この『感謝祭(Thanksgiving Day)』というのはほぼ北米だけの行事で、欧州の人間には名こそ知っていても、どういう由来から来る祝日なのか知らない人も多い。学園の友人の中には『ハロウィン(Halloween)』と混同している人もいたくらいだ。だけどドイツ人だけは『感謝祭』を別の意味で知っている。
アメリカのそれは初期の小麦の育て方も知らない移民(ピューリタン。だから最初の入植地はニュー・イングランドと名付けられた)が、仲間の大勢が飢えで死んでいったのを教訓にネイティヴに教えを請うて、とうもろこしの食べ方や育て方を教えてもらったところから来ている。教えず全滅させていれば、新大陸は今も彼らの土地だったとは言い切れないけれど、何らかの契約はあっても良かったのにと私なんかは思う。
まぁ、私の個人的な考えはおいて、そうして北米で生き延びた人々は『収穫祭』を開き、作物のことを教えてくれたネイティヴの人達を招き、お互いに料理を作って食事会を行った。それがアメリカにおける『感謝祭』の始まりだった。
一方、ドイツはその昔、国民の80%が農民だった。なので収穫はとても大切な事だった。その収穫を祝う行事が『感謝祭』とされていたのだ。日本の秋祭りも収穫祭で、信仰に基づく夏祭りとは毛色が違う。だからドイツの『感謝祭』も最初は宗教とあまり関係なかった。けれど時代が下るに従って、基督教の行事などと絡むようになったのは、どこの国も似たり寄ったりだ。
さて、私ことエルヴァ・ハーウェイはこれまでの人生を魔術師として生きて来たので、信仰による行事にはあまり熱心ではない。けれど宗教色の薄い、冬明けのお祭りや、春の訪れを祝うお祭りなどには参加していた。前者はチューリッヒの『セクセロイテン』や、マインツ、ケルン、デュッセルドルフ、ボンなどで行われる『謝肉祭(Carnival/Karneval/Fastnacht)』が代表的だと思う。で、『セクセロイテン』とは中世の衣装を着て街を練り歩き、最後に雪だるまを火炙りにして冬にサヨナラする変わったお祭りだ。『謝肉祭(Carnival)』も本来は長い冬の間に溜まったストレスを発散し、やがて来る春の訪れを皆んなで祝おうというお祭りで、冬に備えて備蓄していた食料の古いのから、飲みきって食べきって、1週間馬鹿騒ぎしようというゲルマン人のお祭りから来ている。これもクライマックスで大きな藁人形を燃やしてお祭りを終えるのが正道で、後の基督教的価値観を押し付けられた『燃やす事で騒いだ罪を反省しよう』なんてものはなかった。あったのはそろそろ備蓄したものを食い切らないとヤバいぞという至極真っ当な理由と、腐ってダメなった物は藁人形と一緒に燃やしてしまおうという合理性から来ている。
この藁人形が、時が過ぎると山車のようになっていくのや、馬鹿騒ぎする時の衣装がどんどん訳のわからないものに変化したのは想像付くと思う。よくタマゴを使い切るためにパンケーキがどうこうという解説があるけれど、あれほど意味不明なものはない。お前のところの雌鶏は冬の間、タマゴを産まないのか? 仮に産まないとしても、冬前に産んだタマゴをこんな2月頃の行事で食べるって……お腹を壊すぞ? ここにも歴史のウソが混じっているのは明白だ。
けれどそんな事はおいて、やっぱりカーニヴァルは楽しい。ドイツ三大カーニヴァル(ケルン、デュッセルドルフ、マインツ)は全部見たし、お祖父様の会社があるバーゼルでのカーニヴァル(Basler Fasnacht)も数回見学した。このスイス最大のカーニヴァルはライン川を遡ってやって来たお祭りだと思うが、どうにも仮装行列に偏っている感が否めなかった。ドイツのカーニヴァルのような街をあげてのお祭り感に乏しいというか。まぁ、そこは国民性の違いだろう。これがブラジルに流れれば、リオのカーニヴァルみたいに変化するのだから。
