※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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72、Illyasviel in Eppelheim 16

『柚子胡椒』などのお土産を受け取ったお客は、5分の4ほどがそのまま帰り、5分の1が今晩泊まって明日帰るようだ。そんな風にしてお披露目パーティーは終わった。借りている家に向かってゾロゾロ帰る私達だったが、人形の方の『エル』とお母様、そしてクロちゃんが本館に残った。本物の『エル』に引き止められたからだ。ミトの予測だと巫女の姉の今後に付いてではないかとの事だった。私もそんな気がしている。それを察しているのか、本館前で見掛けたお兄ちゃんも、妙にソワソワしている気がした。

 遠距離恋愛を続けて無事ゴールまでたどり着けても、彼女もアルさんやお兄ちゃんと同じで『エル』が『座』のエーテル体だ。人形を鋳造してそこに意識を移せば、赤ちゃんを望む事も可能とは『エル』に聞いている。だから問題はきっと、このまま遠距離恋愛を続けるのか、それともこちらに引っ越すのかにあるのかも知れない。はたまた全然違う内容なのかも知れないけれど。

 

 そんな風に私が考え事をしながら歩いていると、後ろから声が幾つか同時に掛かった。

 

「ミト、パミ~」

「イリヤ~!」

 

 うん? と振り向いたのは全員だけど、『イリヤ』に反応したのは勿論、私、ちぃイリヤ、おチビちゃんの3人だ。けれど声の主のお目当ては私だった。私のモデル仲間で先輩でもあるユリアーナだった。ユリアーナがこちらに向かって来るのとは逆にパミとミトは声の主に向かって行った。あちらはどうも会社の人だ。以前一度逢ったテークラさんの気がする。眼の前に来たユリアーナが言う。

 

「おめでとう。やっと名実とも親戚になれたね?」

「ありがとう」

 

 ユリアーナはお父様がミヒェル家本家の次男で、私がお世話になっている建機会社オーナーの従兄弟だ。そしてお母様がラファエル家本家の次女か三女で、名門のお嬢様だった。けれどその立場に甘えず、自分の道を自分で切り拓くタイプで、どこで知り合ったのか、似たようなタイプのルヴィアとも良好な仲だったりする。

 

「ユリアーナは帰るの?」

「家がマインツだもん」

 

 マインツはハイデルベルクからライン川を60kmほど下った北の街だ。その街から20kmほど東に行けばフランクフルトだから、結構便利なところで、私も何度かお邪魔している。けれど独立心旺盛な彼女は郊外の実家でなく、街の真ん中の少々お高めに思えるアパートを借りて、愛猫数匹と暮らしていた。(その賃貸アパート(日本で言うマンション)のオーナーは、ユリアーナのお父様だ。でも、家賃は自分で支払っていた)

 学校とモデル業の兼ね合いで、中学生頃は苦労したそうだけど、日本で言う中学校を卒業したらモデル業に打ち込むために高校には行かず、メイクの専門学校に通い、そこを卒業後はスタイリストの専門学校に通っていた。と同時に子供の頃から続けているクラシックバレエとジャズダンスも、辞めずに今も続けているから大したものだ。

 まぁ、ユリアーナは病気の事があったから魔術から離れざるを得なかった。それをご両親は不憫に思い、彼女には好きな事をさせていたのもある。身長は169cmだからそんなに高くないけれど、現在24歳の彼女は今が1番脂が乗っていて、ドイツ国内ではそこそこ有名なモデルでもあった。けれどそこに至ったのはユリアーナ自身の努力と器量があったからだ。

 私みたいなイメージキャラなく、ファションモデルであるユリアーナは体型維持の制限が私よりキツく、食事の内容で脂質を避けたり、食べる順番が厳格に決まっていた。まぁ私も日本では、ミネラルの多い海藻を使った野菜サラダから先に食べ、お肉は脂身をお箸やフォークで取り除き、豆類なんかと一緒にゆっくり噛んで食べている。だから自分で混ぜた雑穀米のご飯はお茶碗半分くらいで、パンは避けていた。この食事時間が長引くから、お弁当作りの時間も考えて、学園時代は起きたら直ぐにスムージーを作って飲み、納豆と2口くらいのご飯で済ませる日がほとんどだった。

 これは食べたなら食べた分だけ運動すれば良いという簡単な問題でなく、お肌に悪い老化物質を身体に発生させたり残さないためでもあった。そしてこういうのをユリアーナや私の所属する事務所は事細かに教えてくれるのだった。だから身体に良いからと、ユリアーナは海藻と納豆を『エル』を通して手に入れていた。今日のお料理もほとんど手を付けていないか……いや、『エル』なら別口を用意していた可能性があるなぁ。

 

 

「帰るにしても1時間も掛からないよ。もう少しお話できない?」

「なら借りている家でお茶でも」

 

 そこで人形の『エル』が本館に残った意味がわかった。お母様を連れ帰る役もあるだろうけど、ユリアーナと話す時間を作ってくれたのだ。

 

「例の赤いフェラーリで来たの?」

「半分『うん』で、半分『ううん』だね。実は前の『360modena』を下取りに出して、『F430』に乗り換えたのよ。だから今はお付きの人に番を頼んでいるよ。それと去年、『エル』に薦められてね。『Honda S2000』を買ったのよ。あれも面白いよね」

 

 お金、持ってるなぁ。『F430』も凄いけど『S2000』まで。この欧州版『S2000』はモデルの最後まで2000cc(AP1)で、排ガス規制の触媒の関係でずっと241psだった。北米版や日本版のように2200cc(AP2)版は出なかった。その理由は幾つかあるけど、概ねはヨーロッパ人がマニュアル・シフトに慣れていて、クラッチミートが上手いからだそうだ。VTECとは言え低速トルクの細い『S2000』での坂道発進でエンストしないし、モデナや430のようなクルマでもお尻を振ったりお釣りを貰ったりしない、ユリアーナみたいなドライビング巧者が結構多いのがヨーロッパのお金持ちなのだとか。

