※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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九州ツーリング編はこれが最終回です。


60、Illyasviel in Eppelheim 08 & Elva in Saga 08

 トリンキンが自宅(自室)に戻った後、私は物思いに耽っていた。『7歳からずっとこちら』という言葉に対してだ。

 娘のフリューゲルと離れざるを得なかったネーベルさんを慰めていたトリンキンは、フリューゲルを『姉』と慕い、ドナウエッシンゲンにある『エル』の別宅を護るネーベルさんを『ママ』と呼んでいた。

 私はちぃイリヤに一言断りを入れて、自宅(自室)に居るだろう『エル』を訪ねた。驚いた事に『エル』は家の前のデッキに置かれた、瀟洒(しょうしゃ)なロッキングチェアーに揺られながら本を読んでいた。チェアーの前の可愛いテーブルには湯気の浮かぶ、アウトドア用のマグカップ。中はコーヒーだろう。テーブルの下は棚になっていて、使い込まれたオプティマスの123Rと、コーヒー・ドリッパーのセットがあった。

 日本と違って3月のドイツはまだまだ寒い。だけどヨーロッパ人にとってはもう春だ。そのデッキはきっと『エル』のお気に入りの場所なのだ。確かに西陽と樹々の織りなす光のシャワーは、印象派の絵画が飛び出て来たようにも見える。私似の銀にも見える薄い金髪がイスに揺られながら、ページを追っていた。なんて贅沢な時間を過ごすのだろう。声を掛けるのが申し訳なく思うくらい寛いでいた。こんな最中にも『本人』は九州へツーリングに出ていて、『別の本人』の数人はどこかで仕事をしている。きっと仕事をしている『自分』をここで癒やしているのだ。

 

「エル?」

 

 静寂の中で自分の声が思った以上に響いた。今が丁度そういう時間帯なのか、髪を黄金色に輝かせた妹が振り向いた。

 

「いよいよですよ、姉さん」

「ええ。それより少し教えて欲しいの」

「……?」

「トリンキンの事。私、もっと前からあの子と逢っている?」

「ああ……。思い出されました? そうですよ。私が聖杯戦争に行っている間、アハトの城に残って姉さんやお母様の相手をしてくれていた子が、53番や59番、97番でした。あの子はその中の59番です。『ゴクッ』だから『トリンキン』なんですよ」

 

『trinken』。ドイツ語で飲むという意味だ。発音はトリンケンに近いけれど、人の名前だからと捻ったのだと思う。だけど何ていう名付け方だ。53番という子が無性に気の毒に思えた。でも大方の日本人はそれっぽい名だと思うだろうなぁ。だって、『ゴミ』のドイツ語は『Müll(ミュル)』というからだ。

 

「じゃ、97番って?」

「ハンス」

「ハンス? 普通のドイツ人名よね?」

 

 けれど男性名だ。

 

「ええ。『Hans Knappertsbusch』からですよ」

 

 うわぁ。フルトヴェングラーに並ぶ戦中の大指揮者の名前からか……。そういや、日本人の呼ぶクナッパーツブッシュの愛称が『クナ』だった。ああ、だんだん思い出してきた。3人の中で1番うるさかった子だ。それで1番仲良くなれたのがトリンキンだった気がする。

 

「私、トリンキンと仲が良かった?」

「みたいですよ。妹扱いせず、『親友』と言ってくれたと聞いていますから。まだまだ起き上がれないお母様に甘えようとする姉さんを叱ったらしいですね。それをお母様に諭されたか何かして、反省した姉さんがそう仰ったようです」

 

 それでかぁ……『妹』と思えなかったのは……。はぁ~……冬木に移住して、学園に通うようになって、すっかり忘れていた。

 

「じゃ、クナやミュルは?」

「ハンスとショーンですって」

「何でよ? ショーンはどこから来ているの?」

「『Schönheit schützen』」

「美しさを守る? あ、『護美箱』ね?」

 

 本当に酷い名付け方だ。そしてこれらの名が、日本に行った事で思いついた名だったのだ。つまり名付けられたのはかなり後だ。『エルヴァ』の事をずっと47番と呼んでいたのも、名前を付けていなかったからだとやっと気付いた。

