※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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70、Illyasviel in Eppelheim 14

 五大老とは────ラインハルト、ラファエル、ガーブリエール、ミヒェル、アーベルというミドルネームを擁する五氏族の先代頭首や先々代頭首が、他の四家の大老承認の下で選ばれてその地位に就くものだ。だからある意味では総裁に選出されるよりも、確率的には難しい面があった。

 総裁なら五家、或いは五家に連なる家に産まれるか、五家の養子である必要がある。私の場合、お祖父様の養子となった点と、アハトというか第三魔法体現者がラインハルトだった点での、薄い薄いかろうじての資格しかなかった。何より、第三魔法体現者って何代前だ? そこから枝分かれした子孫は何人くらい居た? そもそものアハトが、第三魔法体現者の弟子筋が鋳造した作品でしかなく、母もそのアハトが鋳造した作品で、父に至ってはアインツベルンとまったく関係ない血筋だ。つまりこの程度の希薄な縁でも、総裁に成れてしまう。それは血よりも魔術ありきだからだ。

 けれど大老は魔術の前に血だ。だから私には大老になる資格はない。あるのはオーストラリアのカールお兄様かその子、そして認知した場合のフリューゲルのみとなる。これって結構危ない橋なのではないかと私なんかは考えるのだけど、お祖父様の事だからきっと他にも手はあるのだろう。そもそも長いアインツベルンの歴史の中で、大老と総裁を兼任していたのはノイントのお祖父様ただ1人で、これは並行世界でもそうだった。何が言いたいかというと、お祖父様は『只者』ではないという事だ。

 例えばエルヴァの世界のお祖父様は、私を並行世界の総裁と見込んで胸の裡を明かして下さったのだけれど、やはりお悩みはラインハルトとしての後継者に関してだった。あちらのエルヴァちゃんは私と同じで、ラインハルト系ではあるけれど、直接の血の繋がりはない。また血を活性化するカンフル剤であるフンボルト君はラファエル系だ。しかも年齢差が大き過ぎた。そんなところにスリップして現れたのが私の分身(47番)のエルヴァだ。当然エルヴァちゃんの代替としてエルヴァを使えないかという話になる。

 先に言っておくが、お祖父様のエルヴァちゃんに対する愛情は本物だ。何より長命(大婆様に使われた技術が、幼いお祖父様に使われたのは間違いない)で、人と人との関わりや心情に愛情をきちんと見てこられた人でもあるから、実に遠回りな、けれど『それなら仕方ないな』と思える計画を立てられていた。

 それはエルヴァとフンボルト君との血を引く子が、カールお兄様の子(今いる子は3歳の男の子)と結ばれる事だった。こうして間にワンクッション置く事で、世代を揃えさせ、ラインハルトの血の活性化と、魔術面での強化をも取るという、一石三鳥の計画でもあったのだ。ご自身の長命に賭け、エルヴァとフンボルト君との子の何人かに必ず女の子が産まれる事に賭けた少し危ない計画だけど、私は達成する確率が高いと考えている。

 受精卵を取り出しての無理矢理どうこうでなく、それぞれの心情を重んじつつ進める計画は案外と上手くいくものだと私は思うのだ。

 

 ところでラインハルト、ラファエル、ガーブリエール、ミヒェル、アーベルというミドルネームに何か感じないだろうか? これらを英語読みしたらピンと来る人も居るだろう。ラファエル、ガブリエル(ガーブリエール)、ミカエル(ミヒェル)となり、ラインハルトとアーベルを除く三家は大天使の名と同じなのだ。けれどこれは旧約聖書ともクルアーン(コーラン)とも関係ない。それらが成立する前からあった名なのだ。(なお、アーベルの名もカインとアベルからでなく、もっと昔からあった名だ)

 三家の名は神の御使いを表す名でなく、3千年も前は超常的な出来事や存在を示す名でもあったのだ。そもそも本当の意味でのアインツベルン本家は、第三魔法を達成したご先祖を直系で懐くウチ(ラインハルト)だけだ。けれど他の四家も何千年と繋がりが続く重要な家だった。第三魔法云々とアインツベルンという家名を省けば、ラファエル、ガーブリエール、ミヒェルの三家が始祖であり本家だったと言っても過言ではない。