 なおこの『S2000』は左ハンドルの欧州版であってもサイドブレーキレバーは助手席側になっていて、『エル』やマーヤさんが言うには使い勝手がイマイチらしい。けれど峠での下りの速さと、どこまでもフケるエンジンが最高なのだとか。

 

「それだけじゃないよ、イリヤ。回るだけならロータリーだもん」

「『RX-8』?」

「そう。昔、『RX-7』っていうのがあったのを知ってさ。でも、調べたらドイツでの販売はとっくに終わっていたの。すると『RX-8』があるよと教えてくれた人が居て。それを耳に挟んだ『エル』が、『燃費、オープン、ピュア・スポーツの三要素から求めるのならこれですよ』と『S2000』を薦めてくれたって訳」

 

 へぇ~。先にロータリーを考えていたんだ。確かにエンジンは回るよね。けれど『RX-8』がユーロのキツい排ガス規制を通っていたなんて知らなかったなぁ。燃費はリッター6~7kmだっけ? ターボがない分マシとは聞くけれど、ターボがないと訴求力が弱いよね。それに元々ユリアーナは『F430』を出すまででもない、軽いスポーツ・ドライブに使えるクルマを探していたようだし。そうとなると『MX-5(ロードスター)』もユリアーナには弱い……そこで『S2000』かぁ。何より日本車だと、たまにしかエンジンを掛けなくてもグズらないし、オイルさえマメに換えれば長く乗れるしね。なるほど、セカンドカーには向いてるよ。

 

 なお、そんなスポーツカーが好きなユリアーナが、『NSX』の1型を持っていないのは年齢的な事情だろう。あれの『NSX-R』が出ていた頃は、彼女小学生か中学生だったろうし。また、全輪駆動や四輪駆動に興味がないのは、マインツやフランクフルトには雪が積もらないからだ。ここエッペルハイムなら粉雪程度でも、黒い森のドナウエッシンゲン辺りだと結構積もる時がある。ドイツは北に行くより南のアルプス寄りな方が降雪量が多いし積もるのだった。だから私はスノボー好きになり、『エル』はスキー好きになったとも言えた。結局日本で住むようになっても、お互い子供の頃の原風景は忘れられなかったという事だ。

 だからクルマといえばホンダと真っ先に連想させるマーヤさんに育てられた『エル』も、ホンダ好きになった。それでも雪道は迷わずスバルを選んでいる。まぁ、普通に考えてゲレンデに行くのに『Type-R』はないだろう。つまり、あんなスイスの雪道を、RRの軽量化したポルシェ・ターボで疾走する命知らずは、この世でお祖父様ただお一人だという事だ。

 

 そしてそのスバルには、アメリカの荒れ地や豪雪地帯に向けたアウトバックという車種があった。ベースはレガシィ。日本ではBL/BP系になるまではランカスターと名付けられていた、車高を160mmほど上げ、フロントバンパーにフォグランプを組み込んだモデルだ。日本では今ひとつ理解されず、もっとSUV寄りなフォレスターの方が売れた訳だけど、アメリカとオーストラリアではかなり人気があって、ワゴンだけでなくセダンもあるのを知らない人も居るだろう。

 これはSUVはSUVで持っているけど、友人の家で開かれるパーティーに向かう場合や、フォーマルな場に行く必要のある人。仕事場が農場じゃないけれど、途中荒れ地を通る必要があるし、季節によれば雪も積もるという少し過酷な地域に住む人。そういう特殊な環境で暮らす人達に向けたクルマだったのだ。だから名前が豪州英語のアウトバック(荒れ地/奥地)となった。

 主力の排気量が2.5リットルや3.0リットルなのはトルクが必要だからで、オートマが主流なのも広大なガタガタ道で変速操作なんてしていられないからだ。ゆっくり走って障害をクリアなんて日常生活でやってられない。誰だってサッと帰って晩ご飯を食べて休みたい。そういう土地の人に向けたクルマだ。そしてセダンの存在意義はフォーマルに乗れるからだけではない。エアコンやヒーターが早く効くからでもあった。

 そんなアウトバックにレガシィベースでなくインプレッサベースのアウトバック・スポーツという若者向けの車種もあって、日本でも1995年にグラベルEXという名で、野生動物避けの大型バンパーを装着したスポーツワゴンが1回こっきりで出ていた。聞くところによると1300台くらいしか売れなかったそうだ。95年の日本はハイラックス・サーフなどのオフ車ブームが終わりつつあった頃だ。タイミングが遅かったし、何よりあの大きな追加バンパーがシカやイノシシなどの野生動物に、無闇にダメージを与えると動物愛護団体からの苦情の声が世界的に高まった頃でもあった。

 さすがの『エル』もこのグラベルEXは持っていないけれど、アデレードの別荘には昨年の夏から、前方後円墳型ライトのアウトバック・スポーツが置いてある。私もこれを時々借りているのだけど、色がWRブルー・マイカなのが頂けない。何よりタイヤが17インチの45でなく、15インチの70に落としてあるところと、アルミでなく鉄チンにしているところが不気味だ。

 けれどオーストラリアはそういうところだった。一部の都会を除くと、舗装路から少し外れた途端にガレ地になりエミューがたかって来るし、ヘビは這っていて、ワニもノシノシ歩いているのだ。別荘のテラスで読書中に寝込んでしまった『エル』がお腹をエミューに踏んづけられた話は家族内で有名だ。ビキニで眠っていたので、お腹に足跡がくっきり残って……今思い出しても笑ってしまう。

 そんなところだから、お母様ですらアデレードでは6代目ハイラックス(トラック)のダブルキャブに乗っている。これもよく借りるけれど、やっぱりこういうのが合うのがオーストラリアだった。だからアメリカでも一部地域でピックアップ・トラックが人気なのだと思う。それはそういうクルマでないと生活できないからだ。特に農場や牧場の人はそうだろう。

