しくなった。と言うのは『エル』ってば自分のカブのスタンドをそういう郵政仕様の太いのに換えていたからだ。私の借りていた新聞用メイトも太くて頑丈そうだ。それだから木箱に重い陶磁器をじゃんじゃん積めたのだ。(もちろん割れ物なので、お店とお店の間の人目のないところで、その都度宝具に取り込んでいる)
『こういうお土産用にはバッチリね。良いじゃないの』
それで良く見れば私のメイトも『エル』のカブも、エンジンが黒いのだ。サビが出ないように最初から耐熱塗料を塗っていたんだろうね。それにメイトの方は、ミッションケース部分にガードが最初から純正で付いていて、これがまた渋い。また、カブの方はレッグシールドの内側に小物入れやドリンクホルダーが付いていて、ペットボトルだけでなくパックのジュースも置けるようになっていた。自作するだけの事はある。私なら精々シールドを留めるビスと自転車用ドリンクホルダーを供締めするくらいだ。
それとよく考えれば、50じゃないから二段階右折は必要ないし、30km以上出せる訳だ。座布団が必要だろうけどタンデムステップもある。高速道路や自動車専用道路は走れないけれど、下道なら渋滞の中でもスイスイ走れる。この積載量はキャンプにも合うし、高燃費は災害時の緊急用と考えれば凄まじい。
こんな便利な乗り物に、なんで普段から冬木で乗らないのだろう? お米だって醤油だってお酒だって何でも載るのに。そこで気付いた。『宝具があるから』だって。『Zephyr』であろうと『TW』であろうと、少し離れた人目のないところで宝具に仕舞えば良いからだ。そう考えるとこういう旅先でのチョコマカ走る『お買い物』や『観光』にこそ1番向いている。自己申告通りだ。やっとストンと腑に落ちた。
そんな風に私が感慨に耽っている間、『エル』はレシートの金額を電卓で打っていた。
「合計いくら?」
「〆て96万7400円でした」
う~ん、ほぼ100万円か。これが全部現金払いだから呆れる。これだけの大金持ちなのに、未成年なのでカードが持てないという現実。だからこの子は宝具の中にいつも現金を置いている。日本円なら数千万。ユーロや米ドル、ルーブルにスイス・フラン……毎回毎回、どこで泊まっても、どこで食べようと支払いは現金だ。悲しいよね。
「私の事はどうでも良いんですって。それよりも姉さん。お母様へのカップ&ソーサーが、5万円ってなんですか? 高過ぎませんか? 私が選んだママ達のカップ&ソーサーは一脚8700円で、私のマグカップなんて2300円ですのに」
「親孝行は生きている内にするものよ?」
これで『エル』は確実に黙る。イリヤが言ってもこうはならない。私が言う事に意味があるのだ。
(そういうのを察せられる子だとわかっているだけに、自分がズルいという自覚はある。けれどどんな魔術や魔法を使っても、私のお母様やキリツグは帰って来ない。そんな悲しい思いは、この子やイリヤにはして欲しくない。何より親に恩を返せるだけの資産をその歳で貯められた。うん、こう言うと言い返したい事がたくさんあるのもわかるよ? でもね、あなたがきちんと親を大切に考えているって『ポーズ』を取るだけで、イリヤも美遊もおチビちゃん達も安心できるんだって。だからあんなに良い子になったのよ? その5万は私が必ず返すから、あなたはそのままでいて頂戴)
なお、キリツグへのお土産はここでは無し。美味しいお肉やお魚は明日買い、宝具に仕舞って、キリツグに食べさせてとシロウ達に渡すのだ。そうするとあの子(義弟)も魔導師の夫もそれなりに料理をしてくれる。それ以外は適当に佐賀のお酒を見繕う程度かな?
