「ごめんね、急に人数が増えて」
私はパミ。今日はサンクスギビングデイなので学校はお休み。フンボルトもエルヴァもお店がお休みなので、まだグースカ寝ている。やっぱりフンボルトも魔術師の血が流れているんだね。設計図を引いたりなんかの細かい仕事は夜の方が捗るらしい。そんなフンボルトが心配で起きて待っているエルヴァは、魔術師にしては珍しい朝型人間だから時間の逆転が辛いのと、お産が近いので、普段の生活だけでも体力を相当使うようだ。なので私はモニカやミアータ、ボストンから来ているリサやリンのお手伝いに、お祖父様の家の方へ来ていた。
まぁ、きっと寝起きだろうと思うエルヴァに甘えるのは気が引けるので、モニカの作ってくれるお昼ご飯目当てだったのもあるんだけれどね。ちなみに朝ご飯はリンやミヤコ達と家で食べた。シロウの料理もアオレアールのチャイニーズも十分美味しいと私も思う。でも、なぁ~んか違うんだよねぇ。エルヴァかモニカ、それかミアータの料理でないと落ち着けないって言うか……。
私は好き嫌いはないし、そこまで潔癖症でもないけれど、お皿が変わるとダメっていうのに近くて……有り体に言うと作ってくれる人が異なるととたんに食欲が失くなるタイプだった。こっちのリンやシロウの料理も最近やっと慣れたところだ。お店や学校という風に場所が違えば平気なんだけどね。自己分析するに『姉のエルヴァ』や『お世話をしてくれたお祖父様のメイド達』の、もう二度と帰って来ない……あの、ありふれた食事が忘れられないんだと思う。
だけど私を受け入れてくれたエルヴァやフンボルト、モニカやミアータの作ってくれるものなら何でも平気だった。でも、これは言っておくね。シロウの腕は間違いないよ。ただただ、私の気分的なワガママに近い事だから。
「大丈夫ですよ、お嬢様。ね、リサ?」
「ええ」
さすがはアインツベルンのメイド。頼もしいなぁ。ミヤコにリンにハズバンドのシロウ、お弟子さんのリン、『エル』とアオレアールと、去年より6人も多いのに。去年はアメリカの重要なイベントだからって、ディナーの下準備を覚えたいエルヴァが料理を前日から手伝っていた。その時に私も一緒に少し手伝ったんだけど、今年はエルヴァのお腹が大きいから、こうして私が出向いた。けれどお料理の下準備はほぼ終わっていて、キャセロールは2台あるオーブンの片方が空いたら放り込むだけだし、もう片方は夕方6時に焼き上がるようにとっくにターキーが入っていた。塞がっている片方はパンプキンパイを焼いている最中で、先にデザートを焼いているのはキャセロールの匂いを移さないためだった。
この頼もしさにはもう一つの理由があって、フンボルトやシロウの友人のボビーがとんでもないお裾分けを持って来てくれていたからだ。それをミアータとリンが、せっせと下拵えしている。ボビーは本当に顔が広い。彼(彼女?)の友人に、最近ちょっと良い仲になりそうな人が居て、その人が長距離トラックのドライバーをやっていた。知り合ったのはハッテン場でもボビーのバイト先でもなく、安い値段でガッツリ食べられるレストランだったそうだけど、ともかくその人が持ち帰ったものがボビー経由でシロウやフンブルトに回ってきたのだ。それを今回提供したって訳なんだけど、それが何なのかと言うと全部食料品だったのだ。
あっちゃいけない事だけど、どうしても荷崩れしちゃって、料理には使えるけれどパッケージが傷んで売り物にならないロスが出てしまう場合があるんだよ。それにサンクスギビングデイの前は食料品の輸送がピークだ。だから、仕事上がりに持って帰って良いぞってドライバーが皆んなで分けちゃうのだ。こういうのは運送会社持ちの場合もあれば、依頼主側でロスを見込んでいる場合もあって、アメリカでは後者のロスを見込む依頼者が圧倒的に多い。
それは色んな人が走る道路だから何があるかわからないし、トラックドライバーにそこまで責任を負わせられないという考えが根底にあるからだった。この『色んな人』は、道路を走るすべてのドライバーを指している。つまり自社のドライバーも含まれていて、移民の国アメリカでは、100%の完璧を相手に求めないという風潮がある事を意味していた。
で、やって来たのが赤身のステーキのパック20ポンド、リブアイが4パック、トマホークが2パック、鶏の胸肉が3パック、ニンジンやタマネギが2箱などなどだった。当然1つの支所で出た品じゃない。ドライバー同士という事と、サンクスギビングデイだからという理由で、別の会社の友人と交換した分もある訳だ。しかもこの量はウチに回ってきた量であって、元はこの5倍はあったそうだ。それもボビーの顔が広いからだ。
というのは、食料品はありがたい話だけれど、こんな時期だからどの家の冷蔵庫もとっくに満杯なのと、誰しもがまずはロースト・ターキーとキャセロールとなるからだ。そんな理由からボビーのところにどんどん集まり、それを仲の良い友人達に配り回ったって訳。こうなるとお客の多い今のウチは大助かりだった。
「こう言ったらなんだけど、アップルパイが良かったなぁ」
「パンプキンはお嫌いですか?」
「ううん、美味しいと思うよ。でも、私はアップルの方が好き」
「アップルでなく、アップルズですよ」
「あ」