 

「そっか、あの時のあの子がトリンキンだったのね……」

「ええ。いつも一緒に眠っていて、姉さんのオネショも庇ってあげたとか」

「ウソよ。私、オネショの経験が無いのよ?」

「……やっぱり無いのかぁ」

「あなたはあるの?」

「ありましたよ。3歳頃と、5歳の左腕を斬り落とした夜に」

 

 3歳は知らないけれど、5歳は『ラインの黄金』を得るためだ。それを持つ資格と勇気があると証明するために、この妹は斧で自分の左腕を斬り落としたのだ。繋ぎ直すまでの間は、勝手に斬った反省の意味もあって、幼稚園を休まされ片腕で生活していたというから凄まじい。そしてこの期間を利用して左利きを矯正し、『ラインの黄金』が安定し、腕が治ってからは左腕を徹底的に鍛えたそうだ。きっと歩けないほど発熱したか何かでトイレに行けなかったのだと思う。

 

「じゃ、3歳って?」

「魔道に慣れさせるためなのでしょうね。2~3歳頃はママ達からホラー話ばかりを」

 

 そんな寝かしつけのお話なんて要らないよ! 2~3歳でしょう? 怖いよ? どういう育てられ方を……。けれどそういう造りなのか、その頃に住んでいたお祖父様の家のこの子の部屋には、しょっちゅう『出ていた』そうだ。夜中にヒヤッとした手が毛布の中に潜り込んできたり、シャワーで髪を洗っていると誰かの手が髪をワシャワシャしたりとか。ってか2~3歳で、1人でシャワーを浴びさせられていたというのが凄まじい。こういう部分が『総裁』向けの英才教育なのだろうか? こんなのクロちゃんくらいの年齢になってもチビるよ。

 

「あれは完全にお祖父様の悪ノリですね。魔力が上がれば霊魂も幽霊も自然と見えるようになりますし、その先は本人の才覚です。そういうのがあるんだよと話すだけで十分ですよ。ですから私は姉さんにも、クロちゃんにも怖がらすような話し方はしていません」

 

 だよね。

 

「自分がそんな育てられ方をしたものですから、お父さんが居ない姉さんが心配であの3人を残したんですよ」

 

 そうだったんだ? 出逢った頃はキリツグと話が合わなさそうだったのに。

 

「ん? 姉さんを観察すれば、お母様やお父さんがどういう人なのかもわかるでしょう?」

 

 まぁ、そうかな?

 

「おっとりしていたら、お母様の子だなぁって思いますし、『やっちゃえバーサーカー』なんて言い始めたら、子供だなぁって思います」

 

 コラ!

 

「まぁまぁ、それよりも姉さん。ちぃ姉さんを放ったらかしなのは頂けませんよ?」

「あ、そうだった」

「それと、今夜の食事時、ミトに話し掛けないで下さい」

「何かあったのね?」

「ええ、産業スパイです。商品のサンプルを盗もうとしていたらしいです」

「捕まえたの?」

「当然です。アサシン達が動いてくれました。ミトは捕らえたそいつらに会いに行っていたんですよ」

 

 その後、ちぃイリヤのところへ『エル』とともに戻った。『エル』は冷蔵庫からタッパをいくつか取り出して持っていた。お昼時だったからだ。しまった。本部でどのくらい時間が掛かるかわからなかったので、昼食の用意をメイドの誰にも言ってなかった。

 留守番させていたちぃイリヤにお詫びを言って、『エル』の指示でタッパの中身を温め直した。今朝の早いうちから作っていたのだろう。1つ目のタッパには、切り込みに行者ニンニクを挿したり、ローズマリーを散らした肉の塊が入っていた。2つ目のタッパにはパスタ……じゃなくドイツのソーセージとゼンマイやワラビが入ったナポリタン?

