※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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62、『Thanksgiving Day』当日02 In Huntington Beach 09

 少々、エルヴァにショックを与え過ぎたと反省した私は、彼女に謝った。

 

「言い過ぎました、ごめんなさい。ただ、あなたに資格がないとう意味ではなく、そこも知っておいて下さいという意味でした」

「それは理解しています。またあなたの意見は、私には気付けなかった観点でした。もう……14歳なんですよね」

 

 気付いてくれたようだ。あの子はもう自我が確立してしまっている。けれど兆候はあったようだ。

 

「教わりたいと言った料理が日本の洋食ばかりだったので、日本語もと考えたのは早とちりでした。パミちゃんは……」

「そうです。純粋に西欧人的な思考と嗜好を持った子です。そしてそれは決して悪い事ではありません。むしろクロエちゃんやイリヤちゃんへの良い刺激です。2人の姉を気遣い一歩引くところのあるエルヴァちゃんにも、『そうじゃないよ』という良いお手本になっている事でしょう。フンボルトもあなたも、グローバル過ぎるというか、『許容できる範囲』が広過るからゆえの勘違いですね」

 

 そう言うとエルヴァは苦笑いをしていた。

 

「『許容範囲が広過ぎる』か。けれどそれが僕達の魅力だよ、エルヴァ」

 

 エルヴァと2人、声のする方を見たら、フンボルト君が爽やかに笑っていた。やり手営業マンじゃない、自らの仕事に誇りを持つ職人の顔。どちらのフンボルト君も真面目で一途なところは変わらない。そして他人を魅了する笑顔も同じだ。けれど、並行世界の妙とでも言おうか、選んだ職は全然違っていた。

 

『私』、『Humboldt Hegel』、『Thekla Einzbern』、『Klaus Harwey』、『Roland Barten』の5人で小さな事務所を開いたのは、私が6~7歳の頃だった。

 まだ高校生と言っても差し支えないフンボルト君や大学生と変わらないテークラさんを、一流の営業マンに育て上げたのが、当時40代だった『Klaus Harwey』と50代だった『Roland Barten』だった。『Klaus Harwey(クラウス・ハーウェイ)』も『Roland Barten(ローランド・バートン)』もお祖父様の子飼いで、私のお目付け役だ。なので事業が軌道に乗ったのを見定めると、ローランドはお祖父様の下に帰った。それは『リタイア(引退)』はお祖父様のところで迎えたいという希望が前々からあったからだ。

 けれどクラウスは、ミトにパミや私へ徹底的に商売というものを叩き込んでくれた。やがてミトが彼の後を継ぐようにしてCEOとなった。それは私が中3の頃の事だ。引き継ぎも何もかもが完了した後に、彼はウチを退社した。退職金は600万ユーロ、日本円で約7億9千万円だった。前CEOにそれだけの退職金を支払えるくらい会社は大きくなったのだ。

 そんなクラウスは退社後に別の事業を興し、その会社は現在ウチの取り引き先でもある。とりわけ彼はフンボルトを可愛がり、自分の事業にも、私達にスジを通した上で参加させたがっていた。なので私とミトもパミも、条件が合うならどうぞと話してあった。そんな矢先に彼は『止めておけ』と言った、中国市場開発に乗り出した。

 そして見事、ハニートラップに引っ掛かった。彼に付けたアサシンからの報告で、私は先行していたアオレアールから『人形』を借りて彼の救出に向かった。ちなみに他人の使っている『人形』を借りるという行為は、義手や義足を借りるというより、使用中のパンツを借りるのに近い感覚だった。それはさておき、乗り込んだホテルを制圧し件の部屋の扉をブチ破れば、ベッドで裸のフンボルト君が泣いていた。周囲にはこれまた裸で怯える女性が5人から7人は居た。

 何故泣いているのか、その勃起した逸物を見てわかってしまった。そのデカすぎるモノのせいで、これまで彼はずっと異性と経験がなかったのだ。だからトラップに弱かった。だから、最初から5人も6人も用意させた。けれどその誰にも挿入できなかったのだ。部屋にあった盗聴器も小型カメラも全部回収し、それらを写していた人物は軒並み捕らえ、アサシン達に処理を託した。そして前々から計画していた『革命』を発動した。

 今のフンボルト君にはロシア人の奥さんがいて、可愛い赤ちゃんもいる。遅れて起きたダーリンに笑顔で話すお腹の大きなエルヴァを見て、胸がキュッと痛くなった。同情は20%。残り80%は私もガバマンなのかと心配になったからだった。

 