 

 ところでユリアーナはそんなスポーツモデルばかりでなく、もう1台クルマを持っていて、普段はそちらに乗っている。

 

「あっちは? あの赤いオペル」

「『Corsa』? 今はC型だよ。さすがに色褪せて来たからね。違うのにしようかなって迷ったけれど、結局『Corsa』にしたの」

 

 そうそう、コルサだ。日本名がヴィータで、確かデザイナーが日本の方だった。今の型は知らないけれど、前のB型は線が柔らかい女性向きでオシャレなハッチバックだった。そっちは何度か横に乗せて貰っていて、『ワーゲン以下の大衆車だから、思った以上に安い』とか、『女性向けなのでエンジンがショボい』とか、結構文句を言っていた。けれど赤いB型コルサは日本に住んでいたら『あれかぁ』と思う人もいると思う。答えは、とあるドラマで車椅子の司書さんが乗っていたアレだ。『エル』が『TW』だからどういう繋がりだと思わなくもない。

 それは於いて、大抵のドイツ人は自国のクルマに誇りを持っている。それでもイタリアン・スポーツカーとオープンカーはスイーツのように別腹となっていて、アウトバーンではこれでもかというくらいロードスターが走っている。さすがは世界で1番売れたオープンカーだ。

 これとは意味が少し違うけれど、やはり市街地でのお買い物用足車に選ばれるコンパクトカーとなると、社名の入った営業車でもない限りドイツ車の比率が極端に少なくなる。ベンツェのAクラスなんてまず見ない。だけどスマートは良く見掛けるから、ブランドに対するイメージなんだろうね。タクシーも社用のリムジンも全部ベンツェで、それがBMWだと『若いのに成功した人、それもIT系』『自分で運転するのが好きな人』なんて思われている。

 だからこそコンパクトカー市場が何でもありなとんでもない事になっているのだ。フィアットに代表されるイタリア車、ルノー・プジョー・シトロエンといったフランス車も多いけれど、ニッサンのマーチ(欧州名マイクラ)がとにかくどこにでもあった。田舎に行くと初代のマーチ(K10系)が今だに元気で走っている。丸くなった2代目(K11系)も多いし、タマゴみたいな最新の3代目(K12系)は『エル』も社用車に数台採用していて、ユリアーナもB型コルサを手放す際に迷ったという。

 

「コルサとマーチで迷ったんだ?」

「マーチ?」

「あ、ごめん。それ、日本名。マイクラだね。私はヤリス(ヴィッツ)っぽくなってどうかなぁって思ったけれど」

「そうだねぇ。世界的にはトヨタだろうけど、フランスとドイツのこっち(西)側だとニッサンだね。だからルノーが買ったんだろうし。それとやっぱり商業車をしっかり作っているのも信頼性が高いよね」

 

 おお、ユリアーナ、結構調べていたんだなぁ。『エル』みたいに答えて来るから驚きだ。

 

「じゃ、再びコルサにした決め手は何?」

「私の場合はエンジンが1.8リットルになったところと、車幅の感覚が掴みやすいところかな」

 

 その意味がイマイチ、ピンと来なかったので詳しく聞いてみた。

 

「私、せっかちなのか、キビキビ走りたくてさ。ディーゼルが合わないんだ」

 

 だけどヨーロッパでは、ディーゼル車の比率が他の国より多い。それはこの頃まではまだ、ディーゼルの方がエコだと信じられていたからだ。だから欧州メーカーは、こんなコンパクトカーでもディーゼルエンジンの選択が2~3種類あった。コルサで2種類だ。対するマイクラは1種類。日本車の場合は大抵そうだ。

 

「だからガソリンエンジンばかり選ぶんだけど、前の型が1.6が最大だったのに、今度のは1.8になったんだ。だからそっちが気になったのと、新型はハンドリングが良いんだよね。クラッチも軽いしさ」

 

 やっぱり色々乗ってから選んだようだった。そして最初に言っていたように車幅の感覚が大きいらしい。

 

「仕事で疲れてるのに、そこまで気を使いたくないと言うか……。勿論安全確認は怠らないよ? でもさ、抜けるマージンがあるのは大きいよ」

 

 オートマまで行くと気が抜け過ぎる。マニュアルなら適度に締まるし、『抜きどころ』も明らか。それが彼女の場合、車幅だった訳だ。またコルサはC型からホイールベースが少し伸び、B型やマイクラより直進安定性が良いそうだ。何より1.8リットルもあれば、アウトバーンでも2番目の車線までは行けてしまう。そこが大きいそうだ。なるほどなぁ。

 

 以下はユリアーナによる解説の抜粋だ。

 

『このオペルというメーカーは、ゼネラル・モーターズ(GM)の子会社とは思えない変化球を投げてくる事で知られている。質実剛健なドイツ車らしい芯は外さないのだけれど、どこかフランス車っぽいオシャレさがあると個人的に考えている。また本社がバーデン=ヴュルテンベルク州の北隣りのヘッセン州(フランクフルトのある州)にあり、私の家があるマインツの川向うでもある。それもあって足車にコルサを選んだ。

 それでそのコルサは当初から、他メーカーのライバル車より安く、バリエーションが多い事で知られていた。私が選んだ3ドア・ハッチバックだけでなく、5ドア・ハッチバックに4ドア・セダン、4ドア・ワゴン、2ドア・カブリオレに2ドア・ピックアップ・トラックなんてものがあって、そのバリエーションの豊富さは往年のゴルフ以上だ。それがゴルフより安く売られている。確かにショボい部分もあるけれど、デザインは良いし日常使いの足車と考えれば、いつの間にか『Volks(庶民的な)Wagen(自動車)』じゃなくなったワーゲンのゴルフよりもコルサの方が良いと思えた(だからワーゲンはポロやルポを出して来たのだろう)』

 