ここが英語の難しいところで、『I like apple』も『I like an apple』も間違いで、『I like apples』と、大雑把にモノを指す場合は複数形にするのが正解なのだ。例えば『犬が好き』という場合に、『I like dogs』と言わないで『I like dog』と言っちゃうと、『犬肉料理が好き』という風に受け止めてしまう人がごくまれに居るんだよ。感覚の問題だけど、これは『自分の飼っている犬』とか『犬という生き物が可愛いから』とか、他の情報が無いからなんだね。まぁ、でも犬を食べるなんて風習がない人がほとんどだと思うので、普通は自分の早とちりだと理解して、頭の中を修正してくれる場合が多い。
ただ、『お魚』と『ナイフで切って食べるフルーツ』に関しては複数形を使わない。例えば『お魚が好き』という場合は、『I like fish』で『ペットの魚が好き』も『お魚料理が好き』でも通用してしまう。それは『fish』の複数形には2種類あって、ある特定の種を指す場合は『fish』で、その他の種も含めると『fishes』となっているから。けれど慣例なのかな? 通常の会話では『fish』でオーケーなんだ。ただ、エルヴァだけは『I like fishes』を使っている。その用法は間違っているよと教えると、マシンガンのように好きなお魚の名前が並べ立てられるんだ。それで相手は『この人、お魚料理が本当に好きなのね』とわかるのだ。
それでもう一つのフルーツの方だけど、どうやらこれはナイフと関係あるらしい。パイナップルやスイカは丸齧りしないで切って出すのが普通だから不可算名詞(単数形)になる。(海水浴場で1人1玉食べる場合はどうなるのなんて私は思うよ。またマンゴーは先生でも不可算名詞か複数形かわからないらしい。多分アメリカではあまり出回らないフルーツで、庶民の食べ物ではなかったからだと思う)
エルヴァが言うには『お魚に関する慣例』は『お魚料理に馴染みのない人が多いから』なのだそうだ。英語とは庶民が簡単に意思伝達するために、王侯貴族が使うイタリア語やフランス語をわかりやすくしたものから変化・派生したらしい。それがアメリカに伝わり、英語圏以外からの移民も使うようになってますます簡素化した。だから他の国の言語より変化が大きく、流行り廃りも激しいのだとか。なので時代に敏感で、同じ単語でも真逆の意味を含む場合だってあって、スラングやミームなどなどはそういうところから産まれてくるものなのだとか。確かに言われてみればそうだよね。
『ラジオで頻繁に掛かる曲を80年代だったら『Hot tune』とか言っていました。日本語なら『今、アツい曲』です。爆発的ヒット曲になれば、『Bomb』とか言い換えてました。それが80年代の後半から90年代に『Coool(Cool)』になって』
『そのクールって日本語で言える?』
『『シブい』とか『ヤバい』かな?』
この時エルヴァは日本語の『シブい』を『Bitter』と教えてくれた。『ヤバい』は『Shit』や『Holy shit』、『dangerous』や『risky』の意味もあるけれど、『何かに対して呆れた』と言うよりも『畏敬70%、ちょっと受け入れられない気持ちが30%という割合で驚いた』という意味を含んでるらしい。
『ややこしいね?』
『漢字、平仮名、片仮名、算用数字(アラビア数字)にローマ字(アルファベット)の5種類です。平仮名、片仮名はそれぞれ50種類弱、漢字は3千種以上、ここに千年前の言い回しなんかも含まれて来ます。そんな言語でものを考える相手に、僅か26文字で対抗しようとしても無意味ですよ。考え方や発想が根本的に違うと考えた方が良いです。例えば驚いた時に咄嗟に出る昔の言葉に、『あなや』がありますが、これなんて現代日本人でも意味を知らない人がいます。つまり普段はまったく使わない言葉なんですね。ですがそれを習う授業が日本では普通にある訳です。それでそんなの無意味じゃんと思う前に『温故知新』なんて中国の諺(ことわざ)がスッと頭に浮かぶのが日本人な訳です』
だから日本人は私達西欧人とはまったく違う『ヘン』で『未来に生きている』ような事を考えつくらしい。だけど私達は26文字の組み合わせ方でものを考える。言ってみれば欠陥言語だ。そんな言語だから、マンゴーみたいな曖昧できちんと定義されていない事例が現代でもあったりする訳だ。
だからこそなんだよね。ヒアリングも重要だし、ハッキリ話す事も重要だけど、相手の伝えたいと考えている意味を読み取るチカラが1番必要な言語でもあるんだよ。要は想像力が必要なのね。だから口論になりそうな熱い空気になると、かえって皆んな静かになってゆっくりと話すんだよ。
ちなみにジャパンのクロエ達とスイッツランドのエルヴァ達は、昨年(2005年)も今年(2006年)も夏に遊びに来てくれた。そのエルヴァとユリアーナは良いんだけれど、最初の年のイリヤやクロエがまだまだ英語が苦手で、ヒアリングもハッキリ話すのもダメダメだった。まぁ、英語と日本語なんてあまりにも文法が違う言語だし、特にシャイなイリヤに英語でハキハキと話せというのは難しいと思う。何より元スイス人の私は、エルヴァやユリアーナと英語だけでなくスイス・ドイツ語でも話せる。それだけに言語で疎外感を与えないように気を遣った。
またその最初の2005年は、丁度アナハイムのネズミー50周年だった。エルヴァは2人に生きた英語を少しでも聞き取って、何が欲しいと言える程度に英語を覚えてもらいたかったみたいで、その年のカリフォルニア旅行を言い出したっぽい。これは杖ばっかりに頼ると、クロエが不利になると考えたからだ。それがわかったとき、エルヴァはエルヴァだなぁと思った。