 ああ、彼が私達の下に残ったのは、この失敗の尻拭いを私がした事を彼が気付いているからだ。と同時にクラウスが後に彼の奥さんとなる『Алёна Мелентьева(Alyona Melenteva/アリョーナ・メレンチェヴァ)』という女性を紹介した。モスクワの魔術師オストロフスキー家の親戚で、何人かの外交官を代々輩出しているメレンチェフ家(※)はハーウェイの一門だ。ソビエト連邦時代、オストロフスキー家を守っていたのもこの家だった。

 

※)ロシアやチェコは『姓』に女性形があり、同じ家の兄妹でも『姓』が異なる。例えばオストロフスキー家の孫、イリヤとポリーナの場合だと兄のイリヤはイリヤ・オストロフスキーで、妹のポリーナはポリーナ・オストロフスカヤとなる。なお、このオフトロスキー家の事はクラウスの許可を得て、私が自分のルヴィアに紹介したのだ。当然オストロフスキー家はエーデルフェルトの傘下に入った。けれどどちらもハーウェイ一門なので私としては問題ない。

 けれどそれをここのルヴィアに、ルヴィアが紹介した事で、オフトロスキー家もエーデルフェルトの傘下に入った。私としてはかなり心配だったけれど、こちらのお祖父様がお許し下さったのでホッとしている。それで新しい局面を迎え数年。ルヴィアと士郎クンに当てられたのか、どうも凛とイリヤが急接近しているらしい。それも並行世界っぽくて面白いなと感じている次第だ。

 

 アリョーナとフンボルト君は順調に交際を重ね、遂にゴールインした。アリョーナは西側に出たがっていたので、下心がありはしないかと少し心配したけれど、それは杞憂だった。身持ちの固い良い奥さんで、フンボルト君側のご両親やお祖母ちゃんとの関係も良好だった。エルヴァもそこは抜かりなく、きちんとしているようで安心だ。

 

「僕の顔に何か付いている?」

「あ、いえ。失礼」

 

 思わずフンボルト君の顔を見詰めてしまった私だ。エルヴァに睨まれたから、これは見透かされたな。

 

「『エル』。何を見ていました?」

「少々仕事が溜まっていましたので、ウチのゼネラルマネージャーの顔を思い浮かべただけです」

 

 エルヴァが小さく頷いた。ヒントはここまでだぞ。気になるのはわかるけれど、あなたの旦那は彼だけだ。それ以上の情報は必要ないでしょう? あなたは、ただ自分達の幸せのみを求めなさいな。

 

 

 

 こうして仲良く手を繋いで歩く『弟子の凜』と『孫の京(ミヤコ)』の後ろ姿を見ていると、まるで『妹(達)』と歩いているような錯覚に陥る。それは失った『桜』でなく、記憶にない『妹達』……。

 

「おい、リン。波長が乱れてるぞ?」

「え? ああ……」

 

 ここはネズミー。凜とミヤコの提案で、こうしてやって来たのだけれど。どうも私は若い頃から、こういう遊園地に漂う空気が苦手で、魔法使いになろうと死んで英霊になろうとも治らなかった。『波長が乱れている』……か。私の魔力に引き寄せられたのか、そこら中から霊が湧いて、ゾロゾロと憑いて来ていた。これが家を出てからずっとだ。

 

 1番並行世界を渡っていた時期はほぼ生前で、セイバーが居た20歳頃から40数歳頃までだけど、元の世界での時間が進まず、加齢もしない方法を見付けてから延べ1600年、世界中をあちこち巡り色んな国の色んな街で暮らしてみた。それでアメリカでも暮らした経験があるのだけれど、やっぱり幽霊の多さはピカイチだ。

 富める国アメリカではビリオネアが多い。それが運を掴み努力した結果なら『おめでとう』だけれど、他人を騙し、他人を傷付け殺した結果なら最悪だ。けれどそういう真の悪党というのは、意外な事にこの世に未練を残さない。残念な事だけど、未練を残すのは理不尽な死を迎えざるを得なかった者か、生前掻き集めた財が気になる者と概ね限られていた。

 そして長い歴史のあるヨーロッパじゃないので、人に仇なす妖怪も存在しなければ、ヴァンパイア伝説もない。『死徒』が海を越えて来る事も滅多に無いし、先住民が信じる精霊を見掛ける事もまずない。あるのはとにかく『人の欲』と、そういう『想念』を纏った『幽霊』だ。

 何となくわかると思うが、『欲』は『負』と『正』が混在した感情だ。それがあるから高いモチベーションを維持し、より良きモノやサービスが産まれ、経済が良い方向に回っていき、人々が幸せに暮らして行ける。けれどその後ろにはアメリカン・ドリームを掴む手前で腕を切られたり、指を潰されたりして奈落に堕ちて行く人が、その何倍も何倍も居たのだ。