 という事だった。そして彼女のコルサはアパートの下の道路で毎日路上駐車だ。以前フェラーリは実家のガレージに置いていると話していたので、きっと『S2000』も実家のガレージだと思う。

 ちなみにオペルには、スピードスターという2座席のタルガトップ・スポーツカーがある。英国ではボクスホール(※)という、これまたGM傘下のブランドから、『VX220』という名でも出ているライトウェイトスポーツだ。ユリアーナは発売当初に一応試乗したそうだ。けれど買わなかったのは、『性能は認めるけれど、エンジンが官能的じゃないのと、デザインがカクカクし過ぎ』だったからという。そのお話を聞いたのが2年ほど前で、その時にモデナの横に乗って、そのスピードスターを2人で見に行った。そして2人で試乗ドライブに出たのだけれど、やっぱりエンジンの音や排気音がフェラーリの後だと物足りなかった。品が良過ぎるのだ。

 

※)海外にたくさんの子会社を持つGMだけど、中でも有名なのがGM傘下に入る前も独立した自動車メーカーだった、ドイツのオペル、英国のボクスホール、オーストラリアのホールデンだ。そのオーストラリアのホールデンも独自のモデルが多く、コモドアというセダンはあちらの警察にパトカーとして採用されるほど有名だ(ライバルは豪州フォードのファルコン)。そのコモドアのスポーツモデルが英国に渡り、もう少し後に英国主導で更に改造を受けて、トップギアのスティグの愛車という設定になったのが『VXR8』だ。またオーストラリアの都市部では無骨なピックアップトラック代わりにユートという、コモドアやファルコンの後席やトランク部を荷台にしてしまった独自の車種が出ていた。元が最低地上高の低いセダンだから『使えない』クルマなのだけれど、最低賃金が上がって小金持ちになった若者にはウケてそこそこ売れているようだ。また、サニートラックのようなルーフの低くスタイリシュなピックアップトラックを求める層にも人気がある。ただし図体はかなり大きいけれど。

 

 フェラーリなんかをポンと買えるくらい稼ぎ頭のユリアーナは、万一の時に危険だとして事務所からバイクを禁止されている。けれど本人はバイクに興味がないらしく、クルマにしか乗らない。そんな美人でスタイルの良いユリアーナが、大衆車と言っても良いコルサに乗ると、フランクフルトを走ってもパリかミラノのように思えてしまうし、後ろにバゲット(フランスパン)の飛び出た買い物袋を乗せても絵になるのが簡単に想像できてしまう。

 私ならそのクルマが例え『AMG』や『フェラーリ』であったとしても、紙袋からサンマの灰干しの尾っぽや、青首大根の葉っぱか尻尾が飛び出ているのがお似合いだ。生活感というかその人のライフスタイルは絶対にクルマに現れる。だからこそお買い物用の足車は必須となるのだ。結婚して家族が増えれば、そういうクルマも必要になるし……。しかも私達は『エル』という才女のお陰で贅沢な暮らしをさせて貰っていて、なおかつそれぞれが学生時代から仕事を持っているからできる事だ。

 狭い日本で中々上がらないサラリーで働く人々は、3LDKか4LDKの一戸建てを通勤圏内で持てたら、十分人生大成功と言っても過言ではないと思う。そしてそういう家の駐車スペースには精々、1台か2台しかクルマが置けない。となると家族で乗れるミニバンがメインとなり、お買い物の軽自動車かコンパクトカーが持てれば大したものだという事になる。いやホント。

 そしてそういうクルマには、ほぼ100%の確率で交通安全のお守りなんかがぶら下がっていたりする。軽やミニバンだからマシだけど、『フェラーリ』にお守りがぶら下がっていたら何か嫌だ。これで何となく見えてこないだろうか? 『エル』がスポーツモデルとは別に箱バンを持つ理由が。

 冬木ならデュトロのルートバンだ。あれって何気にハイエースのロング並みにボディが長い。しかも後席が無いから人を運べないのだ。でもサーキット用のバイクがあの子の分も私の分も載せてしまえる。そしてメイドを含んだ家族分の食料を、それこそ箱買いしても十分に乗り、家電でも家具でも運べてしまう。そしてそういうクルマをこそ、キャンバスに見立ててカスタムペイントを施して自己主張をしている。ルームミラーにはきっちり遠坂神社のお守りがぶら下がっているし、バックドアには魔除けの魔方陣が描かれていたりもするのだ。

 買い食いもするし、自販機で飲料を買ったりもする。友人とファストフード店にも入るし、回転寿司にも行く。気が向いたら宝クジもロトくじも買う(自分が選んでマーヤさんに代行で買わせる)。こんな風に世の成功した人の『しない』という事を全部している。要はそれ以上稼げば良い、それ以上儲ければ良いという発想なのだ。その上で『真に必要なのは新しい未知の体験と、友情の維持、そして新しい出逢いだ』と言い切っている。

 それでユリアーナも『エル』とよく似たタイプで、未知の体験に友情や出逢いを重んじる人だった。それでもってやはりクルマに思い入れがあるので、どのクルマにもミヒェル家の紋章を象った、赤い盾と剣をモチーフにした自作のステッカーをリアのどこかに貼り付けていた。

 ちなみにドイツ語で『赤=Rot』『盾=Schild』だ。間に『H』を入れて続けて読むと? そして彼らもドイツ系で元は黒い森のぶどう畑から端を発している。

 

『真似されたんだろうね。五大老のような五家なんて、男の子を5人儲けてまで……執念でしょうよ』

 

 ユリアーナが言うには、そういう事らしい。またミヒェル家はアーベル家と並んでカバラにも詳しいので、こういう事も教えて貰った。

 

