※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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66、Illyasviel in Eppelheim 10

 この証人とは他家からの来賓とも言えるが、文字通りの証人であり、見届人・立会人でもあるという。別に来賓(客人)が12人である必要もないし、奔走人や媒酌人、取持人(仲介)、口上人(司会)、介添人が居るわけでもないという。というのはそれらを全部五大老が務めるからだ。

 

「アインツベルンはヤの付く人達なの?」

「姉さん。どこの組織が千年もの歴史を持ちますか? どこの魔術師が任侠を重んじます? その武器が経済であろうと社会的地位を利用した圧力であろうと、単純明快な暴力であろうと、それを恐れる魔術師はいませんよ」

 

 クルマを置いてきた『エル』の弁だけど、似通った部分があまりにも多い。というか、第11代総裁はバリバリの武闘派だった。今回私は『エル』の眷属に入る訳だけれど、これは言ってみれば舎弟であって、私や私の子孫は歴代のラインハルト系頭首の傘下だ。アインツベルン百家の中にはそういう家もそこそこあるらしいけれど、そういう家には傘下に迎えてくれた家の継承権は当然無い。まして『エル』はアインツベルン本家の継承権を持つ五大老家の一角、ラインハルト家の跡取りだ。つまり外様の私が継承権を得るなど未来永劫無い訳だ。でもそれで良いと思う。

 本家頭首即ち総裁に就任するには、この五大老を抱く家の者で、まずはその家の一族を統べる頭首に就任しないといけない。つまり各家の当主と抱く五大老からの承認がなければならないのだ。そしてアインツベルン総裁には五大老全員の承認と、五大老の家に次いで有力な家の当主からも承認を要する。現在も第12代アインツベルン総裁候補の選考は続いている状態だそうだ。これは現在の総裁である『エル』が余りにも余りなので、後継者候補を中々すんなりとは決めきれないというのもあるらしい。五十歩百歩、どんぐりの背比べ……突出した者の次というのは周囲の目も厳しいからね。

 

「バイクを操縦できる事が次代の条件と、当代の私が残したのは温情ですよ。『英霊を使役できる、もしくはその能力が使える事』が条件なら?」

「あ! あなた、それを12代目の方にその条件を発布せようと?」

「全員魔術師ですよ? 英霊召喚なんてどう考えても認めざるを得ない、誰にも再現できない『高位の神秘』です。これを呪いのように『あなたの代でもできないと? 本当にアインツベルン?』なんて耳元でね」

 

 酷い。ノイローゼになって倒れるぞ。

 

「でも、それだとクロちゃんが封印指定に……ごめん。魔術協会を牛耳っているのがあなただった」

 

 私がこう考えたのは、『英霊召喚』や『英霊の能力をその身に降ろす』なんてハードルが高過ぎるので、そのハードルを引き下げたい勢力が必ず現れると読んだからだ。そして総裁候補を追い落とすとしたら封印指定が一番手っ取り早いと考えたからでもあった。だけどそんな隙きを作る『エル』ではなかった。

 そもそもこの妹はクロちゃんを弟子に迎えた時から、本人の希望に沿って13代か14代に据えてみせると公言していたのだった。勿論その前にクロちゃんはラインハルト系の一族から出る別の候補とも、その魔術の腕で競わなければならない。クロちゃんは大変だと思うと同時に、そういう数々の関門を僅か5~6歳で突破した『エル』の事をもう一度考えた。一体、何人の候補と優劣を競ったのだろう? 相手は全員大人だろうに。けれどそんな天才は、この十数年でアインルベルンの魔術を数百年分は進めたと評価されていた。

 それはそうだろう。今、目の前に居る『エル』は『人形』だ。そして本人はクロちゃんやおチビちゃんの情報だと、ルヴィアと合流するためにヘルシンキだ。なのにこの同時刻に会社で働きつつ、お披露目パーティの段取りを進めている『エル』も存在している訳だ。現に本日から本館がパーティの準備で締め切られ、食材を運ぶトラックや、チューリッヒから応援に駆けつけたメイド達がひっきりなしに出入りしているからだ。このダブルワーク、トリプルワークは蒼崎橙子さんにもできない事だ。

