※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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7、同じ顔

 僕とジジイは洋館街から、シャッターが閉じたマウント深山を抜け、赤い冬木大橋を渡っていた。

 

『今夜は何かありそうじゃ』

 

 そんな事を橋を渡りきった暗い道で言うジジイ。

 

「な、何かって何?」

 

 声が裏返ってしまったじゃないか。

 

『聖杯戦争に動きがあると言っておる。安心せい。強力な霊同士の闘いじゃからな、そこらの幽霊も鳴りを潜めおるわい』

「そ、そうなの?」

『うむ。幽霊も元は人じゃろう? ましてやあり方がシフトしとるから、勘も良いんじゃ』

 

 幽霊の勘が良い、なんていう不思議な言葉……。

 

『お主の部屋で話した才能の事じゃよ。物理的にチカラを加えず物が動くのは、人には見えぬ霊が、物理的に動かす場合もある。しかし、大概は念力(サイコキネシス)なんじゃよ』

「サイコキネシス?」

『そうじゃ。テレキネシスとも言うな。異能の中でも何故こうも有名なのかと言えばじゃな、それが本来、大昔のヒトが持つチカラじゃったからとも言われとる。つまりそれだけ、目撃証言や発動事例が多いんじゃよ』

 

 あ~、わかって来た。

 

「つまり次元の違う状態にシフトしたから、生前は眠っていたチカラが現れる場合がある。そしてそれにも得手不得手の差が出て来るって事だね?」

『そうじゃ』

 

 この話は納得だ。勘が働く事も生前より鋭いからだと理解できる。だけど鳴りを潜めるとは、どういう事だろうか? そこを尋ねてみた。

 

『それはアレじゃよ。サーヴァントは元英雄とはいえ、何も全員が全員、立派な聖人君子とは限らんじゃろう? また、先にあった知名度ゆえに、座を持つに至った反英雄もおろうて。そこでじゃ』

 

 ここでジジイは器用に柄の部分を『J』に曲げ、あたかも指を立てたような仕草をした。

 

『闘いの中でスタミナが切れそうとなれば、どうすると思う? ん?』

 

 最悪だ。

 

「幽霊を食わせるのか……」

『そういう事じゃ。慎二、蟲蔵での召喚を覚えておるか?』

 

 うん?

 

「何を?」

『聖遺物じゃよ。召喚に使った触媒じゃよ』

 

 ああ、ジジイが陣の前に置いていたあれか。確か……。

 

「古い鏡だっけ?」

『そうじゃ。本来ならアレで喚び出す相手はメドゥーサじゃった』

 

 なんてものを桜に充てがおうとするんだ、このジジイは!?

 

『じゃが、そこらで栄養補給できれば便利じゃろう? あ。しかし、そうなると霊の見えん慎二にサーヴァントは貸せんのぅ。お主じゃと生きとる一般人を襲わせかねんからの?』

「し、しないよっ!」

『本当か~』

 

 ジジイは僕の手の中で『クカカカ』と嘲笑ってやがる。クソッ。

 

『む? 慎二、冗談はここまでよ。合体するぞ!』

 

 合体って何だよ!?

 

『転身ッ! ゾウケン・フラッシュ~~!』

 

 で、どうなったと思います? 僕はタキシードを着て仮面を付けた僕に握られていたんだ。つまり、あの面白い格好の僕がジジイで、僕はステッキだった。

 

『何すんだよ!』

「しっ。相手は……」

 

 ジジイが言ったその相手は街灯の上に立っていた。サーヴァントなのか?

 

「銀河に代わっておもてなしよ」

 

 そいつは例のセーラー風なコスチュームでキメた『一』……じゃない、『三』だと思う。

 

「『一』でなく、一発で私だと見破るとは。愛のチカラですね?」

 

 ふわりと下りたコイツは、僕でない僕(ジジイ)に抱きついた。

 

「あ、加齢臭。ちゃんとデンタルケアしないと」

「儂に、もう歯なんてないわい。慎二、ちゃんと歯を磨かんか」

『朝晩だけでなく毎食後も磨いています! 何だよ! というか、これってどういう状況なんだよ!』

 

 そんな風に文句を言っていたら、ジジイは杖の能力でエーテル体の僕を出してくれた。つまり今の僕は幽霊になっている。そしてそれが『僕を護るためだった』と、後でわかった。

 

「お前、こんな真冬にそんな格好で寒くないのか?」

 

 上半身はセーラー襟のノースリーブで、下半身はパンツが見えそうなミニ・スカート。その襟とスカートは青から紫に変わるグラデーションで、胸元のリボンはくすんだ赤だった。長手袋にタイトな膝丈のブーツ。頭にはティアラだ。対するジジイもタキシードの上にマントを羽織り、頭にはシルクハットが乗っている。そして黒でなく赤い仮面。何で赤?