『イリヤ。今のカバラって、欧州文化と混ざって台頭してきた偽ユダヤが作った歴史の浅い錬金術でね。天文学のビッグバン理論も、そいつらがカバラに沿うよう子飼いの学者に提唱させて定着させた考えなの。そして『Kabbala』とは『Kabaa=Cube』と『Allah=神(アッラー)』をミックスした造語よ。そこに昔ながらの数秘術の考えを乗せてさ。カバラとは『正六角形の中に神が存在する』という意味なの。その六角形に線を3本入れてご覧なさい』

 

 そう言ってユリアーナはノートに透視図になった立方体を描いてくれた。

 

『この立方体を箱と考えて、その箱の展開図を頭に浮かべみて』

 

 私は『あ!』と驚いた。それは十字架だったからだ。また正六角形の各辺に正三角形の角を付けると、それは六芒星、即ちユダヤの星となり……。

 

『三角の数(頂点の数)が6、辺の数が6、中に六角形だから6。つまり666よ。そして足して18だけど、この18が古いユダヤの教えでは幸運を運ぶ数字とされているの』

 

 また1ドル紙幣を取り出してこんな事も教えてくれた。

 

『フリーメーソンの象徴であるコンパスと定規は、六芒星の簡略図なのよ。このお札のピラミッドと目だけど、注目して欲しいのは周囲のラテン語よ。こことこことこことこことここ』

 

 彼女が指し示したそこには『M』『A』『S』『O』『N』の文字があった。それらとプロビデンスの目を繋げると六芒星が現れたのだ。

 

『そういう意味だったの?』

『そうよ。奴らは英国で儲け、アメリカで支配体制を完了したの。プロビデンスの目はホルスの目。つまりアドレノクロムの存在の先にある悪魔信仰や土星信仰を表すものでもあったのね。日曜日に教会へ行くのも、前日の土曜日(Saturday)がサターン・デイでそっちが本番だからなの。キリスト教下のカレンダーが日曜始まりなのは、土曜日こそが重要な日だったからよ』

 

 神秘の門に至るカバラはとっくに失われ、本物の錬金術師が既知の事柄を省くと、偽ユダヤの言葉遊びしか残らないそうだ。だからカバラは幾らそれっぽくても、基盤たり得ないのだという。時計塔の講師クラスでこれも魔術だと言い出す者がいたら、そいつはあちら側と直ぐにわかる。だから『エル』の時計塔改革がすんなり進んだのだそうだ。

 冬木に於けるサーヴァント召喚の呪文の一節に『王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ』という部分がある。これは言わずと知れたカバラの『セフィロトの樹』を現している。王冠とは根源であり、一番上の部分を指すのでなく、そこの遥か外にあるものだ。循環する三叉路とは一番下の三角の部分で、召喚の際はここに地球か太陽が来なければならないとされる。そうなるように時と場所を選んで、魔力の循環を読んで召喚する。うろ覚えだけど確かそんな風にアハトから私は教わった。きっとこの知識はちぃイリヤや巫女の姉の方が詳しいだろう。

 

 こんな風にユリアーナは自分の家の魔術に造詣が深かったし、きちんと魔力が使えたならかなりの魔術師になっていたのは間違いない人だった。また彼女は、同じアインツベルンとは思えないほど人造感のない、天然美人で綺麗な人でもあった。本家の人達を知ると、ホムンクルスとのハーフでなくともどこか作り物っぽく感じるのにユリアーナにはそれがなかった。きっと調整などせずとも元から美人なのだ。そんな彼女を家に招いてお茶をいれた。

 

「なるほどねぇ~。イリヤが進学でモデルを引退するって聞いていたからさ。なんだ、ちゃんと後を托せる妹さんが居たのね?」

「うん。ユリアーナ、こっちの子がモデル志望で、こっちの子は翻訳者志望だから少し違うんだけどね」

 

 クロちゃんは戻っていないし、ミトやパミもまだ戻っていないけれど、1人1人紹介した後の事だ。イヴのところのCM撮影はまだ話せる段階ではないので、そこは話さずにいた。

 

「イリヤは大学で何を専攻したの?」

「国文学。要は日本語だよ。英文学かドイツ文学とで迷ったけれど」

「日本語? 今でもペラペラでしょうに?」

「そう。だからドイツ語の方が怪しいよ。でもね、私は料理研究家になりたくてさ。それで色んな本を読む必要があって」

 

 本を出しているのはユリアーナも知っているし、彼女のアパートの本棚には私の本が並んでいる。

 

「あ~、なるほど。日本語の古い文献を漁ったりもするんだ? まっしぐらだね。でもさ、思うんだけど大学を出た後、『エル』のところで数年働くのも良いかもよ?」

「そうよねぇ。ヨーロッパの料理もきちんと学びたいな」

「あれ? ドイツ料理は? あなたなら得意でしょう?」

「それはメチャクチャ上手なメイドが家にいるから、しっかり学んだよ。それと『エル』の会社の人のお祖母ちゃんにも教わったわ」

 

 このお祖母ちゃんが、実はフンボルト君のお祖母ちゃんで、ドイツへ仕事で来て機会があるたび連絡を入れて、お祖母ちゃんのご都合が良ければ教わりに行っていた時期があったのだ。だいたい中等部の終わり頃から高等部の2年生頃に掛けてで、切っ掛けは何だったかな? ともかく『エル』を通しての話で、1回目はわざわざフンボルト君がクルマを出してくれ、送り迎えをしてくれたのだった。2回目以降はユリアーナかミトだった。けれどフンボルト君の結婚で、奥さんともどもお祖母ちゃんと同居する事に決まったので、お邪魔したら悪いなとなって、それが失くなったのだった。

 

「となると東欧とかの?」

「そう、そういうの。ヨーロッパとアジアの境目とかだね」

「なるほど。それで?」

「それで『語源』のような『レシピ源』を探ってみたいなぁ、なんて」

 