 ともあれ、本館が封鎖されたのでパミやミトも、今朝からこちらで食事を摂って貰う事にした。勿論、調理はメイドに頼らず私が行う。そう申し出たのだ。一方、クロちゃんとおチビちゃんはメイドが届けてくれたリネンを持って、部屋のベッドメイク中だった。荷物は先に『エル』が部屋で出してあげているそうだ。

 

 パーティの話題がそこで終わったので、お茶を入れた後、マガジンラックから本を取った。『エル』が揃えて置いてくれているのだと思うけれど、料理本とバイク、クルマの雑誌ばかりだった。ちなみに2階の部屋のベッドの枕元にはハーレクイン・ロ◯ンスと何故か日本のコバ◯ト文庫が置いてあった。ドイツにまで置いてあるって事は、余程のお気に入りで私に読ませたい小説なのだろう。趣味が結構男の子っぽいところのある子なのに、小説はSF小説に混じってこういう少女小説が本棚に並んでいるのでいつも驚かされる。

 冬木のこの子の部屋もそうだ。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』や『月は無慈悲な夜の女王』と一緒に『マリみて』や『十二国記』が並んでいたりするのだ。けれど壁に貼ってあるポスターは、『Colony Of Slippermen』のスリッパーマンに扮して歌うピーター・ガブリエルや(中等部時代、部屋にCDを借りに行ったら、自作のその衣装を着た『エル』がアルバムのその曲に合わせて歌いながら、『ARP String Ensemble』を弾いていて、私は悲鳴を上げて走って逃げた。動くたびに股間のタ◯キンが揺れる姿は悪夢だ)、グループB時代のランチア・ラリー037と、銀杏並木に佇む黒いフェラーリ・デイトナ(365GTB/4)だったりする(クルマはお祖父様のもので、『エル』が撮影したらしい。デイトナが一番好きなクルマなのだそうだ。そしてこのエッペルハイムの家の地下に同じく黒い初期型を隠し持っているそうだ。お祖父様にバレたら叱られるので絶対の秘密だと言って教えてくれた)。そして最大の謎はベッドのサイドボードの引き出しに詰まっている、5~6冊の聖書だ。旅先のホテルから持って帰って来たのだろうか? (そうではなく洒落で置いているだけで、コレクターなら高く買い取りそうな希少品らしい)

 私はカー雑誌のページをパラパラと捲った。それで思い立ってアコードについて尋ねた。

 

「ホンダなら何に乗ろうと余り驚かないけど、ディーゼルは少し驚いたな。あれって?」

「珍しいですものね。あれ、スポーツ・ディーゼルで6速マニュアル・ミッションです。しかも昨年、数々のレコードをパーペンブルクにあるビルシュタインのテストコースで打ち立てた名車ですよ」

 

 そうなんだ?

 

「でも、その7代目だっけ? どうして『Type-R』を買わなかったの?」

「実は欧州のアコードに『Type-R』の設定があったのは6代目だけです。ですので日本の7代目ユーロRは、6代目の味付けを7代目に施した日本独自の設定ですよ。そもそも欧州に『Type-R』神話は通用しません。その6代目アコードが出るまでは、1型『NSX』とインテグラの『98spec』だけしか、こっちにはありませんでした」

「『98spec』?」

「ええ。北米市場がメインのアキュラ・インテグラと同じ仕様が何故か一時ドイツで売られていて。しかも外装が、日本での前期型と同じ丸目の四つ目ですよ。持ってますけどね」

 

 持ってんのか~い! けれど『エル』に言わせると、歴代のアコードはどれも真面目に作られていて(ホンダのクルマは廉価版でも全部そうらしい)、取り分け6代目と7代目はかなり良いのだとか。今も7代目のディーゼル2台(ワゴンとセダン)をドイツで乗り、日本の『Euro R』(6代目と7代目の両方)も持っているというのに、北米版V6 3.0リットルのクーペが気になるという(マニュアルの6速で、FFなのにほぼ300ps出ているそうだ)。

 またこの子が2人に分けた『エルヴァ』のフンボルト君と結婚した方の子が、アメリカで5代目のアコードに乗っているという(心配だし、逢って話したいと思うけれど今はあちらに行けない)。1.8リットル4速オートマの最廉価モデルらしい。『エル』が言うには93年製で94年発売のモデルだそうだけど、本人が92年製と中古屋さんの言葉を信じ込んでいるのだとか。92年だと4代目の末期頃だという。そんな程度の勘違い、どうでもいいじゃない。