 

「慎二は赤影とか知らんじゃろ?」

「知らない」

 

 そんなテレビ・ヒーローが昔居たらしい。まんま例のアニメな2人だけど、『ここじゃ』と着いた場所は教会だった。と言っても教会に用があるのでは無いらしく、ジジイと『三』は何かの呪文を唱え、僕の腕を掴んで裏手の墓地に進んだ。

 

「オーブが出とるの」

「ヒッ!?」

 

 オーブって人魂の事らしい。それが辺り一面に並んだ白い墓石の上で舞っているんだ。曇天らしく真っ暗で明かりもない墓地なのに、石の白さはちゃんとわかるし、漂う人魂の青いような白いような色もわかった。それでもって直感で、色合いに濃度やカタチの明確さが、個体の持った才能の差であり、死後の年数を表しているのが理解できた。

 

「エルマや、あそこじゃ」

「この世界でもここだね?」

「死んで魂になってまで喰われては堪らんからの」

 

 それら明るく輝く人魂は、とある墓石の上に固まっていた。

 

「誰かのお墓?」

 

 と僕が尋ねれば、ジジイはこう言った。

 

「名が刻んである。見てみい」

 

 それで僕はしゃがんで、その2対の墓石に彫ってある名を見た。

 

 [TOKIOMI TOSAKA]

 [AOI TOSAKA]

 

「こ、これって!?」

「シッ」

「ごめん。これは遠坂の?」

「そうじゃ。そして桜の本当の両親でもある」

 

 噂では聞いていた。一人暮らしだって。だけど、まさかと思っていた。前回の話を聞いて父親が戦死した事はわかったけれど、母親も死んでいたなんて……。

 

「ごめんね。中の子達を救けるには、もう少し時間が必要なの。必ず救けるから、あなた達は先にお往きなさい」

 

 そうして『三』は再び呪文を唱え、最後は英語で話していた。どうも聖書の一節らしい。すると人魂が『三』に集まり、暫く舞ってから、次々と天に昇って行った。促されて手を合わせた。すると白い霞のようなものが2つの墓の前に立ち、静かに頭を下げたように見えた。『三』もジジイも頭を下げたので僕もそれに倣った。

 

「時臣に奥方、桜は至って健康じゃ。安心せい。必ず幸せになれるよう手は打つからの」

 

 僕達はもう一度頭を下げ、そこを後にした。夜間点滅している信号のところまで出てからジジイが教えてくれた。

 

「あの教会には、前回のサーヴァントが1騎残っとる。神父の切り札じゃ。子供達が何人も何人も、そ奴を維持するために犠牲となっとる。あのオーブはその子供達よ」

「じゃ、遠坂のご両親は……?」

「うむ。何もできんじゃろうが、ああして死んだ子供達を匿っておったんじゃ。人の親とはそういうものよ」

 

 僕は振り返って教会へ続く坂を見上げた。きっとまだ大勢の子供達が、あの教会で捕まっているのだろう。それを『三』は必ず救けると言った。フン、そのコスプレも似合うじゃないか。

 

 

 

 腕時計の針はとっくに2時を回っていた。家を出てから、かれこれ6時間だ。だと言うのに、一向に疲れないし、眠くならない。それはこの身体がエーテル体だからだ。僕の身体に憑依しているジジイも元気なものだ。こんな時間まで何をしていたのかというと、僕達3人は教会を出た後、幽霊の出そうなところや危なそうなところを回って、御札を張ったり、文字通りの除霊をしていたりした。

 

「何で除霊?」

「サーヴァントの補給ポイント潰しですよ。それとヘンに他人に祟ったり憑いたりしても嫌でしょう?」

「お祖父様?」

 

 部屋で聞いた時は、滅多に祟ったりしないって……。

 

「滅多に、じゃ。無いとは言っとらんぞ? 危険なのは拷問死した霊など特殊な場合じゃよ」

「そうそう。そのシーンを延々と再現したり追体験したりしています。まるで焼き付けられたかのように」

 

 焼き付け……。交通事故の多い道が頭に浮かんだ。

 

「ほれ」

 

 見上げたのはセンタービルだ。この街で一番高いビル……。そこから飛び降りてくる霊が見えた。そして地面に叩きつけられ、辺りが血の海になった。だけど、吐き気を催す次の瞬間にそれは消え、また空から霊が降ってきた。きっと同じ霊だ。繰り返しているんだ。

 

「ああやって傷付いて劣化した魂は、濾過されずに留まります。どんなに生前が聖人のような人であっても、もうホムンクルスには使えません」

「繰り返しよるんじゃな?」

「そう。何かのきっかけで『魂の素』に戻るなら良いですが……。焼付きでの繰り返し行動が濾過を拒み、一向にシフトできないんですね。生まれ変わっても極端な高所恐怖症になったり……」

 

 わかるような、わからないような話だ。

 

「ああいうのは成仏させられないのか?」

「それがお祓いです。対話なきお祓いはゴミ箱にポイするようなものですよ」

 

 え?

 

「そういうのにもな、専門の者が必要という事じゃよ、慎二」

「それが対話……」

「うむ。人間性が失せた霊と対話し、濾過や浄化を促せる者などいかほど居ようか。人生経験も想像力や共感する心も、それなりに必要じゃからな。難しいんじゃよ。じゃから、手っ取り早く祓う坊主や神父などの聖職者が多いのじゃ」

「エクソシストなんて、悪魔憑きじゃない霊まで祓います。絶対にその霊を救けようなんて考えませんよ」

 

 そうなのか。ジジイが祓うのでなく、追い払うと言った意味がわかった気がした。最後の面倒までみていられない。けど、ゴミ箱にポイ捨てするのも忍びない……。それはなんとも、僕っぽいやり方だった。

 

「最悪なのが封印ですよ」

「封印?」

 

 霊の封印か。言葉としてはわかるけれど、実際どうやるんだろうか?