 中央高原から放浪の旅に出た私達の祖先は、ヨーロッパに向かう者と、当時栄えていたバビロニアに向かう者との二手に別れた。このバビロニアに向かった家が、後に再合流したアーベル家と言われている。あの家には門外不出な、けれど誰も再現できない、メソポタミア初期のシュメール人が残した魔導書が今も秘蔵されているという。

 おそらく原典は粘土板か石板にでも彫られていて、子々孫々が定期的にパピルスや紙に書き写していったのだろう。そして私はそれが『読め』、『再現できる』のではないかと漠然と思っている。理由? 証明できないので、いい加減な思い込みに近いだろう。けれど……極稀に義兄でもある王様が私を『娘』と呼ぶ場合があるが、そう言われる前から、私はあの人と関係がある気がしていた。それは大昔に、おそらくウルクの神殿であの人に拝謁する自分を夢で視る場合があったからだ。それが確信に近くなったのは、エルヴァが一度死んだ時の事だ。

 あの時に私は前世も前々世も前々々世も観て体験した。その中にウルクの神殿で巫女として勤める私が居たのだ。それでアーベル家のご先祖に、石板を譲ったのは過去の私だった気がしている。確証はないけれど。

 なおエーデルフェルト家のご先祖である『ヴオリネン(Vuorinen)家』は、ガーブリエール家から分かれた家らしい。

 

 ともあれ時は流れ、すべての家の頭首となる総裁はこれらの五家で持ち回ろうとなった。ただ一族一門の者達の声も届くようにすべく、五家の長老(五大老/固定投票権保持者)以外の家からも長老(流動的な臨時投票権保持者)を出し、総裁候補の投票を行うように変化していった訳だ。

 つまり『民主的である』と謳っても、組織図がややこしいなら、それは上だけで握っていたい何かを隠しているという事だ。給料が良かろうが、福利厚生が充実していようが、組織の全貌が見えて来ないならそこは何かを隠していると言えるだろう。給料や福利厚生を渋らず用意できるのは、それ以上の利益をトップが握っている証と見て間違いない。これは私の経験則だけれど。

 そして、この長老の人数は総裁選の行われる年度によって多少変化する。少ない時でだいたい15人、多い時で25人くらいだそうだ。つまり平均20人。そこにプラス五大老だ。これは『より公平に』という、これを決めた当時の五大老の意図があったからだとわかるが、同時に一族一門からも相当な不平不満があったからだとも読める。そしてその長老達が、やがて絞り込みを行う選定試験(錬金術や魔術の腕を競う競技会)を行ったり、会議で話し合う(人間的にどうなんだと言うような)スタイルに変化していった。

 それは取りも直さず、一に神秘が薄まるに連れ、魔術師や錬金術師が小粒になったから。二に、近代社会になって研究費が捻出できない家が増えたから。三に魔術回路を喪失する家がチラホラ出ていたからだった。

 二の問題は、一族内の魔術回路を失った者や、元々魔術師でない人物だとしても、商才ある者に目を掛け取り立て育てる事で、別の一門(それがハーウェイ)を興し、経済集団を構築する事で回避できる。魔術の才能がある者を後継者に、けれどそうでなかった者は他家に放逐するのがそれまでの魔道を歩む家の常だった。だけどそうはせず、経済を徹底的に叩き込むという新たな道を示したご先祖様は、正直偉いと思う。それが徐々に知れ渡り、今はどこの家も子供を養子に出す家は(跡継ぎの居ない親族へ出す場合は別として)まず無いとさえ言われている。これを知っていたから私は、並行世界の遠坂家は時間を掛けて情報隔離され、お家乗っ取りの罠にハマりつつあったと考える訳だ。

 けれど一にも絡むが三の問題も捨てて置けない事だった。そのカンフル剤とも言える存在を造り出すためにお祖父様は、ご先祖様が放り投げたホムンクルスばかりの工房に目をつけた。そうして生れたのが私であり、姉だった。お祖父様がアハトの家に資金を投入したのは、ヘヴンズフィールを信じたからでなく、アインツベルン一門の魔道を繋ぐ血が欲しかったからだ。