(同じ謝肉祭だとは思えないし、日本を含む東洋の人はリオのカーニヴァルみたいなのをカーニヴァルだと受け取っているっぽい)
また私がよく参加していたお祭りに『ヴァルプルギスの夜』がある。こちらはオーディンに関係あるお祭りなのでどちらかと言えば北欧や北ドイツの催し物なのだけれど、どうしてかハイデルベルクでも大々的に行われていて、毎年4月30日の夜は凄いことになっていた。
それと日本における生活でも、祝ったりしなけれどクリスマスの食事会はしていたし、年末からお正月に掛けての家族旅行に出掛けても、留守を守ってくれるメイドのために御節料理は取り寄せていた。神社のお祭りにも行ったし、末っ子の美遊が柳洞寺の稚児行列に参加する事も咎めなかった。また、『収穫を祝う』とは『プロジェクトの打ち上げ』であるとも考えらるので、こちらのお祖父様がこのアメリカだけでは『Thanksgiving Day』を祝うのは十分に理解できた。
何が言いたいかというと、アメリカでの『Thanksgiving Day』を迎えるのが初めてなら、それ用の食事を頂くのも初めてだったのだ。ダチョウやエミューも食べている私だ。当然ターキー(七面鳥)も何度か口にしている。けれどアメリカで飼育されるターキーがこんなに美味しいものだとは知らなかった。モニカさんの説明によれば、今は野生の天然物より飼育された養殖ものの方が人気が高いそうだ。過食部分の肉を増やすために肥え太らされたターキーは、飛ぶどころか歩くことさえ困難になっている。なので関節炎や心臓疾患を患い、脳卒中でポックリ逝く個体もあるそうだ。けれどその肉質は鶏以上で、脂の臭みは一切感じさせない。内蔵を抜いた後のスタッフィング(詰め物)も良い仕事をしている。『Turkey Day』とはよく言ったものだ。
今日が木曜日なので、これから日曜までこういうご馳走だらけだとエルヴァは言う。2年前よりおとなしくなったそうだが(もっと大量に料理があってフンボルト君やリンが動けなくなったらしい)、走り込まないと必ず太るそうだ。とかくアメリカ料理はどれをとってもカロリー爆弾だけれど、砂糖を使わない本気のロースト料理は結構美味しいものなのだと再確認できた。
それはともかく、魔力を通して脂肪だけを燃焼させれば良いだけなのに、エルヴァはそうは考えないらしい。この子はエルヴァちゃんのためにと、倫敦に行った『エルヴァ』より『真面目な性格』にアレンジしたから余計に真面目だった。その分、エルは少し私寄りな大胆さを持たせている。けれど、別の世界のウェイバー君と結婚したいから2人に分けてくれと音信不通になる前に申告されていた。なのでクロちゃんを助手にして、エルの身体をこの2年で鋳造した。
鋳造中、何度もクロちゃんはエヅイていたけれど、人造人間を造るってそういう事だよ? 今回はそれを持って来ているので、来週の月曜か火曜に先にチューリッヒに飛ぼうと考えている。その後にいくつかの並行世界を廻る予定だ。
そんな風にカジュアルでない、フォーマルなアメリカン料理を堪能していたら、隣のエルヴァが小突いて来た。彼女の向こうに座っているフンボルト君は、シロウさんと話し込んでいる。
「何ですか?」
「あれを」
「ん?」
エルヴァに促されて『あれ』を見た。その『あれ』とは、仲睦まじくキャッキャッとお話している凜とミヤコちゃんとパミちゃんだった。次いでエルヴァは自分の耳を指したので、聴力を強化した。けれど話の内容をよくよく聞けば、本日ネズミーであった先生の幽霊相談に関してで不穏な内容ではない。ただ単に師匠の気苦労を慮る弟子と、祖母の幅広い活躍に感動している孫と、新しくできた友人の話に同意している妹分がそこに居るだけだ。強いて言うなら大人の方の凛が、興味深げに聞き耳を立てているのは気になったが、それも許容範囲だろう。