けれど、蓋を開けると一番大変だったのはイリヤだった。とにかくアメリカ人の話す英語が右の耳から左の耳へと、スッコーンと抜けていくようだった。
『外人の俳優が出ている映画のセリフか、英語の歌みたいにBGMになっているみたい』
とはこっちのエルヴァの言葉で、補足として妹のエルヴァもこう教えてくれた。
『とにかく耳に入る英語が、セミの雑音なんだよ』
この不思議なお話が、私は最初理解できなかった。だけどこっちのエルヴァのお話でわかった。私達は虫の出す音を『鳴き声』なんて考えずに育った。風が木の梢を揺らす音や雨が地面に落ちる音と同じで、自然が発する雑音としか思わないのだ。雑音だから『虫の音』なんて言葉もない。これと同じで子音の混ざる英語は、イリヤの耳には自然の音に感じられて聞き流すモードになっちゃうらしい。
『フレーズで覚えないで、頭の中で日本語に訳して、再度答えを英語に訳し直そうとする人が日本人には多いですから。左ハンドルで右側通行である事と、右ハンドルで左側通行という交通ルール以上の違いがある言語なのですから、フレーズで覚える方が断然早いですよ。パミちゃん。私、日本で学んだ『Be動詞』が今だにちゃんとわかっていませんから』
『Be-Verb?』
『はい。『Verb』の『Be』や『Am』の事です。どうして『Go』や『Try』などとは別とするのか謎でした。これは日本語に一度訳して考えるからなんですね。ペッパーならペッパー、ソルトならソルトですよ。どうして醤油や味醂に置き換えて考えるのか。シチューを肉じゃがにするような、『そんな訳のわからん文法を覚えるより、マックで注文できる程度の英語を教える方が正しい』とはアルトリア姉さんの言葉でした。私もアメリカに住んで強くそう思うようになりましたよ』
そういう事なんだよね。クロエは慣れない言葉でも、聞き取ろうと食らいついてフレーズで覚えているんだけど、イリヤはどうも日本語で考えて遠回りしている。割り切れないんだ。これは性格の差だろうねぇ。そうなると、とにかく耳で聞いて覚える方が早いし正しい。そもそもが、英国なら労働階級の大衆や貧民に、アメリカなら無理矢理連れて来た奴隷でも覚えてしまえる、言語としては簡単な部類なんだから。
なので私は毎日外に連れ出して、あの子達をあちこちに連れて行ってあげた。でも子供だけだと難しい面もあるので、モニカやこっちのエルヴァに付いてきて貰ったり、フンボルトやリンに来て貰った事もあった。途中からエルヴァに頼んで、モードレッドを呼び寄せて貰ったりもした。
ネズミーは5~6回は行ったし、新しくできたカリフォルニア・アドベンチャー・パークにも行った。同じアナハイムのエンゼル・スタジアム・オブ・アナハイムにも行ったし、ブエナパークのナッツベリーファームや、ハリウッドのUSH(ユ◯バーサル・スタジオ・ハリウッド)、カールスバッドのレ◯ランド・カリフォルニアにも行った。レ◯ランドはサーフィンに行きたいモードレッドが私達を放り込んで、帰りに拾って帰るという段取りだった。けれど失敗した。あそこは対象年齢が低すぎた。でもその頃からイリヤのヒアリングが良くなった。
『決してめげず、ヤル気がなくならないのがおチビちゃんの美点です。立派ですよ』
とこっちのエルヴァが話していた。私もこれには同意。最初はファストフード・ショップで何度も言い直していた子が、日本に帰る頃には、単語や文法が少々間違っていてもちゃんと正しい注文を通せるようになっていたからね。だからジュニア(中学生)になった今年の夏は素晴らしかった。簡単な会話ならスラスラできていたから。
オーブンのセットも終わって、あとは待つだけの4人のメイドは掃除と洗濯に掛かった。やっと出番が来た。私はキッチンに入り、シンクに溜まった調理器具から洗い物を始めた。『少な』っと思っていたら、リンとシロウが下りてきた。この2人というかシロウはエルヴァと同じで朝型タイプだ。2人がここで暮らすのは今週が最後だと聞いているので、きっと遅くまで荷物を新居に運んでいたんだろう。で、疲れてれて寝坊しちゃったのだと思う。だってクルマで運べば良いものを、裏通りをグルッと回るのがどうこうとか、エルヴァのダコタやミアータ達のタコマを借りても芝生の上を走るのは心苦しいとか言って、荷物を抱えて広い庭を行ったり来たりしていたのを知っていたから。
確かに庭にダコタやタコマを乗り入れて運ぶのが気になるのはわかる。けれど夏が過ぎ、秋も終わろうかという季節だ。ホームセンターで売っている小さな車輪の台車だと無理があるよ。なら、自分の手で運びたいと考えるのがシロウなんだね。で、案の定、シロウは腕が上がらないようだった。いくら鍛えていても、物が多少軽くても、両腕いっぱい回しても届かない大きな箱は絶対に腕がだるくなるんだって。
そもそもさ。シロウはエルヴァみたいにハンティントン・ビーチからアナハイムのネズミーまでジョギングできないでしょう? お腹の大きな今は無理だけど、以前は英霊のチカラを使わなくても、往復2~30kmは走っていたんだよ? けど言わないであげた。この無茶っぷりもシロウの味だと思ったから。
「モーニン、リン、シロウ」
「おぅ。モーニン、パミ。朝から手伝いか?」
「モーニン、エルヴァに行って来いって?」
「まさか。自分ん家の手伝いくらい、自主的に動かないと」