 でなければ私を養子になんかにする筈がない。けれど条件には合っていた。何故ならアハトの工房を起ち上げたのは、先にも言ったがラインハルト系だったからだ。と同時にアルトゥールお兄様の血は途絶え、ブルーノお兄様の残した子孫は、商才はあれど魔術回路が無いか未熟だった。しかも、唯一存命なカールお兄様の子はまだまだ幼い。そして、50人以上も居るとされる隠し子にも私を超える者は居なかったし、これという才能は見出だせなかった。つまりお祖父様は私を見出す前に一度詰みかかっていたのだ。

 

 例外はフリューゲルだけど、4歳上のこの姉は実験的意味合いの強い存在で、お家騒動に巻き込まれないようにもしているので、法的には不認知の非嫡出子だ。けれど私には『儂が死んだらフリューゲルを頼む』と告げているし、彼女のための莫大な資産を預かってもいた。またフリューゲルも『お館様』が父で、『総裁』が義理の妹にあたる事は知っていた。お祖父様が話したのか、母親が話したのかは知らない。けれど居た堪れなかった私が告げると、彼女はとっくに全部知っていたと教えてくれたので驚いたものだ。全部というのは私が彼女を預かる理由も含めてだ。

 私が幼稚園に通う前、まだチューリッヒの屋敷で暮らしていた頃、よく廊下の隅で泣いていたのがフリューゲルだった。『なんでこんな子供のメイドがいるんだろう?』と当時は不思議でならず、よくお菓子をあげたりしていた。『預かってくれ』と言われ引き受けたメイドはその子の成長した姿で、大婆様をして『マアエモに並ぶ弟子だ』と言わしめるまでになっていた。数奇と言うか、世の中は摩訶不思議だ。

 

 

『お嬢様、お召し替えはお済みでしょうか?』

 

 ドアの外から届く声の主はフリューゲルだ。

 

「はい。どうしました? 時間はまだ早いですよね?」

『ユリアーナ様がお越しです』

「どうぞ、入って貰って下さい」

 

 華やかな笑顔で入って来たのは長年の友人であり、あまり他人には言えない関係でもあるユリアーナ・フォン・アインツベルンだった。そして彼女の後ろを歩く人物は私がモデルのホムンクルスだ。用途はメイドとは言えないが、侍従には違いないだろう。ユリアーナは父方がミヒェル家のナンバー2の家で、母方がラファエル家本家の出身というサラブレッドだ。私とは6歳違いの幼馴染みの『お姉ちゃん』でもある。

 

「『エル』、お久~」

「相変わらず軽いですねぇ。調子はいかがです?」

「うん、良いよ。この子様々だよ」

 

 ペコリと頭を下げた侍従の名は『エル』という。私の愛称が名前だ。私をモデルにして私が鋳造した『人形』なのだけれど、その魂も意識も私が分けたものでなく、新たに入れたものだった。けれど調整で私っぽくしてある、医療用の『人形』でもある。何の医療かって? それはユリアーナが不思議な、奇病といっても差し支えない謎の病気に罹ったからだ。その病気は魔術回路と刻印がバッティングして起きる、いわゆる『刻印性症候群』や『刻印性疾患』とは違っていた。というのは彼女はまだ親から刻印を受けていないにも係わらず、その病気が引き起こされたからだ。要は魔術回路そのものが、齢を重ねる事で変質した訳だ。

 12~13歳の二次性徴を迎える頃に魔術回路が変化する事は周知の事実だけれど、それによって重篤な疾病を起こすケースも極希にあって、魔術師の親なら誰しもが皆んなこれを恐れていた。ブルーノお兄様もこれで魔術回路がおかしくなって、魔道を諦めざるをえなかったのだ。

 そしてお気の毒にもユリアーナは、生成した魔力がどこかに消えていくという、魔術師としては致命的な症状を抱えてしまった。私がそれを知ったのは7歳の誕生日を迎える前だった。総裁選の前だ。当時真面目だった私は、性的なパスを繋いで彼女に魔力を送る事以外に方法が思い付かなかった。今なら魔術回路も刻印も複製できるし、そういう人形を鋳造して、本人の精神や魂を入れて生活して貰う事ができる。けれどその頃の私はユリアーナが魔力を枯渇して死んでしまう事を恐れる余り、定期的に魔力を送る事しか考え付かなかったのだ。