 

「札での釘付けは、キョンシーなどで知っとるじゃろう?」

「ああ!」

 

 懐かし何とかって番組で見た覚えがある。

 

「じゃが、アレは剥がれるとまた動く。なので人形に封じ込めたりするんじゃが、下手な者がするとのぅ」

「何より先客が取り憑いていて、複合霊になって手も付けられない霊障を呼ぶ場合もあります」

 

 怖いな。チャッキーとかあんなのだな。

 

「人形やヌイグルミなどは童(わらべ)が持つものじゃろう? 親としては堪らんぞ」

 

 ああ、それはイヤだ。

 

「だけど関節もないのに動けるの?」

「話してやったではないか。じゃからの、念力じゃろう?」

 

 そっか……。

 

「慎二、お前も人形にしてやろうかい?」

 

 怖い! 蝋人形より怖いんだよ!

 

「なんじゃ。元に戻った時に、念力が使えるようになるやも知れんのに」

「まさか、そんな修行法が?」

「あるんじゃよ。蟲使いの儂は苦手じゃが、ランサーは巧いぞ?」

 

 ホントかよ?!

 

 

 その後、ほぼ新都の再開発地区を見回った僕達はそこから川の方に戻った。

 

「あっちは行かないの?」

「再開発地区の先か?」

「そう」

「そちらは神社があっての。闘いが行われる事はない。令呪にそう刻まれておるんじゃ」

 

 何か、そういう約定みたいなものがあるらしい。詳しくはわからないけれど、数百年も前に交わされたらしい。そしてその約定を交わした一族は滅んだという。それでもジジイは令呪に刻まれた制約を解除しなかったようだ。思うところがあったんだろう。

 ともあれ僕達は川に向かってどんどん歩いた。そして例の幽霊でなく霊脈のせいだと言っていた、誰も寄り付かない公園の側を通った。

 

「エルマや」

「うん。交戦中だね?」

 

 おいおい、マジか。しかし、ジジイは時々『一』達(今回は『三』だが)を『えるまや』と呼ぶ。どういう意味だろうか?

 

「何をボサッとしておる。行くぞ、慎二」

「え~」

 

 すると『三』をめがけて、どこからか馬がやって来た。それに飛び上がって跨った『三』は、僕に後ろに乗れと促した。引っ張り上げてもらって何とか後ろに乗った。

 

「しっかり捕まって!」

 

 ぎゅ~んっと馬が一気に駆け上がり空を飛んだ?! 横ではジジイがマントを翻して飛んでいる! 何だ、この馬は?

 

「ワルキューレの乙女じゃから、空を飛べるんじゃ。ランサーであり、アーチャーでもあるのはそのためじゃ」

 

 ああ! ワルキューレだったのか! だから人数も……。ジジイの言う通り『三』は槍でなく弓矢を番えていた。空の上から狙うならこれが正解だ。だけどセーラー戦士のコスプレのままでいいのか?!

 

 程なく眼下で闘う裸の大男と、白銀の胸当てをした騎士の姿が見えた。一見鈍重そうなその巨躯が、嘘のように早い。

 

「バーサーカーとセイバーだよ!」

「エルマ! ライダーもおる! ヒポグリフが突っ込みよるぞ!」

「うん! ゾウケン君、この感覚は変だよ! お姉様……? ううん、『エル様』に近い!」

「なに? あ奴が来る予定は無かったじゃろ?」

 

『三』が呪文を唱え、何かを突き破った。それは後で結界だとわかった。とたん巨漢の大男がひっくり返った。足が消えている? そこを隙かさず騎士が手に持つ剣を、巨漢の胸に突き刺した。

 

「セイバー! 気を抜かないで!」

 

『三』が叫んだ。

 

「誰だ!? な! 新たなサーヴァントだと!?」

「聞いて、セイバー! そいつは12回殺さないと死なない! 正体はヘラクレス! 12の功業が宝具になって……」

「セイバー!」

 

 僕は我が目を疑った。時間が止まったように、見ているすべての動きが鈍くなった気がした。

 ヘラクレスと『三』が指摘した、その死んだバーサーカーが蘇生していたんだ。消えていた足も生えている。そして大きな石の剣をセイバーに振りかぶっていた。そこに突っ込む馬鹿は衛宮だった……。

 

「衛宮!」

 

 この馬は間に合うか? ジジイはどうだ? ダメだ、余りにも遠い。衛宮の駆けて来た方角に『一』や『三』に似た女の子が見えた。もっと遠いところにバーサーカーのマスターらしき子供も居た。こちらは2人の子供時代かというくらい似ている。

 そんなところに、あの妙な馬のような鳥のような生物が突っ込んで、セイバーと衛宮を弾き飛ばした! だけど同時に血飛沫が飛び散った。しかもその血を流した本人が、変な生物とともにどこかに消えた!?

 バーサーカーは、ここぞとばかりセイバーと衛宮に向かった。マズイぞ!? どうする!

 

「バルムンク、行けぇ~~~!」

 

『三』の放った剣のような矢がバーサーカーに直撃した。

 

「ウソ! 4つも!? バーサーカー! 引きなさい!」

 

 ちびっこいのが叫んだ。

 

「逃すか! デュランダル!」

 

『三』がまた矢を放った。これもまた見事に的中した。

 

「ああ! バーサーカー! 霊体化しなさい! 早く!」

 

 バーサーカーが霊体化した瞬間、ジジイがその少女の後ろに立ち、首にナイフを当てていた。

 

「ユスティーツァの末裔よ。今はおとなしくせい」

「な!?」

 

 当然僕も馬が地上に降り立ったところで、衛宮に駆け寄った。

 

「衛宮! 怪我はないか!?」

「し、慎二?!」

 

 気が急いて僕にまで剣を向けるセイバーを衛宮が抑えてくれた。そこにやって来たのは、『三』によく似た女の子だった。『三』を見て驚いていた。けどそれは一瞬で、衛宮に合図を送ると(怪我がないかの確認だと思う)、すぐにジジイの方へ駆け寄った。

 

「マイ・シスター、イリヤスフィール」

「え? あ、あなた……誰?」

「あなたの妹の、アーデルハイド・フォン・アインツベルンです」

「ええ~~~!!」

 

 どういう事だ?