 

「ですがマニアならそこは拘りませんと。またその『98spec』は全然売れなかったらしいです。いくら軽くて速いと言っても、純レーサーではありません。防音装備がないクルマは日本で『スパルタン』と捉えられても、こっちでは欠陥車です。だからアコードだった訳で。ですからシビックの『EP3』も意外と耐えられる騒音に抑えてありますね」

 

 日本のインテグラとシビックは『エル』もマーヤさんも日本に行ってから買い漁っていた。マーヤさんのメインは『NSX NA1型Type-R』の白だ。現行の『NA2型』もお持ちだが、そちらより『1型』や『S2000』に乗られる方が圧倒的に多い。この『S2000』は純然たる峠仕様で、凄まじい改造がしてある。『エル』が『シビックのEG6』で立てた記録を自ら抜いた、『インプレッサのGC8』で持っていた区間記録を軽くぶち破ったのだとか(どこからどこを走っての『区間』なのか謎だ)。

 ちなみにお母様は『NA2型S-Zero』と『S2000(F20C/AP1)』を持っている。しかも『腕が追いつかない』といって、『S-Zero』は買って2年近く乗っていなかった。サーキットで腕を磨いて、ようやく乗り始めたのが昨年の10月頃からだ。

 

「『S2000』はドリフトしにくいクルマです。そこが速さに繋がっているのですが、エンジン特性から低速トルクは無いしパワーバンドは狭いしで、『NSR』ではないのですから、クルマとして見るならあまり楽しい乗り物とは言い辛いでしょう。パミがミトから2代目『CRX』を譲られて持っていますが、あれとか3代目は面白いですよ」

 

 3代目って日本では不人気だった『デルソル(EG2)』だ。型番が示すように『(スポーツ)シビックのEG6』と同時期のモデルだ。そして欧州版はデルソルが付かず(北米と日本のみ)、2シーターFFスポーツとして(ホンダにしては※)そこそこ人気だったそうだ。

 

※)バイクと違って、クルマの人気はそう高くないそうだ。この評価が少し変わるのは、F-1に復帰した2006~2008年頃。撤退して今度こそ欧州での評価がガタ落ちした。けれどマン島時代から英国だけはホンダというメーカーを高く支持して来たし、現行の『EP/EU型シビック』は英国だけで毎月3万5千台も売れ、3ドアハッチバック(EP型。5ドアがEU型)の3台に2台は『Type-R』なのだそうだ。更にアメリカは『INDY』や『CART』へのエンジン供給で不動の地位を獲得しており、壊れないエンジンとしてトヨタやスバルと肩を並べているという。

 補足として意外なのはマツダとスズキ。両社のモデルは欧州でもそこそこ見掛けるが、ビックリなのはアルトだろう。昔は軽規格そのままなのが少数売られていたようだけど、現行は993cc/54psと1061cc/63ps版の2種の欧州版が販売されている。『エル』が言うには、東西統一で旧東のクルマがあっという間に消えたのは、ベンツェやBMWと比べられたからというのが通説だけど、アルトに負けたからだという説もあるそうだ。94年から2002年まであった『Alto HA前期型』や2002年から今も売られている『Alto HA後期型』は、日本に於ける4代目と5代目の欧州版だけれど(フロントマスクなどのデザインが若干違うそうだ)、左ハンドルでユーロナンバーだと日本からの旅行客でもアルトと思わないらしい。

 なお、某アニメ映画では舞台の海外色を押し出すために、クリーム掛かった黄色いフィアット500が出て来た訳だけれど、あれの意味するところは監督の好みもあるけれど、そんな古いクルマを出さないといけないほどミニサイズの欧州車(中でもイタ車)は後が続かなかったからだ。しかもリアのエンジンフードを開けて強制冷却しながらヒルクライムをしているのは、500でなく600の方だ。だから私も『エル』も600の方が好きだったりする。

 この『Alto HA』、新車価格で7950ユーロ(約100万円)からとなっている。リッターエンジンのアウトバーンを走れるアルトだ。あなたはどう考えるだろう?