(後で『エル』は『光栄菊』と『鍋島』、『前(さき)』なんかを揃えていた。何だかんだ言いながら、こういうのもしっかり調べているのが『エル』だ)
夕方5時前、里から出たところで大型に乗り換え、私達は唐津の旅館に向かった。それで旅館に着いたのが6時前。ホッと一息吐いたら、今夜は透明なイカ刺しと伊萬里牛のしゃぶしゃぶだ。ところで佐賀牛と伊萬里牛は何が違うのだろう?
「同じですよ。育てている場所が伊万里というだけで。佐賀県内の肉質等級4から5、BMS7以上の黒毛和牛の肉ならどれも佐賀牛です。要は但馬牛の中のコーベビーフのようなポジションを狙っているのでしょう。そう言えば佐賀牛の素は但馬牛でした」
なぁ~んだ。いや、一生懸命育てている人達の熱意や情熱を考えれば軽々しく『なぁ~んだ』なんて言えないのだけど。でも冬木も畜産で知られていて、結構簡単に穴の部類(希少性が高いのに値段がつかないから出回らない部類)や、サシは少ないけれど美味しい赤身の塊肉が安く手に入るんだよね。
とは言っても、伊萬里牛侮りがたしだった。大慌てで入ったお風呂の後の食事は期待以上だったのだ。透明なイカ刺しは鮮度の問題だ。もし、鮮度が良いから美味しいという一文を方程式にするなら『鮮度≒美味しい』であって、『鮮度≡美味しい』ではない。この意味がわかるだろうか? ハズレのイカはいくら新鮮でも、同じ鮮度なら当たりのイカより劣るのだ。つまり『個体差』と、今という季節に漁れる『種類の差』が明確にあるという意味だ。ところが熊本のスズキと同じく、レベルの違う美味しさだった。
この『美味しい』という言葉にも様々な解釈がある。それについて、私なりの考えを述べておこう。まずこの言葉には省略された前提条件が必ずある。それは『~にしては美味しい(※)』というもので、それはつまり食べる側に『予測に基づいたリミッターが既に掛かっている』状態にあるという意味だ。だから『予想外に美味しい』『初めての体験だ』といった感想がたまに聞かれるのだった。
それはそうだろう。メニューを見なくとも何の食材を使ってあるかは誰にだってわかるものだ。つまりその食材の味を人々は先に知っているという事だ。だからこそ味付けが料理人の腕を測る上での1番のバロメーターとなるのだ。けれどイカ刺しなんて極端に言えば単にイカを切っただけで、料理人の腕は目利きと、食べやすいような切り方をしているか、ツマやケンをどうあしらったかという具合に最低限しか発揮されていない。
となると食材の元々のレベルが違うという事だ。
※)極端な例だけど、『インスタント・ラーメンにしては美味しい』という場合も、個々人の味覚の差はあれど、『美味しい』という前提を省略した言葉は出るものだ。このリミッターは否定するより受け入れて活用する方が人生は楽しい。『そんな貧乏くさいもの食べられるか』という人より、『最高ランクの本当に美味しいもの』を知りつつも、『大衆的で安上がりな美味しさ』も楽しめる人の方がお得だ。私はそれを『たこ焼き』で学んだ。『エル』にせよイリヤにせよ、友人に誘われれば回転寿司やハンバーガーショップへも普通に行く。『味覚のランクを落とす』のか『味覚のモードを切り替える』のか、そこは知らないけれど。けれど人生は友人と語らい、人と交わってこそだろう。
「産地というか潮の差なのかな」
「ええ、海流と潮でしょうね。日本海の潮と太平洋の潮が大きく混ざり合うところですから。やはり違いますね」
そういう事なのだろう。そんなイカ刺しを先に頂いてからしゃぶしゃぶとなったのだけど、伊萬里牛には『エル』も驚いていた。
「甘い?」
「ね? ほんのりした甘さがあるよね?」
「波動が高くなる育てられ方をされて来たんですね。育てている人々も波動が高いのだと思います」
「だろうね」