 学生の頃から視えて当たり前、声が聞こえて当たり前な生活だったから、妙なイタズラでもしない限り側を漂おうと何とも思わないが、さっきも話したように蜘蛛の糸を切られて理不尽な死を迎えた者がこの国にはやたら多いので、やっと着いた開園前のネズミーでは、数え切れないくらいのゲストに混じってゴーストまでもが開園を待っていた。『いい加減にしろ』と怒ろうとすれば、どこからともなく現れた『1位』にパスポートを人数分握らされてしまった。相談料の前払いって事なの? ……仕方ないなぁ。

 

 なお、この『位』は幽霊を数える単位だったりする。神様なら『柱』で、鬼なら『匹』。それでもってその鬼が懲らしめられて改心したら『人(にん)』と数え方が変わる。そして死んで魂魄の抜けた人は死体だから『体』だ。遺体・検体とはその意味で使われている。ただし『体』の例外は御神籤と絵馬。こちらは神様が一度は宿ったものだから。だから格が下がったのでなく、格が上がっての『体』だ。こういう法則には人に限らず動物にもあって、『匹』で数える小動物も死ねば『頭』で数え、魚なんて『匹』が『尾』に変化する(お魚屋さんがそうだ)。死んでいようが生きていようが『匹』なのは昆虫くらいなもので、『頭』と数える『蝶』は例外中の例外だ。あれは外国人が標本を『頭』で数えていたところから来た慣習だそうで、本来の日本の助数詞の法則とは関係ないのだそうだ。

 

(その昔のアインツベルンは、自分のところのホムンクルスを不可算で数える場合、『頭』で数えていた。これはドイツ語や英語には助数詞という概念がないからだ。なのでホムンクルスを『~人』と数えたのは、私の知る時間軸では『エル』が初めてという事になっている。もしかしたらどこかの衛宮切嗣か遠坂時臣、あるいは間桐臓硯が先に数えたという可能性は否めないけれど、あいにく彼らはそういうのを書物に残していない)

 

 こんな知識を誰が私に齎したのか、だいたい想像が付くと思う。どこかの負けず嫌いが『恥をかかされた』と言って、日本のこういう助数詞をやたら暗記していたのだ。羊羹の数え方がタンスと同じ『棹(さお)』だなんて、茶道をしている子でもない限り普通は知らないだろう。ちなみにこの羊羹は練り羊羹の事だ。そして練り羊羹を流し込む型を『舟』といい、この1舟で1棹となる。長いから棹でなく舟の棹に見立てて数えるのだとかつての親友は教えてくれたものだ。しかも『竿』は、その漢字の成り立ちから『衣や布類を干す竹』しか指さないので、『物干し竿』という言い回しに違和感があるとも補足して。

 

『で、あんたの好きな水ようかんは何て数えるのよ?』

『そちらも蒸し羊羹も型に入れて作るのは同じですのよ。練り羊羹が舟で棹なら、水ようかんはお椀に串でしょうか?』

 

 一寸法師で思いついたらしい。士郎と2人で大笑いしたものだけど、彼女のああいう発想は好きだった。叶うならあの『ルヴィア』と、『エル』の姉のイリヤを逢わせてあげたかったものだ。そう言えば兜が『刎』、斬り落とした首を『級』と数えると教えてくれたのは『エル』だった。

 

 ミヤコと凜を士郎に任せて、3人をアトラクションに送り出せば、私の前にゴーストの列ができた。場所が場所なのでもう少し人の居ない方へ移動を促した。

 このアナハイムのネズミーは基本日本のそれとレイアウトが変わらない。と言うより元祖がこちらだ。入って右へ行けばスペース・マウ◯テンがあり、幼少児向けのアトラクションが集まるところになり、スモールワールドだ。けれど逆に左へ時計回りに歩けば、日本とかなり違うと気付けるだろう。実はこのアナハイムのネズミーは左側がやたら広いのだ。なので私は幽霊の団体に結界を張り、トムソーヤ島の見える辺りの広場に行った。

 そこで腰を落ち着けると、幽霊達は自主的に悩み事(相談内容)の種類別でグループ分けがされ、きちんと列に並び始めた。並ぶのが嫌だと駄々をこねたり、暴れたりする者は他の者が取り押さえるか、タコ殴りにあっていた。社会のルールは死んでも適用される。むしろ暴力ありなので厳しい。もっと言えば、生前から何も考えていないDQNはたいていスッと『一』に還ろうとする。何も考えていないからだ。で、幽霊になるタイプの大勢を占めるのは決まって『オタク』気質な者だ。