「何を?」
「見えないんですか?」
「は?」
それでピンと来るものがあったので目のチャンネルを切り替えた。半英霊の目なら見えるという可能性も考えられたからだ。すると見えた。けれどチャンネルをいくつか切り替えても声は聞こえなかった。エルヴァだから最初から見えていて、声も聞こえていたのだろう。何が見えたのかというと、それはパミちゃんの背後霊と言っても良いのかな? 私のようで私でないような……『現象の彼女』でもなく……。そこでハタと気付いた。あれはあの子の姉のミトだ。
「彼女があの子のミト?」
「みたいですね」
それも魂魄に関連するものではない。そもそもこの家も庭を含めた敷地内も、アインツベルンの領地と言っても良いくらい堅牢な結界内なのだ。つまり、凜のような強力な守護霊憑きでも、『許可』がないとその守護霊が追い払われるレベルのシロモノだからだ。そんな結界を張っている理由は、ここがスイスとは別の『飛び地』だからだ。もっと言うとこの街が成り立つ頃から、この敷地はアインツベルンのものだったという意味だ。
ブルーノお兄様の家系が新天地で成功できたのは、こういう土地のいくつかをお祖父様から譲り受け、それを足掛かりにできたからだ。おそらくここもズンズン掘れば石油か何かが出るのだと思う。ブルーノ系の本家がテキサスなのかの理由もそこにある。また、ニュー・イングランド地方(北東部六州の事。メイン州、ニューハンプシャー州、バーモント州、マサチューセッツ州、ロードアイランド州、コネチカット州)にもアインツベルン本家はそれなりに土地を持っている。この国の建国前、入植時代から食い込んでいた一族も居たという事だ。
そして『それ』は幽霊ではなく残留思念だ。だから私にもわからなかったのだろう。言ってみれば残されたメモのようなものだ。そんな直ぐに霧散して消えてしまってもおかしくない存在が残っていられる理由は? そうか、パミちゃんの持つ宝具の助けを借りて……。まるで背後霊か守護霊のようになって、これまでもあの子を守っていたのだ。これはさすがに気付かんわ。そしてその柔和な顔や仕草から、彼女はパミちゃんがここでも愛されている事に深く感謝している様子を窺い知る事ができた。
「あなたが今のままであるなら何ら問題ないのでは?」
「みたいですね。驚いた」
「そりゃ驚きますよ。宝具の可能性は私も研究していましたけれど、こういうのは初めてです」
魂魄がない訳だから、プログラミングされたロボットのようなものだ。ただただ宝具の中に刻まれた故人の記録を素にして、現実に即した動作をしているだけだ。これが宝具内ならエルヴァをモニターしていて気付いた、宝具の中の『現象の彼女の残滓』であり、宝具の中の『特別なエルヴァ』だ(※)。ここまでの性能は想定内だけど、外部出力できるとは露ほども考えつかなかった。しかもこれ、エーテルではない。霊体でもアストラル体でもない。原子レベルでなく素粒子レベルから違う。フェルミ粒子にもボーズ粒子にも属さない、私達魔術師のごく一部しか知らない、『幽子』そのもので編まれた存在だと私には思えた。