 

 

 

 エルの空間跳躍魔術で何とかこちらにアストルフォを戻せたが、怪我が酷い。掠っただけにしか見えなかったのに、背骨が露出するほどだった。ヒポグリフが無事だったのは、その一撃をアストルフォの上半身が全部受けていたからだ。アントニーが魔力を送りつつ令呪を使った。それらをエルが補助して、効率よく回復できるように術式を修正していた。当然、回復魔術も使っていると思うが、霊核近くまでやられたのか、かなりマズイ状態だ。ヒポグリフが心配そうにオレ達の周囲を廻っていた。

 

「お前、オレ達に後は任せて、霊体化するか一旦戻れ。でないと魔力が勿体ない」

 

 そう言うと、ヒポグリフが消えた。

 

「エル?」

「ええ。家まで飛びましょう」

 

 家に戻れたけれど、アストルフォが透けて来た。中に入るとアストルフォの着ていたものをエルがテキパキと脱がせ、裸にしてベッドへ俯せに寝かせた。傷はほとんど消えているし、血も止まっている。だけど切られ方がマズかったんだと思う。このままだとアストルフォが消える。どうすりゃいい?

 

「マスター。アントニーとアストルフォを結ぶパスに接続して、私の魔力を送ります。時間を争う今、最短最適な方法はそれしかありません。ご決断を」

「どういう意味だ?」

「私がアントニーに抱かれると話しています」

 

 ええっ!?

 

「「そ、そんな!」」

 

 オレとアントニーは同時に叫んだ。だけど頭の隅ではわかっていた。エルはキャスターだ。ただの魔術師じゃない。エーテルで編まれたサーヴァントなんだ。となると同じサーヴァントであるアストルフォに、より最上の魔力が送れるだろう。だけど怪我を負って消えそうなアストルフォに、深いパスを繋ぐ性行為は酷だ。

 となると元からあるパスの反対側。つまり供給側のアントニーに接続するのが正解だ。つまり病院でやるように、点滴のパック側に別のパックを突き刺して薬品を追加するのだ。

 

「エルヴァ……?」

 

 理解が及んだアントニーが、オレへの申し訳なさに苛まれたのか、情けない声を出した。だから、オレがエルに再度確認をとった。

 

「良いのか、エル?」

「それしか方法がありません。ただし、マスター……私はイシュタル様に仕える巫女で、生涯純血でした。もしかしたら、いくつかの魔術が使えなくなるかも知れません」

 

 それはそれでマズい気がするが……。

 

「姉を治す魔術が使えるなら良い。お前はオレが護る」

 

 口を突いてそんなセリフが出て来た。その後、頷きあったエルとアントニーが出て行こうとした。胸が痛かった。オレ、エルが好きだったんだと、その時になってやっとわかった。

 そんなオレのところへエルが戻り、オレの頬を撫でながらキスしてきた。

 

「?!」

「私の名はエルヴァ。遥か昔、シュメールでイシュタル様に仕えていた巫女です。私はあなたの御先祖様ではありませんが、転生を選んだ私の一部があなたです」

「何だって?」

 

 今度こそエルとアントニーは出て行った。巫女……。英霊……。転生……。矛盾しているのにどこかで納得できてしまう。もしかしたら生前、魂をわけていた? それでそちらの魂は何度も生まれ変わっていて……きっとアインツベルンの御先祖はそれだ。その後も何回か生まれ変わってのオレなんだ。突拍子もないけど、何故かこの考えが腑に落ちたし、大きく間違っていない気がした。

 1時間、2時間……悶々と考えている内に時計の針だけが進み、空が白んできていた。ハッとしてベッドのアストルフォを見れば、既に存在がしっかりしていて透けていなかった。顔色もよく、静かな寝息を立てている。それでホッとしたところにアントニーが入って来た。シャワーを浴びたのか、タオルで髪をゴシゴシ拭いていた。

 

「エルヴァ……」

「仕方ないだろ。余計な事は言うな」

「勿論、詫びたりしない。必要な事だったからね。でも……彼女さ。君だったんだね?」

「……みたいだな。キャスターにもなれる大魔術師が、過去のオレって」

「それだけの才能が眠っているんだよ」

「俄には信じられないけどな」

「だけど、ホントにヴァージンだったとは」

「だから余計な事を言うなつってんだろ!」

 

 それで取っ組み合いをしていたら、アストルフォが起きた。マスターとサーヴァントの話もあるだろうと、今度はオレが部屋から退散した。それでエルを探した。とっくに身嗜みを整え終えていて(アントニーより先にシャワーを済ませていたんだろう)、いい匂いのする彼女はキッチンで温めたミルクを飲んでいた。

 

「もう、朝だな。うまく行って良かった」

 

 エルは何とも堪らない顔でこちらに振り向いた。そして立ち上がった彼女は、オレにしがみついて静かに泣いていた。

 

「アントニー、下手だったのか?」

 

 鳩尾を殴られた。けど……。

 

「優しかったですよ。知識はあっても、今までそういう経験が一切ありませんでした。ですので、本当に怖かった……」

「そうか……。けど、どうして英霊のお前が転生なんて?」

「ああ……それ。私はエレシュキガル様にも気に入られていて。『産まれた時から神殿で育ち、イシュタルに身命を捧げて来たあなたは、死後必ず抑止の輪に囚われる。だから今の間にヒトとして生きられるよう魂をわけておきなさい』と」