別に手伝わなくともエルヴァから叱られはしないけれど、ガッカリされるのは嫌だ。何より年下のイリヤやクロエから、軽蔑されるのが嫌だ。もっと言うと、エルヴァが倫敦のエルヴァから笑われるのが嫌だ。良い子になりたいんじゃなくて、エルヴァの名誉を護りたい。私の動機なんてそんな程度だ。でも、洗い物もメイド達が敢えて残してくれた感がありありだった。だからあっという間に終わってしまった。
「おっと、キッチンが空いたな。少し借りますよっと」
シロウが私と入れ替わりでキッチンに入った。リンと2人分の朝食作りだろう。
「コーヒーだけ頼んで良い?」
「ああ。良いけど、パミは食べたのか?」
「うん。あっちでシロウが作ってくれた」
「ああ、あの人。旨かった?」
「うん、美味しかったよ。お孫さんへの愛情コミコミだったからね。でも、ベーコンエッグにそこまで差が出るとは思えないよ? そもそも比べたりしないのに」
私がそう言うとリンが笑って、キッチンからベーコンの焼ける音とシロウの苦笑が聞こえてきた。
「違うぞ、パミ。比べられるかなって不安だったんじゃなくて、ベーコンエッグでもし差があるなら、それはそれで凄いだろうなって気になったんだよ」
「そっちだったんだ?」
「そうだよ。宝具か何かは知らないし、あったとしても何かの発動条件に縛られた限定的なものと考えたんだ。けど、その調理の腕前は食べたら涙を流す人も居るって耳に挟んでさ」
「そうなの?」
「うん、エルヴァからそう聞いた」
「エルヴァから……」
少し驚いた。だってエルヴァがそう話したなら、それは本当の事だから。つまりこれはきっと、そういう事例を経験したか、目の当たりにした体験があるという事だ。
「思うに……」
「何、パミ?」
「『日本食限定』、『災害かもしくはそれに準ずる危機的状況限定』?」
「ああ、宝具の域に行く条件ね? それはありそうだわ」
キッチンから料理の乗ったお皿を運びながらシロウも言った。
「そうそう、俺もそんな風に考えたんだ。それとパミの言った事も当たってる気がする。この家もエルヴァのところもさ、ベーコンもタマゴも割と良いのを常備しているだろ? つまり銘柄が少々違ったとしてもさ、本来の味はそう変わらないと思うんだ。要は作っている料理が、腕の差が出にくいメニューと言うか」
「そうよね。ベーコンエッグなんて、家で作ったとしてもファストフードと変わらないしね?」
「そうそう。後は何を添えるとか、何を掛けるかくらいしか残らない」
だね。エルヴァも私もソルト派だけど、エルヴァはライスで食べる時だけ、黄身に穴を開けてソイソースを垂らしている。初めて見た時、何の儀式かと思ったけれど、これがライスに合うという。それとエルヴァもどっちのシロウもベーコン&エッグでなく、ベーコン・オン・ジ・エッグだ。熱したフライパンに油を少しだけ入れてベーコンを投入、それがカリカリになる前に、余分な油を紙で吸い取ってタマゴを入れて蓋をして弱火で蒸し焼きにしていた。
エルヴァのはシロウ方式だとわかるけれど、少々生い立ちの違う2人のシロウが似たような作り方なのは、こっちのシロウがエルヴァの方法を真似たからだ。この作り方が1番ベーコン・オン・ジ・エッグに向いていると私も教わった。この他にも料理は教わっていて、私が作って友人にウケが良いのはトースト・ハンバーガーだ。
レシピはこう。牛挽肉1個辺り3オンス(85グラム)、サンドイッチ用耳付きトースト2枚、レタス・トマトお好み、オニオン(輪切りとみじん切りの2種類の下拵えあり)、溶けるスライスチーズ、マスタード、ケチャップ、マヨネーズ、ソルト、ブラック・ペッパー、ホワイト・ペッパー、オリーブオイル、ビネガー、お好みでチリ・ペッパーを用意して、最初にソースを2種作る。
1種目はマヨネーズ3に対して、ケチャップ3弱、マスタード1強を小皿に盛って掻き混ぜる。ここにビネガーを3滴くらい。2種目は細かく刻んだオニオン3に対して、マヨネーズ2、ケチャップ1、マスタード1に、ブラック・ペッパー、ホワイト・ペッパー、そしてお好みのチリ・ペッパーを加え、ビネガー3滴と掻き混ぜる。以上でソースは完成なんだけど、エルヴァはここにソイソースや、ジャパニーズ・スーパーで手に入れたウスターソースを足している(※)。
※)日本ではこのウスターソースとマヨネーズとケチャップを混ぜた、ベシャメルソースを使わないものもオーロラソースと言うらしい。
それで次に3オンスの牛挽肉にブラック・ペッパー、ホワイト・ペッパー、ソルトを加え、ボール状にする。フライパンを火にかけ油を引いて、1つにはさっきのミートボールを乗せ、隙かさずヘラで厚さ2/3インチになるまで押し潰す。この時出て来た脂はキッチンペーパーで全部拭き取っても良いが、エルヴァはほんの少し残して、ここでレシピにない『Eggplant(ナス)』の串切りを入れて余計な脂を吸わせている。それでパティをひっくり返し、スライスチーズをパティに乗せる。この段で、『Eggplant(ナス)』をフライパンの端に寄せて、厚さ2/3インチのオニオンの輪切りをそっと置く。
ここでもう1つのフライパンを出して火にかけ、パンを片面だけ焼く。そこまで火を通さないので、タイミングに注意。トップとロアーのパンが良い感じになったら取り出して、最初のソースをトップ側に、2種目のソースをロアー側にべったり塗る。塗る意味はソースと言うかマヨネーズの油でパンをコーティングするためだ。これを忘れるとパンが肉汁で食感が悪くなる。また、このソースを塗る段か少し前に輪切りのオニオンを崩れないようにひっくり返しておくのを忘れないように。エルヴァはここでソイソースを2滴垂らして蓋をしている。ロアーのパンにレタスを敷いて、焼けたパティを乗せ、その上に焼けたオニオン、スライストマト、レタス数枚を乗せて完成だ。