 そうして医療行為だった筈の魔力供給は幼い性を目覚めさせ、私達はその行為に溺れて行った。さすがに毎度毎度だと、私の生活も彼女の生活にも支障を来たす。なので『人形』を操作してもできる事に気付き、中等部の中頃から、私本人は彼女とそういう行為をしなくなった。そして高等部に上がって彼女に供給用の人形を造った。それが侍従の『エル』だ。週に何回くらい『エル』から供給を受けているのか知らないけれど、今のユリアーナは子供の頃のように明るく元気だ。ただし、バイな私以上の完全なレズビアンになっちゃったようだけど。

 

「ユリアーナ。良い人は居ないのですか?」

「イリヤ……?」

「おい!」

 

 ユリアーナは幼い頃からダンサーを目指していた。それでジャズダンスやクラシック・バレエを習っていた。けれど病気でそれらを辞めてしまった。けれど魔力供給後は歩けもするし、魔術を除いては日常生活にも支障がない。なので容姿端麗なのを活かしてモデルをしていた。とは言え万一の事も考え、メーキャップを習い、演出を習い、そちらでも食べて行けるようにもしていた。その事務所が姉の入った事務所(ジークムンド様のところ)で、姉のイリヤにウォーキングやメーキャップを懇切丁寧に教えてくれたのが、先輩でもあるユリアーナだったのだ。

 つまりさっきの『イリヤ……?』は私を誂(からか)っていたのだ。私とそっくりなので、メイクの時に抱き着きたくなったとか前々から話していて、私を誂っていた。普通は総裁にこんな事はできない。けれどやってしまうのがユリアーナであり、それが私達の距離だった。

 そんなだから私はその事務所を応援するためにも、イリヤが入る前から毎年少額ではあるけれど株を買って出資していた。するとやがてパミも乗り出し、昨年とうとうパミが私を追い越して筆頭株主になってしまった。こちらは純粋に姉であるイリヤを応援したいためだろう。あそこが私達イヴの息が掛かった会社だと噂されるのはそのせいだ。

 ジークムンド様はその事をご存知なので何も言わないが、事務所の幹部はかなり焦っているとか。けれどあの事務所の設立からして、動機が不純なのだから何を言うやらだ。あの事務所は、跡継ぎの道を絶たれた『容姿のいい人揃い』な魔術師の子弟を救済するために建てられたものというのが一族への表向きの理由で、その真意は『儂がピンと勃つカワイコチャンは居ないか~』だ。副次的に一族の若者に向けた、お婿・お嫁さん探しの場でもあるのだけど。と言うのは、どこの事務所も数年に1回は所属モデルを撮影したプロフィール集を作るものなのだけど、それが各家の頭首にも届くからだ。私達のところにも届くのでパミやミトが時々見ている。

 あ、ちなみに『エルヴァ式ポコチン』最大のリピーターはそのジークムンド様だ。お祖父様は仰る。

 

『情けない。自分のモノが使えんのかい』

 

 いや150歳を越えても使えるお祖父様が異常だろ。いくら若くても、お酒を飲んでいたり疲れ切っていると勃起力は弱まる。角度の問題でなく固さの問題だ。そうなると相当なユルユルなガバマンでもない限り挿入は難しい。それが150歳を越えても可能というところに私は恐怖すら覚えるよ。それって思うに、毛生え薬並みの魔法だぞ? DTを貫くより根源に近いといっても良いのではないか?

 

「イリヤには?」

「まだ。妹さん達にも逢ってないよ」

 

 11時前に移動かな?