「そのエレシュキガルって女神に?」

 

 コクンと頷くエル。オレだってイシュタルやエレシュキガルくらいは知っている。エルはそんなのが本当に居た時代の人なんだな。

 

「神殿で育ったって?」

「はい。側に置けないからと、赤子の頃にイシュタル様の神殿に」

「誰だよ親は?」

「詳しくはわかりませんが……ギルガメッシュ王の娘だという噂はありましたよ」

 

 ギルガメッシュ王!? マジか……。

 

「その噂は本当の事じゃないか? どこかのお姫様みたいだもんな、お前」

「そんな事は……」

「いや、口調とか物腰の事だけじゃないんだ。何だか、高貴さがチラホラ見えると言うか」

「それは勘違いです。神殿ではお転婆で有名だったんですよ?」

「お前が?」

 

 それこそまさかだ。

 

「巫女か。恋をした事はなかったのか?」

「う~ん……。それこそ昔ですが、旅に出た事がありましてね」

「旅?」

「はい。今風に言うならバカンスかな?」

 

 なるほど。神殿で仕える巫女にも、交代でそういうのがあったのか。結構、福利厚生がしっかりしていた?

 

「それで?」

「ええ。その旅先で、親友を失くされたばかりの男性と出会いましてね。その方に料理を献上させて頂き、たいそうお褒め頂きました」

 

 献上と来たぞ。親友を失くしたって……ギルガメッシュ王だろそれ? だけどエルは、まるで恋でもしているかのような表情で、その思い出を楽しそうに教えれくれた。きっと父親への、家族への愛情なのだろう。でも、時代や立場がそれを許さなかったんだ。だから『噂』なんだ。『噂』までは許されたか、公然の秘密だったんだろう。

 何年生きて、いくつで死んだのか。不幸な目に合わず、天寿を全うしていたなら良いなと思った。だからそれ以上のプライバシーには触れなかった。

 だけど、どこでどうなったら、こんな純粋な女性が、オレみたいなどうしようもないヤツになるんだろうか?

 

「何だかお前に申し訳ないな」

「え?」

「言ってみればお前の半分が、繰り返した転生の成れの果てがオレだろ? もっと頑張ろうと思えたよ」

 

 エルはクスクスと微笑った。そうだよ、お前はそういう顔をしていろ。そして背伸びして瞼を閉じる彼女に応えるべく、オレもかがんでキスをした。アントニーの後とか関係ない。オレは無性にエルを抱きたかった。きっとこれは本能だ。子孫を望んででなく、半身を取り戻したいという、当たり前の願望。失った腕や足が戻るならという希望。

 

「きゃっ」

 

 オレはエルを横抱きに抱え、彼女の部屋に向かった。

 

「お前が欲しい」

「エルヴァ……。人であるあなたに全部は無理ですが、私の知る秘術をいくつか伝えましょう」

 

 そうして朝っぱらからオレとエルは身体を重ねた。中にアントニーが吐き出したものを感じて、少し悔しかった。それだけにオレのカタチを覚えろとばかり何度も彼女に腰を打ち付けた。その甲斐あってか、彼女は女の歓びを初めて知ったようだった。

 

「実は幼い頃から私はあなたを知っていました」

「え? どういう……?」

「転生した自分が見えた訳です」

 

 ああ! それで風呂を沸かしたり、現代の料理が作れたのか……。

 

「ニッポン人に転生する未来なんてあるのか?」

「いえ、あなたにはありません。それはあなたでないあなた……。並行世界の、両親や姉と暮らす女の子のあなたです」

 

 並行世界か……女の子のオレ……。

 

「きっとランサーはその人の妹です」

「つまり並行世界からやって来た?」

「おそらく。大聖杯の枠を取れたのは、そういう知識があるか、ランサーに相応しい隠し玉を持っているからです」

「英霊を連れて来ているって事だな?」

「はい」

 

 そうか、あの馬はそいつの宝具で、あの子はそれを借りていたのか。だけど察するにかなりの魔術師だろう。それが姉(エルの転生した女の子)の教えなら、さもありなんだ。何でオレは落ちこぼれなんだ?

 

 

 エルに起こされキッチンに行けば、既に昼だった。そしてそこには鬼の形相のクロエが居た。クロエがエルを引っ張って廊下に出ていった。うわぁ~……。

 

「ボクの場合は医療行為の延長だと思うんだ。君の場合は単なる欲望?」

「単純な性欲じゃないぞ?」

 

 パンを齧るアントニーとの会話。アストルフォも持ち直したので、こうして遅い食事を摂っているようだった。

 

「わかっているよ。ある意味、君の半身みたいなものでしょう」

 

 やっぱりアントニーは賢い。いや、エルに聞いたのかな。それがアフタートークだと思うとムカつく。

 

「だけどさ。ニッポンの家って床が薄いのかな? このキッチン、エルの部屋の真下らしくてね」

 

 それでか! すまん、クロエ。お前の気持ちはわかっているが、それもまた恋愛じゃない。オレだってクロエは好きだが、エルに対する感情とは別なんだよ。こういうのがクロエに理解できれば良いが……。

 

 

 

 僕達は今、衛宮の家にいる。そこで聖杯戦争の真実を、アインツベルンのマスターに話すジジイと『三』と、『三』によく似たセイバーのマスター。ジジイは僕の身体を返してくれなかった。仮面もそのままだ。