ピクルスは挟まず別添え出すのがエルヴァ式だ。それをレインボー・ピクルスという(命名私)。日本のピクルスじゃなくて『おつけもろ』だっけ? そこからヒントを得て作ったものらしい。作り方は単純で、水と酢と砂糖(キビ砂糖?)を沸かしてハーブやスパイスを入れて冷ましたピクルス液を熱湯消毒した容器に移し替え、そこに下茹でそた季節の根菜スティックとスライス・アップルを入れて冷蔵庫で寝かすだけだ。ただ、スライスしたアップルは塩水で先に浸しておく方が美味しいらしい。これをハンバーガーと一緒にフォークでつつくと本当に美味しい。友人のウケが良いのも、半分はこのエルヴァ特製ピクルスのお陰だ。
そしてウチは元々ドイツ系だから、ザウアークラウトは何時だって置いてある。けれどこのピクルスを食べたモニカとミアータも、いっぺんに気に入って常備するようになった。だから、リンやシロウのお皿には、レインボー・ピクルスも盛り付けてあった。後、おスシのガリ(ジンジャーのピクルス)や、焼いたお魚に添える芽のジンジャー……何だっけ? あ、思い出した。『ハジカミ』だ。そんなのもエルヴァは自分で漬けていた。ただ、ジンジャーは自分で育てられないので(ジャガイモと相性が悪いらしい)、季節になったら日本の農家から私やエルマにトロンメルを通して取り寄せている。
このエルマとトロンメルは今年の夏にイリヤ達と遊びに来てくれて、そこで初めて逢った。長いこと色々やり取りしているのにね? 今年のクリスマスにもトロンメルだけ来てくれるから来月が楽しみだ。
「元は五色漬けらしい」
「五色漬け?」
「あれ? 凛は知らなかったか?」
「うん。日本のお漬物が元だとは聞いていたけど、『五色漬け』は今初めて聞いたわ」
「そっか。何でも愛知や岐阜、富山や石川のローカルな漬物らしいからなぁ。これが日本アルプスを越えると一気に野沢菜一色に染まるらしい」
「ああ、言われてみれば全部山の西側なんだ?」
「そうそう。で、家庭ごとに漬ける野菜や加えるものが変化してさ。そんな中にリンゴを加えるレシピがあったそうだ」
「それをエルヴァが?」
「そう。アメリカ式のピクルスにしてしまったんだ」
ハンバーガーもアメリカ式ピクルスもドイツ系移民が考え出したものらしい。とにかく入植しようなんて考える人は血気盛んで、そこまで深くものを考えない。小麦なんてどこにも生えていないし、そこらをうろついたり生えているのは、見た事もない動物に鳥に植物だ。コーン(とうもろこし)も謎の植物で、ネイティヴの人と何とかコミュニケーションが取れないと、最初の年で全滅だったというから凄まじい。そして皆んながウィート(小麦)パンと母国の料理を恋しがった。
だから『Civil War(直訳は内戦。アメリカでは特に南北戦争を指す)』が終わり、世の中にホッとした空気が広がって、やっと人々は食べ物の事を考える『ゆとり』ができた。それは『Civil War』が奴隷解放戦争でなく(そういう結果もあったというだけ)、本質は資本主義経済を推し進めたい者達と、旧来の農業を中心とした保守勢力とのイデオロギー戦争だった事だ。ここを理解しないとアメリカは見えて来ない。
そして勝った北軍の『やり方(英国の産業革命方式)』に倣って、アメリカは工業国への道を歩む事になった。つまり南軍の敗戦とは、独立戦争の結果が商業的・経済的に覆されたという意味だ。そうして大農園の周囲に住む小作農家は土地を返し、農夫は郊外に工場の建つ街に引っ越した。
そこで元農夫達は新たな問題に直面した。今まではお昼となれば農園から歩いて家に帰れた。けれど引越し先の家から工場までは遠いし、工場付近に食べ物屋はないときた。おまけにお昼の休憩時間は短い。そこで新しい屋台料理が産まれた。それがホットドッグであり、ハンバーガーだった。食べ歩くのは座って食べる場所がないからだし、手間要らずなファストフードだったのは短時間しか自由な時間がないからだった。更に言うなら、当時は労働者階級に限らず、歯を磨く習慣なんてほとんどなかった。なので30代で残った歯が4~5本という人がザラだったのだ。(キスは歯クソの啜り合いという時代だった)
ハンバーガーのパティがどうしてミンチなのか、どうしてこうも高カロリーなのか。これでわかったと思う。当のアメリカ人がそれを忘れているけれど、工場労働者が短時間でカロリーを得るための食べ物だから、お腹を膨らまそうと2個も3個も食べていいものではないという事だ。
ちなみに世界三大穀物とは、今でこそウィート(小麦)・ライス(米)・コーン(とうもろこし)だけど、南カリフォルニアや南部の一部の人以外は、スシと同じでライスは普段食べるものじゃない。その三大穀物が出るのはウチくらいなもので、ビーフ・ライスボウル(牛丼)が好きなモニカが居なければ、ミアータもウィートとコーンしか食べなかっただろう。モニカにライスを伝導したのはマリーらしいけれど、エルヴァやリンにシロウがそこに加わったものだから、この家の食事はとんでもない事になっていた。