 今、スズキは世界戦略車として2代目スイフトを発表したばかりだ。初代スイフト(欧州名イグニス)と同じく『スポーツ』が出たら、デルソルに換えて買うかも知れないと『エル』は話していた。

 

 

「デルソルって、そんなに良いの?」

「デルソルではありませんよ。欧州モデルは初代からハイフンの付かない『CRX』です。(C)シビック・(R)ルネサンス・X(未知)、もしくは(C)シティ・(R)ランナバウト・Xの意味です。あれの『トランストップ(電動ルーフ)』じゃない方、屋根がアルミなので運動性向上にメッチャ効くんですよ。無駄な後席もありませんから、初代や2代目と違って操縦席が少し後ろで重量配分も良いです。それと70mmだけ伸びたホイールベース。2代目より90kgも重くなったと言いますが、このホイールベースと重量配分のメリットの方が大きいです」

 

 持っていそうだし、軽量化したり、溶接増ししていたりしそうだ。また、足もダブルウィッシュボーンで、前がストラットのEPシビックよりもキメやすいのだとか。

 

「サスがキメやすいってどういう意味?」

「7代目シビックの前側はストラット式なのですが、これのナックルがDC5インテグラよりもマシとは言え、タラバガニ状態でしてね(日本国内向け『Type-R』の場合)。通常のスポーツ走行なら問題ありませんが、早い切り返しのある日本のミニ・サーキットに合わないのですよ」

 

 何でそんなの知ってるんだ? っていうか、『エル』が用意してくれているカー雑誌での現行シビックは、私にはフィットにしか見えなかった。それっくらいコロコロしているのだ。おまけに面白いところからシフトレバーが生えている。けれど、それが逆に室内の広さに繋がっている気がした。きっとガソリンタンクがフィットと同じでセンターにあるのだろう。後でパミに実物を見せて貰おうかな?

 ちなみにこの子、冬木で週に最低1回は通う喫茶店がある。私も過去に数回はお邪魔している『ジャズ喫茶』だ。今の時代まで生き残っているのも珍しいけれど、ここは静かに音楽を聞くジャズファンだけでなく、お店がオープンした70年代初頭からのカー雑誌が全部本棚に保管してあって、それ目当てのカーマニアも通う知る人ぞ知るお店だった。コーヒー1杯700円と少し高いのだけど、一般的なお客の入らないお店だからそこは仕方ないと思う。それだけにクルマとジャズという二種類の客層が、お互いのルールとマナーを守りながら混在している空間が、マスターの人柄と同じく温かい。『エル』はその『空間』が好きなのだ。

 だというのに、バイク好きが通う郊外の喫茶店へは滅多に行かない。それは『ウルサイ』からだという。誰かの声が特別大きい訳ではないし、出て行く人の排気音が気になる訳でもない。少々お節介なマスターが邪魔な訳でもない。『走りの余韻を噛み締め、独り静かに次の走りを考える空間』では無いからだそうだ。すべてのライダーが群れたがる訳では無いし、すべてのドライバーがそんな『湾岸のブラックバード』みたいにストイックなタイプでもない。けれど妹は社交家でもあるのに、そういう事は独りで考えるタイプだった。

 

 

「あ、そうだ。『エル』、あなたの会社って社内恋愛OKなの?」

 

 突然、何を聞くのだという顔で妹は答えてくれた。

 

「ウチは基本自由ですね。業務に支障が出なければ社内恋愛どころか、パートタイムのダブルワークも自由です。ただ1組だけ恋愛を反対しました」

「反対? どうして?」

「運命の悪戯ですねぇ。実はその2人、本人達も預かり知らぬ兄妹だったからです。それも妹さんの方が病院での取り違えで。それも公式には私達も知らない事になっています。その情報はパミの『人形』が齎(もたら)したのですが……」

 

 なんでも、支社に一時(3ヶ月ほど)パートタイマーで働きつつ、業務上の改善点や人事に問題がないかを探るべく、抜き打ちの視察を行っていたらしい(3人のCEOと会計監査のボーデンは定期的にこういう事をしているそうだ)。そんな視察先で『人形』を操るパミと仲良くなったのがその妹さんだったという。とても明るく親切な人で上司のウケも良く、仕事の『イロハ』を懇切丁寧に教えてくれたそうだ。後ろ向きな発言で他人のモチベーションを下げず、前向きで他者をいつも持ち上げる。営業成績も良く、本部に欲しいと思えるような人だったらしい。