 

「慎二、あの人誰なんだ? 何だかお前に似ている気がするけれど」

「あ、ああ……従兄弟というか叔父というか……」

「そうなのか」

 

 それで衛宮の馬鹿は、これまたコスプレしたままの『三』をチョロチョロ見ていた。これは日本人だからだろうと思っていたら、自己紹介でわかったアーデルハイドという名のセイバーのマスターも一緒だった。曰く、海外でもあのアニメは人気で、彼女も憧れていたそうだ。それだけに衣装の出来栄えに感心していた。

 

「しまったなぁ。闇から闇に動くんだから、ああいう格好でも良いんですよね……」

 

 溜め息まで吐いていた。だけどそんな少女アニメに全く興味のない僕と衛宮は妙に醒めていた。特に衛宮はそうだろう。

 

「どうして女の子ってああいうのに憧れるんだろうな?」

「いい年こいて、本気で正義の味方になるなんていうお前がそれを言うの?」

「慎二、俺は真面目にだな」

「真面目だから? 彼女達が憧れるのはオカシイってか? それってダブスタの差別だろ?」

「え?」

 

 気付いてなかったのかよ。思い入れの程なんて他人の知ったこっちゃない。どれだけ真面目なんだ、真剣なんだと訴えても、お前のやっている事は夜店のお面を被って走りまわる子供と一緒なんだよ。資金を集め、そういう団体を立ち上げて、仲間を増やす以外に方法なんてあるものか。だけど、それでも職とは認めれないだろうし、政府の認定なんてまず受けられない。

 僕は思わずアーデルハイドを見た。ちゃんと言えたのか? コイツが救いたいのはあの日の自分自身だったって。だけどコイツ自身がそれをわかっていない。PTSDを長年放置して拗らせた結果だ。藤村だけじゃ頼りないんで、桜が癒しになればと見逃していたけれど、これ以上酷くなるなら、そろそろ精神病院に放り込む事も考えないとな。

 僕だって中学から友人の衛宮を狂っているとは考えたくない。だけど、ある意味、身内でもある藤村はどこか甘い。もっと客観的に、衛宮を社会に適応できるように導かないと。僕はそこが不満だった。

 

「じゃ、キリツグもお母様もあなたの存在を知らずにいたの?」

 

 そうそう、その切嗣という衛宮の養父だ。その人が風来坊らしかったので、藤村の衛宮に対する尺度が緩いんだ。

 

「そうです」

「う~ん……」

「信じられませんか?」

 

 アインツベルンのちびとアーデルハイドとの会話だ。最初の方は少し聞き漏らしたけれど、どうやら2人は双子で、アーデルハイドはオーストラリアの親戚に引き取られて育ったらしい。見た目の年齢の違いは、聖杯として調整されているからだ。

 

「あなたの言葉はまだわかるわ。キリツグの事を、キチンと調べたから、セイバーの聖遺物の在り処を突き止めることができたんだって。何より同族以上の繋がりを、こうして側にいればわかる。だけど森にも、私の弟だって男の人が来ていたのよ? そんな状態だから、何か仕組まれているような気もしちゃって」

「え? 弟?」

「うん、その人はあなたの事を話していなかったの。だから全部判明するまで保留にさせて。きっとあなたが話してくれたように、キリツグもお母様も私の事を考えてくれていた。それは信じる。聖杯が汚染されているのも、きっとそうなんでしょう。でもね、だからと言ってお祖父様が止めろと言うかどうか……。なので、本国に問い合わせるわ。それまでの保留でいい?」

「わかりました。あのヘンな幻獣に乗ったサーヴァントのマスターかな?」

 

 そこで僕が口を挟んだ。

 

「本当にその人は男性だった?」

「そうよ」

 

 ちびが胸を張って言った。これは嘘じゃないだろう。

 

「なら、あのアーデルハイドさんにそっくりな人は誰だ?」

 

 アーデルハイドとイリヤという子が顔を見合わせた。

 

「「まだ居るの!?」」

 

 声が揃った。『まだ居るの』の『まだ』は『三』を指して言っている。対する僕がいう『あの人』はまた別だ。その人に気を取られ、他に居た人を見ていなかった。そういや『三』は自分をどう紹介したんだろうか? ランサーとバラしてもこの段階だと問題ないけど、アーチャーやライダーにも見えるところがアドバンテージだよな。しかも複数いるのもバレてないし。

 ともあれ、これでひとまず、アインツベルン陣営(バーサーカー組)、アーデルハイド&衛宮陣営(セイバー組)、間桐(ランサー組)は暫くの間の不戦協定が結ばれた訳だ。細かな話や今後の事は、帰ってからジジイや『三』に聞こう。衛宮にお暇を言って外に出ると東の空が明るくなり始めていた。

 

「慎二、暫くその身体でおるがいい」

「何で?」

「お主の魂は儂の方で保管しておるんじゃ。つまり、その身体じゃと死んでもすぐさま復活できるし、眠気も襲わん。肉体の疲労回復も、精神のリフレッシュも瞬時じゃ」

 

 つまり、ジジイなりの優しさだったんだ。家まで行くとちょうど桜が玄関を出るところだった。玄関前の桜の樹が少し離れたところに植え替わっていた。

 

「桜の樹、植え替えしたんだ?」

「これからはお前達の時代よ。家屋の入口となる玄関前に、あんな樹が植わっておっては陰気なだけじゃ。陽を遮るのでなく、陽のあたる家にせんとな」

 

 そう赤い仮面のまま言った。その目はとても涼し気だった。

 