私はエルヴァからいくつかジャパニーズ式のオクシデンタル(西欧的)料理を教わっている。このオクシデンタルの対義語がオリエンタル。その意味は陽の昇る方角だ。だから『正しい方角を目指す』ので、オリエンテーションというモノができた。けれど私から見たらジャパニーズ料理も全部エスニックであり、アジアン料理の一部でしかない。こんな風な感覚というか習慣の違いが私にはあるので、ジャパニーズ料理を出す時は、『エルヴァしか食べられないもの』は避け、『変わったもものを食べ慣れたフンボルトなら平気なもの』『そこまで行かない、モニカやミアータでも食べられるもの』と何ランクか分けてあった。なので幸いにも今までティッシュに吐き出したものはない。
そんなエルヴァが家族の誰にも出さないものに『Japanese apricot』がある。『Ume(梅)』というらしいけれど、それを干して塩や蜜で漬けたものだという。普通は丸々一粒で出され、色んな風味があるらしい。だけど商品になるものは形の良いものに限られ、木箱に納めれて販売される高級品なのだとか。けれど潰れたロス品もあって、そういうのは『Tubure Ume(潰れ梅)』として少し安く出る場合があるのだという。
最初は『ハァ?』と思ったけれど、日本の加工食品に限っては『端っこ』とか『形のおかしいもの』を、アウトレットやB級品として売っている場合があるらしい。スイスだと形の悪い野菜がアウトレットとしてスーパーに並んでいるからそう驚かないけど、アメリカだとそういうのはロスとして処分されてしまうから、『加工食品に限って』という部分に驚いた。
『日本も形の不揃いな野菜は基本廃棄されます。ところが丸のままの形でなく、加工したものだと関係ないでしょう? ですのでそういうお漬物や惣菜で一旗揚げたメーカーが結構あります。私の元である『エル』はそういう発想を素にして、加工食品で儲けているんですよ』
と、教えて貰った。それでエルヴァは日本から『Sankaibushi』というのを取り寄せ、砂糖やシロップと煮詰めてジャムを作っていた。甘酸っぱいこれが、塩気の効いたドイツ風のパンに合うらしく、フンボルトが絶賛していた。なお、そのままだとライスにしか合わないそうだ。また『Furikake』という謎の加工食品や、『Rice companion』『Rice attendant』なる不思議な言葉も教えて貰った。
『ドイツ系ならわかりますよ。メインディッシュは『主食』ではありませんよね? 私達の『主食』はパンでなくジャガイモでしたから。それと同じというか、それ以上に昔の日本人にとって『Okome(ライス)』は重要な意味を持っていました。むしろ『Okome(ライス)』をしっかり食べるために日本のディッシュは発展したのです』
だから、ディッシュの代わりになる『Furikake』や、『Rice companion』『Rice attendant』などなどがあるのだという。だけどこれらは、パンに塗るバターやジャムに近いようでも別物なのだそうだ。
朝食を終えると、私とアオレアールは先生やシロウさん、それとミヤコちゃんを夕方まで街を楽しんでと送り出した。だって本日はサンクスギビングデイでお店が休みなら、この家のエルヴァやフンボルトも起きて来ないし、パミちゃんまでがお手伝いに母屋へ行って帰って来ないからだ。ならアオレアールと2人で掃除と洗濯をして、暇を潰すしか無い。
「アオレアールは温室の水遣りとサンルームや玄関周りの掃除を」
「了解。洗濯物を乾燥機に放り込んだら、掃除は先に2階からでしょう?」
「ええ。パミちゃんの部屋を除いてね」
「偉いなぁ。エルヴァ、自分でやらせてるんだ?」
「うん。思った以上に躾のしっかりした子でした」
そうして二手にわかれても、小一時間で終わってしまった。その後の洗濯物のアイロン掛けや折り畳みに収納もあっという間だった。なのでリビングでボケーとしていたら、やっと奥の寝室からエルヴァが出て来た。寝室に備え付けのバスでシャワーを浴びたのか良い匂いだし、髪もキレイに梳かし化粧も嫌味じゃない程度にバッチリだ。デキた若奥さんそのものだ。
「モーニン」
「Stopping just before」
「はい? 寸止め?」
「英語で『おそよう』って言えないから、『ante meridiem(アンティー・メリディイム。ラテン語で午前の意味。A.M.はこれの略)』からね」
「あ。『meridiem』って絶頂って意味だっけ?」
「そう」
フフ……エルヴァの呆れた顔が面白い。実はエッチな意味でなく、『Stopping just before』は空手などを教える場合に普通に使われる言葉だ。けれど曲解させるために敢えてラテン語の話をした。本意は今が11時前だから、『「おはよう」とは言えないだろう』という意味と『私とあなたの間柄で「こんにちは」とも言えないよね』という意味を含んでいる。
「ふぅ……フンボルトが工房から中々戻らないもので……」
「熟睡できませんって?」
「……はい」
寝顔を見られるなんて夫婦なら今更だろうし、フンボルト君が居ないと寂しいという依存とも言えないだろう。戻らないなら1人でサッサと眠るけれど、いつ戻るかわからない状況が眠りを妨げるのだ。これをしてエルヴァが神経質とは言えない。余程神経が太い人でないと、ベッドが別でも起こり得る事だ。
「Is he still crashing?」
「はい?」
「『彼はまだ眠っているのか?』って意味のスラングですよ」
「『clash』に眠るなんて意味が?」
「あれ? そう聞きましたけれど。ローカルなのかな?」
「かも知れませんね」
『I'm going to crash』で『(ぶっ壊れるくらい疲れたから)寝る』という意味になる。これを捻った『皮肉入り』の疑問文だから通じなかったのかな?