 

「姉さん、ナポリタンもチンして下さい。オムパスタにします」

 

 おお、玉子焼きで包むのか。ナポリタンは日本発祥のパスタだ。だけどケチャップ味のパスタを作らないのはイタリアだけで、アメリカから渡ったケチャップはお手軽なトマト味だとされ、EUでは結構出回っている。べルギーなんて、フリッツの国だからケチャップもよく使われていた。また北欧では普通にスパゲッティに使われているし、ここドイツでもホールトマトと混ぜて、パスタのソースにする家庭は多い。そしてそこには決まって地元のソーセージの輪切りが入る。ナポリタンと違うのは毎回食べる前に茹で、前日に茹でて寝かしたりしないところ、炒めないところ、そしてケチャップはあくまでもソースに足すものだから、パスタとは軽く和えるだけで混ぜきらないところだ。また長いパスタは、スパゲッティやスパゲッティーニだけでなく、きしめんみたいなタリアテッレもドイツには多い。

 

「こっちのお肉は?」

「それ、ローストポークです。温まったら適当に切って、ジャム・ソースで頂きます。ソースは私が作りますね」

 

 そうして『エル』と手分けして作った。こっちの家で料理をしたのは初めてだけど、冬木の家のキッチンと似たような調理器具が並んでいるので悩まなかった。食器類も全部揃っているし、使ってみてやっぱり『エル』だなと感心した。ミネラルウォーターは冷蔵庫にあるし、ワインやビールもあるけれどキッチンの隅の木箱に入っているけれど(常温ビールだ)、パンがなかった。なので『エル』は電話を入れ毎度にパンを持ってこさせた。パンを運んでくれたメイドが言った。

 

「お嬢様、あのパイナップルの入ったシュバイネ=グリルですか?」

「いえ、今回はローストですよ」

 

 パイナップルの入った酢豚ではないよね? きっとパイナップル・ポークソテーの事だ。『エル』のソテーは黒酢を隠し味に使ったりして美味しい。フィリピン料理のパイナップル・チキンもミルクを使わず、トマトベースのチキンアフリターダにしたり、一口大の鶏肉にカレー粉をまぶしたり、味噌を塗ってから唐揚げにして、パイナップルと野菜を煮込んだシチューに添える場合があった。フィリピン料理は甘過ぎて本格的なのは苦手だというけれど、黒酢やタルタルソースの酸味があると、かなりイケるらしいし、また創作意欲の湧くアイデアの宝庫だともいう。

 骨付きの鶏もも肉や手羽元、手羽先のスジや血管を下処理しながら、オリーブオイルを塗ってハーブや胡椒、ニンニク、ショウガで下味をつけ、仕上げに味醂とほんの少しの醤油を塗って、野菜で囲みオーブンでパリパリに焼き上げる。このチキンにタルタルソースがまた合うのだ。お皿に軽く温めたパンを敷いて、その上に盛り付けて出す。パンは食べても食べなくても良い。狙いは余分な油をパンに吸わせる事にあるからだ。

 私は和食が好きで、朴葉味噌を自分で作って、焼き魚に添えたりしている。煮物も『エル』には負けない自信があるし、フライパン料理はいい勝負で、西洋料理はどっこいだ。けれどオーブン料理と中華だけは完全に負ける。と言ってもこの美味しそうなローストポークは下拵え後に寝かせて、フライパンで焼いて、その後ジップロックに入れて湯煎したものだろう。こうすると豚肉を固くせずに芯まで火が通るのだ。慣れないうちは中がピンクの豚肉を見て驚くだろうけど。

 あ~、そろそろお漬物とお味噌汁が恋しくなってきた。

 

 

 

 

 カブ50 3速 13×40 3.077

 カブ50 4速 13×42 3.231

 カブ70 3速 14×36 2.571

 カブ90 3速 15×39 2.600

 メイト90 3速 15×35 2.333

 リトルカブ 3速 14×39 2.786

 リトルカブ 4速 14×41 2.929

 TW225E 5速 15×45 3.000

 セロー225WE 6速 15×45 3.000

 ゼファー 5速 16×36 2.250

 ママチャリ 32×14 2.286

 私の通学用 47×17 2.765

 