※)世界を跨ぐとさすがに、このモニター用のパスは繋がらない。けれどアオレアールは、この世界に常駐しているのでエルヴァの痴態はかなり見せられていたようだ。私も結婚式の頃はよく見せつけられていた。元々、このモニターは彼女に施した処置の結果を探るためだった。つまり『妊娠願望』や『出産願望』などを少し強くしたのだ。この世界のフンボルト君とウマが合うのは『47番』の性格なら当然とわかりきっていたので、『エルヴァちゃんのため』というこちらのお祖父様の思惑に敢えて乗った訳だ。またその提案は『幸福の可能性とそのバリエーション』を研究している私にとっても都合のいい提案だった。だから家族の絆が確かな倫敦のエルヴァはそのままにして、『フンボルト君』のためにこのエルヴァを造った訳だ。そこにお祖父様も逆に乗ったのが2人に分けた真相だ。けれど、このパスがあったから宝具の中でしか逢えない『特別なエルヴァ』の存在と、『現象の彼女の残滓』の存在に気付けた。また、『現象の彼女』は私というより47番そっくりな性格だった事もわかった。『特別なエルヴァ』の中身が『現象の彼女』そのものとは思わないけれど、何らかの影響があるのは間違いないだろう。だからフンボルト君でも違いがわかるのだと思う。
ただ、別口で派遣したアオレアールに、モニターのパスが繋がっていたのは完全に私の凡ミスだった。だから昨日、アオレアールのパスにフィルターを掛けてあげた。こうするとエルヴァの危機には気付けても、もうエロいシーンは視なくていいからだ。
つまり抽出不能、測定不能な、ただ魔術回路を通してでしか感じられない『幽子』を、この宝具は内包しているのだ。と同時に『私の持つラインの黄金やそこから開発したエルマやヴンダー、トロンメルに与えたラインの黄金と、パミちゃんの持つそれではかなり中身が違うのではないか』という疑念が湧き上がった。と同時に、『世界のシステムに介入』するキーは、『幽子』のコントロールにあるのではないかという考えもよぎった。
私がそんな事を考えていると、知らない間にメインディッシュだったターキーがとっくに売り切れ、キャセロールも5分の4が消えており、いつの間にやら十代の3人はパンプキンパイに舌鼓を打っていた。エエッと驚いていたらアオレアールが寄って来ていて、エルヴァやモニカさん達と話し始めていた。どうも本日の料理に付いて話を咲かせているようだ。
「今、リサが持ってきます」
「楽しみです」
モニカさんとアオレアールだけど、何をどうした? 主語なき情報ほど謎なものはない。状況から鑑みるにデザートの追加と思うけれど……。しかし、やって来たのはメインディッシュの追加だった。おい、おい。お腹パンパンですぞ? お皿に載らない大きなお肉(ステーキ)は、まな板ごと運ばれてきた。全長50cmはあるだろうか。それをモニカさんとリンさんがナイフで切ってお皿に盛り付けていった。アメリカ名物トマホーク・ステーキだ。
このトマホークは骨付きのリブの事で、その突き出た骨まで含めて50cmという意味だ。形が斧そのものだから、こういう名になった。『Axe』でなく『Tomahawk』なのはネイティヴの人達がその昔に使っていた斧の名にちなんだから。骨付きステーキの最高峰はこのトマホークかポーターハウスといわれている。部位としては肩ロースの後ろがリブで、そのリブで1番美味しいのがリブアイだとされるが、このトマホークはそのリブアイだ。
そのリブの後ろから背中側がサーロインになり、その内側にお尻に向けて徐々にヘレ(テンダーロイン)が現れる。最後のお尻がランプだ。普通はこうやってサーロインとヘレは分けて売られる。けれどアメリカ人は縦にズバン、サーロインとヘレを骨付きのまま一緒に切ってステーキ用のお肉にしてしまうという何ともワイルドな食べ方を考えてしまった。ヘレは先が細いので、リブに近い部分はヘレ部分が少ない。ここをLボーンという。ヘレ部分が増えてくるとTボーン、ヘレがサーロインと同じくらい大きな、ランプに近い部分をポーターハウスという。こういう切り方の場合、厚さは最低でも2.5cm(1インチ)はないと上手く焼けないし、できれば3cmは欲しいところだ。そしてそんな厚さのトマホークやポーターハウスはそれなりに値が張ものだ。