「座ってなさいな」
そう言って私はエルヴァにハーブティーを入れようとキッチンに向かった。アオレアールはその前からエルヴァのブランチの用意をしていた。
「アオレアールは『さまよえるオランダ人』ってわかります?」
「ワグナーの?」
「いえ、割り勘の方の意味で」
「何でしょう?」
「回転寿司で高いお皿ばっかり取るくせに、レジで割り勘と言って来る奴の事」
『割り勘』は『split the bill』が正しい表現だけど『go Dutch』というスラングに近い表現もある。『bill』はお札やお金という意味だ。
「どこに『さまよう』要素が?」
「どの皿が高いか、迷っているから」
「それ、友人?」
「一応」
薫の事だけど、それを私が容認しているので実は何ら問題はない。むしろ奢られるのが嫌で『割り勘』と言っている。ところでこの『一応』を『一様』という知り合いもいて、そいつには『ハーフマン』とアダ名を付けている。本人は『背が低いという意味』に捉えてプンスカしているが、本当の意味は『ハーフ万』=5千円札=樋口一葉だ。彼の本名は『吉川弘一』。姉のイリヤと良い仲の弘三の兄である。捻りが利き過ぎて、今だに理解されない。
「あれ? もしかして掃除……まさか洗濯も?」
お茶を出したらソファーの上の畳んだ下着類に気付いたようだ。だって夫婦の寝室には入れないでしょう?
「ええ、終わってます。フンボルト君のパンツは自分が洗いたかった?」
「もう~……」
「まぁ、自分でもやり過ぎだと思いましたが、サニタリーのカゴの分はね。お世話になっているお礼ですよ。それに私は『あなた』でもあります。家事や炊事を面倒がるタイプではありません。仕事に疲れたと音を上げる事もありません。誰よりも生きる事と愉しむ事には貪欲ですよ。いつもいつも逢える訳ではないのですから、ここは素直に甘えて下さい」
「あ、ありがとうございます。……では、甘えついでに。ミトやパミには逢えますか?」
ああ……以前、逢わせてあげると言ってそのままだった。パミちゃんが居るだけにパミを連れて来るのはどうかなと思うけれど、お産後に連れて行くのはアリだろう。何より隠している本音が透けて見えた。本当に逢いたいのは『姉さん』だろうに。産まれた赤ちゃんを抱いて欲しいと思っているはずだ。けれど倫敦のエルヴァに遠慮して……。あっちのエルヴァもエルヴァだ。日本ばかりでなく、たまにはカリフォルニアに来て、2人で私への愚痴でも話し合えば良いものを。そういう陰口・悪口なら大いに結構。私はそれだけの罪を彼女に対して犯してしまった自覚はあるから。
「お産後に、もう一度話し合いましょう。その時にイリヤの都合が付けば」
「え? 姉さん?」
「はい。姉のイリヤも巫女のイリヤもアルトリア姉さんも、この2年であなたの存在を知りました。私はずっと叱られっぱなしですよ」
エルヴァは首を横に振った。
「フンボルトに逢えたから。もうあなたの事は許していますよ」
彼女はブランチ中だし、お腹の事もあるので抱きしめる事もままならない。だから私は立ち上がって深々と頭を下げた。
その後、空気を入れ替えるように話題はパミちゃんの事に移った。正直な話、あの子は『大物』だ。エルヴァちゃんが魔術師として大成するなら、パミちゃんも違った道で大成するだろう。
「あの子は将来何の道を?」
「本人は弁護士になりたいと」
「弁護士?」
一世だから連邦の政治家は無理だけれど、地方議員にならなれる。
「ではその先に政治家?」
「いえ、その先は聞いていません。でも……その先かぁ。何か考えていそうですね?」
「だと思いますよ? あの子は賢い。それに私のようにひねていません。姉として親として、真っ直ぐ伸ばしてあげて下さい。それと本人が学びたいと言い出さない限り、日本語の勉強はあまりチカラを入れないよう」
エルヴァが不思議そうに私を見た。
「どうしてですか?」
「知るべきは『和の精神』であり『武の精神』です。身重な人に言うべき事ではありませんが、空手でも弓道でも良いですから、あなたが教えてあげなさいな」
「ですけど日本語は……?」
「お友達であり親族でもある、おチビちゃんやクロエちゃんと直に話せる事以上のメリットがほとんどありません。伸び盛りの今、頭のリソースを分散し過ぎるのもどうかと思いますよ? ましてエルヴァちゃんみたいな本当の姉妹でもないですし、日本に親が住んでいる訳でもない。平仮名、片仮名に漢字だけではありません。『てにをは』の助詞、日本人ですらわかっていない人の方が多い助数詞を今の年齢から、無理して学ぶ必要はないと私は思います。私達のように小学校の低学年から日本で過ごすならともかく」