 唐津の宿、そこで『エル』に見せられたのがその手書きの表だった。『SEROW』、『TW』に『Zephyr』、ママチャリや通学用に使っていた自転車のギア比まで書かれてあるのは意味があっての事だろう。あ、ちなみにイカ刺しは甘くて美味しかったし、しゃぶしゃぶも良かった。けれどせっかくのお肉のエキス(旨味)をお湯で洗い流している気がするし、器のタレもポン酢? だけで物足りなかった。こういうのはイリヤならダシを張ってお野菜を煮込みながらお肉を潜らせる方法にしているし、タレも3~4種類くらい用意している。アクの少ない魚シャブや魚のすき焼きの方が私は良かったなぁ。

 

 けれどこうしてギア比を並べて見ると、カブ70と私が借りたニュースメイトの異端振りがわかる。私はカブ70が速度重視と言った。それ以上に、メイトは速度重視なのだ。いや、メイトは『ホンダより早い』という評価を得るためと、リアスプロケットを小さくして使用金属量を減らしコストカットを狙った設計なのだと意図が読めるし、カブ70も50の上、90の下という立ち位置を考えればこういう風に持って行くのは当然だ。

 

「チェーンケースが大きくできないから、メイトで加速重視に持って行くのは難しいね?」

「ええ。なのに郵政に大量採用されていた事実。そこはどう見ます? ヒントはドイツやスイスでも見られるものです」

 

 ん?

 

「もしかして雪? クルマで泥濘(ぬかるみ)から発進するなら、2速発進するみたいな?」

「はい。メーカーは発表していませんが、私もそう考えています。また急発進しにくいギア比なので新人にも扱いやすいと考えたのかも知れません。ところがカブは戦後の復興期に産まれたものです。アスファルトでないガタガタ道でも荷物をきちんと運べる事。だからタイの変形カブも、等しくホイールが17インチなんですよ」

「それにスポークの方が悪路に強く、交換も簡単だって事ね?」

「はい」

 

 起業家のこの子はいつもこういうものの見方をする。これを無駄な情報と思うか、ためになると思うかは聞く人次第だ。それで私は『ためになる』と考えるタイプだった。

 

「ああ、やっとわかった。カブで前後のスプロケットをちょこちょこ換える人の気持ち。日本だけじゃなく、東南アジアでも当たり前な事なのね?」

「そういう事です。それを手に入れた人の住む国に地域、用途はバラバラです。ですから自転車のサドルの高さを変えるように、前後のスプロケットを交換するのも当たり前の事なんですね。そしてカブは大元が50ccです。世界中のどこであっても50ccは法的な最小排気量で、免許不要な国も多いのです。今まさに経済が伸びて行こうとする国には、これ以上無いありがたい道具ですよ。私腹を肥やそうとする政治家や官僚が考え押し付けたモノではありません。下町の工場のおっちゃんが、大衆を思って考え出した至高の逸品なんです。私でもあの時代なら月に5万台は売れると言い切れましたね。そして王様の蔵にカブは無いんです」

「無いの?」

「ありません。こういうところから切り崩すと面白いですよ」

 

 確かに、シュメールやメソポタミアに二輪車の原典なんてありはしない。もし神が宇宙人ならありそうなものなのに。ああ、テレポテーションや空間転移があるのか。それと一品物でないと『宝具化』しないというところにも矛盾を感じる。そういうところからも『英霊の存在』は何らかの意図が感じられるし読み取れるわね。

 

『人類は長い間奴隷化されてきた。その奴隷から開放する事こそが『本物の正義』だ』

 

 これがこの子の行動理念だ。そしてショッカーを倒すために仮面ライダーのスポンサーになった。目先の戦争や戦場に目を奪われ盲目になれば、思考が偏る。それは戦争を起こして富を得たい者達や、思考を偏らせて階級構造を根深くして人類を奴隷化したい者達の手助けをしているのと変わりない。キリツグもシロウもそこが駄目だった。

 サーヴァントにはサーヴァント。人外には人外。そういう者達を仲間に引き入れ、すべてを覆す。この旅行は、そいつらをこの時空の地球から追い払えた事に対する、自分へのご褒美だったのだ。

 

「それで、どうして自転車のギア比まで?」

「よくぞ聞いてくれました。チェーンリングがどう、コグがどうとかの名称はともかく、バイクは前が小さく後ろが大きい。対する自転車は前が大きく後ろが小さい訳です」

 

 うん、そうだね。

 