 小麦粉とジャガイモしか知らない文化圏で育ったのに、中華料理からお米を知って、『おにぎり』に行き、『携行食』『お弁当』に行き着いた『エル』。こんな妹から刺激を受けない筈がない。耳介のカタチと眉のカタチが微妙に違うだけで(強いて言うならバストの大きさが以前は違っていたが、高3の終わり頃から変わらなくなった)、顔や体格はほぼ同じの私と『エル』だけど、双子だから当たり前ではなく、双子でも触れるものが異なるとここまで違うのかという発見。そこにこそ面白味があると思うのだ。以前は漠然と考えていた事だけれど、文明と文明の出会いで、レシピはどう変化したのか? そういったものを今の私は知りたいと考えていた。

 これも『エル』の姿勢を見てわかった事の真似だ。魔術や錬金術だけを追っても血肉に刻めないコト。壁にあたって停滞してしまう焦りと怒りとジレンマ。そういうごった煮状態の、ちっとも前に進めない苦悩が、研究者には必ずあるし訪れる。また、先人をリスペクトし、残された文献を何度も違う角度から見る事で見え始めて来るモノもあるかと思えば、全否定して全部棄てた後に見えて来るものもあるだろう。そういうものの見方や考え方に捉え方を繰り返した果てに、やっとこさっとこ壁は壊されるものだ、というのが本来の王道的考えだ。

 けれど、まったく違う研究をしていると、本筋での研究の壁となっていた要因の突き崩し方が意外なほどストーンと腑に落ちると言うか、ポンと簡単にわかってしまう場合がある。そんな突破口になり得る方法を『エル』は何パターンも知っていた。それだから、両方の研究を必ずモノにして、報酬なり対価なりに繋げていた。そこはとても重要な事だと思う。

 自分が学び研究してきたものが金銭に代えられないから、『魔術使い』に堕する他なかった魔術師も多いからだ。誰もが表向きの儲かる職を得ていたり、事業を営んでいる訳ではない。根源を目指す目指さないの前に、食べて生きて行けるのかどうかの方が重要なのだから、とかく挫折する魔術師のタマゴは多い。だから数多くの魔術師を抱え、一族一門を率いる血統の確かな家には敬意が表されるのだ。

 代を重ねるとは魔術回路の話だけでは済まない。代を重ねた家とは、回路や刻印に纏わる疾病を克服し、魔術の研究という公にできず、お金になり難い趣味に『うつつを抜かせる』だけのお金持ちであるという意味も併せ持つのだった。若い頃のウェイバー先生はこの事を理解しておらず、大きな恥をかいたそうだ。だから今の時計塔では、基礎科で最初にそこを教えられるようになったそうだ。

 

 

 ユリアーナとのお話が楽しくて、おチビちゃんやちぃイリヤが着替え終えて、これまた着替えたパミやミトが帰ってきても私達は時間を忘れて話し込んでいた。そこに皆んなも加わり、そこからも2時間くらいお話した。さすがに窓の光が傾いてきた。

 

「あ~、すっかり長居しちゃった。楽しかったわ。じゃ、またね、イリヤ、皆さん」

「うん、また。暗くなるから気をつけて帰ってね」

 

 そうしてユリアーナを玄関まで見送った。後日、おチビちゃんがモデル業に今まで以上の熱意を以って応(あた)るようになったのは、この日のユリアーナとの出逢いがあったからに間違いない。

 

 

 

 地下に急遽作った仮想空間の仮設ガレージからでなく、館横のガレージから真っ赤なフェラーリが出て来た。相変わらずけたたましい排気音だが、これでEUの厳しい排気ガス規制を通るのだから謎だ。ドライバーは予想通りのユリアーナ。イリヤの先輩モデルにして、『エル』の親友、そして元患者であり元恋人だ。ナビに座るコ・ドライバーは、慎二との婚約を機に医療行為という名目の肉体関係を精算した『エル』がユリアーナに贈った、『エル』がモデルの医療用ホムンクルスだった。

『エル』ならもっと早く鋳造できたと思うのだが、そう簡単にいかんのが人の心だな……。さしもの『エル』も慎二というファクターがなければ言い出す切っ掛けが掴めなかった。

 

「ありがとう。お休みなさい、お兄さん」

「ああ、おやすみ。すっかり陽も暮れた、気を付けて帰り給え……。そうだ、君は猫を飼っていたろう? 大丈夫なのか?」

 

 ユリアーナは猫好きで、自宅アパートに3~4匹飼っている。泊まりの仕事がある場合はどうしているのか?

 

「あの子達は『魔猫』で賢いから。餌も自動給餌器ですよ」

「……そうだったな」

 

 猫と聞けば、魔術師というより魔女というイメージがあると思うが、その昔、魔女が使い魔として飼っていたのは大抵、そこらの猫の遺骸と人魂のカケラ(要は幽霊)を魔術で掛け合わせたものだ。短毛種の和猫っぽい黒猫がほとんどなのは、その術の成功率にあるらしく、ある特定の血脈でないと難しいかららしい。

 しかしユリアーナの飼う『魔猫』はそれらと違い、話せはしないが人語を解する知能を持つ、アインツベルンのミヒェル家やラファエル家が千年以上も前に開発した猫だった。そうだ、ユリアーナの両親の実家がそのミヒェル家とラファエル家だった。病で人としての道も魔道をも閉ざされたユリアーナに両家の大老が贈ったものだった事を失念していた。つまり3匹目と4匹目は、最初の2匹の子供であった。猫は多産だから『きょうだい』は実家を通して里親を探して貰ったりもしたが、1匹『エル』が日本に持ち帰り、アイリスフィールが室内で飼っているのだった。

 

 なお余談だが、ラインハルト家とガーブリエール家は『魔犬』を開発しており、ノイント老はホワイト・スイス・シェパード・ドッグのブリーダーとしての顔も持つ。言ってみれば『魔犬』を飼う上での隠れ蓑だ。そして『エル』とイリヤの姉妹は、日本で定住する際にノイント老より『番犬にしなさい』と番(つがい)の白い『魔犬』を贈られていた。オスの名がハーキュリー、メスの名がアシルだ。