あなたが日本人の男性でアメリカのワイルドなステーキが初めてならTボーンやポーターハウスがお薦めだけど、現地のアメリカ人は意外とリブの方を好み、トマホークなんて彼らにとっては超の付くご馳走だったりする。これはお肉に霜降りのような付加価値を付けずとも、赤身のままで需要があるからだ。需要があるから供給体制もしっかりしている。だから霜降りの肉牛を開発せずとも、分厚く切って肉汁を満たす焼き加減が発達した。一方、日本は魚介や野菜の国なので、肉牛後進国だった。なので牛肉は高価で気軽に買えるものではなかった。それだから、お鍋にちょろっと入れる程度でしか食べられず、焼き肉もあんなに薄いのだ。そういう背景もあって畜産家は少数出荷で儲かるよう付加価値を求めた。それがお鍋に合う霜降り肉だった。だからこそお肉の背景を知った上で、Tボーン、ポーターハウス、トマホークなどを一度は食べる事を強く薦めたい。価値観が変わるから。
私はまな板に残った骨が欲しかった。あの際に残った極小の肉を全部キレイにこそぎ落とし、むしゃぶりつきたかった。けれどその骨はアオレアールに奪われた。それを恨めしそうに見ていたら、エルヴァが一瞬だけ悔しそうな顔をしていた。私の記憶をある程度持っている訳だから、焼肉屋さんでカルビの骨を取り巻くスジまで食べた記憶もあるのだろう。フライドチキンでも小骨や軟骨は全部食べてしまう私だ。トマホークの柄を奪われたのは実に悔しかった。
『エルヴァって冬木一、フライドチキンを食べるのが上手だよね?』
薫、私は負けたよ。アオレアールはアイデンティティこそ私だけれど、食い意地は別物だった。犬もびっくりするくらい、真っ白な骨にしてしまっていた。シロウさんが感心してそれを見ていた。私はお肉二切れしか頂いていないが、デザートでなくタイのお頭入り吸い物で〆たかった。飽食が過ぎるなと自分を戒めつつ。
デザートのパイを頂きながら、私とパミとリン(凜)はお婆ちゃんとお話していた。内容は幽霊についてだ。魔術師だから私もリンもパミもそれぞれ何らかの心霊体験はある。けれど今ひとつハッキリしないというか……。
「お婆ちゃん、死んだら皆んなあんな風に幽霊になるの?」
「全員じゃないわよ。この世に未練のある人のごく一部か、もしくは死ぬべき時がまだなのに死んでしまった人だわ」
『死ぬべき時がまだ』って?
「そうねぇ。お迎えがまだなのに死んでしまったというか……死神がまだ来ていないのに死んだと言った方が、今のあなたにはわかりやすいか」
ああ、そういう意味か。
「交通事故とか?」
「いえ、そういう場合もあるけれど、それは結果としてそう見えるだけで、ほとんどは霊障なのよ。悪い幽霊が祟って生きている人に害を及ぼすのよ。そもそも寿命ってなんで決まると思う? 最初から決まっている訳じゃないのよ」
「決まっている訳じゃない?」
「そう。前世の行いでもプラマイされるけど、両親が今世や前世でどういう人生を歩んだかでも変わって来るし、自分がどう生きたかでも変わるわ。例えば影響力の大きな『天才』は早逝だと言うけれど、それは自分の持つスキルをその才能に全振りしているからなのよ。何よりそういう人は決まって生活が乱れているわ。芸術家や音楽家なんかで聞くでしょう? その作品がどんなに素晴らしかろうが、家族に無茶苦茶だと大幅に余命が減算されるの。当然、飲酒に喫煙、麻薬などでも自分の寿命を削ってる。特に麻薬なんかをしないと次の作品が生み出せないような状態だともっと減算されるわ。ミュージシャンにそういう人が多いのは、結局そういう人も本物の天才ではなく、雑巾のように才能を無理矢理絞り出していたからなのよ。それでも有名になれて後世に名が残るのなら、きっとその雑巾は、こぼれたカレーやシチューを拭ったのでなく、自分の前世や親の前世で積んだ徳をも食いつぶしてんのよ」