 相談事も大抵、残してきたパソコンの中身を消したい、集めてきたコレクションをどうにかしたいとかそういうのが多い。また『陰キャ』と言うと失礼だけど、『姿が見えなくなった』からこそこういう人の集まるところにやって来ては彷徨う。じゃ、墓場や廃墟に居座るタイプは? それは静かだし自分の人生を見つめ直すのに丁度良いと考えているからだ。『人混みが苦手』『他人と群れるのは好きじゃない』、そういう気質は生前と変わりない。

 なのでそういう場での肝試しや大声で騒ぎ立てる行為はご法度なのだ。とりわけ『こっくりさん』のような簡易降霊術は危険だ。誰だって静かに考え事をしている時に騒がれれば頭に来るし、そういう頭に来る事を度々やらかす手合が来れば、いくら温厚な人でも懲らしめてやろうと考えて当たり前だ。そんな状況下で降霊なんてしていたら、それを利用してどうにかしてやろうと考えるに決まっている。

 

『本当に居るなら、何か証拠を見せろ』

 

 なぁ~んて言って、ポルターガイスト現象が起きれば『ギャーギャー』喚く。それは誰だって怒るに決まっている。それで霊障が酷くなって慌てて逃げていく。そういうバカがゴーストハンターと呼ばれるようになるのはもう少し後だけど、人格が結構残っている霊でもこうなのだから、人格が崩れた霊ともなればもっと危ういのはわかるだろう。2020年頃だったかな? とうとうゴーストハンターに死者が出た。素人が面白半分でビデオに撮ったりするからだ。誰にだって虫の居所が悪い時はあるし、機嫌の良い時もある。趣味も嗜好も生前と変わらないのだから、礼を以て接すれば、人格の残っている霊なら対話くらい応じるだろうに。

 とは言え、幽霊なんて皆んなクセ者ではあるけどね。だって、恋人や家族を愛し愛されてきた人は、財産の多寡も人格も関係なく、DQNのようにすんなり成仏するものだからだ。いや本当、そういう愛し愛された経験、子を成し、血を繋げる事こそが人生最大のノルマ達成と言っても過言ではないからだ。あの世に持っていけない大金を稼いでも、それはプラスアルファな部分で本質ではない。この世の理(ことわり)なんてそんなものだ。

 

 

「だから~ぁ、どうしても処分したいって言うなら、家族に頼むしかない訳よ。となるとよ? まずは念動力を使えるように頑張って、実体のあるペンを掴めるようにしてメッセージを残すしか無いワケ。わかるでしょう? え? 未婚だったから家族なんて居ないって? なら、もう開き直りなさい。誰かがあなたの隠しておきたかった秘密を知ったとしても、それも時間薬よ。300年前の◯×が変態だったなんて情報、300年後の人にどんな意味があるのよ。それにあなた、教科書や歴史書に載る有名人? 違うでしょう? ズバリ言っちゃうけど、あんたの恥なんて誰も気にしてないし、どうでもいいと思っているわよ。皆んなそうでしょう? あなたも自分自身と、ごく僅かな交友関係のある人達以外は気にしないでしょう? ましてや家族も子供も居ないなら、秘密を知られてもどうって事はないでしょうに」

 

 これでほとんどの霊がスーッと消える。特に男性は。なぜならその『秘密』は、決まって『性癖』に関わる場合がほとんどだからだ。1人で死んだならどうでもいいとは思えないの? 誰が、名も知らないあなたの残したものに興味があるっていうの? その人生が無価値だったとまでは言わないけれど、自意識過剰なのは困ったものだ。対して女性の場合は『愛憎』に関わる場合が多い。特に残してきた彼や子供が心配だという『まっとうな』悩みが、そのほとんどを占めている。

 

「それも念力ね。『見守っている』『私を忘れて、幸せになりなさい』ってメッセージを残したいところね」

 

 メッセージなり何らかのサインが残せれば、人はその奇蹟を目にした事で『故人の愛』を信じられ、それを糧に力強く前に歩けるものだ。

 

私は妹の桜も看取っているが、実は士郎も看取っている。朝、目覚めたら隣の布団の士郎が私の手を握っていたのだ。とても冷たい手で。それで声を掛けても返事がない。慌てて起き上がったら、とっくにあいつは息をしていなかった。涙も出たけれど、『長い間、ありがとう』という感謝の言葉と、『お疲れさま』というねぎらいの言葉しか出なかった。

 

 

 

 お葬式では一切泣かなかった。何故ならわんわん泣く子供達やひ孫を抱く孫達を私は『士郎』と眺めていたからだ。

 

『おお~、お経は一成が直々に……嬉しいなぁ。何を言っとるのかわからんが』

 