 そこはベルリン支社だったそうだけど、そういう気持ちの良い人となるとパミとしても視察の傍ら、徐々に徐々にその人との交流が深くなる。それでいつしかアフター5を共にする仲になったそうだ。実年齢は中高生くらいでも、『人形』の設定は20数歳。パブで飲んだり、お互いのアパートに行ったりと交流を深め、そうこうしている内に彼女に恋人がいる事がわかった。それでイヴ運輸の方で長距離トラックドライバーだった彼氏を紹介されたそうだ。

 それで彼氏の存在が見えなかったのかと得心行ったパミは、何気なく彼氏の事を調べた。アサシンまで使ったのは友人となった彼女を案じてでもあったらしい。そして彼氏の素行にも仕事ぶりにも何ら問題なく、とても真面目で誠実な人なのが判明した。けれどアサシンの1人が彼と彼女の首の横にホクロがある事に気づいた。同じ位置だ。それで仲間に声を掛け、リーダーにも報告した上で独自調査を開始した。すると彼女には姉がおり、彼には妹がいる事がわかった。そしてその写真を持ってパミに報告が来たのだった。

 彼の妹さんと彼女の姉はそっくりだったのだ。それが判明した段階でパミは『エル』に指示を仰いだ。そうして『エル』はアサシンとともに深夜両家を訪れ、深く眠らせた上で口腔内の粘膜と血液採取を行い、それをお祖父様に送って鑑定を依頼したそうだ。それで出た結果は99%、彼と彼女は血縁だった。

 この結果を受けて、パミは日常を送りながら、アサシンの先導で再度深夜に彼女の部屋に忍び込んだ。彼のところは『エル』の出した『人形』が担当した。やった事は2人の記憶操作に、それぞれの部屋にある相手の残した証拠や痕跡の隠蔽・改竄だったそうだ。その後は1週間掛けて、2人の仲を知る人の捜索と記憶改竄を行ったらしい。

 

「どちらかを『人形』にしてしまう手や、全てを明かした上で別れさせる手もありましたが、それは余りにも残酷です。まして2人はイヴに必要な人材です。なので今後に影響を残さないよう、そういう手を取りました。ただ、病院で取り違えがあったのではないかという疑問が生じる程度の心理的負荷は植えています。今後どうなるかはわかりませんけれど。返す返すもお腹に赤ちゃんが居なくて良かったですよ」

 

 そういう事があるんだ……。

 

「そうなると記憶操作が正しいとか正しくないとか、中々言えないね?」

「ええ。パミも私も迷いましたよ。ですけど悲観して自殺されるのが1番怖いですから。その妹さんの方は、今はベルリン支社のとある部署でマネージャー(課長)ですし、近い将来はディレクター(部長)も確実です。またお兄さんの方も、若くして配車担当になったようですしね。こちらもゆくゆくは配送基地を1つ任せられる人材です。ですので、これで良かったのだと考えています」

 

 これは極端な事例だったそうだけど、従業員が増えれば増えるほどそういう人間関係の問題や、性に関する問題などが大なり小なりあるそうで、1番困るのが支局や支社でのコネ入社だという。事務職や工場勤務といった対面でない仕事なら、彼が彼女になろうと彼女が彼になろうと、つまり女装であろうと男装であろうと咎める事は無いそうだ(自由な会社だなぁ)。けれどコネ入社は困った部分が多々あるという。というのはコネそのものは正規のルートとは違う、他薦の人材発掘でもあるので否定はしないが、高確率で使えない人が入るからだそうだ。

『人形』を使っての視察には、このコネ問題の調査もあったらしい。ただ日本と違って生涯雇用とは行かないし、役職の変更(昇進)は実力主義でもあるので、そこまで大きな問題はこれまでなかったらしい。だけど地方の工場だとチラホラ問題があって、頑張って働いてくれる工員に偉そうにほざく工場長や主任などは、これまでもバンバン別の工場に飛ばしていたそうだ。

 

「以前、面接でモラハラしてくる相手を殴ってしまいましてね。告訴された事もありますよ」

 

 何をやってんの?! でも、そういうのも調査になるのはなるんだろうね。そしてエルは件のベルリン支社の面接で落ちた経験があるという。これは前々から冗談めかして話していたので知ってはいたけれど。

 