「おお、桜。お早うさん。今から衛宮の家かの?」

「え? に、兄さんが2人?!」

 

 何でそんな可笑しな格好の方も僕だと桜が断言するかと言うと、実はそういうのを僕も時々していたからだった。こう見えても僕は、場を盛り上げるための賑やかしのコスプレが平気なタイプでね。学園祭では、もう何度もそういう仮装をしていたんだ。何より可愛い女子達の期待もあるからね。そこは裏切れないのさ。

 

「慎二はあっちじゃ。儂はゾウケンじゃよ」

「え、ええ~~~!」

 

 おお、こういう驚き方の桜は初めて見た。ここまで驚くと、素が出るんだな。どこか遠坂っぽかった。

 

「桜、おはよう。衛宮に遅刻するなと言っといてくれ」

「は、はい」

 

 そうして桜を見送れば、ジジイに目を瞑らされ、次に目を開ければ気分爽快だった。これがリフレッシュのようだ。昨夜から幽霊を何度も見たり、人魂を見たり、サーヴァントの闘いを空から見たりと、かなり精神的に疲れていた筈なのに、それらが全部吹き飛んだ。

 

「着替えて来い。朝食にしようぞ」

 

 その朝食は『一』が既に用意してあったようで、とても美味しく感じられた。大したおかずじゃない。アジの開きにダシ巻きと4分の1丁の絹漉豆腐、他に味噌汁に海苔と漬物とそんなものだ。だけど身体を動かしたからか、とても満足した。ジジイには僕と同じおかずの他に、小松菜のお浸しや納豆2パック分くらいを椀に盛ったものが出ていた。そこに生卵と刻んだネギを落とし、ダシか醤油を垂らして掻き混ぜていた。ご飯は一口で終わりそうな小盛りだ。

 

「しっかり噛めば満足できる。それでもって炭水化物を控えて、タンパク質と緑黄色野菜をたっぷり摂るんじゃ」

 

 何とまぁ、健康的な事を……。

 

「いかな魔術師と言えど、齢を二百や三百を数えるとな。若い身体を借りようとも、血圧や血糖値が上がりよる」

 

 ああ、僕の身体だから気遣ってくれたのか……。

 

「ところで慎二?」

「何です?」

「ここだけの話、『せっくすふれんど』がおるじゃろう? 1人回せ」

 

 この人は……。いや、待てよ。肉体が若返ったら、そういう気になるのか……?

 

「僕は噂ほど遊んでいませんよ。お祖父様、未使用のホールとゴムに、ローションを後でお渡しします」

 

 持っているのかとのツッコミはなしだ。僕は至って健康なんでね。とは言え、『一』や『三』の目を盗んでこんな冗談が朝から言えるジジイ……。

 

「つまらん奴じゃのぅ」

『ゾウケン君。私がエーテル出力して、お相手しましょうか?』

「ルビーか。その手があったのぅと言いたいが、お前さんじゃと胸が痛すぎるわい。朝風呂に入って眠るとしよう」

 

 そうしてジジイは食後、自分で風呂を沸かしていた。家族か……。ジジイが初代なら、僕や桜は六世代目だ。亡きお父様や雁夜叔父様から見れば高祖父だけど、僕から見れば、その血は32分の1しか流れておらず、もう他人も同然だった。たまに聞く7代祟るというのも、こう考えると凄いよね? 七世代も離れたら、恨みのある人の64分の1しか血が流れていないんだから。でも、今朝の僕はとても満たされていた。

 

 

 

 そんな爽快な気分で学園に向かう途中の事だ。何気なく例の一家惨殺事件があった家の前まで行った。寄り道という程でもない。この前はどのみち通るし、帰りは反対の路側帯でも、行きはこちら側にあるというだけだった。では、何が何気なくだったのかと言えば、その家の前で単に目を細めただけだ。なのに霊と要素の近いエーテル体だからか、『一』の話してくれた幽霊が見えた。

 

「あんた、成仏(シフト)しないの?」

 

 何故か僕は声を掛けていた。幸い同じ学園生も他校の通学生もまばらな時間帯だったので助かった。

 

『先日の……。私が見えるのかい?』

「ああ」

 

 見えるし、こうして会話もできる。この身体のせいなんだろう。

 

『妻と子供は(シフトを)見送れたけれど、その分の『怨念』も引き受けちゃったからね』

 

 ああ、そういうのを肩代わりしてあげたのか。ジャーナリストとか聞いたな。だから落ち着いていられるのか。それなりの知識があったようだ。

 

「でも、あんたもさ」

『わかっているよ。だけどアイツだけは許せない』

「それを誰かに聞いてもらおうと?」

『そうだよ』

 

 どれだけ低い可能性に賭けているんだ。でも、家族を殺されれば当然だ。

 

「サーヴァント……いや、無性に強い霊だったんだろう?」

『霊? 霊ではなかったよ。ちゃんとした人だった。まぁ、死んだ瞬間にわかったんだけどね』

 

 閃くものがあった。

 

『最初は悪鬼だと思ったんだ。いつの間にか施錠していた家の中に居たんだから。しかも私が帰った瞬間だ』

「そいつが何かの刃物で?」

『それが……ヤツの背後が黄金色に輝いて、そこから槍や矛や剣が飛んで来て……』

 