 まぁ、そこの檀家で普段から、意味を知った上でお経を唱えるほど親しんでいなかったら、お経も単なる漢字の羅列だ。それも中身はお釈迦様がどうしたこうしたで、生きている間はともかく死んだら何の参考にもなりはしない。死んでしまえばその有り難味も、聞き手の教養次第だ。まして霊となれば『あの世ってどうなってんの?』『オレはどうなるの?』って疑問が真っ先に起きるのが普通だろう。けれどそういう悩む死者にとっての指針を示すお経も聖句もこの世にないのだ。

 

『あんたはさ』

『ン?』

『いや、あんたの前に私だけど、魔法使いだから死んでもあの世に行けないのよ』

『おい……』

『で、おまけに私はあんたと同じで『英霊』確定じゃない。だからあんたが私の『宝具』になるよう登録しといたから』

『はぁ?』

 

 桜の分まで士郎の側にいて、ずっと愛するって決めたんだから。例えこの世が失くなったとしても。

 

『英霊になったらピチピチに戻るのか?』

『でしょうね。金髪に染めてあげようか?』

『孫と致したくない』

『誰も京とは言ってないのに。だいたい、致す自信があるの? その歳で?』

 

 それで士郎は結跏趺座をして意識を集中した。するとドロンと若い頃の姿に戻った。さすが妄想だけの男。

 

『妄想だけとか言うな!』

 

 ククク……。お葬式で笑わせるな。

 

『けどあの子、どうしてあんなに私に似てくるのかしら?』

『魔法使いに至ったからだろうなぁ』

『まぁ、ルヴィアも私もその内、ポックリ逝くから。暫く遊んでてよ』

『念話の語調がどんどん若返ってるな』

『もう半分以上英霊なのよ。お迎えが来るには、後30年は掛かると思う』

『そっか……』

 

 こんな具合だったから、全然寂しくなかった。やがてお葬式が終わり、出棺された。マイクロバスで斎場(正しくは火葬場。斎場は間違った使い方だけど、冬木のここはお葬式もできるしお斎も仕出しで頂けるから斎場と呼ばれている)まで行き、最期の顔を見た。子供や孫が棺にしがみついて泣いていた。そしてお棺が火葬炉の中に納まった。炉に火が入りゴーッという音が響いた。

 

 休憩室には弁当が用意されていた。

 

「お母さん、少しでも食べないと」

 

 遠坂を継いでくれた時義だった。

 

「あんたも寝てないでしょう? ご苦労さまだったね」

「いや、俺は男だから。それにお父さんの事は長男としてきちんと見送りたい」

「そう」

 

 本当に良い子に育った。1時間後に火葬が終わった。カスカスの骨だけになった士郎を見ると、流石にショックだった。

 

『うわぁ~。オレの骨ってこんなだったのか……』

 

 私以上に士郎はショックを受けていた。で、この段になって遠坂を継いでくれた時義とその子供が士郎の霊に気が付いた。

 

「お、お母さん……」

「時義、静かに。幸い時嗣や絢芽は感情に乱されて気付いていない。ここには他の人も居るのだから」

「は、はい」

 

 火葬場の人が、故人の遺骨の説明をしていた。それで親族皆んなで小さな骨壷に納めた。

 

『こんなのあっても邪魔なのに。砕いてトイレに流しても良い?』

『怒るぞ、凜。けどオレも昔からそれは思ってた。ジイさんの遺骨も邪魔だったよ』

『ね? 敬ったり大切に考える気持ちはわかるし否定しないわ。でも、そういうのも若い時だけの感傷よね。歳を食って身の整理を考え出せば邪魔でしかないわ。だって、あんたとの大切で楽しかった……あんな素晴らしかった日々の思い出が、こんなちっぽけな骨と等価な訳がないもの』

 

 士郎の霊が大きく頷いた。

 

『そんな残骸にオレは居ないよなぁ』

『そうよ。ましてあの衛宮の家もそろそろ時嗣に譲ろうと考えていた矢先なのよ?』

『だよなぁ』

 

 士郎も私も、梢や京がここに居ない事が少し辛かった。フィンランドはやっぱり遠いわ。私や士郎にとっては『遠い過去』だけど、まだ京が体験していない『近い未来』でもある思い出。きっとこの旅を終えて元の世界に戻ると迎えるだろう『士郎の死』。どうか無事に乗り切って欲しい。そんな事を願いながら幽霊の相談を淡々とこなしていた。

 

 

 

 やがて霊が誰も居なくなった頃に士郎達が戻った。凜と京は馬が合うようで本当に仲が良い。元々弟子である凜は当然可愛い。だけど孫の京も可愛くて仕方ない。そんな2人が仲良くしている姿に歓びを覚える。ネズミの耳のカチューシャに、ポップコーンのバケツを肩に掛けた2人。士郎も奮発したわね。