「これはエンジンと足の、言ってみるとトルク特性の違いからそう導き出されたものです。気を付けて欲しいのは、バイクの場合は後ろを1回まわすのに、前を何回まわす必要があるのかであって、自転車は前を1回まわすと、後ろは何周まわるのかにあるところです。それで、両車は不思議とギア比が似通っています。こういう部分に人の使う道具(ツール)にはそういうところがあるなぁって思う訳ですよ」

 

 それであなたは、そういう数値の羅列にロマンを感じてニヤニヤとする訳だ……。

 

 

 

 翌日、朝食後直ぐに私達4人はチェックアウトし、宿から少し北に行った呼子に向かった。ここは朝市が有名らしく、日本三大朝市に並ぶとまで言われているのだとか。

 

「『エル』は全部廻ったの?」

「いえ。千葉県勝浦の『勝浦朝市』はまだです。それとこの『呼子朝市』も初めてです」

 

 なるほど。残る2つは石川県輪島の『輪島朝市』と、岐阜県飛騨高山『宮川朝市』だ。ここに『勝浦朝市』を足して三大朝市となる。それらに並ぶという『呼子朝市』。それは『エル』なら行きたくなるのは当然だろう。ちなみに宮川は中等部の修学旅行で『エル』もイリヤも体験済みだった。輪島は初等部時代の家族旅行で行ったという。私はその両方を体験していないので興味があったし、セイバーも露天の市場と聞いて興味津々だった。

 

「その朝市って何時まで?」

「7時から12時となっていますが、急がないと美味しいところから売り切れます」

「それはいけない。急ぎましょう、『エル』」

 

 そういう訳でカブやメイトで朝市に走った。朝食後だけれど、手のひらに乗せてくれるウニが美味しかった。イカ刺しは昨夜も食べたのでどうかなと迷っていたら、セイバーはサクッと注文しパクパクと食べていた。なので、はしたないけれど一切れ頂いた。やっぱり甘~い。その一切れで満足だった。イカは丸干しもあって、その干し方も見学できた。海辺でクルクルと専用の機械で回しながら干しているのだ。それも結構早い。何十杯もの引き伸ばされたイカがクルクル回る姿はとってもシュールだった。

『エル』はその後、イカの丸干しやアジの味醂干し、サバの味醂干しなんかを買っていた。観光に来ているからというのもあるけれど、売り子のお婆ちゃんと話していたら、『何か買わなくちゃ』という気になる。なので私もついつい干物を買った。当然、『エル』に預ける。セイバーとカメラマンのあの子は『魚ロッケ』というすり身のコロッケと、『イカシュウマイ』というのを買い食いしていた。美味しそうだったので私も『イカシュウマイ』を買ったら、本当に美味しかった。

 

 朝市を堪能した私達は、その後唐津の景勝地をいくつか廻ってからお昼を頂く事にした。巡った景勝地は少ない。呼子の弁天遊歩道、呼子岩脈群、秀吉の朝鮮出兵の際の各武将の陣跡(伊達政宗、黒田長政、小西行長、前田利家の陣跡)、そして名護屋城跡だ。七ツ釜などは敢えて行かなかった。そちらは『映像だけで良い』と、昨日唐津に入った際に使い魔を放ち、夕方から夜に廻らせたからだ。だからそれらを回収しながら虹の松原まで走った。お目当ては景色でなく『からつバーガー』だ。これを昼食に頂くのは、私の希望にセイバーが乗ってくれた事で決まった。何故なら佐賀県まで来ていてレモンステーキとハンバーガーを食べないなんてあり得ないからだ。その理由は言わずと知れた佐世保にある。

 

 佐世保バーガーとは太平洋戦争終結後、駐留していた米軍向けにハンバーガーを提供するお店が現れた事に端を発した。この最初のお店がなんというお店だったかは不明だ。そしてきっと『こうじゃねぇよ』と英語でダメ出しを食らって、彼らの意見を真摯に聞き、レシピを工夫し、改良されていった。それに伴い、ハンバーガーを提供するお店がポツポツと増えた。これが1940年代後期から1950年代に掛けての話だ。