日本列島という超巨大霊地。その装置の一部が縄文人だった。そんな縄文人の血を1番濃く引くのが九州と沖縄、奄美の人々なのだ。レプティリアンの敷いたアトランティス的階級支配構造から脱却していたムーの人々。その末裔が縄文人でありマヤ人だ。その血を引くなら波動が高いのは当然だった。
「『佐賀、良かでしょう』って本当ですね」
神秘がどんどん薄れる現代。この薄れる原因は『地球の意思』がレイシフト(アセンション)して五次元以上のところにいるからだというのが『エル』の見解だった。繋がっているのは一部の『目覚めた人』か、ごく僅かな『わかっている魔術師』か、私達のような『自然の触覚』だけだ。おそらくこれらの料理を私達は、普通の人の5倍から10倍は美味しく感じている。それが甘みとなっていた。詰まるところはコクであり旨味だ。けれどその奥に甘味も感じてしまう。それが私達『自然の触覚』だった。
朝食後1時間ほど過ぎた後に、『エル』が私とちぃイリヤを呼びに来た。今から本社(本部)に向かうのだ。そこで『エル』の出して来たパネルバンに驚いた。フロントにスリーポインテッドスターがあるからベンツェだとは思うけど? 色が丸っきり、この子が日本で乗っている『Zephyr』と同じなのだ。
「知りませんか? 『Mercedes-Benz MB90』という1986年のスペイン製のモデルです」
「こんなパネルバンなんてあったんだ?」
「ええ、あったんですよ。パサートを会社に持っていかれたので、これでご勘弁を」
まぁ、ちぃイリヤには厳しいとは思うけれど、私なら歩いていけない事もない距離だ。バンでも十分だろう。それでスーツを着た私達は『エル』の運転でイヴの本部に向かった。程なく着いたビルは思ったより小さな4階建てだ。その玄関には相変わらず、高さ3mを越える信楽焼のタヌキが鎮座していた。タヌキの足元には色とりどりの花が植わった植木鉢が二個あり、それが垂れた『金◯』を隠している。
「なにこれ!?」
「信楽焼っていう日本の焼き物なの。宝具で密輸したんだろうねぇ」
「あぁ、ドイツだと良い目印になるよね」
「うん」
それで『エル』に続いて中に入ると、やたらつるつるした人工大理石の床が迎えてくれ、右には受付のカウンター、左には大きなスモークガラスが嵌った窓がある。この窓の下に金属製の棚があり、そこには九谷焼の大皿や備前焼の徳利やお猪口なんかが飾られていた。好きだよね、この子も。いや、ミトやパミの趣味なのかな? でも結構古そうな備前の徳利に花を一輪挿しているのは、気の利き過ぎる社員の仕業だろう。今は不在だけれど受付の子かしら?
「これ、お酒を入れるものだよね? アツカンだっけ?」
キリツグの姿で覚えたみたい。
「そうなんだけど、ここはドイツだよ。お花でも良いんじゃない?」
この会社は通りに面した側に吊り下げ式のプランターが並んでいて、四季折々の花が飾られ通行く人の目を和ませていた。女の子がトップの会社だなって思う。『エル』はずんずん奥に進み、エレべーターに乗り込んだ。
「受付、通さなくて良いの?」
「ええ。来客はカウンターの電話で上に一報するシステムです。人件費削減の意味もありますが、この本部は設立当初から受付は置いていません。それに監視カメラも魔術装置もありますから」
それで私達は2階に上がった。エレベーターのドア正面には50人くらいの人がデスクに陣取り、ラップトップのモニターや、書類とニラメッコしながら、キーボードを叩いたり、ペンを走らせたり、電話を掛けていた。とても活気があるけれど、ここはいつもどこからどこがどの部署なのか謎だ。選ばれた本部社員ともなれば、掛け持ちが当たり前だから、昔から仕切っていないらしい。
そんなフロアの正面奥にある大きなデスクでミトがどこかに電話を掛けていた。
私達に気付いたミトは、受話器で受け答えしながら、奥の扉を指差した。あちらの部屋で契約を交わすのだろう。