「あの面接で落ちたってアレ!?」

「ええ、そうです」

 

 それは例の彼女とは関係ない話で、以前のパミの調査後に起きた問題を調べるためだったそうだ。その問題というのが支社長の浮気とコネとうより、人事部への圧力による浮気相手の入社、そしてあり得ない役職への抜擢だった。まぁそれもアサシンの潜伏調査と、証拠固めで不正な横領を告発し、支社長と浮気相手をクビにした事で解決したそうだ。

 

「その浮気相手って何者よ?」

「支社長程度が稼ぐ端金(はしたがね)に目が眩んだ、ただの馬鹿でしょう」

 

 おい、支社長の年収が端金なのか?

 

「ですけど、その女がどうした事か人事部の面接官に居座っていて。で、私の使っていた『人形』が美人過ぎて支社長の目に入れば、色目を使ったりして邪魔になるからと落とされた訳です。横領は告訴して法で裁いて頂きましたが、落とされたのはいまだに根に持っています。パミやミトから『自分の会社の面接で落ちた』ってずっと誂(からか)われるのですから」

 

 いや~、顔がオコだ。それもマジで結構怒っているみたい……。

 

「支社長は現在刑務所に収監中ですが、出所後はベーリング海の船に乗船が決定です」

「どうして?」

「奥様と離婚になりましたからね。その慰謝料と、残った養育費ですよ。元犯罪者の就職先まで斡旋するのですから、優しいものですよね」

「何を言ってるのよ。で、女性は?」

「出所後に臓器取りに中国に売ろうかとも考えましたが、カムチャッカで終わりなき仕事を用意してあります」

 

 こうして悪事は潰(つい)える……と。相手が悪かったわね。懐に入る窮鳥は護ってくれる子だ。でも一度でも裏切れば。そこから先はCEOでなく、アインツベルン総裁の顔を覗かせる。命があるだけマシと思いなさい。

 それはともかく……。

 

「ドイツでパワハラとかモラハラってあるの?」

「珍しいですね。御存知の通りマイスターの国なので、専門職ですと資格ありきですが、大卒かどうかはウチは余り問いません。どのみち大卒でも即戦力になる訳ではないので」

 

 大学とは研究職や教職に就く人のためのものなので、ドイツ人のほとんどは日本でいう高卒だ。ただしその高校が専門学校みたいなものだから、そこで誰もが必要な資格を得ている訳だ。早い人だと中学からそういう道を選んで、そういう専門学校のような中学に進む。だから高卒でもベテランみたいな即戦力となれる人材が居るのがドイツだった。そしてアルファベットを使う国の中で、ドイツ語は文法がかなり難しい言語だ。なので小学校・中学校で英語を学び、あっさり覚えてしまう人が北欧と並んで多い(今は東欧の人も)。以上のような理由から、基本現在のドイツ国民は就職先に困る事はあまりない。だから……。

 

「それに、パワハラとかモラハラとか、自分の評価を落とし給料を下げるような行為をする人間はまずいません。企業もそうです。完全な実力主義ですので、そんな愚かな行為が横行していたら、経営陣は何をしていたのだと株主から解任要求されますよ。日本でブラック企業がよくニュースになりますが、普通はストライキが起きてそういう会社は潰れます。ストもデモも起こさないのは、『大人な対応』ではなく、そう信じ込まされた『羊』だからです。私の目から見ると、武士なんて『羊』の代名詞ですよ。腹をかっ捌くのは『肚に何もない事の証明』なんて信じ込まされて。一揆を起こす農民達の方が人としてまともです。大地を耕し、作物や家畜を育て、猟や漁に出て食料を得る。社会構造が変わって、仕事が変化してもその基本部分は変わりません。『生きる』事も『食べていく』事も、命懸けなのはどの国でも同じです。そこを忘れているから、肩書きや学歴なんていう飾りに騙されるのです。使えるのか使えないのか、役立つのかそうでないのか。そこでしょう?」

 

 と、至極真っ当な経営者らしい答えが帰ってくる。

 