 そういう成り立ちなので、バンズもパティも野菜もソース(トマトベースのソースで出すお店が多いと感じる)も、扱うバーガーの種類もお店ごとに結構まちまちだ。ただ共通しているのは『佐世保市内に店舗がある事』『注文を聞いてから作り始め、熱々を手作りし提供している事』だ。この集約された2条件を満たせば『佐世保バーガー』となる。またベーコンエッグバーガーを最初に取り入れたのも佐世保だという説もあるくらい、ベーコンを使うお店だらけだ。いや、トマトソースと100%ビーフのパティ、そして『BLT(ベーコン・レタス・トマト)』に目玉焼きが追加されて『佐世保バーガー』は完成したと言っても良いだろう。

 なお、チェーン店でベーコンエッグバーガーを最初にメニューへ取り入れたのは『ファーストキッチン』だとされている。なんでも70年代なかばの創業時からあったそうだ。ただし、こちらにはトマトスライスは入っていなかったとか。

 そして本日向かった、虹の松原にバーガー・バン(ショップ・バン)を必ず出す『からつバーガー』は、創業者が60~70年代に食べた『佐世保バーガー』にインスパイアされて出店されたという経緯がある。このエピソードが実にラーメンっぽい。一応名刺に『B級グルメ研究家』という肩書を持つ私だ。それだけに、ラーメン以上に期待は大きい。というのは、大都市圏に行けば佐世保市内に本店を構えるショップが、支店を出店している場合があって、そういうお店で『佐世保バーガー』は体験済みだったからだ。

 また、私は『B級グルメ研究家』を名乗っても、そのジャンルは昭和から残る粉モノや、郷土の和製お手軽フードに偏っている。だから本当に興味があるのは、沖縄のスパム料理や、『おかず定食』や『みそ汁定食』でのような、どこかアメリカ的大雑把な部分が精神に混入していると垣間見える、独自進化した『ありきたりな料理』だった。そういうのの佐世保版をこそ、腰を落ち着けじっくりと調べたいのが私の本音だ。けれど、それは『ツーリング』が目的の今回は厳しい。

『エル』は飛行機や新幹線でなく、フェリーという移動手段と、現地ではバイクで廻るという手を示してくれた。しかも中・長距離移動用バイクに、短距離移動用(観光地用、お土産用)、林道用と3台併用するという信じられない方法も示してくれたのだ。だから頼めばマーヤやルオンが持つ『何でも入るお財布』を、私にも用意してくれるだろう。今度はそういう用意をしてもう一度九州を訪れよう。

 

「『エル』、もう待ちきれない」

「黙ってキチンと並びましょう。静かに待てばメニュー全種類を注文して構いませんから」

「おお」

「ただし、姉さんに一口だけ食べさせてあげて下さい」

「お安い御用ですとも」

 

 セイバーは匂いで我慢できないようだ。けれど『エル』はわかっているわね。やがて順番が来て、セイバーは本当に『スペシャルバーガー(チーズ・ハム・タマゴ)』『エッグバーガー(タマゴ)』『ハムエッグバーガー(ハム・タマゴ)』『チーズバーガー(チーズ)』『ハンバーガー』と、全5種類をを頼んでいた。そこに『ポテト』と『ミルク』だ。残る3人は『スペシャルバーガー』と好みのドリンクを選び、ポテトはシェアする事にした。この当時、『スペシャルバーガー』は400円ちょいくらいだった。驚きの安さだ。ただしバンズがボソっとしていて、デミグラス風な甘辛いソースは好みがわかれるかなという感じだ。けれど味は決して悪くない。

 

「ふむ。このソースを受け止めたいから、こういうバンズなのかしら?」

「でしょうね。このお店、やって来るマイクロバス次第で、タマゴ焼きが微妙に違うらしいです」

 

 だろうね。そんなの調理する人次第だ。だけどタマゴは目玉焼きでなくスクランブルが基本のようだ。この初めての『からつバーガー』は、野菜がキャベツの千切りだったけれど、2度目はちぎりレタスに変わっていて、値段も少し上がっていた。それでもトロトロのタマゴと、やたら分厚く溶けきらないチーズ、ボソッとしたバンスに噛みごたえのあるパティは同じだった。

 