 

「さぁ、お昼にしましょうか」

 

 それから私達は何を食べるかを相談した。京や凜に混じって真剣になって、ああでもないこうでもないと考えている士郎。

 

 

 

 私が心配だからと、時嗣達一家がこちらに引っ越す事を検討し始めた頃の事だ。仏間にはまだ段があって、そこには士郎の骨壷が置かれてあった。仏壇にはお義父(切嗣)さんの位牌と士郎の位牌が並んでいる。

 

『え? 母さん、何だって?』

『士郎の墓を新しく注文したって言ったのよ』

『衛宮の墓や遠坂の墓があるのにか?』

『そうよ、時嗣。それに遠坂の墓は教会の墓地だから、どのみち別に建てないと』

 

 衛宮切嗣の起源の事は、衛宮の姓を継いでくれた時嗣には詳しく話してあった。

 

『死んでも……って?』

『ええ。あなたや時政、時宗に影響がないのはわかっている。だからこれは私の杞憂だと思うし、取り越し苦労なのでしょう。でもね、何度も話したようにね?』

『わかったよ。切嗣爺ちゃんの墓には、分骨して俺が入るさ。そうすりゃ、皆んな寂しくないだろう』

『ありがとうね、時嗣』

 

 時嗣を驚かさないように、士郎は隣の部屋で聞き耳を立てているはずだ。『骨を砕いてトイレに流そう』とまで言ったくらいだから、お墓なんて正直どうでもいいと私は考えている。けれど子供や孫のためには残しておこうと、その考えを改めた。それは時義の奥さんの茜さんと、時嗣の奥さんの梓(あずさ)さんがお墓のパンフレットを持ってきてくれて、それを見た時に気付いたからだ。

 

『へぇ~』

『どうしたのよ、士郎?』

『いや、『暮れる』って字と『幕府の幕』って字、部首が『莫』なんだな?』

『そうよ。元々は草原に日が沈む様を表す字だったの。なので、虚しいとか静かとかの意味もあるのよ。助字で『なかれ』っていう否定的な使い方もあるけれど、草木が繁ったり、物事が深まったりという少し能動的な意味もあってね。そこからなのか、元からなのなのか、『隠す』っていう意味もあるの。だから『幕』は布で隠すことを指し、『暮れる』は日が地平線に隠れる事を指すのね』

 

 なんて事を昔話した事があった。それをパンフレットを見て思い出したのだ。『墓』って土で隠すという意味なんだ……。そして『慕う』とは『莫』の下に『心』と書く。そこに気付いたからお墓を建てようと考えたのだ。できあがったお墓の前で、梢と京が泣いていたのはその年の夏だった。

 私は士郎に言った。京の前には姿を出すなって。寂しいとは思うけれど、それなりの魔術師なら霊は見えるものだ。まして私とルヴィアの血を引き、『根源』を得たあの子なら間違いない。そして死者の世界や死後の世界を知るのは良いが、身内の幽霊に逢うにはまだまだ早いと考えたのだ。まだ高校生の女の子だ。魔法使いになれたとしても、心は子供なのだ。

 

『孫には甘いなぁ。義君(時義)や時嗣には厳しいのに』

『母親だから子供は皆んな可愛いわよ。まして女親からしたら、男の子なんて本当に可愛い。真面目な時義も好きだけど、バカばっかりしていて、やんちゃな時嗣なんて本当に可愛いかったわ』

『へぇ~、キツい母親だと心配だったがな』

『決まったのは高校生になった頃だけど、それぞれが遠坂の家と衛宮の家を継ぐと言ってくれたのよ? ならそこはしっかりして欲しいと思うわよ。けれどその分、あんたが優しいじゃない。時義なんて今だにあんたと梢の幼稚園のお弁当を一緒に作ったのが忘れられないってさ』

『……そうか』

『お葬式からこっち、子供や孫を泣かせてばかりなのが心苦しいんでしょう?』

『ああ……。笑って見送って貰いたかった。誰しもに笑顔で居て欲しいと願って、そういう風に生きて来たつもりだけど、思うようには行かないもんだな。最期の最期でしくじったよ』

 

 白いモヤのように、透けている士郎が笑っていた。

 

『皆んなあんたを惜しんでくれて、ありがたい事よ。お葬式の記帳がさ、600人越えてたんだって。あの災害の被害者とピタリ同じとは行かなかったわね?』

『お前さぁ、そういうのと比べんなよ』

『ごめん、ごめん。そこは謝るわ。けどさ、最期はほんの少しプラスだった。それがあんたの人生だったで良いじゃない』

『……そうだな。プラスだったか』

『ええ』

 