 この名付けかたの意味と、それに伴う連想ゲームがわかるのなら、どちらがどちらの犬かもわかると思う。答えはハーキュリーがイリヤの犬でオス。アシルが『エル』の犬でメスだ。ここが不思議なのだが、8歳でアハトの家から出たイリヤは何故か初めて飼う子犬にハーキュリーと名付けた。ハーキュリーとはヘラクレスの英語読みだ。そしてアシルはアキレウスのフランス語読みだった。何と『エル』はハーキュリーと聞いて、アガサ・クリスティのエルキュール・ポアロを連想したのだ。そのエルキュールこそヘラクレスのフランス語読みだ。だからもう片方をギリシアの二大英雄に肖(あやか)ってアシルと名付けたのだった。また、この名付けの謎を、後から家族に加わった小さい方のイリヤ(ちぃイリヤ)は見破っていた。それでイリヤと『エル』は新しい姉妹がかなりの読書家だった事に気付いたのだった。

 2人がこの犬を飼い始めたのは、義姉(巫女のイリヤ)やアルさん、私と出逢う前からだった。なのでその名付け方の真相を知った義姉はたいそう喜んでいたものだ。だから義姉は、この2匹をとても可愛がっていた。そんな犬が5年経っても6年経っても元気なままだ。末っ子の美遊が2歳頃から飼っている、キャバリア・キングチャールズ・スパニエルのワイネより元気なのだ。犬は大抵、大型犬より屋内飼いの小型犬の方が寿命も長く元気なものだ。なのに先住の大型犬である、ハーキュリーやアシルは2~3歳の犬のように元気なままだった。そこで私は『魔犬』や『魔猫』という存在を初めて知ったのだった。『魔犬』なら十数年の寿命が人と変わらぬくらいあり、『魔猫』なら平均的な人の2倍は生きるという。おまけに知能は高く、家族愛も強く、どちらも自分の主人が誰なのかをきちんと把握していた。

 

 閑話休題。

『エル』に良く似た面立ちの医療用ホムンクルスがペコリと頭を下げ、赤いフェラーリは走り去っていった。

 

「少年、今出て行ったユリアーナで本日帰る予定客は終わりだ。後はアサシンに代わって貰って休憩にせんか?」

「そうだな」

 

 アルさんにそう言われ、仮設の詰め所に行こうとすれば、こっちだと肩を叩かれた。

 

「うん?」

「休憩後は中の警備だ。なので席を設けてくれている。中で食事だよ」

 

『エル』の計らいか。有り難い。それでエントランスを抜け、ホールに入ればパーティの跡はすっかり片付いていた。この早さはこの家のメイドや応援のメイドが優秀だからというのもあるが、毎回『エル』やミトにパミが『人形』を駆使して片付けを手伝うからというのもある。食品会社を営む3人だから、食べ切れない料理は持ち帰り用のパックと袋に詰めてお客に渡しているのだ。

 慣れた客だと、『これは要る』『これは美味しかったから、余りがあったらもっと欲しい』『これは口に合わなかったから詰めないで』と報告までしてくれもする。というのは詰めるのが毎回『エル』にミトにパミだからだ。つまりそれがお見送りであり、貴重なダイレクト・アンケート調査にもなっている。更に客はエントランスでお土産まで戴いて帰る事になるから、誰かしらが料理の感想を口にする。それもまた貴重な意見だった。

 またこれとは別に、応援のメイドが自分のところの主(あるじ)が飼う使い魔やペットのために残飯を持ち帰りもする。なので存外にこの家から出る生ゴミは少なかった。

 

 少し離れたところに片付けをチェックしていたフリューゲルと、フリューゲルを見守る大婆が居たので、小部屋の位置を教えて貰った。1階の中華テーブルが無い方だった。この館の凄いところは、3階の客室以外は低いところでも3.5メートルはゆうにありそうなところだった。おそらく18世紀以前に建てられた貴族や領主の館よりも天井が高いと思われる。

 それで小部屋に入ろうとするところで、隣の小部屋から『エル』とアイリスフィール、クロ、そして義姉と義姉と付き合っている男性が出て来た。何とも気不味いタイミングだ。きっと男性と義姉の事での話であったろうに、意外にも軽い会釈で済んでしまった。個室に入ってからアルさんが、どこか釈然としない私に話し掛けてくれた。

 

「少年。あちらは君の反応が変だから流したのだよ」

「私が?」

「重症だな。君にとっての巫女の彼女は実の姉と言っても過言ではない大切な家族だろう?」

「う、うむ」

「なら、おめでとうでも、気に食わないでも良いのだが、まずはどういう相手なのかを話さねばわからぬ。君はそれを彼女に尋ねた事があるか? さき程は母親を交えて、彼の為人(ひととなり)を見聞していたのだと思うぞ? 君が参加しなかったのは、仕事があったからというのは皆んなわかっている。だからこそ、あの場で君は『どうだった?』と母親に聞くなり彼女に尋ねるなりをしなければいけなかった。クロが居たのは後学のために『エル』が誘ったのだろう。ただし一切声をあげていない筈だ。少年は世界のどこであろうと生きる術と知恵はあるのに、こういう人の心情や男女の事情には本当に疎いな?」

「う……面目ない……」

 

 それでメイドが運んでくれた料理を頂きながら、アルさんの話を聞いた。彼の推測によると、義姉はあの男性と付き合うにあたって『自分自身の成り立ち』で、彼に対して後ろめたさがあったようだ。だがずっと隠すのもらしくない。だからズバッと打ち明けたのだろうとの事だ。そして受け入れられた。だから付き合うようになったのだろうとの話だ。そこで次にイリヤ(巫女)が考える事が、家族への報告だ。中でも『家族の中の家族』、『運命共同体』とまで考えているだろうアルさんと私への報告だ。その良いタイミングが今回のお披露目だった。だから某方(なにがしか)のアプローチが、パーティ後にあるだろうと読んでいたらしい。