「バイクで例えるなら営業が後輪、技術や開発がエンジンです。そして企画部が前輪。私達幹部がハンドルですよ。この他にチェーンや保安部品などなどがあって、初めてバイクは公道を走れる訳です。がっちり噛み合っていませんと危険な乗り物になりかねない。それですから技術を疎かにする営業は叱りますし、外回りの営業を見下す幹部は即降格です。天狗になった技術バカも怒鳴りつけますが、営業を馬鹿にする技術屋も叱ります。しっかり働けばしっかり給料が入る仕事の芽を提供するのが私達幹部の役目です。大きく儲けようと思えば、1人では難しい。ですから『この指と~まれ』と起業する訳です。私は最初に指を立てた発案者です。他の人も居るから会社の業務が回るのです。全員仲間。CEOでも清掃の人も、皆んな同じです。そして私の提案する『遊び(仕事)』がつまらなければ、指から人は離れます。会社とはそういうものですよ」

 

 そしてこうも言う。

 

「そして……食料品部門で例えますが、材料の仕入先や、商品を買い取ってくれたり、小売へと販路を持つ取り引き先も重要なパートナーなのは当然ですが、そこにも人と人との侮れない関わりや触れ合いがある訳です。別に宇宙に行かずとも、『人と人はどこかで繋がっている』。これがわからない人間は起業に向きませんし、そもそも商売人を目指さない方が良いです。私が日本の巨大な総合商社にピンと来ないのは、便利な面は理解できても、大きくなり過ぎて『人ありき』なのを見失っている気がするからです。日本の100年先、300年先を見据えているのかどうか。少なからず黎明期の頃の人達の理念を失っている気がしますね。まぁ、それはバブルが弾けて以降の企業全般に言えますが。もし私の会社の取り引き先がそんな理念なきところなら、取り引きは終了です」

 

 中々高校を卒業したばかりの子が言えるセリフではないが、こういう風にズバリ本質を話すので『エル』を知っている人は賢い人や物事を知っている人ほど恐れている。例えば深山町時代、殊の外家柄を自慢して、他の人を見下す年配の女性が近所に居たのだけれど、『エル』もマーヤさんやルオンさんも、『その家系図が千年以上続いてからモノを言え』と一蹴したそうだ。

 当然相手は怒る。けれど妹はそのオバさんにこう言った。

 

『ご先祖を敬い誇りにする気持ちは尊いですが、無闇に自慢するものでもありません。そこまでの『由緒ある看板』を添えてくれたのはご先祖様であって、現代に生きる私達では無いのですから。ならば御恩あるご先祖様に恥をかかせず、次の世代にその生き様や残された言葉を正しく伝えるためにも、あなたがそれを継承し正しく生きねばなりません。それが家の『格』を護るという行為です。あなたは家の『格』を護っていますか?』

 

 こんな事を言われれば、どんな名家も黙り込むしかない。もしわからないなら、その家の『格』はとっくに地に堕ちていたという証になってしまう。しかも相手は小学生の女の子だ。そのオバさんはそれで心を入れ替え、私達が新都に引っ越した今もご近所付き合いが円満だそうだ。

 

 そんな『マトモ』な商売人が、同時に魔術師でもある訳だ。

 

『地位に名誉に財産に家柄。この内武器になるのは地位と財産だけです。それでも地位は戦いを先延ばしにするだけで、お金ほどの即応性のある武器にはなりません。そして本物の武器はお金でもありません。最後に物を言うのは『知恵と人間力』です。知恵で法を掻い潜れるなら、暴力も手段の一つでしかありません。そこをわかっているかどうかです』

 

 アサシンに命じれば、首相官邸であろうとホワイトハウスであろうと要件を書いた手紙を残せる。それ即ち、いつでも殺せるという意味だ。そしてそこに証拠は残らない。洗脳しての企業乗っ取り、行政の制限を突破、自分たちに有利な法を立法府に立案させる、などなどの行為も行えるのが魔術師だ。そして『英霊を使う』とは、最高の武器を持つのに等しいのだった。

 

 この妹の凄さはそれだけではない。例のフィアット500が出て来るアニメを1回見ただけで、ゴート札を担保しているのは、湖底に眠っていた遺跡にあった『金貨』であり、建物の外装を覆う『金箔』だったと見破っていた(何度も停止すれば金箔が一部残っているのがわかる)。また、現在の貨幣システムは『幻想』であり、そこを追求しても本当の幸せとは関係ないという監督の意図が、初っ端のカジノ強盗シーンから表されていたとも言ったのだ。