 

 その後、結局私達はネズミーを出た。1つ、午前中でほとんど乗ったり観たりできたから。2つ、そうなると高い園内で食べる必要性がない(それでもファストフードの国なので日本よりかなり安い)。3つ、それに本日はサンクスギビングデイなので夕飯が豪華だ。なので軽く済ますだけでいい。と、そんな風に決まったからだ。

 

 駐車場まで戻って、借りてきた水色のアコードに乗り込んだ。4速オートマのこれはエルヴァが中古で買ったものらしく、エルヴァ達だけでなく、こっちの凛や士郎にも貸し出す万能セダンだそうだ。なので好きに乗ってくれと、先日からスペアキーを預かっていたものだ。

 エルヴァが2人目のオーナーで、前のオーナーはとてもクルマを大切に扱う人だったらしい。それはハンドルの握る士郎も、解析魔術なんか使わなくても一発でわかるレベルらしく、とにかくエンジンと足回りが良いそうだ。走行距離は手に入れた時で125000マイル(約20万km)、今が160000マイル(約26万km)だけど、整備が良いのでメカには何ら問題ないらしい。強いて言うならボディがヤれてきている感があるそうだ。その分スポーツ走行はできないけれど、乗り味がとても柔らかいのだとか。

 オーバーホールも前オーナーが数回、エルヴァが1回していて、前オーナーはサスも替えていて、エルヴァはブレーキ周りも交換していた。また、元のシルバーブルーを水色に塗り替えたのはエルヴァだという。オートマというところが解せないけれど、アメリカだと仕方ない気もする。92~93年頃のCD3型1.8リッターはこの型の最初期モデルの最低価格ランクだ。なのに前オーナーは赤い『H』のエンブレムを付けていた。

 

「見栄でもハッタリでもなく、それだけの整備をしているよっていう自信の現れなんだな。操縦よりイジる方が好きな人だったんだろう。馴染みの中古屋へ売る前に、ブッシュ類を全部新品部品に入れ替えてあったそうだ。手放す時にそういう事をする人はまずいないだろう。エルヴァもそこに感動して手に入れたそうだ。ちなみに前オーナーは7代目のアコードに乗り換えたそうで、例のユーロRがある型だ。けれど北米仕様にはユーロRがないし(インスパイアの4代目と同じデザイン)、こういうオーナーなら求めないだろう。それにエンジンがK20だから十分だな」

 

 だそうだ。途中で運転を代わって貰えば、言っている意味がわかった。これはエルヴァでなくとも惚れ込む。実用的で操縦しやすく乗り心地がとても優しいのだ。

 

「良いだろ?」

「ええ。これで最低ランク?」

「そう。昔のマークⅡやコロナと同じだ。低価格帯でも乗り味やハンドリングには手を抜いていないんだ。むしろ高価格帯のスポーツエンジンを積んでいないから、足回りも無駄に固くない。オデッセイがヒットするまで経営がヤバかったホンダだけど、良いクルマを作っているよ」

 

 このアコードと同年代にモデル末期の2代目インテグラがあり(タイプRは3代目から)、そちらも廉価版からよく走る良いクルマなのだとか。今の士郎はフォレスターの『STi Version』だし、私は末期の赤い『RX-7』だ。走行距離を伸ばさず長く乗っていたいから、こういう廉価で万能なセダンかステーションワゴンを買っても良いなと思えた。

 

 入ったお店は京と凜のリクエストで、『In-N-Out Burger』だ。何でも『エル』やエルヴァの1推しなのだとか。アメリカには数回住んでいたし、毎回転々と住処を変えもしていたけれど、こういうファストフードは大型チェーンを避け、いつも近所の少し割高な、けれど健康面も考慮されたローカルなお店を利用していた。士郎が言うには、この『In-N-Out Burger』はローカル・チェーンではあるけれど、個人経営のお店に近い『自然』な味がするという。

 

「士郎は何度か?」

「ああ。カリフォルニアに家を持った時は利用していたよ。これぞ西海岸のバーガーという味で、ただのハンバーガーでも十分にウマいし安い。炒めたタマネギとピクルスが入るアニマル・スタイルを頼んだり、ダブル・ダブルを頼むより、ハンバーガーを2個頼んで、片方をプロテイン・スタイルにする方が良い」

 

 プロテイン・スタイルとはバンズの代わりにレタスで挟むスタイルらしい。

 

「レタスの増量はできないの?」

「減量は何でもできるけど、増量はないな。その代わりソースやケチャップは自由だし、ペッパーのピクルスも無料だ。何より安いんだから文句言うな」

 