 

「でも、お兄さんには逢ったよ。相変わらず、真面目だよねぇ」

「ホント。『Dumme Karotte(バカ人参)』ですから」

「はい? どういう意味?」

「あ~……そうですねぇ。『Erbsenzähler(エルプセンツェーラー)?』」

 

『Erbsenzähler』とはエンドウ豆の鞘を割って、中の豆を数える人という意味で、要は細かい事を気にする頭の固い人という意味だ。けれどこのお兄ちゃんが、私にとっては実に有り難い存在なのだった。私は人に余り自慢するタイプではないけれど、頭の回転が無駄に早い。なので回りくどいマウントの取り合いや駆け引きが無意味な時間に思えてならないタイプだった。誰と話しても大抵は友好的かつ和やかに話は進み、お互いの立場や得たいものなどの情報を手に入れるし、手に入るものだ。つまりウィン・ウィンを落とし所に双方したい訳だ。

 けれど世の中にはそれでは済まない、少しでも自分有利に話を進めたがる人が居る。こういう人との会話が1番時間の無駄だろう。家の格やら歴史やら、学歴やら職種やら、挙げ句資産の事やら……。こういう相手は即潰して奪う。力尽くでも魔術でもとにかく全力で潰して骨の髄まで持っているものを奪い取る。それが私だったし、アインツベルンだった。

 けれど兄は『言わせておけばいい。重要なのは最後に勝ちを拾えるかどうかだ』と、私が初等部の頃から淡々と話していた。私にある程度の忍耐力が付いたのは、この兄のお陰だ。そんな兄だから、大切なママを任せようと思えたのだ。

 

 去りしなにユリアーナが言った。

 

「あ、この子は私がメイクするから安心して」

「ありがとう」

 

 姉達に配慮して、侍従の顔が私とはわからないようにするという意味だ。

 

「『エルヴァ』はさ」

 

 あれ、愛称でなく名前を……?

 

「今も他人に成りすまして、会社の掃除とかしているの?」

「時々」

 

 組織はそういうフリーに動ける立場から視る方が客観的にわかりやすいものだし、為人(ひととなり)が見えて来るものだ。これは結構昔からある手法で、水戸の御老公でなくともローマ時代からあった事だ。なので私やミトにパミの3人は『人形』で支社や工場に潜り込み、そこで働いたりしながら調査を繰り返しているのだけど、私だけは清掃員になる場合もあった。

 これは歴史から学んだ面もあるにはあるけれど、大きくはアサシンの影響だ。ハサンの中のリーダーに、『イマーム(指導者)』と呼ばれる人が居るが、彼が最初の1人だ。その人の手法というか、考え方を真似た結果が清掃員だった。というのは人が気を抜き本音が垣間見えるのが閨(ねや、ベッドの事)か厠(トイレ)だからだ。日本や昔のローマなら、ここにお風呂が入るだろう。フィンランドならサウナも。

 それと私は何も社内の不穏分子を探している訳ではない。そういう人を見付けてしまう場合もあるけれど、管理職や幹部が見落としがちな、もっと円滑に仕事ができる環境が整っているか、不備はないかを探しているだけだ。確かに私は営業が得意だしトーク力も高い方だと思う。なのでそっちで仕事を探す方が、すんなりと面接の機会を得れるだろう。だけど面接を受けた支社や営業所内の様子や空気、面接をしてくれた人物を、どうしてもCEOという視点で見てしまう。するとついつい口を挟みたくなってしまう。これは良くない。また後で本部から連絡を入れるにしても、間にワンクッションもツークッションも人を挟まないと、少し直すだけで良い程度の問題が大事になってしまうので、これもまた良くない。

 ミトは両親が居ないからと、パミを歳の離れた妹と称して子供の頃から視察などに連れ出していた。それで子供らしい言葉で『こうこうはできないのかな?』と鋭い指摘をしていた。不思議な事にその方が『改善』が早かった。そういうものなんだろうね。全然気づかない場合もあれば、前々からどうにかしたいと気になっていたけれど、日々の仕事に追われてできなかった場合もあると思う。子供の言う事だと聞き流す人も居れば、ああ、子供でも気付いちゃうかと恥じて早速直す人も居るだろう。

 人とは本当に千差万別だ。『誰から』『どういうタイミングで』『どういう話し方や言葉で』届けられたかも大きいと思う。けれど、人と人は必ずどこかで繋がっていて、それがどんな相手であろうと同じ環に集う仲間だ。そしてその環を包むのは大自然であり、この星(地球)であり、宇宙全体だと自然の触覚でもある私はそう捉えている。自分が1番ではない。誰もが1番でありオンリーワンだ。