『欲』の渦巻くカジノ。そこに群がる人々は幻想の貨幣システムに飲み込まれた亡者だ。だから怪盗はカジノの金庫からその『欲』の素を奪った。そこから謎を追う展開になるのだけど、この世に紙幣というお札が出たのはいつか? そこを考えるとゴート札とは本来お札ではなかったと読める。大公家のチカラとは金であり金貨なのだ。ではその金貨の出処は? それが最後に湖底から現れた遺跡にあった鋳治す前の金貨であり、遺跡に貼り巡らされた金箔だった。では、何故沈めたのか。それは『金』が枯渇寸前だったからだ。だからゴート札という偽札に手を出した。大公家と伯爵家はその秘密を共有する光と影だ。そんな先祖代々の因縁を伯爵は断ち切りたかったのではないか? とも取れると話していた。それが初等部の3年生頃の話で、私がトト◯ばかり観ていた頃の話だ(私はあれで日本語を覚えた。じゃ、私は『文』で妹は『ジュライ』なのかと気付いたのは5年生だ)。

 

 

 

 イリヤとの共同作業で2つ分のベッドメイクが終わったので、廊下に出て下の階に行こうとしたら、ちょうど小さいお姉ちゃんが部屋から出て来るところだった。少し顔が赤い。

 

「お姉ちゃん、顔が赤いよ。大丈夫?」

「大丈夫だよ。いよいよだと思うと緊張しちゃって」

 

 私とイリヤは頷いて、小さいお姉ちゃんのおでこに『ごめん』と言って手を当てた。少し熱があるように感じた。

 

「大丈夫だよ、クロちゃん。自覚あるから。それでイリヤと相談したくて」

 

 ああ、下に行こうと……。それで3人で下に降りた。イリヤお姉ちゃんとエルお姉ちゃんの2人の相談したら、『撮影の連続と、お披露目が近い事で、極度の緊張状態が続いているので微熱が出た』だけらしい。晩ご飯の後にお薬を出してくれるそうだからよかった。

 

「ごめんね。おチビちゃんもクロちゃんも、心配掛けて。でも、ありがとう。嬉しかったよ」

 

 小さいお姉ちゃんは年齢的に、2人のお姉ちゃんの半年ほど年上だ。けれど私やイリヤと気持ちが近いから、こうして気さくに話し合える。なので普段から仲が良い。それとエルお姉ちゃんが治したと言っても、元は身体が弱かったと聞いているだけに、いつもこうして気にかけていたんだ。

 その後、3人分のお茶を入れてくれたイリヤお姉ちゃんが、以前CM撮影の監督さんから小さいお姉ちゃんが、演技を褒められていた事を教えてくれた。

 

「なになに?」

「ん~、ミトを見送るシーンなんだけど。お母様とキリツグが冬木に行くときの気持ちを思い出しながらやったのよ。そうしたらそれが良かったって」

 

 ちらりとイリヤお姉ちゃんを見たら、やっぱりわかっていたみたいで、良い顔で微笑んでいた。あ~、それは私やイリヤじゃ無理だ。それで残る撮影はサーキット場だけだと教えられた。

 

「じゃ、それで終わりなんだね?」

 

 イリヤが聞いた。

 

「一応ね」

「追加撮影が他にもありそうだけどね」

 

 これは小さいお姉ちゃんとイリヤお姉ちゃん。そこへエルお姉ちゃんが言った。

 

「ストーリーを追えばわかりますが、ミトとちぃ姉さんの役の年齢差を明確にしていないでしょう?」

「そうね。それで?」

「ホッケンハイムでの目標となるライバルでも良いし、チームの監督でも良いわけです」

 

 イリヤお姉ちゃんと小さいお姉ちゃんが『あ』って驚いていた。どういう事なのかと聞いたら、2人はマルチエンディングありきで撮影していた事を教えてくれた。

 

「ライバルなら現チャンピオン。監督なら同じチームの仲間って事ね?」

「そうです。ちなみにこれ、私の予測なので監督とは話していませんから。全貌を知っているのはミトだけだと思います」

 

 イリヤお姉ちゃんは『う~ん』と唸っていた。また、ここに居るメンバー以外には話すなと、エルお姉ちゃんは釘を刺していた。

 やがて夕方になり、アルさんやアーチャーのお兄ちゃんを伴って、ママがやって来た。

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