 この当時で、ハンバーガーが1ドル65セント、チーズバーガーが1ドル95セント、ダブル・ダブルで2ドル95セント、ポテトが1ドル19セントだった。それが2020年頃になるとハンバーガーが2ドル25セント、チーズバーガーが2ドル55セントと2ドルを越え、ダブル・ダブルに至っては3ドル65セントと大幅に値上がった。けれどポテトは1ドル75セントと安いままだった。だけど日本でハンバーガーを食べるより遥かに安く、味も美味しい。

 凜と京はハンバーガーのコンボを頼んで、単品でハンバーガーのプロテイン・スタイルを1つだけ頼んでいた。レタスの方をシェアするようだ。それで士郎はコンボを頼まず、ハンバーガー2個とドリンクを頼んでいた。私がチーズバーガーのコンボだから、ポテトを少し寄越せという事だ。それは良いけれど、ドリンクがエクストラ・ラージのアイス・ティーって。コンボのドリンクはミドルだから女性3人は全員ミドルだ。凜と京はピンク色のレモネードと、アメリカの定番、コークを回し飲みするようだ。それならと私もレモネードにチャレンジした。ダメなら士郎のアイス・ティーを奪ってレモネードを押し付ける。だって、そういう場合を想定してのアイス・ティーだからだ。凜、京。さり気なくそういう事ができる男を捕まえなさいね。

 

 しっかしアメリカはドリンクがバカみたいに安い。士郎のエクストラ・ラージで1ドル65セント、シェイクでも1ドル79セントで2ドルしないのだ。ミルクもあってそちらは80セント、コーヒーも同じく80セントだった。それでバーガーの味は、確かにお薦めされるだけはあった。この味、この価格でチェーン展開は恐れ入る。聞けばマックは、ケンタッキーフライドチキンと並んで、『マック(笑)』という存在なのだそうだ。

 けれど現在にも残る『手早く紙で包んでサッと出すスタイル』は、マックの創業者マクドナルド兄弟が考え出した事で、それまでのアメリカでは紙皿に乗せて出していたのだそうだ。またポテトもお店でカットして、水槽で余分なデンプンを洗い流し、乾燥させてから揚げていたらしい。このデンプンを洗い流すという工程が重要で、フランチャイズ化する前のマックのポテトは、冷めてもヘナっとせず美味しいままだったという。当然こんな方法はフランチャイズ化で消えてしまった。

 

「そんなだから創業者兄弟のアイデアをリスペクトしている人も居る。オレもそうだ。フランチャイズ化を成功させて、世界規模の大メーカーにしたのは別の人だけど、オレはその人をリスペクトしないよ」

 

 味に拘る士郎らしい考えだとは思うけれど、洗うと栄養素が抜けるのは必然だわ。そこはどう考えているのかしら? ああ、所詮ジャンクだからと割り切っているのかもね。そして『エル』ならフランチャイズ化も成功させて、1号店のみとかそのエリアだけとか絞って、オールドスタイル・ポテトを少し割高で売るだろう。あの子はそういう子だ。

 そして『朝』があるなら、レギュラーメニューは昼に限って『夜』のメニューも作れと日本に来た当初から話していた。それで90年代後半の激安攻勢を『単なるマーケット破壊じゃない。これはデフレに拍車が掛かる悪手だ。日本人はこの無茶な価格に慣らされ貧乏になる』と言い切っていた。そしてその激安ムードはアメリカからの押しつけでなく、日本人が考え出し作ったものだ。薄利多売なのに人件費は嵩む。つまり『そのうち死人が出るし、若い世代が一周すればテロが起きる』と、これまたその90年代の終りに予言していた。

 

『そういう未来はどこの国でも起こりえます。ですから飲食店でも小売店でもなく、食材メーカーを創ったんですよ』

 

 これを一度は殺そうと考えた小学生に言われたのだ。それで悟った。魔法使いでも、このレベルの商売人には負けるし、本当の意味で世界は動かせないと。ふと士郎を見た。よくぞあそこで私を止めてくれたものだ。

 

「だから、本来の『Drink』という言葉にはアルコール類も含まれるんだよ。なので純粋に飲料を指すなら『Beverage(ビヴァリッジ)』という単語を使うんだ。『Bever』は古仏語の『Beivre』から来ていて、『飲む』という意味だ。そこに『もの』を指す『Age』が付いて『Beverage』だよ。でもファストフードのメニューは英語が不得手な人でもわかるように『Drink』で通している。格の高いレストランとか入ってみろ。きっと『Beverage』ってメニューに書いてあるよ」

「へぇ~」

 

 昔、私があんたに教えたんでしょう? まぁ、良いか。

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