 そして私達は世の中(社会)という舞台に、歴史上同時刻に共演している演者なのだ。そこにはお金持ちのお嬢様役も居るだろうし、次の場面転換に向けて舞台設備(セット)をトンテンカンと用意している裏方さんも居るだろう。誰しもが視える人が観れば、主人公でありこの舞台を作り上げるのに欠かせない人なのだ。

 そういう意味で清掃員という立場は、『ツウ』の通う天井桟敷であり、身近に『地上の星』を幾つも見付けられる最高の場所なのだ。お茶の間で『作られたドラマ』を観るより、もっとリアルな人間ドラマと感動が待っていて、しかもそれが自分のところの社員な訳だ。こんなに愉しい事はなかなかない。王様も知らない最高の遊興だよ。まぁ、あのお方はマジになった時以外はセカンダリー・タービンが止まった状態だからね。

 

『後で』と私はユリアーナ達を見送った。そしてエルヴァの世界のユリアーナを思い起こした。エルヴァちゃんの親友のユリアーナちゃんではない。死んでしまった方のユリアーナの事だ。どんな人生だったのだろう。どういう人だったのだろう。誰も救けてくれなくて、きっと絶望した事だろう。それでもユリアーナらしく最後まで生きようと頑張ったに違いない。そういう事が浮かんで辛くなるから、結婚式を見届けると早々に辞したのだ。

 

『お嬢様、お時間です』

「はい、出ます」

 

 私は仮面のないKKK団のような白く奇っ怪な衣装とセットになった、金色の冠を頭に戴いた。一見、天の衣風に見えるそれは、考えるに裁判官や大学の卒業式などに纏う、黒いローブの白版といった方が適切な表現かも知れない。冠でなく白い角帽の方が似合いそうだ。幼児が見たら『お姉ちゃん、ヘンな格好~』って絶対に指差しながら言うぞ? けれどこんな怪しいものが総裁の伝統的な衣装なのだった。正直ダサい。歴代の総裁が絶対にそう思っていた筈だ。けれど誰も変えなかったのは、滅多に着る事なんてないし、どうでもいいと考えていたからだろう。クロちゃんの時代には変えて欲しいなぁ。

 と言うかあの子、ダサいものはダサいと正直に言うし、褐色の肌が目立つからか白い衣類があまり好きではない。今はそうでもないけど、以前は学校の制服以外に白いものを着なかったなぁ。そんなどうでもいい事を考えつつ私は廊下に出た。

 

 

 

 

 一旦、自分達の家に戻っていたパミとミトが、着替え終えた私達を迎えに来た。お母様、私、パミ、ミト、巫女の姉さんにちぃイリヤ、そしておチビちゃんにクロちゃんとで本館に向かった。だけど『エル』は『後で』と言って来なかった。それは本館でお披露目を仕切るために本物の『エル』が待機しているからだ。こっちの『エル』は館の外で警備の方を確認するそうだ。なぁ~んか『差別』のような気がして私はモヤッとした。

 けれどパミがこう言った。

 

「気にしなくて良いですよ、お姉さん。私達は3人共、こういうのに慣れていますから」

 

 なんて事をしれっと平気な顔で。

 

「安心して。どの子も私の娘よ」

 

 お母様……私は妹が無限増殖するんですか? でも、それをなんとも思わず受け入れられるのがお母様なのだろう。私なんて、全部『エル』の仕業だとわかっているからこそ、やっと受け入れられる心の準備ができると言うのに。思うにお母様って気質や性格も『器』なのよね。

 

「当たり前じゃん。土器、陶器、炻器(せっき)、磁器の違いは知っているでしょう?」

 

 巫女の姉だ。何が言いたいのだ?