何となく魔術師にも言える話だ。
「更に言うならそのミュージシャンをプロデュースする人や会社なんかも関わるでしょう? となればその人達の人生や前世の影響もあるワケ。昔と違ってこれだけ人が多くなった時代よ? 誰がアカシックレコードを読んで、そういう人間関係を調べ上げて採点するのか?」
「神様?」
「でっかいコンピューターかもよ」
「え~」
私が驚いていると、お婆ちゃんは静かにこう言った。
「ミヤコ、そういう枝葉末節は本義とは関係ないの。人として大切な事、魔術師に大切な事。同じように聞こえても、その本質は違う。けれど、孫のあなたにも私は幸せであって欲しいわ。なら両方を取るならどうするのか、よ? それを私はあなたに残せたと思う」
うん。お婆ちゃんの見せてくれた夢でわかったよ。
「あの世があるとか、『一』に還り、また転生するとかもどうでもいいの。どんな境遇に生まれ変わろうと、どんな立場になろうと全力で立ち向かえたかどうかなのよ? そういう強い意志と心があれば、幽霊なんてどうでもいい。世間の人間関係とそう対して変わらないわ。しかも手違いでお迎えが来ないならまだしも、未練たらたらな、今日相談に乗ったああいう手合は総じてクズよ?」
お婆ちゃん、クズと言い切っちゃった。
「だってアメリカでもカリフォルニアだったからまだマシだったけれど、日本の都会だと女風呂やAVの撮影現場に潜り込む幽霊も居るのよ? 他人には見えないという立場を利用してね」
幽霊という次の段階に進む前の姿であっても、そういう事をする者が居るという。そうしてそういう行為が、『天に還る』というか『昇天』する日の訪れも変えてしまうのだそうだ。
「だからね、お爺ちゃんのような人とは言わないけれど、ミヤコも凜もパミちゃんも、この人なら一生愛せると思う人と出逢って、子を生み育て、幸せにおなりなさい。お金持ちになろうが、魔法使いになろうが、人の幸せはそこにしかないのよ。パミちゃんはまだしも、凜もミヤコも魔法に至ったのだから、来世なんて来ない。だからこそ、真っ直ぐに生きなさいね。自分を律するのは自分しか居ないのだから」
『ハイ』と声を揃えて返事をする私達3人だった。
楽しかった。来て良かった。事業は相変わらず上手く回っているし、数件あった大手の企業買収も成功した。それでイヴ食品会社は業界3位にまで上り詰めた。2年前のエナジードリンクが当たってからこっち、私は順風満帆だった。けれどこの業績アップで満足したのか、営業部や企画部にも、守りに入ろうとする空気が広がりつつあった。それをどう打破するのか。どうモチベーションを上げるのか。そこでずっと悩んでいた。いくらアイデアを出しても着いて来れない企画部。これまで一緒に頑張って来た仲間を見捨てて刷新するほど薄情じゃない。どうしたものかと、何か手はないか、何かヒントはないかとやって来た、2年前の苦い思いを残したこの世界。
もちろんエルヴァ達の事も心配だったけれど、最大の理由はヒントを欲したからだ。だけどそれはこの数日でいくつか見付けられた。またヒントもあった。こういう調子の時は、シロウさんやミヤコちゃんと渡る世界でも得られるモノが連続して来るだろう。私のスロットルはいつも全開フィーバーだ。
「Happy thanksgiving!」
エルヴァ達に本日数度目の挨拶を交わし、カリフォルニア・ワインを流し込んだのだった。