 

「となると、明日?」

「だろう。泊り客が帰った後だろうから、明日の午後だろうな。また、今回はイリヤの報告を聞いて『良かったな』で終わらせれば良い。遠距離だが、この先も付き合いが続きいよいよとなればまた報告がある。どういう男性かは気に病む必要はない。ミトの紹介らしいが、そういうのは『エル』がとっくに調べてあるだろうし、良いと考えたからGOサインが出たのだろうからな。まずは母親と逢う事。今回はここが重要だった」

「では、ジイさんは?」

「もう少し後になるだろう。彼となら一緒に生きて行けそうだと、ある程度確信を得てからだと思う」

「そうか」

 

 食後のお茶を頂く頃に、彼はこう言った。

 

「並行世界のリンと暮らしたのは英霊になってからか?」

「そうだが?」

 

 今にして思い返せば、この『リン』は特殊だった。彼女との思い出は『座』である『エル』だけが知っているものと思い込んでいたが、『座』を同じくするアルさんにも知られていたか……。

 まず私は100人からの、死後を世界に預けた衛宮士郎の統合体だ。だが誰ひとりとしてその選択を後悔せず、並行世界の若き衛宮士郎に讐(あ)たる事はなかった。だから1番目のアーチャーからあぶれた2番目となったのだろう。もはやその1番目の座は崩れて摩滅してしまい、今は3番目の座が漂うのみだ。そして私も座の消滅を待つばかりの状態であった。

 そんな最中に聖杯戦争へ再び喚ばれた私は、最後の分霊として赴いた先でアンリ・マユにヤラれた。然る後に敗退、イリヤの中に収まった。そのイリヤが今の義姉だ。いわゆる『桜』が暴走するパターンなのだが、実はこれが2度目で、1度目の時のセイバーが『エル』達の姉であるアルトリアだ。また4番目のアーチャーの生前に森の城に残り、バーサーカーを迎え撃ったのも私だった。その6回が限度だった強敵が、在りし日のアルさんでもあったから、人の関わりは不思議だ。

 ともかく私は生前の記憶が100人分あり、アーチャーとしての記憶もそこらの『アーチャー』の比ではなかった。だが天才少女魔術師と大魔導師が組むとこうなるのかという驚きの連続だった。とにかく大聖杯の中で溶けていくイリヤを励ます私の気力が失われた時に、気付けば我々は『エル』の宝具の中だった。『エル』は大魔導師とともに座に向かい、私の記憶と記録を掻き集め、それらをすべて自分の宝具に取り込んだ。そのせいで2番目の座はもはや廃墟だそうだ。そしてそれらの記憶と記録を時間を掛けてゆっくりと私に流してくれた。そこから私は人間性を取り戻せ、今に至る訳だ。

 そんな数多くある記憶の中に、『同一英霊に連続した同一記憶を持たせたままの再召喚』に成功した、正に魔法に王手を掛けた『遠坂凛』が居た。その凛が件(くだん)の特殊なリンだ。

 

 彼女は学園生時代に起こった第五次聖杯戦争で私を召喚した。

 

『あんた、どこの英霊?』

『さてな。触媒があるだろう? 聖遺物の出処(でどころ)で大凡(おおよそ)の検討が付かんのか? いや、その前に君は、そもそも誰を喚ぼうとしたのだ?』

『う……セイバーよ』

『セイバーか。生憎私はセイバーに該当せんな。で、マスター? そのセイバーは誰を想定した?』

『え、いや……セイバーなら、誰でも……なんて』

 

 この『誰でも』発言で私は沸騰した。この段階では私はまだセイバーに該当しないと話しただけでアーチャーとは話していなかった。だからこそ腹が立った。ぶっつけ本番過ぎると思ったのだ。それはこの少女から流れる魔力の質と量が、過去一度たりとも経験していないものだったからだ。要は『遠坂凛』以上のリンに出逢ったと期待したのだ。

 死んだ身とはいえ、私もそれなりに経験を積んだ。どこの凛も学園一の成績を保ちながら、魔術の鍛錬も怠らぬ努力家だ。

 

『君な? 聖杯からの知識で前回は10年前にあったとある。この10年、君は何をしていたのだ?』

 

 だからこそ言葉がキツくなった。誕生日前だから、2年生とは言ってもまだ16歳だ。そこを失念していた。

 

『優雅に左団扇か? それとも聖杯戦争如き、テストのように一夜漬けでどうとでもなると? 死ぬか生きるかの重大な儀式だぞ? ナメるな!』

『な、何よ! 何であんたにそこまで言われなきゃなんないのよ!』

 

 激昂しながら少女は涙を流していた。それを見て反省した私は、含むように話し掛けた。

 

『私の誉れは目先の勝ち負けではなく、君を勝利に導き、生き延びさせる事にある。それが君という魔術師に召喚されたサーヴァントたる私の使命なのだ。剣を扱うのが巧い? 弓や槍が巧い? どうだっていい、そんな目先のものは。君が勝って生き延び、その経験を明日の糧にして未来を歩む事こそが、死んでしまった存在でしか無い私の嘘偽りない願いだ。紹介が遅れた。私はアーチャーだ』

 

 手を差し出すと、オズオズと握り返してくれた。そこから私達の快進撃が始まった。

 

 

 

「つまり生前は未婚か?」

「ああ」

「そこもあるだろうな。生きている間に結婚し、子を成し、責任ある『家庭』を築けなかった訳だ」

 

 痛いところを突く。

 

「その通りだな。だが私は……」

「再召喚後に一緒だった30数年間があったのは知っている。だがそれは死後であり、籍は入れていなかった。だな?」

「う……うむ」

 

 認めざるを得なかった。やはり私はどこか逃げ道を用意する人間であったのだろう。

 

「責めてる訳ではない。もう少し家族の事もちゃんと見ろと話しているだけだ」

「……わかっている」

 

 そうして飲み干したお茶は苦かった。

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