私も日本語の助数詞は未だにわかっていない。姉のイリヤが弓道を選んだから『一(ひと)張り』『二(ふた)張り』という数え方を知った訳で、そうでなかったら『1本』『2本』だったろう。そもそもギターを先に知っていた訳だから『弦(つる)』を今も私は『弦(げん)』と読み、口からアウトプットする時に『弦(つる)だよ、弦(つる)、弦(つる)』と自分に言い聞かせている。
この他にも────。
『一軒』『二軒』と『一戸』『二戸』は何が違うのか? 『一邸』『二邸』はどういう場で使うのか? 動物を数える『匹』と『頭』の違いは何か? 鳥と兎だけどうして『羽』なのか? 『一人』『二人』と『一名』『二名』はどういう条件下で使い分けるのか? では、野球なんかの『二者残塁』や『三者面談』の『者』はどういう数え方だ?
こんなの余程日本が好きで、日本で暮らそうと決めた人でないと意味がない。紙以外は『一個』『二個』で話は通じる。逆も然りで紙は英語だと石と同じ不可算名詞であり可算名詞でもある。だから英語の疎い人はここでよく間違う。だけどそれを他人が咎めるだろうか? アドヴァイスをしても怒ったりはしないだろう。提出するリポートの枚数を数える時に、『1leaf』『2leaf』と数えても、精々『本のページじゃないぞ』と言われるくらいだ。
『大切な(内容の紙を)人に出す(提出)するんだから、『一葉』『二葉』で良いのかなって』と言い返せればむしろウケるだろう。
※)『軒』は家屋という無機質な物体を数え、『戸』はそこに住まう人達も含めて数える。戸籍などがそうだし、災害時に何戸と数えるのもそれが理由。『邸』は『邸宅』の意味だから、庭付きの大きな家を数える場合のみ。深山町の武家屋敷と洋館街、田園調布の一部、芦屋の六麓荘、西宮七園以外ではまず使わないだろう。もっと厳密に言えば六麓荘以外は無いと思う。
『匹』は大人が抱えられる大きさの小動物を指し、『頭』は人間だと抱えられない大きさ、もしくは頭の位置が人の頭以上のもを指す。鳥の『羽』は羽があるからだけど、兎は食習慣と関係がある。神道の穢れや仏教の教え、生類憐れみなどは後付けの理由で、日本に限らず野ウサギは世界中どこでも貴重な動物性タンパク源だった。つまり庭で飼っていた鶏やどこかから飛んでくる雀と同じ部類だったのだ。だから『羽』で数えた。
『人』と『名』は名前まで熟知している場合に『名』を使う。その名前までわからない場合は『人』だ。けれど例外として飲食店のみ『名を知っている人並みに扱いますよ』という意味を込めて『名』となる。『ご新規様、◯名ご案内』や『◯名様、お席にどうぞ』というあれだ。では『者』はというと、その複数名の『立場』や『役職』が異なる場合に使う。『三者残塁』ならそれぞれは一塁二塁とバラバラだ。『三者面談』は先生・保護者・生徒と立場が違う訳だ。
「本人が興味を持ち、まだまだ頭のメモリに余裕があると本人自身が判断したのなら構いません。ですがあなただけのセンチメンタルから、日本語を学ばせようとするのは反対します。あの子の本当の姉がどうしてあなたを選んだのかをよく考えて下さい」
「それは何度も……」
「考えた? フンボルト君と心温まる家庭を築けると読んでいたから、あの子を託したと?」
「ち、違うんですか?」
「100%違うとは言いません。ですがそこはプラスアルファです。ポイントはこの世界のでのアインツベルン本家の跡取りであるエルヴァちゃんと競合せず、新しいアインツベルンをあなたの下でなら興せると考えたからですよ。私とも争いたくない、とは言えエルヴァちゃんを押し退けてまでとも考えていない。私の目が光る倫敦のエルヴァにも迷惑は掛けたくない。でも、同じ目が光っているにしても、あなたならという考えですよ。それが読めて初めて、フンボルト君との『安定』に加えてもらえればという考えが見えて来る訳です。あのパミちゃんは、あの世界での真の後継者でした。だから『彼女』はあの子だけは護り抜き、並行世界に逃したのです。いくら可愛いからと、そこを忘れてはいけません。私にとってのクロちゃん以上に『期待されていた後継者』なんですよ?」
ここまで話してハッとしたエルヴァだった。