 宝具だ……室内なら逃げ場もないじゃないか。その後、僕は相手の特徴や容姿など思い付く限りの事を訊いて、学生手帳に書いていった。質問を終えて学園に着けば2時間目が始まった頃だった。門はとっくに閉じられている。なので守衛の常駐する小門を通った。その際に遅刻理由記入用紙を受け取った。その用紙には守衛の記入した登校時間と判子が押してある。別欄に僕が遅刻した理由をつらつらと書き、職員室に持っていく。それで授業がなく、残っている教師に預ける訳だ。

 するとそれに戻った藤村や学年主任が閲覧後に判子を押し、回数に応じて『放課後のお小言』『生徒指導室行き』『保護者への連絡』『短期停学』『長期停学』などなどとなっていく。当然、受けていなかった授業分の単位得点はない。また、4限目以降の登校だと、遅刻でなく欠席扱いになる。こちらは午後の授業分の単位得点は得られる。だけど完全な欠席扱いなので、よく休んで出席日数がギリギリの奴はかなり注意していた。

 僕も詳しくは知らないけれど、年間通して3分の1休むと単位得点が足りなくなって留年確定らしい。赤点は追試があるし、採点も甘く下駄を履かせて貰って助かる場合もある。だけど欠席だけは、教師側も手がないのだそうだ。

 

『遅刻や欠席はね。試験を受ける前の問題だから。仮に学期末試験が満点でも無理なのよ。助けてあげたくても、助けてあげられない。だから士郎、休むのだけは絶対にナシよ』

 

 衛宮が滅多に休まない理由がこれだ。あいつは2学期も追試が二教科あったんだ。僕があいつと弓道場で言い争いになった理由もそれだ。肩の火傷なんていつかは治るし、4段や5段にでもならないと肩を出す事もないんだ。後輩も居る射場で衛宮にわかって貰うには、そういう言い方しかなかっただけだ。

 

『毎回毎回、赤点ばかり取りやがって。その内、今の1年と同学年だ。最悪は置いてかれるぞ』

 

 どこの高校も最長5年が限度で、落第による留年も同学年は2回までだったと思う。だけどそれを後輩の前では言えないだろう?

 弓を執ったら、あれだけ集中できる奴なのに。どうしてなんだってカッと来ちゃったのさ。だから退部も当然だと思っている。部活に打ち込めるのは、及第点を取っている奴だけだ。だって僕らは学生なんだから。

 そんな訳なので、成績が安定して3年になって戻るも良し、部活をしないのも良しと僕は考えていた。陰で僕を悪し様に言う者も居るけれど、自分の立場を考えろって話だ。ましてアイツの保護者はこの世に居ない。留年すればその分の授業料が掛かるし、追試もタダじゃないんだよ。遺産を無駄に使ってどうすんだよと。

 他人には言えない事なので、僕が悪役を引き受けたカタチになっているのが今の状態だ。一成あたりはわかってくれているけれど、下級生や、高校生の自覚に乏しい奴からは非難の目を向けられている。いい加減に成長しろよと思うけど、これも人それぞれだしなぁ。

 

 用紙を提出して職員室を後にすれば、入れ違いで職員室に用事があるらしい遠坂と出会った。うおッ! 後ろの、多分霊体化している筈のサーヴァントがバッチリ見える。これは凄い。

 

「あら、間桐君、遅刻?」

「ああ、昨夜は大変だったんだ。バーサーカーは11回蘇生する。それが宝具だ」

「え!?」

「後で」

 

 そうして遠坂とわかれて、僕は教室に向かった。

 

 

 

(アーチャー、聞いた?)

〈うむ。あの者の陣営はバーサーカーと遣り合ったようだな?〉

(それもだけど、11回も蘇生するって……)

〈条件などもありそうだが、手がない訳ではない〉

(そう? 頼りにしているわよ?)

〈ああ、頼りにしてくれ給え。君ほどの魔術師が喚び出したのだ。最強であると証明してやろう〉

(フフ……)

 

 どうにもこうにも出遅れた感があって、私はモヤモヤしていた。なので先生から預かったプリントを抱えながら、アーチャーに少し愚痴を零していた。苦笑いを含んだ声で前向きな受け答えをする彼は、本当にありがたい。甘えているのだと思う。だから自重する気持ちもあるけれど、母が亡くなってからずっと独りだったので、自制の効かないところもあった。

 2-Aの教室のある階まで階段を上ると、手前の2-Cから慎二と衛宮君が連れ立って出て来た。きっとお手洗いだろう。擦れ違いざま、慎二がウインクしてきたので、ペコリと会釈を返した。その時に背中が急に冷たくなった。

 

(アーチャー? 慎二に何か?)

〈む? いや……〉

 

 曖昧な言葉が返って来たが、何かあったのだろうか?

 

〈気付かなかったのか? 奴は君だけでなく、私をも見ていた〉

(まさか?)

〈突如、霊視能力に目覚めたのか、そういう術を得たのか、そこはわからんが……〉

 

 アーチャーが言うには先日までの慎二と、今日の慎二は違うらしい。一皮剥けたとかでなく霊格が上がったかのようだとまで言う。バーサーカーと遣り合った事で、何か心境の変化があったのかも。それはそうと……。

 

(アーチャー? あなた、今日は慎二のサーヴァントの気配を感じた?)

〈それなんだが。実は先日感じた気配は、敢えて私に気付かせるためだった気がしてならん〉

(どういう意味?)

〈いや、漠然とだが嫌な予感がしてな。本当に2~3騎なのだろうか? 何10騎も居るような予感がするのだ〉

(まさか、あり得ないわよ。魔力はどうなってると思うの?)

〈……そうだな〉

 

 そこで念話による会話を切り上げ、プリントをクラス委員に渡し、始まった授業に集中した。

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