 目の前には日本三大松原の1つ『虹の松原』が広がっている。残る2つは『三保松原(静岡県)』、『気比の松原(福井県)』という説が強いけれど、実際はどこがどうとはあまり決まっていないようだ。例えば『天の橋立(京都府)』は『気比の松原』に含むという説もあるし、福岡東公園(箱崎)の『千代の松原』を三大松原に数える説もあったようだ。けれど絶対に外されないのが、ここ『虹の松原』で一番大きくて広いらしい。

 

「元が移動販売のホットドッグ屋さんだったそうです。このキャベツもその名残りでしょう。そしてこういう人が集まりマイクロバスの置きやすいところでお店を開く。つまり店舗を構える『佐世保バーガー』とは路線が違い、ターゲットの客層も異なっています。ただ、お手頃な価格=安物というイメージはつきやすいものです。このまま行くのか、『佐世保バーガー』のような高級路線にシフトするために新メニューを開発するのかは知りませんが……」

「あなたならどうする?」

「お肉の下処理とフライヤーをどうするのかという問題はありますが、佐賀牛を使った牛カツ・バーガーなら、このキャベツや甘辛いソース、ブラックペッパーにも合うと思います。それで牛カツとパティの両方が挟んであったら?」

「ガッツリね。好きな人にはウケそう」

 

 ご当地バーガーが増えてきたのは、どこもかしこも長い不況で疲弊しているからだ。特に中央からの恩恵がない地方ほどそうなる。それで地方再生・活性化を目指して安直なメニューに走っている。少子化で老人の多い現代、ハンバーガーのようなジャンクはどうなのかなと思う。『佐世保バーガー』や『からつバーガー』が生き残っているのは、その歴史があるからだ。

 

「サイドメニューでイカフライやイカドッグなんてあっても良いのに。付け合わせにタマネギやレンコンのピクルスとか……」

 

 タマネギとレンコンも佐賀の名物だ。そうだよね。タマネギならピクルスだけじゃなく、バーガーやドッグにも使える。食料品会社を営む妹は、その溢れんばかりのアイデアをブツブツと垂れ流すように呟いていた。セイバーは自分の食事とあの子のお世話で忙しく、その独り言を聞いているのは私と松原の松だけだ。実に惜しい。

 

 バーガーを食べ終えた私達は、そのまま唐津の窯元を廻った。『エル』は夫婦の湯呑と、イリヤには木箱入りの黒唐津の抹茶碗と菓子皿を、妹達用には普通のお茶碗を買っていた。木箱入りは3万くらい、お茶碗はひとつ5千円くらいだった。私もシロウとマーヤに湯呑を買った。数千円のものだけどね。

 

 それらとカブやメイトを仕舞うと、いよいよ旅も終わりだ。結局延長しなかったのは、ドイツでの仕事が早まりそうだったからだ。となるとイリヤのお披露目も早まるの?

 

「そちらの日程は替わりませんが、どうやら産業スパイが入ったらしく」

 

 ああ、それで。九州横断自動車道経由で2時間半というところだ。こうなると今夜のフェリーで帰るのは正解だ。私達はウェアを大型向けに着替え、唐津を後にしたのだった。

 

 そして『エル』はサプライスとして、伊万里にハンドルを向け、佐世保に寄ってくれた。宝具に仕舞うから冬木に帰ってから食べようという考えだ。それで全部は無理だけど、有名な4店舗を廻って、かなりの量を買った。買うのはお金を預かった私とセイバーとあの子、それをお店の外で結界を張って待っている『エル』にじゃんじゃん渡す。この連携で1店舗10個ずつくらいは買えた。これらを帰ってから私とマーヤ達で試すのだ。

 

 夕日が沈んでいく。ボーッと鳴る汽笛の音の中で、私はデッキからあの子に向かって紙テープを投げた。それを受け取り……手を振りながら姿が消えた……。『エル』が回収したのだ。それがわかってるのに本当のお別れのような気がして、無性に胸が痛くなった。そんな私を気遣ってか、セイバーが声を掛けてくれた。

 

「楽しかったですね」

「ええ、とっても。セイバーも楽しめた?」

「勿論ですよ」

 

 私達はデッキから部屋に戻ったのだった。

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