 

「焼く温度だっけ?」

「そう、それと土の質なんかもあるけど。じゃ、土鍋ってさっきの四つのどれだと思う?」

「陶器」

「その通り。私達は元々磁器の文化圏なのよ。けれど日本で陶器を知り、身近に触れる文化を知った」

 

 今更だ。私もお手頃な陶器を集めているのだから。

 

「で、その中でも土鍋は火に直接掛けて料理をするのよ? 土鍋は入れられる材料に文句は言わない。けれど美味しく食べて欲しいとは、いつも願っているの」

「え?」

「お鍋の願いと言うより焼いた人の願いかも。陶器はほんの少し吸水性があるからね」

 

 この吸水性が旨味を蓄積させるのだ。だから何十年も使われた『まる鍋(すっぽん鍋)』専用の鍋は重宝されるのだ。つまり鍋を育てたいなら魚介なら魚介、肉なら肉と分けて使う方が望ましい。それと土鍋でキムチ鍋やカレー鍋はご法度だ。水気とともに味も吸うし、色が染まる可能性が高いからだ。

 

「それで水に含まれる僅かなエーテルに乗った思念が、土鍋にそういうのを残すの。もっと吸水性のある土器だと凄まじいわ。私達が博物館なんかで縄文土器を見て『あ~』って感じるのはそれもあるのよ」

 

 思念か。これは初めて知った。

 

「どうやら、その『願い(思念)』がお母様には感じられるようなの」

 

 だから土鍋を集めるの? 『土』のアインツベルンで、『器』の女だからってだけじゃなかったって事? 姉は『うん』と頷いた。お母様はアインツベルン専用の土鍋だったのか。『錬金術で作られた黄金の杯』じゃなかったんだ? まぁそれは冗談としても、起源だけではなかった訳だ。

 

 本館横の小道を抜けて正面玄関側に出ると、たくさんのクルマと人でごった返していた。それを執事服に身を包んだお兄ちゃんとアサシンが誘導している。中にはそういう奴もいるかも知れないけれど、それなりの魔術師は人種差別をしない。どういう魔術が使えるかどうかの方が重要だからだ。

 そしてお兄ちゃんもアサシンも、漂う魔力が尋常じゃない。

 

「わざと魔力を?」

「みたいね。そう『エル』に言われているんでしょうね」

 

 これ以上ない威圧だ。しかもドアマンは、スーツにネクタイこそ決まっているが、辺りを伺う眼光が鋭過(するどす)ぎるアルさんだ。有力な家の人ならボディガードを連れて来ていたりするようだ。事前にアサシンが調べていたのだろう。スラスラとそのボディガードの名前と身分を明らかにしていった。きっと一族内の屈強な誰かを雇っているか身内なら通し、それ以外ならアルさんが止めるのだろう。

 1人、主(あるじ)から引き離され、アサシンにどこかへ連れて行かれるボディガードが居た。ミトがキツい目でそれを見ていた。

 

「外部の人を連れて来ちゃった人が居るの?」

「ボディガードを雇うなら、対魔術師を想定しますからね。それが見知らぬ第三者から、密命を帯びた魔術師崩れや魔術使いだと危ないでしょう? と言っても大抵は無害なお供でしかありませんし、見栄で雇ったに過ぎません。ですけど密命や後催眠を想定できない頭なのも困りものですし、そういう裏がない事を確認済みだったとしても軽薄と言わざるを得ません。万一の事が起きれば、比較的マトモで『エル』寄りの家であっても、取り潰しは免れませんからね。乱暴に見えるこれも、一族を守る意味があるんですよ」

 

 そうパミが教えてくれた。私とちぃイリヤにおチビちゃんは驚いた。そしてクロちゃんの目つきがミトのように鋭くなって、ボディガードの消えた方向をじっと見詰めていた。それを見ておチビちゃんも目つきが変わった。

 

「クロちゃん、大丈夫。あっちにアサシン達の詰め所があって、そこで中の様子をモニターで観れるんだよ。それに飲み物や食べ物も出るからね。単に部外者は入れないというだけだよ」

 

 パミのその言葉でクロちゃんとおチビちゃんはホッとしていた。この子達は危機意識が高い。一方、ちぃイリヤは私の手を振り解いて、お仕事中のアルさんの傍に行ってジッと観ていた。声を掛けて邪魔しないだけ成長したと思う。私達はそんなアルさんにペコリと頭を下げ、開いてくれるドアから中に入ったのだった。

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